第七十二話 ツイスト・ループ・チルドレン
72.a
「待てっ!」
俺の叫び声が路地裏に反響した。建物から排出される汚水で地面は黒く濁り、跳ね上げた水溜りが建物の壁と俺の服を汚した。目前を走っているのはさっきの子供と、肩甲骨まで伸びた金の髪と赤い瞳をしたアマンナだ。向こうも逃げるのに必死なのか、カーボン・リベラとさして変わらない衣服が、汚れるのも厭わず必死になって逃げている。
「待てと言っているだろっ!アマンナぁ!」
「げっ!何で私の名前!」
確かこいつはお下げの髪型をしていたはずだ、第十九区でちらりと確認した限りでは。それに今、目の前を走っているアマンナの方が少し背も高いような気がする。外観だけで判断するのは滑稽なことだが。
走って逃げることに観念したのか、小さな子供を庇うようにして俺の前に立ちはだかった、その視線は明らかな敵意。
「……何?なんか用なの」
「はぁ…はぁ…お前は間違いなくアマンナだな?」
「だから何?」
「何をしているんだこんな所で、いつものグガランナはどうした?」
「人違いじゃない?私にそんな知り合いはいない」
「ならアヤメは?」
「…………」
周囲に視線をやり逃げる算段を立てているのがよく分かる。こいつがいつも側にいる二人の名前を出してみたがまるで反応しない。そしてやはり、怯える子供を庇うように立っているアマンナは明らかに身長が高い。ピューマと似たり寄ったりな大きかった目ではなく、俺のピリオド・ビーストを撃ち抜いた女同様に少し切れ長の目だ。つまりは...
(カーボン・リベラで見た奴とは違う、だがこの時代にもアマンナが居たことになる…)
だとしたら、懸念していた通りにこいつが上位マキナになるのか?それにしたって何でこんな所で...
「答えろ、こんな所で何をしているんだ」
語気を強くして行った問いかけに、敵意を隠そうともしないアマンナが鋭く睨みつけてきた。
「使えないグラナトゥム・マキナに代わって私がこの子らの面倒をみているの、あんたこそ何で私らを追いかけてくんの?」
使えない...とは、
「いいか良く聞け、一度しか言わない、それと途中で笑おうものなら遠慮なく殴るからな」
「………は?」
そこでようやく睨め付けるような視線が少しだけ和らいだ。
「俺の名前はディアボロス、稼働歴二千八百三十三年からやって来た未来人だ、訳あってこの時代を調べることになった、そこで俺達の時代にも居たお前を見かけたから追いかけてきたんだ、分かったか?」
俺の言葉を聞いたアマンナがみるみる表情を崩していく、手にしていた紙袋を落としそうになってようやく正気に戻ったようで、破顔一笑、笑うなと言ったのに遠慮なく笑っている。
「あっははは!あんた!頭おかしいんじゃないっ?!あっははは!」
「はぁ…打ち解けたようで何よりだ」
汚い路地裏に琴の音色を思わせる笑い声が上がった。
◇
「こりゃ何だ?」
「見れば分かるでしょ、日記だよ」
「日記?お前がか?」
「あんたの時代の私がどれだけ学が無いのか知らないけど、一緒にしないでもらえる?」
「そりゃごもっとも」
アマンナに案内された場所は一つのビルだった。正面入り口は封鎖されており、壊された勝手口から中に入って抱えていた紙袋を子供に渡し、昔は企業が入っていたであろうオフィスに来たところだった。薄暗いオフィスはがらんどう...ではなく、どこから持ってきたのか色々な家具が置かれて一つの家として完成していた。
壁際に置かれた足の高い机の上には、アマンナが言った通りに日記帳があり、壁には「稼働歴九百八十三年」と書かれたカレンダーが掛けられていた。
(これは確か…)
「で、あんたの調べ物って何?」
「……一つ聞くが、お前は子供を匿っているんだな?」
「そう、家を失くした子や争いで家族を失った子なんかも面倒見ているよ…焼け石に水なのは分かっているけどさ」
「教えてくれないか、この時代はどうなっているんだ?」
「本当に何にも知らないんだね、見ての通りだよ、この街は保護されるべき子供すら放置されるような場所、けれどこの街だけじゃない、残りの街もみーんなそう」
「それは何故だ?」
「住む場所がないから、スペースと言ってもいいかな、私が調べた限りでは住めるエリアが年々狭くなってんの」
「…………」
これが、タイタニスがメインシャフトを建造した理由だ。
「メインシャフトという言葉を聞いたことあるか?」
「いや…ないけど、何?未来はちゃんと対策取れてんの?」
「そうなるな」
「そっかぁ、それならいいよ、全然いい」
そこで天井に視線を上向けて薄らと笑みをこぼした。その表情は保護者そのものだ。
「争いと言ったな、誰と戦っているんだ」
「他のマキナ連中さ、街が五つあるのは知ってるでしょ?」
「あぁ」
「その五つに分かれた街の間で争いがあるんだよ、資源を奪い合ったり、時には街に住む人達のうっぷんを晴らすためにもね」
「は?」
「言った通りだよ、ここでは娯楽目的の戦争が行われているの、ほんとにくだらない、そんなことを指示し」
異変が起きた、いやここに来てから異変ばかりなのだが世界が停止した、文字通りにだ。眉をしかめて話すアマンナも、途中からこちらを覗き込んでいた小さな子供も、封鎖された正面入り口の前を通った一台の自動車も、全ての動きが無理やり停止されたかのようだ。
そして突然に、何事もなかったように動き出した。
「言った通りだよ、ここでは戦争が行われているの、ほんとにくだらない」
「…………」
「何?ジっと見て」
「さっきと言葉が違う、お前は娯楽目的の戦争が誰かの指示によると言いかけたんだぞ?」
「は?だからそう言っているでしょ?」
「…………」
明らかな検閲、だが、これは...理解のしようがない。それと、この世界を構築しているのは間違いなく「サーバー」だ、やはりただの「ゴミ箱」ではなかった。
「それを指示したのは誰だ?」
「………それがねぇ、私も覚えていたらいいんだけど……」
「覚えていないのか?」
こいつもリブート処置を受けていたのか?でも、誰に?
「そう、なーんにもね」
先程の異変は影も形もなくなり、言葉の検閲を受けたアマンナもまるで気が付いていない。
「お前、自分が支離滅裂なことを言っているのは分かっているのか?」
「そっちこそ、私がマキナだって決めつけてるけど正体知ってんの?これでただの生身の人間だったらどうすんのさ」
「俺が言いたいのはそうじゃない、リブート処置を受けていながら何故自分がマキナだと認識できるんだ」
「覚えているから、私に関連した以外の記憶を、ここがどこなのかも分かる、名前も分かる、親兄弟はいない、それなのに生まれてくる、こんな地獄あると思う?あんたに想像できる?」
「………それが、マキナというものだろう」
「あんたはそうだろうね、何せ自分の椅子が用意されているんだから、私には何もない」
「………まぁいい良く分かった、最後の確認だが、お前がこの時代のマキナを統括していたわけではないんだな」
「何そのふざけた話し、あんたはこの惨状が目に入らないっていうの?私が指示できるならこんな世の中にはしていない、少なくとも子供たちに悲しい思いをさせたりは絶対にしないから」
「そうか、ならいい」
すらりと長い足を組んで腕も組み、まるで大人の雰囲気を出していたアマンナがその顔に翳を落とした。何度か俺に目配せをして、俺から聞いてやった。
「何だ、何か聞きたいことでもあるのか?」
「いや…あんたはさ、未来から来たんでしょ?」
「それが何だ」
「私ってどう?やっぱりまだいたりすんの?」
「お前さっき俺の話し聞いていなかったのか?俺達の時代にもいるからお前が誰か分かったんだろう」
「そりゃごもっとも……あー、いや、その」
無造作に頭をかき回した後、
「楽しそうにやってる?こう、例えば、誰かの隣にいるとか、幸せそうにやってるとか」
素直に答えようかと思ったが、これ以上の深入りは不味いと判断してしらを切った。
「知らん、俺が知っているのはお前がいるという情報だけだ」
「いやでもさっき名前出してたじゃんか、誰だっけ?ぐ、ぐががんな?それと花の名前も言ってたよね」
...これはタイムパラドックスになったりするのか?いやでも俺はタイムトラベルをしたわけではないし、それにそもそもここは過去のデータを元にして構築された仮想世界のはずだ。
「だったら何だ、それがどうかしたのか?」
「もう嫌なんだよね、私が私として死ぬことができないこんな地獄みたいな世界が、せめて私が居たという事実を誰かと分かち合いたいんだよ」
何も言えない。いや言えることはあった。
「だから日記を書いているのか」
「そ、まぁこの後の私が見つけられるか知らないけどね」
駄目だ、深入りはよそうとしたそばからどんどん沼にはまっていく気分になる。
「…もう一つだけ、お前は自分の正体を知らないんだな?マキナであるということ以外」
「そ、なんなら変わってあげようか?気付いた時には記憶の何もかもがまっさらになった状態ってやつ」
...そこが分からない。「アマンナ」というグラナトゥム・マキナは存在しないし、リブート処置を受ける理由もないはずなのだ。グガランナの子機であれば、マキナの権限でできたかもしれないがこの時代に天の牛はいない。
「分かった、協力に感謝するよ」
「ギブアンドテイク」
「何?」
「送って送られて、意味は分かるよね?」
さっきの表情とは打って変わって、悪戯を思い付いた子供のように笑い、両手の人差し指を立てて右に左に振っている。
「俺、英語、分カラナイ、他ノ人ニ頼メ」
「はいはいめんどくさがっても駄目だから、子供たちの食べ物の為にも協力してもらうよ」
「あと、英語についてだがお前は何か知っているか?」
「知らないんでしょ忌み語のこと、ほぉーら!さっさと行くよ!ここにいる子供たちは食いしん坊ばっかりなんだから!」
「ちょ!ちょっと待て!誰も手伝うだなんて言ってないだろうが!」
近くに来てみれば良く分かる、俺より頭一個分しか変わらないアマンナは随分と成長したように見える、いやここは過去だったなややこしい。出るところは出て引っ込むところは引っ込む、まさに絵に映えるような体型をしていた。
「何じろじろ見てんの!いいから!人手は一つでも欲しかったところなんだから!」
「ちょ、ちょちょ、」
強引に腕を取られて勝手口へと向かわされた。そしてこの後、太陽が沈むまでの間へとへとになるまで手伝わされたのであった。
72.b
「忌み語?英語じゃなくて?」
「はい、英語は忌み嫌われている言語としてこの街では遠ざけられています」
「何で?」
「何で、そう言われましても…駄目なものは駄目と言われていますので…」
そこでいじらしく服の裾を掴んでもじもじし始めた。
場所は変わらずサントーニの街(ようやく教えてもらえた)、崖に作られた街を一望できる小ぢんまりとした民家の庭で話しを聞いていた。天気は晴れ、抜けるような青空には雲一つない、爽やかな風が吹いて私と私の髪を軽やかにさらっていった。
「少しは自分の頭で考えたら?言いなりになっていても楽しくないよ」
「はぁ…」
「まぁ説教はいいとして……昔は使われていたんだよね、英語」
「はい、テンペスト・シリンダーに移住を果たした当時の人々の間には、二つの言語が存在していました、一つは地元でも使われているもの、後一つが英語です、イングリッシュです」
「急な横文字」
私が知りたいのは歴史ではなく理由についてだが、知らないと言われたらどうしようもない。
「一括統制期について聞いてもいい?」
「あの…そんなかたっ苦しい話しよりも…」
私が私に擦り寄ってきた、瞳は潤み懇願するように眉尻を下げている。そんな私に絆されそうになったが何とか堪えた。気持ちは良く分かるが、それこそ自分に逃げるのは良くない。
「駄目、過去について教えてくれる?」
「…後でならいくらでも教えます、私は誰かと手を取り合って笑い合うのが夢だったんです…」
「それぐらいならいっか!」と首を縦に振りそうになったが、歯を食いしばって堪えた。それは良くない、後は底無し沼にはまっていくだけだ。
「駄目、私はあなたと遊ぶために来たんじゃないの」
「そもそもあなたが先に友達になりたいと言ったではありませんか、あの言葉、鳥肌が立つほど嬉しかったんですよ?」
「じゃあ…しょうがないかぁ」と折れかけた心を自分で折る勢いで頑として断った。
「駄目」
「……もう結構です!何なんですか!人に気を持たせるようなことを言っておきながら!これだけ頭を下げているのに!ふんだ!勝手にしろ!」
...結局あれも、私自身なんだよなぁ。しおらしい態度を取っていても、頭の中では自分のことしか考えていない。前に一度...
「あぁ〜もう駄目、はぁ…会いたいなぁ、甘えたいなぁ…」
そのまま机に突っ伏した。私も一度、あの人と同じようなやり取りをしたことを思い出してしまった。いずれ、ここの私とは別れなければならない、どうやったって一緒にはなれないのだ、だから必要以上の接触は控えていた...つもりだが失敗した。
何度か頭をテーブルに打ちつけた、その度におでこが痛む。固いもの同士が当たる音が聞こえる、これで少しはマシになったかと思ったのに、全然ダメ。思い出したくなかったのに、思い出がせきを切ったようにあふれてきた。
「…………もう…いいかな、会いたいよぉ…甘えたいよぉ…」
頭も心もマテリアルもエモートも何もかもがぐちゃぐちゃになった、自分で選んだ道なのにそれが信じられず、こんなに悩むぐらいなら何もかも捨てて一緒になった方がマシだったんじゃないかとさえ思えた。
鼻の奥がつんとして、目頭も熱くなって、嗚咽を漏らしそうになった時に名前を呼ばれた。そのおかげでようやく引っ込めることができた。
「司令官、ここにいたのか」
「……あんた、もう平気なの?」
涙が溢れそうになった瞳を向けると、そこにはハデスが立っていた。しかし雰囲気が違う。
「あんたはあれか、ここのハデスか」
「そう、と答えていいのか分からないが、何をしに来たんだ、司令官が泣いているのは初めて見たぞ」
「そうやって人は泣きながら強くなっていくのよ」
まるで話しが分からないといった風のハデスが前にゆっくりと腰を下ろした。
◇
「つまりは遥かな未来からやって来た、ということでいいんだな」
「そうなるわね、まぁ私とハデスは単なる不可抗力だけどね」
「その、お姫様というのが気になるな、何故ここに目を付けたのか」
それはハデスも似たようなことを言っていたな、言ってたっけ?よく覚えていない。
「そういうあんたはどうなのよ、こっちではきちんと働いてんの?」
「知らないのか?私達は司令官の過去にあたるんだろう?どうだったかなんて聞くまでもないことだと思うが」
改めて聞かれてから自分の異常さに気付いた。確かに聞くのは間違っている、目の前にいるハデスも、激おこぷんぷんになった私も紛れもなく私自身なのだ。その記憶がないということは...
「そうか、この後の私達はリブートを受けるのか、よく分かったよ」
「……何だか嬉しそうね、気のせい?」
「いいや嬉しいよ、束の間でもこの無益な時間から逃れられるからな、私がここにいるレゾンデートルはない」
「急な横文字」
「それで何を調べているんだ?」
「二つに分かれた時代について、現在が「分割統制期」というのは分かった、過去にあった「一括統制期」と呼ばれた時代についてよ」
「そのままの意味では?今のように政治体制を五つに分けて統治していたわけではない、そういう時代だ」
「何ですって?五つの政治体制に分けていた?」
「あぁ」
ハデスの話しはこうだった。
地球時代の政治体制を模倣して、一つに「民主主義体制」、二つに「権威主義体制」に分けられた。さらにそこから細かく五つに分かれて統治を行なっているとのことらしい。そこまで分類した理由は一つ。
「より優れた政治体制を見極めるためだ、地球時代、最も多かった「議員内閣制」ですら資源の枯渇に陥ってしまっていた、何が何でもここでの統治は失敗させるわけにはいかなかったんだろう」
「けれど…現に資源は枯渇へと進んで、挙句に住める場所も減っていった…」
「あぁ、サントーニの前には大草原が広がっているが、そもそもここは筒の中だ、増え続ける人達のために新しい家を建てる材料がないし、きりがない」
「………」
「地球という開けた土地から、テンペスト・シリンダーという閉じた土地に変わっただけのこと、変わらず頭を抱える悩みからは逃げられなかったみたいだな」
(だからあの男は…)
ここでディアボロスの行為に正当性が増したような気がした。
「それで、司令官はこれで満足したのか」
一緒にここへやって来たあのハデスとは違って随分と余裕があるな、このハデスは。
「まぁ…ちなみにこの街は?」
政治体制についての質問だ。
「もう分かっているかと思うが「専制君主制」だ、支配する者とされる者が明確に分けられている」
「だからあの女性はあんなにへりくだっていたのね、やり難いったらない」
「それはここの司令官も言っていたな、だが私達にはぴったりの体制だよ、無理に舵を取らなくていいからな、基本出不精の二人だ」
「そりゃ確かに」
「マキナが現れたと報告があるまで、私も司令官も現実に介入したことは一度もなかった」
「そりゃまた、で、こんな大層な話し誰が言い出したのよ」
「そりゃ」
口を開けたまま言葉を選んでいるのか、一向に続きを話そうとしない。
「ちょっと?いつまで惚けてんのよ」
ボケた?そう思い、テーブルに身を乗り出してハデスの目の前で手をひらひらさせてもまるで反応しない、瞬きすらしていない。
「は…これ、まさか…」
ボケているわけでも惚けているわけでもない、動きが完全に停止してしまっている。ハデスだけではない、世界そのものが止まってしまったかのようだ。
「なっ!何、あれ…」
口を開けたまま固まってしまったハデスの頭上越しに一つの穴が生まれた、黒く、目には見えない小さな塵がその穴に集まっていく。ついで、塵同士が結合し、一つの輝きが誕生したかと思えば爆発。鮮烈な光が周囲に散っていった。止まっていたかと思った世界が再び動き出して、固まっていたハデスが言葉を発した。
「そりゃプログラム・ガイアに決まって……ん?何だあれは、あんなものいたか?」
視線は私よりさらに後ろに注がれている、ようやく聞けた言葉に気を取られながらも振り向いてみれば、一つの民家の上に明らかな異物が居座っていた。
「はっぴゃぁああっ?!」
「ハデス!それと私!」
私が叫んだと同時に怒って何処かへ行ってしまった私が息せきを切りながらも戻ってきていた、その顔はとても険しい。
「やぁ、あれは何だ?どうしてあんなに大きな蜂があんな所にいるんだ」
「そんな悠長なことを言っている場合ではありません!この街が巨大な蜂に襲撃を受けているのですよ!」
「そりゃまた、ここいらならオーディンあたりか?また新しい兵器を作ったもんだ」
「いいから早く支度をしてください!この街の人達を守りますよ!」
「どうやって?」
「それはっ!」
感心した、私に。やっぱりハデスはハデスだ。あ、そういえばこっちのハデスのことを忘れていた、迎賓館にマテリアルを寝かしつけていたままだった。
私達の頭上を何かが通り過ぎて太陽の光が遮られた、見なくても分かる。別の蜂が飛んできたのだろう、その方角は迎賓館だ。
「あー、嫌なことお願いしてもいい?」
「内容によるな」
「ハデスのマテリアルを回収したいんだけど…いやマテリアルと呼んでいいのか分かんないんだけどさ、多分このままだとだいぶヤバい…」
「どこが嫌なことなんですか!いいから行きましょう!ハデスは街の人の誘導を!こんな時ぐらいはマキナらしく振る舞いなさい!」
「はいはい、どうせ勝てっこないのによくやるよ、私の司令官は」
余裕があるわけではないな、何事にも消極的になっていただけだ。私と私でハデスの尻を強かに叩いてから迎賓館へと急いだ。
◇
「では、あの蜂、クモバチと呼ばれる生き物はテンペスト・ガイアと呼ばれるマキナが作ったものなんですね!」
「そう!どうしてだかここに紛れ込んでいるみたい!」
「もしかしたら!あなた方のハデスがアクセスしたのが原因なのでは?!」
「あり得る!」
走りながら私に説明をしていた、あの蜂が何であるかを、すぐに飲み込んでくれて助かった。
民家の庭から抜け出してあの夜に走った通りに出るまで数回、クモバチが上空を飛んでいった。その禍々しい手には既に人が貫かれており、晴れているにも関わらず赤い雨を降らせた。乾いた風には血の臭いが混じり、人の叫び声も運んできた。
(私達のせい?!やっぱり私達のせいなの?!)
ここは本当に捨てられたデータの溜まり場なのか?疑惑は拭えないが、そう割り切ってしまえばいくらか自責の念は薄らぐ、だがこの胸の罪悪感と首筋が泡立つ感覚は一向に消えてはくれなかった。
荒い息のまま角を曲がれば、あの夜に扉の真ん前に立っていた女性が一匹のクモバチに襲われそうになっていた。顔は驚愕と恐怖に崩れ今にも取り乱しそうになっていた。
「逃げてっ!」
「プエラ様!」
「何をやっているの!早く!」
クモバチがその手を構えた、後は一刺しするだけ。もう間に合わない、そう思ったのに私の足は止まらなかった。
「待って!あなたも危険です!」
知ったことか!返事は返さず手を構えていたクモバチの背中を目掛けてタックルをしてやった。案の定びくともしなかったが動きは止められたみたいだ、構えていた手を下ろしてそのまま、
「え」
こちらを見ずに払われたクモバチの手に、私のお腹がこれでもかと抉れてしまった。不思議と痛みはない、あったのは衝撃だけ、それと花の匂いがふわりと漂った。少し遠くから私の名前を呼ぶ声と、微かなタービン音。じわり、じわりと痛み始めたのはお腹ではなく背中だった。どうやら私は地面に仰向けに倒れているらしい。そして、抜けるような青空よりなお青く、私の所に舞い降りてきたのは輝くような青色をした人型機だった。
「あぁ…ナツメ、会いたかったよ……」
きっと私を迎えに来てくれたのだろう、早く、あの手で、早く、あの声に...甘えたい。あの日の続きをしたい。そう、切に願ったのに、私の耳に届いたのはよく通る青年の声だった。
「諦めるのはまだ早いよ、僕の名前はバルバトス、これからは末長くよろしくね」
72.c
コクピットの中からは、私の青い機体越しに復活したばかりの高速道路が見えていた。何台かの乗用車が走り、後は殆ど支援物資を乗せたトラックばかりだ。ウロボロスに破壊されてしまった高速道路が通ったおかげで、第十二区より先にある区へようやく復興の手を伸ばすことが出来たのだ。
[ナツメ、彼らの護衛が終わった後は第二区へ飛んでちょうだい]
「了解マム、休まなくていいのか?」
[平気よ、仮眠は取ったから、それより悪いわね、皆んなには休みを取らせてあるのにあなただけこき使ってしまって]
「いいさ別に、どのみち休日はいつも体を動かしていたんだ、トラックが走っているところをのんびり見ているのも悪くない」
まぁ嘘なんだが。休みの日は一歩たりとも外には出ないのが私だ、気を遣わせないために吐いただけだ。
「それよりカサン隊長は平気なのか?昨日の夜に試験飛行をしたんだろ?」
[そうね、身体に問題はないわ]
「精神には問題があるのか」
[あたしもお星様になると言ってまるで話しにならないのよ、彼女のおかげで試験はパス出来たから良かったけど、カサンは以外と脆いのね]
「いや、あれが普通だと思うぞ?私達に基準を置くのはやめた方がいい」
[それもそうね、そうするわ]
「それで、今度は何をすればいい?」
[ビーストの襲撃で搬送計画が頓挫していたからその手伝いよ、第一区のモノレールの駅に人を待たせてあるから、先ずはそこに向かってちょうだい]
「了解マム」
トラックが分岐ジャンクションに入ったところで操縦桿を倒し機体を反転させた。その折りに太陽の光が直接コクピットに流れ込んできた、いくらか目を細めた後、今さらのようにコクピットの防眩フィルムが作動して光を和らげた。
[ねぇ、そのマムっていうのは「母」って意味があるわよね?]
「そうだが?」
[これからもマムを使うのなら遠慮なくあなたを子供扱いするわよ、いいかしら?]
「それなら遠慮なくこちらも甘えるがいいのか?」
「減らず口ばかり」そう愚痴を言ってはいるが、心なしか声音は楽しそうにしていた。
◇
ティアマトに指定された場所は第一区のモノレールの駅だ、第一区の外側に取り付けられたモノレールのプラットホームに直接人型機を着陸させた。今となっては全面封鎖されているので駐機させられたが、これが平時なら大騒ぎになっていることだろう。コクピットから電動ロープを使ってホームへと降りた、壊れたベンチに赤黒い染みを残した柱が目に映り、ここでも無残に散っていった命を垣間見た気がした。
(いつまでこんなことを続けるつもりなんだ…)
幸か不幸か、私はここで行われた「調整」の理由について知っている。だが、あの赤黒い染みを残していった人の代わりに明日があるだなんて思いたくなかったし喜べるはずもなかった。しかし、私はこうして生きている、それだけが事実だ。ならば、打てる手は打たねばいつまで経っても変わらない。次に散る命がアヤメとも限らないのだ、それだけはあってはならない。
プラットホームに回す電力もカットしているのか、普段なら健気に動いているエスカレーターも止まっており、自分の足で上った。固い足音が周囲に響き、上りきった先で一人の男性が待ち構えていた。
「は、初めまして、私は第二区の区長をしている者です、名前はランタンと申します」
「ご丁寧に恐縮です、私はナツメと申します、ピューマの搬送をお手伝いに上がりました、待ち合わせはサービスエリアと聞いていましたが…」
「い、いえ、遠目からでもあの姿が見えましたので、失礼のないようにと…」
ランタンと名乗った区長は随分と腰が低いように思う。顔もお腹も丸っと太った、気の良さそうな人に見えるが今は眉を曇らせていた。
「そうですか、ピューマは今どちらに?」
「こ、こちらです」
そう言ってから、先を歩き私に案内してくれた。こういう扱いは苦手だ、まるで人の上に立ったかのように錯覚してしまう。
先を歩き出した区長に続き私も歩みを進めた、エスカレーターを上った先も酷い有り様だった。死体こそないが、あちこちに血の跡が残っており、誰かのバッグやら端末やら、挙句に子供が持つような人形まであった。
「…………」
「…襲撃を受けた時、真っ先にここへ逃げ込んだ人達が待ち伏せしていたビーストに襲われてしまいました、まるで狩りをするかのように」
「区長のご家族は?」
「平気です、いざという時は価橋を渡らせないようにする守りがありましたので、おかげ様で第二区は被害にあっていません」
「それは良かった…一度その守りを拝見させてもらっても?何か概要が分かる資料でもあれば、」
区長の話しはぴんときた、他の区でも同様にビーストから守る術を「街」そのものに仕込むのはありだと思ったからだ。それと、一歩引いたように接していた区長が、ぐるりと向きを変えて私の目を真っ直ぐに覗き込んできた。
「そうですか!あの橋に興味がありますか!」
「え、えぇまぁ…その、橋というよりは守りについてですが…」
「橋も守りも同じこと!では早速あの橋について、」
「ちょ!少しお待ちください、先ずはピューマを第二区へ搬送するのが先かと…」
「そ、そうでした、これは失礼、価橋に興味を持たれたのがあなたが初めてのことでしたので、つい取り乱してしまいました、あっはっはっ」
「はぁ…」
「それなら一仕事終えた後にじっくりとご説明致しましょう!」
「はぁ、よ、よろしくお願い致します…」
あれだな、時には一歩引くのも大切なことなんだな。急に打ち解けた(?)区長が私の隣に並び、終えた後にと言った舌の根も乾かないうちに早速講義が始まった。
「第一区と第二区を繋げている橋は逆ランガー橋と呼ばれているものです、この名前については?」
「知っています、圧縮力で荷重を支えているのですよね?」
昔の話しだ、軍学校に入学するために勉強したことがあったのだ。私は晴れて特殊部隊の配属となったが、区部隊と呼ばれるところでは、価橋で行なう任務もあったため架けられている橋についての知識も必要だったのだ。錆びついてしまったと思っていた知識がすんなりと口から出たことに感謝したが、言わなければ良かったとすぐに後悔した。我が意を得たりと区長が馴れ馴れしく私の肩を叩いてきたからだ。
「いやぁ!さすが特殊部隊の人だ!よくご存知で!その通り、あの橋は弓なりに作られているから本来必要な橋台もそこまで必要ではない、まさしくこの街に適したもの言える」
「どうやって侵入を防いだのですか?」
「いやぁ君は本当に嬉しいことばかり聞いてくるね!よくぞ聞いてくれた!それはとても簡単な話しさ、床版ごと落としたんだ」
「落とした?」
そこで私が呼ばれた合点がいった。つまりあの橋は今は使えないということだ、そう思ったのだが...
「そう、もう間もなく復旧作業が終わるはずだから問題なく使えると思うよ」
区長の言葉に驚いた。
「復旧作業が終わったぁ?どうやって?他の橋と違って一から組み直さないといけないのでは?」
区長が言ったように橋台と呼ばれる橋を支える土台が存在しないため、両端にタワーないし建設する橋に耐えうる構造体を作らなければならない。他にも建設方法はあるが第二区はそのようして架けられた...のではないかと、勉強して知ったのだ。
「それがね!必要がないのさ!何故なら、」
さぁいよいよこれからだと言う時に、助け...と言うのは失礼だな、邪魔をしてくれた人が現れたおがけで区長の講義が中途半端に終わってしまった。機能していない改札口を通り過ぎた先でタイタニスが立っていたからだ。
「久しいなナツメよ、息災か」
「あぁ、お前も変わりがないように見えるな、その隣にいる少年は?」
あんなに調子付いていた区長が黙りとしてタイタニスを見つめ、その奴の隣には少年が睨むように立っていた。
「エフォルだ、縁があって第二区のピューマ達はこいつに面倒を見てもらうことになった」
エフォルと呼ばれた少年は、自分の紹介をされたにも関わらず表情を一つも変えない。それに髪染めに失敗でもしたのか、毛先から根本にかけて色が落ちていくような髪をしていた。不躾に見過ぎたせいか、エフォルが言葉を選ぶことなく声をかけてきた。
「あまりじろじろと見るのはやめてもらえませんか?」
「これは失礼、変な髪をしていると思ってな、髪染めに失敗したのか?」
「何だと…これは地毛だよ!」
「こ、こら!エフォル君!やめなさい!」
慌てて区長が止めに入るが口の勢いは止まらなかったらしい。
「そういうあんただって子供と変わらないその胸をイジられたら怒るだろっ!」
「何だと…これでも成長しているんだぞ!」
「張り合うのか?ナツメよ」
「おれの妹のほうがまだ胸がおっきいよ!」
「何だとこの野郎…だったらその妹とやらに会わせろ!」
「誰がお前みたいなおとこ女に会わせるか!……うわぁっ?!ちょ、いだだだっ!は、離せ!」
よくも私のことをおとこ女と言ってくれたな、一番腹が立つ暴言を吐きやがって!エフォルのこめかみを拳で挟み、暫く痛めつけてやった。
◇
[少しは気が済んだか?]
「いいやちっとも、それよりこっちの準備は終わったぞ、いつでもいい」
少し遠くから「出してくれ」と声が聞こえ、タイタニスから発進の合図がなされた。
[少しの間だが護衛を頼む、ビーストはないだろうが、火事場泥棒がここ最近では多くてな、人型機が空を飛んでくれているだけで襲撃頻度が極端に落ちるのだ]
「そりゃどうも、確かお前の案だったと思うが」
[さぁな忘れたよ、ここ最近は何かと忙しい身でな、心身ともに充実している]
典型的なワーカーホリックだな、ホリデーホリックと新しい言葉を生んだリアナに会わせてやりたい。
「充実したら傀儡英雄のことも忘れるのか?初めて聞いたぞ」
[安心しろ、お前は傀儡ではない、アオラに変わった新しい基地の責任者だ]
「ふざけるなよタイタニス、私は同意した記憶は一つもない」
[抜擢とはそういうものだ、観念しろ、アオラは整備舎に籠もったきりだ]
あの野郎...道理で姿を見せないと思った。
プラットホームから飛び立ち、左手に見えていた価橋を視界に入れて機体を向かわせた。少し遅れてからピューマ達を乗せた大型のトラックが現れ、橋の床版を巻き上げるように突き進んで行く。あんなに脆かったか?
「おいタイタニス、速度を落とせ、橋が壊れる」
[うむ?何だこれは...木材?いつの間に変わっていたのだ]
「……そうか、この橋もお前が架けたものなのか」
[無論だ]
「その橋についてなら、ランタン区長に聞いてみるといい、何やら詳しく話しをしていたからな、何か知っているかもしれない」
いくらかスピードを落として進むトラックを再びコクピットから眺めた。
◇
小一時間ほどしてようやくトラックが第二区に到着し、一番栄えているであろう区の中心部にトラックが停車した。もう既に話しが行き渡っていたのか、大勢の人がバスターミナルに集まっていた。片手に端末を持ち、今か今かと待ちわびているようだ。さらに上空へ手を振っている者がいた、おそらく人型機に乗っている私へ向けたものだろう。
(面倒くさそうだ、後はタイタニスの仕事だが…)
そう思った矢先、タイタニスから通信が入った。
[何をしているナツメ、お前も降りてこい]
「どこに降りろと…」
着陸できないことを言い訳にしようかと思ったが、随分と懐かしい姿を見つけて思わず黙ってしまった。そしてその人が場所を開けるようにと身振り手振りで観衆をターミナルから遠ざけていく。
(仕方がないか、たまには顔を見せるのもいいかもしれない)
高度を下げていくにつれ顔が良く見えるようになってきた、相変わらず体格がデカい女だ、昔何度怒られたことか。トラックから降りたタイタニスが早速作業に取りかかっており、区長と一緒になって荷台にいるピューマを外へと誘導していた。トラックより少し離れた位置に機体を着陸させて、束の間ファラがトラックに隠れた。コクピットのハッチを開けている間にこのまま逃げてしまおうかと思ったが、先回りされていたようですぐ下に待ち構えられていた。観念した私は慣れた手つきで電動ロープに足をかけて機体から降りていく。
「アヤメとアオラは一緒じゃないの?」
「何だその挨拶は、久しぶりだと言うのに冷たいな」
地面に降り立つ前にから声をかけられた、言葉とは裏腹にその顔は今にも泣きそうになっていた。
「お帰りなさい、ナツメ」
「あぁ、変わらずデカいなファラは、少しぐらい縮んだらどうなんだ」
私の暴言にもまるで反応しない。
「何も変わっていないようで安心したわ、その口の悪さが皆んなにうつらなければいいけど」
私とアヤメ、それからアオラがお世話になっていた孤児院でよく面倒をみてもらっていたのがファラだった。昔はただの施設員として働いていたが、今では院長の肩書きを持っているらしい。
ファラの少し後ろから、四人の子供たちが遠まきに私達を見ていた。成人しているのか若い二人とまだ小さい子供が二人だ。
「あれは?もしかしてファラが面倒を見ている子供たちか?」
「えぇそうよ、また後で紹介するわ」
「私が会って平気なのか?口の悪さがうつるぞ」
目を細め、和かな笑顔を浮かべたファラにこれでもかと肩をどつかれてしまった。
72.d
中層の空に昇った太陽の光が、私達が歩いている森を黄金色に照らし上げていた。大樹の梢から差し込む光が、落ち葉に覆われた地面に柱となって降り立っている。
徒歩で道路を渡りきり、すっかり無言になってしまったお姫様を連れてここに到着するまでに何体かのピューマを見かけた。そして、どのピューマも私達を見るなり慌てたように逃げ出していくのだ。おそらくはーこんな言い方も酷いものだがー盛んにピューマが狩られていた時代なのだろう。幸運にもピューマの亡骸を見ずに済んでいたのだが...
「グガランナ様、あれは?」
小一時間ぶりに言葉を発したお姫様の言った通りに視線を向ければ、獣、あるいはピューマによってならされた獣道の左手に吊るされた亡骸があった。後ろ足を縛られ樹の枝に括られているのはおそらく鹿だ、体内を循環している人工血液が地面に滴り落ちていた。森の濃い匂いを運んでくる風に揺られ、小さく軋む音を立てていた。
「……ピューマよ、おそらく街の人に殺されてしまったんだと思うわ」
「何故?ピューマは食用にも日用品にもならないのですよ?」
「……娯楽よ」
「……………」
お姫様から息を飲む気配がした、私は獣道からピューマが吊るされている樹へと向かうために生い茂る草を掻き分けていく。後ろからお姫様も付いて来ているようで、地面に落ちていた枝を踏み折る音が聞こえた。ピューマが吊るされた樹の頭上から光の柱が立ち、亡骸を鮮明に照らした、銀にキラキラと輝く様は不謹慎にも綺麗だと思った。
「何と…哀れなことか…」
「………」
その言葉はピューマにではなく、手にかけた人間に向かって発したものだろう。そしてまた一つ、後ろからぱきりと音が鳴った。
「?!」
「後ろに隠れて!」
「まっ、待ってくれないか!あ、怪しい者じゃないんだ…」
素早くお姫様の手を引いて背中に隠し、後ろを見やれば眉尻を下げた一人の青年がひっそりと立っていた。髪はざっくばらんに伸ばしてまるで自分で散髪したかのよう、そして髪の根元が少しだけ色落ちした金の色をしていた。
「………」
「ち、違うんだ、僕の話しを聞いてくれないか、たまたま君達がこっちに行くのを見かけたから、その、後を追いかけただけなんだ」
「それを怪しいと言うのでは?」
「それは、確かに…君達こそこんな所に何の用事があるんだい?まるでドレスのような格好だし、森に入る服ではないよね?」
「なら、あなたは森に入ってこのピューマを仕留める為の服装をしていると?」
「!」
私とお姫様を指摘した青年も、はっきりと言って森に入るような服装ではなかった。街中の、それこそ勉学に勤しむ学生のように薄手のシャツの上からジャケットを羽織っているだけだった。
「……お願いだ、君達が何者かは知らないがこの事は秘密にしててほしい」
「そうですか、ならこちらの言い分は分かりますよね」
「…あぁ、分かっている」
「今すぐ街へ行けるように手配しなさい」
「え?」
突然強気になったお姫様の「言い分」とやらを聞いた青年が固まった。予期せぬ言葉だったのだろう、私もそうだ。すぐ後ろを向きお姫様に問いただした。
「…ちょっとあなた!何でそんなことを言ったのよ!ここは逃げるところでしょう!」
「…何を仰いますかグガランナ様!向こうから奴隷になると言ってきたのですよ!ここは足代わりに使うのが定石でしょう!」
「…誰が奴隷になるって言ったのよ!」
「…それにあんな気弱な男なら見目麗しい私達に出せる手も股間もないでしょう!」
「…変な言い回しをするな!」
「あ、あの、僕はどうすれば?」
放ったらかしにしていた青年が律儀にも声をかけてきた。下らない喧嘩をしている間に逃げれば良かったのにと思いながらも、お姫様の「言い分」に乗っかることにした。
「ときに、あなたはここまでどうやって来たのかしら」
青年からの答えを聞いて、逃げれば良かったのに!と二度目を思った。
「あ、歩いて、だけど…」
◇
こんな行きずりもあったもんだと感心しながら青年の話しを聞いていた。ちなみに青年の名前はセルというそうだ。
「ピューマを手にかけたのはどうしても知りたいことがあったからなんです、これだけは信じてください」
「私と同衾して手を出さなければ信じましょう」
「え、同衾ってそういう意味でしたか?」
「無視して結構よ」
「はぁ…」
「それで、知りたいこととは何?命を奪ってまであなたは何を知りたかったの?」
青年、セルが先導してくれたおかげですんなりと森を抜けて、遠目に見えているエディスンの街を目指して歩いていた。黄金色に照らしていた太陽から、今は茜色に染まりゆくであろう狭間にある橙色の光を中層に放っていた。
「…それです、命についてです、何故昔の人間は殺しなんかをしていたのか、それを知りたかったのです」
「意味が分かりませんわ」
「だと、自分でも思います…」
「そうではなくて、あなたは何故そのような疑問を持ったのでしょう」
「それは……」
私達よりいくらか低い背丈ではあるが、確かに女性ではない大きな背中を丸めて下を向いてしまった。言葉を選んでいるのか言いたくないのかは分からない。
「まぁいいわ、あなたが滅多に手を出しただけだということが分かったから」
「よろしいのですか?いくらピューマとは言え、命を殺めた人ですよ?」
いくらか逡巡した後、丸めた背中を正しておずおずと聞いてきた。
「…その、一ついいですか?」
「早速手を出したいと?本当に男という生き物ときたら…」
何なんだお姫様は、何故急に下ネタに走るようになったのか。黙ってお姫様の頭を叩いてセルの続きを促した。
「あ、いえ…さっきからぴゅーまと言っていますが、あれは鹿ではなくて?ぴゅーまという名前はどこから…」
「あなたの方こそ、ピューマを知らないのに鹿は知っているのね」
「僕の家系…のおかげですかね、動物については人より明るいんです」
「あなたはちゃんと髪の毛があるではありませんか、その色は確かに人とは違いまふぅぅ?!」
「誰がハゲの話しをしているのよ!知識が豊富という意味よ!少し黙っていなさい!」
お姫様の両頬を片手で鷲掴みにして黙らせた、すると痛いはずなのに目がとろんとしているではないか。
「はふぅ…」
「何なのあなた、山を越えている間はあんなに元気がなかったくせに」
「山を、越えてきた?まさか隣街から来たのですか?」
私とお姫様のやり取りを聞いたセルが目を剥いている。
「それが何か?」
「それは、それは不味いですよ、今この街は隣街と争っているんです、身分証は?」
まさか...あの捨てられた車の中にあったプレートのこと?
「……いいえ、持っていないわ」
セルがさらに驚いた。
「持っていない?!………捨ててきたと、いうことですか?」
ここで逃がすのは不味いと判断した私は、お姫様から手を離してセルの両肩に手を置いた。
「セル、お互いに持っているものがあるわよね?そしてそれは他人に渡せるものではない」
「何が言いたいんですか?」
今のはセルではない、お姫様だ。
「秘密よ、あなたと私達、お互いに協力すべきだと思うの、具体的には寝泊り出来る場所ね」
「………わ、分かりました……僕の自宅で良ければ……」
「代わりと言ってはなんだけど、ピューマについて持っている知識を提供するわ、これでいいかしら?」
「は、はい…」
打ち解けたと思っているのは私だけのようだ、出会った時からセルの表情は変わらない。ずっと眉尻を下げたままになっている。
そういえば、私も随分と男性と喋るのに慣れたものだと、ここにはいない彼、あるい可愛いらしい天使を思った。
◇
いや私にとって天使は一人だ、いや天使ではなく私の旦那だ。いや旦那ではない彼女は女だ、待てよ、結婚相手に異性もないなら旦那でいいのでは?何せ私はキスをしてもらったのだから。
「アヤメぇえっ!!」
まだ収まらない、天使であり旦那であり嫁であり、私の全てである彼女に対して希求する心、あるいは恋しさは、たった一度叫びを上げただけでは全く収まらない。
「アヤメぇえっ!!私の天使ぃいっ!!」
叫んでも大丈夫、何せここはセルの自宅だ。それに一つの部屋を一人で使っているから、しかし防音が整っているかと言われたらその限りではない。
「静かにしてくださぁあいっ!丸聞こえなんですよぉおっ!!」
早速お隣さんから苦情がきた、部屋に入る前に散々ぱっら注意したおかげで丸裸にはなっていなかった、きちんと上下を薄い下着一枚で隠していた。
「いや下着一枚ってどうなのよ」
「それよりも隣から頼りにしている人の奇声を聞かされる私の気持ちを考えてくださいまし!」
あら、私って頼りにされていたの?ディアボロスがよくやっている仕草、片手で顔を覆い威厳を持たせた声でお姫様に命じた。
「我が名において命ずる、今すぐに服を着よこの豚め!」
「はぁ?ふざけるなら本気で追いだしますよ?」
この女のスイッチがどこにあるのかさっぱり分からない、さっきは顔を挟まれただけで感じていたくせに。
ふらふらとした足取りで私の部屋に入ってきた、お?やるか?と臨戦態勢を整えるとその場でお姫様が崩れ落ちてしまった。
「………すぅ……すぅ」
「あらら、余程疲れていたのね……」
重くはないが「私より」決して軽くはない細い体を抱え起こしてベッドに寝かせてあげた。お姫様の寝顔は少し、苦悶に歪められているがそのうち疲労も取れることだろう。セルと接していた時のあの異常なテンションは、疲れからくるものだったのだ。私も大して人のことは言えないが。
(疲れたら下ネタを連発するってどうなのよ)
到着したセルの自宅は幸運にも、街の外れに位置する場所にあった。太陽は沈み茜色から夜の帳へ変わりゆく時間帯にエディスンに着いたのだ。私の部屋から濃い群青色の空の下に、大聖堂の屋根が小さく見えている。この街に住む人をまだ見てはいないが、とても戦時中とは思えないほど静かな所だった。
階下から足音が聞こえてきた、私とお姫様の騒ぎを聞きつけてセルが様子を見に来たのだろう、その足取りはとても軽く男の人が立てる音ではないように思えた。そして、
「何か大きな音がしましたが、何かありました………」
「…………」
部屋に顔を覗かせたのは、クラシックなメイド服に身を包んだアヤメだった。
◇
「驚かせてすみません、いつもお世話をしてくれている人が無断で部屋に入ったようで……」
アヤメじゃなかった、人違いで助かった。あともう少しで飛びつくところだった。今もセルの後ろにひっそりと佇んでいるメイドさん、良く見てみればアヤメではないのが一目瞭然だ。ま、確かに顔は似ているが後光は何も差していないし、小じわが目立っている。もしかしたら、アヤメが歳を取った姿に似ているかもしれないが残念、天使は歳を取らないから一生分かることはない。
ではなく。
「食事も用意させてもらったのですが、もう一人は?」
「彼女なら気にしないでちょうだい、もうすっかり寝てしまっているから」
「はぁ…それで、あなた方はどうして山を越えてきたのですか?」
セルが話題を切り出したと同時にメイドさんがするすると部屋から出ていった、思わず追いかけたくなったが何とか堪えた。
(はぁー!全然ダメ!やっぱり意識してしまう)
「…グガランナさん?」
「……今からする話しは他言無用でお願いするわ、信じる信じないはあなたに任せるけど」
「それは、聞いてみないことには…」
出された食事には手を付けず、私の話しを一身になって聞いてくれていた。出された時は温かい湯気を上げていたが、すっかりと冷えてしまったスープに一口付けてからようやく話しがひと段落した。
「あぁ…何と言えば…僕も娯楽小説を読んだりはしますが…今の話しは…」
「あら、信じようとしてくれているの?」
「…はい、一応は…あの森にいたこともそうですし、身分証も持っていない、鹿であって鹿ではないあの動物をぴゅーまと呼んだ、それに何より…」
「私達に秘密を握られているから、かしら?」
また、あの眉尻を下げた表情で私を見て、答えることなく出されたスープに口を付けていた。
「……この街のサーバーにアクセスする方法についてですが…それは何も僕達が持っている端末、ではないですよね?お話しから察するに」
「そうね、この街を統括しているマキナが利用しているものかしら、名前はガイア・サーバーと呼ばれるもの、聞いたことは?」
もう一度、セルがスープに口を付けており首を振って答えてくれた。
「そもそも、僕達一般市民はマキナとの接点はありませんから」
「あなたはどう思うの?マキナの為政については」
「どうと言われても…ずっとそうでしたからとくに……あぁでも、」
何か思い出したのか、カップを少し乱暴に置いてから教えてくれた。
「昔の人達はそうでもなかったみたいです、何度か抗議を行ったこともあるみたいで、さらに大昔はマキナのせいで起こった戦争もあるそうなんです」
「マキナのせいで…戦争に?」
初耳だ。
「はい、これについても家のおかげで知ることが出来ました、学校の教育課程ではまず知ることは出来ません」
「あなたの言うその家とは何?森でも家系がどうと言っていたわね」
「………記憶を残していくことです」
「記憶?記録ではなく?」
「……はい、僕の家では代々「アンドルフ」という名前と記憶を受け継いでいるのです、それこそこのテンペスト・シリンダーが稼働した当初から……」
「言葉を返すようで悪いけど、それは読んだ小説のお話しかしら?」
そこでふと、セルが笑顔を浮かべた。
「まさか、実話ですよ」
「何故そんな事を?」
「……来るべき日の為にと、そう、父から教わっています、意味は分かりませんが…僕からすればただ迷惑なだけですよ、あなたに想像出来ますか?自分が自分ではなくなる瞬間が生きながらにして訪れる恐怖が」
「それは…」
マキナとしてリブートを受けることに近いのだろうか...確かにそれは一つの終わりかもしれないが、彼の場合は違うのかもしれない。
「名前はまだ良い、けれど記憶は絶対的に必要ない、それを証明するためにもあの動物を手にかけたんです」
「何を、証明しようとしたのかしら」
「僕個人の有用性についてです、様々な知識と経験を蓄えたのなら、過去から引き継がれている記憶の必要性が薄らぐと……そう、思ったんです…」
「………」
「何故、昔の人達は動物を殺す必要があったのか、それこそあなたから教わったピューマについても何故今禁止されていながら密かに行われているのか…明確な答えを持てば記憶は要らないはずです」
「………そうね」
セルの表情変化がとても激しい、沈痛に眉を下げたかと思えば生き生きとして語り出す。見ていられない、精神的不安定になってしまう話題のようだった。
聞き出したことをいくらか後悔しながらマキナの話しへと戻した。
「それと、この街で統治をしているマキナの名前は分かるかしら?」
「……あぁ、はい、ティアマトとタイタニスと呼ばれているはずです、と言っても、議会にも顔を出したりはしていないですし、殆ど名ばかりみたいですから」
この街、エディスンでは市民の投票を得た一人が為政を行う、所謂議員内閣制度を取っているとのこと。そこまで大きな問題は発生していないみたいだが、他所の街から何かと干渉を受けているのでその対応に忙しいみたいだ。
(ティアマト、それからタイタニスか…)
直接コンタクトを取れるだろうか、追い出されてしまったあの街では、実質的な統治はオーディンが行っていたため容易に会うことが出来たが...ここではどうかは分からない。
不透明だった世界に少しだけ光が差し込んだかに思えたが、その代わりにまた新しい不安の種が蒔かれてしまった思いだった。
◇
食事を終えてセルにお礼の言葉を述べてから退出すると、クラシックなメイド服を脱いだアヤメ...に似た女性がちょうど家から出て行こうとしていた。髪は私と同じ長さ、そして服装は年不相応、と言うと失礼だがデニム生地のパンツにオリーブ色のブルゾンを羽織った出で立ちだった。そして私はとくに考えることもなく女性を呼び止めていた。
「あ、あの!い、今からお帰りに、なるのでしょうか」
「はい?えぇ、そうですが…何かお部屋に至らないところがありましたか?」
「い、いえ!そうではなくて、その、私の友人にとても似ていたものですから、初めてお見えした時は驚いてしまって…」
ここで「天使」と言えなかったのは一生の不覚だが仕方ない。さっきはまるで似ていないなどと言ってしまったがアヤメにそっくりなのだ、知らず知らずのうちに緊張してしまっていた。
「そうですか…」
そう、和かに浮かべた笑顔にどきりと心臓が跳ねた。何とか引き留めようと話題を私から振った。
「ここに、住んでいるわけではないのですね」
「はい、他にも預かる家がありますので時間帯に分けて回っているんですよ、住み込みなら食事も出て楽なんでしょうけど、性分柄一つに留まるのがとても苦手なもので」
気さくに答えてくれたことに調子づいた私はさらに会話を続けた。
「お名前をお聞きしてもよろしいですか?私はグガランナと申します」
「まぁ、とても強そうな名前ですね、私はメリアと申します」
め、メリア...似ているような似ていないような...それに強そうだと言われてしまった。喜んでいいのか分からない。
「私に似ているというご友人は?この街にいらっしゃるのですか?」
帰ろうとしていた足の向きを変えて、私に向き直ってくれた。さらに向こうから話題を振ってくれたので今までに感じたことがない、そわそわとした、けれどどこか浮かれたように楽しい思いをしていた。
「いえ…あぁ、何と言えばいいのか、あのですね…」
ちょっと待てよ、浮かれるのはいいがあれこれ身の上話しをしてもいいのか。セルのように驚かせるわけにはいかないと、必死になって二の句を考えているとメリアの方からやんわりとフォローしてくれた。
「言いたくないことでしたら大丈夫ですよ」
「あ、はい…すみません…」
な、何という優しさ...こう...底無しの包容力を感じさせる言葉使いと柔和な笑みを浮かべていた。もう、留まることを知らない私の調子のせいで言葉が口をついて出ていた。
「あの、良ければ今からご一緒できませんか?」
「えぇいいですよ、途中にある職場までなら」
途中までかぁ、と少し残念な気持ちになったがスキップをしたくなる足を抑えつけてメリアの後に付いて行った。
◇
「ふぅ…それにしてもあなたは珍しい人ね、こんな風に声をかけられたのは初めてよ」
「あ、ええと…」
「砕けた口調は苦手?私はこっちの方が気楽でいいんだけど」
「い、いえ!そんなことは、急でしたので、少し驚いてしまいました…」
「ふふ、それもそうね、近くに雇い主がいたもんだからよそ行きの口調にしていたのよ」
「はぁ…それで…」
「さっきの調子はどこへ行ったの?まるで女の子みたいじゃない」
いや、あのね、違うのよ、私だってお話ししたいの。けれど何も言葉が出てこないのドキドキし過ぎて。
「あの子は置いてきて良かったの?あなたの部屋で眠ったままよね」
お姫様のことを言っているのだろうがどうでもいい。すっかり日が落ちて街灯に照らされたメリアの顔ばかり見てしまっていた。確かに顔にはしわがあった、しかしそれを隠そうともしていない。きっとアヤメも年を取ったらこんな風に、優しさの権化のような大天使になるのだろうと見惚れていた。
「別に、あの子はいいです、どうせ疲れてろくすっぽ会話も出来ないだろうから」
「何それ、妹さん?」
「ま、まぁ、そんなところです」
「そう…それでどうして私のことを誘ったの?その割にはエスコート出来ていないみたいだけど」
「あ、や、その…」
「冗談、誘ってくれたのは嬉しかったから、この年にもなれば誰からも誘われなくなるからね」
すぐ隣を歩いているメリアの声が首筋を撫でていった、私もそう改めて聞かれると返答に困ってしまうのだがこのまま別れるのが何だか...
「嫌だったからです、これっきりになってしまうのが……あ、いや、そういう意味ではなくてですね」
下手な口説き文句のようだ。
「あなたの友達には感謝しないとね」
「あ、はい…名前はアヤメというんです、別に隠すつもりはなかったのですが…」
街灯に照らされた夜道を歩いていたメリアがはたと歩みを止めた、何事かと自分の足元に向けていた視線を向けると少し驚いた顔をしている。
「…私の娘と同じ名前、そこまで一緒だなんて、不思議なこともあるものね」
そう言ってから歩みを進めたメリアの後ろ姿を束の間眺めてから、私も再び歩き出した。
(むすめ…娘?つまりは子供…一人で産むことはできない…はっ!)
旦那がいるのか...この人には...誰だ?誰なんだ?まさか私に何の断りもなく夫婦二回目の共同作業を従事していたなんて許せないというところにまで考えが至った時にようやく頭が冷えた。この人はアヤメではない。
「どうかしたの?」
「…いえ、何でもありません、私も驚いてしまって」
「そう、良かったら私がエスコートしてあげようか?」
「いいんですか?というか私はこの街についてよく知らないので……はっ」
「はいはい、今のは聞かなかったことにしてあげるから、付いて来て」
そう言いながら手を取ってくれたメリアの温もりに、「これは浮気ではない!これは浮気ではない!」と心に念を押してから甘えるのであった。