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第四十九話 外出禁止令の向こう側

49.a



 強引な秘書官に連れて来られた場所は、軍本部が置かれた簡素な森の中だった。警官隊の分隊所から車で数十分の所にある軍本部は贅沢に作られているようで、太陽の光を満遍なく取り入れられるように開放的な構造となっているようだった。

 儂の前には強引秘書官とあの会議場へ橋渡しをしくれたヒルトンの知り合い、アコックが落ち着かない様子で座っていた。本部へ着くなり儂の笑みを浮かべてきた。


「ご足労をお掛けして申し訳ありません、こちらが政府が収容した元軍本部です、今は、」


 言葉を遮り、


「そんな説明は良い、歩きながらでも意見交換とやらは出来るだろう」


「…そのようですね、では参りましょう」


 強引秘書官の肩を軽く叩いて労っている。

そして素早く車から降りて儂のために車の扉を開けてくれた。


(早速傅かれてしまった……)


 これが嫌だったからあんなにお披露目を後回しにしたというのにまるで効果が無かった。これならティアマトの言う通りに儂らである程度進めてから、彼らにカリブンの再資源化を依頼すれば良かったかもしれない。


(全く、人というものは本当に予想がつかんな……)


 有り体に言えば裏目に出てしまったという事だが。

アコックが先導して歩いている通りもまた贅を尽くした場所だった。歩いているのにまるで音がしない、下を見やればかの有名なペルシャ絨毯を思わせる柄が入ったものだった。素材がシルクとウールに別れていた伝統工芸品は当時でもかなりの値打ち物で、わしも本物は一度しか見たことがない程であった。これが本物かどうかは分からんが、知って敷いているなら大したものだ。


「お前さん、この絨毯が何か分かるかね」


 ちらりと絨毯を一瞥し、前を向きながら答えた。


「はい、メインシャフトより伝わる伝統工芸品だと聞き及んでいます」


「……名前は分かるかの?」


「…確か、五階層特産品だったと思いますが……」


 当時の地球、「ペルシャ」という名前は消失してその製法のみが伝わり続けていたのだろう。もう、あの時代を知っている者は自分一人だけなのだと強い疎外感を感じたが、これも自業自得だ。死すべき時に死を選ばなかった自分が悪いと、年甲斐もなく寂しさを感じながらアコックに付いて行く。

 通りを抜けて変わった所にあるエントランスへと差し掛かった、四方に伸びる通路の先にはそれぞれ目的に別れて部屋が作られているようで、事務、会議、一部役職者のデン(私室のようなものだ)が置かれているようだ。その内の一つ、一番豪華に仕立てられた通りに入りガラス貼りの向こうにある中庭へと目をやりながらさらに付いて行く。

 案内された一室は、どうやらあの秘密主義者のデンのようで日陰に隠れてひっそりと佇む扉をゆっくりと開いた。


「どうぞお入りください」


「あぁ」


 部屋の中は意外にも質素であった。ペルシャ絨毯も姿を消し何も敷かれていない硬質の床が代わりに姿を見せていた。応接用の対になったソファとローテーブル、それから床と同じ材質で作られた無機質の机と背もたれ付きの椅子、それ以外に何もない。


「実権に握っておった男の部屋とは思えんな、まだ儂の方がいくらか豪華だぞ」


「セルゲイ司令官は贅沢を好むような方ではありませんでしたので」


「そうかい」


 とくに勧められた訳でもないのにソファに腰を下ろした。


「それで、お前さんの「意見」とやらを聞こうではないか」


 アコックもとくに話すでもなくすとんと腰を下ろして儂の前に座った。


「…あれは一体何ですか?何故あのような生き物を堂々とここへ連れて来たのですか」


 どうやら儂の腹を探るらしい。


「お前さんの古い友人にも言ったことだが、亡くした者の弔いのためさ」


「そんなものでは到底納得出来ませんよ、あれはこの街の流れを変えてしまうものです、資源の貧困化はこの街にとっての一大事です、それを根底から変えてしまうなんて……」


「勘違いをするな、カリブンの再使用が叶ったからといって根本的な解決にはならんぞ」


「貴方は飢えた人間の前に餌を吊るしているのですよ?それがどういう事だか分かりますか?きちんとした法整備をして扱わないと、ここで戦争が起きてしまう」


「それは大袈裟、」


「血が流れるかは分かりませんが、少なくとも友好的な配分は不可能でしょう」


「ならお前さんが儂を攫った理由何かね」


「………」


 何度か口舐めずりをして、忙しくなく瞬きを繰り返しているだけでも何も言わない。魂胆は見え見えだった。


(こんなものか……いや、こんなものだったな……)


 だから儂はあの時頭を下げて人の身を捨てたのだ。何も変わらない。世代を超えても、過去の記憶も伝承も失ってもまだ人間は己の利益を優先して浅ましく動く。


「言っておくが、誰かに専任させるつもりはないぞ」


「なら、どうやってカリブンを扱うのですか?まさか皆んなに分け与えるとでも?そんな事をすればせっかくの資源もあっという間に底をつくでしょうね」


「………」


「あなたがあの生命体を利用してカリブンを製造する、そしてそれを我々が責任を持って街へ卸す、一番自然でかつ合理的なやり方だとは思いませんか?」


「それでは意味がない」


「どんな?」


「メインシャフトと同じ道を辿るということだ」


「…まるで見たきたかのような言い方ですね、何百年前の話しですよ?我々の先祖がメインシャフトから逃げるようにこの街に移住してきたのは」


「そうさ、儂は何百年も前のメインシャフトをこの目で見てきたからな、せっかくタイタイニスというマキナが建造した新天地でも、人間は同じように資源で対立し争い血を流し続けてきた」


「………」


 まるで儂の話しが与太話のように聞こえているのかかぶりを振っている。

 ...成る程と、あの男が秘密政策に走っていた理由が頷けるというものだ。


「儂の方針は変わらない、製造した再カリブンはこの街全てに配分するつもりだ、出来ることなら全ての区にピューマを送りたいとも考えている、まぁ彼ら次第になるがな」


「そんな夢物語は実現致しません、先ず再カリブンは間違いなく区の権力者が独占し一括で元締めを行うでしょう、それから……」


 内ポケットにでもしまっていたのか、携帯端末が鳴り出した。眉根を寄せながらアコックが確認し、そして動きを止めた。


「何かね」


「いえ…基地からの連絡なんですが、ビーストの襲撃を知らせるもので……攻略部隊は確かにビーストを殲滅したのですよね?ヒルトンから聞き及んでいますが」


 それでも鳴り止まない端末をもう一度確認し、観念したのか断りを入れてから通話ボタンを押した。


「今、マギールさんと打ち合わせをして…………何?!それは本当か?!」


 目の色を変えて電話口に吠えた。

そして、何かのためにと渡されて一度も鳴ったことがなかった儂の端末にも電話が掛かってきた。発信源は不明、ということは...


[マギール、軍事基地に正体不明のビーストが現れた、合流したナツメ達が対処にあたっている]


 タイタイニスからだ。


「ピューマは無事かね?」


[時間の問題だ、ナツメ達が劣勢に立たされている、そちらから手を打てんか?ここまで運んだ苦労が水泡に帰すぞ]


「少し待て、政府の者と打ち合わせをしよう」


[信頼出来るのか?]


「そうも言ってられん状況を敵さんが作ってくれたのだ、とことん利用させてもらうさ」


[ならばいい、お前とスイは暫くグガランナ・マテリアルに戻るな]


「分かっているさ」


 そう言って通話を切り、アコックを見やると向こうもちょうど会話が終わったようだ。携帯端末を握りながら厳しい目を儂に向けていた。


「さて、ものは相談なんだがこの危機的状況を乗り切る手立てを聞くつもりはあるか?」


 片目を細めながら嫌そうに続きを促した。


「何でしょう」


「各区にピューマを移送する計画さ、せっかくの利益がこのままでは水泡に帰すぞ、お前さん方政府が独占したいのはよく分かるが、ごねている場合ではあるまいて」


「それならば私共が責任を持って、」


「出来るのか?全てのピューマを安全圏に逃がす人員と車があるのかね?」


「………いえ」


「なら話しは決まりだな、各区に協力を要請してくれ、今ならお前さんと同じように目の色を変えて救援を寄越してくれるだろう」


 それと、と言い添え、


「お前さんは各区の調整役をやってくれ、儂では荷が重い、今後はお前さんを中心に再資源化を進めていくことになるだろう、嫌ならすぐに代わりを寄越せ」


 これぐらいの便宜は図っても良いだろう。何せ、得体の知れない男の脅しだけであの会議場へ橋渡しをしてくれたのだ。

 儂の意を汲んだのかすぐに返事をして腰を上げた。そして健気に一礼してから部屋を足早に出て行った。

 ここからでも中庭の一部が見えるのか、窓の向こうに少しだけ枝葉を付けた一本の若木があった。風に揺られ太陽の光を浴び、今から健やかに成長するであろうその姿を楽しみにしているように立っていた。この若木が立派な樹木に育つ頃には、どうかこの街も同じように立派になってほしいと、柄にもなくそう祈ってしまった。



49.b



「分かった、私の方からスイちゃんにも伝えておくよ」


[頼んだ]


「それと分かっているよなタイタイニス、踏み倒しは認めないぞ」


[…………分かっている、ここでの役目が終わればすぐにそちらに戻る]


「ならいい、忙しいうちが華ってね、お前もいつの間にかひっぱりだこじゃないか」


[それはどういう意味だ?語録のデータには無い言葉だ]


「そのままの意味さ、暇を持て余してる奴は大して使えないってことさ、本当に凄い奴は自分から仕事をしに行くもんだよ」


[ためになる、それとだ、お前が前に一度我を罵倒した事があったな、一人で仕事をしている我をふざけた奴だと罵った事だ]


 ...そんな事言ったか?全く覚えていないが...


「……それがどうかしたのか?」


[今なら分かる、確かに我は独りよがりの仕事をしていた言える、お前はそれを見抜いていたんだな]


「あ、あぁそうさ、分かったならそれでいい」


[人と交わり他へも影響させてこその仕事だ、お前にもナツメにも、人の子にここまで教わるとは思わなんだ]


 あいつ...相変わらず臭い台詞ばかり言いやがって。


「ま、そんな感じだな、人から期待されたら一人前さ、これからも頑張ってくれたまえよタイタイニス君」


[その言い方は癪に触るが、まぁ良い、しばらく待て]


 そう言ってタイタイニスから電話を切った、よっこらせと心の中で言いながら通話指定エリアに置かれた椅子から腰を上げる。近くの観葉植物に鼻を近づけてすんすんしていたスイちゃんに声をかけた。


「戻ろうか」


「あ!はっ、はい!」


 見られているとは思っていなかったのか、少し顔を赤く染めて私に近寄り手を繋いできた。

 目を覚ましたばかりのスイちゃんはとても弱っていて見ていられなかったが、徐々に元気を取り戻したようで今さっきやってみせたように色んな物に興味を持って触ったり嗅いでみたり、私にあれこれと聞いてくるようになった。


(それなのに……)


 軍事基地に正体不明のビーストが現れて、しかもナツメ達が苦戦しているなんて。スイちゃんに何て伝えればいいんだ?せっかく元気になったのにまた落ち込ませるような事を言わないといけないんて。

 通話指定エリア外での携帯操作は控えるよう、ポップな絵柄と共に注意喚起をしているポスターを見ながらスイちゃんが歩いている。このエリアは病院の中庭にあるようで孤立した建物になっていた、重さを感じさせないガラス扉を開いて木漏れ日の中にある道をゆっくりと歩いていく。

 そしてスイちゃんが私を見て電話の内容を尋ねてきた、さすがにすぐには言えなかった。


「あーうん、仕事の電話だよ」


「そう…ですか」


 ぱっちりと開けた瞳を遠慮なく私に向けてくる、何と無垢であることか。嘘を吐いただけでここまで心が苦しくなるなんて。


(こんな子に悪さを働くなんて……どんな神経をしているんだ)


 また、私の中に怒りが湧いてきた。路地裏で襲い、連れ去り、そして大型のビーストの中に閉じ込めた野郎だ。絶対に許さない。


「アオラさん?大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんですか?」


 私の表情に勘違いをしてかとても心配そうに伺っている、慌てて首を振って何でもないように答えた。


「いやいやそんな事はないよ、それよりスイちゃんはもう平気なのかい?」


「はい!おかげ様で元気になりました!」


 もう...こっちが嬉しくてなってしまう程の笑顔を見せてくれるスイちゃん。それに手もぶんぶんと振っている。


「でもアオラさんはまだ……」


「あぁまぁ…しょうがないよ、気にするな」


 スイちゃんと喋る時にすっかり口癖になってしまった、あまり不安にさせたくないし元気でいてほしいと思うあまりにこんな言い方になってしまう。


「はい……」

 

 少しだけ眉尻を下げている、言ったそばからこれだ。

 木漏れ日を抜けて病棟に入った時に、通路の向こうから小走りで駆けてくるカサンが目に入った。途中、ナースの人に注意を受けて私達の所へ真っ直ぐにやって来る。カサンの表情は固い。


「どこにいたんだお前ら!探したぞ!」


「カサンさん!こんにちは!」


「あぁこんにちは、呑気に挨拶している場合じゃないんだがな」


「こら、カサン」


「何かあったんですか?」


「アオラから聞いていないのか?」


 二人の視線が私に集中した。


「あぁいやぁ…私ら病院だから関係ないかと……」


「そんな訳あるか!スイの家族がいるんだろう?!」


 大声で怒られてしまい、近くを通りかかった人が無遠慮に私達を見てくる。ここでする話しではないと二人をもう一度病棟の外へと連れ出した。

 ついさっきまであんなに晴れて地面にも木漏れ日が降り注いでいたのに、太陽が雲に隠れて少し暗くなった外通路でスイちゃんに向き直った。


「さっきの電話は……仕事の話しじゃなくて、軍事基地が襲われたっていう電話だったんだ」


「そんなっ」


「ごめん、嘘吐いちゃって、不安にさせたくなかったから」


「皆んなは、グガランナお姉様達は無事何ですか?!」


 そこでカサンが、何も考えていないのか率直に告げた。


「無事じゃない、かなり状況が悪いんだ、タイタイニスからはお前を保護しておくように電話をもらったんだよ」


「カサン!言い方ってものがあるだろう?!」


「お前は何様だ!可愛がるのは勝手だが、子供扱いするのも大概にしろ!」


「………」


「敵は大型のビーストだ、ここまですぐに被害は出ないだろうが向こうは危険だ、お前は直に退院するだろうが暫くはあたしといろ、いいな?」


「でも…」


「でもじゃない、お前が乗っていたあのロボットも今は使えないそうじゃないか、戻って何が出来るんだ?」


「…」


「不安になるのは分かるが辛抱してくれ、これ以上お前が泣くところは見たくないんだよ」


 俯いていたスイちゃんの目に力が入った。


「分かりました、大人しくしています」


「それがいい」


「お前もだ、いいな?そんな体では何も出来ないだろう」


「……あぁ」


 頷いた私を見て満足したのか、今度はカサンがスイちゃんの手と繋ぎそそくさと病棟に戻って行く。ちららとスイちゃんが振り返って私を見てきたので、観念して私も後に続いた。



✳︎



 あぁは言ったがどうすればいいのか...あたしの家にでも連れて行くか?いやしかしだな...

 タイタイニスから連絡を受けて馬鹿正直に従ったはいいがまるであてもない、それに各区からピューマを移送して安全圏に逃す計画が立てられているらしい、あたしのところにも応援要請が来るのは目に見えていた。アオラの奴もこっちに引っ張りたいがまだ退院許可が下りていないので無理そうだ。

 あたしの手をしっかりとスイが握っている、今朝見せたあの時の態度とは違い今はしゃんとしていた。


(連れて行くしかないか……)


 あたしがスイを見下ろすと、スイも同じようにあたしを見上げてきた。


「スイ、病室へ行ったら身支度を済ませてくれ、あたしの家に連れて行くよ」


「はい!」


「大丈夫なのか?」


 何がだ。


「お前はせいぜい、退院許可が下りるまでゆっくりと休んでおくんだな、ここを出たら最後だぞ」


「何がだ、それに無理してお前の家なんかに連れて行かなくていいだろう、スイちゃんもここにいればいいさ」


「え?あの…」


「駄目だ、スイには既に退院許可は下りているんだ、ここを出ないといけない」


「ここは警官隊御用達の病院だろう?少し口聞きすりゃいけるだろう」


「あたしらにそんな力が残ってると思うか?」


「あ、あの私は何処でも……」


「ほら!スイちゃんもこう言ってるんだから我儘を言うな!」


「どっちがだ!スイ!お前はあたしの家に来るんだ!」


「いーやスイちゃんは私といたいはずだ!な?!」


「え?え?」


 アオラもスイの手を取り引っ張っている。これではどっちが子供か分からない。


「スイを困らせるな!」


「私を困らせるな!」


「このくそったれが……」


「スイちゃんの前で汚い言葉を使うな!教育に悪いだろうが!」


 手近にいたナースを呼び止めアオラを指さし、


「すまないが、具合が悪いみたいだから医者に見せてやってくれないか?緊急事態なんだ」


「はっ、はい!大丈夫ですか?!」


 慌てたナースが勘違いをしてアオラを優しく、しかしがっちりと腕で固定して近くの診察室へ連れて行こうとしている。


「ま、こら!卑怯な手をっ……スイちゃんすぐに会いに行くからな!変なことされるなよ!」


「ついでに頭も見てやってくれ、さっきから錯乱状態なんだ、術後の情緒不安定かもしれない」


「分かりました!大丈夫ですよ、すぐに先生が来られますから」


 ナースに連れて行かれたアオラが診察室へ姿を消した後スイを見やり、


「行くか」


「カサンさんは大丈夫なんですか?」


 ...大丈夫?


「……何がだ?」


「あの、初めて会った時と比べて元気がないように見えたので」


 鋭いな。


「大丈夫さ、ほら行こう、あたしは下で待ってるから着替えてこい」


「はい!」


 そう言って病室へと駆けて行くスイの後ろ姿を見やる。

...こうもあっさりと見抜いてくるとは、先が思いやられる。



[軍事基地に侵入した謎の大型ビーストは、最新鋭の攻撃機をもってしても撃破出来ず、また近頃になって人気が急上昇した宇宙船も同様に大型のビーストから攻撃を受けている模様です、軍事基地規定法に基づきカーボン・リベラ第一区、並びに第八区には外出禁止令が発令される見込みとなっております、引き続き最新の情報が入り次第……]


 車のスピーカーから流れてくるラジオニュースが軍事基地での戦闘状況を読み上げていた、病院の前の道路は既に混雑しており皆が急いで家路に戻っているようだ。また、けたたましく車のクラクションが鳴らされその度にスイが怯えていた。


「クラクションが怖いのか?」


「きゅ、急に鳴るので、びっくりしてしまいます」


「慣れるよ、そのうちな」


「はい…カサンさんは平気なんですか?」


 お行儀良く助手席に座ったスイがこちらを向く気配がした、あたしはフロントガラスの向こうに見えている長い車の行列に目をやっていた。


「平気さ、ただの雑音と変わらない」


「どうして鳴らすんですか?」


「どうしてって…そりゃ苛ついているからだろ、全然動きやしないし、皆んな家に早く帰りたいんだよ」


 ふーんと、あたしと同じように前を見やっている、その瞳はとても好奇心に満ちて何を見ても珍しいのだろう。一体中層ではどんな暮らしをしていたのか...

 そこでふと、スイがあたしに向き直り目が合ってしまった、慌てて前を向く。ちょうど車一台分空いていたので軽くアクセルペダルを離して距離を詰めていく。


「車の運転は難しいですか?」


「ほんとに何でも聞くな、お前は」


「………」


「あ、いや、悪い」


「すみません」


 何を言っているんだあたしは、何か喋ろうとした矢先にラジオニュースが早速最新情報を読み上げてきた。


[たった今軍事基地より外出禁止令が発令されました、侵入したビーストの数は一、しかしながら大型であり侵入経路はエレベーターシャフトではないため、如何なる外出も禁止するとのことです、最寄りの警官隊分隊所の確認と発動時刻までに買い物を済ませておくようにお願い致します……]


「外には絶対出るなってことで……あ」


「そうだよ、だから食料を買い溜めして引きこもっておけと言っているんだ」


「……他にも侵入してくるかもしれない、からですか?」

 

「あぁ、侵入経路がエレベーターシャフトで確定したら外出禁止令までは出ないんだがな、あの星型の壁を見ただろう?あそこを超えられそうな時に発令するんだ」


「だからあんなに高く作ってあったんですね、発動時刻って何ですか?」


「命令が有効になる時間のことさ、発令されてから買い物を済ませられる間のことかな、ちなみに命令を破ると牢屋にぶち込まれる」


「ろうや?」


「命令を聞かなかった悪い奴らを閉じ込めるための部屋さ」


「そんな所もあるんですね……あれでも、怪我をしてしまったら病院にも行けないんですか?」


「そのために警官隊がいるのさ、護衛兼外出許可証みたいなもんだ、だから最寄りの警官隊を確認しておけって言っていたんだ」


「はぇー…なるほど……」


「勉強になったか?」


「はい!」


「それと、車の運転はスイが乗っていたロボットに比べたら簡単じゃないのか、年齢制限があるからお前はこの街では乗れないと思うが」


「はい!ありがとうございます!」


 車が渋滞している合間を縫うように、ようやく警官隊がバイクに乗って現れた。交差点に着くなりハンドシグナルで交通整備を始めた、これでいくらかマシになるだろうと見ていたがどうやらあたし達のためではなく大型のトラックのためにやっているらしい。あちこちから盛大にクラクションが鳴り始めた。隣のスイを心配して見やるが何でもないように驚くこともなくじっと座っている。


「平気か?」


「もう慣れました」


 えへんと胸を張っているようで、何だかあたしまでこそばゆくなってしまう。

 交差点の向こうから走ってきたあの大型トラックはピューマを運び出すために別の区からやってきたのか、ブーイングをしている車の前を素通りして基地方面へと走って行く。通り過ぎた後ようやくあたしらの番のようで、進み出した車を煽るようにぴったりと前に付けて走らせた。



✳︎



 昨日とは街の様子が違うようで、歩いている人も車を運転している人も皆んなどこか慌てている。まるで街そのものが意地悪になってしまったようだった。カサンさんも病院で見た時はどこか怒っているような顔をして怖かったけど、今はいつも通りに戻っているので安心して話しをすることが出来た。

 交差点を過ぎて、変わらず車のスピーカーから基地の事を教えてくれる女の人(この人マキナ?)の声を聞きながら、真っ直ぐに走っている。大きな建物を抜けて、少し閑散とした道を走り遠くにぽつぽつと緑が見えてきた。そしてその合間に建てられた小さな屋根も見えてきたところで、カサンさんが私を見る気配がしたので窓ガラスから顔を離して私もカサンさんを見た、すぐに視線を逸らされたけど何でもないように話しかけてくれた。


「今のうちに観光は済ませておけよ、これから「戦場」に行くからな」


 初めて出会った頃のように悪戯っぽく笑う笑顔に、何だか私も嬉しくなってしまった。


「戦場って、戦いに行くんですか?」


「あぁ、あれは日常の戦いだな、一瞬たりとも気を抜くなよ」


「は、はい!頑張ります!」


「はっはっはっ!その意気だ、お前には笑いが最前線に立ってもらうからな!」


「は、はい!」


 アオラさんにもカサンさんにも助けてもらってばかりで、何か恩返しがしたいと思っていたところなんだ。戦場が何だ!私だってお姉様達とクモガエルを討伐した経験がある!

 何でもかかってこいですよ!



 帰りたい!今すぐ帰りたい!まだクモガエルと戦った方がマシだ!車に呑気に乗っていた私をここに連れて来て代わりをさせてやりたいぐらいだ!いや私だよぉ!

 

「はふぅ…あとはあの棚に行けば……」


 カサンさんの言う「戦場」は文字通りの場所ではなく、殺気立った人が沢山集まるスーパーだった。まさに取り合い。私も何度も横取りされてしまいこれではいつまで経っても買えないし帰れないと思い、棚の奥に押し込まれてぺしゃんこになった箱を見つけていく「戦法」に変えていた。私のカゴにはずっしりと沢山の箱が入っていた。

 私達が来たスーパーは小さな森がぽつぽつと並ぶ住宅地のど真ん中にあって、広い駐車場には線を超えた所にまで車が停められていた。駐車出来るスペースを探すのに一苦労した、「ここに一番乗りする奴は一体どんな奴なんだろうな」と嫌な顔一つせずにカサンさんがようやく見つけたお店の裏側に車を停めたのだ、そこから戦いが始まった。


「は!いけないいけない、放心している場合じゃない!」


 重たいカゴを一生懸命に持って最後の棚へとふらふらしながら歩く。それにしても、ここにいる人達は本当に慌てて走り回っている、そんなに走ってばかりで疲れないのかと不思議に思う程だ。


[軍事基地より新しい情報が入りました、侵入してきた大型のビーストはいまだ健在であり、予断を許さない状況下にあるので十分な蓄えと身の回りの防護関係は入念なチェックをお願いします、とのことです、また各区より大型のトラックが基地方面へ向けて走行していますので道を譲るなどご協力をお願いします、また……]


 まだ戦いが終わっていないんだ。らじおから流れていたにゅーすでも言っていたけど、最新鋭機って人型機のことだろう、それでも撃破出来ない敵がいるなんて信じられない。


「いたっ」


 さっきのニュースを聞いてか、スーパーにいた人達がさらに慌てたように走り回り、棚に置かれた商品を購入制限も無視して取り始めた。皆んな怖がっているような、焦っているような、どちらにしてもさっき私にぶつかり見向きもせずに隣の棚へと消えていった人が別の人と喧嘩をしている声まで聞こえてきた。


(嫌な場所だな)


 率直にそう思った。さっさとお目当ての物を見つけてカサンさんと合流してここを出よう。この街にもつまらない所があるんだと、勉強になりました!と独り言を言いながら喧嘩をしている人の棚よりさらに向こうへと歩いていく。

 お目当ての棚にはすきっ歯のように空間があり、別れる前に見せてもらった画像を網膜に投影して同じ物がないか視線をあっちこっちにやって見つけ出す。


「あ!ありました!これで任務終了です!」


 やっぱり棚の奥に押し込まれたように、私と同じ年ぐらいの女の子が映ったパッケージがあった。カゴを置いて棚の奥へと手を伸ばす。

 ふぃーと言いながら伸ばした手を戻すとそこにあるはずのカゴがない。なくなっていた。


「………え?」

 

 そんなばかな...確かに私の足元に置いたはずなのに...ふと上げた視線の先に、私と同じぐらいか少し下ぐらい、いや見た目はどうでもいいっ!まさしくあの女の子が持っているカゴは私のものだっ!


「待ってっ!」


 私の叫び声が聞こえたのか、カゴを持って逃げていた女の子がちらりと振り向き、止まることなくそのまま走って行く。


「いや!待ってお願いだからぁ!」


 もう一度?!もう一度同じ事をしないといけないの?!それだけは絶対に無理だ、せっかく集めた買い物リストの商品を誰かに盗られてカサンさんに怒られるよりも、人の波に揉まれてしわくちゃにさらながら集めるあの重労働の方が嫌だった。私も最後の商品を胸に抱えたまま追いかけて行く。


(カサンさんに絶対もう一回取りに行けって言われるのが目に見えてる!それだけはやだ!)


 アオラさんと違ってカサンさんはあまり優しくはしてくれない、でも隣にいるととても安心出来る人だ。駄目な事は駄目だとはっきり言ってくれるし、何より私を子供扱いしない。あの真摯な目はどこかナツメさんに似ているのだ。

 カゴを持っていない分私の方が身軽なこともあり、割とあっさり女の子に追いついた。フードを目深に被りスカートの下に黒くて長い靴下(にーそっくす?)を履いた女の子だ、角を曲がった先で誰かとぶつかったようで跳ね返るように転んでしまった。


「あぁ?!」


 ちょうど転ぶ様を見ていた私は声を上げてしまい、近くにいた人達の注目を集めしまった。そのまま駆け寄り女の子を起こしてあげた。


「大丈夫?!」


「だ、だ、大丈夫……だけど……」


 ぱっちりと開けた瞳は不安で揺れているように見え、天井から吊るされた大きな明かりを受けて髪の毛が茶色に反射していた。肌は真っ白で泣きぼくろが目立つ子だった。


「立てる?どこも怪我してない?」


「う、うん……」


 大きく尻餅をついた姿勢からゆっくりと立たせてあげた。その弾みで被っていたフードが脱げて無理矢理押し込んでいたのか、長い髪の毛がふわりと腰まで下りてきた。


「わぁ、長くて綺麗な髪だね」


「………」


 何言ってんだこいつ、みたいな顔をされてしまった。


「どうして私のカゴを取ったの?ただの泥棒だよ?」


「泥棒じゃない、まだお金を払っていないから泥棒じゃない」


「んー…?そうなるのかな…でも、どうして?どうしてこんな事したの?」


「誰も私らのために買ってくれないから、だから人が選んだものを取るしかないの」


 きっと強く睨まれてしまった。


「大人の人はいないの?」


「いる訳ないよ、私ら孤児だよ?」


 その言葉にはっとしてしまう。こじって、孤児って、確かナツメさんも同じような事を...


「こらぁ!スイ!お前は何をやっているんだ!貴重な物を床にばら撒くなんて!」


「?!」

「ひっ」


 私は心底驚いてしまい、隣にいた女の子は小さく悲鳴を上げた。


「す、すみません!この子とぶつかってしまってっ」


「言い訳はあたしの家に着いてからだ!さっさと回収してレジへ急ぐぞ!」


「は、はい!」


 隣を見た時には既にあの女の子は居なくなっていた。



「…………」


「どうだった、初めての外出禁止令は」


「もう……ここから出たくありません」


「はっはっはっ!そいつは結構、こんだけ買えたら十分さ、ご苦労様」


 「それいくらなら譲ってくれる?」「うちの家にもあなたと同じぐらいの娘がいて……」「君の買い物袋は随分と豪勢だね、ちゃんと購入制限は守ったのかい?」「タダでくれるなら良いコトしてアゲルよ」エトセトラエトセトラ...スーパーを出てからも嫌になるくらいに引き止められて散々別の買い物客から、交渉を持ちかけられたり愚痴を言われたり同情をよそわれたり、車に乗るまで躱す戦いが待っていたのだ。私とカサンさんは逃げるように車に乗り込み、その後の事はよく覚えていない。肩を叩かれてようやく私の魂が体に帰ってきた。

 そして、着いたカサンさんのお家は一軒屋で木と鉄が組み合わさったまるで玩具のようなお家だった。鈍色の扉に付いた木の取手を私が開けて中に入り込み、玄関に置かれた丸っこい一人用のソファに座って暫く放心していた。カサンさんは私の分の買い物袋も持って、木の板が敷かれた廊下を軋ませながら奥へと消えていった。


「はぁー…疲れたぁ…」


 玄関横にあった小窓の向こうには、大きな木が一本立っていて木漏れ日が家の中にも差し込んでいた。私の太ももにも枝葉の影が落ちていて、あったかい所だな、と何の脈絡も無くそう思った。

 また、廊下を軋ませながらカサンさんが現れて手に持っていたマグカップを私に渡してくれた。甘い匂いがする茶色っぽい飲み物を考えもなしに勢いよく口に付けてしまった。


「熱いです!」


「そりゃそうさ、ゆっくり飲みな」


 そう言うカサンさんは私の前に置かれたもう一つのソファに腰をかけ、私の太ももに落ちていた木漏れ日を頭に受けている。


「ふぅ…ふぅ…」


「禁止令が解除されるのは早くても明日だ、それまではここでゆっくりしてくれ、まぁ何も楽しめる物はないがな」


「はい、ありがとうございます」


「……寂しくないか?お前の家族は基地にいるんだ、心配だろうが…」


「寂しいですし心配です、あと、その……私の家族ではありません、優しくしてくれますけど……」


 きょとんとした顔をした。


「だったら何だい?中層で一緒に過ごしていたんだろう」


 言うか言うまいか一瞬悩んだけど、結局言うことにした。


「私は元々データとして生まれました、だから家族と呼べる人は誰もいません、そんな私を見かねてグガランナお姉様がこの体を作ってくれたのです」


「…………………そいつは、また……」


 マグカップで口元を隠しながら、そう返してくれた。


「…すみません、黙っていて」


「……いや、別に構いやしないが……」


 どちらからともなく口を閉じ、飲み物を啜る音だけが聞こえる。

半分程飲み終えた後にカサンさんがいつものように声をかけてきた。


「一つだけいいか」


「はい」


 何を言われるのだろうと少しだけ目線を下げて、顔を見ないように頭を上げた。


「結局のところ、お前は何なんだ?」


「…分かりません」


「人間、ではないよな、けどティアマト達のようなマキナでもない」


「……………はい」


「帰る所はあるのか?」


「…………………………ありません」


「ならここにすればいいさ」


「え?」


「詰まるところはお前も孤児のようなもんだろ、帰る所がないならあたしの家にすればいい」


 そこでようやくカサンさんの顔を見たけど、カサンさんはマグカップの中身を見ながら話していた。その表情はとても柔らかい、涙がこみ上げてきそうだった。


「でも、私は人間でも、マキナでもないんですよ?」


「そうだな」


「…変とか、おかしいとか、思わないんですか?」


「そりゃ思うよ」


「ならどうして…」


「あたしがそう決めたからだ、ま、お前が向こうに帰りたいって言うなら止めはしないが、あれは船であって家ではない、帰る家があるってのは生きていく上で必要なことだ」


「生きていく…上で…必要なこと……」


「あぁ、お前が人間じゃなくてもマキナじゃなくても帰る所は必要だと思ってな、それに私は独り身だ………いや忘れてくれ」


「わふぅれまへぇん」


「?!」


 私の涙声にびっくりしたようで慌てて顔を上げた。

 ...そこまで言ってもらえるなんて思わなかったのでとても嬉しかった。


「泣くなよ、泣かせるために言ったんじゃないんだから、な?」


「む、むりでずぅ……」


「あーもう、子供のあやし方なんて知らないぞ……」


「ごどもじゃないでずぅ……」


「子供は皆んなそう言うんだよ、ほら」


 困り顔のカサンさんが頭をわしわしと強く撫でてきた、ティアマトさんやグガランナお姉様とは違う撫で方で少し痛い。けど、やっぱりあったかくて嬉しくて余計に泣けてしまった。

 外から発動時刻になりましたと、スピーカーから告げてくるひび割れた声を聞きながら、暫くの間カサンさんに甘えていた。



49.c



[発動時刻になりました、外出されている方は速やかに自宅、もしくは最寄りのシェルターへと避難してください、発動時刻になりました、外出されている方は……]


「無理に決まってんじゃん!無茶言うなっ!」


「アヤメ落ち着いて」


「もう!何なのあのトラック!あいつのせいで全然車が動かないじゃん!」


「あれはピューマを移送するためのものよ、さっきもそう説明したでしょう?」


「こんな時に移送するなんてどうかしてるよ!それこそ落ち着いてからでいいじゃんっ!」


 隣で聞こえよがしに溜息を吐かれた。 

展望台でディアボロスさんに宣戦布告のような挨拶を受けた後、ターミナルの入り口へ戻った時に外出禁止令が発令されるとアナウンスがあった。ターミナル内にいた皆んなが慌て始め、私達も一緒になって急いでターミナルを出発した。高速道路は問題なかったが、市街地に降りてからが大変だった。どこへ行っても大渋滞。私は今まで外出禁止令が発令される時は基地にいることが当たり前だったので、ここまで街が混乱するとは思っていなかった、というか舐めていた。

 さらに大型トラックが優先的に走っているため私達一般車両は交差点前で待ちぼうけ、早く基地へ戻らないといけないのに余計にイライラしてしまう。

 隣の助手席で渋滞を起こした街を珍しそうに眺めていたティアマトさんに、基地にいるグガランナかアマンナに通信するようお願いした。


(それにしてもよく飽きないなこの人……)


「少し待っていて」


 耳たぶがちかちかと点滅している。ぱっと見は変わったイヤリングをしている人に見える。


「あーもう駄目だわなんて事………お終いだわ何かも……」


 いきなりそんな事を言い出したのでびっくりしてしまった。


「いやいや!ティアマトさん?!ちゃんと説明して!」


「………グガランナ・マテリアルは大破、それにテッドとアマンナがディアボロスの子機と未だ戦闘中、あなたにも早く戻って来てほしいって」


「…………」


 前の車のテールランプを見ながら頭の中で反芻する。


「え?!大破?!グガランナは大丈夫なの?!それにディアボロスさんの子機って何?!」


「グガランナは大丈夫よ本人と通信したから、子機はそうね、言うなれば従者のようなものかしら、子機の名前はウロボロス、イカれたマキナよ」


 こうしちゃいられない!違反でも何でもしてとにかく基地へ戻らないと!

 無理矢理ハンドルを切ろうとした時に今度は私の携帯端末に電話が掛かってきた、ハンドルに付いた通話ボタンを押して車内スピーカーに繋げた。


[アヤメ!お前は今どこにいる?!]


 掛けてきたのはナツメだった、それにとても慌てている様子だ。


「高速道路を降りた最初の交差点!今すぐそっちに戻るから待ってて!」


[何?!ちょうど良い、どんぴしゃじゃないか!そこで動かずに待っていろ!]


「?」

「?」


 私とティアマトさんが顔を合わせてしまった。いやというか、


「ナツメ?!今どこから掛けてんの?戦闘中だよね?」


 ナツメも人型機で対応していると思っていたのに、何を呑気に電話なんか掛けてきているのか。一拍置いてからナツメから悲鳴のような返事が返ってきた。


[私が基地の代理責任者をやらされているんだよっ!!あのくそったれが不在のせいでなぁ!!私だって応援に入りたいが出来ないんだよっ!!]


「はぁ?!アオラがいないってこと?!」


「ナツメ、アオラはスイを救った際に大怪我をしてしまって今は警官隊の附属病院に入院しているの、あなたもタイタニスから聞いているのでしょう?」


[…あぁそうだ、そうだった、まぁいい!それよりアヤメ!今からそっちに警官隊を寄越すから彼らの後を付いて行ってくれ!]


「いや何でさ!基地は?!」


[こっちはあの仲良し兄妹に対応させるからいい!ピューマを乗せた大型トラックが何者かの襲撃を受けていると報告が入ったんだ!]


「こんな非常事態に何でそんな馬鹿なこと…!」


 そうこうしているうちに、パトランプを付けてサイレンを鳴らしながら二台のバイクがこっちに近づいてきた。


「きっとあの子達が資源を生んでくれる存在だと知れ渡ったのか、それとも悪巧みに利用しようと何者かが働きかけているのでしょうね」


[あぁそうだ!いいなアヤメ!お前がピューマを守れ!基地が落とされるよりもピューマを拉致られる方がダメージがでかいんだ!]


「ちょ、ちょっと待って!私、人を撃ったことなんてないよっ?!」


[誰がそんなことしろと言ったんだ、いいから現地へ行け!いいなっ!]



✳︎



 スイと一緒に晩ご飯の支度をしていると、ついにというかやっぱりというか、基地で支給されている携帯端末が鳴り響いた。


「はい」


[……………え、その声まさか]


「ん?まさかこの声はナツメか、久しぶりだな、元気にしていたか?いや、今はこんな話しをしている場合ではないな」


[お、お久しぶりですカサン隊長、いえ、もう隊長ではないんですよね、あぁいえ、それより今から……]


 あのナツメが随分と慌てた様子だ。まさかあたしもこいつから指示を出されるとは思っていなかったので少し驚いてしまった。

 渡された携帯端末は緊急要請が掛かってくる端末で、担当は持ち回り、あってないような休みの日に持たされる決まりになっていた。

 ナツメからの要請は、ピューマを移送している大型トラックが不審車両三台に囲まれてしまい、脅迫行為を受けているらしいので至急応援に行ってほしいというものだった。


「こんな事をちまちま繰り返すのか?いくら人手があっても足りないだろう」


 何でもナツメは「最初」の犯人は吊るし上げにして、周りへの牽制に使うらしい。

 冷温室へ慎重に材料を入れていたスイに出掛けると声をかけ、元気に見送られて家を後にした。



✳︎



 斜め後ろを走っていた、「12」の数字が描かれた大型トラックがようやく指示に従った。周囲に一般車両や警官隊の連中はいない、ここが決め時だと腹を括って素早く車から下りた、手にショットガンを持って。


「余計な真似はしないでもらいたい!私達の指示に従ってくれたらそれでいい」


 甥のダンドラがトラックの荷台へと回り込んだのを見届けてから、運転手へとショットガンを突きつけた。


「………」


 運転手は若い男だ、私と違いこれからの人生をさぞかし謳歌するだろう青年に向かって私は何とも惨めなことか、軍の払い下げで安値で購入したショットガンを突きつけているのだ。


(何だって私がこんな愚かな事をっ!!)


 他に手下として遣わされた車二台が近くに停車した。ここは主要都市から第十二区へと向かう高速道路のジャンクションだ、上にも下にも曲がりくねった道路が見え、何台かは走行しているようだった。

 下りてきた顔を知らない連中へ、決めていたハンドシグナルを送り事を進めた。ダンドラの後ろに何人か控え銃を構えている。そして、ゆっくりと荷台の扉が開かれ間抜けな声を甥が上げてしまった。


「うわぁ?!」


 ショットガンを構えたまま後ろを見やれば鋼色をしたビーストに似た生き物?が一体飛び出してきていた。何人かは既に発砲している者もいた。


「何をやっている!攻撃しろとは言っていない!」


「馬鹿言え叔父さん!こんなビーストが乗っているなんて聞いていないぞっ!」


 何と頭の弱い...こんな所で互いの関係性を暴露してしまうなど...

飛び出したビーストに似た生き物が「ピューマ」と呼ばれる、中層で発見された新種らしい。これを使えば失った多大な金を再び取り戻せると、徒党を組まされ強盗紛いな愚かな行為に手を染めていたのだ。

 その内の一人がスタンロッドをピューマに叩きつけ昏倒させたようだ。あれで使い物にならなかったら意味がないと冷や汗を流しながら、運転手側の扉に近づきトラックから降りるように指示を出した。不思議と慌てることなく降りてくる若い男を訝しみながらも、空いた運転席に私が乗り込んだ。程なくして荷台から壁を叩く音が聞こえ、自分達が乗ってきた車を乗り捨てて第十二区へ伸びているジャンクションから出発した。



「はぁ……こんな事は二度と御免だ……」


 今し方通り過ぎた電光掲示板に事故車のニュースは乗っていなかったので、あの若い男は私達が使っていた車には乗らなかったのだろう、追跡防止のためにあれにはエンジンをかけると同時に爆発する仕掛けがあったのだ。

 私の性分に合わない。ジャンクションを抜けて第十二区へ入る分岐点を超えて入ったトンネルで、そう強く感じた。私は遊ぶ金さえあれば良かったのだ、お気に入りのクラシックカーを増やしたり、下らないギャンブルに糸目をつけずに使える金であったり、気紛れで女を買える金さえあれば良かった。それなのにあのヒルトンが持ち掛けてきた話しに乗ってしまい、そこで運が尽きてしまった。


(いいや、ニラタザの部下に目を付けたあたりで既に無かったのかもしれない……)


 どちらにせよだ、人の命にまで手をつけて金を稼ごうとは思わない。いや、思えない。割に合わない。

 頭の弱い甥からインカム越しに話しかけられた。


[なぁ叔父さん、ほんとにこんな奴らが金になるのか?信じられないんだが……]


 少し苛つきながら答える。


「余計なことはするなよ、それは大事な金がなる木だ、言われた通りに運べばいい」

 

[まぁ、運ぶだけで金がもらえるなら…はぁ、カリブンなんかに目を付けるんじゃなかったってつくづく思うよ、あれは失敗だった、お陰で今まで積み上げたものが全部パァになっちまった]


「懺悔は他所でやれ、そもそもお前が下手を打ったからだろう、お陰でこっちは無一文で家まで追い出されたんだ」


[いやいや、叔父さんだろう?何でいつもいつも勝てる盤面をひっくり返すんだ?あの時ちゃんと銀行で、買った女の尻でも眺めていたらこんな事にはならなかったのに]


「ふざけるなっ!貴様がきちんと計画を練っていればこんな事にはっ……」


 見えやしないのに、怒鳴りながらルームミラーを見やると荷台に取り付けられた後方カメラが一台の車を捉えていた。あれは液体燃料を使ったガソリンエンジンの車だ、それにトンネル内にも六気筒エンジンの力強い音が反響して伝わってきていた。警官隊ではなく軍の車だ。


「ちっ!ダンドラ!後ろの車を追い払え!尾かれているぞ!」


 インカムから間抜けな声で指示を出しているのが聞こえる、顔も知らない連中がどれだけ戦えるかは未知数だった。

 トラック内の業務用の無線から、低い濁声の女が通信を行なってきた。


[聞こえているな?ここでトラックを降りれば、禁固刑だけで済むぞ]


 それは出来ない相談だ。そもそも私達に引く道はもう残されていない。


[これが最後の警告だ、トラックを停めて今すぐ降りろ、この区間の高速道路は全面封鎖している、意味が分かるな?]


「トラックごと攻撃するつもりか?積荷が何のか知らされていないのか?」


[そのつもりだ、貴様らみたいな輩に悪用されるなら諸共始末しろと言われている、]


 一度言葉を区切って、


[降りろ]


 これが最後か。さてどうする?正直と言ってこの仕事には何の魅力も感じていなかったのだ、降りられるなら降りたいが牢屋だけは勘弁だ、それならまだ貧乏暮らしの方が何倍もましだ。


「逃してくれるなら降りてやってもいい」


[叔父さん?!何を言っているんだ!あんな生活に戻るぐらいなら牢屋に入った方がましだ!]


 こいつと私は本当に血の繋がりがあるのか疑ってしまう。

トラックの荷台にいた他の連中も痺れを切らしたのか、荷台の扉を開けたらしく運転席に異常を知らせるアラート音が鳴った。これで禁固刑以上が確定した、下手をすれば一生牢屋だ。


「やれ」


 端的に指示を出す、捕まるぐらいなら殺してでも逃げ切った方がましだ。


[それは残念だよ、空の旅を楽しんでくれ]


「?」


 空の旅?何を言っているんだ...


[おい叔父さん!車が離れていくぞ?!]


 一体何故?そして、長かったトンネルの出口がすぐそこまで迫っていた。オレンジ色の蛍光灯を抜けた先は日の光で眩しく白い。何事もなく出口を抜けると私が運転しているトラックの回りにだけ影が落ちていることに気づいた。


「これは…?何故こんなところに影が…………?!」


 二十二インチサイズのタイヤが道路を踏み締める感触がなくなった、そしてロードノイズも聞こえなくなりハンドルが急激に軽くなったのだ。


「何だ?!!」


 続いて浮遊間、そう、トラックが浮き始めたのだ。突然の事に頭が真っ白になってしまい、言葉を発することも出来ずに状況を理解しようと必死になった。また、あの濁声が無線機から流れてきた。


[上を見てみな]


 言われたままに運転席側の窓ガラスを開けて上向くと...


「何だ……あれは一体何だ……」


 日の光と同じ色をした、人の形をした機械がそこにいたのだ。荷台からも異変に気づいたのか騒ぎ立てる声が聞こえてくるがそれどころではない。その人型の巨人が車を両手で持ち上げて空を飛んでいるのだ、これは現実なのか?

 眼下に広がっている街並みは、私達が目指していた政府が所有するプライベートタウンだ。お尻から抜けるような、経験にない恐怖と不安に身が竦んでしまった。

 もうどうでもいい、牢屋でも何でもぶち込んでくれ!


「おい!そこの女!今すぐに下ろせ!いくらでも牢屋に入ってやる!」


[それは出来ない相談だ、見せしめに街を一周してこいとパイロットは言われているんだ]


 冗談か?何とたちの悪い冗談か。


「ふざけるな!落ちたらどうするつもりだ!」


[殺しまで覚悟した奴の言う事ではないな、諦めろ、あんたに運が残っていたら落ちることなく第十二区までその人型機が運んでくれるだろうさ]


 ひとがたき?何だそれは。聞き返そうとしたが無線機から通信が切れてしまった。


「下ろしてくれぇ!!」


 荷台に甥が乗っていることも、カリブン受取所の強奪計画が失敗して家内にも身内にも見捨てられたことも、悪友の悪巧みにまんまと使われて持ちたくもない武器を手にしたことも忘れてひたすら叫んだ。しかし上にいる巨人は無慈悲のようで、風に揺られいつ落ちるやもしれぬ恐怖の中、本当に街を一周してみせたのだった。



✳︎



「久しぶりだな、アヤメ、元気なようで何よりだ」


「げっ」


「げ?げとは何だ、新しい挨拶か?」


「いえ…何でもありません……カサン隊長」


「随分と前の話だがな」


 「結婚逃しかよ」と小さな声で暴言を吐いたのは聞き逃さなかった。


「空の旅ご苦労だったな、ナツメから聞かされた時はどうなるかと思ったが」


「いえ、カサン隊長のしごきに比べたら屁でもありません」


「それは褒めているのか?」


 下を向きながら舌打ちしたところで拳骨をくれてやった。しかしまた、あのアヤメも随分と変わったものだ。


「お前もついに私の前で悪態をつくようになったんだな、感心した」


「そういう隊長は変わらないですね、しわばっかり増えてるじゃないですか」


 もう一度拳骨の構えを取ると踵を返してそのまま逃げて行った。嫌味に嫌味で返すとは。

 アヤメの人型機が降り立った場所は第十二区、大型トラックが本来向かう場所だ。強盗集団が乗っ取った大型トラックを高速道路で捕まえさせて目立つように飛び回らせて運んできてもらったのだ。ナツメも派手な作戦を思いつくものだ。これで、周りで強盗計画を立てている奴らに牽制として働いてくれることを期待するしかない、毎度毎度呼び出される訳にもいかない。

 第十二区は高速道路からでも街の縁が見える程に小ぢんまりとした所だ、高い建物はせいぜい区長が使っている公務用の建物ぐらいで、民家よりも冷温室に使われる食材を生産する工場が多い。所謂、田舎といった風情があった。

 高速道路から下りたすぐのパーキングエリアで、大型トラックと遊覧飛行をしてきたアヤメと合流した。大きな雲を背景にしたパーキングエリアには所狭しと区の関係者や、気弱そうな区長がさっきから行ったり来たりを繰り返して慌ただしい、中層で暮らしていた未知の生き物をいきなり迎え入れることになったから無理もないと言えば無理もない。

 常に眉尻を下げている細身でやたらと眉毛が濃い区長が私に話しかけてきた。


「あのー…失礼ですが、あなたは軍の関係者の方でしょうか?これは一体、話しに聞いていた新種の生き物なのですよね?」


「そうです、何でもピューマ達は廃棄されたカリブンを再資源化出来るらしいのですが…」


 私の言葉を聞いて目の色を変えた。


「それは本当ですか?!いやしかし、にわかに信じ難い……それならそんな貴重な生き物を何故こちらに寄越したのか……」


「無償提供、だそうですよ、今も他の区へピューマを移送しているところです」


「何と!……それは、利用料や他に献上品を持ってこいという話しでもなく?無償提供という話しは本当なのですか?」


 随分とみみっちい考えを持っているなと鼻で笑いそうになったが、今まで何度も同じような形で主要都市や他の区から搾取を受けていたのだろう、と考えが至った。


「詳しくは軍事基地へ問い合わせしてください、我々は強盗集団から移送するトラックを守るように言付けられているだけですので」


「いやいや!とんでもない、こんな望外の助けを受けるとは夢にも思いませんでした、感謝しております」


 そう、低くお辞儀をして他の関係者を捕まえてピューマの所へと急ぎ足で消えて行った。

 携帯端末を取り出して、念のため状況が終了した旨を伝えるために連絡を入れた。


「ナツメ、こちらは無事に引き渡しが終わった」


 ...迂闊だった。奴が今どんな立場に立たされているのかすっかりと忘れてしまった。


[カサン隊長!ちょうど良い時に電話をしてくれました!今すぐ高速に乗って第六区へ向かってください!また強盗集団が現れました!]


「アヤメの遊覧飛行は効果が無かったのか?」


[そんなすぐに出る訳ないでしょう!さっきと同じ手順で奴らに警告をしてください!アヤメには先に飛んでもらいますので!]


「はぁ…まぁいいさ、可愛い元隊員の頼みだ、聞いてやるよ」


 一拍置いて、


[カサン隊長変わりましたね、昔と比べて随分と気持ち悪くなりました]


「基地で会ったら覚えていろ、いいな」


 慌てて謝罪を始めたナツメを無視して電話を切る。

そして、少し遠くで強盗集団を逮捕して連れて行く警官隊を見ながら、家で待っているだろうスイに電話を掛けることにした。スイの面倒を見ようと思ったのは、まぁ...何だ、ただの気まぐれだ。アオラに言われたあの言葉を払拭したいという思いの方が強い、別にあの子だからという特別な何かはない。けれど、帰りを待ってくれている別の誰かに電話を掛けるというものは、不思議と心地良かった。



49.d



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……くそったれがっ!」


 まるで歯が立たない。せっかく、せっかくこのマテリアルを貰ったというのに。

赤い機体と緑の機体が再び距離を縮めてきた、素早く尻尾を前払いして整っていない態勢を立て直す時間を稼ごうとするが、赤い機体が盾で受け止めて空いた隙間から緑の機体が肩にマウントしたビリビリする弾を放ってくる。食らってたまるかと身を躱すが、その先には盾で受け止めていたはずの赤い機体が槍を構えて待ち伏せしていた、また動きを読まれてしまった。間髪入れずにオレの胴体に三つ目の穴が空く。


「ぐぬぅぅっ!」


 四本の屈曲な脚で支えていた細長い胴体の真ん中下の辺り、核融合エンジンを掠った位置だ。

 オレのエモート・コアを直接繋いだマテリアルから激痛の反応が返ってくる、堪らず八つ当たりのように叫んだ。


「いい加減にしろよテメェらぁ!!トドメを刺せるのに何で刺さないんだよっ!!!」


 叫びを無視して緑の機体が手に持った長い銃を構えた、まるでオレを相手にしないその態度に底冷えするナニカを感じ取ったが、もう目前には紅く発光するビリビリの弾が迫っている。眉間に一発、頭からケツの穴まで一本槍に貫かれたような衝撃が走り呼吸も止まった、いや息は吸っていないから平気なんだが。今度はこっちが待ってましたと言わんばかりに接近していた赤い機体に目一杯尻尾を叩きつけてやった、確かな手応えと共に遠くへ飛んでいく。快感。ナントカを切らせてナントカを断つというものだ!


「くそったれがぁ!見たかぁ!」


 口から溶解液が飛び散り、それはまるで唾のよう。この基地へ襲いかかって早数時間、ようやく見舞った一撃に心身共の快感に果てそうになった。

 だが、こちらはマンシンソウイ、マテリアルはボロボロ、イったばかりの精神では追撃は出来そうにもない。その場で崩れ落ち、もういいかと、勝手に満足を始めてしまう始末だった。

 緑の機体が、飛ばされてからぴくりともしない赤い機体を庇い起こしている。


「おいおい、死んだ体を犯すなんて、テメェ、イカれてやがんなぁ!!」


 これでも返事が返ってこない、確かに声は届いているはずなのに全無視だ。ここでも相手にされないのかと、エモート・コアから水を差すような音が伝わってきた。やはりヒトのマテリアルじゃないと相手にしてくれないのか?さっきはあれだけオレのことを見ていたのに、このマテリアルに換装してからまるで無視だ。無視、無視、無視無視無視......

 牛のさらの奥に一台のトラックが入ってくるのを目に捉えていると通信が入ってきた。


[ウロボロス、何をしている]


「見ての通りだよ分かんねぇのか!!」


[さっさと引き上げろ、これ以上は不要だ]


「随分とスカすようになりやがってディアちゃんよぉ!この間までのあの変質者ブリはどこへ行ったんだよぉ!」


[し、指示に従え、さもなくばお前を消す、いいな]


 今絶対狼狽ただろ。


[ウロボロス、我が兄弟の指示に従うことだ、我らにはやらねばならない事がある]


 今が好機だろ!あのムカつくやたらと練度が高い機体が牛のお尻から中に入っていったんだ!


「だからこうしてアイツらに邪魔されないように落とそうとしてんだろうがっ!オレ達が最強になれば誰にも邪魔されないっ!違うかっ!」


[…………一理あるな]


[ない!馬鹿を言うなよディアボロス、未だ決議も終えていないんだ!これ以上の狼藉は票がひっくり返りかねないぞ!]


「自覚があるなら手伝えやっ!!」


[ウロボロス、もう十分だ、お前はよくやってくれたよ、おかげでこの街にピューマが行き渡りそうだ]


「なっ?!」


[お前はただの時間稼ぎに付き合わされたのだ、外出禁止令を敷いて街の人間共を閉じ込めておけば混乱を起こす事なくピューマを街へと運び出せる、まんまと使われた訳だ]


「だからアイツらはオレにトドメを刺さずに……」


[気にするな、この俺も気づくのに時間がかかった、さっさと……]


 ディアちゃんの言葉は耳に入らず、壊れかけのマテリアルを無理やり動かして牛へと走り出す。


[ウロボロス!]


 聞いちゃいられない、ここまで利用されてやったんだ、一矢でも二矢でも報いないと気が済まない。先ずはテメェだ牛野郎!未だ呑気にケツを向けやがって!後ろから犯してやるよっ!

 二本に分かれていた尻尾の先を繋ぎ、ビリビリ弾と同じように高圧電流を流して牛のケツを叩きつけてやった。オレより何倍もデカいがこの尻尾も凶悪な出力が出るように調整してある、叩かれた牛がまるで喜んでいるように身を跳ねさせ身体のあちこちから煙りを上げ始めた。ついで、この場所から逃げようとしているトラックに狙いを変えて、さっきよりさらに重たくなった身体を疾駆させた。


「楽しい楽しい鬼ごっこの時間だぜぇ!」


 遅くはなったがオレの方がトラックより何倍もデカい。一歩進むこどにどんどん距離が縮まってくる、何個か建物を壊してゲートを潜ろうとしているトラックにも尻尾の狙いを付けた時、ソイツは空から現れた。


「………まだいやがったのか……こいよこのドーテー野郎っ!!オレが抱き方教えて」


 現れた青い機体もオレの言葉を無視して、逆手に構えた武器を突き立てた。さっきの砲弾と違い衝撃ではなく、頭から力が抜けていくような感覚になり次第に身体からも何かが抜け落ちていく。重たくなった目蓋を落とさないよう堪えていると、少し低い女の声が聞こえてきた。


[お前が襲撃してくれたおかげで移送が楽に行えたよ、街の住人や仲間に嘘を吐くのは心苦しかったがな]


「この声……!この声はまさか、あの時のっ!!」


[ウロボロス、お前が殺し損ねた女に命を取られる気分はどうだ?いや、これが二度目だったな、先にあの世へ行っていろ、気が向いたら私も出向いてやる]


 声にならない絶叫。発声する前にマテリアルが壊れた。鳴り響くエモート・コアのエラー音はさながら、さながら...


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error....

error....


.....「使えない物を寄越すのはいい加減にやめてくれ、処分する身にもなってほしいものだ*ィ***ス、お前の役目は我らに仕えることだろう、下らない美術品を作るのはこれで金輪際にしてくれ」


 何だこの記憶?







[no signal]

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