悪役令嬢だなんて、聞いてない!
目が覚めると、私は悪役令嬢になっていた。
なぜ、わかったかって?
大好きな恋愛ゲーム『僕の隣は君がいい』に出てくる、悪役令嬢の部屋で目覚めたことがわかったから。
何度もプレイしたもの、それこそ内装を覚えてるくらい。
驚いた勢いで跳ね起きて、鏡を見る。
鏡に映っていたのは、右大臣の娘『レモニー・ケル』。
恋愛ゲームの悪役令嬢シリーズの中でも、一番救いようのないキャラとして嫌われた存在。
頭が悪くて、容姿だけがいいと言われる女性だ。
その美しさの下に隠したえげつなさは、プライド0の悪女と言われ、目的のためなら人の金を使い込み、街を焼き払い、誘拐、盗みなんのその、全て命令して実行させてしまう。
もちろん、自分は決して手を汚さない。
確か、最後はヒロインにつきまとう左大臣を毒殺しかけた疑いをかけられ、罰として同じ毒を飲んで死んでしまういう、悲しい結末が待っていたな。
こ、この姿はまさに彼女。
実写にほとんど近い、ハイクォリティーで美形なキャラクターが売りの世界だから、彼女が綺麗な人なのは嬉しいんだけど・・・。
「どうせなら、もっと頭のいい悪女が良かったな・・・。」
悪女は美しさに加えて、その頭脳明晰さがウリのはずなのに。
このレモニー・ケル、頭はよくない。
だが、レモニー・ケルの恐ろしさはその運の良さなのだ。
何故か一度行動を起こせば、狙いどおりに結末の方が変わってくれると言うトンデモキャラだったはず。
「だから、最後の最後で墓穴掘ったキャラなのよねー。」
私はため息をついた。
毒殺未遂の嫌疑をかけられても、自分は助かると何も行動しなかった。
だから結局、ヒロインたちに弾劾されたんだっけ。最後の最後で悪運が尽きたのよね。
「え、と、とにかくまずは確認。
今はこのゲームの話のどのあたりなんだろ。」
時系列のわかるもの・・・。
そこへドアをノックする音が聞こえた。
「レモニー様、お茶の支度が整いました。
失礼します。」
聴き慣れた声優さんの声。
いやいや、これはレモニーのメイド『シャーリーン』。
レモニーの無理難題をさっと実行できる、エージェントではと思えるほど有能なメイド。
「どうぞ。」
私が言うとドアが開き、シャーリーンが入ってきた。
「お茶はどれになさいます?」
シャーリーンが、2つのティーポットを示す。
そうか、レモニーはいつも気分で変えるから、この人こうやって先回りして準備するんだっけ。
わがままで、ごめんなさい。
えっと、確かレモニーはいつも・・・。
「カモミールティーを。」
「かしこまりました。
アップルティーですね。」
「え?」
「レモニー様はいつもひねくれて、アップルティーを準備すればカモミールティーといい、その逆をすると、こんどは、アップルティーと言って困らせるのがお好きですからね。」
シャーリーンは、ティーポットを傾ける。
「じゃ、私がアップルティーと言ってたら?」
「その時は、隣のカモミールティーにしてますわ。
いつも、このどちらかですから。」
な、なるほど。
左右のどちらを選んでもいいようにか。
「いつも、2種類のお茶を毎回準備させるなんて、手間ばかりかけさせてますね。」
「レモニー様は、そのようなこと、お気になさいませんわ。
・・・・、今日は違いますわね。」
シャーリーンが不審そうにこちらを見る。
あ、あわわ!
「き、今日は何月何日かしら、シャーリーン!」
慌てて話題を逸らす。
「今日は5月9日。
ティモシー王子と、そのご寵姫ライカ姫の婚約パレードの日です。」
私はそれを聞いてハッとなった。
ティモシー王子は、この恋愛ゲームのヒロインの相手役。
レモニーが片想いしていた相手。
そして、そのライカという名前の寵姫がおそらくはヒロインだ。
私は何としても悲しい結末は、回避したい。
ティモシーなんかどうでもいいの。
好きなキャラだったけど、レモニーにどういう態度を取るか全部知ってるもの。
シャーリーンはお茶を注ぎ終わると、私をじっと見つめる。
その瞬間、音楽が聞こえて来た。
ん!?
何これ。
音楽がいきなり・・・!
な、なんで!?
これ、しかも、レモニーが悪巧みするときの曲よね?
そしてシャーリーンの頭の上には、『シャーリーン』という文字が浮かんでいる。
同じく私の頭の上には、『レモニー・ケル』という字幕が。
これ、こんなの、見たことあるわ・・・。
そうだ、ゲームのプレイ中の画面だわ!
って、えええええ?!
もしかしてここって、
ゲームの世界じゃなくて、ゲームそのもの?!?!?!
混乱する私は、天井近くに赤いRECの文字が浮いているのに気づいた。
そこから赤い線が、横に伸びている。
・・・これもゲーム画面でみたことあるわ。
プレイヤーが、イベントシーンを見てるときに出るアレよね。
今この場面を、プレイヤーが見てるってこと・・・?
つまり、私が今いるここは、誰かがプレイ中のゲームだということ・・・
私、他のプレイヤーがプレイしている最中のゲームの悪役キャラクターとして転生しちゃったの?!?!そんなことある?!
「御下命を、レモニー様。
ティモシー王子と、ライカ様をどうなさいます?」
シャーリーンが冷たい目で命令を待っている。
このシーンは覚えてるわ。
確か・・・、レモニーは婚約パレードをぶち壊すようシャーリーンに命じるの。
プレイヤーも見ているわよね。
おそらくプレイヤーは、レモニーのセリフのテロップを見ていて、今は『・・・・。』と、なっているはずだ。
私は迷いなく言った。
「シャーリーン。
何もしなくていいわ。」
シャーリーンは驚いている。
おそらくプレイヤーも。
「レモニー様?」
「それより、ライカ様へと届けるワインについて、調べて欲しいことがあるの。」
私はゲームの流れを思い出しながら、指示をだした。
ヒロインにストーカー行為を繰り返す左大臣と、ヒロインは、同じワインを飲もうとして、左大臣だけが毒入りのワインを飲んでしまう。
そのワインの贈り主は、レモニーだったのだ。
あの時、レモニーは最後まで毒入りワインのことを否定していたのに、問答無用で刑に処されたのだ。
何かあるはず。
「一体どうしたんですか?
レモニー様は、無知で、強欲で、非情で、無遠慮で、血の通ってない方でしょう?
ティモシー王子を奪ったライカ様に復讐なさらないの?」
シャーリーンが顔を覗き込んでくる。
ひどい言われよう。
まあ、そういうキャラなんだけど。
「自分のしてないことで、陥れられるかもしれないの。
お願い、シャーリーン。
贈呈用のワインに毒が入ってないか、確認して欲しいの。」
「毒・・・ですか?」
「私は毒を入れろなんて、指示をしてないはずよ。とにかくすぐに確認して。」
私は念を押すように強く言った。
「かしこまりました。
しばらくお待ちください。」
そう言ってシャーリーンが部屋を出ていくと、BGMが止まった。
私たちの頭の上に浮かんだ名前が消えて、赤枠もRECの文字も消えていく。
プレイヤーは今頃、パレードの画面を見ているだろうな。
ほっとしていると、シャーリーンが戻ってきた。
「は、早い・・・。」
私が驚いていると、顔を真っ青にしたシャーリーンが、深々と頭を下げてきた。
「レモニー様。
申し訳ございません。
贈呈用のワインのコルクに、注射針の痕がありました。
確認したところ、毒の混入が判明いたしました。
すぐにお取り替え致しましたのでご安心を。」
私はそれを聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。
これで危機は回避されるはず。
・・・はずだったのだけど。
読んでくださってありがとうございました。
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