表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/335

第五十一話 メインシャフト降下作戦

51.a



「いーやーだっ!嫌だ嫌だ嫌だ!行きたい行きたい行きたいわたしも行きたぁぁあい!」


「目指すのは六階層にあるティアマトが作ったマテリアル・ポッドだ、場所についてはグガランナが把握しているので各人頭に叩き込んでおくように」


「思い出の場所だよっ?!わたしとアヤメが初めて出会った場所なんだよっ?!行きたいに決まってんじゃんっ!」


「私のこと忘れているわよ」


「と言ってもただの遠足のようなものだがな、ビーストは殲滅されてもういないんだろう?」


(フラグにしか聞こえない)


「そうだと決まった訳ではありませんので十分気をつけてください」


「はいよ」


「行きたぁあいっ!留守番なんてやだっ!」


「あ、あのぉ、どうして私がクマさんに入っているんですか?」


「そのクマさんからの要望だよ、スイに入ってもらった方がコミュニケーションを取りやすいんだと」


「はぁ…」


「いよっ!頼りにしてるぜクマさん、万が一ビーストが現れても心配ないな!」


「わたしの方が役に立つからっ!アオラわたしの方が役に立つから連れてってぇっ!!」


(誰も聞いちゃいない)


 場所はエレベーター出口前。六階層降下メンバーに選ばれた計六名が曇天の空の下に集まっていた。ナツメ、結婚逃し、アオラ、特殊部隊の装いをしたグガランナにクマ型のピューマに換装?したスイちゃん、それから私。さっきから駄々をこねているアマンナと優しく見守っているテッドさん、それからティアマトさんはお留守番だ。


「必死すぎる」


「こんのグガランナのくせにぃ……」


「何とでも言いなさいっ!アヤメはこの私が守ってみせるからアマンナはお留守番していなさいなっ!」


 高笑いが聞こえきそうな程に浮かれている。


「いや、守るのは私らの役目だからグガランナは大人しくしててね、道案内してくれたいいから」


「そう……でも、確かにアマンナの言う通り思い出の場所よ?アヤメがいれば大丈夫なような……」


「記憶はあるけど道まで覚えてないよ、あの時空腹で死にかけていたし」


「そういえば……そうだったわっ!痛い!」


「勝手にムードを出すな、後にしてくれ」


 遠い目をして回想に耽ろうとしたグガランナをナツメが後ろから叩いた。


「ナツメさんの扱いが最近雑いような気がするのは気のせいかしら」


「気のせいだ、さっさと行こうか、アマンナもうるさいことだし早く戻ってこよう」


「聞こえてんじゃんっ!散々無視しやがって!」


 これで聞こえていなかったら病院に行った方がいい。


「というか何でわたしとテッドだけ留守番なのさっ!」


「私のこと忘れてないかしら」


「現状、最強格はお前達二人だからだ、この間のようにウロボロスや他のマキナが攻めてこないとも限らないだろう?そのための守りだ、いいな」


「ま、まぁ?そう言われたら、まぁやぶさかではないって言うかぁ、まぁ」


「ちょろい」

「ちょろい」

「ニヤけすぎだろ」

「もうそのまま一緒になればいいのに」

「グガランナってほんとそんな事ばっかり言うよね」


「というかアヤメ、今日のあなたはとてもテンション低いわね、何かあったの?」


 私の代わりに結婚逃しが答えてくれた。


「これが当たり前なんだよ、今からメインシャフトに降りるんだ、ビーストの脅威が去ったとは言っても体が覚えているもんさ」

 

「そう」


「こんな所でテンション上がる奴は総じてろくでもないに決まっている」


「ナツメ言われてるよ」


「ここで上がったことはない、いいからさっさと準備をしろっ!」


 こうして、もう行くことはないと思っていたメインシャフトへ再び攻略のためにエレベーターから降りて行くのであった。



✳︎



「あ?」


 ここは、何処なんだ?何でオレはこんな所に立っているんだ?理解出来ない、確かにオレはあの女に殺されたはずだ、ってことはあの世か何かか?

 足下には綺麗に咲く花と申し訳程度に生えている雑草、何処から吹いているのか風に揺られて草花が小波のように揺れている。


「くそったれっ!!」


 足下にあった花を蹴飛ばそうとしたが空振りした。目測を誤った訳ではない、()()()()()()()()()()


「んぁっ?!何だここは……」


 よく見てみればオレの体が透けて地面のムカつく花が見えている。どうやら本当にここはあの世らしい、まさかマキナが幽霊になるなんて思いもしなかったが。

 ディアちゃんの美術館で見たような風景が広がっている、なだらかな坂の向こうには大きな川とさらにその向こうには頂きに雪を残した山脈があった。


(んん?いやぁ、ここはあの世じゃねえなぁ、確か中層の………)


『hwy!wait,plaezwait!!』


『no!came hera!!』


 人間のガキが二人、突然オレの後ろ辺りからこっちに駆けてきた。服はお揃いだが顔はまるで違う、放牧的な服に見えるあれは民族衣装か何かか?兄妹のように見えるがどうかは分からない。女の方が身長が高く後ろを追いかけてる男の方が小さかった。追いかけっこをして遊んでいるらしい、そばに突っ立っているオレには目もくれず男に捕まって二人とも戯れ合うように草原を転げ回っていた。


「おいコラぁっ!!」


 とりあえず威嚇をしてみたがまるで反応しない。戯れ合いから互いに目を見つめ体を寄せ合うように、草原の上でオレの目も憚らずに二人だけの世界に入り浸っていた。


「こちとら青春だって謳歌してねぇんだよっ!!」


 ちょうどオレにケツを向けるようにして女に覆い被さっていた男に足蹴りを食らわせようとしたが、案の定空振りをしてしまいその反動でオレがもんどりを打ってしまった。勢い良く地面に背中から倒れ込み息苦しさと共に見上げた視界には、作りもんの空ではなく一人の年老いた男がオレを覗き込んでいた。


『全く下らない、おい、これを捨てておけ、見るのも耐えない』


「あぁっ?!……んだここは……」


 今度は草原の上ではなく固い床の上にいた。硬質に見えるこの床は...金属?石?あぁ大理石というやつか、またしてもオレの体が透けてどうやら何枚もの絵画の上に座っていたようだ。周囲を見やれば床と同じ大理石で作られた柱と、それらに支えられるように高い天井があった。


(教会にも見えるが、もしかしてエディスンの大聖堂の中か?)

 

 あの金髪野郎にトドメを刺された所だ、一度も中に入ったことはないが、他に思い付く場所も無い。

 オレを覗き込んでいたのではなく無造作に置かれた絵画を見下ろしていたのだ、丁寧に描かれた絵画にはどれも傷が入っており額縁もひび割れがあった。近くにいた従者か側近か(同じ意味だな)一人の男が絵画をまとめて持ち上げて広間から出て行った。


「あぁもう意味分かんねぇっ!何なんだよここはぁ!誰か説明しろぉっ!!」


 中層にいることは間違いないが、どうしてオレの体が透けているのか、何でこんな所に迷い込んでしまったのか。オレの叫びに答えた者は誰もいなかった。

 バチ?これバチが当たった的な?オレが一番苦手な無視を堪能しておけ的なやつかこれ。



51.b



 突入して早々問題が発生した。まぁ、メインシャフトに問題は付きものだ、すんなりいった試しなど一度としてない。問題というのは全てのエレベーターが停止していたのだ。おかげて六階層まで徒歩。帰りたくなってきた。


「アオラ、今からでもエレベーターを直してきてくれ」


「ふざけるな、応急手当てなら出来るが根本的なところは分からない、それこそタイタニスに頼めよ」


「グガランナ通信は?」


「駄目です、忙しいと言って取り合ってもらえません」


「ほんと使えない奴め……」


「ナツメさん?私そろそろ泣きますよ?」


 本当に泣きそうになっているグガランナの肩を優しく叩いてから、前回の攻略戦で残してくれていた非常階段への梯子を順番に降りて行く。到着した始めの踊り場には血痕があった、おびただしく付いたものと一箇所だけ残っていたもの。ナツメに顎でしゃくって血痕を示してやるとすんなりと言葉が返ってきた。


「それは私らが遭遇した敵にやられたものだ、今にしてみれば奴はウロボロスだったんだな」


 私が唯一知らない攻略戦だ、とくに思うことはないが誰かが殺されてしまったのだろう。

ビーストの気配が一切しない非常階段というものは不気味だ、人が歩けば必ず後を付いてくるのに。実は潜んでいるだけではないかと疑ってしまう。

 六人分の足音が暫く響き渡り否が応でも緊張してしまう中、目的地へと向けて黙々と歩みを進めていく。



 ようやく上から二つ目の「9」の数字を通り過ぎた時、ふとした感じでアオラが私に声をかけてきた。


「そういやアヤメ、お前達はどうやって中層から上まで戻って来たんだ?さっきの血痕は初めて見たみたいだが」


「普通サイズのエレベーターがあって、それで一階層まで昇って、後は歩きだよ」


 皆んなが一斉に歩みを止めた。そして私とグガランナを交互に見ている。


「…」

「…」

「…」

「…」


「あの、えーとですね……」


「誰にも聞かれなかったから」


 あんなに空気を吸い込んでいるところ初めて見た。そしてナツメの罵声。


「ふざけるなぁっ!何で黙っていたんだっ!」


「いやだから、聞かれなかったから」


「お前……ここに来るとクールになるのは結構なことだがな、そういう大事なことはちゃんと伝えろっ!ここまで無駄足じゃないかっ!」


「そんな事言われても、何が大事なことなんか分かる訳ないじゃん」


「こいつっ!」


「まぁまぁ、こいつが戦闘以外はからっきしなのは今に始まったことじゃないだろう」


 結婚逃しがさりげないフォローと見せかけて馬鹿にしてきたことは一生忘れない。


「全く!それで、その普通サイズのエレベーターとやらはここからでも行けるんだろうな」


「はい、使えるかは分かりませんが……」


「その時はグガランナを責めるからいい、案内してくれ」


 「嫌なんですけど!私凄く嫌なんですけど!」とアマンナのようにぐずるグガランナを無理やり先頭に立たせて二階層の搬入口へ歩みを変えた。

 大扉を抜けた先は無機質な蛍光灯に照らされた通路が真っ直ぐに伸びており所々に傷や先程見た血痕が至る所に残っていた。過去に激しい戦闘が行われたのは明白で、無傷で済んでいる通路などありはしない。最後尾を歩くスイちゃんがクマさんの腕で傷を確かめるように触っている。ちなみにだが、スイちゃんがこの集団の中で一番大きい、四足歩行ですら私を超えるのだから直立すれば間違いなくニメートルは超えるだろう。

 そんなスイちゃんが誰に言う訳でもなく独り言のように呟いた。


「こんな敵と私が戦うんですか……大丈夫かな……」


 少し後ろをのっしのっしと四本の足て歩いているスイちゃんを励ました。


「大丈夫だよ、万一襲われても今のスイちゃんなら」


「クマさんじゃなかったらイチコロですか」


「え?あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」


「どういうつもりなんですか」 


 え、何だろう、言葉に刺を感じるのは気のせい?

 「何でもないよ」とスイちゃんから半ば逃げるように前へ向き直り、出口も見えない真っ直ぐの通路の先に視線を向ける。先頭はグガランナとナツメ、その後ろにカサン隊長とアオラがいる。ナツメの少し先の蛍光灯が切れておりその辺りだけ薄暗い、先頭から順番に通り過ぎて私とスイちゃんが通りかかろうとした矢先、壁から殴打音と共に外から内側へ大きく凹んだ。


「うっひゃああ?!!!」

「?!」


「動くな!」


 鼓膜が破れるかと思う程の音で耳鳴りがしている。あと少し左に寄っていれば巻き込まれていたことだろう、人型機に搭乗して行う戦闘の緊張感とはまるで違う、すんでのところで命を落としかねないヒリヒリとした恐怖と緊張が体を支配していた。

 暫く無言で待機した後、私の溜息と共に皆んなが動き出す。


「もう平気っぽい、気配は無くなったよ」


「行こう、一切喋るな」


 ナツメの静かな指示に黙って前を進む、グガランナだけが私をチラチラと伺っていたので心の中で溜息を吐く。


(グガランナも注意しなよ、皆んな危ないんだから)


 オリジナル・マテリアルじゃないからそこまで危険を感じていないのかもしれない、けれど何処にいても私を真っ先に気づかってくれるその変わらない優しさに、いくらか緊張が解けていた。



「ぷはぁっ!喋れないのってこんなに辛いんだな」


「さぁて、搬入口に着いたはいいが、さっきのあれは何だ」


「ビーストだと思いますよ、それ以外に何かいますか?」


 エレベーターシャフトの非常階段から搬入口へと出てきた、だだっ広い円周状に作られた通路の向こうにはそれぞれの区画がある。

 周囲に目をやりながら結婚逃しの呑気な問いかけに答えていたので異変に気づかなかった。いきなり後ろから私の胸をわし掴みにされてしまったのだ。


「いゃああっ!」


「少しは口の聞き方に気をつけろ!お前のその意外に豊かな胸をひん剥くぞ!」


「意外って言うな!」


 「怒るとこそこか?」と首を傾げたナツメに八つ当たりした。


「何で私なんだよ!」


「ナツメさんに当たらないでください!」


 何で私が!胸は揉まれるわスイちゃんにまで怒られるわ、ちらりと見たグガランナはどこか恍惚した表情をしていた。


「あぁ…あのアヤメが…私のアヤメが、他人に…あぁ、この感覚は一体……」


 駄目だ。当てになりそうもない。怒ってくれるかと期待したのに何故か自分の世界に入っていた。


「はいはいもういいから、グガランナ案内してくれないか」


「あぁっ!この感覚クセになりそうっ!」


 まだトリップしていたグガランナの耳を抓りあげるようにしてエレベーターへと引っ張っていくアオラ、涙目になりながらも慌てて引き止めている。


「ま、待ってアオラ!そっちじゃないわっ、痛い痛いっ」


「エレベーターなんだからこっちだろ?」


「ち、違う!おそらくちょうど反対側に、あるはずだから、手を離してっ」


「アオラさん!やり過ぎですよ!お姉様が可哀想です!」


 スイちゃんがクマさんの手をぶんぶん振り回して危ない。


「?」


「どうした」


 素早く後ろを振り返った。何もいない、いや結婚逃しはいるがそういうものではない。私の異変にナツメが短く聞いてきた。


「何でもない、また胸触れるのかと思って」


「あたしに女を抱く趣味はない」


「呼んだか?」


 結婚逃しの皮肉にアオラが答えた。やめてくれないかなほんと。


「冗談だよ、そんな目で見るな」


「一応アオラは私のお姉さんなんだからね?」


「はいはい、分かってるよ」


 クマさんからの鋭い視線にびくつきながらグガランナの後を付いて行く。


(スイちゃんが私を嫌ってる理由って……)


 嫌われているのは自覚していた。何なら初めて会ったあのトイレの中からそうだったと言える。けれど嫌われている理由までは分からなかったが、今のやり取りで何となくは理解は出来た。


(しょうがないか…)


 だからと言ってどうにもできない。人からの嫌悪はやはり慣れないが受け入れるしかないと諦めるようにしてエレベーターへと向かった。



 大型エレベーターの出口前を越えてさらにぐるりと回り暫く歩いて行くと、グガランナが急に立ち止まった。「あれ、確かこの辺りに…」と言いながら壁をぺたぺた触っている。一見して何の変哲もない壁に見えるが...


「あぁあった、良かった」


 そう言いながら壁に埋め込まれたスイッチを操作すると壁だと思っていた部分が左右に開き中から扉が出てきた。皆んな一様に驚いている。


「こんなところに…」

「知らなかったよ」

「まるで映画の世界だな」

「私ここに入れますかね」


 ぞろぞろと扉を潜り(何とかスイちゃんも入れた)非常階段から搬入口とは違い、どこか病院を思わせる通路に入った。


「あぁ思い出した、確かにこんな感じだった」


「ふふふ、あの時のアヤメは景色よりもアマンナに夢中だったから」


「お前洗脳でもされていたのか?」


 ナツメの揶揄に、


「いい加減にしてくださいナツメさん!牛型から人型に変わったアマンナとお喋りに夢中だったんです!洗脳なんてひと聞きの悪い!」


 ついに怒ったグガランナ。そしてクマさんからの再びの鋭い視線(もしかして嫉妬?)を受けながら、もう既に見えていたエレベーターへと歩みを進める。

 到着して早速グガランナが操作を始めた。と言っても他と変わらないボタンが付いているだけなので難しいことはないだろう。きっと動かない時の責任を気にしているのだ。本当に真面目だ。

 操作ボタンを押して間を置かずエレベーターが起動する音が聞こえてきた。


「あぁ良かった!」


「ちっ、あれこれ悪戯出来ると思ったんだが…」


「それ私も混じっていい?」


「お願い!今すぐに止まってエレベーター!アヤメから悪戯を受けたいの!」


 すぐに到着したエレベーターには先にスイちゃんに乗ってもらい全員乗れるか確認した。何とかいけそうだという結論に達して、馬鹿なことを喚いていたグガランナを私とナツメでお腹を突きながら乗り込もうとした時に、


「何か走って来てますよっ?!あれは何ですか?!」


 結婚逃しとアオラが乗った時にクマさんの手を私達よりさらに後ろに向けて叫んだ。慌てて振り返った先には...


「いやぁあ!!早く早く早く!」

「ちょ!待って苦しいっ!」

「急げ急げ!隊長何処でもいいからボタンを押してください!」


 エレベーターの中にぎゅうぎゅう詰めになりながら間一髪のところで扉が閉まった。閉まる直前に見えていたものは、人間を模した頭と窪んだ眼、額から生えた角とビーストにも引けを取らない禍々しい爪。そして笑っているように見えた口元と鈍色に光る牙だった。



✳︎



 ここは確かにオレがあいつら人間共を追いかけ回した並木通りのはずだ。あの時と変わらず等間隔に並んだ木はしっかりと枝葉を付けて風に揺らぎ、その下を沢山の人間共が歩いていた。ろうにゃにゃなんにょ、年齢も性別もばらばらだ。一貫して言えるのは皆んな似たような格好をしていることぐらいだ、それと楽しそうにしており悲しい顔付きをした奴は一人もいない。着ている服もさっき野原で見かけたあの兄妹のような民族衣装ではなく、検査衣に近い。


(全員病気でもしてるのか?)


 簡素でありシンプルである(同じ意味だな)、試しに手を繋いで幸せそうに歩く男女に手を出したがやっぱり当たらない。腹が立つ。

 大聖堂を出た後エディスンの街を練り歩いて結局ここまで戻ってきた、行く当てもなく、オレの言葉に耳を傾ける奴もいない。

 似たり寄ったりの建物には軒先に売り物でも並べているのか、通行人が冷やかしながら中を覗き込んでいた。売られている物は皆目検討もつかない、検査衣より少し豪華な服らしき物があるが...他の物はよく分からん。


「お」


 これはさすがに分かる。壺や皿、さらに花瓶や小さな木彫りまで、いわゆる美術品というヤツだな。ディアちゃんが喜びそうな品揃えだ。建物の中には絵画も飾られており品の良さそうなおばぁ様やおじぃ様が一枚一枚品定めをするように鑑賞していた。オレも建物の中に入り二人に習って絵画の鑑賞を始めたが...


「こりゃひどい」


 壁に掛けられた絵画は、残虐に人や動物を殺す場面が描かれたものばかりだった。剣、斧、槍、ありとあらゆる武器を持った一人の人間が同じ人間を笑いながら解体しているものや、子供が小さな動物を丸呑みにしている絵、裸で血塗れの人間を踏み台にして記念撮影をしている家族の写真まであった。見れたもんじゃない。

 確かにオレも殺しはしたが、こんな絵のように何の目的もなくしたことはない。多分。これは遊びだ、遊びで殺しをしている。


「オレと似たようなもんか?違うような、同じなような……」

 

 何が異常かと言えば、こんな絵を当たり前のように鑑賞しているあの二人だ、そして飾っているここの店もそうだ。オレのような奴が好むなら理解出来るが違うだろう、遠ざけて然るべきものが日常に溶け込んでいるのが何よりの異常だった。

 気が狂ったようにしか見えなくなった年老いた二人が、端に飾られた絵画には目もくれずに引き返してきた。オレの体を擦り抜けて行った後ここの店員らしき人間と二言か会話して出て行った。オレも端まで移動して飾られた絵画を目にしたが、やはり異常さだけが募っていく。


「絵画ってこういうモンじゃないのか?」


 それは風景画だった。一輪の花に焦点を当てた構図は遠くに山を望み、その麓に堅牢な古城があった。別の絵画は街の日常を描いた場面だ。女性が洗濯物を、男性が鹿を険しい顔付きで解体して、その周りを子供が追いかけっこをしているように遊んでいる。平凡で平和、その言葉に尽きる。

 確かに残虐な絵画と比べたら刺激は無いが、それをあの老夫婦が求めている事が異常さを募らせた原因だった。


「はっは〜ん、段々読めてきたぞ……」


 オレがあの野郎にトドメを刺され、死ぬ直前に見たあのおかしな記憶。それからディアちゃんが芸術関係に没頭していた理由、そしてなんたらビーストに換装していた時に発したディアちゃんの意味ありげな一言。


『ここの支配者が誰であるかをだ、いや、俺自身を人間に認めさせるためだ』


 要するにだ。健気なディアちゃんはここに住んでいた人間共を絵画を通じて改心させたかったんだろうな。けれどそれが受け入れられず、今のようにすれていったと。あんな平和な絵を一顧だにせず下らないと言い切った記憶の男もさっきの老夫婦も、オレと同じぐらいに性癖が歪んでいやがる。


「ってことは何だ、ここは過去の世界ってことか…」


 どうしてあの世が過去の世界に繋がっているのか分からんが、まぁそういう事もあるんだろう。


『halp ma!』


「ん?」


 外から男の声がした。野原で遊んでいたあの仲良しバカップルと同じ言葉のようだが...

 建物から外へ出ると既に人だかりが出来ており、その中心に民族衣装を着た青年が跪いていた、ある男を前にして。


「あー…こりゃ…」


 その男は大きな鉈のような物を肩に担ぎ鼻息も荒い、それに誰のかは知らないが返り血も浴びているようだ。

 言葉を発することなく男が鉈を振り下ろした、民族衣装の青年の耳が切り飛ばされ声にならない叫びが街にこだました。


「んんーっ、やっぱりいいねぇ」


 あの表情、あの叫び声、あの懇願するような視線。見てみろあの鉈を持った男を、同性相手にいきり立っているじゃないか。これだよこれなんだよオレが好き好んで殺したいのは、いや、殺しがしたいんじゃない。あのカオを見たいがためにやっているようなもんだ。結局オレもここにいる連中とさして変わりはない。そして誰も止めるどころか一緒になって見入っている連中もオレと変わりがないということだ。


『何をしている!やめるんだ!』


 オレも混ざってやろうかと考えていると、見覚えのある姿が人だかりを割って中央に進んできた、おや?と思った矢先にまた場面が暗転したように様変わりしてしまった。



51.c



「どこでも押せと言いましたがね、何も一番下を押さなくていいでしょう」


「あたしの即断で助かったようなもんだろ、文句を言うな」


「はぁ」


「アヤメ、聞こえているぞ」


「これで聞こえていなかったら病院に行ったほうがいいですよ」


 到着したのは六階層ではなく一番下の十階層。特殊部隊の誰もが足を踏み入れたことがない階層だった。エレベーターからまろび出た後すぐの通路で皆んなして壁に背を預けて休憩を取っていた。

 結婚逃しが私の皮肉を無視して、伏せの状態で休憩していたクマさんの頭を撫でている。


「スイは平気か?」


「はい!けど、凄く怖かったです……あれがビーストなんですか?」


「あんなビーストがいてたまるかよ、夢に出てきそうだ」


「アオラってホラー映画が苦手だっけ?」


「そう、パッケージすら見たくもない」


「今度一緒に見よっか」


「聞いてんのか人の話し、いくらお前の誘いでも乗らねえよ」


 私のすぐ隣に座っているアオラが大きく溜息を吐いた。そばかすのついた頬に男の子のような上を向いた鼻、何だか久しぶりに近くで見たような気がする。


「アオラってあんまり変わんないよね、昔から」


「何だ急に」


「ううん何でも、そう思っただけ」


「………」


 眉根を寄せて訝しみながらも頬が赤くなっている。私の前に座っていたナツメが冗談をかましてきた。


「お前が普段通りに戻ったということはとりあえず驚異は去ったということだな、分かりやすいレーダーで助かるよ」


「気が抜けてるだけかもしんないよ」


「また上に戻らないといけないと思うと……やってられんな」


「あれ、どうすんだ?やっぱり戦うしかないのか?」


「向こうがその気なら仕方ないだろう、こっちから探す真似はしなくていいと思うが」


「賛成」


「そう、やっこさんが野放しにしてくれるかね、あれは理性のある目だったぞ」


「やめてくれよぉ……頼むよカサン……」


 そこでふと、クマさんが伏せていた頭を上げた。


「あの、一ついいですか?どうしてアオラさんはカサンさんのことを隊長と呼ばないんですか?」


「口の利き方がなってないだけだ、スイは真似するなよ」


「なわけあるか、変なこと言うなよナツメ」


「?」


「前線で戦う奴らにとって上下関係は絶対ということさ、アオラに限った話しじゃないがそれ以外の奴らは割と適当だったりするんだ」


「それならどうしてアヤメさんはナツメさんに敬語を使わないんですか?お姉様が言うにはナツメさんはアヤメさんの隊長なんですよね?」


「…」

「…」


 ナツメと目を合わせる。


「こいつとは孤児院からの………まぁ、何だ、その……」


 ナツメがしどろもどろになっているのは私が睨むように見つめているからに違いない、私のことをどう思っているのか知る良い機会だ、つい目に力が入ってしまった。束の間逡巡した後事もあろうに、


「私の妹みたいなものだ」


「はぁ?!」

「はぁ?!」


 何故かアオラまで声を上げた。


「私が姉なんだよっ!お前は引っ込んでろっ!」


「妹?!私が妹?!へぇー!なら今度からナツメお姉ちゃんって呼べばいいのかなぁ?!」


「やめろ、騒ぐな」


「お前がおかしなことを言うからだろう!」

「ナツメが変なこと言ったんでしょ!」


 もう何だ、クマさんの目線が鋭いなんてものではない。半端なく怖い、殺されるんじゃないかって睨まれている。いや実際クマだから怖いんだけど。

 まさかこの女、スイちゃんみたいな小さな子にまでその毒牙にかけたというのか、という思考に至った時にグガランナが頭を抱え込み始めた。


「大丈夫か?」


 すぐにカサン隊長が気づいたようで声をかけている。


「あーもう何でこんな時に……」


「グガランナ?」


「あ、いえ、すみませんがここで一旦サーバーに戻ってもいいでしょうか、緊急の呼び出しを受けてしまって……」


 何だそれ。今までそんな事あったか?


「呼び出し?グガランナが何か悪い事したの?」


「アヤメを変な目で見てばかりいるからその事じゃないのか」


「それ今に始まった話しではありませんので」


「待って!アヤメもカサンさんも待って!違いますから!そんな目で見てないから!」


「じゃあ何さ、ずっと一緒にいたけど初めてじゃない?」


 私の言葉のどこが良かったのか、さっき見せた恍惚した表情に変わった。


「あぁ…ハレルヤ……あ、いえ、そうじゃなくて、個人の呼び出しではなくて全体です、このテンペスト・シリンダー全てのマキナに対しての召集がかかったんです」


「そいつぁまた……」


 呆気に取られているのはカサン隊長だけではない、私もアオラもそうだ。ナツメだけが素早く問い返していた。


「サーバーに戻ったらお前はどうなる?」


「平気です、エモート・コアをサーバーに戻すだけですので、ただこのマテリアルは置物になってしまいますので、置いておくしかありません、さすがに待たせる訳にもいきませんので」


「ふぅむ…ここで護衛しておくのも手だがな」


「え?」


「お前という道案内が無ければどのみち目的地まで辿り着けないんだ、なら待っている他ないだろう、どう思う?」


 皆んなに問いかけるが答えは同じだ、ナツメの言う通り待つしかないだろう。無言で頷き合った。


「さっさと行ってきな、あんたのマテリアルはあたしらで守っておくから」


「……はい、すぐに戻ってきますので、ありがとうございます」


 そう、言うや否や目蓋を閉じて安らかに眠るように動かなくなった。私とグガランナでアオラを挟むように座り、力を失ったグガランナの頭がアオラの肩に乗った。


「あったかいままなんだな」


「変なことしたら、」


 私が言いかけた時、先にクマさんが頭を上げて私も口を開きかけた状態で動きを止めた。エレベーターから異音がしたからだ。そしてその音がみるみる大きくなり背筋に緊張が走った。


「何というタイミング!グガランナは起こせないのか?!」


 ナツメが吠えるがもう遅い。アオラが頬を叩くがまるで反応がない。エレベーターから聞こえてきた音が振動に変わり、何かを引っ掻き壊しながら下りてきているようだ。


「もうこれ以上待てないよ!スイちゃん悪いけど殿やってくれる?!」


「はい!」


「くそっ!アオラは駄目だ、カサン隊長グガランナをおぶってください!」


「なんだとこの野郎!分別ぐらいつけとるわっ!」


 ナツメの指示が飛んでいる間もエレベーターの扉が軋み始めついに到着したようだ。


「no!!!came hare!!halp ma!!」


「?!!」


 エレベーターの中からまるで人が叫んでいるような声?音がした。電子音声のようにも聞こえるし、音割れしたスピーカーのようにも聞こえる。エレベーターに乗り込む時に見たあの姿でこの声を発しているのかと思うと、ただただ不気味でしかない。

 後は撤退戦の始まりだった。スイちゃんが言われた通りにエレベーターと私達の間に立ち塞がり、カサン隊長がグガランナをおぶったところで後ろへと駆けて行く。背中に回していた対物ライフルのセーフティーを解除して構えを取った。


「ナツメとアオラも先に行って!」


「退路は任せておけ!無理はするなよ!」


 弾丸を装填したのを合図として前方に集中する。中にいる敵が休みなく扉を叩いているせいですっかりひしゃげていた、隙間から禍々しい爪と頭が見えている。床に這うようにしてライフルを構えて狙撃するタイミングを伺う、クマさんが片腕を上げて殴る姿勢に入った。


「いいよ!やって!」


「Pooovoqxmw!!」


 クマさんが咆哮を上げながら開きかけていた扉目掛けて拳を振り下ろした、半端に開いていた扉ごと敵に拳を食らわせ不意を突いた形で吹き飛ばす。


「I lika yeu!!yeu ere lier!!」


 何事か叫んでいるが、ダメージが入っているのか判断できない。何なんだこのビーストは...

 エレベーターの中でのたうち回っているビーストにさらにクマさんが追撃をしようと距離を詰めるが、ひしゃげて外れてしまった扉を投げつけられてしまった。慌てて防御の構えを取るがその隙に敵が爪を構えて距離を縮めてくる、敵の頭にレティクルを合わせてトリガーを引き絞った。


「っ!!」


「効いてない?!」


 弾丸が弾かれた!そんな馬鹿な話しが!確かに頭部に命中したはずなのに敵はまた喚きながら身震いしているだけだ。クマさんパンチと対物ライフルが効かないなら逃げるしかない、現状では一番攻撃力が高いのに。


「スイちゃん!撤退!」


「Poowp!!」


 短く返事をして素早く身を翻した。私も起き上がり対物ライフルを背中に回して全力逃走の構えを取る。

 私が前を走って後ろにスイちゃんが付いた。情けない、年下の女の子に殿をさせるなんて、いや最初にやれって言ったの私だっけ。


「ごめんねスイちゃん!殿やってもらって!」


「……」


 あの目で私をまた睨んだところで敵も全力追走の構えを取っていた。そして今度は無言の撤退が始まった。



 出口からまろび出た先は瓦礫の山になっていた。平坦な所なんて一つもない、それこそ以前ティアマトさんに見せてもらった地球のようにあちこちが隆起し陥没していた。クマさんが瓦礫の通路に出るなり出入り口の扉を一発殴った。十階層にこだまする程の音が響き扉がひしゃげて、どうやら敵を閉じ込めたようだった。


「気が利くねぇ!今のうちに行こう!」


 クマさんの熱い背中一度叩いてから敵がぶつかってきた扉に踵を返してさぁ逃げようとするが何処へ行けばいいのか。それに、


「アヤメさん!他の皆さんが見当たりません!何処へ行ったんでしょうか!」


 私と同じ疑問を持ったようだ、退路を確保すると言ったナツメ達の姿がどこにも見当たらない、かと言ってこんな所で悠長にしていられないので一番手近にあった柱に見える大きくて長い瓦礫へ走って行く。


「とりあえず着いて来て!あの敵から隠れる場所に!」


「はい!」


 スイちゃんの返事はとても良い、軽やかに元気良く返事をしてくれるので私まで元気になったような気分だ。

 小さな瓦礫に足を乗せて登り、柱の向こうに渡ったタイミングで後ろから扉が飛ばされる音が聞こえた。どうやら間一髪のようだ、私達の姿が見えないのか柱の向こう側で探っている気配が暫く続き、途中で諦めてくれたのか逆の方向へと姿を消してくれた。

 はぁーと長い溜息を吐いた。


「あれは一体何でしょうか、どうして私達を追いかけてくるのでしょう……」


 クマさんが不安げに瞳を揺らしているのが分かった。


「あのビースト…って呼んでいいのか分かんないけど、おそらくディアボロスさんが作ったんじゃないかな…」


「……ディアボロス、お姉様から聞いています、自己中心的で自分が絶対に正しいと思い違いをしているマキナだって」


「………そうかもね」


 セントラルターミナルで言われた言葉が脳裏をよぎる。何も言い返せなかった歯痒さとそんな自分を恥じてしまったあの場面を。

 スイちゃんがまたふと頭を上げた、このクマさんはどうやら耳がいいらしい。つられて私も周囲を伺うと微かにライフルの射撃音が聞こえてきた。


「戦闘してる?」


「誰が……」


 慌てて人差し指を口に当てて指示を出した、さっきまでは無かった気配を周りから感じ取れたからだ。どうやら囲まれてしまったらしい、「ビーストは殲滅された」という言葉は頭から叩き出すことにした。

 柱を背にして周囲を見やれば大小様々な瓦礫や破片が散乱して遮蔽物がとても多い、これでは何処に潜んでいるのか検討もつかない。そしてまた発砲音、誰かは分からないけどこっちに近づいて来ているらしい、というかアオラだ。


「アヤメ!スイちゃん!いるなら返事をしてくれ!」


「?!」


「アオラ?!」


 何で叫ぶの!隠れた意味がない!ところがそれが正解だったようで周囲を囲んでいた気配が姿を消したようだ、アオラの声に驚いた?よく分からない。

 重なり合うように崩れていた建物に見える瓦礫からアオラが姿を現した、怪我はしていないようだが全身汚れていた。


「いた!早くこっちに!」


 手招きをして急かすようにしている、短く切った赤い髪が何かの液体を被ったように汚れている。スイちゃんが先導して後に続く、合流したアオラはどうやら一人のようだった。


「他の皆んなは?!」


「ここの居住エリアだ!今も戦闘しているはずだから早くスイちゃんは援護に向かってくれ!」


「で、でも!さっきの気配はビーストなんですか?!」


「ビーストじゃない!けど味方でもない!ナツメが撃たれた!」


「そんな!」


 アオラに手を引かれるままに付いて行く、建物の瓦礫を超えた先には今し方アオラが発砲した敵の骸があった。そう、ビーストじゃない、瓦礫に背を預けるように倒れているのはどう見ても人の姿をした生き物だった。



✳︎



「なーにを喋っているのかさっぱり分からん、いい加減にしろテメェらっ!!」


 吠え立てたところで意味はない。オレに構わず広い敷地に集まった連中は思い思いに食事を取り、手を取って優雅に踊り、そして人目も憚らずに求愛行動を取っていた。人数はそこまで多くない、耳を飛ばされた青年がいた通りに集まったぐらいの人数か?数える気もないのでよく分からないが...

 エディスンの街から場面が変わった先は、どうやら集落のようだった。集落と言っても原始的なものではなく建てられている家なんかは鉄も使われているようで、人間達の手には小さな端末も握られていた。画面を見ながらひっきりなしに操作しそれでも会話を楽しでいるようだ。


「端末触るか喋るかどっちかにしろやぁっ!!」


 時刻は夜、中層の空に浮かぶ月は丸い。月明かりを受けた夜空に浮かぶ雲を照らし出して、その下に雪を残した山脈があった。絵画のような景色を背景にして、この集落の人間共は一つに集まり祭りを開いていた。その中央に篝火を焚き、頭を切り落とした豚?牛?の体を丸焼きにしている。街で見た絵画のようだった。


「何なんだよ……んなもん見たくねぇんだよ、さっきの殺しを見ていた方がまだマシなんだが……」


 独りごちていると、またしてもオレの後ろから誰かが駆けてきた。手を繋ぎ仲良く篝火の周りで踊っている連中に加わったのはここに来て初めて見たあのガキ二人だった。女はめかしこみ、男は戦装束なようなやたらと威嚇しているように見える服に着替えていた。お互い向き合い手を取り男の方から、


『I lika yeu…』


「見てるこっちが恥ずかしいんだよっ!!」


『I lika yeu』


「かーっ!そのままガキでも生んじまいなっ!」


 男は恥ずかしそうに、女ははっきりと言葉を口にした。言葉の意味は分からんがあれでお互い罵り合っているなら見上げたもんだ。ま、違うと思うが愛の言葉でも囁き合っているのだろう。爆発しろ!

 華やいだ雰囲気の中、殺伐とした集団が集落の外からやって来た。一人の男が前を歩きその後ろに下を向いた男女数人が続いている。下を向いた連中は揃いも揃って手枷をはめていた。篝火の前で踊っていた人間達も異様な雰囲気を放つ集団に気づいたようで動きを止めてじっと彼らを見つめていた。


「んだぁ?何かやらかしたのか?」


 そんな雰囲気だ、手枷をはめられるなんて。篝火の前に到着するなり先導していた男が地面に座るよう指示を出した、全員で四人、手枷をはめた連中がむき出しの地面に膝を付けた。そして、先導していた男が篝火に槍のような長い棒を入れ真っ赤に焼けた穂先を一人ずつ肩に押し付けていった。悲鳴を上げる者や、じっと堪えている者もいるが一様にして下を向き続けているのでせっかくの表情が分からない。


「勿体ねぇ!上を向けやっ!」


 あれはいわゆる烙印と呼ばれるものだろう、何とも原始的な懲罰だが痛いわ焼き痕が残るわで罪を犯した者には効果は抜群だ。そしてこの場にいる誰しもが下を向き、あるいは悲しむように、あるいは怒るような表情をしていた。エディスンの街にいた人間共とは違い至極真っ当な反応をしていた。

 それにしても、一体こいつらはなにをやらかして罰を受けているんだ?


「んぁ?」


 祭りの賑やかさも静まり返った場が騒つき始めた。いいからさっさと顔を上げろ!と思いながら、肩に烙印を押され呻いていた連中を見ていたので気づかなかった。踊りに興じていた連中が再び集落の入り口に視線を向けていたのでオレもつられて目をやった。そこには街で耳を落とされた青年と人型のマテリアルに換装したディアちゃんがいた。


「ディーアちゃーん!」


 さっきは見かけたと同時に場面が変わってしまっので声をかけられなかったが、今度は大手を振って名前を呼んだ。しかし、オレにはやっぱり目もくれず肩を貸した青年を引きずるように引っ張りながら素通りしてしまった。


「なんでやねんっ!無視するなっ!」


 ディアちゃんの表情はこの場にいる誰よりも悲壮感を漂わせていた。篝火の前に到着するなり青年を地面に寝かせて、そして槍を持った男から罵倒されてしまった。


『yeu ere lier!!』


『no!Listan to ma!!』


「え?ディアちゃんも喋れんの?」


『shut up!It's yeur fault!Leek at these peopla!!』


『…………sorry』


 今のは分かったぞ!ディアちゃんがごめんなさいしたのは!


「あー何?これもしかして英語なのか?こんなだったか?」

 

 違くないか?発音がおかしいというか、昔の人間共は変な英語を使っていたのか。いやでも、エディスンの連中は英語は使っていなかったよな。現代と言えばいいのか、あの野郎が使っていた言語と同じものを使っていた。

 どうゆうことなんだ?


『……bring ma』


 槍を持った男が重々しく何事か告げた。ディアちゃんはその言葉に激しく反応し、一心不乱になって男に縋っている。


「見たくなかったなぁ……こんな姿……」


 他の連中に取り押さえられてもなお縋り、男に手を伸ばして何とかやめさせようとしていた。あのクールで変態なディアちゃんがここまで取り乱すなんて...


「ちっと嫉妬しちまうな…」


 いつの間に隠れていたのか篝火の向こうから戦装束を着たさっきのガキが、他の人間に肩を掴まれ連行されてきた。


「………」


 取り乱すこともなくただ静かに連れられて来る。その顔はちと面白くないが、周りの連中は劇的だった。そのガキに向かって石を投げたり端末を投げたり、中には直接殴っている奴もいた。


「………」


 篝火の前に連れて来られたガキが跪き、男をゆっくりと見上げた。変わらずディアちゃんは暴れているが、もう誰も見向きもしていない。かく言うオレも暴れている音だけを聞いて、視線はガキに集中していた。

 唯一泣いているのは一緒になって遊んでいたあの女だけだ。それ以外の連中は、目を爛々と輝かせ唾を飛ばして拳を突き上げている。

 ゆっくりと男が槍を持ち上げた、穂先は既に冷えており烙印の効果は期待できない。なら後は...


「刺しちまえー!!」


 聞こえないはずのオレの言葉を合図にしたかのように、真っ直ぐに槍が下ろされた。ガキの小さな太ももを貫き血が舞い飛んだ。


「いいねぇ!さいっこーのエンタメだぜぇっ!!」


 まさかガキが餌食になるなんて。あんなガキに手をかけるだなんてオレですら経験のないことだった。太ももを貫かれたガキが獣ように甲高い叫び声を上げ、それが起爆剤になったように場がさらに盛り上がっていく。さらにもう一度、さらにもう一度!いいねぇあの男!悲しむフリをして容赦なく刺すあの鬼畜さ!気に入ったよ!

 何度も刺し貫かれたガキが地面に体を横たえた、それが終わりだと言わんばかりに槍を納めてしまった。


「今からだろぉがぁ!何ビビってんだよぉ!」


 集落の連中も似たような台詞を言っているに違いない。

 ここの連中も街の連中も大して変わらない、一見して素朴に見えた集落の連中もガキが槍で貫かれていく度に歓声を上げていたのだ。全くもって屑、善人の皮を被った屑ほど救いようのない奴はいない。

 ま、オレのことなんだがな。


「次はどんな場面を見せてくれるんだぁ?ここはディアちゃんの記憶の中なんだろぉ?」


 さすがに気づいた。ここはあの世ではない、どうゆうカラクリで入り込んだかは知らないが。

 だが、いつまでも経っても場面が変わることがなく、集落の連中は壊れたように叫び続けていた。



51.d

 


 十階層の居住エリアに辿り着くまでに数回の戦闘があった。瓦礫の陰に身を潜めるようにしていた敵は全員が槍のような長物を持ち、時としてそれを突き出すように構え発砲してみせた。おそらく隠し銃の一種だろうが対応が困難だった、突き出す構えのまま距離を縮めてきたり発砲したりと咄嗟の判断ができなかったからだ。

 それでも何とかアオラと二人でエリアの入り口まで辿り着き、先行していたクマさんがそのエリア手前に陣取ってくれていたから安堵した。


「スイちゃん!平気か?!」


「はい……何とか、それにナツメさん達も全員無事です」


 元気がない、そりゃそうか。一人でここまでやって来てあまつさえナツメ達の援護に入ったんだ。


「お疲れ様、スイちゃん」

 

「………」


 少しぐったりしたように見えるクマさんの頭を撫でた後、エリアの奥へと進んで行く。その途中にあるゲート手前でナツメ達は休んでいるらしい。

 念のため、エレベーターで襲われた敵がいないか周囲を確認する。ここが一番下に位置するからか他の階層のように四方向に伸びる橋はなく全て真っ平の地面になっていた。そのおかげもあってかとても広大に見える。とくに異常がないようなのでアオラ達と一緒にエリアへ続く通路を歩いて行く。



 ここも以前に利用させてもらったエレベーターシャフト内の詰所のように休憩できる部屋があった。他の階層にもあるにはあったが、ここを通る時はもっぱらビーストと戦闘していたので入ろうとは一度も思ったことがなかった。敵を前にして逃げ場のない密閉空間に自ら入り込むだなんて自殺行為もいいところだ。

 ナツメ達がいる部屋もひどい有り様だった。部屋とは呼べるが、まるで廃墟のようになっていた。椅子やソファなどはすっかり朽ちてぼろぼろ、埃やゴミが散乱し蛍光灯も点きそうにはない。あらかた片付けたのか、空いたスペースにナツメとカサン隊長、それからもう起きていたグガランナが輪になって座っていた。

 これだけ汚れているのに、ぴかぴかの観葉植物をそばに置いているのを目にしながらナツメに声をかけた。


「怪我は平気なの?見たところ大丈夫っぽいけど」

 

「あぁ、腕と足に一発ずつ、グガランナが手当てしてくれたよ」


「アヤメは平気かしら、それにスイちゃんも」


「平気」

「はい!」


 私達もたった三人の車座に加わった。


「まるでナツメの部屋みたいだね、ここ」


「…………」


「え?ナツメさんの部屋って……」


「ナツメさん?こんなに汚しているんですか?」


 手を振ってかぶりも振っている。


「そんな話しは今はどうでもいいだろう、それよりこれからどうするかだ、襲ってきた敵が二つもいるんだ、それに見たこともない奴らだ」


「アヤメ、エレベーターはどうなんだ?」


「無理です、敵に壊されてしまいました」


 スイちゃんが扉ごと敵を殴ったことは黙っておく。


「てことは、六階層に行くには歩きになるのか?」


「いえ、それは現実的ではないかと思います、非常階段から歩きになるなら一日二日をみないといけませんし、先程の敵にも狙われてしまいます」


「詰んだなこりゃ、おいナツメどうして人型機を持ってこなかったんだ」


「………いらないと思ったからだ」


「いるだろ!どう考えてもこの状況いるだろ!」


「アオラ、結果論で言ってもしょうがないよ、ナツメって変なところで手を抜くからさ」


「フォローするつもりなら最後までちゃんとしてくれないか?」


「ナツメ、この間アヤメが乗っていた人型機を寄越したようにこっちまで飛ばせないのか?それかお留守番組を突入させるとか」


 自動操縦のことを言っているんだろうけど...


「こんな密閉空間ではどうなるか分かりませんから無理ですね、もっと開けた所なら良かったんですが」


 外出禁止令の時、警官隊に誘導された向かった場所はカリブン受取所の駐車場だった。そこには既に私の人型機が駐機されており自動操縦で飛んできていたのだ。街の受取所はビルに囲まれた場所にあるけど、そこだけちょうどぽっかりと空いたように作られていたので何とか飛ばせることが出来たらしい。

 それならとアオラが再度聞き直した。


「お留守番組は?」


「あまり守りはいじりたくないんだがな……もしもの事があればグガランナ・マテリアルがボコボコにされてしまう」


「一人だけでも突入させたらどうなんだ」


 今度は私が答えた。


「アマンナが無理だと思いますよ」


 ナツメが同意してくれた。


「ですね、奴は周りに影響を受けやすいんですよ、テッドと組ませると最強ですが一人になった途端どうなるか分かったものではありません、まぁ裏目に出てしまっただけなんですが……」


「使えない奴め」


「………」


 ナツメが睨むようにカサン隊長を見た後、場に暫く沈黙が下りた。

 窓に取り付けられたサンシェードの向こう側が街になっているのか、漏れでた光が宙に舞う埃を照らしていた。汚れずにぴかぴかのままの観葉植物の周りだけ空気の流れが違うのか、光を受けた埃がまるで避けているように流れていた。


(あぁ静電気?)


 あの観葉植物がどうして綺麗なままなのか、一人合点した時に落ち着かない様子のグガランナが目に入った。


「グガランナ、どうかたしの?」


 私の言葉に電気を撃たれたように反応している。眉尻を下げてどこか申し訳なさそう。黙っていた皆んなもグガランナに視線を集中している。

 しどろもどろになりながらグガランナが口を開いた。


「いえ、その、何と言えばいいのか…言い出すタイミングを伺っていたと言うか…その…」


「何だ、お前がそわそわしていたのはアヤメを狙っていたからではないのか」


「お前…こんな状況で何をしようとしていたんだ」


 ナツメとアオラのからかいに反撃した。


「違いますよ!何でそうなるんですか!決議の内容を伝えようとしていたんです!」

 

 グガランナがサーバーに戻っていたあれか。


「この二人は放っておけ、それで何だったんだ?」


 カサン隊長の助け船に安堵したのか、内容を話し始めた。


「…決議の場では、私達マキナを束ねるある一人の否決を取っていたのです、ここにいても良い存在なのか否かを」


「そいつぁまた……」


「それは(かん)(げん)したという事か?」


 ナツメが鋭く質問した。


「違います、そんな穏便なものではありません、否決が取れたら強制的にリブートされてしまいますから、その逆もまた然りです」


「リブートって、お前達マキナにとっては……」


「事実上の死を意味します」


 一拍の沈黙の後、カサン隊長が割って入る。


「それはつまり裁判にかけているという事か?マキナ同士で?」


「はい、裁判という言葉が一番適当かと思います」


「待って、さっきの逆も然りって何?まさかグガランナも同じ目に合うかもしれないってこと?」


「…………分からない、決議の場は初めてだから、ただ強制リブートに賛成してそれが通らなかった場合の措置は受けてしまうと、説明があったわ」


「反対か賛成か、その票に自分の命が乗っかってる訳か、何とも殺伐とした裁判だな」


 グガランナがこくりと小さく頷いた。


「ちょっと待ってよ!そんな話し聞いてないよ!どうしてグガランナが巻き込まれないといけないのさっ!」


 何なんだその話しは、誰だか知らないが関係ないグガランナは他所にしてやってほしい。


「私がマキナだからよ、ここにいる以上は参加しなければならない、欠席なんか認められないわ」


(ここって……それに何でそんな…)


 嬉しそうな顔をして話しが出来るのか、お人好しも大概にしてほしい。

 何とも言えない表情のまま、ナツメが口を開いた。


「次はいつ行われるんだ?今日の招集はガイダンスのようなもんなんだろう?」


「はい、次回の開催についてはとくに……今日のように突然声がかかると思います」


「そんなの参加しなくていいよっ!身勝手なっ!」


「アヤメ、怒りたくなるのは分かるが堪えろ、ここが何処だか忘れてないか」


「だって!」


 アオラに頭を叩かれた、静かにしろという事だろうが子供の扱いを受けてしまったので八つ当たりで返した。

 今度はカサン隊長がグガランナに質問した。


「その裁判にかけられている奴は誰なんだ?ビーストを製造していたマキナか?」


 無言でアオラと取っ組み合いをしていたが、グガランナの言葉に動きを止めてしまった。


「テンペスト・ガイアです、彼女が私達を束ねているマキナの名です」


「……………」


「それは何故?」


「レガトゥム計画と呼ばれる、およそ私達にも人にも何の為にもならない事を進めているからです、マキナと人に代わって新しい種族にここを支配させるつもりでいるのです」


「待った待った、話しに付いていけない、やっとマキナという言葉を納得したところなのに今度は新しい種族だぁ?意味が分からない」


「それは私達も同じことです、今日の場で再三に渡って説明を求めましたが煙に巻かれてしまいました」


「そんなものは知りませんってか」


「えぇそうです、ディアボロスの戯言に過ぎないと終始言っていました」


「何でそいつの名前が出てくるんだ?」


「彼がガイア・サーバーのログで発見したからです、今回の決議の場を開いたのも彼です」


「そいつは一体何がしたいんだ?人間は殺すわ自分の上官を裁判にかけるわ、身勝手にも程があるだろう」


 そこで私が割って入った。セントラルターミナルで言われた事を伝えるために。


「……あの人は、ここを完全な世界にしたいと言ってた、多分資源に悩まないようにしているんだと思う、それが原因で私達は何度も争いを起こしてきたから」


 言い切った後は再び沈黙が下りてきた。誰も何も言わない。

 すると、アオラが鼻を鳴らした。まるて馬鹿にするように。


「ナツメ、お前はどう思う?今の話し」


「筋は通っていると思った、だがな、やはり肝心な部分が抜けている」


 グガランナが疑問を口にした。


「肝心な?それは何ですか?」


 しかし、誰も疑問に答えない。


「あぁそうだな、被害者を抜きにして裁判を進めるようなものだ、何ともお粗末な」


「?」


「人間の事は愛玩動物か何かだと勘違いしているんじゃないのか?」


「あの皆さん、何の話しを……」


「それが分からないのなら、お前もディアボロスと同じだということだ」

 

 ナツメの言葉にムッとした表情になった。


「何ですかそれ、もういいですよ!」


「拗ねるなよグガランナ、お前今まで何を見てきたんだ?アヤメの事しか頭になかったのか?」


「だからもういいですって!一人で何とかしますので!」


 子供のようにぷんぷん怒っている、緊張していた場に少し和らいだ空気が流れた。


(え、どういう事なの…私も分かんないんだけど……)


「それよりこれからどうするかだな、グガランナ、その決議の場で襲ってきた敵について苦情を言わなかったのか?」


 まだプンスカ怒っているグガランナが、


「聞きましたよ!けれど彼は知らないと言って相手にされませんでした!」


「知らない?奴が作ったんじゃないのか?」


 ナツメの質問に答えるように、どこからか不安を駆り立てるような叫び声が聞こえてきた。


「no!Listan to ma!shut up!It's yeur fault!Leek at these peopla!」


 喋っているように聞こえるその叫び声が、場に緊張を与え誰からともなく立ち上がりサンシェードの向こう側へ視線を寄越した。



「bring maァア!!!!!!」

※次回 2021/3/13 20:00 更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ