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Cell.23 迷惑系と呼ばれる人たちについて①




「あれ、イーオンは?」


「参加しないって、なんか納得できないって言ってたよ」


「あ、そう…」


「多感なお年頃だからね、きっと思うところがあるんだよ」


「私らそんなに歳変わんなくね」


「人にあれだけ言っておきながらサランもティーキィー語使ってるじゃんか」


「草」


「屈服してて草」


 とか、平和な会話をしながら追悼式の開会を待つ僕たち。オブリ・ガーデンの外は穏やかな晴れ、風も優しい、火の海が迫っていたあの日がまるで嘘のようである、嘘でいい、あんな非現実な光景は夢であるべきだ。

 けれど現実は厳しく、一度壊れた街はそう簡単には戻らない。

 これから先、長い時間をかけて復興する前に、亡くなった人を偲ぶための追悼式が今から開かれる。

 追悼式、と言っても決して暗いものではなく、いつの間に録音していたのかサランが歌う国歌が先程から流されている。サランの歌は荒んでしまったマラニョン・ワンに、優しい風と共に空を飛んでいた。

 追悼式、と言っても式次第が決まっているわけではなく、被害を比較的に免れた霊園で人々が思い思いに、時にはまるでそこに亡くなった人がいるかのように語らいかけたり、時には涙と共に酒を流したりして、死別の時を迎えていた。

 僕たちはただ、そんなオブリ・ガーデンの人たちを遠くから眺めているだけだった。ベアトリスさん曰く、こんな感じで良いらしい、ただこの場に居てくれるだけでオブリ・ガーデンの人たちの励みになるとか。

 普段は一本に束ねている髪を解き、自分の歌と風にゆったりと流していたサランが、揉み上げを掻き上げながら訊ねてきた。


「どうしてイーオンは断ったの?この雰囲気が苦手だったとか?」


「あ〜…多分違うと思う、アマゾンの指揮官が英雄視されていることに納得していないんだと思う」


 聞けば、イーオンは入塔した日、指揮官が助けを求める一般市民を銃で撃ったそうな。その現場を目撃した身として、いくら命を投げ打ったとは言え、その本人の死だけが尊ばれることに強い拒否感を覚えた、らしい。

 追悼式の参加を蹴ったのはイーオンだけではない、他にも沢山の人が不参加を決めている。きっと、指揮官に身内を撃たれてしまった人たちだろう。

 国を愛するが故、コンキリオ少佐とはまた違った(あるいは同じかもしれない)立派な軍人だったのだろう、その片鱗を垣間見る暇もなく、キロンボ・デ・バレス指揮官はオブリ・ガーデンのために命を落とした。

 サランには僕の私見も交えて説明した、サランはイーオンの心情を聞いてもなお、「立派な人には違いない」と断定した。


「命を捨てる勇気は並大抵の事ではないわ、それに指揮官は自分の死に場所を求めていたのよ、そして時節が叶って潔く自決した、その心中は一生をかけても私たちには理解できないでしょうね」


「する必要もないと思う、きっと本人もそんな事は望んでいないと思うよ、だって、危機が去って平和になったんだもの」


「そうね、クルルの言う通りだわ」


 風がいっ時止み、サランの言葉がふわりとその場に揺蕩う。誰にも拾えてもらえなかった言葉が優しい風に流されるかと思いきや、姦しい二人によって流された。


「いたいた〜!クルル君〜!やっほ〜!」


「一緒にメシ行こうゼ〜!オブリの人たちがご馳走してくれるって〜!」


(げっ…)


 その二人とは、ノウティリスの乗組員であるアマンナさんとガングニールだった。二人はあの日と同じように手を繋いでおり、太陽も眉を顰めてしまいそうなほどニコニコ笑顔だった。

 何故だか、僕はこの二人に気に入られていた。


「こ、こんにちは」


「こんにちはだなんて!そんな他人ギョウギはいいから!」


 いやいや挨拶は基本なんですけど。

 サランがにじり、にじりと僕から距離を空けているのがすぐに分かった、よほどこの二人に絡まれたくないらしい。けれど悲しいかな、アマンナさんが早速絡んでいた。


「お!歌姫じゃ〜ん!君の歌すごく良かったよ〜!」


 瞬時に他所行きの顔に変えたサランが「ありがとうございます〜」と猫撫で声で答えた、僕ですら見たこともない顔をしていた。なんか草。


「どっかで聴いたことある声だなって思ったらさ、君、枝葉でも有名だったでしょ?それで思い出したんだよね〜!握手して握手!」


 アマンナさんが手を遠慮なく差し出す、サランに断られると微塵も思っていないらしい。我らが歌姫隊長は差し出された手を握り、アマンナさんの願いに応えていた。

 よし、今だな。


「アマンナさん、僕はここを離れるわけにはいかないので、良かったらサランを連れて行ってもらえませんか?」


「おっけ〜!クルル君も後で来なよ〜」


「行こうゼサラン!」


「………」


 他所行きの顔をしたサランがじっっっっと僕に視線を注いできた、うん、目は口ほどにものを言う、という言葉は本当だ、「何で私なのよ!!」という言葉が目から聞こえてきそうだ。

 

「ご馳走って言っても炊き出しなんだけどね、これがまた美味いのなんの!君が来たらきっと皆んな喜ぶと思うよ〜!」


「なあ!また歌ってくれよ!お前の歌すごく良かったからさ〜!」


 両側から固められたサランは逃げ場を無くし、最後の最後まで僕に非難の目を向けながら二人に連行されていった。

 人の何倍もエネルギーを持っていそうな二人が去り、途端に静かになった。耳に聞こえてくるのは風の柔らかい音と、少し遠くから届く追悼の悲しい声だけ。それらに耳を傾けながら、ただぼうっとしていた。

 今は頑張りたくない、ただぼうっとしていたい、だからあの二人をサランに押し付けた、後が怖いけど。

 亡くなった人が眠るこの公園はどことなく静かで、少し離れた通りから届いてくる騒がしい音もシャットダウンされているように感じられる。『死』とは本来、そういうものなのかもしれない、『死』と『生』を行き来する僕たちのシステムが騒がしく、そして『歪』なのだ。

 

「……」


 霊園の中心に棺が並び、その前で人々が思い思いに故人を偲ぶ。その光景は痛ましく、そして、厳かであった。

 その人々の姿の中に、鮮やかな金の髪を持つ人と、目を疑うほど白い髪を持つ人に挟まれて立つナツメさんを見かけた。ナツメさんも周囲の人々に倣って黙祷を捧げており、それから僕の視線に気付いた。

 僕の存在に気付いたからといって、さっきの二人みたいに距離を縮めるような真似はせず、僕に向かって軽く礼をしたあと、二人を引き連れてすぐに去って行った。


(やっぱりあの人が一番まともだ…)


 優しい風が吹き、疲れた心と体を撫でたあと、再び空へ戻って行った。





 追悼式に参加したくないと、サランとクルルにそう伝えると、何故だかギーリとテクニカもラグナカンに残った。まあ、ラグナカンも先の騒動で船内が散らかっているし、その片付けを誰かがやらないといけない。きっと、そういう理由で残ったのだろう。多分。

 ギーリとテクニカは医務室の片付け、私は非常食やらサバイバルキットやらが保管されていた備品倉庫の片付けだ。

 船底に無理やり設けた影響で備品倉庫はとても歪だ、船底に沿うようにカーブしており、天井も低い。あの二人が慌てて備品を引っ張り出した痕跡が至る所に残っており、床にもいくつか物が落ちていた。

 その一つ一つを手に取り、梱包材に記載されている番号に応じて棚へ戻していく。所定の位置に置かないと在庫管理ができないため、大変なアナログ式だが仕方がない。

 衣類品やら消耗品やらを棚に戻していると、背後から自動扉が作動する音が届いてきた。

 入って来たのがギーリだったので少し驚いた。


「……」


「……」


 言葉が一瞬詰まり、互いに何も言わず見つめ合う。そういえば、あの時は色々と大変だったので先送りにしていたが、仲直りはまだ済ませていなかった。それなのにギーリの方からやって来た。

 ギーリが言う。


「手伝うよ」


 うん、とだけ答え、それから片付けの作業に戻った。

 

(きっとギーリのことだから、ごめんねって言っても気にするんだろうな…)


 そう思い、ギーリの申し出に素直に甘えることにした。

 互いに言葉を交わさないまま作業を続け、途中である事に気が付いた。それは散らかっていたはずの床が綺麗になっている事である、そりゃ片付けしているんだからそうだろう、とかではなく、私が棚に戻しやすいよう番号順に並べてくれていたのである。

 こりゃ凄いなと思った、そんな気配り私にはできない、でもギーリは平然とやってのける。私はこんな人と喧嘩してしまったのかと、今さらながらに後悔した。サランもギーリのこの気配りを是非とも見習ってほしい。

 ギーリが先に床に散らばった物を整頓し、私がそれを棚に戻して行く、言葉を交わさない連携のお陰で片付けが短時間で終わり、謝罪ではなく感謝の言葉を伝えようとした。その矢先、


「ギーリ、ありが──「お〜お〜ここが最新型の倉庫か〜!随分と狭いね〜!けどナイススペース活用!」


 と、サムズアップした子供が入って来たではないか。

 突然の出来事に私もギーリも固まってしまい、子供は勝手に知ったると言わんばかりに倉庫内をうろうろと歩き始めた。ついで、豊かな髭を蓄えたおじいさんまで入って来た。


「勝手に彷徨くな、この子たちの迷惑だろう」


「???」

「???」


 いやそもそも勝手に入って来ている時点で迷惑なんですが。

 その子供はクルルと同じくらいの背丈をしており、長い髪をお団子にして...見た事がない髪飾りで留めている(長い棒で突き刺してる?何で?)、服装も...少なくともオブリ・ガーデンの物ではなく、どこかの民族衣装のように見える。イシュウの物とは違うけどイシュウの物と似てるような、鳥に似た生き物が服にプリントされていた。

 これは関わらない方が良いかもしれないと思い、ギーリの手首を掴んでそろりと歩き始める。二人は私たちにお構いなしに倉庫内を見学をしており、いやもうそれが異常なんですけどと思いながら倉庫を後にした。


「何あの人たち意味分かんないんだけど」


「普通私らに断り入れなくない?何で勝手に見学してんの?」


「これ勝手に出て行った私たちも悪いのかな?」


「いや良いと思うよ、変な人には関わらないのが一番」

 

「確かに。サランに報告してあとは知らんぷりしよう」


「それが良いそれが良い」


 途端に息が合うようになり何だか照れ臭い。

 倉庫を後にしても手首を握ったままだ、ギーリも自分から離そうとしなかった。



「あの子大丈夫なの?テクニカに襲われるんじゃ」


「あーやっぱそう見える?ティーキィーって性欲の権化みたいな奴だけど、ああ見えて子供好きなんだよ」


「いやだから、子供好きだから襲うんじゃないのかなって。普通、子供の相手はしないでしょ」


 サランに報告し、「そっちで適当に相手しておいて」と何とも頼りない返事を貰い、ギーリと二人でどうしようかと相談していると驚きの事態が起こった。

 あのテクニカが!自ら率先して相手をしているではないか!

 私とギーリはプライベートルームの入り口から中を窺うようにして覗き込んでいる、そして、皆んなのラウンドテーブルにテクニカとさっきの子供が座っていた。テクニカは見たこともない笑顔で接しており、子供も楽しそうにお喋りをしていた。


「テクニカが子供好きだったなんて…ちょっと信じられない」


「アカデミーの友達も似たような事言ってたよ、ひどい時なんか通報しようとしてたぐらいだから」


「ああ、遠足の時とか?」


「そうそう、人の目盗んで話しかけたりしてた」


 船内の片付けはほぼ終わりだ、だからテクニカも子供とお喋りをしているのだし、私もギーリとお喋りをしていた。──そこへぬっと、もう一人が会話に割り込んできたのでまたしても驚いてしまった。


「──失礼、その話を少しだけ聞かせてもらえないかな?」


「うっわ!」

「うわぁ」


「その驚き方変じゃない?まあいいけど。君たちの言うその遠足というのは?」


 たっぷりと蓄えた髭を触りながら、おじいさんが訊ねてきた。急な割り込みと質問に頭の中が真っ白になるが、何とか答えた。


「遠足って…先生と一緒にお出かけすることですけど…知らないんですか?」


「生憎と私はヴァルヴエンドの生まれではないのでね。その先生の名前を教えてもらってもいいだろうか?」


「どうしてですか?」


「なに、単なる好奇心だよ、私の知り合いも皆先生と口にするが先生の名前まで口にしないものでね」


「先生は先生ですけど…」


 顎髭おじいさんの様子は変わらない、ずっと髭を撫でている。


「なら、先生の容姿は?」


「何なんですかさっきから、どうして先生のことばかり訊いてくるんですか?」


 様子は変わらないが段々と怪しいと感じ始めていた。どうしてラグナカンに来てまで先生の事を訊いてくるのか、その質問が来た時点でこの人はオブリ・ガーデン出身ではない、間違いなくヴァルヴエンドから来た人だ。

 怪しさ満点の人だ、警戒心が高まるが次の質問で一気にその警戒心が薄れてしまった。


「もしかして名前を知らない、容姿を思い出せないだけなのでは?」


「……」


「……」


 何も答えられない、それにギーリも虚を突かれたような表情で固まっている、それにも驚きだった。

 何も答えられないと知るや、顎髭怪しいおじいさんの方から折れてくれた。


「すまないね、意地の悪い質問をしてしまって。それと、この船の見学についてだが君たちの指揮官であるコンキリオから許可は貰っているよ、下手に触ったりしないからもう少しだけ船内を回らせてほしい」


「え──え?少佐のお知り合い…だったんですか…?」


「私はノウティリス、皆にはノラリスと呼ばれている。それとあそこでお喋りしているのはイスカルガだ、先の騒動では世話になった」


「──ああ?!」

「うそ?!」


 迷惑系かと思っていたけれど、身を挺してオブリ・ガーデンを守ったインターシップの人たちだった。





ノラリス:モンローの読みは当たっていたよ、どうやらインプラントに細工が施されていたみたいだ


ノラリス:先生について質問してみたが、何も返答がなかった、本人たちも記憶していないようだ


ヨーコ:そんな事よりオブリ・ガーデンの様子は?お土産は?写真は?音楽は?


ノラリス:誰だ、このグループにヨーコを招待しのは、字面からしてもううるさい


ヨーコ:ヒドい!


デュランダル:すみません、あまりにしつこかったので


デュランダル:ノラリス、私にリ・ホープの面倒を見るのは荷が重かったようです


デュランダル:とくにヨーコ


ヨーコ:ヒドい!


 と、グループチャットに返信を返しているが、その本人は私の目の前でニコニコと笑顔のままだ。チャットでもお喋りが出来て楽しいのだろう。

 これは想定外だった、まさかノラリスがいきなり先生の話題を持ち出すとは思わなかった、まあ、ノラリスもヨーコがグループに参加しているとは思わなかったのだろう。

 私とフランはヴァルヴエンドでお留守番だ、今は下層のホテルの一室を借りている。残りの二人はアルバイト、フランは知らない、ホテルの部屋に私とヨーコが過ごしていた。

 私とノラリスから悪口を言われてもヨーコの嬉しそうな笑顔に曇りはない、本当に、何がそこまで楽しいのか。アマ姉やガングニールに似た暑苦しさを持ち、それでいてどこか憎めない愛嬌がある、それがヨーコに対する印象だった。

 グループチャットを終えたヨーコが私の傍から離れ、そしてすぐにまた戻って来た。その手にはアナログタイプの携帯ゲーム機が握られており、テーブルに置かれていたジュースに口を付けながら電源を入れた。

 

「一人遊びなら一人でもできますよね?」

 

「え、もしかしてデュランダルさんって私と一緒に遊びたかったんですかそうならそうと言って──「買い出しに行ってきますね」


 え〜ん、とか、も〜ん、とか、甘い声を出しながらヨーコも席を立った、きっと付いて来るつもりだろう。


「ヨーコ、私に付いて来る気ならそのゲーム機は置いてください、いいですね」


 ヨーコは素直に従い、電源を入れたばかりのゲーム機をテーブルに置いた。

 憎めないとは、まさにこういう所だ。



 ホテルを出て、永遠に日が当たらない通りをヨーコと共に歩く。頭上は上層で覆われているため、二四時間いつでも太陽を見ることができない。

 ヨーコの歩幅に合わせ、少しゆっくりと歩みを続ける。向かう場所はいつかのショッピングモールだ、今でも時折りセキュリティガードが睨みを効かせてくるが、とくに何もしてこない。


「ヨーコ、ノラリスの話は本当なのですか?」


「話って?──ああ、先生のこと?」


 ヨーコは背中に両手を回して組み、足を伸ばしながら歩いている、まるで子供のようだ、きっとわざと遅く歩いているのだ。


「ヨーコも先生のこと、思い出せないのですか?」


「そんな事ないよ〜ちゃんと思い出せるよ〜ずっと優しかったし何なら私の両親よりも優しさかったぐらいだから。でも…そうなんだよね〜名前と顔、思い出せないんだよね〜言われて気付いた」


「そうですか…やはり何かしらのプロテクトがかかっていると」


「陰謀論みたいに聞こえる。違くない?先生たちのプライバシーを守るためだと思う、この国で一番子供たちに近い存在だから」


 ははあ、なるほど、その着眼点はなかった。いや、それだけ『先生』に対する信頼が厚いのかもしれない。


「……テロリストたちから守るためだと?確かに子供を標的としたテロ行為は国家にとって一大事ですから」


「いやそこまで考えてなかったんだけど。──ねえ!そんな話はいいから!何処に行くの?またモール?モールに行くんなら音楽街にも寄ってほしいな〜買いたい物があるんだよ!」


「一人で済ませてください、その間に買い出しを終わらせますので」


 え〜ん、とか、も〜ん、とか、甘えた声を出しながら私の腕にしがみついてきた。


(迷惑な…)


 私を信頼している、というより、人を疑う、という事を知らないように見える。彼女の一体何がそこまでさせるのか、不思議で仕方がない。

 この迷惑な歌姫を何とかしてほしい、とリ・ホープのしっかり者であるサーフィヤに連絡したいのだが、ヴァルヴエンドはまだ厳戒態勢下にあるので一般市民の自由なネット利用はできない。

 なら、どうしてヨーコは私たちのグループでチャットすることができたのか?理由は簡単だ。


「ちょっといいかな、君、アルナン・ヨーコだね?」


 その人はモール前で私たちを待ち伏せしていたようで、姿を見かけるなり真っ直ぐこちらに向かって来た。ヨーコが身構える。


「え、な、何ですか」


「君、この一時間の間でアクセスしたね?一般市民のネット利用は制限されているはずだ、どうやってアクセスした?」


「……」


 ()()()とは、肌が異様に白く、そして姉御たちと同様に瞳の虹彩が白い人間だ。この人たちがヴァルヴエンドを管理下に置き、人々のネット利用に厳重な制限をかけている。

 ヨーコは私がグループチャットに招待してあげた、だから一時的にネットを利用することができた、しかしそれはライアネットのネットワーク空間であってヴァルヴエンドの物ではない。それなのに、この人はそれすらも感知して私たちの元に現れた。

 名を命友会。この人たちが所属する組織の名、そして、この人たちの拠点は月の軌道コロニーにある。

 突然の詰問にヨーコが恐れを抱き、自然な動作で私の背後に隠れた。不思議と、悪い気は起きなかった。


「私がグループチャットに招待したのです」


「ライアネットのコミュニケーションアプリに?君は一体…」


「特別個体機、と言ったら信じますか?」


「冗談を…と、言える状況ではなさそうだ、そうでもなければライアネットにアクセスはできない」


「さすがのあなたたちでもライアネットにまで制限はかけられないでしょうに」


「君がそうだと断定して話を進めるが、今この状況を正しく理解できているのか?低軌道より全ては命友会の領域、そしてマザー・ベースは君たちの領域と条約で決まっているはずだ、にも関わらず一隻の船が領域侵犯を行なった、だからヴァルヴエンドに対して一時的な制限をかけているんだ、その船を洗い出すためにね」


「ええ知っていますとも、けれど私たちには関係がありません。ライアネットに招待することは何ら不正行為ではありませんし、船探しなら他を当たってください」


「……」


 その人は疑いの眼差しで私を睨んでおり、この場から離れる気はなさそうだ。でも、それ以上のことはできまい、この人にどこまで権限が与えられているか知らないが、せいぜいが事情聴取ぐらいなものだろう。そうだと本人も分かっているから下手な追求はせず、ただ睨んでいるだけなのだ。


「…まあ良い。ただ、次もネットを利用するなら疑いの余地ありで強制連行は免れない、考えて招待するんだ」


「ご忠告痛み入ります」


「白々しい…まあ──」その人が離れようとした瞬間、ああ...居たよ私たちの傍にも迷惑な人が...と、痛感させられた。


「は〜いはいナンパなら他所でやってね〜」


「──っ?!」


「ああ?!」

「ああもう最悪…」


 フランだ、一体どこにいたのかいつから私たちに気付いていたのか、急に現れたかと思えば命友会の人を一発で昏倒させてしまった。


「ん?あんたたちこいつにウザ絡みされてたんでしょ、デュランダル、あんたがヨーコを守る騎士みたいになってたわよ」


「……」


「え、違うの?まさかの知り合い?そんな訳ないわよね」


「その人はこの街を監視してる命友会の人間です…」


「うそ…」


 明確な暴力行為、周囲にいた人たちも私たちの異常事態に気付いて無言で去って行く。

 買い出しに来たのに、買い出しに来ただけなのに、私たちはフランの「走れ!」の合図で走り出す羽目になってしまった。


「全く!迷惑はヨーコだけで間に合っているのに!」


「それヒドくない?!私にすごく失礼!」


「やっちゃったもんはしょうがないでしょ!さっさとホテルから荷物を回収してとんずらするわよ!」


「もう最悪!早く戻って来て姉御!」


 本当に、本当に誰かと一緒にいることが好きなのだろう、とんだとばっちりを受けてもヨーコは笑いながら走っていた。

※次回 2025/9/6 20:00更新

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