第四十一話 アヤメとナツメ
41.親友と司令官
「何」
「…あー……」
「用がないなら帰るけど」
「いやあのさ少し、話しいい?」
「だから何」
「アヤメとナツメさん、それに他の二人のことなんだけど」
「……分かった」
時刻はお昼時、太陽が高く昇り容赦なく私達を照り殺してくるような暑さの中、あれだけべったりしていた白髪の不機嫌な王女様が一人で歩いていたので編成一班の格納庫前で呼び止めたのだ。理由はここ最近様子がおかしくなった現実からこっちにやって来た人達についてだった。
こんな暑い所でする話しでもないので格納庫が建ち並ぶ合間にぽっかりと空いた隙間に屋根付きのベンチが置かれたスペースへと移動した。
照り返す日差しに入道雲が陽炎となって汚れた白いアスファルトに反射していた。うだるような暑さを強調するような景色にいくらか辟易しながらも私から話しを切り出した。当たり前なんだけど。
「どう思う?」
「……変、それに二人とも怖いし……」
ここ最近の私達の実習はもっぱら隣街へ出かけ倒しても倒しても、それこそゲームのようにリポップしてくる虫を倒すといったものだった。
昨日の実習に私は参加していなかった、付いていけなくなったからだ。まるで命を落とすのが当たり前と言わんばかりの空気感は歪でどこか刺々しい。各班の上位二名が選出されここで初めて現実から来た五人と私は同じ班となって実習を行なっていたのだ。
プエラの表情もどこか元気がないように思う、それはそうだ。あんなに好きだと言って周りに憚らなかったプエラがアヤメの元を離れたのだ、よっぽど変わってしまったのだろう。
目の前の少女の心情を思い、どう声を掛けようかと考えているとさっき見せた表情とは打って変わってニヤリと白い歯を見せつけるように笑った。そして私に挑むように自慢してきた。
「キス、してもらったから、私」
「…」
「もうね、おでこにも頬っぺたにも何回も何回もされてね、やめてって言ってもやめてくれないの」
「へ、へぇ〜、よ、良かったじゃん」
「アヤメってほんと遠慮がないよね、そう思わない?私びっくりしちゃった」
こんの...私が何も答えないと分かってて聞いてきやがったな...
私もなけなしの自尊心で声高に言い返してやった。
「でもぉ、プエラは唇にしてもらったのぉ?私は向こうから、アヤメから!しってもらったんだけどぉ」
「うん」
「え?」
「してもらったよ、頬っぺた両手で挟まれて逃げられないようにされて、もうゆっくりと近づけてきてね?優しく唇を重ねてくれた、もう頭真っ白!アヤメの唇って薄いじゃん?けどね、意外と、」
「聞きたくなぁぁあい!わー!わー!わー!」
「あっははは!何それ!自分から聞いておきながら!」
お腹を押さえて声を上げて笑っている。日に照った肌が赤く焼けてしまっているがそれだけではないだろう、私もおかしくなって一緒に声を上げて笑った。
「はぁー馬鹿馬鹿しいなぁほんと」
「マギリから言ってきたくせに、返り討ちにあってやんの」
「うるさい、これからどうしよっか、もう私あんなアヤメ見たくないんだけど」
「私だってそうだよ、それにナツメまでおかしくなってさ、一体どうしたんだろう」
「ん?聞いてないの?ナツメさんからゼウスの話し」
私の発言のどこが気に入らなかったのか、柳眉を釣り上げ睨んできた。
「は?ゼウス?口達者の無責任ゼウス?」
「あーぽっいね、そんな感じしたよ、私の家に現れて言いたい事言ってすぐ消えた、私の体が目当てだったみたい」
「はぁー……………あいつが絡むとほんとっ」
「プエラ、探したよ」
「!」
「!」
女の子らしくない座り方をしてうな垂れたプエラに声をかけてきたのは当のアヤメだった。陽炎の入道雲を踏みつけるように立っているアヤメの顔はとても険しい、眉間に長い年月をかけてしわが刻み込まれたように...言うなれば嫌な顔つきをしていた。
「あ、アヤメ…」
「こんな所で何してるの?昨日も途中で抜けちゃったよね?私一人で大変だったんだよ?」
「ご、ごめん…」
しおらしく謝っているのにまるで聞かずに一方的に話しを進める。
「いいから油売ってないで付いて来て、午後からまた実習で向こうへ行くんだから、ナツメになんか負けてらんないよ」
「アヤメ!ちょっと待ちなよ、最近何だか様子が変だよ?」
プエラの細くて元気のない腕を掴んで無理矢理立たせたところで止めに入る、だがキツく睨まれてしまい挙句の果てに、
「だから何?それにマギリはこっから出られないんでしょう?私達は向こうに帰って戦わないといけないんだよ、役に立てないならせめて邪魔だけはしないで」
「そんな……」
今までにないくらいにひどいことを言われてしまった。アヤメの言葉にプエラも驚き目を見開いている。
「待って!アヤメ!前に言ったゼウスって奴が何かっ」
「いいから早くしてっ!!」
「な?!アヤメっ」
そう怒鳴りプエラの言う事に耳も傾けずに連れて行った。
残されたのは私と、プエラが飲んでいたペットボトルと変わってしまった親友に踏みつけられた入道雲だけだった。
✳︎
怖かった。アヤメの背中がとても怖かった。変わってしまった原因には何となく当たりはついている。けれどそれを言い出せずにされるがままにアヤメに手を引っ張られていた。
あの時に握ってくれた同じ手なのにまるで違う、そこに優しさはなくあるのは固さと痛さのみだった。
扉が開け放たれた格納庫の中には特別班と呼ばれたメンバーが揃っていた、ナツメにアマンナ、それからテッドもそこにいた。いないのは付いて行けなくなったと言っていたマギリだけだった。
暑い日差しが格納庫内も照らし温度を否応なく上げていく、皆んな額に汗を浮かべ心なしか元気がないように見える。違うのはナツメとアヤメだけ、ギラギラとした目付きで入ってきた私とアヤメを交互に見やり手にしていたペットボトルを無造作に机と放り投げた。
「やっと来たか、マギリはどうした?」
「いい、放っといて」
「…そうか」
太陽は本当に容赦がない、風すらも熱して私達を不快な思いにさせてしまうからだ。熱風に晒された特別班は皆が額に汗をかきどこか苛立ちながら待機しているようだった。
「あの人は?結局来ないの?」
「仕方ないよ、こっちの人だし関係ないんだよきっと」
「何だそれ、待った意味ないじゃん」
「ナツメさん、早く行きましょう」
「…あぁ」
アマンナがあんな汚い顔するなんて...きっと班の中心者でもあるナツメとアヤメにあてられてしまったんだろう。それにテッドもどこか投げやりな口調だった。
そんな時だった。場違いにも黒いワンピースと赤い七分袖のカーディガンを羽織った女が現れたのは。
「皆んな仲良くやっているみたいね、元気そうで何よりだわ」
「ティアマト……さんか」
「…」
「ティアマトぉ?何しに来たの?」
「ティアマトさん……」
その言葉とは裏腹に表情はとても険しい。
音もなく歩きこちらまでやって来る、熱風に晒されているはずなのに顔色は険しいまま一つも変わらない。
ゆっくりと立ち止まり皆の顔を睥睨している。
「あなた達に一つ、課題を言い渡すわ、いいかしら?」
「何」
アヤメが端的に言葉を返し続きを促した。
「次、倒れたら向こうでも死ぬわ、命懸けで戦ってきなさい」
「!」
「!」
「…」
「そんな!」
「ナツメ、あなたグガランナに言ったそうね、人とは本来一つの命しかないと、そうよね?」
「言ったさ、それが今何か関係あるのか?」
「あなた達が今日までに何回命を失ったか、分かっているかしら、全員合わせて二十は超えるわ」
「…」
「…」
「…」
「…」
皆んなが息を飲んでいる。そして押し黙り少しは異常さに気がついたかと思われたが...
「それが何?わたしらマキナと変わんないじゃん」
「そうだなアマンナの言う通りだ、いくら死んでも死にはしない、こんなに便利だとは思わなかったよ」
「だから私達は死んででも敵の動きを研究して、」
「それが異常な思考であることに気づきなさいっ!自分の命を蔑ろにする人に一体何が守れるというのっ!あなた達もマキナと同じ道を辿っていい訳がないでしょうっ!!!」
...ティアマトの信じられない声量に太陽も驚きなりを潜めたかのように感じられた。あんなに暑かった格納庫内は空気が止まり熱風も侵入してこれないようだ。
「あなた達の目的を言いなさい!」
さらにティアマトの叱咤は続く、蛇に睨まれたように動かなくなっていた皆んなが黙るが先に回復したナツメが答えた。
「……下層に侵入してくる敵を倒すため、」
「その時に同じように死ぬのかしらっ?!」
「…っ」
「誰もここまでやれとは言っていないわ、少し冷静になりなさい」
「…」
「…」
「…」
「…」
「それでも命を投げ捨てたいという子がいるなら言いなさい」
「はい」
「?!」
「?!」
「?!」
「アヤメ?!」
まるで挑むかのように手を上げた。
「私が死んでいるのは敵の動きを学ぶため、死にたくて死んでいるんじゃない」
「私の話しを聞いていたかしら」
「それもこれもティアマトさんや他の皆んなを守るため、下層が破壊されたらひとたまりもないんでしょ」
「…」
今度はティアマトが押し黙った。計るようにアヤメに視線をぶつけている。
「…」
「…」
「…」
他の三人は成り行きをただ黙って見守っているだけだ。
格納庫のそばを何機か人型機が歩いていく、音と振動がやんだ時にようやくティアマトが口を開いた。
「だから何?あなた達みたいな他者も思いやることが出来ない者に何が出来るのかしら、これなら私一人で片付けた方が早いでしょうね」
その言葉に黙っていた皆んなが一斉に口を開き異口同音に文句を言い放った。
「ティアマトさんがここまでさせたんだろっ!」
「ティアマトさんがここまでさせたんでしょっ!」
「ティアマトがさせたんだろっ!!」
「ティアマトさんのせいですよねっ?!!」
「あら、今更そんな文句で私が怯むと思ったのかしら、いいから準備なさいな、纏めてあの世に送ってあげるわ」
何でだろう...横に流した髪を払いながら言ってのけたその台詞はとても似合っていた。
そしてここに急遽、特別班とティアマトの模擬戦が決定したのだった。
「あなた達が最後に行う戦闘は、知っての通り私が用意したクモガエルと私自身、ここで起こった異常の調査は棚上げにするわ、どうせ私が勝つもの調べたところで意味が無いわ」
「言ってろ!」
「言ってろ!」
「言ってろ!」
「負けませんからね!」
41.ナツメ
「これより特別班は打倒ティアマトに向けて隣街まで遠征を行う、各機発進準備!」
[[了解!!]]
特別班に与えられた格納庫前の発着場に五機の人型機パイロットが声を揃えて親機の指示に答えた。
(最初以来だな、声が揃ったのは…)
背中と脚部に内蔵されている人型機エンジンが、太陽に温められた空気を吸い込み素早く機体を持ち上げるためのエネルギーへと変換されていく。
お腹の底から響く音がコクピット内の空間も震わせ、徐々に機体が軽くなっていく。視界に映っていた格納庫や本館建物が次第に眼下へ移動しさらに遠くを見渡せるようになった。雲と同じ高さになったところでレバーを操作し方向転換を行った、その時ふいにテッドと一緒にデモンストレーションを受けた記憶が蘇ってきた。
(………………………)
守秘回線に切り替えてテッドと思い出話しに花を咲かせようかと思ったが、やめた。
今の私をどう思っているのか分からなかったからだ。
格納庫群を抜けてすれ違いで戻ってきた他所の人型機へ挨拶を済ませてから、隣街へ向けて機体を加速させた。「まるでジャンプする前のよう」とアマンナが馬鹿にした飛行体制に機体をロックした時に一番機から守秘回線で通信が入った。
[今日も勝つから]
「お前…少しは反省したらどうなんだ」
[は?本当に死ぬ訳ないでしょ、それに死んででも敵の倒し方を覚えないと下層が危ないって言ったのナツメだよ?]
「…」
[プエラはこっちにもらうから]
「駄目だ、私に付ける」
人の話しを聞かずに守秘回線から通常回線でプエラに呼びかけた。
[プエラ、私に付いて]
[え?]
「駄目だ、プエラは私に付け、いいな?」
[え?え?どっち?]
[何ですかー取り合いですかー]
[アマンナ、僕が付いてるからね]
[何?ナツメ嫉妬してんの?]
「そうだ、悪いか?いいなプエラ、私に付くんだ」
[え、ちょ、まっ]
[はぁ…]
「マギリ、お前も私に付け、いいな?」
[嫌です、自分から死ににいくような人と組みたくありません]
「…」
[私に言いましたよね?人の死体は見るもんじゃないって、それが何ですかまさか自分から死体になるだなんて意味分かんないですよ]
「…」
マギリの言葉にさすがに目が覚めた。
自分で言っておきながら、これは下層を守るためだと半ば言い訳のように、便利な命に酔いしれてしまっていた自分が恥ずかしかった。
「……すまない」
[…]
[…]
[…]
[…]
[いいえ、そこまでして強くなったんですから私は要らないですよね?抜けてもいいですか]
「残ってくれ、頼む」
[………分かりました]
「私にはマギリを付ける、プエラはアヤメに付いてくれ」
[…了解]
そうこうしているうちにすっかり見慣れた橋が見えてきた。昨日までは異常なやる気で臨んだ橋だが今は違う。どうすればこの空気を変えられるのか、その事で頭が一杯だった。
◇
現場周辺の空域に到着する前からあの異様な化け物は既に見えていた。
「あれは…」
[ティアマトの奴本気みたいですね、あれ]
僚機としてそばに付けさせたマギリから通信が入る。三階建の建物のより頭一つ分抜き出たティアマト・マテリアル、マギリ達がドラゴンの呼んでいる架空の生き物の姿をしている特別実習の相手が、足元にクモガエルを従え屹立していた。黒一色のおおよそ生物らしくない皮膚に、人型機が三機分は収まりそうな両翼。紅く光る眼光を私達に固定し微動だにしない、さらに牙も爪も血で濡れたように染めていた。ポッドルームで見た時よりも幾分にも増して凶悪に見えた敵がそこにいた。
頭の片隅にアヤメが言っていた言葉を留めながら各機へ攻撃指示を出す。
「全機攻撃開始!ここでの訓練の成果を見せつけてやれ!」
出発前と違って誰も返事をしない。瞬間的に負けたと確信したが今更止める権利も怒る立場も失せてしまったので仕方なく私も先行した味方機の後を追った。
私の後ろに付いていたマギリ機が先行し腰に下げていた斧型近接武器を手に持ち構えを取った。
「マギリ!私がっ」
[私の方が近接は得意です!頭をかち割るのでその隙にナツメさんは腹を撃ってください!]
隊長としての立場も失ってしまったのかと激しい後悔の念に襲われたが、浜辺と住宅地を分断している道路にいたクモガエルに空中からマギリ機が斧を見舞った。派手に上がる血飛沫をものともせず、さらに返しが付いた斧をクモガエルの背中側に引き倒してお腹を露出させ、間髪入れずに私はトリガーを引き絞り心臓を撃ち抜いていた。
「ヴェェェァェアッ!!!」
全く不本意だが聞き慣れてしまって敵の断末魔の叫びを耳にしながらいたく感動した。
(こんなに簡単だったのか……敵を倒すことが……)
昨日までは命を無駄にして二体倒せるかどうかがやっとだったというのに、味方と連携を取ってものの一分もしないうちに一体目をあっさりと撃破してみせた。
そして心から反省した、馬鹿みたいに突っ込んで周りに迷惑をかけ、空気まで悪くさせてしまったことに。今更誰が私の謝罪を聞いてくれるかは分からないが、目の前の僚機だけでも謝りたいと思った。
「マギリ、すまなかった、私の考えは間違っていたようだ」
[……いいですよもう、謝ってくれたので、それに私も案外使える人間になったとは思いませんか?]
血と肉片が付いた斧を肩に担ぎ倒した敵を足蹴にして私に振り返ったマギリ機は確かに頼もしく見えた。
「……あぁ、恋する乙女のままでいてほしかったが……確かにお前は頼もしいよ」
[何ですか、それ]
小さく笑うマギリの声に隠れて巨大な質量を持った拳が迫る風切音も混じって聞こえた。
「マギリ!」
[?!]
気づいて声をかけた時には、赤く濡れた爪を固めた拳が、マギリ機に叩き付けられてあらぬ方向へ上半身を曲げながら、まるで人形のように飛ばされてしまった。
「マギリぃ!!」
よりにもよって何故マギリなんだ!あいつには現実で目覚める体がないんだぞっ!
「ティアマトさんっ!!やり過ぎだぞっ!!」
ーGyaalllawwwwwya!!!!ー
赤く牙を見せつけエンジン音にも負けない程の雄叫びを私にも叩き付けられてしまった、まるで理性的ではないその様子に中層で敵対したあの巨大ビーストの面影を見たような気がした。
「クソっ!!」
すぐにライフルを構えるがトリガーを引くより早くティアマト・マテリアルの背後から十九番機と二十五番機が攻撃を仕掛けていた。アマンナとテッドだ、この二人の連携力、と言えばいいかとにかく互いの動きを熟知している。その流れるような連携で撃破率は低いものの被弾率も圧倒的に低くくアマンナ機は一度も戦場で倒れたことがなかった。
二人の横槍に甘えつつ背中に銃撃を浴びたティアマト・マテリアルから距離を取った。背中の痛みに激怒したように雄叫びを上げながら拳を狙いも付けずに振り回す、アマンナ機の射撃で身を隠していたテッド機が前へ踊り出た、手にしていた槍型武器を素早く敵の胴体へと突き刺しよろめいた隙にアマンナ機が跳躍し頭に斧型武器を叩き入れた。
しかし、
[うっそでしょっ!!何で動けるのっ?!]
[アマンナっ!!]
[テッドっ!!]
胴体に槍を貫かれ頭には斧をめり込ませながらもティアマト・マテリアルが接近していた二機目掛けて腕を払った、強かに打ち付けられたアマンナ機が後方へ飛ばされそれを庇うようにテッド機が前を陣取った。
「私も援護に向かう!」
こちらに背中を向けているティアマト・マテリアルに照準を合わせるがアマンナ機に拒まれてしまった。
[じゃ、邪魔するなっ!!わたしとテッドで十分なんだよっ!!余計なもんが入ったら連携が狂うでしょっ!!]
「言っている場合かっ!!私を嫌うのは勝手だがなっ!!状況をっ」
[そういうところがだっ嫌いなんだよぉっ!!人のピンチにしか駆けつけない似非ヒーローめっ!!テッドがどれだけ苦しんでっ]
[アマンナっ!!!!!]
テッドの声だ、こんなに怒声を上げたのは初めてではないだろうか...
アマンナが何か.......いいや、奴もテッドのことを知っているのだ、今日までテッドを支えていたのはアマンナだ。しかし、そのアマンナの言葉をテッドが遮ったのだ。
[…………ごめん、とか言ってる場合じゃなかった!!二人とも!!後ろ後ろっ!!]
「後ろ?」
振り返った先にはいつの間に移動したのかティアマト・マテリアルが仰反るように大口を開け赤い牙にも劣らない紅蓮の明かりを口の中に灯していた、そして理性のある紅い瞳を私達に見据え雄叫びを上げながら頭を振り下ろして辺り一面を火の海へと変えた。
ーGyalllawwwwwya!!ー
「火っ?!!」
[やり過ぎだよもう……無理……]
[あーあ…これで二回目かぁ……]
すぐさまライオットシールドを構えて防ぐが、シールドに直撃した火の塊に熱と衝撃を伴いあっという間に溶解されてしまった。
「熱い熱い熱い熱いっ!」
[そりゃそうでしょ、何やってんの]
[アマンナ、そんな言い方…]
密閉性の高いはずのコクピット内部にも灼熱の温度が侵入してきた、コクピットの端からシールド同様に溶解が始まり私のフライトスーツも泡ぶくれのように溶け始めてしまった。そして最後になけなしの隊長意識の元に叫んだ。
「今まで悪かったっ!!少しでも罪滅ぼしだと思ってくれれば結構だっ!!!」
[足りないよバーカぁ!!]
[熱い熱い熱い熱いっ!!]
溶解した私の機体を超えて、今度は後ろの二人にも紅蓮の炎が襲い掛かったようだった。そこで私の意識は途切れいつもならすぐに医療用ポッドの内天井が視界に映るが、今回は真っ暗のままだった。
え?本当に死んだのか?
41.アヤメとティアマト
[三機沈黙……本当にこれで良かったの?]
「いい、いくよ」
[……うん]
払拭したかった。過去の自分を。下層に攻めてくる敵から皆んなを守って、許してもらうためだけに人に優しくしていた自分を払拭したかったのだ。だからここまで頑張った。
私が先行して今まで踏み付けてきた建物をさらに踏み壊しながら突進する、後に続くプエラ機は距離を空けて付いてきている。
[アヤメ!突っ込みすぎないで!]
プエラの注意にも耳を傾けず目の前にいる敵を目掛けてひた走る。視界は細く揺れてまるで本当に走っているかのような感覚。コントロールレバーも手足のように馴染み建物の陰から突如襲いかかってきた敵を難なく避けてみせた、あれだけ動かすのに苦労した人型機なのに何の感動もなかった。
眉間とお腹を繋ぐ背骨辺りを狙って撃つ、そうすれば二発も使わずに敵を仕留めることが出来る。それにこうして仕留めればあまり暴れずすぐに動かなくなる。
回避から射撃まで一連の動作をやってのけた後は再び敵を目指す。味方機はプエラ以外に誰もいない、皆んな消し屑になってしまった。けれどこれで良かったんだ、敵に回ってしまったティアマトさんを片付けるのは私の役目でいい。こんな嫌な役目なんて私が引き受ければいいんだ。
「構えて!」
[う、うん!]
プエラの動きもよく分かるようになっていた、とにかく人の動きを邪魔しない、そして最大限に効果を発揮出来るように援護してくれるのだ。
プエラ機が放った弾丸が右手拳を構えていた敵の左目に着弾し、炎と同じ色の血が噴水のように噴き出した。続け様に私も右目を狙ってトリガーを引くがよろめくように読めない動きで躱されてしまい口元に着弾してしまった、けれど大型ライフル弾の衝撃を受けて仰け反ったので敵の懐に潜り込み下から突き上げるように斧をお腹に突き刺しってやった。
ーGyuuuuuxxxbaaaa!!!!ー
溢れ出る血にコクピットに投影された視界が滲む。大量の血液を浴びている今の状態では周囲の確認が取れない、しかしここで息の根を止めようとさらに返しの付いた斧を敵のお腹へ深く強引に押し上げた。
ーGyuaaaaaalllawwya!!!ー
[アヤメ逃げてっ!!]
コクピットにも伝わる程の咆哮が続く。断末魔の叫びかそれとも...
ふと、血に染まる視界に暗い影が差した。何事かと思った矢先には横からの衝撃で機体が真横に飛ばされてしまい、海辺の砂と敵の血で視界が一杯になった。地面に倒されてしまった機体を急いで持ち上げると、さっき私が立っていた場所に「7.」とペイントされた機体が、頭部から翼にも付いていた赤い爪に貫かれていたのだ。
「は…」
間抜けな声が出ただけで何も喋れない、状況が理解出来なかった。どうしてプエラは...
「…プエラ?どうしたの?早く逃げなよ」
応答がない。
「プエラ?」
応答がない。どうして?これは訓練でここは仮想世界なんでしょ?
「プエラ!逃げなって!」
応答がない。どうして?いつもみたいに機体が復活しないの?どうして貫かれたままなの?
急いで焼け野原に変わった場所を見る、そこには焼かれて溶けてしまった無残な機体が野放しにされていた。誰も復活していない、昨日のように撃たれたそばから七番機が空から舞い降りたように誰も来ないのだ。
「まさか…本当に?」
私の声を合図にして無慈悲にも貫いたプエラの機体を無造作に投げ捨てた。機体は弧を描き私の機体も飛び越えて砂浜へ盛大な音と砂を撒き散らしながら倒れ込んだ。舞う砂の視界の向こう側をこれは何かの冗談だと思い込みながら見やっていると、ついに私の所にも暗く大きな影が舞い降りてきた。振り向き様に両肩を掴まれてしまい、身動きが取れない私に向かってその大きな口を開けてみせた。
「…あぁ、…あぁ」
紅い瞳に理性は無くあったのはビーストと同じ電子的な殺意のみ。
そして、忘れていたと思っていたメインシャフトで見たあの紅い瞳と鈍色に光る牙を思い出しながら私も喰われてしまった。
◇
目を開ける。開けられたことに安堵しながらも心は暗く、そして重たかった。
「アヤメ」
視線を上げると真っ白の空間にティアマトさんが格納庫で見せた姿のままで立っていた、他には何もないし誰もいない。
「見損なったわ」
「…」
足下に視線を落とした。地面も影もなく、全てが白一色の風景には覚えがあった。けれどあの時とは違って目の前に立つ女性は怯えた様子ではなく蔑んでいた、それでも言葉を選んでいる気配を感じ取れた。
「あなただけだったわ、最後まで独りよがりの戦いをしていたのは、優しいあなたは何処へ行ったの?」
「…私は、変わりたかったんです、だから、」
「他人を犠牲にしてまで変わりたかったのかしらあなたはっ?!!!」
「…っ!」
「いい加減にやめなさいっ!!誰もあなたのことを責めていないでしょう!!それなのにあなたが他人を傷付けてどうするのよっ!!」
「っ!!」
...そうだ、そうだよ、誰も、一度も私は他人に責められたことなんてない。私だけだ。私だけが自分を責めていたのだ。それなのに、他人に優しく振る舞い自分には冷たく当たって矛盾していたんだ。
「何故だか分かるかしら?自分の命を粗末に扱っていたからよ、だからあなたは他人の命も粗末に扱えた、ナツメを撃ったこともそう、私の炎に焼かれた三機を見捨てたのもそう」
「………」
心と胸が何か重いものに縛られてしまい体も言う事を聞かなくなってしまった。本当は顔を上げてティアマトさんを見たいのに見ることが出来ない。
「自分を粗末に扱う者は他人も粗末に扱うものなの、あなたの優しさは偽物よ、だから、」
「ティアマトさん!その辺にしてやってくれないか、見ていられない!」
「ナツメ……」
✳︎
見ていられないのは私だってそうだ。生気を失い今にも死にそうな顔をして項垂れるアヤメなんか見たくもなかった、けれど誰かが言わなければいけないことだったのだ。
待機しているように伝えたはずのナツメが何も生まれていない純真無垢の仮想世界に現れてきた、きっと私とアヤメの会話を見ていたのだろう。
「……ナツメ、私…」
「何も言わなくていい、お前だけが悪いんじゃない、けしかけた私にも責任はあるんだ」
「でも…」
「いいんだ、これで良かったんだ」
「何が?何が良かったの?私はナツメもマギリもプエラにも…」
「いいんだ!……ティアマトさん、まだ何か言いたいことはあるか?」
挑むようにアヤメを守るように睨んでくる。
「まだよ、アヤメあなたの答えを聞いていないわ」
「……………………………ごめんなさい」
「それは誰に向けたものなの?」
「ティアマトさんっ!!」
「お願いよアヤメ、お願いだから自分に謝りなさい、許しなさい、誰もあなたを責めていないの」
この子が立ち直れるためにいくらでも嘘を吐きたかった、けれどそれでは駄目だと自分を戒め何も無い仮想世界の床に手を付き項垂れているアヤメの言葉をひたすらに待った。
そして、
「……………ごめ、ごめんなざい……ごめんなざい……ずっとずっど苦しかったでず……人に優しくするのがっ…ごめんなさぁぁあいいっ!うぇぇえんっ!!うぇえんっ!!」
...嗚咽混じりにようやく、アヤメは認めてくれた。
ナツメが優しく背中を撫で、暫くの間子供のように泣く姿を眺めていた。
◇
「ぐすっ、ぐすっ」
「よしよし」
「こ、子供扱いすんなっ!」
「よしよし」
二人はまるで姉妹のように肩を寄せ合い、ナツメがアヤメを慰めていた。
落ち着いた頃合いを見て再び声をかける、アヤメにはどうしても見せておきたい景色があるのだ。
「……二人ともいいかしら、見せたいものがあるのよ」
私の言葉にいち早く反応したのはナツメだった。
「…ティアマトさん、いいやさん付けはやめさせてもらうぞティアマト」
「勿論よ、今更敬われる謂れもないもの」
「お前少しは手加減というものを覚えてたらどうなんだ?まだアヤメに言い足りないことでもあるのか?」
「違うわ……そうね、ナツメあなたにも見せたいのよ、互いを思いやらない者達が辿った世界の成れの果てを」
そう言い終えた同時に白一色の仮想世界に、荒廃した地球を仮想展開させた。
時代はまさしくテンペスト・シリンダーが稼働した当初、今か今かと待ち侘びていた人達が捨てた地球だ。自分達で壊しておきながらまるで忌み地のように遠ざけ囲いに逃げて見て見ぬふりをした哀れな大地は...
何の説明もせずに展開してしまったので二人とも恋人同士のように抱き合い眼下に望む風景から逃れようとしていた。
「落ちたりしないわよ」
「「先に言えっ!!」」
恐る恐るの体で離れ、隆起し、荒れ果て、変わり切った大地を眺めている。
「これが………」
「地球だっていうのか………」
上下左右、三百六十度に展開した仮想空間は余すことなく当時の地球を再現していた。まるで空中に浮くようにして二人と私は周囲に視線を寄越している。
足下には、マグマに自然も建物も何もかもを飲まれてしまい大地そのものが溶け、地球の恐ろしいまでの回復能力を発揮して度重なる大規模な地殻変動をもって、平らな所など一つもない激しく隆起した大地がそこにあった。
「…」
「…」
二人とも言葉を飲み込み食いるように大地を見ていた。
「自然も、建物も、生き物が住む場所が全て飲まれたしまった後の地球よ」
「ドームの外側はこんな風に………」
「これは……いや、今のテンペスト・シリンダーの周りはどうなっているんだ?それに………こんな状態で平気だったのか?」
「下層の地下にはマントリングポールと呼ばれる巨人が使うような大きな箸が八本刺さっているのよ、それで地殻変動にも耐えていたの、今はどうなっているか分からないけれど」
「……これが、成れの果て、ですか?」
「そうよ、互いに思いやりを忘れた者達が辿った末路、私はそう解釈しているわ」
事の発端は流動しゆく資源の量だ。
限られた生きる糧を分かち合うのでもなく、話し合いをするでもなく、ただ奪い合った。どこか、何か、一つでも互いに言葉を交わしていたならこんな結末にはならなかったはずだ。
「……さっきまでの私だと言いたいんですか…」
その言葉が言えるということは、この子の中で一区切りついたということだ。とても安心した。
「何で笑っているんですか?」
私の表情に疑問を抱いたのか、いつも以上に冷たく言い放つ。
「嬉しいからよ、あなたが一つでも成長することが出来て」
「…」
「…」
とても不釣り合いな光景だった。この子の背後には地殻変動の波に飲まれてしまった、神の怒りを一身に受けたように縦に裂かれた山があり、溢れ出したマグマと中和反応をお越し発生した猛毒のガスと溶け合うように重なった黄土色の入道雲があった。そして、それらに負けない程に迫力のある、頬を染めたアヤメが今にも泣き出してしまいそうな表情を見せてくれていたのだ。睨んではいる、けれど照れてもいる。何とも不思議で情愛が止めどなく溢れてくる素敵な顔をしていた。
ゆっくりと腕を持ち上げ、抓られると暫く痛みが残る細くて綺麗な指を右目の涙袋にひっかけて...
「ティアマトのバーカっ!!!あっかんべっー!!!!」
41.d
『出発してから一日と十二時間後』
「やり過ぎ」
「やり過ぎ」
「やり過ぎです」
三者一様に文句を言うがまるで聞いていない。
「嫌われて……しまったわ………」
そりゃそうだろう。次は死ぬぞと脅して本当に倒したのだ、荒治療どころの騒ぎではない。
「あぁ、何てことかしら………私はただあの子達に教えたかっただけで……それなのにあの仕打ち……あっかんべーだなんて初めてされたわ……」
それは仕打ちなのか?親愛の証なのでは?
そこまで言う義理も心の余裕もないので黙っておく。
(くぅー!私も同じ事を言ったのにぃ!!)
自動操縦に切り替えた艦体はゆったりと雲河の流れに沿うように飛行している。遠くには昇り始めた太陽が見えており、その淡い光を受けてティアマト越しに見えているかなとこ雲が夜の帳から抜けようとしていた。一際大きく頂上が平らになっている雲の周りにも、まるで魚の群のように小さな積乱雲が回遊しているように集まっていた。
艦内の展望デッキにも淡い光が差し込み、仮想世界で暴走してしまったアヤメ達を叱責してきたティアマトの疲れた顔も優しく照らしていた。
それにしたって...
「気にしすぎよ、ティアマト」
「そうですよ、あっかんべーは嫌っている人には見せないものですよ」
「いいの……私には必要な罰よ……あの子達を気づかせるためにひどいことをしてしまったもの……」
両手を上げて肩を竦める。これは駄目だ。
「マギール、もう街には着くのよね?」
「あぁ、タイタニスとは連絡を取っているが向こうの基地責任者とは話しを付けたそうだ」
「そう、首尾は上々ね」
「そうだわ……私もあの子達に混じって汚れたナノ・ジュエルを啜ろうかしら……少しはこの汚い心もましになるはずよ……」
「あなたはマキナでしょうが」
「それはいい、ピューマ達を先導してやってくれ」
「いや、あの……いい加減励ましてあげたらどうでしょうか……」
デッキに置かれたチェアに深く腰をかけて背もたれに身を預け、足を組みながら額に手を当てている姿はまるで、
「子育てに疲れた親のよう」
誰も反応しないので好き勝手に言っているが、こんな様をしたティアマトをどう励ませというのか。ゆっくりと休んでくれとしか言いようがない。
太陽の光に背を向けて立っているマギールが顎に手をやりながら休暇中の母親に声をかける。
「それで、あやつらは結局向こうに残ると言っておるのか?もう十分ではないか?」
小さくかぶりを振りながら、教育の方針について話し合うようにティアマトが答えた。
「そうよ、せっかくここまできたんだからと言ってね、最後まで向こうでの訓練を受けたいそうよ、まぁ訓練は終わっているから実践になるのだけど」
「そいつは頼もしい、儂も安心して煙臭い街に残れるというものだ」
その言葉に母親が顔を上げ、子供達を見捨てようとしている父親を諫めた。
「それは本気で言っているのかしら?あの子達が心配ではないの?」
「儂には仕事があるからな、心配だがせなばならないことはせなばなるまいて」
「仕事を言い訳にする父親」
「もしものことがあったらどうするの?あなたも人型機を操縦出来たわよね?」
「儂一人がいたところでどうにかなる話しでもなかろう、それに誰がピューマ達の面倒を見るというのだ?アオラという責任者だけでは心許ないだろう」
「まさかの二重生活」
「そんなもの向こうに任せておけばいいでしょうに、アヤメ達の方が大切よ」
「ちょっと待ってピューマもティアマトの子供でしょう?心配ではないの?」
さすがに口を挟んだ。誰も突っ込んでくれないから寂しくなった訳ではない。
「それはただの比喩よ、産める訳がないでしょう」
「認知撤回……泥沼……」
スイちゃんまで口を挟んできた。いよいよ三重生活の罰が下りようかという時に、夜の帳から抜け出し日の光を浴びて目覚めたかなとこ雲の中腹辺りから、紫電の光が飛び出し一筋の尾を引いてまだ夜の眠りについている遠くの積乱雲へと消えていった。
(?)
見間違い?あんな所で自然物ではない光が見えたということは人工物...言うなれば誰かが飛行機もしくは人型機を飛ばしていたことになるが...
見間違いだろう、恐らく雷か何かが発光してそう見えたに違いない。
「だがな、元々は街で降りるつもりでいたんだ、今更とやかく言われたところで変更するつもりはない」
「離婚?」
私のくだらない冗談にようやく二人の親が反応してくれた。
「「グガランナ静かに!!」」
こうして私達は、揺蕩うように泳いでいる雲達と一緒に上層の街へと昇っていったのだった。