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第八十三話 探究の青空

83.a



 少し整理させてほしい、次から次へと、あれやこれやと色んな事が同時多発的に起こって頭が追いつかない。


「むっふぅ〜…」


「くすぐったいから」


 ここはメインシャフト、中層から数えて一番最初にある階層だ、初めて上層の街へ向かう時に休憩がてらに立ち寄った場所でもある。そして今は、ティアマトのマテリアルに似た生き物が飛び交う居住エリアの一室にて、アヤメに膝枕をしてもらっている。何故かって?


「本当に何ともないんだよね?」


「………」


「何かあったら言ってね」


「分かった」


 全力でわたしを心配してくれているので、わたしもそれに全力で応えていた。何も頼まなくても甘やかしてくれるのだ、応えない方が失礼だと思う。

 とにかく、わたしがホテルの部屋からサーバーにアクセスしてホールを監視していた時、やたらと格好良く作られたオーディンのマテリアルが撃たれた瞬間に後ろから何かに掴まれてしまった。あんな経験は一度としてない、慌てたわたしに構わず掴んできた何者(後で虫だと分かったんだが)かはホテル内のサーバーからわたしを引っ張り上げ、急激な遮断による痛みに似た消失感と目眩、混乱が同時に襲ってきた。体の感覚を知覚し始めた時には、てっきりサーバーからマテリアルに戻ったと思ったけど、見上げた頭上には見知らぬ虫の頭と淡いベージュ色の空に浮かぶ雲が視界に映った。


「いやここどこだよっ!みたいな」


「はぁっ?!」


 「急に大声出すな!」とアヤメが遠慮なくほっぺを抓ってきた。

そして、その後にあのマキナ、ガニメデと名乗った女が立つ平原のど真ん中に下ろされたのである。聞いてもないのにここは所謂中間領域だから生身でもアクセス出来るのだとか、自分はマキナではなくなったとか力を貸せとか一方的に捲し立てられたので腹を立てたわたしはむしった草を相手に投げつけた。擦りもしなかったが、わたしの行為に怒った相手と口論になって掴み合いの喧嘩にまで発展してしまった。草は当たらないのにわたしの体は掴めるのか!とさらに口論になった時、あの不明機が出現したと知らせがあったのだ。まさにてんやわんや、ガニメデという暴力マイペース女に説明してサーバーからアヤメの人型機へと飛ばしてもらい、あの一幕が起こった。


「そして今に至る」


「………」


 ついにわたしの独り言にも応えなくなってしまったアヤメ、のんびりしているけど...


「ゆっくりしててもいいの?向こうも大変なんだよね」


「うんまぁ…ね、今はカサン隊長が対応しているから、今のうちに休んでおけってさ」


 ガニメデのお願い通り、アヤメ達はメインシャフトの一階層まで来てくれていた。グガランナ・マテリアルはエレベーターシャフトの地下ドックに収められている。「まさか、あの湖が入り口だったなんて夢にも思わなかったよ」アヤメの言葉である。あの日、わたし達といた休憩室から抜け出したのも夜闇に浮かぶ湖面を見たからなんだそうだ、知りたくもない裏側を知ったような気分だと、ガニメデが居座る空間で再会した時、開口一番そう言った。


「グガランナの艦体を動かす時はまたあの湖から出てくるの?」


「うん」


「そっかぁ…湖に住んでいる生き物が可哀想だね」


 いやいないんだけどな、口を開きかけた時に部屋の外からのっしのっしと歩く音が聞こえ始めた、ここでの暮らしに慣れてしまった方言を喋るピューマだ。ゆっくりと開かれた扉の向こうには案の定、クマ型のピューマが申し訳なさそうにわたし達を呼んできた。


「寛いでいるところすみませんが…皆さんがお呼びです」



 連れてこられた場所は、大きな樹の根元にある円形の広場だった。遠目には仮想展開された幻想的な街並みが広がり、のどかに行き交う人達と忙しなく天空を行き交うドラゴンであふれ返っていた。

 広場にはすでに皆んなが集まっており、わたしに視線を寄越したナツメが口を開くことなく頭を鷲掴みにしてきたので驚いてしまった。


「なん?!」


「触れるんだな…これはあれか?イエンと同じ原理なのか」


「触る前に聞いてよ!びっくりしたでしょうが!」


「お前の様子が変だと聞いていたからな、逃げられる前に手を打っただけだ」


「それはもう大丈夫」


 少し間を空けてから「と、思う」と自信なく答えた。


「……まるで私達と変わらないな、その迷い方は」


「人種差別ですか」


「違う、お前のマテリアルはアリン達に見させているから安心しろ」


「皆んなは大丈夫なの?」


 わたしの問いかけに場の雰囲気が少し変わった、どうやらここに集まった本題らしい。


「ナツメさん、これからどうされますか?」

 

「どうっと言っても…総司令は下層に攻め込むつもりなんだろ?今回は不明機のおかげで断念したようだが…」


 厳しい顔付きをしたティアマトが断定的に言葉を放った。


「間違いなく諦めてはいないでしょうね、今回の騒動が落ち着いたら下層に向かうはずよ」


「私も同じ意見ね、話し合いで解決……は、さすがに無理があるかしら」


 自信なさげに同意したグガランナにナツメがやり切れない体で応えた。


「だろうな…ビーストの正体が分かってしまったんだ、今でこそあのアオラはお前達と話しはしているが最初に打ち明けた時には取り乱していたよ」


「………」

「………」


 ナツメの言葉にティアマトとグガランナが押し黙る、その話しは初めて聞いたものだった。


「止める方法はないのかな?皆んなの気持ちは良く分かるけど、さすがに下層を破壊されるのは不味いと思う」


「ここそのものが、稼働しなくなりますからね……」


「………」


 ナツメがいつか見た、眉間にしわを寄せた表情で頭を捻っている。三人、言うなればマキナではない三人の会話を耳に入れながら引っかかっていることを聞こうかと迷っていると、グガランナが代わりに聞いてくれた。


「……三人は、私達マキナの味方をしてくれるのかしら、皆んなもビーストに親しい人を奪われた事があるのよね」


 とても悲しそうにしているグガランナにナツメが少し言い淀みながら返事を返した。


「当たり前だ、確かに家族をビーストに奪われたが復讐心はない……今となっては、だが」


「なら、昔なら?」


「ちょっと!」


 意地悪な質問をしたティアマトに、グガランナがその腕を軽く引いて糾弾している。


「駄目よきちんと聞かないと、ナツメ達はもしかしたら人に銃を向けなければならないのかもしれないのに、前に私は言ったわよね?周りに流されるべきではないと」


「………」


「ナツメも、私達マキナに気を遣う必要はないわ、彼らの進行を食い止めることに少しでも抵抗があるならここから出て行きなさい、きっとあなたも後悔するはずよ」


 厳しい...いや、まるで突き放すような物言いにも怯まないナツメがあっけからと言い返した。


「私が決めた事だ、ティアマトに何を言われようが覆すつもりはない。それに見過ごしたところで何になる、後悔する場所そのものが無くなってしまうだろうに」


「………」


「ナツメさんの言う通りよティアマト、今は甘えましょう」


「……そうね」


 意味ありげなティアマトの言葉にも動揺せず、ナツメが下層への進行には参加せず止めると明言した。緊張していた空気も緩み、皆んなが薄らと微笑む中、あのマイペース女が割って入ってきた。


「あのぅ、私のこと、忘れてませんかぁ?待ちくたびれたんですけどぉ」


 笑顔で嫌味ったらしいことを言ってきた。


「ここにあんたの居場所はないよ、というかまだいたの?」


「いるわよ!というかここは私の場所よ!いいですか!和むのは勝手ですけど私の話しを聞いて下さいまし!」


「アマンナ…お前ほんと誰とでも仲良くなるんだな」


 呆れ半分感心半分。そんな顔をしているナツメに言い返した。


「どこが?どこが仲良く見えるの、あのマイペース暴力女に振り回されっぱなしなんだけど」


「誰が暴力よ!」


「こらアマンナ、お姫様に失礼だよ」


「あ、あの…初めまして、僕はテッドと言います、とても良いお部屋を案内していただいたみたいで…」


「いいえ!これからお願いすることに比べたら屁でもありません!」


「え、へ?」


 下品な言葉に動じた我が兄に構わず、ガニメデが勝手に喋り始めた。


「皆さん方をここに呼んだのは他でもありません!この広大な中層域にある忘れ去られてしまった他の街へ行くためです!私の足では到底辿り着けませんのでどうか運んでください!」


「聞いていたのかしらガニメデ、今中層の街で問題が起こっているのよ?そんな余裕はどこにもないわ」


 最もだ。ティアマトに諭されてもまるでガニメデは動じない。


「いいえ!今だからこそお願いが出来るというものです!空を行き交う手段を手にした今でないと行けません!」


 一拍置いてから、


「……皆様方はこれから未曾有の問題に対処されるのですよね?過去に人間同士、マキナ同士が争うことはあっても人とマキナが争うことは一度としてありませんでした。それを未然に防ぐためにもこれから忙殺されるのは目に見えております、だからどうかその前に私の我儘を聞いてください」


 真摯に、そして切実にお願いしてきたガニメデにアヤメが早速応えた。少し斜め上をいく言葉だったが。


「……この中層には他にも街があるんですか?」


「え?あ、あぁはい、そうですが…エディスンの他に四つ程…」


「えぇ?!四つもあるんですか?!」


「そうなのか?今まで知らなかったな…」


「グガランナさんは知っていましたか?」


「………まぁ、最近知ったことなんだけど…」


 グガランナから話しは聞いている、ガイア・サーバーにアクセスした時から何かしらの思考誘導を受けて忘れていたということに。わたしもこうして他の誰かが口にするまで思い出すこともなかった。

 わたしの隣に立つアヤメを見やれば、


「行きたいの?他の街に」


「え?!……い、いや、そんなことないよ、こんな、大変な時に……」


 嘘だ、目がギラギラしている。勝手も知らない初めてきた中層の森を好奇心だけで探検したアヤメだ、さぞかし行きたいことだろう。ティアマトが何かしら注意するかと思い視線を向けると、まるで我が子のように慈しむ目をしてアヤメを見ていた。


「アヤメ様、これは一重に私のためだけではなくアマンナのためにもなる事なのです」


 わたしだけ様付けしないことに大変引っかかりながらも続きを促した。


「何さ、わたしのためにもなるって」


「デュランダル、地球時代から伝わる聖遺物の名を冠するあの人型機について調べることも可能です。あなたにとっても無視出来るものではなくて?」


「何を偉そうに」


 鼻につく言い方をするので文句を言うと、無言でガニメデが掴みかかってきた。


「こら!そんなこと言ったら駄目でしょ!」


 アヤメが間に入ってガニメデからわたしを守ってくれた。


「アヤメ様!そこのマキナを私に!私に渡してください!この失礼なマキナめ!」


「うるさい!何がガニメデだ!そんな男臭い名前の奴に上から目線で言われる筋合いはない!」


「むっきぃ!人が気にをしていることをぉ!!」


「こっちは皆んなを呼んだんだぞ!礼の一つぐらい言えってんだ!」


「どうもありがとうございますぅ!おかげ様で調べものが捗りそうですぅ!」


 今度はわたしがアヤメを押しのけてガニメデに突っかかった。



✳︎



 お姫様改めガニメデさんに連れられて来た場所は皆んな使っている部屋がある廊下よりさらに奥、作られてから長い年月を思わせる古い螺旋階段を下りた先にあった。螺旋階段と同じくらい古い木製の扉を開けて中に入ってみれば、そこはどこか研究者が使う部屋のようになっていた。机の上には沢山の紙製の本、それから額が痛んだキャンパスなどがあった。

 以前、ここに来たことはあったけどガニメデさんの部屋に訪れるのは初めてのことだった。


「メインシャフト一階層に住んでいた住人はとにかく贅を好む人達だったようで、セントラルタワーの中にはお城を模した場所や、過去の地球時代を真似たエリアがいくつもあります」


「セントラルタワーって、あの白い塔のことですか?」


「はい、あれも仮想展開されたものですが、私達はその一部を勝手に使わせてもらっているのですよ」


「ただの不法侵入じゃん」


 アマンナの一言に怒ったガニメデさんが、手にしていた本を投げつけ見事にクリーンヒットしていた。


「大事じゃないのかあの本は」


「はっつぅぅ………」


「……ここにある蔵書関係は全てこの階層からサルベージしたものです、きっとあの本もアマンナの脳天にダメージを負わせたことに誇りを持っていることでしょう」


 何言ってんの。

それにしても、アマンナがここまで敵対心を剥き出しにするのは珍しいことだった。


「ガニメデさん、今度から私がチョップをするので直接攻撃はやめてください、アマンナが可哀想です」


「結局痛い思いするのわたし、庇うならちゃんと庇って」


「アマンナが喧嘩ばっかり売るからでしょう?らしくないよ」


「えっへー、そうはなぁ、いつもろうりだと思うよ?」


「ニヤけ過ぎだろ」


「ガニメデ、あの二人は放っておいていいから続きを」


「え?あ、はい」


 ティアマトさんに続きを促されたガニメデさん、どこか惚けたような表情をしていたのは気のせい?


「とにかく、私はこの捨てられた階層に住み着き過去の人達が残していった蔵書関係や絵画を集めて調べ物をしておりました、この土地で何が起こったのか、何故人がいなくなったのか、そして私が何者なのか」


 ガニメデさんの言葉には鬼気迫るものがあった、誰も何も言わない、アマンナも大人しく聞いている。


「過去に戦争があったことを突き止め、さらにガイア・サーバーとは異なる存在を見つけグガランナ様や他のマキナの方達と赴き調査を行いました、そしてその結果は私の名前が「ガニメデ」ということが分かったことと、サーバーに不法侵入した罪でマキナであることを取り上げられました」


「待って、今何て言ったのかしら?あなたはマキナではなくなったというの?」


「そうです、今の私にはサーバーへアクセスする権限がありません、なのでここからアマンナをサルベージしたのです」


「人をゴミみたいな言い方…」


「最後のお願いです、どうか私を中層の街へ連れて行ってください」


 切実なお願いだった。マキナとしての立場を失ってもなお記憶を希求するガニメデさんに誰もが言葉を失う中、真っ先に応えたのはグガランナだった。


「あなたの望み通りにするわお姫様、それとあの時はあなたを庇えなくて本当に悪かった、元気そうで何よりよ、それが私にとっては一番嬉しい」


 薄らと涙ぐんだガニメデさんと、同じように優しく微笑むグガランナ、初めて会った時はここまで仲が良かった訳ではなかったと思うけど...私とアマンナの二人でグガランナを捕まえて事情を聞き出した。



83.b



 正気を疑う、モニター越しに見える人間共はついに知性すら捨ててしまったというのか。

 ここはいつかの会議室、アーカイブデータとリンクした異形の化け物が襲来した場所に一人で観察を続けていた。事の発端はオーディン、それから俺が人間にコンタクトを取ったのが原因だった。人間駆除機体の名前と存在が明らかになり、「処理」され続けてきた理由についても人間が知ることとなった。ホールの壇上にてオーディンが静止を促したにも関わらず殲滅せんと兵を上げたのだ。


(いや、止められないのは仕方のない事かもしれない…)


 それだけのことをやってきたのだ、反旗を翻し明日の安寧のために知性ではなく剣を取るのは当たり前ことなのかもしれない。

 セルゲイと呼ばれた男がある室内にて話し合いを続けていた、対面しているのは人型機をも超える対物ライフルを一発だけ撃ったあのがさつな女だ。女の話しに集中している様子がないセルゲイがしきりに室内を見回している、何をしているのかと思いきや俺と視線が合った。


「っ!」


 驚いた俺をよそにそのまま銃口をこちらに向け、何のてらいもなくトリガーを引いた。カメラのレンズに着弾した衝撃の後にモニターから映像が途絶えてしまった。


(こちらの手は筒抜けということか)


 深い溜息を吐いた、いや、これでこちらも遠慮がなくなるというものだ。そう言い聞かせ、まずは向こう側にいる同胞をどう処理すべきかと思案していると我が兄弟が鎮痛な面持ちで室内に入ってきた。


「具合は?」


「………」


「またフラれて落ち込んでいるのか?柄でもない」


「誰がっ!!」


「だから忘れろと言ったんだ、三回もフラれたんだからいい加減に…」


 大股にこちらに歩み寄り、その足を止める前から俺の胸ぐらを掴んで無理やり立たせてきた。オーディンの金の瞳も随分と翳り焦燥に彩られている。


「その減らず口をここで潰してやろうかっ!!貴様に分かるのかっ!!絶対の剣を持った俺が三度も人間に敗れるこの惨めさがっ!!」


「知らないな、生憎俺は私怨で戦っていないんだ、言ったよな?好きにしろと、負けて不貞腐れるのはお前の勝手だが八つ当たりはやめてもらおうか」


「貴様がっ!!勝利の美酒をとっ!!」


 口にしてから恥を思い出したのか、すぐに手を離した。


「………もういい、具合についてだが、次が最後だ、これ以上オリジナル・マテリアルが破損するのは大いに不味い」


 こちらに背を向けて息を整えている。


「だろうな、そう何度も壊れていいものではない」


 俺も何事も無かったように受け流して話しを続けた。


「オーディン、中層にいる連中は諦めるつもりはないらしい、今さっきもセルゲイが上から来た人間の説得に耳も貸さず追い返そうとしていたよ」


「…ならば、」


「あぁ、中層にいる連中の息の根を止める、これは一重にテンペスト・シリンダーの為でもあるんだ、下層を破壊される訳にはいかない」


「それは貴様一人で事を為すことなのか?」


 ブラックアウトしたままのモニターに向けていた視線をオーディンへと向けた、さっきの激情ぶりは何処へやら、その瞳には知性と労りが感じられた。


「……他に誰がやる?決議の場で頭を下げるか?」


「俺が言いたいのはそういう事ではない、プログラム・ガイアに持ちかけるべきだと言っている」


「そんな甘えが許されるか、これは俺が撒いた種だ、雑草は自分で刈り取る」


「そうか、ならばいい」


「……そうだな、最後に一つ、情けはかけるつもりだ」


 ようやく落ち着いたのか、俺の言葉に明後日を向いていたオーディンがこちらに振り返った。


「何をするつもりだ?」


「奴と話しをする、お前も着いてこい」



✳︎



「でっかいなぁ……」


「何メートルあるんだろう……」


「…弾の装填面倒臭そう」


「見るところがそこなの?」


 昨夜の騒動から明けた朝、アヤメさんの部屋を変わらず占拠していた私達は、今も眠り続けているアマンナのベッドルームから大きな人型機の武器を眺めていた。砲身だけでも人型機の倍はあろうかという超長物だ、下層へ進行を始めていた総司令達の部隊を不明機から守ったとされている人型機の武器は、その本体とは不釣り合いに輝くような緑色をしていた。中層の朝日を受けてキラキラと全身が光っていた。

 バルコニーから室内に視線を移せば、ベッドの上に横たわるアマンナのマテリアルと、いつの間に移動していたのかミトンがいそいそとベッドに潜り込もうとしていた。


「何やってんの、朝は招集がかかってるでしょ」

 

「…アマンナは私の妹、だから守る」


「寝たいだけでしょうが」


「…そうとも言う」 


 そう言いながらアマンナと並びベッドで眠り始めてしまった...

昨夜、超長物の武器を携えてこちらにやって来たのは政府直属の「リバスター」という部隊の人達だった。カサンと名乗った女性が先行して到着し、後から複数人が装備に身を固め遅れて街にやって来た。何でもマギールさんから援護要請を受けて人型機だけ先行したらしい、その辺りの事情も到着したばかりのカサンという人から教えてもらっていた。

 要は、ここで起こっている資源の取り合いや下層への進行を止めに来たらしい。私には荷が重いと断った手前、少しだけ申し訳ない気持ちがあった。


「そろそろ時間だよ、ほら、ミトン!」


 すっかり姉役が板についたカリンが起こしにかかっている。むずがりながらも素直に起き出したミトンを連れて私達三人だけでホテルの食堂へと向かった。


「あとはよろしくね、アシュ」


「あいあい」


 適当に返事を返したアシュに任せて部屋を後にした。



 アマンナが「よく燃えそうな危ないフロア」と口にしてからやたらと緊張するようになってしまったフロアエントランスを抜けて食堂に入ると、そこには「リバスター」の隊員達しかいなかった、殆どがらんどうだ。朝焼けの光に照らされ奥まったテーブルに腰をかけていたのは全員で四人、人型機を操るカサンさん、それから男性二人とカサンさんとは別の女性一人だった。食堂に入ってきた私達を見つけて眼帯をかけた女性が気軽に手を上げて呼んでくれた。


「こっち、こっちー」


「………」


 あまり気乗りはしなかったけど仕方ない、そう割り切って足を進めた。


「予想通りだな、見事に誰も来ない」


「そりゃそうさ、あたしらはただのお目付役だからな、今頃せっせと資源でも隠しているんだろ」


「しかし、資源を持ち帰ったところで扱える施設がないのでは…」


「そこはマキナと要相談なんだが、総司令が進行作戦を画策しているならお預けだな」


「敵対してしまった私達に手は貸せないと?案外器が小さいんですね」


 「そういうことでは…」と大柄な男性がやんわりと否定している。到着したテーブルの上には食べ終わった食器類が並びほのかにコーヒーの香りが漂ってきた、すっかりと寛いでいる。


「あの、呼ばれて来たのですが…これは一体……」


「ご苦労。我々は総司令代理の使いの部隊だ、俺はアコック、隣にいるのがラジルダ、眼帯がマヤサ、隊長がカサンだ」


 雑な紹介だった、眼帯と呼ばれたマヤサさんという人が少しむっとしている。


「言っておくけどまだあんたのことを許した訳じゃないからね?これが片付いたら第二区へ連れて行くから」


「好きにしろ。招集をかけたのは即刻ナノ・ジュエルから手を引くように話しをするためだ、お前達は持っているのか?」


 とんでもない、そのせいで散々嫌な思いをしてきたんだ。必死になって手を振り否定した。


「あの、扱えない、というのは……」


 私を盾にして、後ろから恐る恐るカリンが声をかけている。


「言った通りだ、カリブンより優れてはいるがそれをエネルギーなりなんなりに替える手段を持ち合わせていない」


「…それを聞いても誰も納得しないと思います、現に街にはマキナの人がいるんですよね?それなら後々の事を考えて持っていた方が得だと判断する人が、」


 このアコックと呼ばれた人が怖くないのか、ミトンが反論を始めてしまった。それを制するようにアコックさんが言葉を被せてきた。


「襲撃を受けてもう街にはいない」


「襲撃って……まさか、総司令がどこかの部隊に指示を出したんですか?」


「いいや、襲撃を行ったのは第十九区にいる上層連盟の私設部隊だ、政府から貸与された簡易人型機を用いて襲撃と制圧を行ったようだが未遂に終わった。連中は拘束されているが肝心の連盟長が姿を現さない」


 ハンザ上層連盟。第十九区に本部を構えるこの組織は歴代の総司令を輩出してきたことで有名だった。また、一般人は手にすることが出来ない非殺傷性武器も携行することが許されており、街の景観とは裏腹にあまり近付きたくない主要区ではあった。


「その人の仕業だということですか?」


「十中八九そうだろうな、連盟長の息子にもコンタクトを取っているがまるで繋がらない」


「………」


「まぁ、暗い話しはここいらにして君達も何か食べなよ、お腹が空いている時に考え事してもろくなことしか頭に浮かばないからさ」


 マヤサさんにそう促され、言われるがままに皆んなでフードコートまで向かった。まさかそんなに事態が進んでいるなんて夢にも思わなかった、本当にこのままいけば私達特殊部隊はマキナを相手に戦争することになるかもしれない。

 心の中で一つ溜息を吐き、アマンナが起きた時に何て言おうか考えていると食堂に面した窓ガラスの向こうに、野暮ったい男の人が大股で歩いているのが見えた。髪はざっくばらんで適当、今にも眠そうに目を細めた人だった。


「お姉ちゃん?どうかしたの?」

 

「あ、いや、何でもない、悪いけどカリンはアシュにも食べ物運んでくれる?」


「…なら私が」


「ミトンは駄目、口が強いのはよく分かったから私の隣にいて」


「…ついに私がアリンの妹に」


「意味が分からない」

「意味が分からないよ」


 姉妹に揃って突っ込みを入れた時にはもう、その男の人はいなくなっていた。



✳︎



「先に言っておくが、ここで俺の頭を撃ち抜いても何の解決にもならんぞ」


「………」


「セルゲイだな、これで会うのは二度目だ人間」


「何の用だ、撃たせてくれるのなら歓迎なんだがな」


「………」


 訪れたのは総司令、セルゲイの部屋だった。後ろにオーディンを控えさせているというのにまるで怯まない、これが人類を統括している人間ということか。あの日、ピリオド・ビーストで相対したというのに。


(いや、その事は今はいい)


 手近にあった椅子を引き勝手に腰を下ろした。ここにいる連中を従えているというのに何とも質素な部屋だった、濃い人の臭いだけはこびりついているようだが。


「下層に攻め込むつもりらしいな、オーディンから聞いたよ」


「抜かせ、貴様らマキナは街の至る所に「目」と「耳」を仕掛けているはずだ、大方そこからホールの様子を見ていたのだろう」


「それを知っててなお下層に行くつもりなのか?無謀にも程がある。それにマキナは俺達だけではない、今回の一件は全てのマキナが知ることとなった、今すぐに手を引け」


「それがどうした、その替えが利く体がなければ会いにも来れない臆病者にとやかく言われる筋合いはない」


 俺の後ろで気配が強張るのを感じた。


「お前は何かとマキナに精通しているんだろ?なら俺達マキナが仮に倒されたとして、その後に何が起こるのは分からない訳ではないだろう」


「………」


「ここにこうして食い物があるのも、閉ざされた筒の中に太陽が昇るのも全てマキナの働きによるものだ、それらが失われてしまえばお前達人も生きていくことは出来ない」


「生憎だが、俺の故郷は筒の上にある、ここがどうなろうと知ったことではない」


「あくまでも進行作戦を進める、ということでいいんだな?セルゲイよ」


 少し急くようにオーディンが確認を取った、聞かれた男は当然と答えるかと思ったが意外なことに口を閉ざしている。


「………」


「何か言いたげだな」


「ここで引けば我々はどうなる?今までの通りの人生を歩めるのか?」


 今度はこちらが口を閉ざした、それは身の安全を気にしてのことなのかはたまた何かの比喩なのか。


「俺達マキナに見過ごせと言っているのか?悪いがそれは出来ない、明確に敵対行動を取ったんだ、これからは常に監視させてもらう」


「そうなるだろうな。いや何、ただの確認だ、どこまでも人間を「管理」することしか頭にない畜生だというのが良く分かった」


「何?」


 気色ばんだオーディンを手で制した。


「これでも一応、お前達に気を遣っているつもりなんだがな。下層を破壊してしまうことがどういう事なのか、事前に説明せねばならないだろう」


「まるでゲームのような言い草だな、何を御膳立てする必要があるというのか」


「………」


 こんなものか。やはり仇を取らねば気が済まないらしい、仕方がないと腰を上げた時セルゲイが素早く銃を構えトリガーを引いた。撃たれたのはオーディンだった、大柄なマテリアルが力を失い床に倒れる音が室内に響いた。


「お前っ!こちらが手を出さないからって」


 そして再び発砲音、眉間に衝撃が走ったと同時にマテリアルが力を失った。


「反撃の狼煙に使わせてもらう、これだけの餌があれば浅はかな連中もさぞや喰いつくことだろう」


 妙な言い方をすると引っかかりはした。しかし、もう何度目になるか分からない人間との決別を持ってこちらも判断せざるを得なかった。

 中層にいる人間共を根絶やしにするということを、これは初めての事だった。



83.c



 ガニメデさんの部屋からグガランナをアマンナと二人で拉致し、螺旋階段を降りた先にあるもう一つの扉を潜った。そこはどうやら外に出られる扉だったようで、古めかしくもしっかりとした扉の取手を握り押し開けた先で言葉を失った。


「わぁ……」


「何か座れそうな所ある?」


「知らないわよ、ここに来たのは初めてなんだから」

 

 私の感動をよそにして現実的な話しをする二人のお尻を抓った。


「いった!」

「え?!何!急にご褒美?!」



「邪魔をしたのは謝るけど何も手を出さなくてもいいでしょ」


「ああいうご褒美は出来れば二人っきりの時がいいわね」


「はぁ」


 遠く、どこまでも遠く、遙か彼方の地平線まで咲きゆく野花とのどかに伸びる街道。その道をゆっくりとした速度で馬車(グガランナに教えてもらった)が走り、地面と空の境目から伸びた雲の中には建物の影があった。それらを見下ろす絶好のスポットに腰かけた私は変わらず馬鹿なことを言う二人に対してこれ見よがしに溜息を吐いてみせた、こんないい景色なのにこの二人は何とも思わないのだろうか。


「二人はもう少し情緒というものを養ったほうがいいと思う」


「これ仮想展開された景色だよ?こんな偽物がいいの?」

 

「………」


「私はね、どんなに雄大な景色よりも、あなたの憂いた横顔の方が好きだわ」


「溜息を吐かせたのはそっちでしょうが!」


 全く、と一言口にしてから話しを切り出した。


「それで、グガランナとガニメデさんに何があったの?というかいつの間にあんなに仲良くなってたの?」


「あんなに大変だった時によくもまぁ…何か言うことあるんじゃないの?」


 何をそんなに怒っているのか...あぁ、確かあの時はグガランナの代わりにアマンナがマテリアルを動かしていたんだっけ。少し眉尻を下げたグガランナが謝罪の言葉を口にするかと思ったが、とても真面目な調子で打ち明けてくれた。


「……彼女のお手伝いをしていたのよ、ガイアとは異なるサーバーでね。過去に起こった事件や中層にある街へ行って、お姫様についても調べていたの」


 グガランナとガニメデさん、それからディアボロスさんとあのハデスさん、そしてプエラの五人で行ったんだそうだ。そこは昔のテンペスト・シリンダー、グガランナが生まれる前の古い時代でマキナが人を支配していたらしい。また、グガランナが直接見た訳ではないらしいがディアボロスさんが言うには今より成長した大人のアマンナもいたそうな。それを言われたアマンナは黙りと口を閉じている。


「………」


「どうゆうことなの?今より成長したって」


「………」


 私の問いかけにグガランナとアマンナが目を合わせて頷き合った。


「……隠していた訳ではないんだけど…私とアマンナの関係は厳密には子機という間柄ではないの。私が目を覚ました時にはもうアマンナがそこにいて……実は私も良く分かっていなくて」

 

「それじゃあアマンナの方がお姉さんってことになるの?」


 言われた二人はぽかんと口を開けていた。え、そういうことだよね。


「先に生まれたってことはそういうことだよね」


「アヤメはその、おかしいとかは…思わないのかしら?マキナが自分の出自について詳しく知らないだなんてあり得ないことなのよ?」


「今さらそれが何?私からしてみれば子牛から女の子に変わった時点で常識なんて吹っ飛んでるよ、それに二人とも仲良いじゃん」


「………」


「そんなに自分の事を詳しく知りたいなら、デュランダルっていう子に聞くしかないんじゃない?」


「でゅらんだる?」


「あーあーあー」


 瞳を潤わせて私を見つめていたアマンナが慌て始めた、今度はアマンナと私が話す番になった。


「あなた、人のことを散々言っておいてからに私の知らない女の子と仲良くなっているじゃない!」


「いや、女の子って決まった訳じゃないでしょ!」


「いやあれは女の子の声だったよ?」


「声しか知らないの?会ったことはないってことなの?」


 カーボン・リベラの上空で戦ったことと、昨夜の一幕についてもグガランナに説明してあげた。それからアマンナと話し合って次に見かけたら私の人型機に入って対応しようと取り決めもしてあった。


「あなた何者なの、マキナが人型機に換装するだなんて話し聞いたことがないわ」


「そうなの?」


「人型機はマテリアル・コアではないもの、マテリアルを人型機に似せて作ることは可能でも人型機そのものにエモート・コアを換装させるのは無理よ」


「でもスイちゃんはやっていたよね?それとは違うってこと?」


「あの時のスイちゃんはデータのみの存在だったから可能だったのよ、けれど今はもう換装は出来ないはずよ」


「………」


「はぁ…分かったような余計に謎が深まったような…」


「み、ミステリアスな女なので…」


 アマンナが苦し紛れに答えたつもりなんだろうけど、不思議とツボにはまってしまった。


「……ふっふふふ、それ、自分で言うの?ふっふふ」


「じ、自分て言うのって変かな?」


「はぁ…馬鹿馬鹿しい…あなたの事で悩んでいる自分が馬鹿みたいだわ」


「馬鹿馬鹿しいっていうな!こっちは真剣なんだぞ!」


「はぁーあ、これ以上笑うのはアマンナに失礼だね」


 「それこそ今さらじゃないのか」と小さく言ってから、今度はグガランナが口を両手で押さえて笑い始めた。


「ふっふっふっふっ…」

 

「何その笑い方」


「いやだって…あなたをわら、笑うのはっ、し、失礼かと、おも、思ってっ」


「いやもう笑ってじゃんか」


 アマンナの一言にグガランナと、それからその笑いに釣られて私も笑い声を上げてしまった。てっきりアマンナは怒るかと思ったけど本人も笑い始め、これでは誰の事で悩んでいるのか分からなくなってしまい、いよいよ遠慮なく笑い声を上げた。



 ひとしきり笑った後、腰をかけていた切り株から立ち上がろうとした時にグガランナが引き止めてきた。


「せっかく三人揃ったんだから、ね!もう少しお喋りしましょうよ!」


「わたし、お化けのままなんだけど」


「えーお喋りより探検したいな、この辺りって映像だけなのかな」


「この辺りの丘は本物だよ、降りてみる?」


「ねぇちょっと!」


 誰もグガランナの言うことなんか聞いちゃいない。私とアマンナが二人して周囲の探検を始め、その後にグガランナが付いてきた。

 見晴らしいの良い丘の上に、切り株を模した椅子(?)が並びそこから曲がりくねった木で作られた橋が架けられていた。大きくアーチを描きながら地面へと伸びており、「これは映像」とアマンナが言ってきたのでとても残念な気持ちになった。


「これ架けた意味は?」


「見栄えの問題じゃない?」


 渡れないのに橋を架けるのか。

丘を下りて橋桁の下にやってきた、現実にはあり得ないような変わった植物が群生しており、花弁が逆さまに付いている野花の小さな葉の上に私の掌サイズの妖精が腰をかけていた。私達を見やるなり驚き橋桁の奥の方へとすっ飛んでいった。


「ほへぇ…」


「ここは妖精の国かな?」


 橋桁の下には小さな王国が築かれていた。妖精サイズの建物が傾斜地から立ち並び橋を支えている橋脚へとさらに小さな橋が架けられまるで自然の棚のように妖精の街があった。その中央にはシャンデリアのように吊るされたお城があり、傘の下の部分から妖精達が中へと入っていく様子が見て取れた。

 遅れてやって来たグガランナも目を丸くして驚いている。


「まぁ…こんな風になっていたのね…」


「ね?お喋りも悪くないけどこうして探検するのも良いでしょ」


「ま、わたしとグガランナは探検しっぱなしだったからねぇー」


 それはズルいとアマンナの頭をぐりぐりしていると、周りにいた妖精達も私を真似してアマンナの頭をいじり始めた。


「この!この!わたしの頭を触っていいのはアヤメだけだぞ!」


 小さな妖精相手にムキになっているアマンナを尻目に、グガランナを見やれば薄らと微笑んでいた。


「何?」


「いいえ、三人で旅をするのも悪くないなと思ったの」


「なんなら今から四人で参りますか?」


 丘の上から突然声が降ってきた。そこには拗ねた顔をしたガニメデさんがこっちを睨んでいた。



✳︎



 せっかく三人が揃ったのに...あの日のようにお喋りの花を咲かせたいと思うのは単に私の我儘だろうか。

 少し機嫌が悪いお姫様と並んで見晴らしの良い丘から戻ってきた。アヤメとアマンナの二人は後で合流するから今はいいと、良く分からない事を口にして私より少し前を歩いている。


「とにかくあなたが元気そうで良かった、あの場所で離ればなれになった時はどうしようかと思っていたのよ」


「………」


「お姫様?」


 まだご機嫌斜めらしい、ふんと小さく鼻を鳴らしただけでこちらを向こうともしない。


「その割には随分とお楽しみのようでしたけど?」


「仕方ないじゃない、皆んな揃うのが久しぶりだったもの」


「本当に心配してくれていたんですか?」


 「疑わしいものです」と機嫌の悪さを隠そうともしない。


「…あなたと別れと後、一人でメインシャフトに降りたわ、五階層へ行って初階層にも降りてくまなくあなたのことを探していたの」


「………」


 そこでようやく立ち止まり、腫れぼったい瞳をこちらに向けてきた。「余計なものがないグガランナ」アヤメに言われた言葉は今でもはっきりと覚えている。が、本当に私と彼女は似ているだろうか、体を半身にしてこちらを睨んでいる彼女はどこからどう見ても子供にしか見えなかった。


「……それは本当なんですか、私にはグガランナ様にしか頼る相手がいないのです」


「……そう、それを言うならあなたこそどこにいたのよ、あれだけ探したのに見つからなかったのよ?」


 今にも泣き崩れそうな表情から肩をびくりと跳ねさせて、何事もなかったように再び歩き始めた。


「待ちなさい、お姫様」


「………」


「待ちなさい!あなたどこにいたの!」


「………!」


「こらぁ!」


 声をかける度に歩く速度を速め、挙句逃げ出してしまった。


「あなたこそ!こっちの気も知らないので遊び惚けていたんでしょ!」


「そんな訳ありませぇん!その重たいマテリアルで捕まえられたら白状してあげますぅ!」


 ころころと笑い声を上げているお姫様、マキナとしての身分を取り上げられてから再会したのはこれが初めて。随分と子供っぽくなったようで、私の心にわだかまっていた引っかかりも取れたようだった。

 まぁそれはそれとして、無事に捕獲したお姫様を羽交い締めにして泣くまで懲らしめてあげた。



83.d



[嫌よ!いやいやいや!どうして私だけお留守番なのよぉ!]


 「いやだぁー!!!」とコンソールの向こうで叫んでいるのは何を隠そう、あのグガランナだった。


「ガニメデさん、フライトスーツの方は大丈夫ですか?」


「はい、問題ありません」


[聞いているの人の話し!どうして!どうして私だけ!お留守番しなくちゃ]


 叫んでいる途中で通話が切れた、代わりに話しかけてきたのはナツメだった。


[いいか、のんびりする旅ではない、期限はきっかり二日間、それだけは守ってくれよガニメデ]


「はい、問題ありません」


「?」


 さっきの同じ返事...私の気のせいかな。


[ざまぁみろグガランナぁ!あの時わたしを置いてメインシャフトに降りた罰が当たったんだよぉ!]


 ここは私の人型機の中、アマンナは前と同じ人型機の中に入り込んでアマンナアナウンスとして搭乗している。私と同じフライトスーツに身を包んだガニメデさんも座席の後ろに控えていた。くるりと振り返って様子を見てみれば、とても涼しげな顔をしていた。


(あんまり怖くないのかな…)


 まぁいいやと、コントロールレバーを握って離陸態勢に入る。相変わらずコンソールからグガランナの声が聞こえ続けていた。


[呪ってやるぅ…私を置いていったことをぉ…]


[怖いわ、諦めろ]


「そうだよ、グガランナだって大事な役目があるでしょ?」


 私の機体でガニメデさんと一緒に中層の街を回ることになった。そしてグガランナは先に下層へと戻り、進行してくるかもしれない特殊部隊に対応する予定になった。人の身で行けるのかと思ったが、どうやら「道」は存在しているらしい。ガニメデさんと回った後は私達も下層へ向かうつもりだ。


[あー!羨ましいっ!!私もっ[いい加減にしなさいっ!!終わってから好きなだけ回ればいいでしょうっ!!]


 ティアマトさんの一喝によりついに静かになった、コクピット内は人型機を持ち上げるためのエンジン音に満たされている。

 ここはエレベーターシャフトの地下ドッグ、何でもここからマギールさん達は中層の空へと旅立ちビーストと戦闘していたナツメとテッドさんを拾って上層の街へ向かったんだそうだ、その時にはプエラもいた。いつになったら戻ってくるんだろうと、もやもやした胸の内を晴らすようにエンジン出力を跳ね上げた。



 橙色と青色の誘導灯に導かれ、大きすぎるトンネルを一人寂しく機体を飛ばしていると前面に大きな扉が見えてきた。コンソールから現空間で待機しているようにと指示が入りホバリング態勢で待っていると、小さな滴が扉の隙間から溢れ落ちてきた。


「?」


 あぁ、湖の下にあるのか、そう思い出した時には堰を切ったように水が大量に落ちてきた。扉が開く前から我先にと押しのけまるで滝のようだった、束の間水が流れ落ちる轟音と視界が悪くなる程の水飛沫に見舞われ、この機体はちゃんと防水処理はされているのかと間抜けな事を考え始めた時にようやく収まった。水が流れて落ちた先を見やれば湖と同じぐらいの大きさか、ため池のようになっていた。


「これ、もしかして…」


[わたしらが飛んでいった後はまた上に戻されるんじゃない?]


 何というリサイクル。

コンソールからもゴーサインが出たので未だ水飛沫が名残り惜しそうに飛ぶ中をするすると抜けていく、上を見やればそこには中層の青空が広がっていた。

 確かに、確かに皆んなの言う通り、今この状況で廃虚と化してしまった街々を回るのは良くないことなのかもしれない。けれど、ガニメデさんから他にも街があると話しを聞いた時の胸の高鳴りは、どうしても無視することが出来なかった。それを見透かしたようにティアマトさんから随伴しろと指令を受けて私が機体を飛ばしている。

 出来ることなら...


(……それはさすがに無理だよね)


 小さく、二人には気付かれないよう興奮を抑えるために溜息を吐いた。

 青空に飛び立ちアマンナの指示の元、機体を山脈の向こう側へ飛ばしている時に後ろから悲鳴が上がった。



✳︎



「とととととと、止めて!止めてくださいまし!」


 何を言っているんだこの女。


[あんたが飛ばせって言ったんだろ、今さら無理だよ]


「あーあーあー!まさかこんなに怖いだなんて夢にも思わなかった!どうして中に居ながら下が見えるの!」


 周囲の景色をコクピット内に仮想投影しているから仕方がないだろと言う前に、アヤメから少しだけコントロールを借りて機体を横方向に一回転させて上げた。


「だぁあああっ?!」

「………………………」


 その場でくるりと回ったわけではなく、進行方向に対して横軸の力を発生させただけだ、所謂バケツに水を入れてぶん回した時と同じ。アヤメは叫び、ガニメデは白目を向いていた。


「こらぁ!勝手なことするなぁ!びっくりしたでしょうが!」


「………………………」


[ちょ、コントロールこっちが持つからガニメデのこと見てやってくんない?白目向いたまま動かない]


「え?!ガニメデさん?!大丈夫ですか?!」


 力なく項垂れて声一つ発しない、さすがにやり過ぎたかと心配したが杞憂だった。


「あぁ!もう嫌ぁ!降ろしてぇ!えぇえんっ!!アヤメぇ!離さないでぇ!!」


[なっ]


「よしよし、もう大丈夫ですからね、すぐに目的地へ到着しますから」


 なっ!ガニメデの野郎(いや女だけど)...遠慮なくアヤメの胸にしがみ付き全力投球で甘えているではないか...それにアヤメも応えるように頭を何度も撫でている。

 マジ泣きを始めてしまったガニメデと、それをあやすアヤメと、しまった余計な事をするんじゃなかったと物言わぬわたしという奇妙な三人組の中層巡り旅がこうして幕を開けたのだった。

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