Cell.16 オブリ・ガーデン
地球の音【固有名詞】
一九七七年に打ち上げられたボイジャーに搭載された、地球環境の音(風や波)、それから複数の言語による挨拶などを収録したレコード(あるいはゴールデンレコード)の事。地球外生命体に地球文化を知らせるために搭載された。
なお、ボイジャーは現在も太陽圏外を航行中である。
またしても、ミトコンドリアの隊員が誘拐されてしまった。
イーオンが自然保護特化区のパイロットに誘拐されてから約半日が経過し、太陽が再び沈もうとしている時刻になってようやく私たちもオブリ・ガーデンに到着した。
ラグナカンが着陸したのはオブリ・ガーデン内ではなく、天井だ、太陽が沈もうとしている水平線まで天井が続いている。
ちなみに、イーオンの事は既に少佐へ報告済みである、もう怒られたくなかったし、報告を受けた少佐は私にではなくオブリ・ガーデンに対して怒りを露わにしていた。私じゃなくて良かった。
本来であれば、オブリ・ガーデンのパイロットと連携を取ったイーオンが果たすランデブーを代わりに行なってくれた現地の機体が、ラグナカンの近くに着陸した。
その機体名は『ベアトリス』だ。聞けば、オブリ・ガーデンに配備された人類(ひとるい、と読む、じんるいとは読まない)の特別個体機であり、ダイバー・マグナカルタと呼ばれる経済推進地域及び一二塔主議会の代表者。
そんな代表者ともあろうお方が自然保護特化区の拉致行為をみすみす見逃すだなんて。
少佐ほどではないが、私も十分に怒っていた。
ラグナカンから既に下船していた私たちはベアトリスのパイロットを、その変な飾りを付けた機体を見上げながら待っている。必然的に、クルルもテクニカも覇気がない、そりゃそうだ、隊員が二人も誘拐されたのだから。
クルルが機体を見上げながら呟いた。
「あれ、神様のつもりなのかな」
ああ確かに、と思った、白くくすんだボディに色とりどりの羽や布が機体性能に影響を与えるとは思えず、けれど視覚的には一種の威圧感があった。
それに、装飾品もビジュアル面で何ら統一感が無いように見える。ブラジルという国は多種多様な文化が融合した土地であるから、きっと宗教的な意味合いで装飾品を身に纏わせているのだろう。
ベアトリスのコクピットハッチが開き、中からパイロットが現れた。現れたパイロットは慣れた手つきで降機し、天井に降り立つや否や足早く私たちの元に駆けて来る。顔はヘルメットで隠れているためここからでは確認できない、きらり、きらりと夕焼けの光がバイザーに反射しているだけだ。
パイロットが私たちの前に立ち、右手をおでこ前で斜めに掲げた、敬礼のつもりだろう。パイロットが口を開く。
「この度は私たちの不手際で──「顔を隠したまま挨拶ですか?オブリ・ガーデンの方は礼儀も自由奔放なのですね」
仲間を攫われた怒りが声に乗る、パイロットが慌てた様子でヘルメットを取り、その顔を私たちにようやく見せた。
「し、失礼しました!こ、この度は…「挨拶は既に済ませています、現状の報告からお願いします」
横からクルルが割って入ってきた。
「ちょっとサラン、この人が可哀想だよ、イーオンが誘拐されたのはこの人のせいじゃないのに。代表で謝ってるだけ、責めるのはお門違い」
「もうクルル!あなたはどっちの味方なの!イーオンが誘拐されたのよ?!」
「いつも過ぎて草」
「あ、あの…」
ベアトリスのパイロットはその主張が激しい太い眉を下げ、困ったようにオロオロとしているだけだ。そんなんだからイーオンが誘拐されたのでは?
太くて凛々しい眉のその下にある瞳は優しさを湛えたように丸く、鼻もこれまた高い。美形、と呼んでも差し支えない顔だった。
体格はパイロットスーツに隠れているため性別の判断はできない、そういう控え目な所は好感が持てる。まあ、黒くて艶のある髪は長いのでおそらく女性だろう。
名前は...長くて良く覚えていない、確か、ブアルケ・ダ・オランダというファミリーネームだったはずだ。
「状況については私の方からご説明致しましょう」
「っ?!」×4
その人はこつ然と姿を現した、ベアトリスのパイロットも私たちと一緒に驚いている。いや仲間なんじゃないの?
突如として出現したその人はファーストのゴエティアと似た容姿をしており、明確な違いがあるとすればそれは肌の色だった。
そして決定的に似た点が一つ、それは人間味が感じられないこと。
ベアトリス、つまりその本人だ。
ベアトリスもパイロットと同じ黒い髪をしており、テンペスト・シリンダーの天井を行く風にその長い髪が流れている。その流れる髪を押さえながら状況を教えてくれた。とくに自己紹介とかは無いらしい。
「既に聞き及んでいられるかと存じますが、オブリ・ガーデンは中心都市フェルナンブコを除いた全ての地で対立状況にあります」
「いや初めて聞きましたけどその話。対立?区法で互いに不可侵なのですよね?」
対立だって?少佐からそんな話は一度として聞いていない。
「順を追って説明致しましょう。ここの風は体に障ります、移動しながらお話しします。──ミーシャ、あなたは先に行って準備を、ミトコンドリアの方たちは私が案内します」
「はい!」
(そうだミーシャ・エンジェ!)ミーシャが軽やかな足取りで先に走り出し、私たちはその跡をゆっくりと追いかける。
私たちの少し先を歩くベアトリスが、前を真っ直ぐに見ながら話し始めた。
「オブリ・ガーデンは経済を主体とした地域、先住民族と自然保護を主体とした地域、最後に宗教存続とその活動を主体とした三つの地域に分かれています。頭からダイバー・マグナカルタ、次にアマゾン、最後にマリアと名付けられ、それぞれの法律に従いオブリ・ガーデン内で共存していました」
「過去形なのですね」
過去はその区法の秩序をもって共存していたが今は違う、という事らしい。ベアトリスは私の相の手に「ええ」と肯定を示してから続きを話す。
「元々、経済推進地域はダイバーという呼称でした。しかし、今から数百年ほど前にノルディックの経済連を誘致してからダイバー・マグナカルタという呼称に変化、それから別の区へ内政干渉が始まりました。そして、今になってその軋轢が形となって紛争に発展してしまい、あなたたちの入塔許可を一時凍結せざるを得なくなったのです」
私の少し後ろにいるクルルが質問した、その質問は最もである。
「どうして外の人たちを誘致したんですか?そのせいで内政が悪化したんですよね」
「せざるを得なかったのです、我々の手でオブリ・ガーデンの財政状況を好転させることが困難でしたから。その甲斐もあってフェノスカンディアの植民地化を免れることができました」
「フェノスカンディアって確か…イギリス本国に建てられた…」
「この地は未だに北欧との関係が切れていないのですよ。多様性に富んだ土地はいつの時代も魅力的に見えるのでしょう、その内情も知らずに」
「……」
なかなか歴史を感じさせる言葉だ、その言葉は重い溜め息と共に吐き出され、私は何も言えなかった。
先に走り出したミーシャが立っているのが見えた、その周囲に何かがあるわけでもなく、機械の地平線がどこまでも続くその場所で。
私たちが近付くとミーシャが体を屈め、床で何やら操作を始めた、ついで床の一部がぱかりと開いた。
「申し訳ありませんが、皆様には通用口から入っていただきます。しばらく歩きますが、点検フロアから居住エリアに直通しているエレベーターがありますので、その間はご辛抱ください」
「よろしいのですか?」
テンペスト・シリンダーの天井内部、それからマントリングポール区画は重要機密に属する、簡単に人に見せて良いところではない。
私の危惧を他所にベアトリスはあっけからんと答えた。
「構いませんよ、オブリ・ガーデンは我々の手で作り上げたものですから」
「……」
ぱかりと開いた床には内部へ続いている階段があり、予想とは裏腹に綺麗に清掃されていた。その階段に先ずベアトリスが足を踏み入れ、それから私たちを見上げてきた。
「その歴史についても道中ご説明致しましょう。しばらく歩きますから、その時間潰しに」
クルルと目配せをする、クルルもベアトリスの話が信じられないのか首を小さく振るだけだ。念の為テクニカにも視線を投げるが、テクニカは小さなあくびをしているだけだった。余裕だな、おい。
観念してベアトリスの跡に続いた。
*
「今どこにいる?」という、ナツメの連絡を無視して早数時間、私とアマンナはガイアの枝葉近海の空に来ていた。今から人と会うためである。
じゃあ黙って行く必要はないだろ、と思うかもしれないが、私たちはそのままガイアの枝葉へ行く予定を立てていた。勿論、ノラリスたちには内緒で、だから連絡を無視っていた。
「まさか旦那さんが捕まってたなんてね〜」
現在の高度は一〇〇〇〇メートルジャスト、薄い青空が水平線の向こうまで続き、積乱雲が右手の前方に大きく伸びていた。あの積乱雲の向こう側に低軌道上エレベーターがある、生憎と今は雲に邪魔されて見えなかった。
のんびりとした様子のアマンナに答える。
「それもそうだけど、旦那さんの跡を継いだっていうイシュウ…だっけ?そんな人いたっけ?」
「私たちが取り引きしてた時はまだ産まれてなかったんじゃないの「ぐっふぅ…「もういい加減慣れなよ自分の歳に」
そうなのだ、アフラマズダに関する情報をお願いしていた旦那さんがまさかの逮捕、さらにその取り引きを継続したいとイシュウと名乗る人から連絡が入ったのだ。
連絡の発信源があの漢帝だったのでさらに驚きだ、旦那さんが逮捕された経緯についてはそのイシュウという人から詳しく説明してもらう予定だった。
堂々と伸びる積乱雲を眺めていたかったのでわざと遠回りしながら進路を取る。
あの雲より上に到達することはできない、そういう取り決めがあった。
なんか今日は毒を吐くアマンナが「反応あった、イシュウって人じゃない?」と教えてくれた。
その反応は雲の向こう側、低軌道上エレベーターとの中間点。
積乱雲を大きく回り、低軌道上まで伸びる細長いエレベーターをようやく目視できた。
いた、旦那さんも乗っていた空飛ぶ鯨だ、けれど尾鰭に鼠が引っ付いていなかった。
◇
「え、一人で動かしてるの?」
「あ、はい!ばーば──じゃなくて、トーマから手解きを受けていましたので、一人で操縦できます!」
「トーマって誰?──ああ、旦那さんの名前?」
「そうです!トーマからもあなたたちとの取り引きを完遂してほしいと依頼を受けています!」
(いやめっちゃ元気だな〜語尾にびっくりマークが付いてそうなほど元気)
イシュウと名乗った人物は、声からしてもしかしたらそうかなって思っていたけど未成年の子供だった。私が銃を握ってビーストと戦っていた歳と同じだろう。
深い青色の髪は珍しく、大人びた顔付きとは裏腹に声はまだまだ若い、漢帝特有のぴっちりスーツを着たイシュウの手には紙束が握られていた。
その紙束を受け取ったアマンナが内容を確認し、二枚ほどページを捲ってすぐ私に渡してきた。
「文字ばっかり「当たり前でしょ」
続いて私もその内容を確認する。横向きに印刷された出だしはこうだった。
◆太陽系惑星外における長期調査任務について
続けて、
①太陽系ヘリオポーズまでの距離
②①における必要日数、燃料、食糧等に関する協議
③②における調査船の仕様に関する協議、並びに造船期間
④ロシア連邦の動向
(何故ロシア?)
渡された紙束はどうやら当時の会議資料のようである。ページを捲っていくとその会議の議事録のような物が付属されており、書かれていることは理解できるが書かれている内容まで理解することはできなかった。ノラリス行き確定だな。
会議資料から視線を上げる、イシュウとアマンナの姿がそこにはなく、尾鰭に位置する倉庫に私一人だけが取り残されていた。
「いや声ぐらいかけてよ」
独り言を呟いてからその場を後にする。
何気に尾鰭の倉庫から足を踏み入れるのは今日が初めてだ、すぐに二人が見つかるかなと心配したが、すぐ隣の倉庫から話し声が届いてきた。
どうせそこにいるんなら資料を読んでおこうと思い、歩きながら資料に視線を落とす。二宮金次郎万歳!
資料の前半は①から④における議事録、そして後半に読みたかった文字が出てきた。
◆長期調査宇宙船アフラマズダの暫定仕様について
(星間航行って名前ではないんだ…どれどれ)
①アメリカ航空宇宙局、ボイジャー計画と同義の観測装置、並びに地球の音を搭載
②コールドスリープを搭載、搭乗者の生命的負担の軽減を目的
③船内の管制システムに低知能のAIを搭載
④本会議における結果に基づいた機能を搭載
(ん?これってもしかして、アフラマズダが作られる前っぽい?)
だとすれば、私たちが知りたい情報はここに載っていないのかもしれない。
(果たしてこの資料に意味はあるのか──)──いた!」
しまった、資料を読んでいたばかりに誰かとぶつかってしまった。その誰かとは、アマンナ(だったら良かったのに)ではなくイシュウだった。
「あ、すみません!」
「あ、いや、こちらこそ…」
「歩きながら読んだら駄目でしょ」
「いやだって二宮金次郎だって…」
「誰それ?」
「というか!離れるんなら声ぐらいかけてよ!」
「かけたけど?──あ、もう…「止めてそれ以上言わないで」
アマンナの余計な一言から逃げるようにして、二人がいた倉庫を入り口から覗き込む。思いの外、その倉庫には沢山の物があった。
私の疑問を先読みしてアマンナの方から「今日までずっと取り引きしてきたんだって」と教えてくれた。
「え?一人で?」
つい、イシュウにそう訊ねる。イシュウはまた元気いっぱいに「はい!」と答えてくれた。ま、眩し過ぎる...
「ばっ──い、いえ、と、トーマの「もうばーばでいいから」×2「す、すみません…ばーばの元取り引き先や議会から紹介を受けて私が荷物を運んでいます!」
「へえ〜。こき使われてる系なの?」
「いえ!そういうわけではありません!」
ほんと、アマンナは誰とでもフレンドリーに話す。昔はいちいち嫉妬していたが...
(昔、だなんて、もうほんとやだやだ)
アフラマズダに関する資料を私に任せたアマンナは、イシュウに船内を案内してもらっているようだ。気さくに言葉を交わす二人がさらに船の中心部へ向かって歩いて行く。
そんな若い二人の背中を追いかけながら、私も付いて行く。
長い通路の終わりに差し掛かり、二人は迷う素振りを見せず二股に分かれた道を左手に進む、どうやら目的地を目指しているわけではなくお喋りに夢中になっているようだ。
話はイシュウの仕事から旦那さんことトーマの話に移っていた。
「あのネズミクジラって盗んだ船だったんだ」
「そうです、どうやら盗んだ後に改造したらしくて、皆さんが言うネズミはばーばが付け足した小型船なんです」
「それだけで何十年間も漢帝は旦那さんを追いかけてたの?」
「いやそれが…ばーばって若い頃から色々やってたらしくて…誰かに危害を加えたことがなかっただけで…」
「ああ、っぽいね」
(確かにっぽい。でも本当にそれだけなの?)
その人が犯した罪は償うものだ、けれど司法機関だってその人の罪を何十年と保管して追跡できるものではない。
数十年と経過している罪のいくつかは時効によって消失しているはずだ、それでも漢帝は旦那さんを逮捕して国内へ連行した。
その話にはどうやら裏があったようだ。
私たち三人は二股路からさらに進み、一つの部屋に到着した。木材でできたその部屋は均等の長さを持つ四角形であり、一つの壁はガラス張りになって中庭を望むことができた。
部屋の中央には...い、囲炉裏?だっけ、四辺に囲まれた床式の小さな炉があった。
アマンナと私をその囲炉裏の前に座らせ、壁に置かれた棚で何やらごそごそしているイシュウが言う。
「漢帝で再会したばーばから色々と、本当に沢山の事を教えてもらいました。罪を償うために逮捕されたわけではないことと、この世界に沢山の人が住んでいること、それからその人たちと漢帝が取り引きを続けていること」
「ああいるね、テンペスト・シリンダーの外で暮らしてる人たち。取り引きしてるって?」
イシュウが囲炉裏に火を付ける、その時、オイルと草の匂いが鼻についた。
「そうです、漢帝がテンペスト・シリンダーに馴染めない人たちに日用品や食べ物を届けていたのです。無償ではありませんが、無償に近い形で、そして私がその仕事の手伝いをすることになったのです」
火に炙られた器具から湯気が上り始め、そのお湯を用意された三つのカップに注ぐ。茶葉だろう、良い香りだ、イシュウから渡されたカップを手に取った。
「じゃあ今まであちこち行ったんだ?」
アマンナは渡されたカップの中を確認もせず一口付け、さらにお喋りを続けた。
「はい!この後はお、オブリ、ガーデン?という所の近くまで行く予定です!」
「ああ、あそこね…」
「ああ…」
黙って耳を傾けていた私もつい溜め息を漏らしてしまう、そんな私たちにイシュウが心配そうに反応を見せる。
「え、ご存知なんですか?そんなヤバい所なんですか?」
私はイシュウとの会話から逃げるようにカップに口を付ける、アマンナから溜め息が聞こえたような気がしたけど無視だ無視。
アマンナがイシュウの質問に答える。
「あそこってマキナが居ないんだよね、だから全部人の手で管理されてるんだけど、まあ問題だらけでいつも何かに困ってる」
「マキナが居ないって…でもテンペスト・シリンダーはあるんですよね?」
「勿論あるよ、それにテンペスト・シリンダーの周りにも街がある、所謂人身供養、ってやつ?」
「人身供養…?」
「身代わりってやつだよ、だからあそこから脱出する人が多い、その人たちが北にある内海で暮らしてる。けど、オブリ・ガーデンって不思議な所でね〜出て行く人も新しく入る人も多いんだよ」
「は、はあ…そ、それはどこから?」
イシュウはアマンナの不親切な説明に追い付いていないようだ、眉をはの字にしながら質問を投げかけていた。
「北欧からだよ、フェノスとノルディックから。ま、大昔も王族様がブラジルへ逃げたみたいだし、大西洋の距離なんてあんま関係が無いのかもね」
「???」
もう限界っぽい、イシュウは首を捻ったまま固まってしまった。
◇
「あの説明の仕方はマズいでしょ、ずっと固まってたじゃん」
ネズミクジラことゲイクムヌと呼ばれる船を後にし、アマンナと二人っきりになってからそうダメ出しをしてあげた。
アマンナはダメ出しされても気にした様子を見せず、むしろ反論してきた。まあそう言われるかな、とは覚悟していた。
「というか、イシュウともっと喋ってあげなよ、なに人任せにしてんのさ」
「いや、若い者同士の方が話が弾むかと思って」
「またそれ…もういいよ」
アマンナから"嫌"という、ありありとした感情が返ってくる、それを甘んじて受け止めながら会話を終わらせた。
イシュウはこれからもテンペスト・シリンダーの外で生活を営む人たちと交流を続けていくのだろう、その足がかりとして旦那さんが漢帝に連れて行かれてしまったらしい。
漢帝、というより議会ですら把握していない人たち(あるいはグループ、または国家)を把握していたのが旦那さんであり、その旦那さんは議会と連携を取って情報提供を続けているらしい。イシュウも始めは漢帝内で職に就く予定だったらしいが、最終的には旦那さんの家業を継ぐ決心をしたようだった。
その決心には「地球を旅している友達と会いたいから」という、ロマンチックな私情も含まれていた。
衣鉢を継ぐ、叶えたいロマン、どれも私には無いものだ。
──あるとすれば。
「はてさて、急に来てエレベーターを使わせてくれるかな」
「嫌がったらモンローさんとホシ君の名前を出せばいいよ」
「アレは一生もんの恥だわ」
小さな島々から宇宙へ、天高く伸びるエレベーター、その先、その先は高高度の雲に隠れて霞んでいる。
あの先にこそ、無限に広がる空間、宇宙がある。
軌道上エレベーターを管理している(あるいは押し付けられている)ガイアの枝葉へ舵を切った。
*
アルトゥールさんの案内(誘拐とも言う)から一夜明け、私は自然保護特化区の人たちから様々な説明を受けた。
既に時刻は夕暮れだ、ファーストとは違い、どこかチープな夕焼けがアマゾンの街を赤く染めている。
APIO保有のビルから望む街並みは赤色、緑色、そして灰色だ。このビルのすぐ隣に鬱蒼と繁る森が存在し、その根元には分厚いフェンスが設置されている。そのフェンスの中には別の区の街が存在し、私たち(と、言うよりアマゾンの人たち)は立ち入りが禁止されている。
(もうほんと何が何やら。まさかサランより面倒臭い事が存在していただなんて)
古臭い(実際臭い)会議室のホワイトボードには先程まで説明に使っていたオブリ・ガーデンのマップが貼られ、窓から侵入してきた赤い光に焼かれている。
オブリ・ガーデンはアマゾン(原生林の方)を中心に建造され、その森の一部を開拓して区が設置されている。その設置方法がまた...長い年月をかけてあちこちに、フェンスを跨いでぐちゃぐちゃに配置されていた。
私が今滞在している区の両隣は経済推進地域と宗教保護区、そしてそれらを挟んで自然保護特化区が存在し、その隣にまた別の区...みたいな。
正直覚えられない、どうしてこんなにぐちゃぐちゃになってしまったのか。
(やっぱり地上はめんどくさい)
オブリ・ガーデンの地理に由来する内情について十分なインパクトを受けたが、それよりも衝撃的な事実がある。
マキナが居ない。さっき、私に説明してくれた人がそうはっきりと口にした。
その事実を前にして疑問符ばかりだ。
何故居ない?何故居もしない存在を把握することができたのか?もしその事実が嘘ならば、どうして嘘を吐いたのか?
「失礼するよ」
臭い会議室の扉がノックされ、それと同時にさっきまで説明してくれた人が声をかけてきた。
いいですよ、なんて一言も口にしていないのに扉が勝手に開かれる。その人とは、恰幅が良い軍の人だった。
「お腹は空いていないかい?随分と長い時間、私の話を聞いてもらっていたからね、倒れてしまわないか心配だよ」
「あははは…大丈夫です」
(長過ぎて名前を覚えられない)その人はトレーを持っており、料理が乗せられていた。
食べたいなんて一言も口にしていないのに私の机にその料理が置かれた。
「これは芋を擦り潰して作られたスープでね、食べ応えはしっかりとあってそのくせ胃の消化も早いんだ」
「ど、どうも…」
「口に合わなかったらその窓から奴らに目掛けて捨ててくれ!きっと嫌がるはずだ!」
あははは!と、何が面白いのかその人がゲラゲラと笑う。愛想笑いの一つでもした方が良いのだろうか、と思い口角だけ上げておいた。
さらに新しい人が入ってきた、その人は軍服に身を包んでおらず、一般的な装いをした人だった。その人は入ってくるなり軍の人を諌めていた。
「そのような差別的な発言は良くありませんよ、イーオンさんに失礼です」
「こりゃご忠告どうも。いやはや、忠言はいつも耳に逆らうね」
「申し訳ありませんイーオンさん、ご気分を害したのなら謝罪致します」
「いや、別に…色々あるんだろうなって…」
名前はなんだっけか、確か、か...カヴァルカンチ...?珍しい名前だったのでこの人の名前だけは唯一記憶することができた。
カヴァルカンチさんは濃い黒い肌をしており、澄んだような薄い茶色の瞳が印象的な人だった。
(そもそも人のこと攫っといて気分を害するもないでしょ)
とは口に出さず、ひたすら愛想笑いに徹する。
徹しの愛想笑いを友好的と捉えたのか、カヴァルカンチさんが私の隣に遠慮なく座ってきた。ほんと、ここの人たちって何かと距離感が近い。
「ここで短い休憩を取ったあと、イーオンさんには夜の見回りに同行していただきたいと考えております。ここまでの説明でいかにアマゾンが他所の区から狙われているのか、既にご理解されたかと存じます、実際に現場を視察していただけたら幸いです」
「み、見回りって…」
確かにそういった説明は受けた。
まず、宗教保護区の人たちから常軌を逸した教化活動が行われ、アミニズム(※全ての物事(無形有形関わらず)に魂が宿るとされる考え方)を根幹としたアマゾンの信仰活動が破壊されようとしていること。次に、経済推進地域から環境保護に配慮されていないプランテーション(※大規模な農園のこと)増設計画の打診を受け、そしてそれらが強行的に実施されそうになっていること。
どちらもアマゾン側の一方的な言い分である、その実は異なり二つの区に正当な言い分があるのかもしれない。その言い分を私に耳に入れさせないためにも、現地を視察してほしいと依頼しているのだ。
とくに了承をした覚えは無いのだが、私も夜の見回りに参加することになり、食べたくもない郷土料理でお腹を満たし、古臭くて実際に臭い会議室を後にした。
危害は加えないが不自由は覚悟してほしい、とはこういう事らしい。賓客として扱われているのは自覚しているが、一般的な自由は約束されていないようだった。
*
「見てください、あれがアマゾンの私設部隊バンデイラです。あの部隊のせいで農場が停止状態に追い込まれています、少しでも農業活動を行なうと無差別に発砲し、一方的な降伏勧告を突きつけてきます」
「はあ。どれですか?生憎こちらは生身の人間でして、あなたと違って肉眼で夜空を飛ぶ機体を確認できないんですよ」
「それは失礼致しました」
「航空灯も点けないなんて、なんだかヤラシイね」
「そうなのですよ!バンデイラは奇襲を仕掛けるためにいつもいつも無灯火で空を飛ぶのです!」
「いやというか話のテンポ早くない?マキナの話にまだ追い付いていないんですけどこっちは、ようやく街に到着したのにもう次の話?」
テクニカの言う通りだ、こっちは天井内部から歩きづくめでようやくフェルナルブコに到着したばかりなのだ。お腹は空いたままだし、道中に聞かされたオブリ・ガーデンの歴史だってまだ消化し切れていない。
精神的にも体力的にもふらふらだというのに、この素晴らしい景色は一体何なのだろう、ここまでの疲れが吹き飛んでしまった。
ぶつくさとこぼすテクニカの愚痴を聞き流しながら、周囲の景色に視線を配る。
私たちは今、オブリ・ガーデン中心都市、フェルナンブコのその中心にいる。天井内部の通用口を一時間近く歩き、そこからさらに保守点検用の使い込まれたエレベーターに乗り込み、そこからさらに車で一時間ほどかけて街に到着した。
車が停車した駐車場を照らす街灯はヒーリングライトのように薄暗い、けれどそれは決して陰気なものではなく、リラックスに富んだものだ。
というより、フェルナンブコ全体が薄暗い。ヒーリングライトに照らされているのは建物だけではない、そう、自然だ、六カ国に跨る大自然が人の手で作られたライトに照らされている。
多種多様なバイオームを内包するアマゾンがライトに照らされて玩具のように見える、その質感はチープで、けれどその質量は莫大で、そのアンバランスさがどこか非現実的だった。
「この街はどうですか?」
ここまで私たちを車で運んでくれたミーシャがそう気さくに訊ねてきた。
私は素直に答えることにした。
「気に入った、街と自然が歪み合わずに融合してるみたい」
「素敵な表現ですね。融合しているのは街と自然だけではありません、あそこのビルに止まっているフクロウが見えますか?」
「え?」と、ミーシャが指を差したビルに視線をこらした。
「……いた、いるわ、しかも二羽…え?あれって飼育されているのよね?」
「まさか、アマゾンに住む生き物たちは誰も所有することはできません。野生ですよ」
そのフクロウたちはビルの屋上に止まり、一羽は羽をついばみ、もう一羽は地上に視線をこらしているようである。視線をこらしていた一羽がにわかに飛び立ち、あとは一目散となって地上の街路樹を目掛けて飛んで行った。どうやら狩りをしているらしい、それも人が作った街の中で。
信じられない光景だ、ミーシャから説明を受けてなお、あのフクロウたちは飼育されていると思えてしまう。
狩りを終えたフクロウが、柔らかな街灯に照らされながら夜空へ舞い上がった。
「何かと衝撃的な街ねここは…マキナの件もそうだし、動物と人間が一つの街で共存してるなんて…」
「お褒め頂き光栄です」
「いやだからといって隊員が拉致られた件を水に流したつもりはないからね?」
「手厳しいです…」
こいつほんとに事の重大さを理解してるの?
オーバーアクションで肩を落としたミーシャが、先を歩いていたベアトリスに名前を呼ばれて軽快な足取りで向かって行く。やっぱり理解していないな。代わりにクルルとテクニカが私の元にやって来た。
二人はとても香ばしい匂いがする包み紙を手にしていた。
「何それ」
「とりあえずこれでも食べてろって、ベアトリスさんが買ってくれた」
「いつの間に…」
「ホテルの手配をしてくれるみたいだよ、とりあえずサランも食べておいたら?お腹ぺこぺこじゃない?」
そう言われた途端に、なりを潜めていたお腹の虫が騒ぎ出す。テクニカは既に包み紙を広げて頬張っていた。
空腹を耐え抜き、ようやくあり付けた食事にテクニカが一言。
「ああ…イキそう…」
それだけ美味しいということらしい、その表現はどうかと思うが。
包み紙を広げると楕円形の揚げ物が姿を現した、ラグビーボールのような形をしているこいつが香ばしい匂いの発生源のようだ。
クルル曰く、この食べ物はキビと呼ばれているらしい、ブラジル風コロッケとか何とか、その説明を耳に入れながら一口齧る。
「〜〜〜っ」
齧った瞬間、口の中に肉とスパイスの味と香りが弾け、空腹に苛まれていた舌が喜んだ。噛めば噛むほど肉汁が溢れ、無心で咀嚼する。
「………ん?」
なんか足元がわさわさする。わさわさ?
ぱっと足元に視線を寄越すと何かいた、動物だ、そいつは愛くるしい瞳と赤茶の毛色を持ち、真っ白い耳とまん丸い黒い鼻を私に向けて見上げていた。
「レッサーパンダ!!」
「ほんとだ!初めて見た!」
「──っ!」
クルルは私の足元にしゃがみ込み、テクニカはさっ!と身を引いていた。何故?
足元でわさわさと体を擦り付けていたレッサーパンダが、今度は私の足にしがみついてきた!
「な、なにこれ…求愛?私に求愛してるの?」
「いや違うでしょ、食べ物を分けてほしいんだよ。あ、毛並みは意外と固いんだ…」
「は〜可愛い〜」
何故か一歩足を引いたテクニカが、「レッサーパンダって気性が荒いって聞いた…」と呟き、そこへベアトリスが慌てた様子でかっ飛んできた。
「その生き物から離れて!食べ物を狙っています!」
「いやそれは分かってますけど──うわっ」
問答無用だ、ベアトリスはこんなに愛くるしいレッサーパンダをいとも簡単につまみ上げていた。
乱暴されたレッサーパンダは迷惑そうにしている、ベアトリスの腕の中でじたばたともがいていた。それもまた可愛い。そして、ベアトリスに続いて制服姿の人間が現れた。
「失礼致しました、こちらで預かります」
「あと少しで大事な客人が怪我をするところでした、気を付けてください」
「──ちっ」と、その制服姿の人がベアトリスに舌打ちを返し、預かったレッサーパンダをこれまた乱暴に扱い、持ち寄ったゲージに無理やり押し込んでいた。
見ていて気分の良い光景ではなかった。
「この街は動物と共存しているのですよね?今の光景は何ですか?」
ベアトリスが事もなげに言う。
「あれは殺処分が決まっている個体です、大方施設から脱走して来たのでしょう」
「殺処分?!」
「あんなに可愛いのに?!」
私もクルルもベアトリスの答えに目を剥いた。
目を剥かれても気にした様子を見せないベアトリスがさらに言う。
「先程の動物も含め、ホテルで歴史のおさらいをしましょう。何故こんな事になってしまったのか、何故保護されるべき生き物たちが人間の手によって殺されるのか」
そう力強く言い、ベアトリスが先に歩き出した。
◇
「あの、一人足りないようですが」
「あ、欠席でお願いします。もう脳みそに入らないから聞いても意味が無いって」
「そうですか。ヴァルヴエンドの方たちは随分と自由なのですね」
「皮肉言う前に早く連れ去られた隊員を何とかしてもらえます?」
「──まずはオブリ・ガーデンの竣工時期からお話ししましょう」
「随分と面の皮が厚いわね」
「もういい加減にしてサランうるさい」
同席したミーシャがくすくすとお上品に笑う。テクニカを除いた私とクルルが、スウィートルームのリビングでベアトリスと向かい合う。
「竣工した当時の世界情勢についてはもう既にお話した通りです、テンペスト・シリンダーの着手を待ち切れなかった当時の人々が自分たちの手で建造を開始しました。これは当時の人々が建設予定地に異議を唱え、計画に狂いを生じさせたことも原因と言えるのですが…とにかく、当時の人々は連盟が立てた計画を守らなかった」
「そうですね。そして、無事に建造を終えたこのテンペスト・シリンダーにマキナは配備されなかった」
「そうです、マキナという存在を初めて認知したのはフェノスカンディアからの来訪者です。ですが、その時から既に我々は大きな問題を抱えていました」
「区法ですか?」
「その法律が誕生するに至った経緯、とでも言いましょうか、先程も申し上げた通りこのテンペスト・シリンダーは我々の手作りです、そしてマキナによる管理体制もない。つまり機能が不十分なのです」
クルルが合いの手を挟む。
「そうは見えないけど…今もきちんと夜だし…」
「天井は問題ありません、問題があるのは壁、外界から我々を守る自動修復壁です。そして今もこの問題は解決していません、人の手による無茶な修復と改善が日夜行なわれています。その街の名がカピタニア、あなたたちもご覧になったでしょう、あの大きなモニュメントが街なのです」
「──ああ、カピタニアという街はここと違って危険が常に伴う、だから内部にいる人たちは自分たちの身を守るために区を設けた」
「そうです、カピタニアでは十分な医療も受けられないし食料も乏しい、年間死傷者数は内部の比ではありません。失われた労働者の補填として内部に人員異動の打診がありましたが、その対抗策として区法が半ば強行的に成立しました。いかなる法律も区を乗り越えることはできない、と」
「カピタニアの人たちはあなたたちのことを恨んでいるでしょうね」
「それがそうでもありません。ここは世界一の熱帯雨林を内包する所です、人間以外にも保護すべき動植物が数多く存在し、そしてその食料を確保するとなると一般的な生産ラインでは到底賄えません。オブリ・ガーデンが竣工した当時は内部も外部も問題だらけだったのです」
「その問題は竣工前に予期できたんじゃないの?どうして当時の人々は勝手に作り始めたの?」
「自然の脅威から身を守る必要があった」と、ベアトリスが言う。続けて、
「何故、地球がこんな事になってしまったのか、あなたたちもご存知の通りマントリングポールの掘削事故を原因としたマグマの噴出です」
「もしかして…」
「建設を待ち切れなかった人々はマグマの侵食に日々怯えていました、計画通りに進むならプレートの中央に位置しているブラジリア、当時の首都に建設されるはずでした、ですが先住民族保護団体がこの建設予定地に異議を唱え、建設開始時期が大幅に遅れてしまったのです。それでも待っていられなかった、だから当時の人々は先住民族保護団体が指定したこのアマゾンにテンペスト・シリンダーを竣工したのです」
私もクルルも、う〜んと首を捻った。ベアトリスの話を聞く限りでは、現在の状況を形作る遠因はアマゾン(自然保護区の方)にあると考えられる。
しかし、この世界一の森を守るべく異議を唱えることに何ら違法性があるわけでもないし、むしろ自然保護の観点から当然の提起だと言える。
ベアトリスが私たちの消化不良を見越して、「あなたたちの見解は痛いほどに分かります、ですがそれで万事上手くいくとは限らないのです」と言った。
「それが食料の問題?だからさっきのレッサーパンダが殺されちゃうの?」
「それも問題の一つです。先程も見たでしょう、バンデイラの違法な見回りを、一体誰がオブリ・ガーデンの食料事情を担っていると思っているのか、だから生態系からあぶれてしまった動物を殺処分しないといけなくなるのです」
「自分たちがアマゾンを指定したのに?どうしてバンデイラは邪魔をするのですか?」
私がそう訊ねると、ベアトリスが「やっと話を理解してくれる人が現れた!」とタメ口で言い、我が意を得たりと早口で畳み掛けてきた。
「彼らの言い分はアマゾンのことばかり!我々が担っている食料問題について一切考慮してくれない!是非あなた方からも彼らに説明していただきたい!」
「いやいや…」
「いやいや…」
「どうしてです?!」勢いが凄いな、こちらに身を乗り出してきたぞ、「我々マグナカルタが抱えている問題に理解を示してくれましたよね?!」
「私たちの目的はオブリ・ガーデンの調査であって政治に干渉することではありません」
「それならもう手遅れと申しておきましょう!アマゾンに誘拐されたイーオン・ユリア・メリア氏もまず間違いなく内政に組み込まれています!であれば!こちらとしてもあなた方も──「──だから!早くイーオンを取り戻せって言ってるでしょう!「サラン、せめて敬語で」
ベアトリスと初めて顔を合わせてからここまで常に冷静な態度を貫いていたのに、急に人間臭くなってきた。こちらの言い分などまるで耳に入れてくれなかった。
「ゴエティアから聞きましたよ!あなた方はファーストに組みしてテロリストを追い出したそうですね!「あ〜「しかもそれだけではなく!旗色が悪かった大統領候補を応援までして見事当選させたとか!ファーストは良くて何故我々が駄目なのか!」
(そうだった…ファーストとオブリ・ガーデンの特個体を管轄しているのがイスカルガだった…全て筒抜けということね…)
頭を抱えたままクルルに目配せをする、クルルも「諦めろ」と言わんばかりに小さく首を振った。
「分かった、分かりましたよ!出来る限りの事は協力致します「そうこなくっちゃ!「その前に!副隊長と面会させてください」
「……」
またしてもベアトリスの表情に変化が訪れた、さっきまで意気揚々と話していたのに急に口を閉ざしたのだ。
嫌な予感を覚えながらもう一度言う。
「ギーリと会わせろ「敬語!「──ん?ちょっと待って、さっき私たち、も、って言いました?言ったよね?」
そう、内政にあなたたちも組み込みたいと、ベアトリスは発言した。
何食わぬ顔でベアトリスがようやく答えた。
「ギーリ・刹那氏には既にカピタニアの視察に向かってもらっていま──「っざけんじゃないわよ!!「そうだよ!!あんな事があったばかりなのにもう外に連れ出したの?!信じられない!!「まあまあ、最後までお話を聞いてください」
まあまあと、ベアトリスが両方の手のひらをこちらに向けて宥めるジェスチャーを取った。その宥め方ムカつく!
「ギーリ・刹那氏の方から申し出があったのです「嘘つけ!!「助けてくれたお礼がしたいと。それから──」
ベアトリスがちらりとクルルに視線を向け、最後にこう言った。
「まだ仲間に会いたくないと、仰られていましたよ」
私と一緒になってベアトリスに抗議していたクルルから、途端に覇気が抜けてしまった。
そしてそのままベアトリスの講義が終わり、その本人とそのパイロットが私たちの部屋から退出した。
(さて、異常にも程があるこの事態を早く収拾しなければいけない、そうでないとクルルがショック死してしまうかもしれない)
クルルをベッドに寝かしつけ、私はスウィートルームのリビングから望むフェルナンブコの街を見下ろした。
関係のもつれで雁字搦めになっていても、自然と融合した街並みはとても綺麗だった。
──快刀乱麻を断つ、とはまさにこの事だろう。
私がその刀になれば良い。
※次回 2025/6/21 20:00更新予定