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第八十八話 ミッドナイトリニア

88.a



 陽気で能天気な音楽が聞こえたかと思えば何かを操作する音、そして今度は哀愁を誘う静かな曲が聞こえ、かと思えばドラムに恨みでもあるのかと言わんばかりの激しいロックが聞こえた。最後まで聞かず、ころころと曲を変えているのは誰なのか、というかここは芝生のはず...もう起きて微睡に落ちていただけの私は薄らと目蓋を開けて、樹の根本で背中を丸めているアヤメを見つけた。頭にはヘッドホンを付けて何やらやっている様子だった。


(寝てた…)


 最後の記憶は固い黄金の芝生に倒れたものだ、辺りはすっかり暗くなり支柱に降り注いでいた陽の光もすっかりとなくなっていた。どうやら私は芝生に倒れてそのまま眠っていたらしい、泥に浸かっていたような体が今はとても軽く感じる。つまり疲労限度に達した体が芝生を求めていたということだ、いや体を休める場所だ。

 ゆっくりと体を起こしてそろりとアヤメに近付いた、ヘッドホンから音漏れしてさっきから曲を変え続けている傍迷惑な犯人に、


「もっと静かに聞いてくださいまし」


「どっひゃああっ?!??」


 ヘッドホンの片側を持ち上げながら声量も落とさず注意すると、おかしな悲鳴を上げながらアヤメが飛び退いた。


「………びっくりしたぁもう」


「ご迷惑をおかけしました」


「もう平気なの?」


「はい、この通り」


「全く信用ならない、それより何かご飯も食べて、空腹のままだと疲れが取れないよ」


 あらら...確かに元気なのに信用してもらえなかった。まぁあんな倒れ方をした奴が一眠りしただけで元気だと言い張っても信用はされないだろう。

 アヤメの近くに転がされていたポーチの中からスティック型の携帯食糧を取った。パッケージを開けて頬張っていると静かなことに気付いた、いや勿論街そのものは静かなんだが小うるさいドローンがいないのだ。そのことをアヤメに訪ねてみると、


「下で何かあったみたいできめらさんと調査に行ってるよ、もう数時間前のことだけど」


「調査?」


「何でもピューマを攻撃する何かがいるみたいで、きめらさん達が戻ってくるまで下には降りるなって言われてるんだよけしからん」


 最後の発言はいるのか...あぁ調査に同行できなくて拗ねていたのか。


「まさかビーストか、あるいはアヤメ達が遭遇したノヴァグという害虫ですか?」


「分からない、一応その辺りもきめらさんには説明してあるけど…アマンナには何かあったらすぐに人型機に戻れって言ってあるから、今のところ大丈夫だと思うよ」


 それ信用して大丈夫なのか...?あの快楽主義者のアマンナ様よ?

公園の周りにある民家からピューマの気配を感じ取った、窓の片隅からこちらを伺うリス型のピューマや、屋根に降り立った小鳥型のピューマを見つけた。彼らも懲りずにじっと観察を続けているようだ。

 簡単な食事を終えて一息吐いた後、アマンナ様と相談した内容を伝えようとオムニバスのケースを眺めていたアヤメに切り出した。こういう役目は私の方が適任だと、勝手な判断ではあるが。


「アヤメ、あなたにお話ししたいことがあります」

 

「何?」


「キメラに見せられた英文についてです、あの内容は後世に残して良いものではありませんでした」


「………何て書かれていたの?」


 少しだけ間を置いてから、出来る限り感情を出さないよう平坦な声を装って伝えた。ここにきてアマンナ様が言っていた「寝た子を起こす」理論が鎌首をもたげたからだった。聞き終わったアヤメの様子を確認する、普段通りに見えるしショックを受けているようにも見える、つまりは良く分からない。


「…………」


「この言葉を後世、いわんやアヤメの世代に伝えさせないために英語を禁止したものと思われます」


「……英語が分からなければその言葉を聞いても分からないだろうって?」


「はい、完全消失は叶わなかったようですが」


「……人殺しが楽しいってどういう心境なの?」


 犯罪心理学の見知から一応の説明は出来るが、アヤメが求めているのは理屈ではないだろう。答えに窮していると向こうから折れてくれた。


「いや、ごめん、ガニメデさんに聞いても分かんないよね」


「知るべきことでは……」


 あれ、さっき私は真実の良し悪しについて語っていなかった?自分では知るべきだと言っておきながらアヤメは駄目ですと断るのか?いやいやそもそも私だって知識だけで詳しく知っているわけではない...

 頭の中でにっちもさっちもいかなくなった時キメラが空を飛びながら戻ってきた。?!


「え?!」


「きめらさん?!」


「ほぅほぅ、今戻ったぞ」


[たらーいまー]


 馬の背中から生やした翼は飾りではなかったのか...優に四メートルは超える大きな翼をはためかせながらゆっくりと公園の芝生に降り立った。その後にはアマンナ様も付いており、所々汚れたり壊れたりしていたがとくに異常はなさそうだった。


「お怪我は……」


[そんなものはない、あるのはこの勇ましい戦果のみだ!]


 くるりと翻ると、ドローンのお腹にあたる部分に抉れた傷が入っていた。


「何かあったら戻ってこいって私言ったよね?!」


「アマンナ、恐るべき子だ、ドローンの身で襲い掛かった蜂全てを、殲滅してみせた」


 あれは見応えがあった...と謎に感嘆しているキメラの尻尾をアヤメが掴み上げていた。


「きめらさんも何やってるんですか!」


「うぅむ、うぅむ、それよりも、マキナの発言についてだが、わてから一言物申す」


 ぶんぶんと尻尾を振って抗議していたアヤメに、キメラが厳かに話しを切り出した。どうやらさっきの会話は聞かれていたらしい。


「気にするな、するだけ無駄」


「………」


 何て簡単な言葉か、それが出来たら苦労はしない。


「お前さんに、目的はあるか?」


「……はい、あります」


「それに発言を残したマキナの言葉は必要か?」


「いえ、そんなことはありません」


「だったら捨ておけ、目的もなくただ生かされただけの者が残した言葉だ、人を惑わせるだけで何ら力はない。だが、無為に過ごしてきた者には毒として深く食い込む、それが生きる目的になってしまえる程に、禁忌を犯す喜びを知ってしまった者の哀れな言葉は力を持つ」


「…………」


「その目的は、何があっても達成することだ、さすればわての言った意味が少しでも分かるだろう。使命と我欲は良く似ておる、履き違えるでないぞ」


「は、はい…」


 分かったような分からないような...老人というものは得てして全てを見越したかのような言い方をするため、聞いてるこっちは宙ぶらりんで終わることが多い。けれど、アヤメに何かしら刺さったようで先程のように落ち込んだ雰囲気は見られなかった。

 私の顔のすぐ隣にドローンがホバリングしつつ近寄ってきた、カメラは正面に固定されたまま小さな声で話しかけた。


[…何で抜け駆けしたのさ、二人でする話しじゃなかったの?]


「…そのような約束をしましたか?この手の話しは私の方が適任だと思いましたので」


[まったく……]


 すいと私の前に来たドローンが、胸の高さからプロペラを停止させてすとんと胸に落ちてきた、てっきりアヤメの所へ行くとばかり思っていた私は危うく落としかけてしまった。


「さて、見てきた物を、報告しようかね、アマンナ」


[うぃ〜]


 気楽に返事をしたアマンナ様、するとドローンのカメラが発光し、芝生にスクリーンを投影をした。いつの間に...


「わ、アマンナっ、何でもありだね」


[それは褒めてるの?]


「ほぅほぅ、すまんが勝手に弄らせてもらったぞ、娘よ」


「構いません、空飛ぶプロジェクターも浪漫があって良いと思います」


「しーでぃープレイヤーもセット出来ませんか?」


「ほぅほぅ、それはそれで愉快、やってみよう」

 

[やめて、変な機能を付けないで、空が飛べなくなっちゃう]


 飛べたらいいのかと口にする前に、芝生に投影されたスクリーンに卵が映し出された、それも従来の大きさではなく巨大、人と同じ大きさはありそうだ。何か揺らめくものが近くにあるのか青色に波打つように光を反射させていた。


「これさね、下にあった異物、どうやら蜂の卵のようだ」


「は?」


「え?」


[マジ]


 蜂の卵?どう見ても鳥類の卵ではないか、それに蜂は巣の中に卵を産みつける習性を持っている、こんな野晒しの所に産む話しは聞いたことがない。


「ほれ、アマンナ、お前さんの武勇を見せろ」


 意気揚々と答えたアマンナ様が次に映し出したのは遠くにお城、眼下に鬱蒼とした森と湖が見えている画像だった。静止画がから再生されて高速で飛んでいるのが見て取れる、右に左に視線をやった後、湖岸沿いに並ぶ卵を見つけたようだ。


「うわぁ…あんなに…」


「本当に蜂なの?どこにも巣がないけど…」


 良く観察しようと目を凝らしていると突然視界が反転しびっくりしてしまった、続けて黒い何かが横を通り過ぎ森の中へと消えていった。もう一度湖岸沿いに視線を向けると何度も卵から黒い何かが飛んでくるのが見えた。


[レッツパーティー!!]


「静かにせい、湖上に現れたアマンナを、落とすために蜂が孵化して、襲い掛かってきたのだ」


「あり得ない…幼虫ではなく成虫として?」


「これって……いやでも四階層で見た時とは違うかな……」


[そう、あの時は幼虫を打ち出していたからいきなり成虫は今回が初じゃない?]


 何だその話し、私の価値観がこの会話だけで崩壊しそうだ。

 スクリーンでは目まぐるしく何度も視点が変わり、湖へと落ちていく蜂が増え始めた。何も武装していないはずなのにどうやって...何度か湖面すれすれを飛行して、後を追いかけていた蜂が進路を見誤り盛大な水飛沫を上げながら没していった。


「まさかフェイントだけで蜂を?」


[そうそうそのとーり!あの鳥に比べて何てことはなかったね!]


 私の胸に収まっているアマンナ様が得意げに答えた。あれだけ周囲を散開していた蜂の数も減り始め、ついに最後の一匹を見事湖へ誘導させて終わった。終わった後だというのにくるくると回っているのは嬉しいからだろう、何とも分かりやすい。


[どうよ!わたしのドローン!ハチなんて目じゃない!]


「はぁ…これは確かにはたから見たら見応えがあったんでしょうけど…」


 アヤメから何かあったら戻ってこいと言われていなかったかしら、そう思った矢先に眉を釣り上げたアヤメが怒っていた。


「何やってるのアマンナ!私と約束したでしょう?!何かあったら戻ってきてって!ハチと戦闘するだなんて危ないにも程があるでしょ!」


 凄い剣幕だ、怒られたアマンナ様も、ほぅほぅとうるさいキメラも息を飲んでいた。


「どうして約束守ってくれないの?!ベラクルの時みたいになりたいのっ?!」


[いや、でもさほら、こうして勝ったんだから…]


 まさかこの場面で口答えするとは、いよいよアヤメもおかんむりになったようだ。


「負けたら?!あの湖に落ちていたらどうするつもりだったの?!人型機に戻れなかったら?!あの時私がどれだけ心配したと思ってるの!!」


[ご、ごめんなさい…でも、]


 まだ言うか、すっと怒りの表情が消えたアヤメが次に何を言うのか読めてしまった。


「プロペラは没収します」


[えぇ?!ちょっ、それだけはっ]


「没収!」


[えぇ〜…そんなぁ〜…]


 その後、本当にプロペラを外したアヤメがドローンを無理やりバッグに詰めようとしていたのでさすがに止めた。「ここまでするなら人型機に戻して!」と抗議したアマンナ様の言い分は最もだった。



88.b



 あんな事さえなければここの景色もきっと楽しめたのだろうと思うと、胸の奥がちりちり、もやもやとしてしまい心から楽しむことが出来なかった。ちらりと斜向かいにいるアマンナへ視線を向けてみても今はドローンになっているので、やっぱり何を考えているのか分からない。あんなに怒ったのにまるで懲りていないのだ、心配ったらない。


(私の気にし過ぎかな…アマンナはあぁ見えて頭も良いし機転も利くから大丈夫なんだろうけど…)


 けど、ベラクルで感じたあの焦燥感だけは未だ胸に残り続けていた。アマンナがいなくなる、そう考えただけで足首から先を死神に斬り取られたようにすくんでしまうのだ。

 大きな螺旋階段を降りた私達は土台の中で少し休憩した後、螺旋階段下に作られた小さな町を抜けて森へと入った。「普段であれば…」キメラさんが言うには陽が落ちた後に森の中へ入るのは大変危険らしい、キメラさんも滅多な事では入らないそうだ。けれど、私の前を行くキメラさんの尻尾は嬉しそうに右へ左へと揺られている。


「ほぅほぅ!夜の森、何とも不気味な、しかし濃いな、夜の帳も!」


「はしゃぐのは結構ですがきちんと案内してくださいまし、こっちは夜通し覚悟しているのですよ」


「なぁに、気にしなさんな」


「します、してください!」


 まるで監督役のようにガニメデさんが厳しく注意していた。ここに襲ってくるような敵はいないはずだがどうやら理由は別にあったようだ。


「森は生きておるから、暗闇の中だと惑わせてくる、あっちへふらふら、こっちにふらふらとな」


「道が分からなくなるということですか?」


「そうさね、ま、わては翼があるから、良いのだがな、お前さんらは自力で帰れまいて」


「構いません、何かあればアマンナ様を飛ばすまでです」


「え?」


[え?今何て言ったの?]


 アマンナ...()


「何かあれば飛ばすと言いました、その時はてこでも使ってアヤメの首を縦に振らせますのでご安心を」


「いやそっちじゃなくて、アマンナ様って…」


「いけませんか?」


 な、何があったんだ...薄らと頬を染めているあたり、自分でも急な心変わりをしたという自覚はあるのだろう。そんなガニメデさんにアマンナが一言。


[気色悪いよ、今まで通りでお願いします]


 にべもない言葉にガニメデさんが怒り出した。


「これでも!私はあなたを気遣ってのことなのですよ?!言い方というものがあるでしょう!」


[いや!ちょっ!人が飛べないからって乱暴するな!アヤメぇ!アヤメ助けてぇ!]


「はいはい、ガニメデさんもそのあたりで」


「むっきー!人が殊勝に出たらこの態度!」


「静かにせんか、ピューマが怒るぞ」



 暗い森の中でも湖のほのかな反射光が届き、青く、そして非現実的な光景が夜目でもしっかりと見ることが出来た。湖が近いせいか肌寒く、薄いフライトスーツにジャケットを羽織っただけの格好では冷気を防げそうにはなかった。キメラさんを先頭にアマンナを抱えたガニメデさん、そして一番後ろに私が付いてピューマが作ってくれた獣道を時折落ちた枝を踏みながら歩いた。ぱきりと音が鳴るたびに森の奥にいるピューマが身構える気配を感じ取った。眠りを妨げるな、そう怒られているようで歩くのにも緊張してしまった。

 それでもやはり、この森もそうだが知らない景色を見るのはとても楽しい。どの街に行っても、ここではどんな暮らしをしていたのだろうと思うだけでわくわくしてしまう。中層だけでも、このテンペスト・シリンダーの中だけでも知らない景色はまだまだあるのだ。前にセントラルターミナルの展望台でティアマトさんと話した内容が、どうしたって頭をよぎった。もし、地球が元気な姿に戻っているのなら、もしテンペスト・シリンダーの外側で暮らしている人達がいるのなら、この目で見てみたいと強く思った。

 またぱきりと音が鳴り、今度は森の奥に潜んでいるピューマではなくキメラさんが後ろを振り返った。ふわりと垂れた眉毛の奥にある瞳がきらりと発光して何かを見ているようだ、その様子にガニメデさんも気付き小さな声で話しかけている。


「どうかされましたか?」


「迷った」


「………え、今何と?」


「だから迷った、このわてがまさか…」


[冗談だよね?]


「冗談ではない。しばし待たれよ、空へ駆けて周囲を……」


 ガニメデさんがむんずと尻尾を鷲掴みにして引き止めた。


「何をする!やめい!」


「お待ちを、湖岸沿いに卵が列をなしているのですよ?狙い撃ちにされたらどうするのですか」


「ごもっとも、ふぅむ……良い、ピューマに案内させよう」


 額から生えている角の根本が点滅し出した、あれはおそらくピューマと通信を取っているのだろう。程なくすると藪の奥から大型のピューマが現れた、クマさん程ではないが筋骨隆々とした体格に丸太のように太い腕も使ってこちらに向かってきた。初めて見るピューマだったがガニメデさんとアマンナは知っていたようだった。


「まぁ…森の番人たるゴリラとは…」


[ほへぇ…初めて見たよ]


(ごりら?)


 湖の反射した光りを受けたごりらさんが、私達を値踏みするように睨め付けている。友好的ではない視線に怯み少しだけ後ろに下がった、まるで敵意を隠そうとしないピューマと相対するのは初めてのことだったのでどうすればいいのか分からなかった。


「すまんが案内してくれ、夜の森はさすがに厳しいでな」


「…………」


「この者達は、お前の仲間を襲った人間ではない、こんな年端もいかぬ娘達にも手を貸さぬというのか」


「Ustwtwtmgッ!!」


「ひぃっ!」


 自分で言っておきながら...キメラさんのどの言葉に反応したのか分からないが、ごりらさんが怒ってしまったようだ。静けさに満ちた夜の森に怒りを含んだ咆哮が迸った。


「私からもお願い致します、森を抜けるまでで構いません」


[よろしくっすー]


「…………」


 怒ったかのように見えたごりらさんが、真摯にお願いしたガニメデさんと適当な言葉を投げかけたアマンナを観察しながら近寄ってきた。そして、今度は私に向けたその視線に驚いてしまった。


(人と同じ…)


 その瞳は、はっきりとした理性が宿っているのが見て取れた。ピューマにもエモート・コアは存在し人格も持ち合わせているので理性があるのは当たり前だが、それが瞳にも現れているのは驚きだった。

 私から視線を外し、もう一度ガニメデさんを見やった後にキメラさんがほぅほぅと頷いてみせた。


「良い、ではそのようにしよう」


[何て言ってるの?]


「ガニメデを、里に置くと言うておる、つまりは人質だな」


「えぇっ?!」


「それが、案内する条件だそうだ、彼らは心から人を信用してはいない、案内する仲間が無事に帰ってくるまでだ、辛抱されよ」


「いや、いやいや…どうして私が…」


「心当たりはないか?」


 ガニメデさんの肩がびくりと反応した。あれ、そう言えば確か...


[ガニメデも同じことやってたよね、臨界限界だよ]


「何が言いたいのですか?因果応報でしょ?………あぁ、そう言われたら…はい」


「良いな、ではこの娘をそちらに預けよう、綺麗だからと言って手を出すでないぞ」


「どうしてピューマが手を出すのですか…」


 ガニメデさんが胸に抱えていたアマンナを私に預けてごりらさんのそばへと歩いて行く。


「はぁ…仕方ありませんね、後はよろしくお願いします」


「お前さん方は、街を調べて回っておるのだろう?わてらが戻ってくるまで、その者にこの街で何があったのか、教えてもらうがよい」


「……よろしいのですか?」


 ガニメデさんがごりらさんに視線を向けて確認を取ると、何でもないように顎でしゃくって答えた、付いて来いと言っているらしい。


「それでは、お願いしますね」


 ガニメデさんとごりらさんが藪の奥へ姿を消した後、代わりばんこのように犬型のピューマがひょっこりと現れた。私が知っている犬よりも遥かに大きく、口から覗く牙も太く尖っているように見えた。


[狼犬とは…まさかウルフドッグまでいたなんて]


「おおかみいぬ?」


[そう、狼と犬の交配種と呼ばれてる動物だよ。かっくいー]


 アマンナの褒め言葉にちらちらと視線を向けがらも、気にしていない風を装っているおおかみいぬさんを可愛いと思ってしまった。


「では、頼まれよ」


 キメラさんの言葉を合図にしておおかみいぬさんが先導し、森を抜けるため再び歩みを進めた。



 森を抜けるまでの間、何度かアマンナが空を飛ばせろとせがんできた。勿論許可を出すはずもなく胸に抱いたドローンの体を撫でながら宥めていた。

 森を抜けると一気に温度が下がり、ジャケットもフライトスーツも貫通して冷気が直接押し寄せてきた。遠くにお城が見え右手には大きな湖があり、アマンナが録画した通りに卵がずらりと並んでいた。


「ほーぅ…こうして間近で見ると、いやはや、歪と言う他にないな」


[で、こっからどうすんのさ]


「そう、急かすでない」


 キメラさんが翼の下に隠した伸び縮みする腕を出して、ゆっくりと卵へと伸ばしていった。途中何度か、宙で進みを止めて卵の様子を伺っている。私は一旦アマンナを下ろして自動拳銃を手に構えを取った、念のためにと先んじたのが功を奏した。


「ぬぅんっ?!」


[やばっ!手を引いてっ!]


 卵のてっぺんを起点にして殻が扇型に開き、中にいた白い膜に覆われたさなぎが姿を見せた。伸ばしていたキメラさんの腕に噛みつこうとした寸前、敵の眉間に照準を合わせて素早くトリガーを引いた。着弾の衝撃でさなぎが天を仰ぎ開いた殻ごと後ろへと倒れた。


「…………」


[ナイスアヤメ!]


「キメラさん?大丈夫ですか?」


「…いや、あのだから…私はこの後予定が……」


「キメラさん?」


「はぁ…代わりに私が調査をさせていただくことになりました…全く、好奇心だけは旺盛なくせに臆病なんだから…」


[あらら、びびって引っこんじゃったの?]


「えぇ…後は若い者に任せると、彼の下らない口癖の一つです」


 びっくりした拍子にバトンタッチしてしまったのか、私にくらしっくを薦めてくれた女の人がやれやれといった様子で変わって出てきた。アマンナが言うにはキメラさんのナビウス・ネット内でエモート・コアが()()しているらしいが...


「もうしばらく、あなた方とはお付き合いが続くと思いますので私のことはロムナとお呼びください…」


[じゃあさっきのほぅほぅじいは?]


「便宜上ペレグと。それと片言の英語を話しているのはリウです…」


[ふ〜ん…]


 意味ありげな相槌を打ったアマンナが私を抱えろとせがんできたので、拳銃をしまってドローンを抱え上げた。その間にロムナと名乗った女()が倒したばかりのさなぎを摘み上げていた。


「えっ、だ、大丈夫なんですか?」


「はい…既に事切れていますので問題ないかと…」


 透明な腕に吊るされたさなぎはハチに似た姿をしていた。怖い眼球に膨らんだお腹、羽はまだないようだが細く伸びた小さな足が何とも不気味に見えてしまった。


「ん?あれってハチだよね、どうして…」


「はい…外見は確かに蜂なのですが、機械部品が組み込まれていますね…いえこれは…」


「?!」


 ロムナさんの取った行動に思わず目蓋を閉じてしまった、そして何かを引き裂く音が耳に届いて背筋に嫌な汗が流れ始めた。


「あ、アマンナ!後はよろしく!」


[録画しておけばいいの?]


「何でやねん!わ、私ああいうのは苦手だから!見られないの!」


[スプラッター系苦手なのか…あれでもビーストとは戦えていたよね?]


「それとこれとは別なの!」


 まだ解体している音が聞こえる...それにしても変な音だ、湿った音と金属に爪を立てたような音が同時に聞こえるのだ。ようやく解体を終えたのか、身の毛のよだつ音が途絶え湖の静寂が戻ってきた。


「これが…あなた方が遭遇したという「ノヴァグ」と呼ばれる害虫の身体構造なのですか?」 


[ここからだと分かんない]


 仕方なく、アマンナに見せてあげるため薄目を開けて近付いていく。確かにハチが引き裂かれ、解体されたはずなのに血の臭いではなくオイルのような油っぽい臭いが鼻をついた。


[ううむむむ…これは見たことがないな…わたし達が倒してきた虫は生物型とロボット型だったから…]


「見事な融合をしていますね…臓物に繋がれたケーブル、金属製の皮膚…」


[脳みそはどこ?]


 アマンナの言葉に立ち合いを断念した私はロムナさんにドローンを押し付けて湖の方へ駆け出した。



88.c



 正直に話せば、アヤメやアマンナ様と別れて正解だったと言わざるを得ない。アヤメはいつものジャケットを持ち寄っていたのでまだ寒さに耐えられただろうが私はフライトスーツのみ、はっきりと言って寒さが限界だった。湖から離れ藪の奥へと向かうにつれて気温も上がり、何とか過ごせそうだと一安心した時に「里」と呼ばれたピューマの隠れ家に着いた。


「………」


「あそこへ行けばよろしいのですか?」


 案内している間もこちらを伺っている様子を隠そうともしなかったゴリラが、もう一度顎をしゃくって先に行けと促した。その態度には思うところがあるのだが仕方がないと言われた通りに歩みを進める。一人分の細い獣道を抜けた先の光景に言葉を奪われてしまった。


「…………」


 そこには朽ちた民家の構造躯体が傾き風化された状態で残され、その周りにはピューマ達が持ち寄ったのか、破けたソファやぼろぼろになったベッドが置かれていた。あんな野晒しにして雨は大丈夫なのかと思ったが、見上げた空には基板があるのだ。

 そして何よりも驚いたのが傾いた家に取り付けられた照明だった、何故こんな所にと疑問に思うし誰が付けたのかも不思議だった。眩い光の照明が辺り一帯を照らし、ガラクタばかりの広場でもどこか温かい空間を作っていた。

 私に気付いたピューマ達が寝床代わりに使っていたソファやベッドから素早く起き上がり森の奥へと駆けて行く、どうやら怖がられているらしい。


(これはさすがに傷付きますね)


 しっとりと濡れた草を踏み付け広場の中心に向かう、足元は冷えているが空気は暖かい、取り付けている照明が裸電球のおかげだろう。先程までピューマが寝転んでいたソファに腰をかけると、ゴリラが傾いた家の中に入っていった。


「……ん?」


 見た目の割には柔らかく座り心地の良いソファと、見るからに硬そうなベッドの隙間に一体のピューマが縮こまっていた。私を見ても逃げなかったのかと思ったが、覗き込んだ私と視線が合った途端足を引きずるように逃げ出した。怪我をしていたために、逃げられないと思い隠れていたのだろう、それにしてもピューマが怪我とは...


「待ちなさい!」


「っ?!」


 鋭い静止に驚いたピューマがびくりと体を震わせさらに慌てて逃げ出そうとした。見ていられないと思った私はソファから立ち上がりピューマを追いかけた。怪我ではなく後ろ足が取れかかっていたのだ、関節から下が不規則に動いているのが裸電球に照らされ良く見えた。


「待ちなさいと言っているでしょう!」


「Mwtnn!Mtwtmw!」


 何事か喚きながら押さえ付けた私の腕から逃れようとしている。


「足を治してあげるからじっとしていなさい!二度と歩けなくなっても知りませんよ?」


 ようやく落ち着ついて私の言う事に従うかと思ったが...身を屈めて足を良く見ようとした時に丈夫な反対の足で顔面に蹴りを入れられてしまった。


「いったぁ……」

 

 ピューマの身体は機械だ、思っていたより冷たくなかったが鉄の塊りをぶつけられたも当然だ。鼻の奥がつんとして涙も出てきた。


「こんの!人が見てあげようと言っているのに蹴りを入れる奴があるかぁ!」


 怒った私に恐れをなしたのかは知らないが、ピューマが森の奥へと駆けて行った。そして家の中に入っていたゴリラが手に何かを持って再び私の前に現れたが、それよりさっきのピューマについて文句を言ってやろうと口が開いていた。


「何なんですのここのピューマはっ!足が取れかかっていたから見てあげようと言ったのに顔を蹴られてしまったのですけど!」


 そんな私に構わずゴリラが手にした物をずいと無理やり渡してきた、未だ怒りが収まらないまま見やった物に一瞬で頭が冷えた。


「これは……」


"第一種銀製生物銃猟狩猟免状"


 そう、書かれた一枚のプラスチックプレートだった。



 ここに集ったピューマ達は過去、人間の手によって傷付けられた者達だった。身体的、精神的に傷を負いながらもリニアから離れずひっそりと暮らしていたらしい。


(…………)


 知らなかった。私達を見て距離を取っていたのは、人と触れ合ったことがないからではなく人から暴力を受けていたからだった。先程見せてもらった免状はこの街で交付されるもので、大昔はよく猟銃や狩猟に使う道具を持った人間達が森に来ていた。銀製とは、ピューマをよく知らない人間達が勝手に付けた名前らしい。


「……あなたも過去に暴力をうけたことがあるのですか?」

 

 ゴリラがこくりと頷き、剥き出しの地面を指でなぞり文字を書いた。


「"わてはましなほうだ"」


 ...字が書けるのだ、このゴリラは。確かに動物の中でも知能が高く、人と大差はないと言われている。それに加えてエモート・コアも持ち合わせていれば手記による会話も可能なのは分かるが...地面の至るところにゴリラが書き残した様々な文字があった、私との会話で生まれたものだ。


「あなた方を創造したティアマトというマキナはこの事はご存知なのですか?」


「"しらない"」


「それは何故?」


「"つたえるひつようがない"」


 文字で一杯になってしまった足元の地面から移動して、


「"つくるだけつくってほうち、はらがたつだけだ"」


 作るだけ作って放置、腹が立つだけ...環境洗浄型と呼ばれた彼らの役割は知っている。荒廃してしまった地球の環境改善の為に生み出された存在だ、だが結果は芳しくなく後は中層域に放逐されてしまったのだ。確かに無責任ではある。


「…………」


 彼らに強いシンパシーを覚えた、役割の有無はあれど生み出した存在があまりに無責任であるために悩み続けていることに。私もそうだ、己が役目を知ることもなくあまつさえマキナとしての(えい)(めい)すら手放すことになったのだ。

 地面に視線を落としていたゴリラの肩を強く掴みこちらを向かせた、掴まれたゴリラも少し驚いていた。


「先程のシカをこちらに」


「"なぜ"」


「足を治します、あのままではいずれ歩けなくなるでしょう」


「"かれだけではない、とくべつあつかいはやめてくれ"」


 まだ何か書こうとしていたがその手を止めて強く言い切った。


「特別扱いが何ですか!苦しみに耐え抜いた分報われることだって必要なことでしょう!」


 私の怒声に慄いたゴリラが立ち上がり森の奥へと消えていった。そして、特別扱いと言った意味がすぐに分かった。


「なっ……」


 現れたゴリラの後にはシカだけではなく、様々なピューマが列をなして現れたのだ。え...もしかして全員?あれ私が治すの?大勢のピューマを連れてきたゴリラが再びこちらに戻ってきた、また何か書こうとしたその手を止めて、


「道具は?!何でも構いませんので道具を持ってきてくださいまし!」


 仏頂面だったゴリラが初めてその口角を上げてニヤリと微笑んだ。



 やはりあの照明はゴリラが取り付けたものだった、彼は家の中からまだまだ使えそうな工具を持ってきてくれて私の助手を買って出てくれた。メスの代わりにドライバーを握り、人の手によって壊されたままの体の一部を次から次へと治していった。不調をきたしていた手足が治りそのまま駆けて行く様子は見ていて面白かった、まるで水を得た魚のようであった。

 私の顔面に蹴りを入れてくれたシカもきちんと治した、耳元で延々と愚痴をこぼしてやったので本人は微妙そうな顔付きをしていたが、これでおあいこというものだ。


「ほら、治りましたよ」


「…………」


「まだ何か言いたそうですね」


 私の顔をじっと見ているシカに代わって、隣にいたゴリラが手記で教えてくれた。


「"こいつのなかまがまちへいった、もうしばらくあっていない"」


「同じ仲間とは、シカということですか?」


「"そうだ、みていないかときいている"」


 いやさすがに...それにきちんとピューマをこの目で見たのはこの街が初めてなのだ。知らないと首を振って否定すると、油断していた私のお腹にシカが突進をかましてきた。


「うぐぅ……このっ!」


 後は一目散、藪の奥へと消えていった。


「何なのですかあのシカはぁ!一度ならず二度までも!」


「"あれでもおまえをすいている、ひとまえにはすがたをあらわさない"」


「だからと言って二度も攻撃してこなくても……おや…」


 私のお腹に頭突きをかましたシカはともかく、他のピューマ達は距離は置いているものの森の奥へは行かず広場を中心としてあちらこちらで寛いでいる姿が見えた。どうやら私への警戒を解いてくれたらしい、その無防備な姿はドライバー片手に頑張った甲斐があるというものだった。

 肩の力を抜いた時に、地面に残った文字に引っかかりを覚えた。人間の前には姿を現さない?


「お一つよろしいですか?ここにいるピューマ達は人に襲われた経験があるのですよね?」


 書くのも疲れたのか首肯だけだ。


「それはいつ頃の話しなのですか?」


 少し億劫そうに腕を持ち上げてから、


「"あさぐろいおとこがあらわれるまでだ、にっすうはもうわすれた"」


 浅黒い男?誰の事かは分からない。先程の口振りならぬ書き振りで言えば最近現れたような書き方だと思ったのだが...一度離した手を再び地面に付けて書き足した。


「"さいきんでいえば、あかいあたまとしろいあたまのふたりぐみがあらわれた、わてがおいかえすまでみんなかくれていた"」


 赤い頭と白い頭...まさか。


「その二人組みはどちらへ?」


 森の奥へ視線をやってから、こう書いた。


「"わてらのほうもつこだ"」



88.d



 解体した蜂は不思議な事に、有機体と無機体が見事な融合を果たしたものだった。生き物でありながらロボットであり、ロボットでありながら生き物。一体誰がこんな物を作ったのか、いや作る事が出来たのか。


「そんなに凄いの?さっきのハチ」


 沈黙し不気味な雰囲気を放つ卵の群れを横目に入れながら街へと向かっている。ウルフドッグの話しによれば、「宝物庫」と呼ばれている街へ二人組みが向かった後から卵がぽこぽこ産まれ始めたらしいのだ。


[凄いと思うよ、基本的に有機物と無機物は相容れないからね]


「………」


「有機物は炭素原子を含む化合物を言います、主に生体内で作られていますがそれ以外を無機物と言いまして…」


 ロムナの解説をアヤメが遮った。


「とにかく凄いんだよね!良く分かりました!」


 ロムナがくすくすと笑う、かく言うわたしも笑いを堪えきれなかった。


「いいもんね!笑いたければ笑うがいいさ!」


 拗ねたアヤメがドローン...いやわたしの体を乱暴に撫でている。早くプロペラを取り返したいのだが蜂との単独戦闘を経てから一向に許しが下りない。

 あれ、わたしは何をしに来たんだと疑念を抱いた時、卵の列が切れているのが見えた。そしてテーマパークもかくやといういかにもなお城が間近に見えてきた。つい今し方拗ねていたアヤメもすぐに機嫌を直して黄色い声を上げていた。


「何あのお城ぉ!近くで見ると迫力あるね!」


「遊びに来た訳ではありませんのであしからず…あの城には立ち寄りませんので…」


「えぇー!せっかく来たんだから少しぐらい寄っていかないと損じゃない?」


[それ旅行している人の理屈だよね]


「…………」


「はい…私もせっかくの予定を踏み倒してまで調査に来ているのです…アヤメだけ抜け駆けは許しませんよ」


「それは知りませんけど…」

[何の話しをしてるの?]


「あんな…あんな美男の子を放置してまで調査をしている私の精神性を見習ったらどうなんですと言っているのです!」


 びおとこのこ...後で検索しよう。

変な理屈を凄い剣幕で押し付けてきた後は静かなものだった。そんなわたし達のやり取りをウルフドッグは遠巻きにして眺めているだけだった。

 そして、わたし達はいよいよリニア本来の街に足を踏み入れた。



「丸!」


「アヤメが壊れましたね…」


[何?お丸さんを知らないのか?後で動画を見るといい]


 タイトルを教えてくださいと言ったロムナの声が、石と木で作られた街に反響した。      

 堂々と佇む白亜の城を横切り街の入り口である石垣の門を抜けたところだった。木製の橋桁は下されたままで同じ素材の大扉も開け放たれたまま、難なく入り込んだ先は捨てられているにも関わらず淡い光を放つ街灯に照らされていた。見たところ建物が傷んでいる様子もなく上に比べたらとても綺麗だ、それに変な臭いもしない。

 

[で、宝物庫はどこにあるの?]


 きちんと付いて来てくれるウルフドッグに声をかけた、ここから先は案内してもらわないと全く分からない。


「"……こっちよ"」


 少し逡巡した後に先導してくれた。そう、このウルフドッグは見た目の割に(と、言うと失礼だが)女性なのだ。大きな尻尾をあまり揺らさないように歩いているのはまだ警戒しているからだろう、もしくはこの街そのものに。


「あなた方の目的は街を調べることでしたよね…」


「んん〜…私達、というよりガニメデさんのお願いかな。私とアマンナはその付き添いなので」


「だからあのはしゃぎようなのですね…丸」


[いやそれ使い方間違ってるから]


「…彼女は何故街を?」


「自分の出生について知りたいんだそうです。マキナでありながらその役目は知らないのはおかしいと言って…私にはあまりピンと来ませんが…」


「そうですか…それはお辛いことでしょう」


 何か共感する部分があったのかロムナが同情の意を示した。


「この街で起こった事が記録されている物があれば持ち帰りましょう…彼女の助けになるはずです」


[ロムナは知らないの?この街のこと]


「はい…私が誕生した時には既に破棄されていましたので…今ある知識はここに住むピューマからの受け売りです」


「ふ〜ん…」


 気のない返事を返しているアヤメの視線は街の建物に注がれている、ほんと分かりやすい。花より団子とは良く言ったものだ。

 淡い街灯に照らされた街はまるで夕暮れのようで寂しい雰囲気があった。影も光も淡いせいで掴みどころがない、石で組まれた壁を見ながらそう感じた。やがてウルフドッグが一つの民家の前で立ち止まった、どうやら到着したらしい。


「ここですか…」


[そうなの?]


「"えぇそうよ、ここに集めた物が保管されているわ"」


[もしかして大鳥もここに来たりするの?]


「"大鳥……?あぁ彼らのこと、勝手に出し入れしているわね"」


 アヤメが持っているCDもここが出所なのか。


「一先ず中に入ってみましょうか…」


「いぇーいっ!一番乗りぃ!」


「"………"」


 はしゃいでいるアヤメを不思議そうに見つめながら道を譲ってくれた。

 木製の扉を開け放って中に入れば、早速大量の()()がお出迎えしてくれた。


「うわぁ…思ってたのと違う…」

 

[うわぁ…]


「何ですか中は一体どうなって……あらあらまぁ、これはただのゴミ屋敷では……」


 玄関先から奥の廊下までびっっっしりとガラクタが詰まっていた。(三人に名前が付いてもややこしいので)キメラの家で見せてもらったフリマの商品のように、木彫りの人形や、ケースが取り外されたCD、マスケット銃(古いな)、衣類品から、調度品、何でもござれだった。


[こんなに詰め込んで一体どうやって入ってるの?]


 入り口で待機していたウルフドッグに声をかけ中を見てもらった。すると、小さく唸り出したではないか。


「"……おかしい、あの綺麗好きがこんなに汚すとは思えない…気をつけて、もしかしたら彼が追い払った二人組みが来ているかもしれない"」


 二人組みとは...もしかしなくてもハデスとプエラか?その事を二人にも告げるとぐるりと回ってリビングを見てみようという話しになった。抱えていたわたしをウルフドッグの背中に乗せてアヤメが坂を下りていく。


「"こんなに人の臭いが染み付いた物は久しぶりね…"」


[物扱いするな、わたしだぞ]


 意味が分からないと答えたウルフドッグも後を追いかける。坂の途中に建てられているため一階部分の基礎が石によって組まれている、そこをアヤメがよじ登りリビングに面した窓に張り付いた。


「"あの人間は平気なのかしら…私を見てもまるで動じていないけど"」


[平気なんじゃない?昔の人はどうだったの?]


「"逃げるか撃ってくるかのどちらかだったわ、ティアマトがきちんと説明していればこんな事にはならなかったはずなのに"」


 フライトスーツに包まれたアヤメのお尻の見ながら受け答えしていた。


[ティアマトには何て言われていたの?]


「"とくに何も、テンペスト・シリンダーの外へ出かけた仲間達は戻ってこなかったし、その後は好きなようにしろとも言われなかったわ"」


[あそう…]


「"生んだ責任も取らずに野放しにするなんて信じられない、あなたもそう思わない?"」


 いやぁわたしは親になったことがないからと逃げを打った。この手の話し、というより愚痴は初めてだった。カーボン・リベラに上がったピューマ達はティアマトへの鬱憤よりも街への好奇心を優先させていたように見えていた、きっとここにいるピューマ達よりもいくらかポジティブなのだろう。


「中の様子はどうですか、アヤメ」


「う〜ん…めっちゃ綺麗なんだけど…」


「"綺麗?やはりあの二人組みが中に入っていたのね"」


 ウルフドッグの話しによれば、リビングに最も宝物が置かれていたらしい。


「それにリビングの床に凹みがあるっぽい…その二人組みってハデスさんとプエラなんじゃない?」


「凹みとは何ですか?」


[ここから一番近いベラクルの街でも二人組みと会ったらしくてね、その時にも床に凹みがあったんだって]


「気になりますね…中に入れませんか?」


「ちょっと待っててねぇ……いや固いなこの窓…」


 建て付けが悪いのか窓の格子をガタガタとさせている。石垣の上に立っているのであまり踏ん張りが利かないのか...そう見やっているとアヤメが足を滑らせた!


「あぁっ?!」


 見上げていたわたしにアヤメのお尻が降ってきた、衝突する寸前に体がふわりと上がり続いてウルフドッグにぶつかる音が街中に響き渡った。


「いったぁ〜………あぁ?!ご、ごめんね!痛くない?!大丈夫?!」


「"…………"」


 わたしをヒップブレスから救ってくれたのはロムナだった、にゅるにゅると伸びる腕がわたしを掴んでいた。「さすがにあのピューマは無理です」ときっぱり言い訳を放った。お尻をもろに食らったウルフドッグは地面に伸びており、アヤメが必死に謝っている。


「あぁあぁ、ほ、ほんとごめんね?!」


「"………いえ、別に"」


 分かりはしないだろうがウルフドッグも平気だと答えている。これがグガランナだったら死んでいたことだろうと軽口を思い付いたが、代わりに別のことを口にしていた。


[頭を撫でてもらえばすぐ治るってさ]


「こう?!これでいいのかな?!」


「"なっ、ちょっと、私はそんな事一言もっ"」


 全身全霊をかけたアヤメの撫で撫で攻撃にされるがままになっているウルフドッグ、少しぐらいは人と触れ合った方がいいだろうとわたしが思い付いた妙案だった。


[お尻降って痔固まる]


「それ喧嘩売ってるの?!」


「いえ、まさしく適した言葉かと…」


 アヤメの手から逃れたウルフドッグがひょいひょいと石垣を登っていった。てっきり逃げたのかと思ったのだが、わたし達の代わりに家の中に入り過去のことが分かりそうな物を見つけてくれると言ってくれた。


「"その人間に勘違いしないように言ってちょうだい!いいわね!"」


[いやぁ、ウルフドッグのツンデレとか…レアだな]


 ツンデレドッグが身軽に家の壁を登っていった後、お城の方から高速に回転するタービン音が聞こえ、何かが飛び立つ姿が見えた。

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