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第五十二話 十階層の街、摩天楼

52.a



 ここは摩天楼。一度アオラに見せてもらった映画の一場面に出てきそうな景色が眼前に広がっていた。セントラルターミナルを思わせる空中通路が超高層ビルの間を行き交い、私達が立っているエリアの入り口からではビルの屋上がまるで見えない。一体どうなっているんだここは。


「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」


 敵の存在も忘れて皆んなが黙り込む。私の隣に立っていたナツメが小さく口を開いた。


「……アヤメ、もしかして六階層もこんな感じなのか?」

 

「…ううん違う、こんなビルは一つも建ってなかった」


 敵から逃げるために居住エリアに入ったはいいが...ここが本当に居住エリアなのか?入り口前は下層と同じように展望台になっており、手すりの向こうはさらに下にも続いて地面が微かに見えるぐらいだ。展望台から目の前のビルへ空中通路が伸びておりひとまずそこを目指すことにした。

 おっかなびっくりの体でクマさんが先導した。


「わ、私が乗っても大丈夫ですかね……」


「落ちたらその時だよ」


「それフォローになってませんから!」


「ひゃっー、昔の人間は凄いんだな、こんな所に住んでいたのか、よくここを放棄するつもりになったな、勿体ない」


「あぁ、捨てる意味が全く分からない、あたしらの街よりよっぽどいいじゃないか」


「そうですか?こんなせせこましくビルが建っている場所、何だか息が詰まりそうですよ」


「グガランナ、タイタニスさんに連絡を取ってくれないか」


「分かりました、六階層へ行ける手立てがないか聞いてみます」


 私の前を歩いていたグガランナの耳たぶが点滅し出したので、悪戯半分で触ってちょっかいをかけた。


「やめっ!あぁ!アヤメぇ!そうゆう事は誰もいないところでぇ!…………いやちょっと待って違うのっ!!」


 アオラに手を取られてやめさせられたのも束の間、グガランナが必死に言い訳を始めたが肩を落としてしまった。


「…ふざけた連絡なら二度とかけてくるなと……アヤメ!」


「お前!何でこんな時にそんな馬鹿な真似をやったんだ!」


「ごめん、気が抜けてて……」


 空中通路のど真ん中で皆んながかぶりを振っている。「はぁ」という四重奏が聞こえてきた。


「いや!だから!………ごめん」


「私は良かったんだけどさすがに……タイタニスへは引き続き連絡を取ってみますが……」


「頼む、それとアヤメ、暫くグガランナのそばには近づくな、いいな!」


「そんなぁ!」

「……はい」


 ナツメの指示にグガランナの方がショックを受けていた。「ふん!」という言葉と共に何故だかクマさんに後ろから小突かれてしまった。



「……何なんだここは一体、あたしの価値観が崩れていくようだ……」


「今更?」

「遅くないですか」


 口をぽかんと開けたカサン隊長に、アオラとナツメが二人して突っ込んでいる。けどまぁ、無理もない。さっきナツメに怒られたのも忘れて私もテンションが上がってしまっている。


「……冒険」


「え?何か言いましたか?」


 私の隣にぴったりとくっ付いているクマさんが聞き返してくる。


「冒険……したくない?」


「いや、分からんでもないが、目的を忘れていないか」


「いや、これを見て何とも思わない奴がいるのか?いたな、お前だなナツメ」


「何だと?私は当初の目的は忘れるなと言っているんだ」


「あたしらは確かにビルに入ったはずだよな、ならどうしてこんな景色が広がっているんだ?」


 カサン隊長の言う通り、私達の目の前には広大な景色が広がっていた。


「見渡す限りの………花畑っ!!」


「ひゃっ?!急に叫ばないでくださいっ!」


 スイちゃんに突っ込まれてしまったがクマさんの手で叩くのはやめてほしい。骨に響く。

 色取り取りの花が一面に咲き乱れていた。赤、黄色、それに白や紫、まるで花の絨毯だ。どこから吹いているのか爽やかな風が花々を揺らして、微かに甘い匂いと草の匂いもしていた。それに遠くにはいつか見た天辺が臭そうな山まで見えている。いや、というか...


「ねぇグガランナ、もしかしてここって」


「中層の景色……じゃないかしら」


 ナツメの言いつけをきちんと守っているのか、一番端にいるグガランナから答えが返ってきた。そしてスイちゃんも、鼻をふんふんと鳴らしながら同じ感想を口にした。


「言われてみれば…確かにあの時に見た景色に似ていますね」


「え、何?スイちゃんって匂いで記憶してるの?」


「ちが、違いますよ!変なこと言わないでください!」


「スイちゃんは匂いを嗅ぐのが好きみたいだからな、病院でも植物の匂いを嗅いでいたし」


「アオラさん!今言わなくていいですよね?!」


「ん?あれは何だ?建物に見えるが……」


 カサン隊長が何か発見したようだ。指をさした方を見やれば丘の向こうに確かに建物の屋根らしきものが見えていた。


「ナツメ」


「はぁ……分かったよ、タイタニスさんと連絡が取れるまでだぞ?いいな」


 後は無言で駆け出した。私にスイちゃんも付いてきたようで後ろからのっしのっしと歩く音が聞こえてくる。


「あれ?何か変ではありませんか?」


 駆け出してすぐに気づいた。見えているはずの花が透けているのだ、交互に繰り出した私の足に擦りもしない。


「これってさぁ、もしかして映像か何か?」


「仮想てんとうがた……何でしたっけ」


「あーそんな感じのやつ、何だ触れないのか……」


 とは言いつつも私とスイちゃんで先を急ぐように丘の上を目指した。ビルの中にいるはずなのにしっかりと勾配がついた坂を爽やかな風の後押しを受けて登っていく。



 到着した丘の上は一つの町になっているようだった。私が昔住んでいた実家のように鉄と木で作られた家がぽつぽつと立ち並び、少しの間胸が締め付けられるような郷愁感を味わった。家々の合間には必ずと言っていいほど鋭く尖った槍?のような長い棒が地面に刺されており、その周りには木製の台や棍棒のようなもの、さらに石で積み上げられた小さな噴水のような円形状のものもあった。どうせ触れないだろうと思い、地面に刺してあった槍を小突くといとも簡単に倒れてしまった。


「?!」


 金属の乾いた音が辺りに響く。


「アヤメさん?!…………あーあー…壊したんですかもしかして」


「ちが、違うよ!壊したんじゃなくて倒れたんだよ!」


 「それ同じ意味ですよ」と言うスイちゃんも、近くにあった家の扉を開けようとした。


「ふぁ!開きましたよ!」


 驚いた通りに鉄製の扉が開いており中を覗き込んでいる。入りたそうにしているがあのクマさんでは通ることは難しいだろう。


「おっさきー」


「むぅ!」


 恨めしそうにしているスイちゃんを尻目に私だけ家の中に入っていく。


「………あーそういうやつか……」


 入るなり玄関の壁には「展示品に触らないでください」と注意書きのプレートが掛けられていた。つまりここは博物館のような場所だったのだ。仮想展開型風景で当時の景色を再現し、さっきみた鉄の槍や木の台は昔の人が使っていた日用品か何かなのだろう。家の中にも至る壁にプレートが掛けられ、説明が書かれているようだった。


「それにしても、変な家だな…」


 鉄と木が混ざり合った家具、生き物の皮や頭を飾った壁、それにリビングの真ん中に置かれたテーブルの上には端末のような小さな機械が置かれていた。さらに一枚の絵画が飾れており、何の気なしに見たことを後悔してしまった。


「何これ………」


 一人の男性が様々な武器を持って、懇願している人を斬りつけている絵だった。武器を持った男性のそばには腕や足、それに息絶えた死体も転がって見るだに吐き気を催すようなそれでも見入ってしまう不気味な絵だった。


(昔の人はこんなものを飾っていたの?)


 絵画の下には銀色のプレートが掛けられていて、描いた人の名前が刻印されているようだった。


『アンドルフ・セル(1801〜1890)』


(千年以上も前に描かれたんだ……)


 でもどうしてこんな絵を描こうと思ったんだろう。昔の人はこんな絵が良かったのだろうか...

 いつの間にか合流していたナツメ達が家の外から私を呼ぶ声が聞こえてきたので、さっさとここから出ることにした。入ってくる時には気づかなかったが、玄関扉の上にはまるで守り神のように人の形をして翼も生やした一つの木彫り細工が立てかけられていた。それに見守られるようにして家を出て行った。



52.b



 いつも眠そうにしている男が大股で部屋に入ってきた。歴代の大統領が描かれた人物画に見下ろされながら、細長く無駄に豪華な机の前に腰を下ろす。


「奴は見つかったかっ?!」


「只今調査中です、もう暫くお待ちください」


「何をやっているんだこんな時にっ!せっかくの手駒がどうして行方不明になるんだっ!」


「落ち着けディアボロス、喚いても状況は変わらない」


「何でお前が作る人間のデータはここまで綺麗なんだぁ?」


「お褒めに預かり光栄です、ディアボロス様の子機も大変素晴らしく思います」


「うっせぇ!そういうお世辞が一番嫌いなんだよっ!」


 全くこの男は...俺が作った子機にまで八つ当たりするとは...


「ヴィザール、奴を最後に確認した位置は?」


「はい、ガイア・サーバーのログの中です、お父上」


 お父上...その呼び名はやめてもらいたいんだが...俺と同じ銀の色、ディアボロスを真似て同じ長さにした髪を優雅に靡かせこちらに振り向いた。今は執事の格好をさせているこの子機には様々な技能を付け与えている。人型機の操縦から対人格闘、電子戦、情報収集何でもござれの超人だ。いや、人ではないな、超マキナだ。それもこれもディアボロスがテンペスト・ガイアと密約を結んで頂戴したナノ・ジュエルのおかげだが...


「お前が先陣切って詰問しなかったから決議の場が進まなかったではないか、何故そんな勝手な事をした」


「………」


「聞いているのか、何故敵であるテンペスト・ガイアからナノ・ジュエルを受け取ったんだ」


「お前も思う存分に使っているだろう、共犯だ」


「はぁ…意味が違うがまぁいい、いずれ話してもらうぞ」


「………」


 頑なに口を割ろうとしない。上層の街へ攻め入る計画を立てた事も、グガランナが隠し持っていた二体目の子機を潰しにかかった事もだ。


(何がしたいのだこの男は……)


 読めない。上層の街へ潜入すると言って別れたのを境にして、目の前にいる男のことがまるで読めなくなってしまった。何を考えているのかも分からない。


「……ログとはどういう事だヴィザール、奴のエモートが紛れこんでいるということか?」


「それにつきましても調査中ですお父上、不甲斐ない私をどうかお許しください」


「いや怒ってはないんだが……」


「何故ログだと分かったんだ」


 眉間にしわを寄せたディアボロスが質問した。


「はい、至極簡単な仕掛けにございます、ウロボロス様が使用されていたマテリアルからエモートの波形パターンを読み取り、ガイア・サーバーにピンとして投げ打ったのです」


「…………………………ほほぉ、それで?」


「マテリアルとエモートには必ず対となる波形が残されます、ね?簡単な仕掛けでございましょう」


「お前、敬った態度を取っているわりに馬鹿にしてないか?目上の者に「ね?」なんて言える訳ないだろっ!」


「ログの中に奴の波形パターンがあったのか?」


「はい、それと不可思議な事に移動しているのでございます」


「移動?ログが移動?」


「はい」


 ディアボロスと束の間目を合わせる。


「お前の子機はポンコツなのか?データログが移動する訳ないだろ」


「いえ、確認を取りましたが確かに移動しているのでございます、過去のテンペスト・シリンダーを記録したカテゴリーから別のカテゴリーへと………あ!ほら!今も動いています!」


「よし表に出ろ」


「やめろ、俺の貴重な子機に手を出すな」


「お父上……敬愛致しております……」


「父子モノはさすがに見た事がないな、悪い事は言わないからやめておけ、隙間産業にすらならないぞ」


 頭が痛い...話し合いがまるで進まない。


「それと、グガランナがお前を告発していたが本当に身に覚えはないんだな?」


 俺の言葉に怒気を持って答えた。


「違うと言っているだろ!前の状況ならいざ知らずこんな時に襲う馬鹿がいるかっ!」


「え?」


「よーしお前今すぐに表に出ろ!絶対出ろ!そのふざけた根性を叩き直してやるっ!」


「待ってくださいディアボロス様、貴方様を愚弄した訳ではございません、ログがこちらちに向かってきているのです」


「は?」

「は?」


『おいコラぁっ!!』


「?!」

「この声はっ?!」


 聞き覚えのある声が会議室に響き渡った。ついで何かが割れる音、それはガラスを叩き割る音に似て、生き物が引き裂かれる断末魔の声にも似ていた。


「お父上は私がお守り致します!どうかお下がりください!」


「抜かせ!誰が貴様を作ったと思っている!」


「俺は?!俺のことは誰が守ってくれんの?!」


 俺達以外に誰もいないはずの会議室に殺気立った気配が満ちていく、明らかな異常。腰に差していた刀剣を素早く抜き放ち身構える。


「ディアボロス!今すぐそこから離れろ!」


「!!」


 ちょうど奴の真後ろに掛けられた人物画が大きく歪み横一直線に引き裂かれた。そしてそこから飛び出してきたのは一匹のイルカであった。


「はぁ?!イルカ?!」


 弾き出されるように飛び出したイルカは、ディアボロスが座っていた椅子を跳ね除け、釣り上げられたように乗り上げたテーブルの上で激しく暴れている。背びれあたりから血を流し、そして緩やかに絶命した。


「……何が、」


「来るぞ!ヴィザール!」


「はい!」


 ディアボロスのナビウス・ネットに侵入してきた敵が姿を現した。イルカが飛び出した穴を極太の爪でこじ開け頭を覗かせた。


『なーにを喋っているのかさっぱり分からん、いい加減にしろテメェらっ!!』


 人の頭を模して額から角を生やした頭部を乗せ、窪んだ眼を俺達に向けている。口元は大きく歪み銀に光る牙を見せつけていた。そして先程聞こえたようにウロボロスの声を真似て吠え立てている。

 目一杯にこじ開けた穴から身を乗り出し、敵が動き始める前にすかさずヴィザールが一手見舞った。手にした刺突剣で角を避け眉間を貫いたが効いていないようだ。


「こいつ?!何故手応えがない?!」


「おい!何でウロボロスの声で喋ってんだよ!あいつなのか?!」


「知らん!ヴィザール引け!」


「引けません!お父上より頂いたこの剣は我が身以上の宝でございます!醜い敵を刺し貫いたまま手放すなどできようはずがありません!」


 敵の眉間にはヴィザールの刺突剣が貫かれたままだ、確かに絶命に値する攻撃を身に受けておきながら敵はなおも動き、穴の向こうに隠れていた最後の足を引っ張り出そうとしていた。

 現状のままではせっかくの子機が危うい。奴にはまだマテリアルを与えておらずエモートを逃す場所がない。


「この刀剣を貴様に授けよう!今すぐに離せ!」


「喜んで手放しましょうっ!!」


「あいつ意外と余裕だな」


 あっさりと手放した直後、穴から這い出た敵が間髪入れずにヴィザールに襲いかかる。


『勿体ねぇ!上を向けやっ!』


「くっ!何という俊敏さであることか!」


 ヴィザールが素早く後ろに退避し空を切った敵の爪が、まるで紙を裂くように机を切り刻んだ。

 それにしても、先程から敵の咆哮なのか、喋っているのか、聞き慣れなた声で叫ばれては調子が狂ってしまう。ディアボロスの言う通りにウロボロスが関係しているのか分からないため躊躇いが生じてしまう。

 机を斜向かいに挟み敵と相対する。手持ちの武器は頭部に刺したままだというのに律儀にもヴィザールが俺の前に立っている。


「こいつ、もしかしてグガランナを襲った奴なのか?確かに俺のデザインに似ているような気もするが…」


「馬鹿を言え、ここが何処か忘れているのか?奴が襲われたのはメインシャフト内であろう、一体何故現実と仮想を行き来できるというのだ」


「馬鹿を言っているのはお前だろう、あいつもマキナと同じという事ではないのか」


「…………はっ!」


「お父上……」


 ヴィザールに慈しみの目を向けられてしまった。


「頼むからBLは他所でやってくれないか、まだ耐性付けてないんだよ」


「来るぞ!」


 ディアボロスの戯言を聞き流し、構えを取った敵を迎え撃つためヴィザールより前に出る。


「なりません!」


「いいから下がっていろ!」


 手の骨格に極太の爪を無理矢理付けた拳が迫ってくる。ギラリと光る爪の先端からも分かる程の殺意、拒絶。下段の構えから斬り上げ爪を弾くが根負けしてしまった。


「ぬぅんっ?!」


 刀剣は折れていない、痺れる腕では追撃は不可能と判断し距離を置く。


「ヴィザール!」


 俺の掛け声に素早く応答したヴィザールが、刺し貫かれた刺突剣にかかと落としを放ち敵の頭部をさらに穿った。


「お前その剣全然大事にしてないだろっ!!」


 肉を引き裂く音と金属が軋む音が同時に響き渡り、ますます敵の正体が分からなくなってしまう。よろめきもせずに生き物の尾を思わせる後ろの腰から伸びる一本の鞭を、ヴィザールが真正面から食らってしまった。


「ぬぅわぁあっ!!」

 

「くそっ」


 壁に叩きつけられたヴィザールを視界の隅に収め横薙ぎ一閃、敵の目を狙った。


『くそったれっ!!』


 ヴィザールの言う通り、斬った手応えがない。眼球は横一文字に切れて血が滴っているが、空を斬ったと言う他にない。

 さすがに目は不味かったのか支離滅裂な言葉ではなく悪態をつき、すぐさま足元に穴を開けてみせた。暗く歪み、ノイズが走った穴に身を踊らせて息を吐く暇もなく消え失せてしまった。


「………」


「無事か!」


「へ、平気で、ございますお父上……それより、刀剣をどうか……私めに……」


「欲しがりさんか、他に言うことあんだろ」


「ディアボロス、奴の位置を追え」


「はいはい」


 ディアボロスが気怠そうに手を上げて、マスターコンソールから作業を始めたのを見届けてから再度ヴィザールに向き直った。


「奴めの狙いは……一体何だったのでしょう…突然現れ、お父上の華麗な剣裁きを受けて、撤退するなど……」


「分からんが今は静かにしていろ、ここでお前を失う訳にはいかん」


 この場が現実であれば良いが、言うなれば核たるエモート・コアを剥き身でさらけ出す他にないナビウス・ネットなのだ。サーバー内で攻撃を受けるなど未だ(かつ)て有らず、いざという時は現実に置いたマテリアルへ避難する算段を立てねばならぬ程の珍事であった。マテリアルを持たないヴィザールがここで致命傷を受けることは死と同義である。


「お、お父上……」


「もういいぞ、BLの予習は済んだから好きにやってくれ」


「貴様にはこれから役に立ってもらわねばならん、我が兄弟と悲願のために、障害となる敵をこの剣を持ってして排除してもらいたい、良いな?」


 約束通り、俺が所持していた刀剣をヴィザールへと与える。人型機の戦闘にしても、テンペスト・ガイアの横槍にしても、それらを払う輩下として子機を作成したのだ。


「この身に代えて……必ずやオーディン様の願いを叶える剣となりましょう」


「頼んだ、期待している」


 ディアボロスに敵の索敵をさせ、俺は新たにマテリアルを作り上げる作業に入った。



✳︎



 ナツメ達と合流した後、町の中をぐるりと回り広場のような場所に出た。草も生えていないむき出しの地面に、その中央には丸太を組み合わせた囲いがあった。近くに立て掛けられていた展示プレートには「祭壇広場」と書かれており、どうやらこの広場では様々な事が行われていたようだった。


「動物を解体しって……何のために?」


「こんな所で結婚式を開いていたんですか……」


「裁判所とも書かれているぞ」


「何でもござれだな」


 鼻を鳴らしながらナツメが小馬鹿にしたように言う。変わらず爽やかな風が吹き続けて花の匂いに混じって異臭が漂い始めた。その臭いに思わず顔をしかめ、さらにプレートに書かれたある一文が目に入ってしまいさらに顔をしかめてしまった。


「アヤメさん?」


 私の表情に気づいたスイちゃんが声をかけてくる。この文を読ませていいのかと逡巡しながらも伝えることにした。


「これ見て、最後の方に書かれているところなんだけど……」


「…」


 そこには、ある一人の男の子が集落に住まう人達に処刑されたと書かれていたのだ。処刑された理由は不明、集落を調査した考古学者が「祭壇広場」の地中で遺骨を発見したと記されていた。


「…どうしてこんな事を……」


 声に影を落とし呟くようにスイちゃんがすぐそばで悲しんでいる。やはり言うべきではなかったと、その背中を優しく撫でた。

 アオラやナツメ達も一緒になって読んでいたのか、アオラが疑問を口にした。


「……どうして処刑したと分かるんだ?」


「……ここが裁判所だからだろう」


「あぁ……にしても、子供を……」


 そしてグガランナがゆっくりと口を開いた。


「……ガイア・サーバーのログにも過去の人達が行ってきた非道や残虐な行為は残っていました、それは一つの遊戯として当時の人達の間で嗜まれていたようです」


「……遊戯?人殺しが遊びだと言いたいのか?」


「それだけ彼らは刺激に飢えていたと、プログラム・ガイアは分析しています」


 ...それなら確かに、あの家に飾られていた絵画の説明がつく。

 

「最初は動物で欲を満たしていたようです、しかしその数も減少し続け果ては同じの人を……」


「……それでこのテンペスト・シリンダーから動物が消えて、私らの街には剥製や展示物しか残されていないという訳か……」


「……はい」


「どうしようもないな、救いようがない」


 アオラがはっきりと切り捨てた。

 

「当時の中層には、この集落だけだったんですか?ここにいる人達が動物を全部殺してしまったんでしょうか…」


「いいえそんな事ないわ、エディスンと呼ばれる街もあるのよ、それとここ以外にも集落は点在していたわ」


「……その名前は確か……」


 ナツメが何事か思い出そうと上を向いて、途端に顔をしかめすぐさま腕を払った。


「離れろっ!!」


 ナツメの怒声についで視界が大きくぶれた、まるでモニターを消したように見えていた景色がプツンと消えてしまった。広がっていた青空もなくなり、私達の上には無機質な天井と非常灯の薄暗い明かりがあった。そしてその天井を突き破るように追いかけてきた敵の姿が見えていた。

 誰かが銃を構えた、マズルフラッシュで瞬間的に明るくなり視界が悪くなってしまった。


「よせっ!」


「何をしている!やめるんだ!」


 違う、これは味方が言ったんじゃない、敵の声だ!


「アオラっ!」


 天井から敵が身を投げた、アオラのちょうど真上辺りだ。マズルフラッシュで見えないのかトリガーから指を離さない。このままではぺしゃんこにされてしまうとアオラに構わず体当たりをした。私とアオラが揉みくちゃになりながら仮想展開された風景が消えた地面に転がった、草花は無くなったが地面には芝生だけ残されていたみたいで思ったより柔らかい感触に助かった。芝生は本物らしい。

 そして衝撃、敵が植えられた芝生の上に着地した。何事か、敵が喚き続けている。


「俺はこんなことをさせるために招待したんじゃない!仲良くしてほしかったから交換制度を設けたんだっ!」


「こいつ何をっ……」


 アオラの胸にしがみついていたので声が振動として私にも伝わってきた。状況も忘れ、孤児院で過ごしていたあの日々を束の間思い出していた。

 ちらりと顔を上げた先に、非常灯の明かりを受けて敵が立っている。その向こうに威嚇するように仁王立ちになっているスイちゃんやその後ろに隠れているグガランナ、それに銃を予断なく構えたカサン隊長がいた。

 敵の奇襲に二分されてしまった私達に構わずなおも人の言葉を使って喚いている。


「少しは仲良くしたらどうなんだ!違う言語を使っているからと何も傷付けなくていいだろう!同じ人じゃないか!」


 銃を構えたままのナツメに助け起こされた、かなりキツめにアオラの頭を叩いている。


「お前は素人だろうっ、私の指示に従えっ」


「わ、悪い…アヤメも」


「いやいいよ、それよりあれは何?」


 向こうにいるカサン隊長や私達を視界に収めるよう半身になっている敵は、先程からうわ言のように人の言葉を喋り続けていた。


「どう見てもビーストではないな、だが、何故私らを狙うんだ?」


 ナツメの言葉に反応したのか偶然か、窪んだ眼をこちらに向け口元が歪んだままに敵が叫んだ。


「いいか!このテンペスト・シリンダーはお前達の箱庭ではない!俺達マキナが管理をしている場所だ!二度とお前達が争いを起こさないようにっ」


 叫んでいる途中で突然頭を押さえた。


「キKiギyaッァァアア嗚呼っ!!!!!」


 天を仰ぎ歪んだままだった口元が大きく縦に開き唾を飛ばしながら雄叫びを上げた。全身が痙攣しその場で地団駄を踏んでいる。


「ウuguゥッ、ギiyuアァッ……」


 苦しんでいる?雄叫びが呻き声に変わり、押さえていた頭から手を離し今度は額の角を握りしめている。


「何なんだこいつは……気味が悪いにも程がある……」


(俺達マキナって……それにこの声は……)


 何度も聞いているうちに思い出してきた。


(ディアボロスさんの……声に似てる……)


「あぁくそ!こんな時に!」


 ナツメの悪態に向こうを見やれば、このエリアに到着するまでに戦っていた敵が複数体...いや、隊を組んで真っ直ぐにこちらへと行進をしていた。何十体はいようかとその圧倒的な足音がこちらにまで聞こえてきた。


「散れっ!隊長そっちは任せましたよっ!」


「あぁ!」


 素早く身を翻し、呻き続けている敵も無視して「祭壇広場」から集落を抜け出した。


「走れ走れ!敵が槍を構えた!」


 ナツメの怒声に肝が冷える。まだ十分に距離を取れていないのに、これでは狙い撃ちにされてしまう。しかし、


「んん?!投擲してないかあれ?!」


 アオラの言葉に私も走りながら振り向いた。構えていた槍を肩に担ぎ踏ん張って空へと投げていた。弧を描いた軌道はどう見てもここまで届かない。


「まさかあいつを攻撃してるの?!」


 非常灯の明かりを反射した槍の穂先が呻き続けていた敵に突き刺さった。それを皮切りにして次から次へと槍が雨のように降り注ぎ、私達の攻撃ではびくともしなかった敵が地面に倒れ伏した。


「Fuギyaァァァアアア嗚呼っ!!!」


 頭、背中、腕から足から何から何まで、槍に貫かれていく敵の断末魔に似た叫びがこだまする。もうもうと土煙を上げる中でぴくりとも敵が動かなくなった。


「………」


「動くなっ!」


 呆然としていた私達に誰かが鋭く言葉を発した。咄嗟に銃を構えたアオラ。


「手にしている武器は下ろしてもらいたい!動けば容赦なく槍の錆にしてくれる!」


「ちっ」


「アオラ」


 ナツメに小声で注意されゆっくりと銃を下ろした。雨に似た槍の投擲に気づかなかったが、どうやら既に私達は囲まれているようだった。丘を少し降りた先、四方から槍を持った敵が姿を現した。

 私達に降伏勧告を行った一人の敵が声高に宣言した。


「我らはここを護りし特別師団なり!貴様らに罪なくともこれ以上の狼藉は許し難い!」


「狼藉だと?無警告で発砲したのはお前達だろうっ!」


「馬鹿っ、喧嘩を売ってどうすんだっ」


 今度はナツメがアオラに注意を受けた。

ゆっくりと敵が丘を降りてくる。側近を二人従え槍を構えさせている。敵だと思っていた相手はどうやら知性があるようだ。隊を組み言葉を発し、ここを護る存在だと告げた。

 私達のすぐそばまで近寄ってきた相手を観察してみれば、グガランナやアマンナのように皮膚に薄らと線が走っていた。


「あなた達もマキナなんですか?」


 私が声をかけると徐に顔を向けて暴言を吐いた。


「あのような出来損ないと一緒にしないでもらいたい、我らは神に寵愛を受けし………」


 出来損ないって、グガランナ達の事を馬鹿にしているのか?言葉の途中で黙り込み私の顔をじっと見つめ始めた。


「………何でしょうか」


「…………………………」


 何も言わない。瞳のカメラが拡大と縮小を繰り返している。


「兆しあり……か、良い、貴様らが我ら同胞(はらから)を手にかけた事は水に流そう、それで良いかそこの女」


「答えをまだ貰っていない、貴様らの素性を明かしてもらおうか」


「お前っ!何でそんな強気なんだよっ!」


 いつの間にか銃を地面に置いて頭に手を回していたアオラが突っ込んだ。そしてまた、私と同じようにナツメの顔を覗き込んでいる。


「…………………何とも不可思議な……」


「………」


「良い、全て水に流す、我らは三神に仕える者だ、ここを護り来るべき時のために息を吐き続けてきた哀れな戦士と思え、名も持たぬ」

 

「さんしん?三つの神ということか?」


「左様、我らは堕ちた母なる大地から外れた存在だ、そこにいるグラナトゥム・マキナにも感知されずに今日までこの地にて過ごしてきたのだ、それを貴様らが何の断りもなく踏み荒らしたが為に武力介入を行った次第だ」


「私らの目的はここではない、さっきのあの敵に追いかけ回されていたに過ぎない、驚異が去ったならすぐに出て行く」


「ただで帰すと思うか?」


「何?水に流すと言ったではないか」


「それとこれとは別の話しだ」


 睨み続け、しかめた顔をしていた名も無き戦士がそこで初めて、口元に笑みを浮かべた。



52.c



「あ?」


 オレの足元には...ってもういいか、また同じ景色が眼前に広がっていた。さっきまで集落の連中と一緒になって騒いでいたのに瞬きをした瞬間これだ。

 いつまで経っても変わらない場面に飽きてどうせならオレもと、貫かれたガキを見ながら連中と一緒に拳を上げていたのだ。そしたらこれだ。どうせまた後ろから...


『hwy!wait,plaezwait!!』


 そらみろやっぱり。

 

『no!came hera!!』


 また呑気に草花で埋め尽くされた草原を、自分がどうなるかも知らずに好きな女の尻を追いかけていやがった。


「ん?誰だあいつ」


 二人のさらに後ろ、黒い髪をした大人の女が走ってきていた。楽しそうに笑顔を浮かべ風に少し巻き毛になった髪を靡かせながら。あんなのいたか?

 また最初に見た光景のままにガキが二人して草原を転げ回っている、黒髪の女はそばに立ち二人を微笑ましく眺めていた。風が強く吹き付け黒髪の女の髪を激しく靡かせた、前髪が鬱陶しいのか耳にかけた拍子にこちらを向いた。そう、女がはっきりとオレを見たのだ。


「…………」


「…………」


 オレも女を見つめ、「もしかして運命の相手?!ついに青春が始まる的な?!」と淡い期待を抱いたが、すぐ風に流されてしまった。みるみる顔をしかめまるで虫を見るような目になったからだ。


「いよぅ!あんたはこの世界の住人じゃないのか?」


「何故あなたがここに………」


 感動。ついにオレと対話できる奴と会えた事に。


「ん?オレのこと知ってんのか?あー何?逆ナンってやつ?まさか過去の世界でそんなことされるとは思わなかったんだがな」


 前はここで足蹴りが空振りし、もんどり打って場面が変わってしまったのだ。女に覆い被さっていた男がどうやらキスをしたようだった。その後二人は手を繋ぎながらゆっくりと立ち上がり、向こうに見えていた丘の上へと再度走って行った。

 ここに残されたのはオレと目の前の女だけ。


「はぁ…デモンストレーションのつもりがまさかバグを見つけてしまうなんて……」


「バグ?オレのことか?怒っちゃうぞぉ〜」


「くだらない、さすがはあのマキナが作った子機ということかしら」


「ん?ディアちゃんの事も知ってんのか?というかお前は何なんだ」


「答える義理があるとでも?いいから早くここから出て行きなさい、目障りにも程がある」


「出て行けるんならとっくに出て行っとるわ!誰も相手にしてくんないから困ってんだよ!」


 はぁと一つ溜息を吐いてから女が手を振って何やら呼び出した。あれは前に一度見たことがあるマスターベー...じゃなかったな、マスターコンソールというやつか。


「ここはお前の仮想世界だったんだな、早く出してくれ!」


「は?排出拒否?意味が分からない……」


 ぶつぶつと何やら言っている。雲行きが怪しい。

一通り操作を終えた後、半透明のコンソールを消してこちらを向いた。嫌な予感しかしない。


「ここで朽ちなさい、それが最適解よ」


「ふざけんなっ!テメェのせいでこっちは迷惑してんだよっ!」


「……また一からやるのも……かと言ってこんな………邪魔さえさせなければ……」


 額を手で抑えてぶつぶつと何やら呟き、


「いいわ、あなたも私に付いて来なさい、特別に見せてあげるわ」


「いや、出してくれって言ってんだよ」


「既にルーティーンを組んでいるからあなたを排出するのは不可能よ、決まったフローチャートを辿らないと出られないわ」


「めんどくせぇ……何のためにこんな事やってんだよ」


 ...女の笑顔も良いもんだと、柄になく思った。


「あの子を射止めるためよ」



✳︎



「ぶぅえっくしょっんっ!!」


 私のくしゃみに前を歩いていた戦士が一斉に振り返った。


「おばさんか」


 鼻をすすりながらナツメに言い返す。


「くしゃみは気持ち良くしないとバチが当たるって」


「聞いたことないわ」


 アオラに言い返されてしまった。


「あまり不審な動きはしないでもらいたい、対処に困る」


「戦士の人はくしゃみしないんですか?」


「………」


 一番手前にいた戦士の人に注意を受けてしまった。くしゃみしないのかと聞いただけなのに睨んでいる。

 初めて会敵した場所が暗いこともありよく観察出来なかったが、戦士の人達は皆同じ顔をしていた。唯一違うのが丘で私達と会話したあの戦士ぐらいだ。彫りが深く凛々しい眉と鋭い目つき、グガランナ曰くタイタニスさんと似ているらしい。戦士の人が着ている服(?)は半袖半パンの甲冑仕様、赤、青、緑とカラフルな仕上げになっている。素肌は浅黒く日焼けをしているように見えるが違うらしい。


「その槍を見せてもらえませんか?仕込み銃は映画でしか見たことがないので」


「………」


 何なんだ。どうして何も言ってくれないのか。今度はグガランナに注意を受けてしまった。


「アヤメ、あまり彼らを困らせては駄目よ」


「えー、聞いてるだけなのに」


「アヤメさんは怖いもの知らずなんですか?少しは警戒心持ったほうがいいですよ」


「スイちゃんって私にだけ当たりキツくない?気のせい?」


「気のせいです」


 丘の上で戦士の人達と「屋内展示場」(さっき教えてもらった)を後にしてから歩きっぱなしだ。私達が入ってきた入り口とは別のところから出て、空中通路から望む摩天楼の街に目を奪われてしまった。ビルしかないと思っていたこの街にも、空中通路ならぬ空中庭園がいくつもビルの合間に作られていたからだ。遠くに霞む庭園には公園やお店が並び、別の庭園には民家がいくつも並んでいる場所もあった。

 三つ程空中通路を渡ってビルの中を突っ切り四つ目の空中通路に差し掛かった時にようやくお目当ての場所の到着したようだ。先頭を歩いていたあの戦士がゆっくりと後ろに振り返りよく通る声で話し始めた。


「ご苦労であった!今日もまた、我らの使命を果たせたことをここに喜び合おうではないか!」


「オオオぉっ!!!」


「うひゃっ?!」


 戦士の人達が槍を掲げ勝どきを上げて、その声量にスイちゃんが驚いてしまった。さっきの仕返しにと少し嫌味を言う。


「スイちゃんはもう少し度胸を付けたほうがいいんじゃない?」


「むぅ!」


 勝ちどきを上げていた戦士が槍を収め左右に分かれて道を作り、先導していた人が私達の所までゆっくりと歩いてくる。


「ようこそ客人、ここが我らが守護する街である、歓待しよう」


 この人に対してはやたらと攻撃的なナツメが即座に答えた。


「何が歓待だ、私達に何をさせるつもりなんだ」


「その話しについては中に入ってからにしよう、主がお待ちかねだ」


 この空中通路は今までになく広く、そして長く作られているようだ。通路の途中には下へと降りられる階段が設けられ、眼下に広がる空中庭園へと行けるようになっていた。その庭園には木々が生い茂り、枝葉の隙間から作り込まれた花壇が見えている。


「ねぇあれってもしかして湖?」


「わぁ!本当ですね!すごい……」


「お前ら少しこの状況に興味を持ったらどうなんだ」

 

 歩きながら下に広がる庭園を見ていたので木に隠れていた湖が見えてきた。大きさはよく分からないが一隻の舟も浮いているようだ。それに誰か乗っている、きらきらと輝く髪は私と同じ、金色?かな。


「いったい!何するのさ!」


「いいから前を向いて歩け!」


 何をそんなに怒っているのか、機嫌の悪いナツメに頭を叩かれてしまった。


「ナツメはもう少し寛容さを持ったほうがいいと思う」


「やかましい!」


 そうこうしているうちに通路の向こうに一際大きくそびえ立つ真っ白な塔が見えてきた。ここも他のエリアのように仮想展開された空があれば、きっと引き立って見えただろうに。どうして黄土色の壁に囲われた寂しいエリアなんだろう。

 戦士の人達に連れられ私達も塔の中へと入って行った。



「もう驚かないと決めていたんだが無駄だったようだな」


「何回同じこと言うんですか」


「はー…どうして中々……ここも凄いな……」


「見渡す限りの………んむぉ?!」


「アヤメさんもういいですから」


「こんなになっているなんて…サーバーのどこにも……」


 クマさんの手で口元を押さえられてしまったのでちゃんと発言出来なかったが、堅牢な扉を潜った塔の中は空中庭園となっていた。塔の中にいるはずなのに、そこは空の中だった。人型機を飛ばしている時に見える光景が眼前に広がっているのだ。入ってすぐの広場から隣には、首が痛くなるまで見上げても頂上が見えない入道雲、私の目線より下には仮想世界で飛んだ時に一度だけ見たことがあるうろこ雲と呼ばれる小さな雲の軍隊があった。吸い込まれそうになってしまう青い空を背景に、ここが雲の王国だと言わんばかりに大小様々な国の民が空を揺蕩っていた。

 眉をひそみて口を開けている、器用な表情をしているナツメに声をかけた。私の口元はさぞかし笑っていることだろう。


「ねぇナツメ、入刀雲ってどれ?」


「………」


「入刀?何を言っているんですかアヤメさん、間違ってますよ」


「いやいや、それがあるみたいなんだよ、ね?ナツメ」


「……静かにしろ」


「もしかして隣にあるのがそう?ナツメの言う通り入刀雲っぽいんだけど」


「アヤメさん、あれは入道雲ですよ、そんな間違え方子供だってしませんよ」


 「何で私がぁ?!」とスイちゃんがナツメに頭を叩かれている。可哀想に。

スイちゃんが必死になってナツメに言い訳と事情説明を求めていると、広間に一人の女性が現れた。広間の端に階段があったようでそこに従者?の人が待機している。


「ようこそお越しくださいました、あなた方については防人(さきもり)より聞き及んでいます」


「え?」

「ん?」

「お前、姉妹がいたのか?」

「はい?」

「お、お姉様が二人……」

「そっくり……」


 私達の反応が予想外だったのか、女性の方が困惑している。


「あ、あの、何でございましょうか……」


 頬に手を当て恥らっているように見える女性はスイちゃんの言う通りグガランナにそっくりだった。髪も長さも、顔も身長も体型も。透き通るような病的に見える程白い肌ぐらいだろうか、違うところは。何というか、


「余計なものが取れたグガランナって感じだな」


 ナツメが先に口にしてくれた。


「余計なものって何ですか!アヤメに対する愛の事を言っているのならお生憎様ですね!」


「やめてグガランナ、綺麗なグガランナの前だよ」


「アヤメまで!!」


 未だ戸惑っている女性。アオラが先に声をかけている。


「いやぁ悪いね賑やかな連中ばっかりで、あなたの名前は?お聞きしても?」


「アオラ!こんなところで口説くっていうんなら今すぐにここから落とすからねっ!」


「何でそうなるんだよっ!自己紹介しているだけだろっ!」


「妹の嫉妬とは、また珍しいな」

「お前ほんと、色んな顔をするようになったな」


 カサン隊長とナツメに茶々を入れられた。


「い、いやぁ悪いね、私の名前はアオラだ、どうぞよろしく」


「は、はぁ……」


 おずおずと差し出された手をアオラから握り、もう一つの手を重ねた。そらみろやっぱり!


「金髪ばっかり手を出すな!」


「そうだぞ少しはアヤメの相手をしたらどうなんだ、いい加減に腹を括れ」

「それであいつがちょっかいかける女が揃いも揃って金髪だったのか、何というか、歪んでいるなお前」


「うるさいぞ!静かにしていろ!」


「あ、あの……」


 騒ぐ私達の前であたふたしている女性は少しだけ可愛かった。まぁ年上だと思うけど。アオラはカサン隊長とナツメにやじられ、私は何故かスイちゃんにまで小突かれてしまっていた。そしてグガランナは相変わらずだった。


「アヤメ!あなたの相手ならいくらでもしてあげるからそんな事言わないでちょうだい!」


 状況も立場も忘れて暫くの間、雲の王国のお姫様の前で私達は騒ぎ合っていた。



 律儀にも私達が騒ぎ終わるまで待ってくれていたお姫様の先導で、一つの建物へとやって来ていた。石の彫刻品がふんだんにあしらわれたドーム状の建物だ。中と言っても屋根が付いているだけの代物で、柱の向こうには黄金色に輝く空と少し威厳を湛えた雲が浮かんでいる。場所によって空模様を変えていると、調子を取り戻したお姫様が教えてくれた。

 石畳の中央、翼を生やした三人の絵が床に描かれた場所に立った時ナツメが切り出した。


「お前が奴らの主になるのか?」


「はい、代理をさせて頂いています、本来の主は天命を全うされてこの地を旅立たれました、もう千年以上の前の話しです」


「千年とは……」


「私共はそちらにいらっしゃいますマキナの方と同じ存在です、時の流れは関係ありません」


「だが、お前達は「グラナトゥム」ではないんだろう、さっきの戦士が一緒にするなと怒っていたぞ」


「はい、構造体は同じですが存在理由が異なります」


 描かれた絵には、戦士の装束のように三つの色に分かれていた。赤い人、青い人、緑の人。翼を生やしてフードを目深に被っているので顔は分からない。抽象的に描かれているのでなおのことだが男女の区別もはっきりとしない。


「この絵にご興味がおありですか?」


 話しはそっちのけで絵ばかり見ていたのでお姫様に突っ込まれてしまった。顔が火照っているのが自分でも分かる。


「あ、は、はい、すみません、初めて見たので、つい……」


「この床に描かれているのは私達が敬っている神のものです」


「それを床に描いているのか?敬っているとは思えないが、普通この手の絵は天井や壁に描かれているものだろう」


 カサン隊長の言う通り。その言葉を受けてお姫様が天井に指をさした。


「あちらをご覧ください」


「まぁ……」

「ふぁ……」


 グガランナとスイちゃんが先に見上げ感嘆の声を漏らしている。私もつられて見上げてみれば...


「人があんなに……」


 弧を描いた天井には、床と同じように抽象的に人が沢山描かれていたのだ。子供から老人まで、皆が手を取り合い笑い合っているように見えた。光輝く輪の中に入った人達は皆が幸せそうに微笑んでいる。そして、その中央には雲をも貫く塔が建っていた。


「あの塔は、この塔を描いているんですか?それともテンペスト・シリンダーでしょうか」


 首が痛くなる程見上げていたので、お姫様がどんな顔をして答えたのか分からない。


「……この絵を誰が描いたのか、意味も名前も全て失われてしまったのです、過ちを繰り返さない為にと言語を削いでいったのが原因です…」


 視線を元に戻すと、変わらず微笑んでいるお姫様と目が合った。


「それならあなた達は一体……」


「防人から聞いておりませんか?来るべき時のために、生まれた理由も存在している理由も失ったままに息を吐き続けていると」


「それは聞いたが、ならお前達の主は何と言っていたんだ?千年前は一緒に過ごしていたんだろう?」


「同じ事です、仕えるために生み出されたに過ぎませんから、私共はただ、この絵の通りに今日まで生き長らえてきたのです」


「その割には真っ先に攻撃を受けたがな」


「ナツメ!いつまで拗ねてるのさっ!」


「ふん、私達は六階層を目指してここに迷い込んだに過ぎないんだ、さっさとお願いとやらを果たして帰らせてもらう」


「分かりました、あなた方にお願いしたい事は一つ、この階層に作られた製造区の機能を停止させてほしいのです」


 とても心地良い風が皆んなの髪をさらって吹き抜けていった。


「ディアボロスというマキナが作った「人間駆除機体」の製造装置がこの階層にあるのです」



52.d



 この女の正体が未だ分からない。特別に見せてあげると上から目線で言われ、後を付いて行っているがやっていることはちんぷんかんぷんだ。


『先祖分かれの奴はどうしている、この街に滞在しておるのだろう』


『はい、ある住人のところに住まわせていますが時間の問題かと……何故、獣を屋根の下に居させるのかと苦情がきています』


「もう暫く様子を見て頂けませんか?彼が馴染むのに時間を要します」


『それも時間の問題だと言っている、この街に獣は必要ない』


『あの者を守る法律がこの街にはありませんので、早急に引き上げてもらえると有り難いのですが……』


 何やってんだあの女?

丘の上の集落から離れた後、エディスンの街に戻り古びた洋館に入るなり演技が始まった。再現されているに過ぎない人間共に何度も頭を下げて、何かを懇願しているように見せている。

 検査衣の上からロングコートを羽織った壮年の男が顔をしかめ、机に手を付きながら席を立った。それを皮切りにして他の人間達も後に続き、古めかしいシャンデリアを吊るした部屋から出て行った。


「お待ちください!集落には子供を寄越しているのです!このままでは……」


 彫り細工がなされた木製の扉が軋みながら閉じた。そして一つ溜息。


「あんたは馬鹿なのか?」


「今の演技はどう?何か不自然なところはなかったかしら」


「聞いてんのかオレの話し」


「話しにならないわ、次、まともに受け答えしなかったら永久に閉じ込めるわよ」


「いよっ!名女優!オレの股にも同じように懇願してほしいもんだねぇ!」


「はぁ」


 露わになっていた足をスカートで隠し、付きもしないのにケツをはたきながら体を起こした。


「で、次はどこで演技するんだ」


「黙って付いて来なさい」



 女の後に付いて来た場所はある一軒家だった。並木通りをさらに進み、階段だらけの狭い通りにある家だ。玄関先では顔を真っ赤にした男が吠えるように怒っていた。玄関を入ってすぐのところには一人の青年が申し訳なさそうに突っ立っている。


『何度言えば分かるんだ!こんな獣をここに置いておける訳がないだろう!いい加減に引き取ってくれないか!』


『……sorry』


『こんな忌み語を使われる身になってくれよ!いくらジュエルのためだからと言って家に住まわせるなんて聞いていないぞ!』


「そんな、彼らだってあなたと同じのはずです、もう一度語らいを、そうすればきっと互いに分かり合えるはずです」


 ...あの時の青年だよな、こいつ。今にも泣き出しそうでよく見てみれば体のあちこちにあざが出来ている。内出血もしているようで青く変色している箇所もあった。位置もこれまた...


「テメェ、んなこと言っている割にはさっきおっ立てていたじゃねぇか」


 女にキツく睨まれた。


『いいか!こんなくだらない事をしても我らの先祖が受けた屈辱が晴れることも和解することもない!』


「……ならばここでお辞めになりますか?あなたに預けたナノ・ジュエルは申し訳ないですが……」


『………ふんっ!』


 鼻息を荒く吐き出して引き戸を閉めやがった。格子の合間に挟まれたガラスが無表情の女を映し出している、嫌ならとっと辞めればいいのに。あんたの事だぞ。


「おい女、お前が、」


「そうだ、良い事を思い付いた、どうせなら臨場感を持たせた方が演技にも箔が付くというものよ」


 オレの言葉を遮り明るく手を鳴らしながらこっちに振り向いた。素早く半透明のコンソールを呼び出し何やら操作を始めた。


「あぁ?あんた何やってんだ?」


「………」


「おい、聞」


 いてんのか、と言ったはずなのに言葉が出てこなかった。何度も口を動かして発音しているがオレの美声が聞こえてこない。


「……!……………!!」


「はぁ…やっぱり良いわ……」


 うっとりとした表情になりオレを見つめている。「今さらオレの魅力に気付いたのか?!」と再度胸が高鳴ったが違うらしい。扉のガラスに映っていたのは金色の髪をした一人の女だった。


「?!」


 目の前の女やオレの身長よりも少し低い。髪を腰の辺りまで伸ばしており、オレが二度もやられたあの野郎に似たジャケットを着ていた。目の色は青、胸はぺったんこ...でもないな。短パンにニーソを履いたミリタリー系お人形さんといったところか。は?!


「……?!……!!!」


「はぁ……」


 何なんだ?オレの姿をこの女が変えたのか?意味が分からない!文句を言いたくても声が出せない!吐息ばかり吐く女に中指を立ててやったが激しく後悔した。


「あぁ…良い、あの子が絶対にしなさそうなその表情と仕草……」


「……………」


 ガラスに映っていた金の髪をした女が虫を見るような目をしていた。



「あなたずっとそうしていなさい、下品な声までは変えられなかったから仕方がないけど」

 

「………」


 明後日を向いてとにかく反応しない、あんな目で見られてしまうと吐き気がする。


(こいつも大分ヤベぇな……この女がどこのどいつか知らないがご愁傷様だぜ……)


 それにしても靡く髪が鬱陶しい。女ってのはこんなに長い髪をして何とも思わないのか?

可哀想な青年が寝泊りしている家を後にしてとんぼ帰りで再び階段を降りていく。通りに出るなり前を歩く女が、街の人間と同じように品定めをしながら軒先を周り始めた。最初にここへ来た時は何が何やらさっぱりだっただが、この女は分かるのだろうか。試しに軒先に置かれた鉄のプレートを指さすと、


「あぁ、それはね昔に使われていた家紋よ、代々受け継がれていった…まぁそうね、威厳のようなものね」


 意味が分からない。かもん?家の紋様ってことか?何でそんなものが威厳になるんだ。

言葉が発せないのでジェスチャーで示し、首を傾げた時に前髪が目にかかってしまった。


「!」

 

「昔の人間達は×××に××されていたの、そのおかげで××××が………」


 いやちょっと待ってくれ、女に優しく前髪を払われるわ、言葉に明らかなフィルターがかかっているわで混乱してしまった。女も自分の言葉の異変に気づいたようだ、顔をしかめてもう一度発言を試した。


「×××、××、××××………代わり、守る、機械の神…………そういう事ね」


「?」


「何でもないわ気にしないで、あなたが私の元に来る頃にはきっと良くなっているはずだから」


 首が取れる程に振って目を覚まさせようとしたが無駄だった。この女はオレが誰だか忘れてしまっている、本当に姿を変えた元の女だと勘違いしてしまっていた。


「そんな悲しい反応はしないで、私はね、あの時の事を全身全霊をもって反省しているの、どうしてあの時あんな意地を張ってしまったのかって」


 重いわ。


「私の所に来たら真っ先に聞くつもりよ、私の事をどう思っているのかって」


 無理です。


「ふふふ、その時が楽しみね、さぁ行きましょうか」


 可哀想にこの金髪の女...何をやったらこんなストーカー気質の奴に惚れ込まれてしまうのか。

 軒先を離れる前にもう一度鉄のプレートを見やると、他にも種類があるようだった。全部で十一枚。ん?と思った時に女に手を取られてしまったので鳥肌が止まらなかった。



(やはりそうか……)


 いい加減に察しはついていた。この女が何をしようとしているのか。

着いた場所はあのイカれた絵画を飾っている店の前だ。変わらず老夫婦が残虐な絵画の前で立ち止まり鑑賞している、さすがに一度見たものを二度も見るつもりはないので店の外で突っ立っているだけだった。

 老夫婦が鑑賞を終え店員と話している時に遠くから叫び声が聞こえてきた。


『halp ma!』


(こんなに早かったか?)


 確か老夫婦が退いた後に鑑賞して、その時に悲鳴が聞こえてきたはずだ。タイミングが早いような気もするが...

 二度も耳を飛ばされてしまう哀れな青年の声を聞きつけ街の屑共が集まってきた。見る間に人だかりが作られ、その囲いの中で逃げ場を失った青年が諦めたように膝を付いた。


(屑だな、野次馬兼ねて退路を断っていやがったのか)


 前にいる女を見やれば深呼吸をしている。助けるためではない、演技をするためだ。

返り血を浴びた男が...いや、汚れていない?検査衣は真新しいままだ。おかしい、オレが見たものと食い違いが起こっている。それを知ってか知らずか女が呼吸を整え、鉈を構えた男が振り下ろすタイミングで駆け出した。


「やめなさい!何をしているの!」


 この女はディアちゃんの代わりに演じているのだ。青年を庇おうとした、今となっては「別人だろ」と言わんばかりの昔のディアちゃんを。

 しかし、鉈を振り下ろしたはずの男が微動だにしない。それどころか全ての人間も、風に揺られてこの場を無関係に装っていた枝葉も止まっている。バグった?次の瞬間、


「キKiギyaッァァアア嗚呼っ!!!!!」


 耳をつんざく程の絶叫が響き渡る。


「これは一体っ……」


 置物になってしまった人だかりの少し手前で女が耳に手を当て堪えている。そしてもう一度。


「Fuギyaァァァアアア嗚呼っ!!!」


 絶叫が空気を振動させ、オレの腹をも震わせている。揺らぐ視線の向こう、晴れ渡る青空に一つの穴が開き始めた。歪み、裂かれ、果ては穴の縁から何かが滴っている。あれは...血?いや、違うな。

 穴から落ちてきたのは、すり潰されたように醜く変わり果てたイルカだった。

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