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第八話 調律型前傾歩行攻撃機「コンコルディア」-前-

-起動-



 冷たい雨が降っている。最終攻略戦を控えたカーボン・リベラの街は変わらず、ただ当たり前のように雨に打たれていた。

 家を出る時は、確かに降っていなかったし雨雲も無かったはずだ、それがいつの間に…。濡れるのは勘弁だ、服が臭くなってしまう。

 軍事基地へ向かう足取りは重い。それはそうだ、今日も馬鹿にされに行くのかと思うと気が滅入る。昔から要領が悪い、やることなすこと全部が遅いと言われ続けてきた。挙句、協調性がない、周りが見えていない、お前は何しに来たんだ?邪魔しに来たのか?と言われてみろ、物言わないビーストに向けていた銃口を、文句ばかり言う仲間に向けたくもなる。

 幸運にも空いていた軒下を見つけ、雨宿りをする。でき始めた水溜りは黒く濁り、匂いが酷い。走り過ぎた車にぶちまけられた雨水が、俺の方へと飛んでくる。


「っ、ぶねぇ」


 冗談じゃない、これ以上馬鹿にされるネタを作ってられるかと、逃げるように移動しようとした時、


「痛っ、すみません」


 人にぶつかってしまった。なんて事だ、気づかなかった。頭を下げようとぶつかった相手を見やる。


「すまない、水溜りで濡れるところだったから、周りが見えていなかった」


「あ、いえ、僕の方こそ、あれ?」


「ん?テッドか?」


「はい、お久しぶりですね、ラジルダさん」


 一年程前に別の部隊へ転属したテッドだった。雨具をすっぽりと全身を隠すように着ていたため、女にぶつかったと勘違いしてしまった。


「ほんと、嫌になりますよね」


「あぁ、これから詰所に行かなくちゃならないのに、かといって濡れネズミで行くわけにも行かないし…」


「今から詰所ですか?あぁ、ラジルダさんは設置班なんですね」


 ビーストを一体ずつ丁寧に仕留めるために、設置班が事前に罠を仕掛ける。出発地点から目的地へ向けて道中に仕掛け、あるいは前回のように、一度に仕留められるよう爆弾などを仕掛けることもある。

 これは絶対のルールだ、例外はない。ヤツらは人間一人で倒せる程ヤワな生き物ではない。

 少し、雨が小降りになってきた。雨宿りに使った軒下の主人が、迷惑そうに手を振っている。臭い人間が出入り口に立たれては、客も来ないというものだ。


「行きましょうか、ラジルダさん」


「…あぁ、行こうか」


 少女のような顔をした昔の愚痴仲間に促され、俺達は軍事基地へと向かった。



✳︎



 行きたくない。雨が降っているから?違う。やり残した携帯ゲーム機があるから?それも違う。

 ただただ行きたくない。休みたい、そうだお腹を痛めたことにして、休んでしまおう。それがいい、妙案だ。私はホリデー・ホリックなんだ、休んでいないと気がすまないの、いいよね?


[さっさとこい!]


 電話をした隊長が怒った。こんなのってあるの?お腹痛めてるんだよ?無理やり働かせたっていいことないでしょ。嘘だけどさ。

 心の中で盛大に愚痴を言いながら、私は身支度を始める。

 昨日の天気予報で雨が降るかもしれないと、適当なことを言っていた予報士の言葉通りになった。

 カーテンレールにかけてある、室内干しをしてパリパリになってしまった肌着と下着を取る。

 台所に封を開けて置きっぱなしにしているお菓子を片手で食べながら、跳ねた髪の毛を整える。まぁいいか、どうせ帽子を被るから、寝癖を付けたままでいいや。

 昨日、掃除をしたばかりの綺麗な鏡の前に立ち襟を正す、そこにはいつもの私が立っていた。少し気怠いように下がった眉と目、お気に入りだ、まさしく私を表現してくれているから。

 カリブン・ストーブの電源を切る。最近また、値上がりしてきたので節約しないといけない。これは真面目にできる、めんどくさがっていられない。生活できなくなってしまうから。

 身支度を終え、一度も好きになったことがない仕事へ向けて扉を開けた矢先、誰かにぶつかってしまった。私が住んでいるアパートは、玄関扉と通路の壁の間が狭く、一人分しか通れない。何この建物何で借りたの私。


「す、すみませんでしたぁ」


「いい、気にするな、お互い様だ」


 そこには前線で活躍するナツメさんがいた。

 あぁ…なんという、幸運。怒ってくれた隊長には感謝しないと。


「お、おはようございます、ナツメさん」


「あぁおはよう」


 そう言って、私が出るのを待ってくれている。顔は怖いけどとても優しい、私の好きな人だ。

 同じアパートに住んでいると分かってから基地内の食堂や、休憩室でよく話すようになった。アパートでも見かけ、基地内でも見かけ、あれ?もしかして、となってから仲良くなった。


「お勤めご苦労だな、お互いに」


「そうですね、まぁ私は後方担当なので、ナツメさんほどじゃないんですけど」


 私が行う仕事は、通信担当だ。作戦中に各部隊へ報告したり、指令を伝えたり、現場からの要望に応えたり。とにかく終わりが見えない、忙しい仕事だ。


「そんなことはない、お前は少し怠そうに話すからな、聞いていると落ち着くよ」


「そ、そうなんですねぇ…あははは」


 何があはははだ嬉しいくせに。

 ナツメさんと一緒にアパートを出る。ちょうどタイミング良く雨が上がった。アパートからは星型の軍事基地が見える、通勤距離をギリギリまで短くした結果だ。


「ナツメさん、下に行ったっきりになってしまうんですか?」


「さぁな、どうなるかは私にも分からない」


「そうですか…」


 できることなら戻ってきてほしい。中層に行くことが、私達の生活のためになるのは分かっているけど。


 束の間、ナツメさんと肩を並べて歩く。

 どうせなら、もっと遠くにアパートを借りれば良かったと思いながら、いやいやそれだとナツメさんはいないよと一人頭の中を忙しく、通信舎へと向かった。



✳︎



 グラナトゥム・マキナのタイタニスが、増え過ぎてしまった人類に対応するために追加で建造したメインシャフト。

 十階層に分けられて作られ、一階層ずつに四つのエリアを持つ。

 さらにその中心を、人間が各階層を行き来できるようにと気づかい作られたエレベーターシャフトが貫く。

 エレベーターは全部で四基、小型、中型、大型、超大型の四種類存在する。

 さらに、この周りに人間達が作った超小型のエレベーターと、建設従業員が使用する各種施設が張り付くように存在している。


 声がする。


ーGyyyyan…ー


 声がする。メインシャフトを揺るがすように。


ーGYYyyyannー


 声がする。恨むように、吠えるように。


ーGYYYA@###//@@@@!!!ー


 いや、これは声ではない。理性を持たない音を声とは言うまい。

 その大きさは、巨大。通常の何倍はあろうかと、牙も、爪も、何かも巨大。


 どこに潜んでいたのか、不思議に思える程。


 彼ら人類がビーストと呼ぶ、人間駆除機体。


 紛うことなき人類の敵。



「いよいよだねぇ、どうなるんだろうねぇ、わくわくするよ、彼らは無事、上層に凱旋できるのかなぁ」


「さぁ、どちらでも」


「つまらない人だね、君は。どっちを応援しているんだい?」


「どちらも、というより人と言うのはやめて」


「これは失礼した、というか僕もなんだけどね」


「さぁ、どちらでも」


「?バグってるのかい?ガイアに見てもらいなよ」


---


「あぁ切られた、まぁいいさ、せっかくの余興だ、楽しもう」



✳︎



 通信員のリアナと別れ、第一部隊の詰所へと向かう。

 星型の防護壁には途中までしかエレベーターは付いていない。やつらが侵入してきた際に対応する、外側に設置された広間があり、そこからは階段を登らないといけない。

 階段を登り、いつものように建て付けの悪い扉を開ける。詰所には、私が知らない間に足を撃たれたマドルエと、他の隊員が数名待機していた。


「おいおいおい隊長さんよ、足撃たれたっていうのに出動か?」


「お前はただの荷運びだ」


「ふざけるなよ、俺は金を貰いに来ただけだ、さっさと寄越せよ」


「私の胸を触ったんだろう?前払いだと思え」


「あぁ?あんな胸で何デカい口聞いてるんだ、テッドと対して変わらないだろうが!」


 答えるのも億劫だ。他の隊員もにやけて成り行きを見守っている。


「いいか、あんたはただのお下がりだ、総司令のお墨付きだが何だか知らんがいい気になるなよクソが!」


「そうか、ならいい」


 隊長室へと入り、治療費として本部から貰ってきた封筒を手にする。横に置かれていた自動拳銃も目に入ったが、そのまま隊長室を出る。


「ご苦労だった、選別だ」


「ああ?」


 本当に金を貰えると思っていなかったのだろう、間抜け顔のマドルエに封筒を突きつける。


「この基地は破棄される、明日からはお前が自分で何とかするんだな」


「なんだと?おい、」


「早く出て行け、ここは民間人がいていい場所ではない」


 その言葉に顔を引きつらせ、なおも食い下がろうとするが、


「お疲れ様でしたマドルエさん、ゆっくり休んで下さいね」


 いつ間にいたのか、副隊長が笑顔で別れの言葉を告げる。

 何がクソかと言えば、成り行きを見ていた奴らが誰も止めようとしないことだ。

 頭も悪ければ度胸もない、あるのは見栄とプライドと盛った下半身だけ。そのくせ抜け抜けと戦場では生き残る、副隊長が来なければとうに辞めていたクソみたいな部隊だ。


「おいおいテッドそれは、ないんじゃないか?お前の口からも言ってやれよ」


「何をですか?」


「何をって、ただのお下がりがいい気になるなってな、お前も良いように使われてんだろ?アヤメみたいに」


 銃を持ってくればと後悔した。


「僕は羨ましいと思いますよアヤメさんが、一番信頼されていたので」


 その言葉に、不覚にもマドルエと一緒に驚いてしまった自分がいた。


「お前、何言ってんだ?正気か?本気で言ってるのか?」


「使われたことないんですよね?隊長に、それって信頼されていない証拠ですよ」


 マドルエが絶句していた。


「使えない人に仕事をふるほど隊長は優しくありません、諦めて、」


「テッド!もういい、お前は先にエレベーター前に行け」


 これ以上、副隊長の口から言わせてはならない。私の言うべきことだ。


「は、はい…」


 副隊長が部屋を後にする。


「副隊長の言ったことが全てだ、お前達を信用したことは一度もない。喧嘩を止めなければ味方の加勢もしない、何もしない、そのくせ成果だけは求めるクソ共が!」


 今までの鬱憤を晴らすように怒鳴った、撃鉄を上げて撃ち抜くよりも爽快だった。


「これからどうするかはお前達に任せる、好きなようにしろ。ただし、私について来ても後悔するなよ」


 二度と戻ることはない第一部隊の詰所を後にする。

 詰所を出て、雨上がりの街を見やる。どんよりとした雨雲がしつこく街の上に張り付いていた。だが、降った雨のおかげか建物にこびり付いていた煙の煤が洗われて幾分ましに見える。

 階段を降りた先、踊り場で副隊長が青い顔をして佇んでいた。私の顔を見るなり、


「あ、あの!さっきは失礼なことを言いました、マドルエさんが隊長にまた文句を言っている声が聞こえて、こんなに日までそんなことしなくてもと思って、僕もかっとなってしまって、分かったようなことを言ってしまいました!」


「…ふふ、ふ、あっはっはっはっ!」


 こいつは馬鹿か?頭が悪かったのか?どこに謝る必要があるというのだ。


「え、隊長?何で笑うんですか?怒ってるんじゃないんですか?」


「はっー…、いやすまない、久しぶりに笑ったよ」


「…隊長?」


「謝る必要はない、私も悪かった、またお前の口から言わせてしまった」


「怒ってないんですか?怒ってないんですよね?」


「しつこいぞ、見れば分かるだろ」


「分からないから聞いてるんですよ!怒ってないんですよね?!」


「お前の好きなようにしろ」


「意味が分かりません!!」


 喚くテッドを連れて、エレベーター出口前へと向かう。

 階段を降りている間に太陽が覗く。光を浴びた錆だらけの階段が、嬉しそうに悲鳴を上げていた。



✳︎



 ついに来てしまった、さっきから胃が痛い。

 詰所に向かい、必要な装備や使用されるトラップ類を持ってくる間、何度も嫌味を言われた。


「おいドジルナ!今日こそドジるなよ」


「あ、あぁ分かっているよ」


 他の隊員にまた嫌味を言われてしまった。俺の名前はラジルダだ、それをもじってドジるなと言われる。

 他の部隊も集まるエレベーター前出口はごった返していた。本隊の突入は日没だが、それまでに準備をすることが山程ある。

 使用するエレベーターは三番基、大型を使う。降りている間、音が大きく反響してしまうのでビーストを集めやすい。そのため、四番基は一度も使われたことがない、どんな音がするんだ?

 まず、使用するエレベーターに防音処置をする、エレベーター昇降装置にシートを被せ油をこれでもかとたっぷりと塗る、少しでも音を小さくするためにだ、気休めでしかないが。

 次に、各エリアを繋ぐ非常階段に爆弾とチャフグレネードを設置する。ビーストに気づかれ襲われる時は、決まって非常階段から侵入される。エレベーターの降下スピードは遅い、その間にビーストが駆けつけ壁ごと食い破り、エレベーター内に侵入してくるのだ。一度経験したことがあったが、あれは怖かった。経験していいものではない。

 最初にチャフグレネードを使い撹乱する。何故効くのかは分かっていないが、効くから使っている。それでも駄目なら階段ごと爆破する。それでも駄目なら天に祈るしかない。

 この二つが事前準備と言われるものだ、設置班に当たった部隊が行う。担当は持ち回り、失敗すれば延々と恨みごとを言われる嫌な仕事だ。

 何故、失敗するかって?ビーストに襲われるからだ。


「お前の部隊だな、今回の設置班は」


 突然、声をかけられた。いや、考え事をしていたから気付かなかった。


「ああそうだ、第七部隊のラジルダだ」


「護衛班のナツメだ、よろしく頼む」


「お前一人か?」


「いや、副隊長と私で二人だ」


 …大丈夫かこの部隊は、護衛に二人しか出さないなんて。


「…お前の隊長は、随分と冷たい奴みたいだな」


「…そうだな、全くだ。それよりも今回の設置場所を教えてくれ」


「あぁ、口で言うより地図を見た方が早いだろ」


 そう言って可愛そうな隊員に地図を見せる。


「これは?お前が全部書いたのか?」


「俺は要領が悪いからな、設置場所を頭に叩き込んでおかないと皆についていけないんだ」


「そうか、すまないがこれを少し貸してくれないか、副隊長にコピーを取らせたい」


「いいが、ちゃんと返してくれよ、それがないと困るんだ」


「必ず返す」


 そう言って踵を返し、人混みの中に消えていった。副隊長にコピーをさせる?どうして隊員が命令を出すんだ?



✳︎



 めんどくさいめんどくさいめんどくさい!

 あーもう何で次から次へとこんなに通信がかかってくるのさ自分達で何とかしろ!


[こちら設置班、次のポイントを教えてくれ]


「現在の場所を教えて下さい、近くに何がありますか?」


[あぁー、扉が見えるな、文字は読めない]


 当たり前だ!馬鹿かあんた昔使われてた文字は誰も読めないんだよ!


「他に何かありますか?」


[あぁー、前に倒したビーストが見える]


 そんな情報で分かるわけないだろぉ!!


[いや、待て、あれは何だ?あんなものあったか?]


「どうかしましたか?」


[いや、気のせいだっ]


 唐突に通話が切れた。何かを発見したようだが場所の特定ができないため、報告も上げにくい。でも上げる。


「隊長!設置班の隊員と通話が切断、場所の特定できません、何か発見したみたいです、よろしくお願いします!」


「何をだ!」


 丸投げだ、どうせ次から次へとかかってくるんだ。大方カリブン・ストーブに繋げっぱなしでバッテリーがいかれたんでしょ、よくある話だ。


[こちら護衛班、一階層非常階段北出口の扉が開きません、迂回路はありますか?]


 この声は…。


[オペレーター?聞こえていますか?]


「すみません聞こえています、扉の前ですよね、左手に回って下さい、えー前回の事前準備で第三部隊が点検用の通路から梯子を下ろしているはずです、ありますか?」


[あー、ありました、ありがとうございます、この声はリアナさんですよね?お久しぶりです]


 気づかれた。


「お久しぶりです、テッドさん、ナツメさんにはお世話になっています」


[そうですか、僕も隊長にはよくしてもらっているのでお互い様ですね、この間も太腿触られましたし]


 何の話をしているの?けどなんかムカついた。


「へぇーそうなんですね、あ、ナツメさんの寝癖は取れていますか?とっても可愛かったですよ」


 おいやめろきゅうにかみをさわるなと少し遠くから聞こえてきた。


[教えて下さってありがとうございます、もう大丈夫ですよ、同じアパートに住んでる、だけ、ですよね?]

 

 強調するとこおかしくない?


「ええはい、あ、でもこの間はナツメさんとお食事しましたよ」


[基地の食堂で、ですよね?]


 くそぉ!


「あ、でもでも、」


「いい加減にしろ!誰が駄弁って良いと言った!!」


 隊長に怒られたところで通信も切れた。

 駄目だ、あの人とはどうしても張り合ってしまう、勝てる見込みもないのに。


「痛っ!!」


 突然、耳にはめたインカムから強烈なノイズが走った。痛みと驚きで慌ててインカムを取る、最初は故障でバッテリーが爆発したのかとも思ったが、周りの同僚や先輩、神経質な隊長まで全員がインカムを取っていた。


「な、なんだ今のは?」


「チャフグレネードの誤爆とか、ですか?」


「いや、それにしたって、ここまででは…通信機器のチェックを急げ!」


 隊長の指示で固まっていた他の隊員達が動き出す、もちろん私はこれで帰れるかもとか思っていない。


「あれ?聞こえない…」


 ノイズも聞こえない、ただのダサいアクセサリーに変わっていた。



ー承認ー



「テッド、通信はどうだ」


「いえ、…繋がりません」


 リアナさんをインカム越しに軽く牽制した後、通信が出来なくなってしまった。一時的な不調ではなく、断絶、異常事態だ。こんなことは初めてで、もちろん隊長も経験がないらしい。

 僕たちの現在地は、一階層へ続く非常階段。前回の設置班が置きっぱなしにしてくれた梯子を使いここまでやって来た。

 下を覗けば真っ暗、何も見えない。上を見ても真っ暗、でもない、点検用通路から降りる時に使った梯子が何とか見える。


「隊長、一度戻りましょう、オペレーターの指示がなければ設置作業は厳しいかと」


「ああ、すぐに退避しよう、設置班、一度上へ戻るぞ」


「何言ってんだ、設置の責任はこっちにあるんだ、ビビって上に戻れるか」


「聞いていなかったのか、通信ができないんだ、どうやって設置するんだ」


「ドジルナ!地図を見せな!」


「あ、あぁ」


「今日もぎっしり書いてるな、いいぜ、これがあれば何とかなりそうだ」


 本当に続けるつもりなのか、こんな異常事態で?確かに総司令は撤退も中断もないと言ってはいたけど…


「すみません、ここは撤退したほうがいいと思います、本隊突入までの時間はまだありますので、やり直しはきくと思います」


「あんた女か?」


「は?」


 今、性別が関係あるのか。あぁ…


「ここでしてくれるんなら、考えてやってもいいぜ」


「相手にするな、テッド」


「…いいでしょう、引いてもらえるなら何でもしますよ」


「おっ、ほん」


 言い終わらない内に首が飛ぶ。


「なっ!」


「構えろっ!」


 首を飛ばされ倒れる体に隠れるよう、何かがいた。けど、何も見えない、派手に飛ぶ血と温められた空気で白く煙り、照準も決まらない。


「何が見えた!」


「何も!分かりません!」


「まだいるか?この中に設置作業を続けたい奴は?いたら前に出ろ!」


 隊長の怒号に誰も反応しない。それはそうだ、目の前で首が飛んだんだから。


「上の梯子を使って戻ります!いいですね?!」


 質問と確認を同時に行い時間を省く。だが、


「あれはなんだ?上を見てくれ!」


 誰の声かも分からない状況でも、見えた異常なものだけははっきりと捉えた。そこにいたのは、細長く、赤く濡れ、梯子を登っている。僕たちが使った梯子を、だ。


「あれはビーストなのか?あんなの初めて見たぞ」


「さぁな、撃てば分かるだろ」


「よせ!」


 敵の姿を視認できたからか、余裕ができた設置班が銃のトリガーを引く。弾丸は当たらず、周りの梯子や、壁に当たり金属音を鳴らす。すると、血飛沫を浴びたビーストの頭がこちら側を向く、何の前触れもなく。

 これは駄目だ、駄目すぎるよ。今日の隊は大外れだ。


「いいですか、もう、余計なことはしないで下さい、次、やったら撃ちます」


「は、ビビり過ぎだぜ、おじょう、」


 乾いた発砲音、隣で呻き声がする。

 血塗れビーストから目を離さず、僕のことをお嬢さん呼ばわりしようとした馬鹿な隊員の足を撃った。


「てんめぇ!俺の足をっ…!!」


「玉が付いてるだけ有難いと思って下さい」


 おかしなビーストだ、こちらを観察するようにじっとしているだけで、何もしてこない。


「テッド、下に逃げるぞ、死体はここに置け、殿は我々がやる、設置班は先に降りろ」


 隊長から出される指示を聞いている間も目を離さない、離した途端に何をされるか分かったものではない。


「gtwmjtwm!」

「gtwmjw ww!」


「おいおい頼むよ何の冗談だ」


 上か下か、血塗れビースト以外の鳴き声が聞こえてきた。慌てた隊長は小声で泣き声を言う。副隊長の特権だ、なかなか見れるものではない。


「こっちだ!こっちに来てくれ!」


「そこに何がある!」


「別の点検用通路だ、下の踊り場まで行くよりこっちが早い!」


 ラジルダさんの先導で下を降りる。降りている間も鳴き声はやまない。

 途中、手すりの上にドアノブを見つけた。よくここを見つけることが出来たと感心したけど、ラジルダさんの書き込まれた地図を思い出した。


「よくやった!ラジルダ褒めてやる!」


「あ、あぁ、いや」


 むっとしてしまった自分が少し情けない。隊長は、戦場に出ると感情の起伏が普段より激しくなる。何度好きだと言われたことか。

 点検用通路に上がり込み、一息つく。ここは一度も使われたことがないのか、どこにも傷はなく、心許ない明かりが付いているだけだ。

 余裕が出てきたのだろう、次は僕が褒められる番だとラジルダさんを睨む。

 睨まれたラジルダさんは勘違いをして謝りだした。


「黙っていたのは、謝るよ、まさかこんなことになるなんて思わなくて」


「謝る必要はない、ラジルダ、お前には感謝する、そこのクソ間抜けな奴に比べたら天使のようだ」


 また、先に言われた。


「俺のことを言ってんのか、度胸がないのはあんたらだろうが」


「度胸?度胸とは何だ?得体の知れないビーストをよく調べも観察もせず、味方を危険に晒してまで撃つことか?いいか、お前のような奴をお荷物と言うんだ」


「んだと!誰がお荷物だ!あの時銃を持とうともしなかったドジルナだろうが!」


「あぁ、それならラジルダがお荷物で助かった」


「え?」


 可愛そうなラジルダさん、隊長にまでお荷物と言われてしまった。けど、次の言葉でなおのことラジルダさんを睨んだ。


「こいつはさっきの状況で、敵を倒すことではなく、私達を生かすことを考えていたんだ、だから銃を持たなかった。あんたとラジルダのどちらかと寝ろと言われたら、私は迷わずお荷物を選ぶさ」


「くそっ」


「あぁいや、すまない、俺には奥さんがいるんだ、だからお前の申し出は、」


「今のは冗談ですよラジルダさん!何真に受けてるんですか!」


 つい大声を出してしまった。僕ですら言われたことがない褒め言葉だった。


「テッド、お前に地図を預けていたな?ラジルダと上に戻る道を決めろ」


「…」


「テッド、ふざけるな、次無視をしたら玉を撃ち抜くぞ」


「…分かりました」


 駄目だ、隊長にやつ当たりしても嫌われるだけだ。ベストのポケットに入れておいた地図を….ない?そんな、確かにここに入れたはずなのに…


「すまないテッド、俺が持っていた地図は隊長に預けたまんまなんだ」


 あれで隊長なのかと馬鹿にする気持ちと、どうしてないんだという焦りが混ざり合う。

 今から理由を付けてラジルダさんの地図を取りに行くか?いやでもそんなことをすれば僕がドジったことがバレてしまう。嫌だ、それだけは嫌だ。でも…見栄を張れる状況でもない。


「テッド?」


 下を向いていたので誰に呼ばれたか分からなかった。ただ、責められているように聞こえた。


「…すみません、地図、失くしました…」


「そうか、ならいい、ラジルダ、お前が覚えている範囲で私達を先導しろ、テッド、お前は殿だ、私が前に出る」


「はい」


 なけなしの自尊心で返事をした。


「このまま真っ直ぐ行けば点検用通路の出口に出る、そこから、」


 ラジルダさんの途中で、口を挟む隊員。


「出口があるのは当たり前だろうが」


「違う、そうじゃない、出口を出てすぐに小型エレベーターがあるはずなんだ、この人数で使うのは危険だが、一気に上へ行ける」


「どう思う、テッド」


「…」


「何だお前?玉を撃ち抜かれたいのか?」


 僕が再び無視をしたと勘違いして、声をかけてくる。誰だこいつ、最初からいたか?お願いだから邪魔をしないでくれ、次はないんだこれ以上隊長に失望されたくない。


「おいおい、黙りかよ、俺が撃ってやろうか?」


「静かに、」


「静かにしてくれ、今はこいつの判断が頼りなんだ」


 体が熱くなった。隊長が庇ってくれた。


「…行きましょう、小型エレベーターで上を目指した方が早いと思います」


「わかった、ラジルダ、先導してくれ」


「おい、大丈夫なのか、いくら小型と言ってもビーストが寄ってくるだろうが」


 僕に足を撃たれた隊員が反対する。


「誰のせいだと思っているんですか?あなたが言うことを聞かず、あのビーストを撃とうとしたからですよ?」


「てめぇが撃ったんだろうが!人のせいにしやがって!」


「忠告しましたよね?」



「このくそ── GYYYWAAA@@@#@####@@!!、!ー



 唐突な咆哮、壁を揺らす程の振動、間抜けな顔、しかめる顔、一度に五感が刺激され、得られる情報が遮断され、判断力が無くなる中、


「進め!殺されるぞ!」


 隊長の声で皆が出口を向けて走る。

出口が見えた時には咆哮は止んでいたが、止まる者も声を出す者もいない。必死だ、逃げなければ必ず死ぬ。

 出口を抜け、出た先は扉が等間隔に並ぶ通路だった。初めて見た、黙ってラジルダさんが前を行く、何も言わない、こっちも聞く必要がない。

 磨りガラス状の扉を見てみれば、中にはベッドらしき物がある。とても異常に感じた、なんでこんな所にあんなものがと日常的な物を異常に感じてしまった。


ーGYYYWAAAA@@@@@@@#/@/!、!!!!、!!!、!!!!!ー


 小型エレベーターが見える、何にも安心できない、この咆哮は壁を突き抜ける、守る術は何もない。失敗した、僕たちの作戦は失敗した。そう強く感じる。これは無理だ、勝てる相手ではないーGYYYWAAAA@@@@@###@@@#!!。、!!!!!ー



「テッド!!!」



 隊長の言葉で我に帰る、気がつけばエレベーターの中にいた、いつの間に?

 それに僕の目の前には、大好きな人の顔がある。何度も好きと言われ、頼りにされて、もっと力になりたいと思ったナツメさんの顔が、



「お前だけが頼りなんだ!しっかりしろ!ここを出たらいくらでも抱かせてやる!!私のことは好きにしていい!だから!お前は生き残ることだけを考えろ!!」



 嬉しかった、本当に嬉しかった。こんな状況で僕のことを頼りにしてくれたことが、大好きな人から一番聞きたかった言葉を聞けたんだ。好きにしていいと、抱かせてやると、これを聞いて喜ばない男がいるのか?いないだろう、いるはずがない。


「だ、大丈夫です、大丈夫ですから!」


「頼んだぞ、テッド」


「おいおいおい、頼むよ少しは休ませてくれよ」


 そう言いながら辺りを見回し始めた隊員、無理もない。このエレベーターを目指してビーストが追いかけて来たのだ。

 エレベーターは降りるも登るも時間がかかる、さらにはこのエレベーターは一番小型、つまりは一番狭い。侵入されたらひとたまりもない。


「おい、テッドさんよぉどうするんだこれぇ!」


「やつ当たりする暇があるなら銃を構えて下さい!」


「効くわけないだろぉ!こんなちっぽけな銃がぁ!!」


「今すぐ十二時の方向を撃ってくれ!!」


 言葉の意味は理解できたが、何故それを言ったのか理解できなかった。

 ただそれでも大好きな人は撃ったらしい。


「伏せろ!!!」


 ラジルダさんの怒号と壁が爆発した瞬間が一緒だった。


「dmmmmm!」

「ajmtjw.tjpgmw!

「tjphnwjmkwj!」


 まとめてビーストが雄叫びを上げる、それを最後に静かになった。

 まさか…え?まさか、ラジルダさんは…


「さいっっっっっこうだよラジルダ!!お前爆弾の位置まで覚えていたのか!!いいなぁ!そのイカレっぷり!!気に入ったよ!!さぁ今すぐ私を抱け!!お前の女より愛してやろう!!あっはっはっは!!!」


 …誰にでも言いすぎでしょ隊長。

今まで見たことがないくらいの浮かれようでラジルダさんに抱きついている。


「いや、すまない、俺には奥さんがいるんだ、確かにお前も魅力的だが、」


「だから冗談だって言ってるでしょ!!真に受けるなぁ!!!」


 ビーストに負けないぐらいの雄叫びを上げた。

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