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第七十三話 分解能力

73.a



 私の手には温かい、さっきまでアマンナが握りしめていた端末がある。そして今は細かく振動して着信を知らせてくれていた、相手は昔お世話になっていたファラからだった。


「ファラ?どうかしたの?」


[どうかしたのとはまた随分な挨拶ね、便りの一つも寄越さないやんちゃな娘っ子にわざわざ電話をしているというのに]


「はいはい、それで何?」


 「あのアヤメが電話してる!」と囃し立てたアマンナの鼻を掴んで引っ張り上げた。


[ナツメがこっちに来ているから、あなたもどうかと思って電話したのよ、今誰かと一緒なの?まさかボーイフレンド?]


「言い方古くない?今時ボーイフレンドなんて言わないよ」


 すると、リビングでテレビゲームをしていた皆んなが「えっ?!」と声を上げたのでそそくさと廊下に出た、喋り難いったらない。私の隣に座ってゲームを眺めていたアマンナもちょこちょこと付いて来た。


[それよりも、たまにはアヤメも顔を出して、ナツメなんかちっとも口の悪さが直っていないじゃない、昔はあんなにお淑やかな子供だったのに]


「きっと化けの皮でも被っていたんでしょ、ファラは今も第十六区なの?」


 昔、私達が住んでいた木造の孤児院がある場所だ。第一区から近いくせして高速道路が通っていない何とも不便な場所にあった。その代わり、と言うのは変だが使っていた部屋から第一区の高層ビルが見えていたのだ。ファラと話しをして段々と思い出してきた。


[いいえ、今は第二区にあるデザイナーズ孤児院にいるわ、あなたも遊びに来なさい]


「何それ初めて聞いた」


[…ここを斡旋してくれた人がいたけど、アヤメ達に紹介できなくて残念だわ、とても意地っ張りで優しい人だったのよ]


「そっか…」


 前回の襲撃で...私よりきっとファラの方が心を痛めているはずだ。その時私達はメインシャフトに降りていたので、どうすることも出来なかったが、やはり私も心が痛んだ。身近に親しい人を亡くしてしまった人がいると思うと他人事ではいられない。


[とにかく、アヤメ、あなたもアオラを連れて二区まで来なさい、いいわね?それと恋人がいるならきちんと紹介しなさい]


「だからいないって言ってんじゃんか」


 何気なくアマンナを見やると手持ち無沙汰のように足をぶらぶらとさせていた。私も話す以外とくにやることもなかったので、アマンナのつむじを指でくるくるさせて髪の毛を巻き込んで遊び始めた。


[はいはい、それと私院長になりましたから、きちんと敬語を使うように]


「えぇめんどくさ…タメ口だったら行ってもいいよ」


 その後、二言三言話して電話を切った。

こうして急遽、二区へ遊びに行くことが決まったので、ファラを驚かせてやろうと皆んなも連れて行くことにした。



 その前にアオラだ、ティアマトさんの話しではグガランナ・マテリアルを修理した後逃げるように整備舎に行ったっきり帰ってこないらしい。理由は何となく分かる、きっと疲れが出てしまったのだろう。そもそもアオラは誰かと一緒に長く居続けられるような人ではない、人嫌いではないがとにかくあちこちへ足を向けたがるのだ。

 そんなアオラを労ってやろうと皆んなで買い出しをしてから、整備舎にあるアオラの私室(整備長室)の扉を遠慮なく開けると半裸の女性がソファに眠りこけていた。


「………」

「何やってんのアヤメ、何で入らないの?」

「あれ、あの人もピューマかな?」

「ほらぁ!やっぱり服は着ないんだって!」

「いや、そうじゃないと思うけど…」

「こら!お兄ちゃんは中に入ったらダメでしょ!」

「大丈夫ですよお姉様、テッドさんは女性の裸を見ても何とも思わないらしいので」


 ぞろぞろと入ってきた私達ご一向の騒ぎで女性が目を覚まし、飛び跳ねるように起き出した。


「あ、アオラ!アオラ!」


 そのまま奥へと逃げていった、そして私も奥へと向かう。


「行っちゃうんですかアヤメさん?!」


「テッドさんは皆んなを連れて駐車場に向かっててください、私はアオラを連れてきますので」


 きちんと私が来たことを知らせるために、わざとらしくブーツで床を踏み叩くようにして歩く。今し方閉められた扉を勢いよく開け放ち、中で固まっていたアオラに向かって叫んだ。


「アオラ!私に似た人ばっかり連れ込むのはやめてって言ってるでしょ!そんなに金髪がいいなら自分の髪を染めろ!」


 何故だか分からない、どうして私と同じ金髪の人ばかり手を出すのか。知らない女性が見る間に顔を赤く染め、アオラの頬を一度叩いてから再び部屋から出ていった。



✳︎



「アオラが悪いんだよ、皆んな心配してたのに」


「誰も頼んでいない」


 アオラの奴、すっかりご機嫌斜めだ。


「アオラはあそこで何をしてたの?」


「………」


 苛立たしく溜息をついただけで何も答えようとはしない。助手席に座ったアオラはずっと窓の外に視線を向けている。


「フィリアちゃん、また後で勉強だね」


「え?勉強しないといけないことなの?」


「あー…二区方面へはこの通りでいいんですよね?アオラさん」


「あぁ」


 高くそびえるビルの足元を抜けるようにしてテッドが運転していた、車内にはご機嫌斜めのアオラと私、それからフィリアちゃんの四人だった。あまり人の機嫌は気にならないのかフィリアちゃんが再びアオラに声をかけていた。


「そう言えばアヤメが私に似たとか言ってたけど、あれはどういう意味なの?」


 止めておけば良かったと今さらになって後悔した、ずっと外を見ていたアオラが形相を変えて向き直り怒鳴りつけてきた。


「黙れって言ってんだよ!こちとらガキのお守りをするためにここにいるんじゃない!」


「それじゃあ何のためにいるの?」


「?!」

「?!」


 聞く?!こんなに怒ってる人に向かってそんな質問しちゃうの?!


(あ〜マズったぁ〜…この組み合わせならアオラを刺激しないで済むと思ったのにぃ〜…)


 アヤメには「平常運転」と言い聞かせてスイちゃん達と一緒に行ってもらっている、リコラちゃんやリプタちゃんはあの性格なので絶対喧嘩になるし、アヤメは怒らせた張本人なので論外、だと思ったんだけどまさかのフィリアちゃんが気遣いできないなんて、一番大人びているから大丈夫だと思ったんだけど...聞かれたアオラのボルテージがどんどん下がっていく、これはあれだな。


「テッド、降ろしてくれ、付き合い切れない」


「いやあの、もうインターに入ってしまいましたけど…」


「なら次のサービスエリアで降ろせ」


 やっぱり...ちらりとフィリアちゃんを見るとまるで気にしていないようだ。さらに止めるのが遅れて続きを喋らせてしまった。


「アオラは誰かに邪魔されるのが嫌いなの?それならそうと言わないと誰も分かんないよ」


「フィリアちゃん!」


「だってアオラがずっと拗ねてるから」


「え?拗ねてる?……じゃなくて怒ってるんだよ……」


 小声で教えてあげるが、わたしもおや?と思った。結局同じことなのでは?


「あー…その、アオラさん?」


「口を閉じろ、それとフィリア、次余計なことを言ったらただじゃおかないからな、覚悟しろ」


「え、私って無料なの?できれば有料の方がいいんだけど…」


 もう後はアオラからフィリアちゃんを守るのに必死だった。「そっちのタダじゃない!」と怒鳴りながらフィリアちゃんに掴みかかろうとしていたのだ車の中なのに。高速道路は一定以上のスピードを出さないといけないため、テッドもさぞかし冷や冷やしたことだろう。街中の高速道路から第二区へと分岐するジャンクションまで車内は騒然としていた。



「はぁ」


「お疲れテッド、後でナツメに慰めてもらうといいよ」


「そうするよ…アオラさんってほんと気分屋なんだね…」


「アオラぁーどこ行くのぉーそっちじゃないよぉー」


 到着した第二区は何というか小ぢんまりとした所だった。アヤメが住んでいる区画ぐらいしかないのでは?と思えるほどだ。区の中心で待ち合わせをするみたいなので、やたらと長いバスがたくさん集まっている場所に停車した途端、アオラが一人で街へ歩いて行こうとしていた。それを見かけたフィリアちゃんがさっきの騒動をまるで気にしない風に声をかけていた。声をかけられたアオラは中指を立てただけですたすたと去っていった。


「アマンナ、あれどういう意味?」


「…また後で教えるよ」


「そればっかり」


 すこし離れた位置に停車した車からアヤメが降りてきた、すぐにアオラの姿に気づき顔をしかめてみせた。


「まぁた…」


「どうするの?」


 ポケットから端末を取り出しながら、


「放っておけばいいよ、そのうち帰ってくるだろうから」


 そ、そんな扱いでいいのだろうか...

取り出した端末で到着した旨を伝えているのだろう、電話をしながら辺りをきょろきょろとしている。そしてすぐにお目当ての人を見つけたようだ、端末を持って耳に当てていた手を上げた。つられてわたしもそっちを見やると、少し前に人型機に乗せてあげた面々がこっちに向かって歩いてきているところだった。


「あれ?!もしかしてアマンナ?!」


「やっほー」


 わたしの名前を口々に言いながら...だ、誰だっけ、あー


「アネカとルカリだよね!」


「名前間違えてるよー!私はルリカ!あっちはアカネ!」


「あ」

「あ」


 アネカじゃなかった、アカネがスイちゃんと顔を合わせて間抜けに口を開けている。知り合いだった?


「何々、皆んな知り合いなの?」


 アヤメが近寄りながら声をかけている、それに答えようとしたスイちゃんの肩にアカネがぐるりと腕を回して体を引き寄せた。


「アカネ?どうかしたの?」


「な、何でもない!」


 ごにょごにょと何やら打ち合わせをしているようだ。


「二人がルリカちゃんとアカネちゃんだよね、ファラはどこにいるの?」


「皆んなのためにお菓子を買いに行ってるのですぐに来ると思いますよ、アヤメさんですよね?ファラがお人形みたいながいけんには気をつけろって言ってましたけど…」


「やだぁなぁもう、普通だって、よろしくねルリカちゃん」


「はい!アカネ!何を喋ってるの?」


 まだごにょごにょやっている。ルリカはどこかスイちゃんと似ているししっかりしているなぁ。アカネとスイちゃんは肩を寄せ合ってちらちらとこっちと見ながら話しをしていた。

 そして、車を停車している所から少し離れた位置にあったお店の中から、ぶわぁと髪の毛をなびかせながら走ってくる女性を見かけた。両手に袋を下げて突撃してくる様はまるで人型機のようだ。


「アヤメ、人型機みたいな人が走ってくるよ?」


 わたしの言われた通りに、リコラちゃん達を紹介していた手を止めて見やりすぐに吹き出したではないか、何が面白いのか。


「あはははっ、いいね人型機っ、確かにファラは人型機に似てるよっ」


 珍しいな、アヤメが声を上げて笑うなんて、そんなに面白かった?

人型機、ではなくファラ...ファラ?もしかして選ばれし四人のうちのあの人のことか...とにかくファラという女性が、わたし達のところに到着するなり紙袋を持った手をそのままにしてアヤメに抱きついた。


「突撃されたぁ」


「誰がよ!人を戦車みたいな言い方しないでちょうだい!それよりほら!これはお土産よ、後で皆んなで食べましょう!」

 

「それお土産って言わないから」


「つべこべ言わない!ルリカ、これ持ってもらえる?」


「あ、あぁうん」


「アカネ!あなたもいつまでもお喋りしていないでルリカを手伝いなさい!」


「わ、わかった」


「まぁ!何て可愛らしい子供達なの、その耳はアクセサリーか何か?お名前は?」


「り、リコラ…」

「り、リプタ…」

「フィリアです…」


「まぁまぁ!アヤメあなた卑怯じゃないかしら!こんなに可愛いらしい子供達を独り占めしていただなんて!」


「可愛いからって燃料の足しにしたら駄目だよ」


「何ですって?!人を戦車みたいに言うのはやめなさい!私はファラよ、よろしくね!」


 な、何というか...動きが激しい人だな...表情はころころと変わるし動じていないのはアヤメだけだ。というかこの人、あの日五人を送った先で出迎えていた人だな。


「さぁ、自己紹介も終わったことだし早速行きましょうか!」


 ほんと何というか...



「ボリューミーな人だろ、ファラって」


「そうそれ」


 目的地の孤児院は想像していたよりとても綺麗な建物だった。ぽつぽつと家が建ち並ぶ通りの端っこにあるこの孤児院は三階建てのでざいなーず孤児院らしい。いやというかここも来たことあるな、最近もの忘れが激しい。

 孤児院の中に入り、一階のダイニングでファラが買ってきたお菓子を皆んなでもそもそと食べているところだった。わたしの近くにはエフォルがいてファラについて話しをしていた。


「ねぇ、エフォルって最近会ったよね?」


「は?そんな訳ないだろ」


「………ばる、」


 体を寄せて耳打ちしようとしたらすごい勢いのルリカに止められてしまった。


「何やってるの!」


「ナンパ」


「何やってるのぉ!!アマンナはこっち!!」


 冗談なのに、これはあれだなきっとルリカはあれなんだな。ルリカに手を引かれて別のソファへと誘導されてしまった。すっかり仲良くなった(?)スイちゃんもアカネに取り押さえられていた。何故?


「何やってんのアカネ」


「べ、別に!」


「むぅ!むぅうっ」


「スイも後で私とお話しね!」


 知らない間に人気者になったなスイちゃん、ルリカとアカネに挟まれたスイちゃんが動きを封じられてしまっている。

 向こうがすけて見えるしゃれおつな階段からファラ、それからあー…メラメラ?おでこで髪の毛を分けた女の人と一緒になって降りてくるのが見えた。手にはお盆を持ってさらにお菓子を投入するつもりらしい。


「まぁまぁ!すっかり皆んな仲良しになって!私の居場所はあるかしら!」


「そんなこと言ってないで、お盆落とさないでね」


 後ろに立っていたメラメラ...だと思う...がやんわりと注意しながら持っていたお盆をテーブルに乗せた。その時にわたしと目が合って挨拶してくれた。


「久しぶりねアマンナ、元気にしてた?」


「あ、あぁうん、久しぶり!」


「さぁて!皆んなも集まったことだし!決起大会を始めましょうか!」


 あ、危ない...ファラが声を張り上げてくれたおかげでメラメラの前でボロを出さずに済んだ。それにしてもけっきたいかいって何?皆んなも同じことを思ったのか口をぽかんとさせていた。


「ファラ?何言ってんの?」


「だって!区長さんから預かった大事なピューマっていう…そういえばどうして君達は、その、人なの?」


「もういいから話し進めて!」


「そ、そうね、とにかく!分からないことだらけだから皆んなで仲良く結託して「それ結束だから!」頑張りましょうってことよ!」


 エフォルに突っ込まれながら何とか挨拶を終えたファラが、満足そうにソファに座った。ファラ、メラメラ、アヤメの順に座り、端っこに座っていたアヤメがファラに声をかけていた。


「それで、皆んなを集めて何をするつもりなの?」


「まぁまぁそれは本人が来てからのお楽しみよ」


「本人って誰?」


「アヤメさんはファラにお世話になっていたのですね、初めて知りました」


「うん、第十六区のボロっちい孤児院でね、私だけじゃなくてナツメやアオラもそうだったよ」


 その本人とやらが来るまでの間、アヤメとメラメラがお喋りをしていた。「名前を聞いて!」とアヤメに念じ、アカネに掴まれた右手を振り解きながら聞き耳を立てた。


「え?私達も第十六区から今の所に引越ししてきたんですよ?」


「ええ?そうなの?もしかして一緒だった?」


「そうよ、ここにいる皆んなとアヤメ達は昔同じ建物で暮らしていたのよ、グループが違うだけでね、ルメラ「そう!それ!」とアヤメは同い年のはずよ」


 つい、相の手を入れてしまったわたしに二人が視線をやって、再び会話を始めた。


「…え、まったく覚えていないんだけど」


「私もそう…アヤメは特殊部隊で働いているんだよね?」


「うん、もう解散したみたいだからどうなるか分かんないけどね、ルメラは?」


「私はここでファラのお手伝いをすることにしたの、前に襲撃にあってしまったからもしかしたら私達みたいな子が沢山いるかもしれないと思って…本当は採用も貰ってたんだけどね」


「そっかぁ…」


「そういうあんたはこれからどうすんだよ、お得意の銃が使えなくなるんだろ?」


 エフォルの不躾な言葉に場が一瞬だけ、一人を除いて凍りついた、随分とトゲを持たせた言い方だな。その一人とはファラだった、ファラも素早く眉をしかめてエフォルに注意していた。


「エフォル、あなたは何も学んでいないみたいね、人の先を気にする前に先ずは自分を何とかなさい」


「…………」


「返事は?それともこれから一緒に墓前へ行って同じことを言う?」


「……ごめん」


「あぁいや…別に…」


 アヤメに目配せをしたが、分からないといった風に肩を竦めただけだ。アヤメ個人に恨みがあるようではなさそう...もしかして特殊部隊に?それか金髪?バカな考えをしているとさっきまで文句を言っていたエフォルが、わたし達が並んで座っている辺りを注視するように固まっているのに気づいた。


「エフォル?何で固まってんの?」

 

「え、いや…その子…」


 わたしが声をかけても視線をずらさない、エフォルが指をさした方を見やればルリカとアカネが一生懸命になってスイちゃんを隠していた。


「え、スイちゃん?」


「ぷはぁ、もう!いい加減にして!何なのさっきから!」


「ダメ!スイはダメ!」

「そう!スイはダメだから!」


「どうして!私だって挨拶したいのに!」


 さっきまでの雰囲気とは打って変わって再び騒然とした空気になった。落ち込んだように見えていたエフォルもみるみる顔色が戻っていく。

 どうやら二人はスイちゃんをエフォルから遠ざけていたようだけど...


「あー…悪いな、変なところ見せちゃって…あの時の子だよな?まふぃ……おじさんと一緒にサービスエリアにいた…」


「はい!お久しぶりです!まふぃという名前じゃなくてあの人はタイタニスという人ですよ、私はスイと言います!」


 いや違うでしょ、マフィおじさんと言いたかったわけじゃなくて単にマフィアと呼びたかっただけだろう。それに元気いっぱいに挨拶をしたスイちゃんのおかげでさらに雰囲気が和らいでいった。


「よろしくな、スイ」


「はむぅっ?!!」


「エフォル、鼻のしたが伸びてるよ」


「伸びてないだろ、ただ挨拶しただけだ」


「モテモテだねぇエフォルは」


「うるさいな…」


「ええっ?!!ナツメっ?!!」


 もうほんとこの場は混沌としているな、和んだ空気を再び壊したのはアヤメの悲鳴だった。それにナツメの名前を呼んで階段上を注視していたのでまたそっちを見やるとわたしも悲鳴を上げてしまった。


「あれ誰っ!!」


「はぁ…ナツメさん凄く綺麗ですね…」


「ふふふ、お楽しみはまだまだこれからよ、ナツメお願いしてもいい?」


「はい」


 最後に返事をしたのはあのナツメだ、全身に鳥肌が立ってしまった。もちろん感動しているわけではない、気持ちが悪いからだ。

 階段の上から現れたナツメは、スーツに身を包んだアイ...ロン?にエスコートされてゆっくりと降りてきた。そのナツメもやたらテカテカとした細いドレスを、胸元を見せつけるように着ているためいつもと雰囲気がまるで違う。


「…………」


「あれ誰?」

「ナツメ」

「はわぁ…」

「ナツメは取り押さえなくていいの?」

「エフォルが相手にされるとは思わないからいい」


 ナツメに見惚れている人やわたし達みたいに小声でお喋りをしているなか、ゆったりと降りてきたナツメがエスコートをしていたアイロンから手を離した。もう片方、後ろ手に持っていたゔぁいおりんという楽器を肩に当て、そのまま壊すのかと思いきや、当たり前のように演奏を始めてしまったではないか。


「…………」


 かく言うわたしもナツメに見惚れてしまった、これは一生の不覚だが仕方がない。いつものような粗暴な雰囲気もなく、薄く化粧までしているではないか!長いまつ毛が伏せられ微笑むような表情で、それこそ踊るようにゔぁいおりんを演奏していた。

 曲がひと段落したのか、腕をゆっくりと下ろして小さくお辞儀をした。スタンディングオベーションイズテッドで一人だけ立って盛大な拍手を送っていた。


「さいっこうでしたぁ!ナツメさぁん!」


「ありがとう」


 ナツメのお礼の言葉に、わたしとアヤメが揃ってにの腕辺りをさすり始めた。


「あ、あーナツメ?いつまでその口調が続くの?確かに演奏は凄く良かったけど…」


「また、アヤメはいつも変な冗談を言う」


「はいはい、照れ隠しはそこまでにして、ね?ナツメは小さな時から演奏が大好きだったのよ」


「ええ、ピアノから吹奏楽器から何でも、音色を奏でるのが好きな性分でしたから」


 今のはナツメだ。いちいち自分でも確認をしないと誰が喋ったのか分からない、それに声のトーンもわざと変えているのかいつもより少し高いような気がする。しかしそう思ったのも束の間、段々といつもの調子に戻っていた。


「だと言うのに、どこぞのやんちゃ娘のせいで今のような性格になったのも事実なんだがな」


「ナツメぇ!いつものナツメぇ!」


 やんちゃ娘ってまさか、アヤメのこと?それを聞こうと口を開きかけた時隣から誰かが倒れる音がした。え?!


「スイ?!」

「スイちゃん?!どうかしたの?!」


 アカネを挟んで隣を見やればスイちゃんが床に倒れていた、スカートもめくれあわや大惨事という一歩手前でルリカが慌てるように隠した。


「スイ!」


「そんなっ!アイエン!今すぐ救急車を呼んで!」


「あ、あぁ!」


 ゔぁいおりんも投げ捨てるようにしてナツメが駆け寄りスイちゃんをゆっくりと抱え起こした。


「おい!スイ!……スイ?」


 不審がる声音に疑問を抱き、わたしもスイちゃんの顔を覗き込むと、大きな目を開ききっているではないか、それに人工的に作られた瞳が何度も細かく動いていた。とても気を失ったようには見えない、そんなスイちゃんを孤児院にいた皆んなは遠まきに眺め、わたしはどうすればいいのかと再び()のない頭を捻らせるのであった。



73.b



「大昔に戦争があった?」


「そ、私と同じ髪の色をした人間と、元々ここに住んでいた人間同士でね」


「初耳だぞ」


「それは知らないけど、この街に住んでいる人なら誰でも知ってることだよ」


「この世界が創作である可能性は?」


「あんた面白いこと言うね、それを証明出来る手段はあんの?」


「………」


「なら、あんたがいた世界の方が作り物の可能性は?それを否定出来る?」


「………」


「あんたもマキナなら分かるだろうけど、エモートの本体はどのみちサーバーの中にしかない、それなら介入する世界が現実だろうが仮想だろうが、そこに何か違いはあんの?私はないと思うけどね」


「降参だ、まさかお前が哲学的に話しを進めるとは思わなんだ」


「だから向こうの私と一緒にすんなって」


 大量に抱えた紙袋を落とすことなく、隣を歩いていたアマンナが器用に体当たりをしてきた。おかげでこっちはせっかく苦労して購入した食べ物を落としてしまうところだった。

 アマンナに連れて行かれた場所は色々だった、食料品店から日用品を売っている場所、それから衣服を扱う店にも顔を出していた。どこからそんなに買える金があったのか、何気なく聞いてみると再び度肝を抜かれてしまった。


「私が何に見える?ただの野郎に見える?」


「お前…まさか…」


「意外と需要あんのよ」


「ただのばい……いっだっ?!」


「誰が体を売ってるって言ってんのよ!」


 喚きながらアマンナに引っ張られたビルへと戻ってくると、物々しい雰囲気を出している「野郎」が屯していた。封鎖された正面玄関の前には大型のバンまで止まっていた。


「何あれ…」


「はぁ…いい、あれは俺の客だ、これは預けるぞ」


 持てもしないのに無理やりアマンナに紙袋を押し付けて、一人颯爽とした足取りでビルへと向かった。こっちは丸腰、対抗出来る手段は何もない。バンに背中を預けるようにして煙草(初めて見た)をふかしていた男が俺に気付いた。ハンドサインを出して周りの野郎どもに知らせている、そして俺は何食わぬ顔でバンの扉を開けてそのまま車内に入ってやった。


「くっさ」


 煙草の臭いが車内に染み付いていた、いくら何でも吸いすぎではないのか。お手軽に快楽物資を体内に供給できるからといってこれでは肺がもたないだろう。間抜けに口を開けた男に向かって中指を立ててからエンジンをかけた、そこでようやく自分達が何をされているのか理解したのか、慌てて車内に入ろうとするが遅い。


「じゃあな、オーディンの犬め」


 ギアをドライブに入れて勢いよくアクセルペダルを踏んだ、タイヤが空回りした後ようやく地面をグリップしてロケットのように走り出した。サイドミラーを見やれば追いかけてくる野郎と、アマンナにのされて地面に投げ飛ばされている奴がいた。


「遅かったか…まぁいい、悪く思うな」


 最初から俺のことを監視していたのだろう、今さら取り繕う必要もなく一つ悪びれた後そのままバンを運転し続けた。



 この街は見かけ以上に広かった、幹線道路から住宅地、挙句に高速道路まで建設されていた。行く当てもなく、かと言って戻れる訳でもなく、ひたすら運転を続けてアマンナから得た知識を頭の中で整理していた。


(人間同士の戦争について、それから英語が「忌み語」として遠ざけられている理由について…)


 過去にエディスンで人間どもと交渉をしていた時も似たような話しを聞いていた。とにかく英語を使う集落の人間どもを敵視して、また集落に住んでいた連中も嫌っていたのだ。その理由が分からなかったが、アマンナの話しを聞いて合点がいった。過去に英語を扱う人間とそうではない人間との間に争いがあったのだ。


(でも何故?既にマキナによる統治は始まっていたはずだ、争いを見逃すほど間抜けだったのか?)


 まるで天につばを吐いているような気分だが生憎俺にはその時の記憶がない。記憶がないということは明らかにリブートを受けている証拠だ、つまりは一度か何度か「死んでいる」ことになっている。


(ややこしいシステムだ…何故記憶の継承が出来ない?)


 仮にだ、俺が何かしら大きな間違いを起こしてしまい、その罰としてリブートを受けるなら消すのは悪手ではないのか?繰り返させないためにも記憶の消去はすべきではないはずだ。それなのにアマンナの情報は俺の頭の中には無い、他に考え得る可能性として...


(代理戦争…つまりは他のマキナに修復不可能なほどに破壊されてしまった?)


 それならば百歩譲って理解はできる、しかし疑惑は残る、何故プログラム・ガイアは()()()()()()のか、という事だ。


(プログラム・ガイアが指示を出した……?アマンナが言いかけていた言葉を繋ぎ合わせるなら…)


 この時代の代理戦争は指示があってなされていると聞いた、それならば...まぁ、必要最低限の筋は通っている。プログラム・ガイアの指示により統治しているマキナ同士で戦争を起こし、その過程で俺が破壊されリブートを受けたというものだ。だが、まだ疑惑は残る。


「理由と目的が不明だ、何故そんな統治を行うことになったのか、何故戦争を起こす必要があったのか」


 俺が言葉を口から出した途端、走っていた高速道路から火の手が上がるのを見つけてしまった。赤く燃え上がっているのはどうやら工場地帯のようだ、何かしら不具合が起きて爆発させてしまったのかと思ったが、工場地帯だけでなく街の至る所から火の手が上がり始めた。周囲を走っていた車が徐々に停まり始め、茫然自失といった体で突如として起こった街の異変を眺めていた。


「あれは…ノヴァグか…」


 遠目からでも空に漂う大型の虫が見えている、あれは蜂と呼ばれるものだ。さらに街中では芋虫のように長い胴体をした生き物までいた。稼働歴「九百八十三」年はノヴァグの第二次製造期、プログラム・ガイアが提示した通りだ。襲った理由については...分からない。分からないことばかりだ。


「…………」


 俺の周囲では街の惨状に取り乱す人達が殆どだった、中には泣き崩れた人もいる。嘆き、憤怒、混乱、様々な感情を乗せた声が道路上に響き渡り、俺はそれらの声に耳をそば立てていた。


「…………」


 これで一体どれだけの資源を浮かせることが出来たのか、そう勘定をした後再びハンドルを握りしめた。



 街中はさらに酷い状況だった、女も男もなく、子供も大人もない。無差別に命を奪われてしまった人の死体が散乱していた。至る所に血がつき、あらぬ場所に人の()()飛び散っていた。逃げた道をとんぼ帰りしてみれば、封鎖されていたはずのビルの正面扉は破壊されて何かが中に侵入した跡があった。人が残せる跡ではない、明らかにノヴァグの仕業だった。

 懸念していた野郎どもの姿はなく、ゆっくりと車を停車してビルの中に突入した。車内に残っていた自動拳銃を拝借して、太陽が高く昇っていた時にアマンナと会話をしていたオフィスを探索する。家具は破壊され、所々に血の跡があった。アマンナなのか、別の人間かは分からない。壁に掛けられていたカレンダーは見当たらず机の上に置かれた日記帳はあるページが開いた状態で床に落ちていた。通りがてらに覗き見た限りでは、達筆な字でこう書かれていた。


『…まではやった、後はどうなるか分からない、私が私を記憶している限りは打てる手を全て打つ、私が欲しいのはたった…』


 前半と後半は血で汚れてしまい読むことが出来ない、見たことをいたく後悔してしまった。

 初めてこのビルに入った勝手口へと出た、そこから二階へ上がれる階段がありソファやベッドやらで封鎖されていた。そして人の気配もあった、階上へと素早く声をかける。


「無事か!」


「……その声、あんたか!」


「表にバンを停めてある!乗りたければ早くしろ!」



「助かったよ、まさか逃げたあんたが戻ってくるなんて、どういう風の吹き回し?」


「風に聞いてくれ、俺もよく分からんよ」


「それにしたって何よこれ…それにあの大型の虫…最悪じゃんか…」


 アマンナを助手席に乗せて、ガキ連中は後ろに乗せてある。皆んなが皆んな、毛布に包まり震え上がっていた。


(顔が見えないのはいい、おかげで気が楽だ)


「あれはノヴァグと呼ばれるものだ、俺達の時代にいるテンペスト・ガイアというマキナが作ったんだ」


「………は?てんぺすと、何?」


「知らないのか?俺達の上官だよ」


「知るわけないでしょ、そんな後に作られた奴のことなんか、何でこんな事するのさ信じられない」


 上空では蜂に似せられたノヴァグが旋回しておりまるで獲物を探しているようだ、走っている道路も車が乗り捨てられたりと走り難いったらない。下手に勘づかれるわけにもいかずアマンナと会話をしながら慎重に車を進めた。


「資源の調整ではないのか、ここである程度数を減らせば後ろにいるガキに回ってくるぞ」


 隣に座っているアマンナから冷たい空気を感じた。視線をやったりはしていないがさぞかし睨んでいることだろう。


「それ本気で言ってんの?だとしたら、あんた相当の屑だよ」


「俺達の時代も似たようなもんさ、だから調整した」


「………ディアボロス、思い出した、あんたの役割は確か…」


「あぁ、生存種の把握と「調整」、何も増やすことだけが仕事じゃない」


 ...俺も心底不思議だった、わざわざ戻ったのもこの話しをこいつにしてみたいと思ったからだ。自信がないわけではない、今でもああするしかなかったと自負がある。


「…そ、あんまり明るそうな未来じゃないね、ここて大して変わんないか…」


「あぁ何せ同じことを悩み続けている世界だからな、いつになっても解決しない」


「そうじゃない、悩むのは当たり前だよ生きているんだから、私が言いたいのはあんたみたいなマキナがのさばっていることだよ」


「…何が言いたい」


「あんたに何の権限があって命を天秤にかけているの?」


「それが役割だからだ、俺だって好き好んでやっていない」


「ならこの時代の「ディアボロス」は?」


「………」


「役割があるなしでその権限が得られるとでも?自惚れも大概にしなよ屑野郎、目の前にいるたった一人すら幸せに出来ないやり方に何の意味があるの?あんたのそのやり方はいずれ必ず破綻する」


「なら、」


 どうすれば、最後まで言わなかったのはただの意地か、はたまたただの甘えか。


「悩み続けろ、簡単に答えを出すな、それはただの傲慢だよディアボロス」


「はっ、ただの精神論じゃないか」


「その精神論すら全う出来ないあんたには何も分からないだろうね、悩み続ける強さってもんが」


「………」


「悩みがあるから成長出来て人は強くなれんの、それが命ってもんでしょ?あんたはその権利すら奪ったってことでしょ?現に今のあんたそうやって悩んでいるくせに、悩みすら奪うだなんて、」


「だから傲慢だと言いたいのか」


「違う………あぁ、あぁ!あぁ……」


「おい何だ?」


 急にアマンナが頭を抱え呻き始めた、目の焦点も合っていない。バンを停めようか悩んだがすぐに回復した、しかし目の色が明らかに変わっていた。赤い、宝石のように美しかった瞳の色が今は燃えるように、太陽のように光を放っていた。


「……はぁ、よく分かったよ、私が何のか、最悪、こんな終わり方ってありなの?子供たちすら守れないなんて…」


「おい、何を言っているんだ」


「知るかよ屑野郎、こっちはそれどころじゃないんだよ……あぁ、嫌だぁ、また一人ぼっちかぁ……」


「おい!アマンナ!」


「悪いけど、子供たちの面倒よろしくね」


 その言葉を発した途端、車内に太陽の光が生まれた。何も見えない、何も聞こえない。全てが曖昧に、そして溶け合い、何も分からなくなった。この街にいたオーディンのことも忘れ、結局この時代にいた俺自身に会えることもなく、太陽から生まれた人の形をした何かに取り込まれてしまった。



73.c



「…大丈夫、君は一人じゃないよ…」


「…ホ、ホント…?」


 少し遠くで、誰かが会話をしている声が聞こえて目が覚めた。体はとても重たく、動かすのも億劫だ。

 見上げた天井は木でも鉄でもない、土だ。小さな石も見える。ここは?何処なんだろう...固い感触を背中に感じた時、小さな女の子をあやしていた青年が私に気づき声をかけてきた。


「やぁ、平気?」


「…見れば、分かるでしょ…」


「気が付いたのなら行幸だ、君が一番酷い怪我を負っていてから心配していたよ」


 いけ好かない。初対面の感想だった。私を優しく(見える)見下ろしていた青年は初めて見る人だった、スラリと高い身長に細い体付き、なのにはっきりと男だと分かる。鼻も高いし髪はさらさらの金髪、まるで宝石のようだ。そして瞳は私と同じ()()()()青色をしている。


「…ここ、どこ…」


「この街の地下シェルターさ、ノヴァグが押し寄せてきたから避難しているんだ」


 とても小さな声で「予定にはなかったはず」そう聞こえたような気がしたが、確かめる気も起きない。


「…あんたの、その声は…」


「君を助けた救世主、バルバトスだよ」


「…はっ、土でも食ってろ…」


「可愛げがないね、大好きな人にふられるよ?」


「…土でも食ってろ…」


 そう、繰り返し文句を言ってからもう一度意識を手放した。



 サントーニの街が未曾有の危機に襲われたと、避難した人々が口にしていた。見たことも聞いたこともない巨大生物が街を、人を襲い無差別に殺していくのだ。「これは遊びではない」そう口々に発し、最初は周囲の人達を励ましていると勘違いしていた。中には過去の罰が当たったんだと嘆く人もいた、あるいは神の怒りを買い天罰が下ったと祈りを捧げている人もいた。私はそれら、様々な反応をする人々をただぼんやりと眺めながら、渡された非常食をゆっくりと食べていた。


(本当の現実のように思えてならない…)


 ここまで、全て予定された仮想世界なら筋は通っている。試しに「あぁ!」と訳もなく叫んでみれば聞こえた人は哀れみの視線を向け、近くにいた人は優しく私に触れて励ましてくれた。今の台詞は間違いなくアドリブだが、それにもきちんと反応している、予定にはない発言のはずなのに。

 私の叫びを聞いてか、近くにいなかったはずのバルバトスが後ろから声をかけてきた。


「どうかしたの?」


「何でも、それよりあんた、ちょっと面貸しなさい」


 私の隣に胡座をかいたバルバトスに問いただし小声でやり取りをした。


「…あんたはこの世界の住人じゃないわよね?」


「…どうしてそう思うのか、参考までに聞いてもいい?」


「…青い人型機に乗ってたでしょうが」


「…あぁ、あの時はまだ意識があったんだね、僕はこの世界の住人だよ」


「…その台詞を言えることがもう既に違うってのは理解してる?」


「…概ねは」


「…ここは何なの?」


「…そうだねぇ、何と言えばいいのか…」


 体を寄せていたバルバトスがゆっくりと姿勢を正し言葉を選んでいるようだ。


「…庭だと思ってくれたらいいよ」


「は?」


「庭だよ、庭、少し立派な家ならどこにでもある庭さ、ここはそういう所」


「は?」


「……君が僕のことをあまり好いていないのは良く分かったよ」


「良く分かってんじゃん」


 私の言葉にかぶりを振っている。

バルバトスと話しをしていたので周囲の変化に気が付かなかった、地面の中に直接作られた退避シェルターはまぁまぁの広さがあった。それに意識がはっきりとした今となっては、天井が階段状になっていた。その、退避シェルターの中で一緒になって励まし合っていた人達が二分されていたのだ。誰かがそう号令をかけたわけではない、自然にだ。


「ん?何かあったの?」


「これは、不味いかな…」


 さらによく見てみれば、私のお世話をしていたふくよかな女性とナツメに似ている(ような気がしないでもないがそれは些か無理がある言い方だが似ている)人が同じグループのようだ、別のグループは黒や茶色といった髪ではなく、バルバトスのほどではないにしても明るい髪の色をした人が多くいた。何故?明るい髪の色をしたグループの先頭に立っていた男性が、まるで挑むかのように言葉を発した。


「コノ日ノ為ニ取リイッテイタンダロ?コノ裏切リ者メ!」


「違ウ」


「違ワナイ!ココニイル俺タチハ皆ンナ仲間ダッタハズダ!忌子トシテ遠ザケラレテ肩ヲ寄セ合ッテキタノニ!」


「私タチモソウダ」


「ナラ!コノ数ノ差ハ何ダ!」


 忌子とは...差別を受けていたのだろうか。黒髪や茶髪のグループより、男が立っているグループの方が数が少ない、皆んな言うなれば外国人、そう括ってしまうのは失礼かもしれないが、そんな風に見えた。


「バルバトス、これは?」


「昔の禍根が残っているんだよ、とくにこの街ではハーフの人も数多くいてね、ハーフは知っているだろう?クォーターの人もいるけどね」


 ハーフって確か、別々の国の人が結婚して生まれた子供のことよね?さらにその子供をクォーターと呼ぶのは知識として知っているが...


「禍根って何よ?」


「それは、」


 バルバトスが言葉を言いかけた時、天井から大量の土が雪崩れ込んできた。深く突き刺さっているのはあの蜂の手だ、それに何本も退避シェルターの天井に突き刺さっていた。シェルター内が騒然とし、武器を手にして応戦している人がいるなか逃げ出す人もいた、一切統率が取れない人達は混乱を極めたように無我夢中でこの局面を乗り切ろうとしていた。


「…あぁそういうことね、よく分かったよ」


「ちょ、ちょっと!一人で勝手に納得してないで!」


「これは予定にないものだ、つまりデータログにはない事象、何でか分かるかい?君達がここにいるからさ」


「!」


「ここは過去にあったログを再現した世界、それなのにそこを壊そうとしている、君達が嗅ぎまわり過ぎたからかな?」


「…私達の、せいだって、それにそもそもお姫様が…」


「誰?」


「………」


「まぁいいよ、ここは僕が何とかしてみせよう、それと禍根についてだけど戦争していたんだよ、昔の人達は」


「………」


「このテンペスト・シリンダーを製造した、ウルフラグと呼ばれる技術者連中が結託していたんだ、それを」


 そこまで言ったバルバトスの動きが急に止まった。最初はふざけているのかと思ったが違うようだ、このシェルターに集まりお互いを罵り合っていた人達も、天井から敵が侵入してきていることも忘れたしまったように、青い粒子となって消えていくバルバトスに見入っていた。


「何とかしようって言ったじゃああん!!」


 私の叫び声を皮切りにして、後は無秩序となって街の人達が逃げ出した。青い人型機を所有していたバルバトスすら消え失せてしまったのだ、なす術をなくしてしまった私達に取れる手段はただ一つ。


「逃ゲルゾ!」


「なっ」


 ナツメによく似た女性が私を抱え、その後ろにはふくよかな女性も付いてきていた。女性の言ったように逃げるしかない、倒せないなら立ち向かう必要もない。傷に大変障るが仕方ない、抱えられたまま退避シェルターを後にした。


「アァ、ソンナ…街ガ…」

 

 私にも見えていた、あんなに綺麗に塗られていた白い家は赤色に染まり、人の手によって倒された敵の残骸も壁にこびりついていた。空は、黒い煙で淀み今にも汚い雨を降らせるように曇天になっていた。地獄だ、ここは、私のせいでこうなってしまった。

 肩の抱えられたまま女性に声をかける。


「何で私のこと助けたの?」


「オ前ガ何者カ知ラナイガ、私ノ母ヲ助ケテクレタカラダ、恩ニハ恩デ返ス、ソレダケダ」


 お母様だったの初めましてぇ?!えー...ナツメのお母様ってお腹に幸せを詰め込んでいらっしゃるではなかった、まだ頭が混乱してしまっている。けれどこれでいい、戦う理由が出来た。


「下ろして」


「ナゼ…」


「いいから!下ろして!」


 これでもかと背中をめった打ちにしてようやく下された、地面に足を付けた途端にくらりときてしまった、まだ本調子ではないが呼ぶだけなら何とかなるだろう。


(お願い、来なさい、ここが確かに仮想世界なら来れるでしょう?)


「オイ、何ヲスルツモリナンダ?」


「いいから黙って見てて…フェミナトレイター!あんたの出番よさっさと来なさい!」


 来た!曇天の空を突き破り私の愛機が姿を見せてくれた、大きく広げた翼から伸縮型射撃ユニットが展開して、周囲に散開していた蜂を順に撃ち落としていく。撃ち終わった後は滑空するように私の近くまで飛んできてくれた、いつも見てもかっこいいが今は見惚れている場合ではない。


「アレハ…」


「やれぇー!」


 さらに街の間を這うように移動していた芋虫も、まるで捕食するように鋭い鉤爪を持った足で掴み上げていく。空中まで持ち上げ、後は人がいない大草原に向かって放り投げていた。頼もしい、そう思ったのも束の間、私がハデスと話しをしていた時にも見た光景が次々と起こり始めた。空を覆うようにして黒点が現れ爆発し、おびただしい量の虫が投下されてくる。


「どうしろって言うのぉー!!」


「モウイイ!オ前ダケデモ逃ゲロ!」


「そんなことできるわけないでしょ!」


「オ前ガ優シイノハ十分二分カッタ!ダガ、コレ以上私達二付キ合ウ必要ハナイ!」


「はぁ?こんな時に何言って…」


 あの笑顔だ、ナツメじゃないのにナツメと同じ笑顔を私に向けてくれている。もう、このままこの人とこの世界で果てようかと、心中を決意しかけた時にまたあの声に邪魔をされてしまった。


「彼女の言う通りだよ、君まで巻き込まれる必要はない」


「……こんの、邪魔するなぁ!」


 天に向かって吠えれば、あの青い人型機が芝居がかったポーズを取って空を飛んでいた、腕組みして大丈夫なの?部品が傷んだりしないのか。


「ちょっと邪魔が入っちゃったけど、君は元いた場所に戻してあげるよ、ここで朽ちていい存在ではないし向こうで必要なんだ」


「だったら早く何とかしなさいよ!」


「見てて」


 人型機が組んでいた腕を解き、少しダルそうにその腕を払ってみせた、たったそれだけの動作で周囲にいた敵が瞬時に光の粒子となって消えていった。チートじゃないのあれ?さらに腕を広げてぐるりと一回転してみせると瞬く間に敵が全滅してしまった、だからチートじゃないの?


「あんた、何者なのよ」


「それは次に会った時のお楽しみということで、それじゃあね、プエラ・コンキリオ、また会おう」

 

 最後に一目見ようと後ろを振り返ると、もう既にあの人...に似た女性はいなくなっていた。私の回りに光の粒子が集まり、取り込まれ、そして全てが霧散していった。



73.d



「ほら、こっちこっち」


「あ、は、はい、次の職場というのは、こんな所にあるんですか?」


「まさか、あなたともう少しいたかったからドタキャンしたの、たまにはいいでしょ」


「え、それは、嬉しいですけど…」


「ふふふ、ほんとに女の子みたいになっちゃって、可愛いね」


 ほぅ...耳から首筋、そして背骨から尾骨まで甘い電流が走った。や、ヤバい...この人と離れたくなくなってしまう...

 メリアにエスコートされて着いた場所は、エディスンの街中にある登山道の入り口だった。その近くには登山客が寝泊りする豪華なホテルもあり、スポットライトを浴びたお城のような建物と相まって、とても山道を登る場所には見えなかった。その登山道の入り口にも足元を照らすようにヒーリングライトが随所に設置されて、何というか...大人の雰囲気?と、言えばいいのか、浮ついた私の心をさらにふわふわとさせるような所だった。

 私の手を変わらず握ってくれるメリア、何度か私を振り返り気遣いの目配せをしてくれた。何も言わなくても気遣ってくれるその優しさに、私はとても甘えたくなった。


「この街はね、色んな人が住んでいるんだよ」

 

「は、はい?」


「私のような忌み子の子孫だったりね、昔は戦争をし合った相手だったり、ここにいる人達は皆んな受け入れた人ばっかりなんだよ」


「な、何の話しをしているんですか?」


「グガランナはこの世界を調べに来たんでしょう?雇い主との会話を聞いてぴんときたよ」


「そ、それは…そうですが…」


「この街を統括しているマキナに頼まなくても、私がアクセスさせてあげるよ」


 支離滅裂、ではないにしても脈絡のない会話のはずなのに、不思議と頭に入ってくるメリアの言葉が、聞いている途中から怖くなってしまった。どうして私の知りたいことが分かるのか、どうして私の目的が分かるのか、もしかして聞き耳を立てていたんじゃないかと思ったが違った。


「ここに来たのは二度目だよ?忘れたの?」


「は、離してください」


「駄目」


 さっきとはまるで違う電流が体の中を走っていった。掴んでいる手も、痛くはないのにまるで外れそうにはなかった。

 そういえば、この世界に来る前にも自我を持たないデータだけのアヤメに諭されていたことを思い出した、その類いなのか、理解出来ない不可解な現象を必死になって頭の中に落とし込もうとした時に、メリアがゆっくりと立ち止まった。いつの間にか、山道の中を登っていたようで、ある庭園に到着していた。


「ここだよグガランナ、ううん、ガニメデと呼んだほうがいいのかな?」


「…が、にめで?誰、なんですかそれ…」


「さぁアクセスして」


 優しく前に押し出され逃げ場をなくした私は目の前に佇む銅像を見上げた。


「これは…」


「やっぱり見ても分からない?まぁ私も分からないんだけどね」


 言っちゃ悪いが...何だこれ。


「これ、水酸基と呼ばれるものですよね...確かヒドロキシル基かヒドロキシ基…」


「へぇー…」


 いやあなたが連れて来たんですよ?


「はぁ…もう、ほんと何なんですか、甘い空気になったと思ったら…無理やり連れて行かれて怖い思いをしたのに…水酸基の像を見せつけられるだなんて…」


「あははは、ごめんね、もうちょっと色気があったら良かったんだろうけど」


 そう、山道を登った先にあったのは、-OHと表記される官能基の一種であった。まぁ、確かに?官能は違う意味では色気があるが、この場合の官能とは主な反応を示す有機化合物内の原子団を示す言葉だ。


「それで、あなたは誰なんですか?この世界の住人ではありませんよね」


「アヤメのお母さんだよ、さっきも言ったでしょ?」


「なぞなぞですか?それは設定の話しですよね」


「なぞなぞじゃないよ、事実だよ」


 かぶりを振ってそれを答えとした、そして、タイミングを見計らったようにアマンナから通信が入った。そらみろやっぱり。


[グガランナ、いつこっちに帰ってくるのか早く教えて、スイちゃんが倒れた]


[え、ちょ、ま]


[ウソだと思う?わたしが今までこんなウソついたことあった?]


 あった、と言いたかったが我慢した。アマンナの声は今まで聞いたことがない、抑揚が一切ない平坦な声をしていた。これはマジだ。


[もう少し待って、それとスイちゃんは平気なの?]


[平気じゃないよ、目を見開いたまま動かないの、こんな現象今までにあった?あのマテリアルはグガランナが作ったんだよね?]


[待って、帰ったらきちんとあなたにも報告するからもう少しだけ待って]


[だから、]


[一日経っても私が戻らないならオリジナル・マテリアルにあるナノ・ジュエルを全て使ってくれても構わないわ、どうせ修理をするマキナもいないもの、スイちゃんを回復させるために全て使って、いい?]


[分かった、早くして]


 余裕のない調子でアマンナが通信を切り、私は再びメリアと対面した。


「これにアクセスすればいいのですよね?」


「そう、長旅お疲れ様、私の娘によろしくね」


「だからそれは、この世界での話しでしょ」


「そうだと思うなら娘に聞いてみるといいよ、母親の名前は何だって」


「…とにかく、ありがとうございました、少しの間だけでもあなたと過ごせて良かったです」


「こちらこそ、誘ってくれてありがとう、あなたのことは忘れないわ、ガニメデ」


「私はグガランナです、ガニメデって誰なんですか」


「あなたの妹でしょ?雇い主の家で寝ているあの娘さん」


 お姫様の...名前?ガニメデという...名前だったの?何て可哀想な...

 世界が反転した。文字通り、お姫様に同情していた私をひっくり返った世界が包み、全てが砂粒となって崩壊していく。未だ微笑みながら手を振ってくれているメリアも、くだらない官能基の銅像も。全てが逆さまとなって私の頭上に集まってきた、そして再び世界が反転。世界を内包した砂粒が今度は私の頭の中に入ってきた。

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