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Cell.9 オレンジライト




 扉問答(とびらもんどう)【造語】

 扉を挟んで入室しようとする者と、それを拒もうとする者の譲り合おうとしない様子。

 得られる物は何もない、残るのは疲労だけ。





 俺たちが周りから何と呼ばれているのか、それは知っている。

 『賊』と言う奴もいれば、『盗っ人』と呼ぶ奴、他には『テロリスト』だったか?

 こっちの意見としては、呼び名は何でも構わない、非正規のやり方で物資を()()()いるのは事実だし、それを否定するつもりもない。

 ただなあ?お前らにこいつらの面倒が見れるのか?俺はそう問いたい。

 世界が新しくなるのはいい、人との関わりが増えて文化が発展していくこともいい。

 ただなあ、その流れに付いていけない人間ってのはどうしたっているもんなんだ。

 俺たちが悪に手を染めないと生きていけない奴らがいる、だから悪に手を染める。

 代われるもんなら代わってやりたいさ。


「ボス、ファーストの情報が入りました」


「──聞かせろ」


 世の中に対する不満と、いつまで経っても自立しようとしない連中への恨みから思考を切り離し、俺の部屋に入って来た部下へ視線を寄越す。

 こいつも新世界が受け入れられず、母国を捨てて俺たちの船に上がり込んできた男だ。その眉は常に不満に歪められ、一度だって笑顔になっているところを見たことがない。

 その部下がファーストから仕入れてきた情報を報告した。


「ミトコンドリアと呼ばれている奴らはどうやら女子供の集まりのようで、武装部隊ではないようです」


「ファーストへ何しに来たんだ?」


「情報収集かと。ヴァルヴエンドは今や周回遅れのビリッケツですから、遅れを取り戻すべく非武装部隊をファーストへ放ったんでしょう」


「武装してないくせによくファーストまで来られたな。あのクソばばあに目を付けられなかったのか?」


「聞いた話によると、漢帝に連行されたと」


「ついに年貢を納めに行ったのか…これで少しは空が静かになるな」


「それと──」男が言い淀む、それに合わせて眉間のしわも深くなる。


「食糧が底を突きかけていると苦情が…倉庫を開放するよう懇願されています」


「またか…」


 俺も眉間にしわを寄せた。

 デスクの上に乗せていたタブレットを手に取り、食糧を保管している倉庫の状況を確認した。

 芳しくはない。本来であればファーストに潜り込み、食糧を確保している時期だがミトコンドリアの存在によって予定が狂ってしまっている。

 今開放し、万が一食糧が確保できなければ...

 眉間のしわを揉み解す、何の気分転換にもならない。

 重い空気が満ちる中、俺の部屋に一人の子供が現れた。


「あ、あの…」


「──なんだ?」


 この苦しい状況に子供は関係無い。責めるべきは俺たち大人だって、この狭い船の中しか知らない無知の子供ではない。

 なるべく声音を抑え、優しげに言葉をかける。子供は少し怯えた様子を見せながら答えた。


「た、食べ物をもらってこいって…そ、その、皆んなが…」


「ああ、分かってるよ」


 そう返すと、子供が安心したように笑みを作り、あとは逃げるようにして部屋から去って行った。

 男が訊ねてくる。


「よろしいんですか?」


 腹を立てていた俺は八つ当たり気味に答えてやった。


「食い物が無くなった時はお前から放り出すさ。そうならないようにちょっとはてめえの頭で考えろ」


「……」


 男は何も言い返してこなかった。





「賊…でしょうか、それは比喩でいうところの賊?もしくは本当の海賊という事ですか?」


「空賊だね、言うなれば。スカイシップで武装した集団が度々ファーストに訪れて窃盗を繰り返すんだ」


「あくまでも空賊であってテロリストではないと」


「彼らには武力を通じて主張するようなイデオロギーはないよ、ただただ私たちの国から盗みを働いてさっさと逃げていく集団だ。ただ、今回ばかりは規模が大きい」


 プログラム・ファーザーは前屈みになって座っており、両膝に両肘をついてるその姿勢はまさしく"首領"の名に相応しいものだった。

 見た目だけではない、内から来る威圧に思わずうっと呻きそうになるも、ふぅぅぅんとお腹に力を込めて立ち向かった。


「…失礼ですがファーザー、私たちはあくまでも調査隊なのであって攻撃手段は何ら持ち合わせておりません」


「本当に?」


「…と、言いますと?」


「ヴァルヴエンドがいくら議会に遅れを取っているとは言え、そもそもこの世界をリードしていた国だ。つまり、君たちの親玉が空賊の存在を知らなかったとは到底思えない。にも関わらず、ヴァルヴエンドはミトコンドリアを結成して地球の空に放った」


「…………」


「無手で空を渡れるほど甘くはない、その事は彼らが良く知っているはず、であれば君たちのスカイシップであるラグナカンにも何かしらの対抗手段があるはずだ」


「私たちは何も知らされておりません」


「段階的に知らせるつもりだったのかもしれない、特別独立個体機が段階を踏んで能力を発揮するようにね」


「…………」


「ああ、ああ、勘違いしないでほしい、私は何も君たちに全てを任せるつもりはないし、仮に攻撃手段があるからと言って空賊を攻撃させるつもりもない。ただ、前線に立ってくれたらいい」


「はあ…はい?それはどういう意味なのですか?」


「これ以上の事は言えない、君たちが私と手を組んだ時に詳しい内容を話す。──こう言うとまるで大言壮語のように聞こえ、不愉快に思うかもしれないが…」


 ははあ、なるほどと、確かにこの青年はテンペスト・シリンダーを管理していただけはあると、思わせるような凄味のある声で言った。


「このファーストに貸しを作れるんだ、そう滅多に訪れる議会ではないよ。良く考えてほしい、私たちに貸しを作れるということは世界を味方につけるという事だ」


「…………」


 で、ファーザーが退出したあと、全員(イーオン以外)をホテルへ集合させて早速会議を行なった。


「胡散臭いにも程がある」と、我らが副隊長ギーリ、続けて、


「いきなり現れて内密の話に協力しろ?挙げ句の果てには世界を味方に付けられるってどこの世間知らずなのさ。私は反対」


「なら私も」と、とくに考えていなさそうな我らが司厨士テクニカ。


「いやう〜ん…でも相手がこのテンペスト・シリンダーの管理者だし…」


 ギーリとテクニカはリンカーンの故郷のお手伝いをしていた。その装いがまるでアカデミー祭の設営班のような出立ちだったので思わずジロジロと見てしまう。

 まさかのジャージ姿、それからパンツの後ろポケットには軍手、さらに二人とも普段の髪型ではなくちょんまげ。よくその格好でネオ・ニューヨークの地下メトロに乗れたと思う。

 二人に続いて発言したのが我らが天才船長クルル。丸型のメガネ(ラウンドと呼ばれるフレーム)をかけていたのでこっちもちょっとびっくりした。


「他には何か言ってなかった?おじさんと議会には内緒しててほしいってだけ?」


「あ〜それがね〜眉唾物なんだけど…」


 皆んなにも、ラグナカンには隠された機能がある、というファーザーの話を伝えた。

 ギーリとテクニカは口にせずとも「www」という顔で笑い、けれどクルルだけは険しい顔付きになった。

 クルルの反応に、笑っていたギーリが食いつく。


「──ええ?!嘘でしょクルル!そんな話信じるの?!」


「いやそれがね〜僕もそうなのかな〜って思う節があるんだよ。デンボーを抜けた時のことは覚えてる?」


「当たり前じゃん」

「一生忘れんわ」

「できれば忘れたいぐらいのフライトだった」


「デンボーを抜け出す直前、ラグナカンが一気に軽くなったんだよ」


「それガチで言ってんの?」


「うん、加速リングもぐっと重たくなって、その他の指が全部落ちたのかなって疑うぐらい軽くなったんだ。だってほら、ラグナカンのお腹にイルシードが張り付いていたでしょ?そのイルシードにすら速度が勝ってたんだもん、最後の最後に負けちゃったけどさ」


 ギーリとテクニカは天才船長の話を聞いても疑わし気だ。いや〜とか、それは〜とか、ずっと首を捻っている。

 

「私はクルルの言い分を信じるよ、何せ指でラグナカンを操縦した人なんだから。指先って感覚も鋭いしね、体は嘘を吐かないと思う」


 急にヤラシしいこと言い出したと騒ぐ二人を無視して、


「リンカーンをここに招聘しましょう、プログラム・ファーザーについても詳しい話を聞かないと」


「いいの?内密の話なんでしょ?」


「少佐と議会には黙っておけって言われたけどリンカーンについては何も言われなかったわ。つまりオッケーってことでしょ」


 そしてリンカーンはすぐにやって来た。


「そうだろうと思っていたよ、彼が人前に姿を見せるととにかく環境がぐちゃぐちゃになる。それで、私に話とは?」


 絶対シャワー浴びてきただろと言わんばかりにさっぱりとしていたリンカーンへ、賊とやらについて訊ねた。


「それは本当だ。とくに選挙戦の時などはこぞってファースト内に侵入してくる、はた迷惑な連中だよ」


「でも、僕たちそんな人見てないよ?」


「そりゃ君たちが先に到着したからだろう、ヴァルヴエンドの新設部隊を警戒して踏み込んでこなかったんだ。選挙期間中も装甲車がくまなく巡回していたぐらいさ」


「ファーザーは賊と言ってたけど、実際のところどうなの?本当はただのテロリスト集団なんじゃないの?」


 リンカーンが眉間に強いしわを作って手をぶんぶんと振り、「奴らに名前なんかないさ」と言った。


「賊と呼ぶファミリアもいれば、君たちのようにテロリストと呼ぶファミリアもいる。呼び名は違うがやる事は一緒、ただただ街で盗みを働いてさっさと出て行くクソみたいな連中さ」


「大統領もあろうお方がクソって、それでいいの?」とギーリに突っ込まれている、何気仲良くなってる。


「構わんさ。君たちは空を見て何と言う?空だと答えるだろう?それだけの事だ」


 リンカーンの話す内容と、話す素振りを見る限り、どうやら賊が度々やってくるのは事実らしい。


「リンカーン、あなたはどうお考えですか?プログラム・ファーザーの申し出は受けるべきですか?」


「身内贔屓にしかならないが受けた方がいい。というより、断った後が大変だ。彼はこのファーストの塔主を務めている、そんな彼が議会にも内密で事を進めたいと言っているんだ、よほどの事情があるのだろう。ま、私は知りたくもないがね」


 そこでギーリがスウィートルームのエントランスへ駆けて行き扉の鍵をかけ、テクニカは大統領であろうお方の頭を上からぐっと押さえつけた。

 そして私がこう言った。


「駄目」


「いやいや!いやいや待ってくれ!明日から大統領としての仕事が山のようにあるんだ!君のお陰でね!こうして時間を作れるのは今日が最後なんだ!」


「駄目」


「頼む…今日が最初で最後の我が儘デーなんだ…全ての予定をキャンセルして私は自分の故郷を…彼の用事に付き合う暇がほんとにないんだ…」


「駄目」


「──分かった!君を解放しよう!そして君たちに大統領補佐官の役職も与える!これでファーストの中を思う存分に動けるはずだ!」


「いいでしょう。テクニカ、解放してあげて」


 解放されたあと、がくりと項垂れたリンカーンが小声で、「無念…」と言ったような気がしたが気がしただけだ。

 よし!これでトップクラスの権限が手に入った!ただのラッキーパンチだけど!

 早速マンハッタンへ!我が儘飛行士を連れ戻しに行かねば!



「もうほんと!もうほんとお願いですから部外者は立ち入り禁止で!立ち入り禁止でお願いします!」


「いやいや!イーオンも私にとっては可愛い子供みたいなも・の・だ!わ・た・しのお陰でこの基地に滞在できているんだから!」


 (リンカーンも無理やり連れて)やって来たマンハッタン基地は、ネオ・ニューヨークの北部にあった。

 レッドロードと呼ばれる赤い道路をひた走ったあと高層ビルの姿が徐々に減り始め、一気に建物が数十メートルになったかと思えば誰も住んでいない、使っていない家や店舗が現れ、その後は見渡す限りの平野部になっていた。

 (リンカーンも初めて乗ると言っていた大統領専用)車で走って半時間ほどでマンハッタン基地に到着し、「う〜ん…」しか言ってくれなかった基地司令官の案内でブリーフィングルームに通され、そこでようやくイーオンと再会した。

 あれ?皆んな来たんだ、みたいな顔をしていたので、いやいやそりゃないだろと注意しようとした瞬間、この人がブリーフィングルームに入ろうとしてきた。

 名前をゴエティア。きりりと濃い眉の下は涼やかな瞳、ブラウンの髪をオールバックにしておでこを曝し、後ろ髪を肩まで伸ばしている。

 トップスはチューブトップにオリーブ色のブルゾンを羽織り、ボトムスはブラックのカーゴパンツという服装だった。

 この人がほんともう、いくら扉を閉めようとも足を挟み込んで無理やり突破しようとしてくる。


「今から私たちだけでミーティングをし・ま・すから!」


「リンカーンは良くて私は駄目な・の・か!おかしいでしょ!私だってこの基地の人間な・の・に!」


「あなたは特別個体機でしょう?!い・い・か・ら!出て行ってください!」


 で、ようやくゴエティアを閉め出せた。すごい疲れた。

 アカデミーのクラスほどの広さがあるブリーフィングルームに、ミトコンドリアの隊員たちが思い思いに座っていた。使われている備品は全て使い古されており、私が腰をかけたパイプ椅子なんかきいと小さく鳴くほどだ。けれど、壇上に設置されているボードだけは最新式の物を使っているようで、とても浮いているように見えた。

 一人足りない、五人しかいない。


「あれ、リンカーンは?」


 (ジャージ姿のままの)ギーリが「ん」とブリーフィングルームの後方を顎で差し、「後ろの扉から出て行った」と教えてくれた。


「大事な話なのに…」


「大統領は忙しいんだよ。ちょっと好き勝手し過ぎじゃない?」


「別にそんなつもりはない、こっちはプログラム・ファーザーの提案について真面目に議論しようとしているの」


「その前にいい?──イーオン、私たちのライブどうだった?」


「え?」


 え?えって...え?

 ブリーフィングルームが静けさに満ちる、扉の向こうから物音がするが気にならない。

 この基地の服なのか、上下お揃いのネイビーのスウェットを着用し、すっかりマンハッタンに馴染んでいるイーオンが、テクニカの問いかけにぽかんと口を開けた状態で動きを止めている。

 次の瞬間。


「──あ!う、うん!すごく良かったよ皆んなのライブ!」


「……………………………」





(うわ可哀想〜…完全に忘れ去られてる…)


 ついさっきまで、まるでお姫様のように振る舞っていた我らが歌姫隊長は、今にも死にそうな顔になっていた。

 まあ良い薬になったことだろう、劇薬過ぎるが、ファーストの人たちに自分の歌を認めてもらい、挙げ句に大統領のお墨付きまで貰えたのだ、有頂天になるなと言う方が無理がある、けれど流石に目に余る。

 目に余ると言えば...


「イーオン」


 私が名前を呼ぶと、イーオンの細い肩がぴくりと震えた。


「イーオンも好き勝手やり過ぎ。私たちは調査という名目でここへ来てるの、他の皆んなは既にレポートを提出してる、イーオンだけだよ、仕事してないの」


「ごめ──す、すみませんでした…」


 約一名、ものすっごい勢いで明後日の方を向いたのでまた後で説教するとして...

 イーオンにもその自覚はあったらしい、謝罪も丁寧な物言いに変え、椅子の上ではあるが深く頭を下げてくれた。

 さて、サランは撃沈してしまっているので、副隊長である私が代わりに話を進めなくてはならない。


「今、ミトコンドリアはファースト議会塔主のプログラム・ファーザーからある依頼を受けてるの、その話し合いのために私たちはここへやって来た」


「ぷ、プログラム・ガイアではなく、ファーザー…?」


「そう──らしい、実際に会ったのはサランだけだけど。ね?」


 そう話を振ると、「はい…」と別人のようになったサランが返事をした。


「その人が言うにはファーストに窃盗集団がやって来るらしいの。それで私たちミトコンドリアにその窃盗集団の撃退が依頼されたってわけ」


「私たちに?」


 調子を取り戻しつつあるイーオンが眉根を寄せ、不可解そうな顔をした。言いたいことは分かる。


「でも私たちって攻撃手段は──あ〜…」


「ん?何で僕の方を見るの?この眼鏡が珍しかった?」


「ああいや、そうじゃなくて…クルルさ、デンボーを抜けた時、何か違和感?みたいなの感じなかった?確か、指先で操縦するんだよね」


 その話に私とテクニカはぎょっとする、クルルもここへ来る前に同じような事を口にしていたらからだ。

 どうやらラグナカンには隠された機能があるらしい。


「そうだけど…どうしてイーオンがそんな事言うの?もしかして何か見た?」


「見たというか…デンボーを抜け出す直前って色んな景色がごちゃ混ぜになってるんだけどね、見た気がするんだよ、翼にジェットエンジンを付けた大鷲の姿を」


「………」

「………」

「………」

「………」


「いやだからね、翼に「聞こえてる聞こえてる。サラン?どうする?やっぱりこの依頼は断ろっか?」


「そ、そうね…ラグナカンに隠された機能があったとしても、それが攻撃機能ではない限り、どのみち私たちに太刀打ちできる術がない」


 すっかり調子を取り戻したイーオンが、「格好良いと思うんだけどな〜」と一人で勝手に拗ね、クルルに頭を撫でられている。

 結論は出た、プログラム・ファーザーとかいう胡散臭い相手からの依頼は受けない。

 急に現れ、一方的に内密な話をして、見返りがある事を匂わせてくる奴にロクなのはいない。

 間違いなく今後も良いように使われる。

 私は一旦この場をお開きにし、イーオンだけブリーフィングルームに残らせた。

 惨敗を喫した歌姫を介抱するようにティーキィーとクルルが退出し、私は改めてイーオンと向かい合った。


「それで、今日は勝てたの?イーオン、いつも誰かと空を飛んでるよね」

 

「あ、ああ…うん、まあ、全然勝てない。それで悔しくて悔しくて…」


「その人って誰?」


「グレイル・オールドマンっていう人、この基地で…うう〜ん、もしかしたら地球上で一番かもしれない」


 つい声が裏返ってしまった。


「そんなに?私たちからしてみればイーオンも相当だと思うけど、だってあのデンボーの中を飛んだんだし、そのイーオンがそこまで言うの?」


「言う。あの人は凄い」


 そう断言するイーオンの声に確信があった。

 ちょっと納得してしまった、そんな衝撃的な出会いを前にしてしまったら、調査のこともすぽんと頭から抜けてしまうのかもしれない。

 

「まあ分かったよ、私の方からも少佐にそう報告しておく。イーオンもきちんとその事はレポートに書いてね」


「は、はい…ほ、ほんとごめん…」


「イーオンが乗ってた機体って私でも見学できるの?」


「多分できると──」と、そこでブリーフィングルームの扉がばん!と開き、サランと扉問答を繰り広げていたゴエティアという人がつかつかと入って来た。

 どうやら私を追い出しに入ってきたわけではないようだ、ゴエティアの方から案内すると言ってくれた。


「基地の案内なら私が必要でしょ?」


「……………」


「え、あれ?今からウールを見学するのよね?」


「……………」


「あ、あれ…何でこの子急に黙るの」とイーオンに小声で訊ねている。


(中身と外見が一致しないんだよね〜この人、母性を持っている人なのに服装が前衛的過ぎる)


 母性があるからと言って必ずしも大人しい人とは限らないのは百も承知、けれどこの人の場合は他人を優先できる器があるのに、自分を良く見せようと服装を派手にしていた。

 自分の良さを自覚していないだけ?もしくはその良さを"良いもの"だと思っていない?

 ──と、いつもの癖で初見の相手をプロファイリングしていると、ゴエティアが私に向かって手を差し出してきた。イーオンが小声で、「握手したら喋ってくれる」と間違った情報を伝えていたのは耳に入っている。


(そういうわけでもないんだけど…)


 かと言って無視するわけにもいかない、私たちはこの人に迷惑になっているのだから誠実に対応すべきである。

 差し出されたゴエティアの手を取り、握手を交わす。

 不思議な感覚だった。思っていた通り、この人には相手を慈しむ母性がある。けれどきちんと警戒心もあってその掌は固く、こちらを探るような気配もあった。

 大丈夫、この人は相手を見下したり粗末に扱うような真似はしない。はず。


「ミトコンドリア副隊長のギーリです、イーオンがお世話になりました」


 そう発言した途端、掌の固さがなくなりふっと柔らかくなった。


「急に黙っちゃったから心配したよ。格納庫へ案内しよう、私に付いて来て」


 そう私を誘ってくれるゴエティアの笑顔は、学園にいた懐かしい先生たちを思い出させるものだった。



 滑走路の脇に行儀良く並ぶ格納庫の一つに入り、ゴエティアが慣れた手付きで照明のスイッチを入れた。

 通電する鈍い音が格納庫の天井から順に落ち、ファーストの国防を預かるその機体が私の目の前に現れた。


(なんじゃこりゃ、戦闘機がおめかししてるみたい)


 機体コードはFm22、機体名称はラプター・ウール。機体コードの『m』は『マグネット』という意味らしい、ここへ来る途中、ゴエティアが教えてくれた。

 素晴らしい物なのだろうが、戦闘機について詳しくない私にはラプター・ウールの良さが分からない。けれど、我らが天才飛行士はあの機体を見てぐっと来たらしく、見学だけでは物足りないと考え、無理を言ってお邪魔させてもらったようだ。

 ここまで案内してくれたゴエティアが自慢気な表情をして、「どう?」と私に感想を求めてきた。


「あ、いいですね!」


「無理しておべっかは言わなくていいよ、顔に書いてある、良く分からないんでしょ?」


「すみません、機体にはついて良く分かりません」


「素直でよろしい。イーオンもギーリくらい素直だったらね、いや、素直過ぎるのか」


「なんですかそれ」


「グレイルと喧嘩し過ぎってこと」


「あ〜質問いいですか?あの王冠を半分こしたみたいなやつがウール?」


「そう、あれが湾曲状磁場発生装置」


 スタイリッシュなデザインをした戦闘機の後ろ側、主翼の付け根辺りから排気ノズルを覆うようにして、湾曲した装置が取り付けられていた。まるで戦闘機がマフラーを巻いているように見える。


「あの発生装置は互いに反発し合う磁場を生成して、機体を横滑りさせたり、まるでジャンプするような機動を与えているの」


「──それって凄いの?」


 理屈は理解できるが、その性能が機体に与える効力をイメージできなかったので、イーオンに訊ねた。イーオンも何故か自慢気な表情になって、「もちろん」と答えた。


「UFOって知ってるよね?ああいう動きが出来るの、それも訓練を何年と積んだ人にしかできない。私も乗せてもらってるけどホッピングだけは止めとけって言われてる」


「ホッピング?」


「横滑りしたりジャンプしたりする機動のこと、この基地の人たちはそう呼んでる」


 戦闘機がジグザグに飛んだり、直進飛行からジャンプする想像をしてみた。うん、確かにヤバそう。


「それクルルがやったら私たち船内で死にそう」


「そうそう」


「い、今の説明でそこまで分かるの…?」


「あ、想像力だけは豊かなんで…」


 私の冴えないジョークにもゴエティアは微笑んでくれた。


「近くで見てみる?こんな機会は滅多にないよ」


「あ、いや〜それは…あとで面倒になりそうな?ここまで見せてやったんだから的な?」


 このオブラートに包んだ言い方でゴエティアは分かってくれたらしい。


「ああ、ガイアの子飼いを警戒してるの?」


「子飼い?」

「子飼いってなんですか?」


「……………」


 ん?何故急に黙る。

 ゴエティアはラプター・ウールに視線を注いでいるようだが、額に薄らと汗をかいている。見るからに失言したっぽいが、プログラム・ファーザーを"子飼い"と喩えることの何が失言にあたるのか、そこが分からなかった。

 うん、今のは聞かなかったことにしよう。シリウスじいが、「その事情は知りたくもない」と言っていたその気持ちが良く理解できるというもの。

 変な藪は突かない方が身のためだ。


「ありがとうございました、ゴエティアさん、私たちはこれで失礼します」


「──あ、ああ、うん。君はもう帰るの?」


「そりゃあ勿論、ここは私の居場所ではありませんから。イーオンもね?」


「は、はい…で、でもあと少し待ってもらえたら…」


「それはレポートを少佐に出した時に確認して、いい?」


「分かった、残るからには絶対勝つ」


「いやそういう事じゃない。ほんとに分かってる?」


 イーオンの鼻を摘んでぐいぐいとゆすってやる、本人は頬を染めながら「ごめんごめん」と悪戯を叱られた子供のように笑っている。

 

「…………」


 イーオンの少し後ろからゴエティアが、緑ヶ丘学園にいた先生たちのように、全てを許してくれるかのような笑みを湛えて私たちのことを見つめていた。





「……」


「元気出しなってサラン、イーオンがあんな感じなのは今に始まった話じゃないでしょ?」


 クルルが優しく私を慰めてくる、それもまた心に来る...失恋したみたいな感じで扱うのは止めてほしい。


「嬉しくない…」


「何が?──とりあえずビルの中にあるレストランを見に行こうよ!」と、我らが天才船長が明るく言い、暗く沈んだ私の手を強く引っ張る。

 マンハッタン基地を後にした私たちは(イーオンを残して!)、ネオ・ニューヨーク州に戻り、プログラム・ファーザーに勧められるまま一つの大きなビルにやって来た。リンカーンは一緒じゃないのかって?先にマイホームへ帰ったわ。

 プログラム・ファーザー曰く、「とにかく現地を見てみろ」との事らしい、賊を追い払うお話はもうお断りしたはずなのだが...

 私たちの前には天を貫かんばかりに聳えるビルがあり、そのビルの中腹辺りから外通路が伸びて別のビルに繋がったり、あるいはビルとビルの間に土台が築かれて、別の建築物が建てられたりしている光景が広がっていた。

 それら異様な光景にあまり心を奪われず、クルルに手を引かれるままビルの中へ入る。頭の中にあるのはイーオンに対する文句と、イーオンから完全無視されていたことに対するショックが心に居座っていた。

 まあね?私もあの子にあんな事言っちゃったし、それは仕方がないことかもしれない。

 だからって、ねえ?


(あんな…あんな今思い出したと言わんばかりに!)


 巨人 御坐(おわ)しますビルの外観とは裏腹にエントランスは小ぢんまりとしており、けれど受付カウンターがとんでもない規模をしていた。

 各フロアに入居している企業だったり店舗だったり、それらを示す看板が床から天井まで続いており、そしてそれらが横に何重にも広がっていた。

 あれでは意味がない、お目当ての看板がどこにあるのか探し当てるのも一苦労だ。

 ギーリとテクニカも異様な看板を見て「草生える」と苦笑しており、クルルに至っては見向きもしないでエレベーターホールへ向かって行く。皆んな自由過ぎない?今度は私がギーリとテクニカの手を取ってクルルを追いかけた。

 追いかけ始めてすぐ、ギーリが私を気遣ってきた。


「まああれだね、残念だったね」


 主語はない、きっとイーオンのことだろう。


「余計な慰めは要らないわ」


「今度からイーオンに優しくするんだね」


「それができれば苦労はない」


 ツンデレおつと言ったテクニカの手を強く握って仕返しをし、クルルが呼んでくれたエレベーターに乗り込む。

 そんなこんなでやって来たビル内のダイナーはエレベーターを降りてすぐの所にあった。

 皆んなが「え?」と少しだけ戸惑う。


「ちっちゃくない?」


「ファーザーがわざわざ行けって言うからてっきり立派なものだと思ってたけど…」


「なんか、立ち食いって感じ」


「ろくなの出て来なさそう」


 そう、クルルも言ったように私たちに行けと言うからにはさぞ立派なものなんだろうと思っていたダイナーはとても小さかった。

 小さな扉に受け渡し用のテーブルカウンター、そのカウンターの奥にはゴーグルを装着して頭を小刻みに振っている店員が一人、その店員が私たちに気付いてこっちに来いとジェスチャーしてきた。

 何だ何だとその店員へ向かって行く。

 店員の前に皆んなが立つと、ゴーグル型の端末を外してとてもピュアな瞳を私たちに曝した。


「君たちミトコンドリアだろ?」


 基本、人に物怖じしないクルルが答えた。


「え、何で分かるの?」


「異国のシンガーソングライターにその付き人、誰だって一目で分かるさ。で?うちに何か用?」


「ここって飲食店だよね?」


 店員が大きく腕を広げて「ああそうだよ、ここが九八七号店だ」と言った。

 ん?九八七号店?その数の多さに私以外の皆んなも気付いた。


「え…九八七って…つまり…」


 ギーリの後を店員が継いだ。


「そう、この店は全部で五千店舗「五千?!×4」あるんだ──知らなかったのか?ネオ・ニューヨークは飲食店の街だよ」


「何でそんなに…飲食店だけで五千って…」


 ちょっと普通ではない、いくら摩天楼の森が広いからと言って数千に及ぶ店舗を経営するのは尋常ではなかった。

 驚きを隠せない私たちに、店員が然もありなんと答えた。


「ビルの中で餓死したくないだろ?ここはうんと広いからな、出口を間違えると一日中迷うこともざらにあるんだ」


「ええ…」


「だからこうしてあちこちに店を構えているんだ」と説明し、「良かったら何か食べていってくれ」とぼろぼろになったメニュー表を私たちに見せてきた。

 どれどれとメニュー表を覗き込む前に、ちらりと店内を窺うと数席のテーブルが用意されており、けれどその席には明らかな携行武器を携えた人たちが腰を下ろしていた。雰囲気もピリついている、私たちに遠慮ない攻撃的な視線を向けていた。

 ああなるほどと、ここで合点がいく。ネオ・ニューヨークの摩天楼には数え切れないほどの飲食店が存在し、そこに外からやって来る賊なる人たちが盗みを働くのだ、だからああして武装した人を配置し警戒させている。

 覗き込んだメニュー表にはホットドッグ、ハンバーガー、それからオニギリやカタヤキラーメンなるものがあった。所謂ファーストフードに属する食べ物だ。

 クルルが指を差しながら店員に訊ねた。


「このカタヤキラーメンってなに?」


「パリッパリに麺を焼いてそこにラーメンの汁をかけた物だな。食べてみるか?」


「え、い、いいです…」


 普通に食べ辛そう。クルルも嫌そうにしながら丁重に辞退している。

 無難なホットドッグを四つ頼み、出来上がるまで店内にいる人たちのことを訊ねてみた。答えは案の定だった。


「いつもこの時期になると盗みを働く奴が増えるんだわ、だからああして民間の警備隊を雇って常駐させている。迷惑ったらないよ」

 

「はあ…どうしてここが狙われるんですか?」


「見れば分かるでしょ、こんだけ店を構えているんだ、向こうからしてみれば盗みを働き易いんだろうさ。──はいどうぞ」


 ホットドッグを受け取りお店を後にする。

 その後、出口からそう遠く離れない程度にビルの中を散策し、小一時間で一〇店舗を見つけた頃にラグナカンへ帰った。

 味は普通だった。もっと味が濃いだろうと思っていたけど。


 それからすぐ、私たちは考えを改めざるを得ない事態に突入した。





 歳を取っても長年培った習慣というものは、日常から姿を消すことなく在り続ける。


「メッセージを受信しました、お読みになられますか?」


「後にしてくれ」


 ガイアの音声案内を煩わしく感じながら、夜のランニングコースを走る。

 コースの傍には街路樹が並び、その奥向こうには不夜城(アレクサンドリア)の灯りが見えた。その景色が上下に揺れてしまっている、体の重心が上がっているせいだ。

 重心の位置が安定していないと体がブレてしまい、ランニングパフォーマンスにも影響が出てしまう、けれど私はそれで良いと考えていた。

 体を動かすことは精神にリラックスを与え、ストレスによって縮こまった心が大いにほぐれる。

 ストレス解消の為に走る時はこれぐらいの方が良い。


「ストレス指数が増加しています、何かお悩み事でしたら早期にご相談を」


「好き勝手にする隊員たちをどうまとめればいい?答えがあるなら教えてくれ」


 街路樹の通りを抜け、下り坂のコースに入った。コースは右へ湾曲するように伸び、その反対側には二四時間体制で監視されている連絡橋が見えた。その連絡橋はさながら空中に漂う不夜城への入り口だ、その入り口を見張るようにいくつもの監視カメラが設置され、上空を監視ドローンが何度も行き来している。

 あの橋は決まった人間にしか渡れない。

 あるいは不夜城の主人に招待された者だけ。

 ──例えば、アレクサンドリアの最終オーディション会場、ハディラ・カディラで歌うことを許された者、あるいは者たち。

 下り坂という足腰に来るコースも走り終え、ランニングコースのスタート地点まで戻ってきた。その時になってようやく、私のメンタルをモニタリングしていたガイアが質問に返答した。


「教育あるいは指導、それでも改善が見られない場合は早期に配置転換、これ一択です」


「いやどれだ、三つぐらい案を提示しただろう」


「配置転換が最良かと、あなたは指揮官であって教育者ではありません。あなたに求められるのは成果です」


「そうだな…言う通りだ」


 飛行士から送信されたレポートを思い返す。


(地球上で最も腕の立つパイロットと巡り会ったのでまだ滞在したい…だと〜?修学旅行じゃないんだぞ!!)


 ファーストの国防、並びに民間旅客機を統括する星統航空が所有するマンハッタン基地、その内部について事細かく調査されていたことは及第点である。それから、ファーストが長年に渡って秘匿していた西暦時代からの遺物、その進化機体であるラプター・ウールの性能についても記されてあった。

 十分過ぎる内容だ、二四時間近く音信不通になっていた事にも目を瞑れるというもの、しかしだ!


(まだ滞在したいってどういう事なんだ!自分が調査隊の隊員であることを忘れてはいないだろうな!)


 もう一周だ、まだまだストレスを発散しないと安眠できない、できる気がしない。

 二週目に入ろうとした時、私のメンタルに合わせてフレンドリーな口調を心掛けているガイアに止められてしまった。


「メッセージを、メッセージを読んでください」


「今読まないと駄目なのか?」


「返信を催促されているのです…メッセージを…」


「分かった分かった」


 画面を網膜に投影さえ、未読フォルダに入っていたメッセージを表示させる。

 そのメッセージのタイトルが、『新任の戦術歌唱グループ候補、並びに北欧方面の情勢悪化に関する情報共有、および対策会議の案内』だった。


「……………」


 メッセージのタイトルの意味が頭に浸透した時、すうっと怒りが引いていくのを感じた。

 私に国外派遣部隊を指揮する権限はない。

 なら、答えは一つだけだ。


コンキリオ:マンハッタン基地の滞在について、必ず自分の物にしてくるように


コンキリオ:部隊を運営するにあたり、特例を認めるわけにはいかない、他の隊員へ不愉快な思いをさせるからだ


コンキリオ:滞在するからには追加のレポートを提出するように、今回に限りこちらで合格基準を設ける


コンキリオ:基準以下だった場合、君を即座に派遣隊から解雇してこちらに呼び戻す


 帰り支度を終えた時、飛行士から返信があった。


イーオン:どっちなんですか?いいんですか?駄目なんですか?


コンキリオ:良いと言っている!追加のレポート!不合格は即刻帰国!以上!


イーオン:了解しました!


 画面を網膜を剥がしかけた時、追加のメッセージ。


イーオン:ありがとうございます!


(全く、呑気なものだ…)


 後日、滞在を許可したことを死ぬほど後悔した。





 もし、この世界に神がいるのなら、どうか俺たちの行ないを最後まで見守っていてほしい、罰があるなら受けよう、褒美があるなら船から一歩も出たことがない子供たちに。

 

「準備が整いました、いつでも行けます」


 人型機の部隊を預かる部下がそう報告するのが耳に入ってくる。聖母に向かって祈りを捧げていた俺はゆっくりと立ち上がり、葛藤と後悔を母の前に置いた。

 礼拝室は揺らめく蝋燭の火に照らされ、俺たちの揺れ動く心を表しているようだ。

 やる、と決めたからには手を抜いてはいけない。

 そう一念を定めると、礼拝室が静謐に包まれたような気がした。

 部下に号令をかける。


「発進させろ。既に侵入している味方部隊の逃走援護、それから迎撃に出てくるファーストの部隊を適宜追い払え、こちらから手を出す必要は無い」


「了解しました、部隊を発進させます」


 部下がインカムに向かって号令を出し、その直後から船の外が途端に騒がしくなった。

 この船に積載されている人型機が全機発艦したのだ、のみならず他の武装船からも人型機が発艦し、大西洋の空を埋め尽くしていることだろう。

 総力戦と言っても過言ではない。

 礼拝室から艦橋室へ移動し、肉眼とレーダーコンソールから布陣を確認した。

 俺は不覚にも、大西洋の空に浮かぶ無数の小さな灯りを頼もしいと思ってしまった。今ならただ見守っているだけの神にすら太刀打ちできそうな気がした。

 人型機と武装船が発する航空灯の光が、艦橋室の窓を埋め尽くしている。

 艦橋室で既に準備を進めていた管制官からインカムを受け取り、全周波チャンネルで最後の号令をかけた。


「作戦を開始せよ。俺たちの悪事は人の命を繋ぐ、葛藤と後悔はこの俺に預けて銃を取れ」


 光の群れがファーストへ殺到した。





「朗報、イーオンの滞在が延長になった。だからと言って虐めるのは駄目だからね」


 ゴエティアの声がつむじの辺りから聞こえる、鼓膜を経由しない外音はいつになっても慣れない。

 

「そうか…」


「嬉しそうじゃないね。何かあった?」


「たった今な、子飼いからの情報は正しいみたいだ。あいつは基地に居ない方がいいかもしれない」


「いつもの事でしょ?スカイシップがせいぜい数席程度の──「今回は桁が違う。波だ」


 ファーストが建造された位置は、西暦時代で言うところのニューヨーク州であり、アメリカ大陸の西端だ。

 さらにその西側には大西洋が広がり、ユーラシア、アフリカ大陸へと続いている。

 その列強国との緩衝海域として機能している大西洋の上空、そこにスカイシップの帯びが出来上がっていた。

 レーダーに反映されている光点がまるで波のように見える、数えるのも馬鹿らしい。

 これではただの窃盗集団ではない、立派な侵略軍、インベーダーだ。

 偵察に出ていた俺の視覚と同期し、ラプター・ウールのレーダーコンソールを確認したゴエティアが、「冗談じゃない…」と怒りを露わにした。

 

「私たちはただ追い返していただけよ?!こっちから攻撃をしたことなんて一度もないのに!」


「すぐにイスカルガへ連絡してくれ、俺たちの手には余るぞ」


「今すぐセカンドとサードへ連絡をして…いや!いつ仕掛けてくるのか分からないのにそんな悠長なことは…」


「全部隊が招集する間に侵略されたら終わりだ。ゴエティア、忙しいのは分かるが今はお前たちの力が──「それは出来ないと答えておこう、ゴエティアのパートナー!!」


 ホバリング飛行で滞空していた機体をファーストへ向けた時、そいつが俺たちの会話に割って入ってきた。つむじから二つの声、悪夢にうなされているような気分だ。

 そいつの名前は、星間強行型全域航行艦イスカルガ、ゴエティアの親玉にしてファーストとオブリ・ガーデンの特別個体機を統括する船でもある。

 とにもかくにも良く騒ぐ女、という認識があった。

 ゴエティアがイスカルガに反論する、当然の事と言えた。


「ファーストを見放すつもり?あなたの揚陸艦としての攻撃能力がなかったら、一瞬のうちに蹂躙されてしまうわ」


「それでも無理!と答えておこう!──心配しなくても手は打ってある」


「ミトコンドリアの事?あの子たちなら子飼いの依頼を断ると言っていたわ。そしてそれが正解だったと言わざるを得ない」


「え?それガチ?」


「イスカルガ、出てちょうだい、こういう時こそ出番でしょ?」


「無理!ほんとーに無理今佳境!」


「イスカルガ!!」

 

「──ゴエティア、よせ、当てにならない奴を当てにするな、自分が死ぬだけだぞ」


 転進してすぐ、俺の故郷がヘルメットの拡張視覚域に映し出された。視界が確保し難い夜空でもよく見える、俺が生まれ、数百年と生きた国、まだまだ生きる国。

 いくつになっても忘れないものだ。百を超えた辺りから些細な物事を記憶する力が大きく削がれ、二百を超えた時にはその日の朝のことすら記憶できない時がある。

 それでも忘れないものだ、自分の家族だけは。

 

(ああクソ、俺のせいだ、俺があいつを追い出していれば…)


 大西洋上の侵略軍については既に基地司令へ報告してある。今頃ファーストでは緊急事態宣言が発令し、全てのスカイシップ、海上船舶の入出塔が禁止されているはずだ。

 イーオンが所属するミトコンドリアも出塔できない。

 有事の際、テンペスト・シリンダー上層区画に設けられたエントリーコンコースは、俺たち航空部隊にしか通ることができない。

 海を渡り、大西洋西岸部に到着した。ファーストが眼下いっぱいに収まった。

 五角形のテンペスト・シリンダーはまさしく大地の星だ、それぞれ五つの先端には惑星の名前が付けられ、その中心は銀河を示すミルキーウェイの名前が付けられている。

 ファーストに接近するにつれ、その周囲の状況も視界に入るようになってきた。

 入塔待ちで待機していた全ての船がファーストから離れて行く、外務院のクソみたいな連中や星統航空の案内に従って退避行動に入っているのだ。

 それらを遠目に眺めながらジュピター側のエントリーコンコースへ進入、グリーンの誘導灯に従いトンネルを潜ってファースト内に戻って来た。

 戻って来たと同時に子飼いから連絡が入った、つむじからではなく基地の管制塔を経由したものだ。


「私の話を信じてくれたようで嬉しいよ、オールド」


 子飼い(ファーザー)は長生きしている俺を揶揄して"オールド"と呼ぶ。


「何故黙っていた?あんな大軍、お前ならすぐに発見できただろうに」


「知らせる必要がなかった、つまり脅威と認定していない、私もガイアも。だから時間を捻出できるまで黙っていたんだよ」


「あれが脅威じゃない?お前の目玉は何処に売っているんだ?俺がクレームを入れてきてやろうか、ちっとも使えないぞってな」


「その必要はないし、追加建造した他のテンペスト・シリンダーに応援を頼む必要もない」


「正気?」と、またぞろ怒りを表に出したのはゴエティアだった。


「せめてセカンドだけでも応援を頼めばいいじゃない、数時間で到着できるわ」


「頼めばセカンドが餌食になる、奴らは海上のみならず陸上にも展開させている」


 冗談じゃない。奴らはただの窃盗集団なんかじゃない。間違いなく国家が所有する軍隊だ。


「考えがあるんだろうな、子飼いのリトル・ファーザー」


 俺が子飼いを呼ぶ時に使っている皮肉ネームだ。


「言ったはずだ、ミトコンドリアが前線に立てばそれで全て解決する。あとは…」


 彼女たちが考えを改めるかどうか、と言った。





「諦めてくれ、シンガーソングライター、全域に外出禁止令が出ているんだ」


「だから、まだ隊員と合流できていないと言っているんです!何も街中で買い物したいと言っているわけではありません!」


「ミトコンドリアのパイロットだろう?マンハッタンから報告は受けている。自分で望んで基地に滞在しているそうじゃないか、あそこの方が安全さ、あんたらがいるドッグの方が危ないくらいだ」


「だったら私たちも移動させてください!」


「例外はない!特別扱いもない!──悪いな、俺たちも経験にない非常事態だ、自分たちの事で手が一杯なんだよ。また連絡する。通信以上」


 星統航空の管制官のその物言いは理不尽に思うが、きっとジュピター港で入塔待ちをしていた全ての船長たちは今頃キレているはずだ。

 私たちミトコンドリアはファースト内に滞在できている、けれどそれは同時に外へ逃げられないことも意味していた。

 摩天楼から帰り、ブリッジに集った皆んなも先が見えない今の状況を不安に思い、険しい顔付きをしていた。

 私もそうだ、基地に残してきたイーオンもそうだが、またしてもミトコンドリアが危機的な状況に陥ってしまった。

 外出先から帰還後、ジャージからスウェットパジャマに着替えているギーリが端的に、「少佐は?」と私に確認を取ってきた。


「連絡が取れない、メッセージにも返信がないわ」


「通信障害?」


「分からない、大規模な電磁パルス攻撃は確認されていないけど…」


 ファーストが国内全域に非常事態宣言を発令するほどの大規模な集団が、大西洋上にスカイシップを展開しているらしい。

 国籍不明のその集団は徐々に前線を接近させ、大西洋の南から北へかけて包囲網を完成させつつあった。

 ファーストに踏み込んでくるのも時間の問題、とされているが、果たして彼らは攻撃行動を取ってくるのだろうか?

 ベビードールの上からカーディガンを羽織ったクルルも私と同じ疑念を抱いていたのか、ファーストが発令した緊急事態宣言に懐疑的だった。


「大西洋の向こう側はユーラシアとアフリカ大陸がある。テンペスト・シリンダーで言えば北欧の二基とアフリカ大陸のL0・イヴだ、本当に攻撃してくるの?そんな事したら議会だって黙っていないだろうし、下手すりゃ除名処分だってあり得るよね」


「だからファーザーは内密の話をサランにしたんじゃないの?それかもしくは、世界から孤立してもファーストで盗みを働くメリットがある、とか」


 アップツインの髪を下ろし、袖口に刺繍が施されているナイトウェアを着ていたテクニカが、冷静に今の状況を分析した。

 テクニカの言う通りかもしれない。

 今までであれば、その集団が働く窃盗の被害は軽微だったのだろう。だからファースト、というかプログラム・ファーザーたちは対策をせず、その費用対効果の低さから見逃していた。

 だが、今回は違う。テクニカの言う通り、議会から除名処分を下される覚悟で、議会に加入している国が部隊を結成させたということだ。

 それだけ危機的な状況に立たされているテンペスト・シリンダーが海の向こう側に存在している、撃退すればそれで解決する話とも思えなかった。

 もしかしたら向こう側は、ファーストの撃退行動も視野に入れて展開させているのかもしれない。後になって今回の衝突を国際問題化させ、ファースト側へ損害賠償を請求してくる可能性だってある。盗っ人猛々しいと思うが、崖っぷちに立たされた人間は生き残るためなら何だってする。

 だからこそ、ファーザーは議会も通さず内々でこの件を処理しようと、ヴァルヴエンドに籍を置く私たちに依頼をしてきたのだ。

 ここで重要になってくるのが私たちの"立場"である。"ミトコンドリア"だからではなく、"ヴァルヴエンド"だから目を付けられたのだ。

 ブリッジに集合させた皆んなの顔を、胸に抱えた申し訳ない気持ちを自覚しながら、一人一人へ視線を向ける。


「…ファーザーは私たちミトコンドリアが前線に立ってくれたらそれでいいと言っていた。もしかしたらだけど…私がその場で依頼を引き受けて、マンハッタンに向かわず大西洋上に向かっていたら…」


 私の気持ちを見抜いてくれたのか、副隊長が「気にし過ぎ」と力強く断言してくれた。


「依頼を受けなかった隊長のせいで緊急事態が発令されたんじゃない、海の上に部隊を展開させている奴らが発令させたの。それに、その依頼に真っ先に反対したのは私だしね、気にするなら私が気にするべきだと思う」


「僕も同意見だよ、サランの対応が間違っていたとは思えない、いきなりそんな話をされたら誰だって外堀から埋めるだろうしね、しかも依頼者が無視できない相手だったらなおさら」


「あ、私もそう思う」


「今の話ほんとに聞いてた?」


「後半ぐらい。イーオンと連絡取ってた」


 ちょっと抜けているところがあるテクニカだが、こういう有事の時は一番最初にどっしりと構えて冷静に物事を見る。デンボーの時も、この子だけが慌てず周りをよく見ていた。

 そのテクニカが私たちの会話に参加せず、マンハッタン基地へ残してきたイーオンと連絡を取ってくれていた。


「イーオンは何て?」


「出られないってさ、基地からも」


「そう…イーオンさえ回収できたら、強行離脱も図れるんだけど…」


「私もそう思って連絡したけど、どうやら戦闘に参加しない人は全員屋内に閉じ込められてるっぽい」


 ──瞬間移動とは良く言ったもので、ラグナカンのブリッジにその人が唐突に姿を見せた。


「ここから無理やり出て行くのだけは止めた方が──ああ〜〜〜?!何て格好を──」


 見せたかと思いきや、私たちの服装を見た途端ばっ!と、顔を隠してその場にしゃがみ込んでしまった。何しに来たんだこの人。


「ファーザー?誰も裸になっていませんけど」


「そ、そ、そういう事ではなくて…その、君!せめてカーディガンのボタンはきちんと止めてくれ!」


「ええ〜?まさかの僕?そんなに破廉恥だった?破廉恥度合いで言うならギーリとテクニカでしょうに…」と、ぶつぶつ文句を言いながらもボタンを止め始めた。まあ確かに、この中で素肌が露出しているのはクルルだけだ。

 おかしな人だ、マフィアのドンのような凄みを見せたかと思えば、人の素肌に免疫がないのかすぐに動じてしまう。

 クルルの身だしなみが整ったところで、こちらからファザーへ用件を窺った。


「ファーザー、無理やり出て行くのが何故駄目なのですか?」


「あ、ああ、うん、君たちも既に気付いていると思うが…展開している大規模な窃盗集団は多国籍の部隊によるものだ。その国籍は定かではないが、確定する必要もない」


「私たちは依頼を断ったはずです、詳しい内容を話してもよろしいのですか?」


「状況が変わったんだ。あの時君が既に動いていれば、もう少しマシな状況になっていたかもしれないけれどね」


「…………」


 皆んなに気にするなと言われた事実をファーザーは遠慮なく口にする、真正面から急所を突かれ、反論する気力すら削がれてしまった。

 

「私は前線に立ってほしいと伝えた。それは相手からしてみれば、自分たちの姿を見られたくないことを意味している、私たちではなく、ヴァルヴエンドから派遣された君たちに、だ」


「僕たちに姿を見られて困る国…?」


 勝手に管制席に座っていたファーザーが、「分からないのかい?」と、私たちに問いかけていた。


「君たちに姿を見られたら最後、絶対に逃走しなくてはならないテンペスト・シリンダーが存在している。だからその者たちは他に呼びかけて大所帯を築いたんだ、最後の大仕事みたいにね」


 それがどこの国なのか、ファーザーは最後まで口にすることはなかった。





 偵察任務から帰投したグレイルの哨戒隊が、マンハッタンの夜空に戻って来た。

 湾曲状磁場発生装置(ウール)から放出されるオレンジの光がリズムよく明滅を繰り返し、私たちの頭上で輝いていた。

 ファーストに緊急事態宣言が発令され、つい先ほどテンペスト・シリンダー内の仮想風景もシャットダウン状態へ移行した。

 オレンジ色の天井が見える、生まれて初めて見る光景だ。人の手によって作られた空を覆う天井は視界の隅にまで広がり、明かりを落としたネオ・ニューヨークも照らしている。

 まるで模型のようだ。遠くにありながら、オレンジの光によって濃い陰ができてしまっているので遠近感が少しだけ狂っていた。

 ラプター・ウールが滑走路に降り立ち、搭乗していたパイロットは素早く降機、私に一瞥をくれることなくこの場から去って行く。

 私はその跡を追いかけた、自分もパイロットだからできることがあるはず、けれど駆け出してすぐ誰かに腕を強く掴まれた。

 ゴエティアだ。普段は微笑みを絶やさないゴエティアが今にも怒り出しそうな怖い表情をしていた。


「イーオン、駄目、あなたに出来ることは何もない」


「でも…」


「何もないの──私に付いて来て、グレイルたちの偵察結果を元にデブリーフィングが今から始められるわ」


「分かりました…」


 私に出来ることは基地の対策会議に参加するだけ。

 分かっていることだ、私はこの基地の人間ではないし、ましてやファーストの人間でもない。

 ゴエティアは優しい。きっと顔に出ていたのだ、何もできないもどかしさを私の表情から読み取ってくれたゴエティアが、ミーティングルームまで連れて行ってくれた。

 連れて行ってくれたのは扉の前までで、私たちはミーティングルームに足は踏み入れず、廊下から中の様子を窺うだけだった。

 真剣だったからだ、普段は「ヒャッハー!」とよく騒ぐお調子者たちがただ静かに、怖い顔付きで電子板に視線を注いでいる様子に恐れを抱き、入ることができなかった。

 電子板の前に立っているのはマンハッタン基地の責任者である司令官だった。司令官も、コントロールレバーのトリガーのように真剣な顔で皆んなに状況説明をしていた。


「グレイルが確認した大規模部隊は現在大西洋沿岸から沖へ約二〇〇キロ地点に展開中、スカイシップの数はレーダーで割り出した限りだけでも数百隻に上る」


 馬鹿げていると思った、たった一つのテンペスト・シリンダーに数百にも上る戦闘飛行艦を差し向けるだなんて。

 

「その部隊からの声明は?」


「今のところ確認されていない」


「何千人もの輩が盗みに来るっていうのか?馬鹿げている、絶対に何かあるはずだ」


「展開している部隊の作戦目標についても何ら推測が立てられない状況だ、今全ての基地で協議されているが見通しは立っていない」


「だったらどうする?闇雲に部隊を出しても袋叩きにされるだけだ。それに街の防衛はどうする?ファミリアの連中に頼むにしたって限界がある」


「ガイア・ファミリアが街の防衛を担当することが決まっている、その他のファミリアはガイア・ファミリアの指揮下に入る」


(ガイア…ファミリア?まだあったんだ…)


 銃撃戦のように繰り返される皆んなのやり取りの中、聞き慣れない単語があった。それは"ガイア・ファミリア"。

 ファミリアの存在については隊の皆んなから報告を貰っていたので把握していた。この国にはファミリアというグループが存在し、その数はハデス、オーディン、グガランナ、ティアマト、最後に最大勢力であるゼウスの五つ。

 五つのはずだ、皆んなのレポートにもそう記されていた。

 銃撃戦はまだ続けられている。

 このミーティングルームから基地の滑走路を見ることができる。私が知らない間にこの基地に格納されている機体が、どんどん滑走路へ出されていた。

 このデブリーフィングがどのような結論に至ろうと、基地の皆んなは総力を上げて戦うつもりのようだ。

 滑走路の壮観な眺めから視線を移し、ミーティングルームの皆んなが私を見ていたことに気付いた。

 銃口を向けられているようで、喉が一瞬で干上がってしまった。


「イーオン、そんな所で何をしている」


 グレイルだ、普段の気配はまるでない。


「わ、私にも何かできることはないかと思って…」


「お前に何ができる?」


「ら、ラプター・ウールにの、乗れる、いいえ、乗れます」


「人を殺したことは?」


「…………」


「アクロバットしかしたことがない奴が俺たちの空で偉そうな真似はするな──今すぐにここから出て行け!!」


 お腹の底から放たれたその弾丸は私の耳を撃ち、胸を震わせ、恥ずかしさと悔しさで頭が沸騰しかけた。

 ぐいと、ゴエティアが私の腕を掴んでもう一度引っ張って行く。


「ごめん、私があなたを庇ったばかりに、恥ずかしい思いをさせてしまった」


「…………」


 ゴエティアもグレイルも、この基地の誰もが悪くない。

 でも、グレイルの言葉は確かに胸に響いた、だから震えてしまったのだ。

 ミーティングルームを離れて廊下を歩く、ゴエティアの広い背中を見つめながらただ歩く。

 突然、窓の外が一気に明るくなった、オレンジ色の非常灯に照らされていたはずなのに、外は真昼の世界になっていた。

 侵入者だ。侵入者を明るみにするため仮想風景を昼へ移行させたのだ。

 それからすぐ、基地全体に戦闘状況へ移行する警報が響き、滑走路で待機していた戦闘機たちが矢継ぎ早に空へ上がっていった。

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