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第七十七話 イグジスタンス・ハーベスト

77.a



「ぬぅはぁっ?!」


 目が覚めた。体の節々が痛むのは固い床で眠っていたせいだ。しかし、ビーストの襲撃を受けて街の対応に追われるようになってから悩まされていた芯に残るような疲れが、綺麗さっぱりなくなっていた。何と睡眠が偉大であることか、人の形に寄りすぎたせいでサーカディアンリズムまで再現され、睡眠を取らなければ疲労が残ってしまうマテリアルになってしまった。

 それはいい。


「スイは…スイはどこ?」


 意識を失う前は確かに抱きしめていたはずのスイが見当たらない。床の上には散乱している私の持ち物と、冷たいカーペットの感触しか残っていなかった。


「スイぃいい!!」



 ただ事ではない、あのスイが裸で犬の真似事をしているなど今思い出しても悪夢のような光景だった。あんな状態のスイが人目につく前に何としても保護しなければ、私が意識を手放した時はまだ明るかった艦体の外もすっかり日が落ちて夜になっていた。いつスイがいなくなったのかは分からないが、早急に手を打たなければ。

 居住エリアから足早にブリッジへ向かう、奥の細道に掛けられている環境映像を流している絵画風モニターもいくつかは斜めに傾いている、おそらくスイが悪戯したものだろう。海、山、各種の自然を映したモニターのうち()()()な景色を見つけた。


「?」


 急がなければならないのに足を止めて見入ってしまった。映されている場所は街中のようだ、広い庭がある家がいくつか見えており視点が細かく移動している。そう、視点だ、人と比べると明らかに低い、子供?ではないな...この映像は何?


「こんな映像…グガランナが設定していたというの?」


 ある建物の前で視点が止まった、つまり歩いていたということ?不可解な映像にさらに不可解な事が起こった。


「んんん?」


 街中の風景を映し出していたモニターが、次は女の子四人を映していた。アヤメやナツメ達のように特殊部隊の装備に身を固めた女の子達だ、手にしたアサルト・ライフルを見ている私、モニターの視点に向かって撃ち続けている。大きな街灯に照らされた女の子の顔は分からない、さらに銀色の尖った何かが見えた。


「……………」


 これは明らかに環境映像ではない、監視カメラか何かの視点映像が紛れ込んでいる。この艦体のスタンドアロン・ネットはグガランナの管理下にある、ハッキングを疑った方がいいと判断した私はさらに急ぎ足でブリッジへ急いだ。



✳︎



 女性が住んでいたマンションから一足飛びにグガランナ・マテリアルへと来ていた、しんと静まり返った艦内を歩いてブリッジへと向かう、するとタイミング良く奥の細道からティアマトが現れた、向こうも急いでいるみたいだが、先ずは言わねばねらない。


「ティアマト、疲れは取れたのか?」


「!………え、えぇまぁ、そうね」


 私に気付いていなかったのか、声をかけられて少し驚いた後頬を染めながら返事をした。


「いえ、そんなことよりアオラ、スイは、」


 すぐに気を取り直したティアマトが言いかけたが、それを遮って私が被せるように答えた。


「スイちゃんなら無事だ、変わらず様子はおかしいままだけど、今知り合いの家にいるよ」


 あまり状況が掴めていないティアマトに、ブリッジへ向かうがてらに教えてやった。乗り込んだエレベーターの扉が開き、随分と()の臭いがするようになったブリッジに到着するなりその場で崩れ落ちた。


「一生の不覚ぅ!!私という者がありながら外に出してしまうだなんて!!」


「盛り上がっているところ悪いんだが、何か手掛かりはないのか?私はスイちゃんを助けたいんだ」


「………いえ、そうね、アオラあなた随分と冷静なのね」


 本気で落ち込んでいるティアマトがゆっくりと体を起こした時に臭いがふわりと鼻をついた。


(臭い…あのティアマトが?)


 気を取られつつもティアマトが根城にしているコンソール前に二人して立った、見るからに溜まっているゴミと未読のメッセージ、それから大判のブランケットが椅子の背もたれに掛けられており、さながら多忙を極めるデスクワーカーのようになっていた。そして、コンソールの下には封が開けられていない飲み物や食べ物が箱詰めにされて置かれていた。


(こいつ…こんなになるまで…)


 街の為に働いてくれていたということだ。


「あまり見ないでちょうだい、それでその女性の元にいる今のあの子の様子は?」


 今さら照れ隠しのように散乱していたゴミを手早く片付けながら聞いてきた。


「……普段通りではない、たまに犬の真似事をしていたが女性と一緒にいる時は落ち着いていたよ、私とカサンで引き取りに行ったんだがすげなく断られてな、その間もスイちゃんは女性に抱きついて大人しくしていた」


「その女性というのは?」


「路地裏に迷い込んだスイちゃんに声をかけた女性だよ、その後襲われて瀕死になってしまったけど、今は快方していてその報告にこっちに来た時にスイちゃんを保護してくれたんだ」


「…そういう事、今アマンナとイエンに中層へ行ってもらっているわ、言うなればあの子が生まれたショッピングモールを調査してくれているはず」


「お前が生んだんだろ?違うのか?」


「私はただ仮想パレードのデータに細工して女の子を再現させただけ、自我の設定まではしていなかったわ」


「つまり別の奴がそうしたと?」


「……あなたも鋭いのね」


 流し目でこちらを見て艶かしく微笑んでいる。


「相手はおそらくテンペスト・ガイア、私達マキナを束ねている上官よ、どんな思惑があるのか知らないけれどね、この艦体に二度もハッキングを仕掛けているみたいだし」


「まぁいい、一枚岩ではないマキナの内輪揉めはもう聞き飽きた、だったらスイちゃんが今の状態に陥っているのもそいつの仕業なのか?」


「おそらくは、確認の取りようがないけど」


「ハッキングを仕掛けられていると言ったな?探知は出来ないのか?」


「……あぁもう!あの子は一体何処に行っているのよ!……この艦体に敷かれたネットはグガランナが管理しているから私達で探るには限界があるわ」


 話しの途中にいきなり大声を出したので驚いた、まさかまだ疲れが残っているんじゃないだろうな。


「……どうしてハッキングされているって分かったんだ?」

 

「奥の細道にある環境映像があるでしょう?そこに監視カメラからの映像が表示されていたのよ」


「グガランナが間違えてって、そりゃないか、今もあいつは眠ったままなんだろ?」


「いいえサーバーから帰ってこないのよ、エモートとマテリアルの話しは知っているわね?」


「あぁはいはい良く分かった、私が様子を見てくるよ」


「起きないならそのまま手籠にしてくれても構わないから」


「ア、ハイ」


「?」


 ティアマトは冗談のつもりで言ったんだろうが、前に一度やらかした記憶が一瞬でフラッシュバックしてしまったので変な言葉使いになってしまった。

 ブリッジを後にしてグガランナの元へと向かう、ハッキングを仕掛けている犯人を特定するためにもグガランナには起きてもらわないといけない。エレベーターを降りて奥の細道から階段を下りて向かおうとした時、ティアマトが言っていた通り飾られた額縁からいつもの景色ではなく、やたらと視点がぶれている映像を見つけた。階段に向かいかけていた足が止まり、思わず注視してしまった。


「……これ」


 第二区にある...ピューマが寝泊りしている建物だよな...この視点は...まさかあいつ?あの逃げ出したライオンのものか?何で?

 疑問に思いながらもひとまずグガランナの元へと向かい、その間に端末から電話をかけてティアマトに見たままを報告した。


[何ですって第二区にある建物?………つまりはリアルタイムということなの?]


「いや…私が向こうを離れる前に逃げ出したライオンを建物の中に入れてきたから」


[いいわ、アオラあなたはグガランナの様子を見た後もう一度ブリッジへ来てちょうだい、今からテッドにピューマ達の様子を見に行くように連絡するわ]


「こんな時間にか?言っちゃ悪いが…」


 もうじきに日付けを越えようかという時間帯だ、テッドは寝ているかもしれないと思ったが、


[人命救助が先決、大丈夫よ、人は丸五日寝なくても命に支障はないわ]


「ブラック発言にも程がある」


 電話を切って急ぎ足でグガランナがいるコアルームへと向かう、私とスイちゃんが初めて会ったあの日艦内ではピューマが暴走してしまい、頑丈に閉じられたコアルームを突き破った奴がいたそうな。そのせいもあってかコアルームへ続く扉は今や二段構え、扉横にある認証センサーにタッチすると壊れたのかと言わんばかりにロックが外れる大きな音がして、一つ、二つと扉がゆっくりと開いていく。

 中に入ると、皆んなが「焼けくそドラゴン」と呼んでいるティアマトのオリジナル・マテリアルが主を表すように床に寝そべった状態で置かれて、その少し離れた位置に赤色のランプを灯したマテリアル・ポッドがあった。嫌な予感と共に大きく寝そべるドラゴンの横を通り過ぎ、グガランナのマテリアルが置かれているはずのポッドの天板を開けてみれば、もぬけの殻になっていた。



✳︎



[緊急事態だティアマト、グガランナがいなくなった]


「……………」


[もしかして…私と会いたくなかったとか?何か聞いていないか?]


「……………」


[ティアマト?もしもーし、聞こえているよな?]


 私は天を見上げていた。アオラからの報告を聞いたと同時にタブレット端末に打ち込んでいた報告書を丸ごと「カット」した為だ。何故?何故「コピー」のすぐ隣に「カット」を配置したの?思わず間違えてしまったではないか...全て、全てやり直し...後はコピペしてメッセージで飛ばすだけだったのに...バックアップも取っていないので最初の一文字目からまた打ち込んでいかなければならない。


「Oh……」


[それは誰の物真似なんだ?]


「Jesus…」


[ティアマトがついに壊れた]


 あー!!もう何なのよ!!私が何をしたっていうのよ!!睡眠を取ったのがいけなかったの?!こっちだって片付けないといけない仕事が山積しているのよ!!スイのことで頭が一杯だっていうのに今度はグガランナが居なくなったぁ?!ふざけるなよあの不良娘!!


「アオラ」


[な、何?何だ?]


「今から第二区へ行ってテッドと合流してからピューマの調査をお願い、それが最後の外出だと思いなさい」


 返事はなく、代わりに唾を飲み込む音が聞こえた。


「私はあの不良娘を探しに行くわ、たまには羽を広げないとね?そう思わないかしら?」


[ま、街との連携は誰が…]


 導火線に火を付けたのはアオラだ、そう言い訳しながら感情に任せて口を開いた。


「元はと言えばアオラ!あなたが不在だったから代わりに私が務めていただけなのよ?!いい加減に自分の仕事をしなさい!」


[わ、分かった分かった、今まですまなかった…それと外に出るなら風呂に入っていった方がいいぞ?]


「何でよ?!」


[臭う]


 そうしてもう一度床に倒れた私は、アオラが起こしに来るまでさめざめと泣いていたのであった。



77.b



 暴れるように脈打つ心臓を、何とか宥めながらホテルの敷地へと入った。私のすぐ後ろにはアシュが、同じように肩で息をしている。

 登山道方面から藪を抜けて、あの日皆んなで馬鹿話しをした中庭へと出てきた。幸いここには誰もいないようだ、装備類を置いたテントに駆け込み中を探ろうとすると呆気に取られてしまった。


「何もない?!何で…」


 入り口に設置された常夜灯代わりのLED型ランタンに照らされたテント内には何も無かった。銃器関係から弾薬、それに取りにきた医療キットも何もかもだ。ここが空になるということは戦闘があったということだが、近辺にビーストはもういないはずだった。


「アリン?何やって…」


 入り口で固まっていた私を不審に思ったアシュが声をかけて、中を覗き込み私と同じように黙ってしまった。


「どう思う、これ」


「どうも何も、誰かが回収したんでしょ」


「それってやっぱり…」


 マギールさんが懸念していたナノ・ジュエルの取り合いがもう既に始まっているということ?それにしたって何故特殊部隊の荷物まで回収していくのか。


「相当話しがこじれているんじゃない?だから特殊部隊の装備関係も押さえてあるんでしょ、武力は何よりの力だしね」


「そういう…早くしないとあの子が危ないっていうのに」


 あの時、私達以外には誰もいないと思っていたモール内に金髪の女の子とメインシャフトで少しだけお世話になったイエンさんを見かけた。さらにどこに隠れていたのか、八本足のビーストが天井から二人を狙っていたので思わず声を上げていた。イエンさんが女の子を突き飛ばして避けて、駆けつけた私達がアサルト・ライフルで攻撃している時に異変が起こった、周囲に人や生き物が現れ始め混乱して手を止めてしまった私に敵が攻撃してきたのだ。それをあの子が、アマンナと呼ばれた女の子が私を庇ってくれた。

 私の代わりにテント内に入ったアシュが、少し落ち着いた様子で口を開いた。


「ないなら、まぁ…しょうがないんじゃない、あの子、アマンナだっけ?何か様子が普通じゃなかったし」


「そんなの、だからと言って無視はできない」


「確かに背中から血を流していたけどさ、顔は元気だったよ?」


「……私はただ恩返しがしたいだけ、そういうアシュこそ何で私に付き合ったのさ」


「こんな所に一人で行かせられるわけないでしょ、野郎の溜まり場になってるんだよ?」


「……それは、まぁ、ありがとう」


 下を向きながらアシュと話しをしていたので、何かが落ちる音がして心底驚いた。急いで顔を上げてみればあんぐりと口を開けたアシュが目に入り、地面にアサルト・ライフルが落ちていた。


「な…あ、あの、アリンが、私に、あり、ありがとう、だと?これは夢?」


「…………」


「う、うそうそ、そんなに睨まなくても、あははは…」


「!」


 照れ隠しに笑っているアシュが地面に落ちたアサルト・ライフルを拾おうと手を伸ばした。しかし、近くで物音がしたので慌ててアシュの手を取って動きを封じた。


「……にか、聞こえなかったか?」


「……いや、どこからだ?」


「仮設テントからだ」


 やばっ!アシュも状況を理解したのか、申し訳なさそうに眉を下げている。遠くに聞こえていた人の話し声が徐々に近付いていた。外にいる人がどの立場にいるのか分からないため見つかりたくなかった。あのスピーカーから話しかけてきた人が言うには、私達四人を襲う計画を立てた人が必ずホテルにもいるのだ。

 テント生地を支えているポールの隙間から男性が二人、こちらに向かって歩いてきている。もういっそのこと、反対側のテント生地に穴を空けて逃げようかと算段を立てていると、とても久しぶりに聞いた総司令の声がした。


「何をやっている」


「…総司令、あ、いえ…」


 驚いた男性が総司令へと向き直り、さらにその後ろに立っていたある男性を見て固まった。そりゃ驚くだろう、隠れ見ている私もあの銀色の髪には驚いた。


「ここにあるのが全てか?」


「いや、まだあるはずだ、俺達が持ち込んだ武器はこんなものではない」


「総司令、この方は?」


「それより奴はどこにいる?」


 銀の髪、そしてがっしりとした体躯、刃のように鋭い目と私の太ももぐらいはありそうな腕、防弾ベストのようなあの胸板は何なんだ?ジャケットとスラックスを着用しているが冗談のように見えてしまう。


「…ちょっと、アシュ、何?」


「今の声、ザコビーじゃない?……あれ、いないなぁ」


 私のすぐ隣に頭ごと突っ込んで同じように隙間から外を伺っている。


「ザコビーってあののっぺらケンタウロスでしょうが、あんな人の形……」


 いや待てよ、確か宇宙船に乗り込む前にも一人でわちゃわちゃしていたザコビーを狙撃したなぁ...それにグガランナさんに教わった話しでは...

 考え事をしていたせいでザコビーと思しき人物が、テントにまで近寄っていることに気が付かなかった。すぐに逃げられたというのにチャンスを逃してしまった。


「……!」

「……!」


 今さらのような気もするけど口を閉じてじっとしていた、というかそれしか取る手段が無かった。大股で芝生を踏む音が聞こえてテントの前に立ち、ためらう素振りも見せずに男性が入り口の幌を開け放った。


「…………」

「…………」


「…………」


 LED型ランタンの明かりを受けてより一層銀の髪が輝き、遠目では分からなかったがこの人の瞳は金の色をしていた。鞘から抜き放たれた刃のように目を細め、私とアシュを観察しているようだ。


「何をしている」


「……このテントはもぬけの殻だが、どこかへ移動させたのか?」


「何?どういう事だ」


「……いえ、これにはじじょ……」

 

 え、もぬけの殻?確かに何もないが、私達はここにいる...どうして何も言わないのだろうか...

 総司令はホテルへ向かおうとしているみたいだが、それを邪魔するように二人が横から挟み、さらにザコビーと同じ声をしていた男性も後について行った。


「庇ってくれた?」


「いやそんなまさか…」


「でも明らか私らのこと見てたよね、どうして何も言わなかったの?」


「……考えても分からない、それよりどうする?さっきの人らも事情があって回収したって言ってたし、おそらくどこかに移動させてるっぽいけど」


 最初、中庭に姿を見せた男性二人もホテル内にも関わらず武装していた。事情というのは間違いなくいざこざ、誰かもしくは別グループと対立しているのだろう、昨日まで周りに無関心を貫き好き勝手に過ごしていた雰囲気とは一線を画していた。

 屋外に置かれた仮設テントにないのであれば、これ以上は近付かないほうがいい。しかし、アマンナのことを放ってはおけない。近距離用のインカムしか装備していないので、モールに残っているカリン達と連絡が取れないのもさらに判断を鈍らせていた。


「アシュ今からモールに一走り…」


「やっぱアリンはそうだよね、お礼を言うアリンの方がおかしかったんだよね」


 何その言い草...冗談で言ったのに喜ばれるだなんて夢にも思わなかった。けれど、いつもと少しだけテンションがおかしいアシュも眉尻を下げて口にしていた、もしかして本当にお礼を言われるのが嫌だったのかなと勘ぐってしまった。


「……嫌?私にありがとうって言われるの…」


「いや…そ、そんなことは…何というか、照れ臭いというか、慣れないっていうか…ふ、普段通りでいいよ?そんな無理してお礼は言わなくても…」


「私だってアシュのことは大事にしてるから…」


「………」


 口をもごもごさせて下を向き、恥ずかしそうに頬を掻いているアシュ。今の今まで私なんかに付き合ってくれていたんだ、最大限のお返しはしたい、カリンと話しをしてとても強く感じた。

 私達がここへ何しに来たのかも忘れて、居た堪れない、互いに面映い空気に沈んでいると再びそれを突き破る音が聞こえた、今度は人ではなく金属音。擦れるような回転している音が次第に大きく聞こえ始め、テント内にいた私達ごと震わせる程の爆音が辺りを支配した。


「あっぶねぇー!まさかアリンとフラグが立ったのかと勘違いしてしまうところだった!」


「こんの!人の勇気を何だと思ってんのよ!言う方だってめちゃくちゃ恥ずかしいんだからね!」


「はいはい!それよりビースト!こんな大きい音を出すだなんて!」


「こんな大型どうやって処理すんのよ!バーサーカー呼びに行くよ!後ついでに医療キットも!」


 仮設テントの入り口に張られた幌を開け放ち、急いでホテル内へ向かおうとしていた私の足が止まった。


「……………」


 ビースト...ではない、あれは、巨人だ、赤い色をした鋼鉄の巨人。何故こんな所に...中層の守り神とか?もしかして、あの威厳を放ち辺りを睥睨してみせている鋼鉄の巨人が、管理者代理と名乗った人だろうか、人?あれは人なのか?背中から星の粒子を辺りにばら撒きながらゆっくりと地面に降り立った。中庭からホテルへの入り口へと向かう下り坂の所だ、赤い巨人がホテルのスポットライトに照らされて、銀の髪をした男性など比べものにもならない巨大な腕を持ち上げ額に当てて、まるで探し物をしているかのように首を左右に振っている。


「……………」


「あ、いた、やっほー、アリンさんとアシュさぁん、迎えに来ましたよぉー」


 あか、赤い巨人が...気さくに私達に声をかけてきた...腕を上げて振っていらっしゃる...あぁ、さすがに疲れているのかな、立ったまま夢を見ることもあるもんだと、その場に崩れ落ちた。



✳︎



 セルゲイと名乗った人類を統括している者に続き、俺もホテルの中に足を踏み入れると辺り一帯が騒然とし始めた、何も俺が来たからではない。


「総司令!」

 

「慌てるな!敵ではない!」


 セルゲイの一喝に、決死の覚悟を決めていた兵士が黙り込んだ。ここからでも奴の機体が見えている、貫通トンネルでは接敵とその場限りの徒党を組んで大型の敵を撃破した。


(アマンナか…余計な横槍を入れられる前に…)


[何をしているのだ、貴様は]


[びっ……くりしたぁ、その声はまさかオーディン?そっちこそ何で…]


[答える義理はない、何の用事があってここまで来たんだ]


[は?まさかホテルにいるの?]


[だから通信しているのだろうが、お前は一人か?]


[だったら何さ、それこそオーディンに何か関係あるの?]


[お得意のままごとなら他所でやってくれ]


[…………ふーん、まぁいいけど]


 何だその返事は、こいつにそんな間の持たせ方が出来たのか?

おそらく初めて見るのであろう人型機の姿を前にしてホテル内にいた兵士達は殺気立っていた、それ以外に人間は見当たらない。確かもう少しいたと思うのだが...

 辺りを見やっていた俺に鈴の音を思わせるアマンナが鋭く問い質してきた。


[また調整しにきたの?そうだと言うなら容赦しないよ]


[貴様こそあの青い機体はどうした?単機ならこちらが有利、引くなら今のうちだ]


[……あのさ、わたし別に腹の探り合いがしたいんじゃないの、いい加減にそんなやり方やめたら?例え平和になったとしても、オーディンやディアボロスに誰も感謝しないよ、悲しくならないの?]


 ホテルのエントランスに屯していた兵士達に何事かセルゲイが指示を出しているが、聞いている者と聞き流している者とに別れていた。信を置くことができないのだろう、大聖堂前の広場で一人、酒に溺れて黄昏ていた上官などこのような扱いを受けるのが関の山かもしれん。こうあってはならないと自らを戒めながらアマンナに答えた。


[ならん、こちらには確かな義があって事を為している、貴様も下らない情を働かせて手を抜くな、あの日相対した相手が俺の子機だと知って本気を出さなかったな?]


[…………]


[お前は一体何のためにそこにいる、誰のために人型機という力を使っている、貴様がグガランナの子機であろうとなかろうと明確な目的も持たずにうろうろするな、邪魔なだけだ]


 そこまで一気に言い終えてから通信を切った。ついで、待機させている子機へ指示を出した。


[ヴィザール、アマンナを監視しろ]


[はい、今あの機体に二人、女性兵士が乗り込んでいます]


[こちらに敵対するまで放っておけ]


[……お言葉ですが、お父上も甘いのでは、ここで堕としてしまえば後が楽になるかと]


 エントランスにいる人間は全てが兵士のようだ、一般人はどこにもいない。待ち合いロビーにあるソファルームには部隊の装備と思しき物がズラリと並べられている。外にあったテントから持ち込んだものだろう。


(あいつらは間違いなく…あの二人だった…何をしていた?何故こいつらから隠れていたんだ…)


「レドモンはどこにいる?」


「は、誰のことだか…」


「政府から派遣されていた男だ」


「一般市民の連中なら多目的ホールにいると思いますが…」


 質問の答えになっていないことに気付いているのか?何故、個人を一括りにして居場所を答えたのか。これではまるで敵対しているようだ。


[正体不明の機体に墜とされたお前がデカい口を叩くな、次はない、命がけで事に当たれ、お前が出る幕はまだ先だ]


[はい、失礼致しました]


 セルゲイがこちらに目配せをしてきた、さらに付いて来いということだろう。俺を遠巻きにして眺めている者、睨んでいる者、そのどれもがおよそ友好的とは言えない視線だったが、その奥底に「妬み」を感じ取った。人間とは、複雑でありながら単純な生き物、まるで読めない。個人としても成立し、集団としても成立するその特異な思考、習性には未だ慣れない。

 これらを御することが出来るのかと、漠然とした不安を認識しながら、これらを統括してい()男の背中を追った。



✳︎



 オーディンと名乗ったマキナを引き連れ、久方ぶりに訪れたホテルは随分と変わっているように見えた。兵士も一般市民も混在し、我欲のままに生活していたはずの連中が、見事に二分されていた。


(いつ、こいつらがナノ・ジュエルに気付いたのだ?)


 それしかあるまい、あの日サニアの部屋に押し掛けた部屋で、モニターから語りかけてきた男が言っていた「ナノ・ジュエル」という資源を嗅ぎつけたのだ、それらについてトラブルかあるいは対立が生じてしまっているに違いない。


(ナツメの仕業か?あるいはあの少女然としたマキナか…)


 ホテルのエントランスから多目的ホールが並ぶ建物へと足を向けた、後ろを歩くこの男も目的が未だ掴めない。ファクシミレ・マキナと名付けたコンコルディアに興味があると言い、ついで街の人間達にも会わせてほしいと頭を下げてきた。だが、理由も目的も口にしていない。

 多目的ホールが並ぶ通路に入り、開け放たれた扉から騒がしい声が漏れ出ていた。中を見てみれば政府からの回し者の周りを人が囲み、剣呑な顔付きで何やら相談事をしているように見えた。入ってきた俺達を見るや否や黙り込み、一気に場が静寂に支配された。どこに行っても歓迎されないらしい。


「……これは、総司令、今までどちらに?」


「何をやっている、ナノ・ジュエルの在り処を知って取り分の相談をしているのか?」


「…っ」


 図星のようだ。


「ここにいる連中は段取りも知らんのか」


「…総司令、お言葉ですが、僕達の味方になってください、この街にある「ナノ・ジュエル」と呼ばれる資源はまさに夢が詰まった宝石です、あれをそのまま街に持ち帰れば一財産を築くことができるんです」


「だろうな、誰が運ぶ?」


「……特殊部隊の人達にお願いしたのですが、まるで話しになりませんでした、管理しているのは俺達だと言って譲ろうとはしなかったのです、ですが、あれを卸せるルートを持っているのは僕達政府です、特殊部隊の人達では無理でしょう」


「誰から聞いた?」


 咳き一つ無い場に、レドモンと呼ばれた男の声がよく耳に届いた。


「マギールと呼ばれる老齢の男性からです、最近になって総司令代理の座についたとか…」


 静かにしていた俺の体が瞬時に心拍数を跳ね上げ、胸元から怒りという熱い塊りが喉をせり上がってきた。


「…ふざけるなよあの男っ!!何が代理だ、俺の居場所で何をやっているっ!!」


 酒で焼かれ、出ないと思っていた声がすんなりと出てきた。突然の咆哮に渋い顔付きをしていた連中が一斉にたじろいだ。


「奴との連絡役はお前だな!今すぐに繋げろ!」


「……は、はい」


 気に食わない、気に食わない気に食わない!俺が苦労していた場所で、何故あんな男が当たり前のようにいるんだ!

 レドモンが繋げた端末を奪うようにして取り上げ、画面に映った男を殺すつもりで睨んだ。


[……誰かと思えば秘密主義者のお前さんか、すまんな、席を汚しているぞ]


「何をやっているんだ、お前のような男が腰をかけていい場所ではない、即刻立ち去れ」


[それはこちらの台詞だ、上層連盟長の弟よ]


「!」


[今の今まで何をしておったのだ?中層攻略戦が頓挫していたのかと思えば、資源に溺れてこっちに帰るどころか連絡の一つも寄越さないとは、いいか、儂がこの席に座ったのではない、座らされたのだ、良い迷惑だ]


 あの男と知り合いなのか?いけ好かない、一度も想ったことがないただのイカれた野郎だ。それに、俺の席を迷惑だと?


[早く戻ってこいセルゲイよ、お前さんの席を温めておいてやろう]


「…………」


[レドモンと代わってくれ、お前さんとでは話しにならん]


 感情に任せて端末を床に叩きつけようと腕を上げたのと、多目的ホールの中にまで外から発砲音が聞こえたのが同時だった。



77.c



「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…何か」


「…イエンさんの子供ですか?」


「…………」


 ミトン〜!何で?!何で今日はそんなに活発に動くのぉ!よくもまぁそんな失礼な質問ができたなと感心したけど私も気になっていたので有難い。


「…違う、子ではない」


「…まぶだち?」


「ま、まぶ、だち?とは、何だ」


「…マジの友達」


「?」


「あ、あー、その、イエンさんの味方、何ですよね?」


「無論だとも、我らは特別師団の先兵だ」


 会話が進まないと判断した私はミトンの代わりに質問した、その「とくべつしだん」とは一体何のか、それについても聞いてみると、


「我らが神と崇めるお方に仕えている、という意味だ、その名を頂戴し名乗りとして使っているのだ」


 「ま、一度も会ったことはないのだがな」と締め括ったこの人を本当に信用してもいいのだろうか...

 どうやって駆けつけてくれたのか全く分からないけれど、とくべつしだんと名乗ったこの人達に囲まれながらモールの電算室を探していた。イエンさんは何人か引き連れて別の所を探しており、私とミトンは一緒になってモール内を探索していた。

 ミトンにひたすら見つめられて観念したとくべつしだんの人にもう一度だけ質問した。


「その、名前を頂戴したっていうのは…何というお名前の方何ですか?」


「アンドルフ様だ」


「「?」」


 私とミトンが同時に首を傾げた、今仕方会ったことがないって言っていたのに?


「…会ったことがないんですよね」


「我は会ったことがない」


「あぁ、イエンさんは会ったことがあるってことですか?」


「……何の話しをしているのだ?」


「…あぁもう結構です、探しましょう」


 半目になったミトンが面倒臭そうに手を振って話しを切り上げた、「聞いてきたのはそちらが先…」と恨めしそうに見ているが確かに面倒臭い、こちらの質問に答えてくれないどころか食い違いが明らかに起こっている。けれど、それを訂正するのも手間がかかりそうだし何より私達は何も知らないのだ。

 二階のフロアに上がり、埃っぽい通路を皆んなで歩く。手にした銃がガチャリと当たる音や足音などが反響して、こんな堂々として怒られないかなと心配になってしまった。


「…いや、そもそもだよ、モールの電算室ってモールにあったっけ」


 私とミトンを守るように歩いてくれていたとくべつしだんの人達も、そして私も足を止めた。言った本人だけ不思議そうにきょとんとしている、勿論指摘した内容もそうだが今日のミトンは何と前向き発言の多いことか、だから足を止めた。


「…私、何か変なこと言った?」


(本当にミトン?まるで別人みたい…)


「良いかミトンよ、ここにないとすれば目指している場所はどこにあるのだ?」


 その言葉に私もミトンも周囲をぐるりと見回した。今歩いているフロアには、商品が何も置かれていない寂しい店舗が並び、その向かいにはまるでマンションの一室のように店舗が縦にも横にも並んでいた。昔、ここが賑わっていた時代であればきっとあそこの店舗巡りも楽しいだろうなと場違いな感想を抱きながら、とくべつしだんの人に答えた。


「外、ではないかと…」


「外?つまりは敷地の外にあると?」


「…骨折り損のくたびれ儲け…」


「しばし待たれよ、本体と話しを付けてくる」


「本体って何ですか?」

「本体って何ですか?」


 本体って何?ミトンと声を合わせて聞いてみても答えてくれない。天井を見上げて何やら考え事をしている、そして緊張した声音で周りにいたしだんの人達に素早く指示を出した。


「散開せよ」


「?」


「あの、何か…」


「敵だ」

 


✳︎



「おい、あいついくら何でも可哀想じゃないか、何だってあんな所に…」


「分かりません…」


 夜遅くに到着したピューマの寝床、言わんや公民館なる建物の中ではあまりよろしくない状況になっていた。私から逃げたり懐いたり、忙しくしていたあのライオンが見るからに仲間外れにされていた。広い室内で奴が一人だけ部屋の隅で横になり、他のピューマ達は固まって眠りに付いていた。


「ピューマ達にも、その、好き嫌いとかがあるのでしょうか…」


「…みたいだな、私達の言葉が喋れなくても理解はしていたし…何かあったのか?」


 あったのかではなくあったんだろう、確かにこいつを見かけた時は一人っきりだったし、ティアマトからピューマが逃げ出したと連絡を貰っていた。喧嘩して、居づらくなって、一人で街をぶらぶらしていたと?


(……………)


 私が室内に入ると同時に、起きていたのかピューマ達が一斉に視線を向けてきた。部屋の隅で丸まったライオンも、気付いている気配はあった、しかしあの時のように知らん顔をしていた。


「あ、アオラさん?」


 私も考えなしに足を踏み入れていた、何なら言葉が分かるリコラやリプタが来るまで何もしない方がいいのかもしれない。

 ゆっくりと屈み、ライオンの頭に手を置いた、さすがに無視できないと観念したのか薄らと目蓋を開けて私を見た。そしてゆっくりと口を開いた。


「逃げてばかりでいいのか?ライオンさんよ」


「…………」

 

 やっぱり理解しているな、少しだけ目線を下げやがった。


「お前が悪いのか?向こうで固まっている奴らが悪いのか?どっちなんだ」


「……………」


「…あ、アオラさん、皆んな起きてしまいますよ…」


「お前、喧嘩したから街をウロウロしていたんだろ?仲直りのやり方も知らないから一人でいたんじゃないのか」


「……………gll」


 答えた、小さく声を出してくれた。


(よぉし…)


「それならお前に良い事を教えてやる、聞きたいか?このまま一人ぼっちがいいのか?」


「………………」


 今度は声も出さずにゆっくりと起き上がり、私と目線を合わせた。それにしてもさっきとはえらい違いだな、全く頭を寄せてこない。まぁいい、こっちの方がやりやすい、悪く思うな。


「…お前だけ特別だぞ、こっちに耳を向けろ、周りの奴らに聞かれるなんて勿体ない…」


「あ、アオラさん?調査の方は…」


 言われた通りに、立髪に埋まった耳を向けた。そして、私は大きく息を吸い込んだ。



✳︎



「わぁああああっ!!どうだぁっ!!よく聞こえているかぁっ!!ハッキング野郎ぉっ!!」


「?!」

「?!」

「?!」


 とくべつしだんの人に言われた通り、吹き抜けエリアの端っこで待機していると、突然人の声が響き渡った。何もない、廃墟のようなモールの中では良く響く、けれどその代わり発生源がまるで分からない。


「こ、これは?」


「…さっきの仮想パレード?」


「ハッキング野郎とは何だ?」


 皆んな疑問を口々に発しているが、人の声だよね?しだんの人が、汚れている地面も厭わず耳を押し付けている。


「…下だ、下から上がってくるぞ、足音は複数…」


「か、囲まれてる?!」


「さっきの人達は?」


「すぐに引き返すのは無理だ」


 天井ガラスから見えていた敵の索敵のため、さらに階上へと向かわせたのが裏目に出てしまった。下からも来ているということは、ビーストが大挙して押し寄せている証拠だった。

 そしてもう一度、今度は反響せずはっきりと聞こえた。


「いいかぁ!!どんな小細工しているか知らんがなぁ!!うちらのスイちゃんがそんなんで手籠にされると思うなぁ!!」


「もしかして…この声、助けに来てくれたんじゃ…」


「な訳あるかぁ!逃げろぉ!」


 エリアの端にいたおかげで、階段を上り切って休むことなく押し寄せてきた敵から、反対側通路へ楽に逃げ仰せた。人ではない、アマンナに片手で握り潰されてしまった八本足の大群が目の前にまで迫ってきていた。そしてまた、女性の声が背後から響き渡った。


「スイちゃん!聞こえているだろぉ!そんな奴に負けるなぁああ」


 すい、ちゃん?何故あのビーストは人の言葉を喋っているのか、前にお姉ちゃん達が戦った「ザコビー」と同じ種類なのか、全く分からない、分からないが私達を追いかけているのは確かだった。

 少し後ろを走っているしだんの人が上向き、怒鳴るように指示を出した。


「撃てぇ!遠慮はするなぁ!」


 いつの間に展開していたのか、他のしだんの人達がさらに上のフロアから槍を突き出し後ろにいる敵を目掛けて構えていた。投擲でもするのかと見ていると、槍なのにマズルフラッシュが発生して甲高い発砲音が鳴り響いた。


「仕込み銃!男の浪漫!」


「ミトン!ミトンは女の子でしょ!」


 急な攻撃に二の足を踏んだ敵を引き離し、マンションのように並んだ店舗前にまでやって来た。


「またあの時のように何か細工でもしているのか!」


「細工って?!何ですか?!」


 荒い息を整えて未だに慣れないアサルト・ライフルの安全装置を解除し、銃口を敵に向けた。まさか、あれが人だったりしないよね?と確認の意味を込めてしだんの人に聞いた。


「我らが守護している場所にも、同様に人の言葉を話す異形の化け物と対峙したことがあったのだ!」


「人ではないんですよね?!」


「あぁそうだ!敵であることには変わりない!」


 一番手前にいた敵の足から順に撃っていった、あれだけ足があるんだ、狙いもきちんと付けなくていい。被弾した敵から火花を散らし自重を支え切れなくなったように折れて地面に伏していく。動けなくなった味方にぶつかりさらに後ろにいた敵が詰まって渋滞を起こした。


「頭が良いな!その調子で足止めをしてくれ!」


「はい!」


 調子付いたかと思えば、敵から聞こえてきた声にトリガーを引いていた指が止まってしまった。


「いた、いたた!やめろこら!直接攻撃は、やめろって馬鹿!!」



✳︎



「何やってるんですか?そりゃピューマだって怒りますよ」


「いだだだ!テッド!お前も見ていないで止めろ!何なんだこいつらさっきまで遠巻きにしていたくせに!」


 何やってるの?どうしてアオラさんはライオンに向かって大声で話し続けていたんだ?頭を掴まれ逃げ場を失ったライオンが可哀想だ、それを少し離れた位置から見ていた他のピューマ達もさすがに怒ったのか、アオラさんに突撃を繰り返しライオンを引き離そうとしていた。僕も何故そんな事をしたのかまるで分からないので助けに入ることができない。

 他のピューマ達から足踏みされ、耳を噛まれ、お腹に頭突きを食らいながらもまだ話し続けていた。


「テンペスト・ガイア!お前の目論みが何のか知らんが!いだだっ!こんなこすっからい真似してないで直接来いよ!てめぇがやってることはこっちにも筒抜けなんだよ!いだぁ!やり過ぎだぞお前ら!」


「はぁ?テンペスト…ガイアさんって…」


 確か、前にもグガランナさんマテリアルに攻撃を仕掛けた人、だったはず。あの伝説の夜がフラッシュバックしたがそれどころではなかった。


「テッド!見ていないで助けてくれ!」


「あ、あぁ、はい!」


 何か理由があってライオンに叫び続けていたのは分かったけど、未だちんぷんかんぷんだ、言われたままに猛り狂うピューマ達を一体ずつアオラさんから離していく。


「ほら!落ち着いて!」


 僕が仲裁に入り分が悪くなったと判断したのか、アオラさんへの攻撃も止めてライオンを守るように遠ざかっていった。最初はライオンを遠巻きにして離れていたのに、今度は僕達から離れるようにして部屋の隅へと移動していく。


「…何なんだお前らぁ、そいつのこと嫌ってんじゃないのかぁ?」


「いえそれよりも、さっきのは何だったんですか?」


 固いカーペットに胡座をかいているアオラさんがこちらに振り向きニヤッと笑ってみせた。


「スイちゃんを助けるための逆探知だよ」



77.d



 何故この俺が!人間共に混じって銃を握らねばならない!それに不快な声を撒き散らしているあの敵は!貫通トンネルで撃破したあの大型の子供であろう!


「構え!構え構え!何としてでもここで食い止めろ!」


 八本足の銀色をしたノヴァグが我先に通路に押し掛け、醜い壁を作っていた。味方にぶつかる度に金属がひしゃげる音を立てて、自身の体が損壊するのも構わずホールに立て篭もっている俺達を八つ裂きにしようとしていた。既に何人かは餌食になり、模様が刺繍された絨毯には死体と赤い血溜まりを作っていた。手にしたアサルト・ライフルはセルゲイに持たされた物だ、「これも何かの縁だ」と権威が失墜した男にしては凄みのある声を出して、有無言わせぬ圧力を感じて受け取ってしまった。

 空になった弾倉を入れ替えている間、子機のヴィザールから通信が入った。


[お父上!何をされているのですか!あなた様がそこで戦う理由がありますか!]


[ほざけ!それよりエレベーターシャフトに赴いてこいつらの侵入経路を経つんだ!]


[しかし!]


 入れ替えた同時に壁を抜け出した一体が俺の方へ近付いてきた、奴らからしてみればマキナも人も同じ攻撃対象のようらしい、俺に目を付けたことを後悔させてやろうと照準を素早く合わせ、トリガーを引き絞った。


「ヴィヴィヴェェエっ」


「とっと失せろ!」


 およそ生き物らしからぬ叫びを上げ、血液ではなく火花を散らしながら稼働を停止した。しかし、後ろに控えている別個体が味方の骸を踏み越えさらに押し寄せてくる。


「貴様!このままでは埒が明かんぞ!セルゲイの奴は何処へ行った!」


「知るわけないでしょいつものことだ!」


 前線に立たない?それでよく「総司令」の肩書きを維持することができたな。部下に戦場を任せ本人は後方に控えるなど、それでは得られる信も得られるはずがないというものだ。


[ヴィザール!早くしろ!]


 返事がなくなった子機に対してもう一度指示を出すと、何を考えているのか分からない男から言葉が返ってきた。


[随分と面白そうなことをしているじゃないか、えぇ?兄弟]


[ディアボロスか!今の今まで何処に行っていた!]


 第十九区で気になることがあると連絡をもらってから一向に足取りが掴めなかったディアボロスから、ようやく返事がきた。


[色々とあったんだが…お前も同じのようだな、何故そこで、人間と一緒になって銃を握っているんだ?]


[管理するためだ!]


[…………]


[これ以上の調整の必要はない!人類を統括している人間と話しを付けるためにここにいる!邪魔をされているがな!]


[正気か?]


[今まで正気の沙汰で事を為したことがあったのか?!]


 俺なり考え至った結論の一つだ、攻撃しても数を減らしても人間共はさらに徒党を組み力を蓄え反撃してくる。ならば、こちら側から歩み寄りその牙を「管理」するというやり方に切り替えたのだ。


[貴様が上層の街に入ってから考えが変わったのは知っている!そしてそれを口にしないのも理解している!ならば俺に出来ることは別の道から貴様を支援することだ!]


[あぁ…兄弟…]


 初めてこの男が感嘆の声を漏らした、感動しているのか嘆いているのかは知らんが。確かめようにも敵が次から次へと押し寄せてくるのでその(いとま)もない。

 建物の入り口で爆発が起こった、敵の仕業かと思ったが違うらしい。奴らも突然の事に動揺している素振りを見せ、阿呆にもこちらに背中を向けた一体を仕留めた。そして、


「こんな楽しい場所に招待してくれないなんて、私の存在意義がまるでないわね」


(この声は!!)

 

 ちらりと見えた入り口にはあの女が優雅に立っていた、手にはグレネードを持ちもう片方の手にはあの日見たアサルト・ライフル、俺との戦闘で傷が入ったままになっていた。


(サニアっ!!)


 金虫、行幸、孤軍奮闘していた甲斐があったというもの。奴の登場に他の兵士らの士気が格段に上がった。

 開けたスペースに、生身でありながら身を躍らせた。近くにいる敵から順に足を撃ち動きを封じ、胴体と頭部の隙間に銃口を無理やり入れて跳弾も厭わず零距離射撃で敵を屠っていく。周りにいた個体から鋭い足で攻撃されているが意に介さず、カウンターで八個あるカメラを破壊している。


(奴は人間なのか?!)


 マキナである俺ですらあの動きは出来ない、死をも恐れぬあの動きは死神のようだ。踊るように敵を倒し、金虫がこちらに合流した。俺とすれ違い様に視線を寄越し目を見開いた。


「…………」


「…………」


 このマテリアルは初見のはずだ、素性が割れたとは思えない、思えないがあの確信に満ちた目を見ると隠し通せたのかまるで自信が持てない。


(潮時か…目的を見誤りそうだ…)


 壊滅だった。俺を含めた兵士が束になって戦っても押し寄せてくる敵を処理出来なかったのに、この女はたった一人でそれを壊滅してみせた。その顔には愉悦、満足、快感、およそネガティブな表情は一切見られない、今すぐにでもあの日の雪辱を晴らそうと足が動きそうになったが、何とか堪え金虫が開けた道を一人引き返した。



✳︎



「アマンナぁ!あれ何ぃ!」


「喋らないでくださいよ!舌を噛みます!」


 エレベーターシャフトから、大きな()が列をなして中層にある街へ伸びていた。イエンさんを乗せて中層へ突入した時に見たあの()は水滴などではなかった、下層から中層へ抜けるトンネルの中で遭遇した銀色のクモガエルの群れだったのだ。


(不味い不味い!こんな大群見たこない!)


 あの時、わたしが食べ物に頭を取られずきちんと確認していれば...そう、自分を責めるが後悔の念は全く消えてはくれなかった。

 人型機に乗せたアリンさんは黙り、アシュさんはしきりに初めて見る空からの景色を堪能していた。二人を乗せた後モールへ向かう途中にクモガエルの大群を見つけてしまったのだ。


「座ってください!」


「どこ?!どこに座ればいいの?!」


「目の前にシートがあるでしょう!レバーには触らないでください!」


「いやちょっとアマンナ!色々説明してほしいんだけど!何でアマンナがいないのに声がするの?!それとシートってどう見ても一人分なんだけど!」


「膝に乗せて座ればいいでしょう!わたしは人型機の中に入っているので問題ありません!」


「説明になってないからぁ!!」


 アヤメとの思い出が詰まったマテリアルから人型機にエモート・コアを載せ替えていた。速度を落として街へ行進しているクモガエルをやっつけるため、無理な姿勢から高度を落とした、コンソールからストール警報が鳴り慌てたアシュさんが先に座って目の焦点が合っていないアリンさんの手を引いて膝に乗せた。それを見計らい、少し窮屈になるだろうけどベルトで締めてあげた。

 ぼけっーとしていたアリンさんが、アシュさんの膝に乗った途端、急に動き出したので慌ててしまった。


「いやぁいやぁ!お、降ろしてアマンナぁ!」


「こんな所で降ろせるわけないでしょ!アシュさん押さえつけてください!」


 言われたアシュさんが「えー!まだフラグイベント続いてたの?!フラットな関係が良かった!」などと供述しながらアリンさんを抱きしめて大人しくさせた。

 未だ濡れている森の中をクモガエルが我先にと走っている、何かに急き立てられるようにしてわたしに注意を払っている様子はない。それならと、テッドとお揃いの両肩にマウントしているレールガンのレティクルを地面に向けて撃ち続けた。青白い光と共に電気をまとった弾丸が行進をしている群れのど真ん中で炸裂した。土煙を上げて敵が吹っ飛び、屹立していた樹をもなぎ倒し進行をいくらか食い止められたが後続からお構いなしに押し寄せてくる。


「アマンナ!これキリなくない?!」


「あーあーあーあーどうすれば!街にはまだたくさんの人がいるんですよね?!」


「そう!私らもあの一体と戦った!多分群れからはぐれた一体だと思うよ!」


「それ、もう街に侵入してるってことじゃないですか!」


 わたしがレールガンを撃ち込んだ辺りを迂回し、敵が街へと突き進んでいく。これは一体何だ?誰がやったんだ?まさかオーディンがあの街にいたことと関係しているのか?

 打つ手がまるで思い付かず、それでもレールガンを撃っているとわたしの機体に通信が入った。


[そんな所で戦っていても事態は解決しませんよ、赤いの]


[この声…あの時の!]


[……その声はまさか…君がパイロットだと?]


 通信の相手は、わたしとテッドがエレベーターシャフトの機械室で出会ったあの男だった。今でもよく覚えている、ディアボロス一味だ!


[おい!お前らの仕業なら今すぐやめさせろ!こんなことしてまで資源を守りたいのか!]


[何とドスの利いた声で…僕達ではない!オーディン様から対処しろと命を受けてやって来たに過ぎん!]


 つい、ナツメやアオラの口真似をしてしまったけど、何と言いやすいことか。

後方から現れた人型機は、あの日第十九区で束の間敵対したものだった。しかし、カラーリングを変えたのか、輝くような銀色から今はブルーとイエローのツートンカラーになっていた。


[何その色!悪趣味!]


[お父上のセンスを愚弄をするなぁ!この場で斬るぞ赤いの!]


「わ!アマンナ!新しいのが来たよ!あれも味方なの?!」


 事情を知らないアシュさんが...誰だあいつ、そういえば名前知らないな...悪趣味ツートンカラーを見て歓声を上げた、しかし味方とは言い切れない。


[良いか赤いの!ここは捨て置いて侵入経路を断つぞ!]


[はぁ?!これ逃したら街がひとたまりもないだろ!]


[僕達二人で何が出来る!このままでは敵の侵入を許すだけだ!]


[そう言って!本当はまた調整がしたいだけなんじゃないの!]


 レールガンの砲身がオーバーヒートしてしまいトリガーにロックがかかってしまった。こうなりゃ捨て鉢で特攻するしかないかと頭を悩ませていると、悩みを吹き飛ばされる程に怒鳴られてしまった。


[皆が皆人間を憎んでいると思うなぁ!!僕だってあのやり方に納得している訳ではなぁい!!]


[っ?!]


[行け!そこまで言うなら僕があの街に住む人間達の盾になろう!君はエレベーターシャフトに行って侵入経路を断て!]


 向こうも人型機に換装しているのかはたまたマテリアルなのか、飛行姿勢から一気に地上へ降下して、さらに人型から獣型、と言えばいいのか四足歩行に切り替わっていた。


「やっば!あれめちゃくちゃかっこいい!」


 高い所でも平気なのか、アシュさんがまた歓声を上げて、きっと高い所が苦手なアリンさんは抱きついたまま一言も発しようとしない。

 四足歩行に切り替わった人型機が、クモガエルの速さなど目ではないスピードで駆け抜けて先頭集団に躍りかかった。わたしのレールガンと同じように青白く発光している牙で敵を噛み、電気の火花が散っている爪で引き裂いていく。まさに()()無尽、あのイエローは百獣の王を示す立髪を表していたのだ。じゃあ青色は何だ、茶色じゃないのか。


「アシュさん!このまましばらく飛びますよ!いいですか?!」


「いいに決まってんでしょ!私らに構うなぁ!」


「構えぇ!もう無理ぃ!降ろしてぇ!!」


 最後の雄叫びを上げたアリンさんはそれっきり黙ったままだった。



✳︎



[ビンゴだティアマト、これら一連の騒動の元はやはりテンペスト・ガイアだ]


「そんなことは分かっているわ!付いた枝より火を探しなさい!」


 お風呂でこれでもかと丹念に体を洗い、二度洗い、三度洗ってようやく上がって身支度を整えて、あの不良娘を探しに行こうとした矢先にようやくイエンから報告がきた。これが最後の一仕事と決めて、もう一度ブリッジのコンソール前に座った。


[お前が細工したという仮想パレードのデータだが、すぐに弄られていた痕跡があった、名前はテンペスト・ガイア、そこからさらにラインが伸びて下層と中層の間にも接続されている]


「は?それは、どういう…いえ、一体何に?」


 返ってきたイエンの返事に鳥肌が立った。


[ノヴァグ、と名前が付いているな、スイのデータを起点にして無数に…いや、全てに繋がっている…]


 あの女は...これが目的でスイに自我を与えたというのか...何故、スイであったのか、疑問は残るがようやくテンペスト・ガイアの尻尾を掴んだ思いがした。

 

[……これは?………おいティアマト、ノヴァグと呼ばれるのは何だ?これらもピューマと似た生き物なのか?]


 さらに鳥肌が立った、イエンの言葉にようやく全てが一本の線として繋がった。


「……いいえ違うわ、それは明らかな敵よ」


 余韻を抑えつつ答えた、まさかこんなタイミングで生まれた理由を知るだなんて思いもしなかった。

 アオラに叫ばせたのは単なる嫌がらせ、とまではいかないがライオン型のピューマがどこまでハッキングを受けていたのか調べる必要があったのだ、結果は両方、映像も音声もあのモニターから流れていた。

 そして、イエンの叫びで現実に引き戻された。


[このままでは不味い!そのノヴァグが上層と中層に押し寄せているぞティアマト!]

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