Cell.25 リ・ホープ
「なんかドラマみたいでめっちゃ興奮した!」と、元気良く語るのはヨーコ、お尋ね者扱いを受けているのにまるで気にしている様子がない。
一方、サーフィヤと言えば、
「ああ…バイト先どうしよう…何の連絡もせずに…というかできないし…絶対クビになってるだろうなぁ〜…」と、白い目をして遠くを眺め、全てに諦観したように元気を失っている。元気を失っているのにそれでも美しいのだから、若さというものは得である。
「そんな事よりさ」と、普段と変わらないビーが話を切り出した、話題は先日生卵へ向けて出発したミトコンドリアについてだった。
「私はミトコンドリアの奴らと会いたかったよ、だって同年代なんだろ?どんな奴なのか気にならない?」
「ビーの浮気者!私たちというものがありながら!」
「いやいや、そういうお前も気にならない?私らと歳変わらないのに地球上を旅してるんだぞ?私だったら絶対無理」
「うん気になる、サランって人、枝葉でも有名だったみたいだし」
「お前はどっちなんだよ」と、私が間髪入れずに突っ込むと、ヨーコはまた怒られると勘違いしたのか、同席していたアヤメの背中に隠れた。なんでやねん。
「そんな依田話しは置いといて、お前ら、こいつに何か言うことはないのか?」
場所は修理がまだ完了しないノラリスの船内のその食堂、私とアヤメ、それからリ・ホープのメンバーは座し、一人だけ席に座らせずに立たせている。そして、その者には『私は暴力女です』と書かれたプレートを首からかけさせている。
その者とは何を隠そう、フラン・フラワーズである。
「……」
本人は自身の処遇に納得していないのか、大変不愉快そうにしながら何も言わずに立っているだけだ。ただ、迷惑をかけた自覚だけはあるのか、私の言い付けはきちんと聞いていた。聞いているだけである、反省はしてなさそう。
私らは『また面倒を起こしやがって!』と腹を立てているが、リ・ホープのメンバーは誰も叱責しようとしなかった。
「まあ、しょうがないんじゃない?フランさんはサっちゃんたちを守ろうとしただけでしょ?ヨーコはともかく」
「そうそう、私はサっちゃんと違って体力もあるし何かあれば走って逃げられるしね。──なんでやねん!」
「あぁ…今月のお給料は支払わられるのかな…クレジットで買い物しちゃったから…ああどうしよう…」
(ほんとに誰も気にしてないな…それでいいのか?)
「あんたたち、人のこと言えないけどよっぽどね、姉御の反応が普通だと思うんだけど」
「そう言うんだったらきちんと反省しろ、顔に書いてあるぞ」と、そう言うとフランが両手で顔を隠しながらその場で蹲った。やっぱり反省していない。
「まあ…あまり気にしていないようで安心したよ、サーフィヤはあれだが」
私がそう言うと、ジュースをちびちびと飲んでいたヨーコが顔を輝かせた。
「悪の組織から逃れるヒロインの気持ちを味わった気分です!またやりたい!」
「いやもう次はない」
「夜逃げ同然だったからな、血相を変えたお前たちが今すぐ荷造りしろと言ってきた時は何事かと思ったよ。でもまあ、確かにあの慌ただしさは面白いものがあった」
ビスヘムもまんざらではない様子だ。
サーフィヤは頭を抱えたままだった。
「バイトもそうですけど…プリドを置いてきて良かったのですか?いくら非公式とはいえ、あの子もリ・ホープのメンバーなのに…」
この場にはいないが、あの強かな作曲家が眼鏡の位置を直し、レンズをきらりと光らせる姿が頭を過った。
「あいつは命友会に顔が割れていないからな、無理に連れて来る必要もない。それに、プリドは自分からここに残るって言ったんだ」
豪快にジュースをごくりと飲み干したビスヘムが「冷たい奴だな」と唇を尖らせた。
「そんな訳あるか、お前たちに変わってプリドがリ・ホープとして活動をしてくれているんだよ、そうじゃなきゃすぐに名前を忘れられてしまうってあいつも危惧していたぞ」
「そりゃそうか、帰ったらうんとお礼を言ってやらないとな」
「そうそう」
別れる間際、あいつは「せっかくですので私自身の名前も売りに渡ろうかと。リ・ホープが私の全てではありませんので」と言っていた。本当に強か。
私が皆んなのために用意したジュース、サーフィヤだけ口にせず、グラスに付着した雫が落ちてテーブルを濡らしているだけだった。そのグラスをようやく手にしたサーフィヤが私に訊ねてきた。
「ところで…ナツメさんが言っていた生卵、って何の事ですか?ミトコンドリアの人たちはその生卵?に向かわれたんですよね」
「ああ、生卵は見た目がそうだから私らがそう言っているだけで、正式な名前はL0・イブという所だ」
「なまたまご?」と、ヨーコがかくんと首を傾げた。
「なんだ、生卵も知らないのか?」
かっ!とヨーコが目を見開く。
「知ってますよ生卵ぐらい!目玉焼きになる前のやつでしょ!「微妙に違う「ビーは黙ってて!私が訊きたいのはどうして生卵って呼んでるのかって事ですよ!」
「見たまんまだからだよ。まあ実際は生卵のようなドーム状をしたテンペスト・シリンダー、という事だ、地面に突き刺さった生卵を想像してみろ、そのまんまだ」
「その中に人が住んでるの?」
私の話に興味を唆られたのか、ヨーコが敬語を使わずにタメ口で質問を重ねてきた。
「そうだよ、それも半透明の修復壁でな、外から中が丸見えなんだよ」
「ええ〜何それ〜プライベートゼロじゃん」
「だが、どの階層からも周囲の自然を堪能することができる、素晴らしい所だった──まあ、住みたいとは思わなかったが」
「へえ〜〜〜全く想像できない、半透明のテンペスト・シリンダーってどんな所なんだろう」
「ものすごく居辛い所だった、何をするにしても検査、検査、検査でな、まるで病原菌かのような扱いを受けていた、そしてそれがL0・イヴでは普通なんだ」
「どうしてそこまで検査に拘るのですか?」
サーフィヤが最もな質問を口にした。
「L0・イヴ自体が一つの生命体だから」
「?」
「──お代わり貰ってこよ〜」
「???」
ヨーコとサーフィヤが首を傾げ、ビスヘムに至っては理解することを諦めたのか、空のグラスを手にして席から離れていった。
アヤメが注釈を入れてくれた。
「L0・イヴを統括しているプログラム・ガイアがね、そう教えてくれたんだよ。ナツメの言う病原菌ってのはあながち間違いじゃなくて、住んでいる人たち一人一人を細胞とみなして、毎日細かく健康チェックしているの、だから定期的に検査を受ける必要があったし、そのお陰でL0・イヴの平均寿命はどのテンペスト・シリンダーよりも高いの」
「なんというか…極論のような…」
「私もそう思う…いくら健康の為とはいえ、人々の生活にそこまで介入するのは…」
「まあ、それが普通の反応だと思う。ミトコンドリアの奴らはその生卵に向かったんだ、中に入るまで数ヶ月はかかるだろうな」
「えっ、もしかして検査するため?」
「そう、しつこいぐらいに検査をする所だから、私らの時は何人かの乗組員があまりのしつこさにキレて暴れたぐらいだから。──なあ?」
いつの間にかビスヘムの席に座り、挙げ句にはサーフィヤからジュースを貰って堂々と飲んでいたフランに話を振ってやった。本人は「もう昔の事だから忘れた」と、ビスヘムと同様にジュースを豪快に飲み干した。
「ほんとっ…数ヶ月待ったのはお前のせいなんだがな、大人しくしていれば二ヶ月で済んだのに」
「どのみち長っ!」
「あんたたちも生卵に行けば分かるわよ、待たされる苦しさと苛立ちが」
「いや行く機会がありませんので…」
逃避行をさせてしまったリ・ホープとその主犯格を交えた話し合いであったが、そのままいつも通りのお喋り会に移ってしまった。彼女たちは本当にフランの行ないを気にしていないらしい。
◇
話し合いの後、リ・ホープのメンバーたちはせっかくだからと市民交流へ出かけて行った。生まれて初めて訪れたオブリ・ガーデンは刺激的らしく、主にヨーコが率先して市民らと言葉を交わしている。オブリの人たちももうすっかりと打ち解けたのか、最近ではミトコンドリアの歌姫よりも彼女たちの名前を口にするようになった。
今日は雨である。昨夜から降り続けた雨が修理中のノラリスとイスカルガ、それからヴァルヴエンドからリ・ホープを乗せてきた飛行船を濡らし、大地に数え切れないほどの水溜りを作っている。雨のせいで白く煙るカピタニアの景色はどこか儚げで、そしてとても静かであった。
(こんな雨の日に外へ出るなんて、本当に元気な奴らだ)
ノラリスの私室からカピタニアの街並みを眺めていると、ミトコンドリアの親玉であるコンキリオさんから通信が入った。最近何かと連絡を貰う。この人暇なのか?
「コンキリオだ。先程サラン隊長から連絡を受けた。君が言っていた通り、生卵が地面に突き刺さっているようなテンペスト・シリンダーを前にして毎日検査らしい」
「わざわざそんな事を言うために?」
「君に情報提供を求む。L0・イヴについて知っていることがあれば教えてほしい、無論、タダでとは言わない」
「それなら──」つい今し方、ヨーコたちにも教えた『病原菌』の話をし、そして彼女たちには伏せていたL0・イヴの成り立ちについて話した。
「成り立ち?」
「そうです、何故L0・イヴがあんな形をしているのか、何故市民らをしつこく検査しているのか、その理由ですよ」
「健康長寿以外にあるというのかね」
「先史時代の贖罪、だそうです」
「先史時代?」
先史時代とは、言葉が誕生する前の高度な社会構造を有する団体や国家のことを差す。しかし、この場合は西暦時代、当時マントリングポールを開発した社会機構のことを差す。
「アフリカは様々な国家から横槍を入れられてきましたからね、それだけ社会に深く関わっていた証でもありますが、その時にかけた迷惑を今になって贖った結果、だそうです」
「もう少し具体的に説明してくれ、その情報がミトコンドリアの活動にどう関わる?」
まあ、その疑問を投げかけるこの人の心情は理解できる。
(出来た指揮官のようだ)
だが、その質問には答えず、構わずに話を続けた。
「L0・イヴの建設に携わった国家、現在で言うなればテンペスト・シリンダーは北欧の二基、それから自己主張が激しいファースト、最後に覚めてから寝るまで我が物顔の漢帝です」
「最後の悪口だろ。──何が言いたい?」
「そして、毎日のようにしつこく身体検査を設けるL0・イヴの政府機関。──まだ分かりませんか?」
さすがは指揮官、ピンと来たらしい。
「──内部はごちゃごちゃ、という事なんだな?建設に携わったそれぞれ国家の人間たちもL0・イヴに住居を構えている」
「その子孫と言いましょうか、まあとにかく、先史時代と変わらずL0・イヴは外野の連中から横槍を入れられていますよ、その防衛策として身体検査を取り入れ誰がどこにいるのか、毎日時間刻みでプログラム・ガイアたちは把握しているわけです」
「概ねは理解した、ミトコンドリアにはなるべくプログラム・ガイアから離れないように指示を出す必要がありそうだ」
「その必要はないかと」
「それは何故?」
「L0・イヴのプログラム・ガイアに会えば分かりますよ、間違いなく自分から会いに行く必要はありません」
「?」
首を傾げる気配が伝わってくる、けれどこればっかりは本人に会うまで分かるまい。
私に『母親の愛情』、というものは分からないが、きっと『あれ』がそういうものなのだろう。
「では、情報提供の報奨として一つお願いがあります」
「何かね?」
*
変わった木がある。その木はアフリカの地にいくつも立ち、幹が太く、それから枝葉が空に向かって平べったく伸びている。
まるで逆だ、地ではなく天に根を張っているようだ。この逆さまの木をバオバブと言い、過去の言い伝えでは、激おこになった神様がこの木を逆さまにしてしまったんだとか。怒るところそこなの?
「どう?素晴らしい景色はいつ見ても飽きない、違う?」
「え、ああ、うん、そうだね」
「景色を堪能したのなら、体を診させて」
「またなの?」
ここは私の部屋だ、入り口にも『イーオン』と表札を掲げている。にも関わらず、この人は何度も侵入してくる、しかも唐突に、いきなり「素晴らしい景色でしょう」と声をかけてくるのだ。
身長はクルルと同じくらい、歳下に見えるが立派なマキナだ。マキナというより、L0・イヴを統括しているプログラム・ガイアその人。
肌は黒く、くりっとした目はビー玉のように丸くて澄んでいる。黒い髪はきっちりと撫でてセットされ、複雑な模様が入っているサイズ大きめのワンピースに身を包んでいる。
私が口を尖らせてもプログラム・ガイアの態度は変わらなかった。
「あなたの健康の為だめもの、母親が子を心配するのは当たり前のこと、雨雲は雨を降らせるでしょう?」
「いや朝もやったばっかりなのに…そこまでする必要ある?」
「いいから、言う事を聞いて」と、プログラム・ガイアが私の手をそっと握り、けれど決して離してくれそうにない強さでぐいと引っ張った。
◇
検査と言っても難しいことは何もしない、ラグナカンの医療ルームで体を診てもらい、そのデータをプログラム・ガイアに送信するだけである。でも、毎日三回必ずしないといけないのでとても面倒、他の皆んなも「またぁ〜?」と声を荒げるほどだ。
検査を終えて医療ルームから逃げるようにして退出し、もうプログラム・ガイアに絡まれたくなかったのでゲストガーデンへ逃げ込んだ。
ケアちゃんの部屋の扉をノックもせずに開ける、一人用の部屋にラグナカンの乗組員全員が集まっていた。
「密度高」
「もうノックぐらいしてくださいよ!」
「イーオン、ノックしないと私みたいに殴られるよ」
「もう!その話は忘れてください!」
「何その話、ケアに殴られたことあるの?」
「サランさんも突っ込まなくていいっすから!」
プログラム・ガイアはラグナカンの何処にでも現れる、たとえシャワー中だろうがトイレ中だろうがお構いなく。でも、何故だかケアちゃんの部屋にだけは現れない、だから皆んなもここに避難してきたのだ。
ここ最近のラグナカンの話題はもっぱらプログラム・ガイアだ、皆んなも毎日三回の検査に辟易していた。
「ここに来たってことはイーオンの部屋に現れたの?」
「そうそう」クルルの問いかけに答えながら、遠慮なく私も車座に加わった。グリーンのカーペットの上にはお菓子やら飲み物が広げられている。
「これいつまで続くんすか、あと少しで一カ月経ちますよ」
「ねえもうほんといい加減にしてほしい、入塔に必要な手続きだからっていくらなんでもやり過ぎ、グラム単位で体重が変動してるって言われた時は気が触れそうになったわ」
「そりゃそんだけぽりぽりお菓子食べてたら体重も増えるでしょ」
「あんたは体重が増えても胸は大きくならないもんね。いや〜体質って罪だわ」
「──暴れないでくださいここ私の部屋っすよ!」
返り討ちにあった恥ずかしさから掴みかかろうとしたが、この部屋の主であるケアちゃんに止められてしまった。
すごすごと自分の定位置に戻る。
定位置に戻るとクルルに「返り討ち〜」と耳打ちされたので、鼻をもぐ強さで捻ってやった。
「いたたたっ!」
「いやそれにしてもケアの言う通り、こんな生活が続いてもう一カ月は経つわ、ファーストの時と違って時間的な拘束を受けてるからストレスがヤバい」
「それにプログラム・ガイアも遠慮なく私らの所に来るから気が休まらないしね。この間もギーリと二人でいる時に現れて、新生児の住民登録は是非L0・イヴでって言われた」
「ねえサラン、ナツメさんたちに連絡取れない「──感心するほどのスルー!「ティーキィーうるさい。──ナツメさんに連絡取ってこのゲストガーデンの仕様聞き出せない?このボックスを増やすか材質を私たちの部屋にも転用しようよ」
「無理、連絡先知らない」
「草」
「無能で草、胸と声だけが取り柄」
「イーオン言い過ぎ。ナツメさんと連絡が取れていたのはオブリの端末を経由してだもの、それに少佐から今後接触は控えるようにって指示も出てるし」
クルルがアーモンドが乗せられたしょっぱいクッキーを頬張り、「たまにはこういうのも良いかも」と舌鼓を打ったあと、「まあ間違いなくシールド素材が使われているだろうね」と言った。
「電波を遮断してるっこと?」
「それしか考えられないよ、特別な材質じゃなくてもナイロン製の物でも代用できるし」
「ナイロン製のやつってラグナカンにあった?」
「船底倉庫の壁がそうだったと思う、一個単位で在庫管理してるから余計な電波の侵入を防いで正確に管理してるよ」
「壁、剥ぐか」
「やっちゃいますか」
「そういう時は息が合うんすねイーオンさんとサランさん」
「駄目だめ!改造は絶対に許さないからね!そんな事する労力があるなら少佐経由で早く入塔させろってL0・イヴに働きかけた方がまだマシだよ!」
「確か…イスカルガさんが装着式のユニットを残していってくれたよね?あれどこにあったっけ?」
「イーオン!駄目なものはだめ!」
「サラン、クルルの言う通り一度少佐に取り合ってみてくれない?皆んなのストレスもそろそろ限界だし」
「私は股間が先に限界を迎えそう」
「まあ言うだけ言ってみるわ」
テクニカが「無視!!」と叫び、それに取り合うことなくサランが出て行った。
そしてすぐに私たちの所に戻って来た。
「全員ブリッジ集合、ケアも来て」
「?」×5
理由も説明せずにサランがさっさと行ってしまった。仕方がなく私たちも跡に続き、ぞろぞろとブリッジに入った。
ブリッジに入るとサランはモニターの前に立っており、どこかムスっとした表情をしていた。サランが怒りっぽいのはいつもの事だが、その怒りを口にせずただ黙っているのが珍しい。俄然興味を唆られ、私もモニターの前に立った。
「?」
そこに映っていたのは少佐と、分割画面にいる見知らぬ三人だった。歳は私たちとそう変わるまい、黒い髪の人は大人しそう、さっぱりとした短髪の人は賑やかそう、そして、伝説の歌姫と見紛うほど綺麗な桃色を持つ髪の人は、今にも話し出しそうなほど表情が輝いていた。
(ああ…一瞬ミトコンドリアの追加の隊員かなと思ったけど、きっと歌唱候補生の人たちだな)
きっと、アイドルとはああいった人の事を差すのだろう、他二人がどうかは分からないが、あの桃色の人は間違いなく人前に立つために生まれてきた存在だ、オーラがまるで違う。
ラグナカンの乗組員全員がモニター前に並び立ち、それを見届けた少佐が話を始めた。
「急な招集ですまない、先日のオブリ・ガーデンの一件で我々が世話になったノラリスの関係者でね、君たちに紹介してほしいと依頼を受けたのだ」
サランが鋭く、冷たい声で問うた。
「まずは経緯の説明をお願い致します」
「うむ、その説明については別の機会にしよう、その方が互いに良く話ができると思うが…どうかね?」
何か含みのある言い方。まあ、サランは隊長職だし、私たちよりずっと少佐と連絡を取り合う機会が多い、知らない所で知らない会話を今日までしてきたのだろう。
(………)
だから何?って話だけど。
声の冷たさを維持したまま、サランが「分かりました」と言い、待ってました!と目で語っていた桃色の人が口を大きく開けた。
「初めまして!リ・ホープのアルナン・ヨーコです!こっちがビスヘム・グレンダ、こっちがサーフィヤ・タクスンです!私たちと歳が変わらないのに地球を旅していると聞いて、どうしても会ってお話しがしたくなりました!ええと、よろしくお願いします!」
(綺麗な声…)
こんな人いた?私も私なりに今日まで歌唱候補生に投票をしてきたけど、初めて聞く声だ、今まで一度でも耳にしていたら絶対忘れない。
真っ先に答えたのはギーリとテクニカだった。
「君がリ・ホープのメンバーなんだね、噂はちらほらと聞いてたよ。あ、私はギーリ、こっちが──「えええええっ?!」
モニターの三人が目をぎょっと見開いた。
「ガチか!あのギーリとテクニカがミトコンドリア!ガチか!生で初めて見た!」
「プリドも連れて来れば良かったね…」
「ナツメさんから聞いてたけど本当だったんだ!」
まるで有名人だ、いや実際に有名だったのだろう、二人は「ああ、はいはい」みたいな反応をしており、とくに照れている様子も見受けられない、きっと二人にとってこの反応は日常茶飯なのだ。
(口を開けばえっちしたいとしか言わないのに、テクニカって凄かったんだ)
モニターの三人は私たちを置いてけぼりにして大変な盛り上がりを見せている。
「いやていうか私らこの二人に認知されてたのか?!それヤバくね?!」
「バイトをクビになった憂鬱が吹き飛びそう」
「え!ここで作曲の依頼をしたら受けてくれますか?!」
「おい!プリドの存在を忘れるな!」
「値段によるかな。いくら払える?」
「え!値段次第では受けてくれるのか?!──ヨーコ!お前が一番お金持ってるんだから気前良く払ってくれ!」
「プリドの存在を忘れるなってさっき言ったくせに!それにもう奨学金は底を尽きました〜!もう残ってませ〜ん!」
「ほんと絵に描いたようなボンボンだな…信じられない…サっちゃんに嫌われろ」
「もう嫌いになったから大丈夫」
「ええ〜んそんな事言わないで〜!!」
(仲が良いなこの三人、珍しい)
歌唱候補生たちがグループを組むのはあくまでもハディラ・カディラのオーディションに合格するためであり、決して親睦を深めるためではない。なので、私が聞いた限りではどのグループも人間関係がギスギスしていると聞く。けれど、この三人は親友のように冗談を言い合い、笑い合っていた。
アルナン・ヨーコと名乗った一番アイドルらしい人が私たちに訊ねてきた。
「サラン・ユスカリア・ターニャさんはどなたですか?是非お話しがしたいです!」
ブリッジの空気が一瞬だけ、けれど確実に氷りついた。
どうしてディーヴァに選ばれたサランを現役の候補生たちが知らないのか、そして何故、少佐は厳しい視線をサランへ投げかけているのか。
サランが名乗りをあげるまで、私たちは固まったままだった。
次回更新 2025/10/25 20:00