第6話 胡散臭い珍獣商人
森での豪勢なバーベキューの後、満腹になった俺たちは再びアブリルへと続く街道を走り出した。
巨大猪の肉は干し肉にしてリュックに詰め込んであるし、水筒も満タンだ。
これでしばらくは食料の心配もないだろう。
肩の上のサンテアは、先ほどの食事に満足したのか、少しうとうとと船を漕ぎ始めている。
腕の中のギンも、再び丸くなって穏やかな寝息を立てていた。
『まったく、食ったらすぐに眠くなるとは……。二人とも、もう少し緊張感を持たんか』
エルラードだけは元気なようで、サンテアの口を通して小言を言ってくるが、俺は適当に聞き流す。
平和な午後の街道だ。
少しぐらい気を抜いてもバチは当たるまい。
そんな風に呑気に構えていたのが良くなかったのかもしれない。
しばらく走ると、道の脇にある大きな木陰で休憩を取ることにした。
サンテアとギンを地面に降ろし、俺も木の根元に腰を下ろして一息つく。
「ふぅ、少し休むか」
「はい……。ありがとうございます、アンリ様」
サンテアはまだ少し眠そうだ。
ギンは目を覚まし、興味深そうに周囲の草花の匂いを嗅いでいる。
その時だった。
街道の向こうから、やけに立派な馬車が近づいてくるのが見えた。
馬車は全体が光沢のある黒い塗装で、金の装飾がこれでもかと施されている。
馬も血統が良さそうな黒馬が二頭立てで、御者もパリッとした制服を着ていた。
いかにも「金持ちが乗ってます」と主張しているような馬車だ。
『ほう、なかなかの見栄っ張りじゃな。ああいうのに限って、中身は空っぽだったりするもんじゃが』
エルラードが毒づく。
俺も、どちらかというとマーシュが使っているような実用的な馬車の方が好感が持てる。
その派手な馬車は、俺たちが休憩している木陰の前で速度を緩め、やがてピタリと停止した。
そして、馬車の扉が開き、中から一人の男が降りてきた。
男は年の頃なら五十代だろうか。
肥満気味の体に、シルクのような光沢のある派手な色の服を纏っている。
指にはこれ見よがしに宝石のついた指輪がいくつも嵌められ、首からは太い金のネックレスが下がっていた。
顔には作り物めいた愛想笑いを浮かべているが、その目は細められ、値踏みするような光を宿している。
一言で言って、胡散臭い。
「これはこれは、旅のお方々ですかな? このような場所でお休みとは、難儀なことですな。ほっほっほ」
男は、わざとらしい笑い声を上げながら俺たちに近づいてくる。
その視線は、俺やサンテアを通り越し、地面で草を食んでいたギンに釘付けになっていた。
「おや……? おやおや! これはなんと……!」
商人はギンの姿を見るなり、目を大きく見開き、驚きと、そして隠しきれない貪欲な光をその瞳に浮かべた。
「素晴らしい! なんと美しい銀色の毛並み! そしてこの気品! このような魔獣は、長年珍獣を扱ってきたこの私でも、初めてお目にかかりますぞ!」
男は興奮した様子で早口にまくし立てる。
そして、俺に向き直ると、作り物の笑顔をさらに深めて言った。
「失礼、ご挨拶が遅れましたな。私は、各地を巡って珍しい動物や魔獣を収集しております、しがない商人のボルボンと申します。以後お見知りおきを」
ボルボンと名乗る商人は、芝居がかった仕草で頭を下げる。
「……アンリヴァルトだ。連れはサンテア」
「おお、アンリヴァルト様とサンテア嬢ですな。それで、こちらの愛らしい魔獣殿のお名前は?」
「ギンだ」
「ギン! なんと可愛らしい響き! いやはや、素晴らしいですな!」
ボルボンは手を叩いて大げさに称賛する。
その間も、ギョロリとした目はギンから離れない。
『……アンリヴァルトよ、こやつ、何か企んでおるぞ。その目が気に食わん』
エルラードが小声で警告してくる。
俺も同感だ。
こいつの笑顔の裏には、何か別の感情が透けて見える。
「それで、アンリヴァルト様。差し出がましいお願いとは存じますが……そのギン殿を、私にお譲りいただけませんかな? もちろん、ただとは申しません。相応の、いえ、アンリヴァルト様が驚かれるほどの高値でお買い取りさせていただきますぞ!」
ボルボンは懐から革袋を取り出し、チャリン、と金貨の音を立てて見せた。
「断る。こいつは売り物じゃない。俺の連れだ」
俺は間髪入れずに、ぶっきらぼうに答える。
ギンの毛皮を撫でると、ギンは俺の手に頭を擦り付けてきた。
「アンリ様の言う通りです! ギンちゃんは、私たちの大事な仲間です!」
サンテアも、俺の後ろから顔を出し、きっぱりとした口調で言った。
ギンもボルボンに向かって「グルル……」と低い唸り声を上げている。
「おお、これはこれは……つれないお言葉ですな。しかし、アンリヴァルト様、もう一度よくお考えくだされ。この私、ボルボンにかかれば、どんなものでも手に入れられますぞ? 例えば、そう……この金貨袋、丸ごとお渡ししましょう! これだけあれば、しばらくは裕福な旅ができますぞ?」
ボルボンは金貨袋を俺の目の前に突き出す。
中々の金額が入っていそうだ。
だが、俺にはジモティの街で手に入れた大金がある。
こんなはした金に釣られるわけがない。
「いらないって言ってんだろ。しつこいな」
「むむむ……ならば、こちらはいかがかな?」
ボルボンは諦めず、今度は馬車の中から、キラキラと輝く宝石が散りばめられた短剣や、見たこともないような美しい鳥が入った鳥籠などを見せてきた。
「この魔法の短剣は、暗闇でも光を放ちますぞ! こちらの極楽鳥は、それは美しい声で鳴きます! これらと交換でもよろしいですぞ!」
次から次へと繰り出される誘惑に、サンテアは少し目を奪われているようだが、俺は完全に辟易していた。
『アンリヴァルトよ、もう行くのじゃ。こやつに関わると碌なことにならん』
「ああ、そうだな」
俺はエルラードの忠告に従い、ギンを再び腕に抱き上げ、サンテアの肩に手を置いて立ち上がる。
「悪いけど、俺たちは急いでるんでな。これで失礼する」
「お、お待ちくだされ、アンリヴァルト様! まだ話は……!」
ボルボンが慌てて引き止めようとするが、俺は無視して歩き出す。
サンテアもボルボンにぺこりと頭を下げると、俺の後をついてきた。
「くっ……! あの田舎者どもめ……!」
背後から、ボルボンの悔しそうな声が聞こえてくる。
俺たちが十分な距離を取るまで、彼はその場から動かず、じっとこちらを睨みつけているようだった。
馬車が見えなくなるまで街道を進み、俺はようやく足を止めて息をついた。
「ふぅ、しつこい野郎だったな」
「はい……なんだか、怖い人でした」
サンテアも不安そうな表情だ。
『だから言ったであろう。ああいう強欲な輩には関わらぬのが一番じゃ。じゃが……』
エルラードは少し考え込むように言葉を切る。
『あの男、諦めたようには見えなんだ。おそらく、また何か仕掛けてくるやもしれん。用心するに越したことはないぞ』
「へーきへーき。俺に喧嘩売ってくるような馬鹿がいたら、返り討ちにするだけだろ」
俺は楽観的に笑い飛ばす。
無敵の俺に敵うやつなど、そうそういるはずがない。
……と、思いたい。
「さ、気を取り直してアブリル目指すぞ!」
俺は再びサンテアを肩に乗せ、ギンを抱きなおすと、何事もなかったかのように街道を走り出した。
胡散臭い商人との出会いは、旅の小さなスパイスのようなものだ。
……たぶん。
しかし、エルラードの警告は、妙に俺の心の片隅に引っかかっていた。




