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第六十七話 混沌からの回り道

67.a



「本当にこの先にあるのね、あなたの秘密基地とやらが」


「あぁ」

 

 ビーストの襲撃で破壊されてしまった街を容赦なく照らしていた太陽が、一天にわかに掻き曇りその姿が隠れ、タイタニスと肩を並べて歩いている軍事基地もその陰に隠れてしまった。そして、急ぎ足の大粒の雨を降らし突然曇った空のせいで濡れるかと思いきや、タイタニスが天に腕を伸ばして見えない壁で防いでみせた。


「あら、優しいのね」


「湿気は厳禁だからだ」


「あなたの手元にはまだナノ・ジュエルが残っていたのかしら」


「まさか、ただの節約だ、空気中の二酸化炭素を利用しているにすぎん」


 素粒子間任意結合流体、グラナトゥム・マキナに与えられた力の一つだが、こうして気遣いの為に使われるのは初めての事ではないだろうか。それに、タイタニスとも二人っきりというのも初めての事だった。ドーム状に形成された見えない壁が雨を弾き、さらにぶつかる雨音さえも吸収しているようでお互いの息遣いだけが耳に届いていた。

 隣を歩くタイタニスから私を伺う気配が伝わってくる、何も私からお願いした「マテリアル」についてではないだろう。これも恩返しだと思い私から聞いてあげる事にした。


「何かしら、何か聞きたいようだけれど」


「……アマンナはどうしている?」


「アマンナ?あの子なら五階層にいるグガランナのマテリアルを動かしているわ、格納庫で横になっているはずよ」


 私とグガランナ、それからアマンナの三人で怒鳴り合ったあの通信の後、あの子にはグガランナ・マテリアルに戻ってもらい一度も聞いた事がない「遠隔操作」でアヤメ達の手伝いをさせていた。


「……そうか、あれについてお前はどう思う?」


「グガランナが生んだ子機ではない、それぐらいかしら」


 タイタニスの聞きたい事はこんなことだったのかしら...


「お前は初めから気付いていたのか?アマンナが子機ではないことに」


「………」


 見えない壁に守られながらエレベーター出口前を通り過ぎて、ある兵舎の中に入っていく。年季の入ったこの兵舎は長年使われていないせいか、扉を開け放った時から埃っぽく、それにカビのような臭いも鼻をついたので聞かれている質問も忘れて愚痴がついて口から出てしまった。


「何よこの臭い……カビの臭い?」


「後でアオラに掃除をさせよう、下らない事に使われてしまっていたからな」


 何故そこでアオラが?

疑問に思いながらも、扉を開けて入っていったタイタニスの後に続く。昔は大勢の人達が使っていたであろうこの兵舎は木造で、歩くたびに軋む音が足元から聞こえてくる。同じ木製の扉には覗き窓の擦りガラスがはめられ、誰もいないがらんどうの食堂やトレーニングルームのように広い部屋、それからベッドだけが置かれた部屋を覗き見ることが出来た。カビと、それから()()人の臭いに辟易した頃にようやくお目当ての場所にたどり着いたようだった。


「木を隠すには森の中、ってことわざもあるけど……」


 通路の角、他と変わらない木製の扉の向こうは用具入れのように、まるで建物の隙間を見つけて作られたような部屋だった。壁の至るところに落書きされた絵?マーク?を目に入れながらタイタニスの後に続き、モップやほうきを収納している長方形の扉を開けると、そこには地下へと続く階段があった。



「古典的」


「案ずるな、我が開けねばあの階段は見えないようになっている」


「そういう事ではなくて……」


「破られたのは過去に一度だけだ」


「駄目じゃない、見つかったら不味いのでしょう?」


「なぁに、知識の無い者が見ても理解は出来まい」


 これまた木製で作られた階段を降りた先には、いきなりカーボン製のエレベーターの扉が待ち構えていたので少し驚いた。そのエレベーターに乗り込み、設えてあった椅子に私が腰を下ろし、タイタニスは階層を示す表示板を睨んだまま立っていた。

 返すのを忘れていた質問を思い出しながら、ゆっくりと私から口を開いた。


「さっきの質問だけど、私も気がつかなかったわ、あの子が子機ではないことに」


「………」


「それに、あなたが聞きたいのはアマンナの事ではないでしょう?」


 タイタニスが胸を張るように呼吸をして、一拍置いてから吐き出した、まるで腹をくくるかのように。


「……お前は稼働歴百二十年より記憶を維持し続けているのだな?」


「忘れている事もあるけど……それで?」


「我の最後はどうであった」


 おかしな言葉だ、しかしグラナトゥム・マキナであればおかしくはない言葉だった。


「………聞きたいのかしら?」


「気にはなる、我が我ではなかった時の事は」


「……醜かったわ、とても、最後の最後まで「自我」に執着して「消失」を恐れていた」


「………それは、いつ頃の話しになるのだ?」


「グガランナが生まれる直前、終結後の話しよ」


「ゼウスが口にしていた「あれ」か……」


「えぇ、皆が参加して皆で殺し合った、人を代表して、××っ……」


「厄介なものだな……」


「そうね…本当に」


 ガイア・サーバーに接続されている今の状態では発言することすら許されない。それだけ忌み嫌われている記憶、という事だろう。確かにあの時代は悲惨だった。それに私が「死」の概念を知った一場面でもあったのだ、目の前に立つこのマキナが見せたあの最後は。

 記憶から逃げるようにまた私から話題を変えた。


「……それで?他にはあるのかしら、聞きたいこと」


「今はとくに無い」


 それだけ発した後、到着したエレベーターから降りていった。



 明確にはマキナに性別という区切りはない。マテリアルの身体的特徴も後付けでしかないため、いくらでも変更することは出来る。私が男になることも出来るし、目の前で生き生きとしだしたこのマキナも女に変わることが出来る。しかしだ、私には「秘密基地」という浪漫をまるで感じることが出来ない。ゆえに、性別はマテリアルにではなくエモートに起因しているのではないかと思う。


「はぁ」


「溜息を吐くな、ここに他者を招き入れたのはお前が初めてだ、光栄に思え」


「誰が」


 さっきの態度とは打って変わって随分と気前が良いこと。

案内されたタイタニスの「秘密基地」とやらは、どこか軍事司令室を思わせる場所だった。各種のモニターからコンソール、それにカーボン・リベラの各区をマッピングしているのか3D投影された全体図が司令室の中央に浮いていたのだ。ディアボロスの襲撃を受けたせいで()()()()()()の区が赤く染まっていた。


「頼まれていたマテリアルは直に完成しよう、その名の通り神になった気分はどうだ?」


「とくに、あの子を思ってここに呼び出しただけよ」


[だったら早く会わせてくれない?いい加減ここの眺めも飽きたんだけど]


 赤く染められ被害状況を一目で教えてくれていた街のマップから、一人の女の子が変わって現れた。


「マギリ、もう少し待ちなさい」


 あの時、仮想世界で使っていたマンションに私が上がり込み塩対応してきたように胡座をかいたマギリがこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。


「マギリよ、これは奇跡に近い事だ、仮想世界で生まれた人工知能が現実にマテリアルを有する………」


[自画自賛?]


「あなた、ここへ来てから随分とポンコツになったわね」


 私とマギリから遠慮なく指摘されたタイタニスが片手を振りながら顔を隠した。


[いやというかさ、ここは何?街を建設していた場所なのは分かるけど、何で大量に火器管制システムが残ってるのさ]


「タイタニス」


「…テンペスト何某だ、過去にここを攻め入られた事があってな、さらには外殻部に身を寄せていた「ノヴァグ」を始末するのに使用していたのだ」


[……身内の抗争……マフィア?]


 マギリを表す解像度が荒いせいか、表情までは読み取れないが首を傾げて顎に手をやっていた。


「違う、とにもかくにも邪魔をしたかったのだろう」


[あっそ、それよりアヤメ達は?元気にしてるの?仮想世界で別れたっきりだから分かんないんだけど]


「良いのか?我の住処へはそう来れるものではないぞ?なんなら秘蔵の……」


「興味ない」

[興味ない]


 あら、この男がこんなにダメージを受けているところは初めて見たかもしれない。

 タイタニスにマギリのマテリアルを保管してもらうようにお願いを前からしていたのだ。グガランナ・マテリアルでも事足りるのだが...まぁ何だ、私からアヤメへのサプライズのようなものだった。

 「不良座り」で項垂れているタイタニスを他所にしてマギリの質問に答えてあげた。


「上層の街、アヤメ達が住んでいる街が襲われてしまったわ」


[……………え?]


「相手はディアボロスというマキナ、まぁ…言うなれば私達の同類、と言えばいいかしら、ある目的の為にね」


[……それって、びーすとっていう敵のこと?前にナツメさんに教えてもらったことがあるけど……]


「そう、知っていたのね、アマンナとテッドは街の復興に勤しんでいるわ、アヤメとナツメは別件でメインシャフトと呼ばれている所にいるけど、もう間もなくこっちに戻ってくるはずよ」


[そっか……]


 それだけ言葉を発してから俯いてしまった。


(そういえば…この子にはこっちの事を何も説明していなかったわね…)


 突然の話しで理解が追いつかない、そう思っていたのだが、マギリが項垂れた理由は別にあったようだ。


[私……何かの役に立てるのかな…アヤメ達が住んでいる街がそんなに大変だったなんて、知ってはいたけど……何かを出来る気がしない]


「………」


[ねぇ、私がそっちに行く意味あるの?]


 マギリ、仮想世界で生まれた一人の女の子が発した問いに私もタイタニスも答えることが出来ずにいた。「アヤメを喜ばせてあげて」そういうのは簡単だが、マギリはそれ以上の事を望んでいるようにみえたからだった。



67.b



 グガランナの揺れる頭を見ながら進んで数時間経った頃、ようやく四階層へ続く扉が見えてきた。どこを歩いても埃っぽく薄暗い非常階段には皆んなの足音だけが聞こえる。上り始めた時は元気だった子供達も今は押し黙りもくもくと歩みを進めている、まるで昔の私のようだった。眉間にしわを寄せて何かに我慢するように足を運ぶ姿は見ていられなかったが、どうしてあげることも出来ない。あの時は確か、しきりにアマンナが声をかけてくれていたっけ、あれだけ不機嫌になっていたのにアマンナはよく私を気遣ってくれたなと、今さらになって感謝の思いが湧いてきた。


「あ、後少しだからねー」


「……はぁ、もう、いらないこの足」

「体、じゃま……」

「ナツメぇ、おぶってぇ〜」


 私が声をかけると皆んなが一斉に答えてくれた、これで少しは気が紛れてくれたらと思うが。


「後少しだ、我慢しろ」


「にしても、何で五階層にはエレベーターがないんだ?」


 今度は黙って上っていたナツメとアオラも口を開いた。


「五階層にもエレベーターはあるが、お前達の言うのは普通サイズのものだろう?」


 イエンさんの言葉に私とナツメ、それからアオラがはたと足を止めた。


「………」

「………」

「………」


「ん?何やってんの?」


 あれ...そういえば...


「おいなぁ……確か…」

「あのエレベーターは……」

「壊された……はず……」


 私の言葉に、リコラちゃん達も足を止めた。四階層の扉はすぐそこだ。


「もうヤダぁああ!!!!」


 リプタちゃんが私達を代表して叫びながら座り込んでしまった。



 「もう絶対に歩かない!」と断固として丸まったリプタちゃんを私が背負い、今さら五階層には戻れないと結局四階層への扉を潜ったところで倒れ込んだ、私が。


「お疲れだな、アヤメ」


「〜♪」


「随分と懐かれたみたいだが、そろそろ退いてやれ猫の子よ」


 未だ背中にひっついているリプタちゃんが首筋やら背中に顔を擦りつけている、ような感覚がしている。懐かれるのは嬉しいけど、本当にそろそろ退いてほしい。


「り、リプタちゃん…そ、そろそろ……」


 到着した四階層は他と変わりがないように見える、円周状に走った通路とその向こうに橋が伸びてどこかのエリアへと続いているようだ。


「〜♪………んにゃにゃにゃっ?!!な、なにっ?!」


 背中に感じていた重さが急になくなったので後ろを見やれば、頭がだらんと下がったグガランナがリプタちゃんの首ねっこを掴んで引き上げていた。


「こわっ!あ、アマンナ…だよね?そんなに乱暴にしなくていいから!」


「…………」


「やーだぁこわぁい!!ナツメぇ!!」


 手をぶんぶんと振り回してグガランナの掴んだ手から逃れようとするがまるで離れない、ナツメが近寄ってくるとそのままリプタちゃんを投げたではないか。


「あっぶっ?!アマンナ!乱暴するなと言っているんだろ!」


「…………」


「こっわ、何も話さないのはこんなに怖いのか」


「それよりどうするのだ?ここで休憩して上まで歩くのか?」


「馬鹿言うなよ、休憩した後はタイタニスに連絡を取って何とかさせる、これ以上歩けるか」


「賛成だな、こんなに疲れるとは夢にも思わなかった……」


 項垂れたままのグガランナ...じゃなかった、アマンナも労おうと背中を叩いてあげると何の予備動作もなくぐりんと私の方を向いたので思わず悲鳴を上げてしまった。


「いぎゃあっ?!!」


「もうアマンナもいいか、さすがに可哀想だ、ご苦労だった」


 ナツメからも労いの言葉をかけられたアマンナが、何故かニ、三発ナツメを殴った後にゆっくりと腰を下ろして体を横たえさせた。


「なんでナツメが殴られたの?」


「いい、上に戻ったらとっちめてやるから」



✳︎



「もうやだわたし、諦める」


 あれ...誰か突っ込んでくれると思って独り言を言いながら起き上がったのに静かなものだった。


「あぁそっか、テッドとスイちゃんは作業でわたしを置いて行ったのか」


 起き上がったのは展望デッキのマッサージチェア、揺れもしないのにグガランナの重たいマテリアルを操作していたせいで、チェアの振動にわたしの胸も揺れているように感じられてしまう。けしからん。それにあのリプタというピューマは何なんだ、アヤメにべったり貼り付いて。けしからん。


「全く最近の若いモンは……」


 それにしてもティアマトまで居ないのは何故なのか、眠る前はあんなにわたしのことを見張っていたのに。

 すっかり魅力を失ってしまったマッサージチェアの機能を止めてゆっくりと立ち上がる。やっぱり長時間に及ぶマテリアル操作はわたしの感覚にも影響を与えていた。いつもの体なのに視点が低いように思うし、胸も軽い。これが当たり前なんだがどこかおかしいと感じてしまう、グガランナが戻ってきたら一発叩いてやろう。


「わたしはいつの間にこんな暴力女になってしまったのか……」


 ゆっくりと歩みを進めて休憩スペースへと足を向けた。数時間に及ぶマテリアル操作で頭もお腹もへろへろだった、何か甘いものを食べたい。「疲れた時は糖分に限る」と言ってよくテッドがケーキをはむはむしていたのでわたしもはむはむしたくなった。人の体は毎日栄養を取って休息させないといけないので面倒なんだが、「食事」と「休憩」に喜びを見出せるようになったのもまた事実だった。中層を旅していた時は...って、


「そうだよ忘れてた!グガランナに中層のことを聞こうと思ってたのに!」


 わたしが感じた違和感の正体を未だ掴めずにいたので早速グガランナに通信を取ろうとすると、向こうからかかってきた。しかし、通信の相手はグガランナではなくナツメからだった。


[あー…もう機嫌直ってるか?]


「は?何その挨拶初めてされた」


[さっきは悪かったな、野暮な事を聞いて]


 .............


「あぁ思い出した!何?何ですか?マキナみたいなわたしに何か用ですか?」


 「機嫌が良いのか悪いのかどっちなんだ」と小声で言ってから、


[すまないが四階層まで人型機を飛ばしてくれないか?エレベーターの稼働が止まって上がる手段がないんだ]


「言っとくけど全員は無理だよ?あぁ、無神経な隊長が乗らなければいけるかな」

 

[だから悪かったって、お前達が乗っていたエレベーターも壊されてしまってな、足がないんだ頼まれてくれ]


「嫌味とかじゃなくてほんと無理だから、それならアオラを乗せてから先にグガランナのマテリアルを直した方が早いんじゃない?」


 わたしの言葉に心底馬鹿にしたようにナツメが答えた。そういえばナツメ達は四階層がどうなっているか、知らないんだっけ。


[はぁ?グガランナ・マテリアルで直接来るって言ってるのか?お前エレベーターの広さも忘れてしまったのか?]


「そこまで言うなら四階層へ行ってみなよ、超大型エレベーターのシャフト内から降下してあげるから、着くまでの間観光でもしてくればいいよ」


[…………お前がそこまで言うなら…]


 ナツメが不承不承の体で通信を切った。

前にタイタニスと通信をした時に、カーボン・リベラを建設出来た理由を聞いてすぐに調べてみたのだ。ナツメも一目見ればすぐに分かるだろう。

 ナツメと話しをしながら休憩スペースへ向かっていたので、もう目と鼻の先だ。わたしも早くケーキをはむはむしたかったのに今度はタイタニスとティアマトから同時に通信が入った。ティアマトは間違いなく小言を言ってくると思ったのでタイタニスから取った。


[やっほー]


[アマンナ!指定する場所にすぐに来てくれ!緊急じっ]


 切った。ケーキが先だ。フードコートからテッドがよく食べていた赤い実がのった白いケーキを取り出してから一口頬張る。


「あっふぁい、むふぅ〜」


 未だティアマトからのコールも鳴り続けていたので観念して取った。


[アマンナ!今すぐにこっちに来てちょうだい!緊急じっ]


 切った。



✳︎



「我は良い、お前達だけで見てくるといい」


「グガランナに変な事すんなよ」


「説得力」

「皆無」


「うるせぇ!私は何もしてないだろ!」


 私とアヤメのコンビネーション突っ込みにアオラが吠えた。

アマンナに救助依頼を出して、到着するまでの間に四階層を見てこいと言われたのでイエンにグガランナのお守りをさせて私達で向かうことになった。


「本当に四階層に直接来るつもりなの?」


「さぁな、そんな風に聞こえはしたが…お前達は何も知らないのか?」


「知らん」

「知らない」

「知らない」


 三人から仲良く否定されたところでイエンらを残して足を向けた。



「こいつはぁ…」


「たまげたってもんじゃないよ…どうなってんのここ」


「「「まるっ!」」」


「これは丸じゃないだろ」


 到着した四階層の居住エリアの入り口から、()()()()()を見ることが出来た。出来るのだ。え?


「街が…ボロボロ…ここもビーストに襲われたのかな……」


 アヤメの言う通り、四階層の街は全ての建物が躯体のみで土台や、骨組みしか残されていなかった。これは襲われたというより...


「分解されたか?何でまた…」


「そんな感じだな…襲われたようには見えない…」


 壊れているわけではなく、建物が分解されてしまった後のように見えた。入り口から既にエリアの端から青空を望めるが、確かにこれならグガランナ・マテリアルが直接乗り込めそうではあった。

 街の風景...と言っても良いのか分からないが、残された躯体から察するに一般的と言えばよいか、五階層や六階層のように凝った作りではなく私達の街に近い印象を受けた。そして、仮想展開型風景も作動していないのか街全体が薄暗くエリアの端から差し込む日の光で日陰を作り出して、遠くに望む「入道」雲が際立って見えていた。


「あれは入道!雲だ、いいかよく覚えておけお前達」


「はぁ?」

「ナツメがばかになった」

「そんなの皆んな知ってるよ」


「それより、どこで合流するんだ?向こうまで行くのか?」


「何か、ここも探検してみたいような気もするけど……」


「探検!」

「良いこというねアヤメ!」

「えー…私はいいよ」


 仮想展開型風景ではない、本来のエリアの天井は思っていたより低い位置にあった。「はぁ…」と心の中で溜息を吐きながら見やっていると通信が入った。相手はアマンナからだった。


「アマンナか?お前の言う通り四階層に来てみたが……」


[良いねドンピシャ!そのままエリアの端まで行ってくれない?!]


「ん?まだ直っていないのにか?それに空気に触れても問題ないのか?」


 ティアマトの仮想世界で見た地球の光景から察するに、とてもじゃないが空気が綺麗だとは思えなかった。暫く無言になり、何やらごそごそとしている音が聞こえた後返事が返ってきた。


[大丈夫っぽい、空間保護システムで検査しても問題なかったっぽい]


「何でそんなに他人事なんだ?」


[いいから!タイタニスとティアマトが今大変だから!射出口を塞いできて!そうでしもしないと迎えに行けないよ!一石を追うものは二兎を得る!]


 間違えだらけの(ことわざ)を口走ってから通信が切れてしまった...何なんだ?何が言いたかったんだ?


「何だったの?」


「さぁ…とりあえずイエンにここまでグガランナを運んでもらうか、アマンナからエリアの端まで向かうように言われた」


「はぁ…え?結局歩きなの?」


 アヤメの愚痴を聞き届け後イエンへ通信を取った。



✳︎



「一番から三番放て!」


「無理よ!まだ装填が間に合っていないわ!」


[え何このシューティングゲー]


「喋る暇があるならバグを撃ち落とせ!」


「次弾装填!マギリ!」


[弾幕薄いとか言った方がいい?]


「早くしろ!」

「早くしなさい!」


 三度目に目を覚ました場所は何てことはない、部屋ですらなかった。大量の銃火器が並ぶ火器管制システムの()だった。


[もうやだぁ!私の人生返してよ!]


 視神経に直接繋がれたスコープの向こう側には、青空を背景にしてハチが大量に押し寄せていた。これまた指と直接連動しているトリガー群を一斉に引き絞ると狙いを付けてもいないのに、横殴りの弾丸の雨がハチへと降り注いだ。避ける術もなく無慈悲に撃ち抜かれて、ここからでは到底見えない大地へと落ちていく。しかし、ティアマトとタイタンが叫ぶように次々とハチが押し寄せてくるのだ。


[ねぇ?!私のマテリアルは?!ここから出してほしいんですが!もう嫌なんですが!!]


「辛抱してくれマギリよ!これだけ一度に火器を扱えるのはお前のおかげなのだ!」

「そうよマギリ!これもひとえにアヤメ達の為だと思って我慢なさい!」


[人の葛藤を何だと思って……]


「この状況下ではサーバーに戻る手間すら惜しい!四階層からバグが押し寄せているのは分かっているのだ!今アマンナに対処させている!」


[あぁもう分かったよやればいいんでしょやれば!下から敵が来てるよ弾幕薄いよ何やってんの!!]


 また指を動かしたが何門かは動かなかった。さっきの斉射で弾が尽きたのだろう、トリガーにロックがかかっているのだ。

 ここはテンペスト・シリンダーの上層の街。私の大好きな親友が住んでいる街だ、その地下にあたる場所にはタイタンが作った秘密基地とやらがあり、その場所に正体不明の虫に似た敵が襲ってきたのだ。理由は不明。


[タイタン!弾がないよ何やってんの!]


「古い名で呼ぶな!ティアマト!」


「今やっているわよ!それよりタイタニス!あなたはテンペスト何某に連絡を取りなさい!奴の仕業に決まっているわ!」


「取っていないとでも思っているのか!不通なのだ!」


[いやそりゃ建物に連絡取っても返事なんか返ってこないでしょ]


「テンペスト・シリンダーのことではない!我らを束ねるグラナトゥム・マキナの名だ!」


[ただの仲間割れ草生える]


「生やしている場合じゃないわよマギリ!ここが落とされたら復興中の街にも損害が出るのよ?!アヤメの泣き顔が見たいのかしらっ?!」


[うるぅあっ!!こっちに来んなぁっ!!]


 そういう大事なことは早く言え!

ロックがかかると途中の関節までしか曲がらないが、無理やり曲げた。ごりっと嫌な音がしたが知らない、安全装置が壊れたかもしれないが知らない。私が守りたいのは秘密基地ではなくアヤメの笑顔なんだ。お構いなしに飛んでくるハチを撃ち落とし、汚い花火を上げながら大地へと落下していく中で、私の体の一部からも花火が上がったようだ、そして少しだけ軽くなったような気がする。


「マギリ?!お前まさか安全装置を切ったのか?!」


[さーせん]


「タイタニス!五番と八番が沈黙!さらに四番がオーバーヒート!」


「ここにきて三門も……アマンナはまだかっ?!」


 ちなみに私が操作しているのは戦闘機にも搭載されている空対空機関砲、所謂バルカン、あるいはガトリング砲と呼ばれるものだ。全部で十二門ありテンペスト・シリンダーの外壁よりに作られた秘密基地を守るように配備されている。意味不明。


[何でこんなものをこんな所に作ったの?暇なの?]


「違う!過去にも同じ事を受けたからだ!その為の配備だ!」


[えぇ…テンペスト何某…引く]


「アマンナの到着まであと五分!マギリ!持ち堪えて!」


[うぃー……ん?あれ、ハチはどこにいったの?]


 ナツメさんが間違えて「入刀」雲と呼んでいた(どんな間違え方をしているのか)雲を覆い隠す程飛んでいたハチが急に見えなくなってしまった。きっと馬鹿みたいに大きくなってしまった私の目をぐりぐりと動かしても姿を捉えられない。


[もしかして全部やっつけた?……いたっ!痛い痛い痛い?!え?!何で?!]


「壁に張り付いているのか?まさか射線から外れて飛んでいるのか!」


「何て忌々しい!」


[いやちょっと!ただの火器管制システムに痛覚付けるな!あぎゃあーっ!!]


 私のお腹辺りにチクチクとした痛みからぶっとい何かを刺されたような激痛が走った。視神経に繋がれたスコープからではまるで見えないが、間違いなくハチは外壁に張り付いている。


[タイタン!他に火器はあるの?!このままだと不味いよ?!]


「ない!ここまで知能を付けているとは思わなんだ!」


[このアンポンタンタイタニスぅ!]


「何だとマギリ!誰がお前のマテリアルを保管していたと思っているんだ!」


[違う!私じゃないから!]


 スコープを上向けば真っ赤に燃える人型機がライフルを構え外壁すれすれを飛行しているところだった。「おや?」と思った時には外壁から伸びていたスコープを慌てて引っ込め、寸分の後に大質量の人型機が飛び過ぎていった。


[あっぶなぁ!]


[あれ?この声もしかしてマギリ?]


[火器管制総合システム・ジ・マギリです]


[何それ草]


 余裕たっぷりに返事を返したアマンナ機が外壁に被弾するのも構わず、張り付いて射線から逃れていたハチを落としていった。熱いし痛いけど。


「アマンナ!よくやった!我を愚弄したことは見逃してやろう!」


[何言ってんの今さら、それと今からアオラを拾いにいくからいいよね?グガランナ・マテリアルを修理して皆んなを迎えに行くよ]


「この状況でか?」


[ナツメ達にはハチの巣を塞いでもらうようにもお願いしてるから、肉を煮込んで骨を断つ!]


[チャーシューでも作りたいの?]



✳︎



 エリアの端から溢れでる太陽光を頼りに道なき道を真っ直ぐに、時には蛇行しながら地面に書かれた白線辿っていた。どうやらこの階層には車が走っていたらしい、もしくはそれに近い何かが。ひぃひぃ言いながらグガランナをおぶっているアオラのうるさい声を聞きながら、一際高いビル...だった残骸の前を通りかかると一台の車を見つけた。


「ん?」

「あれ車じゃない?」


 建物はすっかり朽ちて残骸しか残っていないというのに生い茂る緑は色褪せていない道路沿いに、錆だらけにはなっているが四輪自動車が停められていた。形は無骨、お洒落とは無縁なデザインはどこか軍用車を思わせるところがあった。

 下を向きながら歩いているアオラに声をかけた、あの車が動くならかなりのめっけもんだ。


「アオラ、あの車はどう思う?」


「……あぁ?……燃料はあるのか?」


 私の声に立ち止まり、車を一瞥した後はゆっくりとグガランナを地面に下ろした。


「休憩にするか」


 「いやっほぉー!」と言いながら元気な子供達とプラス大人一人が周囲へと散っていった。どうやら冒険がしたかったらしい。


「休憩という言葉の意味を知らないのか」


「放っておけここに敵の気配はない、アオラ、落ち着いたら車を見てくれ」


「はぁ……私大活躍だな」


 先にイエンが車に近づき、身を屈めて足回りを見ているらしい。私も車に近づくと何でもないように声をかけてきた。


「動きそうだな、見た限りでは損傷がない、錆は酷いが…」


「そうなのか?」


「これはお前達の車ではないのか?」


 特殊部隊の車...?言われてみれば確かにだが...ここを攻略したという話しは一度も聞いたことがない。


「誰かがここに持ち込んだのか…」


「あー…っぽいな、これは大昔の軍用車だ、一度基地で見たことがある」


 復活したアオラも一緒に車を見ていたようで、遠慮なく車の扉を開けて中に入り込んだ。私も助手席側から乗り込み車内を観察してみれば、どこも壊れたようには見えない、まぁ多少は埃っぽいが...


「ここで何か作戦行動でもあったのか?」


「知らん、少なくとも私がいた隊ではない」


 深く考える事もなく口にしたのだが、アオラは違ったようだ。私の言葉尻を捕らえて突っかかってきた。


「私のいた、ね…まるで人間の味方を辞めたような言い方だな」


「………」


「軍事基地も解散して、攻略部隊は中層に滞留、総司令も顔を見せないんだ、今好き勝手やったところで誰からも文句を言われる筋合いはないのは分かるけどな、お前は誰の味方をしているんだ?」


「アヤメだ」


 私の返事に息を飲む気配が伝わってきた。


「私がここにいるのはアヤメの為だ、あいつがマキナに協力するなら私もする、しないならしない」


「はっ、何だそれ、まるであいつの言いなりだな、そう協力しろと言われたのか?」


 急に機嫌が悪くなるのはいつもの事だった。


「いいや、私がそう決めたんだ、あいつが腹の底から笑えるようになる日までそばにいるつもりだ」


「………」


「お前はどうするつもりなんだ?」


「決まっているさ、私達人間の為にやる、マキナだけの為になるような事は金輪際しない」


「ならそれでいいじゃないか、人の顔色を伺う必要もないだろう」


「……何だって?」


「お前は私が味方してくれるのか気にしていたのだろう?だからわざわざそんな事を口にして、五階層でも私に突っかかってきたじゃないか」


「……んなわけ、」


「ないなら前を見ろ、私も足元は見ないことにした、今度こそあいつの為にやってみせるさ」


「はっ…………んんんっ?!!」


 サイドミラーに映っているイエンを見ながら話していたので、アオラのおかしな声を上げた先に遅れて気付いた。


「アヤメっ?!何やってんだあいつっ?!」


「馬鹿!呑気なこと言っている場合か!車を出せ!」


 私に言われた通りに前を見たアオラがアヤメ達の異変に声を上げたのだ。見やった先には蛇腹になった白い生き物の群れが迫ってきていた。


「助けてぇぇええ!!!」


「っ?!」


 アヤメの悲鳴に驚いたイエンが前を見ている。


「あれは蜂の幼虫ではないか!高タンパク質の森の宝物!」


「だったらてめぇだけ食ってろっ!」


「いいからエンジンをかけろ!」


 何なんだ?あれは一体何なんだ?何故こんな所にいるんだ?


「あーっ!!」

「リコラちゃんっ?!」


 「うぶぇっ!」と汚い声を上げながらリコラが白い生き物に踏み付けられてしまった。そう、虫の幼虫だと言った割には体がデカい。今私達が乗っている車ぐらいの大きさがあった。


「イエン!グガランナを荷台に乗せろ!」


「あぁ!」


 素早く返答があった後、先頭を走っていたリプタがそのまま車のボンネットに飛び乗り天井へと上がっていった。


 「せーふっ!」と車の天井からリプタの声が聞こえ、次にアヤメとフィリアが勢いよく車の中に入ってきた、そして扉を閉めたのは当の二人ではなく車に体当たりをかましてきた幼虫だった。


「あぎゃあっ?!!!」

「むぅあっ!!!!!」


 これぞまさに間一髪、すんでのところで車内に逃げおおせた二人が仲良く肩を抱き合っていた。


「お前!一体何をやらかしたらこんな事になるんだ!」


「知らないよ!公園みたいな所を散策してたら急に現れたんだもん!」


「だもんじゃない!お前がしっかりしないと意味がないだろ!」


「違うよ!リコラが連れてきたんだよ!もう既にあいつらに追いかけられてた!」


 また天井から「じごーじとく」と声がした。


「いやていうか何で二人ともそんなに余裕なの?!怖くないの?!」


「と言ってもなぁ…こいつら見る限りでは…」


 確かに気持ち悪い。私の同じ目線の高さにつぶらな黒い瞳が二つ付いているだけで、攻撃性のある身体的な特徴が一つもない。牙や爪が見当たらないのだ。


「まぁ邪魔なんだがな、それに揺らされるのもウザいけど」


「エンジンはかかるのか?」


 肩を竦めてみせたので、どうやらエンジンはかからないらしい。万事休す。


「駄目じゃん!それにリコラちゃんも助けに行かないと!」


「放っておけばいいよどうせマテリアルなんだから」


「それよりアマンナに連絡取れないのか?確か穴を塞ぎに行けとか言われていたよな」


「あぁ忘れていた」


 遠慮なくアオラに肩をどつかれてしまった。



67.c



[すまんが助けに来てくれないか?身動きが取れないんだ]


「はぁ?!何で?!というか今ちょっと忙しいんだけど!」


[………はちの幼虫に囲まれてしまってな、今車の中にいるんだが……]


 幼虫?ナツメの言葉にピンときたが、やはりそれどころではない。


「後でかけ直すから!」


[ちょっ!]


 慌てて引き止めようとしてきたナツメの言葉も遮り通話を切った。ちょうどその時に、相対していたハチがわたしの機体に組み付いてきた!


「何で車の中にいるのさ意味が分からない!」


 タイタニスのシークレットベースに貯蓄されていた弾が全て尽きてしまっていた。可哀想にも火器管理システムと同期させられていたマギリからの支援もなくなり、地球の汚れた大気の中でハチ相手に取っ組み合いを続けていたのだ。一人ではままならない、撃っても撃っても避けられてしまうので至近距離から倒していくやり方に変えたのだが、どうやらこのハチには知能があるらしくわたしの戦法に合わせて戦い方を変えてくるのだ。


「テッドかスイちゃんはっ?!このままだと不味いよ!」


 タイタニスとティアマトに、苛立ちをぶつけるように言葉を投げかけたが...


[……到着まであと二十分だ]


「無理ゲっ!無理ゲだからそれ!マギリはっ?!もうマテリアルは出来ているんでしょっ?!」


[システム同期をしたせいで一からやり直しだ、完成まで三日はかかる]


「アンポンタぁあンっ!!」


 タイタニスへの罵倒を叫びながらがむしゃらになって操縦桿を振り回した、急な動きに慌てたハチが機体から素早く離れた。すかさず照準を合わせて間髪入れずにトリガーを引いたのに擦りもしなかった。しかし、


「?!」


 わたしの射撃を避けたはずのハチが目の前で撃ち抜かれて、血や何やらを撒き散らしながら落ちていった。さらにもう一匹、さらに一匹。下からの射撃になす術もなくハチが次々に撃ち抜かれていく。テッドかスイちゃんが援護に来てくれたと思い下を見やったが、あの日見た青い機体がアサルト・ライフル...なのか?あれは、見たことがない武器を構えてこちら側に飛んできていた。そして、あの日と同じように男の子の声が二つ。


[……ほら………っかく来たんだ………]

[…………って、いいよ………どうせ…]


「誰?!」


 気が立っていたわたしは遠慮なく青い機体へ通信を取っていた。暫く逡巡した気配の後、


[だ、だい……じょうぶ?]


「見れば分かるでしょっ!こっちは大変なのっ!手伝ってくれるの?!」


[あ!あぁ、うん!手伝うよ!]

[気が強いな、お前の……]


 しどろもどろ、おっかなびっくり、恐る恐るといった体で男の子が答えてくれた。それにもう一人いるようだけど...はて、この声どこかで...


「?!」


[気持ち悪いっ!何だあれっ?!何で幼虫が撃ち出されてるんだよっ?!]


 急な援護に感謝しつつ、さらに四階層から敵が射出されているのがこちらかでも確認出来た。拡大してまで見るつもりはないが、ナツメ達がいる階層から襲ってきているのは明白だった。

 青い機体、あの日、第十九区でわたしを助けてくれたようにまたわたしを助けてくれた。あの時と違って何だか機体が()()()()と見えている。ナツメの機体と同じ色だがよーく見てみると細かい部分がまるで違った。頭部のアンテナは後頭部から生えてぐるりと回り込み前面に突き出ているし、どこか禍々しく見える。背面の飛行ユニットも六枚の羽が対になるように生えて、大きな輪っかのようにも見えていた。誰だ?


「誰?初めてだよね、というかその機体は何?どっから持ってきたの?」


 率直に聞いたのがいけなかったのか、最初に答えてくれた男の子から呻き声がした。


[……う、うぅ……]


 え何?泣いてるの?


[おい、少しは言葉を選んでくれないか?こいつのメンタル、ガラスより脆いんだ]


[うるさい!誰がガラスのハートだ!]


[もういいからさっさとやっつけるぞ!だいたいおれはもう……]のらないとかなんとか...小声でもにょもにょと話しているその声にようやくぴんときた。


「もしかしてエフォル?その声エフォルだよね?」


 あの日、第十九区から第二区まで乗せてあげた五人組のうち、個性的な髪をした男の子を思い出した。しかし当人から言下に否定されてしまった。


[そんな名前じゃない、おれの名前はバっはぁっ?!]

[うるさい静かにしろっ!誰もそこまで言っていいなんて言ってない!]


 何なんだこの二人は?とか言っている間に撃ち出されて空中で幼虫から成虫へと姿を変えたハチが飛んできた。まだまだ来るみたいだ。


「いいから!とにかくあのハチをわたしと一緒にやっつけて!」


 そして、あんなにしどろもどろでどこか引っ込み思案にも思えた男の子からはっきりとこう言われた。


[君はいつも変わらないね]



✳︎



「アマンナは何て言ってるんだ?」


「切られたよ、今忙しいらしい」


「何だそれ」


 後ろからしくしくと泣き真似をしているリコラの声がする。自力で生還したくせにそんな猿真似どこで覚えてきたのか。


「アオラのいじわる!助けてくれてもいいだろ!」


「てめぇがやらかしたんだろが、自業自得だよ」


「おれだってただ歩いていただけなのに急に追っかけられたんだぞ!」


「それはどの辺りなんだ?」


 ナツメの問いに素早くリコラが答えた。


「公園の奥!でっかい穴が空いてたから覗き込んでみたら……」


「覗きこんでるじゃん!」

「ぜったいそれだよ!どーせ変なことしたんでしょ!」

「ばっ!してねぇーよ!信じてくれよアオラぁ!」


「私は何も言ってないだろ、それよりどうすんだよこれ」


「はぁ…とりあえずもう一回エンジンかけてくれないか、燃料タンクは空じゃないんだろ?」


 言われた通りにエンジンをかける。これまた古臭く、ボタン式ではなくつまみを回してかけるタイプのものだった。ご丁寧にスマートキーは車内に置きっぱなしになっていた。


(乗り捨てたのか?)


 例えば作戦行動中に予期せぬ事態に見舞われて...でも車を置いていくか普通?それかもしくは車より安全な乗り物の類いが近くにあったという線もある。だが、こんな古い車を使っていた時代、私が入隊してすぐにお払い箱になった旧式だ、そんな時により優れた乗り物があったとは思えないし記憶にもなかった。

 何度か回してみるがやはりかからない、車体が軽く振動するだけだ、それにこの車はバッテリー式ではなく液体燃料だ。変わらず周囲にはキモい虫がたかっているが...後方を映しているサイドミラーに異変があった。


「ん?おい、あれ逃げていないか?」


「あ、ほんとだ、後ろに下がってるよ」


 私の後ろにいたフィリアが同じように見ていたのか、車体の後方にいた虫が距離を開け始めた。


「何だ?」


「煙りくさい、何このニオい」


 リコラの言葉に合点がいった、燃焼がきちんと行なわれなかったガソリンの臭いに反応しているのだ。

 そうだと分かれば壊れるのも無視して何度もエンジンつまみを回し続けた。


「アオラがこわれた」

「元からだろ」


「リコラ、それ以上暴言吐くともっかい外に放り出すぞ」


 何が気に入らないのか私の席に付いているヘッドレストを揺らしている、そしてついにというか、ようやく車のエンジンがかかってくれた。


「マジで?!アオラなっ」


 リコラが何か言いかけたが構わずにギアをバックに入れて急発進させた。


「いぎゃあっ?!!」

「にゃああっ?!!」

「ほわぁっ!!!!」

「ぶふっ!」

「黙ってやるなっ!!」


 荷台にいるイエン以外、つまりは座席に座っている奴らから悲鳴と文句を言われたが、これでようやく虫の包囲網から抜け出せた。ぐんぐんと後ろ向きにスピードを上げ、「アオラぶつかるって!」後ろにあった建物の躯体の直前でまた急ブレーキ。


「うぶぇっ!」

「はぎゃあっ!」

「んんっ?!」

「あだっ!」

「前から来るぞ!」


 そして素早くギアをドライブに入れてまたしても急発進。今度は誰も何も言わなかった。虫に当たらないようハンドルを右に左に切って難なく避けていく。


「言い忘れてたけど、仮免の時に私の面倒みてくれたのアオラだからね」


「お前か諸悪の根元は……よくもまぁアヤメにあんな運転教えやがって……」


「誰が諸悪だ、おかげて抜け出せただろうが」


 私が教えたのはブレーキを踏むタイミングとアクセルの吹かし方だけだ、アヤメの運転は天性と言っていい、私にも出来ない。

 虫の集団を通り過ぎた後は道沿いにひたすら車を飛ばす、元からそんなに進むスピードが速くなかったのか、あっという間に虫共を引き離した。


「で、どうするよ、このままリコラが言ってた場所まで向かうか?」


「そうするしかないだろ、恐らくあの虫がアマンナ達を襲っているはずだ、射出口を塞げとも言っていたしな、助けに入らないといつまで経ってもここから抜け出せない」


「どうやって塞ぐの?そんなこと出来んの?」


 アヤメの最もな質問にも、


「見れば分かるだろ、無理ならすぐに連絡するさ」


 何でもないようにナツメが答えた。



✳︎



「いやこれ無理ゲだろ」


「むりげって何?」


「クリア出来ないゲームって意味だよ、つまりは達成不可能なほど難易度が高いって意味」


「むりげ!むりげ!」


 白い虫を引き離して到着した場所は、私とフィリアちゃんが散策していた公園よりさらに奥、川も流れていないのに不思議と大きな橋がある所だった。街中にもあった枯れていないおかしな木が並んだ公園よりさらに奥には、リコラちゃんが言っていた通りに大きな穴が開いておりその下を覗き込むとむ、無数の小さな、穴が...


「うぇ…私無理かもしんない……」


「あれが奴らの…巣?になるのか…にしてもデカいな…」


「何匹かはまだ巣にいるみたいだな…」


 あまり無数の穴を見ないようにして、さらに下を覗き込むと鈍く光る銀色のレールが沢山あった。私の隣から一緒になって覗き込んでいたフィリアちゃんがおかしそうに声を上げた。


「あのハチの巣なんか変だよ、レールなんか付いてたっけ?」

「そもそもハチの巣をみたことがない」

「わたしも」


 ナツメからの指示で私が持っていた対物ライフのスコープで確認することにした。嫌々ながらも構えてスコープ越しに見やれば、銀色のレールに琥珀色、と言えばいいのか白くどこか凹凸がない虫からある程度の形になった...ハチの原型?に近い虫が乗せられていた。


「フィリアちゃんも見てもらっていい?」


「うげぇ……」


 嫌そうに顔をしかめながらもスコープを覗き、「あれはさなぎだね」と一言。


「さなぎ?」


「さっきの子供の虫から大人の虫に変わる時になるものだよ、かたい殻に守られてそこで体の形を変えていくの」


 凄いな虫...


「アマンナに聞いてみるか」


 ナツメがインカムを操作してアマンナとやり取りをしている間、私はフィリアちゃんの背中を撫でていた。そして、さらにその隣から黙ってじっと見ていたイエンさんが口を開いた。


「あんなものが何故ここに……タイタニスが作ったのか……?」


「いえ、もしかしたら、ですが…テンペスト・ガイアと呼ばれるグラナトゥム・マキナの人が作ったんじゃないでしょうか」


 前に聞かされた話しから察するに、テンペスト・ガイアさんが虫を作った?生んだ?のではないかとイエンさんに伝えた。しかし、


「テンペスト…ガイアだと?プログラム・ガイアではなくか?」


「それは…確か、グガランナ達のサポートプログラムか、もしくは管理プログラムですよね?」


「聞いた事がない名だな」


 そんな事ってあるのか?グラナトゥム・マキナを知っているなら、統括しているマキナの名前ぐらい知っていそうなのに。


「どーせあの街に引きこもってたから知らないだけだろ」


 とか言いつつ、私の体に隠れるように文句を言うリコラちゃん。


「なんだと犬っこ、我とてマキナの一人、サーバーから順次情報を取得しているのだぞ?」


「それはガイア・サーバーですか?」


「違う、主は「カオス」と名付けていたサーバーだ」


「主……お姫様の事ですよね?」


「あぁ」


 私とイエンさんが話しをしているすぐ横で何やらごそごそとしている気配があった。リコラちゃんとリプタちゃん、小声で話している。


「前に見せた素粒子流体で何とかならないんですか?」


「うぅむ…出来ない事はないがな…一度に始末せねばこれは不味いだろ…」


「余計な事すんなよイエン」


「誰が」


「あっ」

「あっ」


 少し軽くなった背中のライフル、それから小さく驚きの声を上げた二人を見やると眉尻を下げて顔を私に見せていた。


「どうかしたの?」


「スコープ…」

「おとしちゃった…」


「ええっ?!」


 覗き込んだ時は既に遅かった、キラリと光る小さなスコープが巣の穴から頭を出していた幼虫に当たっていたのだ。そして、地鳴りにも近い振動と共に穴という穴から幼虫が這い出て壁をよじ登ってきた!


「馬鹿たれ!お前達は大馬鹿たれだ!何て事してくれたんだ!」


「ちがっ!おれはスコープで観察しようとしただけだよ!」


「それなら私に言いなよ!」


「なっ!余計な事しやがって!おいアマンナ!すぐに来れないか!」


 ナツメがインカムに向かって怒鳴っている間も幼虫がこちらにまで迫ってきていた。どうしようもない、逃げの一手を取ろうとするとイエンがやおら立ち上がり、穴の縁に移動した。


「イエン?!」


「ここは我に任せよ、鹿の子への償いだ」


「はぁ?!」


 フィリアちゃんが大きく目を剥いている。何かあったのかな...いやいやそんな事考えている場合じゃない!幼虫がすぐそこまで来ている!


「だ、大丈夫なんですか?!」


 私の問いには答えず腕を伸ばして手のひらを天に掲げた、そして、厳かに言葉を紡ぎ始めた。


「我が名はイエン、古よりここに仕えし神の下僕、」


「下らない事やってないでさっさとしろっ!喋る暇があるならさっさと撃ちやがれぇ!」


「?!アオラ貴様!祝詞を唱えているのだぞ?!」


 ゆっくりとした動きに苛立ったのかアオラがイエンさんの肩を殴りつけていた。何度かやり取りをした後ナツメがアオラを押さえて、再びイエンさんがのりとを喋った。


「良い!必滅の杭を!奴らを穿て!」


 強く、太陽を間近に見た時よりも強く発光した。目が眩み、思わず腕で顔を覆って光りから逃れた。そして、次は人型機が何機も通り過ぎたような轟音、風を切るではなく周囲の空気を丸ごと運んでいるような音が耳に届いてきた。ゆっくりと持ち上げていた腕を下ろして、イエンさんを見やるとその上空に人型機と同じサイズの光る杭が宙に浮いていた。


「ええっ?!!」


「何だこれはっ?!」


「いややったのお前だろうが!本人も驚いてどうするんだよ!」


「こんな…アンドルフ様を超える力など……もしや我が主だったのか?」


「登ってきてますから!いいからそれを下ろして!」


 穴の縁から幼虫が顔を覗かせていたので思わず叫んだ、イエンさんもそれに応えて無言で腕を下ろす仕草をすると宙に浮いていた杭が真っ直ぐに幼虫達を穴の縁から叩き落とし、さらに下へと落ちていった。


「………」


 皆んなが口をつぐんでいる間にも、光る杭は穴の中にあるハチの巣や、それにレールなんかも壊しているようで湿った音と金属の音が辺り一面にこだましていた。



✳︎



 唐突な助っ人と一緒になってハチを落としていると、現れた時と同じように唐突に動きを止めてしまっていた。すぐ後ろにハチがいるというのに...


「こら!何やってんの!」


[近くにいたのか…エネルギーを食われちゃった…]


 手に持った武器を徐々に下ろし始め、間近に迫っていたハチを代わりにわたしが落としてやった。


[ごめんね、ここまでみたいだけど…もう平気だよね]


「いやちょっと待って!わたしの事知ってるの?!さっき何か言ってたよね?!」

 

[え?……え、そうかな、何か、言ったかな……僕と君は、きょ、今日がしょ、しょ、初対面……うぅっ…]


「泣いてんじゃんっ!」


 エネルギー切れを起こしたのか、輝くように青い機体の色が段々と薄く、色褪せていく。そして、四階層がある辺りの外壁から爆音と閃光が発生し、幼虫やらサナギやらレールやらが次々と外に弾き出されて大地へと落下していく。どうやらナツメ達のおかげみたいだけど...あんなに高い攻撃力を持った武器なんかあったか?それを合図にしたように、すっかりと色褪せて灰色になってしまった人型機が緩やかに降下を始めた。けど、こんなところで逃すわたしではない。


「ふんっ!」


[?!]


「口を割らないとこの人型機を真っ二つにするよ、いい?」


[こっわ]


「その声絶対エフォルだよね?」


[だからおれはそんな名前じゃないって言ってるだろ]


「髪の色は?」


 思った通り、エネルギー切れを起こしたせいでろくな抵抗もせずわたしの人型機に掴まれたままになっていた。そして、暫くの間が空いた後に返事が返ってきた。


[……あんまり言いたくないんだけど、色抜けしたような金色だよ]


「やっぱそうじゃんか!エフォルでしょっ!わたしの事覚えてないの?!アマンナだよ!第十九区から家まで送ったあのアマンナ!」


[名前は知ってる、こいつの妹だろ?]


「……………え?」


[お前はバルバトスの妹、違うのか?]


「……………え?」


[お前耳が遠いのか、病院行ってこい、やぶ医者なら紹介出来るぞ]


「遠くないわ!言葉の意味が分からないから聞き返してんの!誰が?誰の妹だって?」


[……僕の妹、だよ、アマンナ、覚えてない?バルバトスという名前、それと、]


 デュランダル。唐突に頭に言葉が浮かび上がってきた。

 周りにはまだハチの残党が空中で屯していたようだが、わたしとバルバトスによって一斉に花火に変えてあげた。内側から破裂するように、生きた花火を盛大に上げて、たった一度きりの命を青空に咲かせていった。

 わたしも、あと何度散らせば大地に落ちていくのか。


「はっ!」


[もうやめよう…気付かれたらいっかんの終わりだよ…全ての苦労が無に帰してしまう]


「いや、ちょっと…待って…」


 何かに、得体の知れない何かに頭の中を支配されそうになった。タイタニスやティアマトから鬼のようにコールがかかってきている。それに、今さっきのは...

 耳鳴りや頭痛が収まった後には、わたしの周囲に何も誰も、青い人型機も消え失せていたのであった。



67.d



「おい、平気か?」


「…………ごめん今はムリ……」


「返事を返すだけ大した成長だな」


「……………」


 私の言葉にまるで反応しない、今まで見たことがない程にあのアマンナがやつれていた。

 イエンの大活躍(?)により、四階層にあったハチの巣とやらは壊滅した。さらに伸びていたレール群も破壊してようやくアマンナが迎えに来てくれたのだが...私を乗せる前から今の調子で、どう声をかけようかと考えあぐねていた。


(…………)


 このままでもいいか、そう思う気持ちはあった。こいつもれっきとしたマキナだ、ナツメに言ったようにこれからの私は街の為に動きたいと思う、それは変わらない。変わらないが...アマンナも「マキナ」として一括りにしていいのかと躊躇う気持ちもあった。要は、今のように落ち込んでやつれたこいつを無視していいのか、という事だ。


(違うんじゃないのか…)


 そう、思った時には固いバイザーに手を乗せていた。ゆっくりとアマンナが顔を上げて私の顔を見ている。


「……何?」


「何かあったのか?疲れたという顔じゃないぞ、お前」


「……別に…」


「ま、私の前で見栄を張るのは結構だけどな、あのアヤメが今のお前を見逃すとは思えない、再会した時は覚悟するんだな」


「会ってもいいのかな、こんなわたしが…」


 珍しい、あのアマンナがここまで殊勝になっているなんて。


「何があったんだ?」


「…分からない、わたしの事を知っている人、っぽかったけど……わたしは覚えてないし、けど、何か思い出したけどすぐに忘れてしまって……」


「あー…まぁそういうこともあるんじゃないのか?」


 何を言っているのかさっぱりだったので適当に返事をするとこれでもかとお腹を殴られた。


「アオラが!聞いてきたんでしょうが!適当に返事をするな!こんな事そうそうあってたまるか!」


「お前結局、何に悩んでいるんだ?」


 私の言葉にはたと動きを止めた、その瞳はとても揺らいでいる。


「何にって………わたしはグガランナとずっと一緒だったから、てっきりグガランナが家族か、それに近い何かだと思ってたのに、そうじゃないって分かってから……まるで自分の事が分からなくなってしまって……」


「それならアヤメはどうなるんだ?」


「え?」


「アヤメだって昔に家族を亡くして、形だけの姉妹を私とやっているんだぞ?」


「それは……」


 薄い雲を抜けて、高い位置に昇った太陽を目指すように機体が上昇している。外壁を見やれば至る所にハチの残骸がへばり付いていた。


「自分が何者かなんて自分で決めればいいさ」


「……うん」


「それにな、自分の事だけど案外自分が一番分かっていなかったりするもんさ、だから気にするな」


「……そうなの?アオラにも分からないことってるの?」


「あぁ当たり前だよ、そうやって今みたいに凹みながら生きていくしかないのさ、その方が楽しいだろ?」


「意味分かんない」


 せっかく人が励ましているのに、乗せていた手でアマンナの頭を一度叩いてから離してやった。



✳︎



「あぁ…もう…腹が割れそうだ…」

「うえぇ…ほんとに食べやがった…」

「あれは撃たないの?」

「弾が勿体ない」


 イエンをあれ呼ばわり。無理もない、道路に転がっていた白い幼虫を本当に口にしていたのだ。ゲテモノ食いはどこにでもいるが食虫は初めてだった。

 ではなく、無事に状況が終了した私達は変わらず四階層にて待機していた。アマンナがアオラだけをまずは拾い、グカランナ・マテリアルを修理後に私達を拾いに来る算段だった。破壊された穴を見やれば変わり果てたハチの巣があり、さらによく見やれば穴の下へと降りられる階段まであった。つまりは...誰かがここを上り降りしていた事になる。


「階段…があるな、どうなっているんだ?」


「ほんとだ気付かなかった…」


「おっさん、階段をおりてみろよ、もっと食えるかもしれないぞ」


「何故我に……待て、もしかしたら……」


 あれだけたらふくになってもまだ動けるらしい。ゆっくりと立ち上がり、リコラに煽られた通りに穴の縁に頭を見せていた階段へと歩いていく。


「イエンさん?」


「すぐ戻る、我らを回収に来るのは向こう数時間は先であろう?」


 それだけ言ってから階段を降りていった...何なんだ?何かあるのか?

アヤメと顔を合わせるが向こうも分からないらしい、肩を竦めただけだった。



「ぱねぇよ、これはぱねぇよ……」


「あっまぁ〜い……」


 私の前には、黄色、そしてとろみのある液体が置かれている。どこにあって見つけてきたのか、器の中にきちんと入れられて。「はちみつ」と言うんだそうだ、あの白い幼虫を育てるために成虫であるハチがあちこちから集めてくるらしい。そのはちみつをイエンは容器に入れて持って帰ってきたのだ。


「これ…街でも食べたような気がするけど……こんなに甘かった?」


「さぁ…おい、イエン、これ食べても大丈夫なんだろうな?」


「食ってから聞け」


「いや食う前に聞くのが普通だろ…」


「さて、それよりもお前達には報告せねばならない事がある、階段を降りた先で見つけたことだ」


 随分と改まってから口を開いたイエンを見やれば、とても真剣な顔付きになっていた。


「何だ?」


「あの蜂は、どうやら「テンペスト・ガイア」と呼ばれるマキナが製造したらしい、稼働歴は二千年ちょうどだ」


「……それで?」


「我が覚醒した時代にはいなかったマキナの名前だ」


「そう………なんですか?イエンさんが覚醒したのはいつ頃になるんですか?」


「稼働歴千年と少し前だ、具体的にはグラナトゥム・マキナが人の代理として戦争を行っていた時代になる」


 人の...代理で戦争をしていた?何だその話しは...素早くアヤメを確認したが、今の表情だけでは分からない。知っていたのか知らなかったのか。


「……その話しは本当なんですか?」


「主が一度、お前達に話した事があっただろう、ガイア・サーバーによって邪魔されてしまったがな」


「それはあれか、言葉にノイズが走った後にゴミだらけの世界に変えてみせた時の……」


「そうだ、主はとくに気にしているようだったからな、××××時代の………」


「?!」

「!!」


 イエンの言葉にもノイズが走った、おそらく「代理戦争」と発言したのだろうが聞き取れなくなっていた。


「まぁよい、我が言いたいのは「テンペスト・ガイア」は何者だという事だ」


「はぁ……それは、マキナ達を束ねるマキナ……という事かと……」


「それはプログラム・ガイアであろう?どこからテンペスト・ガイアが出てきたのだ」


「何が言いたいんだ?」


 話しの内容に全くそぐわない、はちみつをたっぷりと指に付けてひと舐めした後に、


「奴が本当にマキナ達を束ねているのか、という事だ」

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