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第六十四話 ネット事変

64.a



「つか、疲れた……しんどい……」


「すまんな、これが終わったらゆっくり休んでくれ、もう一踏ん張りだ」


「制裁しに行くのはいいけど、何?どうするつもりなの?」


「道連れにするつもりだ」


「こっわ」


 第十二区の上空から望む街並みは、いつか見た中層のように所々に篝火が焚かれ、点々と建物の明かりが点いていた。「力強いことだ」ビーストの襲撃、さらにはカーボン・リベラ約半数の区が攻撃を受けたという未曾有の災禍にも、彼らの不屈の魂を表すように小さな明かりにその強さを感じとり思わず独りごちてしまった。

 あの男はどうやら第十九区へ逃げたらしい、ヒルトンにも見切りをつけられてしまい逃げ場を失ったのだろう。ピューマを匿っていたあの青年、アンドルフの元へ行ったに違いない。


「アヤメ達はいつこっちに戻ってくるの?」


「もう暫くのはずだ、辛抱しろ」


「あぁ〜…早く会いたい……」


「大事なものから距離を空けられるのは良い事だ、その大切を再認識できるからの、人の慣れとはそれらも麻痺させて、」


「んな下らない説教するならここから落とすよ」


「前を見ろ前を」


 第十二区の上空から離れ、月光に儚く彩られた薄い雲の上を高速飛行していた。車とは比べものにもならないスピードで後ろへと流れていく、とくに危険はないがパイロットが前方から視線を外すのは見ていられない。それにだ、あのヒルトンが言っていた事が現実になるなら「空域」という概念をこの街にも確立せねばなるまい。


(はぁ…儂かて無尽蔵に働けるわけではないのだがな……)


 一息ついたらこの月光と酒を酌み交わそうと、なけなしの気焔を吐いた。



 到着した第十九区は見るも無残な姿に変えられてしまっていた、古い街並みは燃え、煤けて黒く汚れてしまっているのに不思議と人間達は活発に動き回り時間も忘れてしまったように復興作業に勤しんでいた。

 インターチェンジを下りてすぐ、街の入り口に設けられた駐車場に人型機を降ろすよう指示を出し、ゆっくりと降下しているそばから街の人間達が駆け寄ってきた。口々に「神よ!」と賛嘆しながら、当のパイロットは迷惑そうに顔をしかめているだけだ。


「何でわたしが神って言われなくちゃいけないのさ……」


「アンドルフのせいであろうな、お前さんを神と崇めてみせたのだ、それにあの巨大ビーストを屠ってみせた、「神」と賛嘆を受けるのは無理もない話しだ」


「うっへぇ〜…何とかしてよねマギール」


「この手は嫌いか?」


「無理」


「ならアヤメに神と言われるなら?」


「余裕」


 こいつの判断基準はアヤメなのか、まるで刷り込みだな。

降り立った人型機から儂だけが顔を出し、それなら遠慮なく利用させてもらおうと少し厳かに口を開いた。


「神の下僕たるマギールが宣言する!この街が匿っているアコックという男をここへ連れて参れ!さもなくば神の怒りが即刻落ちることだろう!ビーストと共にあの世へ赴く奴はいないであろうなっ?!」


 人型機の足元に近付いていた街の人間達が、今度は蜘蛛の子を散らすように街へと駆け出していった。


「最悪」


「いずれネタばらしをするんだ、それにこっちの方が手っ取り早い」


「あっれぇ、確かティアマトから聞いた話しだと、そうやって人に傅かれたくないから内々でカリブンを進めていたんでしょ?それが何?自分から使うだなんて、ほんと…」


「それが大人というものさ、お前も少しは勉強しておけよ、無知ではこき使われてしまうぞ」


「今街へ走っていった人達みたいに?」


 神に嫌われてしまっては元も子もないと口をつぐみ、早速アコックについて情報を持ってきてくれた街の人間へ、お詫びだから気にするなと無理やり人型機へ乗せてあげた。



「もう、ほんと、休ませてよ!街のためならいくらでも働くけどさ、これは単にマギールのお使いでしょ?!何でわたしまで付いてこなくちゃいけないのさっ!」


「喚くな、アヤメには儂の方からうんとお前さんが頑張ったと伝えてやるから」


「分かった」


 アヤメ、やはりあの子に嫌われなくて正解だった。あの日初めて会った時の直感は間違いなかったのだ。あれだけ文句を言っていた神すら一言で黙らせるのだ、大した傑物だ。

 街の人間が言うには、第十九区の外れに位置にする古い教会で見かけたという話しであった。今から向かう場所は、この街でも観光地と位置づけられているため住処として利用している人もおらず、作業も後回しにされているのに逃げ込む人影がとても良く目立ったそうな。それも二人。

 アマンナと並び街の東端へと移動し、お目当ての区画が良く分かった。あれはトームペアの丘に残された旧市街を模したものだ、高さ六十メートルを超える鐘楼もありすぐに分かった。その向こうは第十九区を支える外壁に囲われバルト海までは再現できなかったのだろうが、それでも十分な見応えがあった。


「ハンザ上層連盟とは、よく出来ているな」


「?」


 儂の独り言を聞いた神の申し子が首を傾げていた。

急な坂を登り旧市街へと足を踏み入れた。まとめて問題を解決できそうで何よりだと、一人でほくそ笑んでいると早速声をかけてくる者が現れた。


「"あれ、アマンナがくそえろマギールと一緒にいる"」

「"えどこ、あ、ほんとだ"」

「"えろえろマギールめ、ついにアマンナまでその毒牙にかけたのか"」


「静かにせんかっ!誰が助けに来たと思っているのだっ!」


「?!」


 儂の怒声を聞いたピューマ達が、建物の窓から顔を出してくる、見た限りではざっと数十体。


「うわぁ?!何であんな所にいるの?!」


「聞こえておるな!今すぐにアマンナに元に来い!もう十分に街の観光は終えたであろう!」


 予想していた通り、物珍しい街にも飽いていたのかすぐに街の通りへと出てきた。見たところ外傷もとくになく、余程大事にして隠していたらしい。有事でなければ処罰も検討していたが奴らのおかげで無傷で済んだ者達がこれだけ多くいるのだ。

 いつの間にそんなに仲良くなっていたのか、中層で世話した儂のことなど眼中にない様でアマンナへと駆け寄っていく。未だ状況に追いつけていないアマンナに説明してやった。


「どうどう…え、何、あんな所で何やってたの?」


「逃げ出した訳ではない、この旧市街に逃げ込んだ者達に拐われていたのだ」


「ええっ?何それ、拐われたって……何のために?」


「ピューマ達は新たな利益を産む存在だからさ、利権の塊と言えばよいか、各区へ移送していたピューマ達を何匹かずつくすねてここに隠していたのだろう」


「平気なの?変なことされてない?」


 アマンナの気づかいに皆が口々に元気と答えている。それならば、然るべき処置をせんといかんな。


「アマンナ、ピューマを連れて駐車場へ戻ってくれ、第十二区から護送車が何台かもう来ているはずだ、後はその者達に任せておけばよい」


「わ、分かった…マギールは?」


「大人の後片付けさ」


 「下らない言い回しすんじゃないよ」と小言を言いながらもピューマ達を連れて駐車場へと戻っていった。その後ろ姿を見届けてからゆっくりと歩みを進めた。

 当時のトームペアを占領したデンマーク人によって建てられたとする聖母マリア大聖堂、またはトームキリクと呼ばれる教会の扉を開けた時に早速弾丸が出迎えてくれた、儂の頭一寸先を通り過ぎた熱烈な歓迎が木製の扉に穴を開けていた。


(何とも…)


「………」

 

 アコックだ。自動拳銃を予断なく構えて銃口を儂に突きつけている。


「元気そうで何よりだ、向こうがビーストの襲撃にあったと聞いた時は肝を冷やしたよ」


「ピューマならここにはいない、早々に立ち去れ」


「随分とまた…しかしその口調の方がしっくりとくるな」


「………」


「何、儂がここまで追いかけたのはお前さんらを処罰する為ではない、もう一人いるだろう」


「逝ったよ」


「何?」


「命は命で償うべきだと懺悔してな、もう既にここにはいない」


「ピューマをその手にかけた事か?」


「……何故知っている」


 何と...何と嘆かわしい事か...貴重なその命を自ら絶ったというのかあの青年は...きちんと話しさえしていればこのような事には...


「……聞いたからだそのピューマからな、奴らはグラナトゥム・マキナ同様にサーバーに繋がれておるのだ、いくらマテリアルが壊れようともその命は潰えはしないのだ」


「どのみちだ、奴は逃げたかったのさ、「アンドルフ」になる事を拒絶していた」


「あの男の後継ぎになりたくないとな?」


「そうだろう、記憶を弄られてしまうんだ、生きながらにして死ぬようなものだと散々嘆いていたよあの男は」


「……そうか、あの青年はどこにいる」


 儂の言葉が予想外だったのか、構えていた銃口を下ろし暫く視線をぶつけてきた。そして徐に踵を返して奥へと歩いていく。


「弔いはお前の十八番だったな、付いて来い」



 その亡骸は泣いているようであった。

礼拝堂には聖母マリアもイエス・キリストもなく、この街の歴史を象徴するように人間の鎖、城壁、そしてその天辺には見たことがない偉人が祀られているように鎮座していた。そのモニュメントの前で静かに目蓋を閉じ、頬には流れた涙の跡があった。


(毒を含んだか……)


 青年の前で膝を折り、その死に際を想っていると後ろからアコックに声をかけられた。


「これで用が済んだろう、早く出て行ってくれ」


「……何、そう急くな、お前さんに話しがあって来たのだ、ただの処罰目的ならこの建物ごと破壊すれば良い話しだからな」


「………」


 何か音がしたが、アコックが身動いだと思った。


「お前さん、儂と英雄になるつもりはないか?この際ピューマをくすねていた事には目を瞑ろう、それにだビーストの襲撃からあれだけ多くのピューマ達を守ったことにもなる、それならば」


 発射音、それから左胸に感じたことがない熱さが伝わり瞬時に何をされたのか理解した。


「……はっ、今さら英雄?こんな旨い餌をぶら下げて人を狂わせておきながら英雄だって?あんたの頭はどうなっているんだ、お人好しに興味は無い、リューオンと一緒にあの世で杯でも交わしていろ」


「そ、………れは、良いな………いい加減に、疲れていた………」


 アコックに撃たれてしまった、元からそうするつもりだったのだろう。何とも、予想していた死に際とはいともあっけないものだ。

 床に倒れた感覚もなく、周囲に意識が向いた時にはアコックの革靴が遠ざかっていくのが見えた。悔しさ、恐怖、安寧、もろもろの感情はなくただ、もう一目皆と顔を合わせたい、そう願った自分に心底驚いてしまった。儂を庇ってくれた教授、敵対した同僚、笑顔を忘れてしまった嫁に...走馬灯とは如何程か、安らぎではなくもどかしさに包まれた時に体がゆっくりと持ち上がった。



64.b



 うすら寒い思いをしていた、この街に展示されている絵画は摩天楼の屋内展示場にも飾られていたものと同じだったからだ。

 どうしてこんな物を鑑賞しているのか、それにどうして私がこんな所にいるのか、何もかもが不透明に進行していくこの世界自体に寒気を催していた。話しかけられる人もいない、グガランナも見当たらない。

 この不気味な建物に来る前は一人の青年の所に赴いていた、私から行った訳ではないが場面が様変わりして民家の前に立っていたのだ。その民家には怯えた青年と怒った民家の人がいて、テンペスト・ガイアさんが必死になって宥めているところだった。おそらくは最初に会ったあの男の子と青年を入れ替えて街に住まわせていたのであろう、それを実行したのがテンペスト・ガイアさん、そんな風に見えていた。

 明らかに異常な絵画を丹念に見ていた夫婦の奥に、無造作に積まれた絵画を見つけた。なるべく視界に入れないよう奥まで歩きその絵画を見やれば、景色を描いたものやある家族を描いたもの、それから三人の子供を描いたものがあった。その笑顔に包まれた子供達の中にアマンナと似ている女の子がいたので思わず会いたくなってしまった。メインシャフトに降りてから久しく顔を合わせていない、あの仮想世界で過ごした月日より長く感じてしまった。


(元気にしてるかな…街の復興で忙しいって言ってたけど……)


 面映い、あのアマンナが皆んなのために頑張っているんだ。甘えん坊で好奇心を優先して動く我儘なアマンナが私のいない所で人のために動いている、その事実に恥ずかしいような嬉しいような、少し置いてけぼりにされてしまった感覚になった。

 束の間、温かい気持ちに包まれていた胸に悲痛を誘う叫び声が外から聞こえてきた。いつの間にかいなくなっていた夫婦のおかげで外に出なくても中から様子を伺うことができた。あの民家で怯えていた青年が男性に追いかけられていたのだ。


『halp ma!』


「やめなさい!何をやっているの?!」


 人垣を分けて入り青年の前に立ったのはテンペスト・ガイアさんだった、きっとあの人は助けるつもりで入ったのだろうけど...青年とテンペスト・ガイアさんの前には息も荒く血走った目をした男の人が鉈を構えて立っていた、それに鉈には既に血が付いておりあの絵画を思わせるものがあった。見ていられない、昔の人はこんな事をしていたのかと愕然とした恐怖と忌避感を抱いた。グガランナに教わった通りの惨劇が、まるで喜劇のように受け止められているこの街から早く離れたかった。

 目を閉じた、閉じてしまった。人が人に殺されてしまうところなんて見たくなかったから、これは映像なんだと自分に言い聞かせて逃げてしまった。


「アヤメ、これが現実よ」


 ゆっくりと目蓋を開ける、ようやく終わったのかと安心したのが不味かった。


「?!」


 今となっては懐かしくも思える声に呼ばれて目蓋を開けてみれば、目の前にさっきの男の子が血だらけで倒れていたのだ。屋内展示場でも見たあの「祭壇広場」で、髪の色と同じように地面に黒い染みを作っていた。大きな焚き火の回りには無数の人が雄叫びを上げて、男の子の死体を前にして喜んでいるようだ。


「…………」


「前にも言ったでしょう?どうしてこんな事が起こってしまうのか、あなたなら分かるわよね?」


「どうして……私なんかに、こんなものを……」


「こんなもの、そうね、確かにこんなもの、けれどここにいる人間達が望んだ一つの「願い」であることに変わりはないわ」


「み、見たくなんかありません、それにあの調整ポッドはテンペスト・ガイアさんが置いたものなんですか?」


 焚き火の光を後ろから浴びているテンペスト・ガイアさんの表情は分からない、笑っているようにも見えるし悲しんでいるようにも見える。


「…そんな些末な事は置いておきなさい、私が苦心してもこの惨状を変えられなかった」


「……どうして私に……」


 その疑問だけが胸に強く残った。どうして私なんか見せたんだ。


「それはね、「願い」という残酷な一面をあなたに見せたかったのよ、人を想う心も殺意も同じ、それが「願い」として昇華されたなら善悪の垣根が無くなり人は神にも悪魔にもなってしまう」


「………」


「だから、私は根元を断ちたいのよ、「願う」意思が無くなればこんな事は二度と起こらない、そんな世界をあなたと作り上げたいのよ」


「それは……」


「駄目かしら、私では役不足?」


 つと顔を上げると一人の男性がこちらに視線を送っていた、私とテンペスト・ガイアさんの様子を伺うようにじっと見ていた。


「ほ、本当に他に方法はないのですか?」


「……と、言うと?」


「わ、悪い所だけ、その、無くす方法とか……」


「無いわ、人の良し悪しも善悪も全て同じところにあるから、だからどうしても根元を絶たないといけないの」


「……テンペスト・ガイアさんなら出来るんですか…」


「えぇ、私なら可能よ、こんな事も資源で争う必要もない世界を作ることが出来る」


 砂利を踏む音が聞こえた、私やテンペスト・ガイアさんではない。


「それはどうかな?黙って聞いてはいたけど、どうにも君は嘘臭い匂いがするよ」


「……?!」


 テンペスト・ガイアさんが驚いたように振り向き、信じられないものを見るように目を開いている。知り合いじゃ...ない?ならこの人は一体...


「……何をしているのこんな所で」


「ただの時間旅行さ、邪魔して悪いね、けど一つ言っておきたい事があるんだ」


「誰も発言を許可した覚えは、」


「僕が殺される前に止めに入ったのは君のような女性ではなく、男性だったはずだよ、名前は確か……ディアボロス、だったかな?」


 支離滅裂にも程がある。自分が殺される前の記憶なんかあるはずがない、それにこの仮想世界は千年…いやそれ以上の大昔のものだ。この人が話している内容はどこにも筋がない、だというのにテンペスト・ガイアさんは驚きから怒りへの表情と変わっていた。


「……何者なのかしら、名前を聞いてもよくて?」


「アンドルフ」


「!」


「アンドルフ・リューオン、とでも名乗ればいいかな、肉親だった人から付けてもらった名前にも愛着があってね、捨て切れなかったんだよ」


「………人間?まさかあなたは人なの?どうやって仮想世界に入り込んだの」


 薄く黒い髪をとんとんと叩いた。


「これのおかげでね、さぁこんな茶番は終いにしよう、はっきりと言って君の行動には反吐が出る」


 何もしていないのに辺りが瞬間の内に白く輝き何もかもが薄らいでいく。テンペスト・ガイアさんも遠のいていく気配がしたが、不思議と寂しさは無かった。早く、この世界から出たかったから。

 白く輝く世界で、アンドルフ・リューオンと名乗った男性が姿を現さずに声だけで語りかけてきた。


「お邪魔だったかな?けれど真実はきちんと伝えないとね、過去に僕達の仲を取り持ったのはディアボロスというマキナだよ、それだけは覚えておいて」


 それだけ聞いて、後は逃げるように意識を手放した。



64.c



「…………」

「…………」


 い、今のは...何?アヤメに近づいたあの男は一体何者なの?


「失敗に終わったと……判断していいのか、これは」


「……そう……なるわね、アンドルフ・リューオン?そんなマキナがいたの?」


「いや………しかし、どうやって仮想世界にアクセスしたんだ?あのポッドからアヤメが入ったように……いやでも何処から?」


 こんな事の為にシロナガスクジラ型のアーカイブデータを弄り、都合の良いように改竄された過去の仮想世界を構築したのにものの見事に邪魔をされていた。モニタリングしていた私達も何が起こったのか理解が出来ない。だが不思議と悔しくはなかった。


「調べて、あなたの権能ならタイタニスが構築したスタンドアロンにもアクセス出来るでしょ」


「それがね、前にやってるから攻性防壁を張られているんだ」


「は?」


「知らないのか?第三区での爆発事故だよ」


「………」


「アンドルフ・リューオン、これを手がかりに調べるしかないが……って何?」


「いいえ……何でも……」


 こいつ...自分の存在意義の為なら人殺しも平気でやるのか。私の白い目にも気付かずにコンソールに集中しているこいつと組まされるだなんて...


「はぁ…何だこのデータは……」


「あなたと同じように人でも殺しているの?」


 私の皮肉には応じず、表示された画面に視線を集中していた。


「……これはバグっているのか…どうして同じ名前をした人間が、元年から今まで生きていることになっているんだ?」


「世襲制でしょうよ、名前を受け継ぐのは地球時代にもあった習わしよ」


「いいや、バイタルサインまで同じだ、ディアボロスの奴はこんな異常まで気付けなかったのか?」


「は?」


「言った通りだ、アンドルフ固有の人体サインと言えばいいか?それが全く同じなんだよ、あり得ない」


 不死身、そう私の頭の中に言葉が浮かんできたがすぐに払い落とした。それではまるで...


「……マキナと変わらないじゃない」


「こいつは何者なんだ……」


「特定は?何処からアクセスしていたの?」


「第十九区からだ、それ以上は分からない」


「何があんのよあそこに……」


 ディアボロスが放ったウロボロスや、オーディンが新たに作り出した子機も向かわせていた場所だ。何故あそこで襲撃を打ち止めにしたのか、単なる偶然かと思っていたけど何かしらの目的があったように思えてきた。きな臭い、ハデスは己が権能を使ってディアボロスが管理しているデータにアクセスしているんだ、あの男がアンドルフという存在を知らない訳があるまい。


(ほんと……私の知らないところで皆んな好き勝手……)


 その時だった、青い海を揺蕩っていた決議場が盛大にひび割れてしまい、端の方から崩れていった。私達が並んで座っている席にまで亀裂が入り、あっという間に崩壊寸前まで壊れていく。


「な、何だ?!何でここが壊れるんだ?!」


「まさか、試験初号機のように暴走したの?!」


 ディアボロスのナビウス・ネットを襲ったように...いやでも何で?確かにあの機体は六階層で調整ポッドに入れず途中で朽ちたはずだ、そうハデスから報告を受けている。


「ハデス!本当に試験初号機は調整を受けられなかったのよね?!」


「あぁ!私と同じ色をした髪の女に邪魔をされてしまってな!」


 そう、やり取りをしている間にも崩壊が進んでいく。あの機体が原因でないならさっさとここからおさらばした方が身の為だ、素早く決議場からログアウトとしようと思ったのに!


「なっ?!」


「ログアウト拒否っ?!」


「いいことを教えてもらったわ、あなた達二人には心から感謝しています」


「?!」


「この声は……グガランナっ?!」


 ガイア・サーバー内に設けられた、誰でも(マキナに限る)入退室可能なネットが封鎖されてしまい、崩壊=ネット環境削除という一大事にあのグガランナの声が決議場に響き渡った。声だけだ、姿形は見えない。


「君の悪戯かな?!ここから出してもらえると嬉しいんだけどね!」


「グガランナ!洒落にならない事はしないでちょうだい!」


「プエラ…いいえ、プエラ・コンキリオ、唄を読む師匠であった貴女には心から失望しました、それとハデス、貴方にも、第三区の爆発事故を起こした張本人だったなんて」


「勘違い、していないかな、あれは全て上官命令だ、ここにいる司令官もそうさ」


「グガランナ、怒る気持ちは良く理解できるけど、さすがにこれはやり過ぎではなくて?このまま崩壊が進む中に居続ければエモートも無事では済まない!」


「そう?試してみればいいんじゃないかしら、その為のあの機体でしょう?最初っから私のアヤメを巻き込むために仕組んでいた事なのね」


「誰があんたのアヤメよっ!自惚れんなっ!」


「はっ!なら貴女のアヤメとでも言いたいのっ?!皆んなから逃げたくせにっ!今さらどの面下げて言うのよっ!アヤメがどれだけ悲しんでいたのか知っているのっ?!」


「………」


「アヤメだけじゃないわっ!ナツメだってそうよっ!貴女が居なくなって人目も憚らずに涙を流していたのよっ?!」

 

「………もういい、力づくで脱出するから、おいでフェミナトレイター、もう一度裏切りましょう」


 そっちがその気ならこっちだってその気になってやる!

 もう私達が立っている足場以外、すっかり崩れて海へ落ちていった決議場に灰色の機体が海面から召喚され瞬く間に高高度まで上がった、隣から「え?!助けてくれないの?!」と叫び声が上がるが無視する。


「そんなことより撃破が先っ!あんたもボサッとしてないで援護してっ!こんな所でくたばりたいのっ?!」


「いやそれはそれで有りかな…」


「くそマキナっ!心中したけりゃ一人でやれぇっ!」


「それ心中って言わなくないか?」


 付き合っていられない!

前の試験初号機の暴走で、各ネットの垣根が取り払われてしまった。本来敵性対として認識されるものは、その全てが排除される仕組みになっていた。互いのナビウス・ネット内では攻撃行動が取れないよう、厳しく監視と管理がなされていたのだ。だが、その垣根が無くなり残ったのは境目のない、各マキナが保有するナビウス・ネットが混濁した世界。つまりはやりたい放題、やったもん勝ちの何でもありの()()()だ。だからこうしてあのグガランナが私達を閉じ込めてみせた。きちんとシステムが動作しているなら、攻撃目的を持ったグガランナはここには来られない。

 大鷲をコンセプトにしてデザインされた愛機フェミナトレイター、背中の飛行ユニットから伸縮型射撃ユニットを周囲に展開して、グガランナが張ったであろう脳筋防壁を手当たり次第に撃ち抜いていく。羽のようにしなやかに伸びた銃口から火を吹き、青空が広がる空間に穴を開けていく。開いた穴から予想していた通りに電子海の海水と、


「イルカさぁあん!!イルカさぁんごめぇーん!!」


 私の愛機に撃ち抜かれてしまった無辜のイルカさん達が溢れ出てきた。


「絶対に……絶対に許さないんだからグガランナ!お友達の仇は私がうつ!」


「君しか攻撃していないと思うが……」


 今となっては気兼ねなく話せる貴重な相手なんだ!これでそっぽを向かれたら洒落にならない!


(洒落にならないことばっかりだっ!)


 なるべくイルカさんに被弾させないよう、空間に開いた穴を広げるように精密射撃に切り替えた。あの穴の向こうがグガランナのナビウス・ネット、あそこにさえ逃げ込めば仮想世界ごと消失するという悪夢のような惨劇を回避することができる。


「ハデス!私達の周りに脳筋防壁を展開させて!」


「脳筋?………あぁそれは皮肉か、承った」


 ハデスが操作する間もなく周囲に軍神印の攻性防壁が展開されていく。


「そんなおままごとが私に通用すると思って?マテリアル、エモートの修理を担当するグラナトゥムの前で良く出来たわね」


「うっせぇっ!」


 フェミナトレイターが頑張って逃げ出せるよう道を作ってくれている、被弾する度にガラス片が散るように空間が開けられ電子海の向こうに山を望むのどかな平原が見えていた。あそこに逃げ込めば...けれどグガランナが脳筋防壁を次から次へと打ち破っていった。


「不味い不味い!本気か?!君は本気で私達を抹殺するつもりなのか?!」


「抹殺?まさか、ただお灸をすえているだけよ、私の可愛いアヤメに手を出したならまだしも、人生まで大きく変えた貴方に大しては寛大にも思える処置だと思わない?」


「待ってくれ!十年前の爆発事故ではない!ここ最近さっ!確かにテンペスト・ガイアからちょっかいをかけろと言われたけどあの事故による死者はいないはずだっ!」


「え?」


「………」


「…ぐ、グガランナ?」


 グガランナの見えない圧力という名のシャチホコの群が脳筋防壁を食い破っていたが、その動きが止まった。それにあの間抜けに上げた声は本当にグガランナか?動きを止めたシャチホコを一匹ずつ丁寧にイルカさんが平らげていく、神!いいや我が友よ!嫌われてなくて良かった!


「行きなさいトレイター!壁を穿ってちょうだい!」


 ここが決め時と判断して、扇型に展開させていた伸縮型射撃ユニットを一点突破出来るよう全ての銃口を集中させた。愛機からデューテリウムとトリチウムの爆発的な核融合反応が起こり、射撃出力も太陽もかくやと言わんばかりに跳ね上げてグガランナ(?)が囲った決議場の電子壁に大穴を開けてみせた。


「ハデス!今のうちに!」


「あれ、助けてくれるのか?」


 あぁ...やっぱりカッコいい...フェミナトレイターは正面から見ると大鷲を連想させるように作ったのだがこれまた良い。大穴を開けてくれた愛機が真っ直ぐに私達の所へ降りてくる、翼を大きく広げ逆関節型に設計した脚部もまるで鳥さんだ。片手に私を乗せて、片手でハデスを鷲掴みにしてから穴へ向けて飛翔していく。シャチホコを平らげて満腹そうにしているイルカさん達も電子海へと帰っていった。


「逃げられるとでも?」


「はっ!グガランナだか偽グガランナだか知らないけどね!こっから出たもん勝ちなのよっ!」


 空へ向けて飛ぶ間にも声をかけてきた、それに余裕たっぷりと。


「どうしてわざわざこんな回りくどい手を使ったと思う?貴方達を抹殺するならそれこそ、気付かれないうちに済ませるのが道理でしょう?」


「嫌な予感しかしない……司令官!」


「もう……無理ぃ!穴に突入しまぁあすっ!!」


 言われてみれば!言われてみればそうだ!グガランナの目的は処罰ないし抹殺ではなく、捕獲!

 穴を抜けて飛び込んだナビウス・ネットは海景色から一転、のどかな平原部だった。花に囲まれた一人の女性を空から見かけたが、最後の悪あがきと逃げるように薄い青空の中を飛んでいく。しかし、


「いぎゃああっ!!!と、とととトレイターっ!あれ撃って撃って撃ってぇ!!」


 行く手を阻むように、ずんぐりとした胴体から生える二本の小さな触覚と六本の足、そして無感動に思えてならない暗黒色の瞳を持った巨大生物が真っ直ぐにこちらへ飛んできた。トレイターが素早く射撃ユニットを展開させて砲火を浴びせるが微動だにしない、そしてあの巨大生物からグガランナと思える声が発せられたのでパニックになりかけた。


「下手な真似はしないでちょうだい、大人しくしていれば危害は加えないわ、それともこの子と戯れてみる?きっと血だらけになると思うわ」


 さすがに降参した、あんなのとは戦いたくないし視界にも入れたくない。


「最初っからあれをけしかけておけば良かったんじゃ…?」


 敵か味方か分からない発言をしたハデスを睨め付けた後、巨大生物にトレイターごと食われてしまった。



64.d



「あんたがなつめで、こっちがあおら」


「そうだ、いい加減に名前を覚えろ」


「冷たいのがなつめで子供っぽいのがあおら?」


「お前、そんな風に私のことを見ていたのか」


「だってすぐに怒るから、なんか子供っぽいなって」


「私たちの名前は?」


 中型エレベーターの中でアオラと視線を合わせた。そういえば名前...いるのか?私の疑問にいち早く気付いたアオラが無遠慮に口にしていた。


「名前が必要か?お前達はこれから街で働くんだぞ、死ぬまで」


「えぇ〜やだぁ!」

「あおらをイジってる方が楽しい!」

「どうせまた黒い水飲まされるだけなんでしょ!」


 まだら模様の女の子が黒い水と言ったので気になった、それはカリブンの事ではないのか?


「何だ、黒い水って、そんなのがあったのか?」


「あったよ!マギールに連れて行かれてさ、やっと仕事ができると思ったのにただの水だったからげぇーしてやった!」


 話しかけられた女の子が私の手を取りぴょんぴょん跳ねながら一生懸命話してくれた...あれ、あんまり嫌われていないのか?三人に冷たい発言をされてから、やたらと人との距離に敏感になっていた私はそれだけ心が解されたような気持ちになった。いやというか、この子は仕事がしたかったんだな。


「君は働きたいのか?」


「そう!だからあの山ん中から抜け出してきたのに!皆んなと遊んでいるのも楽しいけどね!」


「この良い子ちゃんめ!」

「うらぎり者!」


「何でそんなに言われなくちゃいけないの!」


 また騒ぎ始めた三人の子供達をよそにしてアオラと今後について話し合った。聞けば五階層ではアヤメとグガランナが正体不明のポッド前で昏倒してしまったようだ。今すぐに向かうべきだがこの子達を連れて行くわけにもいかない、そう思っていたんだが...


「連れてきゃいいだろ、私らより鼻が利くんだから」


「人を動物扱いするなっ!あ、動物だった」


 「あっはっはっはっ!」と三人が笑い声を上げた、見ているこっちまで可笑しくなってくる。


「そう言うがな……大丈夫なのか?どんな危険があるのかも分からないのに」


「過保護過ぎる、こいつら見た目は子供だが中身は私らより年上だぞ?中層で何年生きていたんだって話しだ」


 まだら模様の女の子は私に懐いてくれたのか、寄り添うようにぴったりと引っ付いてつぶらな瞳を上向けている。


(確かに……間違いなく年齢でいえば私より歳上だよな)


 それにマテリアル調整ポッドも敵の襲撃で途中で止めてしまったんだ、もし最後まで稼働させていたら...どうなっていたんだ?年齢に合わせてよぼよぼになっていたのか?

 アオラは案外、マキナを敵視している割にはしっかりと見ているのかもしれなかった。



[あなた……いつの間にそんなに子沢山になっていたの……引く]


「ふざけるな、マテリアルをあてがったんだよ、痛部屋の仕返しか?」


[冗談よ、アヤメとグガランナは今も眠ったままだわ、早く保護してちょうだい、それと……あー…何と言えばいいのか……]


 再び戻ってきた五階層の街を階段庭園ではなく東へ、まだら模様の女の子改めフィリアに手を引っ張られながら歩いてティアマトと通信をしていたが、珍しく言葉を濁した。


「何だ?」


[その…えぇそうね、伝えておくべきね、マギールが行方不明になったのよ]


「放蕩しているだけだろ、あの酒好きが仕事三昧だったんだ」


[連絡が取れないのよ、不通になるのは異常よ、コールすらかからないの]


 声に出さないよう溜息を吐いた...全く次から次へと!問題を起こさないと気が済まないのか!


「?」


 フィリアに首を傾げられた、息が当たってしまったのかもしれない。


「アマンナ達は知っているのか?」


[え、えぇ…知らないのは未だ呑気に寝ているあの二人だけよ]


「はぁ……分かったよ、上に戻ったら私らも探そう」


 一言お礼を言った後にティアマトが通信を切り、はたとフィリアが歩みを止めた。


「何かいるよ」


「ん?」


「ビーストか?」


「ううん」


 フィリアの言葉に皆んなが怪訝に足を止めて周囲を探った、高い民間の壁を抜けて遠くに高い鐘楼と赤い屋根の街並みが見えている場所だ。手前には階段庭園前と変わらない街並みが続いているが...


「何か感じるか?」


「いいや、リコラ、臭いは?」


「すんすん」


「犬っぽい」


「犬だよ!」


 犬っこはリコラ、猫っこはリプタとアオラが名付けた。その二人も周囲を探るがとくに異変はないらしい。


「フィリアの勘違いじゃないの?」


「私たちの臆病さを舐めるな!」


 そんな事でイキってどうするんだ、まだらの模様が付いた耳を前に後ろに方向を変えて辺りを探っている。


「やはりいるのか?」


「うん、たくさん?……んん?一人?よく分かんないけど、私たちのことじっと見てる」


「怖いなそいつ、もしかしてさっきの奴か?」


「いやそりゃないよ、おれたちだってそれぐらいは分かる、違う奴じゃない?」


 リコラが頭の後ろに手を組んで、いかにも生意気な男の子っぽい仕草でアオラの疑問に答えていた。


「警戒するに越したことはないか、どのみちあの建物まで行かないとな」


「リコラ、お前は索敵をやってくれないか?」


「いいよー後で撫でてくれるなら」


「リプタはリコラに付いてくれ」


「おっけー」


 言うが早いか二人が連れ立って先を飛び出していった。


「大丈夫なのか?」


「平気さ、あの二人は足が早いんだから、フィリアはここで気配を探ってくれ」


「わかった!」


 アオラから頼まれたフィリアが元気良く答えて、泥縄で結成された人とピューマの混成部隊が動き出した。



「右の家!その奥!」

 

「報告は明瞭にっ!」


「ええっ?!あの赤い家!」


「全部赤いだろ!」


 フィリアの報告通り、建物の中から二発の銃弾を受けた。一発は私達より後方、もう一発は私の足元だ。


「ほらぁ!私の言った通り!」


「嘘を吐くなと言っているんじゃないっ!」


「いいからさっさと走れよ!」


 フィリアの勘は正しかった、赤い建物が並ぶ通りに差し掛かった途端に攻撃を受けてしまった。正体は不明、ビーストの鳴き声は聞こえない、それに虫らしき動きでもない。これは明らかに「人」の動きだった。まるで私達を街の奥へ寄せつけないように縦横無尽に隊を組み換え威嚇射撃を続けていた。こんな事が出来るのは、私が知っている限りでは奴らしかいない。


「防人ぃ!これは一体の真似だぁ!」


 私の問いかけに応えたのはさらに撃たれた一発の弾、私の声が街中に反響して伝わる中でも発砲音がよく響いた。


「悪く思うな同胞よ!我は与えられた名と使命を再びこの手にしたのだ!ならば!貴様らとの馴れ合いは終いにして主に仕えるのみである!」


 何処だあのくそったれはぁ...私達が威嚇射撃から逃げるようにして辿り着いた場所は市場のような所だった。木組みされた店舗が複数並び灰色の石畳、それから薄く色付けされた煉瓦で作られた建物と相まって素晴らしい眺めだった、こんな時でなければゆっくり観光したいぐらいだが、また後方から発砲音が聞こえ目の前のテントに穴を開けられてしまった。

 始末に負えない、相手があの素粒子流体を用いた攻撃を行なってきているので動きが読めないこともさることながら、何故私達に銃口を向けたのか、その真意が理解出来なかった。索敵に出していた二人が樹の影から素早く現れ、一つの店舗内に身を隠していた私達と合流した。二人、リコラとリプタが狭い空間に入った途端、不思議と甘い匂いがした。


「無事か?」


「見れば分かるだろ」


 生意気な瞳を私に向けて言い返してきた、こいつはこれが素なんだろう。デコピンしたくなったが我慢した。


「本体の位置は掴めたか?」


「何となく、リプタは?」


「何となく、変なくもみたいなのは見たよ」


「雲?もやがあったということか?」


「もや?……あーそんなカンジかな、もやもや、うねうね」


 黒い尻尾をうねうねさせている。


「どうする?このままジリ貧か?おそらく本体さえ何とかなれば、後の分隊は消えると思うが……」


 薄らと汗をかいているアオラが顎に手をやりながら考えている。


「その、素粒子流体を止める方法はあるのか?」


「知るかよ、原理すら知らないのに」


「本体って何?変な臭いがするやつのこと?」


 リコラがつんと上がった鼻をひくひくとさせてアオラの言葉に答えていた。


「何処にいた?」


「さぁ、臭いだけだったから……それより元をたてばいいんじゃない?」


「さんせー、その方がいいよ」


「?」

「?」


 隣に...いや、かなりべったり引っ付いているなフィリアの奴。皆んな商品棚より低い位置に身を屈めるようにしていたので、私の視界にフィリアのつむじが入っていた、それに腕を取って離れまいとしているようだ。


「フィリアは分かるのか?その、臭いとかもやとかの類いは」


「さぁ分かんない、気配なら分かるけど鼻や目が良いわけじゃないから、あ!音なら分かるよ」


「それは区別出来るのか?」


「そんなの無理、今私達の回りをぐるっとかこわれているぐらないなら分かる」


「「先に言えよ!」」


 私とアオラから突っ込まれて耳を下げた、そしてそれを見計らったように防人が良く通る声で降伏勧告を行なってきた。


「ナツメよ!ここで引くなら見逃してやろう!だが!これ以上踏み込むというなら容赦はしない!」


 商品棚の下から、中指だけを突き上げて出して見えるようにしてやった。


「誰が引くかこの裏切り者めっ!」


「裏切り者ではないっ!我が主アンドルフ様に仕えしはイエンなり!貴様らの街を主の命により救いし者の名だ!」


「ついに気でも狂ったのか?何を言っているんだあいつは……」


 街を救っただなんて、まるでビーストの襲撃から守ったような言い方だ。


「防人!何故私達の邪魔をするんだ!アヤメとグガランナを迎えに来ただけだ!」


「防人と呼ぶでない!我の名はイエンだ!」


「どうでもいいんだよ防人!」


「お前が先に防人って言ったんだろ!」


「防人と呼んだのは仮初の主だ!これ以上馬鹿にするならば出るところに出てもらうぞ!!」


 「それは裁判の話しなのでは?」とアオラが小声で突っ込んだのを聞いたのか、堪忍袋の緒が切れてしまった防人一味が総攻撃を仕掛けてきた。弾丸が横殴りの雨のように襲いかかり、私達が隠れている店舗を穴だらけにしていった。


「うわうわっ」

「あぶないあぶない!」

「べー!べー!」


「あいつ…急にイキりやがって!」


 結局それなんだよな、あいつがどれだけ威丈高にものを言おうが見下してしまっている自分がいた。クマと模擬戦したり私らと談笑したり、そんな様を見た後に偉そうにされても「は?」としかならない。だが、このままでは埒が明かない。


「おいアオラ、リコラ達に賭けてみるか?元を断つという話し」


「同じ事を考えていたところだ、いけるか?」


 ぐっと親指を立てて二人が身を屈めたまま店舗の中から素早く出ていった。


「フィリアはここでいいのか?」


「………」


 無言で頭を縦にぶんぶんと振っている、余程私の隣が気に入ったらしい。


「聞こえているなナツメよ!ここから先は我らの聖域なり!主の許し無く立ち入りは一切認めない!」


「下の階層はどうなったんだ!見ない間に鞍替えするとは見下げた忠誠心だなぁ!」


「かの地は我らのものでなし!仮初の主が守護する場所にて!今日まで守りしこと褒められこそすれ蔑まれる謂れはない!」


「いいから続けろっ…」


「あー…お姫様もお前らに捨てられて今頃泣いているだろうよっ!何とかイエンっ!」


「仮初の主は成すべき事の為にと旅立たれた!我ら再びの使命にも涙を流してくれたわ!」


「お姫様の成すべき事とは何だ!早くイエンっ!」


「己が使命を仮想世界から救い上げることだっ!」


 可笑しな言い方をするアオラを、最初は眉を寄せて見ていたフィリアもただのダジャレだと気付いて下を向き肩を小刻みに震わせ始めた。

 防人との問答はただの時間稼ぎ、向こうはこちらを殺すのが目的ではないのだろう、言った通りにすれば見逃してくれるだろうがそうもいかない。何とかあの二人が元を絶ってくれるなら...なんだが...

 一頻り笑い終わったのか、フィリアが小さな口を開けて声を出さずに息を整えている。


「…元を断つって何か分かるか?」


「うぅえ?あー…うんまぁ、口で言うの難しいけど、マギールは無理だけどアマンナとかだったらいける」


「?」


 なぞなぞか?

頭を捻りそうになった時、さらに痺れを切らしたのか防人改めイエンがあからさまな挑発行動に出た。潜ませていた分隊をわざと私達に見せるように前へ出させてあの日見た槍を構えさせた。


「降参か否か!命までは取らない!だが!無傷で帰す訳にもいかん!」


「やっこさんは本気みたいだな、浮かされてやがる」


「ど、どうするの?」


「私が出よう、お前達はここにいろ」


 強く握られたフィリアの手を離して店舗から私だけが姿を奴らに見せた、穴だらけになった店舗からでも分かる、分隊の数はざっと十数人はいる。


「他に隠れている者もいるであろう!その数は五!」


「ちっ」


 ちゃんと見ていやがったのか。


「さ、イエン!お前の目的は何だ!」


「言ったはずだぞ、主の命を守ることだと」


「それがここなのか?ここには何があるんだ?」


「時間稼ぎも大概にしろ、撃て!」


 発砲音と共に、足に激痛が走った。


「ナツメ?!」


「……………っ」


 ...賭けに負けたか?奴らの素粒子流体は健在のようだ、しっかりと右足に被弾して赤い血が流れていた。


「いい加減にしろぉ!」


「馬鹿よせフィリアっ」


 撃たれた足を庇うようにして座り込んでいた私のすぐ横を、草色の髪が優しく頬を撫でてから前へと踊り出た。お尻にはちょこんと生えた尻尾を立てて、イエンとの間に割って入るようにフィリアが立った。


「またそうやって人を傷付けて!何がしたいの!」


「退け、動物の子よ」


「退くわけないよ!前にも草原に住んでいた人達をたくさん傷付けたくせに!」


「…何の事だ、出鱈目なら間に合っているぞ」


「とぼけるな!こっちは全部覚えているんだぞ!皆んなそれが怖くなって山奥まで逃げていったのに!もうこれ以上私たちの居場所をうばうな!」

 

「貴様はピューマであろう?マテリアルを有したからといって図に乗るなよ、お前達の居場所は草原だろう」


「なわけあるか!私たちの居場所は「人の隣」なの!この大うそつきめ!」


「放て!聞くに絶えん!」


「フィリア!」


 分隊が構えていた槍のトリガーを引いて、仕込み銃から弾丸が放たれた、真っ直ぐにフィリアへ殺到した...かと思われたが、着弾する直前に()()のように霧散してしまった。ぎゅっと目を閉じていたフィリアに傷一つ付いていない。そして次に起こった異変が、イエンを残して他の分隊が弾丸と同じようにもやとなって瞬時に消え失せていたのだ。


「なん?!」


「これは?!」


「まーにあったぁ!」


 フィリアの言葉と喜びように瞬時に理解はしたが相変わらず理屈がさっぱりだ、だがおけで周囲に展開していた分隊が消えて、イエンだけがその場に残った。


「貴様ら!一体何をしたのだ!」


「元をふさぎにいっただけだよぉ!ざまぁみろ!」


「何?!」


 驚くイエンをよそに、アオラがアサルト・ライフルを構えて銃口を向けて私が援護を受けて駆け出した。よく見やれば手持ちの槍すら消失しているではないか、駆け出した私を見てイエンも身構えるが遅い。そのイキった根性を叩き直してやろう!


「ふん!」


「うぐぅっ?!」


 手加減無しでアサルト・ライフルのグリップで殴り付けた、態勢を崩したイエンに足払いをかけその場で昏倒させて身柄を押さえてやった。


「おらぁ!お得意の主様とやらに助けでも求めてみるんだなぁ!散々邪魔しやがって!この足は高くつくぞ!」


「ま、待て!我らにも正当な理由がっ」


 力なく抵抗しているイエン、本当に何かしらの事情があるのは察するがさすがに足への攻撃は見逃せない。もう一度グリップで殴って動きを封じようとした時に、最後の異変が起こった。


「あ?」

「え?」


 間抜けに声を上げる二人に、イエンに跨ったまま視線を上向けば、通りの向こうからリコラとリプタが泣きながら走ってくるではないか。


「助けてぇー!」

「いやぁー!!」


 そのさらに後ろから一つの影が、誰かを背負って二人を追いかけているように見えるがあれは...グガランナっ?!


「グガランナっ?!平気なのか?!」


 いやでも様子が変だ、背負われたアヤメの頭が振り子のように揺れるのは分かる、まだ意識が戻っておらず首がすわっていないのだ。だが走っているグガランナも同じように振り子のように頭が揺れているのは何故なんだ?


「……………」


 それに無言の超ダッシュ、アヤメを背負っているのにあのリコラ達に追いつきそうになっていた。はっきりと言って、


「怖っ!グガランナがついに壊れたっ!」


「助けてぇ!何あの人ぉ!」


「イエン!貴様の仕業か!」


「知るかたわけ!」


「アオラぁ!アオラぁ助けてぇ!」


「みぎゃああ!!」


 リプタに追いすがる直前に急停止、イエンに馬乗りになった私の横をリコラとリプタが通り過ぎて背中に隠れた。当のグガランナは地面に真っ直ぐ立ち、頭をだらんと後ろに倒れさせていた。

 

「怖っ!」


 私も率直な感想を述べた後、何故かアマンナから通信が入った。


[な、ナツメ……あ、後は、よろしく……もう、限界………]


「あ、アマンナか?!」


 力尽きたようにアマンナが話した後、グガランナがゆっくりとその場に崩れ落ちていった。

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