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第四十六話 為すべきこと

46.a



 不意に動きを止めたので、タイタニスと話しをしていた警官隊の人間が眉根を寄せて様子を伺っている。


「どうかされましたか?」


「いや、何でもない」


 とてもそうは見えない。タイタニスの仕草はあまり動きがない、静かに喋りゆっくりと観察するように相手を見る、そのためか、もしくは人と話すことに特化した彼らだからこそ気付けた変化かもしれないが、一切動作を行わなくなったタイタニスはとても不自然に見えた。

 警官隊の人間が手元に開いた手帳を見ながら質問を繰り返している。


「あのお店に立ち寄った理由について伺ってもよろしいですか?」


「休憩をするためだ、我が選んだ店ではない」


「休憩とは、何かお仕事をされていたのですか?ご家族と一緒に?」


「ドライブをするのも疲れるというものだ、貴様は車を運転した経験がないのか?」


(喧嘩腰じゃない……)


 さっきからあの調子だ。確かに根掘り葉掘り聞かれるのはストレスが溜まるしうんざりするのも分かるが。

 私も今し方解放されたばかりで、友好的ではない会話がとても疲れるという事を思い知らされたところだった。安物に見える黒い革張りのソファに身を預け、窓から見える外の夜景にいくらか気を休めていた。これまた安物のテーブルの上には随分と前に煎れてくれたコーヒーが置かれ、私の気持ちと同じように冷め切っている。とてもじゃないが口にする気にはなれなかった。

 変わらず喧嘩腰のタイタニスと怯むことなく質問を繰り返す警官隊の会話を聞き流しながら溜息を吐くと、少し後ろから声をかけられた。見やるとそこには私に付いてくれたあの女性が和かに笑いながら立っていた。


「すみません、疲れている時にこんな質問責めに合わせてしまって、これも捜査に必要な事なんですよ」


「それより、犯人は分かったのかしら」


 私もまた随分と人との対応が適当になったものだ、笑顔も忘れ相手を気づかわずに無遠慮に聞いてしまった。しかし、慣れているのかあまり気にしていないようだ。


「今、街中の防犯カメラで確認を取っているところなので……あぁー…こればっかりは何とも言えませんね、すぐに分かる時もあれば何十年も分からずじまいでお蔵入りする事もありますので」


 これ見よがしに溜息を吐いてやった。やはり警官隊ではなく自分達で捜査した方が早いのでは?どうしてマギールが彼らに任せたのか理解出来ない。


「いやぁー申し訳ないですねぇ!あ!コーヒー煎れなおしてきますね!」


「ついでに犯人も見つけてきてちょうだい」


「いやいや!お姉さんは厳しい事言いますね!」


 そう、何が面白いのか笑いながら冷めたコーヒーを片手に部屋から出て行った。


[八つ当たりとは、貴様も変わったものだな]


(あなたがそれを言うの?)


 質問がひと段落したのか私に通信を行ってきた、その内容に変な声が出そうになってしまった。


[下層の一部が焼失した、被害面積はまだ算出されていないがかなりの規模だ]


[…あの子達は?!]


[無事………と言いたいところだが、アマンナと連絡が取れない、確かに反応はあるんだが…]


[何をやっているのよアマンナは!何のために下層に残したと思っているの!]


[それとプエラ・コンキリオも同様に連絡がつかない、余程の戦闘だったのだろうな]


 あの二人は...しっかりしているようで底なしの甘えん坊だ、途中で気を抜いてしまって何かやらかしたのかもしれない。


[サーバーは確認したのかしら、もしかしたらマテリアルが破損して……]


[それはないと断言しよう]


 その言葉に安堵していると案内された部屋の扉が勢いよく開いた。驚いて見やると先程の女性がピューマを抱えて、爛々とした瞳で真っ直ぐに私を捉えていたので少し怯えてしまった。


「何ですかこの生き物!初めて見ましたよ!このペットはティアマトさんのですよね?!」


「あぁいや…それは…」


「何をしている!勝手に連れてくるなこの馬鹿者がっ!」


 タイタニスとは丁寧な口調でやり取りをしといた警官隊の人間が、語気を強くして怒鳴りつけている。


「いやだってこの子こんな見た目で鳴くんですよ?!凄くないですか!これ、玩具でもないんですよね?!」


 ずんずんと私に近寄り鼻息荒く問い詰めてくる。


[適当に流せ]


[タイタニス!少しは庇いなさい!]


 私に言わせてばかりで!たまには言い訳の一つでもしてみなさい!


「はぁ全く…ですが、これについては是非お聞きしたいですね、これは何ですか?生き物なんですか?それにしてはどこか機械的と言いましょうか…」


 顎に手をやりながら不躾にピューマを観察している。というかこの子達はカサンに連れられて基地に戻ったはずでは?どうしてこの子だけ残っているのかしら。


「あー…その、何と言えばいいのかしら…」


 ギラリとタイタニスを睨み付けた。


[タイタニス!少しはあなたも考えなさい!]


[親権は我には無いのでな、当人の問題だ]


 このクソマキナ...石頭で融通が効かないのは何も話し合いの場だけではないらしい。

私の視線に気づいた二人もちらりとタイタニスへ向けた。ええいままよ!と思い付いた言い訳をすらすらと答える。


「中層で発見した新種の生き物よ、基地の方にお願いして移送しているところだったの」


「ほぉー…これが……」


「はぇー道理で見た事がないと思ったら……」


 どうして自分が作ったピューマをまるで他人事のように伝えなければいけないのか。忸怩たる思いでもう一度タイタニスを睨み付けた。


[どうして彼らに説明してはいけないのよ!]


[マギールの判断だ]


 そう、ここへ来る前にタイタニスからピューマ達の事を口止めされていたのだ、あの時は状況がややこしくなるからと言われて簡単に納得してしまったが、こうしていざ説明してみると納得いかない。この子達は人を救う可能性を秘めた大事な存在だというのに。


「もしかしてそのピコピコ光っているのも中層で発見したものですか?変わったイヤリングをしていますね」


 ドキリと心臓が跳ねた。


「え、えぇ、そうよ」


 そうだった。通信している間は耳たぶが点滅してしまうのをすっかり忘れていた。アヤメ達に指摘されるまで気付かなかったマテリアルの仕様だ。とてもやりづらい。それにイヤリングではなく耳たぶが点滅しているので近くで見られると人間ではないことが一発でバレてしまう。

 あまり耳が見えないようにソファの上で身動ぎ、隠すように座りなおした。そしてさらに肝が冷やされる質問が続けられる。


「ティアマトさんの出身はどちらですか?変わったお召し物をされていますよね」


「そ、そうかしら?む、昔の流行り物が好きなものだから」


「?」


「あぁいえ、その、変わった服が好きなのよ」


「よく似合っていますね!様になっているというか…こう、モデルさんのように何を着ても似合いそうな感じで!」


「そ…そうかしら」


 思いがけない褒め言葉に心が揺らいだ、もしかしてこの女性は良い人だったり?


「出身はどちらに?」


「あー…えー、第三区…」


「え?」

「ん?」


 しまった失言だった。あそこは立入禁止区域に指定されているのだ。


「の!近く、そう第三区の近くからやって来たのよ」


「近くといえばこの辺ですけど」

「けれど貴女の住居登録はありませんでしたが……」


 そうだった!隣の区が第三区であったことをさらに忘れていた。いや待てよと慌てて言い返す。


「いえ、ここではなく第八区の方よ」


 これで何とか誤魔化せたと思ったのにさらに怪訝な顔をする二人。


「第八区は…」

「観光地区に指定されているので誰も住めないはずなんですが…」


 あー?!嘘でしょ!自分から墓穴を掘るだなんて!

頭を真っ白にしながら言い訳を考えていると、ようやくタイタニスが泥舟を出してくれた。


「すまないが二人共、ティアマトは頭が少し弱くてな、あまり質問責めにするのはやめてくれないか」


「あ、すみませんでした…」

「それで先程あんなにしどろもどろになっていたのですね」


 誰が弱いだぁ!!!と、叫びたかったがそういう訳にもいかず、助け舟ならぬ私を馬鹿にした泥舟で質問責めから逃れることが出来たのでそのまま黙っておく。


(というかこの二人も失礼じゃないかしら!あんな説明で納得しないでちょうだい!!)


 何という屈辱。まさか私が...まさかこの私がこんな扱いを受ける日が来るだなんて夢にも思わなかった。


(頭が弱いだなんて…)


 馬鹿呼ばわりされるより堪える。

ソファに体を全力で預けて地味な天井に視線をやっていると、部屋の扉が再び勢いよく開いた。挨拶もそこそこに部屋の中央にやってきた別の警官隊の人が一枚の写真を安物のテーブルに置いた。


「犯人が分かりました、この男に見覚えはありますか?」


 写真には、どこにでもいるような中肉中背の男が映っていた。解像度が少し荒いためはっきりとまではいかないが眠そうな目をたたえ、手には一体のピューマを抱えたこの男は...いや、このマテリアルは過去にグガランナのナビウス・ネットに土足で上がり込み下らない絵を押し付けてきた奴のものだ。


[やはりこいつの仕業か]


[そうね、ここまで堕ちたのね]


 こんな奴にまで頭を下げた昔の自分が恐ろしい。怖いもの知らずにも程がある。


「何か?」


「いいえ、何でも、」


 何でもないと答えようとしたが最後まで口にすることが出来なかった。女性が胸に抱いたままにしていたピューマの頭が身体構造も無視してぐるりと、私の方へ向いたからだ。


「ひっ?!」

「いやぁ?!」


 突然不気味な動きをしたピューマを手放した、床に落ちてなお首を回し続けている。一回転する度にゴリ、ゴリ、と不安を煽るような音だけが室内に響いていた。

 そもそもこの子は何処にいたのか...どうしてこの警官隊の女性は部屋に連れてきたのか。不審に思い女性を見やると向こうも私を見つめていることに気づいた。


「あなたは…何処で見つけたのかしら?」


「こ、この、生き物ですか?廊下を渡った先にある給湯室で…テーブルの上に座っていたのでてっきりティアマトさんを追いかけて入り込んだのかと……」


 そんなはずは...変わらず首を回し続けているピューマを見やると、私と目が合った途端にその不気味な動きを止めた。瞳に色は灯っていない、丸い眼球は見下ろす私達と部屋の天井を写しているだけだ。


「!」


「伏せろっ!!」


 一体だけ行方不明になった猿型のピューマを思い出したと同時にタイタニスが鋭く叫んだ。素早く身を屈め猿型のピューマに覆い被さった。そして、閃光と轟音。爆発に吹き飛ばされたタイタニスのマテリアルに巻き込まれて、私までもが部屋の端まで飛ばされてしまった。


「…んんっ、痛っ」


 耳鳴りと痛む全身を起き上がらせて室内を見渡すと、爆発の衝撃で何もかもが壊されていた。安物に見えたソファもテーブルも、爆風で窓ガラスも破られてしまい、ビルの谷間にぶつかった風が強く室内に入り込んでいる。私のお腹に身を預けるように横たえているタイタニスを...いや、彼が作ったマテリアルを見やるが完全に沈黙している。このマキナは身を挺してピューマに仕込まれた爆弾から私達を庇ってくれたのだ。


「ふっ、二人とも平気かしら……」


 痛む。発声すると喉の奥から痛みが生じた、どこが負傷しどこが平気なのかまるで分からない。

 私の言葉にゆっくりと身を起こした二人を見て安堵した。そして、間を置かずして部屋に突入してくる武装した警官隊によって、場は再び騒然とするのであった。



46.b



 痛む右腕を何とか持ち上げ、煎れたばかりの味がしないコーヒーを一口啜った。煎れ方を間違えた訳ではない。それなのに全く味を感じない。


「…」


 カップをテーブルに戻した時、上腕二頭筋から肘にかけて刺すような痛みが再び走り顔をしかめる。非常電源に切り替わりあの時とは違ってまだ食堂内を見渡すことが出来た。ティアマトの悪戯で電源を落とされ暗闇の中で肩を寄せ合い話し合ったあの時のことがまざまざと甦ってくる。

 いつからだ?いつからあいつは寝返るつもりでいたんだ。


「くそっ…」


 信じられない。今でも信じられない。あのプエラが私達の敵に回っただなんて、何かの冗談としか思えない。

 下層に押し寄せた敵を殲滅し、スプリンクラーの水で煙るあの場所にプエラが唐突に現れた。見たこともない機体に搭乗して無警告で仲間を撃ち抜いていった。最後に残った私にあいつは...


『ありがとう、楽しい思い出を作ってくれて、感謝しています』


 抑揚のない声でそう言って、後は私もプエラに撃ち抜かれた。弾丸ではなく光の矢で。


「くそったれぇぇ!!!!」


 誰もいない薄暗い食堂に私の叫びが反響した、答える者は誰もいない。

 何故?どうして?あんなに愛想を振りまいて、あんなに私に甘えて、あんなにアヤメにも甘えて。それに夏祭りでは私に縋ってきたではないか、ここを出たくないと、もっと私と一緒にいたいと。それなのに。どうして?


(分からない…あいつに何があったというんだ…)


 痛む。あいつに撃たれたからだ。すんでで躱したが右手に持っていた対物ライフルが誘爆を起こして、右腕ごと吹き飛んでしまい私の右腕も同じように負傷してしまった。

 やおら立ち上がり食堂を後にした。ここにいてもプエラのことを思い出してばかりで気が滅入ってくるからだ。

 誰もいない、足音がやたらと響くエントランスを通り過ぎて非常階段へと足を向ける。私が破壊したせいか、もしくは押し寄せた敵のせいか、ホテルがある一帯もあれだけ悩まされた下層を照らしていた明かりが消えてしまい、それに伴いホテル内のエレベーターも使えなくなっていた。

 どこかエレベーターシャフトを思わせる非常階段を登って皆んなの所へ向かう。最初に落とされたアマンナも、テッドにアヤメも怪我はしていたものの命に別状はなかった。機体の中で気を失っていた三人を痛む体を酷使して引っ張り出し、クモバチの襲撃から難を逃れた一つの機体に全員押し込めてここまでやってきた。体も心も疲労困ぱい、いつ倒れてもおかしくなかった。だというのに...

 非常階段を登ってすぐの部屋に立った時、中から華やかな声が廊下にまで聞こえてきた。プエラに抱いていた焦燥感が今度は部屋の中に向いているのを自覚しながら扉を開けた。


「ちょ、あの……二人いっぺんにはちょっと

……」


「ふふふ、キスしてあげる約束だもんね」


「そうだよ、僕からもしてあげるね、アマンナ」


「ふぁ!ふぁ!ん〜〜〜〜〜っ」


 ベッドに腰をかけたアマンナを、両側からテッドとアヤメが挟んで頬にキスをしているところだった。互いがアマンナの頬に片手を添えてまるでハーレム状態だ、側から見たら美少女の二人を侍らせているようだ。当の本人は目を強く瞑り二人に身を任せている。それに入ってきた私に全く気付かない、余程お取り込み中らしい。


「………」


「どう?」


「まだ足りない?」


「た、た、足りてます!足りてますから!」


 薄らと頬を染めた二人と耳まで朱色に染め上げた三人に向かって、椅子に置かれたクッションを投げつけた。


「?!」

「びっくりしたぁ?!!」

「な、ナツメさん?!」


 部屋の入り口にあった様々な調度品、ハンガーや時計や壁掛けされた絵画から何から何まで気が済むまで投げ続けた。「ぎゃあ!」とか「死ぬぅ!」とか「敵の襲来ですか?!」とか喚く三人を執拗に追いかけ回して涙目になりながら謝ったところでようやく溜飲を下げた。

 部屋の隅っこで肩を寄せ合いガクブルっている三人に向かって一喝してやった。


「誰のおかげで助かったと思っているんだっ!私を差し置いてイチャイチャしやがって!どこぞの神様だって怒り心頭だろうよっ!!」


 「何だただの嫉妬か」と誰かが言ったので椅子を構えた。



「やり過ぎ、気持ちは分かるけどさ」


「…」


「ご、ごめんってば…そんなに睨まなくても」


 私が荒らした部屋はそのままにして別の部屋に移動してきた、アマンナとテッドは私の治療を行いたいと医務室へ医療道具を取りに行っている、部屋には私とアヤメだけだった。

 軽く溜息を吐いた後に私から話しを切り出した。


「最後に私達を襲ってきた機体についてだが、」


「そうだよ!あれは一体何?!あんな不意打ち卑怯にも程があるでしょっ!どうしてナツメだけ無事なのさ!」


「私も負傷したよ、元からボロボロだったというのに、機体も破壊されてしまった」


 私は椅子に座りアヤメはベッドの上であぐらをかいている、ベッドをバスバス叩きながら怒っていた。

 組んでいた足を左右入れ替えてアヤメに質問した。プエラについてだ。


「お前、仮想世界ではプエラと一緒に過ごしていたな?何か変化はなかったか?」


 私の質問を聞くなり叩いていた手を止めてじっと視線を合わせている。次第に目を見開き口を開けて、襲ってきた敵の正体に気付いたらしい。


「そんな………まさか…………」


「あの機体に描かれたペイントはプエラのものだった」


「…」


 「ありがとう」と言われた事は、何故だか伝える気になれず黙っていた。


「そんな………プエラが私達を………」


「そのまさかだ、見た事もない機体と武器を使って私達四人を撃ち抜いた」


「テッドさんとアマンナはこの事を……?」


「伝えていない」


 あぐらをやめて足を揃えてベッドに腰かけた、両手を縁に置いて項垂れている。長い溜息を吐いた後に徐に顔を上げた。


「プエラはね…仮想世界を出たら……戻らないといけない場所があるって言ってた……」


「…」


 お腹の底から力が抜けていくような感覚に囚われた。


「何故、私達に黙っていたんだ」


「内緒にしててほしいって…そう言われたから……」


「……そうか、お前達は最初いがみ合っていたよな?いつの間にあんなに仲良くなったんだ」


 仮想世界のスーパーで再開した時は確かに仲が良くないと愚痴を溢していたはずだ。


「ナツメ達と模擬戦をやった後にね、仲良くなったの、それからプエラとはびっくりするぐらいべったりするようになってさ……」


 懐かしむように、けれどどこか悲しそうに目を伏せて訥々と語っている。


「それでね、ある時にここにいる間だけでも恋人になってほしいって、真剣にお願いされてさ……どうして?って聞いた後に…」


「さっきの台詞を言われたのか?」


 目を伏せたまま頷いた。暫く沈黙が続き口を開きかけた時にアヤメの方から切り出した。


「聞くのがさ、怖かったんだ、もう会うつもりはないって言われたらどうしようと思って……聞くに聞けなかった、どこへ戻るのかって、プエラもそうだけど、アマンナやグガランナもマキナだからいずれはテンペスト・シリンダーの運営に戻るのかなって…思うと……」


「…」


「でもまさか…プエラが…」


 再び重苦しい雰囲気に包まれそうになった時、部屋の中にいても聞こえてくる程の足音が響いてきた。私もアヤメも扉に目を向けて何事かと身を構えた。そして程なくして扉が遠慮なく開かれそこに立っていたのは、全裸で筋骨隆々とした男性型のマテリアルだった。


「!!」

「!!」


「待て、慌てるな、我だ」


「知るか!誰だお前は!何で全裸で堂々としているんだ!」


「全裸ではない、服を着ていないだけだ」


「それを全裸って言うんだよ!」

「それを全裸って言うんだ!」


 私とアヤメで束の間、手当たり次第に物を投げつけ変質者を部屋から追い出そうと試みた。そしてアマンナ達が部屋に戻ってきた時にようやく正体が判明した。



✳︎



「お前達は裸も見た事がないのか、何とうぶであることか」


「テッド、今すぐに服を脱いでくれ」


「嫌です」


「あー…たいたーにすさん?先程は失礼致しました…」


「それはわざとか?」


「まぁまぁ、タイタニスも悪いと思うよ?さすがに全裸はやりすぎでしょ」


 テッドと手を繋いでいつも以上にラブラブで医務室へと向かい、嫉妬全開で我を忘れて怒り狂ったナツメを鎮めるために治療道具を取りに行っていた(途中三回キスをおねだりした)。そして帰ってくると、下層に隠していたマテリアルを起動させたタイタニスがアヤメ達から猛攻撃を食らっていたので慌てて仲裁に入ったのだ(一回だけキスをしてもらえた)。

 心も頭も幸せでふわふわしている時の闖入者程腹が立つものはないが、タイタニスとの会話でそんな思いも吹き飛んでしまった。


「それより何しに来たのさ」


「…貴様が会いたいと言っていたはずだが、まぁいい、上層の街で起こっている事の報告と下層であった事の報告を受けにきたのだ、ナツメ」


「…何か」


「隠しても無駄だ」


「…すみません、ですがあの時はああするしか他に方法が無かったんです」


「この一帯が非常電源に切り替わった原因は分かるな?お前達が過度に電力供給施設を破壊したせいだ」


「それで何か不都合はありますか?」


「ある、早急に修復せねば下層だけでなく中層にも被害が及ぶだろう」


「…」


「まぁ良い、ギリギリ想定の範囲内といったところだ、良くやってくれた」


 タイタニスの言葉に皆んな少し安堵したようだ。


「では次に上層の街についてだが、ディアボロスによる攻撃を受けた」


「?!」

「攻撃?!」

「被害は?」


「数十体に及ぶピューマが犠牲になった、それとスイがディアボロスに襲われそのまま行方不明になってしまった」


「そんな!!スイちゃんがどうして!!」


 わたしの叫びを受けてゆっくりと灰色のマテリアルがこちらに向いた。


「不明だ、しかしディアボロスがティアマト達に早急に始末しろと発言していたと聞いている」


「始末?どうして?何か悪い事でもしたの?!」


「不明だと言っている、さらに警官隊の建物内に爆弾を仕込んだピューマを寄越して爆破騒ぎまで起こした」


「そんな…」


「マキナというのは……そんなテロ活動まで平気で行えるというのか?」


「誤解しないでくれ、とち狂っているのは奴らだけだ」


 真剣な眼差しでタイタニスを見つめているナツメ。


「教えていただきませんか?その、でぃあぼろすというマキナについて、奴には何かと迷惑を被られています、それにマギールさんから前に人間達を調整しているという話しも聞いています」


「調整……?」

「何ですかその話しは……」


 アヤメとテッドが眉根を寄せてナツメの言葉を聞き返している。


「……ふむ、良いだろう、お前達は確かに知る権利がある」


「それと……いい加減服を着てもらえませんか?目のやり場に困ります」


「付いてないよ?」


「…」

「…」

「…」

「…」


 おかしい。どうしてわたしが睨まれなければいけないのか。



 タイタニスの計らいでこのホテルだけ電気を回してもらい、明かりが付いた室内でタイタニスとの会話が続けられる。ちなみにタイタニスはベッドからシーツを剥ぎ取り、体を隠すようにぐるぐる巻きにさせている。だから付いてないのに。


「マキナという存在は、合計で十二の役割に別れてそれぞれが「仕事」をこなしてこのテンペスト・シリンダーを成り立たせている、それは分かるな?」


「はい」

「……?」


 ナツメは素直に返事をしてアヤメは首を傾げている、何かおかしな事を言っただろうか。


「アヤメ、何か」


「あ、いえ……何だか数が合わないような……」


「数?」


「すみません、何でもありません」


「まぁ良い、では次にそれぞれの役割についてだが、我に関していえば建造物の一切に関わる役割を持っている」


「はい」


「上層の街、カーボン・リベラを興したのも、メインシャフト、エレベーターシャフトを建造したのもこの我だ」


「…」

「…お一人で?」


「左様」


 絶句している。無理もない、タイタニスはグラナトゥム・マキナの中でもとりわけ重要な役割を持っている。その「仕事」ぶりとやらも他と比べて派手に見えてしまう。


「次にティアマトについてだが…」


「知っています、食料に関する役割、ですよね?」


「ほぉ…驚いたな、まさか人の子がそんな事を知っていようとは……」


 ちょっと得意げになっているアヤメが何だか可愛らしい。


「ティアマトさんに仮想世界で勉強させてもらったんです」


「……成る程……?」


 珍しく歯切れが悪いタイタニス。気を取り直して続きを話し始めた。


「このように我らマキナには決まった役割、成すべき仕事というものがある、件のディアボロスについてだが奴は生存種の把握と調整がその役割にあたるのだ」


「生存種……とはこのテンペスト・シリンダーで生きている、という意味ですか?」


「そうだ、奴には全ての生き物について知る権利と義務を持ち、そして行き過ぎた繁殖が行われないよう調整をする義務もまた、あるのだ」


「それが良く分かりません、どうして調整するのですか?」


「資源の問題だ」


 ...少し体が固くなってきた。さっきから講義のような話しが続いているので仕方ないが、この手の話しは苦手というのもある。


「…足りなくなるから……」


「そうだ、奴は現状必要な総資源量が分かっているはずだ、その結果に基づき人間達を「駆除」していた」


「!」

「駆除だなんてそんな…」

「私達が駆除?まるで虫のような言い方だな…」


「お前達が「ビースト」と名付けていたあれらは「人間駆除機体」という呼称が付いている、製造したのはディアボロスだ」


「…」

「…」

「…」


 咳き一つない、タイタニスの言葉を必死に理解しているように見え、アヤメがゆっくりとわたしに視線を寄越した。


「アマンナは知っていたの?この事を…」


「…知らなかった、けど……何となくは……そうかなっていうのは……」


「アマンナはビーストのことを「ピューマ」って言っていたよね?どういう事なの?……もしかしてティアマトさんも絡んでいるの?」


「それは違う、ディアボロスがピューマの身体構造を真似して作り上げたのだ」


「それでピューマとビーストは似ていたんですね…」


 わたしの頭の中はさっきから「穀潰し」という単語がぐるぐると回り、胸の中は申し訳なさで一杯になっていた。

 テッドがまるで生徒のように手を上げてタイタニスに質問している。


「一つよろしいですか?」


「何だ」


「以前、中層に来たばかりの時に…おーでぃーん?というマキナと僕達の部隊が戦闘したのですが…」


「オーディンだな、奴はディアボロスと手を組んでいるマキナだ」


「では、おーでぃんとでぃあぼろすは僕達の…言うなれば敵に該当するということでしょうか?」


 テッドの言葉にナツメとアヤメが鋭く反応した、二人を目を合わせて何事か相談しているようにも見える。


「……違う、厳密に言えば我らマキナは人間の敵に回ることはあり得ないのだ」


「………いえ、ですが先程のお話しからもこの二人のマキナは人間を殺しているのですよね?それははっきりと言って味方とは言えません」


「そうだな、しかし、我らは敵ではない、どこまでもこのテンペスト・シリンダーの運営と維持を願いお前達人を導く者だ………………そう、言い切れたのなら我も楽なのだが……」


 さっきから歯切れの悪いタイタニスの言葉に、目で会話をしていた二人も向き直った。


「何故言い切れないのですか?やはり敵対行動を取っているマキナもいるという事ですか?」


「違う、違うんだ、資源にしても住む場所にしても、どうしようもない問題ばかりが起きて誰も答えを出す事が出来ずにいるのだ」


 メインシャフトにしても上層の街にしても、と言葉を紡ぎながら、


「本来であれば必要のないものなのだ、だがそうだと言い切れない理由もまた存在して止むを得ず我が建造を行ってきた、当時の人間達に懇願されて作ってきたのだ」


「…」

「…」


 ナツメが殺気を漂わせて反論した。


「なら、私達の存在も「本来」は必要がないとでも言いたいのですか?」


「違う」


「あなたが作ってくれた街のおかげで、こうして私達は生を受けて今日までの人生を送ってきました、それをまるで間違いだったと言うのはやめていただきたい」


「…」


「つまりは、マキナも一枚岩ではないと言いたいのですね?」


「…そうだ、すまない…言い方を間違えたようだ」


「タイタニスさんは人を思って住む場所を与え、でぃあぼろすは資源を思って人を殺してきた…そのどちらもテンペスト・シリンダーにとっては必要な事でそのどちらも相容れない問題である、という事ですね」


「そうだ」


「なら、私達人間に出来ることは?」


 今度はタイタニスが口を開けた。まるで予想もしていなかった言葉なのだろう、わたしもそうだ。


「お前達に……出来ること?」


「はい」


「すぐに答えは出せない、そもそも考えたことすらない事項だ」


「そうですか、ならば私が人類を代表してあなたに伝えたいことがあります」


 タイタニスが身構えた。


「…何だ」


「街を興していただいて、本当に感謝しています、あなたの判断が無ければ私達はこうして会うことすら…生まれてくることすらなかったでしょう」


「…」


「人間だって生きるだけでも問題だらけ、明日を迎えるのだって戦いです、何もかもが満たされた世界など何処にもないでしょう、そんな所では生きる価値すら見出せないでしょうね」


「…そうか」


「はい、ですので今後二度、ご自分が成された仕事を「必要がなかった」と言うのはやめていただきたい、仕事とは自己で完結するものではありません、必ず他者と交わり周りにも影響を与えていくものです」


「…そうか、そうか、そうだな、お前の言う通りだナツメよ、また一つ勉強になった、礼を言う」


「いいえ、とんでもありません」


 そう、晴れやかに言い終えたナツメと心から満足したように頷き続けているタイタニスのやり取りを聞いて、わたしの胸の内はいよいよ申し訳なさで埋め尽くされていくのであった。



46.c



 警官隊の分隊所から見える夜景に目をやりながらも、どう言い包めようかと思案を続けている。やはりと言うか、固いと言うか、保守的かつ抜け目のない思考をする相手に未知の技術を説明するのは骨が折れる。それに所内で爆発騒ぎまで起こったのだ、そう簡単に首を縦に振るつもりがないのが手に取るように分かってしまう。

 ヒルトンと名乗った警視総監の肩書を持つ男は老齢であり、白く染まった頭髪をきちんと撫でつけ糊が効いたスーツを着こなし、テーブルの上で組んだ手には傷跡があった。口元は他所向きに上げられているが、目元は早く出て行けと如実に物語っていた。


「マギールさん、お話しはよく分かりましたが……」


「英雄になるつもりはないかな」


「………はぁ」


「破棄されているカリブンを再利用してこの街を再び潤いで満たすのだ、次世代にまでお前さんの名前は語り継がれるだろうて」


「ですから、そもそもぴゅーまと呼ばれる生き物に関して安全性が確保されておりませんので、そのような事は私共ではなく政府に問い合わせをしてください」


「そのために儂らの後ろ盾になってほしいとお願いをしておるのだよ、いきなりこんな話しを持ち掛けたところで誰も聞く耳を持たんだろう?」


「…えぇ、ですから、私共には政治を行える力はありませんので…」


「そうかの?セルゲイは特殊部隊とこの街を仕切っておったのだろう?破棄された軍事基地の身元引き受けはお前さん達だ、実権を握ったと解釈しても構わないだろう」


「…」


 目元はそのままだが、口元が変わった。


「違うのか?」


 さらに問い詰めると目元も変わった。やり過ぎたかもしれない。


「これ以上の発言は…考えてから口にしていただきたい」


「そのようだな」


「そもそもですね、私達も突然の軍事基地の破棄には迷惑しているのですよ、業務の引き継ぎから基地の維持まで、何にも良い事などありはしないんです」


「だが、ビーストの襲撃はもうないのであろう?中層に展開している特殊部隊が殲滅したと第二部隊の者から聞いておるぞ」


「だったら先程の爆発は何でしょう」


 そうは言いながらも手元に置いてあった端末を素早く操作している。

実権を使って何かしらの利益を得ていると考えていたが、どうやら違うらしい。純粋に基地の掌握を任され迷惑をしているだけのようだ。


「今のは何かね?」


「何とは?」


「端末を操作しておったようだが」


「………身内の恥をさらすようですが、彼ら特殊部隊から得られる情報というものが皆無なのです、何せ総司令に任せっきりだったものですから」


「ふむ…」


 あの男は余程の秘密主義者のようだ。


「ならばもう一度尋ねよう、お前さんが英雄になるつもりは?」


「後ですね、何故貴方はそんなに偉そうな態度が取れるのでしょうか、この私が会って話しを聞いているだけでも有り難いと思っていただきたい」


「確かに、人と交渉するのは何せ何百年ぶりだからな、礼儀を忘れていたよ、いやすまない」


 足を組んで椅子にもたれながら、そう謝罪した。相手も儂の取った態度に心底嫌そうに溜息を吐いている。


「儂にも引き下がれない理由があってな、お前さんにはとことん付き合ってもらうぞ、なぁに時間はあるんだ、これから仲良くやろうではないか、もしかしたらお前さんが負った火傷も帳消しに出来るかもしれんのだ」


 これで分かったかな?儂がふんぞり返っている理由が。思惑通り伝わったようだ、他所向きの視線も態度もかなぐり捨てて睨むように儂を見ていた。



✳︎



 月明かりを頼りにひたすら歩く、当てもない、暗い道を。何処へ行けばいいのか、何処へ行けば許されるのか、何処へ行けばこの気持ちから逃げられるのか。何処へ行けば...


「うぅ…ぐすっ、うぅ」


 また、涙が溢れそうになった。何回泣いても涙が出てくる、建物の合間にあるこの道のように私の心も暗いままだ、そして苦しい。私のせいで死んでしまったあの女性とお猿さんを思うと...


(私のせい…私のせいで……)


 冷んやりとする壁に手をつきながら月明かりのおかげで何とか見える道を歩いていた、あの場所から逃げ出して途中何度も人にぶつかりながら一生懸命走ってきた。


『あんたはね、誰かの子供でもなければ、誰かが待ってくれているわけでもない、あのまま消えた方が………』


 プエラさんのあの時の言葉が何度も頭の中に甦ってくる。その後にナツメさんに抓られて間抜けな声を上げていたけど、今の私にとっては真理のように思えてしまう。消えた方が良かった...私がここに来なければあの女の人は死ぬ事はなかったんだ。それなのに、私が手を取り合いたいと願ったばかりに悲惨なことになってしまった。


「…」


 歩くのも嫌になってきた。どうして私の体はマテリアルなのだろうと、作ってくれたグガランナお姉様の優しさも忘れて醜くも呪ってしまった。「普通」の体だったら今頃はとうに死んでいるはずだ、斬り付けられた頭の傷もいつ間にか塞がって回復しているようだ。

 ここが何処かも分からない。上を見上げても頼りない月が浮かんでいるだけ、前を見ると建物の壁が途切れ少しだけ明るい。あそこまで歩いたら、もう、立ち止まってしまおうと思い再び足を動かす。


「こんな所にいたの」


「!」


 どこからともなく女の人の声がした、壁に反響して伝わり居場所がまるで分からない。


「怯えなくてもいいわ」


「だ、誰ですか……」


「あなたの本当の生みの親、とでも言えばいいかしら」


「ティアマトさん………ですか…」


 きっと違う、けれど生みの親と言われてもティアマトさんの名前しか出てこない。


「いいえ違うわ、そうね…アヤメの友達かしら」


「…」


「あなたにとっておきの場所を用意してあげる、興味はある?」


「とっておき………?」


「そう、誰も悩まない、誰も苦しまない、そんな素敵な場所よ」


 私の胸の中にも頼りない月明かりが照らした。


「そんな場所、あるはずが……」


「まだよ、その場所に辿り着くためにはあなたの協力が必要なの」


「私が……ですか?」


「行く当てがないのなら来てみない?きっと後悔はしないわ」


 大きなタンクのような、錆びついて少し臭い匂いがする所で足を止めた。壁の切れ目まではあと少しの所だ、そして照らしてくれていた月も雲に隠れてしまい何も分からなくなった。道も、向かう場所も、私の心も。


「それは……」


「それはやめてもらおうか、惨い世界しか待っていない」


「?!」


 あの男の人の声だ。今度ははっきりと聞こえた、少し反響はしているが後ろから聞こえてきた。体が竦んでしまいまるで言うことを聞かない、本当は逃げたいのに足が動かない。


「テンペスト・ガイア」


「何かしら、邪魔しないでもらえる?」


「ふざけた事はもう終いにしろ」


「私は私の仕事をしているだけよ、あなたにとやかく言われる筋合いはない」


「そんなに虫共に支配させたいなら他所でやってくれ、ここはお前の箱庭ではないんだ」


「虫?」


「…」


 二人の会話を耳にしながらも逃げ出す機会を伺っていた。そしてようやく地面にくっ付いたままだった足を動かすこと出来た。

 しかし、足に熱湯をかけられたような、神経までもが熱せられたように激痛が走って転んでしまった。何かに足をぶつけたと思い見やると赤い血が流れていた。


「そこにいるデータを使うつもりなのだろう?」


「…」


「そうはさせない」


 雲に隠れていた月が再び姿を現し、男の人が手にしていた物をきらりと反射させた。それは赤い血と細長い筒が付いた拳銃だった。あれで私の足を撃ったのだ。


「ひっ……もう…やだ、やだぁ!!」


 もう懲り懲りだった。そんなに消えてほしいならさっさと撃ってほしい。願ったりしないし泣いたりもしない、プエラさんに言われた通りに消えてやるから撃って。


「大丈夫よ、心配しないで」


「っ?!」


 破裂音。最初は私が撃たれたと思ったけど違うらしい、あの臭い匂いがするタンクが破裂したのだ。私がさっきまで立っていた場所に男の人が拳銃を構えて立っていたので、淀んで黒くなった液体がもろにかかっていた。さらに水圧の影響もあってか勢いよく噴き出した水に身動きが取れないらしい。


「くそっ!」


「さぁ、今のうちに」


 言われるがまま壁の切り目へと這いずるように走っていく、片足は変わらず痛いままで思うように動けないがそれでも走った。

 また、月が隠れてしまったけど、もう迷うことはない。出口がすぐそこにあるからだ。



46.d


「テンペスト・ガイア、奴が立てた計画が唯一の異端と言ってもよい」


 タイタニスと話し合いはまだ続いていた。

場所は変わって一階エントランスのソファルームだ、テーブルには簡単な食事が用意されてそれぞれが思い思いに食べ物を口にしながらタイタニスの話しを聞いている。かくいうわたしもお気に入りのスナック菓子をぱくぱくと食べていた。


「異端とは?」


「異端とは、言うなればこのテンペスト・シリンダーを運営にするにあたって定められた思想から外れている、ということだ」


「言葉の意味を聞いたんじゃないよ」


「む、そうか」


「いや、合ってもいるが…つまりは?」


「バグ、お前達が始末してくれたあの異物にここを支配させる計画を立てているとグガランナから教わった」


「…」

「あれに?あれが支配する?」

「…」


 三者三様の反応をしている。ナツメは口を開けているし、テッドは眉を釣り上げているし、アヤメは下を向いていた。


「アヤメ?」


 わたしの呼びかけに応える前にナツメが口を開いた。


「支配とは?」


「詳細については不明だ、ディアボロスが過去にその計画を嗅ぎつけたのが事の発端らしい、だから奴は人間駆除機体なるものを使いメインシャフトに人が住んでいた時代から殺戮を行っていた、ということになる」


「……辻褄が合わないのでは?支配させるのを拒むなら、私達ではなくあの敵を殺戮するのが筋だと思いますが」


 全くもってその通り。


「そうだな、だが、資源の問題が残っている」


「…」

「…」

「…」


「…」


「…」


 皆が一様に黙り込む。

そこで先程下を向いていたアヤメが口を開いた。


「……テンペスト・ガイアさんは私に…自我を消して何も悩まず叶えられない望みも無かったことにすると……そう言っていました」


「奴が?お前に?何処でだ?いつ会ったのだ?」


 タイタニスも面食らったようでわたしも驚いていた。マキナであるわたしもまだ一度も会話なんてしたことがないテンペスト・ガイアと、何故アヤメが、それにその内容はレガトゥム計画について話しているのではないだろか。

 矢継ぎ早に質問されてアヤメが困惑している。


「アヤメは仮想世界で大学に通っていたんだよね?もしかしてそこで?」


「う、うん、そう、下層の建設現場でね、教えてもらったんだ…付いて来てほしいって言われたけど……断った」


「タイタニス、アヤメの話しは……」


「レガトゥム計画とやらの………む」


 そこでタイタニスの動きが止まった。目ん玉がちかちかと点滅している。


「タイタニスさん?」


「目が光っているようですが」


「む、少し待て、カーボン・リベラに異常があった、誰かが我のナビウス・ネットから無断で操作を行ったようだ……………」


 待てと言われたら待つしかない。話し合いが中断となって緊張間があった場に一息吐ける空気が漂い始めた。わたしも心の中で溜息を吐くとアヤメがいつもの調子で話しかけてきた。


「アマンナ達は…大変な事で悩んでいたんだね、全然知らなかったよ」


「へ?」


「いやしかしだなぁ…ディアボロスというマキナの行動は許せるものではないぞ」


「資源が足りないから、消費する側の人間を減らしましょうって…」


「やり方が強引すぎる」


「それで亡くなった方は浮かばれませんよ」


「でもなぁ…こうして私らが生きてこられたのもマキナのおかげだし、タイタニスさんの仕事を思うと……んむぅ……」


「何でナツメが悩むのさ、皆んなの問題でしょう?」


「お前…私達が何のために特殊部隊に身を置いていたのかもう忘れたのか?ビーストから街を守るためだぞ?何とも思わなかったのか?」


「……そりゃまぁ……」


「私はな、取れるなら仇を取りたいと思っている、私の家族も、何人もの人が殺されたんだ」


「けど、相手はここを運営しているマキナ……ですし……」


「何故だ?何故ディアボロスはこんな事をしたんだ」


 わたしも何か言わないと、そう思って焦りはするが何も言葉が出てこない。何故なら...


「アマンナはどんな仕事をしていたの?」


「うぅえぇ…」


「ぎゃああ?!アマンナ?!」

「汚っ!何やってるんだ!!」

「アマンナ?!どうしたの?!」

「静かにしてくれないか」


 さっきから胃がひっくり返りそうな程に緊張していたのにアヤメに止めを刺されてしまった、おかげで慣れない胃痛に中身を...

 「仕事」をしたことがないために何も言えず、ただ座っていただけのわたしは居た堪れなかった。


(わたしも何かしよう、甘えて遊んでばかりいても皆んなの役に立てない……)

 

 結局のところはそれだった。仕事がしたいんじゃない、これだけ優しくしてくれた人達に報いたいと、少しは治った胃痛と共に考えていると再びの闖入者が現れた。


[やぁやぁ諸君、随分と寂しいじゃないか、せっかく労いの言葉も考えていたというのに僕を忘れてほっぽりだしてしまうなんて]


「この声は……」


「あの絵画からか?」


「ゼウス?何の用」


 通信機能が加えられた絵画から、無責任ゼウスが会話に割って入ってきた。誰からも歓迎されていないというのにマイペースに話しを進めてくる。


[何の用とはまた随分な挨拶じゃないか、せっかく有用な情報を持ってきたというのに]


「それ、わたしらに何かさせたいだけでしょ」


[そうとも言うけどね、グガランナ・マテリアルを運ぶ際に作った貫通トンネルに動きがあったみたいでね、是非君達に調査に出向いてほしいのさ]


「貫通トンネル?」


[そう、下層から中層に続いているシリンダー内のトンネルのことさ、そこにエネルギーもしこたま流れているみたいだし?ノヴァグ達の巣窟になっている可能性が高いのさ]


「待って、ゼウス、今何て言ったの?」


[ノヴァグ、哀れな失敗作、テンペスト・ガイアが生みの親たる次世代の種族さ]


 仮想世界で仲良くなったマリサと同じことを言っている。偶然だろうか...


「…それは本当か?」


[証明する手段はない、信じる信じないは君達に任せるよ、ただ…放置するのは………良くないよね?よりにもよって貫通トンネルにいるんだ、下層にも中層にも好きなように侵略する事が出来る位置なんだ]


「なら、私達がクモガエルと呼んでいたあの敵の名前は…のぶぁぐ?」


[クモガエル!いいね、そのセンス!僕はそっちの方が好きだけどね]


「どうしてこの、のぶぁぐを作ったんですか?」


[さぁね、それこそ僕だって君に聞きたいよ、君は仮想世界でテンペスト・ガイアと会ったことがあるんだろう?何か言っていたかい?]


「……自我を消して何もかも無かったことにすると……」


 あれだけ好き勝手喋っていたゼウスが黙った。


[……………………]


「それと、こののぶぁぐがどう関係しているんだ?」


「さぁ……あの時は話しの途中に大型のカエルが襲ってきたからそれどころじゃなくなって…」


 何だそれ、初めて聞いた。途方もない光景だったに違いない。


[あぁ、それ僕だよ]


「はい?」


[テンペスト・ガイアが乗っ取ったティアマトの仮想世界に、カエル型のハッキングコードを打ち込んだのさ、それで何とか防壁を突破して……ってあれ?聞いてるの?]


 太ももに肘をついて両手で顔を覆っている。そして小さくかぶりを振り続けているので、あれは怒っているな。


「ゼウス、ほんと嫌われるのが得意だよね」


[いやいや、これでも僕なりに彼女を救ったんだよ?それなのに君もマギリもカエルから逃げるし、結局最後はティアマト達にお願いして回収してもらう羽目になったし……]


「ありがとうございます、ゼウスさん」


[どういたしまして]


 平坦な声でお礼だけを言う。あのアヤメが...


[と、言う訳でだ、早速調査に出向いてほしい、僕から君達にプレゼントを用意したから一番近い駐機場へ向かってくれたまえ、プエラ・コンキリオにもよろしく]


 通信が切れた。

その後寄ってたかってタイタニスが文句を言われて、必死になって「あんな奴と一緒にしないでくれ!」と弁明していた。



✳︎



 人使いが荒いにも程がある。あれだけタイタニスさんに文句を言ってもまだ腹の虫がおさまらない。ナツメのつむじを見ながら少し身動ぎをする。


「窮屈」


「我慢しろ」


「それにしてもあのゼウスというマキナの方は本当に……」


「だからと言ってタイタニスさんに当たってしも仕方ないだろう」


 私に引っ付くように身を寄せているアマンナがお腹に手を回したままナツメに言い返した。


「一番文句言ってたのナツメだよね?」


「あぁそうさ、全く……」


 ナツメの太ももに手をついてバランスを取っているテッドさんも渋い顔をしたままだ。

ゼウスさんに言われた通り私達は一番近い駐機場へ、ナツメが操縦する機体のコクピットに詰め込むように乗り込んで向かっていた。とても窮屈。ナツメもナツメでさっきから私やテッドさんをチラチラと見てばかりいる。


「よそ見してないでちゃんと前を向いて」


「お前もいい加減に機嫌を直せよ」


「私のせい?よそ見しているのは私のせい?」


「アヤメさん、喧嘩を売るのは降りてからにしてください」

 

「いいよナツメ、降りてからもっかい話し合おうか」


「何も言ってないだろ!」


 変わり映えしない景色を暫く飛んだ後、遠くにフェンスで囲まれた広けた場所が見えてきた。下層も変わらず暗いままだ、いつになったら直るのかとナツメのつむじに息を吹きかけて遊びながら考えていると、


「お前らどう思う?さっきの話し」


「マキナについてですか?」


 私の息が鬱陶しいかったのか手で払いながら話しを切り出してきた。


「そうだ」


「ふざけんなって話しだよ、正直に言うと」


「だろうな、アマンナは?お前はどう思う?同じマキナだろう」


「あの……その話しは……ちょっと」


 言い淀むアマンナを不思議に思うが、私の背中に顔をくっつけているみたいで表情を伺うことが出来ない。


「ですが、こんな言い方をすると街中の人に嫌われてしまいますが……」


「あぁそうだ、奴らは奴らなりに考えての行動だろうな、一方的に責めることも出来ない、確かに資源の問題はそう簡単に解決出来るものではないだろうし……」


「いやでも……」


「だからと言って簡単にはいそうですかと納得も出来ない」


 ...同じ姿勢を取っているのが辛くなってきたので、ナツメの頭に手を置いて少し足の位置をずらしているとお腹を殴られた。


「で、お前は今まで何をしていたんだ十九番機、さっきから浮かない顔をしているが」


「うぐ……」


「どうせ大方遊び呆けていたんだろう、あんなに申し訳なさそうにしていたら誰でも気づく」


「こら!アマンナをイジメるな!」


「そう……ナツメの言う通り、何もしてこなかったから何も言えなかった」


 私の背中に押しつけたまま話しをしているので少しくすぐったい。


「なら、後は働くだけだな、自分だけ何もしていない惨めさはよく分かっただろう」


「……うん、よく分かった、けど、何をすればいいのか」


「それについては安心しろ、私達もよく分かっていない」


「は?」


 そこでようやく背中から顔を離して覗き込むように姿勢を変えた、そのはずみでお腹から足に手が移動してきたので少しびっくりしてしまった。


「言った通りだ、考えながら悩みながら、自分の為すべきことを探して働くんだよ」


「間違えてたらどうするの?」


「やり直せばいい」


「そんな…単純な……」


「そういうものだよアマンナ、僕達の仲間になってくれたら凄く嬉しい」


 微笑みながら話しかけているテッドさんに片手を上げて答えている。


「そりゃもっちろん!皆んなのために役に立ちたいからね!」


「それならいいさ、よろしく頼むぞ」


 ...ほんと、ナツメのこういうところは羨ましく思う。相手が気にしていそうな事でも遠慮なく踏み込んで、そして元気にさせるその会話の仕方、とでもいえばいいのか。私にはないものだ。

 ナツメの言った通り、さっきまでの元気のなさはどこかへいって、いつもの調子でナツメをいじり始めた。


「わたしのこと怒ってないの?さっき二人からキスしてもらえたから、まだ嫉妬しているのかと思っていたけど」


「…」

「…」


 私とテッドさんが目を合わせる。そして立ち位置的にもちょうど良いと目線での会話がすぐに終わった。


「そんな訳あるか、子供でもあるまいに……って何だ?やめろ!馬鹿!操縦している時にっ」


 二人同時に頬を挟んだので驚いたらしい、そりゃ驚くか。構わず頬に手を添えて口元を黙って近づけていく。


「分かった悪かった!さっきはやり過ぎたよ!いいから離れろ!」


 耳まで赤くしたナツメに満足していると機体が何かにぶつかり大きく揺れた、過ぎ去った後を見やると中央処理装置の一部が大きく凹んでいた。


「…」

「…」

「…」


 やってしまった?


「よし、クモガエルのせいにしよう」


 アマンナの言葉に一同が頷いたのは言うまでもないことだった。

そして、ようやく駐機場が近くに見えてきた。



✳︎



[ディアボロス、応答せよ]


 先程から返事がない。ナビウス・ネット特有の無音が脳内を支配している、まるで海の中にいるような、小波としての反応しかない。

 眼下には、技術者用の街に設置された人型機待機場に四人の人間が機体に群がっていた。真っ先に金虫を探したがどうやらあそこにはいないらしい、胸中に落胆と安堵が同時に去来した。

 いや...金色の頭をした虫が一匹紛れているようだ。


(もしや………違うな、あの女ではない)


 だが、この既視感は一体何だ?あの女以外に俺は知らないはずだ。虫に知り合いなぞいようものがない。あまりの滑稽さに自嘲してしまった。


(怯えているというのか?)


 落胆と安堵。相反するはずの気持ちの根底にあるのは、奴を求めているということではないか?


(馬鹿馬鹿しい)


 一匹の虫が白くカラーリングされた機体に搭乗していく。生意気にもノーズ・アートが施されている、「1」の数字と黄色の花だ。

 さらに別の虫達が次々に機体へと搭乗していく、「7」の数字に雲と刀の機体は青、「25」の数字は赤い花が一輪、機体の色は緑だ。赤く派手にカラーリングされた機体は「19」で白い花と紫色のベルがペイントされている、乗り込んでいるのはさらに金の色をした虫であった。


(ここで落とすか?今なら無防備に撃ち殺せる)


 「騎士道」という言葉が頭の中に突如浮かび上がり、持ち上がりつつあった右手をゆっくりと下ろしていく。何も卑怯な真似をせずたも簡単に落としてくれよう、そう自分に言い聞かせる。

 そしてようやく我が兄弟から通信が入った。


[すまないオーディン、しくじった]


[お前、俺に逸るなと言っておきながら、何があったんだ?]


[スイを取り逃がした、テンペスト・ガイアの庇護下に入ったらしい]


[それは不味いのでは?]


[あぁ、だからお前も早く上に来てくれ、一気に片をつけよう]


[しかしだ、今、眼下には人型機に搭乗している人間共がいる、奴らはどうする?]


[何?人間が人型機に?何故操縦出来るんだ、とっくの昔に技能は失われたはずだぞ]


[それは知らん、だが事実だ、お前が寄越したこのマテリアルから確認してみるといい]


[………………あぁ確認した]


[この場で始末するか?]


[やめてくれ、事に出るのは合流してからだ]


[………了解した、すぐに行く]


 静かに噴流を吐き出し下層の中央区へと機体を飛ばす、テンペスト・ガイアが仕向けた虫共は恐らく...あの人間共が始末したのであろう。虫が虫を殺すとは滑稽なことだ、手に持っていた小型電磁投射砲を腰に繋ぎ、さらに速度を上げて下層から中層へと繋ぐトンネルへと急いだ。

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