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第六十二話 パペット・パペット・パペット

62.a



「だから、私はメインシャフト内にいると何度も言っているだろ!」


[まぁ…そうだよねぇ、それに男の子二人が喧嘩してたし……]


「そんな事より街は?!どうなったんだ!マギールから襲撃の話しを聞いたっきり連絡も報告もないんだよ!」


[あ、もうビーストは大丈夫だよ、街は…………ごめん、そこまで守れなかった…]


 浅く息を吐き出してから、インカムの向こうで声を落として報告してくれたアマンナに言葉をかけた。心情とは裏腹に、仮想展開型風景の日差しを受けた梢の影が、胡座をかいた芝生に落とされ清涼さを与えていた。


「良い、全滅を免れただけでも大したもんだ、お前も平気なんだろう?」


[うん、まぁ…でも…]


「なら上出来じゃないか、お前が自棄を起こして帰らぬ人になってみろ、それだけで悲しむ人間は少なくともここにはいるんだ」


[え?わたし死なないんだけど]


 せっかく言葉を選んで励ましているのに何だその返しは。私から返事が返ってこないことに慌てたアマンナが言い訳を捲し立てた。


[あ!うそうそ!ありがとう!まさかナツメに励まされるなんて思わなかったからマジレスしちゃったよ!]


「はぁ…まぁいい、それでお前は今どうしているんだ?」


[マギールにこき使われてるとこ、さっきも五人くらい家に届けたし、今から瓦礫の撤収作業に行くところ、テッドもスイちゃんも飛びっぱなしだよ]


「すまないな、私達もそっちに戻り次第復興作業に入るよ」


[うぃー]


 ふざけた返事を受けて耳からインカムを取った、まぁあの返事ができるということはまだまだ本調子ということだろう。そう、思うことにして私が座っている公園の芝生から周囲を見回した。

 垂れ下がった梢の隙間から、古い街並みが眼前に広がっていた。五階層に到着してから木と石で出来た民家を縫うように歩き回り、赤い瓦ぶきのL字型の民家を通り過ぎ、同じ造りをした変わった建物の通りも抜けて、やたらとアヤメ達が「洒落おつ!」と騒いでいた花の模様に組まれた石畳も歩いて、民家の壁に挟まれた細い坂道を登り切ってここまで歩いて来た。十段近くはある階段庭園(命名アヤメ)の一番下の段、私のすぐ近くには小さな川も、梢の影と同じように涼しげに流れる音を奏でながら流れていた。


「ナツメぇー、ナツメぇー」


 ヤギか。


「羊飼いなら向こうだぞぉ」


 階段庭園の上から、間延びして馬鹿っぽく聞こえるアヤメの呼ぶ声が聞こえてきた。手には何やら抱えており、その後ろには眩しそうに目を細めて景色を堪能しているグガランナと、短いくせに鬱陶しそうに髪を払っているアオラが会話しながら階段を降りてきているところだった。


「は?」


 私が休憩してい芝生まで歩いてきて開口一番、そう言った。


「それは何だ?」


 アヤメも、風でなびく前髪を耳にかけながら手にしていた物をどさりと芝生の上に置いた。見やれば、頬も耳も薄らと上気していた。余程遠い所まで探索に出かけていたのだろう。


「分かんない、壺っぽい」


「こんなのどうやって上まで持って帰るんだ、割れたらパァだぞ」


「そんなに言うならナツメが行けぇ!」


「まぁ、いい、お前達に報告すべき事があるんだ、そこに座れ」


 アヤメに遅れてやってきたアオラとグガランナも、軽く息を切らしていた。


「何だいきなり帰って早々、休ませてくれよ」


「お話しというのは?言っておきますけどアオラとは何もありませんでしたからね!たまたま!アヤメが先を歩いていただけのことで!」


「いいから座りなさい」


 アヤメに叱られたグガランナが大人しく芝生に座った。



「は……街は……街はどうなったんだ?!」


「半壊、といったところか、アマンナからそう報告を受け取っている」


「そんな…どうして今まで黙っていたのさつ!」


「私もここまで被害が拡がるとは思っていなかったんだ!…………すまない、考えが浅すぎた」


「ディアボロス達はそこまでして……」


「悪い、もう私は下りるぞ、次何かやったんなら絶対に容赦しない」


 涼しげな梢の下でアオラがその目に決意を宿し、拒絶と共に言い切った。


「下りるとは?」


「マキナと手を組む事さ、相手が誰だろうと街に住む人達を優先して動く、そういう意味だ」


「ねぇアオラ、そんな言い方しなくても良くない?まるでグガランナまで勘定に入った言い方は、」


「そのつもりだよ、私はグガランナよりお前を優先する、下手な馴れ合いは判断が鈍る、グガランナだってディアボロスの事はよく知っているんだろう?」


「えぇ、まぁ…」


「お前は同じマキナとアヤメ、どっちを選ぶんだ?」


 それは愚問ではないのか?


「…………」


 予想に大きく反して、あのグガランナが答えを窮していた。また何か良からぬ企てでアヤメの気を引こうとしているのかと邪推したが、そうではなかった。


「アオラ、私の前でこんな話ししないで、グガランナが可哀想だよ」


「ごめんなさいアヤメ、私はやっぱり、その、マキナだから…手放しであなたを守るとは言い切れないわ」


「………」


 とても苦しそうに眉を(ひそ)みて答えた。アヤメも、グガランナの様子に少なからず傷付いたように顔を歪ませていた。


「なら、ここにいる理由はないな、特産品を回収する話しもおじゃんなんだろ?」


「あぁ…すまないが、向こうがそれどころではなくなったからな、壺っぽいのは私が元の場所に戻しておくよ」


 車座になってカーボン・リベラの惨状を報告していた、その中央にアヤメが回収してきた壺っぽいのが置かれていたので取手の部分を握って持ち上げると、小気味良い音が鳴り取れてしまった、取手が、取手なのに。


「…」

「…」

「…」

「…」


 取れてしまった取手を矯めつ眇めつしてから、不思議な光沢があるなと感心しながらもう一度取手を戻そうと試みた。


「何やってんのナツメ」


「いや、引っ付くかと思ってな……」


「グガランナ、これ直せないのか?」


「何故私なの、マキナでも無理なものは無理よ」


「つっかえ」


 アオラの無神経な一言に、温厚なあのグガランナが猫パンチで猛攻撃を仕掛けていた。


「この!このぉ!言って良いことと悪いことの区別もつかないのっ?!」


「痛っ!止めろ!思ったことを口にした!だけだろっ!マキナのくせに!壺一つ直せないのかっ!」


「マキナが何よっ!なら!壺を直せるマキナを連れてくればいいでしょっ!」


「知るかよっマキナの連中なんざっ!そんなクソみたいな知り合いはお前だけで十分なんだよっ!」


「アオラっ!!!」


 遅かった、猫パンチから服も掴み合って顔に余裕がなくなったあたりで止めておけば良かった。グガランナとアオラの取っ組み合いで騒がしかった公園に静けさが満ちて、川のせせらぎしか聞こえない。グガランナの顔が見る間に崩し瞳を潤ませたところで立ち上がり、逃げるようにこの場を去っていく。アヤメがアオラに中指を突き立ててからその後を追った、遠くからグガランナの名を呼ぶ声が聞こえ、アオラが大きく息を吐き出した時にもう片方の取手を掴んで壺を持ち上げ馬鹿たれの頭に振り下ろした。


「おんま………いっつぅ………」


「クソはお前だよ、その痛みがお似合いだ」


「…………」


「ま、黙って見ていた私も私だがな」


「ならその壺を貸せ」


「貸して欲しければ仲直りしてこい、ガキじゃないんだ」


「誰が…相手はマキナだぞ」


「グガランナに、謝ってこいと言っている、勝手に「マキナ」という括りで見て暴言を吐いたのはお前だ、何故か分かるか?ん?クソだからだよ」


「…………」


「グガランナのあの泣き顔を見て何とも思わないなら勝手にすればいい、だが金輪際私達に近づくなよ」


「わぁったよっ!!」


 それだけ吐き捨てるように言ってから、アオラも立ち上がり庭園の階段を登っていった。

 それだけ、街の襲撃はアオラに影響を与えてしまったという事なんだろう。つい今し方仲良く話しをしていた相手にすら唾を吐かずにはいられない程に。そんな私達に太陽の光は勿体ないと言わんばかりに、見計らったように曇り空が現れてようやく心情と景色が一致した。



✳︎



 アマンナの言葉を借りるなら「アンポンタン!」そんな文句でも到底言い足りない程に私は怒っていた。勿論アオラに、それに...


「グガランナ!待ってってば!」


 階段庭園を抜け出したグガランナを追いかけていくが一向に止まってくれない、小さな庭園を走り過ぎて細い坂道を下っていく。さっきはあんなにアオラと一緒になって綺麗だと褒めていた花の石畳を踏ん付けるようにして駆けて、途中で右に勢いよく曲がっていった。初めて通る道だ、高い民家の壁には同じ格子窓が取り付けられて一瞬だけ前を走るグガランナの横顔を映し出した。


「グガランナっ?!」


 民家も通り過ぎて綺麗なステンドグラスで彩られた教会の前を通りかかった時、晴れていた空に灰色の曇を見かけた、それに湿っぽい臭いも鼻についてきたので雨が降ろうとしてるのが分かった。


「グガランナっ!」


 もう一度名前を呼ぶと、さすがに観念したのか体力が尽きてしまったのか、徐々に走るスピードを落としてようやく立ち止まった。長い距離を止まらずに走っていたので胸の奥が痛み、喉もからからに干上がってひりひりとした痛みもあった。膝に手をつき喘ぐように息を整えているグガランナに追いつき顔を覗き込むと、やっぱり...


「あや、あや、アヤメに、はぁ、ここまで、追いかけ、られるなんて、んぐっ、はぁ、夢を、見て、いるようだわ!」

 

 胸は痛んだが、まだ体力に余裕のあった私は間髪入れずに言ってやった。


「なんなら本当に見せてあげよっか?んん?人の心配を何だと思ってるのっ!!」


 無防備にも後頭部を晒していたので、遠慮なく力任せにチョップをかましてやった。「これもご褒美ぃ!」とか何とか懲りずに喚くグガランナを、少しだけ寂しく思いながら降り出した雨から逃げるように近くに建っていた大きな建物に避難した。門を超えてもまだ玄関に辿り着けない庭には腹を立ててしまった。



 雨宿りに使わせてもらっている建物はとても広かった。扉を開けてみれば真っ赤な絨毯に立派シャンデリアがお出迎えしてくれて、左右に伸びた通路は角で折れ曲がり向こうまで続いているようだった。


「………ふぅ」


「平気?何か拭くものでも探してこようか?」


「そんなものは要らないわ、私はマキナだから風邪なんかひいたりしないもの、それよりアヤメこそ早く拭かないと風邪をひいてしまうわ」


「…………うん」


 今さら、「マキナ」を強調しなくても。グガランナはお姫様と出会ってから表情が、今空を覆っている雲のようにかげることが多くなっていた。私の前では何でもないように振る舞い、視線を外すとすぐに眉を曇らせている。


(何かあったんだろうけど……)


 何も言ってくれない。私の事を好きだと慕ってくれる割には、胸の内を曝け出すことがあまりなかったと、今さらになって思い知らされてしまった。必要無いと言っておきながら、濡れた服の水滴と髪の毛を無造作に払い私を頼ってくれないグガランナの背中を遠くに感じてしまった。子供扱いされている、そう、強く思った。

 シャンデリアの煌びやかな明かりに照らされた奥の扉から人の気配がした、グガランナもそれに気付いたようだ。私に目配せをしたきたかと思えば扉が一人でに開き、中から長身の女性が現れた。


「お帰りなさいませお嬢様方、こちらをお使いください」


 その女性はアオラと同じように、宝石のように透明な赤い色の髪をしており一本に束ねて後ろに流していた。服装はタキシード、それに裾が広がるように長いのでテイルコートを着用しているようだ。さらにその腕には二枚のタオルが掛けられていた。


(この人どこかで……)


 初めて会うはずなのに既視感に戸惑っていると、グガランナがゆっくりと、まるでばったり会った友人に声をかけるように名前を呼んでいた。


「ハデス、どうしてあなたがここにいるのですか?」


「いや何、ただの気紛れさ、それに君とは一度他所で話しがしたかったものだから抜け出してきたんだ、迷惑かい?」


「いいえそんな事はありません、そのタオルを貸していただけるのかしら」


「勿論、お好きにどうぞ」


「アヤメ、これを使って」


「…………」


「アヤメ?」


 ふんだくるようにタオルを手に取った。


「君か、アヤメという子は、マキナの間で噂になっているよ」


「どうも」


 自分でも驚く程に、曇天から降る雨よりも冷たい声が出た。


「これは、お邪魔だったかな」


「邪魔している自覚があるなら早く帰ってください」


「アヤメ、そんな冷たい言い方しないでちょうだい、ハデスは私達を思ってタオルを用意してくれたのに」


「あっそう、仮想風景を弄ってわざと降らせたんじゃない?間が良すぎるよ」


「そんな事はないよ、君達がこの屋敷に現れたのを見てこっちまでやって来たんだ」


「なら、ハデスのその姿は……」


「あぁ、ただの仮想投影さ、原理は言わずもがな、ってやつかな」


 つまりは防人さんと同じ、と言いたいのか。何なんだ、何なんだこの人は。どうしてそんなにグガランナに近付こうとしているのか。私が、


「悪いけど、君の言うお姫様についてはこちらで調べさせてもらったよ」


 その言葉にグガランナが食いついた。私なんか眼中にないと言わんばかりに。


「……何か分かったのですか?」


「あぁ、その報告もかねて君と、話しをしに来たんだよ、少し時間をもらえるかな?」


「え、えぇ…いいかしら?アヤメ」


「いいよ、その代わり私も一緒に聞くから」


 君と。ハデスと呼ばれた人はアオラとは似ても似つかない、腹の中に悪い虫を隠したかのような人だった。君と、はっきりと発音して私を拒絶するその言い方が気に入らなかった。


「…ハデス、それでも構いませんか?」


「あぁ、いいさ、お好きにどうぞ、君が望むままに応えよう」


 むっきー!何だその言い方ぁ!お澄まし顔のハデスを見ていると無性に腹が立ってくる!それに最初にグガランナと仲良くなったのはこの私なんだ!大事な時に出しゃばってくるなぁ!



62.b



 古い民家の狭い部屋の中でアオラと雨宿りをしていた。庭園に続く細い坂道の途中にある民家だ、細長く隙間に無理やり建てたような構造をしているので、入り口も階段も天井も低くまるで自分が巨人になったような感覚になっていた。

 小さな家のリビングから窓向こうを見やれば未だ雨は降り続けていた。アオラも同じように曇らせた瞳を向けて徐に口を開いた。


「先に降りるよ」


「それはさっきも聞いたぞ」


「違う、六階層にだ、私がマテリアル・ポッドを回収しに行く」


 タイタニスか防人のせいかは知らないが、元々の計画では六階層、五階層と経由した後に上層の街へ戻る行程だった。それがあの弾丸ライナーが狂ったのか、元から六階層に配管が繋げられていなかったのか、五階層の居住エリアの端に到着してしまったのだ。それならば、先にマギールの使いを果たそうとアヤメ達が探索に出かけた間に、アマンナから街襲撃を詳しく教えてもらっていたのだ。


「…………」


「何だよ、いいだろ別に、私なりのあれだよ、ほら、な?」


「はぁ……グガランナには連絡しておくぞ」


「あいつ怒ってると思うか?」


「どちらかというとアヤメだな、ビーストを見る目と同じだった」


「………」


「グガランナは怒るよりも悲しんでいるように見えたぞ」


「はぁーっ、いやまぁ、あ〜………」


 罰が悪そうに下を向き、頭をがりがりと掻いていた。


「禿げるぞ」


「もう禿げてるよ」


「お前、その髪はスイを助けた時に切ったものなんだろう?」


 丸い小さな机に頬杖を付きながら綺麗なガラス細工を矯めつ眇めつ、アオラと話しをしていた。


「スイには体を張って、グガランナに八つ当たりをした理由は何だ」


「………」


「聞いてんのか?」


「"イカレぽんち!"」


「……なんだと、このくそったれぇ!!人の気も知らないで暴言吐くとは良い根性しているじゃないかぁ!!」


「なっ?!待て!私じゃないっ!!」


 窓向こうから「わぁー!」と何やら叫び声が、急いで小窓から顔を出すと雨が上がった通りに光る三つの玉がふわふわと、坂道の向こうに消えていくところだった。あれは確か...


「クマこん……?」


「は?」


 アオラの冷たい視線を無視して、細い坂道を下った先を見やる。あれは確か、十階層でマテリアルが大破し仮想領域に繋がれたクマの姿に似ているものだった。そして、角の民家からひょっこりと光の玉が現れて「イカレぽんち野郎!」と叫んでまた隠れてしまった。どうやら私達に喧嘩を売っているらしい。


「行くぞ」


「は?何んだ?ちゃんと説明してくれないか」


「アヤメに聞いてくれ」


「お前に聞いてるんだよ」



 ふわふわと漂いながら三つの光は、私達を誘うように隠れたり文句を言ったりを繰り返していた、さすがにアオラも向こうの正体には気付いたようで街の広間までやって来た時には息せきを切りながら、髪の毛同様顔を真っ赤にしていた。


「おらぁ!文句ばっか言ってないでかかってこいよぉ!」


「"イカレぽんちが怒ったぞぉ!"」

「"逃げろぉ!"」

「"撃てるもんなら撃ってみろぉ!"」


 街の広間前に建っていた豪華な扉の奥へ「やぁー!」と消えて行った。雨はすっかり上がり、古い街並みに、何のわだかまりもない透明な滴を落として雨雲が去っていった後だった。滴が私達には見えない太陽の光を受けて反射し、輝いているように広間が見えていた。


「何なんだあいつら!逃げてるわけでもないし!」


「誘っていたとしか思えんな、ここにも仮想領域が展開しているのか?」


「さぁな!防人は向こうに置いてきちまったし確認のしようがない、誰が展開なんかさせているんだ」


「知らん……それにあれはピューマのエモートだろう」


 光の玉、と言っていたがその実特徴付ける耳や尻尾が微かに見えていた。丸いボールに耳と尻尾が付いたような、そんな見た目をしていた。


「お前も随分とマキナ臭くなったな、怪我をしても赤い血が流れるか疑わしいもんだ」


「………」


「何だよ、事実だろ?エモートだのピューマだの、少し前までは私と一緒になって怒っていたじゃないか」


 ...それが理由なのか?いや違うだろう、それはただ間接的なものでしかないはずだ。


「おいなぁ…私はお前の拗ねた顔なんか見たくないんだが…」


「………何?」


「アオラ、お前は……」


 私が馬鹿たれに説教しようとした刹那、ピューマ達が逃げ込んだ扉が内側から大きく放たれて中から...中から..........


「え?」

「え?」


 十階層で撃破したはずのあの敵が、五体満足ぴんぴんになって出てきた。それだけならまだいい。光の玉となって仮想領域に繋がれたピューマがその敵を使役していたのだ。


「"とっちめろぉー!おれ達を撃った恩をここで返してやるぅー!"」

「"それを言うなら仇だよぉー!"」

「"行け行け行けぇー!"」


 窪んた眼にピューマの光の玉が二つ(二体?)入り込みちょうど目のような輝きを放ち、額から伸びた角の先端にもう一体のピューマが乗っかっていた。


「いやいや、たんなるかそっ」


 馬鹿にしたように肩を竦めたアオラを、骨だらけの太い腕がお腹を捉えて宙へと打ち上げてみせた、綺麗な放物線を描きある民家の窓を突き破って中まで飛んでいってしまった。


「良い薬なっただろ、これですこっ」


 ...あれ、どうして私まで宙を飛んでいるんだ?



✳︎



「………………………………………」


「どうかしたのですか?」


「……………あ、あぁいや、何でもない」


 何が...起こっているんだ?何故、ここに隠した試験初号機が起動しているんだ。グガランナと会話をしている最中、突然起動したとメッセージが届いて驚いてしまった。顔に出さないよう務めるのに精一杯だ。

 アヤメ。前に一度、ティアマトが創造した仮想世界内で顔を合わせた時よりも明らかな敵意を持って私を見ていた、私()()ではないだろう、あからさまなコンタクトに警戒しているのが手に取るように分かる。勘の良い人間だ。


(いや待て、そんな事よりも何故起動したんだ?予定にないはずだ……)


「どうかしたんですか、さっきから様子が変ですけど」


 拗ねているように唇を尖らせながら、疑う事を知らない青い瞳を真っ直ぐに向けてきた、その瞳に晒された私は彼女に少なからず嫉妬してしまった。


「君があまりにも見つめてくるからね、動揺しているんだよ」


「ずっと窓の外を見ていましけど」


「アヤメ、さっきから様子が変よ?ただ、ハデスと話しをしているだけじゃない」


「グガランナこそ、こんな所でお喋りを楽しんでいていいの?」


「楽しんでいないわ、そんな風に見えるの?」


「えーそうかなぁーさっきから口元がニヤニヤしているように見えるけど気のせいかなぁー」


「…アヤメっ、私はただあいそ………」


 二人が私をよそにして耳打ちで会話を始めたので良い箸休めだと思い、今のうちに原因を調べることにした。()を展開させる為に持ち出した試験初号機が何故、テンペスト・ガイアの許可も無く動き出したのか、隠していた場所は五階層広間の美術品保管庫、そこから移動を開始して街中を走り回っているようだ。


(誰だ?誰がこんな事を…まさかあの司令官か?)

 

 あれほど好いていた人間達から別れたんだ、何かしらの未練でやったにせよ行動が不可解。それにあの試験初号機は別に目的があって製造されたものだ、このままでは不味い、大いに不味い。


「ハデス、話しの続きをお願いしても良いでしょうか」


「あ、あぁ、もういいのかい?あまり納得していないようだけど」


 変わらずアヤメは私を睨むように見ている。


「構いません」


「いや、グガランナに聞いたんだけど……まぁいいか、お姫様については……」


 腰をかけていた椅子の背もたれに身を預け、足を組み換えた時に試験初号機から三つの反応が現れてさらに焦った。


「…お姫様については、身元不明、そう調査結果が出た、誰が作り上げたのか一切分からない」


 三つとは何だ、誰かが遠隔操作しているにせよ、エモート・コアの反応は一つのはずだ。


「身元不明とは……つまりガイア・サーバーに記録が無い、ということですか?」


「あぁ、それについては本人も発言していたけどね、「カオス」と名付けられたサーバーだが……」

 

 エモート・コアの反応が三つ、さらに誰か追いかけているようだ。半分だけ同期させた視界には黒い髪をした女の背中が視界に入っていた。意味が全く分からない、何だこの状況は?


「だが?何ですか?」


「…そのサーバーについても、不明、という結果が出たんだ」


 私の曖昧な言葉にアヤメがすかさず割り込んできた。


「何ですかそれ、結局何も分からないってことですよね」


()()()()()というのが何よりの問題なんだよ、このテンペスト・シリンダーではその全てが管理されてタグ付けされてアーカイブされる、それらの管理網から外れた存在は存在し得ない」


「なら、私のことも管理されているんですか?」


「あぁ、ディアボロスという生存種を把握しているマキナによってね」


「……………」


「せいぜい分からないとすれば、君が私に対して敵愾心を持っていることぐらいさ」


「……つまりはスリーサイズなら分かると……」


「……うん?」


 今、何て言ったんだ?いやその前にまた動きがあった、試験初号機の一部が破損している、エラー音が脳内に響き渡っていた、視界データを遡ってみれば黒い髪をした女だけではなく、私と似た赤い髪をした女が死角から銃で攻撃したようだった。被弾した箇所は脚部、まだそこまで重要な部分ではないが、破壊されてしまうのは時間の問題だ。いよいよ私は焦ってしまった。


「…グガランナ、ふざけるなら今すぐに帰るよ」


「おほんっ、そ、それでハデス、お姫様について他に何か分かったことはありますか?」


「……うん?あぁ、それは言わずもがな、君の外観が瓜二つなことについてだ」


「グガランナにお姉さんが……」


「え?まさか私が妹?」


(あぁ、頼むからじっとしていてくれないかな……勝手に持ち出したのがバレてしまう……)


 私の気を知ってか知らずか(知らなくて当たり前だな)、アヤメがすぐに答えを問うてきた。


「それで、どうしてグガランナとお姫様は同じ姿なんですか?」


「…………」


「ハデスさん?」


「…答えは簡単さ、製造時期が同じだったんだよ」


「え?いやでも、さっきは管理網から外れた存在だって言ってましたよね」


「そうさ、だがマテリアルの稼働年数は分かる、グガランナとお姫様は全く同じ日時にガイア・サーバーに認可されているんだ」


 つい、澄んだ瞳を定規で引いた線のように真っ直ぐに向けられてしまい、余計な事まで口からついて出てしまった。


「君のその質問の仕方は向こうで会った時と変わらないな」


「向こう?………………………」


「「あぁっ!!」」


 私とアヤメの言葉が重なり、部屋の中でこだました。



✳︎



「このお化けぽんち野郎!思い知ったか!」


「"あーあ、ここまでかぁ、まーたにんげんに撃たれるなんて"」

「"だから大人しくしておこうって言ったのにぃ"」

「"そそのかしたのはお前だよ?"」


 ナツメの援護もあってようやく、建物の中から現れた骸骨お化けを倒すことが出来た。殴られて家の中まで吹っ飛ばされた時はさすがに死を覚悟したが、不思議なことに追撃がこなかったのだ。


「で、お前達は何なんだ?ピューマなんだろう?」


「"見れば分かるだろ"」


「あのなぁ、私ら喧嘩を買ったつもりはないんだ、どうしてこんな所にいるのか聞いている、それにどうして私らにちょっかいをかけていたんだ」


「"それは……………仕返し!"」


「「はぁ?仕返し?」」


 思わずハモってしまったのでナツメと束の間目を合わしてしまう。向こうも何が何ら、肩を竦めているだけだ。


「仕返しとは何のことだ?まさか中層から上層に連れて行かれたことか?」


 ナツメがアサルト・ライフルを下ろして骸骨お化けに質問している。その様子を見て、もう攻撃はされないと分かったのか、ひょいひょいとお化けから光の玉が浮いて出てきた。


「"違うよ、汚い股間をしたおじいちゃんに撃たれまくったんだよ、楽しい遊びをしましょう!とか言っておきながらヒドいもんだったよ!何回も撃たれてけらけら笑われてたんだぜおれら"」

「"そうそう、おばあさんは見てみぬフリするしさぁ、最後は何度も謝ってくれてけど、頭にキタからこらしめてくるとか言って笑いながら銃を撃ってたんだよ"」


「誰を?まさかおじいちゃんか?」


「"そうそう!あの世で会ったら続きをしましょうとか言ってワケ分かんなかった!"」


「それでどうして私らに仕返しという考えになったんだ」


 ふよふよ浮いていた玉同士がお互いを見やって、きっぱりと声を揃えて言い切った。


「「「"ただの八つ当たり!"」」」


「おいこいつらも撃っていいか?」


「駄目だ、マギールに連絡するから待っていろ」


 何があったのかさっぱりだが、こいつらはおばあさんとおじいちゃんに酷い事をされていたのは何となく分かった。


「それはいつ頃の話しなんだ?」


「"さっき"」


「……ん?さっき?」


「"この距離で聞こえないのか"」


 無言で殴りつけたが難なくふわりと避けられてしまった。


「お前、そんな態度だから虐められていたんじゃないのか」


「"そんなわけあるか、変な髪したぼうずが来るまで会話もろくにできなかったのに、悪口すら届かなかったよ"」


 話しに付いていけない、何だ変な髪をした坊主って。


「待て、お前はいぬか?それともねこ?しか?」


 ナツメが唐突におかしな質問をしてきた、ピューマの種類について聞いているのか。然もありなんとよく喋る光の玉が答えた。


「"ぜんぶ"」


「全部?」


「よく分かった、少し待っていろ、マギールと話しを詰める」


 そう言ったのも束の間、光の玉が忽然と姿を消してしまった。あんなに喧しく話していて、他二つの玉は辺りを勝手にふよふよ飛んでいたのにそれすらも消え失せてしまった。


「おい、消えたぞ」


「……そのようだな、あのピューマ達はビーストに襲撃される前に第十九区で街の人の家に遊びに行った三体なんだそうだ、そして襲撃の最中にその人達に銃で撃たれてマテリアルを大破させられたらしい」


「…………何だって?」


「それと追加の指令が下りてきたぞ、五階層の特産品と一緒に連れて帰ってこいだと」


「何だって?」


「六階層にあるマテリアル調整ポッドまで連れて行けだと、後はティアマトが何とかするらしい」


「何だって?私らは子供の使いじゃないんだぞ?それに街が襲撃されているのに美術品が必要なのか?」


「復興作業の士気が上がるらしい」


「何だって?」


 さすがに殴られた。



62.c



「ナツメさん達は元気にされてましたか?」


「あぁ向こうは心配いらんだろう、それよりすまんな、お前さんの人型機を足代わりにして」


 コクピットに投影された視界には、大きく抉れた上り方面の高速道路と、インターチェンジの凄惨な姿になってしまった駐車場が見えていた。大型に分類される新型のビーストに無数の遺体、無念に散っていった者達の骸が路上に晒されていた。既に警官隊や軍所属の部隊が出動し復興作業が進められているが、誰を見ても()()()()していない、政府お抱えの私設に近い部隊であろう。その駐車場を上空から通り過ぎて第十二区へと機体を飛ばしてもらう。目的はアコックの確保だ。


「ここはそれほど被害を受けていないみたいですね」


 テッドが覗き込むように街を見下ろし、一部を除いて綺麗に例えられた白亜の建物群を、嫌味を含まずそう呟いた。


「マヤサが怒鳴る理由も肯けるというものだ、ここを解放せんとは街の人間達を何とも思っとらんのか」


「下手に解放して人が流れ込んできたら収集がつかなくなりますから仕方ありませんよ、それにセーフハウスに髪の毛一つ落ちていたら文句を言われる機関ですし、慎重にならざるを得ません」


「ふぅむ……」


「着地する場所は?」


「開けた場所で良い」


 当たり前の話しだが、カーボン・リベラに「空を飛ぶ乗り物」が存在しないためにヘリポートが一切ない。復興作業にあたっている人型機部隊から「降りるのが手間過ぎて仕方がない」と苦情が上がってくる程だった。


「目的の場所は?そこに近い方が良いと思うんですが…」


「良い、後はどうにかするからあまり、」


「いえ、きちんと教えてください、マギールさんが秘密政策は止めにすると言ったんですよ」


「………」


「マギールさん?言わないならこのままとんぼ帰りしますよ」


「分かった、お前さんも随分と気が大きくなったな」


「体も大きくなってくれたらいいんですけどね」


「それはいかん、お前さんはそのままが良い」


 ついでに虫の見方も覚えたようだな、横から冷たい視線が問答無用で刺さってきた。



 白亜の石柱に支えられた大議事堂前に深緑の機体が降り立った、大議事堂前にはビースト襲撃の際に第十二区へ入り込んだ者達が支援を求めて押し寄せており、他にも復興作業に奔走する部隊や政府関係者が慌ただしくしていた。

 大議事堂前の庭園に機体を降ろすように指示を出し、核融合炉エンジンが作り上げた出力を排気ノズルから静かに噴き出している。静かにかつ激しく押し寄せる出力に、支援を求める者や一顧だにせず突き返す者、真新しい装備に身を固めた者全てが注視していた。

 当のパイロットがバイザー越しに照れている顔をこちらに向けてきた。


「マギールさん、いくら何でも直接乗り込むだなんて派手すぎますよ」


「宣伝も兼ねているんだ、我慢せい」


「こういうのはアマンナの方が得意なのでは?」


「お前さんは可愛がっている自分の妹を人前の晒せるのか?」


「……はぁ、それもそうですけど…」


「その恥じらいは別の所で見せた方が映えるぞ」


「撃ちましょうか?」


 機体が、丁寧に作り込まれた煉瓦通りをいくらか壊しながら着陸した。すかさず武装した部隊が人型機を取り囲むが一般市民らと言い合いが始まっていた。


「てめぇ!街を守ってくれる味方に銃向けるだなんて!」


「あれはどこからどう見てもビーストだろう!減らず口は独房の中で言え!」


 阿呆が...いや、襲撃を受けて日も経っていないのだ、緊張状態が続いている最中に人型機が乗り付けたこちらが無神経という事だ。


「コクピットを開けてくれ」


「いいんですか?」


「構わん」


 コクピットの開閉ハッチが開き、儂が身を乗り出した。言い合いをしていた者達も儂を見上げ、口を開けた状態で驚いているようだ。


「ここにアコックという男がいるのは分かっておる!喧嘩する暇があるならすぐさま儂の前に連れて来い!さもなくばこの大議事堂を一挙に陥落させるぞ!」


 後ろから、男とは思えない可愛らしい声で「頭おかしいんじゃないですか」と聞こえ、大議事堂前に集まっていた者達が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。物理的に攻撃するという意味ではなかったんだが...まぁ今さら儂の言葉に耳を傾ける者はおらんだろ。

 いや、いたな。白亜の石柱に、文字通り支えられた大議事堂の大扉から一人の男が現れて地上へと続く階段を急ぎ足で駆け降りてくるのは、警視総監のヒルトンであった。



「そいつは誰だ?何故この場に招き入れた、確かに俺とお前だけだと言ったはずだが」


「あまり機嫌を損なわせるような事は言うでない、街の復興はこの者の手にかかっていると言っても過言ではない」


「それならばこの場はご破算だな、好きなようにすれば良い、二度と俺達に関わるな」


「何、各区へ移送したピューマを引き抜き匿っているアコックをここに連れてくればどこへでも行くさ」


「知らんな、アコックはこの場にいない、戯言を続けるなら然るべき処置を取らせるぞ」


「良いのか?お前さんら警官隊も政府もこれから先、美酒ではなく辛酸を嘗めることになるぞ、この者が一体誰なのか知らないのはこの区だけだ」


「何が言いたい?」


「被災した区全てで復興作業をしている者に警官隊が主導となって処罰してみろ、言わねば分からない訳ではあるまいて」


 その為にも人型機部隊には空を飛んでもらっていたのだ。


「戯言を続けるならと言ったはずだぞ狸爺いが、この区を混乱に陥れた罪は重い、いくら他所で信頼を勝ち得ようとも処罰からは免れない」


 案内された応接室に不穏な空気が流れてきた、ヒルトンに待っているよう言われた部屋に無断でテッドを連れてやって来たのだ。勿論、意味のある行為だが向こうはそれ自体が気に食わないらしい。致し方なしと、テッドに視線を送って部屋の外で待っているように指示を出した。さっきの気の大きさはどこへやら、心底ほっとしたように安心した顔がバイザーに隠れていても手に取るように分かった。

 テッドが部屋から出たのを見計らい、ヒルトンが声音を落として聞き出してきた。


「…何が狙いなんだ?」


「それは言ったはずだ、二度も同じ事を言うつもりはない」


「あんな与太話を信じろと?それなら、この街を掌握すると言われた方がまだ協力出来る」


「些かも興味がない、儂は約束を果たす為にここまでやっているんだ」


「何の見返りも求めない行動ほど末恐ろしいものはないと言っている、あんたがここまでやる明確な理由と対価を要求してくれるならいくらでもアコックを渡す、だが今この街からアコックが消えたら困るんだ」


「それは言外に為政者になれと言っているようにしか聞こえんが?」


「その方があんたにとっても都合が良いんじゃないのか、アコックの後ろ盾が無ければ動けないようではどのみち、私腹を肥やす道具にされるだげだぞ?」


 大きく息を吸い込んで、淀んだ肺の中身を入れ替えた。


「…何故お前さんはそこまでして身を引こうとするんだ、過去の行動と今の言動が一致せんぞ」


「それは今は関係ないな、俺から言える事は一つだけ」


 向こうもゆっくりと息を吸い込んでから答えた。


「英雄になりたいのなら、死者への弔いの為だけにここまで事を成せるあんたがやるべきだ、だと言うのに他人の手を借りて裏から操ろうという魂胆が気に食わない」


「………それはだな」


「あんたの行動は辻褄が合わない、だから対価を求めない行動ほど怖いものはないと言ったんだ、安心して任せることが出来ないからな」


「………」


「あんたこそこの街の英雄に成るべきだと俺は思うがね、それならいくらでもアコックを突き出そう、嫌ならすぐに帰ってくれ、こっちはあんたと違って街の復興の為に忙しいんだ」


 はぁ.....................年貢の納め時か...何処かに腰を据えることは嫌って考えないようにしていたが、一言一句その通りだと痛感してしまった。

 カリブンを街の者達の為に、その考えは今でも変わらない。より多くの人達に行き渡らせることは簡単だ、だがそれらを管理し調整する役目を「街の人間が立たねば意味がない」と彼らに押し付けていただけだったのだ。それをこの男にものの見事に見抜かれ真実を突きつけられてしまった、止む無しか。

 何も言わなくなった儂を見て、呆れたように立ち上がりかけたヒルトンを止めた。


「何だ」


「良かろう、お前さんの言に乗ってやろう」


「そうか、だったらここを好きに使うと良い、後で人を付ける、それからピューマ関連、カリブン関連、復興に関わる全ての事務を担当してもらう、それから後日「人型機」と呼ばれているあんたらが所有している特殊兵装についてもデータを提出してくれ」


「…………」


 ヒルトンから矢継ぎ早に繰り出される内容を聞いて、頭にきてしまったがどうしようもなかった。


「これぐらいの事はしてもらわないと、俺達だって言う事を聞きやしないさ、美辞麗句を並べるだけの上司は何処でも嫌われるのが世の常だ、頼んだぞ、「総司令代理」殿」


[聞こえているかマギール、ピューマについてなんだが……]


 まんまとヒルトンに乗せられてしまった哀れな総司令代理の元に、ナツメから通信が入ったが勿論一言たりとも頭に入らなかった。



✳︎



「マギールは何て?」


「キレられた……あの老いぼれめ、てめぇが頼んでおきながら……」


「だったらティアマトに聞いてみたらどうだ、六階層からティアマトが引き継ぐんだろ?」


 返す刀、ではないがマギールに切られた通信をそのままティアマトにかけてみたのだが...


[え、何その話し聞いていないわ]


「はぁー…あの老いぼれめ……」


[ナツメ、あなたも苦労しているようね、マギールに付き合うのは程々にしておきなさい]


「そうするよ、それでピューマについて聞きたいんだがいいか?」


[えぇ、何でも聞いてちょうだい]


 先程まであんなに憎まれ口を叩いて元気にしていたピューマ達が姿を消してしまった事についてだ、もしかしたら身に何かあったのかもしれないと心配していた。


[エモート・コアを仮想領域に投影させているだけだから問題はないわ]


「ティアマト達と似たようなものか?」


[厳密に言えば違うけど、まぁそうなるわね]


「まぁ、大事がないならそれに越したことはないから良いが……こっちで捕まえる必要があるのか?サーバーでは補足出来ているんだろ?」


[逃げるのよ、それでおそらくマギールはナツメ達に捕獲を命じたのでしょうけど]


「マテリアルに閉じ込めてしまえってことか?」


[そうなるわね、マテリアル・コアとエモート・コアを一つにまとめたら管理がぐっと楽になるから]


「身も蓋もない話しに聞こえるが……うん?それなら街が襲撃された時はピューマ達はどうしていたんだ?」


[皆んなサーバーへ逃したわ、マテリアルが損傷してしまった子達が多いけど、エモートさえ無事なら消滅は免れるから]


「そうか……」


[えぇ、上層の街に初めて連れて来た時に大勢亡くしてしまったから、マギールと話し合って解決策を模索した結果よ]


「アオラから話しは聞いているよ」


[その時から既に繋げていたらと思うと……やるせないわ]


「そう思えたから今回ピューマ達は無事に難を逃れたのだろう?あまり自分を責め過ぎても良い事はないぞ」


 長話しに飽いてしまったのかアオラが銃を弄り始めたので頭を小突き、前に進むハンドサインを出して六階層へ行くように促した。小突かれた頭を押さえながらアオラが進み始め、広間前の建物の扉が開けっ放しになっているのを横目に入れながら私もアオラの後に続いた。

 

[………ありがとう、浅瀬を渡らせてくれるのが、いつもあなたのような素敵な人間であることをこれからも願っているわ]


 重くないか、そんなつもりで言った訳じゃないんだが...



「………」

「………」


 私とアオラは再稼働した中型エレベーターに乗り込み六階層へと足を運んでいた。変わらず、長年使い倒してきた人間へ恨みを込めたように軋み音を立てながらエレベーターが六階層へとゆっくり降りていく。頭の中では「殲滅された」という言葉はあるが、どうしても体が緊張してしまい、口数もそれだけ減ってしまう。起こしてはならないのに音を立ててしまっているような後ろめたさは死ぬまで、この体から抜け落ちることはないだろう。

 エレベーターが到着したと同時にアオラが突然、アサルト・ライフルのグリップで私の腹を突いた、それも結構強めに。目だけで疑問と怒りをぶつけると、「いやほら、お前のせいでアヤメが落ちた事に変わりはないだろ?」その制裁だと言った。「ふざけるな」と言い返そうかと思ったが、これがこいつなりの落とし前というなら甘んじて受けることにした。

 開いたエレベーターから搬入口へと歩み出て、早速ビーストの亡骸が出迎えてくれたので肝を冷やした。よく見やれば足がもげて、頭も吹っ飛ばされたように半壊していたので、あの時の爆弾の餌食になった一体だろう。それを尻目に居住エリアと向かった。



 六階層は五階層とは違い、木材等の建材は使用されておらず全て石材で建物が建てられているようだった。それに誰を模したものかは分からないが像も随所に配置されており、「住む」というよりどこか「観光」するといった街並みだった。


「生活感がまるでないな、昔の人間はこんな所に住んでいたのか?」


「これならボロ屋の孤児院の方がまだマシだな」


「それな」


 アオラの同意を受けて、水が干上がり寂しい噴水広場をさらに歩いて行く。あれは...確かライオンだったか?目には空洞があり、薄ら寒いライオンを模した像の前を通り過ぎると、「ゔわぁっ!!」と吠えられたので心底焦ってしまった。


「うわぁ?!」

「うわぁ?!」


「"あーはっはっはっ!ビビってやんのぉ!ざまーみろ!さっきの仕返しだぁ!"」


 この声は...さっきのピューマだな、驚いた私達を見て満足したのか、ひょこひょこと三つの玉が再びライオンの像から現れてきた。


「お前ら、何でここにいるんだ?いや違うな、どうして投影されているんだ?」


「"分かんない、ムカつく顔だなと思ったら出てきた"」


「おい撃っていいか?」


「"そればっかり"」


「ちょうど良い、私達に付いてきてくれないか、お前達をマテリアル調整ポッドに入れてやりたいんだ」


「"何で?"」


「ついでだよ、修理の為にマテリアル・ポッドの部品を調達しに行くついで」


「"にんげんがそんなもの使うの?"」


 尻尾を垂らした光の玉に聞かれてアオラが答えに窮していた。何と答えるのかと待っていると、


「仲直りの為だよ」


「"意味わかんない、誰となかなおりするの?"」


 アオラの回りをくるくるふよふよと飛び回り、興味津々といった体で聞いている。


「…………喧嘩したからだよ」


「それに答えになってないぞ」


「"言われてやんの"」


 尻尾で頭をぺしぺし叩かれて、怒ったアオラがまた無言で光の玉を追いかけていった。他の二つも私の回りを飛んであれやこれやと聞いてくる。


「"何でそこまですんのさ"」


「ただの言い付けだ」


「"言われただけでここまでする?ふつう"」


「お前達は街の助けになるからな、無視する道理がない」


「"助けにならないならここまでしないってことなんでしょ"」


「"それって冷たいのと何もかわらないよねぇ"」


 私に興味を無くしたのか、アオラに追いかけられているもう一つの玉へと飛んでいってしまった。


(私はただ…聞かれたから答えただけなのに、冷たいのか……)


 真剣になって怒っているアオラをさらにからかうように遊んでいるピューマ達を見やりながら、教えられた通りを歩いて行った。



62.d



「私のことを思い出してくれて何よりだよ」


「え、まさかの顔見知り……?」


「うんまぁ…仮想世界で少し会っただけだけどね」


「いや、急にお邪魔して悪かった、君達二人との会話はとても有意義だった、また機会があれば……」


 そこでむんずと、アヤメの少し冷んやりとした手で掴まれてしまった。


「さっきの「あぁ!」は何ですか?「あぁ!」は」


「言ったかな?」


「惚けるんですか?」


 数々の調度品に囲まれた部屋を背景にして、先程より随分と他人行儀の雰囲気が消えたーそれでも訝しむ表情は変わらないがーアヤメが私の視界に映っていた、それと網膜内には六階層にまで移動していた試験初号機の位置を知らせるシグナルサイン。さらには、メッセージフォルダの先頭に「司令官」の文字、ついにバレてしまった。


「…用事を思い出しんだ、とても重要な用事をね、つい君達と話しがしたくて抜け出してきたものだから…」


「グガランナと、お喋りしたかったんですよね?どうしてそんな見えすいた嘘を吐くんですか」


[ハデス、何をしているのですか?早く修復に向かってください]


 あぁ...痺れを切らした司令官から直接通話が掛かってきてしまった。


[ちょっと、今は取り込み中でね、後で掛け直すよ]


「嘘じゃないんだ、君があまりに真っ直ぐ見てくるもんだから言葉を間違えてしまった」


[取り込み中?五階層まで初号機を持ち出して何をしているのですか?報告する身にもなってください]


「あぁ分かっているよ、すぐに戻るから……あ、いや!何でもないんだ」


[しまった!どうして口に出したんだ……]


 あぁ!二人同時に詰め寄られてしまったからつい口に出してしまった、みるみるアヤメの顔が疑惑に彩られていく。それに慌てた私は心の声を司令官に伝えてしまっていた。


「誰と喋っているんですか?私ではありませんよね?」


[ハデス?誰かと喋っているのですか?]


 ちょっと待ってくれないか、ちょっと待ってくれないか!普段はあまり他者と会話をしないんだ、それなのにこうもいっぺんに聞かれたら口下手がバレてしまう!それにだ...


「……聞きたいかい?」


 少し勿体ぶってはぐらかしてみたが、何が気に入らなかったのかアヤメがあっさりと手を離してしまった。


「いいえ、とてもふざけているのが分かりましたので、もう結構です!」


[ハデス、ふざけるのは構いませんが壊したものはきちんと直してから戻してください、いいですね]


 二兎追うものは一兎も得ず。いや別に司令官は良かったんだが...アヤメがグガランナの手を引き部屋から出て行こうとしていた。

 魔が差してしまい返答をはぐらかしたのが不味かったみたいだ、何かを声をかけて二人を引き止めようかと思いはしたが、とくに話す話題もなかったので不機嫌さを隠さない背中とそれにただ従う背中を部屋の中から一人見送った。



[空間投影モジュールの効果範囲を超えます、範囲内に収まるか接続解除を行ってください]


 自信がない、昔から何の取り柄もない私自身を誇りに思うことができなかった。常に他者を羨み自身を蔑み今日まで望んでもいないグラナトゥム・マキナとして存在し続けてきた。そのせいもあって他者の視線には敏感で、私に食い付いてきたアヤメに心が動揺してしまい、少しでも興味を引かせよう勿体ぶってしまったのだ。


[効果範囲を超えました、直ちに接続を解除致します]


 バルト海に面したエストニア、タリン旧市街を模して興された、湖の近くに建てられた屋敷に一人、窓際に立って湖を散策し始めた二人を遠目に眺めながら思案に耽っていた。プログラム・ガイアからの警告通りに、徐々に体が薄れていく。あの二人の間に入れなかった後悔と、私はこんなものだったと染み付いてしまった自己否定に、このまま存在自体も消えてしまえばいいのにと思った。

 擬似マテリアルの視点からサーバー内に移った時、再び司令官から通信が入った。


[ハデス、あなた、どうして?どうして黙っていたの?]


 いつものですます口調ではなく随分と砕けた言葉使いだ。


[そりゃ黙って当然だろう、勝手に試験初号機を持ち出したんだから]


[そんな事はどうてもいい、あなた、会っていたの?知ってたの?]


[グガランナの事は知っていて当たり前だろう、決議の場でも言葉を交わしているんだ]


[……………]


[あぁアヤメの事か、ティアマトの仮想世界で会いはしたが、それがどうかしたのか?]


[………いいえ、何でもありません、勝手な接触は控えてください]


[何故?]


[必要ないからです]


[…まぁ確かに私のような者が会ったところで、何も生まれることはないからな…]


[いえ、あの……そういう事では……]


[ところで、試験初号機を六階層に移動させたのは君か?勝手に動き出したものだから慌ててしまったよ]


[どの口が言いますか、六階層にはティアマトが設置したマテリアル調整ポッドがあるので、修理してから回収する予定です]


[悪かったな、私の尻拭いをしてもらったようで]


[全くです、鬼の居ぬ間に洗濯を済ませておかないとろくなことになりません]


 司令官も掴めない奴だ、壊された試験初号機を直そうとしたり、そのくせどうてもいいと切って捨てたり。それにアヤメの事を問い詰めておきながら詳しく話そうとしない、そこでおやと疑問に思い口から言葉が出てしまっていた。


[君は確か...アヤメとも仲が良くなかったか?]


[は?]


[………]


[え?今何て言ったの?その無神経な口から出た言葉をもう一度言ってくれない?誰があんたなんかの為に裏でこそこそやってると思ってんの?私の権能であんたの行動履歴を動画にまとめて上層の街に晒してあげましょうか?下らなすぎてものの数分でブロックされてアカウントがバンされるでしょうよ]


[いや、さすがにアカウントは残るだろ…]


 どうやら私は頭から地雷に突っ込んでしまったようだった。かんかんに怒った司令官を宥めるのにとても苦労した。

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