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Cell.17 低軌道上エレベーター・カウカソス




 気骨(きこつ)【名詞】

 自分の信念を守り、困難な状況にも屈しない強い意志。ヨーコみたいな。




 地表から八〇キロメートル以上の高度を宇宙と定義している(あるいは一〇〇キロメートル以上)。

 八〇キロと一〇〇キロ、定義が二つ存在しているのは当時の世界情勢によるものだけど、ここはめんどくさいので一〇〇キロとしておく。

 この一〇〇キロ地点を低軌道と呼び、さらに高い高度を中軌道、そしてさらに高い高度は高軌道と呼ばれている。

 低軌道はまだまだ地球の重力圏内に位置しているので、この軌道に存在している人工衛星などは約九〇分ほどで地球を一周してしまう速度を持っている。この速度でなければ地球の重力に引かれ、地表に落っこちてしまう。

 高軌道、あるいは静止軌道と呼ばれる高度は三六〇〇〇キロメートル付近を差し、この高度に位置している人工衛星などは地球時間と同じ二四時間で一周することができる。

 西暦の時代、当初は静止軌道に宇宙エレベーターが建設される予定、だったらしい。宇宙ステーションから地表に向けてカーボンナノチューブを垂らし(その長さは三六〇〇〇キロメートル!)、そのナノチューブと同等の重さを宇宙空間に向けて伸ばすことによって重さの釣り合いを取り、静止軌道上に宇宙ステーションを安定させる構想だった。

 だが現実は構想通りにはいかず、当時の人たちが感知できていなかった存在に邪魔をされることになった。

 デブリだ。静止軌道上には、地球の引力と遠心力の釣り合いが取れ、地球から離れることなく漂い続けていた宇宙のゴミが無数に存在していた。それら全てを駆除することは不可能であり、数度に渡って宇宙ステーションが打ち上げられたが、その全てがデブリと衝突として宇宙の藻屑となって消え失せた。らしい。

 だから現在稼働しているエレベーターは低軌道に存在している、けれども低軌道の周回時間は約九〇分とごく僅かなため、低軌道上には複数の宇宙ステーションが建設されている。

 宇宙ステーション側と地表ステーション側から伸びるエレベーターシャフトの接続時間はジャスト三〇分、ケージの速度は約五〇〇キロ、理論上は行き来が可能だが、シャフトの接続部分をケージが通過した直後に切り離しが行われる。

 その切り離しがつい今し方行われたばかりだ、なので私たちはガイアの枝葉に建設された地表ステーション、通称カウカソスのエントランス内に設けられた博物館で時間を潰していた。

 肩を並べて立っていたアマンナが、西暦時代に考案された宇宙エレベーターのパネルを指差しながら疑問を口にした。


「なんで気象衛星は無事だったんだろうね、同じ静止軌道にあるのに」


「大きさの問題じゃない?」


「そうなの?私はてっきり重さの釣り合いを取るための重りが原因だと思ったんだけど」


「でもこのパネルにはデブリに衝動して破壊されたって書いてあるよ。なんか人には言えない事情でもあったのかな」


「ああ、もうこの時から宇宙戦争が勃発してたのかもね、アフラマズダの仕様書にもロシア連邦の動向って書かれてたし」


「ああ、静止軌道はもうロシアの支配下にあったとか?」


「だから低軌道に宇宙ステーションを建設した」


「そういえばロシアがあった土地にはテンペスト・シリンダーって建てられてないもんね」


「もう既に宇宙に新しい住処を作ったからじゃないの?」


 地表からケーブルがう〜んと伸び、宇宙ステーションからさらにう〜んとケーブルが伸びているパネルから視線を外し、隣に立つアマンナをじっと見つめる。

 私の視線に気付いたアマンナがこちらを向いた。


「なに?」


「別に。何か知ってるんじゃないのかな〜って」


 アマンナは何も答えない、こちらに向けた表情のまま、またパネルに向き直った。


「あ、な、なんか、お腹空いてきたな〜!──あ!ちょっと私レストランに行ってくるね!」


「あ!こら!」


 お澄まし顔だったので本当に何も知らないのかと思いきや、分かりやすく動揺したアマンナがすたこらさっさと逃げていった。



 それからすぐ、口の周りをソースで汚したアマンナが私の元に戻って来た。


「ヤバいヤバいヤバい!」


「何が?そんなに美味しかったの?」


 私は展示コーナーに残り、地表ステーションの名前の由来になった神話のパネル前にいた。

 カウカソスとは山の名前らしく、天界から火を盗んだとされているプロメテウスを晒していた場所だとか。他の神様が助けに来てくれるまで、プロメテウスは鳥に内臓を突かれていたとか何とか。神族恐ろしいな。

 ヴァルヴエンドから管理を任されている宇宙ステーションにそんな名前を付けるだなんて、どう考えても皮肉だ。

 

「いいから!こっちに来て!」


「──あ、ちょっと!」


 アマンナは訳も話さずに私の腕を掴み、ぐんぐんと引っ張っていく。

 そうやって連行された場所がケージ(宇宙ステーションではエレベーターのことをケージと呼ぶ)のプラットフォームだった。

 宇宙ステーションで稼働しているケージは全部で一〇基、けれど人が利用することは()()に無く、乗せられるのは殆どが荷物である。

 だが、極稀に人が()()()()()ことがあると言う、カウカソスの係員からそう聞かされたことがあった。

 過去に滞在していた時は一度もお目にかかったことがない。けれどアマンナが「ヤバい!」と連呼してここまで私を連れてきた。

 円形上のプラットフォームに降りてきたケージの前で、係員や荷運び用の小型人型機(非武装)が作業している。それらに目配せをしながら、期待を込めてアマンナに訊ねた。


「人が降りてきたの?!」


 アマンナが立ち止まり一言。


「え?違うけど。──あ!ほら!リ・ホープ!」


 何だ違うのかと肩を落とし、アマンナが指差したモニターを見やる。それは待ち合いロビーのソファ前にふよふよと浮いてるモニターだった。

 確かにリ・ホープの三人がそのモニターに映っていた、場所はどうやらノラリスの屋外発着場、ゲリラライブを敢行した時の映像のようだ。

 いつも目にする、それも身近の人がモニターに映し出されているだけで、何か特別な優越感を覚える。モニターに映る三人は小さいが、あの生き物のように桃色の髪を跳ねさせている歌手が、実は我が儘で寂しがり屋だということを知っているのは私たちだけだ。

 ここで、はて?と疑問に思う。


「何で枝葉でリ・ホープが紹介されてるの?」


「知らない、だからアヤメを連れて来た」


「その接続詞おかしくない?文脈繋がってませんけど」


「あ!司会者が喋るよ!」全無視。


「──今ご紹介したアイドルはヴァルヴエンドでその名を馳せるリ・ホープという三人組のアイドルユニットです。彼女たちは遠い地の北欧を応援するため、国の条例に逆らいゲリラライブを敢行、国内に大きな反響を呼びました。また、彼女たちの歌声はムーを通して北欧に届けられ、国外でも反響を呼んでいるとのことです」


 壮年の司会者は聞きやすい声でそう澱みなく解説している。

 司会者とは別の出演者が、小馬鹿にしたような笑みを作ってコメントした。


「あの人任せのヴァルヴエンドにでも、気骨のある人がいるのですね。いや、アイドルに向かって気骨があるというのは褒め言葉になるかどうか知りませんけども」


「我々がいくら褒めたところでヴァルヴエンドには届かないでしょう、届いてくるのは無茶な注文ばかりですよ」


「確かに!」


 司会者と出演者が互いに皮肉を言い合い笑い合う、ガイアの枝葉では日常の光景だ。

 リ・ホープの紹介はそれで終わり、別のトピックに移った。


「ムーってあのおっとりムー?こっちに帰って来たの?」


「じゃない?インド洋の海洋調査がようやく終わったんでしょ」


「時間かかり過ぎじゃない?もう完成間近って言ってなかった?」


「いやあのムーだから、メッセージの返信が基本一年遅れのムーだから」


「何を調べてたんだろね。もしかして──」


 アマンナと話をしていても、プラットフォームの雰囲気がガラリと変化したのが伝わってきた。係員や小型人型機が立てる音が一瞬で止まり、騒々しいはずのプラットフォームが静寂に支配される。

 私もアマンナもプラットフォームへ視線を寄越す、係員も小型人型機も文字通り動きを止めており、ある一つのケージを注視しているようだ。

 

「まさか…」

「まさか…」


 同時に呟く。そしてそのまさかが現実になった。

 出て来た!ケージから人が出て来た!

 二人ともやば!やば!とか言いながら、何故か待ち合いロビーのソファに身を隠す。


「何で隠れる!」


「アヤメの方こそ隠れてるじゃん!なにあれ宇宙人?!宇宙人だよね?!」


 地球に住む人たちは条約により宇宙へ行くことが禁止されている、なのでガイアの枝葉に住む人々、もとい地球に住む人たちはケージに乗ること自体が禁止されている。

 しかし、宇宙はこの限りではない。


「ねえアマンナ、本当に何も知らないの?本当はあの人たちがどこに居るのか知ってるんじゃない?」


「知らないってば!ライアネットのメインサーバーが月面にあることと、その基地で管理されているコロニーがあるって事しか知らないよ!」


「じゃあその基地か、コロニーから来たってこと?」


「……」


「いや凄いタイミングで無視!!──しまった…」


 つい、大きな声で突っ込みを入れてしまい、それがまあまあ周囲に広がった。動きを止めていた係員たちが私たちに頭を向けてくる、こっちは隠れているのでその仕草だけで心臓がどきりと跳ねた。

 必然的に、と言えばいいか、ケージから降りてきた人たちも係員たちに習ってこっちに頭を向けてくる。

 そして、その集団の先頭に立つ人と目が合った。


(一緒だ…あの時見た人たちと…私たちと同じ目)


 虹彩が白い、それから髪の毛も白く霞んでいる。他の人たちも同様、薄い黒色、薄い茶色、薄い金色、そして皆一様に瞳が白い。

 あの現実か仮想か、未だにはっきりと判別できない街で出会った人たちと同じだった。

 宇宙から降りてきた集団が、私たちに興味を失くしたように視線を外し、あとは勝手知ったると言わんばかりに歩き始めた。

 その集団がプラットフォームから姿を消し、ようやくほっと息を吐き出した。



「は〜〜〜?今から月面に行く〜〜〜?──馬鹿か!!」


 ケージなう。そしてナツメと連絡なう。


「アフラマズダに関する情報はもうノラリスに送信してあるから心配しないで」


「そういう問題じゃない!低軌道より上がどれだけ危険なのかお前も知ってるだろ!というか!黙って行くな!」


「相談したって止められるだけだし」


「当たり前だ!」


 初めて乗るケージの中はとても広い。数十メートルぐらいの広さがあり、高さも三階建てぐらいはありそうだ。

 その中に所狭しと、けれど規則正しくコンテナが並べられている。私とアマンナは一つのコンテナの屋根によじ登り、速度五〇〇キロメートルに達するケージからの景色を堪能しているところだ。

 速いのなんの、さっきまでうんと海が広がっていたのにもう遥か遠くだ。今は高高度に揺蕩う雲を突っ切っている。これならすぐに宇宙ステーションへ到着できそうだった。

 ナツメとはインプラントを通じて会話をしている、そこへ割って入る人が現れたので私は驚いた。

 その相手はヨーコだった。


「今から月に向かうってガチですかアヤメさん!お土産!お土産よろしくお願いしますね!」


「いや観光じゃないんだよ、そんな暇ないよ」


「ならせめて写真でもいいから!」


「ヨーコうるさい!──行くったって、地球から月まで何日かかると思ってるんだ?ちゃんと計画してるのか?」


「してると思う?私とアマンナだよ?」


「いや照れる〜」

「謎の信頼感ヤバ〜」


「ほんと馬鹿二人──ああもう!」


 ナツメの心底呆れたような声が頭に届く、それを聞き流しながら(聞き流すと言っていいのか分からないけど)、私は高速で下へ流れていく景色を見やった。

 赤道付近の日照時間は季節によって長く、夜の時間帯を迎えてもまだまだ太陽が昇っていることがある。そして今がその季節であり、地表が一様に赤く染められている景色が広がっていた。

 頭の中ではヨーコ以外の誰かがさらに割り込み、ガヤガヤと話し合っている。生憎とその内容は意識からシャットアウトされていた。

 丸みを帯びた赤い地表がとても綺麗だったから、私の名前が呼ばれても視線はケージの外に注がれている。

 雲は赤く、その下は黒く、海は青いまま。どうしてだろう?角度の問題かな?目の前にある光景なのに、太陽に照らされた地表のことがまるで分からない。

 それに何より、この時に初めて地球は丸いんだと深く感動した。広大な宇宙の一つに過ぎないこの星は、私が生まれたこの星はこんなにも綺麗なのだ。

 もしかしたら、宇宙にはこんな景色を見せてくれる星が他にもあるかもしれない。人類がまだ発見できていないだけでその可能性はある。

 それこそ無限大に。

 そして私の寿命は無限に近い。

 鳥肌が立った。死んでいたと思っていた神経系が喜びの色を呈し、その反応を肌に表した。

 私には宇宙を探索するだけの寿命と手段がある。

 ウルフラグの人たちはこれを夢見て特別個体機を製造したのかもしれない、そう思えるほどの光景だ。


「──アヤメ!いい加減に返事をしろ!」


「──あ!ごめん。なに?」


「イスカルガをそっちに向かわせたって言ったんだ!」


「はあ?なんでイスカルガを?」


「ほんとに話聞いてなかったのウケる」

「インプラント通信無視れるの尊敬します」

「イスカルガもこの目で月を見てみたいってさ、もう直に着くから諦めて」


「え〜めんどくさ」


 そう暴言を返すとすぐに返事が返ってきた。


「お前が独断で動いたのが悪いんだろ!言っておくが他の連中はとっくに気付いてたんだからな!」

「確かにイスカルガはめんどくさい」

「何の話してるのかよく分かんない」

「ヨーコたちの歌を私の仲間が届けたって話だよ。──もう通信圏内に入る、イスカルガの相手よろ」


「めんどくさっ「めんどくさいとか言うな!──久しぶりだなアヤメ!それにアマンナ!それと知らないお嬢様!」


「出た〜迷惑系インターシップ〜」

「初めまして!アルナン・ヨーコです!」


 ヨーコのびっくりマークが沢山付いてそうな元気な声を最後に、途端に静かになる。訝しむのも束の間、すぐにケージに異変が訪れた。

 順調に高度を上げているケージの速度が緩やかに減少を始めた、ケージの外はもう大気圏を超えて宇宙に差しかかっている。

 ついで、ケージ内の至る所からビープ音が発生し、合成音声によるアナウンスがあった。


「貨物ケージ内で異常を検知しました、付近の係員はオペレーターから指示を受けて対応にあたってください。繰り返します、貨物ケージ内で──」


 隣にいるアマンナと目を合わせる、彼女の頬がパトランプの明かりで無機質に赤く光っていた。


「これってもしかしなくても?」


 アマンナに答えてあげた。


「私たちでしょ、絶対」


「ここから行けなくもないけど、完全に出たとこ勝負だよ?」


 ここから月面基地へ()()。アマンナのその無謀な提案は私にとってはとても魅力的に思え、周囲の環境と相まって心臓が早鐘を打つ。

 そう、初めて中層に降り立ったあの日、あの広大な森を前にして、恐怖ではなく好奇心でウキウキしたあの日と同じ心境だった。

 畢竟ずるに、私はきっとこういう人間なのだろう。

 自信を持ってアマンナに答えた。


「地球にはもう飽きた、私を宇宙に連れてって」


 アマンナが昔のように、出会ったばかりの頃のように無邪気な笑顔になった。





 ノラリスから連絡を受けて太平洋から飛び出し、赤道を超えた直後だった。


「あの二人!地球から月までどれだけかかると思っているんだ!」


 皆は私のことを迷惑系だとか、その口閉じろとか、黙っていれば格好良いのにとか、散々言われるが、迷惑系とはあの二人の事を差すはずだ。

 私たちの可愛い妹である華夏に緊急通信を入れる。


「華夏!中軌道ステーションに連絡を入れてくれ!あのバカ二人がケージから飛び出した!」


 妹からすぐに返事があった、きっとアヤメとアマンナを心配して見守っていたのかもしれない。


「何で私なの〜!ガイアの枝葉はムーの担当だよ〜!」


「あいつはいつ返事が返ってくるから分からないからな!そう言う華夏こそあいつらのことちゃっかり監視しているじゃないか!」


「だって心配なんだも〜ん!」


 星と星を繋ぐ役目を持つ華夏は、中軌道にいる仲間たちへ連絡を取ることができる。星間通信型として製造された華夏だけが持つ通信能力である。それに根っからのお人好しだ、私が指示を出すより早く救難要請を出していた。

 アマンナとアヤメは中途半端な位置で停止したケージから既に飛びしており、低軌道駐留部隊(ケェーサー)に早速補足されていた。

 華夏もその様子を捉えていたのだろう、いつもの舌っ足らずな喋り方ではなく、鋭い言い方をしていた。


「二人とも!とにかく中軌道まで逃げて!」


 華夏の通信能力なら宇宙空間に飛び出した二人とも連絡を取ることができる、私ではできない、これは役割の差によるものだが今はいい。

 ()()()()()()()()()()()()()

 西暦が終わってから初めての事である。


「二人は何て?!大丈夫なのか?!」


 また華夏から鋭く返事が返ってきた。


「余計なお世話だって!」


「んだと?!──私も直に大気圏を越える!航路ログの監視と保存を頼んだぞ!」


「ああもう見切り発車にも程があるけど分かったよ!」


 大気を切り刻んでいた主翼が軽くなり、代わりにメインエンジンの酸素供給量が著しく低下した。

 初めてのエラーに胸が高鳴る、星と星を行き来するために開発されておきながら、今日が初めてのその航行である。

 地球から宇宙へ飛び出すその瞬間は意外と呆気ない、気が付いたらもうそこは──。


「宇宙だ!華夏!ついに私も宇宙へやって来た!ここがユニバース!」


「いいから!二人の援護して!」


 はしゃぐなと華夏から嗜まれるがそれどころではない。


「重力がないとこうも違うのか!船体制御システムも一から組み直さないといけないな!体の内側から弾けそうだよ!」


「いやそれ空気のせいだから!誰も乗ってないんだから早く放出して!」


「いや乗ってますけど?!」と、華夏に抗議を入れたのはファースト所属のヨルダンだ。


「パイロットは生身の人間だから空気抜かれたら死ぬわ!」


「助けて」


「私は平気だ、好きなようにするといい」と、無慈悲な事を口にしたのは、ヨルダンと共に船内ハンガーで待機していたベガ・アルタイルだ。


「ベガてめえ!選挙戦で負けたからってうちのパイロットを虐めるな!」


「勝てば私がファーストを導いていた、ただ時代が次のリーダーを求めたに過ぎない。それにだ、この船が内側から弾けるはずがないだろう、イスカルガのいつもの面白くないジョークだ、真に受けるな」


「ヨルダン、ベガ!お前たちも準備に入れ!ケェーサーの射程内に入るぞ!」


「やっとイスカルガから離れられる」と暴言を吐いたのはヨルダンのパイロットだ。


「助けてってそういう意味かよ!私のジョークってそんなに面白くないのか?!」


「宇宙の方がまだ暖かみを感じられるほどに寒い」


「宇宙に出たことないくせに!──ハッチ解放、カタパルトのリリースはそっちに任せたぞ!」


 ヨルダンもベガも宇宙は初めてのはずなのに、何の躊躇いもなく発進した。

 二つの小さな光が月に向かって直進していく、その斜め後方から複数の光が接近している。

 地球と低軌道を監視している駐留部隊の機体だ、進路はこちらに真っ直ぐ、すぐに注意勧告が飛んできた。


「直ちにこの宙域から離脱せよ。繰り返す、如何なる理由においてもこの宙域を航行することは許可されていない」


 この勧告はあの二人の元にも届いているはずだ。けれど、月へ向かう一つの光点は転進することなく進み続けている。無視だ。


「この警告が最後、指示に従わない場合は規定に従い攻撃を行なう。繰り返す、直ちに転進して地球へ帰投せよ」


 従う素ぶり無し!アマンナ機はさらに速度を上げて低軌道域から離脱を試みている。

 そんな二人の姿を見て疑問に思う、いや、ある感情を覚えた。

 今日までイスカルガと共に過ごしていたヨルダンが、私の気持ちを代弁してくれた。


「あの二人は怖くないのか?宇宙って何も無いんだぞ?光も無ければ風も無い、よくこんな中で飛べるな」


「太陽風はあるがな、まあ、我々にそれを読む術は無いが」


「聞けばあいつら、昔っから宇宙を飛ぶための練習を続けていたらしいな。マリーンじゃ何度も海中で機体を動かしたとかなんとか」


 海中の起動がそのまま全て真空空間での起動を模倣できるとは思わないが、あの二人は宇宙を目指していたのだ、だから怖くないのだ。

 むしろのびのびと機体を飛ばしている。

 勿論、ケェーサーがそんな二人を許すはずがなく、三度に行なわれた勧告が迎撃行動へ移った。


「従う意志無しと判断、我々は我々のソラを守るため迎撃に移る」


 つい、ケェーサー部隊に皮肉を放った。


「はっ、別にお前たちのもんでもないだろ、それこそ自分の息子を山に閉じ込めた神様のものでもないよ」


「通信以上」


 宇宙に住まう彼らは宇宙を『ソラ』と呼ぶ。

 私たちはこの『ソラ』を突破する必要があった、突飛な行動で宇宙へ飛び出したアヤメたちをただ援護しに来たわけではない。

 渡り船にというか、あとは誰が中軌道域まで侵入するか、そのパイロットを選出しようとしていた時にノラリスから連絡が入り、「勝手に月へ行こうとしている二人を援護してほしい」と要請が入ったのだ。

 ヨルダンもベガもそのパイロット候補に入っている、だから私の船で待機していたのだ。

 ようやく私も通信圏内に入った、先行するアヤメに連絡を入れる。


「アヤメ!悪いけどこっちの計画に付き合ってもらうよ!今はとにかく奴らを振り切れ!露払いなら私がやる!」


 いつも通りの──いや、少し興奮気味のアヤメから返事があった。あの静かな女にしては珍しいことだ。


「よろしくね!こっちは機体制御で忙しいから周りに構ってられないの!」


「そりゃ心強い限りだ!──じゃ、まずは小手調べだ!」


「それ悪役のセリフじゃね」


 アマンナの突っ込みを無視し──ヨルダンは爆笑し──カナードに内蔵されている火器をアンロック、ケェーサー部隊の進行航路にフレアを見舞う。ただの目眩しだ。

 ただ、一般的なフレアではない、その対象は対艦隊に向けて製造されたもの、その分金属粉が燃焼する範囲も広大で光量も強い。

 見舞ったフレアの群れが白い尾を引いてケェーサー部隊へ殺到し、ついで閃光、けれど大気圏内とは違い光と熱は一瞬で消え失せた。

 燃焼を手助けしてくれる酸素が無いからだ、それは命の灯のようにほんの一瞬だけ強く輝いたに過ぎなかった。

 ただの目眩しとして放ったフレアでは足止めは叶わず、ケェーサー部隊の一機が転進しこちらに向かって直進してきた。残りの機体はアマンナ機の追従を続けている。


「アヤメ!一体引きつけた!あとは自分たちで何とかしろ!」


「オフコース!」


 部隊から離れた機体がこちらに銃口を向けてくる。


「そんな豆鉄砲で何ができるってのさ!撃てるものなら撃ってみろ!」


 ケェーサーから返事は無い、代わりにトリガーを引かれた。だが、その弾道を捉えることができない。

 

「ちっ!この嫌らしい武器め!」


 宇宙は真空だ、空気が無いので物体は何ら外的影響を受けず維持している速度エネルギーを保つことができる(デブリに衝突すれば話は別だが)。

 そのため、ケェーサー部隊が使用する兵器はもっぱら光線、所謂ビーム兵装が多い。大気圏内で使用すれば空気の摩擦によって威力が著しく低下してしまうが、ここならその威力を保ったまま宇宙の端にまで届かせることができる(デブリに衝突したら話は別だが)。

 そして何よりビーム兵装は見え難い!いや撃たれた時点で目で捉えるのは不可能に近いが、とにかく捉え難い!

 ケェーサーが放ったビーム兵装が主翼エンジンに被弾し、すぐさま出力にアラートが発っせられた。


「けれどもこの船は強行型!ちょっとやそっとじゃ止まらないんだよ!」


 被弾したそのエンジンを即座にパージ、パージ後は残った燃料に火を付けミサイルとして再利用し、お返しにその機体へ向けてあげた。

 さすがにケェーサー部隊も度肝を抜かれたのか、先行していた機体も含めて全て転進、私が放ったミサイルから距離を取る。

 けれども遅い。

 私に接近していた機体がエンジンミサイルの餌食となり、フレアとは違う暴力的な爆発の餌食となった。

 

「私は片道切符を前提とした船なんでね!近付いたら最後だよ!絶対に墜としてやる!」


「ほんと名にし負う」


「うるさい!──余計なコト言ってないでさっさとこの宙域から離れろ!中軌道の奴らもお前の援護に──「上出来、と言っておきましょう」


 私とアマンナの通信に割り込む奴が現れた、映像は無い、音声だけだ。

 その声は宇宙を体現したかのように冷たいものだった。


「中軌道域に潜ませていたあなた方のステーションはこちらで既に掌握しました、無力化されたくなければこちらの指示に従ってください」

 

「どこの誰だか知らないがそんな脅しに──「イスカルガ、撤退よ、この女の言うことは本当」


 その声は私が知るもの、中軌道域で密かに建設し、静かに稼働させていた月面監視宇宙ステーション『グイス』を管理する若い所長だ。

 冷たい女がその後を継ぐ。


「我々の失態があったにせよ、ここまで侵入できたのは上出来です。けれど、あなた方のお遊びはここまです。──停止命令を」


 さらに冷たくその女が言う、所長は従わざるを得なかったようだ。


「アヤメさん、転進して地球へ向かってください、ここはもう私たちのソラではありません」


「そうです、ソラは我々のものです」


「あんたのもんでもないけどね」


 若い所長がその女に言い返す、大した度胸だ。

 最後に冷たい女がこう言った。


「地球で初めてソラを手にしたのは我々です。我々がソラに手を伸ばしている間、あなた方は地球を根底から汚したでしょう、その尻拭いも我々が行なっていることをどうか忘れないでください」


 気持ち良く──それこそ宇宙を飛ぶ鳥のように──飛んでいたアマンナ機が転進した。

 泥縄で始められた作戦はものの見事に失敗に終わってしまった。

※次回 2025/7/19 20:00更新予定



 拙くで荒い文章にも関わらず、いつも読んでくださりありがとうございます。

 いただきましたご感想で、それぞれの視点を書く際にその視点の登場人物の名前を表記されてはどうでしょうかとご提案いただきました。

 物語の中でただ登場するだけでネタバレになってしまう場面もあり、あえてその視点の人物をぼかす描写を行なっています。ですので、本当に心苦しいのですがその視点に人物名を表記することができません。

 ただ、読み難いだろうなといつも悩んでいましたので今後は改善するように致します。

 今後ともテンペスト・シリンダーをよろしくお願い致します。

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