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Cell.15 ランデブー




 コロニアル【固有名詞】

 植民地時代に建築された家屋の様式のこと。




 濃い青色、元気がないギーリが言うには群青色と呼ぶ青い海が視界いっぱいに広がり、まるで色を塗ってもらえなかったように白い砂浜が足元を横切っている。

 私の背後には背が高くてツンツンに尖った細い葉っぱを生やしている木が立っており、引きこもりのクルルが言うにはヤシと呼ばれているらしい。どうやらこのヤシは海沿いに群生するものらしく...何だっけか、お腹が空いているのであまり思い出せない。腹状羽葉だったか羽状複葉だったか、とにかくあのツンツン葉っぱは珍しいもののようだ。

 こうして海に触れたのは生まれて初めて、ファーストで入塔待ちをしていた時もこの潮騒を耳にしていたが、直近で見るのは初めてだ。

 確かに、潮騒を子守唄代わりに聴く人の気持ちが分かる。この優しい砂嵐みたいな音は精神を落ち着かせ、疲れてもいないのにほうっと息を吐きたくなってしまう。

 いつも通りのサランが言うには、この音は赤ん坊がお腹の中で聞く音と似ているらしい、だから人は潮騒にリラックスを感じることができる。

 それは果たして試験管の中で産まれた私たちにも言えることなのか?う〜ん...お腹が空いているので上手く思考することができない。

 立っているだけで疲れてきたので白い砂浜に腰を下ろす。小さな石がケツに刺さって痛い。かくんと頭を上げて青空を仰ぎ見る。

 いつも通りのイーオンにこの綺麗な空は何色なんだと訊ねてみたら、青は青でしょ、みたいな馬鹿っぽい答えしか返ってこなかった。あんなに飛び回っているくせに、我らが天才飛行士は色の判別が苦手のようだ。

 

「あ〜…イルシードが鳥だったらなあ〜何羽分の焼き鳥ができるんだろ…」

 

 そのイルシードは何色ともつかぬ青い空を今日も優雅に飛び回っている。燃料切れを起こして海に墜っこちないかな、すぐに捌いて食ってやるのに。

 優雅に飛び回るイルシードを見ていると腹が立ってきたので、座ったまま声を張り上げた。


「お腹空き過ぎて草あ〜〜〜!!!!」


 元歌唱候補生舐めんなよ?私の文句がイルシードに届いたのか、慌てた様子でラグナカンへ戻って行った。



 別に私の声が届いたわけではないらしい、メキシコ領からまたぞろ船がやって来たのでサランに報告を上げるためだった。


「見つけた?」


「見つけたっぽい。船団の数は四、うち武装した船が一、残りの三は荷物を積んでた」


「それっぽいけど…方角は?」


「オブリ・ガーデン領、かな?少なくともこっちの方角ではなかったよ」


 私たちラグナカンのクルーは今、元キューバ領の捨てられた家屋の中にいる。長い年月をかけて朽ち果て、その後人の手が加えられて復活して、やっぱり捨てられて、また復活してを繰り返してヘンテコな修繕を受けた家の中だ。

 イーオン(下着姿)から報告を受けたサラン(水着姿)が顎に指を添えて思案している。ラグナカンへ撤退か、あるいはその船に向けて侵攻か、その判断をしているのだ。

 即断しない隊長に進言する。


「え?悩む要素どこ?お腹空き過ぎて何を見ても腹が立つ領域に差しかかってるんですけどこっちは」


「ちょっと待ってね、今作戦を立案しているところだから」


「行く系なんだね?」


「イク系じゃないからね」


「それぐらいの節操はあるよ」


「どの口が」と、ほざいたイーオンをきっ!と睨むと家の外へ逃げて行った。よっぽど私の相手をするのが怖いようだ。

 家の中は白い砂浜が可哀想に思えるほどカラフルだった、それに手を加えた人たちの技術力が優れていたのか、どの家具も壊れた様子は無く、問題なく使えている。

 真っ黄色のテーブルには詐欺られた時に手にしたカリブ海の地図が広げられている。

 キューバは北(さらにその上にアメリカ)、西はメキシコ、東は小さな島の群れ、南にオブリ・ガーデンがある。メキシコから出航した船団は北へ上がらず、南へ下っているようだ。


「ねえ、これって私たちを脅威と見做していない証拠じゃない?普通、詐欺った相手に背中見せたりしないでしょ」


「そう思う?──いやでもなあ…テクニカですら気付くような考えが浅い陽動を向こうが仕掛けてくるかな」


「何だと…そのおっぱいを唐揚げにして食べてやる!」


 ぽよよん、ぽよよんとサランの胸を弄ぶ。全無視。


「イーオンはどうせまたイルシードに乗っただろうし、ギーリを呼んでその船団へ向かいましょう」


「お!来たか!」


「ええ」と、サランが綺麗な谷間を曝しながら卑しく微笑む。あ、めっちゃそそられる。


「反撃といきましょう。奪われたら奪い返すのみ!」


 そう!ここはカリブ海!海賊たちが毎日どんぱちしていた聖地!

 それから!私たちはカリブ海に着いて早々他所の国の人たちから詐欺られて食べ物から色んな物を奪われてしまっていた!そして手元に残ったのは何の変哲もない地図の一枚のみ!

 そして!この海域は議会も認めた海賊大国!奪い奪われが合法化されて何でもござれの大波乱の場所である!

 何それふざけんなっつう話だよ、こっちは慎ましく海を渡ろうとしていただけなのに何で詐欺られないといけないの?

 勿論、少佐には未報告の状況である、バカ正直に答えるバカはいない、だから自分たちで何とかしないとほんとヤバい、奪われた物の中に軍からの貸与品も混じっているからだ。ほんとヤバい。

 勿論、詐欺られた時はファーストに助けを求めた、助けてくださいと、でもあの胡散臭いファーザーからは「だから止めておけって言ったのに」と残念がられただけだった。そして当然のように助けは来ない。お?世界を敵に回したな?

 ラグナカンで待機しているギーリとクルルに通信を入れるべく、サランが地図の隣に置かれていた通信機を立ち上げた。耳障りな砂嵐の後、ラグナカンのブリッジと繋がった。


「クルル、ラグナカンを出してちょうだい、私たちを詐欺った相手をようやく見つけたわ」

 

「ええ〜?本当にやるの〜?乗り気しないな〜」


「クルル!何の為に船内待機を命じたと思ってるの!こういう時の為に燃料を温存しておいたんだから!」


 隊長と船長が通信機越しに言い合いを始めてしまった。


「だから!ファーストに戻るべきだって!確かに恥ずかしいかもしれないけど今は仕方がないでしょ!」


「絶対無理!それにファーザーにはもう連絡してあるのよ?!こそこそと戻ることだってできないじゃない!きっと笑われ者になるわ!」


「だ・か・ら!今は恥より人の助けだって!」


「まだ自分たちの手で何とかできる段階なの!ラグナカンを出しなさい!」


「や!僕たちまで海賊に身をやつす必要は無い!」


「やられたらやり返す!ハンムラビにも説かれている世界の常識でしょう!」


 不毛な争いだ、この二人の論争を聞いたところで得られる物は何も無い。

 私はサランから離れてリビングの奥へ引っ込む。そこはちょっとした個室になっており、傷んではいるが十分使えるベッドが置かれていた。

 そのベッドにごろんと横たわる、これ以上無駄なエネルギーを使いたくなかった。

 空腹でも睡魔というものは訪れるらしい、ベッドに体を預けた途端、眠たくなってしまった。





 沈んだ心にカリブの風が吹き付ける。湿気を多く含んだその風は、遠くに見える海の香りを運んでくれた。

 元キューバ領、西暦時代はトリニダーと呼ばれていたその街の中、小さな鐘楼から周囲を観察していた。

 トリニダーはスペインから植民地として支配を受けていた歴史を持ち、コロニアル調の家屋が街の中心地から扇状に建ち並んでいる。その家屋の壁は、沈んだこの心を浮き彫りにさせるように色鮮やかだった。

 クルルは気にする必要は無いよと励ましてくれるが...どうしたって思い返してしまう。


(私がしっかりしていれば…こんな事にはならなかったのに…)


 もう一度周囲の景色をぐるりと見回し、人影が無いことを確認してから梯子に足をかける。

 人々がこの街から去って長い年月が経過しているはずなのに、この梯子はどこも傷んでいる様子が無い。

 危なげなく一階に到着し、手についた木屑を払ってから外へ出る。

 間違いなく人が住んでいる証拠だ、けれどその人の姿が見えない。

 現在のラグナカンの危機的な状況を招いてしまったのは私だ、その責任を感じて毎日この街に足を運んでいるが、人の姿はおろかその痕跡すら発見できていなかった。

 整備が行き届いた無人の街を歩く、捨てられたはずの綺麗な街並みを眺めながら、元メキシコ領に住んでいると告げたあの人たちのことを思い返した。


(人を見る目には自信があったのに…まさかこの私が騙されるだなんて)


 ファーストを出発し、オブリ・ガーデンを目指して滞りなく航路を進む中、少佐から「オブリ・ガーデンへの入塔は暫く控えるように」と、突如待機命令が出された。

 その命令を受諾した私たちは元キューバ領の海岸沿い、つまりこのトリニダーの街に着陸し、初日は海を眺めたりこの街を観光して時間を潰した。

 その翌日だ、あの船団が私たちの前に現れたのは。

 水平線に複数の船を見かけた時、最初は「オブリ・ガーデンから迎えが来たのかな?」と思った。けれど、ラグナカンに入った通信はオブリ・ガーデンからではなく、カンクン共存地域と名乗る人物からだった。

 カンクン共存地域の代表者から会見を申し込まれた私たちは、隊長職を持つ私とサランで対応することになり、会見場所は雄大な海を望む真っ白い砂浜の上だった。

 その時が初めてだった、テンペスト・シリンダーに住まわず、地球の大地の上で暮らす人と会うのは。

 その人たちは陽に焼けた肌をしており、風に靡く髪は黒、それから手には携行武器が握られており、丸裸で砂浜の上に立った私たちのことを警戒しつつも好奇心の目を向けていた。

 挨拶を交わす前、あちらが先に謝罪してきた、「武器を持って来て悪かった」と。

 砂だらけの道を歩く。靴底に砂の感触が伝わり、細かく擦れるような音が耳に届く。視線が下に向けられており、自分の足と石畳みの道しか見えていなかった。


(すぐに武器をしまったことに好感を持ってしまったのか、あるいはそれも作戦の内だったのか…どっちにしても私たちは無知で無策にもほどがあった)


 視線を下げていたせいで、反応に遅れてしまった。

 耳に違和感を覚え、ついと視線を持ち上げる。風鳴りの音、自分の靴音、それ以外の音が耳に届いてきたのだ。

 人の五感の中で臭覚と聴覚がとくに優れている、何せ目に見えない外敵を判断する際に機能する感覚だからだ。

 私が歩いていた所は教会前の道だった。ヤシの木が並び、オレンジ色の縁石に区切られ、その奥にくすんだ白色をしている教会が建っている。

 とくに人の姿はない、背後も確認しようとすると「動くな」


「……」


 いた。人だ。


「付いて来い」


 またしても携行武器、それからカンクンの人たちとは違いはっきりとした敵意を持って、銃口を私に突きつけていた。



 銃口よりも、武器を手に持つその人の目が印象的だった。

 "敵意"とは、銃よりも存在感があるものだと初めて知った。

 半ば連行される形でやって来た場所は教会があった道からそう遠く離れておらず、サランたちが利用している家と良く似た所だった。

 その家の中には複数の人たちが既に入っており、およそ好意的ではない目を私に向けていた。

 それから全員、風に運ばれてくる砂を吸い込みたくないのか、顔の半分を布で覆っており、人相が良く分からなかった。

 私に銃口を突きつけた人が言う。


「この街に出入りを繰り返している理由は?」


 自分たちの素性を明かすつもりはないらしい、けれど私たちの事は把握している口振りだ。

 ここで無口を貫くわけにはいかない、トリガーを引かれたらたまったものではない。


「そ、その…カンクンから来た、という人たちに…食べ物とか、色んな物を取られてしまって…それで、助けてもらえないかと…」


「私たちに?」


「は、はい…」


「助ける義理は無い。こっちの望みとして一刻も早くここから出て行ってほしい」


 そりゃそうだろう、と思う、私もこの人の立場だったら同じ事を言う。


「こうして話し合いの場を設けているだけありがたいと思ってもらいたい、あんたの頭はいつでも撃つことができた。ただ、あのファーストからやって来たから面倒を起こさなかっただけだ」


「あ、あの…あなたたちは一体…わ、私はヴァルヴエンドという所からやって来て、ここにいる人たちのことは何も分からないのです」


 私と話をしていた人が別の人に訊ね、その人は無言で首を横に振っただけだった。


「それも答える義理は無い、私たちの素性が何だろうがあんたたちには関係の無いことだ」


(は、話し合いにならない…ここまで拒絶するのか)


 はあ、とか、すいませんでした、とか、頭をぺこぺこと下げながら去ろうとした時、携帯していた通信機に連絡が入った。突然のビープ音ににわかに緊張が走る。


「た、ただの通信ですから!仲間からの連絡ですから!」


「私たちのことは一切話すな」


 断りを入れてから通信機の受話器ボタンをタップする。

 スピーカーからクルルの元気な声が流れてきた。





「絶対帰って来ないで!いい?!帰って来たら駄目だから!」


 サランの細い腕が伸びてくる!それをギリギリの所でかわして通信を切った!


「こら!ギーリに帰投命令を出せって言ったでしょ!」


「僕たちじゃ太刀打ちできないって!もういい加減ファーストに戻ろうよ!」


「だからそれは恥ずかしいから嫌だと言ってるでしょ!」


「サランのプライドに隊員を付き合わせるな!」


 小波に揺れるラグナカンのブリッジ、プルトップパーカーを羽織ってすっかりと全身が濡れているサランが鬼の形相で立っている。

 インプラント通信が使えないためギーリやサランたちには近距離用通信機を持たせてある、その通信機と接続できるのは外部端子を持つブリッジのコンソールだけ、生憎と僕たち人間はこの端子を持たないので使えなかった。

 サランはしきりに反撃しようと試みている、何がそこまでそうさせるのか僕にはさっぱり理解できないが、きっと隊長としての沽券に関わっているのだろう。知ったことじゃないけどね!

 通信機と接続しているコンソールの前から退かない僕を前にして、ようやくサランが折れてくれた。


「はあ〜もう全く!今から呼び戻してもどうせ船はオブリ・ガーデンへ行っちゃったわ。全く!」


「そういう自分は留守番を僕に任せてちゃっかり泳いできてるくせに!「あ〜聞こえない聞こえな〜い!「サランって棚上げスタイルだからいまいち信用ならないんだよね!」


 自分のことは棚に上げて、みたいな、ファーストの時も僕に勝手な真似をするなと注意しておきながら、自分はこの大事な船を担保にして借金をしたのだ。

 子供っぽく耳を塞いでイヤイヤしていたサランがぱっと手を離し、いくらかトーンダウンして話し始めた、その内容は少佐の待機命令についてだ。


「そもそも、こんな事になったのは少佐のせいなのよね、事情を説明もせずに入塔するなって。クルルはどう思う?」


「内政悪化」


「でも、オブリ・ガーデンはそれぞれの区に分かれて互いに不可侵でしょ?それで内政に亀裂が入るかな?」


「う〜ん…それは僕も疑問に思うけれど…他に思い当たる理由はある?」


 遊んで気持ち良く濡れている髪を一本に束ねているサランが、顎先につと指を当てて考え込む。そして出てきた答えが「地震」だった。


「地震?オブリ・ガーデンって元はブラジルだよ?地震大国ではなかったはずだけど」


「それは内陸部の話でしょ、太平洋南部にはナスカと南アメリカプレートがあって沿岸部では地震が発生するの。ブラジルが地震と無縁だったのは南アメリカプレートの中心地に位置してたからだね」


「へえ〜。で?どうしてオブリ・ガーデンが太平洋沿岸地域の地震のせいで僕たちの入塔を拒否してるの?」


「う〜ん…そればっかりは現地に行ってみないことには…でも燃料だって十分な量もないから往復は無理だし…」


 ここで僕は提案する、一刻も早くこの状況から抜け出したかったから。


「マリーンに救助を求めるのはどう?ガイアの枝葉は無理だけど、マリーンならギリ行けるよ。ここは一旦マリーンに寄港してオブリ・ガーデンの入塔許可を待つべきだと思う」


 サランの決断は早かった、あれだけ物資を奪い返すことに執着していたのに、もしかしたら既にこの案を考えていたのかもしれない。


「少佐に連絡して、その案で行きましょう」


 僕は返す刀で少佐へ連絡を入れる、すぐに応答があった。


「コンキリオだ。何かね?」


 これこれこのようにとマリーン寄港案を進言する。これまたあっさりと許可が下りた。


「マリーンの塔主にはこちらから連絡を入れておこう」


「……」

「……」


 僕とサランはコンキリオ少佐へ返事をせず、代わりにたっぷりと画面越しに視線を注いだ。

 僕たちの熱い視線の意図を汲んだ少佐が、サランとは比べものにもならない速度で折れた。


「実を言うと、君たちの案は既にこちらで算段を付けていたものなんだ、だからこの場で許可を──出した、と言うよりは阿吽の呼吸と言うべきかもしれない。これでも驚いているんだ、そろそろ睨むのは止めてもらいたい」


 サランが構わず質問した。


「少佐、他に黙っていることはありませんか?」


「人聞きの悪い。何が訊きたい?」


「オブリ・ガーデンが入塔を拒否している理由です、ファーストを出発した時は許可が出ていたはずなのに、それがたった一日でひっくり返るものなのですか?」


「その内容については君たちに話せる事は何も無い、私たちもその内容を知らないのだから。──では、こちらからも質問させてもらうが、どうしてブリッジに君たち二人しかいない?他の隊員らは?」


(あ)


 カンクンという場所からやって来た人たちに物資を奪い取られたことは少佐に黙っている。イーオンはイルシードで高高度警戒中、ギーリはトリニダーで探索中、テクニカは...まあ、どこかにいるでしょ。

 現在の状況を少佐に知られるわけにはいかない。(こういう時は頼もしく感じる)サランが堂々とした様子で「リラクゼーション中です、必要であれば招集指示を出します」とシラを切ってみせた。


「またか?先日の定時連絡の際もその理由で三名が不在だったが…本当に?」


「人聞きが悪いですよ、少佐」


 いやあっぱれ、ここまで堂々と嘘を吐くなんて、僕にはできない事だ。

 しかし、少佐、というよりヴァルヴエンド軍はそこまで甘くなかった。


「なら、現在ラグナカンの高高度を飛行しているイルシードは誰が操縦している?」


「……」

「……」


 絶句する僕たち、何も言い返せない。


(GPS機能は生きてるの?!何だそれ!どうして教えてくれなかったの!)


 堂々と受け答えをしていたサランに変化が訪れる、明らかに動揺していた。そしてそれを見逃してくれる少佐ではなかった。


「サラン隊長、何故イルシードを出したのか、報告を」


「て、敵が来ないか…わ、私たちは丸腰ですので…」


「敵とは?それは仮想敵の話?それとも実際に攻撃を受けた?」


「う、受け…受けてません、物理的な攻撃は受けていません」


「なら何故イルシードに出動指示を出したんだ」


「か、仮想敵を想定して…そ、それで早期警戒を目的とした…」


「現在地に人は住んでいないはずだ、であれば仮想敵を目標とした早期警戒に意味は無い。まさか、先日の窃盗集団に目を付けられているのか?であれば、仮想敵という表現は間違っている」


「……」


「サラン隊長、報告を」


 駄目だ、どう答えても言い逃れできそうにない。

 _| ̄|○と折れたサランが今日までの状況を洗いざらい報告した。



「未報告に無断出動指示!あまつさえ現地人との抗争状況の構築!──サラン・ユスカリア・ターニャ!君に預けたラグナカンと隊員は君の勝手を叶える道具ではない!!金輪際このような真似はしないように!!!」と、そこまで一気呵成にキレて一呼吸入れ、「我々は国家軍として祖国に利益をもたらす存在だ!!!君の情操教育を施す場所でもない!!!!」と、最後の雷まで勢いをそのままに落とした。

 カンクン一味から会見を申し込まれた時に会うべきか会わざるべきか議論を交わしたこと、周囲の状況把握、情勢の確認の為に会見すべきだと判断されたこと、それから慎重を期する副隊長とミトコンドリアの指揮決定権を有する隊長の二名が会見に望むべきだと決定したこと、副隊長の判断でカンクン一味と情報、物資の交換取り引きに応じるべきだと決定したこと、最後にその決定が実は詐欺だったことも、ラグナカンが保有していた燃料以外の全ての物資がカンクン一味の手に渡ったこともサランは報告した。

 その返答がさっきの雷である、落とされたサランは見るからに肩を落としていた(水着にプルトップパーカー姿のままで)。

 雷を落とした後の少佐は随分とあっさりしたものだった、怒りの余韻など微塵も感じさせない様子で淡々とサランへ指示を出している。


「探索に出している副隊長が戻り次第、マリーンへ向けて出発準備に入れ。それと、君たちが接触したカンクン共存地域なる集団には今後一切関わるな、物資も諦めろ。出発準備が整い次第こちらの指示を待たずに離陸するように、GPSで管理しているから報告は不要だ」


「了解…」


 元気が無い─ように見える─サランがそう返答し、指示の続きが無いようなので口を挟ませてもらった。


「少佐、質問いいですか?」


「その前にいいかな、クルル操縦士」


 鋭い眼光が僕に注がれる。モニター越しなのに、その眼光の迫力が伝わってきて背筋がぴっ!と伸びた。


「今後、サラン隊長が勝手な判断で隊を動かした場合、即座に私へ報告しろ」


「それはもちろんです、ファーストに続いて二度目ですから。──それでいいね?サラン、変な意地張らずに少佐へ報告を上げていれば、今頃はマリーンでのんびりと過ごせていたもしれないのに」


 サランは分かっているのか分かっていないのか、「それでいい」と端的に返事をしただけだった。


「それで、私に質問とは?」


「オブリ・ガーデンで地震は発生していますか?」


「地震だと?そのような報告は受けていない」


「受けていないだけなのでは?さっきサランと話し合っていたんですけど、太平洋沿岸部はプレートが接触しているから、内陸のオブリ・ガーデンと違って地震は発生するって」


「オブリ・ガーデンは内陸にある、太平洋沿岸部はオブリ・ガーデンの面積内ではない」


「なら、どうして僕たちは入塔できないんですか?内政悪化でもなければ地震による自然災害でもない、他に思い当たる理由がありません」


「君たちがその理由を推測する必要は──「無いって本気で言ってますか?僕たち今からその人たちと会わないといけないんですよ?入塔拒否した事情に合わせて僕たちも対応を変えないといけません」


「……」


 少佐が不自然に黙る、その沈黙はたっぷりと意味が含まれていた。


「少佐、教えてください」


「何度も言うが、入塔拒否の理由については我々も知らされていない事だ、知らされていない事を君たちに伝えることはできない。──すまないが君の質問は打ち切らせてもらうよ、他に異常が起こった場合は即座に報告を上げるように、君たちがマリーンに到着するまでいつでも対応できるようにしておく。通信以上」


 モニターの映像が切れる、切れたと同時にサランが「はあ〜〜〜あ」とわざとらしく大きな溜め息を吐いてみせた。


「やっと終わった。あ〜怖かった」


「全然反省してないじゃん」


「そもそも遠隔地任務は派遣部隊に作戦決定権があるはずなのに、少佐がキレる意味が分からない。それに少佐も私たちに黙ってることあるでしょ、お互い様じゃない?」


「少佐の場合は僕たち隊員の安全第一が優先、サランの場合は犬のエサにもならないプライド優先「あ!聞こえない聞こえな〜い!」


 またぞろ子供みたいに耳を塞ぎ、サランがイヤイヤし始めた所へイーオンが何食わぬ顔でブリッジに入って来た。下着姿のままで。


「もう終わった?」


 どうやらブリッジの外で待機していたらしい、パイロットとしての勘が働いたのだろう。


「イーオンあなたね…説教されてるって分かってたんなら助けに入りなさいよ」


「いやいや、この姿では出られないでしょ、服だってまだ乾いてないのに」


「あのねイーオン」と、イーオンの胸をチラチラと見ながら声をかける。


「いい加減、下着姿で彷徨くの止めてくれない?僕がこの間ナニしたのかもう忘れたの?よくそんな姿で僕の前に出られるよね」


「いやなんか、チラチラと見てくるクルルが面白くて、つい「なんだと?!「はーいはい、イチャつくのは止めてね〜」


 僕とイーオンの間に割って入ってきたサランをイーオンが平気な顔をして突き飛ばしていた。


「暴力!」


「どっちが!この間は散々抓ってきたくせに!」


「あ〜それね、イーオンの体に私の痕を残したかったから、つい」


「〜〜〜!」


「イチャつくんなら自分たちの部屋でやってね、ここブリッジだよ、テクニカに見られたらどうするのさ」


「──あ!そういうばテクニカは?」


「え?」

「え?サランと一緒に帰ってきたんじゃないの?」


「……」


 少佐に説教を受けても亀裂すら入らなかったサランの表情に亀裂が入り、見る見る顔を青ざめさせていく。

 多分だけど、テクニカを三人が拠点にしている家に置いてきてしまったのだ。

 それはそれはもう焦った様子でサランがブリッジを飛び出し、それから無事にテクニカと一緒に戻って来た。

 そう、テクニカは戻って来た、海賊共に拉致られるとかそういう事はなく。

 ただ、太陽が沈んでも夜の帷が下りても日付けが変わる時間帯になっても、いつまで待っても我らが副隊長ギーリは戻って来なかった。





 ダイバー・(経済推)マグナカルタ(進地域)の連中と無事に取り引きを終え、仕事がひと段落ついた。

 カリブ海に面するオブリ・ガーデン領にはいくつもの家屋が並び、灯台の如く明かりを放っている。

 カリブ南方ではオブリ・ガーデンが一強だ、この辺りで攻撃を仕掛ける船はそうそういない。

 いるとすれば、それは間違いなく余所者だ、私たちが()()()に物資を根こそぎ頂いたあの子たちのような存在だ。

 

(私の娘とそう歳は変わらないはずなのに…一体どこから使わされたんだ?)


 騙された方が悪い、ここはそういう世界だ。利益を前にした時、正義は値が張る方に付く。


「キャプテン、積荷の受け渡しが終わりました」


「ご苦労様でした」


「それにしたって連中、やたらと物を買い漁りますよね、何かあったんですかね」


「取り引きのついでに調べてこなかったのですか?」


 報告にやって来た乗組員がブリッジの入り口で頭を傾げている。


「さあ、それが港の連中も壁の中で何が起こってるのか知らないみたいで、マグナから言われるがまま買い付けてるみたいなんですよね」


「まあ、あんな得体の知れない物まで買ったんです、よっぽど入り用だったのでしょう」


 得体の知れないって、と乗組員が鼻で笑う。


「キャプテンが取って来た物でしょうが、あいつら今頃干上がってますよ」


「私たちと違って自分の体は売れるんですから、こっちは魚すら釣れない竿しかありません」


「穴には入れられますけどね」


「冗談はこのぐらいにして出航準備に入ってください、すぐに戻りましょう」


 小気味良い返事をした乗組員がブリッジを退去する。

 出発準備が整うまでの間、ミトコンドリアと名乗った人たちのことを考えた。

 見るからに未成年の二人が私たちの前に姿を現した時はさすがに驚いた。こんな子たちまでカリブの海に駆り出されるのかと。

 私が住んでいる地域はそうではない。危険を伴う仕事のため、未成年の乗船は禁止されている。たとえ未成年であったとしても、それはせいぜいが体格の良い男の子ぐらいなものだ。

 ただ、カリブ北方を根城にしている彼女たちは別だ、未成年だろうがすぐに海へ駆り出され仕事の手伝いをさせる。過去に何度か、未成年の子供を損失分の()()として受け取ったことがあった。

 ただ...


(見慣れない物が多く混じっていた…それはたとえば技術力が全く違う異世界の物、と言うべきか…あの子たちは何者なんだ?)


 使い方さえ分からない電子機器は爆弾に等しい、扱いを間違えたら一体どんな被害に繋がるのか想像すらできない。

 それでもオブリ・ガーデンの商人たちは買い付けたのだ。あの子たちも不思議だが、オブリ・ガーデンも不思議と言えば不思議だ。乗組員が察したように、もしかしたら何か異常な事態が起こっているのかもしれない。


(東の集団に攻め入れられた…?しかし、何故?)


 北は屈強な女集団(アマゾネス)、西は我々カンクン、南はオブリ・ガーデン、そして東の島嶼には言葉も通じない戦闘集団が住んでいる。

 こちらとの取り引きには一切応じず、かと言ってこちらの船団を襲うこともない。襲うとすれば、それは反撃によるものだ。

 東の集団は決して許さない、やられたら確実にやり返してくる、だから私たちは一切手を出さないようにしていた。

 ブリッジの床下からエンジンの振動が伝わってきた、程なくして準備完了の旨が入り、耽っていた思考を切り替えて指示を出した。

 


 その連絡はオブリ・ガーデンの港を発ち、航路も半ばを過ぎた頃だった。

 私たちの船に連絡を寄越してきたのは北に住まうアマゾネスからだった。


「お前たちと取り引きがしたい」


 この時の私は家で待たせている娘たちの事を考えており、"何故、我々と敵対しているはずの相手から"という疑問を無視してしまった。


「取り引きですか?」


 おうむ返しのその言葉を、交渉として受け止めた相手の女が続きを話した。


「見た目は良いが腕っ節が弱い女が一人、こっちとしては男の一人でも寄越してほしいが…」


「それは無理だと答えておきましょう、あなたたちに盗られた仲間がPTSDを発症して戻って来ますので」


「人聞きの悪い、こっちは男としてもてなしているだけなのに…まあいい。対価は何でも構わない、物でも何でも」


 私はてっきり、要らなくなった子供をこちらに売り付けてきた、と考えた。

 北に住まう彼女たちの男はさらに北側の海を渡り、ファーストへ出稼ぎに赴いている。だから女性だけが北に残り、男たちを呼び込んでは種を仕込んでもらって新しい家族を産む。そして、産まれた子供に戦う術を学ばさせ、自分たちの集団に加えている。

 その中で覚えが悪く、言うなれば出来の悪い子供をこちらに預けようとしているのだ、と私はそう考えた。

 しかし違った。因果応報と言うべきか。

 他の乗組員たちがアマゾネスのか弱い女性というフレーズに惹かれ、私に交渉をせがんできた。やむなく取り引きに応じることを相手に伝え、北と西の境目に位置する海の上、雲に覆われて月明かりすらない暗闇の中で対面することになった。

 そこへやって来たのはアマゾネスの船、そしてその船に乗せられていたミトコンドリアの副隊長だった。


「……」


(仲間に捨てられたか…私たちが積荷を奪ったせいだな、何とも非情な、でも合理的だ)


 甲板の屋外灯に照らされた副隊長は、文字通り死んだ魚のような顔付きをしていた。おそらく、今自身が置かれている状況も把握していないはずだ、今すぐ身投げしても不思議ではなかった。

 ギーリ・刹那と名乗った副隊長の前に立つ、私が接近しても床に落とした視線を上げようともしない。まるで覇気を感じない、自立しているダッチワイフとそう変わらない。

 ただ、乗組員たちはこの副隊長を気に入ったようだ、言葉にせずとも目が犯したいと物語っている。

 

(アマゾネスの子供は皆屈強だ、骨も太いからどうしても体格が良くなる。しかし…)


 この副隊長はあの得体の知れない電子機器を扱っていた、つまり私たちの知らない土地からやって来た可能性が非常に高い。これは手を出したら駄目だと頭の中で警笛が鳴らされる、しかし他の乗組員はもう自分たちの船に迎え入れるつもりだ。

 副隊長をじっと観察していたお陰か、ある違和感を覚えた。

 頭は小さく髪の毛の質が良さそうだ、肩は細く、けれどその胸に抱える乳房は申し分ない。上半身だけを見れば確かに女性だが...


「──私は女だと聞いていましたが…これでは取り引きに応じることはできません」


「は?」と、アマゾネスが剣のある声を出す。


「この子は男です」


「いやいや何言ってんすかキャプテン!どこからどう見ても女…」


「失礼」と断りを入れ、副隊長の股間に手を伸ばす。


「……っ」


 自身の性器を握られたからなのか、ここに来てようやく反応を示した。

 乗組員、それからアマゾネスの女が信じられない物を見る目で私に視線を注いだ。


「あるのか…?」

「あったんすか…?」


「私と同じサイズですね」


 両者が劇的な反応を見せた。乗組員はその場で頽れ「ちくしょう!」と叫び、アマゾネスの女は副隊長の肩を抱いて「この話は無しだ!」と叫んだ。


「だったらすぐにこの船から去ってください、今日のこの話はお互い水に流しましょう」


「ああ!そうさせてもらうよ!──ほらこっちに、私たちの船に戻ろう」


 乗船した時はまるで積荷のように雑に扱っていたくせに、男と知った今では丁重に扱っている。

 何故、あの副隊長は男でありながら女の装いをしているのか、性別を隠すのは生存戦力の一つなのだろうか。

 ギーリ・刹那が来た道を引き返す、何故引き返すのか理解できているようには見受けられない、アマゾネスの女に手を引かれるまま──突然、真昼の太陽が私たちの頭上に昇った。

 月明かりすら届かない夜の海だ、その閃光はもはや武器であり、直視してしまった私たちは堪らずその場で膝を折った。

 膝を折った理由は一つ、私たちの船を狙った他の船団からの攻撃を警戒してのこと、頭さえ下げておけば初弾は何とか防げる、その後は運に任せるしかない。

 瞼を開けられないほどの痛みに堪えるなか、マズルフラッシュではなく、若い女の声が私たちに直撃した。初めて聞く声だ。


「ダイバー・マグナカルタ及び一二塔主議会所属のベアトリスです。失礼ながら、あなた方が捕縛しているその人物はヴァルヴエンド軍ミトコンドリア所属のギーリ・刹那とお見受け致します、間違いがなければどなたでも構いません、挙手してください」

 

 こちらの動きを封じておきながら質問に答えろなどと、ベアトリスと名乗った人物は随分と我が儘なようだ。

 我々は完璧に近い形で先手を取られてしまった、ここから反撃に転ずることも逃走することも不可能である。にも関わらず、状況を理解できていない乗組員の一人が銃の撃鉄を上げた。その無鉄砲な金属音は良く耳に届いた。


「止めなさ──」


 静止する暇もなく、太陽が昇った方向から鼓膜を破くほどの発砲音、ついで湿った何かが弾けるような音、そして血と火薬の臭いが鼻に付いた。

 この頃になってようやく目の痛みが引き、閃光に焼かれた白い視界が戻ってきた。

 ベアトリスの声が再び降り注ぐ。


「もう一度お尋ねします、そちらの方はギーリ・刹那で間違いありませんね?」


 薄らと瞼を開くも、またしても視界を暴力的な明かりによって焼かれてしまった。

 どうやらベアトリスは何かしらの機体に搭乗し、こちらを上空からライトで照らしているようである。その機体のエンジン音はまるで聞こえず、暗くて静かな夜の空そのものだった。

 私がゆっくりと手を挙げる。発砲はされなかった。


「ご協力感謝致します。では、あなた方は今すぐ海へ飛び込んでください、海に飛び込んでいただけましたら今回のこの暴力行為は見なかったことにしておきましょう。それとも…オブリ・ガーデンに届いたその方たちの荷物について、詳しくお話しされますか?」


 私の声が届くかは分からないが、発言せざるを得なかった。


「待ってください、我々はただこの方の取り引きをしたいと持ちかけられただけで──「カンクン第三船団の船長殿、あなたがミトコンドリアと取り引きした積荷がまだ届けられていないようですが?この場で裁判の真似事でもしてみますか?」


 声は届いたが、最後まで弁明を聞いてもらえなかった。それに、どうやら我々の事は全て筒抜けのようだ。

 現在地は岸から最も遠い沖に位置する、カリブ海は陸に囲まれた場所であるから、運が良ければ助かるかもしれない。

 どのみち、この場で身を投げ出さなければベアトリスに殺されてしまう。潔く観念した私はアマゾネスの女たちを残して海へ飛び込んだ。

 他の乗組員たちも私に続いて海へ飛び込み、それから程なくして綺麗さっぱり、私たちの船が破壊された。

 海上に昇る煙と炎、その炎の揺らめく明かりのお陰で、ようやくベアトリスの姿を確認することができた。

 それは人の形を模した戦闘機だった。壁に囲われた国のみが所有することができる最高戦力、私たちはあんな物に目を付けられてしまっていたのだ。

 ギーリ・刹那を回収したベアトリスの機体が高度を上げていく、そしてその姿は夜の闇に飲まれてすぐに見えなくなってしまった。





 皆んなが固唾を飲んで見守るなか、少佐がゆっくりと口を開く。


「オブリ・ガーデンから副隊長を無事に保護したと連絡が入った、副隊長は現在オブリ・ガーデン内の施設にいる」


 クルルとテクニカが口を揃えて「あ〜〜〜良かった〜〜〜!」と喜びの声を上げた。

 そんな二人に構わず、少佐がサランに指示を出した。


「サラン隊長、マリーンの寄港はキャンセルだ、すぐにオブリ・ガーデンへ向かってくれ、入塔拒否も取り消しだ」


「了解」


「今回の一件はあくまで結果論に過ぎない、奪われた物資がオブリ・ガーデンへ渡り、その物資が代表の元に届き、結果として現地人たちの人身売買に巻き込まれたギーリ副隊長の救出に繋がった。これら全てが上手く繋がってくれたお陰で入塔を果たせたが、一つでも歯車が狂っていたら君に預けた隊員の誰かが帰らぬ人になっていたかもしれない」


「肝に銘じます、今後このような真似は二度と致しません」


「口ではなく態度で示せ。入塔の許可が下りたとはいえ、内政状況については未だ不透明な部分が多い、心して任務にあたるように。ファーストの時とは勝手が違う、今まで以上に君たちの緻密な連携が求められる。通信以上」


 少佐との通信が切れ、(少しは反省したように見える)サランが、互いに肩を抱き合っておいおい泣いているクルルたちに早速指示を言い渡していた。


「クルル、気持ちは分かるけど今は任務に集中して、直ちに離陸準備、ギーリを迎えに行きましょう」


「わ、分かった…」


 ギーリが何故戻って来なかったのか、これは推測に過ぎないけど、おそらくギーリはクルルの「絶対帰って来ないで!」という、何とも言葉足らずの通信を四角四面に受け止めた可能性がある、だから探索から戻って来なかったのだし、少佐の言う人身売買とやらに巻き込まれたのだ。

 ギーリが落ち込んでいたのは誰が見ても分かることだ、けれど我らが天才船長クルルは、ギーリの気持ちに気付いてあげられなかったっぽい。

 クルルも皆んなから「その言い方はマズ過ぎるでしょ!」と指摘されてから、ギーリのことをいたく心配していた。そのクルルは鼻を赤くして頬を濡らしている、安堵感から感極まってしまったのだ。

 その後、それぞれが離陸準備に取り掛かり、半時間もしないうちにトリニダーの海から離水した。生憎と私はランデブーまでラグナカンの船内で待機だ。

 一面の青い世界を飛ぶのは何とも危なっかしい、水平線と地平線が混ざり合い、今どこに向かっているのか、何度も分からなくなった瞬間があった。

 その恐怖と困惑がすごく新鮮でずっと飛び回っていた。今でも飛びたい。

 ラグナカンが真っ暗闇の空を進む、何気深夜帯の移動は初めて、にも関わらずクルルはラグナカンを上手に操作しているようで、とくに変な揺れもなく順調に進んでいる。あんな事があったばかりなのに大したものである。

 キッチンスペースの舷窓から真っ暗闇の空が見える、見ていてもつまらないが他に見るものもないので視線を向けている。そうしながら待っていると、ようやくコーヒーメーカーのビープ音が鳴り、二人分のコーヒーを注いでプライベートルームを離れた。


「お疲れ様」


「ああ、うん、お疲れ…」


 二つのコーヒーカップを手にブリッジルームに入る、目元を赤くしたままのクルルは操縦席から離れて今はコンソールの前に座っていた。

 クルルにカップを渡してあげる、クルルはそれを受け取りながら話してくれた。


「ガーデンから送られてきた座標に航路設定できたから、あとはオートで行けるよ、そのあとはよろしくね」


「任せて。もう平気なの?」


 主語は無かったけど、カップに一口付けてから「全然…」と答えてくれた。


「まさか僕のせいだったなんて夢にも思わなくて…ほんとに悪いことしたな〜って…」


「ギーリに謝らないとだね。というか、見れば分かるでしょ」


「全然分かんなかった…ギーリももう大丈夫だからって言ってたし、だから大丈夫なんだろうって…」


「ギーリってそういう所があるのかもね、弱音を吐かないというか、気丈に見せるっていうか」


「副隊長だから?だったらサランはどうなるの?」


「アレはアレだから」


 何だそれ、とクルルが小さく微笑んだ。


「副隊長っていうより…う〜ん、申し訳なさ?みたいな、私たちもギーリがそう判断するならって全部任せてたし、きっと詐欺られたことずっと気にしてたと思うよ」


「だったらそう言ってほしい、まだ落ち込んでるから元気が出せないって」


「そういうクルルだって、私としたかったくせに何も言わず押し付けてきたじゃん。人によって何が言い易くて言い難いのか、違うんだよ」


「あ〜それすごい説得力あるね」


 カップをテーブルに置き、クルルに向かって腕を伸ばす。私を抱き締めろ!みたいなポーズ。


「こういう時はこういうことすると落ち着くよ」


 クルルもカップをテーブルに置き、何も言わずにゆっくりと立ち上がった。そして、私の左肩に顎を乗せて背中に腕を回した。

 クルルの小さな背中を摩ってあげる。


「ギーリともハグしてね、きっとそれが一番落ち着くから」


「うん、まずは仲直りからだね…許してくれるかな」


「さあ〜どうだろ」と、意地悪なことを言うと、クルルが乗せた顎をぐりぐりとしてきた。



 ランデブーの時がやって来た。ミトコンドリアに配属されてから初めての飛行士としての任務である。


「ブリッジよりパイロットへ、今回が初めてのランデブーになります、注意して臨んでください、今回のランデブーによる航路軌道はレポート可、後の自動航空モードのサンプルデータにもなりますので勝手な飛行は控えるように」


「……」


「パイロット、応答を」


「了解」


 サランだ、ブリッジの外でイライラしながら待っていたサランがさっきから冷たい声で私に指示を出してくる。

 クルルとハグしていたから?少佐に何度も説教を受けたから?どっちか分からないが、サランは今すこぶる機嫌が悪いらしい。


(めんどくさもう。早く離して!)


 イルシードは既に離着艦アームに支えられながら空に露出している、あとはクルルがアームを離してくれるだけでこのめんどくさいサランから逃げられる。

 深い夜を迎えた空は文字通り暗く、暗視モードに切り替えてようやく雲を判別できる程度、ファーストの時はそこかしこでマズルフラッシュが焚かれていたので今より明るい空だった。

 ブリッジからエンジン始動の指示が下りてきた、素早くスロットルを回して規定回転数までボタンを押し込む。

 発艦の指示はサランからマイクを奪ってくれたクルルからだった。


「サランはこっちで宥めておく「子供みたいな言い方しないで!「──こっちで宥めておくから!グッドラック!」


 クルルの言葉に合わせてアームが解除され、イルシードがようやくラグナカンから離れた。

 暗視化された映像とクルルが航路設定してくれた座標を頼りに夜空を飛ぶ、何度か雲を突っ切り、時折り現れる半月の下を通り過ぎてオブリ・ガーデンに到着した。


(あれは何…?地面に何かが突き刺さってるの?)


 カリブ海側、西暦時代にはコロンビアと呼ばれていた所から南下し、広大な森林地から太平洋側へかけてオブリ・ガーデンが築かれていた。その姿が異様というか...ファーストの星形も十分なインパクトがあったけど、ここのインパクトも相当なものだ。

 その異様な姿というのが、端的に言って『光るヤマアラシ』だ、この暗い空の中からでもよく見える。棘のような巨大構造物が中心のオブリ・ガーデンからいくつも、何重という輪を作りながら広がり、その構造物の先端に航空灯のような明滅を繰り返す発光装置があった。

 それから、その構造物は中心地が最も高く、外側へ向かっていくにつれて背が低くなっている、だから『ヤマアラシ』。

 オブリ・ガーデンの外観を確認した私はブリッジへ一報を入れた。


「こちらイーオン、オブリ・ガーデンの様子を確認しました、まるで光るヤマアラシのようです」


「ブリッジからパイロットへ、ふざけた報告は止めてください」


 応答したのはサランだ、内心でちっ、と舌打ちをする。


「ええ…どう言えと…座標の位置からしてオブリ・ガーデンはアマゾンの森林地帯にテンペスト・シリンダーを建てて、そこを中心として太平洋と大西洋側へ巨大な構造物を建てています」


「了解。引き続きランデブーにあたってください」


「ちっ」


「──え?なに?今舌打ちした?したよね?」


「いえしてません、真面目な隊長に返事するのが嫌だとこの舌が拒否しただけです」


「それを舌打ちって言うんでしょ?イーオン、戻って来たら──「止めなさい!全く!──イーオン、オブリ・ガーデン側のパイロットから通信が入ったよ、イルシードに繋げるから直接やり取りをして」


「了解」


 またぞろご機嫌ななめのサランに絡まれそうだったので、すぐに通信チャンネルを切り替えた。

 通信は繋がったけど向こうから発言する様子が無い、細かなノイズだけがスピーカーから流れてくるので、まあサランよりまともな相手でしょとこちらから挨拶した。


「ミトコンドリア所属のイーオンです、これからオブリ・ガーデンへの案内よろしくお願い致します」


 相手方のパイロットから返事があった。その声は若く、緊張でもしているのかどこか固さがあった。


「…オブリ・ガーデン、APIO所属アルトゥール・アランテス・ダ・ジオノールだ、よろしく頼む」


(名前長っ)


 名前が長すぎて何と呼んだらいいのか一瞬だけパニックになった。

 名前呼びの方法は一旦無視して規定のやり方に習う。


「そちらの位置情報をこちらに送信してください、識別信号を登録してあなたの機体まで向かいます」


 ランデブーの手順については少佐を通じて議会、そしてオブリ・ガーデンへ伝わっている、はず。だけど、相手方のパイロットはそれを拒否した。


「すまないがこちらは初めてなんだ、目視確認で合流したいと考えている」


「いやあの…その目視ができないので位置情報を…」


「ああすまない、現在位置はカピタニア・マラニョン・ワンの先端だ、そこで待機している」


「いやあの…」


 なんだそれって言いたい口を何とか堪える、前提知識を持ち出すのは止めてもらえませんか?こっちからしたら何が何やらだ。

 互いに連携が取れないままでもイルシードは順調に接近しつつある、そして遠目からはヤマアラシの針に見えていた構造物を直近で捉えられる距離になった。


(ああ、なに、あの構造物の名前がカピタニア、って言うの?)


 いた、確かに一つの構造物の先端に機体がホバリング飛行で待機していた。おそらくあれがアルトゥールというパイロットが搭乗している機体のはずだ。


「こちらイーオン、あなたの機体を確認できました」


 それはあちらも同じで、すぐに返答があった。


「アルトゥールだ、こちらも確認した。珍しい機体だな、主翼が逆さまだ」


 ここはお礼を言うべきなのか、それともあちらの機体を褒めるべきなのか、逡巡している間にアルトゥール機がホバリングから直進飛行に切り替わった。


「案内する、まずは私に付いて来てくれ」


「よろしくお願い致します」


 分厚い外装板を全身に装着した人型機の跡を追う。現在の行動はカピタニアと呼ばれる構造物の直上だ、コクピットから周囲三六〇度方向に広がる構造物の山が見える。

 その足元が気になった私はアルトゥール機から視線を落とした。

 さらに驚きの光景があった。


(人が…住んでるの?カピタニアはモニュメントじゃない…?)


 そう、カピタニアの足元はさらにライトアップされており、そのライトに照らされた人の姿を確認できた。それも一人だけではない、沢山の人の姿がある。

 さらに人が歩く道は整備されており、車の姿も確認できた。

 予想外の光景にランデブーのことも忘れ、つい見入ってしまう。ヴァルヴエンドの足元にも人が住む街があると耳にしたことはあるけれど、オブリ・ガーデンの場合は目と鼻の先にそれがあるようだ。

 何故、カピタニアの足元にいる人たちは目の前にあるオブリ・ガーデンに住まわないのか、安全に暮らせる大地がすぐそこにあるのに。

 アルトゥール機から通信が入る。


「間も無く搬出口に突入する。十分な広さが確保されているが、衝突しないように注意してくれ」


「──わ、分かりました」


 搬出口、なるものがテンペスト・シリンダーに設定されているなんて初めて知った。

 オブリ・ガーデンは私が知るテンペスト・シリンダーとは違う構造を取っているようだ、自動修復壁のすぐ外に人が住める街を興したり、本来であれば外界をシャットアウトするはずなのに搬出口を設けるだなんて。

 いくつかのカピタニアを通り過ぎ、ヤマアラシの中心地にやって来た。オブリ・ガーデンの外壁はそこに夜の闇があるが如く暗く、そして巨大だ。その巨大な闇の一角に搬出口があった。

 既にゲートは開かれており、アルトゥール機が迷いなく進入する。私もその跡に続き、ラグナカンも十分に進入できることを確認した。

 それからしばらくアルトゥール機の背中を追いかけるが、どうしても外の様子が気になった私は声をかけた。


「ええとその、カピタニア?っていう所にも人が住んでいるのですか?」


 固さを残した声でアルトゥールさんが質問に答えてくれた。


「…ああそうだ。君たちが外で会った人間は皆、ここの出身者だ」


「そうだったんですか?」


「カピタニアの生活に嫌気が差した人たちだよ、東の連中は知らないが」


「東の連中?まだあの海にはグループがいたんですか?」


「──次の分岐路を曲がってくれ、衝突しないよう注意」


 東の連中、という人たちについて知りたかったけど、アルトゥールさんは固い口調のまま鋭く指示を出してきたので、こちらも従わざるを得なかった。


「りょ、了解!」


 その分岐というものが確かに一回り小さい搬出口のようで、クルルの腕前でもぶつけてしまいそうなほど狭くなっていた。

 そこでおや?と疑問に思う、けれどその疑問は、通り過ぎた分岐路の入り口から発生した爆音と振動によって掻き消されてしまった。

 爆風に煽られイルシードが大きく揺れる、コントロールレバーも一人でに暴れてしまい、宥めるのに必死だった。

 アルトゥールさんから通信が入る。──声の固さの正体が分かった、緊張からくるものではなかったようだ。


「ミトコンドリアのパイロット、君の身柄は我々が預からせてもらう」


「さっきの爆発は…」


「余計な邪魔が入らないため、それから君の退路を断つためだ。死にたくなければ私に付いて来い」


「私を連れ去る目的は?」


 オブリ・ガーデンの内部構造がまるで分からないため、途中何度も通過する分岐路に進入するわけにもいかない、この人に付いて行かざるを得なかった。


「我々の代弁者になってもらうためだ。悪いようにはしない」


「いやもう既に悪い扱いを受けているんですが」


 コンソールからふふっと乾いた笑い声が聞こえてきた。


「どうやら大人しいというわけではないようだな。──次の分岐路に進入しろ、少し道が広くなる」


 舵を切ったアルトゥール機に続き、私も次の分岐路に進入する。

 言葉を失った、自分が置かれている状況も忘れて。


「……」


「これがアマゾンだ、我々の先祖が何度も血を流しながら護り続けてきた命の揺籠。この森に住むのは人間だけではなく、草も花も虫も全ての生き物が平等に暮らす世界」


 分岐路の壁の一部がガラス製になっており、その向こうにある世界を垣間見ることができた。

 そこには濃い森があった、上空の空気にすら質量が伴うような、鬱蒼とした、そして広大に広がる森。

 声に固さを宿していたアルトゥールさんは今、険しさが目立つ声で話している。


「この森は何度も狙われてきた、それは今も昔も変わらない。我々のルールを破り、侵入して勝手に木々を伐採していく輩、生態系を無視したかのような生産工場の計画、そして現在もマグナカルタの連中に狙われている」


「それは…それを、私を使って止めさせると…?」


「君は人質だ。マグナカルタが懇意にしている議会の紹介を受けて来国した異邦人を盾にすれば、奴もそう手出しはできまい」


「奴って?」


「金のことしか頭に無いベアトリスという女だよ」


「いやあの…私たちはそのベアトリスさんに仲間を助けてもらったんですが…」


「だからだよ。我々自然保護特化区が君たちの来国手続きに横入りして君の身柄を奪った」


「そうですか…ここで仲間に助けを求めたところで…」


「もう遅い、入り口を封鎖したからな。さっきも言ったが、人質にしたいだけで拷問をしたいわけではない」


「そりゃ私に逃げられたら困りますもんね」


 今度は声を上げて笑った。元々こういう笑い方をする人なのかもしれない。


「君は面白いな!早く仲間に会わせたいよ」


「先に言うことがあるんじゃないですか?」


 こっちだってギーリと会いたいのに、自分だけ盛り上がるのはどうなの?

 アルトゥールさんが素直に謝罪した。


「悪かったと思っているよ、でもこっちも崖っぷちなんだ──ああ、まあ、基地に着いたら詳しく説明させてもらう」


「そうですか…言っておきますけど「君の身にもし何かあったら議会は黙っちゃいないだろう、それぐらいは理解している。危害は加えない、だが不自由は覚悟してくれ」


 んだそれ、と不服に思う。が、ここまで来たものは仕方がない。

 搬出口の出口はもうすぐそこだ、ここからでもうんと広がる夜空が見える。仮想展開型風景だからなのか、外の空と違ってどこか明るかった。

 まあ、こうして私の初任務は現地人の拉致という横入りのせいで、失敗に終わってしまった。

※次回 2025/6/7 20:00 更新

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