Cell.19 ミトコンドリアの長い一日・中編
「すまない、あと少しというところでマリアの連中に見つかってしまった。君の仲間はマリアが連れて行ったよ」
そう頭を下げたのは何を隠そう、私を誘拐したアルトゥールさんだ。この人、パイロットだけでなく隠密行動も得意らしい。
場所は自然保護区と宗教保護区の境目、入区管理所の留置所だ。時間は草木も爆睡している深夜、あと数時間もすれば太陽が顔を覗かせて大地を白く染め上げることだろう。
そんな時間になっても私はまだ眠りに付けず、唐突に発生したクルルたちの問題に対処していた。サランは何してるの?
不可解な事ばかりだが、アルトゥールさんの謝罪も不可解である。当然訊ねる。
「何で謝るんですか?」
「マリアの連中がヤバいからだよ」
隣にいる見るからに元気がなさそうなギーリが「詳しく説明を」と続きを促した。
「あそこは明確な罰則が存在しない、罪を犯しても牢屋に入れられることがないんだ」
「それ何がヤバいんですか?」とさらに続きを促す。
「あそこは全て大教会という組織が仕切っていてな、悪事を働いた人間は皆、帰依することになっているんだ」
「きえ?」
聞き慣れない言葉に思わずおうむ返しをしてしまう。ギーリが私に説明してくれた。というかまだ元気出してないの?
「帰依っていうのはその宗教を信仰するとか、そういう意味合いだよ。その帰依というのに期間はあるのですか?」
(あれ、そういえばギーリってアルトゥールさんとは初対面だよね、何で話ができてるの?)
黒いスーツに身を包んだままのアルトゥールさんが答える。
「無い。大教会の赦しが出るまで無期限に信仰活動をさせられる、下手したら死ぬまでマリアから出られない」
「ええ〜…麻酔銃まで使用したんですよね?そこまでして見捨てます?」
私がそう問い詰めると、アルトゥールさんが心底申し訳なさそうにしながら、「本当にすまない…」ともう一度頭を下げた。
「俺の知り合いもマリアに捕まったことがあってな、もう十何年と顔を見ていないんだ…自分も同じ目に遭うのかと思うと…」
そう言われたら何も言えない。
代わりにギーリへ視線を注ぐ。そう、まさか留置所で再会するとは思わず、ギーリの状況を聞いていなかった。
「で、何があったの?ファーストで厳しい顔を見せた副隊長はもういないの?」
「……っ」
そう発破をかけてあげる、ギーリは意表を突かれたような顔になり、薄らとだがようやく笑顔を見せてくれた。
そうだよ、私もファーストで現を抜かしてギーリに怒られてるんだから、これでおあいこ。
「ごめん…その、預かった許可証がカピタニアで盗まれてしまって、それでここに収容されてたの」
(ギーリの物だったのか…あの人はギーリの許可証を盗んで…)
忘れようと努めていた光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。盗まれた本人には伝えなくていい光景だ。
ギーリの表情はまだまだ本調子というわけではないが、再会した時に見せていたつまらなそうな顔はもうしていない。
(クルルとの事は一旦あと回しだ、その本人が捕まってるって言うんだから)
ほんの少しだけ覇気が戻ったギーリがアルトゥールさんへ訊ねた。
「どうして二人は宗教保護区の人たちに捕まったのですか?」
「そういう法律だからだよ、マリア内ではいかなる戦闘も禁止され、越区許可証の有無に関わらず全ての人間がマリアに従うことになっている」
「許可証が意味をなさないってことですか?」
「ああ、だからカピタニアの人間はマリアを目指すんだ、危険な生活より不自由な信仰生活に希望を見出す」
(そういう事か…)
その希望を、救いを求めた神の前で撃ち抜かれたところを見てしまった。
「それなら、捕まった仲間たちを外へ連れ出すのは難しいってことですか?」
ギーリの問いにアルトゥールさんが他人事のように「それはそうだろう」と返す。続けて、
「だからさきほど謝罪した、すまないと」
「いや謝罪したって…」
「誰もあそことは関わりたがらない、マグナカルタの連中もごめんこうむるだろうさ」
(めんどくさ…)
もう自分たちだけでもここから出ようかな、それで一旦ヴァルヴエンドまで戻って救助を求める。
現実逃避めいた考えだが、なんだかそれが一番最適解のように思えてきた。私たちの手では解決できそうにない、関われば関わるほどどんどん深みにはまっていくように思える。
ギーリにそっと目配せをする、ギーリも私と同じ事を考えていたのか、めんどくさそうに目を細めながら小さく首を振った。
──ここは境目である、両陣営が共有する敷地内であり、つまりこの施設を利用するのはアマゾンの人間だけではない。
額を合わせていた私たちの元へ人がやって来た。
「ご安心を、あなたの罪を咎めに来たのではありませんよ」
「……っ」
なんかいかにもみたいな、修道服(正式には三種類ぐらいに分かれている、カズラとかアルバとか)を着込んだ壮年の人だ。頭にはご立派な冠を乗せており、その人の肌とは真反対に真っ白い物だ。
アルトゥールさんは目に見えて体が強張っている、よほどマリアの人が怖いらしい。いや、警戒しているだけ?
その人の背後には...え?ライフル持ってるんですけど、咎めに来たわけではないと言っておきながら武装した人を控えさせていた。
アルトゥールさんは基地で武装を解除している、スニーキングスーツはそのままだが、無手だ。無手三人に対してライフルを所持した人が二人、もう既にこの場を掌握したつもりなのか、修道服の人が偉そうに言う。
「こちらで保護したお二人について、あなた方へご報告に来ただけですよ、そう固くならず気を休めてください」
(──ひゃあっ?!)
危うく声が出そうになった、ギーリが突然私の手を強く握ってきたからだ。
その握る強さ、痛みが暫く残りそうなほど、スキンシップが目的ではないのは一目瞭然だ。
警戒しろ、ギーリは私にそう伝えているのだ。
(ギーリがヤバいって言うんだから相当ヤバいんだろうなこの人)
顔を強張らせたまま、アルトゥールさんが応答した。
「そういった事は基地の事務局へどうぞ。我々に言われましてもね、正直困るのですが」
「そちらのお二人がミトコンドリアというお客様なのでしょう?」
「部屋を間違えていませんか?この二人はフェンスを乗り越えてきたカピタニアの子供ですよ」
「そのような人を貶める態度はひいては神に対して──「あなたの言うそのお客様の人相をお訊きしても?この二人で本当に合っていますか?」
「……」
(そりゃ黙るしかないよね、だって私たちと会うのは今が初めてなんだし)
アルトゥールさんが機転を利かせて嘘を吐いた。知るはずもない人相を答えられるはずもなく、修道服の人が無言になる。アルトゥールさんが突き放しにかかった。
「そちらさんに関与しない件であるにも関わらず土足で踏み込んでくるのはちょっといただけませんね。どうします?まだ続けます?」
偉そうに話していた顔にひびを入れながら、「失礼します」とその人たちが踵を返していった。
と、その人たちが居なくなったかと思えばアルトゥールさんがにわかに動き出し、窓を開け放ったかと思えば私とギーリをいとも容易く抱えあげたではないか。
「いやちょっと!」
「すまんね!これが精一杯だ!あとはカピタニアまで一目散で逃げろ!」
「いい加減眠りたいんですけど!」
「カピタニアで寝ろ!──誰に止められても足を止めるなよ!」
そおら!と、アルトゥールさんが私とギーリをそれぞれ窓の外へ投げたではないか、いやそんな気はしてましたけど。
アスファルトに叩きつけられたのと窓が閉められたのが同時、そしてその直後に騒々しい音が聞こえてきた。
「イーオン走るよ!」
ギーリの合図と共に駆け出す。閉められた窓が勢いよく開かれ、「慈悲に背くならば悲惨な結末を辿りますよ!」と脅し文句が飛んで来た。
一旦足を止めて振り向く。
「イーオン何してんの!」
「走れっつってんだろ!」
二人の怒声を無視してその人へ怒りをぶつけた。
「あなたたちに助けを求めて逃げ出した人があなたたちの目の前で撃たれた!どうしてあの時助けに入らなかったのですか?!絶対見てましたよね?!」
「──っ!」
どうやら本当だったらしい、アルトゥールさんが入れた顔のひびが亀裂に変わり、なんとも醜い表情になった。
その反応で十分だと思い、先に走り出したギーリの背中を追いかけた。
もう空が明るみ始めていた。
*
(イーオンは元気にしてるかな〜今日も空を飛んでたりするのかな?)
一人で仕事をするようになってから、朝焼けを迎えるこの時間がとても好きになった。
暗く沈んでいた大地を太陽が照らす、この当たり前の星の運行が実はとても素敵な事だったと知り、決まってこの時間に起きるようになった。
ばーばと過ごしていた時はとてもそんな余裕は持てず、たとえ朝早く目が覚めても景色に視線を寄越すようなことは一度もしてこなかった。
太陽がカリブ海を照らす、陰と陽、一つの海に光と影が存在し、その光の中に一つだけ染みのような影がぽつんと浮かんでいる。
私が預かる船の影だ。
もう間も無く目的へ到着する。
◇
「私女ですけど!いきなり止めてくださいよ!」
「いや一度で十分だから…ほら、女同士だから別に平気だろ?」
「そういう問題ではありません!」
「いきなりじゃなければいいのか?ちょっとご飯するとか、散歩しながら友好を深めるとか」
「そういう問題でもありません!」
「頼むよイシュウ!お前も見た目はうんと可愛いから!な?」
「──日焼け止め多めの日用品、それから漢帝で流行っている茶葉各種「そうそう!そういう釣れないところがまた可愛いんだよイシュウは!「──とにかく!ご依頼されたお荷物は全部船の倉庫の中にありますので!お手続きをお願いします!「はいはい」
暗く沈んだ大地を照らした太陽がきちんと顔を出して間も無く、カリブ海を擁するトリニダーの街で、私はセクハラを受けていた。草。
(いきなりどうしたんだろう?この間までは男も輸送してこいって言ってたのに)
トリニダーの街に住む人たちを束ねている実質的リーダー、モニカさんが執拗に私のお腹辺りをじろじろと見てくる。嫌だなあと思いながらタブレットに署名してもらい、ゲイクムヌ備え付けの荷運びドローンに指示を出した。
あとは運び出すのを待つだけである、ドローンの動きは決して早くないので小一時間はかかる、いつもはその間に現地の人と交流するのが常だ。
そして、それは毎日太陽が昇るように今日も変わらなかった。
「ま、とりあえず話だけでも聞いておくれよ、私も脳みそが溶けてしまうようなことに出会したんだよ」
「それ病院行った方がいいですよ。その出来事と関係しているんですか?」
「大アリさ!」
モニカさんが言うには、女性と見紛うほど可愛いらしい男性と出会ったことがあるらしい。しかも昨日。
「男の娘っていう人ですか?」
「男の子?」
モニカさんは漢帝から運んできたばかりの飲料ボトルを手に取り、私を少し見下ろしながら首を傾げている。モニカさんが持つボトルを太陽が燦々と照らし、結露した水滴が美味しそうに光っていた。
「男性でありながら女性の格好をする人です」
「それ女装って言うんじゃないのか?あれは紛うことなき女だったぞ!」
「私も最近勉強したばかりできちんと理解していませんが、なんでも男の娘は女装の上位互換らしいです。女装は誰でもできますが、男の娘は選ばれた人にしかできない、とか」
「ガチか、漢帝…すげえな」
「その人の何が良かったんですか?」
太陽は何でも照らす、水滴の一粒だって見逃さないんだ、人の汚い性欲だって照らす。
「あんな可愛い奴と子作りできるとか最高じゃん?もう普通の男は無理だわ、汗臭いわ雑だわ終わったらすぐに寝るわでヤれる以外に良い事が一つもない」
「あ、そう…ですか」
モニカさんと話した後、一機の荷運びドローンが明後日の方向へ飛んで行ってしまうハプニングが起きた。
ゲイクムヌのブリッジへ戻り、一括管理しているコンソールからアプリを起動して、職務放棄したドローンとプライベートリンクを立ち上げる。
(そんなに可愛い人だったのかな、どんな人なんだろう)
不具合の原因はどうやら座標指定に問題があったらしく、職務放棄したドローンはその間違った座標を目指して飛行を開始したようだ。
教えられた手順で不具合を修正し、職務復帰したドローンがゲイクムヌへ帰還していることを確認し、ふうと息を吐いた。
(イーオンだったら…)
お腹の下辺りに手を伸ばしてきたのがモニカさんではなく、イーオンだったら...と、妄想してしまい、慌てて違う事を考えるようにした。
(な、何を考えてるだろう私)
でもあの日、初対面であるにも関わらずイーオンは私に抱きつきあろうことか、服の下に手を入れてきた。
その手は驚くほど暖かく、そして、驚くほどに心地良かったのを今でも覚えている。
モニカさんはこの先の話をしているのだ、私も理解している、同性同士でそういう事をしても子はなせない。
でもイーオンがそれでもと手を伸ばしてきたら──「イシュウ?いるかあ〜?」
「──何も考えていません!」
「は?」
ブリッジに一人っきり、と思っていたので背後から声をかけられ、喉の奥がひっと鳴ったかと思えばとんでもない事を口にしてしまった。
ゲイクムヌのブリッジにやって来たのはモニカさんだ。
「す、すみません、な、何でもありません」
「あそう、ならいいけど。せっかく来てもらったのに悪いけど、すぐにここを発ってくれ」
「ええ?」と間抜けな声を出してしまう、だって先はあんなにも二人っきりになろうとしていたのに。
「どうしてですか?」
モニカさんが答えた。
「最近物騒なんだよ、ここ。オブリの連中も物資を買い漁ってるし、そのせいで物盗もうと輩がよく徘徊してるからさ。そんな奴らに狙われたらイシュウは一人で太刀打ちできないだろ?──さっき報告があった、カンクンの方から何隻も船が出たってさ、さっさとここを離れた方がいい」
*
「私は何故、せ、せいざ?という姿勢で床に直接座らされているのでしょうか、普通にキツいんですがこれ」
と、ベアトリスがリビングに正座し私を見上げている。
「何故?それはあなたがよく理解しているのでは?日本では、正式な場であったり反省の意を表する時に正座をして態度を示すものです」
「ここは日本ではありません、オブリ・ガーデンです」
「ここは様々な人種と文明が見事に融合した世界一のダイバーシティでしょう?」
「こういう時だけ褒めるのですね。──はあ、分かりました、あなたの気が済むまでこの姿勢を維持します」
「で?私の大事な隊員は?どうして人っ子一人居ないの?」
「大事な隊員をほったらかしにして眠りこけていたのはあなた──「そういう正鵠を射るような突っ込みは要りません!」
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!)
ヤバい!私が倒れている間に何てこと!
今はたださえ少佐からの心証が悪いというのに、寝ている間に隊員らが全員居なくなりました、なんて報告を上げられるはずがない!
訊けば、カピタニアへ出向いたギーリが現地の人に許可証を盗まれ管理所に拘束されていること、二人が私の判断を待たずにホテルを飛び出したどころか違法行為に該当するフェンス超えをかましたこと、さらに違法行為を取り締まるバンデイラで指名手配されたこと、さらにイーオンまでもが拘束されたこと。皆んなめちゃくちゃになってて草。
(草を生やしている場合ではないわ──ん?)
ベアトリスが何も無いはずの床の上に視線を落としている。その仕草はとても見覚えがあった。
「ベアトリス?何か?」
「──いえ、何でもありません」
「ベアトリス?」
「ついに敬称まで略されるのですね「ベアトリス?「何でもありませんよ、どのみちマグナにいる私たちには何もできることがありません」
嫌な予感しかしない。
「何があったのか言いなさい、あなたが隠していることはミトコンドリアに関することでしょう?国際問題に発展した時、私と一緒に責任を取りますか?」
ベアトリスは特個体だ、私たちと同じようにインプラント通信を介して他者とやり取りすることができる。
「どうやらイーオンさんとギーリさんもマリアに目を付けられてしまったようです、お二人の身柄を安全にするため、APIOがカピタニアへ逃したようです」
「カピタニアって…」というか折れるの早いな。
「オブリ・ガーデンの外です、あそこは如何なる法も効力がありません。マリアで拘束されているクルルさんとテクニカさんを合わせて、区法を言い分に返還要求を行なう準備をしていたのですが…」
めんどくさ、ここ。
◇
「状況は理解した。我々が想定していた以上にオブリ・ガーデンの内情は複雑なようだ」
「申し訳ありません」
「サラン隊長、君に全面的な非はなかったとはいえ、自身の体調管理を怠っていたことは失態と言える」
隊長だけに?とは言わず、
「トリニダーから続く疲労が原因だと推察しています。今後、隊員らも含めた全員の体調を整えた上で入塔を行なうように対処します」
「そうしてくれ。──君にだけ報告しておかないといけない事がある」
「ええめんどくさ…」あ、つい口から言葉が出てしまった。
「まあそう言わず、いずれ耳に入る話だ。命友会配下の管理部隊が今朝、アレクサンドリアを訪れた、こちらは今厳戒態勢にある」
「……」
「よって、全ての部隊、航空船から民間船まで全ての船が出航停止になっている」
(どうして…)
「通信網も全て管理下に置かれている、この会話も記録されて管理部隊が検閲することが決まっている。つまりだ、カピタニアという所へ向かった飛行士と副隊長の救出は当分の間先になる。すまない」
「わ、分かりました…」
少佐に報告すべくベアトリスにハンドルを握らせラグナカンのブリッジに戻って来た。現状、通信が行えるのはこのラグナカンのブリッジのみなので大変面倒である。
意外にも少佐はキレるようなことはしなかった、その冷静さが逆に怖いんですけどみたいな、とにかく今は隊員らの身柄の確保が焦眉の急である。
皆んな揃わないと帰るに帰れない、皆んなをこんなめんどくさい所に残しておくわけにはいかない。
(やはりここは私が快刀になるべきだわ)
通信が終わる間際、少佐が言う。
「隊長、くれぐれも余計な事はするなよ」
「……」
「部隊の作戦指揮決定権はそちらだが、部隊の指揮権を管理しているのはこちらだ」
「それ意味なくないですか?」
「世の中そんなものだ。指揮権を剥奪されたくなかったら余計な事はするな」
こちらを見抜いてて草かと思えば、身も蓋もない釘を刺されてしまい突っ込むことすらできなかった。
まあ良い、とにかくこれからの動きを決める必要がある。
「で、私をこんな所に招いて良かったのですか?嫌な予感しかしませんが」
「大丈夫よ、何事もなければあなたはここに居た事にはならない。もし皆んなの身に何かあれば、ブリッジのカメラ映像をほんご──軍本部に提出することになるだけ」
「何故言い直したのですか?」
「そんな事は今はどうでもいいの。で?皆んなの足取りは掴めたの?」
はあ、とラグナカンのブリッジに呼び付けたベアトリスがクソでか溜め息を吐き、少佐と話している間に調べさせていた事を報告してもらった。
「クルルさん、テクニカさんには関してはマリア内のいずれかの教会にて、としか把握できておりません。イーオンさんとテクニカさんはカピタニア、リオ・グランデの区画にて姿を確認できました」
「そのリオ・グランデまでの距離は?」
「外壁から三つ目の区画です。が、些か不可解です、この短時間でリオ・グランデまで逃走するのは不可能かと」
「現地の助けがあったのでしょう、そうしとか考えられない」
「それで、どうされるおつもりですか?」
「出しなさい」
「何を?」
正座で痛めたらしい足を摩っていたベアトリスに向かって手のひらを差し出し、くいくいと動かす。
「越区許可証。私が直接マリアへ出向く、あなたたちに対応を任せていたら泥沼化するのが目に見えているわというかもう既に泥沼だし、あとは誰がその沼に足を入れのか、というだけでしょ?」
「……」
「あなたがマリアへ行く?それはできないでしょう、なら私が行けば良い、問題を起こしたところでそれはミトコンドリアとマリアの揉め事であってあなたたちマグナカルタは関係無い」
「このご立派な船は誰が──」
ようやくここに呼ばれた合点がいったらしい、ベアトリスが口を開けてぽかんとした表情になった。
「あなたが見るのよ。いい?もし私たちの身に何かあってここに帰還できないような事があれば、あなたは異国の船を占拠した犯罪者という事になるの、そうなりたくなかったら私たちを全力でサポートしなさい。分かった?」
またしてもクソでか溜め息。
「──はあ…承知しました、あなたのことをサポートしましょう」
「どうもありがとう」
「その代わり二度とオブリ・ガーデンに来ないでくださいね、議会の紹介だからと承諾したことを今とても後悔していますから」
「あら、気が合うじゃない、仲良くなれて嬉しいわ」
人間臭い仕草もできるらしい、こいつは何を言っても駄目だと言わんばかりに何度もかぶりを振った。
※次回更新 2025/8/2 20:00