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Cell.24 迷惑系と呼ばれる人たちについて②




 迷惑(めいわく)【名・形動】

 ある行為がもとで、他人へ不愉快な思いをさせたり、不利益を被らせること。

 得てして、それは無意識の行動の結果とも言える。




 使い込まれた古いテーブルにクロスを乗せて、そこに沢山の料理が置かれている、どれも見たことがない物ばかりだ。

 アマンナとガングニールは良く手を動かし、良く口も動かしながら食事を進めていた。マグマの被害を比較的に免れた街の通りには、私たちが利用するテーブル以外にも数多く設置されており、沢山の人が利用していた。

 もう五感はパニックである、二人の声がうるさいわ鼻は食べ物の匂いで渋滞してるわ舌は未知の刺激で麻痺しかけてるわ、でも、大変不思議な事に不快感はなかった。

 きっと、この街の危機を目の当たりにしたからだろう、そして、共に乗り切ることができたから、だからこの喧騒は不快なものではなく、勝ち取った日常であると、当たり前の平和であると理解しているからだ。

 ただ...


(ほんっと、行儀の悪い…)


 同席している二人がまあ...食事のマナーが全くなっていなかった。口の中に食べ物が残っているのに、当たり前のように口を開けてお喋り...

 

「そいやさぁ」と、食べ物を口に運んだばかりのガングニールが言う。


「ここに来る時、アイツらもいたよな?」


 それにアマンナが応える。


「いたいた。何でいたの?」

 

「サランは何か知らないか?ここ数日オブリにいたんだろ?」


 辛味も酸味も旨味も全部凝縮されて最早これ一つで良いと言わんばかりにパンチがあるコロッケをきちんと食し、それから口元を抜くって整えてから答えてあげた。まずは説教。


「その前に、二人ともとても行儀が悪いわ、ぐっちゃぐちゃになった口の中を人に見せるのがあなたたちの礼儀なの?」


 指摘された二人は「あっ」みたいな顔をし、今さらのように私の真似をして口元を拭っていた。


「気を付けてね。──その、あいつらってのはフェノスカンディアの事よね?」


 指摘されて恥ずかしかったのか、バツが悪そうにしているアマンナが「そうそう」と同意した。


「私も聞いた話だけど、オブリの内政を査察に来ていたみたいよ、何でも訪問弁護団、とか何とか。隊員が言うにはオブリの惨状を見て引き返したらしいけどね」


「ほんとクソだな〜」とアマンナが遠慮なくこき下ろす。


「自分たちが文明の創始者だと思い上がってる連中はやる事が違うわ、普通助けるでしょ、何しに来たのさ」


「隊員も同じ意見だったみたいでね、直接講義したらしいわ」


「ソレ誰?」


 パンチが効いたコロッケを食べていたガングニールがきちんと食べ、それから私に訊ねてきた。うんうん、説教した甲斐があるというものだ。


「イーオンよ、ミトコンドリア専属のパイロット。まあ、私も操縦資格はあるんだけどね」


「資格、なんだね」


 さっきとは打って変わって、アマンナが鋭い目付きをしながら間髪入れずそう問うてきた。


「どういう意味?」


「私たちは操縦する権利を授与、という形で運用していたからさ。資格って言い方したの君が初めてだったから、つい疑問に思って」


「ヘンな言い方だよな〜授与するって、まるでオレたちが下僕みたいじゃん」


「いつの話をしてるの?それは昔の話でしょ、一二塔主議会が発足するまでヴァルヴエンドが各テンペスト・シリンダーを管理していたんだから、そういう位置付けだったのよ」


「まるで他人事みたいに言うね、ヴァルヴエンドって君の故郷でしょ?」


 アマンナは瑞々しいサラダにフォークを入れ、今まさに口へ運ぼうとしている。さっき注意したからか、サラダを口へ運ばず私の返答を待っていた。うんうん、素直でよろしい。


「言い方の問題でしょ、そこ引っかかる所なの?」


「いや〜普通は生まれ故郷とか、自分の国とか、そういう言い方をするものだからさ、国名を口にする人初めて見た」


「そういうアマンナの出身は何処なの?オリジンって答えるでしょ?」


 アマンナがいいやと否定し、我慢していたサラダを口へ運んだ。素早く食した後に答えた。


「スイスだよ、マッターホルンが良く見えるツェルマットっていう町の生まれ」


「そうなの?」とガングニールも驚きの顔をした、私も驚いた。


「素晴らしい山だよ、私がこの世で最も愛したものの一つ。山麓はもう見る影もないけど、マッターホルンの山頂は今も変わらず聳えてるよ」


(いや、生まれがどうとかではなく…)


 何故答えられる?いいや、何故そこにオリジナリティを演出する?マギール・カイニス・クラークが発明した人工知能は出生地すら創造してしまうのか?


(まあ数千年も自我を継続させていたらこういう事もあるのか…あるのか?)


 テーブルに乗せていたオブリ・ガーデンの端末に着信が入り、会話の流れを切るようにぶるりと震えた。

 この端末はベアトリスから渡されたものだ、まだ私たちのインプラント通信が復活していないため、隊員らとのやり取りに借り受けていた。

 連絡してきた相手はイーオンだ。内容は概ね予想が付く。

 二人に断りを入れてから通話ボタンをタップした。


「なに」


 思わずツンケンした声が出てしまう、でも仕方がない、私を置いてさっさとラグナカンに戻るしこっちはこの変な二人の相手をさせられてるし、蓄積されていた怒りをついイーオンにぶつけてしまった。

 本当にイーオンなのかと疑うような声が返ってきた。


「サラ〜ンお願いだから帰って来て〜この人たちヤバいよ〜もう私たちじゃ無理〜」


 イーオンの情けない、それでいて甘えて来るようなその声、首筋がぞくぞくした。

 勿論すぐ帰った、アマンナとガングニールは「マ?!」みたいな反応をしていたけどもういいでしょ、十分に相手してあげたわ。

 ラグナカンに帰るととんでもない事になっていた。





 ミトコンドリアの隊員だから、という理由で僕も復興会議に参加することになった。謎。でも、あのベアトリスさんに直々にお願いされてしまったら断れるはずもなく、カピタニアから一路マグナカルタを目指していた。

 その道中の事だった。未曾有の危機が去り、去ってから終始穏やかな笑顔を浮かべていたベアトリスさんの顔に鋭い亀裂が走った。


「弁護団が来る…?今さら?」


 誰かと通信しているのだろう、人は思わぬ出来事に出交わすとインプラント通信でも口に出てしまうものだ。通信の相手はおそらく同じ特別個体機、その相棒から一報が届けられたらしい。

 穏やかだった車中はベアトリスさんの発言で一気に緊張する、ハンドルを握るミーシャさんの顔も心なしか強張っているように見えた。

 案の定、通信を終えたベアトリスさんが大きな溜め息を出した。


「我々を見捨てたくせに、無事と知るや飛んで来るのか…どこまでも浅ましい国だ…」


 ベアトリスさんには悪いけれど、言わざるを得ない。


「あの〜僕は部外者ですので、適当な所で車から降ろしてもらえると…」


 ベアトリスさんがぱっと顔色を変え、僕の願いをきっぱりと断っていた。


「部外者?とんでもない、オブリの危機を共に乗り越えた家族ではありませんか。──まあ、有り体に言って、この状況でヴァルヴエンドの関係者を逃すと思いますか?」


「ですよね」


「会議の場で彼らが何を言ってきてもあなたが率先して発言する必要はありません、ただそこに座っているだけで抑止になるはずですから」


「それがめんどくさいって言ってるんですけど」


「諦めて」


 まあ何と、あの丁寧なベアトリスさんがタメ口で僕のお願いを切って捨てた。

 いつもドライバーをしてくれるミーシャさんも、「この人はいつもこんな感じですから」みたいな大人びた笑顔を僕に向けただけだった。



 あの日と同じ、そして一席だけ空いている会議室には三区の代表者、それから関係者、そして新しい顔触れが一同に会した。

 

(あれがフェノスカンディアの人たちか…何というか…コスプレしているようにしか見えないな…)


 フェノスカンディアからやって来た、オブリの内政の視察を目的とした弁護団の人たち、人数は一〇名弱だろうか、皆、一様に厚いコートを羽織り、驚いたことに胸当てを装着していた。

 普段では見慣れない、銀色に輝く胸当てが光る、でも光っているのは胸当てだけで、弁護団の人たちの表情は厳しいを通り越して暗く翳っているようだ。

 ちらりとオブリ・ガーデンの人たちの様子を窺う。他の人たちはフェノスカンディアの鎧姿に見慣れているのか、とくに驚いた様子はなく、厳しい表情をして見つめているだけだった。

 ベアトリスさんが口火を落とす。


「ご用件は?」


 暖かみなどまるでない、マグマも一瞬で冷えてしまいそうな冷たい一言。

 弁護団グループの中心に立ち、おそらくリーダー格らしい人物が答えた。


「既に通達しているはずです、我々は観光に来たわけではありませんよ」


「あなた方が通りを歩こうものなら全ての店舗がシャッターを下ろすでしょうね」と皮肉を先に言い、「オブリは今、復興の途中でして、とてもではありませんがあなた方のご要望をこなしている時間がありません。準備ができましたらこちらからご連絡差し上げるので今日のところはお引き取りを。あ、そうそう、せっかくですから観光に行かれてはどうですか?」


 さっき皮肉を言ったばかりなのにまたすぐ同じ皮肉を繰り返した、よほどフェノスカンディアが嫌いらしい。イーオンの話が本当なら、嫌われるのも当然だけど。

 弁護団の人が答えた。


「その観光業を支えているのも我々フェノスカンディアの出資があればこそです、ノルディックから支援を受けているでしょう、彼らの資金の出所は我々です」


「では、ノルディックにこそ視察を任せるべきではありませんか?我々があなた方を誘致した覚えはありませんが」


「彼らに任せていたらあなた方の内政はいつになっても安定しません、だから訪問させてもらっているのですよ」


(前にも見たな〜この景色、どうしてここに集まる人は皆んな喧嘩するんだろうか)


 やる気が失せているこの状態でこの光景はキツいものがある、どちらにも加担したくない身として言うべき事は一つだけ。

 丁々発止の場へ割り込む、フェノスカンディア、オブリ・ガーデンの人たちが一斉に僕へ視線を注いだ。


「あの〜復興の話し合いをしないのであれば席を外してもいいですか?ラグナカンのことも心配ですし」


「……」


 リーダー格らしき人物がじっと僕を見ている、まるで値踏みするような、底を見抜こうとするような、そういう失礼な目をしている。


「失礼しましたクラカンタさん。──こちらはヴァルヴエンドからお越しいただいたミトコンドリアの方です」と、僕に断りなく勝手に身分を明かしていた。


「ミトコンドリア…?あなたが…」


「僕がここにいたらマズかったですか?マズいですよね?すぐにでも席を外しますよ」


「──いえ、日を改めます」


(あれ、すぐに席を外した…)


 リーダー格らしきその人がそう言うと、訪問弁護団の人たちは何の未練も残さず会議室を後にした。

 


「あれ、悪気があってやっている訳ではないんですよ、素だそうです」


 復興会議が終わり、マグナカルタからカピタニアへとんぼ返りしているその車中、ミーシャさんがそう教えてくれた。

 『あれ』とは、他者を使って話を優位に進めるベアトリスさんの悪い癖のことだ。


「素って言われても…そもそも会議の前に僕を抑止力扱いしてましたし、ああいう台詞を言って欲しかったんだろうなって」


「クルルさんはお優しいんですね、他の人なら嫌気が差して指示に従わなかったり、そもそも近付いたりなどしません」


「ああ、今度からそうしますね」


 冗談とも本気ともつかない返事にミーシャさんは大人びた笑顔を返しただけだ。

 そんなこんなですっかり日が沈んだカピタニアに戻り、寄り道などせず真っ直ぐラグナカンへ向かった。

 カピタニアの最も外れ、古びた街並みと冷え固まった新しいマグマの群れ、それからうんと広がる平野部の境目に駐機されたラグナカンを目の当たりにして固まってしまった。


「え“」


 乗組員搭乗口のその脇に見慣れた物が置かれていた、そう、僕を何度も殺そうとした操縦席だ。ええ?どういう事?誰がこんな所に置いたの?

 ここにあってはならない物を目の当たりにした僕の足は無意識に動き、何のプロテクトもされずに砂や小さな岩だらけの地面に直置きされている操縦席をくまなくチェックした。

 

「ええ〜…ええ〜???」


 ほんとに謎なんだけど誰が運んだの?というか、何故操縦席をブリッジから外したの?いや、そもそもこれ外せるの?

 三つ、四つと疑問が重なり頭の中は真っ白、さらに元気がない所へこんな過負荷がかかったものだから鳩尾がきゅうと締め付けられた。

 

(あ、有線接続ではなかったんだ…ケーブルの類いが一つもない…無線接続だからここに置いた?いやいや、そもそも外に出しちゃ駄目でしょ)


 ケーブルが傷付く恐れはないけど、ドッキングするためのスリットに砂や小さな岩が入り込む恐れがある、どっちにしても配慮に欠けた置き方だ。

 疲れているはずなのに、怒りがふつふつと湧いてきた。全くもって今の自分に良くない感情だけど、これは一言文句を言ってやらないと気が済まない。

 船内へ駆け込むと、途方に暮れたサランたちがいた。場所は二階へ上がる階段の手前だ、僕以外の全員が揃っていた。


「何事なの?あれ誰がやったの?」


 怒気を孕んだ声がついと出る、誰も気に留めた様子はなく、あのサランが眉を八の字にしたまま答えた。


「インターシップの二人よ…もうどうしようもないわ…」


「はあ?その二人が操縦席をあそこに置いたの?どうやって?」


「知らない、私がここに戻って来た時からあそこに置いてあったわ、こりゃクルルが絶対怒ると思って二人へ問い詰めたんだけど…」


「問い詰めたけど何?」


 サランの代わりにいつも通りのティーキィーが答えた。


「アップデートしてやるってさ、なんか、大佐──じゃなかった、少佐に依頼されたらしいよ」


「いやいやいやいや」と、ティーキィーの話を無視して階段を駆け上がる。それにしたってあの乱雑な置き方は納得できない。

 他の皆んなも僕に続いて階段を上がってくる、そして到着した二階フロア。


「……」


 固まる僕、遅れてやって来た皆んな。


「え、なになに?フロアもヤバいことになって……」


 ティーキィーも途中で言葉を飲み込んだ、眼前の光景に理解が及ばないのだろう、僕もそうだ。


「……」×5


「あ、そうそうそんな感じで!いいっすね!その噴水が良い感じに目隠しになってますよ!」


 え...シリウスおじいちゃんも褒めてくれた広いフロアに、噴水...?それから数メートル四方のボックスが複数あって...噴水?の近くにはまるで野営地のような大きなテントも張られていた。

 そして、それらの異様な光景のすぐそばに身の丈数メートルはあろうかというロボット人形もいた、ヒュー・モンローよりもさらに大きい。

 フリーズから先に起動したサランがケアを呼び止める。


「ケ、ケアちゃん…?これは一体…何?」


 出会った時から元気いっぱいのケアが、結んだポニーテールをぶおんと振り回しながら振り向いた。


「あ!皆さん!どうっすかこれ!殺風景だったこのフロアがあっという間にゲストガーデンになりましたよ!」


「ゲ、ゲスト、ガーデンって何?」


「お泊まり用の庭ってことっすね!ほら、この船は皆さんのお部屋しかないでしょ?外からやって来た人が寝泊まりできるところがなかったので、このおじいちゃんに頼んだらすぐに改装してくれましたよ!」


「やあやあ」と、ヒュー・モンローよりも大きいロボットが勝手に喋り、喋ったかと思えば躯体の一部がぱかりと開いて中から本当におじいちゃんが出てきた。どうやらあのロボットは自律式ではなく、補助ユニットのような装着式らしい。


「この子のお願いでね、ここもついでにアップデートさせてもらったよ。いやなに、必要な物は全てこちらで用意させてもらった、最新艦をくまなく見学させてもらったその礼だ」


「……」×5


「挨拶が遅れてすみません!これから短い間よろしくお願いしまっす!」


「え?」×5


「聞いてないっすか?私、しばらく皆さんとご一緒させてもらうことになったんす!ボスに聞いたら私の親友がカリブ経由でファーストに向かったらしくて、それで会いに行くことにしたんす!それまでお世話になります!」


「だ、誰に許可を取ったの?私たちだけでは決められないよ…?」


「コンキリオっていう渋いおじさんっす!笑顔で良いよって言ってくれました!お優しい人がボスで羨ましいっす!」


「……」×3


「あ〜それでここに自分用の部屋を作ってもらったってこと?あのボックス、一人部屋にちょうど良いもんね」


「そうっす!どうせならゲストを迎えられるようにってこのおじいちゃんが豪華にしてくれました!」


「ケア、私に付いて来て、ここで暮らすんなら色々と登録しないといけない事があるから」


「了解っす!」


 あの二人復帰早、ギーリとティーキィーがケアを連れてプライベートルームの方へ向かって行った。

 取り残された僕たち三人、いや、イーオンも復帰してゲストガーデンとやらの見学を始めている。

 まあ、まあ良い、いや全然良くないけど、殺風景だったフロアが賑やかになるのは良い事だ。それよりも訊ねるべきことがあった。


「あ、あの…操縦席を外に置いたのはあなたですか?」


「うん?操縦席?──君か、この最新艦を操るクルカンの息子は」


 ちょっと待ってください!どうして僕の父の名前を知っているの?!

 もう駄目だ、処理が追いつかない、三度固まってしまった。代わりにサランが訊ねてくれた。


「どうしてクルルの親の名前を知っているのですか?」


「そりゃ知人だからね、今もナディの下で鼻の下を伸ばしながら働いているよ」


「ナディ…?──っ!!」


 今何て言った...?

 サランが切れ長の目を大きく開き、みっともなく口も大きく開けている、そんな表情は初めてだ。


「ナディって…あのナディ・サーストンのこと…?セブンス・マザーを引き起こしたその本人…?」


「何を隠そう、私の主人だよ」


 おじいちゃんが自慢げにそう言う。え、父さんってそんな人と知り合いだったの?

 サランに肩をがっ!と強く掴まれた。


「クルル!あんた、どうして黙ってたの?!セブンス・マザーと知り合いだなんて!」


「し、知らない知らない!僕も今初めて聞いた!父さんはそんな事一言も言わずに出て行ったんだよ!」


「クルカンは過去に一度だけ、ナディから抱擁を受けたことがあるらしい、その時彼の上官も一緒だったらしいが、その時にマリーンへ移住を決めたそうだ」


「そんなくだらない理由で故郷を捨てたの?!──信じられないあのくそ親父!!」


「え、ちょ、駄目だよクルル、そんな汚い言葉を使ったら…クルルの可憐なイメージが壊れる」


「サランだって僕のことあんた呼ばわりしたじゃんか!おあいこだよ!」


「元気な若者だ、うんうん、だからこそ腕が鳴るというものだ。もう少し時間がかかるから君たちは休んでいなさい」


 じゃ!と、クールに親指を立てたおじいちゃんがハッチを閉じ、踵を返そうとしたけどさすがに我らが歌姫隊長が許さなかった。


「──いい加減にしろ!!誰もこんな事頼んじゃいないわよ!!ここから早く出て行けっ!!」





 オブリ・ガーデン中を虜にしたあの歌い手と、一番礼儀正しいように思うあの可憐な操縦士が「助けてください」と頼み込んで来た時は何事かと思った。


「申し訳ない…善意が暴走してしまったようだ…」


「あのな、依頼されていたのはラグナカンの手動アップデートであって、船内をいじくり回すことではなかったはずだよな?あ?」


「申し訳ない…この歳にもなると、誰かにお願いをされるだけで舞い上がってしまうんだ…ほら、普段は無視されがちだから…」


「はあ〜全く」


「ナツメ、許してやってくれ、ノウティリスも悪気があったわけでは…」


 私たちの船は現在修理中だ、船内のあちこちが破損し、ノラリスが製造したドローンが宙を飛び交い、そして床を這いずり回っている。

 船の中央に位置するサロンは奇跡的に無事だった、そのサロンで今回ミトコンドリアに多大な迷惑をかけたノラリスとイスカルガが床に正座している。私がさせた。


「イスカルガ、お前もだぞ?何で操縦席を外に置きっぱなしにしていたんだ、クルルが泣いていたんだぞ?ん?」


「ほ、ほんとごめん…ソーリー…船の構造を調べるのについ夢中になってしまって…ランドスーツで運び出したあとそのままにしてた…」


「はあ〜」と、これみよがしにくそデカ溜め息を吐くと、正座している二人はさらに肩身を狭くしていた。


「ナツメ、コンキリオさんと連絡取れたよ。それと──ああ、まあいいや、とりあえずよろしく」


「何だ言えよ、まだ何かあるのか?」


 報告にやって来たアヤメが変に言葉を濁した。アヤメは「何でもない」とだけ言い、すぐに去って行った。

 アヤメから渡された物は小型の携帯端末、登録されている連絡先は一つだけ、ヴァルヴエンド軍支部に勤務するミトコンドリアの指揮官。


(まさか私たちがあのヴァルヴエンドの軍と…)


 忘れもしない、マリーンでやり合ったあの日々を、直接的な関係は持っていないとは言え、思う所はあった。

 保留中になっていた端末の通話ボタンをタップした。


「ナツメです、この度は何と言えば良いか…」


「聞きしに勝る活躍だな、まさかあの子たちの船を魔改造するとは夢にも思わなかった」


「本当にすみません…せっかく橋渡しをしてくれたのに…」


「良いさ、どのみち君たちに渡したアップデートファイルは命友会に無届けの物でね、こちらとしても危ない橋を渡る必要があった」


「そうですか」


 大方、命友会の監視を潜り抜けるプロトコルが施された通信アプリか何かだろう。

 ヴァルヴエンド軍のお使いをする代わりに、私たちはサマクアズームから離れることができたのだ。


「あの子たちの次の目的地を訊ねても?良ければエスコートしましょうか?」


 冗談半分、誠実半分、迷惑をかけたしそれぐらいはしてやらないと、という気持ちでそう訊ねた。

 意外にも、少佐は教えてくれた。


「ガイアの枝葉を予定していたがL0(リゼロ)・イヴに変更になった、ラグナカンの修理が完了次第向かわせるつもりだ、なので君たちのエスコートは必要無いよ、どのみち間に合わないだろう」


「確かに」


 あの子らは生卵に向かうらしい、長い滞在になりそうだ。

 ところでと、少佐が声音を変えて話を続けた。


「お使いを続けるつもりはあるかね?その気があるなら枝葉に向かってくれないか?」


「それは…どうでしょう、先の一件で随分と目立ちましたからね、断られると思いますよ」


「だからだよ、君たちには命友会のデコイになってもらいたい。今回搭載した秘匿回線アプリの運用テストも実施したい、その期間だけでも枝葉に滞在していてほしい。──これは一種の罪滅ぼしと捉えてもらいたい」


「ははあ、それなら適任者がいますね、その者に向かわせるとしましょう」


 アヤメとアマンナだ、あいつらにさせよう、あいつらが勝手に行ったんだし。

 

「いやいや、君たち全員で、というより、君たちはまだこっちに戻ることはできないよ、命友会の監視体制が解除されたとはいえ、強行発進した船は君たちだけだからね。熱りが冷めるまでどのみちに戻って来れないよ」


「ははあ、こうなると分かっていて私たちを向かわせたんですね」


「人聞きの悪い、条件が全て重なっただけだ。──それと、一隻の船をそっちに向かわせよう、搭乗者はノラリスの居残り組だ」


「は?」


 そこでピンと来た、アヤメが言葉を濁した理由を、あいつはこの事を知っていたのだ。


「あ〜名前は何だったか…そうそう、フラン・フラワーズという乗組員が下層街で命友会の人間に暴行を働いた嫌疑をかけられていてね、それに連なってリ・ホープのメンバーにも出頭要請が下されている。面倒だろう?この件も熱りが冷めるまで外国で過ごした方が得策だとは思わんかね」


「……」


「信用しなくて結構だが、これでも一応は君たちのことを気にかけているつもりだ、オブリの危機に颯爽と向かい、そしてミトコンドリアも危機から救ってくれた。私の立場を利用した恩返しだと捉えてくれたら幸いなのだが…」


 答えは一つしかなかった。


「い、居残り組とリ・ホープを回収したあと、枝葉へ向かわせていただきます…」


「感謝する。足腰が重たい歳にもなると使い勝手が良い駒が欲しくなるものなんだよ。追って連絡する、それでは」


 通話を切ったと同時に私は叫んだ。


「いい加減にしろあいつら!!何で私らが居ない所でも迷惑をかけられるんだよ!!」


 正座していた二人が脱兎の如く逃げていった。

※次回更新 2025/10/4 20:00 少しお時間いただきます。

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