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第七十話 混沌の大地

70.a



 私は昔から、あまり寝付きが良くないほうだった。妹のカリンは本当に同じ血を分けたのかと疑う程に寝付きが良い、ベッドに潜ればものの数分で寝息を立て始めるのが常だった。しかし、最近のカリンはそうでもない。


「………」


 私の隣で眠るカリンがゆっくりと体を起こして、物音を立てずに部屋から出て行こうとした。


「……どこ行くの?」


「っ!……ご、ごめん、起こした?」


「別にいつものことだから、私も付き合うよ」


「あ、うん……」


 あんまり嬉しくなさそう。お互いの輪郭しか分からない薄暗い部屋の中でも、あのカリンが私を拒絶したのが手に取るように分かった。

 メインシャフトで今さらの攻略作戦が終わった後から、カリンの様子がずっと変だった。いつもぽけーっとして心ここにあらずといった体、私が話しかけても無視される有様だ。

 私達がいる街ではきっと値段が張るであろう上質なコートを羽織ってから、中層に来てからすっかり馴染んでしまった部屋を二人して後にした。



 山麓に築かれたこの街には一つの大きな山があり、その登山道の入り口に私達が利用しているホテルがあった。ルームシューズも要らない程に柔らかい絨毯の上をカリンと歩き、窓から望める中層の月を見やった。梢の向こうに昇る月が優しく照らしだし、ホテルの中庭をほのかに輝かせている。特殊部隊が持ち寄った各種装備が仮設テントの下に置かれ、私達の相棒となったベージュ色のバギーが停められていた。少し前を歩くカリンに、まるで胸の内を探るように声をかけていた。


「あんたの足はもう大丈夫なの?」


「………あ、うん、もう平気だよ、それがどうかしたの?」


「平気なら、また明日にでもバギーに乗って出かけない?この間より遠くへ行ってさ、前にあんたが言ってた端まで行ってみようよ」


「…………あー、うん、それもいいかもね」


「何?他にやりたいことでもあんの?」


「………………ううん」


「それかもしくは誰かと会いたいとか?」


「!!」


 会話のテンポが悪かったくせに急に勢いよく私に振り向いた、図星らしい。


「誰だっけ、あの人」


「あ、あ、アヤメさん?」


「随分と仲良さそうに話してたけど…そんなに面白いの?」


「べ、別に…面白いとか…」


 こんな言い方しかできないなんて反吐が出ると思ったけど、結局口から出していた。


「私のことすら眼中になくなる程なのに?」


「……自惚れお姉ちゃん」


「なんだとー?!こっちはさっさと白状しなさいって言ってんの!皆んなカリンのこと気にしてるんだよ?!」


「嘘ばっかり、いっつも心配しているのは私の方だよ、それなのにお姉ちゃんなんかいつも適当にあしらってさ」


「………」


「腕を怪我した時だって私にはまともに返事もしなかったくせに、プエラさんには鼻の下伸ばして答えていたよね?」


「え、私も女の子なんだけど、女の子が女の子に鼻の下伸ばすってどうなの?」


「もう!こんな時にまで真面目に答えないで!ただの例えだよ!私あれすっごく傷付いたんだからね!その後にっ」


 こんなに強気で言い返されたのは初めてだった、だが急に黙り込んでしまった。


「何?その後に何?」


「………………別に、何でも……」


 私と違ってカリンは女の子らしい、いや私も女の子なんだが、仕草というか考え方というかいかにも乙女チックなのだ。現に今も服の裾を掴んでもじもじとしている。


「駄目、答えなさい」


「……何でそんなに聞いてくるの?」


「言わないと服を剥ぐよ」


「……変態お姉ちゃん」


「なんだとー?!」


 また口答え!その時に私達が立っているすぐ隣の扉が勢いよく開いた。


「うっさいんだよぉ!人の部屋の前で痴話喧嘩するな!するならあの世でやれ!」


「いや死んだら痴話喧嘩できないでしょ」


「マジレスすんなっ!」



 結局皆んな起き出してきたので、コートやら毛布やらも持ち出し中庭で夜中の会談をすることになった。手には温かい飲み物と一緒に、話題は勿論カリンについてだ。


「ふぉふぇはぁわたひもひにはっへは」


「食いながら喋るな」


「…何かあったの?」


「……その、何というか…」


 え?あれだけ私が聞いても答えなかったくせに、ミトンの一言ですぐに吐くというの?むかっ腹を立てた私は隣に座るアシュの頭を叩いた。


「叩くなら注意した時に一緒にしてよ、飲み物こぼしちゃったじゃん」


 言われた通りに青々とした芝生に黒い染みができていたが知ったことではない。


「…あ、アヤメさんのことが…その…」


「…あやめ?何で花にさん付けするの?」


「人の名前だから」


「…その人って確か、私達をビーストと間違えてグレネードを投げた人だよね」


「…うん、私のそばにずっといてくれたんだけど、その…もう一度話したいなって」


「………」


 ...あんなに顔を染めているカリンは初めて見た。二人分の食べ物を持って部屋に入ったあの時も、似たような表情をしていた。そんなにか?


「どんな人なの?」


「…すっごく優しい人」


 その言葉に何故だかとてもカチンときた。とくに考えることもなく言葉が口からついて出ていた。


「あんたの看病をしていたのは当たり前じゃない?自分が投げたグレネードで怪我したんだから」


「…それは、そうだけど……」


「でも良くあの人カリンを見抜けたね、お互いビーストに見えていたはずだよね」


 そう、後で知った話しだがあの階層では私達と第一部隊長のナツメさん達がビーストに見えるように仕組まれていたらしいのだ。後少しで味方同士であるはずなのに死体に変えてしまうところだった。


「…カリンは怒ってないの?」


「ううん、怒るはずがないよ」


「…そっか」


 まだ何か言いたそうではあるが、カリンの言葉にミトンが俯いた。別方向に足を伸ばしていた私達に血相を変えてこの二人が呼びに来たのだ、カリンの報告を聞いた時は頭の中が真っ白になったのを今でもよく覚えている。隊長の静止も振り切って二人と一緒に戻ってみれば、瓦礫に挟まったカリンを一生懸命になって救い出していた第一部隊長と見たことがない浅黒い肌をした人達、それから取り乱していたアヤメという人がいて、何が何やら混乱してしまったのだ。


(……私の心配よりあの人がいいって?)


 詰まるところはそれだ、ムカついている理由は。自分でも子供じみていると思うけど、あんなに心配していた私を...


「アリン?どうかしたのそんな意地悪おばぁさんみたいな顔して」


「……何でもない」


 アシュの頭をもう一度叩こうとしたがやめた、言われた通りだからだ。


「…何、喋ってたの?」


「……秘密」


「え?!なになに?!秘密が何だって?!」


「もうアシュっ、何でもないってば!」


「…最近のカリンは上の空」


「そうそう!恋する乙女みたいに!」


「な、ち、違うから!そ、そんなじゃないから!」


「テンプレにも程があるぞよ〜」


「…そんなに面白い人なの?」


「聞いてた人の話し?さっき私も同じ質問したよね?」


「…アシュに興味ない」


「言葉選びなよ〜私だって傷つくことぐらいあるんだよ〜」


「…離れてアシュ、撃ちたくなる」


「こわすぎだろ!」


 相も変わらずふざけ合う二人をどこか遠くに眺めていると、腰を下ろして話していた芝生の後ろから微かな音がした。かさり、かさりと誰かがゆっくりと移動している音だ。


「…お姉ちゃん?どうかしたの?」


 私の異変にいち早く気付いたカリンが声をかけてくる。きっとカリンはいつでも私のことを見ていたのだ、今さらになって申し訳なくなってしまった。


「後ろに誰かいるみたい、アシュ」


 鋭く名前を呼んだだけなのにアシュが素早く仮設テントへと走って行く、それに続いてミトンも腰を上げて追いかけて行った。


「カリン、あんたは部屋に戻って」


 立ち上がりかけた優しい妹を厳しく制した。


「どうして!不審者がいるんだよ?!」


「駄目、あんたは本調子じゃないから……それにこれ以上怪我をしてほしくない」


「………」


 ...きちんと伝えようと、私はあんな人にはなりたくないと願いを込めてカリンに言った。


「…あんたは私の大切な妹だから、無理をしないで」


「………わかった」


 ...心臓がばっくばくしたわ!後ろを通った不審者より!



 アサルト・ライフルの重さを頼りに雑木林の中に突入してみても、不審者らしい影を見つけることができなかった。ホテルを出てすぐに登山道へと入り口があり(一度も入ったことがない)、そこからぐるりと回るように林があった。ホテルへ忍び込むなら登山道から侵入してきたはずだが...


「誰もいなくね?」


「…アリンもバグった」


「人をゲームみたいに言うな」


 細い木が立ち並び、触れるとやたらちくちくする雑草だらけの林の中には痕跡すらない。確かに誰かが歩く音がしたはずなのに。


「まさかビースト?」


「んなあほな、ビーストなら遠慮なく襲ってくるでしょうに」


「…やっぱりバグってる」


「だから人をゲームみたいに……ん?」


 二度も言ってきたミトンの肩を小突いた時、足元に根本から折れた雑草の跡を見つけた。数は...たくさん?小さくそして楕円に見える跡はどう見ても足跡だ、ここを誰かが通った証拠だ。


「足元見て」


「ん?………あー…これ人の足跡っぽいね……バグってたわけじゃないのか……」


「………」


 ミトンが屈んで草を払いきちんと確かめているようだ、しかしすぐに小さく悲鳴を上げた。


「うぇえ……」


「どうしたの?」


「ぬめぬめするぅ…最悪…」


「こらこらこらぁ!私の服で拭こうとするなぁ!」


「ぬめぬめ?」


「変な液体っぽいんだけど……」


 どこを歩いてきたんだ?確かにこの辺りは林やらが多いけど...


「足跡はどこから来てんの?」


「…あっち」


「指さすフリして拭こうとするなって!………あ〜あ〜もう、付いちゃったじゃんか……」


「…これでお互い様」


「私のハグってこの液体と同列なの?」


「ふざけてないで隊長に報告に行くわよ」


「今さらあんな奴に言ってもしょうがないんじゃないの」


「あんなに泣きそうな顔をして「隊長ぉ!」って叫んだのどこの誰よ」


「ミトン言われてるよ」


「…まだ隊長に抱きつかれた方がマシ」


 ミトンの皮肉の利いた仕返しその場で崩れ落ちたアシュが「あぎゃあ!」と液体に手を付けていた。

 まぁ、私もアシュの意見には激しく同意なのだがいざという時はべ...頼れるのは間違いがないのだ。中層に来てから隊長は、それこそバーサーカーのようにビーストを倒し続けているので今の私達にとっては最高戦力だ。

 雑木林から踵を返し抜けた矢先、大きく、そして鋭く傷が入った一本の木を見つけた。それにいくらか嫌な予感を抱きながらも、隊長が使っている部屋へと急ぎ足で向かった。



「あら、ご機嫌よう、こんな夜遅くに何か用事?」


「………あ、えーと、隊長はいますか?」


 手を洗いたいと言って聞かない二人を無理やり連れて隊長の部屋に訪れてみれば、対応してくれたのがプエラさんだったので少し焦ってしまった。こんな夜遅くにとは、お互い様なのでは?何をしていたんだ?


「少し待ってて」

 

 少女とは思えない妖艶な笑みを浮かべてから隊長を呼びに行った。私とカリンが使っている部屋と同じ広さがあるエントランスで暫く待つ。


「鼻の下が伸びてぶっふぅっ」


「うるさい」


 こいつ、私とカリンが喧嘩していたのを盗み聞きしていたな。


「…アリンはあの人のことが好きなの?すっごくお似合い、お幸せに、カリンのことは任せて」


「遠ざけ方が適当すぎじゃない?それにあんたが面倒見られる立場でしょうが」


 馬鹿二人の相手をしていると、部屋の奥から隊長とプエラさんが連れ立って現れた。私はあまり隊長の乱れた衣服を見ないようにしないがら手短に報告した。


「夜遅くに申し訳ありません、中庭の雑木林で不審者を発見しました、登山道方面からホテルへ向かったと思われます」


「…不審者?このホテルに侵入した人がいると言うの?」


「はい、足跡を複数確認しました、姿は見ておりません」


 乱れた衣服も直そうとせず、知らない間にすっかり回復していた右腕も上げ、胸を持ち上げるように腕組みをしている。そのせいで見たくもないものが見えてしまった。


「それと隊長、胸がはだけていますよ」


「……失礼、他に何か異常は?」


「この二人が不審者に付着していたと思われる粘性の高い液体を発見しました」


 その言葉に隊長が鋭く問うてきた。


「臭いは?」


「は、臭い……?どう…だったの、臭いはあった?」


 アシュは首を振るだけで一言も発しようとはせず、代わりにミトンが答えてくれた。


「…ありません、ついでに言うと燃料の臭いでもありませんでした」


 あぁ...ガソリンを疑っていたのか。


「そう…ないことだとは思うけど、念のため最後にホテルを見回りをしておいてちょうだい、ここに保管されている物資やらを狙っている人がいるかもしれない、私はその雑木林まで確認してくるわ」


 それだけ言ってからそそくさと部屋の中へと戻って行った。まるで玩具を与えられた子供のように顔を輝かせていたのがまた...きっと人ではなくビーストであってほしいと思っているのであろう。


「行こうか」


 私の言葉に、返事もせずに従ってくれた二人と一緒に部屋を後にした。



70.b



「これは何のPVですか?良く出来ていますけど…さすがにやり過ぎなのでは?」


 ティアマトさんからブリッジに集まるようにと招集がかかり、久しぶりに自宅へ帰ろうと向けていた足を反転して来てみれば、あり得ない機動で模擬戦をしている動画を見せられた。きっと、これから街の人達へ人型機を紹介する際に作成したPVなのだろうと思い指摘をすると、ティアマトさんの返事に僕とスイちゃんが揃って声を上げてしまった。


「違うわ、実際の映像よ、アヤメが二時間程前に正体不明の人型機に襲われたのよ、その報告と対応を兼ねて集まってもらったの」


「「ええっ?!!」」


「今の!アヤメさん何ですか?!」


「人?!本当に人なんですか?!」


「私のことを何だと思って…」


「驚くところがそこなの?」


 あんな...まんまCGで再現されたかのような動き、本当に同じ人間なのかな...仮想世界で訓練を受けていた時から突出した才能を持っているとは思っていたけど...

 アヤメさんの横に立っていたナツメさんが、ティアマトさんに質問していた。


「この機体はマギールが製造していたものではないのか?」


「いいえ違うわ、私も確認したけど量産型ではなかったわ」


 僕も知らない話しだったのだが、もう既にマギールさん達はカーボン・リベラのために人型機を作っていたらしい、その名前が「量産型」。火器管制を全て掌握し主に搬送などのライフライン活性化の為に使われる、犯罪に悪用されないよう一つ一つの機体をタイタニスさんが管理するとのこと。


「じゃあ何なんだ?あんな機体がこの街にあったというのか?」


「タイタニスさんは何て言ってるんですか?」


「タイタニスも知らなかったと言っているわ、今全力で調べてくれているけど」


「量産機の暴走かと思ったんだが…お前どこで恨みを買ってきたんだ?」


「いや私も知らないから、急に襲ってきたのは向こうだよ」


「不明機が襲った理由もまた不明、アヤメ個人を狙ったものなのか、それとも無差別なのかも全く分からないわ」


「あー…テンペスト…ガイア?でしたっけ、前にこの船を襲ったというマキナの人が仕向けた可能性は?」


「そうね……確かにその線はあり得るわ……」


「そのガイアと呼ばれるマキナは何故私達の邪魔をするんだ、そんなにこの街が憎いのか?」


「知らないわ、彼女が何かと横槍を入れてくるのはいつもの事だもの」


「その横槍でこの中から被害が出るなら私達も対応しなければならない、いくらこのテンペスト・シリンダーを運営しているマキナと言っても無視はできない」


「………」


 ナツメさんの言うことは最もだ、でぃあぼろすというマキナさんのように「資源枯渇化」を防ぐという目的のためにビーストをけしかけた(それでも十分に許せないが)にしても、今回のように個人を対象にした「調整」であれば対処せざるを得ない。


「アヤメさんはその不明機からコンタクトを受けましたか?」


「いえ何も、こちらの呼びかけには一切応じてくれませんでした」


「あなたの機体が不正アクセスを受けていたようだけど、何ともなかったの?」


「うん、とくに何も」


「なら遠慮は要らなそうだな、そうまでして狙ってくるならこっちも容赦はしない、それでいいな?」


 ナツメさんの問いかけに皆んなが一様に頷いた。


「なら次の対応は決まりね、あなた達の機体には不明機を登録しておくから次見かけたら遠慮なくやって、こっちも調べておくから」


 少し疲れた顔をしたティアマトさんがそう締めくくったのを合図にして皆んなが思い思いにブリッジを後にした。



「アヤメさんって本当に人間なんですか?実はマキナだったりして」


「そんな訳ないじゃないですか、何言ってるんですか」


「でも、天は二物を与えないと言いますし、テッドさんの言うことはあながち間違いではないのでは?」


「そんな意地悪なことを言うならフィリアちゃん達に言いつけるよ」


「ぬぅ…」


 僕とスイちゃん、それからアヤメさんが同じタイミングでエレベーターに乗り合わせたので話しをしていた、本当にこの二人は仲が悪いのかな?冗談を言い合えるならそうでもないと思うけど。

 エレベーターの扉が開いて居住エリアを目指した、皆んなもそのつもりなのか同じように足を向けている。通路を歩いて休憩スペースの前を通りかかるとリコラ君達が毛布に包まりテーブルで何やらやっているのが見えた。またリコラ君が先に僕達に気付いて声をかけてきた。


「テッド!ちょっとこっちにきて」


「ん?何?」


 呼ばれたままにてくてくと向かう、テーブルの上にはトランプが並べられていた。ガードゲーム?


「何やってんの?」


「たいちょーふりょー」


「体調不良?何その遊び」


「あぁもしかして神経衰弱?」


「そうそれ」


 テーブルの上には裏を向いたトランプがズラリと並べられていた、僕の横からアヤメさんがテーブルを覗き込んでいる。


「試しにやってみろよ、一発で当てたらテッドの犬になってやるよ」


「そういう遊びじゃなかったと思うけど…」


「リコラはもとから犬じゃん」

「ふぁ〜…」


 フィリアちゃんが小さな口を大きく開けてあくびをしている、そのすぐ前にあったトランプを試しにめくってみるとダイヤやクラブといった柄ではなく何故だか手書きの「肉」マークが付いていた。


「何これ、もしかして自分達で作ったの?」 


「だってひまなんだもん」


 もう一枚めくってみると今度は葉っぱの模様と「68」と書かれていた。


「68って何さ、これ永遠に揃わないやつじゃんか」


「それより何で皆んな毛布に包まってるの?自分の部屋に行かないの?」


 アヤメさんの最もな質問に子供達三人が目を剥いて答えた。


「おれたちが使える部屋がもうないんだよ!」

「みーんなここで寝ろっていわれてるの!」

「人種差別だぁ!」


「あー…それで、私の部屋使う?私は自分の家があるからここに無くても平気だし」


「おもしろくない」


「え?な、何が?」


「ここにある部屋はおもしろくない」


「面白さを求めるような場所じゃないけど…」


「アヤメのいえは?いったらダメなの?」


 リプタちゃんの提案にアヤメさんが少したじろいだ。


「え?私の家に?………あ、あー、ここと大して変わんないよ?」


「つまんないの」


「テッドさんのお家なら広いから、面白いものもあるんじゃない?」


 え、何そのキラーパス。言われた皆んなが眠たい目から輝きを放ってきた。


「え?!テッドの家って広いの?!」

「おもしろいの?!行きたい!」

「やったぁ!ねどこ確保ぉ!」


 まだ良いと一言も言ってないけど...まぁいっか、一人で帰っても寂しいだけだから。


「分かったいいよ、準備してくるからここで待っててくれる?」


 僕の言葉に三人が「いぇーい」とハイタッチをして、アヤメさんが何も言わずに手を合わせて僕に謝ってきた。

 そしてこの後、いつの間にか姿を消してナツメさんの近くにいたスイちゃんも無理やり引っ張って家路に着いたのであった。



✳︎



 「私に甘えてばかりではいつまで経っても友達は出来ないぞ」その一言に観念した私は拉致られてテッドさんの家に向かっていた。軍事基地所有の丸まったシルエットの車に皆んなが乗り合わせて、夜の街を走っている。

 私が助手席に座って他の皆んなは後ろの席だ、車に街に、てっきり騒ぐかと思ったけど三人とも艦体から持ってきたトランプを見て何やら話しをしていた。


「…………」


 ど、どうしようか...何か話しかけた方がいいのかな...サイドミラーに映る自分自身を見つめ、口をぱくぱくさせて予行演習を始める。


(さっきはああ言ってもらえたけど、さすがに黙っているのも……)


 えいっと振り返った途端に車がカーブをし、その動きにならって後頭部を窓ガラスに打ちつけてしまった。


「いったい……」


「どうしたの急に、危ないよ」

 

「変なやつ」


 ま、また言われてしまった...


(うぅ〜変じゃない!急に車が曲がったから!)


 隣で運転しているテッドさんの顔を睨んだ、別に悪くないのだがどうしても怒ってしまった。


「スイちゃん達の着替えを買いに行かないとね、もうこの辺りのお店も開店してるから大丈夫だと思うけど…」


 テッドさんの言葉に、街の景色に見向きもしなかった三人が反応した。


「買いもの?!今から行くのか?!」

「なに?!なにを買うの?!」

「え〜と…これがこうで…」


 あれ、フィリアちゃんだけ何も反応してないな、トランプに釘付けだ。


「皆んなの着替えだよ、この区で一番大きなスーパーだから服も売ってると思うし」


 今度は私がその言葉に反応した。


「え、今から行って大丈夫なんですか?戦場ですよね?」


「違うよ、戦場じゃなくてスーパー」


「お前なに言ってるんだ、だめだぞ人の話しはちゃんと聞かないと」

「スイ、めっ!」

「この肉を消して…目に変えて…」


 皆んな知らないから!スーパーが日常の戦場だって知らないからそんな悠長なことが言えるんだ!それからフィリアちゃんは何をやっているの?!肉を消して目に変えるって何?!

 そうこうしているうちにテッドさんの言う通りスーパーに着いてしまった。



「おかしい」


「何が?サイズが合わないの?」


「え、ううん、違う」


 訪れたスーパーは確かに、前にカサンさんと来た所よりもさらに大きい場所だった。到着した駐車場の一部は、破壊されてしまった建物を直すために建材や重機の置き場として解放されていて、私が使っている人型機よりも大きい機械を目の当たりにして度肝を抜かれた。私とテッドさんが作業を手伝っているのはこの区よりさらに離れた場所にある、所謂「田舎」と呼ばれている所なので状況についてはよく知らなかった。

 いやそれよりも、どうしてこのスーパーはとても穏やかなの?前に戦ったスーパーがまるで嘘のようだ。買い物している人達は未だちらほらと空き棚がある店内をゆっくりと見て回っている。私とフィリアちゃんは替えの下着を探しに来たんだけど...


(納得いかない)


「スイはどれにするの?」


「うぇっ、あ、私は別に何でも…」


「要らないってこと?それなら私と裸だね」


「え、何でそうなるの…」


「眠る時に服を着る意味ってあるの?」


「あ、あるよ、変な人に襲われたらどうするの」


「テッドって変な人?」


「あー…それはないけど…」


「なら裸のままでいいよね」


 いやだから何でそうなるの。


「ちょっと!リコラ君!」


 おかしな理論で裸を貫こうとするフィリアちゃんと話しをしていると、少し離れたところからテッドさんの声が聞こえてきた。そして私達がいる下着売り場にリコラ君が駆け込んできたではないか、顔も少し赤い。


「何やってんの?鬼ごっこ?」


「ちがう!テッドの奴がおれの服を脱がそうとしてくるから!」


「脱げばいいじゃん」


「てきとーに言うなよ!」


 確かに、リコラ君が羽織っているフード付きのパーカーが少し乱れている。続いてテッドさんも下着売り場にやって来た。


「いた!こんな所にいたら不味いでしょ!ここは女性用の下着売り場だぞ!」


「ちょっ、まっ、おれのことはいいから!」


「良くないよ!ちゃんと採寸合わさないとまた買い直しになるんだから、ほら!」


「うぇえ!ちょっと、わかったから、一人でやるから!」


 腕を取られてぐいぐいと引っ張られていく、どうしてあんなに慌てているのか。


「り、リコラ君って恥ずかしがり屋なの?」


 フィリアちゃんに聞いてみたが、不思議と目を見つめられて一拍置いてから返事が返ってきた。


「……………まぁ、そんな感じかな」


「そ、そう…」


「それよりスイは下着選ばなくていいの?どんなやつ選ぶか気になる」


「え、ふぃ、フィリアちゃんも選ばないとダメだよ?」


「何だかスイはお姉さんみたいなことを言うね、私の方が年上なのに」


 え...年上?私より?

そしてまた少し遠くからリコラ君の叫びが聞こえ、何事かとお店の人が駆け寄っているのがこちらかでも見え、興味を持ったのかフィリアちゃんがリコラ君達がいる方へと走っていった。残された私は仕方なく、フィリアちゃんの分も選んでレジへと向かった。


(私より年上……?そうなの?)


 高い天井から吊るされた大型のシーリングライトに照らされ、人もまばらで随分と平和な店内を歩く。


(私の方が………あれ、そういえば私はいくつになるの?)


 自分の方が年上だと思っていた、あの三人と比べてしっかりしていると...自分では思う。あんな風にはしゃいだりしないし、言葉使いだってきちんとしている...つもり。けれど今の知識も語彙も全ては作られたものだ、私が苦労をして獲得したものではない。そう、考えが至った時に体が重たく、力が抜けていく感覚に囚われた。()()、あの時のように黒いモヤモヤとした気持ちに支配されそうになっていると、商品棚の上を横切る黒い影を見つけた。


「ふぇ…」


 見上げようと思い頭を上げると、何故だか通り過ぎたはずのシーリングライトが見えて、そのまま仰向けに倒れてしまった。



 ...頭に柔らかい感触があった、どうらや撫でられているようだった。優しく、つむじから毛先にかけてゆっくり、ゆっくりと手が下りていく、次第に意識が覚醒し始めてさらに頬にも柔らかい、ぷよぷよとした感触があるのに気づいた。ついさっきまでスーパーにいたのに、いつの間に車に戻っていたのか窓の外には形も残さず勢いよく街の景色が後ろへと流れていた。


「……あれ…」


「あ、起きた?テッド、スイが起きたよ」


「スイちゃん?大丈夫?」


 え、何が...そう言おうとしたのに口がまるで動かない、それに体もびっくりするぐらいに重たかった。


「お店の人が見つけてくれてね、スイちゃん倒れていたんだよ」


 そうなのか...でも、言われてみれば最後の記憶はシーリングライトを見上げたものだ、どうして倒れてしまったのか自分でも分からない。

 ようやく動くようになった口で何とか言葉を発した。


「あの……すみません、でした……」


 私が座っていた助手席からリコラ君が、何故だか少し怒気をはらんで声をかけてきた。


「なんでお前があやまるんだ?こき使われていたんだろ?そこは怒るところだろ」


「え、っと…」


「うん、ごめんねスイちゃん、リコラ君の言う通りだよ、僕達もスイちゃんの体調にまるで気付かなかった」


「そ、いうんじゃ……急に、くらっときて…棚の上に誰かいたような気がして……」


「あ、それわたしだから」


 隣に座っていたリプタちゃんが、私の足を揺らしながら教えてくれた。


「え?!リプタちゃん何やってたの?!」


「そんなにおもしろくなかったから走ってた、たなの上」


「何やってんの!次やったら怒るからね!」


「体調不良ってそういうものだよ、急にくるから」


 また、フィリアちゃんが頭を撫でながら教えてくれた。そうなのか...


「リプタちゃんは後でこらしめるとして「えぇ!やだぁ!」…ティアマトさんには連絡入れて、二、三日はこっちに帰ってくるなって言われてるから」


「休めって…ことですか…」


「当たり前だよ」

「あたり前だろ」

「こらしめるのやだぁ!」


 フィリアちゃんとリコラ君から釘をさされ、リプタちゃんはテッドさんに抗議をしていた。

 胸に抱かれたままフィリアちゃんの顔を見上げると視線がぶつかった、優しく微笑んで変わらず私の頭を撫でている。これではどちらが上か分からない、いや、そもそも上か下かなんてどちらでも良いのかもしれない、何故ならこの抱擁感と温もりはカサンさんから貰ったものとまるで違いがなかったから。



✳︎



[いいか、次もぶっ倒れるまでこき使ったらお前のナニをもいでビーストに食わせてやるからな?]


「はい…すみませんでした…」


[明日の朝にはスイを迎えに行くから、それまでしっかりと面倒をみろ、いいな!]


 カサンさんに怒鳴られながら電話を切り、久しぶりに帰ってきた自宅のソファに身体を預けた。


(どうして僕が…いやでも、一番身近にいたのに気付かなかったのは悪い…けど)


 スイちゃんが倒れているとお店の人から、「お連れの方がぁ!妹さんですかぁ?!」と連れて行かれた時は本当に焦った。別の人が介抱してくれていて、どうしようかとパニックになった僕の代わりにフィリアちゃんがお店の人との受け答えをしてくれていた。


(しっかりしてるなぁ…僕なんかパニクって何も言えなかったのに……)


 スイちゃんは普通の女の子ではない、マキナだ。その事情もあってどう答えればいいのかと思案したのが不味かったのか、口から言葉が何も出てこなかったのだ。


「ん?」


「さっきのしかえしだぁ!」


 ある事に気付いたのに、リコラ君に投げられたクッションで頭から抜け落ちてしまった、というかもろ顔面に食らってしまった。柔らかいはずなのに結構な痛さを残したクッションをどけてすかさず怒った。


「こら!」


「おとこ女が怒ったぁ!」


「こらぁぁ!!」


 一番頭にくる言われ方をされてしまい、我も忘れてリコラ君を追いかけた。


「何が仕返しだぁ!待て!」


「おれの服をかってに脱がしたしかえしだよぉ!こっちまでおーいでーおとこ女ぁ」


 こっちにお尻を向けて叩いてから、そのまま二階へ上がっていった。


「二度も言うなぁ!」


 両親が残してくれた家は二階建て、僕一人には十分過ぎる程に広い自宅を、中層攻略戦以来久しぶりに帰ってきた余韻もそっちのけでやんちゃ過ぎるピューマを追いかけた。家族で撮った写真を飾っている階段を駆け上がり、第二十二区から送られてくるプレゼント箱が置かれた二階の廊下をひた走った。リコラ君の丸まった尻尾がなびき廊下の角へと消えていく、やはり元来が犬のせいか足がめっぽう速い。僕も遅れながら角を曲がると二階にある浴室からリコラ君が顔を覗かせていた。


「これるもんならきてみろ〜」


「言われなくても!」


 二階の浴室は行き止まりにあるためこれ以上は逃げられない、肩で風を切るようにずんずんと歩いていく。


「げっ、本当にきやがったっ」


 慌てたリコラ君が浴室に入り、僕も小走りになって後を追う。中ではスイちゃん達がシャワーを浴びているはずだ、鉢合わせしなければいいけど...って思ったそばからちょうど終わっていたのか着替えの真っ最中だった。


「きゃああっ?!!て、て、テッドさん?!当たり前のように入ってこないでください!!」


「ん?」

「えー…今から寝るのに本当に着るの?」


 随分と元気になったスイちゃんに早速怒られてしまったが今はそれどころではない。買ったばかりの下着で、あられもない姿を一生懸命隠しているスイちゃんの後ろにリコラ君が隠れた。


「こ、こいつ!おんなの裸を見てもどうじないなんて!」


「裸は見飽きた!」


「えぇ〜…」

「うそぉ…」


 リプタちゃんとフィリアちゃんがドン引きしている。


「違う!そういう意味じゃない!アマンナの裸を何度も見てきたから!今さら何とも思わないって言ってんの!」


「えぇ!」

「うそぉ?!」


 あれ、墓穴掘ったっぽい?まぁいい、今はとにかくリコラ君を捕まえるのが先だ。


「リプタちゃんも!後でお仕置きだからね!」


「やらしいいみにしか聞こえないのは気のせい?」

「気のせいじゃない」


「もう!もういいから早く出てってくださいよ!」


「こら!皆んなに!迷惑を!かけるな!」


「お前が!出ていけば!いいだろ!」


 半裸のスイちゃんを挟んで束の間リコラ君とやり合った後、ようやく子供のように細い腕を掴んだ。


「うぎゃあ!つかまったぁ!」


「よくも僕のことをおとこ女って言ったな!一番傷付くんだよその言い方!」


「わ、わるかったって、な!許して!」


「誰が!」


 こっちに引き寄せるために腕を引っ張り上げると、その弾みで羽織っていたパーカーが脱げてしまった。そして僕は見てしまった、パーカーの下に隠れていたリコラ君の胸の小さな膨らみを。


「え」


「………」


「え?女の子………だったの?」


「………うぅうぉれはおとこだぁ!!」


 脱げたパーカーを取り返すこともなく、顔を真っ赤に染めたリコラ君が浴室から出て行った。残ったのは僕と、冷たい目をしている三人。


「さいてー」

「さすがに今のはやり過ぎだよ」

「皆んなに報告します、覚悟しておいてくださいテッドさん」


 ...そして、僕は有り難くも「暴力変態性欲お化けロリお兄ちゃん」の異名を頂戴したのであった。

 それ僕がロリになってない?



70.c



 カーボン・リベラの端も端、存在すら知らなかった「第二十三区」には我らのお母さんに声をかけられた哀れな、もしくは精鋭が数人集まっていた。眼帯をした警官隊の女に、もっさりと動きが遅い元特殊部隊の男、それから眠そうに目を下げている、こちらも元特殊部隊の通信員だ。ここに集められた理由は他でもない、スイが扱っていたひとがたきなるものを先行して習熟するため、その為に建設途中にしか見えない区に集まった。

 おそらく建設作業者が利用していたであろう潰れてしまったプレハブ小屋の前には、それぞれの感情を宿した目を私に注いでいた。やたらと目を輝かせた眼帯の女がいの一番に声をかけてきた。


「どうも!マギールさんに来いと言われて来たんですか、今からやっちゃう感じですか?」


「何をだ、その前に自己紹介が先だな、私はカサンだ」


「私はマヤサです!この眼帯は今流行りなんですよー」


「嘘をつけ、民間人を守った時に負傷したとティアマトから聞いているぞ」


「あらら」


「あ、あー…一ついいか?どうして俺がここに?あ、俺の名前は、」


「ラジルダだろう?ビーストに襲われながらエレベーターの昇降装置を修理した化け物だと聞いている」


「えぇ…」

「マヤサっ」


 ラジルダの成果を聞いてドン引きしたマヤサと呼ばれる女性を嗜めたのが、リアナと呼ばれる通信員だ。


「君がリアナだな、アオラから話しは聞いている」


「あっ、あー…はい、ありがとう、ございます?」


 何故聞く。


「で、カサンさんはどうして私達の事を知っているんですか?」


「ビーストの大規模襲撃を受けたこの街で、復興作業を手伝っているロボットについては知っているな?」


「あー…何度か見かけたことがありますけど…」

「え、まさか…」


「あぁ、あれの名前は「人型機」、あれを今度は私達が扱うことになった、その為の実験部隊としてマキナと関わり合いがある者、技量が高い者を中心としてここに集まってもらったんだ、ここまではいいか?」


 私らの会話を黙って聞いていたラジルダと呼ばれる男性が目を剥き早速抗議してきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、いきなりそんな事を言われても困るんだが、それに技量が高いって何かの間違いじゃないのか?」


「お前は誰かに褒められなければ誇りすら持てんのか?」


「!」


「ビーストの襲撃中という極限状態の中でも精度と集中力が求められる作業をやってのけたんだ、一つでも間違えていたら今頃お前やナツメ達はあの世にいたことだろうな、それを成功させたくせして自分は高くない?ふざけているのか?」


「い、いや…すまない…」


「お前どうだリアナ、ここに集められた事に何か不服はあるか?」


「いいえ」


 いくらか眠そうな目をしゃきっとさせて言下に否定してきた、これで良い。


「それなら私が預かっている部隊の男連中もここに連れて来てもいいですか?何かと人手はいるでしょう」


「あぁ、それも当てにしてお前に来てもらったんだ、助かるよ、何せ私も初めての事だからな」


 私の言葉に強い意思を宿した目を翳らせた。仕方がない、誰だって経験の無い事に直面したら不安になるんだ。


「付いて来てくれ」


 言われた通りに三人が私の後を付いてくる。実験用の部隊機は、建設途中のビルの中にある、そこでは既にアオラが整備に入っているはずだ。

 もう日付を越えようかという時間帯だ、薄く濁った夜空の元、街になれなかった場所を歩いていく。砂利の音と、防音シートに遮られくぐもった音だけが辺りを支配していた。


「ここって何なんですか?こんな場所が街にあったんですね」


 後ろからマヤサが声をかけてきた。


「第二十三区、だそうだ」


「は?……え、誰かが現在進行形で作っていたんですか?」


「マキナだよ、タイタニスという奴は知らないか?アオラ曰く「真面目な中年マフィア」だ」


「あ、あ〜…え?一人で作っていたんですか?」


「らしい、私も詳しくは知らんがあの中年マフィアがカーボン・リベラそのものを作ったらしいぞ」


 もうビルは目の前だ、それだというのに後ろの三人が歩みを止めていた。


「何だ?」


 本当によく表情がころころと変わるな、さっきまで不安そうにしていたのに今度は怪訝に眉を寄せている。


「らしいって……そんなおおぼら話しよく信じていますね…大丈夫なんですかマキナって」


「一人でこの街を作ったって…創作にしたって無理がある…」


「そもそもまきなとは何だ?初めて聞いたんだが…」


「とにかく付いて来い!」



 防音シートを潜り星の夜空を形取るような高いビルの中には、建材を利用して作られたタラップに囲われた二機の人型機が鎮座していた。片膝をおるように伏せている二機の前にはアオラがタブレット片手に作業をしている。


「準備はいいか?」


「げっ…」


 後ろから変な声が聞こえたが...


 私の言葉にアオラが振り向き、何事か口を開きかけたがさらに後ろを見やった。


「あぁもう……ん?…んんん?そこにいるのはもしかしてリアナか?」


「あっ、はいぃ…どうもぉ…」


「リアナ?何キョドってんの?」


「わざわざこんな所にまで来てくれたのか、あの日代わりに野郎が入ってきたから度肝を抜かれてそのまま殴ってやったよ」


「本当に待ってたのかよ…」


「何の話しをしているんだ」


「いいや別に、それより調整は終わってっから、さっさと処女飛行を終えてこい」


「あ、あー、俺は整備員として、で、いいんだよな?」


「当たり前だ、アオラ、こいつに手ほどきしてやってくれ」


「何だリアナじゃないのか…仕返しにここで私らも飛ぼうかと思ったのに」


「セクハラ!やったらナツメさんに泣き付きますからね」


「泣き付くだけで済むならすぐ手を出すぞ」


 「リアナぁ!助けてぇ!」と騒ぐ連中を尻目に私は真っ直ぐ人型機の前まで歩いた。まるで土木作業員だな、初めて見た感想はそれだった。ヘルメットを被ったような頭部に作業用ベストを着込んだかのような胴体、手と足もプロテクターを付けたような装いだ。背中には二枚の大きな板が付けられているみたいだが...本当にこれで飛べるのか?


「とりあえず飛行テストはお前一人でやれ、残りの一機はレクリの為に使うから」


「…お前…私だって初めてなんだぞ…」


「知るかよ、さっさと行け、コクピットにはフライトスーツもあるからそれに着替えたら中から通信しろ」


 背中をどつかれ、その反動を利用して私も一歩前に歩き出した。人型機を固定しているタラップを見上げながら、本当にこれに乗るのかと半信半疑のままに階段を上がっていく。もう一機の前ではアオラが三人に向かって講義しているのが見えていた。コクピットの中はまるでトイレのように細長く一人分のスペースしかない、アオラの言った通りに座席にはフライトスーツと呼ばれる、空を飛ぶ為に必要な衣服があった。


(こんな薄っぺらで大丈夫なのか……これで良くスイ達は飛んでいられるよ……)


 私もこの実験部隊へ声をかけられたのは今日の朝方だ、心の準備ってもんがあるのにまるでお構いなしだ。「マギールがようやく見つかったから、指定した時間帯に向かってちょうだい」我らがお母さんの説明になっていない説明を受けただけに過ぎない。


(だというのに……誰も私に気を遣ってくれないなんて……)


 釈然としないながらも随分と筋肉が落ちてしまった体をフライトスーツで包んでいく、着てみれば存外しっかりとした作りになっているようだ。それに内腿や脇、あちこちが締め付けられているのは良い、守られているようだ。


「こちらカサン、フライトスーツに着替えたぞ」


 応答したのはアオラではなく中層攻略戦の際、手際の良い采配を行ったリアナだった。眠たそうな目とは裏腹に、いくらか緊張しているようだがしっかりとした声音だった。


[こちらリアナです、今からフライトテストを行いますのでこちらからの指示に従ってください]


「何をすればいい、言っておくが私も処女だぞ」


[初体験と言いたいんですね、えー…]


 少し遠くから「これ何て読むんですか」と聞こえた。


[操縦桿に付いているボタンを押してください、それで機体が起動するはずです]


「はいはい」


 そうじゅうかんとは...この座席の下から生えているやつだよな?少し手間がかかって、右側のそうじゅうかんの裏側にボタンがあるのを見つけた。とくに思うことなく押してみるとコクピットの中に微かな駆動音と目の前にあったモニターに明かりが点いた。


「おい!何か動いたぞ!」


[当たり前だろ、大人しくしていろ、今セットアップしてるから]


 何だセットアップって、端末じゃあるまいに。するとは今度は、いけすかない爽やかな男性の声がコクピットにこだました。


《只今機体のキャリブレーションを行っています、コントロールレバーを前後左右に動かしてください》


「おい!男の声が聞こえたぞ!」


[いちいち騒ぐな!いいから黙って言われた通りにしろ!]


 言われるがままに、そう...コントロールレバー?どっちなんだ同じ意味でも統一してほしい。がちゃがちゃと少し乱暴に動かした後再び声がした。


《座席の位置を調整します》


「ぬぅおっ」


 勝手に動いた!


《パイロットステータスを登録します、網膜パターンを登録しますので暫く動かないでください》


「ひやっ」


 コントロールレバーを握ったままじっとしていると、目にくる赤色の光が一瞬通り過ぎて、らしくもない声を出してしまった。


《続いて声紋パターンを登録します、名前を教えてください》


「か、カサン、です」


《もう一度はっきりと、大きな声でお願いします》


「わ!私の名前はカサンです!」


 け、敬語で叫んでしまった...耳にはめたインカムからくすくすと笑い声が聞こえてきた。


《機体のキャリブレーションが完了しました、コクピットに空間投影を行います》


 すると今度はトイレの中にいるはずなのに、星を形取った建設途中のビル内部が見えるようになった。足元...私が乗っている人型機の下にはやはりニヤついた笑顔で見上げているアオラ達がいた。


「ニヤニヤ笑いやがって、こっちはばっちり見えているんだぞ」


[まぁまぁ気にするなって、誰でも初体験は驚きに満ちているもんだ]


「で、こっからどうすんだ?」


 私の返事に言葉を返さず、アオラの隣にいたラジルダに何事か話しかけている。そして、


《これよりフライトテストを行います、こちらから指示があるまでフットペダル、コントロールレバーには触れないでください、レディ》


 何が淑女だと思った矢先、微かな駆動音から車のエンジンをも超える盛大な音へと変わった。


「な!何をやった!」


[だからフライトテストだって、今から空を飛ぶんだよ]


「聞いていないぞそんな話し!」


[はいはい、愚痴はあの世で聞いてやるから先に行ってろ]


「なんでお前はいつもいつもっ…ひっ!」


 き、機体が勝手に動いたぞっ?!

膝を折っていた姿勢から、本当の人間のように滑らかに体を起こし、今度は背中の辺りからより一層の音が聞こえ始めた。続いて、足元。徐々に体全体に力が加わり、お尻から力が抜けたような感覚になっていく。


「あぁ!あぁ!」


 くーかんとーえいとやらのコクピット内は、ゆっくりと高さが上がっていき、筒抜けになっていたビルの天井へと上昇しているようだ。高さが上がるにつれて膨れ上がる後悔と恐怖、機体全体が細かく揺れて今にも壊れそうだ。


[先に言っておくが、安全性の確認試験も兼ねてるからな、死んでも文句を言うなよ]


「ふざけるなぁ!今さらそんな大事なこと言いやがって!誰も乗っていないのかこの機体!」


[先に言ったら乗らないだろ、大丈夫だって]


 信用ならない!奴の言う「大丈夫」という言葉が一番信用にならない!しかし無慈悲にも人型機はぐんぐんと高さを上げて今にもビルから飛び出そうとしていた。


「あーっ!!!」


 恐怖のあまりに頭が真っ白になってしまったが、ビルを飛び出した後の光景にまたしても頭が真っ白になってしまった。


「…………はぁ」


 夜空に浮かぶ数え切れない程の小さな瞬きが、すぐ目の前にあるような錯覚に陥った。手を伸ばせば掴めそうなほど、大小様々な星が薄く輝く雲を下にして、そこにはあった。とても綺麗だ、今まで生きてきた中でも圧倒的、こんな景色が世の中にはあったのかと驚いた。今まで街の明かりを受けて霞んだ夜空しか知らなかった私には、まさに奇跡のような瞬間だった。


[こちらリアナ、カサンさん応答願います]


「……あぁ」


[機体のパラメータを確認してください、少しでも異常があればすぐに報告を]


「………」

 

[カサンさん?]


 星と言っても白色一辺倒ではなかったんだな、それに太く白く影を残した空の雲が私の頭上から下へと走っていた。それを注視していた私にいけすかない爽やかな男性の声がそっと教えてくれた。


《見えているのは「天の川」と呼ばれているものです》


「あ…まのがわ、だって?」


《はい、母なる星「地球」が所属している銀河団の名前です、帯状に星が集まり川のように見えることからこの名が付けられました》


「ちきゅうが所属……なら他にもあるのか?」


《ここから一番近い銀河団は「アンドロメダ」と呼ばれるものです、残念ながら未踏の地です》


「そうか…」


 もうどうでも良かった。こんな景色を生きながらにして見られたんだ、このまま死んでもいいと思った途端に機体が急に動き出して、忘れていた恐怖がまた蘇り叫びを上げながら天の川の夜空を飛行した。



70.d



 時刻は日付を超えたあたり、主に一般の人達が使っているホテルの建物にも異常はなく何かを盗まれたり細工をされた痕跡はなかった。ただの取り越し苦労かと思いきや再び複数の足跡を、特殊部隊の連中が使っているむせ返るような臭いがする建物の裏で発見した。未だ建物の中では最中のようだ、獣に似た嬌声と乱暴に叩く音が外にいてもなお聞こえてくる。


「……隊長に報告しよう、足跡はどっちに向かってる?」


「あの建物の中だったら良かったのにね」


「全くよ…まぁいい、ミトン調べてくれる?」


「…疲れた」


「いや分かるけど、トラッキング得意なのはミトンでしょ?」


「…ただし動物に限る」


「勝手にただし付けるな、いいからお願い、後でカリンに撫でるように言っておくから」


「…ただしカリンは別」


「それ使い方合ってるの?」


 アシュの突っ込みには動じず早速身を屈めて調べ始めた。


「…向こうに行ったっぽい、人数は…何これ…」


「ん?」


「…ねぇ、足が沢山ある人ってこの世に存在すると思う?」


 意味の分からない...しかし私から見ても足跡だけでは何も掴めない。ミトンが言うからにはそうなんだろうけど...足が沢山ある人?


「それ、沢山の人が付けた跡とかではなく?」


「…違う、一人が付けた、ように見える…けど数がおかしい…」


 跡の数は目算でも八以上、私はてっきり複数犯かと思ったがミトンから見たら違うらしい。


「ビーストの可能性が出てきたわね、隊長に言いましょう」


「上手くやってくれるかもね」


「呼んだかしら?」


 いつの間に後ろに立っていたのか、少し頬が上気した隊長が遠慮なく声をかけてきた。その視線はどこか悪戯を思い付いた子供のようだ。


「…あ、いえ…」


「いつもは無視をするのに、さすがに返事をしてくれるのね」


「何が言いたいんですか?」


「この際だからはっきりさせましょう、互いをどう思っているのか、あなた達が中層に降り立ってから態度を変えたのは知っているわ」


「それが今関係ありますか?」


「それがあなたの答えなのね、良いと思うわ」


「………」


「私はね、一度もあなた達を「仲間」だと思ったことはない、ただの道具、この私自身もね」


「……だから、」


「だから、これからは好きに使いなさい、戦いたくない相手がいるなら私に振りなさい、いくらでも替わってあげるわ」


「それは私達を思って言っているわけではありませんよね」


 アシュが鋭く反応した。そして隊長は然もありなんと答えた。


「そうよ、自分の為よ、それが何か?あなた達に迷惑をかけているかしら」


「………」


 声には出していないが「このくそ野郎」と動いているのが分かった。


「私に甘えるのはよしなさい、あなた達に興味ないわ」


「このくそ野郎」


「そう、それがあなたの答えね、とても良いと思うわ、私もね自分の上官に同じ事を思っているから」


「………」


 何なんだ、急に改まって。言われる身にもなってほしい。きっぱりとした拒絶を受け入れられる程こちらとらまだ強くはないんだ。


「それと、あなたの妹さんがいる部屋にお客さんが来ていたみたいだけど、いいのかしら?」


「……は」


「随分と慌てた様子だったけど…人は見かけによらないのね」


 その一言で吹っ切れた。もういい、最後の良心もここに捨てていこう、それよりもカリンだ!


「行くよ!」


 私の言葉に、また二人が何も言わずに従ってくれた。私はこれでいい、甘えたいわけではなかった、最後の最後までこの人に認めてもらいたいという反骨心があったのは認めるが、それももう全て無くなった。

 一人残した「くそ野郎」を振り返ることもなくホテルへと皆んなで急いだ。



✳︎



「はぁ…これで一人で狩れるわ」


 最後の最後に嘘を吐いたのは心苦しいが仕方ない。私の狩りには手助けも観客も要らないの、一人の世界に没頭して戦いたかった。それにだ、せっかく治してもらったこの()腕なのに、使わず終いでは面白くもなんともない。

 ()副隊長からの報告通りに中庭をくまなく探したが獲物は見つからなかった。落胆と憤りと共にここまで来てみればあの言われようだ。まぁそれはいい、こうしてまた獲物の足跡を見つけてくれたのだからと、気を取り直してホテルの裏に群生している刺激のある雑草へと足を踏み入れた。背の高い草のおかげでよく分かる、ここを通った獲物は裏手にある山へと向かっているようだ。草から藪へ、そして林へと姿を変えていく風景にいつの日か戦ったあのマキナのことを思い出していた。


(あぁ…彼ならきっと私を楽しませてくれるわ…)


 生憎と足跡は林の中で途切れてしまったが気配はある。確かに何かが潜んでいるようだ、こちらを伺っている気配はないのでまだ私に気付いていないらしい。

 青々と生える草を掻き分けさらに奥へと進んでいく、鋭く抉れた一本の木を見つけた。あの傷は中庭でも見かけたものだ、同じような痕跡を見つけ私はさらに気分が高揚していくのを感じた。あの日、プエラさんに首筋を撫でられた時と同じ気持ち良さだ。


(あぁ近い…きっとこの近くに…)


 その木に近づき抉れた傷を触るとほのかな熱を感じた、それは今し方付いたばかりということ。逸る気持ちを抑えてさらに林の中を突き進む。



「ここは……」


 林から今度は森へと変わり、生えていた雑草も立っていた木も深く、そして背の高い種類に変わった辺りで明らかな人工物を見つけた。それは人を形取った像にも見え、もしくは私が見たことがない生き物にも見えた。そして今さらだが、私は人も通らない道なき道を歩いてきたが、どうやらここへはホテルの近くにある登山道からも来れたらしい。何と馬鹿げた取り越し苦労であったことか、感じていた獲物の気配も消え失せてしまいやり場のない怒りを感じてしまった。

 誰かがしっかりと作った石畳の通りを一度、ブーツの踵で叩いた。足から腰にかけて鈍い痛みが走り、辺り一帯に乾いた音を一つ投げかけた。それが功を奏したのか分からないが、反応があった。


「!」

 

 今の音で何かが隠れた。隠れた?ビーストなのに隠れるというのか?これでは手応えがない、命のやり取りをするに値しない獲物だがまぁいい。邪魔な像は眼中にも入れずその向こうへと足を向ける、ビーストも怯えるのか、なんと滑稽な。手元も見ずにセーフティを解除してさらに逸る気持ちを抑えて奥へと向かう。


(はぁ…あぁ、いい、血の臭い…)


 戦場でしか嗅げない臭いの一つだ、私を非日常へと、舞台の上へと登らせてくれるものだ。また、木に抉れたような傷を見つけた。近い、そう思った矢先に何か白いものが飛んでくるのが見えた。


「?!」


 すんでのところで躱したが近くにあった大きな木の枝に絡み付き、あろうことかそれを私に目がけて投げてきたではないか。


「ちっ!」


 たかが枝だ、痛みなどあるはずもないがしっかりと葉を付けた枝をもろに食らえば視界を奪われてしまう。咄嗟の判断で後ろへ下がったが不味かった、見たこともない敵が待ち構えていた。


「ヴィヴェェエっ!!」


「何よこいつ!!」


 大きな鎌に見える手を素早く振り下ろしてきた、避けたつもりが背中に熱い激痛が走った。背中も頭も焼けるように痛むなか、何とか踏ん張れた足で素早く横へと飛び退き、今度は足に激痛が走る。


「はぁ…はぁ…」


 たったの一動作でこのやられよう、それに息も荒い。だが向こうは休ませる気がないようだ、八つもある目を輝かせて三度鎌を振り下ろしてきた。


「ヴィヴェェエ!ヴィヴェェエ!!」


「このっ、クソ野郎っ!!」


 アサルト・ライフルで受け止めはしたが鎌の先端までは防げなかった。私の頬がいくらか切れてしまった、伝う血の感触と痛み。そして、目の前にいる異形の荒い息遣い。近くで見れば細かな体毛がびっしりと生え、さらには何かの液体に覆われているのか微かな月明かりの元でもぬらぬらと光っていた。

 両手でアサルト・ライフルを持ち鎌を防いで進退窮まっていたが、あちらにはもう一本の鎌がある。それを容易に持ち上げた、四度振り下ろされた鎌は私の右腕を過たず捉え、肉も骨も貫通して深く突き刺さった。


「?!!」


「…肉を切らせて骨を断つ、知っているかしら?」


 あえて避けなかった、私の右腕を犠牲にして攻撃の糸口を無理やり掴んでみせた。アサルト・ライフルごと断ち切ろうと力が込められていたもう一本の鎌が微かに離れたのを見計らい、素早く構え八つある目の中心点を超至近距離から撃った、撃ち続けた。


「ヴィ!ヴィエっ!ヴヴヴっヴィっ…」


 撃たれる度に細かく悲鳴を上げ、やがて緩やかに絶命した。


「はぁ…はぁ…はひぃ…ふふふっ……」


 私の右腕には敵の鎌が突き刺さったままだ、せっかく治療してくれたというのにこの様。また後であの子の靴でも舐めればいい、そうすればきっと...


「何を、やっているのかしら、サニアさん」


「!」


 まさか、こんな所で天使の声を聞けるだなんて。


「あぁ…プエラさん、見てちょうだいなこの腕を…せっかく治してくれたのに…」


「まぁまぁ、これは治療の前にお仕置きが必要ですね…なんならあの子達の前で果ててみては?」


「あぁ…何でも…また戦えるようにしてもらえるなら、何でも言うことを聞くわ…」


「救いようのない人ですね……」


 幻覚かはたまたここは既にあの世か。あの可愛いらしい天使の姿はどこにもなく。声だけが耳に届き、私の視界は黒いものに覆われてしまった。

※ 今後は更新期間を少し開けさせて頂きます。次回 2021/5/11 20:00 予定

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