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第八十一話 火種

※訂正・アンドルフ・アリュールです。申し訳ありません。

81.a



 例え話しをしよう。

体の各器官は全て脳に繋がれ電気信号によって制御されている。これは生身、マテリアルに関わらず絶対の法則だ。無意識下で足に電気信号が送られることにより俺も人間も移動することができる、同じように手にも信号が送られているからこうして自動拳銃を握ることができる。しかし、この銃だけはトリガーという外部装置を作動させなければ本来の力を得ることができない。トリガー自体に電気信号が送れないのなら、手を使ってトリガーを引き薬莢の底に組み込まれた雷管を作動させ火薬に引火させる、その爆風によって弾丸を敵へ撃ち込むことができる。

 最後に、このトリガーがもし得体の知れないものだったらどうするだろうか。自らの指では引けない、それも勝手に作動してしまう。そんな危険な銃を握ろうとする奴はいないだろう、捨てるはずだ、間違いなく。


(どいつもこいつも…)


 第十九区に置かれた邸宅へ足を踏み入れた、(いん)(とん)生活を送っているとは思えない豪華なエントランスには多種多様の美術品が飾られ、甘くすえた臭いが充満していた。薄暗い建物の中には美術品と同じ数だけの防犯装置もあったが、今は作動していない。マキナとして覚醒してこの方、初めて権能を私的乱用した。今の俺はこの建物の主と同様の認識を受けているはずだ。エントランスを抜けて、固い床の上に敷かれた絨毯の上を歩く。右手に扉が並び左手には中庭とその遠くに高速道路が見えている、通路の角、男と女の笑い声が漏れ聞こえてきた。


(アンドルフ…ただ一つの例外…)


 俺の管理網の中でたった一つの異物と言っていい。テンペスト・シリンダーが竣工し中での生活が開始されてから暦が西暦から稼働()に変わった、その元年から同じバイタルサインを維持した男が目の前にいる。額面通りに捉えるなら部屋の中で女と戯れているあの男は齢二千八百三十三歳になる、しかしそれはあり得ない。

 目の前にいる男と、エディスンの山中にあるグガランナが気にしていた銅像、互いに異物同士、無関係ではあるまい。セーフティを解除し中に突入しようと息を詰めると、向こうから声をかけられ呼吸が乱れてしまった。


「どんな手品を使ったんだ」


「っ!」


「君は何者かね、俺以外には必ず作動する防犯センサーを潜り抜けて入ってくるなど」


 向こうに勘付かれてしまい、仕方がないと音も殺さず扉を開け放ち中に突入した。女の声がしたはずだが部屋の中にはアンドルフと呼ばれる男が一人、乱れた衣服でソファに腰をかけているだけだった。銃口を突き付けながらゆっくりと回り込み、相手を注意深く観察した。


「邪魔なんだがね、用は?」


「お前がアンドルフだな」


「見れば分かるだろう」


「正式名称はアリュール、続けて呼ぶならアンドルフ・アリュール、間違いないな」


「…………そうか、君は……はっ、俺も随分と偉くなったものだ、まさかグラナトゥム・マキナから会いに来てくれるなど」


「勘違いするな友好を深めるためではない、お前がこの区で展開させた素粒子流体について聞きにきたんだ」


「なんの、」


「言い逃れは認めない、こちらも確認済みの事項なんだよ」


「…………」


 目元を細め、俺を物色している。銃を予断なく構えアンドルフの向かいに置かれたソファに後ろ側に回り込んだ。


「…サーバーにアクセスしデータを取得して、素粒子流体を発生させただけだ」


「何のデータだ、お前もマキナに明るいなら俺の質問の意味が分かるはずだ」


「軍神ではない、それだけ答えておこう」  


「サーバーにアクセスしたとは、どこなんだ」


「ガイア以外にあるまい」


「間違いないな、お前は確かにガイア・サーバーにアクセスしてあの素粒子流体を展開させたんだな?」


「……………」


「あの日、この街は電磁パルスの影響下にあって殆どの電化製品は使えなかったんだ」


「俺がただの電子レンジに、」


「そして、ガイア・サーバーだけでなくタイタニスが構築したスタンドアロン・ネットとも断絶した状況にあった」


 目の色がようやく変わった。


「もう一度聞くが、お前はどこにアクセスしていたんだ?あの日、誰人たりともガイア・サーバーにアクセス出来なかった、この俺でもそうだ」


「…………」


「黙りか?この銃は何のために握られていると思う」


「ディアボロス、君があの日擬似的に高高度核爆発を引き起こしたということで構わないか?」


 何故俺の名前が分かったんだ、顔に出さないよう苦労した。


「それが何だ、こちらの質問に答えろ」


「俺の素性を知るあたり君が生存種把握の任に就いているマキナであることに間違いない、それから前回の襲撃で明らかに資源の消費量が減った、使う人間が殺されているからな、当然の結果だ」


 今度はこちらが黙り込む番だった、手にした銃など歯牙にもかけない様子で次々と詳らかにしていく。


「電化製品が使えないと言ったが、新種のビーストはそうではなかった、軍にも施されている対策が講じられたビーストが街を群雄割拠していた、つまり、君が(こん)(にち)までの我々を苦しめ続けてきた人類の敵であるビーストの管理者ということだ、違うか?」


「それが何だ、貴様ら人間が俺の箱庭から飛び出したのがそもそもの間違いなんだよ」


「それを我々人類に問うのか?発展と研鑽こそ我々にとっては何よりの武器だ、それがあったればこそ、君達グラナトゥム・マキナの生みの親たるプログラム・ガイアが誕生したのだろう」


「……何?」


「ただのサポートAI風情が、自我を得て自意識を養いこのテンペスト・シリンダーに干渉できるようになったのは、プログラム・ガイアのおかげだと言っているんだ」


 何故この男がそこまで...それにプログラム・ガイアが生みの親だと?ただのサポートAIはあちらだろうに。主導権を取り返すために無理やり話しを戻した。


「もう一度聞くぞ、お前はあの日どこにアクセスしたんだ」


「拒否は何を意味する」


「拒否権はない」


「………」


「………」


「その頭に聞いてみたらどうだ」


「何を…っ?!」


 視界に何かが飛んできた、柔らかい何かに視界を奪われ肝を冷やした。銃を構えるより早くみぞおちに鈍い衝撃が走った。


「ぐほぉっ!」


「喧嘩は素人のようだなマキナの君よ!」


 奴の足だ、遠慮なく蹴られた腹から苦い何かがこみ上げてきた、投げられたのは奴の服だ。アルコールと雄の臭いが染み付いた服を払い除けるより早く今度は後頭部に拳をもらってしまった。


「……!」


 頭から背中にかけて激痛が走り膝を折ってしまったが、一方的にやられる訳にもいかないと手にした銃を奴の右足に向けて発砲した。


「覚悟は出来ているようだな!」


「な、に!」


 右太腿からおびただしい血を流しているのに一向に怯まない、後ろに下げていた左足を素早く前へと繰り出し俺の顔面に膝が迫ってきた。


「うぉらああっ!!」


 胴間声と共に膝が顔面に直撃し、右目と頬、それから顎も損傷してしまった、破壊されたと言っていい。踏ん張りも効かずに男の前で仰向けに転がった。


「はぁ、はぁ、はぁ…肉弾戦は久しぶりだな、頭ばかり使っていては鈍ってしまうというものだ」


「…………」


 半分の視界の中には愉悦に顔を歪めた男が俺を見下ろしている。天井にはヒーリングファンが呑気にくるくると回り、まるで俺を馬鹿にしているようだった。顎も破壊されてしまったので口を開くことも出来ない。


「口が利けんのか、喧嘩を売る相手を間違えたなディアボロス、ここは人間達の土俵だ」


「…………」


 まだ動く右手を持ち上げたが、トリガーを引く前から奴の足に蹴られてしまった。入り口まで飛んでいった拳銃が壁に当たり床に落ちる音が聞こえた。これで対抗する術が何もなくなった。


「何故サーバーに戻らない?まぁいい、ここで宣告しようマキナよ、(こん)(にち)まで我らが受けた苦しみは全て、貴様達グラナトゥム・マキナに返上しよう」


「…………」


「詮ずるところ、君達は不要だったんだよ、だから我らの神がお越しくださった、この力を持ってして先ずは君だディアボロス、全力で排除してみせよう」


 ようやく口を割ったなアンドルフ・アリュール、やはり第三者が絡んでいた。我らの神、それが何を差すのか知らないが手掛かりは掴んだ。もう、このマテリアルにも用はないと無理やり口を開いて、


「…お前みたいな、一人でマスをかくような男に何が出来る、女を知ってから喧嘩を売るんだな、坊や」


「……!!!!!」


 後に迫ってきたのは奴の靴底だった。



81.b



「なんだこのやろー何見てるんだこのやろー」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「喧嘩売ってんのかこのやろー」


 何なんだアマンナの奴、キャラが崩壊してるじゃない...

アヤメさんから連絡をもらって、無事にアマンナが目を覚ましたので様子を見にきたら...ポケットに手を突っ込みいかにもな態度で私達を出迎えてくれた、そして何も怖くなかった。


「あ、アヤメさん、アマンナが…」


「ごめんねー、多分今まで礼儀正しくしてからその反動でこうなってるんだと思う、反抗期なんだよ」


「いやそういう問題なんですか…まぁ、あんたが元気そうなら…」


「あ?やるのか?」


 ふざけているようにしか見えないアマンナに、カリンとアシュがお礼を言った。


「さっきはあんがとねアマンナ、かっこよかったよ」


「ありがとうアマンナ、あんまり無理しないでね」


「…こう、もっと声に深みを持たさないと…」


 一人だけ違うことを言っているが。お礼を言われたアマンナも少ししゅんとしてから、お返しの言葉を言った。


「……まぁ、はい…皆さんが無事なようで、カリンさんはもう鼻血止まったんですか?」


 カリンが素早く私の後ろに隠れた。


「アマンナ、あんまりカリンを虐めないで、それとさっきはありがとう、私からもお礼を言わせてもらうよ」


「……べ、別に皆さんのためにやった訳じゃありませんからね!勘違いはあの世でしてください!」


 後ろからミトンが「…おぉ、全盛期を支えたキャラを全て網羅しているなんて…」と聞こえてきた、誰かの物真似かよ、言った本人はとてとてと部屋の奥へと走っていった。


「……ごめん、まだ本調子じゃないみたいだから、今はそっとしてあげて」


「……何かあったんですか?それにアマンナの奴、カラコンまでしていましたし…」


 そう、倒れる前はアヤメさんと同じ青い瞳をしていたのに、今さっきのアマンナは赤い瞳をしていたのだ。その事を聞くと少し罰が悪そうに答えてくれた。


「……カラコンじゃなくて急に変わったの、本人も分からないみたいで、出来ればその話題は控えてほしい…かな?」


「コンタクトをしている訳ではないんですか?自然にってこと?」


「うん、私も見たのはこれで二回目なんだけどね、そのうち戻るとは思うけど…やっぱりマキナの事だから詳しくは分からないの」


「分かりました、目の色が何だろうとアマンナは私達を庇ってくれましたので、気に障るようなことはしません」


「ありがとう、助かるよ、それでその荷物は何?まさかお泊まり会でもしたいの?」


 皆んなと少しだけ顔を合わせてから切り出した。


「実は…」



「ホテルの中が物々しい…ってことかな」


「はい、自意識過剰だと言われたらそれまでなんですが…私達だけ集まっても何だか心許なくて…」


 露天風呂から帰ってきてからだった、私達の部屋がある建物のフロアエントランスに人が集まり、辺りを伺うように小さな声で何やら相談しているのを見かけたのだ。皆んなと訝しみながらも部屋に戻りさらに異変に気付いた。私達が使っている部屋、というより建物は基本女性しか使っていないはずなのに、男性の喋り声や踵で踏み鳴らすような乱暴な足音が聞こえ始めてきたのだ。ミトンとアシュが私の部屋に駆け込んできて、それでも不安を拭うことが出来なかったのでアヤメさんの部屋にお邪魔させてもらうことにした。

 アヤメさんが使っている部屋は私達よりも広く、まるでルームシェアをしているような間取りだった。部屋のリビングに皆んなが集まり、片方の扉が閉まったベッドルームの中にアマンナがいて、もう片方の開けたままになっているのがアヤメさんが使っているところだ。


「そんな事ないと思うよ、確かに少し騒がしいような気もするから、それに襲われそうになったんだから敏感になるのは当たり前だよ」


「…はい、あの時はスピーカーから助けてくれた人がいたので事なきを得ましたが、もしあの人がいなければどうなっていたのか…」


「スピーカーから?」


 答えようとした私の代わりにカリンが横から口を挟んできた。


「は、はい!街の管理者代理と名乗った女性でした!名前は、聞いていないので分からないんですが…というか、あの時はそれどころではなかったですし…」


「覗きがいる横で鼻血を出す余裕はあったのに?」


「もう!お姉ちゃん!」


「あー…その、カリンちゃんはどうしてあの時鼻血を?」


 私がカリンをイジったせいで話しががらりと変わった。聞かれたカリンはもう、顔を赤くして何とか言い訳を捻り出していた。


「のぼ!のぼせやすくて、ですね、急に立ち上がったのでくらりときてしまって、ですね」


 ミトンが「…それは貧血」といい具合に突っ込みを入れてくれた。


「違うの!貧血でも血が出る時はあるの!」


「そんな話し聞いたことないわ」


「….貧血持ちの私が聞いて呆れる」


「それを自分で言うのか?」


「二人も仲良しなんだね、ミトンちゃんとアシュちゃんも」


「…は、アヤメさんは私の隣に座る人間が何に見えているんですか?」


「いや人間なんだけど…」


「気にしないでくださいアヤメさん、ミトンはいつも私には厳しいので、ね?」


「…うぅ、吐息が当たった…猛毒のダメージ…」


「解毒剤を鼻から入れてあげようか?自然にモンスター扱いするのやめてくれない?」


「ふふふっ、ほんと二人の会話は面白いね、聞いてて飽きないよ」


「………」

「………」


 あのミトンが照れている、アヤメさん恐るべし。

和やかになりつつあったこの場所に闖入者が現れた、無遠慮に扉がノックされて思わず身を竦めてしまった。こちらに一切気を使わないノック音にベッドルームに篭っていたアマンナまでもが出てきた。


「皆んなはここにいて、私とアマンナで対応してくるから」


「どんな野郎が来ようとも、わたしの腕の錆にしてくれる」


「それは誰の物真似なの?」


「いや…素なんだけど…」


 変なやり取りをしながら二人の背中を見送った、ここに来たのは正解だったようだ。そして、扉を開けたそばから男の人の声が聞こえ始めた。



✳︎



「今すぐにホールへ来てくれないか、大事な話しがあるんだ」


「ここは男の人は立ち入り禁止のはずなんですが」


「そんな事は今はどうでもいい、セルゲイ総司令からビーストについて話しがあると言っているんだ、すぐに来てくれ」


 ビーストについて話しがある?今さら何だっていうのか...


「すみませんがお断りします」


「どうして?お前はビーストが憎くないのか?皆んなが一丸となって立ち上がる時だろう、まさか俺達に何か隠していることでもあるのか?」


「そんな話しはしていません、疲れているんです」


「いいから来い!」


 忙しなく目をきょろきょろと動かしていた男の人が急に腕を伸ばしてきた、その突然の行動に理解出来ず簡単に掴まれてしまった、脂ぎった手のひらに肝を冷やしてしまったが、すぐに解けてしまった。


「…なんだそのガキは…」


 綺麗な姿勢で拳銃を構えているアマンナを睨め付けながらそう言った。


「いや、ただの的かと思って、動かないと危ないぞ?」


「こんなガキをこさえた女に…」


「こさえた女すら口説けないとは男が聞いて呆れる、わたしが相手した方が百倍ましだ」


「ちっ!」


 舌打ちをしてからあっという間に去っていった、すぐに扉を閉めてアマンナから拳銃を取り上げた。


「どこから持ってきたのこんなもの」


「これがあったからすぐに逃げたんだよ?返して」


「駄目、アマンナは、」


「いつまでも子供扱いしないで、嬉しいけど今は嬉しくない」


 渡したくはなかった、けれどアマンナの真剣な赤い瞳に気圧されて拳銃を返した。


「……あの男の人が逃げたのは拳銃じゃないよ」


「知ってる、けれど物理的手段は確保しておくべきだと思う、多分これが最後じゃない」


「………」


 アマンナの言う通り、扉を開けた先では別室にも押しかけている声が微かに聞こえてきたのだ、一体ここはどうなっているのか、まるで状況が分からなかった。


「アマンナ」


「何?もうわたしは平気だから余計な気遣いは、」


「分かってるよ、それよりこのホテルを調べることは出来る?何が起こっているのか知りたいの、このままでは上に戻れない」


「いいよ、任せて」


 そう、力強く微笑んだアマンナを頼もしいと思ったし、寂しくも感じた。天真爛漫に過ごしているアマンナが一番アマンナらしい、我儘を言って、私やグガランナを困らせて、そして元気いっぱいに走り回る。今みたいに不測の事態にも対応してみせるアマンナはまるで別人のように見えていた。



✳︎



 心が落ち着かない、あの恐怖に支配されていた時はエモート・コアから何の警報も出ていなかったのに、今は心拍数を押さえろとうるさく注意してくる。自分でも良く分からない。


(わたしが相手した方がって言い過ぎたかな…)


 ベッドに横たわりさっさとサーバーにアクセスするためにもログイン画面を呼び起こした。わたしの頭の中はあの野郎に言い返した文句ばかりがくるくると回っていた。


(五十倍…いや十倍ぐらいの方が良かったかな…)


 そわそわしてしまっている、自分の胸のうちなのに自分のものではないような感覚。どうやったらこのざわつきが取れるのかと思いながら、アクセスしたサーバーからエディスンの街にあるホテルを探した。

 プログラム・ガイア、このサポートAIに性格が設定されているならきっと疑り深い奴に違いない。何故ならこのテンペスト・シリンダーには、至る所に監視カメラが設置されているからだ。他のマキナ達もその恩恵に預かり様々な場所を観察することが出来る、文句を言っているわたしもエディスンのホテルに設置された監視カメラから、さっきの男が言っていた場所を探り当てていた。場所はアヤメ達がいる部屋からそう遠くない劇場のようなホールだった。


(ん?あれはもしかしてナツメ?何やってんだ…)


 そのホールの中央にはナツメが一人、誰からも相手にされずぽつんと座っていた。その周りには特殊部隊の男達が屯し、中には女の人もいたがあまり雰囲気がよろしくない。せ、せるせい?総司令という人から話しがあると言っていたが誰も待っている雰囲気ではなかった。付いて行かなくて正解だったと思いながら、さらに調べるためにも観察を続けた。



✳︎



 噂をすれば影がさす、とはよく言ったものでプエラの真似をしていた女の子と別れた後、私は総司令に付き合わされていた。有り体に言えば付き人、言葉を選ぶなら色を演じろということだ、実に下らない。今奴は、ここに滞留している奴らが「女神様」と仰ぐサニアを迎えに行っているはずだ。

 とくにすることもなく、一人で時間を持て余していると近くにいた部隊の男が声をかけてきた、これで三度目だ。


「こんな所で一人か?」


「あぁ」


「寂しくないのか、良かったら俺が相手してやろうか?」


「断る、これでも待っている奴がいてな」


「そいつは腑抜けじゃないのか?君みたいな人を放ったらかしにして、」


「総司令だ」


「…………」


 罰が悪そうに何も言わず引き下がっていった、どいつもこいつも...盛ることしか頭にないのか。


 ここにいる連中が躍起になって女を囲っているのには訳があった、マギールの下手な手打ちで知れ渡ってしまったナノ・ジュエルの取り分に関係していた。聞いた話しでは、ここにあるナノ・ジュエルは上層には送らず滞留している奴らで分配するそうだ、つまりは横領、その量に関しても一人頭ではなく「スムーズに事を運ぶ」ため、二人以上のグループ毎に配られるらしい。そんなものは建前に過ぎず、今のように男が盛りやすくするための理由付けでしかなかった。ここにいる女が揃って顔をしかめているのもナノ・ジュエルを餌にされて手を出されてしまったのだろう。


(下らない、貴重な資源を一体何だと思って…)


「おい、お前も俺のところに来ないか?」


(また…)


 凝りもせずによく声をかけてくる。


「こんな所で高嶺の花を気取っても金のなる実は手に入らないぞ?」


「失せろ」


 振り向きもせず答えたが、相手は余程調子に乗っているのか去る気配がない。


「まさか男を知らないのか?色気もないお前にわざわざ声をかけてやっているんだ、俺のところにくればいくらでもお前におこぼれを、」


 聞くに耐えないので、久しぶりに野郎の足を撃った。


「きゃああっ?!」

「銃声?!」


 周りが騒がしくなった。撃たれた男は足を押さえ床で呻いている。


「失せろと言ったはずだ」


「……て、てめぇ、よくも俺の足をっ!」


「要るのか?足がなくても腰は振れるだろう、命よりも大事にしているナニを撃たれなかっただけでも有り難いと思え」


「……くそがっ!」


「まだやるのか、随分と元気がいい、悪いことは言わないからこの女はやめておけ」


「………」


「隣に座るぞ」


「好きにしろ」


 足を撃たれた男の仲間か手下か、引きずるようにして去っていった代わりに現れたのは防人、イエンだった。


「お前は女を囲わないのか?」


「興味がない、俺には合わない女ばかりだ」


「そっちかよ、誰ならいいんだ?」


「ティアマトだ」


 指名かよ。初めてグガランナ・マテリアルに訪れた時、ティアマトの部屋に無断で押し入ったのは何も偶然ではないような気がしてきた。


「それよりナツメよ、何故あの男の言いなりになっているんだ」


「何故知っている」


「俺がマキナだからさ、全ての映像と音声は筒抜けだ」


「……お前、もしかして上層の街に上がる前に、」


「何のことだ?」


 口角を上げて笑っているがしらばっくれるつもりだろう。


「……まぁいい、理由は簡単さ、奴の下にいた方が何かと都合が良いからだ、こんな連中に埋もれていたら何もかもが手遅れになる」


「違いない、それからアマンナもここを監視しているぞ」


「何?あいつが?」


「あぁ、理由は知らんがな、この会話も聞かれているはずだ」


 イエンの言葉を受けて辺りを見回すが、さっきの騒動を経ていよいよ私の周りから人が居なくなった以外、とくに変わったところはない。一応見えやすいように中指を立てて腕を上げた。


「お前馬鹿か?誰に喧嘩を売っているんだ」


「ただの意思表示だよ、後でシメると伝えているんだ」


「仲の良いことで、それとお前にも聞いておきたいことがある」


「何だ」


「アマンナについてだよ、奴は厳密に言えばグラナトゥム・マキナではない、知っているな」


「お前、本人が聞き耳を立てているのにその本人の話しをするのか?」


「その為にしているんだ、モールを探索している時に襲われてな、奴のマテリアルが破損して動けなくなったから人型機に換装したらどうだとカマをかけたんだ」


「それで?」


「奴は当たり前のように換装していたよ、マテリアルではない人型機に」


「………スイと同じだと言いたいのか?」


「おそらくは、もしくは別の存在か、心当たりはあるか?」


「ない、すまんが奴を嗅ぎ回るなら他を当たってくれないか、あれでも私の元隊員でな、仲間を売る真似はしたくないんだよ」


「…………お前、良い女だな、あんな男には勿体ない……」


 私が銃を構えてイエンが逃げ出そうとした時に、ようやく総司令がサニアを引き連れて姿を現した。ホール内で騒いでいた連中も言葉をつぐみ、今の今まで姿も現さずいきなり召集をかけた男の言葉を皆が待っていた。サニアが私に気付き、何かを悟ったような顔をした後小さく手を振ってきた、それに応えると満足したように総司令の後に続いた。



81.c



「ナノ・ジュエルについては早急に手を引け、お前達が扱える物ではない」


 壇上に立った男が開口一番そう発言した、俺の周りにいた連中も息を飲んでいる。


(今の今まで酒に溺れていた奴の台詞とは思えんな…)


 あそこまでよく気焔を吐けたものだ、周りの連中も声を落として野次を飛ばしていた。


「あんな酒焼け声で良く言えたな…」

「誰が面倒臭い管理をしていたと思っているんだ…」


 自らの失態にすら動じないあの神経の太さは、なるほど確かに、総司令として人を束ねるに値する精神力かもしれん。ホールの壇上にのみライトが照らされ観客席は照明を落とされているので、サニアが手に持つナノ・ジュエルが良く視界に映った。


「良いか、この資源は生きる糧に過ぎない、我々の目的はあくまでもカーボン・リベラに平和が訪れるよう己が命を弾に替えて戦っていくことだ、そこが戦場だろうか女の前だろうが代わりはしない」


 凄みのある言い回しに野次を飛ばしていた連中も口を閉じた、かく言う俺も奴の気迫に圧されるものがあった。そこまでしてこのホテル内で起こっている対立を収めたかったのか、少し動機が弱いような気がする。しかし、次の発言で良く分かった。


「カーボン・リベラの上層連盟長から連絡があった、我々の敵として立ちはだかってきたビーストの出どころが分かった」


「!」


 俺だけではない、この場にいる全員が殺気立ち騒がしくなった。皆が隣にいる者と口々に話しをしている中でも、静かに腰を下ろしている奴の後ろ姿を見つけた。


「ビーストを束ねし者の名はディアボロス、奴こそが全ての根源、今日まで無残に散っていった同胞、我らが先祖の無念を晴らす時がきた、もう一度言うがナノ・ジュエルは捨て置け」


「………」

「………」


 近くにいる連中も、ホールにいる全ての人間が口を閉じた。それを見回してからセルゲイが続きを話した。


「向かう場所は奴らの総本山、下層だ、ナツメ」


「っ?!」


 静かに座っていた女がセルゲイに呼ばれて席を立った。奴が...ナツメだったのか...下層の貫通トンネルで二手程武器を交え、ここのテント内で直接言葉を交わしたあの相手が...そうか、俺は惜しいことをしたのだな。

 俺の視線に気付いた相手がこちらを振り向いた、向こうも目を開き驚いているようだが何事も無かったように壇上へと歩き始めた。自分でも何を律儀にとは思うが、この姿で会う必要はないと言い訳をした。

 舞台に上がったナツメがサニアの隣に立った、そしてセルゲイが話しを進めた。


「お前が扱っているあの特殊兵装は何だ?」


「特殊兵装とは?持っているのは自動拳銃のみですが」


 まるで相手にしていない、明らかな不信が手に取るように分かってしまった。人の話しに耳を傾け思い悩み続ける奴が英雄だと、知ってか知らずか敵対した俺に言った同じ口とは思えない程冷淡な声をしていた。


「惚けるな、建物と同じ高さがある人の形をしたものだ、お前はあれをどこで手に入れたんだ?答えろ、俺に対してではない、カーボン・リベラに住む皆に対してだ」


 上手い言い方をする。


「………特殊災害対応型戦闘機、そう呼ばれる物です、あなたがここで管を巻いている間、既に街では配備が進められています」


「愚鈍な女め、入手した場所について聞いているんだ」


 セルゲイの罵声に、さっきまで野次を飛ばしていた連中が失笑している。笑われたナツメはいくらか顔を歪ませた。


「…………下層です」


「ならば、お前はその場所に行ったことがあるというのだな?」


 話しの筋が見えてきた、セルゲイは本気で下層へ攻め込むつもりなのだろう。どこでその情報を入手したのかは知らんが、さすがに俺の出番だと腹を決めて前に出た。


「待ってもらおうかセルゲイよ、早計に過ぎるぞ」


「やはりいたか、ここに立て、グラナトゥム・マキナのオーディンよ」


 頭の切れる男だ、俺が紛れ込んでいると予期して話しをしていたんだな。それに堂々と俺の名前まで宣言した、サニア、それからナツメも外聞など気にしていないように驚いた顔をしていた。

 頼みもしていないのに観客席にいた連中が道を開けて、俺から遠ざかっていく。すんなりと辿り着いたホールに上がり、三人と相対した。


「下層に攻め込むのはやめてもらおうか」


「それは何故だ?」


 まるで舞台俳優のような声の響き方だ、俺との会話を皆が固唾を飲んで見守っていた。


「このテンペスト・シリンダーを支える全ての制御機関があるからだ、あそこが破壊されてしまえばそもそもこの土地自体が成り立たなくなる」


「ならば、お前達の根城はどこにある」


「それを答えると思うのか?やめろと言っているんだ」


「ディアボロスというマキナが行った非道に目を瞑るというのかオーディンよ」


 ...あの女が、ナツメが口を割らないことに心底不思議に思いながら、奴も知っているはずの調整について俺から説明してやることにした。これでここにいる者達とは相容れない間柄となったが仕方がない、そう割り切る他になかった。


「非道ではない、必要な処置だった」


「処置?我らの同胞と先祖をその無機質な言葉で殺し続けてきたというのか?」


「そうだ、そうでもしなければ貴様が説明したそのナノ・ジュエルが底を尽いていたんだ」


「抜かせ、我らはナノ・ジュエルなど使っていない」


「ナノ・ジュエルの使用後を使っていたのだろう?名前をカリブンに代えて、お前達の街で破棄し続けていたはずだ」


「それを言うならビーストはどうなんだ、あれも同じカリブンから作られたものだろう」


「…………」


「俺が何故コンコルディアを生み出せたと思う?お前達マキナが管理、運営という名の自己満足の成れの果てに残った残骸から作り上げたものだからだ」


「何だと?自己満足?」


「そうだ、貴様らがやっていることは自らを満足させるだけの遊戯に他ならない、有り体に言えばマスをかくということだ」


 下卑た笑いが起こった、言葉の意味については知る由もないが見下されていることだけは良く分かった。


「俺達がどれだけ長い年月苦慮し続けてきたと思っているんだ!それを自己満足などと言われる筋合いはない!」


「それをあの世にいる同胞達に何と説明をするんだ!嘆き!悲しみ!人生を奪われた者達に対して!貴様らは胸を張れるというのか!」


「己の為ではない!ここに住う人間達の為だ!」


「グラナトゥム・マキナは人の命を秤にかけられる程偉いというのか!それはただの傲慢だオーディンよ!自己陶酔の使命はここで終わりにさせてもらおう!」


「何が…自己陶酔だと?」


 我慢にならなかった、俺達が為してきた事は褒められた行為ではないことぐらい承知だ、しかし、こちらの大義名分まで汚されるのには我慢が出来なかった。俺に何度かコールが入っていたがまるで取る気になれない、握り締めた拳をいかにしてこの男に叩きつけるか、その事で一杯だった。


「ここで雌雄を決するか?」


「お待ちを!」


 一触即発のホール内にヴィザールの声が響き渡った、別命があるまで待機していろと命じたはずの子機が、真剣な顔付きで俺とセルゲイの間に割って入ってきた。


「何をしている!」


「貴様は何だ?」


「オーディンに仕えしヴィザールと言う者です!どうか我々のお話しをお聞きください!確かに我々が為した事は残虐極まりない行為でしょう!しかし!その原因を作ったのは他でもない!あなた方人間のはずです!」


「やめろヴィザール、言う必要はない!」


「ですが!このままではオーディン様が汚されていくだけです!」


「聞こうか、ヴィザールと名乗る男よ、何故我々が原因で同胞達が殺されなければならない」


「ヴィザール!」


「それは資源の消費量を抑えるためにです!このままでは文字通り底を尽いてしまいます!だからオーディン様とディアボロス様は苦渋の決断をされたのです!使う側の人が減りさえすれば資源を保つことが出来ると!」


 殴ってでも止めるべきだった、ヴィザールの発言に周りにいた連中が寄ってたかって拳を持ち上げ始めた。


「ふざけるなよお前!そんな理由で俺の家族が殺されたというのか!」

「何様なんだお前達は!勝手に決め付けてくるんじゃねぇよ!」


「うぐぅっ、だからお聞きを!それはオーディン様達もっ!」


 傍観してしまっていた己を深く悔いた、関係がない、敵であるはずのナツメが一歩前に出たからだ。


「やめろ!その者に手を出すな!」


 俺の一喝にもまるで動じない、ヴィザールのエモート・コアは損傷しサーバーに帰還することが出来ない、つまりは生身の人間と変わりがないのだ。あのまま一方的に殴られてしまうのは非常に不味かった。

 連中とヴィザールの間に割って入り、頭、背中、至る所を拳や拳銃のグリップで強かに殴られてしまった。


「お父上!私はただ!」


「もういい!お前はこの場から逃げろ!貴様が置かれた状況を忘れた訳ではあるまい!」


「私はただ!」


 その瞳が潤み、嗚咽は漏らしまいと必死に耐えている。


「オーディンよ!その者の愚行の責はいかんとする!謝罪で済む話しではない!」


 壇上からセルゲイにも糾弾されてしまい、いよいよ周りにいる連中の攻撃がいや増した。

 そして、喧騒に包まれたホール内に一発の銃声が響き渡った。ホールの音響効果で自分が撃たれたと勘違いをしてしまう程に。硝煙が鼻をついた時、セルゲイより前にサニアが拳銃を上に向けて立っているのが目に映った。


「オーディン、あなたのその命で償いなさいな、代わりにその心優しい青年を見逃してあげましょう」


「…………」


「こんな所であなたが他の連中に倒されるのは我慢にならない、それでいいかしら?総司令」


「…………好きにしろ」


「では」


 ゆっくりと銃口を俺に向け、妖艶に、あの日、オリジナル・マテリアルで挑み敗北し、それでもなお笑いかけてきたあの顔で、こう言った。


「待っているわ、あなたに私が倒せるかしら?」


 眉間に衝撃を感じたと同時に視界が途切れ、声にならない叫びを一人で上げ続けた。



81.d



「緊急事態と言って差し支えはないだろう、中層にいる連中がナノ・ジュエルとビーストの存在について知ってしまったんだ」


「どうすれば鎮圧出来る?」


「血を見る他にないと思うが、まだ穏便に済ませようと考えているのかマギールよ、あんたのその甘さが招いた事でもあるんだ、決断を下せ」


 すっかり一人前の顔付きになったアコックが厳しい言葉を投げかけてきた。こいつには罪を見逃す代わりに誠心誠意、街の発展に尽力せよと言い付けてあった。


「だがな、お前さんのように改心することも出来るのでは?」


「一人ならばな、だが中層にいる連中は集団だ、誰人も自分に非があるとは思っていないだろ、そしてその周りでは資源の囲い込みが盛んに行われているんだ、どうしようもない、そんな状況下で省みる奴は英勇か何かだ」


「……一言一句その通りだ」


「このままだと総司令が暴走しかねない、止めるなら今のうちだぞ」


 止める、それも話し合いではなく力づくで。幸いにも中層にはアヤメ達の人型機がある、それを使えば有無言わさず屈服させることは出来るが...あの三人に人の敵に回れとはどの口があっても言えやしなかった。儂の心境を悟ってか、何枚もの皮が剥けてしまったアコックが当然のように口にした。


「あんたから指示が出せないのなら俺にやらせろ」


「しかしだな、彼らがここに戻ってきた時が問題だ、人型機に鎮圧されたとなっては良い感情を持ちはすまい、あの機体にはこれからのカーボン・リベラを支えていく役目があるのだ」


「例えばだ、あんたは酒を嗜むが俺は一口も呑んだりしない、昔に身内でそれが原因になって裁判沙汰になったからな」


「……それで?」


「一般的に言えば酒は好まれる物だが俺は違う、同様に全ての人間が好む物も嫌う物もありはしない、あんたのはただの我儘だ」


「…良かろう、儂の方から指示を出しておく、お前さんは早急に派遣隊を結成してくれ、護衛にはカサンを付ける」


「派遣隊が到着するまでに、」


「分かっている、武力は剥いでおく」


「また連絡する」


 それだけ言い残し、目的を持った足取りで応接室から出て行った。



[下層に向かってほしい?それは何故かしら]


 グガランナ・マテリアルの艦長に連絡を取った、向こうは肩の荷が下りたのか随分とさっぱりとした顔付きになっていた。


「中層にいる総司令がディアボロスの存在に気付いた」


[…………あぁそういう、グガランナ・マテリアルで迎え撃てと?]


「違う、だがいざという時の盾は必要だ、すまんが聞いてくれ」


[仕方ないわね、いつかこの日が来るかと思っていたけど…中層の状況は?]


「タイタニスの目を借りてホールを監視していたが、女性の特殊部隊員にオーディンのマテリアルが破壊されてお開きになったさ、今ならまだ間に合う、ナツメ達にはこの後指示を出す」


[ねぇマギール、不謹慎なのは良く分かっているけど一ついいかしら]


「何かね」


[こういう時こそビーストが役に立つのではなくて?ナツメ達の手を汚させるぐらいなら、敵を向かわせた方がましだと思うわ]


「勘違いするなティアマト、ナツメらには武器の類いを押収させるだけだ」


[その程度で済むと思う?]


「済ませるんだ、手はいくつか考えている」


[先に言っておくけど、こちらの指示に従えば資源だけは約束するだなんて言葉、我欲に走った人達には届かないわよ?]


「………」


[…はぁ、甘いわねマギール、昔と何も変わらない、目の前に人参をぶらさげたらどの時代の人間も我先にと追いかけるのね]


「だが幸運にも、儂らの味方には追いかけない傑物が揃っている」


[だから、ビーストを代わりにけしかけたらどうなのと言っているの、穏便に済むはずがない、ナツメはいざという時は躊躇いなくトリガーを引くわ、そんな事は絶対にあってはならない]


「他に案はあるのか?」


[あるでしょうに、いいわ、このマテリアルぐらいなら捧げてあげる]


「……誰にだ?」


[イエンよ]



✳︎



(ふむ…あのティアマトからの要望とあっては無視出来ない)


 気乗りはしていない。何故この俺が泥棒の真似事をしなければいけないのか、正々堂々と武器庫でも何でも破壊してしまえば良いものを。

 軍神が眉間を撃ち抜かれ血も流さずにそのマテリアルを放棄した後、ホテルのホール内は異様な雰囲気に包まれた。ヴィザールと呼ばれた男は姿を消し、軍神の()()だけが残されたホールでは、過去のイエス・キリストのように十字架に張り付けられて晒されていた。何とも醜い、しかし感情は手に取るように分かる、肉親を殺されてきた者達からすれば当然の行いだった。ナツメ、あいつだけがヴィザールに対するリンチを止めようとしていた、軍神達が為してきた事に理解がある分...いいや、分かってしまった以上は手出しも出来なかったのだろう。情に弱い女だ、いずれ身を滅ぼさなければいいが...


[イエン、答えよ、貴様は今どこにいる]


 ティアマトの次は我が()から通信が入った。ホールから出て不気味に光を投げかける月の下、外通路を歩いている時だった。


[中層でございます、アンドルフ様]


[直ちにエディスンの街へ向かい、我が弟の腕となれ、マキナへの反抗作戦が開始される]


[相手は?]


 ま、知ってはいるんだが。言葉選びを間違えたようだ。


[何故驚かない…そうか、貴様も見ていたのだな]


[失礼ながら途中で退出致しました]


[………まぁいい、弟の名はセルゲイ、カーボン・リベラの軍事基地を扱う男だ]


[なっ?!それは真ですかアンドルフ様!……よもやあのお方がそうだったとは露とも気が付きませんでした……]


 またもや言葉選びを間違えたようだ。


[………貴様、ふざけているのか?]


 驚けと言外に言ったのはそっちだろう、わざわざ演技までしてやったというのに。それにこっちは全身くまなくマキナだ、いくらでも調べがつくのでセルゲイという男については既に知っていた。


[失礼致しました、それよりもよろしいのですか?マキナと敵対するなど過去一度も無かったことでございます]


[だからするのさ、グラナトゥムを冠する出来損ないの手はもう要らないと宣言するためにだ、我らには神がいてくださる、それだけで十分だ]


[お言葉のままに]


[長らく席を開けたことは謝罪する、しかし、貴様がこうべを垂れるは我と神のみだ、勝手は許さない]


[お言葉のままに]


[行け]


 念入りに釘まで刺しおってからに、面倒な男だ。

さて、やるべき事はまずアマンナの確保だ。奴は(こん)(にち)までの一番の手がかりだからだ、アヤメにお姫様と呼ばれていた仮初の主も十分に疑わしかったがアマンナの比ではない。


(本当にあの男が俺の主かどうかも疑わしい…)


 名を呼ばれたが故に心を許してしまったが、あれはマキナでも人でもない存在だ。


「まぁ良い、仕事をなそうか」


 足を踏み入れた建物の入り口には「男性立入禁止」と書かれた紙が貼られていた、それを無視して堂々とアマンナが居る部屋へと向かった。



「実にいい、男子禁制の部屋は実にいい」


「…変態が入ってきた」


 俺を出迎えてくれたのは銃を片手に持ったミトンだった、その顔は不快に歪められ取り繕うつもりはないらしい。


「それよりアマンナは何処にいる?奴に用事があって邪魔させてもらった」


「…邪魔をするなら帰ってください」


「後でリプタ達の画像を見せてやろう」


「…どうぞお入りください」


 すんなり買収されたミトンが脇にどいて案内してくれた、そして間髪入れずにアリンが文句を言ってきた。


「待て待て待て!あんた何あっさり引き下がってんのよ!」


「気にするな、ここに俺好みの女はいない」


「何だイエンさんか…驚かさないでください」


「アマンナは何処にいる?」


「それが…起きてこないんですよ」


「どういうことだ?」


 聞けば、ホールを監視していたのはアヤメからの依頼事で、サーバーにアクセスしてからいつまで経っても起き上がらないらしい。ホールでの一幕は既に終えているはずなのに、ベッドルームに篭ったアマンナのマテリアルは横たわったままらしい。


「その少し前に、血走った目をした男の人が仲間になれと迫ってきて、何があったのか調べるためにもアヤメさんからアマンナに頼んでいたんです」


「そうか、なら内容はまだ知らないんだな?」


「はい」


「皆んなを集めてくれないか」


 俺の言葉を受けたアリンがベッドルームに駆け込み、中にいたアヤメ達を引き連れてきた。時間帯もあり皆疲れた顔をしていた。


「イエンさん…アマンナが起きてこないんです、一体何があったのか…」


「奴の様子は?アクセスする前に何か変わったことはなかったか?」


 アヤメが他の者と少しだけ顔を見合わせた後に発した言葉に、ここへ真っ先に来たことを心から感謝した。


「瞳の色が…青色から赤色に変わりました、前にも一度あったのですが…」


「…………」


 兆しあり。俺達が生まれる前に残された伝承からも、また、その恩恵を受けた本人からも証言があった。間違いなくアマンナだ。


「イエンさん?」


「………気にするなと言っても無理があるだろうが、今はいい、休ませておけ、今後奴は忙しくなる」


「何か知っているんですか?」


「あぁ、だが今は言うべき時ではない」


 まだ不服そうにしているアヤメに代わって、俺を一切敬わないミトンが口を挟んできた。


「…勿体ぶって、本当は何も知らないのでは?」


「リプタ達の画像はいらんのか?言葉には気を付けろ」


「…すみませんでした」


「もうちょっと粘れよ!どんだけケモミミっ娘が好きなんだよ!」


「…アシュはあの可愛さを知らないからそんな事が言える、いや、その目は飾りだから何も見えないんだよ」


「はぁー!ミトンの駄目脳味噌に比べたら私の飾りの方がまだマシだよ!って誰が飾りよっ!」


「…はいはい、ノリツッコミおつ」


「何だとこのやろうー!」


「あんた達ねぇ…少しは緊張感持ったらどうなのよ…」


「ふふふっ、ほんと元気だね、二人とも」


「………」

「………」


 アヤメに微笑まれた二人が頬を染めながら口を閉じた。


「寝ろ」


「は?」


 急な言葉だと思いはしたが今はそれがいい、あまり根を詰めた者にする話しでもない。


「寝ろと言って…待て!何故銃を構えるんだ!」


「…この野郎、まさか同衾まで持ち掛けてくるなんて…」


「誰が俺と寝ろと言ったんだ!疲れを取れと言っている!」


「…紛らわしい…」


「けど、ホールで何があったのか聞かないことには…」


「心配するな、ただ部隊の連中がナノ・ジュエル欲しさに女を囲っていただけだ、何でも個人にではなくグループに分配されるらしい、だからお前達にも手を出そうとしたんだ」


 嘘ではない、だがマキナに宣戦布告をした話しは伏せておいた。


「そういう……でも、その話しがなくなった訳ではないんですよね?それなら…」


「ここに俺の部隊を展開させておく、安心して寝ろ」


「……分かりました、もう一度聞きますがアマンナは大丈夫なんですよね?」


「あぁ、心配するな」


「……皆んな、そうしよっか」


 アヤメの言葉に他の者達も従い、思い思いこの場を離れていった。

さて、大きな収穫を得られた。アマンナを使えないのは少し痛いが仕方あるまい、錦を飾るためにも仕事をなそう。



✳︎



「今、何て言ったのかしら?」


「…………」


 私の部屋にグガランナが押しかけてきた。どこか情緒不安定だった不良娘が発した言葉を聞き返したが、何も答えず私を睨み付けているだけだった。


「あなた、今の状況が分からないの?こんな時に正体不明のマキナを探しに行くだなんて正気?」


「正体不明じゃない、彼女はガニメデというマキナ、今もきっと一人ぼっちになっているはずだから、」


「グガランナ、あなたが中層へ旅に出た時とまるで違うの、この艦体は下層の守りに使われるのよ?分かる?今は我儘を言っていい時ではないの」


「けど!今行かないと機会がなくなってしまう!お願い!下層へ行く前に少し寄らせてもらうだけでいいから!」


「何処へ?」


 初めて見る表情をしたグガランナの言葉に肝を冷やした、一瞬前は声を荒げていたのにまるで裁判官のように平坦な声をしていた。


「サントーニの街よティアマト、知っているわよね?」


「………………」


「一括統制期、それから分割統制期時代を経て私が誕生した、決議場でゼウスが発言していたことは本当だった、どうして黙っていたの?」


「話す必要がなかったからよ」


「ティアマト、あなたはエディスンの街を支配していたのよね、あの山に置かれた像は何?」


 ...何の事?そんな物はなかったはずだ。


「それがガニメデというマキナと関係があるのかしら」


「ある、だから私はメインシャフトに降りて五階層をもう一度調べに行ったの、彼女を探すのは何も本人のためだけじゃない」


「固執する理由は?この艦体を下層に向かわせる以上の理由があるというの?」


「だから、」


 言葉を被せた。


「アヤメやナツメも中層で巻き込まれているのよ?あなたに無視出来るの?折角得られた想い人を蔑ろにして、またあなたは飛び出すというの?」


 最後のは当て付けだった、自覚はある。言い換えるならまた私を置いていくのかということだった。しかしグガランナの決意は変わらないようだった。


「アマンナがいるわ、あの子がいれば大丈夫、けれど彼女には誰もいないの」


「ふざけるのはいい加減によしなさい!」


「ふざけていない!ティアマトも少しは他人を信用しろ!」


 椅子から立ち上がり、グガランナの頬を引っ叩こうと思った。口で言っても聞かないなら手を上げる以外にない、何をされるのか勘付いたグガランナが身構えた時ーそれでも謝ろうとしない頑固さに辟易したー、艦体に複数のタービン音が聞こえ始めた。おそらくリバスター...いやでも、カサン達は既に各区に配備されてこちらに戻ってくる理由がないはずだ。


「この音は…人型機?」


「どうして…」


 グガランナも不審に眉を寄せた後、艦内にロックオンアラートが響き渡った。

※大変申し訳ありませんが82話の更新は6/6 20:00とさせて頂きます。

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