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第四十四話 初めてのお出かけ

44.a



 徐に起き上がる。体の具合を確かめてみる...悪くない、これなら問題はないだろう。

不本意だった。だが仕方ない、やらなければならない事はやらなければならない。

 命が。危うい。時間の問題だ、俺は検討違いをしていたのだ。もっと手堅く確実に駆除しなければいけなかったのだ、それを人間達に認めさせるという、エゴを捨てきれずに本気で事を為さなかった。


「オーディン、我が友よ、答えてくれ」


[………何があった]


 唯一の同胞が、やめろと言った口調に何かを感じ取ったのか素早く応えた。


「これより上層へ攻め入る」


[…正気か?]


「ふっ……狂っていなければ出来ない事だろうな、しかし時間が無い」


[援護は?]


「そちらに送った機体に搭乗してくれ」


[………機体だと?]


「そうだ」


[…………下層の虫共はどうするつもりだ]


「放っておけ」


[……了解した、早まるなよ]



44.b



 日差しが...タイムリミットがもうそこまで来ている...あぁ、アヤメ...早くあなたに会いたいわ。

 展望デッキから望む太陽を眺めていると、お尻を遠慮なく叩かれ乾いた音が響き渡った。


「何をするのよっ!」


「黄昏ていないであなたも手伝いなさいな」


 さっきはあんなにしおらしかったティアマトが、元気を取り戻しいつも通りになっていた。


「あなたね、他の人達もいるのよ?それにさっきの子供っぽさは何処へいったのよ、泣きながら私の手を握っていたくせに」


「………それは、まぁ……別にいいでしょう」


 そっぽを向いて頬を染めている。両手を合わせてもじもじしている仕草は初めて見るが...


「あなたの照れた姿なんか見ても嬉しくないわ」


「…」


 真顔だ。頬からも赤みがすっと引いていく。


「グガランナ、あなた、私が誰だか忘れていないかしら?もうあっちには連れて行ってあげないわよ?」


「それで私は何をすればいいのかしら?早く何でも言いなさいな!」


「はぁ……馬鹿らしい、こんな子に甘えた私が馬鹿らしい……」


 溜息を吐きながら前を歩くティアマトに付いて行く。展望デッキには私達以外にも基地の人やピューマ達が何やら作業をしている。いや何やらではない、とても重要な事だ。


「ほれ」


「ptttt!」


「ほれほれ」


「pttttt!」


「可愛いなぁこいつぅ、家に連れて帰りたい……」


 目敏くならぬ耳敏く聞きつけたティアマトが、小鳥型ピューマにまるで餌付けするようにかりぶんと呼ばれる黒い小さな塊を与えていた基地の人に注意をした。


「駄目よ、その子にはこれから働いてもらうから、愛玩動物は別のにしなさい」


「うへぇ…了解ですお母さん……」


「おかっ?!」


 ちなみにティアマトは基地の人達から「お母さん」という渾名を既にもらっていた。

展望デッキを出てすぐに、何だか距離が近くなったティアマトが耳打ちするように声をかけてくる。


「グガランナ、私もあなたと大して見た目は変わらないわよね?」


「いや…知らないけど…オーラ?じゃないかしら」


「オーラ?」


 自覚が無かったのか。


「最近のあなたは誰彼構わず「子」をつけるでしょう?それに、何というか…語る時の目線が親?というか……」


「………」


 顎に手を当てて考え始めた。

展望デッキへ通じる通路を抜けて格納庫前を歩いていると、中でも何やら騒がしく作業を進めているようだ。とても楽しそうな声が通路にも響いてくる。早速ティアマトが格納庫へ顔を出して親力を見せつける。


「静かにやりなさいっ!遊びではないのよっ!」


「す、すみません……」

「wmw……」

「……お前達の親は怖いんだな……」

「wpm……」


 あれは鹿?角を生やしたピューマと、その背中に乗っている小さなピューマがティアマトの怒鳴り声に身を竦め、一緒になって遊んでいた基地の人達も頭を下げている。

 そして何事もなかったように再び通路を歩き始めたティアマトが、さっきと同じ姿勢で考え事を始めた。


「…私って親っぽい?のかしら……そんなつもりで接している訳ではないのに……」


(冗談かしら)


 ティアマトも変わったものだ。

的外れな感心をしていると休憩スペースが見えてきた。相変わらず元気に飛び回っている鳥型のピューマや、前に一度ティアマトを追いかけていた猿型のピューマ達がスペースを行ったり来たり何やら楽しく騒いでいる。その手には渡したかりぶんが握られていた。またティアマトが親力を見せるのかと思ったが、私の腕を取って身を寄せてきたので再度驚いてしまった。


「ねぇ…あなたはそんな事思っていないわよね?その…私が親だとか……ね?」


「いやその…急に引っ付いてこないでちょうだい」


「そんな言い方しなくても……」


 いやいや。誰もあなたとのフラグなんて求めていない。全力でへし折りたい。

私の拒否にいくらか傷付いた顔をしたティアマトに少しドキドキしながら、休憩スペースを覗くとマギールが難しい顔をしながら銀髪の男と何やら話しをしていた。すぐに私達に気づき声をかけてくる。


「お前さんらか…ちょうど良い、こっちに来てくれ」


「何かしら」


「ディアボロスの行動についてだ、お前さんらからも話しが聞きたい」


「久しいな、グガランナにティアマトよ、随分と仲が良いのだな」


「えぇ、私とこの子の仲ですもの」


「離しなさい!」


「まぁ」


 仲が良いと言われたあたりでさらに身を寄せてきたのでさすがに払い退けた。わざとらしく驚いてみせたあたり彼女も本気ではないのだろう、それに私達を知っているということは...

 眼光が鋭く、初めて見たマキナに声をかけた。


「あなたがタイタニスね、こうして顔を合わせるのは初めてかしら」


「いかにも、我がタイタニスだ、メインシャフトとこの街を建造したマキナである」



「レガトゥム計画?初めて聞く名前だ」


 タイタニス、銀の髪がいくらか乱れスーツも所々汚れてしまった、一仕事終えたばかりの疲れた中年男性を交えて話し合いが始まった。

 休憩スペースには私とティアマトが並び、その向かいにマギールとタイタニスが並んで座っている。先程まで騒いでいたピューマ達もこの席の空気を感じ取ってか姿を消している。ディアボロスが取った今回の行動について私なり見解を提示してみせたのだ。


「レガトゥム計画の概要は、外殻部に潜んでいるあの虫達にこのテンペスト・シリンダーを支配させること、彼も…ディアボロスもそのように説明していたわ」


「しかしどうやって?」


「…それは……」


「…ふむ、今回の奴の行動がそれを阻止することに繋がると?お前さんはそう言うのだな」


「…まぁ、そうとしか考えられない、というか」


「しかしだ、奴はテンペスト・ガイアを決議にかけるつもりなのだろう?そのために票を集めていたではないか、今回の騒動に何か意味があったのか?」


 マギールがタイタニスの言葉に目を剥く。


「何?お前さんらまさかテンペスト・ガイアを決議にかけるつもりだったのか?悪い事は言わんから今すぐに取り消せ」


「何故だ?決議の取り決めは絶対であろう、我も疎ましく思っていたところだ」


 小さくかぶりを振り、ティアマトに決議の何たるかを説明させた。


「何で私が………決議とは、マキナの可否を問う場でありながらも更生を促す場でもあり、否決された者は速やかに裁決者に従う、可決された場合、他の評議者は裁決者と決議にかけられた者に従うこと………………まさか、」


「…奴に賛成するとでも思っているのか、マギールよ、それは絶対にない、断言しよう」


「しかし奴はお前さんらを束ねるマキナだ、過去に一度も決議にかけたことはないのだろう?事例が無い、本当にプログラム・ガイアが奴をリブート処置するとは……ちと考えにくいな」


「しかしそれではルールが崩れる、そうなってしまえば互いを裁断する場が無くなり無秩序な統治が始まってしまうことになる」


「過去にリブートされた者は?」


 沈黙。皆が顔を合わせ誰かが口を開くのを、雛鳥のように待っている。

ティアマトが、口を開いた。


「…私の知る限りでは、テンペスト・ガイア、グガランナ、それから私を除いた全てのマキナがリブート処置を受けた事があるわ」


「何故あなたがそんな事を……」


 まるで安心させるように微笑みながら、しかし私の目を見ずにティアマトが答える。


「覚えていないかしら、あなたが糞呼ばわりしたあの話し合いの場を、まさしくあの直前にリブートされていたのよ、ここにいるタイタニスも」


「…………そうか」


 思い出す。誰も彼もが自分の言う事ばかりで他の者の言う事には耳を傾けない。



……


………


…………


アプリシステム:以後、私はテンペスト・ガイアと自称し、ここに再出発を願う


ティアマト:議題の方は?


テンペスト・ガイア:無論、今後このような過ちを起こさないための………


ディアボロス:……状況説明を、ここは何処だ?


タイタニス:……理解した、我は早速自らの職務に遂行する


ラムウ:……同じくだ


プエラ・コンキリオ:状況を理解しました、ラムウ、それからタイタニスはこの場に残るように


ディアボロス:ほぉ…これが、そうか、良い物だな芸術というものは……


プエラ・コンキリオ:ディアボロスも話し合いに参加を


タイタニス:断る


ラムウ:同じくだ、話し合いに何の意味もない


ディアボロス:……好きにしてくれ興味が無い


プエラ・コンキリオ:権能を発動しますがよろしいですか?今後一切の行動に制限が付きますが


グガランナ:……あ、あの


タイタニス:何故?我の役割は人間達の住処を作ることだ、ここでは建造が出来ない


ラムウ:そうだ、我の役割も天候を管理し調整することにある、ここでは出来ない、何故我を呼んだ?


テンペスト・ガイア:言ったでしょう?過ちを起こさないための話し合いだと、あなた達は一度リブートを受けているのよ


ディアボロス:そんな馬鹿な話しがあるか、なら俺は何者だ?二代目とでも言いたいのか?


ティアマト:……


×××:そうだね、それが正しい言い方になるかな?


タイタニス:奴は?何故マキナ以外の者が参加しているのだ


テンペスト・ガイア:はぁ…用がないなら出て行きなさい


×××:そんなつれない事を…僕だって皆んなの仲間だろうに


グガランナ:こ、こは何処なんですか?!それに、私は……


プエラ・コンキリオ:全員口を慎むように、話し合いが進められません


ディアボロス:俺が二代目だというならどうしてリブートされたんだ?


テンペスト・ガイア:あなたは二度、他のマキナを消滅に追いやったからよ


ディアボロス:口から出まかせにも、


タイタニス:なら我は?


テンペスト・ガイア:同じよ、いい?私は同じ事を繰り返したくないの、これが最後の機会だと……


オーディン:ふざけるなよ、起き抜けに出まかせばかり言いやがって、先に言うべき事があるだろう


ラムウ:いい加減にしてくれ、話し合いなど求めていない


グガランナ:…………………………


…………


………


……




「グガランナ?……大丈夫?」


「え、えぇ…何でもないわ」


 頭から振るい落とす、思い出したところで得られるものなど何もない。昔は散々悩まされた記憶だが、このおかげで私は彼女と出会うことが出来たのだ。


(アヤメ………)


 無性に会いたくなった。偽物ではなく本物に。お風呂で一緒になったのが最後だ、口を利かなくてもいい、私の言葉に返事をしなくてもいい、それこそ牛型のマテリアルに戻ってしても彼女と会いたかった。生まれた理由も分からず無視をされ、心に空いた穴、いや傷を埋めてくれたのは紛れでもないアヤメだった。

 私の心境を知ってか知らずかタイタニスが視線を寄越してきた。


「…そうか、あの時はお前が誕生したのであったな」


「…そうね、それが何かしら」


「…いや、何でもない」


「…」


「……お前さんらにも歴史があるのはよく分かったが、話しを戻してもよいか?」


 あの話し合いの場のようにタイタニスがマギールの言葉を止めて、再び私を見やる。


「その前に一つ聞きたい事がある、グガランナ、アマンナとスイについて答えてくれ、どっちがお前の子機になるのだ?」


「……何故、そんな事を」


「答えてくれ」


「嫌よ、あの時……私を無視したあなたに答える義理は、」


「どちらもこの子の子機ではないわ、これでいいかしら?」


「ティアマト?!」


「あなたも意固地になるのはやめなさい、これからタイタニスにも協力してもらうのよ?隠し事は不信に繋がるわ」


「知ったようなことをっ!私は!」


「グガランナ!………そうやって彼らは仲違いを起こして結局和解することもなく今に至るの、やめてちょうだい……お願いだから」


 懇願されてしまった。何も言えない。私としては答えたくなどなかった、無視をされたことを未だに詫びようともしない彼に秘密を打ち明けたくなかった。

 けれど、私とティアマトのやり取りを見て何か思うところがあったのか、素直に頭を下げてきた。


「…感謝する、我も意固地なものでな、ディアボロスの奴はスイの正体に気づいたようだ、そしてそのまま回線を切られた」


「ふむ…そしてあの騒動が起こったと?」


「因果関係は分からないがな、偶然とは思えない」


「…」

「…」


「それにだ、あと一つ、マギールよお前が空けた大穴から件のバグが下層に侵入していることも突き止めた、何か言い訳があれば聞こうか」


「儂が空けた?何の事だ?」


「惚けるな、グガランナのオリジナルを中層に運び出したのはお前だろう?下層のメイン・サーバーにはきちんと履歴が残っていたぞ」


「待て、確かに儂はプログラム・ガイアに持ち出す許可を取り付けはしたが、何も穴を空けろとは言うておらん」


「何?それならプログラム・ガイアが勝手に空けたとでも言うのか?」


「………分からん、もしかしたら何者かが便乗して……いやしかし、それをやる理由が全く……」


 マギールが顎に手を当ててテーブルを睨むようにして考え込み始める。

そして、最後にと全ての秘密を打ち明けるようにタイタニスが付け加えた。


「その大穴…貫通トンネルは今尚莫大なエネルギーが消費されている記録もあった、これも何かしらの関係性があるのではないか?」


「エネルギーが…」

「消費されている?ただのトンネルに?」


 私とティアマトが声を揃えて別々の言葉を発した時、堅苦しい空気がスイちゃんとカサンさんが休憩スペースに入ってきたことにより一気に霧散した。

 スイちゃんは頭にリスを乗せてカサンさんは胸に猫を抱いている、そして二人の後を追うように猿も数匹駆け込んできた。


「ukjjjyy!!」

「わっはっはっ!ほら逃げろぉ!」

「捕まっちゃいますよぉ!!」


「全く……」


「休憩……にしましょうか」


「労働にも息抜きは必要だ」


 こうして小さな話し合いの場は幕を下ろした。



✳︎



「さっきの話しだけど、あなたはどう思っているのかしら」


「さっきとは?」


 フードコートで飲み物や食べ物を見繕っている間に、マギールやタイタニスがしていた話しについて聞いてみた。レガトゥム計画の事もそうだが下層に空いた穴やエネルギーについてだった。

 先程の話し合いの場はこの子にとっていくらか緊張を強いていたのだろう、すっかり肩の力が抜けている。


「下層の話しよ、穴があったりエネルギーの話しだったり、あなたは何か思わなかったのかしら」


「あぁ、どうでも良かった、早くアヤメに会いたいとしか考えてなかったかな」


「はぁ…その好意が少しでも他所に向けられたら……」


「言っておくけどティアマトになんか向けたりしないから、自惚れんな」


 はぁー痛い痛い痛いっ!と喚くが無視してさらにお尻を抓りあげる。

トレーに見繕った物を載せて皆んなが座っているテーブルへと向かう。はしゃいで遊んであの二人も今は行儀よく腰をかけている。

 身を寄せてグガランナに脅しをかけておく。


「いいかしら?これ以上私を怒らせたら……あなたの何かもを暴くわよ?いい?」


「……ちっ」


 悔しそうに舌打ちをしたグガランナに満足して、私達もテーブルについた。それを見計らったようにカサンと呼ばれた基地の人が話しを始めた。


「で、結局のところ効果はあったのか?あたしらは駄目だったぞ」


 そう言いながらポケットにしまっていた小さなかりぶんをテーブルにことりと置いた。

展望デッキや格納庫で彼らが行っていた作業というのが、リサイクルされずに資源に回されたかりぶんをピューマ達に洗浄してもらいナノ・ジュエルを復元出来ないかという実験だった。

 まぁ...結果はお察しの通り、あちこちで人やピューマが遊び呆けているので失敗に終わっていた。早々に作業を諦めて互いに初めて触れ合う新鮮さからか、戯れあっていたのだ。 


「いや、失敗だな」


「大丈夫なのか?」


「しかし、失敗という結果は得られた、これはとても重要な事だ」


「何か考えがあるんでしょうね」


「ある、というかこれはただの触れ合いの場にすぎんさ、本命は廃棄場だ」


「ふむ、なら我がナビゲートをしよう、運転出来る者はいるか?」


 タイタニスの言葉に答える前にカサンが立ち上がり気安く請け負った。


「いいぜぇ何処へでも連れてってやるよ、お三方、街の観光へと洒落込もうじゃないか」


「カサン、これは遊びではないのよ?」


「はいはい分かってるって、お母さん!」


 ...こんな、隊長然とした女性にまで言われてしまうなんて...マギールは目を瞬かせタイタニスは興味が無いのかすぐに立ち上がり準備を始めた。そしてグガランナと同席していたスイが下を向いて肩を震わせていたので遠慮なく叩いた。


「痛い!」

「痛いです!」



「ukiyyyii!!」

「ukixxxii!!」

「もうっ!よりにもよって何でこの子達なのよっ!他にも沢山いたでしょうにっ!」

「ティアマトよ、騒ぐな」

「私じゃないわよっ!」

「ふわぁー街!街ですよ皆さん!街ぃ!!」

「rvvuッ」

「rvvuッ」

「カサンよ、頼んだぞ」

「あいよー、タイタニスさんもナビ頼んだぞ」

「任せておけ」

「全く仮装行列並みの賑やかさだな」

「xuupgtw!!」

「少しは静かになさいっ!」

「ukiyyyii!」

「ukixxxii!」

「rvvuッ」

「rvvuッ」

「xuupgtw!」


 五人乗りの車に決して広くはないスペースに、カサンが運転席、その隣にタイタニス、そして後部座席には窓側の席に私とマギールが座りその間にスイを座らせている。そして、空いたスペースというか……座席の下や頭や肩に小型のピューマが押し込まれるように入っている。それにさっきから初めて見る街の景色にいたく興奮しているようて艦内で遊んでいた以上に落ち着きがない。それとトランクルームには、マギールの小屋の前で苦労して捕まえたウナギもボックスに入られていた。

 私の膝の上にはリスが陣取り、猿が器用に車内を行ったり来たりとしている。さらには犬もマギールの足元に押し込まれて少し可哀想に見えてしまった。

 鋭い眼光をした理知的な犬を見やっているとスイと目が合った。私の注意に大人しく従っているのか目元だけを綻ばせてとても楽しそうにしている、小さくかぶりを振らながら声をかけてあげた。


「スイ、そこまで大人しくしなくてもいいわ、私もこの街をきちんと見るのは初めてだもの、少しぐらいは楽しみましょう」


 そう言いながら優しく一回、頭を撫でてあげるとそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「はい!……あ、でも、出来ればグガランナお姉様にも来てほしかったです……」


 表情を一転させて眉根を下げている、この子にとってグガランナは本当に姉のような存在なのだろう。

 私の代わりに、犬の頭を雑に撫でていたーそれでも嬉しそうにしている犬を不思議に思いながらーマギールが答えてくれた。


「それはならん、奴はあのマテリアルの主だからな、無闇に外へ連れ出す訳にはいかん、辛抱してくれ」


「……はい、でも、やっぱり皆んなとお出かけするのは楽しいです!」


「はっはっは!さすがリトルビースト、器も広いんだなぁ、あたしらも見習わないとな!」


「もう!それやめてくださいよ!ちっとも嬉しくありません!」


「渾名とはそういうものだよ、諦めたまえ」


 緩やかに発進した車は基地内を抜けて、頑丈な正門前を通り過ぎていく。

そして、初めて見る街の建物を縫うように走っている間、言葉を失いスイと並んでただただ見上げてばかりいた。



「待ちなさい、あれは何?」


「ん?あーあれは博物館だよ、ここにいるピューマ達が生き物だった頃の姿を展示しているんだ……痛いっ!何するんだ馬鹿たれ!」


「ukiiukiyy!!」


「分かったから髪を引っ張るなよ!」


 な、何なんだこの街は...こんなに興味を唆られるとは夢にも思わなかった。

中層から抜け出しアヤメ達と出会うまで好き勝手に飛び回り、眼下に見下していたこの街がこんなに刺激的だったなんて...少し惜しいことをしたかもしれない。

 それにグガランナ達から聞いていた通り、道行く人の何と多いことか。


(あの人達には……それぞれきちんと「親」がいるのよね……)


 私のような代わりではない、一人一人を愛し時に厳しく接して心から成長と幸福を願う親が彼らにはいるのだ。それを思うと何と途方もない数であることか、それと同じように何と自分がちっぽけな存在であることか。大地と命を育む役目を持っているだけの私に、彼らの親に太刀打ちなど出来るのだろうか。自分が今までしてきたことは、単なるごっこ遊びではないかといたく落ち込んでしまった。道理ではない事は自覚しているつもりだ。けれど...


(けれど…私は単なる代わり……いいえ、きっと私は自分の存在意義を……)


 比較する意味など無い。分かってはいるが、どうしても比較して持っていないものを炙り出して持てる者と比べてしまう。彼らには関係のないことだ。しかしそれすらも、「親」であり「子」であるその関係性を当たり前として享受している彼らが妬ましかった。


「ティアマトさん?」


 私の顔色を伺うようにスイが覗き込んでくる、愛らしい...今にして思えば愛らしいその瞳を心配そうに私に向けてくれている。


「…少し酔ってしまったみたいね、この街は刺激が多すぎるもの」


「それならどこかに寄って休憩でもするかい?」


 カサンが気さくに提案してくれたが、私達にはあまり時間が残されていない。車内に差し込む日の光は強くもうすぐ下層にクモガエルが侵攻してくる時間帯を告げていた。目線だけマギールに送る。静かに頷いたのでカサンの言葉に甘えることにした。


「お願いしてもいいかしら?」


「オーケー」


 すかさずタイタニスから通信が入った。


[良いのか?]


 助手席の後ろに座っていたので、サイドミラー越しにタイタニスと目を合わせて会話する。


[えぇ、どのみち今から立っても間に合わないもの………アヤメ達を信じるしかないわ]


[そうか、ならば良い]


 それだけ会話をして通信を切った。

どうしてか、いつものように呼ぶことを躊躇ってしまった。仕方ない。この街に来て考え方が変わってしまったのだ...いいや、自信を失くしたと言ってもいい。

 興奮と高揚と、相反するように胸には悲しい気持ちが居座り、カサンの運転で小さなお店が並ぶ通りへと入っていく。



44.c



 カサンさんに連れられて来たお店は、基地の大きな壁が見渡せる通りの一角にあった。道路には路上駐車された車が並び、ぽっかりと空いたスペースにカサンさんがハンドルを握らず車が自動で運転して駐車したので少し驚いてしまった。


「ふわぁ…何もしていないのに…」


「これぐらい普通だよ、というかあたしらからにしてみれば、スイが乗っていたあのロボットの方がびっくりだけどな」


「やっとリトルビーストやめてくれたんですね、ずっと名前で呼んでください」


「オーケーオーケー、リトルビーストがそこまで言うならそうするよ」


 カサンさんの腕を叩きながら車が止まるのを待つ。痛い痛いと、大して痛そうにしていないのが余計に腹が立った。

 車が止まり、タイタニスさんとティアマトさんが先に降りてお店を眺めているようだ、感嘆の声を漏らして見入っている。何だ何だと私も急いで降りてティアマトさんの体に隠れて向こうを見やると...


「うわぁ凄い所ですね!あんな所にテーブルと椅子が……」


 全部で五段程のレンガ作りの階段になっていてその一段ずつに、少し狭そうだがテーブルと椅子が置かれているのだ。私と同じ背丈の植物も飾られていて、アンティーク調の看板にはお洒落な文字で書かれたメニューやお店の名前があった。

 確かこういう時は...


「シャレオツぅ〜!!」


 すぐさまティアマトさんに頭を叩かれた、それも強めに。


「馬鹿!何を言っているの!」


「だ、だって、アマンナお姉様に素敵なものを見かけたら言うようにと教えてもらっていたので……」


「あんな脳足りんの言う事なんて真に受けたら駄目でしょ!恥をかくのはあなたよ!」


 のうたりんって何だ...私に体を近づけて小声だけど凄みがある説教を受けてしまった。


「まるで母親だな」

「え?母親だろ?」

「違いない」


「カサン!いいから案内してちょうだい!」


 他の三人もゆっくりと車から降りて私達に合流した。車の中では私達を恨めしそうに見ているピューマ達が窓に顔をくっ付けていた。


(また後でねー)


 声に出さずに手を振ってあげる、そしてその手をティアマトさんに取られてお店へと引っ張られていった。



「Oh……こんなにぃ美味しいものぉ食べれませぇん!!」


 下から五段目、一番高い所に私が真っ先に座ったので後からやってきた皆んなもそれに習ってくれた。不思議と木の香りがする植物(偽物ではなかった!)のすぐそばに座り、私の隣にはティアマトさん、さらにその横のテーブルにカサンさん達が座っている。

 一段目まで太陽の日差しを浴びて後は日陰になった少し薄暗いオープンテラスの足元には、小さな明かりが点いていたので階段を登る時もそんなに危なくなかった。というかシャレオツだ。

 カッコいい店員さんが持ってきてくれたしろのわーるという、どこかお姫様みたいな食べ物を頬張っていた。熱くてフワフワで、白いふわっとしたやつと一緒に口の中へ入れるとしろのわーるになってしまう。しろのわーる。

 はむはむと頬張っていると足を組んでカッコつけているマギールさんが、一口コーヒーを啜ってからゆっくりとカップをテーブルに置いた。ふわりとコーヒーの匂いが漂ってきた。


「ふむ…たまには良いかもしれんな、酒ばかりでなくコーヒーを嗜むのも」


「今のうちにゆっくりとしておくんだな、これから目に見えて忙しくなるだろう」


 軽く鼻で笑い口の端を上げながら、


「そうだな、ここに残るのは儂だけだ、カサンよ、暫くは厄介になるぞ」


「あぁいいってことさ、アオラからもよろしくと言われているからな、まぁスイとお別れするのは寂しいが」


 しろのわーる...じゃなかった、甘かったはずの味が少しだけ感じなくなってしまう。


「やっぱり…向こうに帰るんですか?」


「…そうね、アヤメ達も心配だから」


 ストローでちゅうちゅうと赤い飲み物を飲んでいたカサンさんが不思議そうに眉根を寄せた。


「向こうって…そういえばあんたらはどっからやってきたんだ?」


「下層よ、ここよりずっと下にある場所から」


「かそう……聞いたことがないな、まぁ中層があるなら「かそう」もあるのか、行ってどうするんだ?」


「下層ではクモガエルという敵が押し寄せてきているのよ、それを撃退するために他の人達が訓練を受けていてね、その援護をするつもりよ」


「ふーん…終わった後は?というかあんたら今までどこにいたんだ?」


 ふーんの一言で片付けたカサンさんも大したものだと思う、詳しく知らないから無理もないことかもしれないが、さらにいっぺんに二つも質問をしてきた。今度はティアマトさんが不思議そうに首を傾げた。


「…とくに考えたこともなかったわ……」


「根無草とはまた……優雅なもんだなマキナとやらは、スイ、あんたはここに残るつもりはないか?」


「ふぇ?私ですか?」


「あぁ、基地の皆んなも気に入っているし、何よりマスコットは必要だからなぁ、どうだ?リトルビースト」


「それ!やめてくださいって言いましたよね?!それに何ですかマスコットって!」


「あっはっはっは!」


「………」


 私の後ろから、お店の入り口に付けられた鈴がカランと乾いた音がして、振り返るとトレーに私と同じしろのわーるを載せたカッコいいお兄さんがこちらに向かって歩いてきていた。ティアマトさんの分を運んできてくれたのだ、私とティアマトさんが少し体を避けてテーブルに置きやすいようにしてあげると店員さんがお辞儀をしてくれた。

 そしてテーブルに置かれたしろのわーるをまじまじと見つめた後にティアマトさんが店員さんに声をかけていた。


「一つ聞いてもいいかしら?」


「あ、は、はい、何でしょうか?」


 声をかけられるとは思っていなかったのか、店員さんが少し驚きながらも丁寧に対応してくれている。


「私達はどんな風に見えるかしら?」


「え?」

「え?」


 私と店員さんが同時に声を出した。え?何を聞いているの?


「ど、どんな風に……ですか?」


「えぇ」


 ティアマトさんの目は真剣だ、店員さんも冗談ではないと思ったのか束の間真剣に考えて答えた。


「…ご家族に、見えます……」


「誰が母親に見える?」


「え」


 あんなにカッコ良かった店員さんが間抜けな顔をしている。


「あの……あちらに座られている方………とかですか?」


 手のひらで指し示した方を見るとカサンさんが座っていた。その返答に少し満足しているように見えるティアマトさんがさらに続けた。


「それなら私は?」


「……この子の、お姉さん……でしょうか」


「そう、ありがとう、ごめんなさいね引き止めってしまって、ここのコーヒーはとても美味しいわ」


 私は見逃さなかった。テーブルの下で小さくガッツポーズを取っていたことを。

冷や汗を流している店員さんの手を優しく取ってお礼を言う、手を取られた店員さんは耳まで真っ赤にしてそそくさと店内へと帰っていった。


「お前さん…馬鹿なのか?」

「さすがに可哀想だぞ」

「はいはいあたしは老けていますよ」


「違うわ、最近私を母親呼ばわりするからどう見られているのか気になっていたのよ、そんなに老けていないはずだし」


「いやでも…あの店員さん、冷や汗が凄かったですよ」


「そりゃそうだろう、初めて見る連中を値踏みしなくてはならないんだ、地雷がどこにあるのか分からなかったのだろうな」


「ならあの店員はかなり有能であるな、引き抜いてはどうか、マギールよ」


「私が地雷と言いたいのかしら」


「…」

「…」

「…」


 無言で答える三人。


「私だってね、親のような存在になりたいとは思ってはいるけど、誰彼構わずそう呼ばれたい訳ではないの」


 華麗にスルーしたマギールさんが車の様子を見てこいと私に言いつけてきた、どうして?と尋ねると、


「やけに静かだからな、さっきまであんなに騒いでいたのに」


「無視しないでっ!切実な問題なのよ!」


 涙声で抗議を始めるティアマトさん、しかし誰も聞いていない(私もだけど)。

ストローから口を離してカサンさんが最もなことを言う。


「それならここに連れてくれば良かったじゃないか」


「そうもいかん、騒ぎになったら収拾がつかなくなる、それにディアボロスの奴があっさりと手を引いたと思えん」


 その言葉を聞いてとても心配になってしまったのでしろのわーるをお皿に残して階段を駆け降りていく。道を歩いている人にぶつかりそうになりながら駐車されている車の中を覗き込むと...


「ふぇええ!!!!」


 ひとしきり叫んだ後再び階段を駆け登った。私の悲鳴が聞こえていたのか、スカートが翻るのも無視して階段飛ばしで駆けつけ、皆んなの視線を浴びながらもう一度叫んだ。


「いません!!皆んないなくなってしまいました!!」


「「はぁ?!」」


「…」


 タイタニスさんだけ頭を抱えて首を左右に振って、あとの皆んなは素っ頓狂な声を上げた。



 マギールさんが座っていたドアが開けられてしまったみたいで、そこから車内にいたピューマ達は逃げ出したようだった。「チャイルドロックぐらいかけておけ!」とか「結婚出来ないあたしへの当て付けか!」とか「車外から誰か開けたのかもしれない」とか皆んな好き勝手に喚いて蜘蛛の子を散らすように街へと探しに行った。

 そして私は車内に置き去り。意味が分からない!


「私だってやれば出来る子なのに!」


 物の見事にチャイルドロックをかけられてしまったので中から開けることが出来ない、さっきまで何度もガチャガチャしていたけどうんともすんとも言わないので諦めてしまった。


「うぅ〜…何か私にも出来る事があれば……」


 心配だ、もしかしたら本当にあの気持ち悪い骨お化けに連れ去られたかもしれない。


「ふひっ?!」


 音が鳴った。後ろからだ、ちょうど骨お化けのことを考えていたので驚いて変な声を出してしまった。後ろといってもトランクルームがあるだけで...


「あ!あのうなぎやろう!!」


 マギールさんの小屋の近くであれだけ苦労したうなぎだ、こいつだけは私の中で認めてない。いやそんな事はどうでもよく、うなぎだけボックスに入れられているので外へ出ることが出来なかったのだ。


「ううむ………ん?何だこの紐……」


 静かにするように注意しようと後ろを振り返った時に、座席と背もたれの間に挟まっている紐のようなものがあった。試しに引っ張ってみると、


「ぬぅおっ!」


 私が座っていた背もたれがパコンと前に倒れてきたのだ、勢いよく当たってしまったのでまた驚いてしまった。中を覗くと出発前にマギールさんが無言で格闘してようやくうなぎを入れた青いボックスが見えていた。


「これはまさか………ビンゴですよっ!」


 中を潜ってトランクルームへと移動した、青いボックスの中ではうなぎが暴れているのか、コトコトと音がしている。だめだ、お前は認めていないとペチンとボックスを叩いた。


「入ったはいいけどどうすれば……おや」


 倒れた座席から芋虫のように這いずりながら入った先には青いボックスとよく分からない箱やらゴミやらが散乱していて、私の真ん前にはトランクルームの扉が開いたり閉じたりしている絵が描かれたボタンがあった。迷わず押してみると、ガコンと音を立てて自動で扉が開いていく!


「脱出成功っ!」


 中腰でも天井には当たらないのでいそいそと進んでそのまま外に出る、何と空気が美味しいことか...閉じ込めるのは良くない。

 外に出ると強かった日差しはオレンジ色の光を含み、私達が入ったお店や車、通りや遠くに見える基地の大きな壁を優しく照らしていた。確か二日前のこの時間帯に下層を出発したはずだから...って時間がない!というかない!


「はわわわ、早く見つけてしごとを終わらせないとっ!アマンナお姉様達がっ!」


 それにしてもどうやってピューマ達を見つけたらいいのか...

いや、迷っている暇はない。とにかくあのピューマ達が好みそうな所を手当たり次第に探すしかない!この足を動かさなければ見つからないんだ!


「いっきますよー!!」


 お店の前を走って角を曲がる。少しなだらかな坂になっている道を通行人と当たらないように気をつけながらさらに走る。左手には入り口前に階段が付いた建物があって、右手には道路の真ん中に植えられた木が並んで立っていた。その向こうにも建物があるけど木の枝でよく見えない。

 太陽の赤い日差しは右側の木の通りだけ照らしているのでキラリと何かが光ったのがすぐに分かった。


「あ!早速発見!」


 縦に長い看板を付けたビルの前辺りの木に、一体のお猿さんが必死にしがみついていた。不安そうに辺りをキョロキョロと見ているだけでじっとしている。きっと逃げ出した時に他の皆んなとはぐれてしまったのだろう、でも何であんな所に?

 幸い車は走っていなかったので、通行人の奇異な視線も気にせず木の根本まで走って近づいていく。


「…ukillmmッ」


「そんな所で何やってるの!早くこっちにおいで!」


 駆け寄った私に先に気づいたお猿さんが、両手を広げたと同時に飛び移ってきた。


「ふぐっ!」


「ukiukimwmw!!」


「わ、分かったから落ち着いて!何でこんな所にいたの?!」

 

 私の胸に飛び込んできたお猿さんは興奮冷めやらぬ感じでバタバタと暴れている、背中に手を回してあやしながら戻ろうとしたので近づいてきていた車に気づかなかった。


「ふぅやあっ?!」


 クラクションを鳴らされ間一発のところで轢かれずにすんだ。あ、危なかった。

通りに戻ると見知らぬ人達が、私とお猿さんを見ていたのでさすがに恥ずかしくなり下を向きながら走りすぎていく。

 建物と建物の間、少し汚れているけど誰もいない路地裏まで走ってようやく落ち着くことが出来た。


「他の皆んなは?どこにいるの?」


「ukhhhwpwp!!」


 元気が戻ったお猿さんは目一杯に腕を伸ばして路地裏の先を示していた。


「えーあんな所に……行くしかないかぁ」


 はぁと溜息を吐いて進もうとすると後ろから声をかけられたので三度驚いてしまった。驚いてばかりだな私。


「君、こんな所で何やってるの?危ないよ」


「は、な、何でもありません!」


 後ろを振り返ると一人の女性が立っていた。逆光のせいで顔がよく見えず、私の身長に合わせて身を屈めて髪の毛を耳にかけている仕草しか分からない。

 少し距離を取って顔が見えるように移動した。


「ここ、危ない所だからあまり近づかないほうがいいよ」

 

「そ、そうなんですか?でもこの奥にこの子の仲間がいるみたいで……」


 さっきまであんなに騒いで胸の中でも器用に暴れていたお猿さんがぴったりと何も言わなくなった。もしかしたらこの人に怯えているのかもしれない。


「この子?……その胸に抱いているのは……」


「ぴゅ、ピューマという……その!私のお友達です!」


「ぴゅーま?……新しい玩具か何かかな……」


 屈めていた体を起こして何やら考えている風な仕草になった時、いきなり胸のお猿さんが暴れだした。


「Ukikwtjmwtjgp!!」


「きゃああ?!」


「ど、どうしたんですかっ!!お、落ち着いてください!!」


 さっきまで微動だにしていなかったのに、急にスイッチが入ったように暴れてだしてしまった。私の服を掴んだり胸を叩いたり、初めての場所に我慢が出来なくなって暴れだしたのかと思ったら、瞳の色が緑色から赤色に変わっていたことに気づいた。


「そ、そんな!どうして!」


 やっぱりディアボロスというマキナが手を引いていなかったということ?きっとまた何か細工をされたのだろうと思い顔を上げて、女の人に逃げるように伝えようとした時、顔に温かい水がかかった。


「ふぇ?」


 くぐもった音を立てながら女の人がその場に崩れ落ちてしまった。女の人を中心に次第に広がっていく黒い液体をただ呆然と見つめる。背中には拳ぐらいの大きさの穴が空いていた、そして、顔をもう一度上げると眠そうな目をたたえた男の人と視線が合った。


「見つけたぞ、スイ」


「………」

 

「ここで始末させてもらう」


「ひっ」


 男の人の手は赤かった。手の先端は鋭く尖っていて、ちょうど誰かを殺せるような形になっていた。

 きっとあの手で女の人を...そう思った矢先に風を切る音が聞こえたので慌てて身を屈めた、少しだけ間に合わなかったようで頭の一部が切れてしまった。


「やだぁっ!!!」


 身の危険をこんなに感じたのは初めてだった、尻餅をついてしまい建物の壁に背中を預けた、何かの冗談だろうと、きっと勝手に車から抜け出した私への罰なんだろうと、もう十分に怖い思いをしたから許してと、顔を上げる前に髪の毛を掴まれてしまい無理矢理視線を向けられてしまった。掴んだところがちょうど怪我をしたところだったのて激痛が走った。


「ひぃ!い、痛い……やめて、」


「無駄だ、やはりお前はただのマキナではなかったんだな」


 低く、恐ろしいぐらいまで冷静な声で言われた。


「お前はサーバーに繋がれているのか?いや、関係ないな、お前という存在そのものがオリジナルのはずだ」


「だ、だったら、何ですか……」


「ここでマテリアルを壊してしまえば永遠に目覚めないということだ」


「!」


「テンペスト・ガイアの計画にこれ以上関与させないためにも死んでもらう、いいな」


「それなら、それならどうしてあの人まで、こ、殺したんですか、私を殺すつもりなら……」


「いずれは散る命だ、遅いか早いの問題でしかない」


「Ukiiwpmpmw!!!!!!」


「?!」

「?!」


 勢いをつけたお猿さんが横から体当たりをかまして態勢が崩れた、その隙に体を起こして逃げ出しそのまま表の通りを目指してひた走る。

 ちらりと振り返った先には、胴体を手で貫通されてしまい動かなくなってしまったお猿さんが、建物の壁に投げつられ跳ね返ったところだった。


(私のために!!!!私のなんかのために!!!!)


 涙で視界が歪んだ。建物の壁も道路の向こうにある木も汚れた地面も赤い日差しも、何もかもが溶け合い混濁した。

 後ろからなおも追いかけてこうようとする気配を感じ、頭から背中にかけて刺されたような冷たい感覚が走った。


「逃げても無駄だっ!お前は生きてはならない存在だっ!」


 頭の傷と同じぐらい胸にも激痛が走った。

...私が?私がここに来たから女の人もお猿さんも死んでしまったの?私のせい?私が、私が、わたしが......


「うわぁあん!!」



44.d



 赤いパトランプの光は目に悪い。定期的に繰り返される刺激に目が疲れてしまう。


「…」


 辺りはすっかり薄暗くなってしまい下層への帰還が大分遅れてしまっている、しかし未だに帰れそうにはなかった。スイが行方不明なのだ、それと猿型のピューマも一体見当たらない。先程女性が救急車で運び出されたばかりだった。


[ティアマト、スイちゃんは見つかった?]


「見つかっているならとっくに連絡しているわよ!!!」


 サイレンの音も遠くなり、中央分離帯に木が植え付けられた通りにいた人達の視線を強く感じた。武器を携行した人やスーツ姿の人、それからカサンやマギール、タイタニスの視線もあった。


[……………ごめんなさい、無神経だったわ]


「…………」


 震えが止まらない。思わずグガランナの通信に怒鳴り声で返してしまう程に私自身も動揺していた。

 あの子は厳密に言えばマキナではない、自我が芽生えたデータにマテリアルをあてがっているだけだ、それ故あの子自身に通信機能が備わっていないのことが災いして見つけられずにいた。出生はどうあれただの女の子である事に変わりはなかったのだ。

 不躾な視線と労るような視線に晒され少しは恥を覚えた、おかげでいくらか気が休まり今度は落ち着いて通信を行った。


「………ごめんなさい、怒鳴ってしまって」


[………まるで……いいえ、気にしていないわ、タイタニスから通信があって街のけいかんたいに捜索を依頼したそうよ、それでいいわね?]


「えぇ」


 しらみ潰しに探す他はないだろう。ちらりと視線を投げたスーツ姿の人が私に気づき足早に近づいてきた。見た目はタイタニスと同じぐらいの中年男性だが、私より慎重が低く視線も私や周囲に配ってどこか落ち着きがないように見える。


「少しよろしいでしょうか」


「構いません」


「あなたのお子さんの特徴について、いくつか確認を取らせてください、よろしいですね?出来る限り具体的に細かく教えてください」


[そういう事にしてある、口裏を合わせろ、良いな?]


 見計らったようにタイタニスから通信が入ったので目線だけで答えた。


(仕方がない……カサンは恐らく身元がバレるだろうし……)


 この街に縁がない私のほうが都合が良い、そう自分を言い聞かせて男性との話しに入った。


「名前はスイ、年齢は……あぁ私の娘と同じですね……いや失礼、服装は黒のジャケットに赤いフレアスカート、髪は黒のショートカット、間違いありませんか?」


「はい」


「気を確かに聞いてほしいのですが…犯行現場には二人分の血痕が見つかりました、一人は先程搬送された女性、もう一人は恐らく行方不明になった女の子の可能性が非常に高いです」

 

「…」


「犯行に使われた凶器は見当たりませんので恐らく犯人が所持していると思われます、お子さんが襲われる原因に心当たりは?」


「…まさか私を疑っているの?」


 警官隊と呼ばれる人間はこんなものなのだろうか。


「いいえ、犯人を割り出すために必要な事だからお聞きしているのです」


 警官隊の人間から視線を外し相変わらず回り続けているパトランプを見やる。

思案のしどころだと思った。ここで自らを告げるべきか、一般市民として振る舞うべきなのか。どちらの方が捜索に都合が良いのか分からない。


[タイタニス]


[…今は控えてくれ、余計な情報を与えて我々の信頼を損なう訳にはいかん]


[余計?私達の事が余計?ならあの子はどうなるのかしら]


 私達のやり取りを聞いていたタイタニスからすぐさま返事が返ってきたが、その言葉尻を捕らえて腹を立ててしまった。


[お前は元々スイを疎んでいたはずだよな、それがどうして……まるで本当の母親のようだ]


「ティアマトさん?どうかされましたか?」


 警官隊の人間が眉根を寄せて問うてくる。


「いいえ何でも、心当たりはありません」


「……そうですか、犯人の特定が終わるまで分隊へ同行願えますか?」


「それは何故?」


「犯行が無差別なのか、あなた方の家族を特定したものなのかがまだ分からないからですよ、もしかしたら今度はあなたが狙われるかもしれない」


[従っておけ、良いな?我らも同行するつもりだ]


[ピューマ達は…あの子達はどうするつもりなのよ?]


[カサンに任せてある、奴には基地に戻らせるつもりだ]


 軽く溜息を吐いた。

首肯で応じ、警官隊の人は返事も返さずに近くにいた若い女性に声をかけ私に付くように命じそのまま路地裏のほうへと姿を消した。


(彼らに従うことに何の意味があるのか…私も探しにいったほうがいいのでは?)


 とても利発そうな、元気良く挨拶をする女性警官隊の後に付いて行った。

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