6.プログラマー、魔術に出会う
泣き腫らした顔をタオルで拭いて、スープを平らげた私がうとうとしていると、玄関から、ただいま、と男性の大きな声が聞こえた。
それから直ぐに部屋に走ってくる足音が聞こえて、勢いよくドアが開いた。
入ってきたのは、身長は180cmくらいありそうでガタイの良い赤髪で短髪の男性だった。歳はあの女性と同じくらいだろうか。
「目が覚めたんだな!良かった!」
思わず顔が綻んだ。
みんな、見ず知らずの素性もわからない私を心配してくれる。
「あんた!!ノックしなきゃダメでしょ!!女の子なんだから!!」
「わ、悪い...!!」
「大丈夫です。私を助けて下さった方ですよね。」
「ああ、そうだ。」
「ありがとうございます。」
「当然のことだ。気にすんな、嬢ちゃん。それより治療だ!」
男性は鞄から丸まった羊皮紙を取り出した。
「本屋で一番高いやつを買ってきたんだ!これなら一発で治るはずだ!」
広げた羊皮紙は、A4用紙の半分のサイズだった。
「それが魔術カードですか?」
「えっ?」
「この子、記憶が無いんだよ。」
「そうか...なら、治療が済んだら教えてやるよ。」
「ありがとうございます。」
男性は私の前に立った。
「名前、覚えてないか?」
「名前は椿、名字は近衛です。」
「ツバキ・コノエだな。わかった。治療中は動くなよ。」
「はい。」
男性は緊張気味に羊皮紙を握り直して口を開いた。
《傷付きし者の名は、ツバキ・コノエ》
突然、羊皮紙から沢山の帯が飛び出した。
それはUターンして、高速で私の体に巻き付いた。
怪我で体が動かなかったことが幸いした。
動けていたら逃げてる。
若干気持ち悪いし怖い。私の知ってる魔法はこんなのじゃない。
目の前を通った帯をよく見ると、それは文字列だった。
早くて目が回りそうだったけど、プログラマーの研究欲が燃え上がった私は必死に目を凝らした。
けど、見られた時間は数十秒だった。
「よし。これで治ったはずだ!」
呪文を唱え終わった男性は、額の汗を腕で拭った。
恐る恐る手を動かすと、痛みは全くなかった。
それでも慎重に動いたけど、痛みを感じることなく起き上がれた。
「全く痛くありません。」
起き上がって最初に見た景色は、四角に区切られているけれど、開けた青空だった。
当たり前の風景に感動しつつも、私は羊皮紙の大きさと一致しない呪文の長さと、謎の文字列が気になって仕方がなかった。