第九十七話 決別
97.a
私はてっきり帰ってきた途端にまた甘えられると思っていたのに、当のグガランナは難しい顔をしたまま黙りこくっているだけだった。
(むぅ…)
場所は下層に置かれたホテルの中、食堂に集まっていた皆んなが難しい顔をして何やら相談事を続けている最中だった。私の目の前には中途半端にかじられた食べ物が転がっている、皆んなの手元にもあるが誰も口にしていない。
問題が山積していると、タイタニスさんがその渋い顔をさらに渋くして口を開いた。
「グガランナ・マテリアルの故障に下層域でのノヴァグの検知、それから決議の延期だ」
「それと中層にいる特殊部隊ね…一体何から片付けたらいいのか…」
「さらにアマンナから報告があったサーバーの崩壊現象、今のところティアマトのナビウス・ネットに避難させているけど…」
それも驚きだ。何だ、サーバーの崩壊現象って。
「太陽型炉心の奥へは行ったか?」
タイタニスさんがナツメさんに聞いているが勿論首を横に振っている。
「行っていない、報告したようにとくに異常は見られなかったぞ」
「そうか…その奥にメイン・サーバーが置かれているのだが…」
「もう一度見てこようか?」
「いや、それには及ばない。サーバー自体に問題が発生しているのなら我らにも何かしらの異変が起こっているはずだ」
「では、局所的な異変だということ?」
「我はそのように考えている。グガランナ・マテリアルの故障と紐付けて考え得れば何かしらの意思が働いていると思うが」
タイタニスさんの言葉にさらに皆んなが沈痛な面持ちへと変わっていく。
「……やはりあの女が…無投票にすべきではなかったかもしれないわね」
「まだそうだと決まった訳では…」
「他にいるか?我らの邪魔をする者が、奴は常にそうであった」
席を外そう、邪魔だのそうじゃないだのと聞くに耐えない。あのテンペスト・ガイアさんを皆んなと同じように邪険に思えないからだ。
黙って席を外してもまたナツメに小言を言われるだろうと思い声をかける。
「ちょっと席を外すね」
「私も外そう」
思いの外ナツメも私に付いてきた。言われた三人はあまり意に介さず続きを話し合っている。食堂を出たあたりでナツメが視線を変えずに話しかけてきた。
「あまり良い話し合いではなかったな」
「ナツメもそう思ってんだ」
「あぁ、誰を省くだの必要だのと言い合うのは好きじゃない。文句があれば直接言えばいいのにと思う」
「その段階をとっくに通り越しているのかもね」
「お前はどう思っているんだ、テンペスト・ガイアというマキナについて」
「う〜ん…寂しがり屋?かな」
ナツメがくすりと小さく笑う。
「世の中お前みたいな奴であふれ返ったら戦争なんぞ起きないだろうな」
「何それ褒めてるの?」
「いいや、思ったことを口にしただけだよ」
メインエントランスに到着し、ナツメが屋上へ行こうと言い出した。とくに断る理由もないので私も向かうことにした。
◇
「テッドさんはどうしてるの?」
「あいつは今人型機の誘導をしているところだ。私の機体の追従機能を使って外に運び出している」
あの時と変わらないカラフルな屋上には不思議と誰かが使っていた痕跡があった。ここには誰もいないはず、もしかしたらタイタニスさんが息抜きに使っていたのかもしれない。下層の無機質かつ無慈悲の明かりに照らされたナツメが艦体の様子を教えてくれた、サーバーとアクセスができないためポッドの扉を開くことができず困っているらしい。
「中がどうなっているのか知らないけど…抜け道でもあったの?」
「無理やり作ったんだ、タイタニスの力技でな」
「いやそれは凄いな…」
「あぁ、あんな力を持っているのに一人と和解することもできないなんて不思議でしかないが…私達はこれからどうしようか、アヤメ」
「………」
ここでも秘密の話し合いかと気色ばんだが違ったようだ。
「いつまでも甘えている訳にはいかないだろう、私達でもできることがあれば率先してやるしかない。そうでもしないと現状を打破できる気がしない」
「まぁ…確かに…マキナの人達ですらどうすればいいかと困ってるぐらいだから…」
「やはり私達だけでも上に行くべきだと思うか?」
「……今のところゲートからの侵攻は諦めているんだよね、ティアマトさんから聞いたよ」
ナツメとテッドさんが仮想世界で大変な思いをしたという話しだ。
「あぁ、次は私の番だ。あんなものを見せられて無視などできない」
私達はキメラを通して、ナツメ達は仮想世界でペレグさん達と接点を持っていたことになる。途中何度かペレグさんやロムナさんが仮想世界に戻っていたのはナツメ達の相手をするためだったのだ。
「何まさか、」
「そんなつもりはない、気合いを入れているだけさ。私はただ…」
そこではたと目が合った、私の何かを探るように視線を寄越し口を開いたり閉じたりしている。
「私はただ?」
「……いや、何でもない。気にするな」
するわ。
(何なんだ全く…)
もう話しは終わりだと明後日の方向を向いている。私だってナツメには言いたいことの一つや二つぐらいはあるんだ、しかしそれを口にする雰囲気は流されてしまい言うに言えなくなってしまった。
背もたれに体を預けてパラソルの下から下層の天井を見上げる、そこにはいつの間にか薄雲が揺蕩っておりタイタニスさんの小さな気遣いを発見した。
✳︎
嫌な予感しかしない、ディアボロスとオーディンから面会を求められるなど今までになかったことだ。それにここ最近は不測の事態ばかりが起こっていた、そのせいもあって嫌な予感にも拍車がかかっていた。
私達、言うなれば無投票派の三人を代表してティアマトが応対している。その声音は固くそして冷たい、当たり前だが。タイタニスもその成り行きを見守っていた。
「ここでこうしてモニター越しでも構わないと思うけど、会うことに拘る理由は何なのかしら」
[大事な話しだからと言っているだろう、いい加減に聞き分けろ]
「無投票に転じたことを根に持っているのかしら?それなら自分達が清く正しく過ごしてきたという自負でもあるの?誰が上層の街の復興を手伝ったと思っているのかしら」
[その話しではない。いずれ奴は退場する身だ、お前達の票が得られなくても何とかする]
「だったらなおさら会う必要もないわよね?切るわよ」
取り付く島もないとはこの事、まるで相手にしていない。かくいう私もディアボロス達の行いには賛同しかねる部分があった、以前は協力してほしいとお願いされ心が揺らいだ場面もあったが今はない。
通信を切る間際にディアボロスが放った言葉に全員が目を剥いた。
[このままポッドに閉じ込められていたいのなら別にいい。出たいのなら俺達と話しをしろ、いいな]
「………」
「……まさかあいつらの仕業だったのか?」
「……信じられない、何でこんな事を…」
何故わざわざポッドに閉じ込めたのか...それよりもショックだったのが同じマキナにこんな事をされたことだ。明らかな敵対行動には歩み寄りも勿論思いやりもなく、ただただ翻弄されている自分がここにいるだけだった。
(そういう事、そういう事なのね…)
お姫様に連れて行かれた仮想世界ではずっと不思議に思っていたのだ。いや、それよりもずっと前、マギールが下層のホテルで資源を奪い合う話しをした時も疑問に思っていた。「本当に銃を取り合うのか」という疑問だ、痛い思いや辛い思いをするぐらいなら目の前の資源を諦めて相手に譲り他所へ探しに行けばいいのでは、そう思っていた。けれど違った、自分がその立場に置かれて良く分かった。
(ここまでやるのなら話し合いなど必要ないわ)
自然にそう思えてしまう自分に驚いた、けれどこちらも強硬な態度で迎えないとされるがまま、言われるがままに流されてしまう。
「行きましょうティアマト、何が何でも止めさせるわ」
「………」
あれだけ強気な口調で答えていたティアマトが尻込みしている、その逡巡が不思議でならなかった。
(あぁそうか…)
「ティアマト、私は流されたくないから止めさせると言ったの。私はどこまでもアヤメの味方だし、このままでは彼女の助けにならないわ」
前に一度、周りに流されるなと諭されたことがあった。それが何を意味しているのか未だに教えてもらってはいないが私なり誠実に答えを出したつもりだった。そのティアマトからは思ってもみない返事が返ってくる。
「違うわ、あなたもそんな顔をするようになったのかと思っていたのよ。いい?いくらでも手を出してもいいけど憎むことだけは止めなさい、その先は泥沼よ」
「……そうね、それが分割統制期の成れの果てなんでしょう?」
「分かっているのならそれでいい、行きましょう」
指定された場所は何のことはない、決議場でもサーバーでもなくテンペスト・シリンダーのメインゲート。開くことは二度とないとされた外界と桃源郷を隔たる門の前であった。
97.b
「ん?」
アヤメが屋上の鉄柵から身を乗り出し何かを発見した。私もつられて下を見やればティアマト達がホテルから出ているところだった。ティアマトにグガランナ、それからその後にはタイタニスも続いている、何とも珍しい光景だ。
「お出かけ?」
「ポッドルームに戻るんじゃないのか?」
「わざわざ徒歩で向かうの?サーバーからでも管理はできるよね」
それは確かに...
「アマンナの件もあって警戒しているんだろ、あいつは今どこにいるんだ」
アマンナからの報告で一部かあるいは全体に異変が起きている話しは聞かされていた、すんでのところで救出は間に合ったようだがその後のことは聞いていなかった。
「さぁ…グガランナ達もあんまりアクセスはしていないみたいだから…」
「………」
サーバーが使えなくなるというのは私の視点から見れば「何とも不便」ぐらいなものだが、マキナ達にしてみれば大問題なのかもしれない。ここに来てもまたマキナと人間の彼我の差を実感してしまった、これはいよいよ私達だけで何とかしなければならないかもしれなかった。その為にもまずは人型機の回収だ。何故だか恨めしそうに三人を睨んでいるアヤメの肩を叩いて戻るように促した。
「テッドと通信して状況を聞き出そう」
「分かった」
「いつまでもグガランナが優しくしてくれると思わない方がいいぞ」
「いやグガランナは関係ないから何でそこで名前が出てくるの」
早口に否定しているあたり相手にしてもらえず拗ねていたんだろう、何とも分かりやすい。しかし私が言いたいのはそんな事ではない。
「いいか、あいつらも未曾有の危機に対して余裕が無くなっているんだ、そんな時にまで甘えるのはお門違いということを自覚しろ。本当に好きなら手伝って安心させてやれ」
「………」
小さな声で「一言一句正論吐きやがって…」と文句を言ってから私に続いた。
◇
自室に置いていたインカムを手に取りテッドへ通信を入れると、すぐに元気な声が返ってきて安心してしまった。仮想世界から帰還してテッドとはろくに話しをしていなかったからだ。
[後少しで直通ルートに出られるはずです]
「機体に問題はないか?」
聞きたいのは機体ではなくテッドなんだがまたしても聞きそびれてしまった。
[と、途中何度かぶつかってしまいました、すみません]
「いい、機体が飛んでいるなら問題ない」
[………ナツメさんは大丈夫なんですか?]
...また先を越されてしまったようだ、いやテッドとはこういう奴だったな。良くも悪くも竹を割ったようにはきはきとしていた。
「……隊長として失格だという自覚はある、お前を危険な目にあわせてしまったからな」
[………そうですか、僕なら平気ですので心配はいりません]
「……そうか」
テッドと少しだけ話しはできたが本当にこれで良かったのかと思う。本音を話したつもりだがその言葉は相手に届かず宙を浮いているようだ、だがこれでいいと強く思った。私はテッドを守らなければならない、ほんのいっ時恋人同士のような甘い空気感を味わったが求めているのはそれではなかった。
(隊長として、その責任を持って応えたい…そう思うのは私の我儘か…?)
「ナツメ?何の話ししていたの?」
「…何でもない、私達もポッドルームへ向かおう」
自責の念に頭を取られかけていた私にアヤメが声をかけ現実に引き戻される。テッドを迎えに行くため私達もポッドルームへ足を運んだのが、先に向かっていたはずのティアマト達の姿が不思議と見当たらなかった。
✳︎
荒涼を通り過ぎ、緑豊かだった同じ惑星とは思えない程に荒んだ景色が広がっている。過去にティアマトが創造したピューマ達はメインゲートを潜り外の世界へ飛び出したと聞いたことがあるが、この景色を目の前にしては正気の沙汰を疑う他になかった。
「これを見て何と思う」
「人の心を表しているよう、そう思うな」
何とも芸術家らしい感想だった。
分厚い壁をくり抜き後付けで設けられた窓の前に、俺とディアボロスが奴らの到着を待っていた。下層に置かれた四つあるメインゲートのうち、南側に位置した場所に来ていた。その扉は自動修復機能を持った高さ数十メートルは下るまい鋼鉄製のものだ、外の世界からマグマの侵略を防ぐ無慈悲な守りだが今の俺にとっては閉じ込められているような息苦しさを感じていた。
「これからはどうしていくつもりだ、テンペスト・ガイアの排除に人間共の駆逐が終われば一旦は落ち着く」
「さぁな、目先の事ばかりで考えていなかったが…俺の予想だとティアマト達はあの二人に付いて行こうとするだろう、その後はハデスの権能を使って上層の街に畑でも作らせるさ」
「何だその話しは…」
「とにもかくにも生きていく資源が圧倒的に足りていない、今の再資源化計画でもいずれは破綻する」
「やはり無理なのか、マキナが管理しようとも資源の困窮化は止められないということか」
「いいやそんなはずはない、人間が己の欲をコントロールできれば解決するはずなんだ。それがどうだ、ここに来てもまだ発展を止めようとせず己の版図を広げることしか頭にない、これでは無尽蔵の宝物庫すら空にしてしまうだろう」
(その例えは良く分からんが…)
常々疑問に思っていたことがあったので良い機会だと口に出すことにした。ティアマトについてだ。
「奴は何故上層の街に手を貸さなかった?メインシャフトのようにいくらか食糧生産する場を作れたはずだ、それが今となっては工場生産品に頼るばかりで一次産業に手を付けようとしていないだろう?」
カリブンと呼ばれる資源を使い電力を得て生産している話しは知っている。だが、タイタニスによって築かれたあの街でも農耕作は行えたはずだ、それがどうして何もしていないのか。
「一つに空気の問題、それから次に技術の問題、最後に仲違いが原因だろう。俺の予測だがな」
「空気?タイタニスによって保護されているだろう、それでも不可能だというのか?」
「住んでいる人間を賄うだけの広大な畑を維持するより工場生産品の方が遥かに安上がりだと判断したんだろ、俺でもそうするな。畑は必ず実りを与えてくれる訳ではない、下手な失敗でもされたら餓死者が出てしまう」
「技術というのは…そうか、耕せる人がいないということか…」
「あとは管理だ、中層でもとんと畑は見なかった。長い年月の中で忘れ去られてしまった人間の知恵の一つだ」
確かにディアボロスの言う通り、では最後の仲違いというのは...
「タイタニスとティアマトは仲が悪かったということか?」
「というよりティアマト自身が交流を絶っていた節があった、今でこそ親のように振る舞っているが昔は酷いもんだったよ」
「そうか…」
どこまでも歪な関係性だと、自身を棚上げにしているがそう素直に感じた。それが今ではどうだ、協力し合い人間に寄り添っているではないか。それもこれも、やはりあの二人組がそうさせたのかと思うと...
「来たようだな、さっさと片を付けよう」
我が兄弟の声に思考を中断し俺も奴の隣に並び立った。メインゲート横に設けられた整備用タラップへ三人が険しい顔付きでゆっくりと階段を登ってくるのが見て取れた。悪く思うな、それが偽らざる心境、しかし口にすることは永遠にない。
✳︎
「話しとは何かしら、こんな所にまで呼び付けてふざけた話しなら容赦しないわ」
あまり耳に良い声音ではなかった、私の胸を掻き乱し自責の念も掻き立てられる。
「単刀直入に言うが、人間共から手を引け。さもなくばお前達三人をリブート処置にする」
「………ふざけた話しは、」
「ふざけてなどいない、あの三人がいつ特殊部隊側に寝返るか分かったものではない。それに何よりマキナ打倒を掲げている有史以来の危険な集団だ」
「それには同意するが、だからと言って手を引く理由にはならない」
タイタニスがグガランナを援護している。
「ナツメとアヤメ、それからテッドは我々の味方だ、奴らが裏切る事は決してないと断言しよう。それよりも貴様らだ、グガランナ・マテリアルを閉じ込めるなどあってはならない事だ」
「俺達だけで閉じ込められたと思っているのかタイタニス、プログラム・ガイア相談の元決定された事項なんだよ」
「……何だと?」
あぁ...やはり、怖気付いたのか。
「現状で人間に組みする者は危険分子という判断だ、それが分かったのなら手を引くことだ。それでもと言うならお前達の記憶はここまでだ」
「………………………」
殺気、この子には似つかわしくない殺気が背中越しでもその視線に込められているのが手に取るように分かる。
「プログラム・ガイア、見ているのでしょう?あなたから何かあるかしら」
私の呼びかけに彼女がすぐに答えた、大地を司る彼女のみに与えられた権能を行使してその姿を私達の前に晒してみせた。
「……っ」
「……これは」
驚いているのはグガランナとタイタニスだけだ、彼に関してはこれが初ではないがグガランナにいたっては初対面のはずだ、それだというのにすぐ気を取り直してガイアに詰め寄っていた。
「これはどういうことなのですかプログラム・ガイア、あなたの決定だとお聞きしましたが」
「聞きしに勝る負けん気ですねグガランナ、彼の言う通りこのような取り決めとさせていただきました」
「答えになっていません、どうして保護対象である人と関わり手を貸すことが危険分子として認定されなければならないのですか、それは運用理念にも反することですよ」
「その対象が目的としている内容によっては処置しなければなりません。グラナトゥム・マキナを殱滅せんと兵を上げて侵攻目前まで彼らは到達しています、それは保護対象とは呼びません」
「あなたの理屈は良く分かります、しかし私達が協力しているのはその人から離れ危険も顧みずにこちら側に付いてくれている人なのですよ?一つに括って処置対象と見なすには早計に過ぎます」
「彼女達については良く知っています。しかし彼女らは明確に離反した訳でも、確固たる取り決めを持って私達に協力している訳ではありません、その点についてはどのように解釈していますかグガランナ」
「それは…あの二人を信じているからで…」
「善意を持って信に代えると言いますか、それこそ早計に過ぎます。彼女達がマキナに協力するメリットが何もない、しかしデメリットは多数に存在しています。いつその善意が揺らぐかも分からない不安定な協力関係下では信ずるに値しないと判断しました」
「それを約束事で明確化して人の善意を形に代えたいと言うのですか?それはただあなたが臆病なだけでしょう!」
「論点がズレる、プログラム・ガイアもう結構だ」
...何とも勇ましい、力技で納得させずに理屈と口を持って勝負を仕掛けていたではないか。しかしやはりグガランナか、最後は唾を飛ばしてガイアを威嚇していた。
「プログラム・ガイアよ、この取り決めは何としても覆らないのか」
「はい。この状況が落ち着くまでは」
「この二人が侵攻阻止に失敗した場合はどうなる?」
タイタニスの鋭い指摘に二人が不快そうに眉をしかめた。
「俺達が手を抜くと思っているのか?人間になびいたお前とは違うぞタイタニス」
「出来不出来の問題ではない、いついかなる時も予想だにしない結果というものは付いてくるものだ。それだけのリスク管理をしているのかと聞いている」
「それについては私の方からも聞きたいわね、ガイア」
私もタイタニスを援護したことによりいくらか逡巡を見せたがすぐに答えが返ってきた。
「現状、人に対して執行力を有しているのがディアボロス、それからオーディンだと判断しています。彼らに対応を任せるのが最も効果的かと、そして二人の邪魔をしかねないあなた方には休息を与えたつもりです」
「ふざけているのかプログラム・ガイア!元はと言えばこの二人が引き起こした問題だぞ!一体誰が保護対象を殺戮していたと思っているんだ!」
「だから俺達が片を付けると言っているんだタイタニス!お前こそ後先考えずに住処を作り続けていただけろう!誰がその尻拭いをしてきたと思っている!誰が悪魔を演じて今日まで生き長らえさせてきたと思っているんだ!」
肩で息をする二人、その背中には怒りと拒絶の色しかない。グガランナも途方に暮れ、プログラム・ガイアは何も喋らない。
全員の発言には理があり筋があり道理があった。何も欠けることなく、一つ一つの発言は確かにそうだと言える説得力もあった、だがそれら全てを同時に叶えることは不可能であり、結果として互いに反発せざるを得なかった。この流れだ、グラナトゥム・マキナはこの流れを幾度なく繰り返して今日に至り、そして何も変えられなかったのだ。
落ち着きを取り戻したディアボロスが再び宣告し私達に判断を突き付けてきた。
「言った通りだおさん方、協力関係を続けるというのならリブート処置を決行する。下層に留まり関係を断つというのならこの限りではない」
「………貴様らが失敗せぬよう天に祈りを捧げて待っていよう」
彼にとっては何よりの皮肉だ、その言葉は相手に届かず権能行使による姿は瞬時のうちに消え失せてしまった。
97.c
[高高度に到着、異常なし]
「了解」
[いや待って、これは…]
アマンナが何か見つけたようだ、やわらかい日差しに照らされたコンソールから小さな声が返ってきた。
「何?何か見つけた?」
少しでも情報が欲しい今の私達にとっては貴重な発見...になるかと思ったのだが返ってきた言葉にがくりと頭が落ちてしまった。
[変な音がするなと思ったんだけどわたしのお腹の音だった]
「……さっき食べたばっかりでしょうが!食いしん坊か!」
[人型のマテリアルはエネルギーをたくさん使うんだよ!しょうがないじゃん!]
「んな訳あるか!さっさと戻るよ!」
「19」とペイントされた機体がうろこ雲の彼方より降りてくる、仮想世界も時間の流れに逆らえないのか季節は秋に差し掛かろうとしていた。
◇
アマンナ、それから私で躍起になって情報を集めていたが思うようにいかず困っていた。サーバー崩壊、それから特殊部隊による下層侵攻という危機的状況に対して何らアプローチが取れていない。このままでいいのかという自責の念とこのままでもいいかという怠惰な気持ちが鬩ぎ合い、私の精神戦場では二回戦目に突入していた。いや良くない、こんな騒がしい妹はごめんだ。
「君達二人が戻ってきてくれて僕は嬉しいよ、その反面残念な気持ちもあるけどね」
「いや知りませんのでそこを退いてください」
「何ともつれない…」
あの教官が寂しい溜息を吐いてから去っていく、それを見届けてからアマンナが話しかけてきた。
「あの人のこと嫌いなの?もうあれはただのデータだよ?」
「生理的に無理」
あんな気持ち悪い手紙を寄越してきた教官を切って捨てたところでコクピットから降りる、それに続いてアマンナも降りてきたが地面に着地する寸前にロープから足を滑らせてしまった。お尻から落ちてしまい何とも痛そうにしている。
「いったたた…」
「大丈夫?」
「足ってこんなに短かかったっけ…」などと意味不明なことを供述しており付いていけないので食堂へと足を伸ばす。
(見たところこっちに異変はないんだよね…本当に崩壊現象って起こってるの?)
またアマンナがぷりぷりしながら私の背中を叩き始めた。
「ほら、お腹減ったんでしょ?食堂に行くよ」
「もうちょっと気遣ってくれてもいいんじゃないの、マギリはわたしに冷たい」
「アヤメが優し過ぎるんだよ」
「それは間違いない」
「で、そんな優しいアヤメとアマンナは喧嘩でもしたの?家ではあんなに落ち込んでいたじゃん」
「…………」
「黙秘権はありません」
というかそもそもそっちが聞けと言ったんでしょ何故黙る。
「……ゼウスが向こうでもわたし達に絡んできてさ、あっちの味方しているのが気に食わなくてキレてぷっつんした」
「で?」
「…ゲームしてました」
「最悪じゃんそれ、八つ当たりするだけして自分は遊び?」
「…まぁ」
後ろを振り向けば後ろに括った髪を手に取り弄っている、悪い事をしたという自覚はあるみたいだ。
「それならさっさとここから抜け出して謝りに行かないとね。私もあの人には良い顔できないけど、それを他人に求めるのは筋違いじゃないかな」
「………」
「言葉はちょっとキツくなったけどこれもひとえにアマンナの、」
「いやお腹減ったなと思って」
全速力でアマンナを追いかけた。
◇
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「良い汗かきました……丸!」
「……ちょっとは反省しろ!」
結局食堂に到着するまで捕まえられなかった、何て逃げ足の早い...
その食堂はあの日ナツメさんと食事を取っていた時と比べて少しだけ様子が変わっているようだった。一階に置かれた人型機の模型は無く、代わりに装備品や火器類が無造作に置かれていた。どこか野戦を思わせる風景の中に慌ただしく出入りしている人の姿もあった。
まずは二階の食堂へ、ヘトヘトになっているアマンナの手を引き向かおうとすると懐かしい声で呼び止められた。
「やぁ、久しぶりだな。教官が言ってた通り戻ってきたらしいな」
「お久しぶりです」
「あぁ…どうも…」
ナツメさんと一緒に組んで戦ったあの二人組みだった、過去の因縁なんか気にせず気軽に声をかけてきた。
「ゲリラ戦でもやってるの?何でこんな所に装備置きっぱなしにしてるのさ」
私と繋いだ手を離さずアマンナが二人と話しをしている。そういえばアマンナはあまりこの二人とは接点がなかった、だから気軽に話しができるのだろう。かくいう私はまだ引きずっているのでそうはいかなかった。
「聞いてないのか?それで戻ってきたのかと思ったんだが…」
「もしくは基地が巻き込まれた、そうですか?」
「?」
「?」
何の話し?基地が巻き込まれた?首を傾げて続きを促した。
「そうか…何も知らないのか、付いてきてくれ。百聞は一見にしかずだ」
アマンナが微妙に嫌そうな顔をしたが無理やり引っ張って後に付いていく。通りを過ぎた先は確か各班が使用している整備舎があったはずだ。ズラリとその軒を並べ、暑い日差しに照らされ大きな入道雲に見下ろされていたあの時の記憶が呼び覚まされる。
しかし、アマンナが言っていた異変はこの世界でも確かに起こっていた。
「………」
「………」
「あれさ、あれの為に俺達は今戦っているんだ」
真昼の空に暗黒のブラックホールが登っていた、そこを中心として青空に浸食を開始しておりさらに異形の化け物共が日常の空を闊歩していた。何だあれは、まさしくこの世の終わりを表しているような光景だった。
◇
「だがしかし、ご飯はたらふく食えるアマンナであった」
「………」
「そんなに考え込んでもしょうがなくない?あれはどうしようもないよ」
「どうにかしないとまずいでしょ…」
「え、そのご飯不味いの?わたしが食べてあげよっか」
「………」
「うそうそ」
というかだな、何故アマンナはこんなに平気なんだ?それに周りにいる人達も慌ただしくしてはいるが悲壮感などはどこにもない。むしろ生き生きとしている人の方が多いぐらいだ。
「あのブラックホールみたいなのが崩壊させている原因ってことでいいのかな」
「かな?あれが元凶かは分からないけどティアマトの仮想世界がサーバーに放出されているのが良く分かった」
ナビウス・ネットとはマキナが体内に持つ閉じられた電子世界である、本来であればガイア・サーバー内の異変は届かないはずだがこうして魔の手が迫っていた。
「どういうことなの?」
理屈は分かるがいまいちピンとこないのでさらに説明を求めた。
「ティアマトが自作した仮想データをサーバーにアップロードしたんだよ、いやされていたかな?あんな短期間でアップはできないはずだから」
「つまりここはティアマトのネットではないってことか」
「そう、あのブラックホールの向こうは限りなく無限に近い電子空間だよ」
「それはわざわざアマンナの為にやってくれたってこと?」
「…………さぁ、分からない」
「?」
アマンナの様子がどこかおかしいのは気付いていたが、何がどうとは言えずその後は無言で食事を進めただけだった。
だがまぁ、これでやれる事は見つかったと食事を済ませた私は崩壊戦線に加わるのであった。
✳︎
良くやるよほんと...
「はぁ〜元気だなぁ〜…」
わたしには元気が残っていない、アシュさん達と遊んでグガランナに怒られて、不貞腐れた先で崩壊に巻き込まれてここまでやってきた。わたしを助けるためなのか、元からサーバーにあったのかは分からないがここにこうして無くなったはずの世界があった。そのおかげで助かったのだが、不思議とやる気というものが全く出てこなかった。
窓の外では人型機に搭乗した実習生達が勇猛果敢に敵と戦っていた。青い空を侵食しているのはノヴァグと良く似た化け物だ、訓練していた時のようにその場で復活することはないがその数たるや、人型機を多く上回り圧倒しているように見えていた。
「あぁ、また一体…」
頰杖をしながらぼんやりと眺めていた先で、隊を組んでいた人型機部隊が一体ずつ丁寧に倒している。その分侵食も収まり青い空と黒い染みのような勢力は拮抗しているようだった。
はぁと大きく溜息を吐く、いつまでもうだうだとしている訳にもいかないと重く感じる頭を上げた時に騒がしい一団がカフェテラスに入ってきた。
「おー!教官の言う通りアマンナが戻ってきているな!」
「左遷されたって本当なの?」
「ナツメ隊長は?!ナツメ隊長はいないの?!」
確か...実践カリキュラムの時に一緒になった実習生達だ、いずれは消えていく運命だと知っていたのでろくに名前も聞かず適当に仲良くしていた人達だ。まさかまた会うことになるとは思っていなかった。
「いないよ、見れば分かるでしょ」
「おやおやぁ、あのアマンナがご機嫌ナナメとは珍しい」
「別に、いつも通りだから」
できることなら会いたくなかった、より一層わたしの胸に重たい空気が垂れ込める。カフェテラスの窓には死んだ顔をした少女と、その頬を遠慮なく突いてからかってくる実習生が映っていた。どうしてグガランナはここを避難先に選んだのか、もっと他になかったのかと恨む気持ちすら出てくる始末。
(帰ろう…)
こんな状態ではいつ毒を吐くか分かったものではない、撤退するのが吉とみて未だ騒ぎ立てる皆んなを置き去りにしてテラスを後にした。
...わたしは耐えられないんだよ、仮初のその姿で生き生きとされるのが。一回目は平気だった、こんなものかとたかを括っていれば良かっただけだから。けれど今は違う、なまじっか知っているがために余計感情移入してしまうのだ。
(…………)
まだ後ろからはやし立てる声が聞こえてくる、それから逃げるようにして訓練校を出ていつものバス停に向かった。
◇
「あっちゃ〜…」
やってしまったよ、バスに乗ってしまった。それにわたしの独り言に乗客が反応して驚いた。前は何を言っても反応しなかったのに。
「………」
もうこれ以上は下手を打たないよう、今さらのお澄まし顔で椅子に収まっているとちらちらと視線を感じた。これだけは前と同じらしい。
(反応するんだったら…)
その場でぴっと立ち上がり、
「そこ!わたしのことじろじろと見るなっ!」
指をさしてこれでもかと声を張り上げた、びくりと肩を震わせた相手というのが...
「あれ?」
「いや、あははは…きゅ、急に大声を出すから驚いちゃったよ…」
髪の色が同じ、背丈はわたしより少し低いぐらい?ムカつくぐらい綺麗な男の子だった。それにこの声も聞いたことがある、確か...
「バルバトス?」
「そ、またお邪魔させてもらっているよ、アマンナ」
97.d
テッドが運んでくれた人型機に乗り込み、コンソール相手に損傷箇所をくまなくチェックしているとインカムに通信が入った。相手は姿をくらませたティアマトからだった、その声音はいくらか落ち込んでいるように聞こえる。
[ナツメ、今のどこにいるのかしら]
「ポッドルームだ、テッドが人型機を搬出してくれてな、今そのチェックをしているところだ」
[分かった、今すぐそっちに向かうわ]
「今までどこに、」
こっちはまだ話している最中だというのにぷつん、と切られてしまった。余程慌てているのか余裕がないのか...
(同じ意味だな…)
語彙力の低下は空腹のサインだ、やはり下層は体内時計が大いに狂ってしまう。外で待機しているテッドに声をかけ一時中断の合図を出す。
「テッド、空腹だ。一時中断するぞ」
[はい?はい?]
◇
「言葉が足りないにも程がありますよ、僕はてっきり何かの比喩表現かと」
「ナツメっていきなり馬鹿になるよね」
「うるさい」
三機の人型機に見下ろされながら、ホテルから持ち寄った軽食で腹を満たしていた。緑の人型機、テッド専用機は後方支援を担当する傍ら簡単な整備も行っていた。テッドのバックパックからケーブルが延ばされ私の人型機に繋がれている、損傷が軽微であればそのまま修復が可能であった。
「この仕様を聞かされた時はいつ使うんだなんて文句を言っていたが...」
「使う日がやってきましたね」
「ティアマトさん達は?さっき喋ってたよね」
「こっちに向かっているそうだ、何やら慌てていたみたいだがな」
食いごたえはあるがやたらと喉の水分を奪う食べ物を口に放り込んでから、一気に水で流し込んだ。アヤメから「おっさんくさい食べ方をするな」と注意を受けたがそれはおっさんに失礼ではないのか。いやそんな事よりもだ。
「テッド、お前はあの機能を良く理解しておけ、おそらくこれから使う機会が増えるはずだ」
「……と、言いますと?」
「ナツメがね、これ以上ティアマトさん達に甘えるのは良くないって言い出したんですよ」
「あぁ…まぁ、それは確かにそうかもしれませんね」
「あのグガランナがアヤメをほっぽり出して話し合いをするぐらいなんだ、それだけ今の状況は逼迫していると思った方がいい」
「それは…とんでもなく説得力がありますね…あのグガランナさんが…」
「それ言われている私も何だか恥ずかしいんだけど…」
「私達でも対処できることは率先してすべきだと思う、一塊りになって行動するより有機的な展開をして行動した方がより多くの事を片付けられる」
「………」
「………」
「何だ?」
何かおかしな事を言ったのかと冷やりとしたが、アヤメとテッドが内緒話しをするように「あの食べ物は語彙まで補給できるのか」と言ったその二つの口を懲らしめるために両手を上げた。
◇
[何も叩かなくても…痛い…]
「さっさと修復を始めろ、聞こえよがしに言ったお前が悪い」
テッドの専用機から私の人型機へエネルギーが補填されていく、そのシークエンスバーを眺めながら口の悪い副隊長を叱咤した。
[でも、アヤメさんの言う通りですよナツメさん。少しはご自身の振る舞いにも気をつけた方が、]
良い機会だから言葉にしよう、私が仮想世界で得た思いを。距離が縮まったように感じられるテッドの言葉を途中で遮った。
「テッド、私はお前を失いたくはない。その為なら私はいつまでも隊長としてその責を果たす」
[……………]
息遣いだけだ、何を考えているのか分からない。
「お前があの光りに囚われてしまった時は頭の中が真っ白になってしまった、私は甘い関係に浸るよりもお前の身の安全が優先だと痛感した」
[………………え?]
「テッド?聞いているのか」
[あ、はい…聞いています]
変なところで出鼻を挫かれてしまい、言葉の勢いも削がれてしまった。しどろもどろになりながらも何とか言い切った。
「だから、その、いいか?確かに私はお前のことが好きだがそういうのではないんだ、私はお前を守りたいだけなんだよ分かったか!」
顔が熱くなっているのが自分でも分かる、コンソールからくすくすと笑い声が返ってきた。
[はい、ちゃんと分かりました。ナツメさん、ありがとうございます]
何だその他人行儀は、仲良くなったばかりの相手に送るメッセージか何かか。
「私のそばから離れるなよ!」
また笑い声が上がる。
程なくして簡単な整備も終わり、こちらに向かっているティアマト達も到着する頃合いだろうという時にさらなる異変が起こった。私に頬を叩かれてむくれていたアヤメが姿を消してしまったのだ。トイレに行く、そう言ってから一時間近く経っても戻ってこなかった。