第六十六話 混沌への旅路
66.a
「デラ寒くないですかここっ?!」
「デラって何の単位なんだ?」
「相手するなディアボロス、司令官は気分と癇癪で生きているようなっ…はっはっ………はっくちゅんっ」
「それにしても、やはりここは寒いですね、いえ、デラ寒いですね」
「喧嘩売ってんの?」
「いえそんな司令官様、こんな大所帯でここへ来るのは初めてなので気分が体と共に高揚しているのです」
「その報告は今必要なの?寒さで感じるとかどんだけドMなの」
「あぁ…アヤメ様に豚と罵られるのが唯一の心残り…」
「うわぁ…」
「おい、いい加減に可愛いくしゃみをしたハデスをイジってやれよ、羞恥に耐えかねて雪を食い始めたぞこいつ」
「ハデス様は消化器官を持っていたんですか?」
「うわぁ…天然こわぁ…」
私達五人が訪れていたのは寒風吹き荒ぶ山の頂上だった。空は厚い雲に覆われて私の手のひら程の大きさもある雪を降らせ、放射冷却によって冷やされた山肌を、抜け道を見つけたかのように冷たい風が通り過ぎていく。視界はとても悪く、普段であれば通るような場所でも、行きたいと思えるような場所ですらない。では何故こんな所に赴いたのか。
「本当にこの先にあるんでしょうね、あんたの言う過去の記憶とやらが」
「はい、ここはカオス・サーバーに保存されている中層域のアーカイブデータでございます、時代は分割統制と呼ばれる頃のものです」
「ぶんかつ、とうせい?」
「急に頭が悪くなったなお前」
お姫様のかねてからの願いであった「代理戦争」時代のアーカイブデータを探る為にやって来たのだ。カオス・サーバー内に保管されていたこのデータにはプロテクトがかけられており、お姫様一人では探る事が困難であった、らしい。だからわざわざ私の声を借りて決議場に滞在していた二人を拉致してきたのだ。ディアボロスは単なるおまけだ。
羞恥から取り乱していたハデスが復活したのか、厚い防寒着に包まれ凍り固まったファーから雪を落としながら当然の疑問を口にしていた。
「お姫様とやら、君一人で調べることは出来なかったのか?はっきりと言って、こんなデータが存在していたことすら知らない私達が役に立つとは思えないけど」
それはそうだ、以前に行われた決議の場で初めて代理戦争という言葉を聞いたのだ。それにお姫様は一度、アヤメ達にも仮想世界への突入を半ば強引に約束させていた。
(結局、尻すぼみで途絶えてしまったけど…)
「…皆様方は遊戯で「ジグソーパズル」というものはご存知でしょうか、完成された元の一枚の絵をいくつもの小さな破片にして組み合わせていくものでございます」
「私の得意なものだな、前に一万ピースに挑戦したことがある」
ハデスの発言に皆んなが固まった、勿論寒さからではない。
「…」
「…」
「…」
「お一人遊びが得意なのですね」
「止めてやれまた雪を食いだしたぞ」
お、お姫様はあれかしら...もしかして天然?
「それで、その糸鋸が何?」
「私の目的はその絵の完成でございます、手元に無いピースを求めたに過ぎません」
「使えるものは何でも使うと、見上げた根性だな」
「それが理由でアヤメ達にもあんな回りくどい手を使ったのかしら」
「はい、お流れになっていますがマキナの皆様方でも足りないなら、もう一度頭を下げにいくつもりです」
「何?その回りくどい手って」
「あなたに答えるとでも?」
「………あっそ……ならいい」
私の言葉に面食らったプエラが、頭からすっぽりと被ったフードに顔を隠した。彼女から昇る白い息が強風に流され、下層で過ごしたあの日々も一緒に薄らいだようだった。
(本音を話すまであなたの事を許すつもりはないわ)
視線だけで訴えた、気付いてくれるかは分からない。あなたのせいでアヤメもナツメさんも悲しんだのだ。
私とプエラの間にある溝を知ってか知らずか、お姫様が何でもないように答えてみせた。
「アヤメ様達には一度、仮想と現実の境目をなくした「ように」見せかけた事があるのですよ、私の居場所から出たいならお願いを聞いてほしいと」
「ただの脅迫じゃん」
「君の態度って敬っている割には扱いが雑だよね」
「そうでしょうか」
興味が無いだけだろう、私はそう思った。彼女は強く希求しているのだ、まだ見ぬ主を思い、生まれた理由を。私達に関わっているのも「ピース」だから、きっとそれだけだ。
右を見ても左を見ても断崖絶壁、二人並んで通れるような細い尾根をゆっくりと歩いていく。足元にある雪を踏み締めて、防寒着の中に入り込んでくる冷たい風に体温を奪われ、フード越しに聞こえる吹き荒ぶ冷たい風の音を聞きながら。隣を歩くお姫様も私と同じように防寒着を着ている、どうしてここはアーカイブデータを再現した仮想世界のはずなのに寒いのか、疑問に思ったので顔を近づけて声をかけると思いがけない言葉が返ってきた。
「殺す為にでございましょう、ここはカオスです、いくらエモート・コアがあるとは言え、「死」に値する怪我、病気で消失してしまいますのでお気をつけください」
また、皆んなが固まった。勿論寒さからではない。
「………」
「………」
「………」
「………」
「あ、伝えるのを忘れておりました」
「やだぁ!私かえるぅー!!」
山の頂上で荒れる風にも負けない程の大声を、私達を代表してプエラが叫んでくれた。
◇
「待て、あの塔から突き落とされた俺は何で平気なんだ?」
「死ねば良かったのにそのまま誰も悲しまないわ」
「止めてやれグガランナ、ディアボロスが土を食い始めたぞ」
「はぁ…あと少しで凍傷になるところでした、それに低体温症も…危険な所なんですね、山って」
「あんた馬鹿じゃないの?」
「ここまで長時間滞在した事がなかったもので、危うく果てて私が先に天に召されるところでした」
「あんたみたいな死者はお断りだから突っ返されたでしょうよ」
極寒の山脈はただの風景ではなく、カオス・サーバー側の攻性防壁とのこと。サーバー内に滞在を許されているだけの私達は、自分達の足でアーカイブデータまで歩いていかないといけないらしい。お姫様も一人で過去に何度も試したそうだ、風景はアトランダムで山脈だったり海にいきなり投げ出されたり、とにかく命の危険に晒される場所に繋がるのだそうだ。
「あ〜…付いて来るんじゃなかった…」
「まぁまぁ、ただの観光だと思って」
「雪でも食ってろ」
尾根を何とか渡り、下山している途中に小さな洞窟を見つけたので中に入って暖を取っていた。お姫様が慣れた手つきで火を起こし車座になって皆んなで囲んでいた。
「あの古い家に戻るのも歩きなのか?」
「はい、あそこは中間領域でございますのでディアボロスが天に召されなかったのでしょうね」
「他人事かよ」
「ディアボロス、あなたはどうやってアクセスしたの?」
「答えるとでも?」
何それ...私の真似をしているのこの男。
塔の上で突き落としたこの男は、お姫様に連れて行かれた古い民家の前で当たり前のように立っていたのだ。それと、私とお姫様で捕獲したプエラとハデスと早速口論をしていたのだ。
「きもいわディアボロス、口真似するぐらいなら土でも食ってろ」
「何でお前がキレるんだよ…それより司令官、ここならオフレコだ、上官のスリーサイズでも教えてくれないか?」
「八十・八十・八十」
「寸胴じゃねぇか!今のは比喩だよ!秘密を喋れと言っているんだ!」
「はぁ?決議の場で失脚させておきながらまだ苛めたいの?」
「自分から失脚したんだろう、あれこれ小細工していたみたいだが、アヤメのせいで見事にご破算になっていたじゃないか」
「………」
「何だ?」
「別に、計画について知りたいならお生憎様ね、私達も知らされていないわ」
「それなら上官がアヤメにちょっかいをかけた理由は?仮想世界ではぐれたアヤメを拉致していたでしょ」
「それは、」
「それにあなた達も決議場で監視していたわよね?」
「……こ、答えるとでも?」
「それ流行ってるのか?」
ハデスの茶々はスルーし、ディアボロスも私の疑問に援護射撃をしてきた。
「お前達の上官は本当に行動が謎だな、アヤメの事を知っておきながら「あの女」呼ばわりしたり、本当にあいつは何がしたいんだ?」
「それを言うならどうやってグガランナ達は仮想世界にアクセスしていたのよ?てっきり……」
「てっきり?何かしら」
「……なんでも……」
「そういえば司令官、何やら慌てていたけどあれはなんだっはっ?!」
「雪でも食ってろって言ってんのよ!余計な事喋るな!」
プエラに裏拳を当てられたハデスが地面に倒れ伏した。
「こんな所で虚偽申告とは、また俺達とやり合うつもりか?」
「ふふふ」
唐突にお姫様が小さく笑い声を上げたので、ハデス以外が一斉に彼女を注視した。小さく「申し訳ありません」と謝罪したので訝しみながらも司令官への糾弾を続けていた。
「ティアマトを装って俺達にコンタクトを取ってきていたな?あれも決議の場を乱す工作だったんだろ?」
「ご名答」
「それで、あなたが慌てていた理由は?」
とても嫌そうに眉をしかめてから、
「あれは、私が原因で昏倒してしまったと勘違いしたの、あんたら二人の事も監視していたから、それが何?」
「そんな言い方……何故見ていたの?」
今度は尊大に顎を仰け反らせて、挑発するように言葉を返した。
「私の、アヤメがどうしているかなって心配になったから、どうせあんたにまとわりつかれてウザそうにしているんだろうなって、ね」
「…プエラ、プエラ・コンキリオ、あなたという人は……」
「よせ、殴り合いなら向こうに帰ってからにしてくれよ、あのポッドはお前が仕掛けたものだろう?」
ディアボロスに制されてしまい毒気を抜かれてしまった私は、持ち上げた腰を地面に落とした。振られたお姫様は然もありなんと答えている。
(私の…?私のですって?本当に……)
「厳密に言えば違いますが、管理をしていたのは私です、いいえ、私とイエン、と申せば良いでしょうか」
「また新たな登場人物が………いや待て、イエンと言ったな?」
「それが何か」
暫く無言でお姫様を眺めた後、とくに言葉を発することなくディアボロスが引き下がった。代わりにハデスが(え、口の回りに土がついているように見えるのはきのせい?)お姫様に問いかけていた。
「あのポッドは何だい?子供一人分しか入れない上に、どうやってアヤメを非接触で仮想世界へアクセスさせたんだ?」
「それにつきましては不明です、さらにあのポッドの用途についても不明です」
「ふざけているのか?それは管理しているとは言わないぞ」
「ですが、私達のマテリアルには痕跡がございます、過去にアクセスした際のゲートキーがありますので」
「キー?」
「ええ、全くもって意味が分かりません、だからこうしてカオス・サーバーに赴いているのでございます」
お姫様が狭い洞窟で軽く伸びをしてから、これで終いだと言わんばかりに腰を上げた。
「参りましょうか、ここで話し合っていてもピースが揃いませんし、何より皆様方のあまりに下手過ぎる話し合いに聞き飽きてしまいました」
「何だと…」
とても冷たく、山脈を削らんばかりに吹き荒れる風より荒く、お姫様の言葉が胸を抉っていった。
「口を開けば他者への糾弾ばかり、誰しもが自らの疑問を棚上げしてまるで先に進まない、私はあのテンペスト・ガイアと呼ばれるマキナが代理戦争を引き起こしたものとばかり思っていましたが、存外に今いる皆様方のその稚拙な精神が招いたものかもしれませんね」
私達の言葉を待たずにお姫様が洞窟から出て行った。一度皆で視線を合わし、私は辟易としてしまった。言外に目だけで「お前が悪い」と罵っているようで、お姫様の言葉通りだったからだ。
66.b
[あぁ〜…アヤメの声…癒されるぅ…]
「え〜本当にぃ?どうせまた向こうに行ってるんじゃないの?」
[エ、ナンノ事デスカ…]
「はいはい、そっちに戻ったらきっちり調べるから今のうちに消しておいてね」
[あ、アヤメが!アヤメがわたしをいじ…]めるぅと、段々遠くに聞こえ始めたのでインカムを取って逃げたのだろう。代わりにティアマトさんが溜息を吐きながら話しかけてきた。
[全く…アヤメ、そっちの状況はどうかしら]
「あぁ〜…ティアマトさんの声…癒されるぅ…」
後ろから力任せに叩かれた、後頭部を押さえつつ後ろを見やればナツメが凄みを利かせて睨んでいた。
(バレてるな……)
まぁ、私も自分が本調子ではないことぐらい分かっている。無理して明るく振る舞おうとして思わずアマンナの真似をしただけなのだ。言われた本人はそんな事知らないのでしどろもどろになって答えていた。
[え?そ、そう?そうなのね……なら暇を見つけてこれから連絡……しようかしら?]
今さら嘘とも言えない。
「あ、あぁ…うん、で、こっちはグガランナ以外は元気にしてるよ、今からそっちに向かうところだから」
[ナツメから報告を貰ってはいるけど……グガランナのマテリアルは置いていくのかしら]
「まさか、おぶっていくつもりだよ」
[誰が?]
あれ、と思い周囲を見回した。昨日、ナツメの指示で避難してお世話になったお洒落なアパートのロビーには、ナツメにアオラ、それから可愛い子供達が三人、それとイエンさんが出発の支度をしているところで、グガランナのマテリアルはソファに横たわっていた。
[言っておくけど重いわよ?その階層からここまで持って来られるの?]
「いやでも置いていくわけにも…」
[放っておきなさい、マテリアルが必要ならそのうち勝手に作るでしょう]
「倫理観的にそれはちょっと…いくらマテリアルでも目を覚さないグガランナを置いていくのは抵抗ある…かな」
[……分かった、ナツメと変わってもらえる?]
「?」と思いながらも、フィリアちゃんと話していたナツメの肩を叩いてインカムを渡してあげた。ナツメも「?」としながらも受け取りティアマトと話し始めた。
(何喋ってんだろう……)
ナツメ...昨日は私にあんな事言ったくせにさっきはよくも遠慮なく叩きやがって。ナツメの切れ長の目は伏せられて、床を見ながら喋っているようだ。男みたいに高く整った鼻を、本人は馬鹿みたいに汚い手だと繰り返して他人には見せようとしない細い指でぽりぽりとかいている。つと、顔を上げて私がさっきやったように皆んなを見回して、今度は腕を組んで話しの続きをしていた。腕で組んでも持ち上がらない胸って...私は別に気にしないけど本人は気にしている。って、
(なーにが私は気にしないだよ!あー!あー!あー!)
だ、駄目だ...自然とナツメを見てしまう。昨日はあんな事言われたんだ、意識するなと言う方が無理、無理だよね?面と向かって「もう一度好きになってくれないか?」だぜ?下手な主人公よりグッとくる台詞吐きやがって...
(はぁー!もう見ないようにしよう…)
「?」
昨日言われた台詞を思い出して、にやついてしまった自分のほっぺをむにむにして誤魔化していると、近くにいたリプタちゃんが首を傾げて私を見ていた。
黒と白が混じった髪は少し奇抜で派手だけど、くりっとした吊り目は可愛らしいしティアマトさんの仮想世界でよく構っていた猫を思わせる表情をしていた、いやというか耳付いているけども。
「どうかしたの?」
私から声をかけると傾げていた首を戻してストレートに聞いてきた。
「どうしてナツメのことばっかり見てるの?」
「え?見てないよ」
「えー?そうかなぁ…」
「ううん見てないから、見てない」
「変なやつ、リプタなんかに必死になって余計にあやしい」
アオラに引っ付いていたリコラちゃんまでもが私に突っ込んできた。垂れた耳に短くさっぱりした茶色の髪、それからつんと上がった鼻がいかにもやんちゃっぽい。
「そんな事ないから、リコラちゃんまで変なこと言わないで」
「………」
「え?」
「んにゃあ?」
んにゃあって。可愛すぎて家に連れて帰りたい。
「ちゃん?リコラのこと、だよな?」
「そうだけど、何?」
「ちゃんってこいつ女の子に見えるのか?」
「当たり前じゃん、リコラちゃんは女の子でしょ」
「「え?」」
「いやちょっと待てリプタ、何でお前まで驚いているんだよ仲間だろ?こいつ男だよな?」
「わたしもそう思ってた……ちがうの?」
リプタちゃんに詰め寄られたリコラちゃんが、アオラの首に回していた腕を離して後退りしていく。
「……ち、違うぜ?」
「お前何で黙っていたんだよ!女の子だったのか!」
「ちが、違うっていってるだろ!女じゃない!」
「え、じゃあなに?新タイプ?」
「そう!草と肉を足したタイプなんだおれは!」
「なんでそんなに慌ててるの?女の子が恥ずかしいってこと?」
「女の子が恥ずかしいってパワーワードにも程があるが…お前まさか自分でも男だと思ってたのか?」
「ったりめぇよぉ!こんなマテリアルにしやがって!おれはおれなんだよぉ!」
リコラちゃんが顔を赤く染めて吠えている、自分の性別が分からなかったということ……?
「まぁお前が男でも女でもウザいのに変わりないから、気にしないがな」
「アオラぁ!!」
尻尾をぶんぶん振って逃げたはずのアオラに飛びついていた。ソファに座ったままのアオラの顔や胸にぐりぐりと顔を押し付けている。
「うっざ!いいから離れろ!」
「くぅ〜っおれの目に狂いはなかったぜっ!」
「リコラが先にけんか売ってなかった?」
「うんうん」
(はぁ〜…あのアオラにあそこまで懐くなんて…)
アオラもどちらかと言えば猫に近い性格をしていると思っていた、気分屋だし自分から構うのは好きだが人から懐かれたり構われたりすと嫌がってすぐに逃げる。昔っからの性格で、特殊部隊に入隊する前はそれが顕著になって私も悩まされた事があったぐらいだ。
アオラには、リコラちゃん達のように遠慮なく接してこられる方が性に合っているのかもしれないと思っていると、通信が終わったのかナツメが私の肩を叩いてインカムを返してきた、どうやらグガランナをどうするか決まったらしい。
「アオラ、今すぐに手首を落としてくれ、グガランナを運ぶぞ」
「んんっ?!今お前手首を落とせって言わなかったか?!」
「あぁ、無類の金髪好きがグガランナのマテリアルに触れるんだ、当然の処置だろう」
「ふざけなんよてめぇ!私の事何だと思っているんだ!」
「え……金色が好きなのか……」
「わたし……白黒……」
「後でマテリアル変えてもらう?」
「「さんせいっ!」」
「いやアオラ…さすがに引くよ?子供にまで手を出すなんて…」
「頭が痛い……お前ら離れろ!私が変態に見られるだろ!」
「うわぁー」と三人がこっちに駆けてきて私やナツメの後ろに隠れた。本当に元気だなこの子達。
「冗談だよアオラ、さすがにそんな事やったら私が警官隊の所まで付き添いしてあげるから」
「それはフォローになっていないぞ?」
イエンさんが横から口を挟んできた。
アオラが頭をガリガリとかきながら立ち上がり、未だ眠り続けている(ように見える)グガランナのそばに立った。
「言ったそばから手を出すのか?」
「違うわ、上層までは私が運ぶよ、こいつに酷いこと言ってしまったからな、詫びだ詫び」
「言っとくけど私はグガランナに「アオラが運んでくれた」なんて言わないからね、自分の口からちゃんと謝ってね」
「分かってるよそんな事ぐらい」
そして、ナツメやイエンさんの手を借りてグガランナをアオラに背負わせてから、いよいよ上層の街へとその帰路についたのであった。
✳︎
(本当にグガランナの意識はこの体にないんだよな?)
く、首筋に、息が当たっているんだが...え?どういう事なんだ?それに、あの日第八区で揉んだ胸の柔らかさが背中に押し付けられているので、思っていたより心が動揺してしまった。ナツメの言う通り、手首を落としておけば良かったかもしれない。
(まぁ冗談なんだが…)
背中にグガランナの柔らかさと温かさを感じながら中型エレベーターへと足を向けていた。バグったみたいに昇り続けている太陽の光が容赦なく照らし、否が応にでも汗が出てしまう。私の前を三人のガキが忙しなく走り回り、物珍しそうに街を見て回っていた。私の横にはナツメやイエン、その少し前をアヤメが後ろに手を組んで歩いているところだった。
(マキナというのは…どういう存在なんだ?作り物の体に心…心がここにないってことは、それは死んでいるってことだよな?)
そう、認識していた。だからグガランナをおぶった時に温かくて心底驚いた、冷たくなっていると思っていたからだ。私は別に、つつしんで仕えている神はいないし学が深い訳でもない。けれど、「魂」という概念があることぐらいは知っている。「体」という車に「心」というドライバーが操縦して初めて動く。人も同じように体と心があって初めて生きていけるのだが、その「心」が無くなればどうなるのか。勿論車は動かない、しかし人は違う。心と言ってもそれは概して「意識」の事で、今こうして私が論じているのも「意識」があるから出来ている。眠っている時に論じている奴なんかいやしないだろう。では、その意識を手放している間、つまりは眠っている時は死んでいることになるのかという話しになるが勿論そうではない。きちんと体は生命維持の為に動いているし、意識が戻ればいつも通りに体を動かせる事が出来る。じゃあこの「意識」とは何なんだ?って話しになってくる。体と心があるから「意識」があるのか、「意識」があるから体と心を動かせるのか。「心」と「意識」は同一ではないのかと疑問に思うかもしれないが、同一でも別でも同じこと、「心」をなくした体を動かせるのは「人間」だけのはずなんだ。それなのにグガランナのマテリアル、言うなれば「体」が生命維持の為に動いているのはどういうことなんだ、という最初の疑問に戻る。
(グラナトゥム・マキナにも…魂があるのか?)
マテリアル・コアとエモート・コア、二つが揃ってグラナトゥム・マキナであると説明を受けている。だがそんな事はどうでもいい。マテリアル・コアと呼ばれる体はエモート・コアと呼ばれる心があって動かせると聞いているのに、その心がないのに体が動いているんだ。人間と同じではないか、人と車の違いが「魂」にあるように、人と同じように心がなくても体が動いているグラナトゥム・マキナにも「魂」があるのだろうか。
そこでぐいっと腕を取られた、考え事に集中しすぎたせいで搬入口へ向かう出入り口を通り過ぎようとしていたらしい。私の腕を取っていたのはアヤメだった。
「こっち、そっちは階段庭園だよ」
「あ、あぁ悪い」
「平気か?エレベーターに着いたら寝かしておけ」
ナツメが何でもないように言葉を投げかけてきた。
「こいつの体動いてるぞ、あったかいんだが…」
「当たり前だろ、眠っているだけなんだから」
当たり前...なのか?こいつマキナの事本当に分かってんのか?いや私もよくは知っていないが...
「アオラ?変な事考えているならお尻抓るよ?」
容赦なさすぎだろ私の妹。
変な事だって?こっちは背中に意識を取られないように考え事して集中していたんだぞ!何が魂だ馬鹿たれ!そんなもんよりこの背中に押し当てられている無防備な双丘を制覇してやりたいわ!
(あー!!駄目だ一回でも意識が向いたら柔らかさがあー!!)
「アオラ…顔に出てるけど?」
私の魂の闘いを知らない厳しい妹に睨まれながら、休む暇もなく出入り口へと歩みを進めていった。
✳︎
「ん?」
「どうかしたの?」
中型エレベーター前に到着し、ここまで運んできたアオラの赤すぎる顔を子供達が囃し立てて、イエンさんが謎の準備体操をして少し賑やかな中でもナツメの声がよく耳に届いた。昇降操作ボタンの前で動きを止めて、歳不相応に首を傾げていた。左側に髪の毛が流れて綺麗な耳と首筋が露わになっている。
(可愛いな……)
「アヤメ、変わりに押してくれないか?」
そ、そこまで言うなら仕方ないと、さっきまで見えていた綺麗で丸い右耳に指を持っていくと、すんでのところで気付いた私が指を引っ込め、気配を察知したナツメも少し後ろに下がっていた。
「な?なん、何だ?何故私の耳に…」
「いや何でもない気のせいだから自惚れないで」
(バカか私はっ、何で耳を押そうとしたのっ)
「そこまで言われる筋合いあるか?」
目を細めて嫌そうに反論している割には頬が赤い、その変化にもいちいち喜んでしまっている自分がいた。それを誤魔化すように昇降操作ボタンを強めに押した。
「ん?」
扉が...開かない?どうして開かないんだろうという疑問よりも、またあの非常階段に行かなければならないのかという、登る前から襲ってきた疲労感と拒否感でボタンを連打していた。
「おいおい…」
「わた、私じゃないよ?!」
「分かっているよそんな事ぐらい、ここに来る時は問題なかったのに」
ナツメも心底嫌そうに顔をしかめて、インカムの操作し始めた。
「タイタニスに確認するよ」
何で?エレベーターの扉は見たところ何も異常はないし、壊れているようには見えない。程なくして隣から「上に戻ったら覚えていろ」と殺害予告めいた恨み言が聞こえてきたので、さすがに何かあったんだと悟った。
私達の様子に気付いたイエンさんも声をかけてきた。
「早くしてくれないか、我も貴様達の街へ行ってみたいと思っているのだが……何かあったのか?」
だから準備体操?
「タイタニスの野郎がエレベーターに回していた電力を他所に回しているらしい、最寄りの超小型?エレベーターまで徒歩で向かってくれと」
「今だけでも何とかならないの?」
「無理だそうだ、メインシャフトに降りている私達の事をすっかり忘れていたらしい」
それであの恨み言か...仕方ないと言えば仕方ないが...
「超小型とは、すぐそこではないのか?」
「五階層には無いらしい、あるのは上か下かのどちらかだ」
「えー…でもまぁ、一階分ぐらいなら…」
「悪いがアオラに伝えてくれないか?私から言うと喧嘩にしかならない」
分かったと短く返事をして、リコラちゃんの耳を遠慮なく引っ張っているアオラに近づいていく。
「アオラ、あと一階分頑張れそう?」
リコラちゃんが「いっー」の形に口を開けて、アオラは「えっ」という顔をして固まってしまった。
「冗談だろ?」
「エレベーターの電力を他所に回しってるって、タイタニスさんが」
「冗談だろ?」
「メインシャフトに降りた私達の事すっかり忘れていたらしいよ」
「冗談だろ?」
「四階層まで登ったら私がお礼にキスしてあげるよ」
「それはさすがに冗談だろ」
構わずアオラの脳天にチョップを叩き入れた。
涙目になったアオラから一つ提案されて、それならばいけるだろうという事で、再び腰を上げて非常階段へと足を向けた。
66.c
「それでわたしのところに声がかかるのかねっ?!言っておくけどあれめちゃくちゃ疲れるんだからねっ?!」
[苦情はタイタニスとグガランナに言ってくれ]
「いやっー…そう言われてもなぁ…わたし今から街の方へ行かないといけないのに…」
グガランナの事なんか放っておけばいいのに。それに飲んだくれたまま連絡を寄越さない放蕩じじいも捜さないといけなし。
[ティアマトやタイタニスもマキナを操れるのか?]
何気なくした質問のように聞こえたので、こっちも当たり前のように答えた。答えてしまった。
「いいや、わたしだけだと思うよ?」
[…そうか、聞くがアマンナ…お前は本当にマキナなんだよな?]
「は?急に何、」
[マキナがマキナを操れるのは異常だとイエンが言ってな、聞けば最高位のグラナトゥム・マキナでも不可能なんだろう?]
「………そんなこと…」
[さらに考えてみればお前に関する情報が不足しているように思えてな、実際どうなんだ?]
「……………」
[アマンナ?]
「そんなに……そんなにわたしの事が疑わしいならもっと信頼あるマキナに頼めばいいんじゃないですかねぇっ?!!」
[おい!あま]
ナツメが何か言いかけていたが、構わずに通信を切ってやった。人型機のエンジン音に混じってコール音が脳内に響き渡っているが無視した。
忘れていた事だったのに、ナツメの質問でまた思い出してしまった。
(別に…何だっていいじゃん)
わたしがマキナとかそうでないとか、皆んなに関係あるのか?いいじゃないか別に、マキナだろうが何だろうがわたしはわたしだ。皆んなと今まで過ごしてきた「アマンナ」なんだ。不意に、いや猛烈にアヤメに会いたくなった。さっきは悪ぶさけしてしまってあまり会話しなかったけど、わたしの事をただの「我儘で元気一杯な女の子」として見てくれるアヤメと...
(逃げてるだけだよね……)
アヤメは優しい、何でも受け入れてくれるから。いや何でもではないだろうけど、少なくともわたしの事を「マキナ」として見ていない、その大らかな対応が何よりも優しく感じてそして甘い。悩まずに済むという意味でも。
(また逃げるのか…)
「ん?」
またとは何なのか...自分で言っておきながら強い違和感を覚えた。前に下層でタイタニスが皆んなに説明していた時の事かな?あの時も自分だけ「仕事」をしていない事に申し訳なく思い、さらに実装したばかりの胃袋にも慣れずに裏返った記憶はあるけど...違う、違うな。そんな最近ではない。
「もっと前かな?いやでも何から逃げていたんだ?」
メインコンソールからいつものように偉そうな発進シークエンスが流れているが、それに構わず腕組みして頭を捻った。もっと前だ、わたしは確かに何から目を背けて逃げ回っていた...ような記憶...というか感覚?心が苦しくなるような寂しくなるような、気分が落ち込んでしまう感覚のようなものが、こびり付いた汚れのようにあった。
[アマンナ?何やってるの?]
我が愛しの兄から「早く飛べ」と催促が来てしまった。が、それどころではない、このモヤモヤを払拭しないと集中出来ない。「25」とナンバンリグされた通信コンソールに向かって、見えやしないだろうが手を合わせていた。
「ごめん!先に行ってて!」
[はぁ、スイちゃん少し待機してもらえる?アマンナがぐずった]
今度は「47」の通信コンソールから随分と冷たくなったスイちゃんの声がした。
[何やってるんですかお姉様早くしてください]
「……まだ怒ってる?昨日の事」
[……ふん!ですよ]
昨日のゴットハンドテッドの騒ぎは、何もわたしの可愛いお尻に良からぬモノ(端末)を押し付けられた時に出た大声だけではないらしい。ティアマトとわたしの喘ぎ声もスイちゃんが寝ていた部屋にまで届いていたらしいのだ。そりゃ怒る。
「いやね?スイちゃんも一回テッドに揉まれたらいいよ、あの気持ち良さが分かるから」
[私そこまで歳をとっていませんので]
「ぐっふぅ」
[もうアマンナ、行くよ?いい?]
「ちょ、ちょっと待って!」
スイちゃんの一言が良い具合に懐に入り大ダメージを負いながらも、中層で何かあったか聞き出すためにグガランナに通信を取った。あれそういえば、と気付いた時には慌てたグガランナがコールを取っていた。
[あ、アマンナ?!あなたどうやってっ?!]
[………]
[聞こえているわよね?!どうして連絡が取れるの?!]
[おい]
[ちょ!違うの!これは大きな誤解よ!私だって自分が置かれている状況ぐらい!]
「お願いもう少しだけ離れて」とグガランナが懇願している。
[アマンナ?良い?これは予期せぬアクシデントというものよ?]
[だったらグガランナの足にしな垂れかかっているアヤメは何?]
この...皆んなが大変な時に本当に行っていたのか...
[…アヤメ……子ね……待ってて………何かしら?誰もいないわよ?]
[ふざけふるなよバカマキナ!皆んなグガランナの重たいマテリアルを[重たくないわよ!]頑張って運んでいるんだよ?!恥ずかしくないのか!わたしですら街のために今から向かうところなのに!!]
[嘘でしょ……あのアマンナが……人の為に自分の時間を犠牲するだなんて………あなた本当にアマンナよね?]
[アヤメに言いつけるから覚悟しておいて]
[あー!!止めて!本当にこれは誤解だから!私だって来たくて来たんじゃないのよ!]
どこが誤解だ!同期した視界にバッチリとアヤメが映っているではないかそれも三人も!
「あれ、え?他に誰かいるの?」
グガランナに聞きたかった中層での旅の事も忘れて、視界に映っていた黒い髪に白い頭、それから初めて見る赤い髪の人もいて驚いてしまった。さらにグガランナと瓜二つのグガランナまでいるではないか、その事を指摘するとさらに慌てた声で返ってきた。
[あれ、グガランナってナルシストだったの?]
[ナチュラルに言うの止めてもらえる?違うわ!前に一度話した事があるでしょう!メインシャフトで出会ったお姫様よ!]
何だ...何がどうなって...
いつまで経っても飛び立たないわたし達に業を煮やしたのか、今度はティアマトが通信をかけてきたので、同期した視界も十分わけが分からないのにさらなる混沌に見舞われた。
[アマンナ!あなた何をやっているの!テッドがそんなに気持ち良いならまた帰ってからしてもらえればいいでしょうに!こんな所でぐずらないでちょうだい!]
[言い方、言い方気をつけて]
[何ですって?!アマンナ!あなたテッドと何をしているの!]
[この声…グガランナ?!どういう事なの?!あなたグガランナと通信していたの?!]
[ティアマト?!げっ………]
[聞こえているわグガランナ、あなたこそ何をやっているの?!皆んなあなたの事を心配して重たいマテリアル[重たくないって言ってるでしょっ?!]をわざわざ運んでくれているのよ?!早く戻ってきなさい!]
[私だって早くそっちに戻りたいわよ!けれど事情があって今すぐには無理なのよ!だからっ、ううん、ちょっとアヤメ、悪戯しないでっ]
[………]
[………]
もう待っていられなくなったのか、テッドとスイちゃんの機体が緩やかに地面から飛び立ち、汚れが残った筆で描いたような薄く白い雲が伸びた朝の空へと飛んでいってしまった。今日も作業はとても多い、各区から応援要請が来ているしさらに放蕩マギールも探さないといけない。
けれどこっちもそれどころではなかった。
[ティアマト、今すぐ「アヤメ世界」の消去ってできないの?]
[待って、今消しているところだから……]
[待ちなさい鬼二人!こんな、こんな無辜のアヤメを消すというのっ?!待って!お願いだから待ってちょうだい!]
[だったら今すぐに戻って来なさい!]
[だから無理だって言ってるでしょ!私がいるのはカオス・サーバーなの!ガイアじゃないのカオスなの!]
[嘘吐くんじゃありません!現に今こうして通信が繋がっているじゃない!]
[はっ!そうよアマンナ!あなたどうして私に連絡が取れるのよ!サーバーが違うはずなのに!]
[いやだから、アヤメ世界にいるからなんでしょ?何だカオスってこの状況がカオスだわ]
[違うって言っているでしょっ!あなたも私の視界を同期しているわよね?皆んなが見えるでしょう?!秘密の花園に他人を連れて来ると思う?!]
[それマギールと同じ事言ってるよっ!ティアマト!今すぐ消して!グガランナがくそえろマギールと同じ事言い始めた!]
[待ちなさい!今何て言ったの?視界を同期?]
わたしと一緒になってグガランナを叱っていたティアマトの声音が大きく変わった、心底おかしいように、いや怪訝になった声で聞き返していた。
[それが、何?視界を同期させるぐらい…]
[馬鹿言わないでちょうだい、そんな事が出来るのは司令官ぐらいよ、どうしてそんなに嘘を重ねるの?]
[重ねてないわ……よ、え?アマンナ、出来るわよね?]
[うん、出来るけど…ティアマトは出来ないの?]
[まだそんな見え透いた嘘を吐くの?出来るはずがないでしょう]
そう...なのか?中層を旅していた時はよく視界を同期し合って道なき道を探検していたのだ。てっきり皆んな出来るものだと思っていた。それなのにティアマトはわたし達の疑問に答えもせず、挙句に嘘だとこちらが疑われてしまっている。あのティアマトがふざけているとは思えない、突然の事にわたしとグガランナも面食らって言葉を発せずにいた。
[それで、そんな嘘を吐いてまであなたはこんな時にアヤメに慰められていたのね?]
[違う、お姫様のお願いでカオス・サーバーに赴いているのよ、五階層に置かれたポッドに繋がれてね]
[はぁ……まぁいいわ、それならアマンナ、またグガランナの重い[重くないって言ってんだろ!]マテリアルを運んでちょうだい、あなたにしか出来ない事よ]
[うげぇ…あれ胸バグるんだよなぁ長時間すると…]
[バグるって何よ、人のマテリアルを汚染物質みたいに言うの止めてくれる?]
[何でグガランナの胸ってあんなに大きく作ったの?アヤメって女の子だよね?男の子なら胸で釣れるんだろうけどさ]
[釣るとか釣れないとかの話しは知らないけど、私も失敗したのよ、鼻が可愛くなっただけじゃなくてマテリアル自体も、こんなに重たく[自分で言ってんじゃんっ!]するつもり無かったわ]
[はぁ…あなた達の会話は相変わらず知能指数が下がるわ、いいからお願いねアマンナ、グガランナは遊んでないで早く帰って来なさい]
「人を子供みたいにぃ……」と恨み言を吐きながら皆んなそれぞれ通信を切っていった。
濃密な時間だった、自分も何を喋ったのか覚えていないぐらいだ。あれやこれやと次から次へと話題が降っては湧いての繰り返しだった。
「あ」
中層での事を聞こうと思っていたのにすっかり忘れていた。そして、またナツメなら通信が入ったので大方ティアマトに連絡するよう言われているだろう、まーた無駄にばいんばいんしなければいけないのかと、胸の内にわだかまっていた気持ちも薄らぎ、サーバーからグガランナのマテリアルへアクセスするのであった。
66.d
「し、信じられない!こ、こんな所!こんな…所…」
「軽蔑するよ天の牛」
「まぁ…人の好き好きはそれぞれだから、いいんじゃない?」
「まぁまぁ…何度見ても良く出来ていますね、現実のアヤメ様にくりそつですわ」
「最悪」
最悪。何で?どうしてここが?
洞窟で啀み合った後、再び極寒の山道を下っていくと山林の中へ突入して、四方に別れた獣道に着いた。お姫様曰く、山林にすら入れた事が今までなかったのでここから先は全くの未知らしい、どの道を行けば何処に辿り着くかも知らないらしい。ということは、山林の手前までは何度も来ていたということだ、その根性というか執着には脱帽ものだが獣道の異変の前に私達は立ち往生してしまっていたのだ。
何処へも行けない、見えない壁に阻まれているようで「物理」的に前へ進めなかったのだ。啀み合っていた皆んなも好き好きに道を選んで「じゃあ」と分かれた数瞬の内に「あいだ!」と見えない壁におでこをぶつけて呻いていたのだ。お姫様一人だった時は山林手前で同じ現象に見舞われていたので、確かに私達四人はここへ来た意味があったのだ。山林の中までは進む事が出来たが...そんな時にアマンナから通信が入り、そして見せたくもなかった私の秘密の「世界」が止める暇もなく展開されて、隠して...いや別に隠していたわけではない。その世界の神たるアヤメ三人にお出迎えされてしまったのだ。
最悪。
「その後ろにいるのは本物か?」
「………」
いつも通りの服を着たアヤメがディアボロスから逃げるように私の背中にしがみついた。
「いや違うだろ、他にも二人いるんだぞ?」
ハデスの言葉に今度は天使の装いをした薄着のアヤメが私の腕を取ってきた。
「まぁ…本当に何と言えばよろしいのか…有り体に言って……ドン引きですわ」
さらに私と同じ服を着させたアヤメがぁあー!!もう嫌ぁ!!何でこんな時にバレるの?!せっかくアヤメ(本物)からも逃げおおせたというのにぃ!!展開して目の前にアヤメ(神)が現れた時は「もしや天国」なんて思ったぐらいなのに!いつも通り私にしがみ付いてきたので「いつもの世界」だと悟ってしまった。
ちなみにプエラは手で顔を覆っている割にはきちんと見ていた、しっかりと。
「それで、先程はどなたとお話しされていたのですか?」
お姫様に聞かれ、言いたくなかったけど早くこの状況を抜け出したかったので言わざるを得なかった。
「アマンナよ……それが何?」
私の言葉にアヤメ(神)を見入っていた全員が一斉に顔を向けてきた。
「お前の子機が?どうやってここに通信を掛けたんだ?サーバーが違うはずだろう?」
「そんなの……あなたも試してみればいいじゃない」
ティアマトにも疑われてしまった事もあり、逃げるように言いはぐらかしたのが間違いだった。ディアボロスからすぐさま否定が返ってきていよいよ異常な事態であることが露呈してしまった。
「オーディンには繋がらない、そもそもサーバーが違うんだ、どうやったってコンタクトは取れないはずだぞ?お前の子機は一体何者なんだ?スイの事もある、この場で白状しろ」
「………」
「あー…何?今のはマジな話しなの?冗談かと思ったんだが…」
「………」
不思議と、関係ないはずのプエラまでもが渋い顔をして黙っていた。ハデスも茶々を入れてくるが、私に答える術がないのもまた事実なのだ。本音を言えば未だに私も驚いているのだ、何故アマンナは通信を掛けてくる事が出来たのか、アマンナか、もしくは私とアマンナの両方がガイア・サーバーのルールから外れた事になっているからだ。自然と考えるなら...
「答えは明白、そのアマンナと呼ばれるマキナ、あるいはグガランナ様の両方がカオス・サーバーと繋がっていた、という事になりますね、だからガイアの監視下からでもコンタクトを取る事が出来たのでしょう」
(そうなるよね……)
「そりゃまた……」
「有り得ないが……有り得ているからそうなるのか……」
「アマンナは何者なの?」
さすがに突っぱねることは出来ない。
「……気がついたらそばにいたのよ、私が覚醒した後すぐにアマンナからコンタクトを取ってきたわ」
さらに不思議な事に、グラナトゥム・マキナである皆んなではなくお姫様が心底驚いた顔をしていた。
「……覚醒して……すぐ?それは本当の話しなのですか?」
「えぇ…何か心当たりでも?」
「………いいえ、てっきりグガランナ様が製造された子機かと思っていたのですが……そのアマンナというマキナが疑わしいですね」
「止めて、そんな言い方しないでちょうだい」
お姫様の言葉に乗っかるように、皆が無神経に次々と同調してきた。
「いや、こいつの言う通りだ」
「あぁ、アマンナというマキナに役割がないのもね、カオス・サーバーからの使者という方が筋が通っている」
「それに通信だって出来たんでしょう?本物の私達ですら出来ない事が、あんなガキんちょに出来るはずがない、カオス・サーバーからの紛れものと言われた方がまだ納得出来る」
「止めってって言ってるでしょっ?!使者だの紛れものだの!私が一番寂しかった時に声をかけてくれたのはあの子だけよっ!それをっ!」
私もその紛れものとやらになってやろうと心底思った。こんな無神経にしか物を言わない人達と肩を並べたくなかった、アマンナと一緒に何処か遠くへ行った方が百倍もマシだった。私の心根を、いや、エモート・コアの揺らぎを感じ取ってくれたのかアヤメ(普通)がプエラに近づいていく。
「な、何よ……ぐ、グガランナの代わりに殴ろうっての……ふぁっ?!」
急に動き出したアヤメ(普通)に慄き、後退りをしていたプエラに与えたのは殴打ではなく抱擁だった。アヤメ(普通)の意外と豊かな胸に顔を押し付けられてしまい、当のプエラは顔を真っ赤にして動けずにいる。
「なっなっ、なななななな」
「何をやっているの……アヤメ?」
確かに憎みはしたが、何故プエラを抱きしめているのか。ゆっくりとアヤメが私に向き直り、言われた言葉に鳥肌が立った。
「喧嘩は駄目、後できっと後悔するよ」
「………っ」
「これは…自律型に設定……しているのかな?」
「アマンナはアマンナだよ、グガランナもそう思っているんでしょ?周りの人達に流されたら駄目だよ、きっと向こうの私も許さないと思う」
あぁ...こんな所ですら私はアヤメに救われるのか...何もかもお見通しだ。また、プエラにゆっくりと向き直りここからでは分からないが、おそらく微笑みかけているようだ。
「ね?謝って」
「ご、ごめんなさい……うぐっ?!」
「次も酷い事言ったら許さないからね?」
「わ、わがっだ、がら…ぐ、ぐるしいっ」
「おい!何をやっているんだ!グガランナ止めさせろ!」
「アヤメ!」
アヤメが懲らしめるためか、抱きしめたままプエラを締め上げていた。さすがに焦り、止めに入った私の一言にまた視界が白一色に塗り替えられて、何もかもが不透明になっていった。居たはずの三人の神も居なくなり気配も消え、そして皆んなの気配も次第に薄れていく。
...本当に次から次へと。名の通りに説明のつかない事ばかりが起きていく。ただ、混沌とした場所に風穴を空けてくれたのは、アマンナであることに変わりはなかったように思えた。
※ 諸事情により次回の更新を2021/5/1 20:00とさせて頂きます。