ものを買うとはどう言うことか?
2作目です。
以前企業さんにプレゼンさせていただいた時、うまく話せなかったのでエッセイにしてみました。
私たちは皆毎日のように買い物をしている。スーパーで食料品を買ったり、コンビニで弁当を買ったりと買い物は私たちの日常に当たり前に存在している。そうした買い物の中で、みなさんが物を買う基準とは何だろうか。
デザインだったり、流行だったり、人によって様々であると思うが、おそらくほぼ全ての人の基準に入ってくるのが価格であろう。同じような商品であればほとんどの人が安い物を買うことが得だと思うだろう。しかし本当にそうであろうか。そこで私は安い物を買うことが正しいことかどうか考えてみた。
結論から話そう。価格は大事だ。しかしそれだけを判断の基準にすることは非常にもったいない。ではなぜそのような結論に至ったのかを話していこうと思う。
まず安い物を買うと言うことが何を生むのかを考えてみよう。第一に考えつくのはお金が浮くと言うことだ。より安い商品を買うことでその分のお金を使わないで済むことになる。他にはどんなメリットがあるか……。ないよね。少なくとも私は思いつかない。
しかしこのメリットのみでも購入の判断を決定づけるほど大きな価値があるだろう。反対にデメリットとしては安心感や保証にかけるといった点が挙げられる。しかしこのデメリットも昨今の情報化社会では調べるだけで簡単に解決できるだろう。
では安いことだけを価値基準に入れることが正しいのか。私はそうは思わなかった。なぜなら、買い物に関して私たちが大きく重視していることは価格の安さではなく、「得」をしたかどうかであるからだ。本来500円する商品を100円で買うことができる場合と本来5万円する商品を1万円で買えた場合、価格だけに注視すれば前者の方が安いが私たちが得をしたと思う場合は後者である。私たちにとって大きな価値はこの「得」であるのだ。
確かに安い商品を買うことは一見得をしているように感じる。しかし私はそうではないと考えた。ここからが本論の根幹であり今までにない考え方である。そのため理解が難しかったり、意味がわからないこともあると思うのでそれも感想やレビューに書いておいてほしい。
具体的な例をあげた方が分かりやすいと思ったので概要を話す前に具体例から話そうと思う。
ある商品があった時、その商品はいくつかの工程を経て売り場に届く。その商品はまず生産者から加工会社1に売られる。その価格を仮に100円とする。
次に加工会社1によって加工された商品は加工会社2に売られる。その価格は初めに買い取った価格+加工会社が受け取る利益となる。ここでは仮に120円だとしよう。
そして加工会社2で加工されたのちその商品は売り場に買い取られる。ここでも上乗せした価格となるので140円としよう。
そして私たちが実際にその商品を買う価格は売り場の買い取り価格に利益を上乗せされたものになる。ここでは160円としよう。私たちがこの商品を買った時に払うお金は160円である。しかし生み出すお金は100+120+140+160=520円なのだ。
どう言うことか説明しよう。私たちがその商品を買わなかった場合、その商品は廃棄されるかもしれない。誰も買わなければ確実に廃棄されるだろう。この一回の流れに着目すればそれだけなのだが、この流れが何度も続いたとしよう。この場合この商品は変わらずに製造されるだろうか。
ほとんどの商品の場合製造が中止してしまう。そうするとどうなるのか。一連の流れでそれぞれの会社が受け取ったお金の流れがなくなるのだ。そうするとその商品に携わった人が得られる金銭は当然なくなる。売れない商品を加工しても対価を得られないのだ。
しかし、裏を返せばあなたがこの商品を買うことで生産に携わった人たちに利益を届けることができるのだ。160円を支払うことであなたは少なくとも4つの場所に利益を生み出し、彼らに幸せを運べるのだ。
ちょっと言い過ぎかもしれないが間違ってはいないだろう。それに160円払った人が損するわけではない。商品自体には160円の価値があるのだから。と言うことは商品の購入には自分が支払う以上のお金という人々にとっての幸せが生み出される行為なのだ。これが安い物を買うことだけが正しいのではないことにどう繋がるのか。
先ほど説明した商品の製造の流れをチェーンと呼ぶのだが、このチェーンで生み出される付加価値(携わった人たちが受け取る利益のこと)が低ければ低いほど、商品の価格は安いのだ。安い商品が不当な賃金での労働で生み出されているというわけではないと思うが(いないとも思えない)、高い商品はこのチェーンに価格の原因があるのだ。
例えば原材料に特色があったり、生産過程に環境への配慮があったりとそれぞれに理由があるのだ。こうしたチェーンで生み出される利益を大きくさせたり、製造に携わるより多くの人により大きな利益(ここでは幸せと考えた方が素敵だよね)を届けることができるのだ。これが安さ以外の購入における私たちにとっての”得”であると私は考える。
しかし現状こうした考え方はしづらい。その原因を私は商品価格の表示方法だと考える。同じような商品の価格を見た時、現状では
1000円と2000円
のようにそのものの値段しかわからない。そこでその商品が製造過程に生み出したお金を表示するのだ。
1000円(この商品を買うことであなたが届けられるお金は2000円です)と
2000円(この商品を買うことであなたが届けられるお金は10000円です)の
二つであれば、後者の方がお得な気がしてくる……と思う。どの商品にも明白なチェーンが見える場合、今まで価格の高さで敬遠されてきた商品がたくさんの人の買い物の選択肢に入ってくると考えられる。反対にこのチェーンが明白に見えない会社や、特定が難しい会社もあるかもしれない。そんな商品って怖くない?
つまり、チェーンを表示することは新たな企業努力を生み出すことにつながるのだ。安くするのではなく、環境に配慮したりなどして私たちが幸せを届けてあげたくなるような商品を開発するようになる。そうするとどうなるのか。
環境に配慮していたり、労働に対して正当な対価を与えている商品が売れていくと、そうした商品が増え、企業側もこういった商品を製造し出す。すると私たちはただお得な買い物をしているだけなのに、たくさんの人を幸せにしたり、環境に配慮したりできるのだ。
こうした展開は理想論かもしれない。しかし100%この通りに進まなくても、ただただ安い商品を買い続けるよりもいい未来が来ると私は思う。
というわけで買い物をする時にどんな商品を買うのか、価格だけに捉われず考えてみてほしい。
今回の意見に関して皆さんが思うことをジャンジャン書いてください。意見交換しましょう。賛同してくれたり、面白いなと思っていただければ、是非あなたの周りの人に勧めてみてほしいです。
「細胞夢持ってる説」というエッセイも書いたので気になった方は読んでいただきたいです。




