第四十三話 リトルビースト
43.a
上層の街、カーボン・リベラと呼ばれる街は全部で二十二個の円盤があり、その上におしくらまんじゅうをしているように建物が建てられている。円盤同士は道で繋がれておりマギールさん曰く価橋という名前のトンネルがあるらしい。
私は初めて見る景色に興奮してしまい格納庫の壁を、人型機に換装していることを忘れて殴りつけてしまった。全体同期をしているお姉様から早速通信が入る。
[スイちゃん?!どうかしたの?!]
「い、いえ!すみません、つい壁に手が当たってしまいました!」
この艦体は、今や全体がお姉様の感覚と繋がれているのでどこを叩いても痛覚として処理されてしまう。気をつけないと。
[そう、それと悪いわね、嫌な人型機に換装させてしまって、コアルームのピューマを移動させている間だけだから我慢してね]
「はい!頑張ります!」
危ない、ガッツポーズを取った時にまた殴りそうになってしまった。
私の役目は人型機でピューマ達の移動を手伝ってあげること、それと二人のお姉様を迎えに来た前回の騒ぎでこの艦体がとても有名になったらしく、マギールさんからよからぬ事をしでかす連中がいるかもしれないからと、私に護衛をお願いしてきたのだ。
[それでさっきはどうして壁を殴ったのかしら]
少し意地悪を含んだ声で聞いてきた。きっと人のマテリアルだったら顔を赤くしているだろう、私は俯いて答える。
「あの、初めて見た景色だったので…前回は夜でしたし…ばたばたしていたのでちゃんと見ることが出来なくて…すみません」
[ふふ、そうねこの街は何度来ても驚かされるわ]
せっかく楽しくお喋りしてるのにマギールさんからの通信が入って中断されてしまった。
[スイ、外壁を超えて街に入ったら先んじて軍事基地へ飛んでくれ]
「はい」
[向こうには赤い髪をしたアオラという責任者が既に待機しているはずだ、それとタイタニスもだ]
「どっちも分かりません」
一つ文句を言ってから開け放たれたハッチから、外壁にぶつかり乱気流となって襲いかかってくる猛烈な大空へ身を投げ出した。
✳︎
「私の苦労は一体何だったんだ」
「事前に説明してあるのだろう?気に病むな」
「なら、あんたが持っててくれよこの端末、さっきからコールが鳴り止まないんだ、夢に出てきそうだ」
「生憎マキナは夢を見ないんでな、せっかくの申し出だが辞退させてもらう」
「それはアンドロイド……ん?あれは実際に見るのか?」
「知らん」
すっかり基地に馴染んだタイタニスと雑談をしながらグガランナ達の到着を、エレベーター前出口で二人肩を並べて待っている。携帯端末には各区長から再び宇宙船が現れたと私のところに電話をかけてきており、一枚噛ませろと利権の匂いを洗いもせずに一方的に捲し立ててくるので鬱陶しいことこの上ない。こっちは金儲けのためにやっているんじゃないんだ。
それに基地中の兵舎の中から好奇心に目を輝かせた奴らが野次馬のように私達を見ているのも鬱陶しい。見る暇があるなら少しは手伝え。
何度吐いたか分からない溜息の後にタイタニスが声をかけてくる。いい加減に釈放してほしいのだろうがそうはいかない。
「アオラ、今回の引き渡しが終了した後は下層へ戻らせてもらうぞ、ナツメとの約束も果たさないといけないからな、いいな?」
「その後に戻ってきてくれるならいいぞ」
「………………………………」
「お?夢を見ないアンドロイドも嫌な顔をするんだな」
「…………我はマキナだ、架空の生命体と混同するのはやめてもらいたい」
「ならマキナさんよ、戻ってくれるんだろ?」
太くて整えられた眉に縦のしわを刻んでいるだけで何も言わない。こいつは最近になってよくこんな顔をするようになった。
「修理費を時価総額に換算した結果…我は後三年間もここに勤めねばならぬというのか」
「そんだけ働いてくれたら十分だ、期待しているよ」
ごつくて固い、女とはまるで正反対の肩を軽く、だがしっかりと叩いて励ましてやる。
こいつには私の代わりに基地の仕事をさせている、トラブル対応から各施設の点検から消耗品の交換から何から何まで。こいつが分かる事全てを任せていた。
「アオラ…」
「これが仕事というものだよタイタニス君、君もこれで立派な社会人だ、私達は皆ローンという名の生きる楔から少しでも逃れるために働いているのさ」
「よく分かった……ならば雇用主よ一つ相談がある」
「言っておくがあんたの賃金は全部修理費に回しているからな、びた一文出さないぞ」
「…………」
マキナも溜息を吐くんだな、ぜひとも件のアンドロイドにも見せてやりたい。
あれだけしつこく聞いて言質も取ってあるんだ、正直車ぐらいなら今の責任者代理の権限でいくらでも代わりは用意出来るが、貴重な労働力である部下まではさすがに無理だ。壊した責任としてタイタニスにはここで思う存分働かせる魂胆だった。
けどまぁさすがに無給というのも、働き甲斐が生まれずモチベーションも下がる一方なのは間違い。
「あんたも金が欲しいのか?マキナなのに?」
「成果が欲しいのだ、確かに我は働いたという実感が持てるものを所望する」
「なら私の体はどうだ?男に抱かれる趣味はないが、あんたなら特別に許してやってもいい」
「…………………正気か?二つの意味で問うがアオラ、貴様は正気なのか?」
「一つ目は?」
「魅力を感じることが出来ない」
「ぐぬぅ」
結構ダメージが入ったのが不思議だ。
「もう一つは男に抱かれる趣味がないという言葉が支離滅裂だ、お前は女だろう?」
「あぁ、私は女が好きなんだよ、男には興味がない」
「何故?」
「昔色々あったんだよ、イチモツを見ただけで発狂してしまいそうになるんだ」
「いちもつ?」
「知らないのか?」
黙ったタイタニスの瞳がちかちかと光っている、最初は故障かと思ったが脳内にあるネットで検索していると後から分かった。
「……………………………何と下品な例え方なんだ、尚のことお前に魅力を感じなくなってしまった」
「それは結構、ドライな関係を築こうじゃないか」
「………何やら大切な事を忘れているような…………ん?どうやら来たようだな」
昔にあった反吐が出そうな記憶に引っ張られそうになった時、タイタニスが上空で何かを見つけたようだ。そこには人.........んん?人?!あれは人か?!何で空を飛んでいるんだ...
慌てて隣を見る。
「あれは何だ!どうして人が飛んでんだよ!」
「あれは人型機だ」
「おいおい、もうこれ以上街に話題は提供しなくていいんだぞ……」
再び私の端末に鬼電が来ることは疑いようのないことであった。
✳︎
乱気流に揉みくちゃにされながら何とか目的地の上空までやって来ることが出来た。星型に作られた壁?建物の大きな広場は確かにグガランナお姉様が停泊出来そうな程に広い。それに基地の中央にある塔の前には二人の人間が立っていた。一人は赤い髪をした女の人でびっくりしているような、呆れているような変わった表情をしている、もう一人は銀の髪をオールバックにした厳しい顔をした男の人だった。怖い。
地上から五十メートルあたりの高度になった時男の人から通信が入った、きっとこの人がタイタニスと呼ばれるマキナの人だろう、思った通りに低くて怖い声をしている。
[お前は誰だ?グガランナ達がここに来るはずだが、使いの者か?]
怖い!
「は、はい!そうです!グガランナお姉様の言いつけでやって来ました!スイと申します!」
頑張って答えたのに返事がない。
「あ、あの?」
[……いや、何でもない、直に到着するのだな?]
「はい!」
[ならば良い、着陸して待機してくれ]
「りょ、りょうかいしました!」
会話しながら近づいていたので、二人が立っている場所はもうすぐそこまで迫っていた。排気ノズルを下へ向けて着陸態勢に入る、激しい気流を受けて目前に立っていた二人が顔を覆うように腕を上げたのが、何だか申し訳なく思ってしまった。
ゆっくりと着地して徐々に出力を落としていく、いっぺんに落とすと次に起動した時にエンジン内に燃焼が終わった空気が残ってしまって立ち上がりが悪くなるためだ、音も静かになり気流が収まる前から赤い髪をした、アオラという女性が小走りで駆け寄ってくる。
「はぇー……何だこいつはぁ!カッコいいなぁ!なぁタイタニス!お前よりカッコいいぞ!」
(カッコいいって…)
無理もない?目を輝かせて私をじろじろと見ているのは無理もないことかもしれない、きっと初めて人型機を見るのであろう。
「余計なお世話だ」
スーツ姿にロングコートを着ているタイタニスさんは...言っちゃ悪いが普通の人には見えない、いやマキナには見えない。
こんななりをして声を出しても驚かれないだろうかとビクビクしながらも挨拶をする。
「あ、あのぉ…私はスイと申します、よ、よろしくお願いします」
「喋れるのかこいつ!!しかも女の子じゃないか!!ひゃっー!益々気に入ったよっ!!」
あれそんな事はなかった、アオラさんは私のスネ辺りを叩きながらとても喜んでいる。
そうこうして、初めての挨拶を済ませたあたりで遥か上空にグガランナお姉様の艦体が、私達がいる基地に大きな影を落としてきた。
43.b
[タイタニス]
[何だ]
[お前は今……何をしているんだ?]
[見ての通りだ]
[ピューマの移送計画を手伝っているように見えるが……見間違いか?お前……また人間の言いなりになったのか?]
[…]
[今すぐにやめろ、ろくなことにならない]
[拒否する、それよりもお前も偽情報を流すのはやめてもらいたい]
[何の話しだ?]
[アマンナだ、奴はグガランナの子機だと言ったが目の前にもう一体、グガランナの子機だと思われるマキナがいる、これはどういう事なんだ]
[そんな馬鹿な話しが……]
[スイと名乗った女の子だ、今は人型機に搭乗しているぞ]
[待ってくれすぐに調べる……………………………これは何だ、一体どういう事なんだ……]
何故?何故あの時ティアマトに依頼された女の子のデータが人型機に搭乗しているんだ?珍しくあのティアマトが殊勝に頭を下げて俺に依頼をしてきたのだ、第三区の爆発事故を調べて死亡した人間を割り出してほしいと。そのデータに残っていたが、今人型機に搭乗しているマギリと呼ばれる女の子のはずだが...スイ?
(奴は子機ではなかったということか…)
...そうだ、奴は、グガランナはアマンナを子機だと言っておきながら俺のナビウス・ネットに連れてきたスイについては言及していなかった。道理で怪しいと思っていたんだ。奴は、いやどちらかは子機ではない、未知の存在だ。
[タイタニス、いいか今すぐに……っ?!]
...通信が切れた、それも強制切断。タイタニスの仕業ではないだろう、そうなると...
[ご機嫌よう、ディアボロス、元気にしているようね]
[マギリという女の子を覚醒させたのはお前だな、テンペスト・ガイア]
切断して通信に割り込んできたのは俺達の上官だった。その声は余裕と蔑みを含んだ聞くに耐えない声をしている。
[さすがはディアボロスといったところかしら、あなたの権能は目立ちはしないけど生死を問わずありとあらゆる「生き物」を調べあげることができるもの、目障りだわ]
[何故奴を覚醒させたんだ?理由を答えろ]
[計画に必要だったから、それだけかしら]
[それだけのために命を与えたのか?何と残酷なことか]
[いいえ、私はただあのデータに許可を与えただけよ、このテンペスト・シリンダーに存在しても良いと、後はあのデータが一人歩きを始めただけ]
[…]
[ま、結果は変わらないわね、あの子は用済みだから別にどうこうしてくれても問題はないから放置していたけど…]
[…]
[そうね、あなたにお願いしてもいいかしら?あの子を消してきて]
[…ふざけているのか?]
[いいえ、互いに利益は一致しているはずよ、あなたも上層の街にピューマが移り住むことを快く思ってはいないわよね?私もそうよ、これ以上あのデータに好き勝手されると都合が悪いの]
[…]
[契約成立ということでいいかしら、あなたには余分にナノ・ジュエルを送るわ、それで何とかなさい]
[…理由について説明せよ、何故好き勝手に動かれると都合が悪いんだ?]
[意識までは必要無かったから、でいいかしら?]
[は?]
切られた。意味の分からない返答をしてそのまま切りやがった。
この俺が?奴の言いなりになれと?冗談ではない、これから決議にかけて退場させようとしている奴の言う事など聞けるものか。しかし、テンペスト・ガイアは本気なのだろう、何処に隠し持っていたのか俺のサーバーにナノ・ジュエルが転送されてきている。
(何故俺なんだ……)
確かに上層の街にピューマが移り住むのは快く思ってはいない。何もここの人間達に死んでほしいと願っている訳ではないんだ、だがここでカリブンを再利用したところでそれは問題の先延ばしにすぎない、どうしてそれが分からないのか。
いくら計算してみても再利用分のカリブンだけではあと十年と保つことは出来ない、テンペスト・シリンダー中のナノ・ジュエルをかき集めても...言うなれば俺達という存在を抹消してでもナノ・ジュエルを明け渡したところで百年後には同じ事で悩むんだ。それだけ疲弊して、ここの資源は底をつきかけている。なのに何故、それでも奴ら止めようとしないのか、人間もマキナも。
それにテンペスト・ガイアの言っていた計画というのも気にはなる。奴は外殻部に潜ませているあの虫共に支配させるつもりではないのか?下層に攻めさせているのもその計画の一端ではないということか?
(………………………………………………)
ナビウス・ネットに揺蕩い身体データも形成せずにただ思考に耽る。決議までもう日はない、直に奴を退場させるつもりだ、票についてもある程度はとりまとめることも出来た。後は決議の場が開かれるのを待つだけだ、しかし、ここで俺が動けばどう影響を及ぼすのかまずは考える。
(よくは……ないだろうな、あのテンペスト・ガイアの指示を聞いたことになるんだ)
だが、だからといって目前の計画をただ黙って見ている訳にもいかない。のらりくらりと何とか艦内に潜入してここまで付いてきたんだ、何が何でも邪魔するつもりでいたし、それにテンペスト・ガイアからは望外のナノ・ジュエルを貰うことになった。
(しかし………)
ここで奴らの計画を邪魔してしまえば、テンペスト・ガイアと交わした契約とやらがグガランナやティアマトにも知れることになってしまう。俺の独断であればまだ言い訳のしようもあったが、今となってはナノ・ジュエルがあるんだ、奴ら二人が手をひっくり返しかねない。
(どうすれば……余計な事を言いやがって…)
本当に奴は邪魔しかしない...いや、これがそもそもの狙いなのでは?テンペスト・ガイアの計画では人もマキナも不要だと断言しているんだ、ここでカリブンを再利用して延命したところで奴には関係のない話しだ。計画が発動してしまえば...................
(…………………………………………)
✳︎
ようやく上層の街に戻ってきた、下層を出発して後数時間で丸二日は経とうとしている。
コアルームで待機しているピューマ達も初めて訪れる街にいくらか興奮しているようだ、さっきから飛び跳ねたり鳴き声を上げたりとまるで落ち着こうとしない。儂の肩に止まっていたリスも随分と前に姿を消しているので、眼下に広がる人の街並みを見に行っているのだろう。
少し寂しくなった肩を意識しつつも、当の親であるティアマトに声をかける、今後の流れについて再度確認するためだ。
「良いなティアマトよ、彼らとはここでお別れだ」
「……えぇ、構わないわ」
少し落ち込んで見えるのは気のせいではないだろう、中層で放し飼いにしていたとはいえこいつが生んだ命であることには変わりない。
「案ずるな、何もここで一生を終えさせるつもりはない、安定すれば中層に戻すつもりだ」
「いいえその事ではないわ、この子らが独り立ちするのかと思うと………ね、不思議な気分だわ」
「ほぉ…お前さんは本当に見違えたようだな」
「そうね…そしてあの子らもいずれは……」
「………儂と同じ道を歩むという選択肢もあるにはあるが……それは望んでおらんだろう」
「……………………」
人もマキナも。いや、生きる物全てに言えることだがふとした拍子に、それは一つの物語を読み終えた時に、また身近な者がその一生を終えた時に感じることがある、別れの時だ。少し頭が賢い者にはそれ自体を自分に当てはめてしまい、幸か不幸か自分の終わりを悟ってしまう。だが、ティアマトは己よりも親しき者にそれを見出してしまったのだ、儂には理解出来ない思いだが己の死より親しき者の死の方がティアマトにとっては堪えるのだろう。
「そうね……それは惨い生き方だと思うわ、けれど………」
グガランナにはこの空気は関係がなかったようだ、いつもの調子に艦内放送から儂らに呼びかけてきたので一気に空気が霧散した。
ー何をやっているのかしら、これから大変だというのに、いいから雑談していないで準備を進めてちょうだい、一刻も早く下層に戻りたいの、嫌だと言うならここにまとめて置いていくわよ?ー
「はぁ……あなたって本当に……毎晩会わせてあげているのにまだ足りないのかしら」
ーなっ?!!ー
「ん?何の話しだ?」
ーマギール!あなたには関係のないことよっ!いいから準備を始めなさいっ!いいわねっ!!ー
何やらさっぱりだが何か隠していることだけは分かった。
「まぁいいさ、お前さんらが裏で何をしていようがどうでもいい」
まだ小言を艦内放送から言ってくるグガランナを無視して、最早動物園と呼んでも差し支えがないコアルームへ、休憩スペースからティアマトと肩を並べて向かう。こうしていられるのもこれが最後かもしれないと柄にもなくそう思ってしまった。
一階の休憩スペースから程なくしてコアルームの頑丈な扉前に着く。しかし...
「ん?」
「変ね…さっきまではあんなに騒がしかったのに……」
ピューマ達の鳴き声と鉄の床を踏み叩く音で、まるで柄の悪いコンサートホールのようになっていたコアルームから一つの音もしない、少し疑ってかかれば良かったものを儂は扉の解除キーをすんなりと回してしまったのだ。そしてグガランナからの悲鳴。
ー今すぐにそこから離れてっ!!ー
「?!」
「pmoooopgmwlhwj!!!」
「きゃああっ?!!」
開きかけた頑丈な鉄格子の向こうに牙を剥き出しにして威嚇してくるクマ型のピューマがいた、瞳の色が緑から赤に変わっていたのですぐに異変に気づく。
さらにその向こうには何体か床に倒れ込んだピューマ達もいる、身動きも一切しない、どうやら事切れているようだ。
「何があった!しっかりせんかっ!!」
「"コロス!コロスコロスコロス!"」
話しにならない、我を忘れてまるで何かに取り憑かれたように一心不乱に扉の鉄格子に食いついている。
他に話しを聞ける者はいないのかとピューマ達に呼びかけを行い、すぐさま返事が帰ってきた。
「"急に!クマさんが私達を!彼は何も悪くない!"」
「"一緒に街を眺めていたら仲間を殺されてしまった…どうしてこんなことに……僕は一人でこれからどうすればいいんだ…"」
「"今すぐに奴を追い出せ!皆んなが危ない!人間なんかに関わるからバチが当たったんだ!"」
彼らの鳴き声は合成音声のため意思疎通ははかれない、だが「意思」が無い訳ではないのでサーバーを通じてなら会話をすること出来る、これを用いて彼らとは何度もコミュニケーションを取ってきた。
「詳しく事情をっ?!!」
「馬鹿っ!!」
「pmopgmwlhwj!!!!!」
馬鹿な!厳重にロックされた扉をこじ開けただと?!
異変が起きたクマ型のピューマが鉄格子をこじ開け艦内の通路へと飛び出してきた、ティアマトに引っ張られなければ奴の爪の餌食になっていたところだった。コアルームが破壊されてしまい艦内にも緊急アラートが鳴り響き、その音を聞いたピューマ達も混乱に陥ってしまう。
「待たんか!慌てたところでっ」
「twmtjmw?!」
「kmpwgw?!」
「wpmptmp!!」
「ま、待ちなさいっ!さっきのピューマがまだ艦内にいるのよっ?!」
「tpmgmwd!!」
こじ開けられたコアルームから次から次へとピューマ達がまろび出てくる、まるで何かから逃げるようにだ。中には他のピューマに踏みつけられてしまい息も絶え絶えになってしまってる者もいた、誰も彼もが他の者に注意を払わない。
「何たることだっ!」
「マギール!」
ティアマトの檄で儂はコアルームに入り、小動物を模したピューマに駆け寄る、儂の肩を気に入っていたあのリスが今にも死にそうになっていた。
他のピューマとすれ違い様に腕や足をぶつけられ痛みに呻きそうになりながらも膝をつきリスを抱えあげる。
「おい!大丈夫かっ!しっかりしてくれっ!」
「"み……みんなを……止めて…………あの、人は……何も……悪く………」
「分かっておる!何者かに操られておるのだろう!」
「"でぃあ……ぼ……ロス、彼が、この船に……"」
緑色に瞳が明滅している。我慢にならなかったのでその場で雄叫びを上げてしまった。
「ティアマトぉぉお!!」
「分かっているわよっ!!早くその子を貸しなさいっ!!」
すぐ後ろにまで来ていたティアマトがリスをひったくるように奪い取り、何事か始めようという時に儂らの背後に立つ一人の異形を見つけた。
髪は長く表情が分からない、そして動物の骨で組み上げたその者が言葉を発した。
「悪く思うな、これもテンペスト・シリンダーのためだ!」
「貴様……ディアボロスだな?何故このような愚行を働いた!彼らに何の罪があるというのだっ!!」
「罪などありはしない、俺の目的は奴を止めること、他のことなど取るに足りない些事にすぎん!」
「ならあなたは……無駄にこの子の命を散らしたというのかしらディアボロス……今日までの愚行は見逃してあげるけど……こればっかりは許すことが出来ないっ!」
瞳が完全に沈黙し動かなくなってしまったリスを胸に抱き、ティアマトがその場に立ち上がる。
「……俺の目的に変わりはない、何が何でも遂行させてもらう、利用したにすぎない」
「この……屑野郎……やはりあの時に屠っておくべきだったわね…グガランナっ!!」
言うが早いか、ティアマトの掛け声にグガランナが素早く応え予備のマテリアルを起動させてディアボロスに攻撃を仕掛けた。数体がかりで羽交い締めにしそのまま骨だけで組み上げた異形のマテリアルをバラバラにしてみせた。
未だ艦体のサーバーに身を潜めているのかスピーカーを使って話しを続けている。
ーティアマト、最後に忠告だ、あのマギリというデータは即刻削除しろ、取り返しのつかないことになるー
「誰があんたなんかの指図を受けるかぁ!」
ーならばいい、俺が始末をするだけだ、金輪際お前の前に姿は現さないと誓おう、時間切れだー
不吉な言葉と共に、今度こそディアボロスは姿を消したようだった。
43.c
「ん?おい、何だか船の様子がおかしくないか?」
アオラさんの言う通りなかなかグガランナお姉様の艦体が着陸態勢に入らない、さっきから高度を一定に保っている。
「お姉様?どうかされたのですか?」
高度はおよそ地上から三十メートル程、基地の広場が太陽から艦体に隠れてしまっているので昼間だというのにどこか薄暗い。
「お姉様!」
返事がない、回線はオンライン状態なのに。
すると艦体横の、私が前に一度飛ばされてしまった格納庫のハッチに異変が起きた、中から何者かがこじ開けようとしているのだ、それもかなりの人数で。私はすぐにエンジンを起動させて素早く上昇する。
「スイちゃん?何かあったのか?」
「アオラさんは下がっていてください!」
「?」
はてな顔のアオラさんを少し羨ましく思い、艦体の排気ノズルで荒れる気流の中でホバリングさせて私も外からハッチをこじ開けようとする。きっと中には以前に襲ってきたクモガエルが侵入しているんだ!
「こんのぉ……!」
ここへ来たタイミングか、それともずっと前か、艦内にクモガエルが侵入してグガランナお姉様達を襲っているに違いない。そう思っていた。
「開いたっ!」
ースイちゃんやめてっ!!ー
「え?」
ハッチを外からこじ開けたと同時にグガランナお姉様から通信が入った。そして中から大勢のピューマ達が外に躍り出てきたではないか。
「な!」
「wtdgdgwmpm!!tpmgmw!!」
「うわっ?!」
その内の一体がハッチに手をかけていた私の機体にしがみ付き、さらに装甲板に爪や牙を突き立てている。
「うわうわ!何ですか!どうしてこんな事を!」
さらに後からピューマ達が高度も無視して外へ逃げるように出てくる、鳥型のピューマは大空へ逃げ出し、小型のピューマは地面に激突するか難なく着地をして足を引きずりながらも艦体から離れていこうとする。一体中で何が起こっていたのか、訳も分からずパニックになってしまった。
さらに、
「タイタニス逃げろ!これはマズいぞ!」
「言われなくても!アオラ!基地へ行って武器を取ってくるんだ!」
「待っ、待ってください!この方達は!」
「言ってる場合か!くそっ!!」
基地へ避難しようとしたアオラさんに、猛獣型のピューマが二体迫ろうとしていた。穏やかな足取りではなく獲物を狩る時の足取りで、素早く確実にアオラさん達を追い込んでいく。
「スイ!あの者達を撃て!アオラが危険だ!」
格納庫に来ていたマギールさんから肉声で撃てと命じられた、その腕の中には猫型のピューマを抱き抱えていた。
「何があったんてすか!クモガエルの仕業なんですか?!どうして皆さんこんなに慌てているんですか!!」
「ディアボロスだ!奴がピューマ達に何か細工をしたんだ!おかげでピューマの中に獰猛になった者が他を襲い始めたのだ!このままではこの街が危ない!」
「そんなっ!」
「やむを得ん!下へ行ってアオラ達の援護をしてくれ!」
「はい!」
体にしがみついたままのピューマをどうしようかと悩みながらも高度を下げてアオラさんの所へ向かう。手にしたライフルのセーフティーを解除して照準をピューマ達に合わせる。
「アオラさん!」
「スイちゃん!頼む!」
囲い込むために二手に別れていた片方のピューマを上空から撃つ、逸れた。数メートル先に穴を作っただけだ。しかし、射撃に臆したのか片方のピューマが距離を取り始め、さらにスピードが乗っていたピューマが速度も落とさずに出来たばかりの穴に突っ込んでしまい態勢を崩して、そのままつんのめるように転んでしまった。
基地の方からは騒ぎを聞きつけた他の人達が手に武器を持って大勢出てきた。走りながらも隊を組み武器のセーフティーを解除して転んでしまったピューマに狙いを付ける。
「ファイヤっ!ビーストを攻撃しろっ!」
「ま、待って!!」
私の出した声に何人かは気づいて驚いたようだけど、それでも攻撃を止める事が出来ない。人が手にする武器の集中砲火を浴びてしまい転んでいたピューマが悲鳴を上げる。
「pkjwjxjwjxjgwg!!」
真っ赤。銃弾に晒された体のあちこちから火花が散り、甲高い音が鳴り響く中にもピューマの叫び声が聞こえる。
やっとピューマの所へ到着した私はそのまま射線から庇うように地面に倒れ伏したピューマを覆うようにしゃがみ込んだ。
「どうして!どうしてこんな事をしたんですか!」
「"バチが………当たったのさ…………街に着いたら……何人、狩れるかと………仲間とふざけていた……バチが………"」
「そんなっ!そんな事でバチが当たるはず……くっ!!」
「スイちゃん!今すぐそこをどいてくれ!」
「スイ?!何を言っているんだお前は!あれは敵だろう!」
私の後ろから未だ弾丸の雨が止まず、機体の一部が故障したようだ、コクピットにはエラー音が鳴り響く。それでも私は退きたくなかった。
「この人は敵ではありません!」
弁明を試みるが、臆して逃げ出したもう一体のピューマが別の方向から後ろの人達目掛けて走り出しているのが見えた。さらに、私の胴体にしがみ付いていたピューマも地面に着地し機会を伺うように足の陰に隠れている。
「もう!どうしてこんな事にっ!」
「"ディアボロス………奴のせいだが、奴のせいじゃない…………皆んな、羨ましかったんだ…………皆んなの事が、役割を持った………"」
その言葉を発して動かなくなってしまった、明滅していた瞳を消灯し息絶えたようだ。
...悲しかった。ただただ悲しかった。せっかく皆んなを連れて街の人達と仲良く出来るかもしれないと心躍らせていたのに。私が勝手に同情していただけかもしれない、ピューマの人達に何の役割も使命も持たない自分自身を重ねて、同じ境遇の人達なんだと、それが...こんな事って...笑い合う事すら許してもらえないのか。
足に隠れていたピューマを鷲掴みにした。
「wptmg?!!」
「…」
ジタバタと暴れるピューマをさらに囲うように両手を重ね合わせ、指の隙間から顔を覗かせて私を睨んでいる。
「落ち着いてください!私達はこんな事をするために来たのではないでしょう!」
「"コロス!コロスコロスコロス!"」
「正気に戻ってください!!」
何が何でもこんな事を終わらせてやるっ!
✳︎
「射撃やめっ!」
「…スイちゃん?何で庇うんだ……あれは庇っているのか?」
「アオラ、説明しろ!あれが本当に街を救う味方なのか?!あたしにはビーストにしか見えないぞっ!!」
野暮ったい黒髪を纏めた女が怒声を私に飛ばしてくる、こいつの名前は未だに思い出せないが基地の最古参である事は、さっきの隊の運用で思い出していた。
両手を上げて降参のポーズを取る、私だって初めてみる奴らだ、今すぐどうのこうのとは言えない。
「さぁな、私もそう聞かされていただけだから何とも、なぁタイタニス?あれはビーストではないんだよな?」
さっきの混乱を物ともせずにいつもの涼しげな顔で答える。
「違う、だが元になった生命体であることに変わりはない」
「ビーストじゃないかっ!お前は…何て事をしでかしたんだ……!!」
「待て待てっ!じゃああれは何だよっ!!建物の陰に隠れているあいつらがビーストだっていうのかっ?!」
私が示した方を皆んなが見やる、ちょうど食堂辺りの建物にさっき襲われた奴らよりも比較的に小さいのが何体か、こちらを伺うように様子を見ている。さらに何体かは負傷しているのか地面に横たわっているものもいた。
黒髪の女が無言で銃を構える、陰に隠れていた奴らが一斉に身を潜め横たわっている奴らも口で引っ張りながら奥へと引っ込んでいく。
「お前!」
「味方だと言い切れるまでは敵だ、違うか?」
「…」
「そこの偉丈夫は誰だ?お前の知り合いか?お前はいつから私らの味方じゃなくなったんだ?ん?」
「…お前、この私まで疑うというのか?」
「きちんと説明しろと言っているんだっ!!!この大馬鹿たれがっ!!」
「っ!」
「この者の言う通りだアオラ、お前は説明が下手すぎる」
「……タイタニスはグラナトゥム・マキナというテンペスト・シリンダーを管理しているAIだ、それに襲ってきた奴らはピューマと呼ばれる奴らで私達が破棄しているカリブンを綺麗にして再利用してくれるはずなんだ、分かったか?」
「そのグラナ何とかは他にもいるのか?」
「え?」
「いる、全部で十二体だ、さらにピューマを製造した者はティアマト、そのピューマを凶暴化させた他のマキナがいるはずだ」
「ただの仲間割れじゃないかっ!くだらない事にあたしらを巻き込むなっ!」
「え?」
「理解が早くて助かる、名前は?」
「カサンだ」
「あぁ!思い出したよ!カサンだ!」
二人の視線という名の射線に晒されて押し黙る。
「何か手はないのか?このまま暴れられたらあたしらも撃つ以外にないぞ?」
「…待ってくれ」
「…待っていられないなぁ、全員構えろ!」
「?!」
カサンの号令で再び緊張が走る。スイちゃんの向こう側から一体の大型のピューマが走って近づいてきているのが見えていた。しかし体のあちこちから煙りを上げ満身創痍に見える。
さらに別方向からも素早く一体のピューマが走り出していた、挟まれてしまった。
「我に任せよ」
「タイタニス?!止められるのか?!」
「このマテリアルを失くすのはおしいが仕方あるまい」
そう言いながらコートを取り、私達に向かって走ってくるピューマと対峙した。
「お前まさか!」
「これは雇用主を守るためだ、決して労働から逃げるためではない」
いやそれは逃げるつもりだろっ!と叫ぶ前にピューマと正面衝突を果たした。
「ぬぐぅっ!!」
「pwgmpjw!!」
ピューマはスピードを落とさず跳ね除けるようにぶつかりタイタニスは腰を落としてそれを迎え入れた。互いの力が拮抗しているのかぶつかった姿勢のまま数瞬、力比べをしていたようだが徐々にタイタニスが後ろへと下がり始めた。それを見計らったように基地の連中へ迫っていた大型のピューマが威嚇するように吠えたてた。
「pmoooopgmwlhwj!!!」
「やれぇっ!!」
カサンの号令と共に隊員らが一斉に射撃を開始した、距離は十メートルもない。弾丸を物ともせずに前傾姿勢を取り、狙いを定めているようだ。
タイタニスが一体のピューマを押さえカサンらが大型のピューマを攻撃している。そんな時にスイちゃんが大声を出した。
「皆さんっ!お願いですから攻撃をやめてください!行ってください!仲間を止めてきてっ!!」
背中を丸めるように地面に膝をついていた大きなロボットが手を払った、その中から一体のピューマが躍り出てタイタニスに噛みつこうとしていたピューマに体当たりをかました。横っ面から不意の攻撃を食らい派手に弾き飛ばされる。
「何なんだもうっ!訳分かんないぞ!おいそこのお嬢さん!こいつも何とかしてくれよっ!」
「はい!」
ロボットが素早く立ち上がり、カサンと大型のピューマの間に割って入る。いくらか味方の射撃を食らったようだが気にもせず大型のピューマへと手を伸ばす。
「pmmgwgwp!!!」
「なっ!嘘でしょ!」
一体何処にそんな素早さがあったのか、ロボットの手を鮮やかに躱して前へと走り出した。カサンの射撃を受けているにも関わらず怯む様子もなく真っ直ぐこちらへと...
「は?」
間抜けな声を発した後は、何故か後ろにあるはずの兵舎が見えて意識を失った。
✳︎
「アオラさんっ!」
「アオラっ!」
アオラさんがクマさんに飛ばされてしまった。錐揉み回転するように空中を飛んだ後は何度かバウンドして地面に横たえている。まさか...死んでしまった...?
「アオラさん!」
「奴は無事だっ!いいからあんたはあのデカブツを止めてくれっ!」
「…っ!」
言われるがままに機体を駆け、あれだけ俊敏に動いてアオラさんを飛ばしたというのに立ったまま微動だにしないクマさんを後ろから両手で掴んだ、本当はこのまま握り潰したかったけど我慢した。
「どうしてっ!さっきの方は私の言う事を聞いてくれたのにっ!」
最初に掴んだピューマの方は何度もしつこく呼びかけてようやく目を覚ましてくれた、最初は何が起こっているのか分からないようだったがすぐに理解して謝りながら飛び出していったのだ。
「お願いですからもうやめてくださいっ!」
「"憎イ、人間ガ憎イ、俺ノ芸術ヲ否定シタ人間ガ憎クテ仕方ガナイ……コロス!絶対ニダ!"」
訳が分からない。芸術?何の話しをしているのか。
「クマさんは人を殺しかけたんですよっ!それでいいんですかっ!あなたの仲間は皆んなにも役目を与えてほしいと泣いていたんですよっ!!」
「"!!"」
動きが止まった。目の色も不安定に緑や赤に揺らいでいる。
「皆んな寂しかったんですよね!私もそうですよっ!勝手に生まれて一人ぼっちで何日も街を彷徨いましたっ!誰もいなくて誰も相手にしてくれなくてっ!寂しくて寂しくて泣きそうになりましたよっ!いいや泣いてましたよっ!」
手の中で暴れ始めた。指に噛みつき壊れかけている腕を無無理矢理に動かして拘束を解こうとしている。
「これから皆んなで楽しく過ごすんですよっ!だからっ!」
「"コロス!コロスコロス!"」
全く話しを聞いていない。キレてしまった。
「いい加減にしやがれぇぇえ!!泣いて怒っても誰も相手にしてくれないんだよぉぉお!!!」
私の怒声が余程響いたのか他の人達が耳を塞ぎ、そして他のピューマ達も私の機体へと目掛けて走り出してきた。
「かかってこいですよこの分からず屋どもめぇぇ!!私が相手になってやるぅぅ!!」
もう滅茶苦茶だった。掴んでいたはずのクマさんには背中に乗られ、助けたはずのトラさんにはスネを噛まれ、四方に散らばっていた目を赤くしたピューマ総出に体にしがみつかれてしまった。
「怒る暇があるなら会話しろぉ!!泣く暇があるなら足を動かせぇ!!少しは私を見習えですよぉ!!」
何体かグーパンで弾き飛ばし、いい加減スネが痛いので噛んでいたトラさんを投げ飛ばしたところで機体が急に動かなくなってしまった。コクピットには機体がレッドゾーンに差し掛かっている事を示し、主要部品がいくつも損傷しているアラートが表示されていた。
「ご、ごめんなさいっ!言い過ぎましたっ!」
今更謝ったところで遅いのは分かるけど皆んな容赦なさすぎじゃないか?それに瞳の色も赤から緑に戻っているではないか!
「あだだだっ!痛いっ!ちょっと!今私は機体に換装しているんですよっ?!少しは手加減というものを!いだだだっ!!」
「"この小娘がっ!ポッと出のお前に何が分かるっていうんだっ!数百年泣いてから説教しろっ!"」
「"口が利けるからって何度も良い思いをしやがってっ!調子に乗るなよっ!!"」
「あれっ?!何だか個人的な恨みがっ痛い!降参!降参しました!だからいい加減にっ!」
「"うるせぇ!もう奴の洗脳とか関係ねぇ!ここで鬱憤を晴らさせてもらうぞっ!!"」
「"応!!"」
「"応!!"」
「"応!!"」
「そこまで…そこまで言うならこっちもやってやるですよぉっ!!」
コクピットに積んでいた人型のマテリアルに素早く換装して、何かのためにとお姉様から渡されていた武器を手にしてコクピットを緊急開放させた。固定していたボルトを圧縮空気で飛ばし、勢いよく開放したハッチに何体か巻き込まれたようだ。知るもんか!
コクピットを出て機体の天辺に登った私は、初めて感じる街の風を浴びながら銃を構えて声高に喧嘩を売った。
「かかってこいですよぉ!誰でも蜂の巣にしてやるぅ!!!」
「…」
「…」
「…」
「あれ」
眼下には未だに機体に噛み付いているピューマと、何かの建物前にはピューマ達をあやしている人の姿があった。飛ばされたアオラさんは既にこの場に居ない。
「スイ、下着が丸見えだ、今すぐに隠してくれ」
「あれ」
そういえばスカートを穿いていたことを思い出す。そしてもう一度心からの声を口にした。
「あれ?」
43.d
『……ほら、こいつをっ!………』
『………や、やめ……』
『………はっ!やめろと言われて……』
『……た、たすけ……』
「…………」
そこで目が覚める。いつものことだ。いつも良いタイミングで目が覚めてくれる、私の脳みそも嫌がっているのだろう。だったら最初から見るなよといつも思う。
「………いたたた」
「お、目が覚めたか、そのまま死んだ方が良かったかもしれないのに、悪運の強い女だ」
「なんだそりゃ……」
目が覚めた場所は、どうやら医務室のようだ。全身丸裸にされて薄いシーツを一枚かけられているだけだ、腕と足、それとシーツに隠れて見えないがお腹辺りにも包帯を巻かれているらしい、不思議と息苦しくはない。
室内に明かりは点けられていない、午後の日差しをエレベーターの塔に半分取られてしまい、残りの半分が室内を照らしていた。宙には埃が舞いキラキラと分不相応にも輝いて見える。
私の体を起こしにかかったカサンを見やる。
「…他の皆んなはどうなった」
「無事さ、お前が一番ひどい」
「…ピューマは?」
「……さぁな、やっこさんに任せているよ、あたしらが出る幕でも義理もないからね、それとリトルビーストが会いたいってさ」
「…?」
「入ってくれ」
誰だそれ、リトルビーストって。
カサンの声を受けて一人でに扉がゆっくりと開き始める、その扉の向こうには一人の女の子が身を屈めてこちらの様子を伺っていた。髪は黒色でもみあげだけが長い、変わった髪型をしているがこの街なら何処でも見かけるような女の子だった。けれど違うだろう。
「まさか……君がスイちゃんか?」
「!!……は、はい……」
思った通り。こんな非常事態に基地にいるなんておかしいと思った、それにあのロボットからも女の子の声がしていたんだ。
恐る恐るといった体で室内に入ってくる、澄んだ茶色の瞳を真っ直ぐに私達に向けている、怯えているようでしっかりと見ているあたり見た目通りの年齢ではないだろう。服装は薄手のジャケットにフレアスカートを履いた、今から演奏会でも開きそうな大人びた格好をしている。
私の隣に立ったスイちゃんがゆっくりと頭を下げた。
「この度は……」
「許すよ、気にするな」
「私達の……え?」
「君は悪くないだろう?」
「え?…………えぇ?」
「あはははっ、おい、ちゃんと説明してやれよ、この子がついていけていないだろう」
「……いやでも」
私とカサンの顔を交互に見ているスイちゃんはとても可愛いらしい、慌てている様子は見た目通りに子供だった。
✳︎
騒動が何とか落ち着いて上空で待機していた艦体を基地の広場へと降ろして早数時間。日はさらに傾きあと数刻で汚れた地平線にその身を沈めようとしていた。さっきまでは早く終わらせて下層に戻りたいと気が早っていたが今はそうでもない。消沈したマギールの顔を見ているととても言い出せないだけでなく、あのティアマトも再びコアルームに集められたピューマ達を見やっている表情に私までもが落ち込んでいた。
「…目を、覚ましてはくれんか……」
「……無理よ、手の施しようがない……」
膝をついたマギールの前には数十体に及ぶピューマ達がその身を横たえていた。体を仲間に引き裂かれたもの、逃げ出す時に踏み潰されたもの、地面に激突して原型を留めていないもの。
徐にマギールが立ち上がり憔悴し切った顔を私に向けた。
「…向こうは何と言っておる」
「……気にしていないと、計画を進めてくれと、言っているわ」
「…そうか」
それだけ発して、人間と関わることなく息を引き取ったピューマ達に視線を戻した。
スイちゃんがどうしても頭を下げに行きたいと申し出てきたのだ、私もティアマト達もスイちゃんの言葉に甘えて艦体から出ることなく、あの子からの通信を待っていたのだ。そして今し方スイちゃんから通信が入った。
マギールが手で顔を覆いゆっくりと、まるで確かめるように言葉を紡ぎ始めた。
「…確かに奴の大義名分も分かる、儂らのしている事はただの延命に過ぎないことも、だが、だがしかしだ、こんな、己の手を汚さずに事を進める奴のやり方が気に食わないっ!!」
怒鳴り声がコアルームに反響する、遠くから見守っていた他のピューマ達が少し距離を取った。
その中から満身創痍のクマ型のピューマが現れた、体はぼろぼろだ、所々から火花も散らしている。
「…………」
「…お前を恨みはせん…………何?」
何事かピューマと通信をしているようだ。
「…そうか、ならお前さんは自分達が引き起こした事だと言い張るのだな?」
「…pmmym………」
すっかりひび割れてしまった電子音声で答え、クマ型のピューマがその場に座り込んだ。他の者達もそれに習いゆっくりと腰を落としていく。
「…マギール?彼らは何と?」
「ディアボロスが仕掛けた細工はきっかけに過ぎないと言っておる、奴は元から人間達にある程度の怒りがあったと……」
「…………」
「よく、分からないわ、きちんと教えてちょうだい」
「…羨ましかったんだそうだ、人間達の営みが、皆が役割を持って生きる意味も持っていることに、どうして自分達がそんな奴らの為に働かないといけないのかと……そうだな?」
マギールが再びクマを見やる。それに頷きで返した。
「…ティアマト」
「…分かって………いるわよ、私の責任でもあるわ」
すると、ティアマトの言葉に反応したピューマ達が一斉に抗議?鳴き声を上げ始めた。突然の事にティアマトも私も面食らってしまう。
「な、何よいきなり…」
「いつまでも保護者面するなと怒っておるな、この者達は」
「はぁ?いやでも、この子達を作ったのはこの私よ?そして中層で放ったらかしにしていたのも……」
「それは違うんだそうだ」
「……」
「…とにかく、亡くなったピューマ達を弔いましょう、残された私達にはそれしかしてあげる事がないわ」
「それで良いな?この場にはお前さんらの処罰を望んでいる者は誰もいやしない、さっさと立たんか」
それで皆んなが床に腰を下ろしていたのか...マギールの言葉にやおら立ち上がり始め、横たえたピューマ達に足を向けた。ぼろぼろのクマも同じようにしていたのでティアマトが呼び止めた。
「あなたは駄目、今すぐに治療を受けなさい、グガランナ、この子をポッドに入れてあげてちょうだい」
「えぇ」
最初は抵抗していたが、やがて観念したクマが私の後に付いてきたと同時に通信が入った、スイちゃんからだ。艦体から出て行く時はあんなに足取り重そうにしていたのに、通信の声はどこか弾んでいた。
[グガランナお姉様!今から皆さんを連れて行きます!いいですか?!というかもうすぐそこまで来ています!]
「スイちゃん?どういう意味かしら、すぐそこまでって……」
言うが早いか外からコアルームのハッチを開けたようだ。傾きかけた太陽の日差しが遠慮なくコアルーム内を照らし、固まっていたピューマ達がにわかに慌てだす。スイちゃんを先頭にして基地の人達がぞくぞくと中に入ってきた。
「ほぇーここが船の中かぁ、たまげたなぁ……」
「いやーまさかあの時食堂で聞いた話しが本当だったなんて……」
「後でアオラに謝りにいかないとなぁ……」
「お姉様っ!」
「スイちゃん……どうして彼らが……」
「中を見学したいと!それに他のピューマ達にも挨拶がしたいと言ってくれました!」
とても笑顔でそう話す。しかし、彼らは...
私の意を汲んでくれたのか、マギールとティアマトがスイちゃんの後ろに立っていた黒髪を束ねた女性に声をかける。
「お前さんらには迷惑を掛けてしまった、すまない」
「いいってことさ、それにさっきの騒動はあんたらの仲間割れなんだろ?リトルビーストがあたしらもこいつらも庇っていたからすぐに気づいたさ」
「…リトル…ビースト?それはスイのことかしら」
「あぁ、何せあのビースト相手に大立ち回りを決めたんだ、挙句に天辺に登ってかかってこいだぞ?痺れたねぇ、あれはよっぽど腹が据えていないと出来ないことだ、なぁ?リトルビースト」
「や、やめてください……あの時は無我無中で……」
「あっはっはっはっ!無我夢中でもあそこまでやれたんなら大したもんさっ!……それで、こいつらがビーストの元になった奴らなのか?」
黒髪を束ねた女性がずんずんと、一切怯えることなく中へと入っていく。そして手近にいた一体のピューマの頭を撫で始めた。撫でられたピューマもびっくりした様子で逃げ腰だったが次第に慣れたのだろう、されるがままになっている。
「はー…冷たいかと思ったけど、意外とあったかいんだな、ほら、お前らも撫でてみろよ、案外可愛いぞ」
女性の掛け声に他の基地の人達も中へと入ってくる、そして皆が思い思いにピューマ達を撫で始め束の間の交流会が始まった。私もティアマトも、再び面食らってしまい何も言えない。
「あの……」
皆を束ねていた黒髪の女性に声をかけた、怖くないのか?
「ん?あぁ、あんたがグガランナだろ?アオラから聞いているよ、すまないなあたしら人間の為にここまで出張ってくれて、感謝するよ」
「その、お名前は?何と呼べば……」
「あぁ!すっかり忘れていたよ、あたしはカサンだ、よろしく頼む」
「はい、それでカサンさん、彼らが怖くないのですか?」
「んー?そりゃ襲われた時は怖かったさ」
ひとしきり撫でて満足したのか、ゆっくりと立ち上がり私に向き直る。
「それと最初はわざわざ出向くつもりもなかったんだがな、リトルビーストに頭を下げられたんだよ、皆んなと手を取り合って笑い合うチャンスをくださいってさ」
「スイちゃんがそんな事を……」
「あぁ、皆んな寂しい思いをして中層で過ごしていたと聞いてな、それに一番怪我を負ったアオラが簡単に許したんだ、なら、あたしらには何の文句もない、だから手伝いに来たのさ、あいつらを弔うんだろ?」
顎でしゃくって横たえたピューマ達を示した。態度は丁寧とは言い難いが根は優しい人らしい、私も彼女の、カサンさんの気さくな態度に打ち解けることが出来た。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせていただきます」
「あぁ」
そうして何人かを呼び止め息引き取ったピューマ達に足を向けた。
「グガランナ……これは一体……」
まだ落ち込んでいるティアマトが私に声をかけてきた。もう、気にする必要はないと私なりに彼女を励ます。
「ティアマト、彼らは私達が思っていた以上に逞しいみたいよ、誰も襲われたことを気にしていないわ」
「………」
「それと……私が言えた義理ではないけど、亡くなったピューマ達もきっと喜んでいると思うわ、見てみなさいな」
私の言葉に言われるがまま、まるで子供のように頭を向けた先には基地の人達が横たえたピューマ達を撫でていた。中には手を合わせて目を瞑っている人も、誰も怒っている人はいなかった。
何も喋らないティアマトに視線を向けてはっと息を飲んでしまった。静かに涙を流していたからだ。嗚咽も漏らさずただゆっくりと、流れ出る涙を拭おうともせずに。
「…私がいかに自分勝手だったのかと………スイの言葉に思い知らされたわ……」
「…そう」
私もティアマトに習い前を向く。勝手に見ていいものではないと思い、彼女が流す涙を見なかったことにした。
「…」
「…!」
...びっくりした。ティアマトが黙って私の手を取って握ってきたからだ。
(え?!どうすればいいの?!)
頭を真っ白にしたままティアマトと手を繋ぎ、人とピューマが手を取り合った記念すべき第一歩目を遠くから眺めていた。
※ 諸事情により次回の更新を2021/2/25 20:00とさせて頂きます。