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第九十二話 諦めるには遅い場所まで歩み続け、

92.a



「お、覚えていろアマンナ…この借りはいつか必ず返してやるからな…」


 珍しい、あの無責任ゼウスがここまで醜態を晒しているだなんて。ま、わたしのせいなんだが。


[それはこっちのセリフだよゼウス、これでようやく借りを返せたってもんだよ]


「やり過ぎだからアマンナ、ガニメデさんが変わってなかったらゼウスさんどうなっていたのさ」


 シェイクしてやった、わたしの手のひらに収まったゼウスを包んで振り続けてやった。

 温泉前でじゃんけんをして見事ゼウスが手のひらに選ばれた。コクピットにはパイロットとあと一人しか乗れない(嘘)と言って最後の一人は手のひらに乗せて移動していたのだ。


[アマンナ様、着いたらゼウス様にはきちんと謝ってくださいまし。この方がいなければ私達は移動すらできなかったのですよ?]


 ガニメデが手のひらの上から注意してきた、こいつもこいつでよく分からない。最初はあんなに喧嘩腰だったのに今や「様」付けだ、どんな心変わりをすればああも態度が変わるのか。


[自分の立場ってもんが分かってないね、ゼウスと同じ目にしてあげよう…]


 言い終わる前から機体コントロールが消失してしまい少しだけ慌てた。どうやらアヤメがコントロールを預かったらしい、その冷たい声音にはさすがに肝が冷えた。


「今のアマンナは嫌な感じ、私がモンスーンまで飛ばすから、いいね」


[………]


 ...やり過ぎた?

わたしより幾分落ち着いたコントロールで機体を飛ばして街へと向かった。その間、誰も言葉を発さず()()()()風の音を聞きながら流れる風景に目をやっていた。



 温泉地帯を超えた後は、人の背丈より何倍も高い草が生い茂り他の森と比べても明らかに背の高い樹木がうっそうと並び立つ地帯に入っていた。グガランナの偉そうな講釈によればわたし達が通ってきた地帯は熱帯雨林と呼ばれるものらしく、確かに牛型のマテリアルで巡っていた時はよくスコールに遭遇した。今回は運良く滝のような雨に打たれずに済んだが帰りはどうかは分からない。向かっている街の名前にもある通り、この一帯は雨が多量に降るよう設定されているらしく森林を抜け高原を通り過ぎた先にはその元凶とでも言えばいいか、季節風を生む街があった。わたし達の目的地だ。

 ゼウスがいつもの調子で話し始めた、アヤメのぷんすか状態もなりを潜めていたのでこいつなりに空気を読んでいたのかもしれない。


「あれがモンスーン、中層一帯の雨雲を作っている街さ」


「雲を作っているんですか?」


「そうだよ。街全体で常に水蒸気を発生させて任意に風を吹かせて運んでいるのさ、まさしくラムウが住む街ってね」


「はぁ…凄いですね」


[さっき言ってた百年待たされた話し、あそこだから]


「そういえばそんなこと言ってたな…その話しは本当なんですかゼウスさん」


 もっっっっっと強く言ってほしかったけど仕方ない。


「いやぁ、あの時はねぇ、それどころではなくてさぁ、ごめんね?ちゃんと覚えていたんだけど手が離せなくてね」


 へらへらと笑い頭をかきながら誠意のカケラもない態度で頭を下げた。何気これが初だ。


[今ようやく謝ってもらいました……バツ!]


 アヤメがまた新しいネタを放り込んできたと言ってから、


「それロムナさんのネタだからね」


「彼女がそんな事を言っていたのかい?人は見かけによらないね」


「………」

[………]

[………]


 ゼウスの発言に三者一様に黙り込む。え、何故知っているんだ、元々も名前はなくわたし達のために「便宜上」その場限りの名乗りをしただけのロムナのことを。わたしもアヤメもガニメデもその話題は口にしていない。ようやく失言に気付いたのかゼウスまで素知らぬ顔で黙り込んだ。


[ゼウス]


「いやいや、たまたまさ」


「もしかしてサーバーから見ていたんですか?」


 ちっ、余計な助け舟を...


「そうそうそれ!たまたま君達が彼女達と同行を………」


[ゼウス!]


 間違いなく()って言ったな、それはさすがに言い逃れはできないだろ、観察しているだけではエモート・コアが複数あることは見抜けないからだ。


[ゼウス、何か知っているなら白状して]


「そんな人聞きの悪い、君達と同じように卵の調査をしていただけさ、これは本当だよ」


[そうじゃないよ、キメラ型ピューマの存在について始めから知ってたんだよね?]


「それはそうなんじゃないの?ゼウスさんはテンペスト・ガイアさんの次に偉いんだよね、何をそんなにつんけんしてるのさ」


 アヤメが知ってて当たり前ではないのかとゼウスに大船まで出した。出された本人はあまりの大きさにたたらを踏む新米船乗りのようになっている、つまり何を言われているのか分からないという表情だ。()()()()()()()()


「…君は良く知っているね!こんな所にまで情操教育が行き届いているなんて夢にも思わなかったよ!」


[何が情操だ、人の人生を狂わせるな]


「アマンナ!」


[ぺっ!しーらない!もう知らないから!]



✳︎



 しーん、だ。モンスーンに到着しているのにコンソールから何の返事も返ってこない。


「アマンナぁーいつまで拗ねてるのー行くよー!せっかくゼウスさんがドローンを作ってくれたのにー!」


 コンソールをぱしぱし叩きながら話しかけるがまるで反応しない、ゼウスさんとガニメデさんは先にモンスーンの目抜き通りに向かっていた。


(何なの急に…良く分からない…)


 エディスンのホテルでは男性隊員を皮肉混じりに追い返して大人びていたのに、急に子供みたいに拗ねて引っ込んでしまった。


「ここにいてね!ドローンは自動追従で飛ばしておくから来たかったらいつでも来て!」


 それだけ伝えてから私もコクピットから降りた、無理やりにでも連れて行きたいがそのうち機嫌が直るだろうと今は一人にしておくことにした。


(カーボン・リベラの街に似ている…)


 山岳地帯に作られたモンスーンは、主要区にあるセントラルターミナルから見た景色とよく似ていた。広い円盤の上に築いた街を一本の柱で支えているのだ、ここはその縮小版といったところか。森林豊かな山脈に伸びた柱は全部で八本、その柱の高さも不揃いでカーボン・リベラと同じように価橋で繋げられているようだった。


(もしかしたら…)


 カーボン・リベラに似ているのではなく、カーボン・リベラがこの街を真似て作られたのかもしれない。そう思うとリニアの湖、それから温泉地帯は第六区と言えるし、ベラクルの街並みも違和感なく受け入れられた、探せば私のアパートが見つかりそうなぐらいよく似ていた。サントーニ...はまだ良く分からないが、タイタニスさんが中層の街を元にしてその集大成として上層の街を築いたのではないか、そう思えてならなかった。

 電動ロープから降り立った地面はアスファルトでも石畳みでもない、もちろん柱の上に築かれた街なので土くれでもなかった。


「何だこれは…」


 一面灰色で光沢はなくざらざらとした表面をしている、それによく見てみれば細かい穴が空いているのだ。

 上空から静かなプロペラ音でドローンが降りてきた、人型機のファンを直す際に使ったナノ・ジュエルの残りで作られたドローンは見た目以上にしっかりと飛んでいる。前回は単眼だったが今回カメラは二つ付いていた、右に左に動いた後に私を捉えてすぅっと降りてくる。どうやらアマンナではないらしい、はしゃぎもしないし危なっかしい操作もしない大人しいドローンが私の後に付いてきた。


「よろしく頼むよ相棒」


 よく分からない道を踏み締めながら二人の後を追った。



「アマンナ様は?」


 首を振って答えた。


「全く…アヤメに怒られたぐらいで拗ねてしまうなんて情けない…」


「そう?そんな感じだった?」


「えぇ、あれは拗ねているのですよ、放っておけばそのうちひょっこりと顔を出すでしょう」


「良い薬になるだろうから気にしなくてもいいよ。というかもう少し強めに言ってもらいたかったんだけどね、アマンナは君の言うことだけは聞くようだから」


 そうかな、何度かアマンナと喧嘩したことがあるけど...

 三人並んで歩く街並みは、はっきりと言って変だった。リニアのようなちぐはぐでもなく異臭もないが建物の形が変わっていたのだ。


「あそこに皆んな住んでいたんですか?」


「変わった形をしていますね…」


 ガニメデさんも私の隣から覗き込むようしにて建物を仰ぎ見ている。一階部分は広く屋上部分に向かうにつれて狭くなっていくのだ、言わば台形に近い形をしており何とも住みにくそうではあった。


「それに、屋上から煙が出ていますね、燃えているわけではなさそうですが…」


「あれはただの水蒸気さ、言ったろう?この街で雲を作っていると」


「え、じゃああれは加湿器なんですか?」


「そうだよ、その中に人の住処もある。割合でいえば半々かな?中に入れば水蒸気を吹き上げるファンもあるよ」


 ゼウスさんはあまり興味がなさそうだ、この街をラムウと呼ばれるマキナの人と住んでいたみたいだから当たり前かもしれないが。

 目抜き通りから見える景色は、変わった建物の群れと低い位置に作られた他所の区の街並みが一望できる見晴らしの良いものだった。惜しむらくは晴れていればと思うが、ゼウスさん曰くモンスーンの街は年がら年中曇り空らしい。晴れるのは年に数度、特別な日や住んでいた人達からの要望に答えた時しか天候操作は行わなかったと、どこか他人行儀にゼウスさんが教えてくれた。そのことを聞いてみると、少し慌てた様子で答えくれた。


「いやいやそんなことはないよ、ただ昔っから多忙の身でね、あまりこの街には居なかったんだよ」


「では、分割統制期も忙しかったのですか?」


 ガニメデさんの聞かんとしていることを先回りしてゼウスさんが答える。 


「生憎だけど答えられることは少ないよ、何せ僕もラムウもリブートを受けているんだからね。一応モンスーンの中枢区画へ案内してあげるけど残っている記録は天候関連のものばかりだ」


「それは残念です」


「リブートを受けるってどんな感じなんですか?前の自分と今の自分は違うってことぐらいしか分からないんですけど…」


 二人と出会ったばかりの頃はよくグガランナがアマンナに「リブートされたくなかったら大人しくしていろ!」と注意していたのだ。グガランナから、人で言えば死と同義であると説明を受けていたがいまいちピンときていなかった。

 ゼウスさんが少し頭を捻ってから説明してくれた。


「宗教的な観点から見ればリブートは生まれ変わりだね、日常的な観点から見れば大昔の記憶と同一さ」

 

「?」


「アヤメは今年でいくつになるんだい?」


 え、こんな所でまさか自分の歳を白状することになるなんて...


「じゅ、十八になります…」


「なら、一歳の時の記憶は残っているかい?」


「まさか、何も覚えていませんよ」


「それと同じさ、僕達にリブート前はどうだったと聞かれても君と同じように覚えていないと答えるだけ。リブートの目的は損傷したコアの修復だから蓄積した記憶だけが消されるのさ」


「人格や思考の方向性は残されるというこですか?」


 難しいことを聞いているのはガニメデさんだ、少し遠くに一際高い建物が見え始めた。


「う〜ん…残されるというより設定を引き継ぐと言った方がいいかな?そこらへんはガイアに聞いてみないと僕の口からは答えられないよ」


「ガイアって、テンペスト・ガイアさんのことですか?」


 ゼウスさんが向かっているであろう目的の建物に視線をやってから答えた。


「いいや、プログラム・ガイアさ、母なる大地がマキナを産んだんだから当たり前だろう?」


 念を押すような言い方だ、何か変なことでも聞いただろうか。

目抜き通りから一本入った道の先にモンスーンの中枢にあたる建物があった。仮想世界の訓練校にもあったクリアランス・デリバリー(管制伝達承認席)とよく似た外観で、街の記録はあそこに保管されているとどこか調子っ外れに陽気な声で教えてくれた。



92.b



[一先ずイエンについては問題ない、あたしが責任を持って仕事を押し付けようと思う]


 ここへ来た時は緊張した面持ちだったスイがカサンの声を聞いて今は顔を綻ばせていた。(儂はあまり好みではない)その可憐な体を端末に寄せてカサンの声に聞き入っているようだ、いやもしかしたら話しをしたいのかもしれない。


「それは頼もしい、セルゲイの様子は?」


[大っぴらにはしていないが準備を進めているようだ、それと大破したコンコルディアにも部隊の連中と一般市民を向かわせている、どうやら修理して使う気でいるらしいな]


「だろうな、あれはマキナの模造品だ、儂も調べてみたが良く出来ておるよ」


[それから調整官が姿を見せない、ナノ・ジュエルの奪い合いは水面下で続けられているぞ]


「そうか…アコックはどうしておる」


[その調整官を探している。あんたは何かとワケありを見つけてくるのが上手いようだな、スイに付いた男も大丈夫なのか?もしスイの身何かあればこの人型機をセルゲイに差し出すからな]


 自分の名前を呼ばれたスイが口を開きかけたが我慢するようにソファに身を沈めた、その様子をアオラも見ておりやれやれと肩を竦めて儂に視線を寄越してきた。


「その脅しは現実にはならんから安心しろ。ほれスイよ、お前さんからも一言いってやっておくれ」


「はい!カサンさん!私は大丈夫ですよ!」


[スイか!お前も居たんだな、どうだアオラに変なことされていないか?奴は飢えた男よりたちが悪いからな]


「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ!」


「大丈夫ですよ!アオラさんはいっつも優しくしてくれますので!カサンさんこそ大丈夫なんですか?」

 

[あぁ、お前の顔を見たら元気が出てきたよ。すぐに帰るから待っていてくれ]


「はい!」


「よく言うぜ、スイちゃんのこと全然信用してなかったくせして」


「そうなんですか?」


[いやいやそんなことはないぞいつだってお前を信じていたさ]


「珍しいな、お前さんが慌てるなど」


[あんたは黙っていろ!]


 慌てる様子のカサンをスイが笑い、アオラが眩しそうにやり取りを眺めている。いやはや、人は変わるものだと感心した。

 スイもそうだ、初めて会った時は戦闘機にデータを移されたとんでもない姿だったのだ。それが今となってはカーボン・リベラいちの美少女と謳われ(前の姿が良かったんだが...)ネットでも人気を博している。その画像の殆どが盗撮紛いなのでそろそろ検閲させてもらうが、これも街が元気になってきた何よりの証拠だった。


(だが…)


 スイの出立ちは特殊、それも極めて異例だ。元はただのデータに過ぎなかった女の子が現実に肉体を手にし、今もこうして親しい者達と笑顔で会話をしている。グラナトゥム・マキナも似たようなものだがプロセス、言うなればかかった年月が段違いなのだ。何年もかけてAIを完成し、自我、自意識を持たせ、サーバー内において自己を確立するためにコアを生成した。ここに至るまでの年月が百二十年、大地母神の名の通り一番始めに誕生したのがあのティアマトだ、それを雛型にして残りのマキナが誕生していくのだが...スイに関しては一年と経っていない。恐るべき速度で仮想世界から現実世界に進出したことになる。

 考え込み過ぎていたようで、会話をしていた三人が儂を見つめて黙っておった。


「何だね?」


「いえ…急に黙り込んでしまったのでどうしたのかと…」


「いや何、儂は今の姿より前の姿の方がスイには良く似合っていると思っていてな。あのマテリアルはどうしたのだ?破棄するだけならこの儂が…」


 みるみる虫を見るような目付きに変わっていく。


「……あのマテリアルを基にして今の体がありますので…」


「そうか、それは残念だ」


 今度は虫を見る目から敵を射殺す目に変わった。


「さて、儂は用があるのでお開きにしよう。アオラ、上層連盟の動きは良く監視しておけ」


「逃げるつもりだぜあの変態野郎」


「好きなように言え。それからカサンよ、イエンを引き連れてコンコルディアを調べてこい、手はまだ出すなよ」


[あぁ分かっている。スイ、あまり無理はするなよ]


「……?は、はい」


 何故私?そんな顔をしている。

切られた通信端末の画面を見ていたスイがやおら立ち上がり、先に部屋の扉に向かっていたアオラの後に付いて行こうとした。


「待てスイよ、お前さんにもそろそろ仕事をしてもらう」


「あ、はい!よろしくお願いします!」


「気取るな、お前さんに任せたピューマについて一肌脱いでもらからそのつもりでいろ、よいな」


「はい!」


 部屋の入り口から「後で拳銃の使い方を教えてやるよ」とアオラが儂を睨みながら言っている、それを聞き流してから総司令代理の席についた。

 賑やかだった室内は静まり返り、端末を立ち上げるモーター音とやけに耳につくようになった自分の呼吸する音だけが届いていた。


「懐かしい、まるであの時と同じだな」


 違うのは心構えだけだ。あの時は研究と実験に明け暮れていたが、今は街と人のために動き回っていた。立ち上がった端末はメイン・サーバーと繋がっているあるプログラムだ、これを開くのも随分久しぶりだと感慨にふけながら古い友人に話しかけた。



✳︎



「イエン、早速仕事だ、準備をしろ」


「どこへ行くんだ?」


「この街の大聖堂だ、そこで総司令が準備を進めているらしい、その監視だ」


「あぁ、あの偽物を直しているのか」


「そうだ」


 あたしの言葉に「どっこらせ」と掛け声を出しながら立ち上がり、預けた拳銃をホルスターにしまった。それを見届けてからあたしも準備に入る。


「俺達二人だけで行くのか?」


「大所帯で監視するわけにはいかんだろ、当たり前だ」


「なら部隊はここに残しておこうか、しばし待て」


 あの初階層で見た連中か、四人のお守りをしてくれるなら心強い。


「………」


「何をやっているんだ、早くしてくれ」


 だが、手を上げた状態で固まってしまっている。それに何も変化が起きない。


「……そんな馬鹿な、展開出来ない?何故だ…」


 太い眉毛を盛大に曇らせ肩を落としている、それなら仕方がないとイエンの肩を叩いて部屋から出るように促した。


「そんな日もあるさ、マヤサとラジルダをここに呼ぼう」


「いやいや、俺はマキナだぞ?不調などあってたまるものか…」


 ぶつくさと文句を言い続けるイエンを連れて部屋を後にした。



 外に出やればあっという間に機嫌を直したイエンがコンコルディアについて訳知り顔で知識を披露してきた、あたしが知りたいのは製造過程などではなく驚異度についてだがわざわざ訂正するのも馬鹿らしいと相槌だけを打っていた。


「ファクシミレとは良く言ったものでタイタニスのマテリアルを模倣して作られているんだ」


「そうか」


「あぁ、ただのマテリアルでは動かせないから搭乗者がエモートの代わりを務める。あれは良く出来ているよ、さながら簡易型グラナトゥムといったところだな」


「そうなのか」


「…模倣品でありながらガイア・サーバーに接続できてしまうのは驚異だ、あれだけの機体を無尽蔵に動かせるわけだから止めるなら今のうちだぞ」


「そうだったのか」


「人の話しを聞いているのか?」


 ホテルを出て、破壊されたまま放置されている民家となぎ倒されたままの木が同じように放置されている通りにきていた。あまりに適当な相槌だったためにイエンがあたしを軽く睨んでいた。


「何故人型機を持ってこなかった、下層への進行を止めたいのだろう?」


「表だった動きは禁止されているんだよ、それに人型機で牽制なんかかけてみろ、今日明日にでも下層へ行ってしまうだろうに」


「ゲートの封鎖処置はナツメ達がやっているのだろう?そっちはどうなっているんだ」


「まだ報告はきていない、人型機で差し押さえるのはゲートを閉じてからだ」


「よもやセルゲイはゲートの場所を知っているのではないだろうな」


「どこにあるんだ?」


 あたし達が向かっている先を顎でしゃくってみせた。


「何?」


「大聖堂の地下だ、あそこに避難経路としてゲートが置かれている」


「それはまずいだろ…どうして今まで黙っていたんだ」


「マギールから聞いていないのか?」


 あんの狸親父め...帰ったら一度シメでやろう。


「なぁにが秘密主義では立ち行かないだ、あの野郎も黙っているじゃないか」


「何でもかんでも話すわけにはいかんだろ、ゲートの場所が明るみに出たらどうする。ま、俺が話してしまったわけなんだが」


 並木通りを抜けると鉄が引き裂かれる音が街全体に響き渡った。少し歩いた先にある大聖堂前で初めて目にするコンコルディアがゆっくりとその機体を起こしているところだった、どうやら修理に成功したらしい。


「あんな機体があってもビーストに倒されてしまったんだな」


「何を呑気なことを言っているんだ、監視に来たそばから復活しているではないか」


 広場の手前にいた一人の隊員があたしらの存在に気付いた、すぐさまインカム越しに何やら話している。


「いいさ別に、コンコルディアをこの目で見に行こうか」


 イエンを連れて広場に堂々と足を向ける、今のあたしらは上からのお目付け役だ、中層で獲得したナノ・ジュエルの横領を企む連中にとって邪魔で仕方ないはず。案の定、皮肉混じりの出迎えを受けてしまった。


「マキナの犬は呼んでいない、さっさと小屋に帰るんだな」


「そいつは奇遇だな、あたしらもただの犬に用はないんだ。総司令に会わせてもらおうか」


「……何?」


「聞こえなかったのか、てめぇの飼い主に会わせろと言っている、それとも人語は理解できないのか?ピューマの方がよっぽど賢いぞ、少しは見習え」


「何だと貴様っ!!」


 丸腰のあたしらに遠慮なく銃口を突き付けてきた、分かりやすく激昂してくれたおかげで騒ぎに気付いた他の隊員達が作業の手を止めた。それを快く思わない飼い主がこちらに歩いてくる、その顔は不愉快に染められ今にも殴りかかってきそうだった。


「何の用だ、邪魔だけはするな」


 おそらく見張りとして立たせていた隊員を奥へと引っ込ませ、代わりの者を寄越せと唾を飛ばしながら指示を出している。


「すみませんねお取り込み中のところ、前屈みのマキナが立つとか立たないとかの話しを聞いたものですから様子を見に来たんですよ」


 下品な言い回しにイエンが下を向いて笑いを堪えている、さすが飼い主といったところかあたしの皮肉にまるで動じない。


「見るだけなら好きにしろ、しかし邪魔をするというなら容赦しない。構えろ」


 代わりに立った隊員が予断なく銃を構えた。


「味方同士で撃ち合うつもりはありません、構えを解いていただけたら嬉しいのですが」


「お前達はマギールの回し者だろう、考えていることは分かっている、我々の下層進行を止めたいのだろう?そうはいかない」


 笑いの峠を越えたイエンが鋭く糾弾した。


「自分達が何をしようとしているのか分かっているのか?下層にはテンペスト・シリンダーを支えている物が山のようにあるんだぞ?」


「それが何だ、そんな物が無くとも我々の力だけで生きていけることを証明しなければならない、その時が来たというだけのことだ」


「総司令、それではあたしらの住む土地が土台から崩れることになります。このテンペスト・シリンダーの外側についても知っているのでしょう?」


「貴様こそ、その知識の確実性はどこにあるのだ?マキナと接点を持てたからといって優位に立てたわけではない」


 何だその話しは、誰が優劣の話しをしているのか。さらに総司令が話し続ける。


「マキナによる管理をここで断たねば遠くない未来にまた同じ事が起こる、我々は同じ事を何度も繰り返しその度にマキナに甘えて過ごしてきたのだ。その結果が人間側の調整という名の虐殺だ、貴様は何とも思わないのか?」


 今度はこちらが糾弾される立場になった、他の作業員も手を止めて会話に耳を傾けている。彼らの顔を見やればいくらか義憤に彩られ、総司令の言いなりになっているだけではないことが分かった。


「そりゃ思いますよ、あたしだって家族や友人を亡くした身ですから仇を取りたい気持ちも良く分かります」


「だったら何故マキナの犬に成り下がった」


「信じていますから、彼らの事を」


 あたしの言葉が耳に届かなかったのか顔色一つ変えず何も言わない、いや続きを持っているんだ。


「マキナが一丸となって虐殺に手を染めたわけではありません、その者を糾弾しているマキナも存在しています。それなのに仇を取るために皆殺しではやっている事がビーストと何ら変わりがないでしょう」


「我々は虐殺の為に攻め入るのではない、マキナからの独立の為に攻め入るのだ。目的も志しも持たないビーストとは雲泥の差がある」


「あんな張り子の虎で何ができる?一度ビーストに破れたのだろう、悪いことは言わないから攻め入るのだけはやめろ。ここにいる連中を無駄死にさせるつもりか」


「真の強者を教えてやろうか、一度伏していながらなお立ち上がる者だ。何が相手になろうが敗れるつもりは毛頭ない」


 話しにならない、こうも平行線では埒が明かないと口調も変えて言い切った。これも口の悪い負うた子に教えられたことだと自分に言い聞かせて。


「あんたのやろうとしていることはただの自己陶酔からくるものだ、本当にそれを皆が望んでいるのか耳を傾けろ。真の強者は立ち上がるだけでなく他者の言葉に耳を傾けられる者だ」


「それは臆病者の詭弁だ、他力本願に生きていくための言い訳に過ぎない。自己陶酔かどうかは他人が決めるものではない、己がそうだと信じることだ」


「あんたは自分のことしか信じられないのか?」


「マキナを信じろと?それこそ自己陶酔からくる盲目に他ならない」


「もういいカサン、何を言っても無駄だ」


 知らず知らずのうちに前のめりになっていたあたしをイエンが制した。


「貴様もマキナの犬に付くということでいいな?二度と俺に近付くな」


「アンドルフ様にはそのように報告しておこう」


 イエンの返事に言葉ではなく踵を返した総司令がコンコルディアへと戻っていく、新しい見張り役に銃を突き付けられたあたし達は広場から退散することにした。これでもう二度近付けはしないだろう。

 階段を降りた先でイエンが話しかけてくる。


「とんだ監視になったなリバスターの隊長さんよ、これからどうするんだ?」


「さぁな。とりあえずマギールに報告するしかないだろう、泥縄の結成部隊だけではやれることに限りがある」


「それにしても、よくあんな奴にあそこまで言えたな。俺ならとっとと見切りを付けているところだ」


「そうだな」


 そもそも少し前のあたしならこんな所まで出張ったりしないと、帰りを待ってくれているマキナからただの女の子になった家族を思いながら感慨を一人噛みしめた。



92.c



「父さん、馬鹿なことは言わないで今すぐ通行規制を解除して、このままではこの区に制圧部隊が送られることになるんだ」


「それはできない、神を迎える土地がマキナに汚されてしまう。それよりもお前はマギールを迎えに行け、こちらの要請に一切従わない」


「あれは要請とは言わないよ、ピューマの解放を条件に言うだなんて犯人の要求と変わらない。考え直してほしい」


 父へ説得を試みるが一向に首を縦に振ろうとはしない、一体何がそこまでさせているのか。()()の記憶は僕にも引き継がれている、複数体いることと条件が揃わなければ姿を見せないことも知識として頭の中に入っているが、支配体制を確立させなければならない必然性はないし、今の僕にとっても縁遠いものに思えてならなかった。しかし父は違うようだった。


「これは贖罪だ、過去に散っていった者達の理想郷を完成させねばその魂は報われない。お前にはまだ受け継がせていない記憶がある、それが分かれば世迷言は言えなくなる」


「………」


 冗談ではない、これ以上他人の記憶を受け継ぐつもりは毛頭ない。それに理想郷とは何だ、報われないとは誰かが無念の泥に沈んだというのか、支離滅裂ではないが相容れない父の言葉を拒否した。


「そうかい、これ以上は僕も付き合えないよ。父さん…いや、街に危害を加えかねない連盟長より僕はピューマを守ることにするよ」


「残念だ、我が豚児よ。貴様のエモートは回収させてもらう」


 勢いよく扉が開かれる音が後ろから聞こえ、踵で床を踏み鳴らしながら誰かが近付いてきた。振り返ってみれば涼しい顔をした第十九区のエリアナ区長が構えの姿勢を取って僕に追い縋ってきた。


「拘束しろ」


「………」


 逃げる暇も与えてくれず信じられない膂力で僕を掴み上げた。エリアナ区長の顔を見やれば能面のようになっており表情が死んでいる、ただの言いなりに成り下がっていた。


「あなたもっ、こんな事を続けていたらっ、取り返しがつかなくなってしまうっ、ことぐらいっ!」


 最後まで言わせてもらえずさらに信じられないことに僕の体を床に叩きつけた、全身に重い衝撃が走り四肢が砕けてしまいそうになった。


「革命とは戻れない一本道を歩き抜くことだ、覚えておけリューオンよ」


 室内が激しく明滅した、叩きつけられた衝撃で目にもダメージを負ってしまったらしい。[サポート・プログラムの緊急事態を確認しました]目の次は脳のようだ、聞き慣れない女性の声が再生されている[救助に向かっています、今暫くお待ちください]どうやらあの世から迎えが来たらしい、どうかキリだけは生き延びてほしいと切に願うと早速現れた、


「何だ?!」


「わ、分かりません!これは一体何ですか連盟長!」


 鋼鉄の大天使が、父の自宅を破壊し二階部分を根こそぎ取っ払ってみせた。壊された天井から顔を覗かせたのは二本の角を持つ禍々しい蒼天の人型機だった。


[間に合って良かった、君だけでも掌握は免れたようだから助けにきてあげたよ]


(僕だけ……?それなら父は……)


 何の脈絡もなく申し訳ないと思ったが、人型機の手が伸ばされそこで意識が途絶えた。



 風を切る音、それから機械が細かく動く作動音、そして年端もいかない少年の声で目を覚ました。


「うわっ?!」


 見えた光景に思わず体が竦み飛び起きてしまった、体の節々はまだ痛むがそれどころではなかった。


「お、目が覚めたのか。あともう少しだから我慢して」


 空の上、雲をも突き抜けたその景色が眼前に広がっていたのだ。大小様々な円盤が雲間に浮かびカーボン・リベラの各区がそこにあった。


「こ、ここは?!それにこれは…」


「バルバトスの中だよおっさん、体は大丈夫なのか?」


 お、おっさん...もうそんな歳に見えてしまうのか。それにバルバトスとは...


「あぁいや…まだ痛むけど何とか…君が助けてくれたのかい?」


「いいや、俺じゃなくてバルバトスの奴だよ。俺はただの小間使いってね」


[誰が小間使いだ、人聞きの悪いことは言わないで]


「?!」


 どこから、どこから聞こえたんだ?僕の視界には変わった椅子に座っている少年しか映っていない。さらに幼い男の声が耳に届いて軽く混乱してしまった。


[初めましてリューオン、僕はバルバトス、パイロットも同じ名前だから少しややこしいんだけどね、よろしく]


「よろしくな」


「あ、あぁ…こちらこそ…いやちょっと待ってくれないかキリはどうしたんだい?あの家に残したままなんだ」


「キリ?知ってるか?」


 僕ではなく椅子の前に置かれた小さなモニターに向かって声をかけている。どうやら声の出所はあそこらしい。


[ちょっと待っててね………]


「早くしろよ」


[急かさないで!]


「し、調べてくれているのかい?」


[だから急かさないでって言っているでしょ!]


 そう怒られてしまったら黙っているしかない、少し余裕が出てきたので僕が立っている場所を観察してみた。腰と背中を支えている変わった椅子には僕と同じように色の抜けた髪をした少年が座り、二本の杖を握って細かく操作していた。聞こえた作動音はどうやらこれらしい。何より驚きなのが全周囲の映像が球体型の部屋の中からでも見られることだ。

 視線を忙しなく動かしていた僕にバルバトスという少年が気付いた。


「落っこちたりしないから安心しろ、乗るのは初めてなのか?」


「あ、あぁ…これは人型機なのかい?」


 今度はコンソールから答えが返ってきた。


[違うよ、これはゼロ・ベース、人型機は僕達の機体構造を真似た産物に過ぎない、だからわざわざ操縦権を貸してあげているんだよ]


「その説明で伝わると思うのか?」


[じゃあどう言えばいいんだよ!]


「癇癪起こすなよ、俺みたいに髪の毛の色が抜けるぞ?」


[つまらない上に自虐ネタなんて…]


「うっさい!」


 喧嘩をしながら仲良く会話をしている二人はまるで兄弟のようだ。少しの沈黙の後、モニターからキリの状況を教えてくれた。


[キリ、ティアマトが製造責任の動物型マキナだね。今は警官隊の人達に保護されているみたいだよ、映像見てみる?]


「た、頼むよ」


 小さなモニターではなく、かなとこ雲が映っていた一部の壁に監視カメラの映像が映し出された。装備に身を固めた警官隊員に誘導されて護送車へと乗り込んでいるのが見えている、とくに怪我などしていないようだが警官隊の所属が気になった。


「この警官隊はどこの区だい?」


[ちょっと待っててね………十九区だね、それがどうかしたの?]


 なんてことだ...よりにもよって武装蜂起している区の警官隊に捕まってしまうなんて...


「今すぐ引き返せないかい?あの警官隊に捕まってしまうのはとてもまずいんだ」


「何で?あのおっさんに比べたらマシだろ」


「そのおっさんがピューマをカーボン・リベラから追い出すと言って武装蜂起しているんだよ。あそこの区は今通行規制がかけられていて誰も出入りできないようにされているんだ」


「あらら…どうするんだバルバトス、このまま連れ帰ってもいいのか?」


[う〜ん…あまり戻りたくはないなぁ…街の人達にも僕のこの姿は見せてしまったわけだし、次はおいそれと街に入らせてくれないと思う]


「そんな…あの子だけは…」


「妹か?」


「…いやそういう訳ではないんだけどね」


「妹って言えよ、そうすればバルバトスが助けてくれるぞ」


 そこに何か違いがあるのかと疑問に思ったが、モニターから言いようのない圧迫感を感じてつい口から出てしまった。


「き、キリは僕の妹のような存在なんだ、助けてくれると嬉しい」


[もう!しょうがないなぁ!妹のためなら戦わないお兄ちゃんはこの世にはいないからね!]


「こいつドが付くシスコンだから、妹のためだって言えば何でもやってくれるよ」


 とにかく戻ってキリを助け出さないと、せっかく助けてくれたこの子達の好意を無駄にしてしまうことに気後れしていると再び壁の一部が変化した。ちょうど主要区のビル群が遠くに見えていた時だ、表示された文字は英語、その意味は危険だった。


[注意して!ロックオンされてるよ!]


「言わなくても分かってるよ!」


 街に配備された簡易人型機が追ってきたのかと思ったが、後方から猛スピードで追いかけてくる機体は深緑の戦闘機だった。


[げっ!よりにもよってあの子!]


「バルバトスのもう一人の妹か、どんな子なんだ?」


[そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ!とにかく逃げないと!リューオンそれでいい?!キリって妹は僕が何とかするから!]


 返事をする暇もなく機体が大きく捻り左側に倒れ込んでしまった、強かに頭を打ち付けてしまったが自分のことより壁が割れないかと心配になった。


「バルバトスの妹はどいつもこいつも激しいな、早速撃ってきたぞ」


[接敵まで残り十秒もない!フレアばら撒いて!]


 パイロットシートに座っているバルバトスが一つのボタンを無造作に押すと、円形状になっている機体の一部から空気が抜ける音と共に眩い光がいくつも発射された。さらに追尾性でもあるのか意思を持った光が深緑の機体へと追い縋る。しかし、着弾寸前に機体が急上昇しフレアを難なく避けていく、水平移動から上昇移動へ必要なモーメントを無視したあの動きは人がなせるものではなかった。


「まさかあの機体も、」


[そ、僕達と同じ。あれだけ軸がズレたんならもう大丈夫かな]


 モニターのバルバトスが言った通り進行方向を大きく逸らされた機体がさらに上空で旋回飛行をしている。かくいうバルバトスは既に降下を始めており、生まれて初めて見るテンペスト・シリンダーの外壁が目の前にあった。


[この先にある僕達のシークレットベースに案内してあげるよ。そこで改めて自己紹介といこうか]


「それはいいけどキリのことを頼むよ、あの子だけは失いたくないんだ」


 その気持ち良く分かるよ!と、どこか嬉しそうにはしゃぐ声を耳に入れながら、茶色に染まった見るからに汚い雲へと突っ切っていくのをただただ堪えた。



92.d



「だぁもうっ!知るかぁ!てめぇらだけで何とかしやがれぇっ!」


 次から次へとこっちに連絡寄越しやがって!私だって寝耳に水で何も知らないってんだよ!


「あ、アオラさん!落ち着いてください!」


「あぁスイちゃんとどこか遠くに行きたい…端末のコール音に怯えずにすむ場所でゆっくりしたいよ…」


「是非行きましょう!それよりも今は仕事をこなします!」


 いつもの服でも十分に魅力的だが今のスイちゃんはより一層大人びた格好をしてカメラの前に立っていた。ここは動画スタジオ、これからスイちゃんにカーボン・リベラ政府の代表として声明を発表してもらうつもりだったが、私のところに緊急事態の連絡がぼんぼこぼんぼこ入ってきて頭にきたところだった。

 やれ第一十九区に不明の機体が現れ民家を襲っただの、同じく警官隊の詰所に半袖短パンの男達がけしかけ一人の女の子を攫っただのと連絡が入った。今はそれどころではない、いやそっちも重要なんだが。


(一先ずマギールに投げよう、今の私では何もできない)


 何で今なんだ、タイミングは他にいくらでもあっただろうに、動画には出ない私ですらおめかししているんだぞ?慣れないヒールはもう慣れたがスカートはいただけない、野郎に声をかけられる始末だ。


「く、区長さん、準備の方はもうできましたのでいつでも…」


 スタッフがおっかなびっくり私に声をかけてきた、さっきのご乱心を見られたらしい。見られたんならもういいかとよそ行きの口調もやめて指示を出した。


「初めてくれ。いいか!スイちゃんを可愛くバッチリ撮れよ!」


「は、はいっ!」


 慌ただしく準備が進められていくなか、再び地方区の区長から連絡が入った。第一五区、上層連盟の支配下に置かれている場所だ。


「何でしょうかっ!今忙しいのですが後で掛け直してもいいですか!」


 ボタンを押すなり一気に捲し立て相手の出方を封じたつもりだったが、


[私の所に女の子を預けさせろと連中が言ってくるんだ!女の子も元はピューマだとか何とか言って断っているのにまるで聞きやしない!誰だもいいから人を送ってくれないか!対処できないんだよ!]


 向こうも大変らしい、切羽詰まった状況なのは良く分かるがそれどころではない、何度も言っているが。


「それでしたらあなたがその子をこっちに送ってきたらどうでしょうか?!再三に渡って援助を申し入れてきたのに断った挙句どの面下げて私に助けろと言いますか!」


[それとこれとは話しは別だ!]


「だったら筋は通してくださいよ!お互い持ちつ持たれつ!素晴らしい関係だとは思いませんか!」


[分かった!あんたが言っていた情報提供はこっちでやろう!]


「今すぐそいつと代われぇ!!」


 持ちつ持たれつどころか互いに言い合い最後は怒鳴ってしまった。スタッフの一部は笑いを堪えている、というかスイちゃんまで肩を震わせていた。その代わった相手というのが...


[我が名は特別師団なり、主の命を承っている]


「てめぇかぁ!紛らしいことしてんじゃねぇよ!!」


 まさかの防人だった。



✳︎



 いや待て待て待て待て、どういうことだ?何故俺の部隊が上層の街で、しかも一人でに展開しているんだ?


「どうした、いつも以上に辛気臭い顔をしているぞ」


 いつも以上に晴れやかな顔をしているカサンに皮肉を言われてしまった。


「少し待ってくれ、俺の部隊が展開している」


「何?さっきはできないって言っていなかったか?」


「調べる」


 気が気ではない、一体何が起こっているのか。すぐさま分隊長(皆がそう呼ぶ)に連絡を取ってみたが予期せぬ返事が返ってきた。


[誰だ?何故我に語りかける、名を名乗れ]


「…………」


[聞こえているな、貴様の名を名乗れと言っている]


「イエンだ、メインシャフトでは共に絵画を守りし、」


[何の事だ、これ以上ふざけるならバルバトス様に報告のうえ貴様を処断するぞ]


 開いた口が塞がらないとはよく見かける慣用句だが身を持って知ることになるとは夢にも思わなかった。


[二度と語りかけるな]


 ...そういう事か、そういう事だったのか。


「どうした?」


 カサンがらしくない表情で俺の顔を覗き込んできた。


「……いや何、まずはホテルへ戻ろうか、そこで報告しよう。それにスイの動画がアップされている頃合いではないか?」


「あぁ、あのスイが今となっては政府の代表だからな、鼻が高いよ」


 すぐさま表情をいつも通りに戻して不適に笑う。ふらつく足を踏ん張り一世一代の見栄を張ったがどうやら上手く誤魔化せたようだが、はっきりと言って俺はそれどころではない。胸の内は暴れ回り理解を拒んでいるが、頭の中は妙にすっきりとしていた。


(記憶の削除…素粒子流体の権限…つまり俺は…)


 目覚めた時にアナウンスされた内容が今になってようやく理解できた。ホテルの山に置かれたあの像は何があっても破壊される訳にはいかなかったのだ。


(何ということを…グガランナが見たというだけで何故白羽の矢を立てたのだ…いやしかしだ)


 おかげで己の立場が良く分かった、これは行幸。

ホテルへの坂道を登り始めていたカサンの後に続いた、深緑に葉をつけた樹木が風に揺られ梢の鳴らす音が耳に届く。あの者達と分かち合えないのは致し方ないが、そもそもあれは()()()だったのだ。


(会えた時には頭を下げねばな、アヤメに合わせる顔がない)


 深緑。俺にとってはパーソナルカラー...いやちょっと待ってよ、勝手に締め括ろうとしているが俺は本来の主に牙を向けたことになるのか?


「何ということか……」


 俺の独り言は梢の音にさらわれカサンに届くことはなかった。



✳︎



「あぁー!!スイ様ぁー!!この目はしかとあなた様だけに注がれています!!どうかこちらに視線を目線を愛のアイラインをっ、ぐっふぅ……」


「おい、何だこいつは」


「無視しろ」


 後から部屋に入ってきたイエンがミトンをまるでゴミを見るような目で睥睨していた。さっきは何やら様子がおかしかったが今は普段通りだ。


「まずは動画を見る、その後に貴様から報告させる」


「分かったが……おい、向こうへ行け変態めが」


「あぁ…願わくばケモミミっ娘に変身してほしいでござる………………いやその照れ方はヤバくないですか全人類が置いていかれますよ?」


「静かにしなさい!!」


 確かに今の照れ方は可愛かったができれば黙っていてほしい、あたしの代わりにアリンが怒鳴ってくれた。

 端末にはライブ中継された本番前の動画が配信されている、カメラの前に立ったスイはスーツ姿でどこか初々しく映っていた。それにカメラを向けられることに慣れていないのか、照れ隠しに何度も原稿で顔を隠して上目使いで視線を寄越していた。


(これは後でサイトに残るんだよな)


 いやどうせならデータそのものを貰おうかと考えている時にようやく本番が始まったようだった。辿々しくスイが原稿を読み上げていく。


[……私はカーボン・リベラ政府に所属しているスイと申します。本日は皆様もよくご存知のピューマについてお話しをしたいと思っています。どうか最後までごししょうして頂けたら幸いです]


「噛んだ…尊い…噛んだだけで尊いなんて人類はどう対抗すればいいんだ…」


「静かにしろ!ここから追い出すぞ!」


 あたしの一喝にようやく黙ったミトンだが動画ではもう続きを話し始めていた。


[ピューマ、そう呼ばれる彼らは長い年月を中層で過ごしていました。与えられた役割を果たせずただ無為にその時を消費していたのです、しかしどうすることも出来ず自身が置かれた環境に甘んじ諦める以外に術がありませんでした]


「………」


[皆様にその経験はありますでしょうか、役割、立場、言葉は色々とありますが、誰からも必要とされず怒られることも褒められることもなく、独りで過ごす時間の寂しさと虚しさを噛み締めたことはありますでしょうか]


 面食らってしまった。マギールから聞かされていた話しではここまで言及していなかったからだ。あたしはてっきりピューマの有用性を通じて第十九区を非難するものと思っていたが、方向性がまるで違った。スイはピューマを通じて自分の胸の内を赤裸々に語っているのだ。


[私にはあります。家族も友達も初めから存在せず、帰りを待ってくれる人も勿論いませんでした。それはピューマも同じです、ですからどうか彼らと触れ合う時は傷付け合うようなことはせずに話しかけてください、撫でてあげてください。たったそれだけのことで勇気と温かさを共に分かち合えるのです]


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「いや、目にミトンが入ったようだな……」


 誰も聞いちゃいない冗談を言いながらイエンが席を外した。他の四人も、あれだけ騒いでいたミトンもただじっとして耳を傾けている。


[区長の皆様方はピューマを大事にせず、どうか触れ合う機会をより多く設けてください。今の私はピューマ保護管理委員として職務を遂行しておりますが、ピューマから寄せられる苦情の最たるものが「檻に閉じ込められているだけでつまらない」ですよ?]


「あぎゃあっ!………いや可愛すぎんよ、あざと可愛すぎんよぉ〜あれは人類には真似できない……」


「その意見には賛成するが口を閉じろ、三度目はない」


 ミトンが吠えた通り「ですよ?」に合わせて首を傾げてみせたのだ。あれは確かに可愛いがいちいち口にするな。「勝手に人類の代表になるな」とアリンから注意を受けている。


[ピューマは私達の生活を支えてくれる新しい仲間ですが特別な存在ではありません。やんちゃな子もいれば、聞き分けの良い方もいます、大人びた子もいれば甘え坊の子だっています。どうか友として、家族として、これからもピューマ達を迎え入れてあげてください。最後までごししょう頂きましてありがとうございました、動画の方はまだまだ続きますのでお時間の許す限り……]


 この後はピューマの紹介をすると締め括り一旦配信が終わった。聞き終えたあたしの胸には何とも言えない思いが生まれ、そして行き場をなくして渦巻いていた。


「何か、凄い子だね、スイって女の子」 


「……ね、何だか私感動しちゃった」


「そう?私はもっと専門的な話しを期待していたんだけどね」


 そう強がってはいるがアリンの目元も薄らと赤い。


「いやいや、目にゴミが入ってしまってな、何だ配信はもう終わっているのかこれは残念」


「さっき私が目に入ったとか言ってなかった?」


「いいや何のことだか、ゴミとはっきり言っただろう」


 睨み合う二人を制してその場に座らせた。


「今の配信はあたしも度肝を抜かれたがあれは第十九区への牽制だ。直接糾弾するのではなくまず世論をこちら側に付けさせるのが目的だ」


「いやぁ〜その話しは聞きたくなかったでごさるなぁ〜スイ様が政治の道具になっていたなんて……はっ!!」


 禁断的な事を思い付いてしまったとかなんとか、ぶつぶつ言いながらカリンに頭を軽く叩かれている。


「つまり上層連盟が掲げているピューマの追い出し自体を悪事にしようってことですか?」


「そうなるな、まだまだピューマに対して懐疑的な連中も多い、それらもまとめて味方にする作戦だったんだよ」


「はぁ〜…何か良く分かんないけど今の動画は良かったね、もう一回ぐらい見そう」


 アシュの感想が一般的なものになるだろうが、その感想をより多くの人が持てたのならスイの頑張りも報われることだろう。


「さて、次は俺の話しだな、口直しにはちょうど良いかもしれない」

 

「口汚しじゃなくて?」


「そんな食べ物を聞いたことがあるのかお前は」


 軽く咳払いをしてからイエンが話し始めた。


「俺の部隊が展開できなかった訳についてだが、あれは元々借り物だったんだ。それが持ち主に返っただけのこと」


「それで?」


「多くは言えんがその持ち主というのが不明機に連なる関係者だ、いや身内と言った方がいいかもしれない」


「ダジャレ?」


「うるさい。そして俺自身はその不明機を支える立場にある」


「だから?」


「………以上だ」


 大きく溜息を吐いたミトンが、おそらくこの場にいる全員の思いを代弁してくれた。


「よくそんなつまらない話しをスイ様の後にできたね、尊敬するよ、むしろ尊敬するよ、どんな神経してんの?それもイエンってか」


 女の子相手にマジギレしたイエンを止めるのに苦労した、ミトンが馬鹿にした通りせっかくの思いが薄らいだように「口汚し」の話しを聞かされたあたし達は「で?だから?」というのが偽らざる本音だった。

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