1・北の村(1 たそがれ浜)
海は空と同じだけ遠くまで続いているのだ、と里砂は思っていた。目の届く限りの海の果てには、さらに目の届く限り海が続いているに違いない。
砂浜を歩きながら、里砂はかがんで光貝のかけらを拾う。父と兄は細工師だから、この貝と、固い黒鉄の木を使って、美しいものをいくつも作る。
きらめく固い殻を持つこの光貝は、かけらでしか見つからない。誰もこの貝の完全な形を知らないのだ。遠い昔、何かの力が光貝を粉々に砕いて、この海辺、たそがれ浜にばらまいたのだ。
たそがれ浜の砂は動く。どうして動くのか誰も知らない。風とも波とも関係なく、砂は気ままに斜面を作り、窪地を作る。そして、まるで呼吸でもするように、奥深くに隠しておいた光る貝のかけらを表面に押し上げる。
もうすぐ雪の季節だ。夕暮れの空気はしんと冷えて、里砂は思わず身震いする。あとひとつ貝を見つけたら帰ろう。足を速めて砂の斜面を登り、影になった窪地の底を見下ろした。
何か横たわっている。
人の形をしたもの。まさか……誰か倒れている?
里砂は悲鳴をあげそうになって、冷たい両手を口に当てた。
どうしたのかしら。いったい、誰だろう。
おそるおそる踏み出した足元の砂が、たちまち崩れて里砂の体をさらった。そのまま一気に影の底まで滑り落ちたのだ。体をたてなおすために伸ばした手が、倒れている人間に触れた。里砂はこんどこそ声をあげた。
冷たい。里砂の声を聞いた様子も見せない。どうやら若い男のようだ。
死んでる……? でも……。
里砂は息をつめて、もう一度、砂の上の動かない手にさわった。
夕方の冷気が体温を奪っているけれど、手首にかすかな脈動がある。
生きてる!
里砂はもうぐずぐずしなかった。窪地からはい上がると、駆け出した。あわてる心に足がついていかず、何度も砂に足をとられた。