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Cell.8 二本の飛行機雲




 完膚なきまで【慣用句】

 無傷がないところほど徹底的に。




 ファースト大統領に就任した人は、第一八八代大統領である"リンカーン"の名前を冠する制度になっている。

 ベガ・アルタイルという人物の前はプログラム・ガイアがこのリンカーンに就任しており、当時は議会の横槍が激しく、どちらかと言えば鎖国政策に舵を切っていたそうだ。

 その後を継ぐようにして前リンカーンが大統領に就任、鎖国政策から自国強化路線へ切り替え、その路線を変えることなくひたすら走り続け、国力が衰えているにも関わらず走り続け、シリウス・ジョブス・ジュニアが国力復活のための議会連携政策を公約に掲げて無事に当選、当代のリンカーンに就任した。

 どうであれ、こうしてバトンが次から次へと受け継がれ、ファーストという国は成り立っていた。

 ──と、いうような内容をレポートにまとめて少佐の元へ送信する。ひとまず調査はひと段落したと言えよう。

 ネオ・ニューヨークの品のない街並みへ視線を向ける。高層ビルが乱立し、その足元では人間やビルが放出したスラッジが宙を舞い、空気をこれでもかと汚染していた。

 汚い街だ、けれどエネルギーに溢れている街でもある。今日もどこかで誰かが商談を成立させ、紙幣の扇子で自分の顔を仰いでいることだろう(ただの偏見)。

 私の元に少佐から通信が入る。


「何と言えばよいのか、何と言えばよいのか」


「素直に賛辞を送ってくださってもいいのですよ」


「誰がここまで踏み込めと言ったのか、是非とも指揮官の顔が見てみたい。──まあ冗談はこれぐらいにしてだな…サラン隊長、十分過ぎる成果だよ、十分過ぎるがね。誰が大統領選挙の結果にまで干渉しろと言ったのか…まあいい。ファーストの内政については把握した、君たちには引き続き調査を頼みたい」


「それはどのような?」


「地形調査、市場調査、民俗調査…と、様々だが、次の訪問先が決定するまでファーストに滞在してもらうことになる。その間にできるだけ調査を進めてくれ」


「分かりました」


「次の候補地はオブリ・ガーデンを予定している。──では、くれぐれもやり過ぎないように!」


 全然納得してないな少佐。

 通話を切り、もう一度ネオ・ニューヨークの街並みを見やる。建ち並ぶビルに釣られて空を見やり、二本の飛行機雲を見つけた。

 

(報告した方がいいのかな〜後回しでいいかな〜)


 その二本の飛行機雲は、互いが競い合うようにして伸びていた。





 サランはここを汚い街並みだと批判していたけど、僕は好きだ。多分、それはギーリもテクニカも同じ感想だと思う。

 空に走る二本の飛行機雲、一つは前に出て、もう一つはその後ろに付いている。きっとマンハッタンに拠点を構える星統航空基地の滑走路から飛び立った二機だろう。


(今日も勝てなかったのか…大丈夫だろうか、ストレスで死んだりしないかな)


 見上げていた視線を戻す、そこはネオ・ニューヨークの足元、摩天楼の地上部分であり、ここにも大勢の人たちで賑わっていた。

 み〜んなヘッドホンを装着し、グラス型の携帯端末を使用しているので同じに見える、違いがあるとすれば服装だけだ。全く見分けがつかない。

 車もフレームやホイールにネオンを取り入れてるのでまるでパレードのようだ、ここがテーマパークか何かだと錯覚してしまいそう。

 ネオ・ニューヨークの交差点で僕は待ち合わせをしていた、サランたちがお世話になったグガランナ・ファミリアのホシ・ヒイラギという人に街の案内をお願いしているのだ。

 その人はすぐにやって来た。


「失礼、あなたがクラカンタ?」


「あ、は──……」


「どうかされましたか?」


「あ、いえ…ぼ、僕がクラカンタです、どうぞよろしく」


「ええ、こちらこそ」


 あれ?この人、捕まってなかった?気のせいかな?


(気のせいと言えば気のせいのような…宇宙港で連れて行かれたように思うんだけど…似てるだけ?)


 念のために訊いてみた。


「まさか、僕は生まれてこの方この街を出たことがありませんから」


「そうですか…なら僕の気のせいですね!早速行きましょう!」


 交差点で合流した僕たちは北上し、この街一番の自然公園へ向かった。



 摩天楼の中に突如として現れた自然公園の中に、僕の目的地がある。サランのライブ行脚がひと段落した時、「調査もかねて行きたい」と伝えたところ、「一人は危ないから付き人を付けさせる」と言い、ヒイラギさんが案内してくれることになった。いや一人でも平気なんだけど。

 到着した自然公園は遠目から見たら普通の自然なのだが、近くに寄ってみれば偽物であることが一目で分かる。


「これ全部フェイクグリーンなんですね」


「手入れが面倒臭いからね、僕が生まれた時からここはそうだったよ」


 約三キロ平方メートルに及ぶフェイクグリーンの公園というのもなかなか圧巻である。

 永遠に歳を取らない梢枝の向こうに、ネオンに彩られたビルの森が垣間見える。この公園にも人がまあまあ散歩しており、そしてやっぱりグラス型端末とヘッドホンを装着していた。

 本物の自然はあるのかと訊ねると、「スラッジタウンの向こう側にある」と教えてくれた。ギーリとテクニカ、それからリンカーンが赴いている街の名前だ。


「それ良い名前じゃないですよね、スラッジってゴミのことですよね」


「その街には職業奴隷の人たちが住んでいるんだよ、皮肉と揶揄を込めて皆んなそう呼んでる。リンカーンの政策の一つに不自由撤廃法の解体が盛り込まれてるから、そのうちその街はなくなると思うよ」


「早くなくなると良いですね」


「そうだね」


 心がこもってないな?僕そういうの分かるんだぞ。

 フェイクグリーン公園の遊歩道を抜け、目的地が近付いてきた。偽物の森の中にそれは唐突にぽんと現れ、ゴシック建築の美を最大限に活かした堂々たる建物だった。

 名前をメトロポリタン総合博物館。


「こんな所に来るのは研究者か頭がイカれた芸術家ぐらいなものだけど、君はどっちかな?」


「どっちでもありません、仕事です」


「あ、ごめん…」


 嘘、ただの趣味でやって来ただけ。まあ、ここでの内容は後でまとめてサランにレポートを提出しないといけないので、仕事と言えば仕事である。

 総合博物館前のスロープには複数人が壁にもたれかかり、あるいは蹲り、ヘッドホンを装着した頭を振っている。見るからにヤバそう。迂回もできないので仕方なく前を通ると、


「〜〜!〜〜〜!!〜〜!」


 もの凄い勢いでこちらに近付き、フォトフレームを見せつけてきた。何を言っているのかさっぱり分からない、皮肉とかではなく、そもそも相手の発音すら聞き取れない。

 ヒイラギさんが胸に忍ばせていた拳銃を見せびらかしただけでさっと引き、また壁際へ寄って行った。


「え、まかさあの人たちが…?」


「そう、自称芸術家だよ」


「病院に連れて行ってあげた方が…」


「誰が治療費払うの?」


「…………」


 ここはそういう街らしい。

 無事(?)に入館できたメトロポリタンは、エントランスからとても開放的な所だった。

 外のゴシック建築とは打って変わり、中は近代建築にまとめられている。屋内なのにプールが設置され、その端っこに二つの銅像が置かれている。その銅像の下には見学者用のヘッドホンとグラス型端末が置かれており、ヒイラギさんが「あれには触らない方がいいよ」と教えてくれた。


「どうしてですか?」


「電子ドラッグが違法インストールされてるからね、ここを出た時には立派な薬物中毒者の仲間入りだよ」


 こっわ。

 それには手を付けず、柱のように大きな博物館の案内モニターの前で立ち止まる。どこに何があるのか、今のうちに写真を撮っておかないといけない。

 虹彩カメラを起動してパシャリ、ヒイラギさんがギョッとした顔付きになった。


「え?今の何?あ、君ももしかしてマキナだったりする?」


「いいえ、卵子と精子から生まれた立派な人の子ですよ」


「そ、そう…外の人は電脳化してるんだね…」


 ちょっと距離間を感じるけど気のせい気のせい。

 案内モニターから離れ、僕は早速一つ目の展示フロアを目指した。

 一つ目の展示フロアは、ファーストが今日まで歩んで来た産業全般に関するものだった。

 第一次(農耕とか、漁業とか)から第二次(自然界から得られた物を加工して成り立つ、建築業とか)、第三次(サービス業とか、そんな感じ)、そして最後に第四次(よく分かんない!)産業に関する展示物がずらりと並んでいた。

 第一次産業を代表する物として、農耕マシンが展示されていた。

 デカい、デカ過ぎる、ラグナカンの船内フロアでも収まりきらないだろう。

 二枚の飛行ファンを持ち、数十メートルに渡って伸びる二本のレール、そのレールにはギザギザした刃(僕の身長よりも高い!)が何枚も取り付けられている。

 そのマシンの名前はカルチベーター(格好良い!)。

 詳しい説明を読もうにも、丸型のバーコードしかなかった。

 暇そうにしていたヒイラギさんに訊ねてみれば、「諦めて」らしい。


「さっきの端末がないと読め込めない」


「ああ…ちなみにカルチベーターってなんですか?分かりますか?」


「土を耕す機械だよ、耕すと同時に雑草も取り除ける優れ物。コクピットの下にタンクがあるでしょ?あそこに雑草が溜まっていくんだよ」


「詳しいんですね」

 

「実家が農業やってるからね」


「へえ〜〜…え?ヒイラギさんってマザー・グガランナの付き人ですよね?根っからのマフィアなんじゃ…」


 第四次産業の展示物の前に立っていたヒイラギさんが、「二重の意味で違う」と手をぶんぶんと振った。


「ファミリアって要は会社で言うところの組合みたいなもので、違法な事は何もしてないよ。それと、僕はホシ・ヒイラギの名前を受け継いだだけで、マザー・グガランナの付き人というわけじゃない」


「名前を受け継いだ?何ですかそれ」


「僕の本名はルーカス・スミスって言うんだよ。何でも僕がそのホシ・ヒイラギっていう人に似ているらしくてね、それでマザー・グガランナの目に止まったんだ。それから僕は土に塗れていた手を洗ってマザーの手を取った」


「どうして?」


 ここはそういう街らしい。


「そりゃ給料が良いからね、毎日車が買えちゃうんだもん」


 過去の車の展示も行なっており、(名前を覚えたぞ!カルチベーター!)カルチベーターの奥にあった。


「え、タイヤが無い…タイヤが無いよこの車!」


「君ってマシンが好きなんだね」


 宙に浮いていやがる...いや、これはただのホログラム映像だ、でもタイヤが無い、ヴァルヴエンドの自動車産業ですらタイヤを手放したことは一度もなかったのに。

 セダンタイプのフレームを持つその車には、本来あるべきはずのタイヤが無く、代わりに排気ダクトのような四角形の筒がはめ込まれていた。

 これでどうやって走るのか知りたいが、生憎とこの展示物にも説明文はなく、あるのはバーコードのみ。


「電子ドラッグの危険性ってどれくらいですか?」


「ええ?!まさか着けるつもり?!」


「え、だって、それがないとこの車について詳しく調べられないし」


 待って待って!とヒイラギさんが慌て、ポケットに突っ込んでいたペラいグラス型端末を取り出して装着した。どうやら調べてくれるらしい。


「あ〜…どうやら磁石の要領で走るみたいだね…「磁石?「そう、昔の道路は地下に磁石を埋め込んで…あ〜…バッテリーを充電しつつ…あ〜…マグネットタンクで磁場を「もう貸して!自分で調べる!」


 ヒイラギさんからグラス型端末を引ったくって装着する。意外にも、インプラント通信と同じ遠近法が用いられており、文字化けや文字酔い、近視による酩酊感も感じなかった。

 展示されている車は"マグネット・ヴィークル"という名前を持ち、ヒイラギさんが言ったように磁石で車を浮かせて走る仕組みのようだ。

 僕がさらに知りたかったのは、何故こんな夢がある車が今は走っていないのか、という事だ。

 何でも、マグネット・ヴィークルが交通事故を起こした場合、マグネットタンクに内蔵されている磁場発生装置が周囲の電子機器に悪影響を与えるらしいのだ。その場合、一次被害における自動車事故よりも、二次被害による大規模な電子機器の強制損壊が問題になったらしい。

 それから時を経て、バッテリー駆動式のエンジンに四本タイヤという、マストな形に落ち着いたようである。


(え〜空飛ぶ車の方が夢あるのに〜)


 その後、第三次(脳味噌に電極を刺したイカれた展示物だったので割愛)、第四次(ただの生き物標本博覧会だったので割愛)を見学して回り、産業の歴史フロアを後にした。





 閉じ込められて大草原。

 

(いやまあ、無理もないか…私は今やリンカーンお墨付きの歌姫なんだもの…下手の所でライブされたくないんだろう…暇〜)


 けれど、こうしてベッドの上で寝転がるだけの時間を過ごすのは、大変久しぶりのことである。

 案内された場所は、リンカーンとそのお付きの人間にしか宿泊できない専用のホテルであり、私はそのスウィートルームにぶち込まれていた。

 シリウスことリンカーンからも、「勝手な外出は控えるように!」と厳命されており、そして私も来訪初日から散々好き勝手にやったので、誰も助けてくれなかった。

 まあいい。今はうんとリラックスしておこう。

 素晴らしいベッドでごろごろしていると、クルルからメッセージを貰った。


サラン:なにこれ


クルル:博物館のレポート


サラン:バーコードだらけで分かりません


クルル:仕方がないよ、だってバーコードしかなかったんだもの


サラン:見学した所感を文字に起こして


クルル:めんどくさい


サラン:クルルのレポートにもお金がかかっているのです、真面目にやりなさい


クルル:そういう自分はラグナカンを勝手に質屋に入れてお金に替えたくせに!


クルル:人のこと天才船長って言っておきながら!


クルル:ラグナカンに値段を付けられたあの悲しみは一生忘れないからね!


サラン:分かった分かった


クルル:ふん!


クルル:イーオンからメッセージはあった?


サラン:ない


クルル:あ〜


 なんだ、あ〜って。

 その後クルルからメッセージはなく、代わりにギーリからメッセージが飛んできた。


ギーリ:終わりました


ギーリ:現在後片付け中です


(くっそ真面目)


サラン:お疲れ様でした


サラン:街の様子をレポートに起こして報告お願いします


ギーリ:分かりました


サラン:復興支援という名目で別途報奨金が支払われます


サラン:内容は細かければ細かいほど上乗せされます


ギーリ:分かりました


「真面目過ぎる、ほんとにギーリ?」


 私の疑念がギーリに届いたのか、プライベートの内容が送られてきた。でも敬語。


ギーリ:イーオンから連絡はありましたか?


サラン:ありません


ギーリ:あ〜


 だからなんだ、あ〜って。





 サランへ哀れみを込めたメッセージを送信したあと、スラッジタウンというひどい名前の街の広場から空を仰ぎ見る。ちょうど二本の飛行機雲が東から西へ伸びており、そのうち一本が急にぐにゃぐにゃと蛇行し出した。


(あーあれ癇癪起こしたな、絶対。勝てないからって拗ねるなんて、まだまだ子供だな〜)


 いや私と歳変わんないんだけどね?

 首を戻し、一通り片付けが終わった広場を見渡す。

 家の瓦礫から、投げ込まれた火炎瓶の破片やら、とかくひどい。幸いにも死者は出ていないようで、それだけが救いだとシリウスじいが安堵したように言っていた。

 ゼウス・ファミリアを仰ぎ見るスーミー信者たちの報復だ。サランの地獄ライブ(作曲からバックコーラスまでさせるか普通?)に嫉妬した輩が、シリウスじいの故郷であるこの街に火炎瓶を放った。

 なす術もなかったという、街の人たちは子供や老人をとにかく逃し、若者を中心に馬鹿たれスーミーたちを撃退したらしい。

 すぐに報復行動は収束したが、投げ込まれた火炎瓶のせいで火の手が回り、消化活動に時間がかかってしまったようだ。

 "スラッジ"なんて揶揄されているが、"コモンズ"という立派な名前を持つこの街はどこも汚れた雰囲気はない。むしろネオの方が汚れているだろう、この街に来るまであの摩天楼にときめいたが、この街の惨状を知って一発で嫌いになった。

 シリウスじいはまだ作業を続けている、工事用の一輪台車にゴミやら何やら放り込み、リンカーンの特権で呼びつけたトラックまで運んでいた。


「シリウスじい、休みなよ」


「──ん?ああ、そうだな。これが終わったら休むとするさ」


「いやそれ何回目?自分がリンカーンだって分かってる?」


「…………」


 あれは駄目だ、作業に没頭するタイプ、多分誰に何を言われても耳に入らない、私がそうだし。

 もうむしろそれ趣味だろと言わんばかりに作業に勤しむシリウスじいを置いて、私はティーキィーの元へ向かった。

 広場から道路が伸び、その道路に庭付きの大きな家屋が並んでいる。道路には等間隔に街路樹が置かれ、所々焼け落ちたりしてしまっているが、THE・ベッドタウンという風情が滲み出ていた。


(ネオの輩は案外この風景を羨ましく思って揶揄ってんのかも。どっちにしたってクソだわ)


 広場から一番近い家屋の扉を遠慮なく開ける、だってここにティーキィーがいるし、廊下の奥にあるリビングから子供たちの賑やかな声が届いてくる。

 そう、子供だ、当たり前の話だが、ファーストでは子供と大人が普通に暮らしている。私たちはそうではない。

 廊下を渡ってリビングに顔を出す。町の子供たちとティーキィーは私に気付いていない。

 

「男なのに女っぽ〜い!変なの〜!」


「変じゃないよ、私たちの街はこれが普通なの」


「ほんとに〜?お姉さんの街ってどこにあるの?」


「ここからう〜んと遠い所にあるよ、来てみたい?」


 行きた〜い!と子供たちが声を揃えた。

 あの子たちはただ単に預かっているだけ、あの子たちの家は現在修理中なので、一旦この家に避難させていた。

 そしてティーキィーは子供の面倒見役を買って出ていた。

 そう、ティーキィーは大変な子供好きなのである。

 ティーキィーの知人たちは子供好きだと聞くとすぐに通報したがるが、そういうヘンな趣味はない、純粋に子供のことが好きなのである。

 本当に嬉しそうにしながらティーキィーが子供たちとお喋りを楽しんでいる。私はバレないよう遠目から眺め、普段は絶対に見せない笑顔を見せているティーキィーを微笑ましく思った。

 ティーキィーが急に顔を隠したので何事かと思った。メッセージだ、きっと子供たちを驚かせたくなかったのだろう。


ティーキィー:ここに住む


ギーリ:駄目


ティーキィー:別に私いらなくね?ギーリだけで十分じゃね?


ギーリ:駄目


ティーキィー:無念w


ギーリ:何故笑う


 顔を隠したティーキィーを不思議に思い、子供たちが「大丈夫〜?」と心配をしていた、それが堪らなく嬉しかったのだろう、多分タイプミスだな。

 ティーキィー栄養補給を済ませた私は、再び家を出てシリウスじいの元へ向かった。いい加減止めさせないと倒れてしまいかねない。

 家を出て来た道を戻ると、この町を預かっているらしい青年町長とシリウスじいが何やら話をしていた。


(ま〜あっちも嬉しそうな顔しちゃって)


 遠くから見ているだけなので、何を話しているのか分からない。けれど、シリウスじいは袖口を目元に当て、青年町長も申し訳なさそうな笑顔でシリウスじいにハグしていた。

 良きかな、良きかな。人の笑顔は大変貴重なものである。どんな宝よりも優れたり。





ギーリ:笑顔〜〜〜良き!!


「は?」


 急に何?何このメッセージ。


サラン:このメッセージは何ですか?


ギーリ:人の笑顔は金に替えちゃいけないんだよ!


ギーリ:街の笑顔が私の報奨金さ!


ギーリ:という事なんでレポートの提出を拒否します


サラン:いや駄目です、レポートの提出は義務です


ギーリ:無念w


「何故笑う。──まあいいや、それ言われたらこっちが悪者になっちゃう」


サラン:何でもいいから適当に書いて


ギーリ:分かりました


「いやもう急に敬語。息が合わない…」


 ベッドに寝転がるのも飽きていたので、見晴らしが良い窓際に貝殻のふたみたいなソファを移動させ、溜まっていた動画を消化している時にギーリから連絡が来た。

 その間にクルルから博物館のレポート(まるで文豪のようであった)を貰ったので、まとめて少佐へ送り付ける。


サラン:[文書ファイルを添付しました]


サラン:[文書ファイルを添付しました]


コンキリオ:クルル操縦士のレポートは受け付けた


コンキリオ:ギーリ副隊長の物は?ただのメッセージのやり取りに見えるが?


サラン:メッセージの通りです、笑顔をお金に替えたくないと報告が上がっています


コンキリオ:君たちの調査は既に本部にも報告してある、そのような私的理由による提出拒否は認められない


サラン:無念w


コンキリオ:?


コンキリオ:サラン隊長、ふざけている?


サラン:すみません


コンキリオ:レポートの期日まで時間はある、副隊長とよく面談して提出してもらうように


コンキリオ:それからイーオン飛行士はどうなっている?星統航空のマンハッタン基地へ視察へ行っていたね?まだレポートが提出されていない


サラン:あ〜


コンキリオ:なんだ、あ〜って


 空を見上げ、二本の飛行機雲が四本に増えているのを確認した。きっと現地パイロットとの飛行訓練を終えて戻って来たのだ。

 今日はレポートを貰えるだろうか、私も好き勝手やった身なので、好き勝手にする飛行士に強く言えないでいた。

 まあそのうち来るだろうとたかを括り、停止させていた動画を再び見始めた。





 ファーストという国は過去において空飛ぶ車という夢を叶え、けれど実用的な面において抱えた問題をクリアできず、マグネット・ヴィークルは過去の遺物となった。

 しかし、磁場発生装置は航空業界においてその真価を発揮し、その真価は戦闘機にも流用されていた。

 空を見上げ、二機の帰還を待っていた私の元にインプラント通信が入る。


「ゴエティア、もうすぐ到着する」


「報告しなくても分かる」


「あいつが帰ってきたみたいだ」


「それは何より」


 そうこうしているうちに二機、Fm-22ラプター・ウールがマンハッタン基地の上空に帰還した。

 滑走路脇の格納庫にいてもエンジン音が良く届く、果物をチタンナイフで軽やかに裂くようなタービン音、それから機体後部に設置された湾曲状磁場発生装置が奏でる電子音、まるでドラムで四つ打ちするようなリズムだ。

 まずは私のパートナーであるグレイル・オールドマンが搭乗するラプター・ウールが垂直着陸し、その後に不細工な着陸を決めたのがミトコンドリアのパイロット、イーオンだった。

 今日も彼女は彼に負けたようだ。着陸してもすぐにコクピットハッチを開けようとしない、きっと悔しがっているのだ。

 面倒見が良くて男前でそのくせ女の前では緊張するグレイルが、イーオンのラプター・ウールへ駆け寄る。移動式タラップを駆け上がり、外からハッチを開けていた。


「あ〜らら、ほんと女心ってものが分かっていないな〜ウールの扱いは上手なのに」


 イーオンがコクピットからヘルメットをグレイルに向かって投げつけていた。その一つで自家用車が数台は買える高価なヘルメットが滑走路に落ち、辺りにいた整備士たちは悲鳴を上げていた、これで三個目だ、そろそろ誰かの首が飛ぶかもしれない。

 イーオンがコクピットから出てきた、甲斐甲斐しく話しかけているグレイルは全無視、目元を真っ赤に晴らしたままタラップを駆け下り、手を振って挨拶をしている私も無視して格納庫へ駆けて行った。


「グレイル、少しぐらい手を抜いてあげて、このままじゃ整備士の首が飛んじゃう」


「手を抜くなって言ったのはあの子だぞ?!俺が悪いって言うのか?!」


「いいから、早く追いかけてあげて」


「分かってる!全く手の焼ける…」


 そうは言うが、グレイルの閉ざされた口は嬉しそうに上がっていた。

 良く晴れた日だ、空も青い、そして彼も嬉しそうにしている。本当に良い日だ。



 あれだけ泣いてキレてヘルメットに八つ当たりしていたのに、イーオンは基地のブリーフィングルームでグレイルから真剣な様子で講義を受けていた。

 ブリーフィングルームの電子板には幾重にも線が書かれ、ラプター・ウールの躯体構図も描かれ、イーオンは食いるようにして電子板を見つめている。

 その様子をブリーフィングルームの外から眺める。グレイルも真剣そのものだ、基地の女性隊員の股を勝手に濡らしているその甘いマスクも、今はイーオンにだけ向けられていた。きっとあの子のことしか見えていないのだろう。

 入り口にもたれかかって眺めていた私の元へ、眦を吊り上げて駆けて来る男が現れた。彼はこの基地の整備士長を務めている、何を言われるかは一目瞭然だった。


「ゴエティア!!「分かった分かった「これで三個目だぞ?!航空ヘルメットがどれだけ高いのか知っているのか?!「分かったってば「俺だって高級車の契約書に自分の名前を書きたいさ!それが何だ?!修理依頼書に三回も自分の名前を書いたんだぞ?!「分かった分かった、私の方からも言っておくから、ね?次やったら基地から追い出すか──「次もあるのか?!次もウールに乗せるっていうのか?!」


 整備士長が信じられないとオーバーアクションをし、私に中指を突き立ててから去って行った。

 あれだけ大声で怒鳴っていたというのに、二人は今も真剣に講義中だ、全くもって素晴らしい集中力である。

 あの子がこの基地にやって来たのはミトコンドリアが来訪した次の日の朝、つまり速攻ということである。

 この国の機体を見せてほしい、という彼女に基地司令官は「う〜ん…」となり、対応に困っていたところへ私が介入させてもらった(イスカルガからの依頼でもあったし)。

 あの子に基地を案内してやると、それはそれは楽しそうにしながら、けれど一切お喋りせず真剣な目つきで見て回っていた。

 格納庫へ案内し、そこで彼と会わせてやった。

 それからあとはもう二人だけの世界って感じ。

 異郷の地でパイロットをしているとは言え、さすがにいきなりラプター・ウールに搭乗させるのは頭がクレイジーという判断になるも、本人が強く希望したので「私が責任取るから」と私が言って乗せてやった。

 結果として、イーオン・ユリア・メリアは天才だった。私たちの心配を他所に現役パイロット顔負けの飛行を見せ、司令官も「う〜ん…」と唸らせるほどだった。

 しかし、残念なことにこの基地には彼がいた。

 歴代随一の腕前を持つグレイル・オールドマンその人。私のパートナーということもあり、ハーフマキナではあるが、それを除いたとしても彼は超一流のパイロットだった。

 惨敗した、「あいつは天才だぜ!ヒャッハー!」と絶賛していた整備士たちも同情するほどに、イーオンはグレイルにパイロットとしての腕で負けていた、完膚なきまでに。

 それが堪らなく悔しかったのだろう、「一回だけだからね?」という私の忠告を無視し、「う〜ん…」しか言わなくなった司令官を尻目にイーオンが勝手にグレイルの弟子化、そして今日三回目の実戦訓練兼雪辱戦、結果はごらんの通り、私が整備士長にキレられる羽目になった。

 そろそろ止めさせないといけない。けれど、楽しそうに、嬉しそうにしている彼を見ているとなかなか言い出させずにいた。

 

「…………」


 ブリーフィングルームで講義をしていた二人が席を立ち、グレイルが「ご飯にしよう」と言って食堂へ連れて行った。私はその跡を追いかけ、二人を後ろから見守る。

 保護者のように二人の後ろを付いて回る私の元へインプラント通信が入った。()からだった。


「街の様子は?」


「大きな問題は起きていないよ、心配し過ぎ」


「そうだな、少し疲れた。迷惑をかけるがしばらく頼む」


「はいはい、お休み」


 会話はそれっきりだ、()は昔からそうだった。多くを語らず行動で示す、それが星の名を冠する者の使命であるかのように。

 二人に続いて食堂に入り、入り口に近い位置にあるテーブルに着いて眺める。グレイルとイーオンは料理を選ばす、ここに来てもまだ真剣に話し合っている様子だった。


「………ん?」


 そのイーオンがくるっとこっちに振り向き、私に向かって手招きした、どうやら跡を付けていたことがバレていたらしい。

 呼ばれた私はほいほいと駆けて行く。


「どうかしたの?」


「ゴエティアさんも一緒に、さっきはすみませんでした」


 一瞬何のことだか理解できず、ああ、と合点がいった。私の挨拶を無視ったことを気にかけていたのだ。


「別に私のことはいい。それよりもヘルメットを粗末に扱わないように、整備士長がガチギレしてたよ」


「あ、すみません…」


「あ〜まあ、そのね、何というか…」


「?」


 イーオンが首を傾げる。言いたくないけど言わないといけない。


「イーオンはいつまでここにいるつもり?」


「いつまでって…」


「君、ここの隊員じゃないでしょ?私の我が儘で滞在が許可されてるけど、そんなに長居をしても良いってわけでもないんだ」


 イーオンがあっと、私の言わんとしていることを理解したらしい。

 そこへグレイルが割って入った。まあ、そうだろうなとは思っていた。


「ゴエティア、今から飯って時にそんな悲しい話をするなよ、この子もせっかくこの基地に馴染んできたところなのに」


「馴染んでどうする、この子は客人、仲間じゃないよ」


「そりゃそうだが…」


 二人揃ってしゅん...としてしまい、困った私はこう言わざるを得なかった。


「ああもう!イーオンがグレイルより上達するまでだからね!」


「え?それって実質的無期限ってことじゃないか」


「え?グレイルさん?それってどういう意味なんですか?」


「そのままの意味だが?お前に俺は超えられない」


「はあ〜?さっきはあと少しだったじゃないですか」


「そのあと少しの差が永遠に縮まらないんだよ」


「はあ〜〜〜?!」


「昼からもう一回飛ぶか?俺はいつでもいいぜ」


「望むところ!」


「そうとなりゃ腹ごしらえだな!美味いもんたらふく食っとけよ!」


「子供扱いしないで!」


 と、二人が盛り上がりを見せてカウンターの方へ向かって行った。結局私は一人である。

 その後、整備士たちに本日二回目のフライトを伝えに行くと、それはそれは天を仰がれ、中には首が落ちませんようにと祈りを捧げる者さえいた。





 動画消化タイムを終え、そろそろベッドが恋しくなったので席を立った時、再び空に二本の飛行機雲が走った。


(そろそろレポートを…でも強く言えない…)


 一度上げた腰をもう一度下ろし、腕を組んでうんうんと考える。このまま好き勝手にさせるか、それとも隊長権限でガツン!と言うか。それかもしくは、リンカーンを連れて私も視察へ出かけるのも良いかもしれない。そうすれば、さすがの我らが儘飛行士も目が覚めるかも。

 リンカーンへメッセージを飛ばす。


サラン:親愛なるリンカーンへ、私もマンハッタン航空基地へ視察に行きたいです


シリウス:駄目


サラン:私の隊員が視察へ出かけており、ラプター・ウールにあまりに夢中になっているため連れ戻す必要があります


シリウス:駄目


サラン:なら、この素晴らしいホテルのエントランスでライブをするのはどうでしょうか?きっとホテルの従業員たちも喜んでくれるはずです


シリウス:駄目


サラン:無念w


シリウス:冴えたジョークを言えるだけの元気があるなら、まだまだ部屋に閉じ込めておいても問題はなさそうだ


シリウス:君の外出を禁止していたのにも理由がある、ファースト議会塔主からそろそろ謁見を申し込まれるはずだ


サラン:議会塔主?


シリウス:謁見というより瞬間移動に近いがね


サラン:その方のお名前は?


シリウス:プログラム・ファーザーだ


 メッセージのやり取りに集中していたため、背後から漂う気配に気付くのが遅れてしまった。

 ばっ!と背後を振り向けば、寝室の入り口に見知らぬ青年が立っていた。


「ああ?!」


「ああ?!」


 二人同時に叫ぶ。いや何故そっちが叫ぶ?私は自分の姿を見下ろし、もう一度叫んだ。



「す、すみませんでした…」


「い、いえ、こちらこそ…粗末なものを見せてしまって…」


「い、いえそんな…絵画からヴィーナスが出て来たのかと…い、いえ!セクハラとかではなくてですね…」


 プログラム・ガイアはテンペスト・シリンダーを総合的に統括する存在であり、どちらかと言えば性別設定は女性が多い。けれど、ファーストにおけるプログラム・ガイアは男性、それも外見は私とそう歳が変わらないように見える青年だった。

 ファーストでは『ファーザー』という名称が付けられている青年は、私の裸を見てしまったため、顔を真っ赤に染め上げていた。

 薄い金の髪をツンツンヘアーにし、いかにも誠実そうな目つきをしているファーザーが、来訪した目的を話してくれた。


「挨拶が遅れてしまって申し訳ない、大統領選ということもあって露出を控えていたんだ」


「それは何故?」


「ベガ・アルタイルの前任が私だったからね、要らぬ混乱を招きたくなかった。それで大統領選も終わって、ヴァルヴエンドからの来訪者をもてなそうとお邪魔させてもらった」


「は、はあ…できればそういった事は事前に連絡をしていただけると…リンカーンもあなたの訪問はまるで瞬間移動のようだと仰っていましたよ」


「うん、ちょっと多忙の身でね、ようやく時間を捻出できたんだ。──この国はどうだろう?」


 ファーザーが私に訊ねてくる、その目に何ら他意はなく、純粋に評価を気にしているようだ。


「汚いですね「う、う〜ん…そういう事ではなく…「それからエネルギーに溢れています、良いも悪いも前向きで、意欲的で、私の街にはない活気があります」


「そうか…まだ私たちの国は勝負できるというのだね」


「そこで勝負という言葉が出てくるあたり、たいして評価など気にしていないのでは?」


 ファーザーが「そんな事はない」と歯に噛む笑顔で言う。


「この国は今も昔も前を行く存在だ、世界を牽引するその誇り高き意志とエネルギーは西暦の時代から変わっていない、だからこのテンペスト・シリンダーの名前もファーストなんだ」


「なるほど、言い得て妙ですね」


「──それで」と、ファーザーが少しだけ距離を縮めてくる。


「君たちにお願いがある、これからする話は議会にもヴァルヴエンドにも通していない事だ、私は君たちに貸しを作りたいと考えている」


「それはどのような?」


 ファーザーが言う。


「賊を追い払ってもらいたい」

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