1・北の村(13 風生)
頬をほてらせて、カイが入ってきた。風生を見て、ちょっと立ち止まった。
「ご苦労だったね、カイ。こっちへ来て、お茶を飲むといいよ」
潮美が、もうひとつ茶碗をとりに立った。
「カイ、風生よ。話したでしょ、渡り人の風生」
里砂が言うと、カイは目を輝かせた。
「あなたが?」
「そう、俺さ」
風生は陽気なまなざしで、カイを上から下までじっくり眺めた。
「リサから聞いて、楽しみにしてたんです」
カイは、風生の横に腰をおろした。
「ひと冬この村にいることになる。よろしくな」
「こちらこそ」
カイと風生はなんとなく似ているところがある、と里砂は思う。
もちろん、顔かたちのことじゃない。ふたりの持つ雰囲気、物怖じしない様子、そして、どちらも遠くの別の場所の空気をうっすらと身にまとっている。
「旅をする人は、たいてい、その……箱車……を使うんですか?」
カイが、風生に尋ねている。
「というわけでもない。旅人が一番よく使う方法は決まってる。わかるだろ?」
カイは、急にまじめな顔になり、首をふった。
「わかりません」
風生は、いたずらっぽく目を光らせた。
「歩くのさ」
「ああ」
カイはちょっと笑顔になり、それから卓の上の自分の手に目を落とした。里砂が見たとき、彼はどこか痛むところがあるかのように眉をしかめていた。
「仕事場にも顔を出していこう」
風生が言った。
「草矢も一段と腕を上げただろう。去年もらっていった細工物は、なかなか評判がよかったぜ」
潮美は、うれしそうに顔をほころばせた。
「あの子が自分でつくるものは、少しばかり変わっていて、父親は気に入らないこともあるようなんだけど……」
「そこがいいのさ」
風生は、残ったお茶をぐっとのみほした。
「昔からの伝統を守っていく者もいなくちゃならん。しかし、いつだって何か新しいことをはじめるやつが必要だ。そうでなきゃ、ものごとは前に進まんからな。草矢がつくるのは若い細工物なんだ。あいつらしいんだよ」
茶碗を置く。
「冬ごもりの祭りはいつだっけ。あと三日、四日かな」
「三日だよ。だから、ふたりとも今は忙しくてね」
祭りの晩には、親しい誰かにちょっとしたものを贈る習慣がある。身につける小さな細工物は、祭りの贈り物として人気があった。
風生は、立ち上がりながらカイのほうを見る。
「俺のところにも遊びに来いよ。ひとりで旅をしちゃいるが、俺は本当は話し好きなんだ。しゃべる相手がいるっていうのはいいもんだよ」
カイはうなずいた。広く旅をして多くのものを見てきているという風生には前から興味はあったけれど、今はそれだけではなく、この渡り人が好きになっていた。
「俺は月見ばあさんのところにいる。どこかは、里砂が知ってるよ」
風生は里砂に笑顔を見せた。




