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1・北の村(15 祭りの晩・1)

 南の村の親類たちが、車でやってきた。これは箱車ではなく、分厚い板がこいだけの荷車で、そこに、わらや羽根の布団、毛皮などを敷いて、目一杯厚着をした親類たちがぎっしり乗る。それでも、力の強いまだら毛は、歩調も変えずにひいてくる。


 今夜は、冬ごもりの祭りだ。


 仁矢も草矢も、今夜ばかりは仕事を休む。仕事場は片付けられ、男のいとこたちが寝るための用意が整えられる。カイも、今夜はここでみんなと寝る。

 母屋の中も、台所以外はどこも誰かの寝る場所になる。里砂の部屋は、いとこの紗菜さなという娘といっしょに使う。

 宿屋というもののない北の村では、祭りの晩ともなると、どこの家も来客でふだんの倍以上の人数となり、それはそれで、祭りの楽しみのひとつなのだった。


「おまえ、どうかしたのか」

 その朝、仕事場を片付けているとき、草矢が里砂に言った。

「どうかって?」

 里砂は、手もとから顔を上げずに言った。

「カイが風生のところに行くのにおまえを誘ったとき、なんだかんだ理由をつけて行かなかったろう。風生に会うなら、おまえはいつだって大歓迎のはずじゃないか」

 里砂は、ひざに積み重ねた薄い布団の上に頬杖をついた。


 自分の中の何かがしおれている。うつむいてしまった切り花のように、まっすぐ伸びていたはずの心がうなだれている。何も知らず、何もできない自分自身が、自分に重石をつけている。


「兄さん、わたしのこと、どう思う?」

 草矢は、瞬きして里砂を見た。

 どう思う、だって?

「わたし、そりゃ自分がものすごく賢いってわけじゃないのはわかってる。でも、そんなに愚か者でもないって思ってる。……思ってた。館の学問所で司様たちに学問を教えてもらっていたときだって、新しいことを覚えるのは好きだったし、よくわかって、よくできるものだってたくさん……けっこう……わりと、あった」


 子どもたちは館の学問所で、読み書きや初歩の数学、博物学などを習う。何歳から何歳まで、と決まっているわけではないから、ときには、大人になってから子どものころあきらめた学問を学びに来る人もいた。


「何を言うかと思えば」

 草矢は、ため息とともに笑顔になった。

「どうしてそんなことが気になりだしたんだ」

「カイのいた星の世界では、女も男も区別なく、自分の望む学問ができるんだって。そして、そろそろ家の仕事を覚える年ごろだから学問はここまで、とか、魚をとるのに読み書きはいらん、とか言われることはないんだって。学ぶ機会があれば、わたしはもっと賢くなれたかしら」


 ああ、そうか。カイか。


「……だけど、一番怖いのは、わたしは学問なんかもういい、って自分で思っちゃったんじゃないか、っていうこと。わたしが役に立つのは、ご飯をつくって、布を織って、そういうことだけで十分だって思っていたんじゃないかって。ほかに何があるかなんて知らなかったけど、考えてみることもしなかった。……でも、わたしにできることなんて、何もない……」


 草矢は、炉の横のくずれそうな薪の山をなおした。

「知識のあることと、賢いことは違うだろう。俺は……」

 扉が動いて、雪の庭のまぶしい白の中からカイが入って来た。

「これ、どこに置けばいいかな」


 里砂は立ち上がった。

「布団、これで足りるかしら。わたし、もう少しなにかないか見てくる……」

 入れ違いに出て行った里砂を見送って、カイは首をかしげた。

「あの子、どうかしたのかな」

「さあな」

 草矢が答えるのに、一瞬間があいたかもしれない。

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