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第四話 与えられたもの

4.a



 倒れ込んだ場所が悪かったのか、体がまた痛くなってしまった。小さなビーストを泉からここまで運んできたからとくに腕と手のひらが痛い。

 あの優しいビーストは途中何度か、一緒に運ぼうとしたが私は無言で断り半ば意固地になって運び続けた。

 …やつ当たりをしていた自覚はある、何度声をかけても反応してくれなかったから。


(馬鹿だな私…)


 やつ当たりをすれば、態度を変えてくれるかもしれないと思った、言葉が通じないから態度で示すしかないと思い込んでいた。


(馬鹿だろ私ぃ…!)


 今頃、自責の念に頭を抱える。よく考えてみればあのビーストは言葉は分かるのだ、それを忘れて私も無視して意固地になってしまうなんて。

 あれでも、どうして人の言葉が分かるのだろうと疑問に思った時に扉が開いた。


「わたしを助けてくれてありがとう!!」


 満面の笑顔をたたえた小さな女の子が目の前に立っている。


「わたしを助けてくれてありがとう!!」


「いや、聞こえてるから…」


 誰?この子、もしかしてここに住んでいるのかな。最初入った時は誰もいなかったと思うけど…


「…誰?」


「えぇわたしだよわたし、最初からずっと一緒にいた」


「…?いなかったと…思うけど」


 頭が追いつかない。私が倒れ込んだ後、ビーストはまた頭を咥えて引きずり、奥の扉に入っていったのは覚えている。その扉からこの子は出てきたのだ。


「ねぇ君、あの扉に入っていったビーストは知らない?」


「びーすと?って何それ、わたしはアマンナっていう名前だけど」


「?」


「?」


 二人して混乱してしまった。いや、私が混乱するのは分かるがこの子まで一緒になる理由が分からない。

 扉の奥から硬い足音が聞こえてきた、アマンナと名乗った元気いっぱいな女の子が振り返り、


「グガランナぁ、やっぱり子牛の形に戻して、わたしのこと全然分かってもらえない」


「馬鹿なことを言わないで、人型のマテリアルに代えるのにどれだけエネルギーを使ったと思っているの」


 そこには、人の言葉を話すあの優しいビーストがいた。

 今度こそ、頭の中が真っ白になってしまった。



4.b



「グガランナってやっぱりばかだよねぇ、せっかくポッドがあるんだから、言葉を話せるようにしてからわたしの所に来ればよかったのに」


「…これでも一応、あなたのことを最優先にして動いたのだけど。戻してあげましょうか?子牛のマテリアルに」


「助けてぇ!グガランナがいじめるよう!」


 そう言ってはしゃぎながら私に抱きついてきた。

 あれから少し落ち着いてから、私達は建物内の本が沢山並んだ部屋に移動した。私の倍以上はあろうかという棚にびっしりと並んだ本は圧倒的だった。

 私の街にもあるにはあるが、ペーパーブックと呼ばれる使い捨ての薄っぺらい本が多い、そもそも濡れたら破けるわ火がついたら燃えるわの紙製の本は誰も使っていない。


「ここは、ティマトが建てた図書館と呼ばれる場所で…」


「いやちょっと待ってこれ以上は無理!頭が追いつかないから!」


 優しいビーストが淡々と説明を始めてしまったので慌てて止めた。


「そうだよ、そんなつまらない話してどうするのさ」


「そういうことでもないんだけど…」


「ねえ!あなたの名前は?なんて呼べばいいの?」


「私の名前は、アヤメっていうの、その、よろしく、ね?」


「うん!よろしくね、アヤメ!」


「…こちらこそ、よろしくねアマンナ」


 元気なアマンナと言葉を交わしてから、ようやく心が落ち着いた。とても愛らしい顔をしているこの子の瞳は好奇心で満ち溢れている、キラキラと輝く髪は私と同じ金色だ。服から覗く肌には見えにくいがうっすらと細い線が走っている、それを見てこの子は人間じゃないんだと強く実感する。


「どうしたの?わたしの体に何かついてる?」


「ううん、ごめんじろじろと見ちゃって」


「いいよそんなのもっとわたしのことを見てアヤメ!」


 危ない発言に聞こえてしまう。


「その、まてりある?っていうのは何?」


「グガランナぁ説明して、つまらない話するの苦手」


「あなたね…」


 ため息が聞こえそうな程うな垂れたグガランナが代わりに説明を始めた。

 この優しいビーストはグガランナという名前だった、さっきあんなにやつ当たりしてしまったというのに、何でもないように話始めたことに違和感を覚えてしまう。


「マテリアルは私とアマンナの外観を形成してくれるものよ」


「?」


「アヤメで例えるなら体のことだね」


「あぁそういうこと、じゃあ、こうしっていうのは何?」


「動物見たことないの?」


「見たことない…昔は生きていたという話は聞いたことがあるけど…」


 アマンナとグガランナが目配せしている、そんなに変だったかな。


「子牛っていうのは、牛の子供のことでね」


「うしっていうのが、そもそも分からないんだけど…」


「グガランナぁ!!」


 アマンナが説明を諦めた、何なんだ、そんなにうしを知らないことがおかしなことなのか。


「アマンナ、手伝ってちょうだい、彼女には図鑑を見てもらったほうが早いわ」


 名前で呼んでくれず、彼女呼ばわりされたことに少し傷つきながら、大きな棚の列へと消えていくアマンナとグガランナの後ろ姿を見送った。



✳︎



 彼女の名前はアヤメ、ようやく知ることができた。アマンナに聞かれないよう小声で繰り返す。


「彼女の名前はアヤメ、彼女の名前はアヤメ…」


「気持ち悪いよ?!何言ってるの?!」


 聞かれてしまった、人型に代えたというのに聴覚が良い。


「動物図鑑ってこのあたりだっけ?」


「あなたにも書籍のデータベースは入っているでしょう?」


「ううん、頑張って人間に似せるためにエネルギーたくさん使ったから、頭の中空っぽ」


「馬鹿なのかしら」


「やだなぁ、グガランナほどじゃないよ」


 無視して図鑑が置かれている本棚へとアマンナを連れて行く。

 それにしても、この図書館は良く出来ている、とてもマテリアル調整ポッドを隠すためだけに造ったものとは思えない。動物図鑑だけでなく、各分野の学書から、娯楽用の小説や詩集まで選り取り見取りだ。中身もきちんとしていてるので彼女に見せても問題ないだろう。

 牛のマテリアルでは小さすぎる階段を登りながら二階へ上がる、そこは半周状に棚が設置されて、天井から降り注ぐステンドグラス越しの光を浴びて本の背表紙が光る。

 一階を見下ろせば、少し途方に暮れたように寂しく座る彼女がいる。波打つように不定形にデザインされた机の中央には桜の木があり、彼女の顔を隠していた。


「アマンナ、あなたから聞いてもらえないかしら、私のことをどう思っているか」


「わたしばかだから分かんない」


「はぁ…」


「それぐらいグガランナが自分で聞けばいいじゃんか」


「彼女に怒られてしまったのよ…無視するなって」


「無視したグガランナが悪いんじゃん」


「──はっ、元はといえばあなたが悪いんでしょうアマンナ!どうしてエモート・コアを自分から切ったのよ!」


 そうだ、思い出した。怒らせてしまった彼女にどう謝ればいいか、そのことばかり考えていたので忘れていた。


「ひまだったから」


「…」


「ひまだったから」


「聞こえているわよ!」


 エモート・コアの反応がなくなってしまったので、ついにリブート対象と認定されてしまったのかと大いに焦った。焦った自分が馬鹿だった。

 リブートとは文字通り再起動を意味する、修復不可能とプログラム・ガイアに認定されてしまえばサーバーとの接続が強制切断されて、マテリアル・コアはおろかエモート・コアの維持も有限となってしまう。エラーを起こしたAIに無駄なリソースは使わず、新しいAIに回し再起動する。それがこのテンペスト・シリンダーの運営方法だ。


「アマンナ、二度と自分からエモート・コアを切らないでちょうだい」


「うん、切っても楽しくなかったから」


「あなたにはそれしか頭にないのかしら」


「やだなぁ、当たり前でしょ何いってるの」


 開いた口が塞がらなかった。



✳︎



 アマンナ達に見せてもらった大きな厚みのある本に、例の牛、が載っていた。つぶらな目には似合わない前に突き出た角と、大きく盛り上がった筋肉から伸びる四本の足。それから、街を探索していた時に、手持ち無沙汰に掴んで遊んでいた先のほうだけ毛が生えた尻尾。なるほど、グガランナにそっくりだ。

 他のページも見てみれば、あの広場にあった像はライオンというそうだ。昔はこんなにもたくさんの動物達が生きていたなんて、何だか信じられない。


「あ、これちょっとビーストに似てるかも」


 載っていたページには狼と書かれた、牛やライオンとは違う、鼻と口が前に突き出た比較的小柄な動物が載っていた。触ると気持ち良さそうなふさふさな毛が印象的だった。


「ねえ、そのびーすとって何?」


「私達人間が戦っている敵の名前だよ、グガランナよりも体とか牙や爪なんかも大きくて、目が赤く光ってるやつ」


「それってもしかして…」


 アマンナが何か言いかけた時、天井の鮮やかな模様が描かれたガラスが大きな音を立てて割れた。


「何っ?!」


 飛び散るガラスに光が乱反射しキラキラと輝くその中に、今まさに見ていた図鑑の中の狼がいた。


「twmjjgj!」


 ビーストだ。身体中から火花が散っているその姿はどこか満身創痍に見え、私がここに来た経緯を思い出した。爆発に巻き込まれ、それでも生き残ったあの時のビーストだろう。


「bmnmm!!」


 着地するなりそのまま私達を目掛けて駆け出した。


「あなたは下がって!アヤメ!」


「でも!グガランナも危ないでしょ!」


 ビーストの爪が届く寸前、グガランナが割って入り私を庇う、火花が盛大に散った。


「アマンナ!アヤメを連れて逃げなさい!」


「わかった!」


 言うが早いかアマンナは私の手を取り出口へと走る。


「待ってグガランナが!」


「ここにいても何もできないでしょ!」


「何か戦える武器はないの?!」


「いいから早く!」


 力強く引かれるアマンナの手に抵抗できない、されるがままにビーストの横を通り過ぎようとした時、


「bmwmm!」


 私達に身体を向けて、あの時に見たものと同じ光る銀の牙で噛みつこうとしてきた。


「グガランナ!」


 アマンナのかけ声と共にグガランナが突進した。大きく突き出た角に身体を貫かれたビーストが動きを止めた。


「今のうちに!」


「bmmmmmォォ!!」


 電子的な遠吠えを背に私達はグガランナを残して部屋を出て行った。



✳︎



 角で貫かれたというのにこのピューマは無理やり身体を動かそうとしている、とんでもないマテリアルだ。

 だが、ここで逃すわけには行かない、アマンナもそうだか何よりアヤメが危険だ。


「bmnnン!bmnnnンン!」


 破壊音が聞こえる、私の角かピューマのマテリアルか分からない。火花も散り続け視界も悪い、いつまでもこの状態を維持できないのは明白だ。ついに私の角が一本折れてしまった、勢いがついたピューマは大きな爪で私の頭を掴み力任せに引き抜こうとする。


「bmmmォォォォ!!」


 今度は首から音が聞こえる、長くは持たないだろう。ここでマテリアルが全壊してしまえばどうなるか分からない、私もリブート対象になってしまうかもしれない。それなのに私は…


「あなjたに分かるtかしgら?」


 損傷してしまった声帯で、ノイズが混じりながらも誇らしげに私はピューマに告げた。


「嫌われたかcもしれないというkt焦り」


「bmmnン!!」 


「気づかってくれurた時の恥ずかしtさen」


「?!bmmmmォ!」


「そしテ!名前をuck呼んでくれaたこの嬉し..xさが!!」


 寂しさと孤独に耐えきれず、誰かと関わる妄想ばかりしていた、あの時のちっぽけな私。微笑みかけてくれることを夢見て現実から逃げ、誰かと笑い合う妄想にふけって満足していた私。そんな自分に嫌気がさしてしまうというのに、彼女は、アヤメは…。

 残った最後の角に力を込める。エモート・コアが切れてしまおうが関係ない、アヤメは私が守る、そう決意した時ピューマに壊されかけていたマテリアルに力が溢れかえった。


「こんyな私に!アヤメは暖かさsをくれjた!恐怖をu教えてくレた!心配してくuれる力強さを与えgwてくれた!」


「bmmnoooォォォオ!!」


「何もi知らないあなたにz負けるはずガないii!」


 首が取れたのか、体を貫いたのか、束の間の浮遊感の後意識が途切れた。



4.c



「ねぇ!アマンナ待って!」


 ビーストが侵入してきた部屋を出て入り口に戻ってきた後、今度はアマンナ達が出てきた扉に逃げ込んだ。入ってすぐ、私の右手にはたくさんの花が植えられた花壇があり、ちょっとした庭になっていた。左手には等間隔に並べられた椅子があり、どこか開放的な、のどかな雰囲気の場所だ。


「グガランナのことが心配だよ!いいから止まって!」


 そこでようやくアマンナが止まってくれた、けど手は離してくれない。


「どうして?アヤメはグガランナを怒ったんでしょ?」


「そうだけど…!」


「アヤメは嫌いなんだよね、グガランナのことが、だから怒ったんでしょ?どうして嫌いなグガランナのことを心配するの?」


「違うよ!好きだからやつ当たりして怒ったんだよ!」


「でもグガランナは怒られたことを気にしてたよ、嫌われたかもしれないって、好きなのに怒るの?」


 その言葉を聞いて、いてもたってもいられなくなった。力が緩んでいたアマンナの手を振りほどき、来た道を戻ろうとした時、


「…bmmn…noooォ!!」


 上半身があらぬ方向に捻れたビーストが私達の前に立っていた。右腕の下あたりだろうか、グガランナの大きな角が刺さっている。ビーストの足取りは不規則で今にも倒れてしまいそうなほど、植え付けられた花壇を踏み壊しながらゆっくりと近づいてくる。


「そんな…!」


 逃げるには十分な距離がある、しかしグガランナが倒されてしまったというショックで体が言うことを聞かない。


「アヤメ!何してるの?!早く逃げて!」


 アマンナの叫び声と、倒れ込むように迫ってくるビーストの爪が、見えない壁に阻まれる音が同時に聞こえた。



✳︎



[アマンナ、敵生体の排除に協力を要請します]


 うるさいな、それどころじゃない。


[アマンナ、敵生体の排除に協力を…]


「聞こえてるよ!!」


 思わず口で返してしまった。プログラム・ガイアが形成した半透明のシールドのおかげで攻撃を防ぐことができた、けどアヤメはその場から動こうとしない。そんなにグガランナのことが大事なのかな。


「アヤメ!こっちに来て!」


 握り潰さないように力加減を考えてアヤメの手を握る。この手でグガランナはたくさん撫でられた、わたしはまだ撫でてもらってない。

 そのまま中庭を抜けて、マテリアルを調整したポッドがある部屋に入る。規則正しく並ぶポッドは全部で三つ、わたしとグガランナが使ったのでその内二つのポッドが開けっぱなしになっている。早くアヤメと喋りたいと、普段は小言をいうグガランナもポッドの扉を閉めずに急いで出てきたままだ。

 毛の長い悪趣味な絨毯を踏みながらさらに奥へと向かう、グガランナと最後に通信した時そのまま中層へ逃げろと言われた。言うことを聞いて、アヤメもちゃんと守っているのに誰も褒めてくれない。どうしてグガランナばっかり…!

 奥の勝手口へ続く扉がいつの間に入ってきていたのか、頭がおかしくなったピューマが投げつけたポッドでひしゃげてしまった、これでは扉が開きそうにない。


「bm×××…!bm!」


 ポッドを投げるだなんて、どこにそんな力が残っていたのか。


[アマンナ、敵生体の排除に協力を要請します。いい加減に言うことを聞いて下さい]


 切れた。その言葉に切れた。


「だあぁ!もう分かったよ協力でもなんでもするよ!いいから早く何とかして!」


 急に叫んだ私にアヤメがびっくりしている。


「だ、大丈夫?!どうかしたの?!」


[排除するのはあなたです、アマンナ]


「そんなこと分かってるからナノ・ジュエルでもなんでもいいから早くわたしにつけて!!」


 そう叫ぶなり、わたしの右腕にプログラム・ガイアから転送されたナノ・ジュエルが追加されていく。形状は…何これハンマー?


「ばかじゃないのなんでハンマーなの?」


[あなたの人型マテリアルを形成する際にナノ・ジュエルを大量消費してしまったためです]


「わたしのせいにするなぁ!」


 ハンマーの形に変化した右腕を、力いっぱい振り上げひしゃげた扉に叩きつけた。扉は吹っ飛び奥へと続く通路が見える。


[馬鹿はあなたですアマンナ、扉ではなく敵生体を叩いて下さい]


 無視してアヤメの手を引っ張る。


「アヤメはこの通路から逃げて!あとはわたしが何とかするから!」


「いやだ!アマンナまで置いていけるわけないよ!」


アヤメの言葉にわたしのマテリアルが反応した。


「…わたしのこと、心配してくれてるの?」


「ばかなこと言わないで!当たり前でしょ!」


 こんなに嬉しいばか呼ばわりは初めてだ。やっぱりアヤメは良い人だ。そう思った時、良い思いばかりしていたグガランナにムカついていた気持ちもさっぱりと消えた。


「ならそこで見てて!わたしがあのピューマをやっつけるから!」


 言い終わらないうちに右腕を構え、ポッドを投げた反動で床にへばりついていたピューマに狙いを定める。そしてそのまま振りかぶり、右腕ごとピューマの頭へ投げつけた。勢い良く当たったハンマーはピューマの体を突き抜け、部屋の壁に穴を開けてさらに遠くまで飛んでいった。


[…敵生体を変更します。アマンナ、あなたは馬鹿ですか?施設を壊せと要請した覚えはありません]


 自動対応のAIが小言をいう、不思議とまったく気にならなかった。



4.d



 割れたステンドグラスの細かい破片が落ちてくるのが見える。エリアの天井に設置された仮想展開型風景による太陽は夕暮れ時か、破片が赤い光を受けて舞うように輝く。

 どうやら近くにあのピューマはいないようだ、仕留め損ねてしまった。アヤメが心配だ、けれどマテリアルが全壊してしまったので何もできない。


[あの人間は無事よ、グガランナ]


 突然通信が入った。この声はここの図書館を建造したティアマトだ。


[好き勝手やってくれて。せっかくテンペスト・ガイアに内緒で造った私のお気に入りの場所なのに]


[アヤメは無事なのね?]


[そう、あの人間はアヤメっていうのね、素敵な名前]


 聞いていない。無事かどうか、それを知らなければならないのに。


[ティアマト、ここを勝手に使ったことは謝るわ。教えてちょうだい、アヤメは無事なの?]


[自分で確かめてみなさいな、アヤメによろしくと伝えておいてね、グガランナ]


 そう言って通信を切られた、なんて自分勝手なAIなのか。確かめてみろと言われてもこのマテリアルでは何もできない。

 できることならアヤメに謝りたい、動けないアマンナを連れ戻す時に無視してしまったことを。いくら小型で軽いとはいえ、体力が回復したばかりのアヤメに手伝いを頼むことなんてできなかった。アヤメは優しいから、頼めばきっと疲れたその体に鞭打ち一緒に手伝ってくれただろう。また倒れてほしくなかった、これ以上無理をしてほしくなかったから、私一人で連れてくるしかないと思い込み、結果アヤメを怒らせてしまった。


「グガランナ!」


 …声だ。今、一番聞きたかった声だ。


「グガランナ!無事?!大丈夫なの?!」


 …ええ大丈夫、私は大丈夫よ。

 今にも泣きそうな顔で、涙で見えなくなってしまった私の好きな空色の瞳に見つめられながら、


「…庇ってくれてありがとう、グガランナ」


 意識が途切れていった。

次回更新は12/5 20:00を予定しています。

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