1.選ばれてしまったプログラマー
テレビ会議の途中、私は欠伸を押し殺した。
適度にクーラーが効いた部屋で奮発して買った高級アーロンチェアに座っていると、快適すぎて単調な会議ではどうしても眠くなる。
感染症の大流行で、私はこの一年程自宅でテレワークをしている。
仕事とプライベートの時間を切り分けることは難しいけど、満員電車に詰め込まれなくて済むし、気候の変化に振り回されることもない。服だって悩まなくて済む。
何より、快適な部屋で誰の目も気にせずにおやつを食べながら仕事ができる。環境と精神衛生的には最高だ。
でも。
『近衛さん、デザインの方は固まった?』
プロジェクトリーダーである上司が私に話を振った。
「まだです。何度作ってもしっくりこなくて。」
『椿さんがそんなに悩むなんて珍しいですね。』
私から少し遅れて入社した後輩が驚く。
「主任、この仕様書書いたの誰ですか?デザインに関してのクライアントの意見が矛盾してるし、ちぐはぐなんですよ。」
『俺です...!』
おずおずと手を挙げたのは最近入社した新人だった。
通りで杜撰だと思った。
28歳にして転職は三回目。
ブラック企業を渡り歩いて、同い年の彼より濃縮された経験を積んでいるから、無理もないことがわかる。
責めるのは可哀想だ。
「主任、もう一度クライアントに話を聞きに行きませんか。私が同行します。この分だと、聞きに行ったら全然違うこと言われるかもしれません。」
『そうだな。』
『すみません...』
「気にしないで。仕方ないよ。」
『そうだ。初めてだったんだし仕方ない。気にするな。』
みんなで新人を励まして、自然と笑みが零れた。
ここには、頭ごなしに叱責するクソ上司も、私のことが気に食わなくていじめてくる先輩も、男に媚へつらって何かと私に仕事を押し付けてくる後輩もいない。
やっと見付けた、理想の職場だ。
ずっとここで働きたい。
会社に出勤できる日が楽しみだ。
「私が書き方を教えるから大丈夫。君はクライアントと連絡を取って...」
突然だった。
経験したことが無い胸の痛みに襲われて、私は胸を掴んだ。
「っ...!!!」
心臓が破裂しそうな痛みだった。
『近衛さん?』
『椿さん?』
机に突っ伏して、振り絞った、痛いという言葉はとても弱かった。
『きゅ、救急車!!』
『椿さん心臓が痛いんですか!?』
鍵を開けないと、救急隊が入って来れない。
立ち上がろうとしたら、足に力が入らなくて、床に叩き付けられた。
私、死ぬんだ。
文字通り死ぬほどの痛みに耐えながら思った。
折角良い職場を見つけたのに、こんな短期間で死んじゃうなんて、神様はなんて意地悪なんだろう。
もっと今の職場で働きなかったな。
好きなプログラミングを仕事にして、良い職場で働ける。
技術者としてこれほど幸せなことはないのに。
もがき苦しんだ末、私は意識を失った。