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第九十四話 カエル・レガトゥムの完成を。

94.a



 迂闊だった、あのロムナが大人しく引き下がったことにもっと疑問を持つべきであった。


「………」


「………」


「テッド!どうしたのですか?!どうしてそんなにぐったりと……さぁ早く私達の愛の巣へ!」


 ペレグの姿はない、監督不行届で糾弾してやろうと思っていたのに。


(そういえばティアマトもこっちのマキナと連携を取るとか言っていたな……よりにもよって何故ロムナ……)


 私からテッドを奪い取ろうとしていたのでさすがにキレた。


「いい加減にしろよこのくそマキナっ!今すぐ普通の家に戻せっ!!」


 唾を飛ばして「テッド♡ロムナ」の看板を掲げた悪趣味な家を指さした。建設途中の広場にこつ然と姿を現した一軒家はハート型のいかにも脳内お花畑のロムナにはぴったりな外観をしていた。外側でこれなのだから中はよっぽどなんだろうなと恐る恐る足を踏み入れると予想の遥か上をいっていた。


「ロムナよ、これはやり過ぎではないのか?」


「ペレグ……姿を見せないと思ったら…私達より早く敷居を跨いでいたなんて…」


 幸いテッドは気を失ったままだ、私もなるべく見ないようにしながらベッドへ運びたいのだが間取りが全く分からない。


「ロムナ、今すぐにベッドへ案内してくれ」


「ただいま」


 また悪ふざけでもするのかと思ったが素直に案内してくれた。



「マキナの椅子?」


「あぁ、部屋の全てを調べた訳ではないがマキナの名前と数字が書かれた椅子があった」


「お前さん、あれが読めるのか」


「私ではない、テッドが読んでくれたんだよ。おりじんべーす、プログラム・ガイアと書かれた椅子で今のような状態になっていたんだ」


「………」


「ロムナ」


 ペレグが手を払う仕草をした後何も言わずにロムナが部屋から出ていった、調べてきてくれるのだろう。


「お前は何も知らないのか?」


「知らぬ。オリジン、それからワン・ベースと言うたな」


 ペレグの目は真剣そのものだ、あのふざけた髭さえなければ舞台俳優ではなく指揮官に見えていたところだ。


「それはどういう意味なんだ?」


「オリジンとは起源、あるいは事物の元を指す言葉。ワン・ベースはその起源から発生した事物を数える言葉だ」


「ティアマトがわん、タイタニスがつー、ラムウがすりーだった」


「それは、マキナが生まれた順だ」


 そうだったのか...ということはティアマトが一番歳を食っているのか。私もペレグも互いの顔()()を見ないようにしながら話しを進める。


「あんたは部屋を見て回っている時に椅子を調べたりしなかったのか?」


「そうさな…あの二匹に、部屋を見て回るように言い付けただけさね、道が続いているようであれば、知らせろとしか言うておらんかった」


「そうか……あの光は何だ?前に一度アヤメとグガランナも同じ目に合っているんだよ」


 私が直接見た訳ではないが、五階層に置かれたマテリアル・ポッド(らしき物)に触れようとした際にテッドと同じように強い光が発生したと聞いていた。


「分からぬ…強い光、それから意識の混濁で言えば、何かしらの撹乱武器かと思うが」


「フラッシュグレネードの類いではなかったぞ、一瞬ではなく私がテッドを張り倒すまで続いていた。それにアヤメとグガランナはその後仮想世界にアクセスしたようだが未だ原因は分かっていない」


 私の説明にペレグが目を剥いて驚いている。


「何?その話しは本当なのか?」


「あぁ、もしかしたらテッドも、」


 別の仮想世界へ行きかけていた、最後まで言うことができずに黙ってしまった。ペレグの後ろをナース服姿のロムナが通ったからだ。


「馬鹿かお前は!!誰がそんな格好しろと言うた!!」


 あのペレグが遠慮なく怒っている、当の本人はどこ吹く風でまるで聞いていない。


「何を言いますか!そんな得体の知れない物を探るより今はテッドの救護が先でしょう!」


「阿呆!寝ておけば直に起きる!それより危害を加えてきたオブジェクトを探るのが先決だろうに!わてらはまだ探索が残っておるのだぞ!」


「知りませんよそんなこと!私は世界の安穏よりテッドの笑顔を守ります!今日までありがとうございました!ペレグもどうかお幸せにぃ!!」


「待たんかこの馬鹿たれ!!」


 どっちの言い分も分かるのだが目の前で喧嘩を始めないでほしい。


(どっから持ってきたんだあのナース服は…)


 ペレグとロムナの下らないやり取りで一気に力が抜けてしまった私は悪趣味でド派手なソファに身を預けて船を漕ぎ始めた。すぐに眠りの帳が下りてきたが数時間もしないうちに起こされるのであった。



(うるさいな……)


 そう思ったのも束の間、ソファの背もたれに頭を預けて眠っていた私の肩を誰かが乱暴に揺すってきた。


「ナツメさん!起きてください!」


「……テッド、テッドか?お前大丈夫なのか?」


「はい!僕はもう大丈夫ですから!それよりも中層にいる進行部隊がゲートを開放したと連絡がありました!」


「何っ?!」


 寝耳に水とはこのこと、未だ夢の残滓がまとわりつく頭にもその言葉がすんなりと入ってきた。


「大聖堂の管理室から総司令がハッキングをしかけたようです!このままではゲートを突破されてしまいます!早く準備を!」


 道理でうるさかった訳だ、薄暗い部屋の中でもロムナとペレグが大慌てで準備しているのが見て取れた。


「起きたかナツメ!早うせい!」


「いつまで寝ているのですか!あなたの寝顔を見ても何の得にもなりませんから早く起きてください!」


「何だとこのっ」


 一言だけ文句を言ってから私も準備に入った、しかしどこへ行くんだ?!


「下に降りられる階段でも見つけたのか?!」


「馬鹿を言え!ハッキングされたと言うただろう!」


「はぁ?!」


 その時だった、悪趣味な家を破壊しながら一体の騎士が乱入してきたのだ。その背丈はペレグの倍はある、見上げるほどに高い騎士が何の警告も予備動作もなくその手に握る剣を振るってきた。


「あっぶなっ!!」


「私の家がぁ!!」


「言うてる場合か!早う逃げい!」

 

 私達より二歩前に降り下された剣が床を穿って木片を巻き上げた、私と同じ視線にまで落ちたその顔を見やれば赤黒く爛々と光る瞳があった。まるで理性は感じられない、獣のそれと同じだった。


「ティアマト!聞こえているかティアマト!」


 剣を持ち上げた敵の横をすり抜け壊された家の扉へと向かう、その途中でティアマトへ救援を呼びかけるが一切繋がらない。(言っちゃ悪いが)敵が壊してくれた悪趣味の家を後にした私達はさらに混乱してしまう、広場に面した窓ガラスが割られ海水が中へと侵入していたのだ。塩の匂い、それから生き物の腐敗臭が鼻をついた。むせ返るような海の匂いに包まれていく中、態勢を立て直した獣の騎士が私達に追い縋る。


「こいつが割って侵入してきたのかっ!」


「おそらくは!狙われていますナツメさんっ!」


 言うが早いか、剣の軌跡に捉えられた。身構える余裕もない程に疾く振るわれた剣が目前で弾かれ目を焼き切るほどの火花が舞う。一瞬の出来事に頭が追いつかないが助かったことだけは確か、再び逃げの一手を打つ。


「今のは何だ!何をやったナツメ!」


 ペレグに聞かれるがこっちも知らない。


「いいから今は逃げるぞ!戦う術がないんだ勝てるものも勝てやしない!」


「テッドやあなただけでも向こうへ帰還できませんか!」


「できない!ティアマトと連絡がつかないんだ!この仮想世界に閉じ込められた!」


 獣の騎士が三度剣を構え、私達の後を追い始める。広場を突っ切り六つの部屋がある廊下へと出た、私とテッドが調べていた部屋と反対側にある位置、その端にはオリジン・ベースの部屋があった。

 その内の一つの部屋に逃げ込み敵の様子を窺う、ゆっくりと踏み鳴らすその足音には湿った音も混じっていた。


「あれは何ですかっ、どうしてここにいるんですかっ?!」


 テッドが小声で抗議している、この仮想世界はペレグ達のものだ。世界の管理者がこうも易々と侵入されていては怒られるも当然であった。


「あれは、グラナトゥム・マキナの一人、オーディンが持つ権能だ、全ての防火壁を突破する力がある」


「何でっ、そんな大事なことをっ、今頃になって言うのですかっ!」


「仕方ないだろ!わてもここまで事態が進むとは思っていなかったのだ!」


 ロムナの方が体格は随分と小さいはずだがペレグの体をがくがくと揺さぶっている。


(あれが奴の権能?……あの理知的なマキナが持っているとは思えないな……)


 敵ではある。だが味方ではないと言い切れないあやふやな立ち位置にいるマキナの顔を思い浮かべた。私のような者の話しにも真剣に耳を傾けた奴だ、それがあの獣のような騎士を従えているというのか。


(いや、今はそんな事よりもだ)


「テッド、通信はいつ頃まで使えた?」


「ナツメさんを起こす前です!」


「こんな短時間で…?」


「それだけ、奴らは本気ということかね、これは参った…」


「参っている暇はない」


 この事態を切り抜けるのが先だと、皆んなの目を見据えた。



✳︎



「残り三、もう間もなくアクセスできます」


「早くしろ。こんな所で手を(こまね)いている暇はない」


 ぐずぐずするなよ、すぐにマキナの犬共が臭いを嗅ぎつけてくるぞ。

 オーディン・マテリアルの回収に向かった連中から報告は聞いている。上層で結成された簡易人型機実験部隊の隊員らにマテリアルの持ち出しを止められたということを、何ともおかしな話しだ。あの男を仕留めたのは我々だ、何が政府管理物だというのか。

 俺のすぐ隣にはサニアによって止めを刺されたマキナの骸が横たわっていた。そしてコンコルディアから伸ばされたケーブルを介してマテリアル・コアを掌握していた。


(からくりさえ分かればどうということはない)


 簡単な話しであった。かのゲートは端末操作ではなく()()操作、オーディンのマテリアル・コアが破壊されたと知ったガイア・サーバーがゲートを作動させたのだ。アクセス不可としか表示されていなかったコンソールが瞬時に切り替わり、ゲート解放のためのシークエンスを開始した。しかしそう問屋が卸さない、不正アクセスと知ったサーバーがゲート解放を拒否したのだ。コンコルディア経由でアクセス遮断を試みたようだがこちらにも手はあった、オーディンの力の一部を使わせてもらったのだ。物理、電子に問わず奴には攻撃手段を持ち合わせていたようで攻性防壁を張らせてガイアを追い払った。後はゲートを強制解放させるのみ、残る相手側の防壁は三つだ。それさえ破れば下層は目の前にあるのも当然であった。


「来たか」


 画面を注視しながらでも分かる、金属の回転音と大質量を持ち上げる爆発音、実験部隊の人型機が早速現れた。


「お前はハッキングを続けろ、俺が相手になる」


「分かりました」


 マキナの犬めが、革命の剣も持ち上げられない臆病者に何ができる。その人型機ですらマキナの息がかかっていることに何故気付かないのだ。



✳︎



「マヤサ、お前は現空域で待機」


[了解!]


「下手な動きをしたら遠慮なく撃て、いいな」


[…了解]


 手心を加えないか心配だが無理もない、つい最近までは共にビーストと戦っていた仲間なんだ。それがどうして、ビーストが根絶された今になって互いに睨み合うなど笑い話しにもならない。

 マヤサの機体を置いてあたしだけが高度を下げていく、少しでも威嚇になればと超射程を誇る電磁投射型対物ライフルをわざわざ担いできた。


「聞こえているな総司令、今すぐにハッキングはやめてもらおうか」


 マギールからの報告によれば、シグナルロストしたはずのマテリアル・コアが中層で復活し、なおかつゲート解放のためにハッキングを仕掛けていると連絡があった。医務室にアコックを詰め込んでから人型機を飛ばして対処しているところだった。

 総司令からの返事はなく大聖堂の裏手に移動していたコンコルディアがその巨体を持ち上げた、背中のハッチは開けっ放しで一本のケーブルが室内に繋がれているようだ、さらに一門だけ残った肩の砲身が素早く角度を変えていく。


[え、まさか、]


 マヤサの危惧通りコンコルディアから一発の砲弾が撃ち出される、その弾道は過たずあたしの機体を捉えていた。


(くそ!向こうは戦うつもりらしいな!)


 コンソールから発せられるロックオンアラートを耳に入れながら機体アシストに従いレバーを捻る、空間を揺るがす程の砲弾がすぐ横を通り過ぎていった。


(死にたくなければ……しかしだな、あたしは一体何と戦っているんだ?)


 アコックの道理は分かる、だが今この現実のどこに明確な敵がいるというのか、分かり合えば済む話しだというのに向こうが耳を傾けないだけではないのか、それに銃を取って応戦しなければいけないのか?悶々とした心持ちでいたあたしには総司令の声がよく響いた。


[撃つ気がないのなら銃を向けるなマキナの犬よ、為すべき目的も覚悟もない奴が俺の邪魔をするな]


 無用の長物となってしまったライフルを構えもせず警告を発するだけで、総司令の動きを止めることができなかった。



94.b



「海に潜りし、チタン合金、シンタクティックフォーム、耐圧殻、バラストタンク」


 ペレグさんの言葉に合わせて室外に見たこともない機械が生まれていく。


「そんなちまちま言わなくていいだろ早くしろ!敵が動きを止めている今がチャンスなんだよ!」


「な、ナツメさん!邪魔したら怒られますよ!」


 ナツメさんの言う通り、僕達に襲いかかってきた敵が剣を構えたまま微動だにしていない。いや、よく見てみればとてもゆっくりとだが移動しているようだ、まるで動画を見ている途中で通信障害を起こし映像が途切れ途切れで再生されている様に似ていた。


「うむ、完成したぞ、早う乗れい!」


 どうやって、そう聞く間もなく室外に完成した機械が部屋の中に突っ込んできた!


「うわぁ?!」

 

「早うせい早うせい!」


「やり方が強引にも程がある!」


「敵の動きが再開しました…」


「ロムナさん?!どうしてゆっくりしているんですか早くしてください!」


「見慣れてしまえばどうということはありません…」


 部屋の壁と、誰のものかは分からない椅子を壊して突っ込んできた機械は上部にでっぱりと厚いガラス球体がはめ込まれていた。その下に一人分が通れる小さな入り口がありまず先にペレグさんが乗り込んでいく、その後にナツメさん、それからロムナさんそして最後に僕の順番だった。


「テッド、今がチャンスですよ…」


「いいから早く行ってくださいよ!」


 敵が室内に侵入していた海水を跳ね上げ差し迫ってくる音が聞こえ、無我夢中になってロムナさんを押していく。ようやくロムナさんが中に入ったと思った矢先、何かが僕の足首を掴んだ。


「あぁっ?!!」


「この獣風情がテッドから手を離しなさい!」


 ロムナさんが一喝するなりいとも簡単に手が離れた。後はロムナさんとナツメさんに両手を掴まれ問答無用で引きずり込まれる。


「痛い痛い痛いっ!もっと丁寧にお願いします!」


 急ごしらえのためか元からこうなのか知らないけど、入り口近くで剥き出しになっていた繋ぎ目にあたる金属部が遠慮なく僕のお腹に当たってとても痛かった。


「出せペレグ!」


「ようそろーっ!!」


 初めて聞く掛け声と共に入り口が閉じられ、勢いよく室内から下がっていった。僕達がいた空間が何かに守られていたのか、大きく開けていたにも関わらずあまり侵入してこなかった海水が今度は全てを押し流さんと敵をも飲み込み一瞬で雪崩れ込む。


「助かった?」


「今のところはですが…それにしても狭いですね…」


「無理を言うでない、深海探査機はこんなものだ」


 ロムナさんの言う通り、初めて見た機械の中は狭い。ペレグさんがコンソール前に座りそのすぐ後ろに僕達三人が肩を寄せ合っていた。僕達を囲うように取り付けられた小窓の向こうには湖の中とは比べものにもならない程に広くそして濃い青色の世界が広がっている。


「見てみろ、敵もさすがに海の中では生き物同然らしいな」


 ペレグさんのすぐ横にある小窓から僕達を襲ってきた敵が四肢を投げ出し揺蕩っているのが見て取れた。僕達よりさらに上から一体の生き物が素早く泳いできた、その体長は敵と同じか少し大きいぐらい。以前に博物館で見たイルカ、シャチと呼ばれる生き物と体付きは似ているが何より違うのがあの歯だった。


「あいつまさか食うつもりか?」


「あれは、ホホジロザメだ」


 つぶらな瞳に全く似合わないその獰猛な口を開け敵に噛み付いた。


「何と…激しい…」


「さて、こちらの防火壁が守ってくれている間にわてらは行こうか」


「あれが壁に見えるのか?あんたは何を言っているんだ」


「やかましい!あれは防火壁!この世界の守護者だ!」


「要するにハッキングからこのナビウス・ネットを守っているということです…それを可視化しているのです…」


 三人の会話を聞いている間にも頬白ざめ?と呼ばれた守護者が敵を平らげていた、残ったのはあの剣だけ、音もなく海の底へと沈んでいった。


「これはやっぱり潜った方がいいんですか?」


「無論だ、上を見てみろ」


「いや見られないんだが」


「塔なるものは下に続いている、ならば潜る他にない」


「大丈夫なんだろうなペレグさん」


「それより、先程の守りは何だ、何故敵の攻撃が二人に通じない」


「………」


 それは僕も不思議に思っていた。家を出た途端に襲われたけど、斬られる寸前に何かに弾かれていたのだ。そして僕もそうだった、ロムナさんの一喝に怯えた訳ではなく、僕の足回りにホログラムプレートが展開されていた。


「知らないと言っている、何か問題でもあるのか?」


「当たり前だ、この世界はわてらのもの。異常は起こる前に検知できる、できないものは先程のハッキングか、あるいは、」


「ガイア・サーバーからの援助…それしか考えられません…」


 どうして僕達に?


「サーバーを通じて誰かが介入したということではないのか?」


「それはあり得ん、この世界は閉じられているはずだ。大地母神と連絡がつかないのだろう?こちらの状況が、明るみに出ることはない」


「だったら…」


 コンソールの一つから男性の声が漏れ聞こえてきた、その声は擦れ今にも消えてしまいそうになっている。


[……あーっ、聞こえ……ているか…]


「リウ!」


「無事か?」


[……こっちは、マズい……今……崩壊しそうだ……下層に……向かう連中は……本気のようだな、しくったぜ……]


 海底探査機のモーター音と皆んなの息遣いの音しか聞こえない。リウさんがどこにいるのか分からないがその状況が良くないことだけは分かった。


「そうか…」


「………」


[……な……に、心配……なって、最後に……一泡…………、……じゃあな!]


「勤めご苦労であった」


「また会いましょう…」


 それを最後に通信が切られた。ナツメさんの横顔を窺うと沈痛な面持ちでコンソールを睨んでいた。


「……私が言えた義理ではないが、すまなかった」


「何故謝る、その必要はない」


「お二人がここに来なくともいずれはハッキングを仕掛けられ消失していたことでしょう…」


「そうは言うが…」


「何、生まれて一年も経っておらんわてらが、ここまで忙しく充実できた。ひとえにお前達のおかげだ、気にせんでええ」


「そうですよ…あなたらしくもない。それにリウとはまた会えますのでお気になさらず…」


 そうして僕達は本来の目的を達するために深海へと潜っていった。



✳︎



[総司令、一つ突破しました、残りはあと二つです]


「さっさとしろ!これ以上無駄な消費をしている場合ではない!」


 俺の上空には戦えもしない人型機が二機、旋回行動を繰り返していた。コンソールからロックオンアラートが鳴り続け対応せざるを得ない、無駄な対応ではあったがこちらの邪魔にはうってつけの行動ではあった。それにオーディン・マテリアルと同期しているせいもあって自由に動くことができなかった。


(なんと目障りなっ!)


 何故あのような志しも覚悟もない連中に邪魔をされなければならないのだ!


[お困りのようだなセルゲイよ、この俺が手を貸そうか?]


(こんな時にまで!)

 

 コンコルディアに通信が入る、あの人外からだった。その声に含まれるのは蔑みと余裕、人の道を外したまさに外道だ。自らの脳に移植手術を受けるなど正気の沙汰ではない、それに留まらず子をもうけて受け継がせようとしている。あの甥とは一度しか会っていないが可哀想な存在だった。


「貴様に借りる手などありはしない!」


[だが、オーディン・マテリアルと同期した今の状態では手が出まい。俺が肩代わりしてやろう]


「何をするつもりだ!いつもいつもここぞという時に邪魔ばかりして!人を表舞台に立たせておきながらその体たらくは何だ!」


[それは誤解だな、出来の悪い弟の面倒をみてやっているんだ]


(相手にしていられない!)


 さっさとこの茶番を終わらせよう、コントロールレバーを操作しもう一度人型機に照準を合わせる、レールガンにエネルギーが回され砲弾が電気磁力を纏っていく。もう何度も回避行動は見てきた、トリガーを引く直前に人型機の予想進路に合わせて微調整を行った。


(ここ!)


 予想通り、発射と同時に機体を捻ったようだがそれすらも見越してようやく一発目を着弾させた。長い砲身を携えた隊長機と思しき人型機が右腕、それから腰にあたる一部を穿たれ地へと落ちていった。そして再びの警告音に眉をしかめる、ロックオンが外れたのに何故アラートが鳴るのか。


[馬鹿な男だ、その機体がガイア・サーバーに繋がれていることを忘れているのか?同士討ちはご法度、もう間もなく切断されるだろう]


 忘れたかった怒りが全身を駆け巡り、五月蝿い人型機を落とした喜びも瞬時に消え失せた。この男はいつもこうだ、伝えるべきを伝えず事が終わってから当然のようにそれを口にする。


[俺が手を貸そう、見ていられないな。せっかく貴様にもマキナの情報を与えたというのにその程度では先が思いやられる。一体何のために軍を掌握させたと思っているのだ]


「………」


 もう一機の人型機が隊長機を庇うようにして後退を始めている、再び照準に収めようとしたがコントロールレバーが動かない。人外の言う通りガイア・サーバーからエネルギーが絶たれたようだった。おそらくここまで人外にとっては予想の範疇なのだろう、力の限りにコンソールに向かって唾を飛ばした。


「方法があるならさっさとこの機体を動かせアリュール!!お前に代わってこの俺が下層まで下りてやる!!」


 返事はない、代わりに消灯していたコンソールに再び光りが灯る。


[これで動かせるはずだ、二度目はない。人型機など相手にせずゲート解放に尽力しろ、我らの悲願はもう目の前だ。神に見捨てられた貴様に席を用意した俺の好意を無駄にするなよ、セルゲイ]


 今度はこちらが返事の代わりにコンソールを殴った、軽くひびが入ってしまったが支障はない。

 

「アクセス状況を報告しろっ!!」


[あと二つ、もう間もなくです]


(どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!)


 誰のおかげで今日まで安全に暮らせてきたと思っているのだ!この俺が全てを諦め棒に振り総司令の席について指揮を取ってきたからだろう!何がマキナだ何が神だ!何の犠牲も払わず居丈高に存在している奴らが何より気に食わない!

 世界に産声を上げた赤子の中で一人、世界に向けて怨嗟の雄叫びを上げた。



94.c



 潜れど潜れど終わりは見えず、どこまでも塔が真下に伸びていた。海底探査機の光りだけが唯一の光源で発するソナー音がやたらと耳についた。

 ...総司令はここにいるペレグ達を知らないはずだ、だからハッキングを仕掛けゲート管理をしているナビウス・ネットの消失にも気を払えずにいる。それはあまりに無責任かつ無頓着と言わざるを得なかった、もしくはそれだけの決意があるということなのか、他者を亡き者にしてでも得たい何かがあるということなのか。


「その、なんだ…」


 迷いながら口にした言葉はペレグに届かず探査機の操作を続けている。


「何でしょうかナツメ…」


 いや、ロムナが宙に浮きかけた言葉を拾っていた。


「お前達は向こうでハッキングを仕掛けている奴らをどう思っているんだ、良かったらこの私が…」


 コンソールに目をやりながらペレグが呵々大笑し、私の言葉を斬って捨てた。


「馬鹿を言うな、ナツメ。そんな下らないことに、お前が囚われる必要はない」


「しかしだな!現にあんたらの仲間が一人!」


「リウが、復讐しろとでも言うたか?」


「………いや、言っていなかった」


「奴も奴なり勤めを果たした、ハッキングがあったればこそだ。そう捉えた方が得だ」


「何が言いたいんだ」


 この余裕はどこからくるのか、次は自分達かもしれないと恐れないのか?さっきは私のせいではないと言ってくれたが払拭できずに今も頭から離れない、別れ際に残したあの軽い男の声が。

 口の端を上げて少し遠回りの返事をくれた。


「ハッキングがなければわてらは互いに言葉を交わすことなく、今も無事安穏に過ごしていたであろうな。だが、そこに喜びはない、あるのは怠惰な平和のみだ」


「………」


「そもそもだ、お前さんらだけでなく管理していたリニアの街に人が訪れた時から、わてらの安穏は崩れていたのだ。敵か味方か、見極める目を養い、どう接触すべきか知恵を働かせ、勇気を持って足を上げることができた」


「………」


「良いかナツメよ、真の充実は安穏の中にはない。苦悩に立ち向かい、それを制覇した時こそ真の安穏だ。奴は今頃ふんぞり返って大満足していることだろうて」


「だが、」


「その結果が例え死であろうと、制覇した者にとってはどうでも良いことさね。お前が知らないだけだ」


 それと、そう言葉を繋げてから釘を刺してきた。


「わてらに戦う理由を求めても無駄だ、お前に復讐を願うことは何があってもない。向こうに戻った後はナツメ、お前だけの戦いだ」


「………そうか」


「苦難であろう、わてらには想像することも叶わぬ戦いだ。しかし、立ち向かえばお前も分かるさ」


「…何が一年しか経っていないだ、高説垂れやがって」


 返事の代わりにぶつけた皮肉をペレグが大笑いし、再び真顔になった。この深海の世界にもどうらや終わりがあったらしい。


「ようやく見えたぞ。ふぅむ……あれは何だ?ライトでも付けておるのか?」


「どうなっているのですかペレグ…ここからでは何も見えませんよ…」


 ペレグの前にある小窓には変わらず塔の外壁があるだけで何ら変化はないように見える。その小窓を覗き込むようにしてペレグが唸り声を上げていた。


「海底のはずだが…何故明るい?あれではまるで……」


 その時だった。ゆっくりと下りていたはずの探査機が急激に下方向へと引っ張られ始めたのだ。


「?!」


「むん?!これは何事だ!」


「これは…何かに引っ張られている…?」


「いえ、引っ張られるというより落下に近いのでは?」


「何でそんなに余裕なんだよお前ら二人は!!」


 小窓には激しい水流が見え、制御不能に陥っているのが良く分かった。さらには頭に血がのぼり始め天地がひっくり返ったような感覚に囚われる、これは人型機で曲芸飛行していた時と良く似た現象だった。


「まさか!」


 ペレグが吠えたと同時に海底を()()()()()。跳ね上げる水飛沫の次に見えたのが逆さを向いた大きな入道雲であった。


「あの人紛いめ!何故このような仕様にっ!」


「落ちてる落ちてる落ちてるぅ!!」


「まぁ…何とおかしな光景でしょうか、一足先に逝ったリウに自慢できますね…」


「言うてる場合か!」


 海底を突き破った先はまさかの大空、いつの間に逆さまを向いたのか知らないが頭上にもあった小窓には何もない、広い海面が見えていた。どれ程の高さがあるのか知らないがこのまま海面に叩きつけられたら無事では済まない。


「どこまで普通を拒めば気が済むのだ!」


「ですが、道順として合っているのではありませんか?あの時上昇していたら今頃海底に叩きつけられていたのかもしれません…」


「だからと言って空にほっぽり出すこともないだろ!ペレグ!何でもいいから飛ぶように何か言え!」


「こんな状況下で権能を行使しろとな?!」


「じゃないとこのまま海面に叩きつけられて木っ端微塵だぞ!」


「あぁあぁ!………と、鳥!」


 小窓のすぐ外側で生まれた鳥が小さな翼をはためかせ落ちている海底探査機から離れていった。


「鳥が飛んでいっただけじゃないか!真面目にやれ!」


「ペレグ…パラシュートはどうでしょうか…」


「探査機にパラシュートを付けろっ!!」


 言われるがままにペレグが叫び、探査機に鈍い衝撃が走る。そのおかげで誰かと頭をぶつけてしまい星が飛んでしまったが、今度は上方向に引っ張られゆっくりとした速度で落ちていく。


「いたたた…」


「ナツメの……石頭め……」


「………な、何とか、なりそうですか?」


「ほぅほぅ…この借りは必ず返すぞ×××め、覚えておれ…」


 発言できないと知りながらなお呪うように呟いたペレグ。殺さんばかりの落下が収まり辺りを眺める余裕ができた、そして少し遠くに長い塔を発見した。


「あれか…もしかして古代端末があるという最上階は…」


「ロムナ。ふざけるでないぞ!」


「分かっていますよ…少々お待ちを…」


 ロムナが権能を行使して塔の精査が始まった、塔自体はこの仮想世界だけのもののようだが屋上に置かれているのは間違いなく端末であると断言した。


「ならば良い。探査機を飛ばすは、ファンローター、ファンステーター、低圧圧縮器、高圧圧縮器、燃焼器、高圧タービン、低圧タービン…」


 パラシュートのおかげで余裕を持って言葉を繰り出し今度は探査機にジェットエンジンを再現させた。思い出したように「翼」と発言した後、体が重力加速度によって後ろへと押し付けられた。見る間に塔が近付いてくるがその反対側の空におびただしい異物を見つけて声を張り上げる。


「ペレグ!」


「見えておる!この仮想域にまで押し寄せてきたか!」


 探査機はあくまでも探査機なので、そもそも誰かにロックオンされることは想定されていない、当たり前だが。異物が群れをなすその一角に閃光が走り、間を置かずして弾丸が殺到してきた。


「あれもやっぱり総司令達のハッキングでしょうか?!」


「他に誰がいる!下層を目指しているのはあいつだけだ!」


「それにしても何故オーディン・マテリアルが…加担しているということでしょうか…」


 おびただしい異物がさらに接近しその姿形を良く見ることができた。悪趣味な家を襲った敵と少し違うが似ている、槍、剣、大砲と様々な武器を構えたオーディン・マテリアルがさらに接近してくる。


「ペレグ!攻撃手段を早く!」


「今こそあの雪辱を晴らす時だ!大竜よ!全てを焼き払え!」


 瞬間の内に探査機上空に形成されたあの見所なしの竜が口に溜めた火だるまを前方に向かって放射している、赤くそして激しい炎が空中展開していたオーディン・マテリアルを丁寧に一体ずつ丸焼きにして海面へと落としていった。


「今のうちに参りましょう…次から次へと来るはずです…」


「言われなくとも、分かっておる!さぁ最後の一踏ん張りさね!」


 威勢の良い掛け声と共に探査機がさらに速度を上げて塔へと向かっていった。



94.d



 到着した塔の最上階には、ペレグさんによって焼き払われた敵の一部が転がっている以外に何もなかった。白い石が敷き詰められた地面に太陽の直射日光が当たりその照り返しで暑かった。端に降り立った僕達は急ぎ探査機から出て端末を探す、どこにも見当たらないようだけど...


「ペレグ!今のうちに私達にも武器を出してくれ!」


「とっておきを、出してやろう!」


 大股で歩きながらペレグさんが言葉を紡ぎ、ロムナさんとナツメさんはくまなく端末を探している。


「古代端末と言ったな?!どんな形をしているんだ!」


「この目で確かめるまでは分かりません!」


 いつもはおっとりとした喋り方をするロムナさんもこの時ばかりは言葉に勢いがあった。


(古代……古い時代の端末……え、まさか)


 さすがにそれはどうなんだと気付いた僕も訝しむが、屋上の中央にきらりと光りを反射している物を見つけ何も言わずに駆け出していた。


「テッド?!」


「何か見つけたのですか?!」


「あそこです!中央に落ちています!」


 走り出すや否や白い地面にいくつもの影が生まれ僕の上を通り過ぎていった、上向けば編隊飛行で隊を組んでいる敵が出現していた。


「こんなにも早く!ペレグ!」


「これでどうさね?!」


 権能の発動を終えた途端に僕とナツメさんの後ろに人型機の上半身が現れた。その手に握るアサルト・ライフルを遠慮なく敵へ目掛けて発砲し、塔の中央から遠ざけようとしてくれている。


「今のうちに!テッド!」


「はい!」


 敵が人型機のアサルト・ライフルをものともせずに突っ込んでくる、さっきは逃げていたのにどうして、すぐに答えが分かった。


「なっ?!」


「そうか!そうか!お前さんらの現象が良く分かった!」


 人型機の攻撃も敵に弾かれているのだ、敵もそうなら僕達もダメージを負わせることができない。だけどこれでは何の役にも立たない、懸命に足を動かし敵に奪われる前に何としても端末に辿り着かなければ!


「テッド!端末を拾ったらわてに投げろ!」


「はい!」


 あと少し!間一髪のところで投擲された槍が端末を貫いてしまった。



✳︎



「ゲートの管理権限を一時奪取しました」


「フャイアウォールはどうなっている?!」


「まだ生き残っていますが時間の問題です、すぐに解除できます。オーディン・マテリアルももう必要ありません」


「ならばいい!俺はコンコルディアで待機している!」


 コンソールに繋げられたケーブルを引き抜き窓の外へと放り投げる。その瞬間に無理やり生かされていた哀れな骸が最後の灯火を消し、いよいよ鉄の塊りへと変貌した。


(これでいい、後は下層に攻め込むのみだ)


 管理室の扉を開け放ち外へと出る間際、後ろから不審がる声が漏れ聞こえたがすぐに片がつくだろうと歩みを止めなかった。


「これは一体……」



✳︎



 貫かれた端末は予想通り折り畳み式の携帯電話だった。ティアマトさんの仮想世界で慣れ親しんだあの携帯電話は今、槍によって粉々に砕け散っていた。


「そんな!」


「ふん!あの人紛いめ!存在通りに紛らわしい物にしおってからに!」


「どうすんだよ!」


「どうもこうもせん!ここからがわての本領よ!」


 空にはまだまだ敵がわんさかといる、さっきまでとは違いその鎧には煌びやかな装飾が生まれ、昼間にも関わらず星が瞬いているように見えた。ペレグさんが僕の横を通り過ぎ、端末を貫いた槍の柄に手を触れた。そして、力の限りに踏ん張り槍を抜こうとしているがびくともしていない。


「ゲートの管理権限はあちらにあるのですよ?!何をしているのですか!」


「見て!分からぬか!取り戻すまでよ!」


 さらに力を込め、太い腕を隠していたスーツが破れていく。唸り声を上げていたペレグさんが天を見上げ不敵な笑みをこぼした。


「言の葉を知り尽くした…っ、わてを侮るなよ…っ!」


 もう一度力を込めるために視線を下げた、その隙を突くために敵が殺到するがそうはさせない。僕とナツメさんに与えられた人型機が敵の進行を妨害するためにペレグさんを囲った。


「攻撃できなくとも邪魔ぐらいはできるだろう!テッド!」


「はい!」


 ペレグさんを挟み僕とナツメさんで援護に入る。雨あられのように降り注ぐ弾丸を人型機の腕を目一杯に伸ばして防ぐが、どうしてもこぼれてしまう。いくらかペレグさんに被弾してしまったが一切揺るがない。


「平気かっ?!」


「……サーバー、オリジン・ベース、プログラム・ガイア、ゼロ・ベース…」


 変わらず槍の柄を握り締め額には大粒の汗を浮かばせているが、ペレグさんの顔は涼やかそのもので静かに言葉を紡いでいた。


「……権能の細分化、言語、記録、セキリュティ…」


 敵もこちらも攻撃が通らず邪魔をし合うしかないが、あちらの方がその数に軍配が上がっている。敵も回りくどいことはせず物量に任せて押し切り始めた。


「ペレグっ!!」


「何のこれしきっ!」


 人型機の腕を潜り抜けた敵がその手の槍を構えペレグさんを刺し貫いていた。


「……わてこそがこの世界の管理者なり、故にわてこそ全てを管理するものなり!何人たりとも掌握を免れること叶わず!早々に散れい!」


 爆ぜた、あれだけ密集していた敵が一瞬のうちに四散し跡形もなく消え失せてしまった。それと同じく守ってくれていた人型機もだ。


「はぁー…ハッキングは免れた…ロムナよ、頼んだ」


「はい」


「……何をする気なんだ?」


 満身創痍のペレグさんに近寄りはしたが助けようとはしない。その行動の意味が分からずナツメさんも恐る恐る声をかけていた。


「ペレグがここに至った全てを暴き記録せず……解体致します…」


「……解体?何を言って、」


「…良い。ゲート端末が誕生した理を解いたわてがそのものになり、散れば二度とアクセスはできまいて」


「馬鹿なことを言うな!何故お前が消えなければならない!」


「始めろ。ロムナよ、お前も後から来い」


「はい…お二人を送った後に伺います…」


 ナツメさんが止める間もなく権能が行使されてしまい、ペレグさんがスキャニングされていく。ロムナさんの言った通りただ読み解いていくだけでペレグさんの体が薄らぎ始めた。


「何だってそんなことまでっ、他に手はいくらでもあったんじゃないのか!」


 リウさんに続いてペレグさんまでもが消えかかり、ナツメさんが必死の形相で訴えかけていた。けれどペレグさんから予期せぬ言葉返ってきた。


「羨ましいか、ナツメよ…」


「……は?羨ましい?」


「ここはわての戦場だ。お前はただの傍観者に過ぎん、だから手を出されずに済んだのだ…」


「………」


 また、不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「わては己が権能を行使し勝ったのだ、これ程愉快なことはない。案ずるなナツメ、次はお前の番だ」


「………」


「ペレグ、お勤めご苦労様でした…」


「うむ…ではな」


 そう軽く挨拶をし、ペレグさんの体が天へと昇り失せてしまった。ここに残ったのは僕とナツメさん、それからロムナさんだけだった。


「では、私も最後の仕事をしましょう…この世界そのものを解体しあなた方を向こうへ送り届けます…」


「……やめろと言っても、」


「やめませんよ。あなた方はサーバーによって隔離されて安全を保てていますが、それは外界から断たれたも同じこと、このままでは現実に帰還することができません…」


 ロムナさんの静かな話し声が耳に届き、感情を抑えつけて頭で理解してしまった。ロムナさんまでもが消えなければ僕達は帰れない。


「…あなただけでもこっちに来れないですか?」


「それはできません…ペレグとリウに合わせる顔がありませんから。それにこれが今生の別れではないですよ、また会えますのでお気になさらず……では、」


 始まった。世界の解体が、僕達がゲートを閉じるためにアクセスして仮想世界そのものが終わりを迎えようとしていた。世界の端からひびが入り天へと駆け巡り、空間が破片となって雪のように落ちてくる。


「最後にお願いが…」


「……言ってみろ。何を言うかは読めるが…」


「どうかテッドに口付けを…」


 ナツメさんが僕に視線を寄越してきた。その目にあるのは怒りではなく嘆き、この事態を招いた犯人かそれともこの期に及んでもまだおかしなことを言うロムナさんか、それは分からなかった。

 ロムナさんに近付く、足元から消えかかっていることに気付き胸が締め付けられたが堪えてその頬に手を伸ばした。


「あぁ…」


 ほんの一瞬ではあったけど、その透き通るような白い肌に口付けをしてゆっくりと離した。


「これで…あの二人に自慢できます…」


「…そう、ですか…」


「はい…あなた方はそのままお待ち下さい、ナビウス・ネットの骨組みが消えれば向こうで目が覚めるはずです…」


 世界の崩壊が止まらない中、最後の異変が上空で起こった。割れた空から伸びる手が二本、真っ直ぐにこちらへと向かってきた。


「あれは?!」


「まだ何かあると言うのか!」


「あれがハッキングの大元ということですか…いよいよ本腰を上げたのですね、さて、これは困りましたね…」


「困っている場合か!テッドのキスまでもらったんだ何とかしろ!」


 ナツメさんが涙目になりながらも唾を飛ばしている。


「いやしかしですね…ペレグもリウも逝った後では何も打てる手が…」


「あ、あれは?!あれは解体できませんか?!」


「この世界に存在しないものは不可能です…」


「最後の最後に!」


 ロムナさんの消失も止まらない、今ではもう半分程消えかかっていた。


「敵は何が何でも解放したいようですね…その本気具合、はっきりと言ってドン引きです…」


「ど、どうするんですか?!というかどうすればいいんですか?!」


「ナビウス・ネットが消失し、あなた方も帰還した後に残ったコアを掌握するつもりなのでしょう…そうなってしまえば止められる術はありません…」


 空から降りてくる巨大で不気味な手はもう目前だ、そしてついにロムナさんが僕達を残して旅立った。


「お力添えができず申し訳ありませんでした…報酬だけ貰った駄目社員のようですが、このキスだけは何があっても返しませんのであしから、」


 最後まで(おかしな事を)言えず、跡形もなく消えてしまった。残るは僕達二人、なす術はない。このまま黙って見ているだけなのかと思った矢先、最後の最後の異変が起きる。


[I was waiting for this time!知ってるか?捕食者が最も気を緩める瞬間がいつなのか、まさしく今!]


「この声!」

「リウか!」


 僕達の驚きには反応してくれず、構わずに喋り続けている。



✳︎




[俺達三人が居なくなってさぞかし気持ちが良いだろうなぁ!獲物を手に取り気兼ねなく口を開けるだけだもんなぁ!でも残念!]


「おい!何だこの声はっ?!どうなっているのだ!!」


[わ、分かりません!全て突破してから急に!]


[Poisoned!食えばお前達もあの世行きだぜぇ?食えるかなぁ?食うだろうなぁ]


 ふざけた口調をした男が先程から喚き散らしていた。コンソールにはゲート管理の同期させていたが未だ異常は見られない。ただのはったりかと思いきや、


[反転!今度はこっちが食らう番だぜ覚悟しな!]


 その言葉を最後にようやく切れたがインカムから、それとコンコルディアから悲痛の叫びが上がった。


[総司令!ハッキングを受けています!このままではコンコルディアが制御不能になってしまいます!]


「言われなくても分かっている!今すぐに接続を切れ!」


[駄目です!既にコンコルディア内部に侵入しています!]


「何だと…っ?!」


[これは?!外部からではなく内部から?!一体どうなっているんだ!]


 毒とはそういうことか!防火壁の消失と共に発動するよう遅延型のウィルスを仕込んでいたのか!


(制御不能だと?!違う!マテリアル・コアを破壊するつもりだ!)


 くそ!後少しというところで!


「くそ!くそくそ!邪魔ばかり!!」


 何度もコンソールを殴り、忸怩たる思いでパイロットシートから離れた。エモート・コアとしてパイロットが居なければコンコルディアは機能しない。ウィルスの進行は止められるがそれは二度と乗れないことを意味していた。


「くそったれがぁ!!」


 下層進行への足がかりを失った俺はもう一度雄叫びを上げ、怒りに任せてハッチを開いた。

※少しお休み頂きます。次回更新 2021/7/29 20:00 予定

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