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第四十七話 今時のヒーロー

47.a



 タイタニスの野郎...逃げやがったな!挙句に私を使いパシリにするとは良い度胸だ!こちとらまだ傷も癒えてないってのに、指定する場所へ武器を携行して急行しろだなんてイカす韻を踏みやがって!違うか。


「おい、怪我は大丈夫なのか?」


「スイちゃんがピンチなんだよ!放っておけない!」


「お前ほんと、女が好きだなぁ」 


「え?そうゆう解釈?普通に子供を守りたいだけなんだが」


 助手席にはカサンを乗せている、黒い髪が開けた窓から入り込む風で靡いていた。年齢は恐らく、というか私より絶対上、目元には加齢によるシワがあるからだ。私には無い。まだまだピチピチだ。死語だな。 

 医務室のベッドで横になっているとタイタニスから連絡を受けたのだ、街の中央から少し離れた工場地帯の一角で不審なアクセスを感知したと。さらに工場内に設置された監視カメラを確認すると足を怪我しているスイを発見したので今すぐに助けに行けと言われた。

 ちょうど私の部屋に入ってきたカサンを捕まえて今に至る、という訳だ。


「ピューマ達は無事なのか?確か、廃棄場へ連れて行ったんだろ?」


「いや、一体だけ行方不明だ、スイちゃんと一緒にいたのか、途中ではぐれたのかも不明さ」


「何だってまたこんな事になったんだ…あんなに楽しそうに私の所へ報告に来ていたのに……」


 輝かんばかりの笑顔と一緒に、街へお出かけしてきます!と元気良く挨拶しに来てくれていたのだ。このままではあの子が浮かばれない。


「襲った犯人は?目星は付いているのか?」


「さあねぇ、警官隊の連中に任せてあるからあたしは何にも知らないよ」


「淡白な女だな、そんなんだから結婚も出来ないんだよ」


「お前にだけは言われたくない」


 カサンが手元で銃の点検をしながら言い返してくる。

基地を出てすぐの幹線道路に乗って工場地帯へと車を飛ばしていた。夜空には頼りない月が昇っているだけで雲もない。


「どうしてここまでしてやるんだ?」


 うろんげに私を見ているのがルームミラー越しに分かった。


「逆に聞くが、お前はどうしてそこまで淡白なんだ?」


「相手は正体不明のマキナだぞ?あたしらまで巻き込まれたら洒落にならないだろ」


「なら何で手伝っているんだ、嫌なら抜ければいいだろう」


「そういう事を言っているんじゃない、クライアントに深入りするのは良くないと言っているんだ」


「ドライな奴だな」


「淡白ではなかったのか?」


 澄ました顔で弾倉を嵌め込んでいる...けどまぁ、こいつのこの反応が一般的かもしれないと、そう思った。私はまだあいつらとの付き合いもあるし、何よりアヤメを中層からこっちに戻ってくる間付きっきりでいてくれたのだ。根は良い奴ら、そう認識しているので余計にカサンとは温度差が発生してしまっているのかもしれない。

 周りにトラックが増え始め、月の明かりを受けた平べったく大きな不夜城が見えてきた。長くていくつも空へ伸びている煙突からは盛大に煙を上げて、鉄パイプの骨組みで囲われたビルと同じぐらいの大きさがあるタンクもあった。タイタニスから指定された場所はさらに奥にある工場区だ。

 こんな所までスイちゃんは走ってきたのかと、少し訝しみながらもハンドルを切って幹線道路から降りていった。



 様々な企業が所有している工場区の合間をスピードを落とすことなく走り抜けて、到着したのは無人の排水処理施設だった。入り口にあたるゲートには誰もいない、赤いランプを灯した鉄製の柵が下されているだけだ。


「タイタニス、到着したが……本当にここなのか?」


[そうだ、今ゲートを開けるから待っていろ]


 端末からタイタニスへと電話を掛けてゲートを開けてもらう。

 鉄製の柵は高さ五メートルといったところか、その奥にはさらにだたっ広い道が続き屋外に建てられた処理施設が建ち並んでいるのが薄らと見えている。道の両隣には別企業のロゴが入った工場の壁があり、柵を越えると不法侵入になるので注意しろと、その旨を記載した真新しい看板が取り付けられていた。

 程なくしてランプの色が変わり、ゆっくりと柵が左右にスライドしていく、その様子を見ていたカサンが独り言ちた。


「マキナにとっては朝飯前ってか、怖くて敵に回せないな……」


「安心しろ、誰もお前の自宅に興味はない」


「これだと強盗し放題だな」


「全くだ」


 お前はどっちの味方をしているだと返してきたカサンを無視して車を奥へと進める。昔は人が働いていたのか、誰も手入れをしなくなってひび割れてしまった駐車場に車を停めてゆっくりと降りる。


「いいな、ここからは悪ふざけなしだ」


「分かっているよ」


「私がリードしてやりたいところだけど…」


「いいさ、お前はあたしの後ろに付きな」


 こちとら武器の扱いには慣れているが、射撃はてんで駄目だ。前線で戦った経験があるカサンの言葉に甘えて先行させた。

 無人の処理施設に私とカサンの足音が響く。乾いたアスファルトはよく音を伝えるようで見えない敵に気付かれないかとびくびくしてしまう。耳にはめたインカムからタイタニスの指示がきた。


[アオラ、左前方にある第一沈殿池が見えるだろう?]


「暗くてよく分からん」


[全く…お前ぐらいの背丈がある壁が見えるはずだ、支柱を伝ってパイプが走っている]


「…あぁ、あれか」


 カサンには止まるように伝え、身を屈めた位置からでもタイタニスのいう場所が見えていた。隣には二階建ての年季の入った建物があり、一段低くなって遠くにまで伸びている壁があった。


[建物との間に道がある、そこを真っ直ぐに行ってくれ、その先にスイを捉えた監視カメラがある]


「分かった、ところで犯人は?近くにいないのか?」


[今調べているところだ、付近にはいないようだが用心してくれ]


 カサンの肩を叩いて先を促す。

この施設は至る所にパイプが繋がれてまるで迷路のようだ、支柱は鉄で出来ているのか錆がよく目立つ。それに臭いもしている。誰もいない道路を横切り建物の前にやって来た、中を除くとやはり無人でモニターや機械が勝手に動作しているようだ、曇ったガラス越しにあちこちにランプが灯っているのが見えていた。

 建物の角を曲がり、さらに臭いがキツくなった道路を無言で走って行く。ここは排水処理施設と聞いたが臭いはどこか...


「土砂降りの日のような場所だな、ここは」


「あぁ全くだ、マスクぐらい持ってこれば良かったな」


 酷い臭いに耐えながら先を急ぐと壁が切れて別の建物が見えてきた、支柱と壁との間にタイタニスが言っていた監視カメラが設置されていた。ここをスイちゃんが通ったというのか?


(こんな遠くまで一体どうやって……)


 襲われた通りからここまで車でも数十分はかかる、車を使わず来ようと思えば来れるが、初めて来た街でましてやスイちゃんはまだまだ子供だ、ここへ来るのは不可能に近いはず。


(犯人に連れて来られた?何のために?)


 自問自答をしながらも建物の前を通り過ぎると、ひび割れた道路がよく照らされたのが見えてきた。大型のスポットライトか、何かの明かりが点いている証拠だ。


「カサン」


「見れば分かる」


 念のため、撃てもしない銃を構えながらスポットライトを浴びた道路の手前まで足を進めて、支柱の陰に隠れながら様子を伺うと唖然としてしまった。


「……」


「何だあれ……」


 大きさは建物と同じくらいの高さがある八本足の...ビーストだろうか、見た事がない形をしていた。目も台形に付いておりその数は足と同じ八個、八本の足を綺麗に畳みスポットライトの明かりを一身に受けている。全身は鋼色でピューマのように機械的だが、鋭く尖った足は攻撃的に見えどちらかいうとビーストに似ている。それに背中には半透明の丸い物体を乗せていて、ライトの光で中が透けて見える、中には...


「……スイちゃん?!」


「何だってあんな所にいるんだ……捕まっているのか?」


 気を失っているのか、丸い物体の中で体を傾いで座っているように見える。さっき見た古い建物の窓ガラスのように曇っているので近寄らないと詳しくは分からない。

 私の後ろにいたカサンに小声で話しかける。


「お前は援護してくれ、私はスイちゃんの所へ行ってみるよ」

 

「待て待て、お前のそのインカムは飾りか?何のためにはめているんだ、タイタニスに状況を報告するのが先だろう」


「繋がらないんだよ」


「はぁ?……タイタニスの罠という可能性は?このタイミングで繋がらないのは不自然だぞ」


「無い……とは言い切れないが、それだとスイちゃんも巻き込まれていることになるぞ」

 

 手元を見ずに自動拳銃のセーフーティを解除する。


「……リトルビーストも手を組んでいる可能性は?」


 呆れてしまった、どこまで疑り深いんだ。

後ろを振り返って溜息混じりに皮肉を言ってやる。


「お前はそんなんだから結婚出来ないんだよ、少しは手放しで誰かを信じてみたらどうなんだ」


 思いの外痛いところを突かれたのか押し黙っている、代わりに私を射殺すように睨みつけてきた。


「……分かったよ、貸し一つだからな」


「一つでいいのか?安い女だ」


 肩を殴られたのを合図にして素早く体を起こし、スイちゃんがいるビーストの背中へと走って行く。両手で拳銃を構えて視線はビーストの八つ目だ、まだ動きがないのでこれ幸いとさらに走る。

 胴体と足の繋ぎ目に手をかけてよじ登っていく、拳銃がビーストに当たり金属がかち合う音が響くが、それでも起きてこようとしない、それにこのビーストもピューマと同じようにほのかに温かい。


(スイちゃんが乗っていたあのロボット?みたいなものなのか?)


 考えている間も登り続けてようやく丸い物体の縁に到着した。丸い物体は背中と結合しているみたいで台座のような丸い窪みに嵌め込まれているようだ、そこに手をかけて立ち上がる。ちょうどスイちゃんを見上げられる位置についた。


「スイちゃん!返事をしろ!」

 

 辺り一面に私の声が響き渡る、カサンの溜息が聞こえてくるようだ。しかしこうするしか他にない。


「スイちゃん!起きてくれ!」


 丸い物体の中は、見せてくれたロボットの中と似ているようで似ていない。細かいケーブルがびっしりと敷き詰められて空いた空間にスイちゃんが座っていた。声を張り上げても駄目ならと、今度は遠慮なく曇った物体を叩きながら呼びかける。


「スイちゃん!!」


 拳銃のグリップで叩いて割れろと念じているが強化プラスチックのような感触で、くぐもった低い音を立てるだけで簡単に割れそうにはなかった。ようやく音を聞きつけたのか、閉じていた目蓋が微かに動き始め、ゆっくりと開いた。寝起きのようにおぼろげな意識の中周囲を見渡している。


「スイちゃん!こっち!私だよ!!」


 さらにグリップで叩く、視線を向けたスイちゃんの顔が見る見る崩れていく。瞳を大きく開いて眉根も下げて大粒の涙を流しながら座っていた場所から近づいてきた。


「アオラさん!!アオラさん!!」


 半狂乱だ、衣服も構わず転びながら駆け寄ってきたスイちゃんは頬に流れて出た血の乾いた跡があり、ジャケットもスカートも砂と埃だらけになっていた。さらに足にも怪我をしているようで全身ぼろぼろだった。胸を締め付けられるような、怒りにも似た感情が湧き上がってきた。努めて顔に出さないよう、優しく微笑んだ。


「大丈夫!助けにきたぞ!!」


「………!!!」


 何か言葉にしているようだが全く聞こえない、さらに半透明だった壁も瞬間的に白く濁った色に変わりスイちゃんが見えなくなった。これは不味いと思った矢先にびくともしなかったビーストが、先端が尖った足を地面を穿つように叩きつけながら身を起こした。


「アオラ!」


「いいから撃て!」


 乾いた発砲音に続いて弾丸が弾かれる音が鳴った。そして咆哮が轟き渡る。


「BGynonntwtwjm!!!!」


[この音は何だ?!何をやったんだアオラ!!]


「こんのくそマキナ野郎!今頃連絡寄越しやがって!こっちは状況始まってんだよ!!」


 スイちゃんに対して働いたこの仕打ちを我慢していた事もあり、突然耳元で怒鳴りつけてきたタイタニスに八つ当たりのように言い返した。


[貴様が連絡を絶っていたのだろう!こっちも再三連絡をかけていたのだぞ?!]


「知るかよ何なら通話履歴でも調べてみろ!八本足のビーストにスイちゃんが捕まっている!さっき目を覚ましたと同時に眠っていたビーストも起きたんだ!」


[……………む、そのようだな、第三者から通話を妨害されていたのか]


「本当に調べるのは後にしてくれ!それよりこいつはどうすればいいんだ!!」


[そっちに救援を寄越す、それまで何とか持ち堪えろ!お前達が相手に出来る敵ではない!]


「そういう事はもっと早くに言うんだったな!もう遅い!!」


[くそっ!これが奴の狙いか、どこまでも忌々しい!]


 何事か吐き捨てたタイタニスが通信を切った。

完全に身を起こしたビーストが一本の足を持ち上げてカサンへと振り下ろした、支柱もアスファルトも関係なく破壊しながら大穴を穿ってみせた。なんという力か。


「カサン!」


「あたしは平気さ!それよりアオラ!そこなら何とかスイを連れ出せ!一度離れたら二度と取り付けないぞ!」


 そりゃごもっともだ。こんな化け物相手に立ち回れる自信はない。

丸い窪みに嵌った物体を見つめながら、どうすれば救い出せるかと死に物狂いで考え続けた。



✳︎



[上層の街で捕らえられたスイを救い出してくれ、場所は主要都市の工場地帯、無人の排水処理施設だ、アオラ達が現場で対応しているが大型の敵が起動したようだ]


「敵とは?」


[新型だ、外観は蜘蛛の形をしているがビーストと同じような身体構造をしている、背中の卵と思われる箇所にスイが閉じ込められているのだ]


「人使いが荒いな、マキナは」


[言葉もない]


「だがいいさ、人助けのためならいくらでも使われてやろう、全機聞こえていたな?」


[了解!]

[行きましょう!]

[待っていてねスイちゃん今行くよー!!]


 赤い人型機が突出して下層の天井に空いた大穴へと吸い込まれていった。

私も負けじとエンジン出力を上げるが違和感がまだ残っている、ゼウスというマキナが用意したこの人型機はとても静かなんだ。反動も振動もまるでない、電気自動車のように出力を上げても機体が揺れることもなく静かにスピードを上げていく。耳鳴りに悩まなくて済むがどこか物足りないと感じてしまうのはただの我儘だろうか。

 眼下には下層で最も巨大であろう、建物か、あれも何かの部品なのか、円錐状のものが見えている。「25」の数字が描かれた緑色の機体が割って入り見えなくなったがあれも重要であることに変わりはなさそうだった。


[にしてもこの機体、凄いですね]


[ほんと、静かで気に入りました]


[あれ、アヤメさんならタービン音が聞こえなくて物足りないと不満を言うと思っていたのですが]


[敵と戦っている時は静かな方がいいでしょ?趣味で飛ばすなら前の人型機の方がいいですけど]


[それは確かにそうですね]


「雑談はそこまでにしろ、私達も突入するぞ」


 下層の天井に空いた穴は直径で二百メートル超、グガランナ・マテリアルがすっぽりと収まるサイズだ。大穴の入り口からさらに上へと青とオレンジの誘導灯が続き先を行くアマンナの機体か小さく見えていた。


「アマンナ、少しは落ち着け」


[うぃー………ん?]


 スピードを少し落としたアマンナ機が機体を左へと向けさせた。それに何やら見つけたらしい、早速敵のお出ましかと身構えたが横方向へ伸びる別のトンネルを見つけたらしい。


[あー何?もしかしてここからポッドルームへ行けるのかな?]


「行くなよ」


[行かないよ、何言ってんのさ]


 横穴の前で待機していたアマンナと合流してさらに上を目指す。端から端まで二百メートルもあるトンネルは当たり前だが広く、ポッドルームに続く通路に設置されたものと同じ蛍光灯を使用しているのか視界は明るい。ちょうど私の前に誘導灯があり示すままに機体を上昇させていく。


[行き止まりのようですね]


 程なくして天井に到達したようだが、これも扉なのだろう。スケール感がおかしくなってしまいそうだが天井の中心にはじぐざぐに走った溝があり、ティアマト・マテリアルのポッドの扉を固定していた爪のようなものががっちりと噛み合わさっていた。

 すぐにタイタニスへと連絡して開けてもらうように言うが、どうやら管轄外で操作は出来ないらしい。


[すまないが、そっちで解除出来そうにないか調べてくれ、我も貫通トンネルの全容を調べているところだ]


 そう返されたら従うしかない。


[全くタイタニスさんは]


[すまないなアヤメ、我とて全能ではないのだ]


[でも、建造関係ならタイタニスのような気もするけど、違うの?]


[……お前は本当に穀潰しのくせに痛いところばかり突いてくるな]


[なんだとぅ……]


[アマンナ、喧嘩するなら帰ってからにしなよ]


[テッド、フォローするならきちんとしてくれ]


 皆んなの雑談を耳にいれながら周囲を探る。誘導灯は天井の手前で切れておりその先端の隣には驚いたことに人が通れる通路が備え付けられていた、少し歩いた先にはさらに人が通れる扉もありスイッチボックスのような箱が壁に取り付けられていた。


「あれじゃないか?」


 私が機体を近づけて箱の様子を確認する、スイッチボックスの近くには昔の言葉で何やら書かれているのが見えるが生憎読めない。しかし、テッドがすらすらと読み上げたので再度驚いてしまった。


[えーと…"非常時に使用することを禁ず、定められた管理監督者の指示に従うこと、またプログラム・ガイアからの別の指示があれば速やかに従うこと"……とありますね]


「お前?!」


[テッドさん読めるんですか?!]


[テッドは向こうで英語の勉強もしていたもんね]


[えっへん、なんて…あはは]


 照れ臭そうに笑うテッドの声がモニターから流れてくる。それを聞いていたタイタニスも感心したようだ。


[大したものだテッドよ、失われた言語を読み解くなど]


[いいえそんな…あははは]


[にしても何で失われたのかな]


 何気ないアヤメの質問に、タイタニスが答えた。


[簡単に言えば情報統制、過去の過ちを人間に繰り返させないために徐々に言葉を削いでいったのだ、そうして今は英語だけが失われた言語がお前達に伝承されているということだ]


「なら、メインシャフトにはまだ残っているのか?」


[その話しはまた今度にしよう、興味は唆られるが今はスイの救出だ]


「確かに、私が機体から降りて操作をしてくる、皆んなここで待機していろ」


 「了解」と、よく揃うようになった返事を聞きながらさらに機体を近づけていった。



47.b



 エンジン出力を極力抑えて発見されないよう、身を潜める。グガランナ・マテリアルにも採用されている核融合炉エンジンの静かな噴流が辺りに流れていく。

 程なくしてロックボルトが外れて噛み合っていた爪が、建造されて長い年月が経っているはずなのに滑らかに解除されていく。有機型蛍光灯の明かりが第二貫通トンネル内を照らし、光の束に当たらないよう少しだけ体を移動させた。

 そして真っ先に侵入してきた赤い人型機に猛然と襲いかかった。手にしていたのは超振動型のロングソード、厚い刃が超振動の力を借りて摩擦力に減退することなく切断する事が出来る、斬り下ろしの構えで突撃し敵が身構える前に振り下ろした。


「小癪なっ!!」


 確かにこちらを見ていなかったはずの敵機が素早く斬撃を躱してみせた、すれ違い様に水平斬りを見舞って飛行ユニットの端を斬りつけたがまるで効き目がない。そして下方からの牽制射撃、俺の体をすり抜けた物理弾丸が第二貫通トンネルの壁を穿った。

 牽制射撃を行った敵機の色は緑、赤い人型機と比べて装甲板が多く取り付けられたあの機体はおそらく後方支援型、腰にも背中にも移動速度を犠牲にして数多くの武器が装着されていた。


(初手を仕損じた、さらにあと二機いたはずだ)


 まさか奴らもこの貫通トンネルに来るとは思わなかった。やはりあの時いくら卑怯であったとしても撃ち殺しておくべきだった。しかしもう遅い。会敵してしまったのだ。

 すっかり開き切った天井扉から大量の光がなだれ込み、暗かった第二貫通トンネル内を明るく照らした。これで不意打ちの作戦は消え失せた。ならば後は堂々と闘うのみだ。


「俺の名はオーディン、グラナトゥム・マキナが一人、唯一の剣を授かりし者だ、虫共よここで引くなら剣は納めよう、だが引かぬと言うなら命を取らせてもらう」


[邪魔しないでくれるオーディン?]


「その声は………アマンナか?!何故そちら側にいるのだ!」


[この人達の味方だからに決まっているでしょ]


 鈴の音を思わせ冷淡な声が返ってきた、赤い人型機に搭乗していたのはあのアマンナであった。過去に何度か、グガランナの後を付いて回っていた奴と言葉を交わしたことはあるが、姿形までは知らなかった。


「引け、同じマキナを手にかけるつもりはない」


[そっちこそ引いて、何のために戦っているの?]


 白い人型機も第二貫通トンネルに侵入してきた。その手には大型のバトルアクス、半月状の刃は肉厚で斬るよりも殴ることを目的としているように見える。そのバトルアクスを予断なく構え距離を縮めてくる。


「テンペスト・シリンダーのため、これもひとえに住う人間のためでもある」


[それがオーディンの答え?為すべき仕事?]


「少しは賢しくなったようだな、理解できたなら引くが良い」


 アマンナの機体を先頭にし、白い機体がやや後方、さらに後ろに緑の機体が長い砲身、対物ライフルを構え援護の態勢に入ったようだ。

 多対一ではさすがに分が悪い。アマンナの機体がやおらライフルを構え照準を俺に向けてきた。


「貴様に撃てるのか?」


[…………]


 返事はない、しかしライフルの構えを解かない。


「迷うぐらいなら武器を手に取るな、邪魔だ」


[………わたしだってマキナだ、為すべきことぐらい、]


「あるとでも?グガランナの子機でしかない貴様に為すべきことなど何もない、気ままに戯れて朽ちていくがいい」


[……!]


 吐き捨てるように言い終えた後、視界の隅に何かを捕らえた。視線を向ける前から本能的に腕を上げた途端に殴られたような衝撃が全身を駆け巡った。


「くっ!」


 咄嗟に構えたライオットシールドにはバトルアクスが叩きつけられていた、やはり斬るのではなく殴ることに特化したらしい、受けたライオットシールドが既に半ば以上凹んでいるではないか。それにこの膂力、圧倒的。少しでも受ける位置をずらせば体ごと叩き折られるのが目に見えていた。


「名を聞こうか…虫よっ!!」


 しかしこちらとて負けてはいない。体内に埋め込まれた核融合炉エンジンの出力を跳ね上げて、腕一本の力でバトルアクスを払い退けた。弾かれた隙を突いて右手の電磁投射砲を構えたが、敵は弾かれた勢いのままに機体を回転して薙ぎ払いを仕掛けてきた。


「何という曲芸であることかっ!!」


 すんでのところで躱すが通り過ぎた刃が立てた轟音に身震いをしてしまった。まさに一撃必殺。一度でも食らえばひとたまりもない。だというのに敵の攻撃は止まらない、薙ぎ払いが終われば次は足に装着してあったショットガンを斉射してきた。曲芸の次は隠し玉まで遠慮なく披露して距離を離そうとしない。


「……!!」


 シールドを構えて防御に徹する。そして再びの上段斬りの構え、シールドごと叩き折るつもりか!


「ぐぬぅぅっ!!!」

 

 蒼い眼光に睨まれ振り下ろされたバトルアクスは壊滅的な威力を持っていた、シールドで受けはしたが腕ごともっていかれ姿勢を大きく崩してしまった。腕から外れて使い物にならなくなったシールドが開いた天井扉から音もなく落ちていった。


[私の名前はアヤメです、オーディンさん、武器を下ろしてください]


「舐めた口をっ!」


[私一人ではありません、あと三機もいるんですよ?勝てますか?]


 あやめ...アヤメ!金の虫をした人間とはとことん縁があるようだ。

人型機と同じ長さがあるバトルアクスを片手だけで持ち、先程見せた蒼い眼光をそのままに俺を見下ろしている。その余裕が命取りであることを教えてやろう!


[!!]


 金の虫が息を飲む気配がした、それに構うことなく抜剣したロングソードで斬り上げを見舞う。


[うんぬぅっ?!]


 バトルアクスの柄で受け止めたようだがそれすらも誤断!斬ってみせようぞ!


「我が剣の斬れ味をとくと思い知るがいいっ!!」


 超振動の恩恵を受けたロングソードの刃が、まるで紙を斬るようにいともたやすく柄を真っ二つにしてみせた。斬り上げられた敵は万歳をするようにその胴体を露わにし、間髪入れずに回し蹴りを放って後方へと吹き飛ばした。


[うわぁぁっ!!]


 もろに蹴りを食らった金の虫が無様に叫びながら飛ばされていく、電磁投射砲のレティクルを合わせるが下方からの牽制射撃でやむを得ず追撃を諦める。

 下を見やれば緑の機体が手と肩の投射砲を構えていた、二射目を撃たせるつもりは毛頭ない!突きの構えを取って素早く身を躍らせた。慌てた敵機が距離を開けようとするが、逃すものか!


「もらったぁ!」


 敵機の肩から背中にかけて剣を刺し貫き派手な火花を散らせてやった、肩にマウントされていた投射砲が誘爆を起こして爆発した。しかし、諦めが悪いのか密着した状態からでも敵機は手にした投射砲を俺の腹に当てトリガーを引いてきた。


「ふん!」


 腹にダメージを負ったが深手ではない、刺し貫いた剣を今度は機体の胴体を真っ二つにするように深く押し込んでいく、超振動を起動させようとした時に別方向からのロックオンアラート、やはり一人で複数を相手取るのは分が悪い。仕留め損ねた敵を睨みつけながらこちらから身を離した。


[私の名前はナツメと言います、オーディンさん、あなたと敵対するつもりはこちらにはありません、どうか引いてはいただけませんか]


「断る」


[手を組んでほしいとは言いません、ですが、私達の邪魔はしないでいただきたい]


「何を偉そうに虫の子が、貴様らに一体何が為せるというのか」

 

[……忠告はしました、後は命のやり取りのみです、あなた方に「死」はありませんがこちらは一度きり、仲間を守るためにも取らねばなりません、引いてください]


「くどいぞ、虫の子」


[それは結構]


 口調が変わったかと思えば相対していた青い機体が素早く距離を縮めてきた、その手には薄い刃と細い柄、あれは「刀」と呼ばれる近接武器だ。俺が取った構えと同じ突きの姿勢で一直線に飛んでくる。


「避けろと言わんばかりに!舐めるな!」


 超振動を起動させたロングソードで打ちつけるが物の見事に弾かれてしまった。


「何故斬れない?!」


 だが弾きはした、しかし敵機はあろうことかさらに身を寄せて片腕を上げて俺の頭に手を回した。そして視界一杯に敵機の頭が見えてついで衝撃。


「?!」


 まさかこいつ頭突きをかましたというのかっ?!

よろめいた俺に敵機がさらに後頭部を殴りつけ腹に膝を打ち付けてきた、ひゃしげる音とこみ上げてくる不快感、そして...


「……?」


 何故...止めを刺さない?


[あれは……何だ?]


 やおら上向き敵機を見やると、まさに俺を貫かんと逆手に刀を構えているところだった。だが機体のカメラは俺ではなく第二貫通トンネルの上を向いていた。


「な……………馬鹿な………」


 そしてこの俺も、間抜けな事に戦場で敵のことも忘れて見えたモノに言葉を失うのであった。



47.c



 何だってこんなB級映画みたいなパニックアクションをしなくてはならないんだ!避けても避けても敵さんの足は次から次へと地面を抉ってくるし、腹の下にはガトリング砲まで付けていやがる!こちとら生身の人間だぞっ?!少しは手加減しろってんだ!

 恐怖と怒りで腹わたが煮え返りそうになりながらもカサンと処理施設の中を逃げ惑っていた。


「アオラ!タイタニスの言う応援とやらはまだか!」


「あと二時間後だってよ!ふざけんなっ!」


「そりゃこっちの台詞だっ!簡単に手を離しやがって!誰がリトルビーストの所へ行くんだっ!」


「無茶言うなよちっさいビーストがわらわらと這い上がってきたんだぞ?!ホラー映画じゃあるまいにっ!」


 タイタニスの言う応援とやらはかそうから中層へと一本道をひた飛んでいるので、外に出るよりかなり早いらしい。知るかよ!こっちは今がピンチなんだ!時代遅れのヒーローは他所へ行ってくれ!今時のヒーローは宅配便より早いんだよ!


「逃げろ逃げろ逃げろ!」


「うわうわっ?!」


 カサンの悲鳴を聞く間に隠れていた建物が蜂の巣にされていく、瓦礫は飛ぶわ小さなビーストまで迫ってくるわで愚痴を溢す暇もありはしない。手にした自動拳銃で狙いを付けるが全く当たらない。


「下手くそ!」


「ならお前が撃ってみろよ!」


 走りながらも器用に小さなビーストを撃ち抜いていく、小さな悲鳴を上げながら倒れていったビーストを上から足で踏みつけるようにして親玉が私達に追いついてきた。


「もう何なんだあれっ!お前ら前線部隊はあんなのと戦っていたのか?!」


「なわけあるかっ!」


 もうここが何処かも分からない。とにかく安全に身を隠せそうな場所ばかり目掛けて走っているので位置も不明だ。後ろからは駆動音と共に鋼鉄の足がアスファルトを抉っている音と、小さなビーストが鳴き声を上げながらまるで連携を取っているかのように迫ってきていた。


「このままでは埒が明かない!応援まで待っていられないぞ!」


「じゃあどうするよっ?!何か良い案でもあるのかっ?!今からでも駆けつけてくれるヒーローでも探しに行くか?!」


「一人で行ってろっ!」


「それは良い考えだ!お互い幸運を祈ろうではないかっ!」


「馬鹿お前っ!まさか!」

 

 あんぐりと口を開けたカサンと別れて私は背の低い壁沿いに道に曲がり、ひたすらに走った。これで昨日暴飲暴食した分のカロリーも消費出来ただろうと、いい加減に痛くなってきたお腹を抱えながらもさらに走る。


[何か考えがあるんだろうな!ちっさいビーストはお前のところへ行ったぞ!]


「最悪!」


[こっちはあのデカブツだぞ?!]


 カサンの言う通り後ろを振り向くと小さいビーストが列をなして迫っており、低い壁向こうには大型のビーストが変わらず地面を抉りながら歩いているのが見えた。


「まるで意味が無かったな!」


[このくそ売女め!あの世で穴という穴に弾をぶち込んでやるっ!]


 口汚く罵ったカサンが必死の抵抗を見せていた、遠くからでも発砲音と変わらず弾かれている音が聞こえてきた。走り続けているうちに壁の切れ目が見え、さらにその向こうには大型のビーストと同じ背丈はあるタンクがあった。


「カサン!お前も壁沿いに走っているだろう?!そのまま走ってきてくれ!」


[何だぁ?!今すぐにぶち込まれたいってか?!]


「弾遊びする趣味はない!いいからビーストを連れてきてくれ!」


[後悔すんなよ!]


 先に後ろにいる敵を片付けないといけないが、何せ私は自分の腕をまるで信じていない。立ち止まってから後ろを向き狙いもつけずに適当に発砲した、急な射撃に慌てた敵も立ち止まり散り散りになって逃げていく。その間に壁によじ登り敵からさらに遠ざかった。


「こんな風になっていたのか…」


 よじ登った先は太い柱が格子状に張り巡らされており、その下に黒い液体が満たされていた。間隔を開けて何ヶ所かは太い柱から棒のようなものが伸ばされて黒い液体をかき混ぜているようだ。そして蒸せ返るような酷い臭い、さらに敵の小さな声も聞こえてくる。


「げ!登ってくるのかよ!」


 下を見やれば器用にも壁に足を付けて敵が登ってきていたのだ。二人分は通れそうな太い柱を伝って大きなタンクに近づきながらも黒い液体が満たされた上を走っていく。


(これが折れたら大変だぞぉ…)


 太い柱の上から見える黒い液体に私とお月さんが映り込み、近くで見ると真っ黒ではなく薄らとさらに液体の中にも格子状に組まれた柱が見てとれた。黒い液体に吸い込まれそうな感覚になったので慌てて視線を上げた、ちょうど大型のビーストが壁沿いの角に差し掛かったところだった。


[アオラ!お前は今どこにいる!]


「あの世で弾遊びを始めてるよ!」


[なんてこった、あたしはどうやって仕返しすればいいんだ!]


 意外と余裕だな、あいつ。

横に伸びた太い柱を三本あたり過ぎた、距離にしてみれば壁から二十メートル程だが後ろを見やると太い柱の手前で敵がたたらを踏んでいるようだ。


(ん?)


 何故追いかけてこないのか、もしかして怖いとか?

壁の縁に渋滞を作っている、その数はざっと見ても十体以上はいるだろうか、立ち止まってくれるなら遠慮なく狙わせてもらう!


「一発でもいいから当たってくれよぉ……」


 両手で狙いを付けてトリガーを引いた。一番手前にいた敵に照準を合わせたはずなのに、弾丸は敵の真上一メートル辺りを通り過ぎていった。


「下手くそ!!」


 自分にダメ出しをするとカサンからもダメ出しを食らった。


[何をやってんだ!早く逃げろ!]


「え?」


 カサンの方を見やると大型のビーストがガトリング砲の照準をこちらに向けているところだった。こんな所で?!今度は私が蜂の巣にされてしまう!!


「勘弁してくれよ!」


 慌てて身を屈めた途端にさっき私が立っていた位置にガトリング砲の弾丸が土砂降りの雨のように通り過ぎていった。そのまま姿勢でタンク側の壁の縁まで移動する。


「敵さんもどうやら射撃が苦手のようだな!」


[言ってる場合かっ!]


 カサンの突っ込みを受けながらも移動し続け、敵の照準も私に合わせて横に移動していく。私を追いかけていた小さなビーストは親玉のガトリングに巻き込まれたようだ。可哀想に、あの世で会ったら慰めてやろう。


「カサン!あのタンクを撃ってくれ!」


[あぁ?!どれだ!!]


「危険物のマークがデカデカと描かれているだろ!」


[……あぁあれか!良い考えじゃないかクソ売女!]


「まだ言うかっ!」


 瞬間、ふわりとした感覚が襲ってきた。ガトリング砲の斉射音で気づけなかったが敵の照準が横移動から下方向へとシフトしていらしい。そして私が伝っていた太い柱に被弾してしまったようだ。支えを失った格子状の柱が一気に黒い液体へと落下していく。


「うぎゃあああ?!!!」


 叫びながら死に物狂いで前と駆け出す、敵の照準など気にしていられない、後ろから次々と外れて黒い液体に落下していく音が聞こえてくる。首筋から背中にかけて冷たい痺れが走ったと同時になりふり構わず壁の縁を目掛けて飛び込んだ!


「お前!何やって……」


 ジャンプして壁を飛び越えると再び口をあんぐりとしたカサンと再会しそのまま熱い抱擁を上からしてやった。

 カサンと一緒になってアスファルトの地面を転がり、強かに打ちつけた体に鈍い痛みが走る。起き上がる前から敵のガトリング砲の斉射音が鳴り響くが何かを撃ったようだ、盛大な破裂音と何かが噴き出す音が聞こえてきた。


「BGynonntwtwjm!!!!」


 ビンゴ!まさかのタンクを撃ってくれた!私に狙いを付けたまま横なぎの運動をして止められなかったんだな!痛む体を無視して視線を上げるとタンクから噴き出している液体を一身に敵が浴びているところだった。そしてとてつも無い程の刺激臭。


「熱い!」


「熱湯か?」


「違う!こりゃ薬傷だ!」


「え?!薬品が詰まっているのかあれ?!」


 私達が寝転がった先にあるタンクから噴き出している液体、辺りにも飛び散って至る所を溶かしているようだ、あまりよろしくない煙がもうもうと立ち込めてきた。


「お前知ってて撃てと言ったんじゃないのか?!」


 カサンの突っ込みを受けながら敵を見れば、液体が飛散したところから溶けていっていた。あんなに元気に走り回っていたというのに今はびくともしない、ついで足が折れ始めその機体を傾がせた。


「ここは"排水処理施設"なんだろ?水に混じっていたゴミがタンクの中にあると思ったんだが……………スイちゃん!」


 不味い!あの大型のビーストの背中にはスイちゃんが取り込まれたままなんだ!

立ち上がってビーストへ足を向けようとするがカサンに止められてしまった。


「待て!もう少し落ち着いてから行け!お前まで飛散したら一発であの世行きだぞ?!分かっているのか!!」


「取り込まれたスイちゃんはどうするんだ?!」


「……幸運を祈るしかない」


「お生憎様だな、私は幸運なんてもんは信じてないんだよ!!」


 羽織っていたジャケットを脱いで頭に被せながらなるべく降ってくる薬品にかからないよう、完全に沈黙したビースト目掛けて再度走り出した。



✳︎



 邪魔...さっきから鬱陶しい。叩いても叩いてもまるで当たらない。これから生まれてくる「子供」達を守らないといけないのに。

 「私」の家に土足で上がり込んできた不埒ものを駆除しているのだが上手くいかない。どうしてあのハエ共は「私」の姿を見ても臆さないのか、これだけの巨体さを誇っているのに。ハエの大きさなんて足の先端程度しかないのに逃げようとしない、寧ろ果敢に攻めてくるではないか。

 半月状の刃を持ち半端な長さの柄を握りしめた白いハエが「私」の前に踊り出てきた。その後ろからは緑と赤いハエが鉄砲で援護しているところだ。邪魔。壁に突き刺し巨体を固定していた一本の足を持ち上げ振り回した、難なく避けられさらに接近してくる。「私」の首あたりに鈍い衝撃があった、痛い。我慢にならなかったのでそのまま食ってやろうと口を開けた。


ーPXWWMOOOOO!!!ー


(あれ、私の声ってこんなだっけ……?)


 ズキンとした痛みに一瞬動きを止めてしまった、その隙に白いハエが逃げていく。しまったと思った矢先に今度は灰色のハエが襲いかかってくる、その手には剣が握られ「私」...私?わたしって誰だ?私のはず、「私」?そう、この貫通トンネルに我が家を作った「この子」達の生みの親、「私」だ。来るべき時のために代々この家を守り続けてきたのだ、それをこんなハエごときに荒らされるなど、あってはならないこと。それなのに灰色のハエが「私」の足を斬りつけ、どんな仕掛けがあるのか簡単に切断されてしまった。少し傾いだ程度だ、痛くも痒くもない。「子供」達の子育てに比べたら微々たるものだ。

 けれどいい加減に飽き飽きしてきた「………ん!」生意気な色を付けたハエ達の相手をしているのも疲れてきたので止めを刺さそうと「………ちゃん!!」八本の足を大きく広げて壁に固定した。何個か「子供」達の卵を潰してしまったが...許してほしい「……いちゃん!!」それもこれもここにいる皆んなを守るため。体、胴体、足の一本一本に埋め込まれた切断性ケーブルの射出口を一斉に開いた、後は放出するだけ、それだけでこの辺り一面は見るも無惨な切り傷だらけになることだろう。

 さぁ、頭を上げて、足を構えて、敵に狙いを付ける必要もない。ここで切り刻んであげよう。けれど気をつけないと、「私」の頭は地面を向いているんだ、後ろ足から糸を撃つと自分が巻き込まれてしまう。よし、先ずはあの赤いハエから...


「スイちゃん!!起きてくれ!!」



✳︎



「動きがまた止まった……」


[用心しろ!]


 オーディンとの戦闘中に姿を現した超巨大なクモガエル、大きさはグカランナ・マテリアルの半分以下だけど、それでも大きい。全身を鋼色に変えて足の先端は刃物のように鋭利に尖っている。さっきから足を振り回して攻撃してきていたけど、当たらないと思い攻撃手段を変えたのか壁に這うように身を低くして、体の至るところからカバーが外れて射出口を剥き出しにしたところだった。


「オーディン!さっきやったみたいに敵を斬りつけて!」


[貴様に言われるまでもない!]


 灰色の機体...いや、オーディンのエモート・コアが換装されたあの機体はマテリアルだろう。戦っていた私達は突然現れた敵の前で一旦休戦となり、一時的に手を組んで対処していた。

 オーディンが敵の懐に飛び込みその胸に剣を突き立てた、しかしあの巨体だ、オーディンの剣はまるで点のようなものだが突き刺したまま頭部へ目掛けて上昇を始めた。


ーPXWWMOOOOO!!!ー


 さすがに効いているみたいだ、足をバタつかせ体を振って払い落とそうとするがオーディンも敵に食い付いている。斬りつけた箇所から火花を発生させてついにオーディンが頭部に到着した、すかさず剣を胴体から抜いて再度斬りつける構えを取ったがテッドの鋭い叫びが通信から聞こえてきた。


[狙われています!]


[それがどうした!]


 糸に構うつもりはないらしい。それなら止めはオーディンに任せてわたしが援護に入ろうとすると、先にアヤメとナツメがオーディンの周囲に陣取った。

 オーディンの左右についた二人は手持ちの近接武器を構えて、飛来してくる糸を払い始めた。束になって襲いかかった糸をアヤメが一刀両断するように打ち付け、ナツメに襲いかかった糸の群は束にはならず全方向から飛来してくるが、その一本一本を目にも止まらぬ刀捌きで丁寧に斬り落としていく。

 束の間の間隙、それさえあれば十分と言わんばかりにオーディンが頭目掛けて剣を振り上げ、


[ここで朽ちよ!貴様にくれてやる未来などありはしない!!]


 決め台詞を発しながら深々と、剣を敵の頭に突き刺した。敵から身を離したオーディンに代わり、今度はアヤメがあの大型の斧で剣の柄ごと敵の頭を強かに叩きつけた。

 悲鳴も絶命の叫びもなく、無言無音で体を傾がせた敵の足が一本ずつ壁から離れて、半分程外れた後は自重を支えきれなくなったのか、壁に埋め込まれた無数の丸い物体を道連れにしてお腹を見せながら天井扉に落ちていった。


[手を組むのはここまでだ]


 止めを刺したというのに何の喜びもないのか冷静な声でオーディンがわたし達に告げてきた。


[続きでもやるか?]


 それに対してナツメは怒気をはらんだ声で返す。


[それも良いが、お前達は何か勘違いをしていないか、我らあくまでも人間の為に行っていることだ]


[人間駆除機体で仲間を殺していくことがか?]


[そうだ]


[理性は納得しているが、感情は理解すら拒んでいる、それは分かるか?]


[お前達がそうして今日まで生きてこられたのは何故だと思う、我らが駆除した人間に与えられるはずだった資源がお前達の手元に回ってきたからだ]


[…]


[我らがやらねば、お前達人間が同じ人間と争い資源を奪い合っていたはずだ、過去の歴史がそれを証明している]


[…]


[好きなだけ憎むがいい、しかし邪魔だてはするな、次はない]


 そう言い残してオーディンがわたし達より先に上へと飛翔していく。その背中を見ながら何か掛ける言葉を考えてはいたが、結局何も出てこなかった。いや、これでは駄目だと自分に発破をかける。


「あ、あの、お疲れさま!」


 緊張していた空気がいくらか和らいだようだ。


[はぁー…とんだ調査になってしまったな…まさか件のマキナと会うなんて]


[強かったなぁ…次は真面目にやらないと]


[いや……アヤメさんはもう十分ではありませんか?]


[ところで十九番機、お前だけやたらと機体が綺麗に見えるが気のせいか?]


「な!そんな訳あるか!」


[いやほんとだ、アマンナだけどこも負傷してなくない?]


「うぐっ」


[まぁまぁ、それより早く僕達も上層の街へ急ぎましょう]


 テッドが助け舟を出してくれたおかげて難を逃れたがナツメとアヤメの言う通りだった。まだまだ「仕事」が出来ていないと反省しながら、少しエンジン出力を抑えめにして皆んなの後を付いて行った。



47.d



 体と頭、それに腕もあちこちが焼けたように熱い、それに鼻をつく臭いもしている。頭から庇うように羽織ったジャケットも薬品耐性なんてものは付いていないので既に溶けてぼろぼろだった。そして私の目の前には起きたスイちゃんが壁際にまで来ていた。


「アオラさん!その怪我………」


 眠っていたスイちゃんをようやく起こしはしたがどうすればいいか、タンクから噴き出していた薬品もようやく収まった。


「何のこれしき、それより中から出られそうにないか見てくれないか?」


 じゅくじゅくとした熱を持った痛みが次第に激痛へと変わっていく、痩せ我慢をしてスイちゃんに心配させないよう努めて明るい声を出した。


「待ってください!待ってください!すぐに、すぐに見つけますので置いていかないでください!」


 一体何があったのか、敵が沈黙して脅威が去ったというのに未だに半狂乱になったままだった。


「置いていく訳ないだろ、落ち着けって」


「………」


 外れそうにもないケーブルを引っ張り上げ私の顔を食いるように見つめている。神経がまでもが焼けたような痛みに目眩までしてきた。外れそうにないならこのくすんだ殻を割ってしまえと拳銃のグリップの底で打ちつけた。そして揺らぐ視界と明るんできた夜空が見えた。


「……あら?」


「アオラさん!!」

 

 スイちゃんの悲鳴と地面に激突した衝撃が同時だった。肺の空気がいっぺんに押し出され呼吸が出来なくなった、さらに朦朧していく意識の中でもあの子を助けないと、そう思い握ったまま拳銃を殻に向けた。


「……今度は…」


 意識が途切れる手前に引いたトリガー、ついで何かが割れた音。ちゃんと的に当たったようだった。警告もせずに発砲してしまったのでスイちゃんが巻き添え食っていないか、あの世であの子と会わないように祈りながら意識を手放した。

※次回 2021/3/5 20:00 更新予定

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