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第七十一話 秘密

71.a



 ...左肩に重たさを感じて目が覚めた。柔らかい髪の感触に、薄らと光る金色の頭。私達を拉致した車は未だ走っているようだ、なだらかではない道を街へ向けて走らせているのであろう。徐に頭を上げると項垂れるように眠っているディアボロスが視界に入ってきた、道に散らばった岩を乗り上げる度に彼の頭が上下に動いている。

 私達が乗っているのは車の荷台、そこまで広くないスペースに私とお姫様が並んで座り、ディアボロスは反対側の壁に背中を預けるようにして座っていた。彼の頭上にある取り付け窓からは山の景色から遠くに街が見え始めていた。もう間もなく街に入るのか、運転席に座っている誰かが向こうから荷台の壁を叩き、その音に未だ眠っていた二人がゆっくりと起き始めた。


「思いっきり寝ているじゃない」


「……あ、あぁ、ふぁ……」


「おはよう……ござい……」


 再び寝入りそうになったお姫様の頬を叩く。


「あぁ……眠ったのは初めて……何て恐ろしく……そして気持ちの良いことか……」


「お前は…中層を旅していた時も……眠っていたのか……」


「いいえ、私が寝るようになったのは彼女と出会ってからよ」


「え……私……そんな事、教えましたっけ、くぁ…」


「誰もあなたとは言っていない、いい加減にしゃきっとしなさい」


 あくびをしながら話しをするお姫様の頭を強めに小突いた。「痛い」と素で返されたのでどうやら普段の変態キャラは演じているようだ。

 そうこうしているうちに車が街中へと入っていった。車内から見た限りでは近代的な街並みに見える、そして荷台の扉が開け放たれ降り立った場所はどうやら基地のようであった。



「お連れしました、オーディン様」


[ご苦労、その者達は俺に任せてお前は休め]


「はっ」


 海原から見守っている、とはよく言ったものね。

車から降りた私達は歓迎を受けることもなく大柄な男に連行されて基地の内部を歩かされた。銃火器を保管している所、それから私達が乗ってきたものと同じ型の車が整列している所、カーボン・リベラのように広大な敷地ではなく一つの建物に各兵舎が設けられているような造りだ。そして、司令室と思しき場所には四角に囲われたプールがあった。青い液体に満たされたこのプールを「海原」と呼ぶにはいささか心許ない気もするが、彼らからしたら些細な違いでしかないのだろう。


[歓迎しようマキナを騙る者よ、この場での発言には気を払え]


直截(せつ)的な物言い恐れ入りますわ、払わなかった場合はどうなるのでしょう」


[答える義理はない、こちらの質問に答えよ、何故マキナを騙る]


「マキナだからに決まっているだろう」


[ならばもう一度その足に銃弾を受けてみるか?我らがマキナは身体に穴など空きはしない]


「それはあなたがガイア・サーバーからコンタクトを取っているからでしょう?下層にあるオリジナル・マテリアルでここまで来たらどうかしら」


 二人が口々に反論し私も同じように言い返すとオーディンの反応が劇的に変化した。


[な……何故それを……秘匿された情報のはず…貴様、それをどこで知った?]


「今言ったでしょうに、オリジナル・マテリアルでここまで来てみなさいな」


[答えろ、場合によってはこちらの態度も変えざるを得ない]


「俺達がマキナだからだ、下層のメイン・サーバーにエモート・コアが保存されているのも一人一人にマテリアルがあてがわれていることも、お前が唯一攻撃手段を持ち合わせたマキナであることも全て知っている」


[…………]


 プールの液面は来た時と変わらず波紋の一つもない。相手が何を考えているのかさっぱり分からない。


[……名を名乗れ]


「ディアボロスだ」


 ディアボロスが発言した後、再び反応が劇的に変化した。


[……何だお前かよ、勝手に抜け出すのはやめてくれないか、こっちは大変なんだぞ]


「うん?」


[絵に集中するのは結構な事だがな、たまには街の連中を相手にしてやったらどうなんだ、それにここ最近はサントーニからハッキングを何度も仕掛けられている、俺一人では手詰まりなんだ]


「………」


 ず、随分とまた砕けた調子に...


[その二人は何だ?というか何故お前はそっちにいるんだ]


「あ、あぁ…さ、さんとーにの街を調べに行っていたんだ、そこでこの二人と…」


 オーディンに話しを合わせるのかと思いきや、ディアボロスがとんでもないことを口にした。


「いや、重要参考人かと思ったがそうでもない、この街から追放することをお勧めする」


「なっ」


[そうか、サントーニに送った密偵からお前の報告は受けていなかったが…]


「なっ」


 今のはディアボロスだ。


[まぁ良い、早くあの二人に対策を講じなければこちらがやられてしまう、こっちに戻ってきてくれ]


「……このっ、どういうことよっ!」

「…うるさい!お前達は別の街に向かうなりして情報を集めろっ」


 私の小さな抗議を聞き入れ、プールがある部屋に入ってきた別の男に身体を押し寄せた。


「この女どもには手を出すな、何人もの男がその命を絶やしたのを見てきた」


「……は、はっ!」


(言い方ってもんが!)


 まるで汚物のように私とお姫様が扱われ、入ったばかりの司令室から連行されてしまった。



✳︎



 とりあえずこれでいい、どのみち俺達全員が拘束されてしまうんだ。あの二人には悪者になってもらってこの街から出した方がいい、それにいつまでもこんな所で油を売っているわけにもいかない。


「オーディン、こっちは久方ぶりなんだ、街の状況を教えてくれ」 


[……ログを見た方が分かりやすいかと思うが、危機的な状況は続いている、ナノ・ジュエルの消費量が変わらず減少傾向に転じない]


「………」


[このままではいずれ底をついてしまう、それに溢れた人間の家も提供できずにいる、このままでは不味い]


「…調整すればいいのでは?」


[調整……?何を調整すればいい?]


「人間だよ」


[……は?人間を……調整?まさかお前、保護対象を……]


「その方が確実だ、試しにやってみせろ、プログラム・ガイアからもお咎めはないはずだ」


[……プログラム…ガイア?]


 未だ半信半疑のままにオーディンと呼ばれたマキナと会話をしていた。この街の状況、つまりは過去の時代、今より栄えていたはずの当時ですら資源とさらには住む場所にすら頭を抱えていたのだ。現在俺が行っている対処法を口にしてみたが、向こうは俺が初めて提案した時と同じ反応をしてみせた。しかし、知って当たり前である「プログラム・ガイア」のことは初耳らしい。


「それならテンペスト・ガイアは?ここにもいるはずだ」


[お前はさっきから何を言っているんだ?]


「知らないのか?ここにいるマキナは全員で何名いるんだ」


[十人に決まっているだろう、創作ものにも手を出したのか?現実と頭の中を一緒にするのは良くないな]


 会話に沿って自然な形で探りを入れてみたが...どうやらこの時代のオーディンはプログラム、それからテンペスト・ガイアについては知らないらしい。


(そんな事があり得るのか?)


 あの街、サントーニと呼ばれた街にあったという十一人の絵画が偽物であることがこれで分かったがさらに混迷を極めた。知っているべき存在を知らないだなんて...やはり()()そのものが創作である可能性を疑った方が早いかもしれない。しかしどうやって確かめるべきか...


「忘れてくれ、それと街の人間を見て回りたい、このままもう一度外へ出るぞ」


[……あぁ]


 不思議と間のあいた返答を受けた後、俺も司令室を後にした。



 連行されて見学する暇もなかった基地を後にして、やたらと死んだ目をした守衛に監視されながらゲートを潜るとそこは街のど真ん中であった。カーボン・リベラと大して建築技術が変わらないように見える、コンクリートで建てられたビルに通りは歩道と車道に分かれ、多種多様な車が道路を走っていた。


(サントーニの街の方が好みだが…住むにはここの方が適しているか…)


 景観など何もない、代わり映えのしない景色に何も感じることはないが、ただ生きるだけなら問題は無さそうだ。

 綺麗に舗装された通りを歩く人にならってとりあえず進んでみる、街の景色から浮かないよう基地のゲート回りに植えられた樹のすぐ隣は商店になっているようだ、中をショウウィンドウ越しに見やれば何人かの客が商品を物色していた。ちらりと見えた限りでは、商品名が書かれた札には複数の言語を確認した。中には英語で表記されているものもあった。


(この街では使われているのか…)


 サントーニでは使われるいるように見えなかったが...俺が見つけられなかっただけか?

 商店を通り過ぎさらに道を歩いていく、道は緩やかにカーブをしているようで高さが全く不揃いのビルの向こうに山が見えている。


「あれは……」


 様々な店舗が入っているであろう、目にくる装飾がされた縦看板を付けたビル、その路地裏から一人の子供が顔を出して通りを伺っていた。身なりはきちんとしているとは言えず、体もどこか薄汚れていた。


(住処がない連中とは…あんなガキ達だったのか?)


 道を歩く人間は見向きもしない、俺が言えた口ではないが異常だ、ここまで文明が発展した街であの状態の子供を見て見ぬ振りをするだなんて。

 変わらず子供は不安そうに通りに眺めたままだ、そしてこちらを振り向いた時に瞬時に顔を輝かせた。どうやら俺の顔を見たわけではないらしい、その視線は少しずれており俺の後ろを見やっているようだ。誰かを待っていたのは明白だが、果たしてだれを待っていたのか。


「お待たせー」


「………………」


 俺の横を通り過ぎたのは金色の髪をした女、両手で紙袋を抱え込むようにして小走りで駆けて行く。


「……まさか」


 路地裏から顔を出していた子供と合流し、奥へと消えていく前にこちらを振り向いたその姿は、アマンナそのものであった。



71.b



 私も呑気な性格をしているなと、麻袋を被ったままでも感じる程の太陽の光を浴びながら、そう思った。まさかの爆睡。誰かに叩き起こされるまで夢の世界にいた。おかしな話しだ、仮想世界にいながら夢の世界へ行けるなんて。


「オイ、プエラ様ガオ待チダ」


「……はいはい…というか、この袋、いい加減に取って…」


 私のお願い通りに取ってくれるのか、何やら足元でごそごそとしている。そして程なくして乱暴に麻袋が取られ、また私の顔をいくらか傷付けながらようやく解放された。寝かされていたのはどうやらあのドーム状の所らしい、見上げた天井には朝日を受けられずいくらか影になった、王冠を頭に乗せた十一人の絵が描かれていた。


(何よ…合っているじゃない…)


 まだどんよりとした頭でそう思いながらゆっくりと体を起こす。上体を起こした私と太陽との間に誰かが割って入ったようだ、暖かい日の光が遮られてしまった。


「…………」


「何ダ、何ヲ見テイル」


「……は、あ、や、何でも……」


 寝ぼけていた頭も何もかもが一瞬で覚醒した、あの人が目の前に立っていると勘違いをしてしまったからだ。しかしよく見てみれば違う、切れ長の目も髪の色も同じだが似ているのは雰囲気だけのようだった、一気に跳ね上がった胸を何とか宥めてしどろもどろになりながらも答えた。相手はとくに気にしていないのか、ゆっくりと私に近寄って腕を取り無理やり立たせた。


「…ちょっと、一人で立てるから」


「ナラバ早クシロ」


 ただの他人と分かってしまえばどうということはない。


「これは…」


 無理やり立たされた地面が朝日を受けて一枚の絵になっていて、それを発見して思わず息を飲んだ。地面にはめ込まれた石が巧みに陰影を作り出し、女性の髪がなびくように浮かび上がっていた。さらに私の足元には文字が掘られているようだ。


「が……にめで…ガニメデ?あの…ガニメデ、よね」


 確か木星のいくつかある衛星の名前だったはず...何でこんなところに?それかこの描かれている女性の名前がそうなのだろうか...だとしたら可哀想だ、よりにもよって男臭い名前を付けられるだなんて。


「エウロパでも良かったじゃん」


「私語ハ慎メ」


「はいはい」


 今度は地面と天井がほのかに輝き出し、朝日とは違う明かりがドーム内に生まれた。一際強く輝いたかと思うと女性の顔を踏みつけるようにして()が立っていた、おそらくは仮想投影。その()がゆっくりと口を開いた。


「ご苦労様です、ここは私に任せてあなたは下がりなさい」


「ハッ」


 言われたままに女が頭を下げてこちらを見ることもなく階段を下りていった。その後ろ姿を最後まで見やった後、「もう二度と姿を現すな!」とやっぱり動揺していた心の内で叫んだ。

 ようやく心が落ち着いた後に前に向き直り()と対面した。が、また心が動揺してしまった。あちらさんが今にも泣きそうな顔になっていたからだ。


「いや意味が分からない、拉致ったのはそっちでしょうが」


「あの…本当に失礼なことを、どうかお許しください、こうする他になかったのです…」


「知らんがな、どう落とし前つけてくれるの?こっちは夜通し縛られっぱなしだったのよ?」


 随分と腰が低くなったのをいいことに調子に乗ってみせたが問題ないらしい、向こうはさらに眉根を下げてこちらに歩み寄ってきた。


「ど、どこか痛みますか?!」


「腕」


 「はぁ!」とか言いながら遠慮なく私の腕を持ち上げ揉み始めたではないか、変な気分だ。私自身に傅かれるだなんて。


「足」


「はい!た、ただいまっ」


 膝が汚れるのも厭わず屈んで、私のふくらはぎ辺りを一生懸命に揉んでいる。これならいけるか?


「あの絵は何?」


「む、昔を描いたものです!」


「昔って言うと「一括統制期」と呼ばれた時代のこと?」


「は、はい!」


「あの中心にいるのは誰?」


「え?」


 あら、何かマズった?あんなに一生懸命に揉んでいた手を内腿辺りまで移動させてそのまま動きを止めてしまった。その瞳は怪訝に揺らいでいるように見える。


「…知らないのですか?あなたも私自身ですよね?」


「か、確認の為に聞いているのよ!答えなさい!」


「あ、あれはプログラム・ガイアです!」


「え?」


 内腿辺りをもみもみしていた手が良からぬ所にも当たっていたので、それを止めさせようとした私の手が止まってしまった。プログラム・ガイア?あの上官ではなく何故サポートプログラムが中心にいるの?


「テンペスト・ガイアはご存知ない?」


「は?」


 あぁこれはマズった、傅いていた()が私から離れていく。


「…あなたはガイアに派遣された者ではないのですか?さっきからおかしな事ばかり言っていますが……」


「そ、そんな事ないわ!それとこの地面の絵は?!何でガニメデなのよ!」


 言われたままに()が地面に視線を落とした。


「これについては不明です、街の人達が描いたものなんでしょうが……それよりも」


 すっと頭を上げて、さっきまで見せていた自信の無さはどこにもない力強い目を私にぶつけてきた。


「あなたの正体を探ることが先です、ガイアが私に見切りを付けて新しい司令官を寄越したものとばかり思っていましたが、どうやら違うようですね」


「え、えぇー…そんなことないよ?」


 どういうことなんだ、この時代にはテンペスト・ガイアは居なかったのか?...いやそうなるよね、何せ()ですら名前について知ってはいないのだ。頭が混乱してしまっている、私達をサポートしているプログラム・ガイアが絵の中心を飾り、()の私達を束ねているテンペスト・ガイアが存在していない。


「嘘はやめてください、調べるのは簡単なことです」


「………と、友達!」


「…は?何ですか?」


「私!あなたと友達になりたくて遠路はるばるこの街までやって来たのよ!どうこの姿!自分と瓜二つならそこまで緊張しなくても済むでしょっ?」


 口から出まかせにも程があるが、ここで捕まるわけにも調べられるわけにもいかないと勢いに任せて捲し立てた。


「………そんなこと…」


「…………」


 やっぱり駄目か?昔の私は自信もないし他者と接するのにいたく臆病になっていたから、これでいけるかと思ったんだが...まぁ今でも大して変わらないけどね!


(自分で言ってて情けない)


「言われたのは始めてです!是非友達になりましょう!」


「チョロいにも程がある」


 大丈夫かこの司令官、また私に近寄り手を強く握りしめてきた。



✳︎



 昨日まであんなに必死になってお世話をしてくれていた女性が、随分と懐疑の眼差しを向けてくるようになった。私が「昨夜、謁見をしたという場所まで案内してほしい」とお願いをしたからだ、この女性からすれば私もここを支配しているはずのマキナに見えているはず、それなのにその場所を知らないなんて言われたら疑うのも当然というものだ。

 私はここが「カオス」と名前が付けられたサーバーだとは思っていない、だってそうだろう?テンペスト・シリンダーにサーバーは二つも存在しないし、する必要もない。お姫様が話していた内容はどれも信憑性が無いものばかりだ。

 女性の後を追うようにして街の中を歩く。通りからも見える家の中では、家族が団らんをしながら食事を取ったり、ある家では血相を変えて喧嘩し合っている夫婦もいた。確かにあの住人達は私達のナビウス・ネットでは再現不可能、生き生きとしたデータは作ることが出来ない。だが、ガイア・サーバーならどうだ?あの電子海に揺蕩うデータログを工夫すれば作れるんじゃないのか?

 そう、より一層に懐疑の心を持って女性の後に付いて行く。



 到着した場所はドーム状の建物だった、床は細かな石が散りばめられているだけでとくに何も無く、代わりに天井には一枚の絵があった。私は絵に明るくないので女性に聞こうかと思ったが、これ以上の失言は不味いと思い口を閉じた。女性はドームの広場に入る一歩手前の位置で立ったままだ、私を監視しているようにも見えるが...


(さて、どうしたものか…何か痕跡でもあればと思ったんだが…)


 ここで姿を見せない司令官が謁見を求めたというのだ、サーバーへアクセス出来る手段でもあるかと思いはしたが何もない。その場にしゃがみ込み散りばめられた細かな石を撫でていく。


(こんな所に差し込み口があったら笑い話しだが……ん?)


 あった。広場の中央より少し離れた位置に真四角に切り取られた窪みを発見した、砂やさらに小さな石も入り込んでいるがこれはまさしくプラグだ。何かの端末でも繋げるのか?


「ハ、ハデス様!」


「ん?」


 広場に入らないよう立っていた女性が随分と慌てたように私の名前を呼んだ、何事かと頭を上げて振り返ってみれば瓜二つの司令官が揃って立っているではないか。


「な……」


「そんな所で何やってんの?」


「あ、いや……」


 な、何だ?今マキナの間では双子ブームなのか?グガランナにしかり司令官にしかり...それに二人とも、この街の衣服をこれまたお揃いにして着ていたのでどっちかどっちか全く分からない。最初に声をかけてきた()ではなくもう一人の司令官も口を開いた。


「よくも昨日は私を売ってくれたわね」


「?!!」


「あんたのせいで一日中ここで寝てたんだから」

「いや誰も寝ていいなんて言ってないけど」

「そう?まぁいいや、おかげであんたとは友達になれたから」

「まぁ、まぁ、それは、まぁ」


 ...話しの内容からして、後に声をかけてきたのが()()()の司令官のようだが...ややこしいにも程がある。友達になれたと言われた司令官が頬を染めながら、また私に同じことを質問してきた。


「で、あんたはそこで何やってんの?」


「いや、ここからアクセス出来ないものかと…」


「どこに?まさかガニメデ?」


「は?何で衛星?」


「言っておくけど次はあんたの番だからね、こっちのハデス様とやらにけじめ取ってもらわないと」


 ()()()の司令官が昨日の仕返しのつもりか、剣呑な言葉を放ってきた。すかさず駆け寄り直接通信のために腕を取った。


「きゃあっ」


「え?」


 ...きゃあ?あの司令官がきゃあ?こんな反応をする奴だったかと思った時は遅かった。隣に立って未だ頬を染めている司令官が勝ち誇ったような視線を向けてきた。


「…残念、あんたと「カオス・サーバー」に来た司令官は私でした、ね?言った通りでしょ」


「…はい」


「んん?!もうやめてくれないか!どっちがどっちか分からないんだよ!昨日の事は謝るから!」


「そんなんで許すと思う?」

「私の心はそんな謝罪で癒えるほど強くできてないんだけど」

「いやその言い方どうなの、自分に強くないって言われる身にもなってよ」

「ご、ごめんなさい…」

「べ、別に分かればいいのよ…」


「夫婦漫才なら他所でやってくれ!私はただサーバーにアクセス出来るなら手っ取り早く調べられると思ったんだ!」


「あっそ、そうならそうと早く言いなさい」


 もうどっちがどっちか分からない(二人とも同じ口調で同じように頬を染めているため)、左側に立っていた司令官が手を上げた。すると間もなく太陽の光にも負けない程に輝きだした。


「あんたが偽物か本物か、どちらにせよマキナである以上はここからでもアクセス出来るはず、いってらっしゃい、どうなるか身の保証は一切ないけど」


「そういう事はなるべくやる前に言ってほしかったなぁ!!」


 私の叫びも虚しくドームに反響し、次第に体から力が抜けていく感覚に囚われた。網膜から読み取るのではなく直接?こんな方法があったのか思った途端に体が宙を漂い始めた。いつの間にか閉じていた目蓋を開けて周囲を見やれば、そこはいつもの電子海ではなかった。まさに()()


(………そんなまさか……)


 私が覚醒してから今日まで乗り越えてきた日数でも圧倒的に足りない程に、周囲は星で埋め尽くされていた。本当にここは「ガイア・サーバー」ではなかった、未知の領域だった。

 少し遠くで一筋の流れ星が見えた、真空空間であるはずなのに何と摩擦して発熱しているのか、しかしどうやら私は一つの星に降り立とうとしているようだ。足元には青く澄んだ星が見え、私の体も大気圏に擦れるようにして重力に引っ張られ始めた。



「……………」


 一人の、冥界の神が人々の声援を受けて今、天空を司る神の頭を刈り取った。雄叫び、そして大気を揺らす程の歓声が沸き上がった。冥界の神は黒い鎧を着込み、相手を威嚇する為だけに被ったかのような兜で顔は分からない。だがあれは紛れもなく()だ。頭を跳ねられたのはラムウ、その周囲にある家々は崩れ火の手が上がりその照り返しを受けて、()が身に纏っている鎧が赤色に染め上がっていた。


「………何なんだ、ここは……」


 私の疑問に答えてくれる者はいない。戦闘が行われていた場所から離れた位置に人々がいるにはいるが、まるで取り憑かれたように歓声を、雄叫びを上げ続けていた。

 代理戦争、あの日、決議の場でそう発言したゼウスの言葉が蘇ってきた。あれも真実であったというのか?()がラムウを殺したように、マキナである全員が殺し合いをしていたというのか?

 あまりの光景に受け入れられず踵を返そうとした時に何かを踏みつけた、固い感触だ。見やれば模様が彫られた一枚の金属板だった、名前がある。


『ハデス』


「…………」


 何故?何故私の名前が、何故味方同士で殺し合いをしているんだ、何故それを面白がって周りにいる連中は見ているんだ、どうして私はこんな所に来てしまったのか。ここは何だ?何故こんな記録が残っているんだ何故消さない。

 疑問ばかりの頭と、不快な胸に支配されていた時、一酸化炭素に塗れた空気で黒く淀んでいた空に、またしても一筋の光が差し込んだ。今度は流れ星ではなく人の形をした何か、そして空から鈴の音を思わせる声が一つ。


『まーたやんないといけないのか、いい加減にしてほしいんだけどな』



71.c



「はぁ…はぁ…ひぃ…ふぅ…はぁ…」


「後少し歩いたら休憩にしましょうか」


「何でぇ…そんなにぃ…元気ぃ…何ですかぁ…」


「歩き慣れているから」


「はぁ…はぁ…卑怯…」


 街の人達に追い出された私達は、車で通った山道ではなくもう一つの山を越えようとしていた。出来ることならオーディンが支配していたという街も見て回りたかったが、あの男の計らい通りに別の街へ足を向けることにしたのだ。

 山間に敷かれた道はおそらく道路、片側一車線の狭くも広くもない道をガードレールに守られながらひたすら歩く。遠くには連なった山があり青々と茂る緑が霞んで見えていた。道に沿うように伸びる針葉樹の梢に遮られた太陽の光が、汗だくになって歩いているお姫様を照らしている。私は平気だ、確かに疲れてはいるがこの道もアマンナと歩いたのだ。あの時はこの道が「道路」と呼ばれる自動車が通るものだとは知らなかったが、愚図るアマンナのお尻を突きながらひたすらに山を越えたのだ。


(…………はぁ)


 束の間、彼女のことを思い出す。最後に別れたのは五階層だ、あの時の彼女はどこか様子が変だった。私がアオラと喧嘩したあたりから、まるでこちらの様子を探るような仕草が目立った。嬉しくはあった、あのアヤメが私に首ったけ...ではないにしてもずっと気にかけてくれていたのだ。けれど理由が分からない、どうしていきなり態度を変えてしまったのか...

 考え事をしていた私の服の裾をお姫様が鷲掴みにしてきた。


「今ぁ…別のことぉ…考えてぇ…いますねぇ…そ、そんなのぉ…許しません、よぉ…」


「自分は大切な人発言するのやめてくれる?」


 いつの間に私の恋人になったのかしら。今度はアマンナではなく、もう歩きたくないとむずがるお姫様の手を取って歩き続けた。



「もう…無理ぃ……」


「はいお疲れ様でした、暫く休憩にしましょうか」


 何度か擁壁の前を通り過ぎ、綺麗なカーブを描きながら登った先にあった小ぢんまりとした休憩所で、二人揃ってベンチに腰を下ろしていた。何台か車を停められるように白線が引かれた駐車場には、乗り捨てられた車が一台だけあった。車内を覗けば寝袋やパッケージされた食べ物、それから衣服なども散らばっていた。まるで生活していたようだ。私達が座っているベンチの回りにも、アヤメが生きている時代ではすっかり姿を消してしまった煙草の吸殻も散乱していた。

 額に大粒の汗が浮かんだお姫様がゆっくりと私に向き直った。


「それで…先程は何を考えていたのですか?」


「しつこっ」


「グガランナ様のあの表情は初めて見ました、気になります」


 ...どんな顔をしていたのか気になるが...


「アヤメのことよ」


「あぁ、道理で…そうですか…一つお聞きしますが、今のグガランナ様の容姿はアヤメ様に似せたものなんですよね?」


「……それが何か?」


「それはアマンナと呼ばれるマキナもですか?」


 またアマンナの話しか...


「……さぁね、聞いたことはないわ」


「そのアマンナと一緒に人型のマテリアルを形成されたのですよね?」


「何が聞きたいのかしら」


 少しつっけんどんに言葉を返したが、お姫様は一向に怯まない。


「アマンナが上位マキナである可能性が捨て切れないからですグガランナ様、あの絵に描かれた一人を特定するまでは候補から外すわけにはまいりません」


「それが今のマテリアル形成の話しと関係あるの?」


「あなた様と私の外見がクリソツな件についてですよ、偶然で片付けられるものではありません」


「………」


 今、何て?くりそつ?


「グガランナ様は私とクリソツな件について疑うところが無かったのですか?」


「ちょ、ちょっと待ちなさい、その言い方は何?くりそつ?」


「……はっ」


「…………」

「…………」


 数瞬の間、私の生写しのようなお姫様と視線をぶつけ合った。そして、向こうは取り繕うどころか開き直ってきた。


「暇でした」


「は?」


「暇でしたので一人、サーバーに残っていた過去の動画を漁っては見ての繰り返しの日々を過ごしていました、その時の言葉がついて出ただけに過ぎませんが何か?」


「開き直るならその赤く染まった頬を何とかしなさいな」


 指摘されたお姫様が「ほやぁっ!」と慌てながら頬を擦っている。


「これは、」


「もういいから、とにかくあなたがアマンナのことを疑っているのは分かったわ」


 まだ何か言いたそうにしながらもお姫様が引き下がった。

 ...まぁ確かに、今のマテリアルの外観形成は髪と目しか設定していないし、何なら私はアヤメと同じ世代の体付きになるようにしたのだ。それが蓋を開けてみれば...けれどそこにアマンナが絡んでいるという確証は何もない、お姫様の言いがかりだ、そう思いたいのだが...


(アマンナが先にポッドに入ったのよね…)


 私の心を見透かしたように、最後に一つだけ、と前置きをして質問してきた。


「どちらが先にマテリアルを形成されましたか?アマンナ?それともグガランナ様ですか?」


「さぁね、もう忘れたわ」


「…………そうですか」


 話題をアマンナから遠ざけるつもりで、私から思ってもいないことを口にした。


「その一人というのが仮に私だったら?私に記憶がないだけで、過去に十名のマキナを従えさせていたとしたら?」


「どちらにせよ、あなた様をリブート処置した存在がいます、その存在がアマンナという可能性はあなた様の話しだけでは否定も肯定も出来ません」


 山間に敷かれた道路に小気味良い音が一つ、デコピンを打たれたお姫様がおでこを押さえて呻き声を上げている。


「いったぁ…………口で勝てないからって暴力ですか?!」


「いいえこれは暴力ではないわ、しつけよ」


「毒親理論」


 疲れていたはずのお姫様が、私が構えたデコピンから全力で逃げ回り汗だくになるまで追いかけっこをしていた。



「この車は…走れないのですか?」


「無理そうね、そもそも扉が開かないし…」


 運転したこともない、と答えようと思ったのだが難なく扉が開いてしまった。


「…………」


「開くではありませんか」


 何て不用心な...何度か車には乗ったことがあるが、皆んなきちんと施錠していたはずだ。大きく扉を開け放った途端に異臭が鼻をついた。


「くはいれす、ふはらんなはん」


「私が臭いみたいに言わないで」


 食べ物が腐った臭い、それから人の臭いもある。長年換気もせず空気を汚したような臭いだ、この車を使っていた人はやはりここで生活をしていたのだろうか。でも、何故?


「やっぱり鍵は…ないわね…」


「どうせならピッキング動画も見ておけば…」


「それって確か、ドアを開ける話しよね?車は関係あるの?」


「どうしてそのようなことを……はっ」


 わざとらしく口に手を当てて驚いたふりをしているお姫様に、再びデコピンをプレゼントしようとしたが見事に避けられてしまった。

 息を止めて車内を探してみたが鍵らしいものは見当たらず、代わりに三枚程のプレートが出てきた。大きさはお皿ぐらいだろうか、何やら彫り細工もされているようだが錆だらけになってしまって判別できない。やたらと臭い車を尻目にしてもう一度道路を歩き始めた。



 太陽が天辺に昇る時間までに、計十台近く乗り捨てられた車を発見した。そのどれもが車内泊をしていたようで、服、ゴミ袋などが必ず見つかった。そして、一番臭かった車の中にもあったようにプレートも必ず車内にあったのだ。山と山を結ぶ赤い橋の一歩の手前に乗り捨てられた車の中からは、「ティアマト」と彫られたプレートも出てくる始末だった。これが一体何を意味するものなのか...ゼウスが言っていた「代理で戦争をしていた」という言葉が脳裏に蘇り、胸がどうしても騒ついてしまう。

 車内から拾ったプレートを矯めつ眇めつした後、興味を失ったように藪へと放りながらお姫様が口を開いた。


「先程から見つかっているプレートは家紋のようなものでしょう、五つに別れた都市を行き交うパスポート代わりか、あるいはそのものが身分証なのか」


「…そうね、そうなるわね」


「……臭い……自らの身分を証明出来る程にマキナという存在は、格が高かったのでしょう、疑問なのは……」


「何故そこまでして支配体制を築いたか、よね…」


「…うぅ臭い……はい、仰る通りかと、おそらくは「一括統制期」と呼ばれた時代に何かがあった、ということに繋がるのでしょうが…」


「……これはただの思い付きだけど、人とマキナとの間に争いでもあったのかしら」


「…はぁ臭っ、って痛い痛い!痛いですよグガランナ様!何をするのですか!」


「あなたね!人と話しをしている時に臭い臭いって言わないでちょうだい!」


「さっきのプレートが錆だらけで手に臭いが付いたからです!グガランナ様が恋愛臭を撒き散らす行き遅れ乙女とは一言も言っておりません!勘違いはやめてくださいまし!」


「こんのくそマキナっ!まんま口から出ているじゃない!」


「はっ!」


「……良い根性してるじゃない、いっぺんここでシメておきましょうか?」


「あわわわ…」


 「これはマジなやつですわぁ…」と未だに煽るようなムカつく態度を取っているお姫様が後退りを始め、そしてすぐ後ろにあった藪の向こうに姿を消してしまった。そして「くふぅ」「あぁっ?!」と聞こえ始めた。慌てて駆け寄り藪を掻き分けてみれば、崖に突き出るように見えていた木の根っこにしがみついていた。


「助けて!はぁっ!このままだと落ちるっ!」


「あら、随分と喋り方が普通なのね」


「お、お願いだから助けて!」


「本当に死んでしまうのか試してみるのも一つの手よ?」


「ごめんなさぁあい!助けてぇ!」


「全くもう…普段は調子良いくせにいざとなったら泣きついてくるのはあの子と変わらないわね…」


 衣服が乱れるのも構わず根っこにしがみついていたお姫様の手を取り引っ張り上げた、いくらか手間がかかったがすんなりと救出し、お姫様が勢いのままに私に抱きついてきた。余程怖かったらしい。


「はぁはぁはぁ…し、死ぬかと思った…」


「全く、これに懲りたら少しは反省なさい」


「な、何のことだか…」


「…本当に私達は生身の人と同じ扱いを受けているの?」


 未だ胸にしがみついている、というか怖すぎて腰を抜かしただけのお姫様が、私の胸に吐息を当てながら答えた。


「わ、私も何度か一人で探索をしている時は怪我を負いました、向こうでは傷一つ付かないのに…「死ぬ」というのは憶測に過ぎませんが、だからと言って身投げする程の勇気もありません」


「それはそうね、確かに」


「気を付けるのが一番の対策だと思って、あの山ではそう喚起をしたのです…はぁ」


 ようやく落ち着いたお姫様が胸から離れ、雑草が生茂る地面に女の子座りをするようにぺたんと腰を下ろした。


「いやでも、中々の体験でした、あなた様がまるで本当の天使のように見えました」


「減らず口を…それよりここのサーバーにアクセスすることは可能かしら?」


「は?」


 私の言葉が理解出来なかったのか、小さな口をまるで馬鹿にするように開けている。


「もしアクセス可能なら、今のように歩き回らなくても簡単に調べられるでしょう?現にオーディンはサーバーからコンタクトを取っていたのだから、サーバー自体は存在しているはずよ」


「…………」


 真剣に考えているのか分かりやすく顎に手を当てて視線を下げた。そしてやおら面を上げて、


「…それならば、ここは単なる「ゴミ箱」ではなくなってしまいます、私はガイア・サーバーに捨てられたデータのゴミ箱かと思っていたのですが…」


「今までの経験を経てなおそれが言えるなら、あなたは余程のお馬鹿さんになるわね」


「…………」


「あら、いつもの変態気質はどこへ?今のは喜ぶところではなくて?」


「何馬鹿なことを言っているのですか、今は真面目な話しをしているところでしょう?」


 もう一度山にお姫様の叫び声がこだました、私が崖に無理やり突き落とそうとしたからだ。

 そして、次の街ではサーバーにアクセスする方法を探すことが決まり、到着した街はエディスンだった。



71.d



「ねぇアヤメー、これ見て」


「うわぁっ、当たり前のように入ってこないでっ」


「何言ってんの今さら、それよりほら、これ」


 そう言いながらアマンナが見せてきたのはある動画のサムネイルだ、どうやらピューマを撮影した動画のようだが...食事中に見るような動画ではないことだけは確かな部類だった。


「え、ピューマもウン…」


「それ以上言ったら、めっ!」


「いやというかだよ、私今着替えの途中なんだけど」


「見れば分かるよそんなこと、これティアマトに報告したほうがいいよね?こんなスパム動画が出回ってるって」


(スパムってそういう意味だっけ…まぁ確かに迷惑な部類ではあるけど…)


 いやというかだな、私今下着すら穿いてないんだが、早く出ていってほしいのにアマンナが浴室の入り口にもたれかかるようにして動画を見ているので、いそいそと新しい下着を穿いた。

 昨日の夜からアマンナが私の部屋に泊まっていた、着いて早々から「いつもの動画タイム」と言って私のベッドを占領して夜遅くまで見入っていたのだ。仕方なく端末で少し明るい中、何とか眠りについて朝方にシャワーを浴びている時にアマンナが乱入してきたのだ。


(距離の縮め方がハンパない)


 前はあんなに私の裸をガン見していたくせに。私の心を知ってか知らずか、アマンナは動画に釘付けだ、薄らと眉をしかめている。こんな表情もするんだと感心しながら拭きお終わったバスタオルを投げ付けた。


「いいから早く出てけっ!」



 アマンナと揃って食事を取った後、私達は艦体へと足を向けていた。昨日の夜、買い出し先のスーパーでスイちゃんが倒れてしまったとティアマトさんから連絡を受け、それなら大事にならないようにと一括で皆んなも休みとなった。私とナツメは合流したばかりなのだが、頑なに首を縦に振らなかったのでアマンナを家に泊めてあげたのだ。

 随分と久しぶりに、昔は当たり前のように通った通勤路を歩いて基地へと向かった。私が住んでいる区画は被害を免れたようで激しい損傷は見当たらなかったが、街の中心は今なお損壊した建物があり、朝から復興作業の人達が忙しなく動き回っていた。地下鉄の駅に入り、いつの間に買い方を覚えていたのかチケットを片手に(私のお金)改札口を渡り、駅のホームへと向かった。


「そのコート気に入ったの?」


「うん、これがあれば十分」


 こちらも見ずに、アマンナは私が着用しているコートを羽織って片手をポケットに突っ込み、他の乗客同様片手で端末を持って何やら見ていた。


(はぁー…あのアマンナがただの通勤客に…)


 どうせ動画だろうとこっそり覗き込むと手でガードされてしまった。見るなということらしい。


「すけべ」


「言っておくけどそれ私のだかんね?端末にプライバシーを求めるなら自分で買って」


「むぅ」


「そんな可愛いく拗ねても駄目」


 それでもアマンナは端末から目を離そうとしない、一体何を見たらそんなになるのか。

 到着した電車に私が先に乗り込み、集中し過ぎて乗り遅れかけたアマンナが慌てて入ってきた、可愛く「てへぺろ」をしてみせたがデコピンで答えてあげた。



「全く…労働意欲は買うけど、休めと言ったら休みなさい」


「そんなことよりこれ、ピューマの動画が出回っているみたいだけどいいの?」


 いつもの黒いワンピースではなく、基地の整備員が着ていた作業服姿のティアマトさんが渡された端末に視線をやった。すぐに顔をしかめてみせた。


「アマンナ、私が今何をしているのか見えないの?」


「あぁ、ティアマトにもそういうがいねんはあるんだね」


「食べた後に検分するからこっちのコンソールに送っておいてちょうだい」


 まぁた...ティアマトさんまでもがすっかりくたびれた、中間管理職を全うしている人のようになっていた。ブリッジのコンソール前にはずらりとペーパーブックが並び、その上には無造作に置かれたスティク型のお菓子があった。封は適当に破かれ床にも散乱している。


「ティアマトさんも休まないと駄目ですよ」


「私は平気よマキナなんだから」


「そう言ってスイちゃんが倒れてしまったんですよね?」


「あの子の方が負担が大きかったから当然よ、こっちはデスクワーク、疲労が違うわ」


 これは駄目だ、何を言っても聞かない。


「それで、あなた達はそんなものを見せるためにわざわざ来たのかしら?」


「そんなものって、これ大事なことじゃない?」


「動画だけならデータで送るなりURLをコピペして送ればいいでしょうに」


 あ、あのティアマトさんが...コピペ...まさかコピーアンドペーストを略して使うだなんて。これは認識を変えた方がいいのかもしれない。


「これもありますけど、私はピューマ達の様子が知りたくて来たんです、今日は元々その予定でしたし、私はあまりピューマと触れ合っているわけではありませんので」


「…………本当にあなたという子は…」


「謎の親目線」


「…けれどそうね、お勧めはしないわ」


「「?」」


 ティアマトさんの言葉に私とアマンナが同時に首を傾げた。何故?


「なんで?」


「何でもよ、それより暇があるならテッドを連行してきてくれないかしら、あの子には尋問しないといけないことがあるの」


「え、私の兄上が何かしたのですか」


「スイから連絡をもらって、皆んなに「変態暴力性欲お化けロリお兄ちゃん」のあだ名を広めてほしいと言われたのよ」


「何やってんのテッド!」


「昨日は確かピューマの子供達を…はっ」


「まさかとは思うけど念のためにね、仮想世界では随分と乱れた生活を送っていたみたいだし」


「す〜す〜」


「いや古典的にも程がある」


 ティアマトさんの流し目に晒されたアマンナが吹けもしない口笛でシラを切ろうとした。


「カサン隊長に報告は?」


「まだよ、彼女なら夜通し試運転に付き合わせたから、今頃死んだように眠っているはずだわ」


「それ本当に死んでんじゃないの?いきなり空を飛ばすだなんて、わたし達ですら一か月近く訓練してから空飛んだのに」


「仕方がないでしょう時間がないの、今を期にして配備を進めないと調整がめんどくさいのよ、どこの区も人型機をうちにも欲しいと言って毎日連絡がくるんだから」


「今なら費用はそっち持ちですぐにお渡しできますよってやつ?」


「そうそれ」


「まぁ、ティアマトが仕切ってるなら誰も文句は言わないけどね」


「全く、こんなに大変になるだなんて今までにない経験だわ、それこそ……」


 何かを言いかけてすぐに口を閉じた。そして、


「…ねぇ、あなた、前にもこんな会話をした覚えはない?」


「……は?何?それわたしに言ってんの?」


 昔話しに花を咲かせようとしたのか、ティアマトさんがアマンナに話しかけていたが当の本人はまるで覚えがないらしい。


「そうよアマンナ…確か、あぁ、いえ、気のせいかしら…」


「それ食べたらマジで休みなよ、今ティアマトに倒れられたらわたし達だけじゃなくて街の人も困るだろうから」


「…そうね…そうするわ…」


 とか何とか、しんみりと答えたかと思えば、スティク型のお菓子を叩き潰すようにコンソールに突っ伏してしまった。


「やぁー、人って変わるもんだね、あのティアマトがここまで誰かのために働くだなんて…」


「それアマンナが言うの?」


 バッテリーが切れてしまったように寝入ったティアマトさんに毛布をかけてからテッドさんの自宅を目指した。



「御用だぁ!御用だぁ!変態暴力性欲お化けロリお兄ちゃんはどこにいるぅ!」


 テッドさんの自宅に到着するなり、どうせ動画で覚えたであろう誰かのモノマネをしながらアマンナが突入していった。私も後からそろりそろりと、久しぶりに訪れたテッドさんの敷居を跨いだ。


「おはようございまぁす、テッドさぁーん?」


 程なくして奥から走ってくる足音が二つ、玄関にその姿を現した。


「アヤメさん?!何ですかこれっ?!」


「ティアマトさんから逮捕状が出ています」


「いつの間に国家権力にっ、待ってアマンナ!誤解だから!ね?人の話しは聞こうよ!」


「お情け無用!詳しい話しはわたしの胸にしろ!」


「だからさっきから聞いてって言ってるでしょ?!」


「で、誰に手を出したんですか?」


「出してませんってば!リコラ君をっ、あーいや、結局リコラちゃんなんですけどね!上着が脱げてしまっただけですから!」


「証人喚問のお時間です」


「それどこまでがネタなの?」


 私もアマンナの調子には付いていけない。だが本人はなり切っているので止めようがない、ずかずかと二階に上がり寝ぼけまなこのリコラちゃんを引っ張ってきた。


「証人喚問って言わないからそれ、被害者本人じゃん」


「リコラ、昨日はテッドに何をされたの?」


「……え?……なにが、なんで、アマンナがいるの……」


「ほら、リコラ…ちゃんもまだ眠そうにしてるから、ね?無理に聞き出すのは良くないよ」


「テッドに変なことされた?」


「……された…」


「「逮捕」」


「いやいや…いやいや…」


「加害者は皆んなそう言うんだよ」


「言わないから、適当なこと言ったら駄目」


「ちょっと、アヤメさんも止めてくださいよ…」


 とか言いながら、テッドさんも廊下の奥へと逃げようとしていたので私とアマンナで徐々に距離を詰めていった。


「駄目です、ティアマトさんが逮捕状を棄却しない限り命令は有効です」


「だから…あれは事故のようなもので…」


「事故起こしてるじゃん我が兄よ!罪は認めた分だけ重たくなるんだよ?」


「それだと誰も認めない……」


「アマンナは黙ってて」


「テッド、妹の気持ちも考えて、どうしてロリお兄ちゃんなの?それだとテッドが女の子になっちゃうじゃん、それならショタお兄ちゃんの方がまだマシだよ」


 後退りながらも器用に包囲網から逃れようとしているテッドさん。


「アマンナもそう思うよね?!ロリを付ける位置間違えているよね?!」


「ちょっと待ってアマンナ、どうしてそんな言葉知ってるの?帰ったら端末没収して洗いざらい調べるから覚悟してて」


 すると、私と並ぶようにしてテッドさんを追い詰めていたアマンナがくるりと向きを変え、今度は私から遠ざかるようにテッドさんと一緒になって逃げていくではないか。


「プライバシーは尊厳されるべき…」

 

「そういう、自分の身が危ない時は言葉を間違えないんだね」


 テッドさんからも突っ込まれる始末、そして今度は私の味方になったテッドさんと一緒にアマンナを追い詰めていく。


「前々からアマンナが獲得してくる知識の情報源には興味があったんだよ」


「本当だよ、「丸!」とかとくに、私も真似しちゃったじゃんか」


「それはお丸さんのせい……」


 私とテッドさん、二人を前にして観念しそうにないアマンナ、後ろをちらちらと伺い逃げ場とタイミングを探っているようだ。アマンナの視線がテッドさんから私に移った瞬間、テッドさんが一歩前に踏み出すフェイントをかけて見事に引っかかり、私の方へ逃げ出そうとしたアマンナにタックルをかます勢いで抱き付き捕獲に成功した。


「タンスのお金だけは堪忍してつかぁさいっ!」


「まだ続いてたのそのネタ」



 リビングに集まってアマンナが昨日から見ていた動画の検索履歴を皆んなでチェックしている、そして出てくる出てくる多種多様のワードの群れ。


「歌ってみた、踊ってみた、ゲーム実況、それから…」


「あーあーあーあー」


「今さらじゃない?恥ずかしがるタイミング逃してると思うけど」


「何みてんの?」

「アマンナのせいへきだって」

「何がおもしろいのそれ」


「あった、「珍百景お丸さんが行く」これかぁ…「怪盗マグロ」?何これ」


「え、アヤメさん知らないんですか」


 どうしてだか、変なところで見栄を張ってしまった。


「…いえ、思い出しました、あれですよね、あれ」


「あーあーあーあー」


「次僕にも見せてください」


 テッドさんに端末をバトンタッチした。ずっと画面を見ていたのでアマンナの様子に気づかなかった、スイちゃんに羽交い締めにされているではないか。L字型の立派なソファにピューマ達の子供も含めて皆んな仲良く座っていた。


「アマンナ、これに懲りたら変なのは見ないように」


「面白い動画が悪い」


「そんなに面白いんですか?」


 スイちゃんの問いに素早く答えた。


「面白いよ!時間を忘れてしまうぐらいにね!スイちゃんもどう?!」


「興味ありません」


「ぐふぅ…」


「「御用侍」…「変になるまでカリブン舐めてみた」…「銀色ロボットが排泄している件についてまとめ」…あ、間違えちゃった…」


「そういえばリコラちゃん達はトイレしてたの?」


 今朝方アマンナに見せられた動画では、人型のマテリアルではなく動物型のマテリアルが、今テッドさんが言っていたように、アレをしているところを遠目から盗撮?録画しているものだったのだ。私とアマンナは加工をしたただの悪戯動画かと思ったのだが...


「してた」


「え?!」


「そりゃするでしょ、アヤメはしないの?びょーきになるよ?」


「いやそりゃするけど…」


 言葉足らずの二人にフィリアちゃんが代わりに答えてくれた。


「綺麗になった水や土なんかを外に出しているだけなんだけどね、どうしてもそんなふうに見えちゃうんだよ」


「そうだったんだ…ってことはアマンナが見つけた動画は……本物ってこと?」


「じゃあ何?綺麗になったカリブンは…」 


「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


 皆んなして口を閉じた。できれば知りたくなかった、道理でティアマトさんがお茶を濁したわけだ。

 端末を見ていたテッドさんが、不思議と憐憫の眼差しを私に向けてきたので何事かと思った。


「テッドさん?」


「アヤメさん…アドレス帳の数が…」


「?!」


 ひったくるように奪い返したが遅かった。


「たったの…四人って…」


「あー!!!」


 今度は私が叫ぶ番になってしまった。


「えぇっ?!たったの四人?!むしろ誰なのそれっ?!」


「僕と、アオラさんと、ナツメさんと、後はファラっていう知らない女性だけだった…」


「あー!あー!あー!あー!」


「え…っと、それは、どれくらいのものなんですか?ちなみにテッドさんは…」


「僕は昔の知り合いとか含めて百は超えているけど…四って数字は初めて見たよ…」


「あー!あー、あっー、あー!」


 皆んなの会話が聞こえないようにとにかく叫び続けた。


「アヤメ…何でそんなに知り合いいないの…」


 アマンナにすら哀れみの視線を向けられる始末。


「アヤメさんも…お友達がいなかったんですね…」


「あー!!!違うの!端末を持つのが遅かったの!分かる?!物心ついた時から端末を持ってたテッドさんと一緒にしないで!」


「僕も端末を持ち始めたのは部隊に入ってからですよ?」


「…………」


「アヤメはいつ頃から持ってたの?……その、言いたくないなら、別に……」


 駄目だ、居た堪れなさすぎる。アマンナの心からの気遣いに撃沈した私は質問に答えることなくゆっくりとソファから立ち上がり、後方を確認した。


「………リコラ廊下に出て、リプタは私と一緒、フィリアはそのまま」


 あれ、何で無言の連携プレイ取ってんの?


「……アヤメさん、何か困ったことがあればいつでも僕に相談してくださいね」


 その言葉に逃げ出した。そしてすぐにスイちゃんに捕まり、労りの言葉が罠であったことに気付いたが...遅かった...後はもう代わる代わる皆んなから慰めと称して、頭やら背中やら撫でられ続けてしまった...

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