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第五話 カーボン・リベラ軍対ビースト専属特殊部隊

5.a



 前回の作戦が何とか成功し、詰所で祝勝会として呑んだくれた後の記憶がない。

 テッドが次から次へと酒を入れるのが悪い、さっきの仕返しですと静かに笑うやつの笑顔はなかなか凄みがあった。

 起きた場所はどうやら詰所のようだ、隊長室に置かれたボロくて何かのシミが付いたソファで目が覚める。そのまま起き上がり、隣の待機室へと移動する。大きな円形状の机が一つ部屋の真ん中に、あとは好きなように椅子が置かれている。

 もちろんクソ共はいない、呑んだ後はいつも決まって歓楽街に繰り出し女を抱きに行くのが恒例だ。

 思っていたより部屋は汚れていなかった、確か記憶している限りでは酒瓶やらスナック菓子の袋やらで机の上が汚れていたはずだが…。

 それに、床の一箇所に穴が空き、酒でもこぼしたのか何かぶちまけたように汚れていた。


「うう…ん…」


 机と、街が一望できる窓の間に椅子を並べて器用に寝ているテッドがいた。この部屋を掃除してくれたのはこいつだろう。

 律儀にも、隊長室のソファを使わず待機室で顔をしかめながら寝ている。昨夜は誰にも襲われなかったのか、レギンスといったか、タイツによく似た服装に乱れはなかった。

 いや、太腿あたりに何か付いている、時間が経ってソファに付いたシミのようになっていた。


「クソ共が…」


 手近にあった濡れたタオルでテッドの太腿を乱暴に拭き取る、やはり落ちない。叩き起こして今すぐ洗濯させようかと考えている時に、建て付けが悪い扉がすんなりと開いた。


「いよう、いるじゃないかナツメ」


「何のようだ」


「何だとは随分な言い方じゃないか、どうして私も誘ってくれなかったんだ?」


 入ってきたのは、全部隊の整備や武器の調整を行う整備士長のアオラだ。

 私と同じ身長、髪は汚れた赤色で昨日見た街の景色とどこか似ている。いつも何が面白いのか口元は笑っている、整備の腕以外はふざけた奴だ。


「何故お前を誘わなければならない」


「私らの整備があっての作戦だ、酒を呑む権利はあるだろう」


「呑みたければ勝手にしろ」


「まぁいいさ、あんたに誘われていたところで断っただろうからさ」


「何しに来たんだお前は、」


「アヤメはどこだ?」


 空気が変わる。いつものだらしない雰囲気がなくなり殺すように睨みつけられる。


「何故アヤメがいないんだ、答えてくれナツメ」


「…!」


「あいつは私のたった一人の家族だ、あんたにとってはただの消耗品かもしれないが」


「ふざけるな!消耗品なわけがあるか!」


「だったら何故アヤメだけがここにいないんだ!」


 互いに睨み合う。今にも銃を突きつけてきそうな程の剣幕、初めて見るアオラに臆してしまう。


「…メインシャフトの六階層あたりに落下したのは確認している」


「そんなことを聞きたいんじゃないんだ、どうしてあんたはあの子を助けずにのこのこと戻ってきたんだ?」


「それは…」


「あんた言ったよな?アヤメのことは任せろと、だから私はあんたにあの子を預けたんだ、大事な家族をな」


「…」


「そんなに総司令のことが怖いのか?あんたは信頼している部下一人のためにも喧嘩ができない腑抜けなのか?──何とか言えよ!」


 アオラの言葉に叩きのめされて何も言えなくなった。こいつが怒る理由は私が一番良く分かっている、いなければ困ると叫びながら総司令の指示に従いアヤメを見捨てた私自身にだ。

 顔を上げた時にはもうアオラはいなくなっていた。



5.b



 次のメインシャフト攻略戦が決まったと本部から連絡があった。

 椅子の上で寝ていたせいで痛くなった体を労りながら、四輪自動車の運転席に乗り込む。座席が固くてお尻がすぐ痛くなるので、乗る時はいつも柔らかいクッションを持ってくる。今日は詰所で一夜を過ごしたせいでそのままだ、薄いハーフパンツ越しの固さは最悪だった。


「飲酒運転とは度胸があるな」


「や、違いますよ、ちゃんと酒気のチェックしましたから」


「その度胸は戦場で見たいんだがな」


「だから違いますって」


 隊長は助手席に乗り込み、僕のことを変わらずイジってくる。

 …さっき整備士長のアオラさんと口喧嘩していたのは聞こえていた。アヤメさんのことで口論になり、とてもじゃないが起き上がれる雰囲気ではなかった。

 起きて止めた方が良かったかもしれないが、隊長の言う通り僕には度胸がない。それに隊長は…。


「あの…僕が寝ているときに…その…」


 少し緊張しながらエンジンスタートボタンを押す。


「なんだ?」


 液体燃料によるうるさいエンジンがかかる。一般の車両は電気モーターで走るのでとても静かだ。

 隊で使用されるのはもっぱら液体燃料を使う車両で、パワーも出せるし電気モーターのようにいきなり電池切れで止まることもない、もちろん座席は向こうのほうが柔らかい。


「いえ、その…寝ている間に、何かしました?」


 主語がないので下手な聞き方をしたがどうやら伝わったらしい。


「お前起きていたのか、あれは誰にかけられたものだ、私のほうから鉛玉をくれてやろうか?」


「ば!な、何言ってるんですか!あれは自分でお酒をこぼして付けたシミですよ?!」


 隊長が起き出した時に僕も浅い眠りから覚めていた、まさかいきなり太腿を触られるだなんで思っていなかったのでドキドキしながら寝たふりをしていた。


「それに、アオラさんとも…」


「忘れろ、お前には関係ない話だ」


 それっきり隊長は黙ってしまう。頼りがいがないんだろうなと思いながら、軽いアクセルペダルを踏み込む。

 僕たちの詰所、というより軍事基地があるのは街の中心部にある。メインシャフトへ通じる大型エレベーターの出口を囲むように建てられていて、メインシャフトへ降りて作戦行動を取るにも、たまに思い出したかのように侵入してくるビーストに対応をするためにも何かと都合が良い。

 星型に配置された高い防護壁には監視塔を兼ねた僕たちの詰所がある、要はビーストが侵入してきた時に真っ先に肉の壁になれということだ。全部で十ヶ所の詰所があるので、それと同じ数の隊がある。隊長や僕が所属しているのは第一部隊、エレベーター出口の真ん前だ。

 星型の防護壁をさらに囲むように建てられた兵舎などを抜けて市街地へと向かう。フロントガラスから見えるのは、今日も健気に煙を上げているアパートやオフィスビル、そして怒っているのか考え事をしているのか分からない難しい顔をした隊長。

 余計なことまで言うんじゃなかったと気まずい空気の中、車を本部へ向けて走らせる。

 最初の交差点で車を停車させた時、空気に耐えかねて隊長に声をかける。


「そういえば隊長、マドルエさんが治療費を寄越せと怒っていましたよ」


「何の話だ?」


 返答があったことに安堵しながら、


「覚えてないんですか?昨日のこと」


「昨日はお前にさんざん酒を呑ませられたからな、覚えていない」


「えぇ…」


 酔った勢いで隊長を口説いたのだ、少しハラハラしながら見守っていたら、あろうことかマドルエさんが隊長の胸を触り、これはまずいと思った時には自動拳銃の発砲音が鳴った。


「あぁ、あの床の穴は私が空けたものか」


「その…胸を触られていたので、口で怒るより先に撃っていましたよ」


 交差点の信号が青に変わり、ペダルを踏む。


「何故触る前に止めなかったんだ、この胸はお前のものだろう?」


「な、な、な、な、ななな」


「前を見ろ前を」


 いつの間にスピードが出ていたのか、前の車にぶつかりそうになっていた、慌ててブレーキを踏む。道行く人達に何事かと、奇異な視線を向けられた。

 もう余計なことは何も言うまいと黙って運転に集中する。サイドミラーに映る僕の顔はお風呂上がりみたいに真っ赤になっていた、それを見て余計に恥ずかしくなってくる。

 でも、隊長は冗談だとも否定もしていないから本当に触っていいのかなと馬鹿なことを考えている時に、ようやく本部の建物が見えてきた。


「ブリーフィングを受ける前に胸を触っていくか、いつでもいいぞ」


「もう!いい加減にして下さい!!」


 思いっきり切れた。



✳︎



 私達の詰所から車を小一時間程走らせた所に司令部を兼ねた本部の建物がある。

 何故、基地内に無いかといえば、ここカーボン・リベラの街は軍が統治を行い、セルゲイ総司令が軍隊への指揮と街の政治をしている。統治者が危険に晒されては、軍人も民間人もまとめて生活ができなくなってしまうから、ということらしい。

 まぁ、現場に上官が来たところで迷惑以外のなにものでもないから助かってはいるが。


「着きましたよ」


 イジり過ぎたせいか、少し不機嫌なテッドが声をかけてくる。


「あぁ、運転ご苦労だった」


「私服で来て大丈夫でしたかね?急な連絡だったので服装は構わないと言われましたが…」


 すぐに機嫌を直したのか服装のことを話しだした。


「誰もお前のことなど見ていない、気にするな」


「それは気づかってるんですか?」


 ほんと言葉がキツいんだから、とぶつぶつ言いながら駐車場に車を停める。


「隊長も少しは女性らしい服を着たらどうですか?いつも軍服じゃないですか」


「どうでもいい、服を買う金があるなら美味いメシでも食うさ」


「もったいないですよ」


 先に私が車を降り、またイジってやろうかと声をかけようとした時、


「おはようございます、ナツメ隊長。前回の作戦成功おめでとうございます、総司令も喜んでおられましたよ」


 やたらと上から目線の挨拶をされてしまった。

 見やるとそこには両脇に副官を携えたサニアが立っていた。確か、第二部隊の隊長を務めていたはずだ。髪はアヤメと同じ金色だが、心なしかサニアの方がくすんで見える。体型は均整の取れた体付きをしていて、胸は私より少し大きいぐらいか。


「おいテッド、お前の好きな胸が向こうから歩いてきたぞ」


「撃ちますよ?」


 目が全く笑っていない、さすがにやり過ぎたか。


「ナツメ隊長、ふざけるのはここだけにして下さい。総司令からブリーフィングがありますので」


「総司令が直接?」


「はい、次の作戦が最後の攻略戦になると教えて下さいましたので」



5.c



 隊長と僕は駐車場でサニア隊長と別れた後、そのまま真っ直ぐブリーフィングが行われる大会議室にやってきた。

 階段状に作られた会議室内では、各隊長が部隊別に座っている。さすがに副隊長以上の出席しかないため、くだらない言い合いや喧嘩は一つもない。皆、最後の作戦と言われたブリーフィングが始まるのを静かに待っている。

 一番前の席が空いていたので、僕が先導して席についた時、後ろから嫌みのある言葉をかけられた。


「一番前に座るのですね、ナツメ隊長。さすがというべきか、さっきのふざけた態度も微塵も感じられませんね」


「この席を選んだのは僕です、気に食わないのなら他所へ行きましょうか?」


 隊長が言い返す前に僕の口が先に動いた。


「…いいえ、ご自由に」


 サニア隊長と問答をしている間に大会議室の扉が開いた、そこにはセルゲイ総司令、他に何人かの副官とさらに政治家の人達もいる。

 軍本部で彼らを見たのは初めてだ、それだけに今回の作戦が重要であることが壇上に立った人達で分かった。

 セルゲイ総司令が何の前置きもなく、淡々と話し始めた。


「今回の作戦で、我々が長年続けてきた中層攻略戦は終わりとなる。この中からいくらの犠牲が出ようとも、中断も撤退もありえないと思え」


 よく響く、太い声で宣言した。お前達の命より作戦成功が優先であると。


「中層に突入するまでの間は第二部隊を除く第一から第五部隊が我々本隊を護衛し、突入後は第六、第七部隊が前線基地を作れ。残った第八から第十部隊と第二部隊で中層を探索する」


 全隊を投入するのか。こっちの守りは?

 僕と同じことを思ったらしく、別部隊から質問が上がる。


「総司令、詰所の防衛はどうされるのですか?」


「放棄する」


 その一言に場が騒つく。


「ここでの軍事行動は次が最後になる、部隊も基地も残していく価値はない」


 それってつまり…。


「生き残った奴だけ中層でメシが食えるということか、くそったれが…」


 隊長が小さな声で吐き捨てた。

 普段なら咎めもしたが今日は気にならない。いくらなんでも全隊へ出す指令ではなかった。


「何故、第二部隊だけメインシャフト内の護衛隊から外れているのでしょうか」


 また別部隊から質問が上がった。それは気になっていた。

 星の内側から外側にかけて、部隊は配置されている。内側ということはつまり、最もビーストと戦う頻度が高いことを指す。戦力が高くなければ務まらない、番号が小さくなるにつれて戦力が高くなっていくよう編成されているのだ。僕達の部隊が最高戦力とされ、サニア隊長が所属するのは第二部隊、二番目に高い戦力を持っていることになる。

 それなのに…。


「中層での護衛をさせるためだ」


「それなら僕達の部隊の方がより確実ではないでしょうか?」


 …余計なことを言ってしまった。本当に余計なことを言ってしまったと、総司令の返答を聞きながら後悔する。


「お前達の部隊は前回の作戦で一人行方不明を出しているだろう。戦闘中での死亡ではなく単なる行方不明だ、統率も取れない部隊に護衛など務めさせるわけにはいかない」 


「っ!」


 僕が悪い、普段は度胸がないくせに。隊長に恥をかかせてしまった。


「作戦は明後日、日没と同時に開始し、明け方には中層へ辿り着けるよう各部隊は入念に準備をしろ、以上だ」


 そう言い残し、壇上に上がっていた人達が足早に出て行く姿を、ただぼんやりと眺めていた。



✳︎



 溜まっていた報告書や未申請の治療費などの手続きを取っている間、副隊長は下を向きっぱなしだった。

 私に恥をかかせてしまったことを気にしているのだろう、あいつが悪いわけではない。部下の口から進言させてしまった後ろめたさもあり、私も声をかけあぐねていた。 

 本来であれば、あの進言は私がすべきことだった、なのに何も言えなかった。情けない自分に副隊長を励ます勇気もなく、ただ逃げるように事務手続きをしている。

 本当に似た者同士だなと、さっきから自嘲めいたため息ばかりが出る。


「ナツメ隊長、少々お待ち下さい」


 申請書を出し終え、そろそろ副隊長のところへ戻ろうかと思った矢先、事務官に呼び止められた。


「何か?」


「セルゲイ総司令から、見かけたら司令室へ来るようにと伝言がありました」


「…そうですか」


 今さら何の用があるというのだ、疑問に思いながらも、司令室があるフロアを目指す。

 事務室を出て、エントランスホールへと戻る。この建物は実用性のかけらもなく、先程ブリーフィングを受けた会議室が集まるフロアや事務室などは全て、エントランスを経由しないと行くことができない。      

 建物全体もガラス張りで統一されていて、どこか洗練された雰囲気がある。フロア毎に移動できないかわりに直接見ることができる。

 エントラスに置かれたソファには副隊長が待機している。変わらず元気がないように見え、司令室に向かう前に声をかけようか逡巡していると、その司令室があるフロアから歩いてきたサニアが見えた。ガラス張りのおかげで、遠くからでもあの勝ち誇ったような顔が見えている。

 サニアはそのままソファが置かれた丸見えの待機室へ向かい、私の副隊長に声をかけていた。


「少し、時間いいかしら?」


「…はい、先程は大変失礼致しました、サニア隊長」


 ゆっくりと立ち上がって応答する副隊長が見える。


「いいえ、さっきは私も失礼なことを言ってしまったわ。ブリーフィング前で気が立っていたのでしょうね、少し話がしたいの座ってちょうだい」


「はぁ、お話ってなんでしょうか?」


 何だか嫌な気がする、会話が気になって仕方がない。


「あなたは素晴らしい副隊長ね、隊のために進言することができるなんて、私の副隊長にも見習わせたいぐらい」


「いえ、そんなことはありません。言うべきことを言っただけですので」


「それに、私が言うのもおかしな話だけど、嫌味を言われた隊長を庇ったわよね?なかなかできることじゃないわ」


「…ありがとうございます」


 苛立ちと焦りで胸に重い鉛玉を撃たれた気分だ、私が言うべきことを全てサニアに取られてしまった。


「私のほうから総司令に、あなたの転属願を出してきたところなの」


「まさか、僕が第二部隊へ?」


「ええそうよ、あなたはとても有能な副隊長だもの、是非私の隊へ来て、」


「せっかくなのですがお断りします」


 サニアが言い終わらないうちに副隊長は断っていた、即答だ。転属の話で頭から胃にかけて締め付けられる感覚がしていたが、すぐさま断った副隊長に少し驚いた。


「…理由を聞いてもいいかしら、悪い話ではないと思うのだけど」


 面食らったサニアが何とか食いついている。


「興味がありませんので」


「…?知っているかしら、隊の番号は強さとは関係ないことを、あなたは第一部隊に所属しているけど、何も一番強い部隊ということではないのよ」


「そうゆうことではありません」


「では、一体何が不満なのかしら?」


「あなたに興味がありませんので」


 言われたサニアの顔は、羞恥と怒りでひどいことになっていた。


「サニア隊長は一人でビースト相手に戦ったことはありますか?孤立してしまった仲間のために隊を動かしたことはありますか?そもそも戦場で銃を握ったことがあるんですか?とても綺麗な軍服を着ていらっしゃいますが」


 矢継ぎ早に繰り出される副隊長の言葉にさらに面食らっている。


「僕が第一部隊にいるのは、ナツメ隊長についていくためです。第一部隊だからいるのではありません、あなたに隊長を超えられるとはとても思えませんのでお断りさせて頂きます」


 …どうやら度胸がないのは私だけのようだった。



✳︎



 後は試運転のみだ、攻略に備えてやれるべきことは全てやった。気に食わない政治家や研究者共もまとめて中層で得られる資源を餌にこちら側に囲った。

 歴代の総司令達は良くやっていたと心から思う、見下しているわけではない。上層に造られたカーボン・リベラはここ主要都市以外にも、価橋と呼ばれる各ブロックを繋ぐ橋で構成されており、第一から第二十二区まで存在する。その全ての区に均等に資源を与え、今日まで何とか食いつないできたが、限界だ。

 メインシャフト内の循環区で得られる黒い塊、カリブンと呼んでいる固形資源がある。それ燃やして電気に換え、生活に必要な全ての動力源としていたが、ついに採取できなくなった。前回進んだ三階層、さらには六階層まで調べさせたが、循環区にカリブンは一つもなかった、下らない横領を防ぐためカリブンの採取場所は、歴代を含めた総司令と一部の者にしか知らされていない。どこかの部隊が勝手に盗み出すことも不可能だ。

 中層で我々が生きていく術を見い出さなければ、ビーストに喰われずともいずれ近い内に死に絶えることになる。それだけは何としても防がねばならない。

 ドアを叩く音がした、秘書官の声で我に帰る。


「ナツメ隊長がお見えです」

 

「通してくれ」


 入ってきたナツメはどこか挑戦的な顔をしている。大方、第二部隊への転属の話を断るつもりだろう。

 肩まで伸びた髪は黒、カーボン・リベラではよく見られる色だ。切れ長の目は茶色で、薄い唇は引き締められている。体型は細く、女らしい特徴がないためどこか男を思わせる雰囲気があるが…。


「総司令、お話があります」


 少しの間、昔を思い出していた。こいつに銃の持たせ方を教えていた時だ。


「馬鹿を言え、話があるのは私のほうだ、副官のことならお前の好きにしろ」


「…!」


 話したいことを先に言われ押し黙る、いつもこうだ。こいつは度胸はあるが頭が悪い。


「ナツメ、中層に到着したらお前が探索隊の指揮を取れ」


「…は?何故私が、」


「お前は使える人間を見抜くのが上手い、進軍中は探索に使えそうな人間に目星をつけておけ」


「…私の部隊はどうすれば?」


「好きにしろと言ったはずだ、使えそうなら連れて行け」


 まだ何か言い足りないのか、睨む表情に変化がない。


「下見に行かせた部隊の報告によれば、六階層にもお前の隊員はいなかったそうだ」


 確かアヤメといったか、こいつが珍しく大事にしていた隊員だ。遺品も死体も痕跡も、何もなかったと聞いている。


「落ちた隊員のことは諦めろ、落下ではなく爆発を直接受けたのだ」


 私の言葉に愕然としている、上官に見せる顔ではない。


「明後日までだ、お前には第一部隊に何の思い入れもないだろうが辛抱しろ、中層に辿り着いたら私がお前の面倒をみてやる」


 返礼の後、ナツメは部屋を後にした。

 窓の外を見やるとそこには植えたばかりの若木があった。枝に葉も付けず、ただ風に揺られている。何の生きがいがあってこいつらは葉を付けようとしているのか、不思議でならなかった。



5.d



「これ見てアヤメ!何かな何かな初めて見るよ!」


 元気いっぱいにアマンナが駆けてきた、手には何かベタベタした塊を持っている。


「うえぇ…何でそんなばっちいの持ってきたのうなぁ!ちょ、やめ、顔にかかってるから!こらぁ!うべっ」


 怒った拍子に何か口の中に入ってしまった。アマンナが振り回すからだ、見れば服も何かもベタベタだ。


「もう!せっかく洗濯したのに!アマンナだって服が汚れてるでしょ!いい加減にうびゃ!」


「あははっ、アヤメおもしろーい」


「…ねぇその塊、私にも見せてくれない?」


「うん、いいよー」


 手にした勢いで窓の外に放り投げる。


「こんなもの!!」


「あぁ!何てことするのわたしのべたべたぁ!」


 投げられた塊は放物線を描いて、目の前に広がる森の中へと消えていった。

 私達が居る場所は十階層から中層にかけて降りる途中にある、エレベーターシャフト内の小ぢんまりとした休憩室のような所だ。水も食料も、いつでも眠れるよう綺麗なベッドまである。アマンナ曰く、昔の人が勝手に作ったんじゃない?と説明になっていないことを言っていた。

 ビーストに襲撃されたエリアを抜けて、エレベーター内を通ってここまでやって来た。最初は歩いて降りるのかと戦々恐々としていたがアマンナに先導されて入った場所には、小さめのエレベーターがあった。驚いた、何度か作戦行動でエレベーターシャフトに来たことがあったが、こんなものがあるだなんて知らなかった。

 聞けば、アマンナ達はこの小さなエレベーターで上にあがり、エリアを探索している時に爆発に巻き込まれたそうだ。


「ごめんね、アマンナ。私のせいでこんなことになってしまって」


「ええそうかな、わたしはアヤメのおかげで出会えたからむしろ感謝してるんだけど。ね?グガランナ」


[ええそうね、あなたが人間を見たいと暴れてくれたおかげね]


「そうゆうことは言わなくていいの」


 室内に設置されたスピーカーからグガランナの声がする。

 ビーストとの戦いで動かなくなったグガランナを見た時は泣いてしまった。もう話すこともないんだと、最後のお別れのつもりでお礼を言った後にすぐ、グガランナの声が聞こえた。さっそく幽霊として会いに来てくれたのかなと勘違いしてしまった。

 

「グガランナは今どこにいるの?」


「──?ここにいるわ」


「?」


「?」


 何で分からないのという空気が漂う。


「えーとね、今グガランナはサーバーと繋がっているんだよ、だからエモート・コアも無事なの」


「…私で例えたら何?」


「心のことだよ」


 前に教えてもらったのが、マテリアル・コア、私でいえば体のことだ。エモート・コアと呼ばれるのが心に該当するらしい。…何となく分かってきた気がする。


「その、サーバーと繋がってるっていうのは?アマンナ達は端末か何かなの?とてもそんな風には見えないけど…」


「…」


[…]


「…うんまぁそんな感じかな!」


 いや今絶対説明諦めたよね。とりあえずグガランナは無事であることが分かったけど、何だかもやもやする。


「もうグガランナとは直接会えないの?」


[…っ!いいえ、そんなことはないわ!すぐに会えるからそんな寂しそうな顔をしないで!]


「わたしが!わたしがここにいるからグガランナのことはいいの!」


[アマンナ!あなたちょっと引っつきすぎじゃないかしら?誰のおかげで人型のマテリアルになったと思っているの!]


「調整ポッド」


[アマンナ!]


 この二人は本当に仲が良い、まるで姉妹のようだ。私に姉妹はいなかったので、何となく羨ましい。施設にいた時はよく面倒を見てくれる人がいたけど、少し苦手だった。

 また言い合いを始めた二人を他所に窓の外を見る。そこには、街では見たことがないくらい沢山の木々が広がっていた。隊の皆が夢見た中層が目の前にあると思うと、何だかずるをした申し訳ない気持ちにもなったが、早く行ってみたいと逸る心が高鳴った。

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