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セイレーンに恋をする

雲ひとつない青空。

大海原を帆に風を受けて進む船。


「次はどこに行くの?」

「東の海の果てかな。僕らの知っている竜とは違う姿の竜がいるらしいよ。」

「あら、楽しみね。この子達と仲良くしてくれるかしら?」


船に寄り添うように進むシーサーペントが、楽しげに顔を上げた。

空にはレッドドラゴンが大きな翼を広げ、来るりと一回転する。


「彼らも楽しみみたいだね。」

「また、物語が増えちゃうね。」

「それは勘弁してほしいな。」

「私とあなたの出会いの物語。いいじゃない?ロマンティックに書かれていたもの。それに懐かしいわ。」

「俺は恥ずかしいけどね。ティアは平気みたいだね。」

「レン、あなたとの思い出が、形になって残ってるのよ。航海日記泥棒さんに感謝しなきゃ!」

「人間が嫌いだって言ってたのにね。」

「あの頃は偏見があったのよ。船のみんなも、港の人たちも大好きよ。」

「俺のことは?」

「もちろん愛してるわよ。」


妻となった彼女の笑顔が眩しく光る。

これは彼女と俺の出会いの物語。



◆◇◆◇◆◇



航路を読まれて待ち伏せされていたのか、無人島の影から突如として現れた海賊船に襲われた。

はためく旗は悪名高い海賊団のもの。

しかし、足の速さはこちらが上。

機動力を活かして何とか逃げ切ったが、船体に砲弾を受け大穴が開けられてしまった。

島が点在する海域まで逃げて、数ある島のうちの一つに船を寄せた。

この海域は隆起した海底に岩場も多く、起伏が激しい。

熟知した人間でなければ通れない海域だった。

巨大な海蛇シーサーペントも現れらるともなれば海賊達でさえ迂闊には立ち入らない。

そんな海域に傷だらけの船で逃げこむ事が出来たのは、船員達の知識と感と努力があったからだ。


「マイヤーさん。被害状況は?」

「積荷は全部無事。問題は船体の方だな。修理に三日はかかる。よく、これで逃げ切れたよ。」

「とにかく急いで下さい。ここが奴らに見つからないとは限らない。」

「そうだな。」


副船長のマイヤーさんと話していたところに下方から鋭い声が飛んできた。


「急げ!奴らが来るかもしれないぞ。だが、手は抜くなよ!海の藻屑になるのはゴメンだ!」


修理の指揮をとる男の声だ。


「さすがクロードさんですね。」

「分かってるようだけど、全員集めて言っておくよ。」

「頼みます。……俺は少しこの辺りを探りにいってきます。」

「それ…船長がする事じゃないだろ。」

「船長だからですよ。それに俺には船は直せません。この船は優秀過ぎる船員ばかりですからね。役立たずは、外を見回りしてきますよ。」

船長と言っても、先日とある事情で就任したばかりの、にわか船長だ。

皆がそれでも「よし」とするのは、船員個人の優秀さと、船員達の間に確固たる信頼関係があるからこそ。

みんな、己のやるべき事を理解し、助けあい、命を預けている。

そんな人達が乗る船なのだ。

俺には、そんな彼らを無事に連れて帰る義務がある。


船が一隻ギリギリ入れる程度の小さな入江を持つこの島は、以前にも来た事があるらしい。

最年長の船員ロイさんの誘導で辿り着いた島だ。

そのロイさんも来たのは一度きりで、船乗りになりたてだった頃の…大分昔の事らしい。

他の船員にとっては未知の島で、今も昔と変わらぬままとは限らない。

誰かが確認行く必要があり、それを俺がかって出たにすぎない。

体力にも腕にも自信があったからだ。

海岸を歩き、岩場を飛び渡り、船の周辺を探索した。


「船の周辺は問題無さそうだな。」


付近を航海する船影は見当たらない。

危険な生物にも今のところは出くわしていない。


ロイさんから大まかに島の形状はきいた。

言われた通りに行ってみると、船を停めている場所の近くには海を一望出来る高台も見つけた。

身を隠せる場所もあって、見張りをおくのには最適な場所だ。

バナナや食べられそうな木の実も見つけた。

海を覗けば魚もたくさんいて、船の食糧に手をつけなくても大丈夫そうだ。

こんな状況でなければ島の豊かさを満喫したいところだけれど。


船に戻ろうとしたところで、物音がした。


ククク…ククッ…キュー。


岩場の影から、何かがなく声が聞こえた。

イルカか?


俺は足音と気配を消して泣き声のする方へと足を向けた。


「しぃ!…お願い、静かにして。近くに人間が来たの。見つかってしまうわ。」


人の声?

それも若い女性のもの。

岩場の影から声は聞こえる。


無人島だと聞いていたのに。

漂流でもしてきたのか?

それならなぜ助けを求めに来ない?


「人間は恐ろしいのよ。見つかったら殺されちゃうわ。」


君も人間だろ?

……もしかして人間じゃない?


そっと岩陰から覗く。

傷付いたイルカの姿が見えた。

そのイルカの背を優しく撫でる白く美しい手。

もう少し…と身を乗り出して見た。


「!!」


驚いたっ!


そこには岩の上に座りイルカをなだめている美しい女性がいた。

上半身は人間だが、下半身が魚だ。

いわゆる人魚だ。

伝説だと思っていたのに。


「まさか、ここに逃げこんで来るなんて。…っつ!ぃたぁ………あっごめんね。私は大丈夫よ。掠っただけだもの。」


白く細い腕に走る一筋の紅い痕。

彼女もケガをしているようだ。

その傷は見るからに新しい。

……もしかして、船が襲われた時、巻き添えに?


「人間なんてキライよ!」


俺たちのせいでケガを…。


「……。」


このままにはしておけないと思った。

どうしたらいい?

逃げられる可能性もある。

どうしたら……。

考えて、考えて…その結果…正面からいく事にした。

きっと人魚は逃げ出さない。

イルカは傷が酷いし、そんなイルカを置き去りにして逃げ出す彼女には思えなかったから。


「お詫び。させて貰えないかな。」


俺は意を決して岩陰から姿を見せた。


「にっ…人間!」


驚く彼女。


「傷を見せて。俺、医者なんだ。」


今でこそ船長におさまっているけれど、元々船医として船に乗り込んだのだ。

実際にその役目も果たしている。

この船は一風変わっていて、一番強いヤツが船長になるという決まりで船長になっていた。

祭りだからと参加させられ、最後は決まりだからと辞退も出来ない。

やる事変わらないから、いいのだけど。


「専門外ではあるけど、何か出来ると思うんだ。」

「人間なんて信用出来ないわっ!」


一人でなら逃げられるはずなのに、傷ついたイルカを庇ってこの場にとどまっている彼女。


「特にその子。傷が深いよ。君の傷も甘くみない方がいい。」

「……。」

「大丈夫。治療するだけだから。」

「……本当に?」


不安そうに俺を見つめる美しい人魚。


「本当だよ。」

「嘘をついたら、海に引きずり混むわよ。」


こんなに綺麗な人魚に出会えたばかりなのに、それは遠慮したい。

少しでも彼女といられるように努力しよう。


「俺はレン。君の名前も聞いていい?」

「……ティアよ。」


これが俺と彼女の出会いだった。


人間以外の治療をするのは初めてだ。

俺は最善と思われる治療を施した。


「ありがとう。」


治療を終えた後、彼女が見せてくれた笑顔は俺の心を鷲掴んで奪い去っていった。


俺は彼女に恋をした事を自覚した。

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