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第五十七話 見えない敵

57.a



「え?」

 

 ティアマトが一瞬何を言っているのか分からなかった。


「もう一度言ってくれない?」


「だから、スイとカサンだけこっちに戻ってくるの」


「え?」


 半眼、いわゆるジト目になったティアマト。何度も同じ事を言わせるなと目だけで訴えてくる。


「もう一度言ってくれる?」


「アマンナ言い過ぎ、スイちゃんとカサンさんがこっちに戻ってくるんだよ」


「アヤメは?何で戻ってこないの?」


「向こうでまたトラブルよ、スイに関しては……こっちに戻ってきた時に説明するわ、あなた達二人はカサンの出迎えに行ってほしいの」


「え?」



 皆んながわたしを置いてお楽しみに興じてから早三日目の朝を迎えた。寝ても覚めてもいつ来るかも分からないディアボロス一味の襲撃に備えていただけの三日間、テッドと一緒にいた記憶以外何もない。街には行ったな、仮想世界で過ごしていたように二人でお出かけした時は楽しかったからまぁ良しとしよう。それはいい。


「今さら降りるの?メインシャフトに?なら最初っからわたしも連れて行ってよ」


「僕のこと忘れてない?」


「こっちは何とかなるならさっさと行って来なさい」


「ティアマトも銃を握ればいいのに」


 まだ痛むほっぺを摩りながらティアマトを睨んだ。


「私には必要の無い物よ」


「いや手伝えって言ってるんだけど」


 わたしのすぐ隣ではテッドが銃の点検をしてくれている、射撃には慣れたが扱いには慣れていないのでいつもお願いしている。

 ()()、眉を寄せながらティアマトが少し怠そうに答えた。


「誰がスイの面倒を見るのよ、それに破損していた艦体備え付けの人型機も修復は終わっているの、気兼ねなく迎えに行ってあげなさい」


「何かあったの?」


 脈絡のないわたしの問いかけに点検をしていたテッドも顔を上げた。言われたティアマトも、何のことかと惚けた顔をしている。


「……何?急に」


「昨日ぐらいから機嫌が悪そうだからさ」


「何でもないわよ」


「グガランナは?決議の場で会ってるんだよね」


「そうね、元気にしていたわ」


「………」

「………」


 テッドと目を合わせて「こりゃ何かあったな」と肩を竦めてジェスチャーでやり取りをした。自分でも気付いていないのだろうか。


「まぁいいや、じゃ行こっか」


「あ、あぁうん………………いいの?元気がないみたいだけど」


 ティアマトに見送られてエレベーター出口へと足を進め、少し歩いたそばからテッドが耳打ちしてきた。


「放っておけばいいよ子供じゃないんだから、仲直りは自分からしないと意味ないし」


「喧嘩したって決まった訳じゃ……でもまぁそうなのかな……でも珍しいよね、あんなに機嫌が悪いティアマトさんって」


「更年期障害なんじゃないの」


「アマンナも同じマキナだよね」


 こうして、わたしとテッドだけのメインシャフト攻略戦が今さら幕を上げたのだ。



「エレベーター使えないじゃん」


「何でだろう……さすがに中型エレベーターは使えるはずなんだけど……」


 前回の大規模攻略作戦で超大型と小型の二基が使えなくなったとテッドから聞いていた。もしかしなくても、わたし達が初めて上層の街へ向かったあの時に行われていた作戦だ、テッド達と入れ替わりで街へ入ったことになる。というかいたな、中層のエントランスホールでもう既に顔を合わせていた。


(あの時はそれどころじゃなかったけど……)


 少しだけ思い出に浸った後、先導するテッドの後を付いて行く。

「稼働不能」を示すランプを灯した、チュウ型という少しやらしいエレベーターを通り過ぎてわたしが使っている部屋より少し大きいぐらいの扉が見えてきた。そういや皆んなもここを使っていたなと扉を潜ったところで鼻を押さえた。


「埃っぽすぎる」


「誰も掃除しないからね」


 そういう問題?通路は弧を描くように前にも後ろにも伸びており端がまるで見えない。下層にあったやたらと目につく蛍光灯の光りではなく、どこか薄暗さを感じる光に照らされた通路は目に見える程の埃が宙に舞っていた。それに通りの端にはマガジンが転がっている。他にもビーストの片腕、片足、それから小型の通信機、果ては寝袋までもが放置されたままになっていた。

 入った位置から見て左側に足を向けたテッドにすかさず声をかけた。エレベーターがあるのは右手だから道を間違えているのかと勘違いしてしまった。


「違うよ、屋上にある機械室を見に行くつもりなんだ」


「屋上ってことは……」


「多分この街で一番高い所」


 テッドの言葉にテンションがどじょう上りだ。間髪入れずにティアマトに通信を掛けた。


[何かしら]


 変わらず機嫌は悪いがそんな事はどうでもいい。


[テッドとエレベーターの機械室を点検しに行くから、時間はあるでしょ?故障して使えないの]


[…早くしなさい、向こうは()()()()()()()()一階層へ行く準備は終わっているわ]


 変な言い方。


[なら向こうに遅れると伝えておいて]


[連絡ぐらいあなたも取れるでしょうに]


[こっちは忙しいの、お願いね]


 無言で切られてしまった...余程機嫌が悪いらしい。あんなのと顔を合わさないといけないスイちゃんが可哀想だ。

 わたしの通信が終わるのを待ってくれていたテッドが見計ったように先に歩き出した。鉄板の上を歩いているような乾いた鉄の響きが通路にこだまし、とくに話すこともないのでわたしも黙って付いて行く。



 暫く歩くと右手に扉が現れた。「ここから行くんだよ」と聞いてもいないのにテッドが教えてくれたので、頷いて返事をした。何故だかくすくす笑いながらテッドが扉を開けて中に入っていく。潜った先は街へ来た時と同じ非常階段になっていたが、ここは違うらしい。下だけではなく上にも階段が続いていたのだ。


「ここを通るのは整備班って決まりがあったんだけどね」


「アオラとか?」


「うん、僕ら前線部隊が行っても訳分かんないし」


「それならどうして行くの?直せないってことでしょ?」


「タイタニスさんに連絡して直してもらおうかなって、不味いかな?」


「頭良いね」


「ふふふっ」


「?」


 上を見ながら歩いていたのでテッドのくすくす笑いの意味が分からなかった。何か変なこと言ったかな?

 そうこうしているうちに階段が途切れ頑丈そうな扉が見えてきた。先を行くテッドを追い越してわたしが先に扉前に到着すると、壁の至るところに張り紙がされてあった。「ここに罠を仕掛けるな!」「五番重り取れかかり注意!」「巻き上げ機は私のもの」「指差し確認徹底!」などなど。整備をしていた人達が注意喚起を促すためのものだろう、張り紙だけでも歴史を感じてしまった。わたしに追い付いたテッドが頑丈な扉を開け放ち、そして薄暗かった非常階段に太陽の光がこれでもかと降り注いだ。


「うわぁ……すっごい……」


 圧巻だった。非常階段とは比べものにもならない程、太陽の光に注がされた機械室は開放感のある場所だった。手すりの付いた通路が各エレベーターを動かす主要装置へと繋がり、その大きさも四段階に分かれていた。天井も高く取り付けられ格子窓から太陽光が中に入り込み年季の入った装置群を照らしていのだ。扉から伸びる通路は真っ直ぐ進み、それぞれ四基の装置群の中央には制御盤を思わせる大型の機械が中央に置かれているよだった。無言で歩き始めたわたしをテッドがまたくすくすと笑った。


「もう、さっきから何?どうして笑うの?」


「いやだって、ずっとそわそわして上の空だったから」


「………」


 い、言われてみれば確かに。屋上に行けると聞いた時からそのことで頭が一杯だったかもしれない。「ふん!」と今さら拗ねてみせたが遅い。格子窓から降り注いだ太陽光に導かれ中央まで歩いて行くと、制御盤に隠れた一人の男性がいた。髪は銀色、服装は特殊部隊の装いに近い。背も高くすらりとしているが身のこなしを見るに特殊部隊の人達のように戦闘経験を持っているのが一目瞭然だった。わたしはてっきり基地の人が既に修理に来たものと思ったのだが、テッドに視線を向けるととても険しい表情をしていた。


「基地の人じゃない?」


 小声で確認を取った。テッドが二度三度首を振って否定した。


「違う、あんな人見たことがない」


 その言葉を聞いてわたしとテッドが制御盤から死角になる位置につき、ゆっくりと歩みを進めていった。



✳︎



[設置の方はどうだ]


[もう間もなく、お父上]


[手早く済ませろ、そこは敵の本拠地だ]


[あぁ…これで私が囚われの身になってしまったらどうなるのか…]


[悪ふざけは程々にしておけ、そうなったら遠慮なくお前を切る]


[!]


 それだけはあってはならない事だと自分を戒めた。

つくづく自分は幸運に恵まれたと思う、命を与えられた瞬間から尊敬に値する存在を獲得したのだ。ディアボロス様にしてもウロボロス様にしても、彼我を比較した結果に過ぎないがそれでも幸運である事に変わりはない。

 見捨てられる訳にはいかないと、言われた通りにエレベーターを制御している大型端末に取り付けた外付けの小型端末を手早く起動させる。サーバーからハッキング出来れば良いが、この街はガイア・サーバーの()()、建造したタイタニスというマキナが管理しているので物理的手段でアクセスするしかなかった。まぁ、用があるのは()()なのだけれど...

 気配を二つ、それも殺気。友好的ではないそれらに素早く身構えた。腰を落としてホルスターから銃のグリップを握った時に大型端末から一つの影が踊り出てきた。


「…っ!」


 銃口を向けるや否やトリガーを引こうとしたが、上から殴られてしまったので思わず体勢を崩してしまった。


「?!!」


 鼻の奥がつんとして視界もぶれた、後から殴打された鈍痛が襲ってくる。強制的に視線を落とされてしまい、襲ってきた敵に今度は自分が銃口を突き付けられてしまった。少し視線をずらして見やれば、ブーツを履いた子供の素足が目の前にあったので驚いてしまった。徐々に視線を上げていけば、黒いハーフパンツにオリーブ色のアーミージャケットを着た金髪の女の子が、自分にサブマシンガンを予断なく突き付けていた。

 目が合うと女の子が端的に口を開いた、鈴の音が鳴るように低い声を出して。


「誰?」


「………」


 何たる事だ、戒めたそばから窮地に立ってしまった。自分の背後には恐らく大型端末の上から襲いかかったもう一人がいる、目の前の女の子を処理しても手が足りない。何も喋らない自分に業を煮やしたのか、後ろから一発威嚇射撃を受けてしまった。


「答えてください、あなたは基地の人間ではありませんよね」


 ...女の子の声?この街は年端もいかない子供達にも銃を持たせるというのか?


「…基地の人間ではありませんが、修理に参ったのです、手荒な真似はお辞めください」


「銃を向けたのはそっちが先、いいからさっさと白状しなよ」


 見えていたのか、何と目の良いことか。だからと言って口を割るつもりはない。()して勤めを果たせば良い。


「…私がお気に召さないのであれば撃ち殺せば良いでしょう」


 女の子の片眉が上がった、サブマシンガンの安全装置を解除して眉間に銃口を押し付けてきた。冷んやりとした感触が伝わり、少しは鈍痛を和らげてくれた。


「…撃てもしないのに持つ物ではありません、ましてや君のような女の子が手にして良い物でもありません」


「誰のせいだと思ってんの?」


「………」


「ビーストを放ったのはあんたらの親玉でしょうが」


 ...言っている言葉が理解出来ない。自分の正体には気付いていないはずなのに、ただのハッタリか誘導尋問の類いか。


「何をしていたのか言って、もう正体は分かってるから」


 ハッタリ……か?


「押さえ付けておいて、口を割るはずないよ」


 サブマシンガンのグリップで殴るつもりか、銃口を一瞬でも逸らすだなんて。


「?!」


 相手が腕を持ち上げた隙を突いて足払いをかけた、簡単にバランスを崩させて地面に倒れ追撃をかける。


「動くなっ!」


 女の子のお腹を殴ったところで後ろから銃を突き付けられたが、その言葉を発する時間があるならトリガーを引いたらどうだと怪訝に思ってしまう。


(味方への誤射を懸念して…)


 振り向き様に銃を叩き落として同じようにみぞおちに拳を叩き込んだ。呻く相手越しに大型端末を見やればインストールが終わったようだ。いらぬ邪魔が入ったが用を足せたのでそのまま後にすることにした。それにしてもあの女の子が言っていた、ビーストを放った親玉とは...一体誰のことを指しているのか。

 鈴の音を耳朶に残したまま、外に駐機させている人型機へと足を向けた。



✳︎



「カサンよ、問題が発生した」


「そりゃそうだろう、何せ向かう場所が場所だからな」


「……胆力があるのか危機管理が緩いのか、とにかく迎えの二人組がエレベーター機械室で何者かと戦闘になったようだ」


「何だって?戦闘?」


 さすがにタイタニスの言葉は予想外だった。

護衛として防人一味が周囲を守ってくれている。ここは既に稼働を停止させているとタイタニスの奴は言っているが、実際どうかは分からない。初めて来た時と同じように地面の中からパイプが伸びて天井へと突き刺さっていた。


「無事なのか?」


「あぁ、ティアマトが二人の回収に向かっている、スイには悪いが向こうで起きた後はそのまま人型機へ換装するように指示を出している」


「何ともまぁ、仕方がないか、予定に変更はないんだろう?」


「…良いのか?」


 アヤメ達が「全裸マテリアル」と馬鹿にして呼んでいる灰色一色の思案顔をあたしに向けている。


「構わない、メインシャフトが平穏になるのを待っていたら先に寿命が尽きてしまう」


「よく分からない例えだが……そこの扉を開けて中に入り待機していろ」


 言われた通りにパイプの扉を開くと椅子も何も置かれていない殺風景な部屋になっていた。パイプの形に作られているようで壁も天井も少し湾曲している。今さらながらこいつで上まで戻ると思うとお尻から冷たい何かが這い上がってくるようだ。


「本当に大丈夫なんだろうな?これは元々ビーストを運搬する時に使っていたものなんだろう?」


「お前が言った通りだ、ビーストを運んでも壊れないように頑丈に作られているから安心しろ」


 そう、言葉を残し灰色のお尻をあたしに向けて歩き出した。あのばかデカい鍵盤に向かっているのだろう。乗り込む間際に視線を寄越してきた防人一味に手を上げて応えて、向こうも頷き返したところで中へと入った。


「入ったぞ」


[あぁ、ちょっと待ってろ]


 インカムから聞こえてきたのはアオラの声だ。確か奴もタイタニスと一緒にここいらの調査をしていたな、機械弄りが好きな奴にとってはここも遊び場と変わらない。


「スイの事はあたしに任せてもらうぞ」


[はいはい]


「それとお前には礼を言わないといけない」


[言葉よりも現金の方が有難いんだがな]


「排水処理施設でお前に言われた言葉で何とか変われそうだ」


[………]


 返事が返ってこない。作業に集中しているのか忘れているのか分からない。やたらと鼻息が荒いのはやはり集中しているせいか...アオラが一つ息を吐いた後ようやく返事が返ってきた。


[あ、あぁ、変われそうならそれでいいんじゃないか?]


「お前絶対忘れているだろ、こっちに帰ってきたら覚えていろ」


 「忘れた頃に帰るから」と減らず口を叩かれた時に部屋の回りから空気が流れてくる音がした。パイプの中に入れられた「部屋」に圧縮された空気が当たっているようだ、部屋が細かく振動し今にも飛び出しそうになっているのが足裏から伝わってきた。


[準備はいいか?]


「あぁ」


[少しは慌てるかと思ったんだが…つまらない女だな]


「ベッドの上ではどうかは分からんぞ?」


[何だ、誘っているのか?いつから女に鞍替えしたんだ]


「男はもう諦めた、あたしに合う奴はこの世にいない」


[あっそ、ならあの世にはいるかもしれないな、先に行ってろ]


「まっ!」


 不吉な言葉と共に体が後ろへ引き倒されてしまった、急な加速によるものだ。体は壁に押し付けられ身動きが取れない、いや取りたくなかった。部屋全体が決壊しそうな程に揺れて、時折何かに当たっているのか突き上げる衝撃があった。はっきりと言ってもう既に後悔していた、今すぐに降りたいという恐怖心と降りることが出来ない逃げ場を失った焦燥感からパニックに陥りかけていた。

 徐々に部屋が上向いているのかお尻から力が抜けていく。後で知った事だが「重力」に抗った力が働くと地に足が付かない感覚になるらしい。


「?!!」


 上昇していた部屋が突然、横方向から何かにぶつけられた衝撃が走った。その弾みで壁の一部が取れてしまい、目にも止まらぬ速さで後ろへと流れていくパイプの裏側が見えてしまっていた。


(あー!最悪!こんなことならスイでも連れてくれば良かった!)


 早く終われと、それが無理ならせめてスイに見合う父親があの世にいてくれと、荒唐無稽な願いを胸に抱いてひたすら祈り続けた。



 これだけ早いなら到着する時はどうやって止まるんだと、慣れ始めた部屋の中で考えていると早速答えが出た。

 上昇方向から何度部屋の向きが変わったか覚えていない。突然やってくる衝撃は折れ曲がったパイプに当たっているのだろうと予測を立て、慣れてしまえば暇しかない部屋の中で進路を組み立てていたがそれにも飽いた頃にまた下方向から衝撃が走った。それも何度も間隔を空けて襲ってきた。


(あぁ、これ減速しているのか…)


 とりあえず安堵した。まさか壁にぶつけて止まるのかと冷や冷やしていたからだ。部屋を揺らす程の振動も収まりスピードに緩やかになった。最後にもう一度下からの衝撃で部屋が完全停止した。


「はぁ、これで扉を開けたらあの世とかだったら笑えないんだがな」


 内側から扉を壊す勢いで開け放ち、恐怖とスリルと暇を与えてくれた部屋に別れを告げた。扉を開けた先は壁、それに溝がいくつもある。さらに上を見やれば見慣れた天井があった。


(本当に一階層まで来たみたいだな)


 でっぱりを掴んでよじ登り、壁を越えると天井と同じように捨てられた街の風景が眼前に広がっていた。


「………」


 高い建物は一つも無い、全てが平べったくそして()()()()建物ばかりだ。後ろを振り返れば壁の中から突き破るように何本かレールが伸びておりその中にあたしがさっきまで居た部屋があった。こんな遠くまで探索にも戦闘の為に足を運んだ事がなかったので、存在していたことすら知らなかった。

 周囲を見渡せば少し高い位置にある区画のようで、特殊部隊の痕跡が一つも見当たらない建物というのも新鮮だった。


[着いたようだな]


「?!」


 耳にはめたインカムから渋い声がしたので心底驚いてしまった。


[具合はどうだ、体に異常はないか]


「はぁ……驚かせるなタイタニス、あたしは肝っ玉が小さいんだ、何故インカムが使える?範囲はとっくに超えているはずだ」


[改良したのだ、ナツメからの要請でな、今後は我らマキナとも相互通信が可能だ]


「それは心強い、道案内をしてくれ」


[うむ?お前達特殊部隊はそこへ赴いたことがないのか?]


「馬鹿言え、こんな遠くまで足を運んだことがないんだ、見知った場所に出るまでで構わない」


[了解した]


 その後暫く渋い声のナビゲートで、見知った街の知らない通りを歩いて行った。



57.b



 まだお腹が痛む、さっきの不審な人間に殴られてから一時間近く経過していた。機械室で何をやっていたのか問い質す前に逃げられてしまった。簡単に背後を取れて油断していたし、そもそも対人戦闘は人型機以外まるで経験がないこともあり対応が不味かった。

 いつもの黒いドレスの上からアーミージャケットを羽織り、どこからそんな物を持ってきたのか分からないけど回転式拳銃、所謂リボルバーを手にしてティアマトさんが応援にやって来てくれた。


「具合は?」


「最悪」


「な、何とか…」


「カメラで犯人を確認したわ、少なくとも基地の人間ではないわね、タイタニスにも連絡を入れてあるから」


 ティアマトさんは機械室で合流してからずっと制御盤の前で操作をしていた。タイタニスさんから指示を受けてエレベーターの復旧作業をしてくれている。


「直りそうなの?」


「えぇ……少し待っていなさい……」


「邪魔しちゃ悪いよ」


「はぁ…何なのアイツ!絶対ディアボロス一味でしょ!自分から殺せだなんてマキナしか言わないよ!」

 

「私でも言わないわよそんな事」


「何か細工……?していたんだよね?それにしてもあまり変化が無いような……」


 ぐるりと周囲を見てもとくに異常はない。てっきりエレベーターを動かせなくしていたのかと思っていたけど、機械室からでも見える巻き上げ機やその他の装置は来た時と変わっていないし、そもそもエレベーターは元から壊れていたから関係ないと再び視線をアマンナ達に戻した。

 あれだけ注意したのにアマンナは素足のまま、アヤメさんみたいに何かしら履いて保護すればいいのに白くて細い足が剥き出しになっていた。


「アマンナ、一旦艦体に戻るよ」


「どうして?このまま向かえばいいじゃん、カサンって人もこっちに来てるんでしょ?」


「素足」


「……触りたいの?」


「何か履きなよ、さっきは何ともなかったけど足に攻撃受けたらどうするのさ」


「そんな布切れ一枚じゃ何も変わんないでしょ、ほんと最近のテッドはうるさい」


「うるさいって…心配だから注意してるんだろ?いいから言うこと聞きなよ見てらんない」


「出て行く時は何も言わなかったくせに、今さらじゃない?」


「アマンナ」


「……あーもう分かったよ、戻ればいいんでしょ、戻れば」


「………」


 ティアマトさんに睨まれながら腰を上げてアマンナに付いて行く。言外に出て行けと言われたら出て行くしかなかった。



[テッド、エレベーターの修復は終わったわ、こっちに戻って来たらそのまま一階層に向かってちょうだい]


「はい、分かりました」


[…………]


 艦体に戻ってくるなり機械室に残って作業を続けてくれていたティアマトさんからインカムに通信が入った。終了した旨を告げた後、何故だか切らずに黙り込んでいる。


「あの、ティアマトさん?入ってますよ?もう一度タップすれば切れますので」


 切り方が分からないのかと思って教えてあげたが違うらしい、言葉を選んでいる気配が伝わってきた。


「あの……どうかされました?」


[……あの子のこと、アマンナのことはよろしくね]


「はい?」


 何だ急に、もうお別れみたいな言い方して少し変だ。


[我儘で聞かん坊だけど、あなたのことはいたく気に入っているはずだから、さっきの態度は気にしないでちょうだい]


「はぁ……あんなの慣れっこなので何とも……というか何かあったんですか?アマンナの言う通り昨日から様子が変ですよ」


[ ]


 .......ん?返事がない、それに通信が切れたようだ。こんなタイミングで?

 嫌な予感しかしないので、まだ着替えているであろうアマンナの部屋の扉をノックして急かした。


「アマンナ!早く着替えて!」


 部屋の中から返事がない。


「もう!アマンナったら!何やってるのさ!」


 返事もないのに慌てていた僕は遠慮なく扉を開け放って見てしまった、小さなお尻を丸出しにして下着に片足を通していたアマンナの無垢な体を。


「きゃああっ?!!」


 あのアマンナがらしくもない悲鳴を上げてその場でしゃがみ込んだ。中途半端に履きかけたていた下着が床に投げ出されている、それを掴み上げてアマンナに渡すと頬っぺたを平手打ちされてしまった。


「いいから早くしなよ!ティアマトさんに何かあったみたいなんだ!」


「そんな!はぁ?!他に言うことあるでしょ?!」


「普段は自分から見せびらかすくせに今さらだよ!」


「自分から見せるのと勝手に見られるのは違うんだよ!」


「それこそ今さらだよ!というか何で下着まで脱いでるのさ!僕は靴下か何か履けとしか言ってないのに!」


「ガーターベルトの存在も知らないのか!」


「どのみち脱ぐ必要ないよね?!」


「何でそんな事知ってんの?!」


 顔を赤く染め上げたアマンナと暫く口論した後、人型のマテリアルに換装しアサルト・ライフルを片手に突入してきたスイちゃんによって一時休戦となった。



「見損ないましたテッドさん、本当に性欲お化けだったんですね」


「しくしく……」


「いやいや…というか早く向こうに行かないと!ティアマトさんに何かあったってさっきから言っているだろ!」


 何でガーターベルトどこに気合いを入れようとしていたのか...結局アマンナは前に買ってあったオーバーニーソックスを履いて、分かりやすい泣き真似をしながら艦体の出口へとスイちゃんに守られながら来ていた。


「ただの故障ではありませんか?それを口実にしてアマンナお姉様の裸体を視姦しようだなんて……」


「しくしく……」


 アマンナが素早くスイちゃんに「しかんって何?」と耳打ちして聞き出している。それに答えようとスイちゃんが耳打ちを始める前にアマンナの頭にチョップをかまして止めた。


「暴力!」


「性欲暴力お化け!」


「あーもう!故障かどうか調べるためにも急ぐよ!」


「そんないちいち行かなくてもいいでしょ、わたしのこと何だと思ってるの」


「痴女」


「え、やっと妹から女に昇格できたの?」


「痴妹」

 

「言葉の意味が分からない、わたしが通信取ればすぐに分かるよ」


「なら早く取って!」


 マキナだったことを忘れていた。いちいち口に出したりしないが。アマンナの耳たぶが点滅してすぐに無事であることが分かった。


「ティアマト?何やってんの、インカムが壊れたってテッドが騒いでお尻見られたんだけど…………分かった」


「それ言う必要あったの」


「帰ったら折檻して説教だって」


 もうアマンナの言葉は頭に入れないことにした、付き合っていられない。


(それじゃあ、本当にただの故障?僕は使えるのにティアマトさんだけ?)


 スイちゃんも一緒になってエレベーターへ向かおうとしていたのでさすがに止めた。ここの守りが無くなってしまう。


「スイちゃんはここで艦体を守ってて、さっき機械室で細工していたマキナのこともあるから」


「はい……アマンナお姉様が心配ですが…分かりました」


 そっちの心配?


「大丈夫、テッドはヘタれだから」


「あんなに可愛い悲鳴上げた奴が言うことじゃないよ」


 再び顔を赤くしたアマンナに背中を殴られながらエレベーターへ向かっていると帰りのティアマトさんと会い、何故か幾分かすっきりとした顔になっていた。


「テッド、見損なったわ」


 顔を合わせるなりこれだ。


「エレベーターはもう大丈夫なの?」


「ええ問題ないわ、それと今日は悪かったわね、些細な事であなた達に八つ当たりをしてしまったみたいで」


「?」

「?」


 アマンナと視線を合わせて同時に首を傾げた、何の事を言っているのか...僕達の様子がおかしい事に気付いたティアマトさんが、


「……テッド?まだ怒っているのかしら、さっきはきちんとあなたに話しをしたと思うのだけど……」


「さっき?」


「インカムが故障してたんだよね?」


 アマンナの言葉にティアマトさんが天を仰いだ。何?どういうこと?


「…………忘れて……ちょうだい、いや忘れなさい……」


「あー何もしかして一人でずっと何か喋ってたの?」


 無言でティアマトさんがリボルバーの銃口をアマンナに突き付けた。


「ちょ!ティアマトさん!冗談でも人に向けたら駄目ですよ!」


「いいえこの子はマキナだから撃っても問題はないわ」


「後でタイタニスに聞かせてもらおーっと」


 リボルバーから一発の弾丸が放たれ軍事基地に甲高い音が鳴り響き地面に穴を穿った。


「殺す気?!」


「死ねば諸共よ」


 ほ、本当に機嫌直ったのかな...



57.c



「見えないとは……見えないとは何だ?確かにスコープから敵を確認したのだろう?」


 防人分隊のリーダー格が声を落とし二度も同じ事を問うてくる。

先程から搬入口には敵の気配に包まれていた、それも大勢のようだ。何かを探っているのか同じ所を何度も行ったり来たり、時折()()()()()()()()()()咆哮も耳に届いてくる。しかし、敵の姿が見えないのだ。どうしようもない。


「透明だったんだ」


「"姉貴も笑えない冗談言わはるんですね"」


「疲れているならマテリアルを換装したらどうだ、少しはマシになるぞ」


「下らないこと言ってないで防人、お前こそどうなんだ?敵と交戦したのだろう?」


 すると、後方へ向き直り一人の防人を呼び寄せた。私らに聞こえないよう耳打ちをしてもらい、答えに満足したのか頷き帰らせてから再びこちらに向いた。


「どうやら敵はステルス迷彩を所持しているようだ」


「…」

「"…"」


「我から提案がある、ここに今一度仮想領域を展開させて敵の姿に「色付け」しようと思うが、どうだ?」


 こいつ凄いなこれだけ睨んでも一向にたじろがない。


「その前にだ、何故情報共有をしない、お前らがきちんと分隊内で共有していればこんな大所帯で出向くこともなかったんだぞ」


「我らは一騎当千の戦士、そもそも連携を取らねばならない状況が異常なのだ、こうも階層に味方やら敵やら入ってくるのが何千年ぶりだと思っている」


「言い訳?」

「"大した根性してますなぁ"」


 また少し遠くから銃声のような咆哮が聞こえたので、詰問は後回しにする。


「敵が事前に仮想展開させて姿を消している可能性は?」


「うむ、実はその可能性についても考えていたのだ」


「…」

「"見栄っ張りやねぇ"」



 十階層エリアの搬入口は他とは違い橋が無い。地理的な問題なのかそもそも作る必要が無かったのかは知らんが、橋が無い分移動出来る範囲がかなり広い。前回の騒動の際はその広さもあって助かっていた面もあったが今回は逆、索敵範囲が広がればその分対処しなければならなくなってしまう。橋が架かっているなら、アヤメを六階層に落としてしまったあの時の作戦のように爆弾でも仕掛ければ簡単な話しなんだが。


(ここにきても爆弾とは、何も変わっていないな)


 待ち伏せする以外に選択肢がない、敵がいると分かっていながらただ待っているのは本当に性に合わない。早く片付けて楽になりたいという、落ち着かない胸騒ぎがとにかく嫌いだった。

 そわそわした落ち着かない心持ちで死角が多い瓦礫に隠れていると防人分隊から通信が入った。


[仮想領域を解除する、準備は良いか?]


「早くしてくれ」


[ふっ、その心意気がいつまで持つかな]


 何なんだこいつ、やたらとカッコつけたことを言うな。

視界に入っていた瓦礫だらけの光景に早速変化が起きた。あれだけ散乱していた瓦礫や破片が消えていくのだ、ある程度はそのまま残っているようだが随分とすっきりした印象に変わっていた。居住エリアからすぐに陣取り様子を伺っていたが、ここからでも搬入口のエレベーター出口が見える程だった。


「防人、お前達はまさか…」


[あぁ、わざと瓦礫やらを配置して死角を作り出していたのだ]


 道理で。工場区へ向かっている時あれだけ真っ直ぐに走っても当たらなかった訳だ。


["来ました……"]


 クマの報告に緊張が走る。化けの皮が剥がれた敵の姿をいよいよ視認することが出来る。私のいる場所からでも、複数体の足音が聞こえてきた、身を隠していた瓦礫から覗き込むと四体のビーストがまとまって歩いているところだった。周囲を執拗に確認しているのか、馴染みのある頭部を動かし続けていた。


「ビースト四」


["同じです"]


[待て、後方からさらに二]


 確認と報告を兼ねて通信を行い、計六体のビーストをようやく確認することが出来た。先手必勝、待つ手はない。


「クマ、とにかくビーストを分断させろ」


「"いきまっせー"」


 別の岩陰から腕をぶんぶん回している音がする、気合いを入れているらしい。


「防人よ、お前達はどうする?」


[何?どういう意味だ]


「お前達は一騎当千の戦士なんだろう?私らと連携なんぞ組みたいのかと思ってな」


[……挑発と受けとろう……いいだろう我の力を見せつけてやろうではないかぁ!!!]


「?!」


「「ウゥオーっ!!」」


 あいつら頭おかしいんじゃないのかっ?!あんな大声出したら隠れている意味がないだろっ!

 勝ってもいないのに勝どきを上げ始めた防人分隊の異様な大声と雰囲気にビーストが気付いた。


「クマ!」


「Wooofenpm!!」


 いつもなら敵対している時にお腹まで揺さぶられる咆哮も、いざ味方となればここまで心強いとは知らなかった。手足でひび割れた大地を駆け先頭にいた一体のビーストに猛然と襲いかかった。


「Maaateoo?!」


 突然襲いかかられたビーストがたじろいでいる、その隙を見逃さずクマがさらに一歩踏み込み拳を突き出したが、


「Wnow?!」


 見えない壁に阻まれたように大きくのけ反ってしまっていた。それとこの音は...?何発もの弾が同時に発射されているこれは...まさか?!


「ショットガン?!」


 驚いている間にもクマが立て続けにショットガンを至近距離から食らってしまっていた。ビーストの口の中から発射されているように見えた。


(あんなのいたか?!)


 というか敵も銃弾を扱えるとなると話しが変わってくる。あっという間に見るも無残な姿に変えられてしまったクマを放置して撤退のサインを出した。



「"酷すぎやしませんか"」


「すまないとは思っている」


「"それ気にしてないって言ってんのと同じ意味ですからね"」


「命があるだけ我らに感謝しろ」


「………」


 撤退して屋内展示場前の空中通路まで戻ってきていた、幸いにもビーストからの追撃はなく簡単に逃げおおせたが、どう対処すれば良いかと頭を悩ませていた。クマはアヤメが命名した「クマこん」なる形に変化している、まぁ仮想展開された場所ならマテリアルが無くても意思疎通は出来ると踏んで見捨てた訳なんだが。


「ディアボロスが新型を作ったのか?」


「だが、あの製造装置はタイタニスによって停止されているはずだ」


「"隠し玉っちゅうことですかね"」


「………っあぁもう!」


 頭をガリガリと掻いて居所が悪い虫を腹の中から追い出そうした。


「剥げるぞ」


「いいかっ防人!お前には言っておきたいことがある!」


「何だ」


「使えないにも程がある!」


「……………………」


「勝手な判断するわ情報共有しないわ反省しないわ、戦場で一番迷惑な奴だ」


 さらに目的地が遠いのてしまった苛立ちから八つ当たりをしている自覚はある、だが言わねば気が済まないし心を入れ替えてもらわないと新型のビーストに太刀打ち出来ない。


「自信があるのは結構だ、だがな、少しは己を省みろ、独りよがりの闘いの果てには何が待っていると思う?」


「…………」


「孤独だ、私の言葉の意味が理解出来ないのならすぐに槍を捨てろ、いいなっ!!」


「………あ、あぁ」


 私の勢いに押されてか、しどろもどろになってしまった防人に胸を痛めながらも、何を今さらと自分を叱咤して敵前逃亡をしたアヤメの所に足を向けた。



「あーるーぷーすーいちまんじゃーくーこーやーりーのーうーえでーあーるーぺーんーおーどーりーをーさぁーおーどーりーまーしょっ」


 小さな男の子にハイタッチをしながら、


「ヘイっ!!」


 ベッドの上で女の子座りをして決めポーズを取っているアヤメとばっちり目が合った。

 部屋に入る前からアヤメと男の子の陽気な歌声が耳に届いていた。こっちの気も知らないで何て呑気なことか。片腕を上げたまま冷や汗を流し始めたアヤメに声をかけた。


「アヤメ、」


「違うのこれは違うの、誤解だから、ね?誤解だよ、分かる?」


「今からすぐに、」


「だからねこの子が遊びを教えてほしいっていうから仕方なく、そう!仕方なく教えつつ遊んでたんだよ」


「結局遊んでたんだろうが」


「うぐぅ」


「お前……落ち込んだふりしてずっとこの子と遊んでいたのか?」


 罰が悪そうに目を背けた、アヤメと同じような金の髪をした男の子が間に割って入った。


「ま、待ってください、僕から遊んでほしいとお願いしたのは、その、事実というか……」


 一生懸命になって駄目な大人を庇っている。さすがに堪えたのかアヤメが今さら謝り出した。


「ごめん…ごめんね、ほんと駄目な奴で…遊んでくれてありがとね、今度は湖に連れて行ってね」


「あ!」


 「それは言わない約そく……」何たらと男の子がアヤメに耳打ちしながら器用に怒っている。「ごめん、ほんとごめん!」と小さな子供相手に全力で謝り倒したところで堪忍袋の緒が弾け飛んだ。


「いいからさっさと支度をして表に出て来いっ!!新型のビースト相手に今からどんぱちかまさなきゃいけないんだよっ!!いつまでもこんな所でちんたらやっていられるかっ!!」


 「あれが俗に言う八つ当たりだからね」と今度はアヤメが男の子に耳打ちをし始めたので遠慮なく耳を引っ張って部屋から連れ出した。



57.d



 チュウ型エレベーターに乗り込み十分ちょっと、合流予定地点の一階層に到着した。これで非常階段で降れば一時間近くかかるっていうんだからほんと、エレベーター様々だ。

 手元のサブマシンガンを確認する、弾倉よし!セーフティーよし!そして足元よし!わたしの視界にはハーフパンツから見える...何だっけ...何とか領域が見えて黒いオーバーニーソも視界に入っている。それにアーミージャケットに金色の髪。まるでアヤメだ、アヤメのコスプレをしているみたいで落ち着かないふわふわとした感じを味わっていた。

 がここんっと音を立ててエレベーターが停止してゆっくりと扉が開いていく。心無しかテッドが緊張しているように見えるが、元々ここでは何度もビーストと戦ってきた戦場だ。カサンが出発前に...何だっけ...体が忘れられないみたいな、やらしい意味にしか聞こえない理由を喋っていたように、どうしても緊張してしまうのだろう。

 こういう時にふざけてもろくな事にならないので大人しくテッドの後ろに付いた。


「……行こうか」


「う、……分かった」


 これで驚ろかしたらどんな反応をするんだろうとバカな事を考えていたので変な声が先に出てしまった。しかしテッドはそれが当然の反応と思いとくに突っ込みはしなかった。何故なら架けられた橋には数え切れない程の残骸と死体が小山を築いていたからだった。

 ビーストの残骸も人の死体も何かしら欠損しており五体満足のものは一つもない...ように見える。壁も床も穴だらけ、四方向に伸びている内二本の橋が途中半ばで折られたように無くなっていた。ここで何度も戦闘が行われていたのは嘘ではないらしい、それにここを突破されてしまえば後は街のみだ。星型の防護壁があるとはいえ、最終防衛ラインを死守するのは必然とも言えた。

 無意識のうちに、先を慎重に歩くテッドに声を掛けていた。


「この山にテッドがいなくて本当に良かったよ」


 不思議と素っ気ない返事が返ってきた。


「そう、でも呼ばれたら行かないとね」


「呼ばれたらって…何?」


「この山にいる人達は皆んな、庇ってこうなったんだよ」

 

「………」


 テッドの言葉に息を飲む、これだけ大勢の人達が自らを犠牲にしていたのかと、その圧倒される程の気高さを垣間見た気がした。

 それでもだ。わたしは好きになった人達がこうなってほしくないと心から願った。


「行かなくていい」


「………」


 テッドはうっすらと微笑みを返しただけだ、何も言わない。


(まぁ、わたしが言ったところで何の説得力もないんだろうけどさ……)


 いくつかの山を避けながら一階層の居住エリアに足を踏み入れた。



「予想外にも程がある」


「ここへ初めて来た人は皆んなそう言うよ」


 エリア前のゲートを潜った先はどうなっているんだろうと、ほんの少しだけわくわくしていたのに...これだ。さっきの少し重い空気を吹き飛ばすためにも「丸!」ってやりたかったのにこれでは出来ない。

 はっきりと言って街全体が貧相なのだ、建物はどれも低く高い建物なんか一つもない。上層の街の方が立派に見えてくる。それに建物の種類も一つ二つしかなく本当に街なのかと言いたくなるぐらいだ。これでは下層の街と変わらない。


「ここって何、下層にあった街を再現でもしてるの?」


 わたしの言葉に合点がいったような顔をしたテッド。


「あー…言われてみればそうかも…確かに似てるね」


「タイタニスに聞いてみるよ、報告がてらに」


 すぐさま通信を取り、一階層に到着したことと街の貧相さについて聞いてみると返事はたった一言。


[資源が尽きたのだ]


[それでよく自由な炭素を作れたね]


[他の階層には顔を出したか?]


[いや……あー何?他の階層からリサイクルして持ち出したのか]


[そうだ]


 何とも器用な。


[それよりカサンは?もう着いているんでしょ?]


 わたし達がいるのは街に入ってすぐの広間になっている所だった、全ての建物が作りかけにしか見えない、それなのにやたらとピカピカとして歪な雰囲気がする場所だ。

 周囲に目をやっていると突然タイタニスがわたしのことを馬鹿にしてきた。


[アマンナ、存在が穀潰しなら目玉も穀潰しなのか?]


[なんだとぅ……言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないのかっ!!]


[()()()()()()()()()()]


「は?」



57.extra



[はぁ……あんなの慣れっこなので何とも……というか何かあったんですか?アマンナの言う通り昨日から様子が変ですよ]


 テッドにはお見通し...いえ、あのアマンナにすら見抜かれていたから余程顔に出してしまっていたのね...決議の場で黙っていた事が明るみに出てしまい、グガランナから逃げてしまった不甲斐なさから苛立ちを自分自身に対して募らせていた...いいや、これすらも詭弁だ。要は格好のつかない姿をグガランナに見られてしまったせいだ、それにあんな事を決議の場で言わなくてもと彼女に対してまで苛立ちを募らせてしまっていたのだ。

 軽く深呼吸をしてから、まるで懺悔のようにテッドへと白状した。


「……ごめんなさい、あなた達に八つ当たりをしてしまっていたわ、さっき機械室で睨んでいたのもあなた達を見送る時もそう…本当に自分を不甲斐なく思うわ……でもね聞いてほしいの、八つ当たりをしてしまえる程にはテッドにも心を開いているということなのよ、まぁ自分から口にする事ではないかもしれないけれど……昔の私は確かに傲慢で他人も慮らずに好き勝手やっていたかもしれない、けれど今は違うわ、本当にあなた達の事を我が子のように思うしさっきも言ったけど自分への苛立ちを当たれる程には甘えられるようにもなったということなのよ…いいえ分かっているわ!いつまでもこんな調子ではいけないことぐらい、でもね、もう少しだけ甘えさせてもらえないかしら、何も八つ当たりをしたり暴言を吐きたいとかではないの、その……こんな言い方をすると子供のように聞こえるかもしれないけれど……私も少ならからずあなたの事を好いているのよ、だから決議の場が終わるまではあなたの優しさに胡座をかかせてちょうだい……きっと…いいえ!必ず恩返しをしてみせるわ!」


 そこまで言い切ってようやくインカムの通信を切った。胸の内に溜まっていた暗く重たいものがすっかりと抜け落ちたような気分だ。あの日見た爽やかな薄い青空のように雲が払われ、そして...その後再び羞恥と脱力という名の雨雲に覆われたのは言うまでもないことだった...

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