第六話 グラナトゥム・マキナ
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6.a
使われなくなって久しい通信端末からコール音が鳴る。最初、何の音か分からなかった。
[マギール、少しいいかしら?]
「…」
[マギール?聞こえているわよね?]
「…この声はグガランナか、久しいな、何の用だ?」
[エネルギーが欲しいの]
端的にしかものを言わない喋り方はやはりグガランナだ。何を言いたいのかさっぱり分からん。
「エネルギーといっても色々あるだろう、何が欲しいんだ?」
[人型のマテリアルを造るのに必要なものよ]
手にしていた標本を落としそうになる。
「…すまないが他を当たってくれ、儂は今忙しいんだ」
[忙しい?どうせ今も虫の標本を眺めているだけでしょうに、お願いだからエネルギーをこっちに送ってちょうだい]
「昆虫を馬鹿にするなよグガランナ、彼らには大きな力があるのだ、その頭の中に住まわせてはどうだ?少しはその物言いも良くなるだろうさ」
[何を言いたいのかさっぱり分からないわ]
こっちの台詞だ!
[今、アマンナやアヤメ達とエレベーターシャフト内にいるの。従業員の詰所よ、場所は分かるわよね?早く彼女と直接話がしたいの]
切りたかった、とにかく通信端末を切りたくて仕方がなかった。この会話が終われば近くの川にでも流してこよう。
「──今なんと言った?アマンナと誰だって?」
[はぁ…もういいわ、面倒だけどサーバーを通じてティマトにでもお願いしてみるわ]
そう言って通信を切られた。儂は手にしていた標本で遠慮なく端末を殴りつけた。
✳︎
「マギールは何て?」
[駄目ね、全く話が通じなかったわ]
「…可愛そう」
[…珍しいわね、あなたが気づかってくれるなんて]
「ううんマギールが」
[どうしてよ?!]
ここは変わらず、エレベーターを建設していた人達の詰所だ。時間帯は夜、中層に設定された仮想展開型風景は、幻想的な月の光を投げかけている。
アヤメと手を取り合いたい、あの優しい手で私を抱きしめてほしい。そうアマンナに話をしたらとてつもなく引かれた。
「グガランナって重くない?」
[…今の私にマテリアルはないわ、何が重いのかしら]
「グガランナってアヤメに対する気持ちが重くない?」
[…言い直してくれてありがとう、アマンナ]
やっぱり分かっててとぼけたのかとアマンナが何か言っているが気にならない。
中層はとても広い。初めてアマンナと来た時は何年もかけて歩き回った。その途中で、ピューマ達と一緒に暮らすマギールと出会った。彼は人間ではない、見た目は人間と同じだがその体を構成しているのは私達と同じマテリアルだ。
マギールが住んでいる見すぼらしい小屋のような家まで距離がある。今から出発して明け方には着くが、その距離すらもどかしい。早く彼女と触れ合いたいからわざわざ通信したというのに…。
ティマトにお願いをしたら二つ返事で了承を得た、今この詰所にサーバーを通じて転送されてきている。最初から彼女にお願いしておけば良かった。
「そろそろわたしもアヤメと一緒に寝よーとっ」
そう言いながら椅子から立ち上がってアヤメが寝ている仮眠室の方へと歩いていく。
[駄目よアマンナ!それだけは駄目待ちなさいアマンナ!!]
人型だからって好き勝手に…。私がどんな思いであなたを助けたと思っているのか。
[いいかしらアマンナ、私があなたを助けたのはアヤメと同じ温も──待ちなさい!]
「うるさいよグガランナ、アヤメが起きちゃう」
そう言って仮眠室へ入っていった。
ああ…羨ましい。私も早くアヤメと同じベッドで横になってみたい。近くに彼女を感じてみたい、今中層を照らしているように私も彼女を照らす月の光となって…
いつものように彼女に対する想いを唄にしていると、勢いよく仮眠室の扉が開いた。今にも泣きそうな声で叫ぶアマンナの言葉を聞いて、私も泣きそうになった。
「グガランナ!アヤメがいない!ベッドにいないよ!!」
✳︎
しんと静まり返った森の中を一人で歩く。深呼吸して、冷たい空気を肺にたくさん送り込む。鼻から肺にかけて澄み渡るようになる、煙くさい街では決して味わえないこの感覚を私は好きになった。
途中で目が覚めて、いつものようにアマンナ達が仲良く言い合ってるのを寝ぼけた頭で聞いている時、ベッドが置かれた部屋から外に出られる扉を見つけた。気づいた時にはジャケットを羽織って、扉を開けた瞬間、眠気が吹き飛んでしまった。
冷たくて気持ちい良い風が吹き、遠くには月の光でおぼろげに輝く大きな泉、真っ黒になってしまったたくさんの木を見た時はもう眠ってなんかいられないと備えつけてあった梯子に手をかけていた、降りるのは凄く大変だったけど。
とりあえず、あの大きな泉の所まで行ってみようと歩みを進めている。中層にビーストはいないみたいだから武器が無くても安心して歩ける。
森の中で、少し開けた場所に出た。何本かの木が倒れて頭上に枝葉で覆われた一か所に穴が空いている、そこから月の淡い光が差し込み辺り一帯を照らしていた。…とても神秘的な空間だった。まるでいけないことをしているような、見ているだけでドキドキしてしまっていた。
光が差し込んでいる中央あたりには、とても大きな木が根本から倒れ、中がどうやら空洞になっているようだ。覗いてみようと、何かがいるかもしれないとワクワクしながら駆け足で近づき中を覗いてみれば、しわだらけの顔にくっついた二つの目と合い盛大な悲鳴を上げた。
✳︎
「ごめん!ほんとーにごめんアマンナ!だから機嫌直して、ね?」
儂の顔を見るなり悲鳴を上げたアヤメと呼ばれる少女が、いつの間にか人の姿になっていたアマンナにひたすら頭を下げていた。
どうやらこの子は黙って詰所から抜け出し、夜の森を一人で探索していたらしい。大事な標本を一冊無駄にしてまで叩きまくった通信端末にコール音が鳴り、喚くグガランナを無視して窓の外に捨てようとした時に、この子を一緒に探して欲しいと懇願されてしまった。
「放っておけアヤメ、さっきからニヤけておるぞアマンナは、お前さんの気を引きたいだけだろう」
「あっち行ってろぉ!しわくちゃマギール!」
「誰のおかげでこの子を見つけられたと思っておる。口の聞き方に気を付けろ!」
「…ちっ」
舌打ち?舌打ちしたのかこのマキナは。見ない間に随分と人間臭くなったものだ。
「わたし本当に心配したんだからね!急にいなくなっちゃったから…もう二度とこんなことしないでね、アヤメ」
「お前さんがそれを言うのか、何回行方不明になったお前を探しに行ったと思っておる、少しは落ち着いたらどうなんだ」
「…ごめんなさい」
アヤメのことが余程気に入っているのだな、これ以上下手を打たないように自分から頭を下げおった。相変わらず頭だけは良い。
「いや、アマンナが謝らなくてもいいよ、私が黙って出ていったのが悪いんだから」
「いやいや、お前さんに頭を下げたんじゃない、これ以上儂に恥をかかされないように手を打っただけだ」
「行けぇー!今すぐにどっか行けぇー!!」
喚くアマンナを無視して久しぶりに見た人間を観察する。
名前はアヤメ、あの煙だらけの街から来たとは思えない程綺麗な髪と目をした少女だ。きちんと手入れでもしているのか、髪は長く腰のあたりまで伸びている。少し癖毛なのだろう端のほうが外側に跳ねっ返り、どこか人形のような可愛いらしさがある。大きめのジャケットは恐らく特殊部隊のものだろう、下は動きやすいようにか短いズボンに、肌の露出を抑えるためか、太腿までの靴下を履いている。
こんな少女ですら戦いに駆り出されているのかと思うと、何だか儂まで胸が締め付けられる思いだ。
「あの、えーとあなたの名前は、マギールさん、ですか?さっきはすみませんでした…探しにきてくれていたのに…その、」
「儂のことは気にせんでいい、あんなに目を輝かせながら探検している時に老いぼれと至近距離で目が合えば、誰だって悲鳴を上げるだろうさ」
「ほんとに、すみませんでした…」
「アヤメをいじめるなぁ!このえろえろマギール!」
「誰がえろだ!放り出すぞ!」
観察してしまうのは研究者としての性分だ。それをえろなどと。
「いいか、よく聞けアマンナ、男が女に発情するのは自然の摂理だ!だからこそこの人形のように可愛らしい少女がここにおる!発情したこの子の父親に感謝しろ!」
「…」
「…」
[聞こえていたわアマンナ、今すぐマギールを川底に沈めてきてちょうだい]
「おっけー」
熱くなり過ぎるのも研究者の性分だ。全力で引いているアヤメの視線が痛いが仕方がない。
アマンナが儂の腕を鷲掴みにし、本当に川底に捨てられるのかと戦々恐々としている時にアヤメが止めてくれた。…優しい子だ、この子だけは怒らせてはならない、儂の家なのに居場所が無くなってしまう。
6.b
なだらかな斜面に建てられたマギールさんの家は、見た目以上に中が広い。
森を抜けた先に建てられた家の周りには何もない。所々に咲いた小さな花があるくらいだ、遠くに見える大きな山の天辺は何故だか白くなっている。後で教えてもらったのだが万年雪といって、雪が溶けずに残るんだそうだ。あの山は臭いのかな?
そのマギールさんの家も、切り株のように丸い壁にそのまま板を乗せた簡素なものだ。グガランナは見すぼらしい家だと言っていたが、私は好きだ。開放的なこの景色とよく合っているように思う。
昨日のように大きく息を吸い込む、草と木と爽やかに吹く風が混ざり合って、懐かしいような、それでも胸が締め付けられるようないつまでも味わっていたい匂いがした。
「アヤメー」
アマンナの声で繰り返していた深呼吸をやめて、少し名残惜しい思いで家の中に入る。
玄関口にはいくつかの椅子と、壁には見たことがない花や木の実が所狭しと飾られて、賑やかな雰囲気がある。そのまま下へと続く階段があり地下へと降りていく。マギールさんの家は玄関だけ地上に作り、あとは全部地下に作ったんだそうだ。
最初の踊り場から二手に廊下が別れ、左手に行けば昨日私が人形のように可愛いらしいと言われた広間がある。…じろじろと見られていたので少し怖かった。
右手にはマギールさんがよく使う私室があるらしい、まだ入っていないがアマンナ達曰く、死ぬほどつまらないからやめたほうがいいと言われた。
左手の広間に行く途中にも、壁にはいくつか半周状に切り抜かれた窪みがあり、図鑑で見た小さく作られた動物達が乱雑に置かれている。手に取って見てみると、アマンナやグガランナのような牛の形をした置き物だった。目に何か細工しているのか、緑色に光っている。後でマギールさんに作り方を教えてもらおう、何故だかこれより上手く作れる自信がある。
壁の所々に付いている傷はもしかして、牛の形をしていたグガランナが通った跡だろうか。今はアマンナと同じ人型になるために、さらに地下にある調整ポッドが置かれた部屋にいる、私も行きたいとお願いしたが、それだけは勘弁してくれと申し訳なさそうに断られた。…後でこっそりと覗いてみよう。
「もうアヤメ!なにしてるの?」
痺れを切らしたアマンナが迎えに来た、つい家の中を探検してしまった。
「ごめん、けど家の中が面白くてつい」
「そうだろうそうだろう、お前には分からないだろうさ」
嬉しそうに言うマギールさんの声が聞こえた。
「ふん」
「あの、後でやっぱり下も見せてもらえませんか?すごく興味があるのですが」
少し拗ねてしまったアマンナ。黙って行くのはさすがに悪いと思って改めてお願いをする。
「男には見せてならないものがあるんだ、すまないがここにあるだけのもので満足してくれないか」
「どうせろくなもんじゃないよ」
「そうかな?ここにあるもの全部面白いよ?下にも行ってみたいな」
「アヤメ、君のその好奇心には敬意を表するが、本当に勘弁してくれ…儂の居場所がなくなってしまう」
そこまでのものなのか、余計に見たくなってきた。
「ねぇアヤメ、後でこっそり見に行ってみようよ」
小声で、まるで悪戯をするかのようにアマンナが誘ってくる。この誘惑には勝てなかった。
「…いいね、後で行ってみよう!」
「聞こえとるぞ!」
マギールさんに怒られた。
✳︎
「さて、お前さんにはいくつか、こやつらのことで説明せねばならないことがある」
広間に集められたわたし達の前で、偉そうにしわくちゃマギールが話を始めた。
「頭が良いくせに難しいことが嫌いなアマンナと、説明が絶望的に下手くそなグガランナのことだ、ろくすっぽ説明を受けておらんだろう?」
「グガランナのことはいいけどわたしのことはばかにしないで」
「いや、グガランナのことも庇ってあげようよ…」
しまった、さっそくやらかした。
マギールは本当に苦手だ、ついムキになって反論してしまうがろくなことになった試しがない。
「この二人のことは何と聞いておる?」
「二つのコアで造られていることと、サーバー?に繋がっていることは、教えてもらいました」
わたし達のことを、アヤメは順番に指をおりながらたどたどしく説明してくれる。何だかくすぐったい。
「ちゃーんと説明してるでしょ」
「お前さんは黙っておれ、ではこやつらがテンペスト・シリンダーを運営しているAIであることは聞いたか?」
「え」
「どこが説明しているだ!肝心な部分を言っておらんではないか!」
「だって聞かれなかったから…」
「当たり前だろう!無知の者が質問できるわけなかろう!」
ぼろくそだ。まだ言いくるめられるグガランナのほうがやりやすい。
「まぁいい大方予想通りだ」
じゃあなんで怒ったの!アヤメの前で恥をかかせるな!言葉にならない怒りを目で訴える。
「アヤメよ言った通りだ、こやつらはこの機械仕掛けの大地を管理、運営、もしくは必要に応じて調整を行う者たちだ」
「それって、すごく偉い人達ってことですか?」
「そうなるな、AIは分かるな?」
「はい、人工的に作られたって意味ですよね?私の街にもいくつか導入された端末はあるんですけど…」
「そのAIは自然と生まれたものか?違うだろう、街にいる開発者が作ったものだ」
「じゃあ、アマンナ達も…」
「そうだ、このテンペスト・シリンダーが建造された時に一緒に作られた存在だ」
そうだったんだ、わたしも驚いた。気づいた時にはグガランナと一緒だったから、そうゆうものだと勝手に納得していた。けど、何も言うもんか、またマギールに怒られる。
「グガランナを含めたAIは全部で十二、自分達のことをグラナトゥム・マキナと呼んでおる。まぁ要するに機械仕掛けの神ということだな」
「ええぇ?!アマンナって神様だったの?!」
「うえ?」
「安心しろ、こんな間抜けの神がおるか、言葉の意味を解いただけだ」
なんか釈然としない。黙っててもばかにされるなんて。
「そしてこの十二のマキナ達を統括しているプログラムをガイアと呼んでおる、名前はプログラム・ガイアだ、そこにこやつらの核となるエモート・コアが保存されておるのだ」
あぁ、なんかグガランナも似たようなことを言ってたなぁ。
「エモートは心に該当するんですよね?」
「ほう、それは誰が言ったんだ?」
「アマンナですけど…」
「お前さん本当にマキナなのか?良い例えをするではないか」
なんかいまさら褒められても…。
「いまさら褒められても…」
「だったら日頃の行いを改めろ、怒られるようなことばかりしているからだ」
しまった、口に出てしまっていた。
「マテリアルは体に該当するんですよね?確かいろいろな形状に変化できるって」
「限りはあるがな、何にでも変化できるわけではない。そもそもマキナの本質はサーバーからテンペスト・シリンダーを運営することであって、こやつらのようにマテリアル・コアで現実に干渉することではない」
「じゃあどうしてアマンナ達はここにいるんですか?」
「アマンナ、お前さんの口から言ってみろ」
「………だったから」
「え?」
「ひま、だったから…」
「ぷっ、あははは、何それ」
あれ?ウケた?わたしとグガランナはやることがなくてひまだったから下層から逃げ出してここにいる。てっきり怒られるのかと思ったんだけど…。
「下層ってほんとっーにすることがないんだよ!何見ても楽しくないし!だからねわたし達はマテリアルを勝手に作ってここまでやってきたの!」
「そっか、じゃあアマンナの悪戯のおかげで私達は出会えたんだね」
「そう!そうそうそうなの!」
「何が自分のおかげよアマンナ、あなたが我儘を言って私についてきたんでしょう、嘘は言わないでちょうだい」
そういって肝心な時に割って入ってきたのは、人型のマテリアルになっていたグガランナだった。いつも良いところで…え何あれ。
「お前さん…何だそれは?」
鼻に輪っかを付けたグガランナがそこに立っていた。
6.c
「もう!皆して笑わないでちょうだい!さっきから焦って失敗しただけだって言っているでしょう!!」
「やめ、やめてグガランナっ、動かないでっ鼻、鼻がっぷらぷら、ってあはははっ!」
盛大に笑うアマンナ、確かに鼻についてる輪っかが動く度に揺れてこれはこれで面白みがあって良い。
「その姿で置物を作ってやろうか?」
「マギール!何?!さっきの仕返しかしら!」
見ればアヤメも下を向いて小刻みに震えている。優しい子だ、面と向かって笑い飛ばせばいいものを。
「おいアヤメ、笑いを我慢するのは体に良くないぞ、正々堂々と笑え」
「…いえ、大丈夫です…」
「違うのよアヤメ!これは付けたくて付けたものじゃないの!早くあなたと会いたかったから、焦ってマテリアルから消し忘れてしまったの!」
「うん、分かってるよグぅぅぷふふふっ」
限界だったらしい。肩を掴まれてあんな至近距離で鼻を見せつけられては無理もないだろう。
「そんな!アヤメまで!」
「もうグガランナいいよぉ、おもひろかったからそれ取ってぇ」
「笑わせたくて付けたものじゃないわよ!!」
「あはははっ!ごめんグガランナもう私、無理っあははは!」
人形のように可愛いらしいその顔を、笑顔と涙で輝かせている。
…忘れてしまったと思っていたが、儂にも家族がいたことを思い出した、滅多に帰らなかった我が家には、いつも不機嫌な嫁が居たはずだ。
昔のことを思い出している時に、グガランナから恐るべきことを持ちかけられた。
「…マギール、今すぐこの鼻と笑う二人をどうにかしてちょうだい」
「それは無理な相談だ、ナノ・ジュエルの量が足りん、諦めろ」
「…地下にあったあなたのコレクションをここで披露するのはどうかしら?きっとアヤメ達も喜ぶと思うわ」
「おい!今すぐ笑うのを辞めるんだ!放り出すぞ!」
「な、なに急に、マギールもさっきまで笑ってたじゃんか」
「儂は笑ってなどいない!いいから出て行け!ついでに街に下りてナノ・ジュエルを取ってこい!」
✳︎
アヤメとアマンナが並んで歩いているのが観える。マギールの小屋を出た後、森林から街の方へ流れる川まで降りてきた。そのまま、川沿いに街まで行くつもりなのだろう。
アヤメはしきりとアマンナを見やり、どうやら様子を気にしているようだ。
「どうかしたの?何だか元気がないみたいだけど」
「ううん、そんなことないよ」
下を向きながら答える、その顔はどこか思案顔だ。
その後、二人はとくに話すこともなく淡々と街の方へ歩みを進める。ちょうど近くに小鳥型のピューマが現れた、ここテンペスト・シリンダーではすっかり見られなくなってしまった蝶の代わりに、花粉を遠くへ運ぶ役割を持つ。
アヤメが興味を持ったみたいだ。
「わ、小さなビースト、初めて見た」
は?何それ、ビースト?聞いたことないんですけど。その子はピューマという可愛らしい名前があるんですけど訂正してもらえないかしら。
「これは、ビーストじゃなくてピューマっていう名前、なんだよ」
アマンナが訂正する。けれど視線は変わらず地面に固定されたままだ、先程からどうも様子がおかしい。
「ピューマ?そういえば、アマンナが人の姿に変わった所でもピューマって呼んでいたよね」
「うん、そうだよ」
片言で返事をする、何がしたいんだこの子は。よくアヤメも辛抱強く付き合っているものだ。
二人はぎこちないまま川沿いを歩いていく。
しばらく歩いた後、アヤメが足を揉んだり少し叩いたりしているのが観える。長距離を歩いたせいで足を痛めたのだろう。
川沿いに歩いていた道も途中で川とお別れし、中層エリアを分割するようにデザインされた大きな山を一望できる、小高い丘へ続く道へと変わった。
丘の頂上で、アマンナがアヤメの様子に気づいた。
「足、痛いの?」
「あぁ、うん、ごめんちょっと痛いかも」
申し訳なさそうにアヤメが答える。するとアマンナは木陰になっている所にアヤメを座らせ、足のマッサージを始めた。
「…ありがとう、やっぱりアマンナは頼りになるね」
言われて耳まで赤くなってしまったアマンナ、黙々とアヤメのマッサージを続ける。
「だから、いつも通りでいいよ」
「…いいの?わたし怒られてばっかりだし、良いところも全然ないし…」
「そんなことないよ、アマンナにはいつも元気を分けてもらってるから、元気なアマンナが一番可愛いよ」
何この三文芝居観ないとダメなの嫌なんですけど。
可愛いよとトドメを刺されたアマンナは、何あれ故障してるのかと言わんばかりに真っ赤になっていた。
「ほんとにいいの?ほんとにほんとにいいの?グガランナと喧嘩しても?マギールに怒られても?」
「うん、今のアマンナが一番好きだから、そのままでいて」
我慢にならなかったのでそのまま遠隔映像を切ってやった。
ただ、私もアヤメという子にはとても興味が湧いた。マギールから私達がグラナトゥム・マキナと聞いても、変わらず接する稀有な人間だ。
一度くらいあの子と話をしても問題ないだろう、まだマテリアル調整ポッドの借りも返してもらっていないのだから。
6.d
アマンナのおかげで楽になった足取りで、丘を下りて再び出会った川の流れと一緒に街へ向かう。
山麓を抜けた先にある街は、アマンナ曰く楽しくないらしい。人もいないし生き物もいない、たまに見かけるのはピューマと呼ばれる動物を模した機械だけ。さっき道中で出会った小鳥も小さな羽をモーター音と共に動かし、目の色は草色ではなく甘いお菓子のようなピンク色をしていたのが不思議だった。
「どうしてピューマって呼んでるの?」
「知らなーい、それならアヤメもどうしてビーストって呼んでるの?」
手を繋ぎながら、なだらかな坂を下りて行く。
「私も分からないや、昔の名残でそう呼んでるだけだから」
「わたしと一緒だねー」
そう、屈託なく笑うアマンナ。
マギールさんが言っていたグラナトゥム・マキナという、テンペスト・シリンダーを運営するAIらしいけど、私には少しずる賢い悪戯好きな元気いっぱいの女の子にしか見えなかった。
「見えてきたよ、あれあれ」
そう言って指差す方向を見てみると、天辺が臭そうな山の裾野にかけて築かれた街が見えた。アマンナ達と出会ったエリアの居住区とは違うようで、無機質な建物ばかりだ。
「うん、確かに面白くなさそうだね」
「でも今日は楽しくなりそう、アヤメも一緒だから」
二つに分けたお下げの髪を揺らしながら、私を見上げたその笑顔に、何だか少し照れてしまった。
✳︎
地下へと続く階段を下りる。ポッドから出てきて登った階段でもある、その途中に奇妙な物を見つけたが、あの時はそれどころではなかったので無視して通り過ぎた。
「アマンナ達が無事、街に着いたみたいだな」
広間からマギールの声がする、心配だからと私がアヤメに発信器を持たせたのだ。私はとくにマギールに返事をすることもなく、早くアヤメに会いたいからと無視して通り過ぎた部屋の前に立った。
何なのかしらこれは、すでに見えているあの人の頭は何?それにこの扉の前に転がっている胴体のようなものは…。
遠慮なく扉を開けて入った部屋の中には、たくさんの人形が飾られていた。
「ひっ」
思わず声がでた、無理もない。虚な目をした人形が一斉にこちらを見た、ような気がした。全ての人形の視線が入り口に固定されているのに何か意味があるのか。
恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる、起きてくるはずもないが起こさないよう慎重に進む。
昨日、アヤメのことをまるで人形のようだと褒めたマギールの発言が気になっていたのだ、それにこの家の至るところに飾られた置物、絶対見せられないと固くなに断った秘密の部屋。ビンゴだった。全く嬉しくない何で探偵みたいなことをしなければいけないのか。けれどこれもアヤメのため、私は調べなければならない。
必死の思いで捜索した結果、最悪の事態はどうやら免れたようだ。一安心して部屋を出ると、そこにはマギールが立っていた。
「何を、している」
「調べさせてもらったわ、どうやらあの子に似た人形は無いみたいね」
「あるはずがなかろう、昨日会ったばかりだぞ」
その言い方だとまるで、時間があれば作れたと言わんばかりだ。
「いいからさっさとここから離れろ、男の花園に近づくんじゃない!」
気持ちが悪いことを言いながら、私と扉の前に割って入る。
「それよりここの人形はどうして入り口に視線を向けてあるのかしら?」
「…!」
「まさか自分をもてなしてくれるように?さすがにそれは…マギール?」
「…」
「聞こえているのかしら?マギール!」
この老いぼれまさか!
「あなたまさかエモート・コアを切ったの?!なんてこと!あの視線には何か秘密があったのね?!答えなさいマギール!!」
重りのように動かくなってしまった老いぼれのマテリアルをどかすのに、とても苦労した。