第7話 ジェラシー・パレード
7.a
カーボン・リベラ軍軍事基地の一角、整備舎の中に設置された射撃訓練所に重たい発砲音が断続的に鳴り響く。
長く整備士として働いていると、射撃のタイミングでそいつの機嫌が良く分かるようになってくる。
落ち着いた奴が撃てば眠たくなってくるし、苛ついた奴が撃てば殴りたくなってくる。ただ、何事にも例外があり今射撃訓練をしている奴だけは、一度も機嫌が分かったことがない。ナツメだ。
射撃の間隔が短い時もあれば長い時もあり、かといって眠たくなる時もあれば殴りたくなる時もある。つまりは何を考えているのか分からない。
「いようナツメ、気合十分だな明日に備えて訓練か?」
「失せろ」
おかしい、射撃が落ち着いた時に声をかけたのに。たまに苛ついている時に声をかけてしまい喧嘩になることがある。
「いやいや、ここ私の仕事場だから無理なんだわ、あと休憩時間だからいい加減やめてほしいんだけど」
「最初からそう言え、あと二〇分待て」
「いやいやいやそれ休憩時間終わってるから、ね?帰ろうぜ、なんなら私があんたのベッドまでエスコートしてやるからさ」
「お前にできるのか?」
「え?」
「はーいはいはいはーい!」
手刀を斬りながら、私とナツメの間にテッドが割って入ってきた。
「下らないことやってないで、これ!アオラさんいい加減に整備書にサインして下さいよ!持って帰れないじゃないですか!」
「ほんと真面目だな、適当でいいだろう」
「駄目に決まってるでしょ!あと訓練の邪魔しないで下さい!」
「そうゆうお前こそ私とナツメの邪魔をするなよ、今デートに誘ってるところなんだから、な?」
「失せろ」
「えループするのこれ」
「アオラさんには、たくさん恋人が、いるでしょう!」
そう言いながら私を引っ張り、ナツメから離そうとしている。
射撃訓練場の貸出所まで引っ張られた私は、テッドに押し付けられた整備書にサインをする。さっき見た時より増えてないかこれ。
「ナツメ、一体どうしたんだ、いつも以上になに考えているか分からないぞ」
「いいから早く書いて下さい」
「まぁいいけどさ、別に」
明日の作戦発令後はここも放棄されるというのに、何も変わらずに作戦前の訓練をしているナツメには脱帽する。テッドもそうだ、いつものように私を見つけては、溜まった書類にサインをしろと怒ってくる。
「そもそも明日でここの基地は捨てるんだろう?サインいるのかこれ」
「う…それは、どうなんでしょうね」
「まぁいいけどさ、別に」
渡された書類にサインを終え、テッドに渡しながら、
「聞きたいことがあるんじゃないのか、私に」
「その、アヤメさんのことは…」
「お悔やみ申し上げますって?いくらお前でもぶん殴るぞ」
あいつの話はやめてほしい。まだ心の整理がついてないんだ。
「いやそうじゃなくて、妹さん、だったのかなって、すみません昨日は僕もあの場にいました」
「あぁ、いたのか」
昔話をしようかと悩んでいる時に、外から何か大きな物が動く音がした。初めて聞く音だ、あんなにでかいモノがうちにあったのか、気になり私はそのまま貸出所から表に出る。
✳︎
外の様子が気になるからと、アオラさんは書き残した書類をそのままにして出て行ってしまった。確かに、こんなに大きな音と地面を揺らすような大型の車両はなかったはずだ。
…明日でこの基地も捨てられる、アオラさんに言われて僕たちが置かれている状況を思い出した。もうここに戻ってくることもないのかなと思うと少し寂しい気持ちがあるが、そもそも軍事基地なんてないほうがいいのかなと考え込んでしまう。
「戻るぞ」
隊長が訓練を終えて貸出所にやってきた。
「分かりました、僕はまだ雑用が残っているので先に戻ってて下さい」
「そうか」
それではと言いかけて、投げかけられた隊長の一言にパニックになりかけた。
「今日の夜、私の家に来い」
✳︎
「それで私の所に逃げ込むって、根性あるのかないのか分からない奴だなお前!」
夕方頃になって、各部隊の整備周りを終えて戻った時にテッドが私達の詰所に顔を出した。珍しいなと思い、声をかけたら当直時間が終わるまでここにいさせてほしいと言い出した。理由を聞けば…
「ナツメとデートに行くのが怖いからって普通、私の所に来るか?言っちゃなんだが、そこらの火薬庫より危ない所だぜ、ここ」
「いや、その例え上手くありませんので、あとアオラさんを頼ったわけじゃなくてこの詰所を頼ったんです」
「それ、大して意味変わらないからな」
「うぐぅ…」
もうすでに帰った、他の整備士の机に顔を突っ伏している。癖毛の髪が軍帽でぺしゃんこになっていたので手櫛でといてやった。柔らかい、癖になる感触だった。
「お前良い髪しているな、一晩中触っていたくなるよ」
「…昼間、外の様子はどうでしたか?」
髪を触られながら質問してくる、何のことかと一瞬考えて、
「あぁあれか、あれは化け物だ」
「化け物?アオラさんより?」
「それはどういう意味だぁ?」
「痛いです痛いです」
落ち込んでいるくせに冗談かますとは、さてはこいつ余裕だな?
「明日の作戦用にこしらえたんだとさ、その時になれば分かるから楽しみにしておけ」
「…僕たちこれから、どうなってしまうんでしょうか…」
「知るかよ、自分で考えろ」
私が一方的に面倒を見るのは好きだが、誰かに頼られるのは苦手だ。肩肘張って力が出せなくなってしまう。だからかもしれないが、アヤメには少し距離を置かれていたように思う。
「私らは居残り組だから気楽なもんだが、お前は戦場に出るんだろう?こんな所にいていいのか?最後の夜なんだ、愛する女の股座に飛び込んでいけよ」
「馬鹿じゃないんですか?その度胸がないからここにいるんですよ」
「だってさナツメ、後は任せるぞ」
「ほぇ?!」
間抜けな声と一緒に頭を上げ、詰所の入り口へと顔を向けたテッドは顔を真っ赤にしながら固まった。
「自分んとこの隊員ぐらい面倒見ろよ、ここは託児所じゃないんだ」
「すまなかった、すぐ連れ戻す」
…調子狂うよ、全く。謝るなよ。
✳︎
髪を撫でられていた副隊長を見つけた時は、不思議と苛ついた。無防備に見せていた姿を、微笑みながら見つめるアオラにはさらにムカついた。
副隊長と整備舎を出た、いつか見た時と同じ赤色の空だった。端のほうは太陽の光が当たらず、濃紺の夜の始まりを思わせた。
俯き加減で私の後ろをついてくる副隊長に声をかける。
「もう少し辛抱してくれないか、テッド」
「え?」
私の言葉が意外だったのか、驚いたように顔を上げる。
「明日で作戦が終わる、それまで私についてきてくれないか」
「あ、当たり前じゃないですか、何を言って…」
「部下のために喧嘩もできない腑抜けだ、頭も悪い」
「…何かあったんですか」
困ったように、それでも心配するように声をかける。
「私は元々こんなものだ、誰かについてきてくれと頭を下げねば戦うことすら出来ない臆病者なんだよ」
「…僕だってそうですよ、ナツメさんに助けてもらうまで、臆病者でお荷物だと言われてましたから」
こいつが入隊したばかりのことを思い出す、そういえば初めはさん付けで呼ばれていた。
「そうか」
「それにナツメさんは助けてくれたじゃないですか、僕が孤立した時に一人で…」
「あぁ、あれはお前が使える奴だからだ。度胸はないが頭は良い、戦場で最後まで生き残る奴の特徴だ」
「…本当ですね」
「あぁ。すまないが先にエレベーターシャフトへ下見に行ってくれ。準備の音でビーストが群がっているかもしれん、私もすぐに行く」
「はい!」
情けないことこの上ない。自分に自信が持てないがために、副隊長に甘えてしまった。腑抜けだと、頭が悪いと、乗り越えられない自分の弱さを相手に押し付け許しを貰った。それでも、だ。それでも戦わなければならない、前に進まなければならない。
…あいつが私の副隊長で良かったと思う。他の奴なら笑われ者だ。
7.b
「えぇー武器ぃー?」
アマンナと一緒に中層の街に入り、見分けがつかない建物の間を行ったり来たりして、その中でも一際大きな建物に入った。広い駐車場に、建物の入り口近くは庭園となっており、長い間放置されているにも関わらず草木が生い茂っている。よく見てみれば本物ではなく作り物だった。
その建物に入り、天井が吹き抜けとなっているエリアで休憩している時に私がアマンナにお願いしたのだ、一緒に武器も探して欲しいと、何故だかとても嫌がられた。
「いらないんじゃないかなー」
「そんなことないよ、前みたいに襲われたら大変でしょ?」
「えぇーそうかなー」
ここに来るときとは打って変わって投げやりな態度だ。
埃だらけのテーブルを綺麗にして、マギールさんからもらった飲料水を飲みながら休憩している。驚いたことにこの飲料水は、アマンナ達のマテリアルを造ったナノ・ジュエルから出来ているそうだ。
「それに何かあったらアマンナのことも守ってあげられるでしょ?」
「えっへぇーそれはそうかもしれないけろぉー」
口元をもごもごしながら答えるアマンナ、少し顔も赤い。けれど私のお願い事をなかなか聞いてくれない。
突然、建物内に音楽が流れた。陽気な、けれど調子外れな音はノイズを含みながら私達の会話を中断させる。すると、暗かったフロアに思い出したかのように明かりが灯った。
「びっくりした、何これ?」
「さぁわかんない、けど昔からだよ」
さらに、私達が入ってきた入り口の方から人の姿をした何かが歩いてくる。一瞬ここに住んでる人がいたのかと思ったけどどうやら違うらしい、その人の姿はシルエットだけで体も透けている。陽気に手を振りながら休憩しているエリアを横切っていった。
それを皮切りに、後から次から次へと人のシルエットと中には動物達も混じって、どこか調子っ外れなパレードを始めていた。はっきりと言って不気味だった。
「…ここって昔のショッピングモールなんだよね?」
「うん。あの人達について行っても何もなかったよ、建物をぐるぐると回って途中で消えちゃったし」
「…よくついて行こうと思ったね」
「面白そうかなーって」
グガランナが口酸っぱく怒る理由が分かった気がする。
「ほんと、アマンナは面白いことが好きなんだね」
「うん、でも今日はちっとも楽しくない、アヤメが変なこと言い出したから」
その言葉に少しイラッとした。
「そんな言い方…私だってやれることはやりたいだけなんだよ」
「それが武器を持つことなの?意味分かんない」
「そりゃアマンナは右腕をハンマーに変えられるからいいかもしれないけどさ、私だって戦えるようになりたいのっ」
「戦わなくていいじゃん、なんでわざわざ自分から危ない思いをするの?」
「アマンナを守りたいってさっきから言ってるでしょ!」
つい大声を出してしまった、調子っ外れの陽気な音楽だけが辺りを支配する。次の瞬間、
「そんなこと誰も頼んでないよ!アヤメは大人しくしてればいいの!」
「何それ?!私を子供扱いするの?!アマンナのほうが子供のくせに!」
「なぁにぃ?見た目は子供っぽいけどアヤメよりいろんなこと知ってるんだよわたしのほうが!」
「だったらなんでグガランナやマギールさんに怒られてばっかりなのさ!全然役に立ってないじゃんその知識ぃ!!」
「役に立ってないからって子供扱いするなぁ!それなら守られてばっかりのアヤメのほうが子供でしょ!!」
「だからさっきから武器がほしいって言ってるでしょ?!!」
「武器なんていらないよわたしを頼ってくれればいいじゃんか!!」
「子供に頼る大人がいるかぁ!!!」
「わたしは子供じゃなぁあい!!!」
✳︎
[アヤメと喧嘩した]
「は?」
離ればなれになっても位置を特定できるようアヤメに発信器を持たせ、万全の状態で挑んだ大型ショッピングモールへの遠征。アマンナから通信が入り、何事かと慌てて取ったコール音の次に発したアマンナの言葉だ。は?
「…何をやっているの?いいえ何をしたのかしら?」
「あんな優しい子とよく喧嘩ができたなアマンナ、お前さんもしかして…馬鹿なのか?」
[うるさい!変態マギール!グガランナから全部聞いてるよ!アヤメに嫌われたくなかったらその口とじろぉ!]
すぐに黙ったマギールを他所に、
「それで、今は?アヤメはどうしているの?」
[…いなくなったから探してほしい]
「そういう大事なことは先に言いなさい!!」
「いやしかし、アヤメに持たせた発信器はお前さんのすぐ隣にあるぞ?」
[え…うそ…ほんとだ、椅子に、ポーチが…]
何てこと、アヤメは発信器が入ったポーチを置いてどこかに行ってしまったのだ。
[ぐが、グガランナぁ!どうしよう!]
私に泣きつかれても困る、私も泣き出したい気分だ。
「…アマンナ落ち着いて、アヤメはいつ頃からいなくなったの?」
[に、二時間くらい前に…]
「お馬鹿!!何でもっと早く連絡しなかったの!!」
[す、すぐに戻ってくるかと、思って、トイレに行くって言ってたし、わたしトイレとか行ったことないから分かんなかったし…]
「しっかりしなさい!今アヤメを見つけ出せるのはあなたしかいないのよ!あの時だってあなたが私を励ましてくれたんじゃない!」
[ううぅグガランナなんかに励まされたぁ!!]
「アマンナ!」
これは駄目だ、私が何とかしないと。
「マギール、力を貸してちょうだい」
それはそれは嫌そうに顔をしかめたマギールの襟首を掴み、地下へと引っ張って行った。
✳︎
「何をやっていたのかしらアマンナは」
まさかいきなり喧嘩を始めるだなんて夢にも思わなかった、マキナは夢なんか見ないけど。
せっかくもてなしのつもりで豪華なパレードにしたのに、全く興味を持ってもらえなかった。何が昔からよ、定期的に繰り返される販促用パレードのデータを弄って動物まで加えたのは今回が初めてよ。
私の体はそのデータを流用して再現されている。遠くから見たらさして人間と変わらないだろう。何度もチェックをする、人間と対面するのは彼女が初めてだから緊張している。
(緊張している…ね)
エモート・コアが先程から安定していない、小さなエラーが何度も繰り返される。どうして私を設計した開発者達は感情機能を搭載したのか分からない、自分で制御できないものに意味があるのか。
私の周りには、服が飾られなくなった衣装ケースや陳列棚がずらりと並ぶ。どこも埃だらけ、通路から中を見せられるように貼られたガラスもヒビだらけだ。ここも、タイタニスが追加で建造した上層部内にあるエリアのように、手入れをして好きなように弄ろうかとも思ったが、今日の目当てはそれではない。
栗色に設定したお気に入りの髪を手櫛で整えている時に、足音が聞こえた。慌てるように追いかけるように聞こえる、彼女が走る前には私と同じデータで再現した小さな女の子がいるはずだ。彼女はその女の子を追いかけてここまでやって来るはず、私がそう仕向けた。
「待って!お願いだから待って!」
ディアボロスにお願いして、カーボン・リベラの街で起こった爆発事故を調べてもらった。その時にアヤメとよく遊ぶ女の子をデータログで見つけ、もしやと思い釣りエサとして選んだが、どうやらビンゴのようだ。
いよいよね、私もネクランナと同じように、人間と対話する時が来たのだわ。
小さなエラーを繰り返していたエモート・コアが静かになる、何だ簡単じゃない、感情を制御するなんて。
私の前を小さな女の子が過ぎて行った、その後を追うようにアヤメがブティックに入ってくる。
とびっきりの挨拶を、ネクランナになんか負けないぐらいの挨拶を彼女に。
私の前を行くアヤメに向かって、
「ご機嫌よう、アヤメ。私はティアマト、グラナトゥム・マキナがここに…」
挨拶をしたがそのまま通り過ぎて行ってしまった。
………え?うそでしょこんなことってあるの見向きもしなかったわあの子。そんなにあの女の子が大事なのかしら。
しまった釣りエサがでか過ぎたと気付いた時にはもう遅い、アヤメにとっては何よりも大事にしていたということだろう。
そういえば女の子のデータはここまでのはずなのに、どこへ行ったのかしら。
仕方がないので後を追いかける、なんて情けない。仕掛けた餌に夢中になった魚を取り逃してしまうなんて、まぁ魚は一度も見たことがないけども。
アヤメが行った方向を見やると、壁が崩れていて裏手の通路へ繋がっていた。
✳︎
「待って!!」
私の前を小さな女の子が駆けて行く。その後を追うように私もただひたすらに駆ける。
偽物なのは分かっている、所々透けて見えるので、さっきのエリアで見たパレードと似たようなものだろう。
だけど、確かめたい。どうして私の前にその姿で現れたのか、助けてあげられなかった友達の姿で、マギリの姿で私の前を行く女の子に呼びかける。
「ねぇ!あなたはマギリなの?!」
答えてくれない、やっぱり本物なんかじゃない、早くアマンナの所に戻らないといけなのに、私の足は言うことを聞いてくれない。
一つも商品が置かれていない店舗を抜けて、従業員用の通路へと入る。ここが人でいっぱいだった頃はきっと、この通路にも売られる前の商品でいっぱいだったのだろう、今はガランとしてしまっている。ひっくり返った椅子や、片脚が折れて傾いた机の列の中を走り、また店舗が並ぶ大通りへ出た。けれど、女の子の姿が見当たらない。
「そんな!」
ショッピングモールの二階、一階から吹き抜けている通路を走っていると、下からアマンナが私を呼ぶ声がした。
「アヤメ!何やってるの?!」
「アマンナ!小さい女の子を見かけなかった?!」
手すりに掴まり、アマンナを見やる。走り過ぎたせいで動悸が激しい。
「な、な、ななななんて?!女の子?!わたしというものがありながら女の子?!」
アマンナが顔を真っ赤にして口をパクパクしている。
「信じられない!ちょっと見ない間に何やってるの!女の子のお尻を追いかけてるなんて!!」
「何ふざけてるの!こっちは真剣なんだよ?!!」
「なぁんだって?!わたしより真剣になるってなにさ!あったまにきたわたしがその子を見つけてぶっ飛ばしてやる!!」
「アマンナ!!」
✳︎
[アヤメを見つけた]
グガランナが牛型のマテリアルに戻り家の中をひっくり返しながら出てから暫くして、アマンナから通信が入った。
「もう、もういい、連絡をよこすな、頭が痛くなってくる」
[は?何それ]
どうして儂の近くにいるマキナはこうも自分勝手なのか。儂みたいな老いぼれを気づかってくれるアヤメのほうが神様に見えてくる。
[グガランナは?いないの?]
「…」
[ねぇ、アヤメ知ってる?マギールが地下に隠してる男の花園のことなんだけど、]
「今さっきアヤメを探しに出て行ったばかりだ!余計なことを言うなよアマンナ!」
[無視するからでしょ、しわくちゃマギール]
もういいだろう、アヤメも無事に見つかったんだ、この通信端末を切って静けさを噛みしめたい。
[グガランナに連絡して、もうアヤメと合流したから大丈夫だって]
「あいつは牛型のマテリアルに戻しておる、それに早く走れるようにとエネルギーもナノ・ジュエルも足回りに使っとるわ、通信機能をカットしてまでな」
[えぇ…グガランナ待ってないとだめなの?めんどくさいよ、なんで止めなかったのさ]
「お前が!アヤメと喧嘩して下手をこいたからだろう!そもそも泣きついてきたのはどっちだ!」
[はぁ…もういいよ、アヤメと一緒にナノ・ジュエル取ってくるから、グガランナによろしく伝えておいてね]
そう言って通信を切られた。だから通信ができないと言ってるだろぉ!と叫びながら今度こそ通信端末を窓の外に放り投げた。
7.c
甘い、むせ返るような匂いが部屋を充満している。雰囲気作りに良いと思って買ってきた、七色に光る間接照明の電源を切る。これはダメだ、している間むやみに目に入ってきて集中できなかった。
「アオラ?消しちゃうの?」
「あぁ、こんな物がなくても今日は良い夜だったよ」
連れ込んだ女が名残惜しそうに声をかけてくる、私が毎日通っている食料品店の店員だ。金色の髪が気に入った、ただそれだけで口説いた女だ。
「まるで、嫌な夜があったみたいな言い方ね」
「そんなことはないさ、今日が一番だよ」
「それじゃあ二番目の夜は?もっと知りたいわ、アオラのこと」
鬱陶しい。探りを入れてくる女にろくな奴はいない。
そう思うと部屋に充満している甘い匂いも鬱陶しくなってきた、カーテンを開けて窓を開け放つ。冷たい空気と一緒にこの女の匂いも薄れていく。
窓に映るのは汚い赤い髪をした女の顔だ。鼻周りにはそばかすがあって、何が面白いのかいつも口元は笑っている、一度も好きになったことがない顔がそこにあった。
あいつだけだ、私の顔を好きだと言ってくれたのは。
「さぁ、私はこれから明日に備えて仕事をしなくちゃいけないんだ、また会おうぜ」
「何それ?アオラが休みだからって誘ったんじゃない」
「そうだったか?誘うのに必死すぎて忘れたよ、なかなか頭を縦に振ってくれなかったからな」
「私が悪いって言いたいの?…もういいわ」
そう言って荷物を抱えて部屋を出ていく。また新しい店を探さなくてはならないが、まぁそんなことはどうでもいい。
「きゃあっ」
出て行った女が短い悲鳴を上げた。何事かと見てみれば、そこには仏頂面のナツメが立っていた。
✳︎
「気に食わない、何故私が変質者扱いを受けなきゃならないんだ」
第二部隊の隊長から私の詰所に連絡があり、整備士長に用があるのに整備舎にいないと泣きついてきた。
どうせ部屋に連れ込んでいるんだろうと、暗くなった詰所の扉を開けてみたら、まさしく帰ろうと身支度をしていた見知らぬ女に悲鳴を上げられたのだ。
「まぁそんな日も、あるわな」
「あるわけないだろ!」
「それで、その隊長さんは何の用なんだ?まさか私に抱かれたいってか!いやぁ照れるねぇ」
「ここの訓練所を貸してほしいそうだ」
無視して話を進める。
「は?今から?何の訓練?あぁ抱かれる訓練か、気合入っているなその隊長!」
「サニアだよ、お前の好きな金髪だ」
「…」
「下らない冗談はどうした?もうすぐここに到着するらしいから後は任せるぞ」
「いやいやいやいや、ちょっと待った、それはないんじゃない?あんたが連れてきたんだろ?あんたが相手しろよ」
「知ったことか、金髪だからと言って手を出すなよ」
「はぁ?何のことだよ喧嘩売ってんのか、お荷物押し付けてくるわいい加減にしろよあんた」
「お前のほうこそいい加減、アヤメの影を重ねるのはやめたらどうなんだ」
こいつが連れ込む女は決まって金髪だ、馬鹿でも何がしたいのかすぐ分かる。
「それじゃあなシスコン女」
吐き捨てるように部屋を後にした。
✳︎
第二部隊の詰所から見える景色は、結局好きになることができなかった。つまらない、どこを見ても同じように見える、まるで型にはめられたかのような景色に嫌気がさす。けれど、この景色も今日で見ることはない。そう思うと心が軽くなったような気がした。
あの時、第一部隊の副隊長に言われた言葉は今も頭から離れない。私が苦労して手に入れたこの階級章も、立場も、この身に飾った全てを見透かされたような一言だった。
あなたは戦場で銃を握ったことがあるんですか、と。
ドアがノックされる。開いた扉から出てきたのは、第一部隊長のナツメだ。律儀にも報告しに来てくれたらしい。
「ごきげんよう、ナツメ隊長、今日はとても良い夜ね」
「どこが良い夜なんだ、お前の目は節穴か?」
とんでもない返しが来た、これだから現場主義の人間は嫌いなのだ、率直にしか物を言わない。
「アオラには話を通してある、好きなように使え」
「ありがとうございます、私のために動いて下さって」
「勘違いするな、使えない人間を少しでも減らすためだ」
「何のことかしら?」
「とぼけるな、戦場で銃を撃ったことがないんだろう」
…また言われてしまった。一体なんだというのだ。
「そんなことはないですよナツメ隊長、この階級章が分かりませんか?撃ったことがない人間が持てるものではないでしょう」
私の胸には、頼りなく輝く階級章がある。
「忠告しておくが、いざという時に助けになるのは今日まで張ってきた見栄ではない、」
「っ!」
「その手にした銃だけだ、どんな時でもトリガーを引くことを忘れるなよ」
そう言い残し、第一部隊長は詰所を出て行った。
✳︎
いやー苛ついてんなー、今日の奴は特に苛ついてんなー。帰りたい、殴りたいじゃなくて帰りたい。関わらないほうがいいに決まっている。
射撃の的は木製、逸れた弾丸を防ぐ壁は鉄製、弾丸が当たった時の音が交互に聞こえてくる。狙いもつけずにやたらめたらと撃ってる証拠だ、さらにさっきから射撃音が鳴り止まない。いくら反動を抑えた中間弾薬を使った自動小銃とはいえ、射撃のダメージが体にきているはずだ。こんな長時間も撃つ訓練もないし作戦行動もない。自分を省みることなく撃ち続ける、怒り心頭ってやつだ。何も考えていないだけだが。
お、撃つ間隔が長くなったな、さすがに疲れてきたのか、やっと帰れそうだ。
そう思い、私はいつものように気軽に声をかける。
「ごきげんようサニア隊長、そろそろ指が疲れてきたんじゃないのか?私がマッサージしてやろうか?」
「失せなさい」
おかしい、絶対におかしい。私の勘が二回も外れるなんて、だから関わりたくなかったんだよ。
それからもサニアはひたすら射撃訓練を続けている。最初はただのやつ当たりかと思ったけど、違うらしい。何かに取り憑かれたように撃ち続けるその姿はどこか、今日休憩時間を潰してくれたあいつとどこか似ていた。
「一つ、聞いてもいいかい?」
「何かしら」
嘘だろ返事が返ってきた、こんなに間隔短かく撃ってるのに、さてはこいつ頭良いな?
「何がそんなに楽しくて撃ってるんだ?」
「何も楽しくないわ、必要だから撃ってるのよ」
「何に?」
「…」
「何に必要なんだ?」
「…」
「何かのために、ここで、銃を撃つことが、必要、なんだろうわぁぁぁ?!!」
「馬鹿にした言い方して!撃つわよ?!」
「銃口をこっちに向けるな馬鹿野郎!!殺す気か!!あんたが無視するからだろう!」
「無視したんじゃないわ分からなかったのよ!!」
「はぁ?」
「私が!何のためにこんな遅くまで訓練をしているのか、自分でも分からなかったのよ!」
開いた口が塞がらない、こいつは馬鹿か?
「何だそれ、じゃあやめちまえよ、こっちあんたに付き合わされてるんだぞ?」
「無理よ今さらやめられないわこんなやり方しか知らないもの!」
「あんた何が楽しくて銃を撃ってるんだ?」
「は?何で同じ質問を二回も…」
「撃っても楽しくないなら、あんたが楽しいことをすればいいだけだろ」
「良いこと言ったつもり?さっぱり分からないわよ!」
「あったまきた人が親切心でアドバイスしてるというのに!」
「放っておいてちょうだい、誰もそんなこと頼んでいないわ!」
「いやだね私は人の面倒を見るのが好きなんだよ」
「あらそう勝手にして!」
そう言って、サニアは訓練場を後にした。
私には理解できない生き方だ。楽しいことしかしない、好きなことしかしない、つまらないことや面白くないことはやらない。ただそれだけだ。
けれど、サニアやナツメのように自分のやりたくないことでも、何かのためなら頑張れるやつがいる。その何かは人それぞれなので、どうこう言えないが。私は尊敬する。
私にはそんな真似ができないからだ。
こんな奴らが、少しは報われてもいいのにと思えた夜だった。
7.d
急いで損した。牛型に戻して損した。こんなことってありえるの?ありえないわありえない。
アヤメと喧嘩していなくなったからとアマンナに泣きつかれ、せっかく完璧な人型のマテリアルが完成しかけていたのにそれも崩して牛型に戻し、全速力でショッピング・モールに来てみれば、どうしてあの二人はあんなにイチャついているのかしら?
「さっきはごめんねー、アヤメー、言いすぎたよー」
「ううん、私のほうこそごめんね?アマンナ」
「いいよいいよー、全然気にしてないよー」
アマンナが膝の上に、アヤメの膝の上に座っている。さらにアヤメから、後ろから抱きついてもらっている。アヤメの腕がアマンナのお腹あたりでまるで、皆既日食を起こす月と太陽のように重なっている。
…私もしてもらえないかしら。今のマテリアルでは無理だけど。いや頑張ったらいけるかもしれない、人型のマテリアルなんて待っていられない優しいアヤメだ何とかしてくれるかもと、思ったあたりでアヤメの天使のような声が聞こえた。
「グガランナはこっちに向かっているんだよね?あとどれくらいで着くのかな」
「えぇーほっとけばいいよグガランナのことなんか」
「駄目でしょ!そんなこと言ったら!」
「ごめんなはい…」
アヤメに怒られながらほっぺを優しく抓られている。何あの思いついたみたいな顔、次も絶対似たようなこと言ってアヤメにほっぺを抓られたいんでしょ!
「ねぇ、アヤメ、もう少しここを探検してみない?何かグガランナに渡せるようなものを探したい」
「プレゼントってこと?」
「う、まぁそんな感じかな」
「いいね、プレゼント、私も欲しいな」
「だめ!また今度ね、今日はグガランナにプレゼントするから」
…意外だった、まさかあの子があんなことを言うなんて。私の疑問を代弁するかのようにアヤメが質問する。
「でも、どうして?さっきもほっとけって言ってたのに」
「う、…いつも助けてもらってるから、なんかそろそろお返ししないと見捨てられそう」
「グガランナはそんなことしないよ」
「そうかなぁ?そうだといいんだけど」
あんな態度は初めて見た。もしかして私が知らないだけで、ずっとあの子は気にしていたのかもしれない。
「わたしはさ、普段は頑張れるんだけど、今日みたいにアヤメがいなくなったりした時ってだめだめで、」
「うん」
アヤメが優しく相槌をうつ。
「何かあったら、すぐグガランナを頼っちゃうから、もしかしたら、迷惑かもって」
そんなことないわ。そんなことあるはずがない、こんな私についてきてくれたもの。
「そんなはずないよ」
アヤメも同意してくれた、エモート・コアから優しいエラー音が鳴る。
「…ほんと?」
「うん、でもプレゼントは渡してあげようね、きっと喜ぶと思うから」
「…うん!そうする!行こう、アヤメ!」
いらないわ、どうせろくでもないから。あなたの言葉だけで十分よ。
隠れていた二階フロアから起き上がり、二人に見つからないよう静かに去って行った。