大樹
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母に父のことを報告するエリーゼに連れられて来たのは立派な大樹の前だった。
「エルフは森の民。その魂は生まれた森の大樹に戻るそうです」
それにしても立派な樹だ。俺は自然と跪き、頭を垂れた。
「………」
エリーゼも同じようにした後、目をつむっている。多分、父親のことを報告しているのだろう。
「ありがとうございました、アドゥさん」
「もういいのか?」
「ええ」
エリーゼは少しすっきりした顔をしていた。勿論やり遂げたとか、わだかまりがとけたという感じではないが、自分の中で一区切りつけたような顔だ。
(まあ、今はそれで十分か……)
俺がそんなことを考えていたその時、耳障りな音が聞こえてきた。
「これはっ」
「アドゥさん、魔物です!」
俺達の目の前に現れたのは鉄犀という魔物だ。俺は思わず盾を構えるが……
「ん?」
鉄犀は俺達に目もくれず、大樹の皮を食べ始めた。よく見ると、大樹にはあちこちかじられた後がある。日常的に起こっていることなのだろう。
(いや、でもこの樹はエリーゼの……)
そう思った時にはもう俺の体は動いていた。
「【盾打撃】!」
鉄犀は分厚い皮膚と重い体が武器の魔物。こんな一撃では痛くも痒くもないはずだ。
(けどっ!)
注意をこちらに向けさせればそれでいいんだ!
「これ以上、エリーゼの母親が眠る大樹を傷つけるな!」
俺は叫びながら後退する。何だが自分でもよく分からないくらい目の前の魔物に腹が立っている。
「ア、アドゥさん!? 【運気上昇】」
らしくない俺にエリーゼは戸惑いつつもバフをくれる。
(【盾打撃】のカウンターだ。一撃で仕留めてやるっ!)
鉄犀は完全に狙いを俺に定めたらしく、怒りに燃えた目で俺を睨みつけた。
ドドドドドド!
鉄犀が俺目がけて突進する。迫力はあるが、見切れないスピードじゃない。
「ここだっ! 【盾──」
ボキボキボキ!
嫌な音と共に俺の体が宙を舞う。タイミングは完璧だったのだが、奴の攻撃に押し負けてしまったらしい。
「アドゥさん!?」
俺は悲鳴を上げるエリーゼに応えるように立ち上がる。が、はっきり言ってこれは痩せ我慢だ。
(手首が……)
右手の手首は骨が折れてぶらぶら。おまけに肘までの骨は何カ所も骨折し、骨が皮膚を破って見えている。
(左手は何とか無事か……)
そう言えば、【守護壁】も【挑発】でさえ使っていない。全く俺らしくもない戦い方だ。
(でも、気分は悪くない)
上手く言葉に出来ないが、今、俺は後悔も我慢もしていない。何故なら、本当に守るべき物が分かっているからだ。
(俺はっ!)
鉄犀が再び俺に向かって突進したその時、不意に声が聞こえた。
“逃げよ”
は?
“我はこんなちっぽけな魔物にかじられたところで何とも思わん”
この声……あの大樹なのか?
“だが、お前は違う。そして、お前が死ねば、我が娘が悲しむ……とても悲しむ。だが、お前は逃げよ。それが我が望みだ”
つまり、エリーゼのために、俺が生きるために盾になると?
“そうだ。それこそが我が望み”
そうか、そうなのか。確かに今の俺ではエリーゼを守り切れないかもしれないな……
“お前は強い。お前は我が娘だけでなく、もっと多くの命を救える力だ。だから、今は──”
その声は多くのことを教えてくれた。俺の可能性、そして、エリーゼがどれだけ俺を大切に思ってくれているか。
端的に言えば、俺が逃げれば丸く治まるのだと。
“我が娘を守ってくれ、勇者よ……”
大樹がそう呟くと共に再び時間が流れ出す。
(俺は……)
答えは考えるまでもなく、決まっていた。
「あああっ!」
体の芯から声を出す。俺がこんなことをするのは、昔セシルに“大声を出さないでくれ”と言われて以来のことだ。
「ふざけるな! 俺は全てを守る! 守り抜く!」
“!!!”
その瞬間、大樹も、鉄犀も、いや、世界の全てが震えるのを俺は感じた。
「あんたはエリーゼの大切な人が眠る場所だ! なら、あんたの傷はエリーゼの傷だ! エリーゼが、仲間が傷つくなんて……俺は絶対に許さない!」
その時、白い光が広がった!
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