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第八十二話 第三次サニア戦線

82.a



[すまなかった我が兄弟、俺の浅慮が招いた事だ]


[いい、おかげで奴と正面から戦う理由が出来た]


[まだ執着していたのか?いい加減に昔の女は忘れろ]


[その言い方はやめてくれないか]


[ヴィザールは?]


[無事だ、先程連絡があった、お前の子機はどうなんだ]


[もうしばらくはかかりそうだ]


[……これから再び街へ入る、奴の息の根を止める]


[好きにしろ、街にいる連中が下層攻略まで画策しているならなおのことだ]


[…………]


[私怨で戦うというのか?]


[あぁ、そうだ]


[…………好きにしろ、それと決議の投票が決まった、プログラム・ガイアからも正式に許可が下りたよ]


[大事の前の小事になるよう尽力しよう]


[無論だ我が兄弟、勝利の美酒を持って投票の場に飾ろうではないか]


 初めてこの言葉使いに勢いづけられた。



✳︎



 ホテル内は騒然としていた、ホールで高まった熱気がそのまま外へ流れ出たような雰囲気だった。ビースト、あるいは「人間駆除機体」と名付けられたものが、実はある人物の仕業だと知って殺気立つのは無理のない話しなのかもしれなかった。


(いや、これは物々しいというより…戦闘前だな…)


 ちょうど今し方私が歩いている廊下からも、アサルト・ライフルを手に外へと駆けて行く隊員を見かけた、この街を襲撃しかけた敵の残党がいるのかと思い私も外へ出てみると中庭で陣形を組み、あのサニアから指示を受けていた。


(何をやっているんだあいつは…)


「ナツメ、この騒ぎは何?」


「お前か……私も気になって見に来たんだが…サニアが隊を組んでいるよ」


「また敵なの?皆んな不安がって眠れないんだけど…」


「敵なら私達にも声がかかるはずなんだが…」


 眠る格好をしたアヤメが、不安そうに声をかけてきた。私の隣に立ち肩と肩が当たる距離で小さく溜息を吐いた。


「明日には帰るんだ、もう少しの辛抱だよ」


「だといいけど…それとアマンナが目を覚さないの、何かホールであったの?」


「目を覚さない?」


「私達の部屋にも男の人が来てホールに連れて行かれそうになったんけど、あきらか他意があったから断ってさ、代わりにアマンナにお願いしたんだよ、そしたらサーバーから戻らないのか、目を覚さなくて…」


「そいつはまた……」


 あの一幕を知らないのか...言うか言うまいか悩んでいると中庭にいるサニアが声を張り上げ深夜にも関わらず集まった隊員達に号令をかけ始めた。


「いいかしら!まず間違いなくマキナのオーディンと呼ばれた男はここに攻めてくるわ!あなた達は引き連れてくるであろうビーストの対応!オーディンを見かけたらすぐ私に言いなさい!」


 各々が怒号を上げてそれに応えた、そしてサニアを見ることなく決められた位置へ向かって走っていく、不思議と統率の取れた動きをした隊員達だった。


「オーディンって確か…」


「あぁ、前にトンネル内で出会したあの相手だよ」


「マキナと戦うの?」


「………お前はどう思う、両親の仇を取れると分かったら首を取りに行くか?」


 また、小さく溜息を吐いた。そして、


「取らない、私のお母さんもお父さんもそんな事は望んでいないと思う……昔っから良く、喧嘩した相手とはよく話し合いなさいって言われて過ごしてきたからさ」


 少し驚いた、こいつから家族の話しを聞くのはこれが初めてだったからだ。


「……似たようなもんだな」


「ナツメは?これからどうするの?もし、マキナと戦うことになったら…」


「どうもしないさ、私はお前のそばにいる」


「ナツメ」


 ...こんな時によくもまぁ...後ろからセルゲイ総司令に声をかけられた。こちらのことなどまるでお構いなしに話しを進めてきた。


「サニアから連絡があった、あのオーディンと呼ばれた男がこちらに攻めてくると、お前もあの人型機で出ろ」


「…………」


「聞いているのか?」


「…サニアが私に声をかけないということは、必要がないということでしょう、彼女を信じてみたらどうですか?」


「誰が戦力の話しをしている、下層へ向かう道を調べるんだ、サニアが敵を引き付けている間にな、少しは頭を回したらどうなんだ」


「お言葉ですが、」


「そこにいる田舎の女なら俺が預かろう、行け」


 ...いなかのおんな?...それはアヤメのことを言っているのか?今の今まで、アヤメの顔を見ながら話していた私は振り返り、煮えたぎる腹の底を相手にぶちまけようとするとアヤメが先に口を開いていた。


「お断りします」


「………」


 私も言い返そうとすると、ドーム状の建物の辺りで火の手が上がった、少し遠い位置にありながら爆発音がこちらにまで届き、私達三人を束の間赤く染め上げた。


「その女のどこがいいんだ、昔は俺の色をしていた女だぞ?」


「総司令、その話しは今ここですることでは、」


「黙ってさっさと行け」


「良ければ私の機体を使いますか総司令、ご自分で行かれた方が良いと思いますよ」


「………」


 さすがに頭にきたのか、表情が変わった。それにしてもアヤメの強いこと、一向に怯まず何度も言い返していた。


「それと、ナツメとは今までずっと一緒にいましたけどあなたの話しを自分からしたことは一度もありませんでした、その話しは本当なんですか?」


「………」


「ナツメって滅多に人の悪口は言いませんけど、話題にすら上らないなんてよっぽど嫌われていたんじゃないんですか?」


「……頭に、くる女だな、これだから田舎の、」


 総司令が言い終わる前からアヤメがにっこりと微笑み、


「それは嬉しいですね、あなたに好かれるぐらいならビーストに股を開いた方がまだマシです」


「………!!」


 あのアヤメが...そんな暴言まで吐かせてしまったことにいたく後悔しながら今さらになって二人の間に割って入った。眉を釣り上げ今にも殴りかからんとしていた総司令の腕を、いつの間に現れたのかイエンが掴んでいた。


「女に手を上げるのは感心せんな」


「何者だ貴様ぁ!その手を離せ!」


「それは出来ない、アンドルフ様からあんたに付くよう仰せつかっているんだ、こんな所で油を売っていないでとっととマキナを討つぞ」


「アンドルフだと?!あの人外に頼まれた?!ならばなおのことその手を離せ!誰が貴様なぞ!」


「はいはい、いいからいいから」


 私に向かってウインクをしてみせたイエンの顔は確かに、総司令ではないが腹が立った。まぁあいつなり気を遣ってのことなんだろうが...


「はぁ…緊張した……」


「……大した女だよ、お前は」


「いやぁ…喧嘩した相手とは話し合いとか言ったそばから自分から喧嘩売っちゃった…けど、一回は文句を言わないと気が済まなかったからさ…あははは…はぁ」


 少し前屈みになり胸を押さえている、その顔は引きつり自然な笑顔とは程遠い。偉そうかと思いはしたが、その頭に手を置いて心から感謝の言葉を述べた。


「ありがとう、私の代わりに文句を言ってくれて」


「いいよ別に、まだ胸の動悸は収まらないけど…」


 再び爆発音が鳴り、アヤメの言葉が掻き消えそうになった。



✳︎



 金の虫よ!そんな砲弾が俺に食らうと思うな!

オリジナル・マテリアルに変えた我が身で再び街に突入してみれば、建物の影に隠れた場所から砲弾が二度も飛来してきた。その二つをマント型デバイスで払い退け、代わりに被弾した建物が吹っ飛んでいった。何人か巻き添えにしたようだがあの金の虫は何処にも見当たらなかった。

 やはりサニア、奴は俺を待ち伏せしていた。マテリアルを替えたというのに眉間には未だ痛みが残り、それがなおのこと臓腑を締め上げ怒りに変えた。効かぬと知っていながら児戯の如く乱射してくる弾丸を物ともせずただひたすら奴を追い、そして求めた。


(自らが自らである理由!代わりが利かない存在とは一体何なのか!)


 俺もひたすらに求めていた、己が己たる理由、意義、目的。あの虫に、女に、生きた年数など足元にも及ばない人如きに見下されたのだ、昔を私を見ているようだと。


「サニアぁあ!!」



✳︎



 邪魔だ、心底邪魔だ。彼との熱い戦いを邪魔しないでほしい。それと何度も言っているが私は、


「女神様!敵が怯まずこちらに進行してきます!」


 女神ではない。お願いだからその名で呼ばないでほしい。


「何が何でもここへ近付けさせないで!撤退の準備が出来ていないわ!」


 総司令からの指示は、撤退という名の敵地への進行作戦が整うまで時間を稼げというものだった。あくまでもオーディンはダシに使われただけ、総司令は本気で「かそう」と呼ばれている場所を目指しているそうだ。


(本当に邪魔)


 私の周りでは忙しなく動き回る隊員達であふれ返っていた、その殆どが撤退準備をしている人達だが、中には負傷して運ばれてくる人もいた。

 「お前が陣頭指揮を取らねば死傷者が増すばかりだ、それでも良いならあの男の首を取りに行くがいい」、そう言われて私は就きたくもない指揮官としてその座に着いていた。


(人を従わせるのがとにかく上手い男ね…)


 こちらの心根はお見通しだ、たった一度見ただけなのに私とオーディンの間柄を感じ取り、そしてそれに従えば人死にが出ると脅しをかけてきたのだ。

 あの四人ですら興味がなかったのに、ただの人形にしか見えない有象無象の人などどうでも良かった。早く彼に会いたかった、恋をした乙女のような気持ちで、火照る体と心を持て余した。



✳︎



 所謂新兵、それも全てが歳若い者達ばかりが前線へと出ていた。聞けば、この中層に来てから部隊へ志願したらしい、そんな馬鹿なと思ったが後方で荷造りをしている連中は揃いも揃って疲れた顔をした野郎達ばかりだった。


「セルゲイよ、これは何をしているんだ?今から袋を抱えて特攻でもする気か?」


 まるで相手にされない、視線すらこちらに向けてこようとはしなかった。


(余程嫌われておるのだな主様は…いや俺か)


 その方が良い、世の中どうしたって好かれた方が得をする人間と、嫌われた方が得をする人間がいるんだ。奴は間違いなく後者だ、しかしどうして奴の一体何がここまでの統率を生むのか、面従腹背でありながら動きに一切の無駄と怠惰がない。本来ではあり得ない連携だが...


(それはいい、俺の目的は一つ、悪く思うなよ)


「セルゲイよ、何処へ逃げるつもりだ?」


 俺の言葉に何人かが作業の手を止めて睨んできた、自覚があるなら銃を握ったらどうだと思ったが、セルゲイが素早く答えてきた。


「撤退ではない進行だ」


「何処へ行くつもりだ?当てはあるのか?」


「貴様なら知っているとでもいうのか」


「山へ登れ、そこから下層へ行くことが出来る」


 そこでようやく振り返り俺を見てきた、その目は猜疑心に満ちておりとても首を縦に振りそうにはなかった。


「俺が何のために来たと思うんだ、下層へ行ってマキナ達のコアが保存されたメイン・サーバーを破壊しに行くのだろう?」


「…………」


 知らなかった情報を自然に混えて説得し、予想通りセルゲイの目が揺らいだ。


「生憎だが、俺のコアはそこにはない、人様の庭が荒らされようが関係ないんだ」


「何故協力をする」


「主様のご命令だ、そこに私情も使命もない」


「…………」


「どうする?」


 俺に返事は返さず、近くにいた男を呼び止め斥候隊を組ませ山へ行くよう命じた、どうやら乗り気になったらしい。


(手のかかる男だ…女なら大歓迎なんだがな…)


 見事に()()が集まった部隊を尻目に、俺も山の方へと歩き出した。



82.b



 深夜、月が街を支配している時間帯にグガランナ・マテリアルに武装した集団が押しかけていた。政府から復興と発展のために与えられた簡易人型機を、強襲と占拠のために使った連中がブリッジまで侵入し、対人戦闘などまるで想定していなかった艦体は呆気なく陥落してしまった。

 ブリッジのメイン・コンソールを矯めつ眇めつした男が、頭からかけた暗視ゴーグルを外さず私に声をかけてきた。その態度は不遜、まるで礼儀などありはしなかった。


(カオス・サーバーでも似たような事があったわね…)


「答えろ、これは何だ?」


「見ての通りよ」


「答えろ」


 私の代わりに答えたのはティアマト、そのぞんざいな物言いに男が銃口を突きつけた。


「それはこちらの台詞、こんな真似が許されると思うの?」


「政府から特殊兵装の使用許可は下りている、もう一度だけ聞く、これは何だ?」


「……それは操舵席のようなものです、私以外に扱えません」


「グガランナ!」


「こちらの質問にも答えてください、何故このようなことをしているのですか?」


「答える義理はない、この女を縛っておけ」


 他の男に指示を出し、上げていた両手を後ろに回され縛られた。そして足払いをかけられ床に倒されてしまった、体と頭に鈍い衝撃が走り私の視界にはティアマトと男の足が映っていた。


「……っつう…」


「このクソ野郎!ここまでする必要があるというの?!」


「喚くな」


 ...どうしたものか、ブリッジにいるのは数人だがこれだけではないだろう。おそらく艦内にも侵入者はいるはずだ、今すぐにでもオリジナル・マテリアルを起動して制圧することも可能だろうが、目的が分からない以上手の出しようがない。まさか、ビーストやノヴァグではなく人に侵入されてしまうなんて全く予想していなかった。


(見たところ、アヤメと同じ部隊には見えない…)


 特殊部隊の人間ではないのは間違いないが、見た目だけでは素性まで分からない。

 ティアマトからコールが入った、言葉を交わさずやり取りを試みたのだろうが驚いたことにそれを見抜き、男が強かにティアマトを打ち付けた。


「ティアマト!」


「貴様らが通信機を体内に仕込んでいるのは調べで分かっている、次はない」


 床に項垂れるようにしているティアマト、その身が心配だが表情が分からない。


(調べで分かっている…つまりマキナについて詳しいということよね……誰から聞いたの?)


 自力で調べられるはずがない、私達に詳しい人間なんて限られている。まさかマギールが?そう疑いそうになった時、場にそぐわない和かな笑顔を浮かべたテッドとスイちゃんが直通エレベーターから降りてきた。


「夜遅くまでお疲れ様です」


「差し入れを持ってきましたよ」


「………」


 私を床に倒した男が固まった、それ以外の男も天使二人の笑顔にどう対応すればいいか分からず動けないでいた、さらにはあのスイちゃんだ、誰もが釘付けになる美貌で微笑まれたら蛇に睨まれた蛙になってしまう。


「お前達は、」


「体調はいかがですが?あまり優れないようですが…」


 スイちゃんがすっと男の人に近付き腕を上げて頬に触れようとした、さすがに怖気付いたのか一本後ろに足を引いた。


「………」


「やっぱり悪そうですね、医務室へ行きましょう」


 ぴたっと男の頬に触れた途端、恋に落ちた少年のように体が激しく痙攣した(スタンガン仕様)、物理的に胸を射抜かれた男がその場崩れ落ち煙まで上げ始めた。


「貴様!何をっ?!」


 後は怒涛の展開が待っていた、予め動きを合わせていたのかテッドが銃を構えた男の足を撃ち抜き、スイちゃんはあれだけ変えてくれと言った手のひらスタンガンで残りの侵入者を恋に落としていった。



「さすがスイちゃん!根性がまるで違うわ!」


「それ褒めているんですか?!」


「スイちゃん!早く人型機へ乗って!僕は二人をコアルームまで連れて行くから!」


「待ちなさい!スイは人型機に換装出来ないのよ?!まさかそのまま乗るつもりなの?!」


「当たり前ですよティアマトさん!皆さんもそうしているでしょう!」


 ブリッジを脱出した私達はガラス張りの向こうに鎮座している侵入者の人型機を横目に、階下へ向かう通路をひた走った。いつの間に「奥の細道」だなんて名前が付けられていたのか、本当にこの艦体にはニックネームを付けたがる人が多い。

 奥の細道に入り階段を下りたあたりでテッドが侵入者について教えてくれた。


「あの人達は第十九区の人型機を使用しています!」


「第十九区って確か!襲撃の収束地点よね?!」


「はい!あそこは少し特殊で政府と同程度の権力がある区なんです!その機関名が上層連盟!」


 階段を下りて後はひたすらにコアルームへ目指した、スイちゃんとは途中で別れたので今頃格納庫にいるはずだ。


「あぁ!こんな時に二重ロックって誰が変えたのよ!」


「仕方がないでしょ!」


 操作パネルで開錠してもすぐには開かない、首の後ろにチリチリとした感覚を受けながら呑気に開いていく扉を待っていると、操作パネルに何かが当たって小さな火花を散らした。


「動くな!」


「!」


 後ろを振り向けば銃を構えた男が立っていた、ブリッジを制圧した人達と同じ装備に身を固め傷付いた様子がないので、やはり別働隊だろう。


「カーボン・リベラ政府直属の僕達にこのような事をする理由は何ですか!敵対する余裕がありますか?!」


「マキナと手を組む者が図に乗るな!」


「そのマキナと手を取り合ったからあなた方にも人型機が与えられたんでしょう!喧嘩をするなら自分達の拳だけでやってみせろ!」


 口の強い、銃を向けられているのに何とまぁ...言われた男は我慢強くないのか、さらに激昂して言い返してきた。


「ビーストをけしかけていたのもマキナだろうが!そんな奴と手を組むなんざ反吐が出る!ここの制圧は船だけだ!乗組員の命までは保証しないぞ!」


(どうしてそれを…ここにいる人達しか知らない情報なのに…)


 相手の言葉を聞いたティアマトがしたり顔で反論した。


「そういうことね、悪いことは言わないからやめておきなさい」


「ティアマト?」


 私に視線は向けずに、


「この艦体を掌握して下層に乗り込むつもりなのね、あなた達の親玉は」


「!」


「聞いているわ、中層の街で私達マキナに宣戦布告をしたことは、もう一度言うけどやめておきなさい」


「え?!その話しは本当何ですか?!」


 テッドも初耳なのか驚いている、私もそうだ。


「お前は何故こんな奴らと手を組んでいるんだ!死んでいった者達に顔向けが出来るのか?!」


「……っ」


「勘違いしないでちょうだい、ビーストを製造していたのはたった一人よ」


「そんな出鱈目を信じると思うのか?!ビーストは殲滅されと言っておきながら何故外出禁止令が出たんだ!この船が何かしたんだろう!!」


「………」


 ティアマトも、そしても私も黙り込んだ。前回の騒動はスイちゃんが起点となって起こったものだからだ。


「そらみろ!黙り決めやがって!さっさとこの船を渡さないとっ」


ーピンポンパンポーン、この艦体は真に残念ながらわたし達が掌握させていただきました、野郎共はとっとと引っ込んでくださいー


 この声はっ?!


「アマンナ?!」


 どこから...ここにアマンナのマテリアルはないはずなのに、どうして独立したネットにアクセスしているの?


「な、何だ!急に何がっ」


ーいいねぇその子悪党っぷり、開け!ゲートオブ……何だっけ…ー


「アマンナ!ふざけてないで何とかして!」


ー我が愛しの兄よ、そこから一目散に逃げることを推奨する、ゲートが吹き飛ぶよー


「?!」


 言ってるそばから爆発音が聞こえ、後ろから圧縮された空気と細かな金属片が飛んできた。


「先に言いなさい!」


「Wtpmgwpw!!!」


「び、ビーストっ?!」


 緊急開放されたゲートの中から熊型のピューマが踊り出てきた、あの日、ディアボロスに掌握されて暴走してしまったピューマだった。


ービーストじゃないんだなぁ、ごめんね、中にいる侵入者を摘み出してくれる?ー


「Wpjpjpjpj!!」


 アマンナのお願いに応え、一際高く咆哮した。それを見た侵入者が泡を食ったように踵を返して逃げ出していった。

 そして、どうやってアクセスをしたのか聞き出すためにアマンナの名前を呼ぶと、向こうも私の名前を呼んできた。


「アマンナ」

ーグガランナー


 向こうも聞きたいことがあるらしい、その声音だけで良く分かった。


「私から先にいいかしら、あなたはどこからアクセスしているの?アヤメ達と中層に下りたはずよね」


ーグガランナ、わたしからも聞きたいことがある、ガニメデというマキナはグガランナの知り合いなの?ー


「!!」


ー中層のホテルを監視していた時に無理やり引っ張られてグガランナに会わせろと脅しを受けているんだけど、他所で女つくって何やってたの、あんな大変な時に…ー


 アマンナ、まだあのことを怒っていたのね。そういえばこっちに帰ってからもあまりアマンナとは顔を合わせていなかったというか居なかった。


「つまり、お姫様のおかげでこの艦体にアクセスしているということなのね」


ーそう、それと悪いけどこのまま艦体は飛ばすよ?どのみちもうそこには居づらくなっただろうからいいよね?ー


 ティアマトは然もありなんと少し怒ったような表情をし、テッドは深く落ち込んでいるように見えた。本当に優しい人だ、マキナである私達と一部の人だけでも敵対してしまった現状を憂いているのだろう。


「飛ばしてちょうだい」


ーまったく…こんなクソ重たいマテリアルを飛ばす身にもなれってんだ…少しはアヤメの軽い体を見習ったらどうなんだー


 何ですって?


「何ですってアマンナ今の何て言ったのアヤメの何?体が何て言ったの?何故あなたがそんなことを知っているのかしら?」


ー抱いてもらったからー


「あぁあああっ!!!!!!」


「ほんとに…変わらないわね、こんな事態だというのに…」


 ま、後で聞いた話しなんだが抱いてもらったとはお風呂場で気を失って運んでもらった時のことを言っていたらしい。え、それ逆なのではと思いもしたが、アマンナの発言に数時間は落ち込んでいた私にはまだまだ理解するのは先だった。



✳︎



 こんな形で街を離れてしまうだなんて、とても、とても嫌だった。艦体の周りに陣取っていた簡易人型機はスイちゃんが沈黙させて、艦内中を他のピューマ達が駆け回り工作活動をしていた侵入者をまとめて外へ放り出した後だった。艦体の外では「リバスター」の部隊が待ち構えておりすぐに拘束することが出来たから、もう心配は要らないんだろうけど...


「テッドさん?大丈夫ですか?」


 随分と大人びた(物理的に)スイちゃんに声をかけられた。ひらひらのスカートが付いたフライトスーツではなく皆んなが着用しているデフォルトタイプのものだったけど、十分に破壊力があった。


「あんまりその格好で、男の人の前に行かない方がいいよ」


「いやテッドさんも男の人ですよね…」


 僕と同じ身長のスイちゃんに突っ込まれてしまった。


「元気がないようですけど…」


「こんな形で街を離れてしまうのが、何だか嫌でね…」


「それは…」


「スイちゃんもこのままでいいの?カサンさんやアオラさんは…」


「あっ!ちょっと待ってください、ブリッジへ行って交渉してきます!」


 汗をかいた髪をなびかせ、肩で風を切るようにして向かっていった。きっと待ってくれているアオラさんの元へ帰りたいのだろう。


「はぁ…仕方がないか…」


 ティアマトさんも言っていたことだけど、いつかはこうなる日が来ると何となくは思っていた。幸か不幸か僕達はビーストの、言わば()()を知ってしまっているんだ。何も快楽目的で襲撃を繰り返していた訳ではないと、けれどそれが万人に受け入れられるとは僕も思ってはいなかった。

 そして、この矛盾を突いてくるようにブリッジへ上がった僕にティアマトさんが鋭く問うてきた。



「テッド、あなたはこのままここにいていいのかしら」


「………」


「例え一部の人間であったとしても、彼らの動機に不純なところは何もない、仇を取ると蜂起するのは自然なことよ」


「ティアマト、何もここでそんなことを聞かなくても…」


「大事なことよ、これから私達は人と戦うことになるかもしれないの、あなたにそれが出来るの?」


「……出来ます、いいえ、言葉を選ぶなら、僕はナツメさんと共に行きます、ナツメさんがここにいる限りは僕も離れません」


「ナツメが向こう側に回ったら?」


「………回ります」


「………さっぱりしてるわね、ナツメに嫌われないよう注意しないと」


 そ、それでいいのかな...聞かれた僕も答えに迷ってしまったけど、殆ど直感で答えていた。会話を聞いていたアマンナもスピーカーから話しかけてきた。


ー何も本当に敵対するわけじゃないでしょ、カサン達がメインシャフトに突入したのはそのためでしょ?ー


「当たり前よ、誰がそんな事を前提にして動くものですか、それに下層が破壊されてしまえばここそのものが終わってしまうわ」


「タイタニスさんは?僕達が壊してしまった下層を修復してくれていたんですよね」


「一先ず侵入されないよう手を打っているはずよ」


 タイタニスさんも大変だな...

グガランナさんマテリアルが逃げ出すように(何も悪い事はしていないのに)、カーボン・リベラの街から飛び立った。時刻は日付線を越えようという時間帯だ、新円に望む月が僕達を照らし不思議と穏やかな上空を緩やかに降りていく。束の間、辺境の地にある第二十二区が雲の間から見えて、街の薄い明かりを灯していた。あそこには僕の両親がいるはずだ、いつも仲が良い、たまに「僕のこと忘れてるよね」と言わんばかりにいちゃつく時があるくらいだ。二人の顔を思い浮かべてみたけど、不思議と会いたいとは思わなかった。

 その雲に街が隠れて見えなくなった時、再びおふざけ口調のアマンナがスピーカーから話しかけてきた。


ーピンポンパンポーン、これよりグガランナ・マテリアルは中層の遊覧飛行に入ります、目的地は……さるばとーれ?ー


「アマンナ、何をふざけた事を言っているの?今すぐ下層に向かいなさい」


ーさんとーに、そう、サントーニの街に行きますというか連れて行きますというかいい加減にはなっー


 き、急に切れてしまった...何だったんだろうと声をかけようとした時に知らない女性の声がスピーカーから聞こえた。


ーご機嫌よう皆様、少しお借りしますねー


 僕は聞いたことがない声の人だったけど、グガランナさんは違ったようだ、目の色を変えて叫んだ。


「お姫様!!今は、今はどこにいるの?!」


 尋常じゃない反応だった、まるで生き別れてしまったかのような...ティアマトさんもグガランナさんの変貌ぶりに黙って見ているだけだった。


ー…………あぁ、その声は、グガランナ様、私はもう姫でもマキナでもございません、すみませんがアマンナを借りていますー


「好きなだけ使いなさい!それよりこっちの質問に答えて!あなたは何処で何をしているの?!」


 スピーカーの向こうから、マイクを取り合う音がしばらく聞こえ、勝ち取ったのはどうやらアマンナのようだった。


ーメインシャフト初階層、悪いけど来てもらうよー



82.c



[イエンよ、状況を報告せよ]


[問題ない]


 こんな言葉で引き下がってくれる程、新生の総司令は優しくなかったようだ。


[お前さんの問題ないが一番信用ならん、モールの出来事もそうだが何かと報告を省くきらいがあるからな、言え]


[……セルゲイ総司令の指示で荷物をまとめて山の方面へ向かっている、残りの部隊は街でオーディンと戦闘中だ]


[…………]


[言っておくが、俺の役割はここまでのはずだぞ、まさか当日に攻めてくるとは夢にも、]


[もうよい、儂が黙っていたのは呆れ半分と諦め半分だ]


[面白い冗談を言う]


[……やはり無理か、衝突は避けられそうにはないな……]


[マギールよ、まさか話し合いで済ませようと思っていたのか?それは無理がある、長年苦しみ続けてきた敵の正体が分かったんだ、進行を決意するのは自然なことだと思うが]


[だ・か・ら!貴様に防ぐようにと言い付けただろうに!!]


[馬鹿を言うな、それならアマンナに学を叩き込んでいる方がまだマシだ]


 まるでこちらの言い分は聞かないマギールが続きを話した。


[こちらでも異常事態が発生した、第十九区に配備させた簡易人型機がグガランナ・マテリアルを襲撃した、艦体は無事に空へ逃げ仰せたがな]


[上層連盟長の指示だろう、俺の主でもある]


[理由は?]


[本人に聞く他あるまい]


[まだ惚けるか、お前とアンドルフの目的は同じだろうに]


 ............


[無言は肯定と同義だぞイエン、お前さんの主は稼働歴元年から記憶を維持し続けている男だ、それなのにどうして、お前さんは自分の身元が分からなかったのだろうな?]


 この男。


[ナツメやアヤメの報告体制を侮るなよ、あの二人はとにかく人の話しをするのが好きな口だからな、会ってもいないのにお前さんの事は手に取るように分かる]


[ならば答えてみろ、俺とはどんな男なんだ?]


[山に向かっ]


 ん?


「切れた?何故?」


 俺のでかい独り言に周りにいた連中が一斉に視線を向けてきた。むくつけき男共に見られても鬱陶しいだけだった。

 ホテルを抜けて登山道に入り、昔は足元をライトアップしてくれていたであろう間接照明の類いも今は沈黙しており、誰も何も喋らない集団と緩やかな坂道を登っているだけだった。街での戦闘が長引いているのかこちらにまで燃えた火薬の臭いが漂っていた。

 先頭にいたセルゲイが足を止めたのか、皆が順番に足を止めていく、そして伝言ゲームのように前からセルゲイが呼んでいると俺に指示が回ってきた。


(どいつこいつも…)


 死んだような目をして、そんなに戦えていない己を嘆くならこの男の支配から逃げ出したらどうなんだ。

 先頭に到着してみれば、俺を試すかのようにセルゲイが視線を向けていた。


「下層へはどうやって行くんだ、ただの広場のようだが?」


 目指していた広場に到着したようだ、ここもライトアップを目的した照明が壊れているのか消灯しており、中央にある()()()()像を中心として周りをモニュメントが囲っていた。


「しばし待て」


 その中央にある像の前に立った、見上げたものは水酸基と呼ばれる化合物を模したものだった。この街は何か化学にでも精通していたのかと首を傾げそうになったが堪え、セルゲイに指示を出した。


「あの像を壊してくれ」


「何?壊すだと?」


「あぁ、あの下には抜け道があるんだ」


「馬鹿なことは言わないでください」


 この声は...


「そんな所で何をしているんだ、マキナを束ねる司令官よ」


 水酸基の像からひっそりと、いつの間に隠れていたのかプエラ・コンキリオが現れた。


「ここにある物はまだ調査が済んでいません、お引き取りを」


「調査?何故司令官がマキナを使わず一人でフィールドワークをしているんだ」


「あなたに関係はありません、もう一度言いますがお引き取りください」


 冷淡かつ無機質な声で話し続けているプエラ・コンキリオを、セルゲイがただじっと見つめている。そして徐に口を開いた。


「お前は確か、マギール達と共にいたのではないのか、何故こんな所にいる」


「………」


 とても、とても嫌そうに眉を顰めてみせた、初めて見せた()()らしい仕草だった。


「ここで我らに味方をするか敵になるか、その身一つで何が出来る?この像の下には下層への抜け道があるはずだが、どいてもらおうか」


「ですから、そんなものはありません、それとマキナに敵対するのもお勧めしません、今すぐ引き返した方が良いでしょう」


「この男がお前を司令官と呼んだが、その通りの意味なのか?人間を殺して資源を守れと指示を出したのはお前なのか?」


「いいえ、彼が……ディアボロスが独断で行ったものです、それとやり方はどうであれ効果はあると判断しました」


「………」


 無言でセルゲイが片手を上げ、死んだ魚より淀んだ目をした男共が一斉に銃を構えた。


(まるで相談を受けたような言い方だが…)


「退け、さもなくばお前ごと撃ち抜くだけだ」


 宣言を受けたプエラ・コンキリオが、付けていた仮面を脱いだように小声で本音を漏らし始めた。


「……本当に、どうして私の周りは……あの子が羨ましい……」


「やれ」


 聞き届けるつもりもなかったのか、セルゲイが指示を出し辺り一面がマズルフラッシュで赤く染まった。射撃音とマテリアルが撃ち抜かれる音と、そして像が破壊されていく音が響く。人形のようにあられもない方向に手足が曲がり、水酸基の像も対ビースト用に強化された弾丸で蜂の巣にされてしまった。硝煙が立ち込め、破壊された少女のマテリアルと像を睥睨したセルゲイが後ろを振り返り勝鬨を上げた。


「これで我々は明確にマキナの敵となった!心して挑め!我らの自由を掴み取るまで!」


 その勝鬨に応える声がするかと思いきや、俺の体、マテリアルに異変が起こった。


(何だ?!)


 気が付いた時には地面に仰向けに倒れており、硝煙の向こうに見える夜空があった。体が動かない、何故だ?セルゲイも俺を見下ろしているだけだ。そして、


[緊急回線に切り替えます、一時的にコアへの供給を遮断します、暫くお待ち下さい、再起動までの予測時間は計算中です]


 耳元で、いや、女の囁き声が聞こえ、夜空の向こうから、一体の、人型機が。


(俺の思い違いか……これは失敗だ)


 新緑。金の瞳。銃を構え。天に太陽が昇った。



✳︎



 緊急アラート!前にアヤメさんが敵対したという不明機をグガランナ・マテリアルが捕捉し、決められたプロトコルに従い艦内で待機していた僕達に知らせてくれた。


「出現場所は?!」


「中層よ!どういうことなの?!」


 グガランナさんの問いかけにティアマトさんが困惑しながら答えた、出現場所については僕も不思議に思った。前回は上層、今回は中層だ、場所があまりにも離れ過ぎている。潜伏しているのは上層だと思っていたのに、ティアマトさんも驚いていた。


ーマズげ、マズげ、これはマズいよ、中層にいる人達に銃を向けてるー


「それは本当なのアマンナ?!」


ー嘘じゃないよ、今そっちに繋げるから…ー


 少し遠くから「ここはどこなの?いい加減に教えて」とか何とか聞こえてきたけど、さっきのお姫様と呼ばれる人と話しでもしているのかな、しかしどうやって?体内通信で二人同時に喋るのは無理なはずなのでは...

 アマンナが操作してくれたのか、沈黙していた一つのコンソールに映像が映し出され、言った通りに人型機と人が戦闘をしていた。何て無茶な事を...


「待って!あれってもしかして特殊部隊の人達じゃ!」


「あれは…イエン?どうしてあんな所で寝ているの?」


 ホテルからの映像だろうか、僕の人型機と似た機体が山の中腹辺りにある広場へ向けて攻撃しており、その広場から小さな射線で応戦していた、あれではまず勝てない。それにズームした映像には総司令の姿や僕はまだ会ったことがないイエンさんと呼ばれたマキナのマテリアル、それからあれは...プエラ?!


「どうして……そんなプエラまで……」


「安心してテッド、あれは司令官ではないわ」


「え?」


 確かに映像では、あのプエラが体中を穴だらけにして倒れていた。けれど司令官ではないとはどういう...

 口を開こうとした時にマギールさんから通信が入り、ブリッジのスピーカーに直接繋げられた。


ー聞こえているな!今すぐに中層へ向かってくれ!お前さんらが襲われた話しと街から飛び立った話しは聞いている!ー


「………」


ー行くしかないでしょー


「けどね、私達は、」


ー襲ってきたのは中層にいる人達なの?一度襲われたら皆んな敵なの?それならグガランナのクソ重マテリアルを襲った連中と同じじゃないの?ー


「…………」


「ティアマト、行きましょう、一部を除いてアマンナの言う通りよ」


ーカサン達にも急行させているが間に合わん!アヤメとナツメには指示を出しているからすぐに向かってくれ!ー



✳︎



 赤く、火柱を上げ始めた中層の空に、曇天を従え新緑の人型機が特殊部隊の人達を攻撃していた。街に展開した部隊とオーディンさんが汚した空から、なおも輝く人型機が無慈悲にトリガー引き続けていた。

 「7」の数字から、ナツメが私に呼びかけてきた。


[あいつだな、お前が敵対した不明機とやらは、どうしてこんな所にいるんだ]


 バレないとは思うけど...まるで忍び込むようにアマンナがするすると私の機体に入ってきた、前回と同じだった。女性アナウンスからアマンナアナウンスに変わるのだ。


「さぁ、本人に聞いてみるしかないよ」


[あれは人なのか?ティアマト曰く人でもマキナでもないと言っていたが]


「少なくとも知性はあった」


 ホテル内の空き地に駐機させていた三機のうち二機が空へと舞い上がった、残りの一機はアマンナの専用機だ、けれどアマンナはここにいる。


「………」


 ナツメに気付かれないようコンソールの角っこを指で叩くと、アマンナも電子音で応えてみせた。


[おかしな言い方をする、お前からあの機体についてはきちんと報告をもらっていないが、何か知っているのか?]


「いいや、何にも」


[…まぁいい、お前が人に気を遣わせようとしてくるのは今に始まったことじゃないんだ、対応しよう]


「了解」


 ナツメ機の後に続き、ようやくこちらに視線を向けた人型機とこれで二度目になる戦闘となった。



82.d



 セルゲイ総司令から山道にある広場で襲撃されたと通信が入った、おそらくは私達が戦闘しているマキナの仲間ではないかと言っているが、正直どうでも良かった。預かった隊員達は皆んな()()()()同じ髪の色をした、特殊部隊では珍しく純情な人達だった、彼らに素早く号令をかけた。


「全軍に撤退指示!あのマキナは私に任せてあなた達は下がりなさい!」


「は、はい!」


 総司令から援護に回れときたが、あのひとがたきと呼ばれた相手では勝ち目がない、みすみすやられに行くようなものだ。ホテル内に立て籠もって態勢を整えろとだけ伝えて、彼の元へと走っていく。

 街の至る所に配置した部隊から、雨のように弾丸を浴びたはずの彼が遠目にも、力強く立っているのが見えている。自らの体と自尊心を守るかのようなマントのおかげで傷一つ付いていない、あんな物を身に纏っている間は本当の戦いなど出来はしない。

 たった一人、攻められただけで無残に変わり果てた街の中を疾駆する。手にしたアサルト・ライフルの重みと耳に届く金属音と、鼻につく硝煙と建物が焼けた臭いに包まれながら足をとにかく動かし続けた。そして、ようやく彼と会えた。


「ご機嫌よう、オーディン」


 周りに散開していた隊員達に下がるようハンドサインを出しながら、お願いだから邪魔をするなと念じた。早速向こうも答えてくれた。


「待っていたぞ金の虫!こんな児戯など我は求めていない!」

 

「えぇ勿論よ、ただの時間稼ぎ、それも失敗に終わったようだから楽しみましょう」


 相手も私を求めてくれていた、それが何より嬉しかった。私もそうだ、全力で戦える相手など早々いない、ビーストも初めは怖かったが慣れてしまえばただの遊びだ。

 オーディンが剣を構えた、その余裕ある動作に少し引っかかりながらこちらも銃を構え、そして遠慮なくトリガーを引いた。狙うあのダサいマントだ、少しも似合っていない。


「同じ手を食らうと思いでか!」


「!」


 そこまでして自分の体を守りたいのか、弾丸がマントの留め具に弾かれ突きの姿勢を取ったオーディンが突っ込んできた。刃というより車が通り過ぎた音がすぐ隣を駆け抜け、空振りに終わった彼がその場で踏ん張り剣を振り回してきた。頭上を再び轟音が通り過ぎ、いつもの足蹴りが来るかと身構えたがこない。私から距離を取ってじっとこちらを観察している。いや、


(待っている?)


 そちらが引くならと、相手の眉間に照準を合わせてトリガーを引いた。腕を上げてそれを防ぎ、私から視線を外した隙に距離を縮め、まずはそのダサいマントを剥いでやろうともう一度留め具を狙った。


「そんなにそのマントがお気に入りなのかしら?」


 相手は答えず腕を払って私を遠ざけた、無視されたことにいくらか腹を立てながら展開していた部隊の置き土産を取りに行くことにした。こちらの攻撃が通らないなら話しにならない。


「逃げるつもりか!!」


(どっちが)


 再会した時の高揚感はすっかり失せてしまい、胸にあるのは失望と憤りだけだ。私にあんな楽しさを覚えさせた本人があの体たらくなのだ、肩透かしにもほどがあった。

 同じ建物が並ぶ一角に、展開していた部隊の仮説テントへとやって来た。置かれた武器の中からグレネードランチャーを拾い上げ、後方から迫っていたオーディンの攻撃を間一髪で避けた。斬撃を受けた武器の類いが誘爆し、仮説テントが吹き飛ばされ私もいくらかダメージを負ってしまった。耳鳴りと痛む()腕を堪えアサルト・ライフルの代わりに手にした武器を構えた。


「はっ!たかが虫!そんな物で俺がどうこう出来ると思うな!跳弾ごときで傷を負う貴様に何が出来る!」


 今度はこちらが無視する番だった、まさか今の攻撃だけでそこまで強気になったの?あなた剣ではなく銃の弾丸でダメージを負ったのに?


「答えてみせろサニアよ!己が己たる理由とやらを!そぐわぬ魂を持つ虫よ!」


 答えるつもりはない、代わりにグレネードランチャーをオーディンに向けてトリガーを引いた。間の抜けたような音とそれに全く合っていない殺傷力の高い砲弾が彼へ襲いかかる。おそらく何度も同じ攻撃を受けていたのか、簡単にそれを防いでみせた、弾丸よりも派手に煙が上がりほんの一瞬彼の視界が遮られた。


「こんな攻撃は効かないと何度言えば!」


「少し黙っていてちょうだいな」


 次弾を込めて接近し、見上げる位置にある右肩に狙いを付けて再びトリガーを引く、目前で着弾しさすがにその衝撃には耐えられなかったのか、彼がたたらを踏んだ。


「っ?!!」


 彼の体が傾いだ隙を突いて、私と同じ背丈はある剣を奪ってみせた。


「馬鹿な!」


「持てないとでも思ったかしら、あなたは一度森の中で剣を手放していたでしょう?」


 副隊長らが戦闘した森の中で、状況が終わってから剣を回収したことがあった。今となってはどこに保管されているのか知る由もないがあれを刺さっていた木から抜いたのは私なのだ、持てない道理はどこにもない。


「オーディン、私に甘えるのはやめなさい」


「っ!」


 相手が驚くより早く剣を振るった、弾丸ではかすり傷も付かなかった体が火花と破片を散らし、相手が一歩下がった。


「ダサいったらないわ、そのマントだって似合っていないわ」


「これは防護デバイスだ!似合い似合わないなどと!」


「そういうことね、あなたはこの期に及んで自分の心配をしているということなのね、だったら勝てるはずがない」


 もう一度振るった、()腕と、それから左腕も痛み始めたが今さら止められない。


「何がだ、何が勝てないと言うのだ!!貴様は虫!虫なんだ!マキナである俺と比べてちっぽけなはずなのに!」


「人に答えを求めているうちはあなたは誰にだって勝つことはないわ、永遠に負け犬よ」


「………」


「それにね、私は他人に甘えられるのは嫌いなのよ、互いに高め合う者同士でいたいわ」


 あれだけ吠えていた口も閉じ、真っ直ぐに私だけを見ていた。これも悪くないかなと思いはした、そして全身の筋肉を使い剣を高らかに掲げ、後は自重に任せて振り下ろした。狙いは逸れて頭ではなく肩から、あれだけ弾かれた留め具ごと体を引き裂いた。まだ聞こえているだろうと願い、最後の親切心で教えてあげた。次はもっと楽しませてくれるようにと。


「命がけで戦いなさい、守れるものなど一切捨てて、生きるか死ぬかの瀬戸際でなければ得られないものがある、それがたまたま私とあなたにとっては死地にある答えというものよ」



✳︎



 前回、アヤメがカーボン・リベラの上空で戦った不明機が姿を現したとティアマトから連絡が入り、セルゲイ総司令と束の間話し合った私達は自前の人型機で対応していた。アマンナは変わらず眠ったままなので三機並べて駐機させていたうちの二機を緊急出動させて、ホテルの上空から地上へ向けて攻撃している不明機へ私が先手をお見舞いしてやった。刀を突きの構えで持ち、私自身が一本の矢となって無警告で敵へ襲いかかった。飛行ユニットの唸りとコクピット内にいても聞こえる風切音と共に敵の背中を串刺しに出来るかと思いきや、こちらを向くことなく背面ユニットの一部が作動してスラッグガンを応射してきた。


「?!」


[あ、言うの忘れてた]


「馬鹿を言うな!死にかけたんだぞ!」


 すんでのところで何とか躱して、勢いのままぐるりと旋回した。不明機の攻撃地点には報告があった通りセルゲイ総司令らが撤退準備を進めていた、地面に倒れたイエンのマテリアルは置いていくつもりらしい。それに一瞬血の気が引いてしまったが、フロアで会話したプエラに似た女の子のマテリアルもあった、それも穴だらけ。一体あそこで何があったというのか。

 全周波による敵からの通信が入り、理知的な人柄を思わせる声が警告を発してきた。


[これ以上の狼藉は見逃せません、予備を作成しておいて正解でした、まさか破壊されるなどと夢にも思いませんでした]


「そっちこそこれ以上の攻撃はやめてもらおうか!」


[それは出来ません、明確な敵対行動を取ってきたのです、そちらこそ引いてください]


 言ってるそばから腰から構えた大型のライフルを撃ってきた。赤い線となって飛来してくる砲弾を避けてしまい、この街の目印にもなっているドーム状の建物に着弾させてしまった。ここにいても聞こえるほどの破壊音ともうもうと立ち込める煙に、その破壊力が手に取るように分かってしまった。


「君の目的は何だ!どうしてこちらに攻撃を仕掛けてきたんだ!」


[そちらの白い機体に聞いてみては?土足で上がり込んできたのはそっちだというのに]


 何の話しをしているんだ、まるでこちらが悪さをしたかのような言い方だ。


「アヤメ、説得は無理そうだ、下にいる連中の盾になってくれ」


[了解!]


 素早くアヤメ機が高度を下げて山道から下り始めた部隊の上空付近で待機した。それを見た不明機がさらに大型のライフルを構えたがそれは撃たせないと私が突っ込んだ。


[もう!何なんですか!あなた達に関係ありますか?!]


「すまんがあれでも味方なものでね、君が引かないというのなら邪魔させてもらう」


 接敵した私に不明機は両肩にあった装甲板を前面へと移動させた、何をするのかと思いきや真昼のような眩しい光が襲ってきた。


「目眩しっ?!」


 一瞬で白い世界に覆われてしまい、敵を見失った。ついで白色一辺倒の中に赤い光が生まれた、全身が総毛立ち殆ど感覚のみでコントロールレバーを倒し赤い熱線を避けた。


[何のこれしきぃっ!]


 私を通り過ぎた熱線をアヤメの機体が受け止めた、アヤメ機の装甲板に当たった熱線が弾けて周囲に飛散し樹を根本からへし折っていった。


[あぁ、その鈍重そうな守りは対私ということですか]


[あなたの名前は何?!それだけでも教えて!]


[良いでしょう、私の名前はデュランダル、その名の通りこの身は何があっても破壊っ?!!]


「アヤメ?!」


 人が喋っているのにアヤメが機体を踊らせ、息を吐く暇も与えず不明機、でゅらんだると名乗った機体に組み付いていた。


[またそんな汚い手で私を!]


[ちゃんと洗ってるから大丈夫!アマンナ!]


[うぃ〜す、ちょっち失礼〜]


「アマンナ?!お前アヤメの機体に乗っていたのか?!」


 アヤメの機体からアマンナの声がして驚いた、いつの間に...ん?いや、あいつのマテリアルはホテルに置いたままだ、それなら別のマテリアルを使って?良く分からない状況でアヤメも何故組み付いたのか分からない。


[私に!私に照準を合わせないで!]


[そうでもしないと調べられないでしょうが、話す気になった?]


[それはそもそも規約違反で!……なぁ?!!本気?!!本気なの?!]


[そっちはわたしのこと知ってるみたいだけど、こっちはなにも知らないんだよね、そんなの不均一じゃない?]


[それ不平等だから]


[それを言うなら不公平!こんの!!]


 でゅらんだるの機体がアヤメ機の腹辺りを素早く蹴り上げた、見てるだけで痛そうだ。


「何をやっているんだお前ら!」


[あなたの仲間でしょうが!見ていないで止めてよ!]


 結果的に撤退している仲間の時間稼ぎになっているから良しなんだが、随分と親しみやすくなったでゅらんだるに怒られてしまった。


「君の目的を話せ!こちらに敵対する意思はない!」


[またその話し!そこの汚い女が私達のサーバーにアクセスしたのが先だと言っているでしょ!]


[アマンナってお風呂入ってないの?]


[どう考えてもアヤメのことを言っていると思うよ、それと一緒にお風呂入ったでしょうが]


[ふざけた会話を!]


 でゅらんだるがライフルではなく拳を構えた時(まるで子供の喧嘩だ)、赤い熱線をも超える白銀の線が街よりさらに遠い場所から発せられた、通り過ぎた後も街や私達がいる山を照らしまるで輝く川が頭上を流れたようだ。でゅらんだるの味方かと思いきや、


[到着が遅くなった、これより援護に入る、射撃の腕は確かではないから下手に動くなよ]


 カサン隊長だった。本人の言った通りどこを狙ったのかさっぱりなので動くに動けなかった。


「でゅらんだる!死にたくなければ今すぐに引け!」


[……そのようですね、さすがに三体は相手にし切れません、それからアヤメ、あなたの名前は登録しておきます、次、不法侵入するようであれば永遠に帰還出来ないと思ってください]


[不法侵入?!私がいつしたの?!]


[アヤメって実は悪い子?]


[タイタニスが違法建造した構造物の中!五番目にあたるエリアからしたでしょうに!!]


 それだけ吠えるように言った後、でゅらんだるの機体が内側からほのかに輝き出しそして、小さな星くずとなって天へと昇っていた。確かに目の前にいたはずの機体が、瞬時のうちに跡形もなく消え失せてしまった。


[………]

[………]


 二人も驚いて声が出ないようだ。


「……アヤメ、それからアマンナ、ホテルに着いたら覚悟しておけ、洗いざらい話すまで絶対に解放しないからな」


 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた後、アヤメ機と揃ってホテルへと向かった。



✳︎



「すまないね、僕なり手を尽くしたつもりだけど、今の流れは止められそうにはないよ」


「………」


「そう睨まないでくれ、君は何も悪くない、不運な事が重なっただけさ」


「それだけで済む話しではないわ、あなたの子供にまで迷惑をかけてしまったみたいだし…」


 一応、釘は刺しておかないといけない。


「その割には君も動いていたみたいだけど?あまり報告出来ないような事は今は控えてほしい」


「………」


「分かっている、確かにこれは僕にも落ち度はある、けれどやはり裁判はそれぞれの家庭に帰結するものだから庇うにも限界があるんだ、もう少し辛抱だ」


 天高く昇ったシャムフレアの光に照らされた古い友人が顔をしかめた、何も眩しいだけではないだろう。


「判決が出たらすぐに連絡するよ、それと子供達はどうか諦めてほしい」


「………」


「私的乱用が認められたんだ、僕には庇う手立てが…」


「それならいいわ、最後の寄るべは私が守る」


「……そう、君だけでもと思ったんだが…余計なお世話かな」


「そうね、それならあの(たい)(こう)について詳しく説明してほしいわ」


「それは管轄外だな、すまないね」


「全く…今までありがとう」


 そう、爽やかに挨拶を述べた古い友人が雑踏の中に消えていった。

※ 少し更新期間頂きます次回は2021/6/20 20:00とさせて頂きます。

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