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Cell.6 北欧に届け!私たちの歌!




 せめてもの〜【副詞】

 まったく十分ではないができる限り尽くす

 (せめてもの償い)また、まったく十分ではな    

 いがこれはこれで良しとするべき(せめても 

 の救い)という意味合いがある。

 名詞を装飾する品詞の一つ。

 



 その作曲科に在籍する生徒の名前はすぐに分かった。アカデミー内で作られているグループメッセージのやり取りから、その名前を取得することができた。

 その生徒は講義中、いきなり担任に呼び出され、そしてそのまま帰って来なかったそうだ。何かのホラー小説のような姿の消し方だ。

 その後、不審に思ったその生徒の友人らが教員室へ赴き事情を訊ねても、「君たちには関係無い」と一点張りで教えてもらうことができず、クラスに帰って来てみれば綺麗さっぱり、その生徒の荷物も姿を消していた。何かのホラー小説だろうか。

 視界の下から上へスクロールさせ、他に有益な情報がないかもう一度検める。何度かヨーコからメッセージをもらったが、返信せずに放置した。

 画面を立ち上げたまま意識を外に向け、体を預けていたデスクチェアから立ち上がる。この辺りでは一般的な単身向けの部屋が、メッセージアプリの画面越しに見えた。

 床に置いた荷物を踏まないよう注意しながらキッチンへ向い、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。封を開けたところで画面に「ながら操作は大変危険です」という警告が現れ、デスクチェアに戻った時には勝手に画面が落とされていた。

 もう一度画面を立ち上げる、けれどメッセージアプリを起動する気にはなれなかった。


(ビーと一緒だ…教員室へ連れて行かれた後はそのまま行方知れず…まさかうちのアカデミーにボーンコレクターがいるんじゃなかろうか)


 メッセージアプリの次は検索エンジンを起動させ、視界の中央にホーム画面が表示された。

 あのアルターという人が言っていた軍の組織名を入力してみる。検索結果はゼロ件、ただ、こんな記事を見つけることができた。


『謎のグループが宇宙船を探し回っている?特別捜査班と名乗る人物がうちに来た件について湯気生えたので報告する』


(なんだこれ)


 記事を掲載しているサイトページへアクセスし、そのサイトを運営している店のマスコットキャラクターが視界の中を走り回った。邪魔。

 その記事には、アルターという人と同様に特別捜査班を名乗る二人組が来店し、まるでこちらが悪者かのようにあれこれと質問された、と怒りを多分に含みながらつらつらと書かれていた。

 これはただの日記だ、他の記事には新しい商品を入荷したとか、商品レビューとか、そんな感じの記事しかなかった。

 残念に思ったが、面白いことにこの店の位置情報とヨーコから送られて来た画像の位置情報が見事に一致した。

 画像に映っていたのはコスプレをした人だ、その人をトリミングして画像検索にかけてみる。

 さらに面白いことに、その人を盗撮したと思しき画像が雪崩となって表示された。結構有名人のようだ。

 中にはその人を盗撮した動画もあった、投稿者は「おもろいひと見つけたw」というタイトルで投稿しており、再生数も結構高い。

 私も本来の目的を忘れて興味本意に再生してみる、ライブ会場でもないのにコスプレして歩き回るだなんて、ビーよりよっぽど不審者だ。

 動画の撮影場所はウエストターミナル前、その人がターミナル側からショップストリートへ向かって走っており、「女だと思っていたのに〜!」と謎に叫んでいる。それから、その人の跡を...姉妹?かな、大人一人と子供一人が追いかけていた。


「なんだこれ。こんな人も下層にいるのか…」


 この人が宇宙船を探し回っている人?それに宇宙船って何?

 検索バナーに宇宙船と入力する、検索結果は数える必要もないだろう、ずらずらと出てくるがそのどれもが映画であったりゲームであったり、サブカルチャーの類いばかりだった。

 限界かな、これ以上調べても新しい情報は手に入りそうにはない。ただ、私の周りで何かが起こっていることは明白で、それはアカデミーだけではないという事も分かった。

 持ってきたペットボトルに口を付ける、少しだけぬるい水が喉を通り、渇きを潤した。

 

「──ん?」


 インターホンだ。もしかしたらヨーコかもしれない、さっきのメッセージは私の家に来るという事前の連絡だったのだろう。

 さすがに家にまで足を運んでくれたのに邪険にはできない。床に置いたスクールバック(何も入っていないただの飾りだが)を避け、キッチンを通り過ぎて扉のロックを解除する。

 しまったと思った時にはもう遅い、扉が勢いよく開き、そこに立っていたのはヨーコではなかった。


「失礼させてもらう、なに、俺は未成年に手は出さない主義でね、安心してくれて結構」


「…………………」


「ヒュー・モンローだ、どうぞよろしく、サーフィヤ・タクスン」


「…………………」


「これでもお尋ね者でね、家に上げてくれないか?大事な話がしたいんだ──いやなに!口説こうってわけではない、君は確かに未成年にしては大人びていて美しいが俺のポリシーに反する」


「…………………」


「君、ちょっと不用心に過ぎないか?特別捜査班や宇宙船、それに俺のことも検索にかけただろ、全部筒抜けだ」


「…………………」


「だからこうして先にお迎えに──おっと、誰か来たようだな…すまない!「──?!「本当にすまない!これで胸や太腿に手が触れてもああそうさ仕方がない!俺のポリシーにも反しない!家に上がらせてもらうぞ!──ああ未成熟の果実の香りが鼻に──「止まれ!!こんな所で何をしている!!「そおらやって来たぞ!この軍の犬めが!いつかお前もこの俺が相手にしてやろう!「止まれと言っている!その子を置いていけ!「この部屋の弁償代はあいつに請求してくれよ!これでも人助けのつもりなんだ!」


 窓ガラスが割れる音、途端に吹き込む強い風、どうやらベランダに出たらしい、という認識の後、体が宙に浮いて──。





「ヒューがついに未成年を攫ったらしい。どうする?」


「きゃわ〜〜〜!!!!」


「姉御…せめてその報告はガングニールがいないところで…この子壊れますよ」


「もう壊れてる「勝手にオシャカにするな!え?!なんで?!なんで攫ったんだ?!」


「知らん、性欲を持て余すとそうなってしまうんだろう。で、どうする?もうさすがに無視するか?」


「ナツメ!一応オレのパートナーだぞ!無視するとか言うなよ!」


「でもお前も別れたがってただろ?私たちになんの相談もしないで未成年を攫ったんだぞ?こっちだってこれから忙しいってのに」


「──それもそうだな、うん、もういいや、ヒューのことは忘れよう「ガングニール!諦めたたら駄目ですよ!「いや、もういいんだよ、疲れた「そうですか、ならいいです「いいのかよ」


「厄介なのはやっぱりこいつらか」


「私の方で対処します」


「分かった、よろしく頼む。マリサたちが戻って来たらお前の下に付かせろ」


「分かりました。お気を付けて」





「………….」


「ほら、君がここにいても仕方がないよ、心配なのは分かるけど帰ってくれ、作業の邪魔だ」


 ビーの言葉を借りるなら、


「世の中くそ〜〜〜!!!「──っ?!うるさいだろ!!さっさと帰れ!!」


 感じが悪い警察の人の声を背に受けながら、サっちゃんの家を後にした。



 私は嫌いである、伝説の歌姫と言われたミーティア・グランデのことが。私にとっては比較の対象であり、そしていつも私が劣っていると判断される。

 そうやって、ずっとミーティア・グランデと比べられながら生きてきた。この髪も、この恵まれた声も、全部伝説の歌姫の劣化版と言われて生きてきた。だから嫌いだ。

 でも、ビーとサっちゃんは比較しない、私をアルナン・ヨーコとして見てくれた。ビーはお喋りでガサツで、サっちゃんは面倒見が良くて卑屈な所があって、私も元気だけどよく回りから「少しぐらい謝ったら?」と言われる。そんな事はない。たまに謝るよ?

 そんな大事な二人がたった一日で姿を消してしまった。信じられない、こんな事があっていいの?いいはずがない、私はもうミーティア・グランデと比べられたくない。

 サっちゃんのマンション前には警察の車や、それに釣られてやって来た人だかりができている。好奇心しかない無慈悲な目はマンションや警察へ向けられ、誰も私に注意を向けてこない。これ幸いと人だかりから抜けて、来た道を引き返す。


(あれだけメッセージ送ったのに!どうして無視するの!こんな事になるなら私に助けを求めたら良かったのに!)


 気が付いた時には走り出していた、通りを抜けてショップストリートへ駆け込む。道行く人が迷惑そうに、あるいはさっき見た好奇心を宿した視線をこっちに向けてきた。何見てるんだ!お金取るぞ!

 ストリートの途中まで走り抜け、急に嫌気が差したので立ち止まる。辺りはレコード店ばかりの音楽通りで、私と同じ歌唱候補生やプロ、アマチュア問わず音楽活動をしている人で溢れ返っていた。

 その時になってようやく、サっちゃんからメッセージが入っていることに気付き、道の隅へ移動しながらそのメッセージを開いた。


「!!」


サっちゃん:ロボット!ロボッ


 送信されたのはついさっき、ほんのさっき前、メッセージは途中で誰かに邪魔をされてしまったように途切れ、それだけだった。

 ロボットと言えば、私が撮ったあの写真だ、あのロボットがサっちゃんの家にまで来たのだ。

 ベランダの窓ガラスは割られ、その下に位置する道路が少しだけ窪んでいた。警察は意味が分からないと口々にしながら、それでも捜査をしていたが...あのロボットがサっちゃんを連れて行ったのだ。

 でもどうして?どうしてサっちゃんを攫うの?

 サっちゃんはビーと作曲科の生徒について調べると言っていた、そしてきっと何かを掴んだのだ、だからロボットに連れて行かれてしまった。

 うん、きっとそう、確証はないけどそんな感じのはずだ。

 

(あのロボットを探そう!あんな目立つんだからすぐに見つかるはず!)


 私はそのまま聞き込み調査に切り替え、ショップストリートを行く人々に訊ねて回った。

 結果は黒。コスプレした人が生徒を抱えて走って行ったと教えてくれた。

 けれど、その方角がものの見事に別れたのだ。サマク方面だと言う人もいれば、ターミナル方面だと言う人もいる、中にはこのストリートの中を駆けて行ったという人もいた。

 分からない、これでは探しようがない。


(うう〜ん…どうしたら…というかどういう手品で…分身の術?──ああ、そうか、ロボットは私たちの事を知っているんだ)


 インプラント通信は画面を網膜に表示させて使用する、ながら操作なんて皆んなやってる、その警告を消すアプリだって無料でインストールすることができる。

 そのロボットはきっと自分の体ではなくネットに仕掛けを作ったのだ、自分の体を視認した人の画面に誤表示させるかなんかして、行方を追わせないようにした。

 人の目は当てにならないと判断した私は来た道を引き返し、サっちゃんの家を目指すも──二人組の大人に通せんぼされてしまった。

 たまたまぶつかったのではない。


「失礼、君、アルナン・ヨーコだね?」


「だったら何ですか!今急いでいますので!」


「サーフィヤ・タクスンのことなら俺たちに、君はもう関わらない方がいい」


「はあ?!」


 二人が顔を顰める、そんなに大きな声は出してないよ!


「だから、君のお友達は俺たちが救出するから、君は自分の家に帰りなさい」


「そうやってビーのことも連れ去ったんでしょ!ビスヘム・グレンダ!私の大事な友達を!」


 大人が途端に慌て始めた、それ見たことか!やっぱりそうだった!


「俺たちは決して──「怪しくないって本気で言ってるの?!アカデミーの先生でもないのに私のこと知ってるし!サっちゃんが連れ去られたのも知ってるし!あなたたちも特別捜査班とかいう人たちなんでしょ?!」


 ここはストリートの中心、道行く人が何事かと私たちに視線を向け、期待通りに写真や動画を撮影してくれている、目がぴか〜!と点灯しているのがその証だ。

 二人はさらに慌てた、馬鹿なの?こんな通りで声をかけてくる方が間抜けなんだよ!


「いい加減にしろ!」と、その人が私の腕を掴んできた、とても痛い、優しさなんてまるでない。

 そして、さらにその人の腕を掴む人が現れた。ビーと一緒にアカデミーへやって来たアルターという人だった。


「君たちこそいい加減にしろ、生徒に乱暴を働くなんて大人の風上にも置けない。この子は私が保護するから君たちは行きたまえ」


「………………」


「行けと言っているのが聞こえないのかあ!!」


「っ?!」


 声でっか、こっわ...まるで鬼教官みたい...

 アルターさんの雷みたいな怒鳴り声に二人がさっと離れて行き、そして私もさっと腕を取られて再び道の隅へ移動させられた。

 さっきはあんな怒声を放ったというのに、私を見るアルターさんの目には優しさが灯っていた。


「驚かせてしまったようですまない、これでもつい最近まで教官をしていてね、叱責は日常茶飯事だったんだよ」


「や、やっぱり…そうかなって──いや!そんな事よりもビーは?!あなたが連行したんですよね?!」


「そうだよ、私が連れて行った」


「どうしてですか!ビーが何か悪いことをしたんですか?!困っていた人を家に泊めてあげただけじゃないですか!」


「それがいけなかったんだよ。──君、私がここで手を離しても諦めるつもりがないね?」


「ないです!当たり前です!」


「聞きたい?聞けば君も二人の元へ行けるけど、聞いたらここには二度と戻って来れないよ」


「………………」


「それぐらいの相手を君の友達は家に泊めて、もう一人の友達はそれを調べようとしていた。私が止めに入ろうとしたけど…一歩遅かった、君も知っているあのロボットが連れて行ったんだよ」


「ビーは…ビーは、今どこにいるんですか?」


「それについては──いや、いいか、さすがに可哀想だ」と、アルターさんが独り言を言い、「アカデミーの学生寮だよ、処遇が決まるまでそこに滞在してもらっている。特別に何か処罰するとか、そういう事は絶対に無いから安心してほしい。ただ…」


「もう、二度と活動できないんですね、リ・ホープとして──ううん、歌姫として」


「……………」


 アルターさんの無言の返事が何より残酷に思え、何より理不尽に思えた。


「……分かりました、教えてください、どうしてこんな事になったのか。私の居場所はリ・ホープだけです、そのリ・ホープがなくなってしまうのならこんな所に興味はありません」


 アルターさんが「こいつガチかよ」みたいな顔になった、きっと訊いてこないと踏んでの脅しだったのだろう。


「……分かった。ビスヘム・グレンダが泊めた相手はノラリスと呼ばれるグループの一員で、このグループが上層や下層で犯罪を起こしているんだ。サーフィヤ・タクスンを攫った犯人もノラリスの一員だ」


「ただの犯罪者集団に関わっただけで私たちの夢まで奪うんですか?普通逆ですよね?支援しますよね?」


「そういうつもりは──「隔離するってそういう事ですよね。そのノラリスって一体何なんですか?」


 アルターさんがほとほと困り果ててしまった。よほど言いたくないことらしい。


「それは…言えない、そこまで説明することはできな「あ、そうですか──ありがとうございましたあ〜〜〜!!!!「──ああ?!ま、待ちなさい!」


 逃げたったわ、もう全力疾走、体力作りは毎日やってるので大人になんか負ける気がしない!

 ノラリス!良い情報が手に入った!それにビーがアカデミーにいることも分かった!

 これで私もお尋ね者だ、ざまあみろ、いや何がざまあみろなのか自分でもよく分かってないけど、とにかくざまあみろ!

 青い春!上等だよこのやろう!

 ティーンエンジャー映画の主人公よろしく、私はショップストリートを駆け抜けた。



(え…なんか車が複数も…え、私を追いかけて…ガチ?)


 ガチっぽい、アカデミーの正門前には複数の車がバリケードのように配置され、スーツ姿の人の中に警察の人もいた。

 私がここへ来ると踏んであんなバリケードを張ったのか、それは分からないけど、どっちにしたってこれではアカデミーに入ることができない。


(うえ〜ガチ〜?ガチの犯罪者集団だったってことなの?う〜ん…どうしよう、どうやって中に入ろうかな)


 正門前の路地裏から様子を窺っていた私の前で、堂々とアカデミーへ入ろうとする人が現れた。どう見たって生徒ではない、私服だし、長い黒い髪はとても綺麗で生真面目っぽい印象がある、アルターさんの子供だと言われたら納得してしまいそう。

 その人が手近にいた人を捕まえて「ここが下リガメルアカデミーですか?」と訊ねていた。


「そうだけど…見て分からない?」


「何がですか?」


「今封鎖中なの、出入りを禁止してるの。悪いけど訪問なら別の日にお願いしてもいいかな」


「それは困ります、今日中に処理を依頼されている案件がありますので、通してください」


「いやいやあのね…」あの人つっよ、私もあれぐらい強気で行ったら通れるかな?


「失礼だけどあなたの名前は?アカデミー関係者はもう誰もここを通らないって私たちも言われているんだけど、だから封鎖してるんだけどね」


 その人が名前を告げた。


「デュランダルです」


「デュランダル……って、ええ?っていうかあなた、ここがアカデミーかと訊いておきながらここで仕事があるって…変な事言いますね」今さら?あの警官頭悪いのかな。


「勿論仕事でここへ来ました──ビスヘム・グレンダを救出しに来たのですから」


「──!!」


 え!私の友達!何で知ってるの?!

 私もそうだけど、バリケードを作っていた人たち全員が驚いていた。

 場に緊張が走る、いや走っているのは警官たちだけだ、デュランダルと名乗った人は直立不動で何かをしそうな素振りはない。


「私に銃を向けたところでビスヘム・グレンダ、ならびにプリド・ファランは守れませんよ?」


 プリド・ファランって誰?!──ああ!作曲科の生徒だ!


「あなたは…どうしてその名前を?トリガーを引く理由を私たちに与えますか?それとも潔く捕まりますか?」


「どちらでもいいでしょう。それよりも、私たちに関わっただけで子供たちから夢を奪うのはさすがに理不尽かと思いますよ」その通り!良い事言う!


「それを私どもに言われましてもね。それを言うならあなたたちこそ何を調べているんです?こっちも理由不明の緊急出動で腹を立てていたんですよ、よければ後学のためにご教授願えませんか?」


「インターシップを隠すあなたたちに教えてやる義理はありません。アフラマズダを先に隠したのはあなたたちでしょう?」


 もう!何の話をしてるの!そんな事どうでもいいからビーを助けてよ!

 もういい!

 青い春再び!


「ちょっと君──」

「──え?」

「──待ちなさい!」


 様々な声が背後から届く、デュランダルと名乗った人が一番驚いていたように思う。

 侵入成功!いや自分のアカデミーなのに侵入っておかしいけど!

 正門を越え、庭を突っ切っているあたりから足音が私を追いかけてきた。

 庭も突っ切り、いつもなら直進するところを左に折れて、まだまだ続く庭の前の道をひたすらアオハルする、走る、走った先に独房みたいな部屋が集まる学生寮がある。

 

(あの部屋だ!)


 街灯が落とされ、薄暗い空間を切り取るようにして一つの部屋に明かりが灯っていた。下リガメルアカデミーの学生寮は誰も利用していない、何せ設備がほんとひどいからだ、それが幸いして簡単に見つけることができた。

 あれ!あの部屋にいるのが作曲科の生徒だったらどうしよう!と思った矢先、学生寮の正面入り口に着いてしまった。それから私の懸念も杞憂に終わってしまった。

 先客がいたのだ、私の名前まで知っている先客が。


「君がアルナンだな?!事情は後で説明するから着いて来い!ビスヘムの所へ行くぞ!」


 私は言うに事欠いて、こんな非日常な場面に出会しておきながら、


「私その名前嫌いです!「知らんがな!さっさと来い!」


 知らんがなって何よ!この人も変な人だ!

 私もその人の跡に続いた。



 独房みたいなひどい部屋で一人寛いでいたビーは、私たちがやって来たことにそれはそれはお腹を抱えて笑った。


「ひどいよビー!心配してここまでやって来たのに!」


「いやいやだってさ、ここまでするか普通、信じられないよ」と言ってまた笑う。

 

「悪かったなビスヘム、私たちのせいでとんでもない迷惑をかけてしまった」


 そう言うのはナツメと名乗った人だ、セミロングの黒い髪に白い瞳を持つ大人、デュランダルっていう人のお姉さんかな?

 確かにこの人のせいだ、この人がビーの誘いを断っておけばこんな事にならなかった。それなのにビーは、「お姉さんも随分とお人好しなんだな」と笑っていた。


「もう!ビー!もっと怒っていいんだよ?!確かにこの人のせいなんだから!」


「ヨーコ、お前、お姉さんが悪い人に見えるのか?見えるって言うならどのみち私はお前と一緒にはいられないよ」


「…………」

「…………」


 ナツメという人を見る、皿を見るような目をしているだろうこの目でじっと見る。


「分かんない」


「な?悪い人には見えないだろ、本当の悪人は一目で分かる」


「ビーがそう言うんなら…この人に付いて行くの?アカデミーはどうするの?」


「あ〜…それな〜…」


「なに?」


 意外と真新しいベッドの上であぐらをかき、頬をぽりぽりとかきながらビーが答えてくれた。これからの処遇について。


「私、上に行くらしいんだわ、それで一般職に就くらしい」


「なにそれ…」


「だからディーヴァは諦めろってさ、そう言われたよ」


「そうだったら私はここまでしてないさ」と、ナツメさんが割って入る。

 その物騒な物言いに私とビーもナツメさんに視線を注いだ。


「お前とプリド・ファランって子は国外退去だ」


「はあ〜〜〜?!」

「はあ〜〜〜?!」


 私とビーでそう声を揃えると、ナツメさんが両耳を塞ぎ、挙げ句部屋から出て行こうとした、よほどうるさかったらしい。

 ナツメさんの服の裾を掴んで引き戻す、まだ話は終わっていない。


「に、逃げたりしないから…すごい音量だなほんと…」


「その話本当なんですか?!国外退去って…」


「本当だよ、私たちを追いかけてる特別捜査班を指揮している星管連盟がそう決定を下したんだよ、だから私はお前を助けに来たんだ」


「あ〜あ〜ガチかよ…来てくれて良かったよ、ほんと…どこに?どこに飛ばされるんだ?」


「お隣のカッパドキアだ」


「……………」


「でも、助けるって…ビーがここで逃げたらお尋ね者になって…いや私もそうなんだけど…」


「そこでお前たちに提案がある」と、ナツメさんが言う。


「私たちをアレクサンドリアへ連れて行ってくれないか?」


「………?」

「はい?」


「私たちはアレクサンドリアへ行きたい、けれど一般人には入れない、一般人が入れるとすれば、それはライブの最終オーディションの時のみだ」


 ──私たちに、歌えと?この人はそう言っているの?


「お前たちが歌う環境は私たちが整える、オーディションの参加も私たちが何とかする」


「何とかするって、お尋ね者なのにオーディションに参加できるのか?」


「お前たちは何か犯罪を起こしたのか?そうじゃないだろ」


「いやそりゃそうだけど…」


「これは迷惑をかけてしまったせめてもの償いだよ。それを受け取る受け取らない君たちが決めていい」


「それ…実質選択肢ないですよね、それ断ったらビーは国外に追いやられるんでしょ?」


「いいや」とナツメさんが自信たっぷりに宣言した。


「どうして私たちがアレクサンドリアへ行きたいか、その理由は知ってるか?」


「知らねえよ!」

「さっさと言って!」


 またナツメさんが耳を押さえた。


「──全く…アフラマズダという船を調べるため、それからノルディックの戦争を止めるだよ」


「ノルディックって…北欧の…?」


 予想外にも程がある、言うなれば季節外の単語が出てきて頭が真っ白になった。私の青い春!ここだよ戻って来て!


「そうだ、ノルディックとフェノスカンディアの緊張状態が最大限に高まっていてな、いつ争いが起こるか分からない。その二つを管理しているビスマルクからも要請が出たんだ、アフラマズダも引っ張って来てくれって」


「それは…何て言えばいいか…それはお姉さんたちが対応しなきゃいけないのか?連盟は何をしているんだ?」


「何もしていないさ、だから私たちがやっている。それからアフラマズダの情報も連盟が秘匿している、だから私たちを追いかけて、私たちに接触した君たちを外へ追いやろうとしているんだ」


「なに──それ…」叫びたい衝動を何とか堪える、また嫌な顔をされてもこっちが嫌な気分になるだけだ。


「お姉さんたち、どう考えたって正義のヒーローじゃないか」


「そうだといいんだがな、実際は問題児の集まりだよ。──でだ、君たちが私の提案を受けないって言うんなら、今の話を公表して世間の目を連盟に向けさせる、そうすれば君たちの国外退去の話も白紙に戻るはずだ」


「その場合ナツメさんは?」


「ここを出て行くさ、アフラマズダも私たちの仲間だが、仕方がない、別の機会に探せばいい」


「………」

「………」


 あ、答えはもう決まってるっぽい、ビーの瞳を見れば訊かずとも分かる。

 問題があるとすれば一つだけ。


「サっちゃん──サーフィヤって子が変なロボットに連れて行かれたの「え?!そうなのか?!」ナツメさんの話を受けるならその子もいないと──って、どうしたの?」


 ナツメさんが天を仰いでいる。何事なの?

 ゆっくりと首を戻し、目頭をぐいぐいと揉み始めた。


「ああそういうことね、そういうことか…それだったら問題はない」


「何が?何が問題ないの?」


「そのロボット、多分私らの仲間だ」


「ええ〜〜?!」


 待て、と手を挙げて沈黙した後、ナツメさんが「奇跡が起こった」と言った。


「だから何が?説明して!説明!」


「そう急かすなよ…その変なロボットってのはヒュー・モンロー、そして、そいつがサーフィヤ・タクスンって子を先にノラリスへ連れて行ってるんだよ。多分、どっかで君たちの話を耳に入れたんだろ、単独行動の結果に過ぎんが」


「じゃあ、変なロボットはサっちゃんを助けるために…?」


「そうなるな。で?どうするんだ?」


 答えは決まっている、まだその答えを伝えていないだけだ。





 ほんと世の中クソったれだ、でも、ようやく私にその機会が巡ってきた。


「すみませんねアルターさん、あなたはきっと嫌がるだろうと思っていたので伏せていたのですが…」


「構いません」


「そうですか。以降の指揮は新任のオイルマン少佐が取ります、良く出来た人ですよ、私なんかよりも」


 願わくば、あの子と同じ機体が良かった。けれど、私は私の為に初めて、この人型機で空を飛ぶことができる。

 この人間、子供をわざと泳がせノラリスの停泊位置の割り出しを行なっていたのだ。いつでも助けられたはずなのに、あえてそうせず、捜査の為に子供を危険に晒していた。

 許せなかった。けれど、私は今その人間の指示に従っている。果たして私は思う存分に空を飛べるのだろうか?甚だ疑問だ。

 グレオ星管士のつまらない自虐ネタを無視し、デリバリーへ離陸許可を求めた。

 場所はリガメルより南、アレクサンドリアに近いドウィンクス方面国防軍基地。

 

「こちらデリバリー、現在民間飛行機が離陸準備に入っています。民間飛行機が離陸後、五番滑走路へ進入、待機お願いします」


「復唱、民間飛行機の後五番滑走路へ、以降待機」


「以上です」


(民間の飛行機が何故?まあいいか、郷に入らばというやつだ)


 長い主翼を携えた旅客機が滑走路に停止しており、すぐにエンジンを起こして走り出した。旅客機は恙無く離陸を終え、左方向へ舵を切りながら高度を上げていった。

 デリバリーの指示通り滑走路へ向かう。誘導灯がうんと遠くまで続き、リガメルの宇宙港のその先端が浮かび上がる夜空があった。


「デリバリーより五番滑走路、離陸許可が下りました、風向きは南南東、風速二〇メートル、操縦には十分な注意を」


「了解。五番滑走路、これより離陸します」


「良い旅を」


 旅じゃない!それ民間向けの挨拶なのでは?!

 加速ボタンを押し込むと同時に、いつも搭乗している機体と違った圧力を感じた。後ろへ倒れそうな圧迫感を覚えながら、レバーを引き上げる。

 

(ああ…やはり空は良い…)


 しかも、私の跡に誰も続かない、一人だけの飛行。

 下層のサマクアズームと呼ばれる滑走路へ進路を取る、風速のせいか舵が切り難い、あの民間機はよくこんな風で飛べたものだ。

 眼下にドウィンクスの街並みが見える、ほのかに光るは家々の明かり、それが進行方向まで続き、唐突にぷつりと切れていた。

 この街を砂塵や汚染大気から守るために設置されたエアカーテンがあるせいだ、だからぷつりと街並みが途切れている。

 エアカーテンの風圧に耐えながら進入する、抜けた先は真っ暗闇の大地が広がっていた。その広大で、底無しの闇に怯えながら高度を下げていく。

 高度を下げてすぐ、下層の街の明かりが視界に入り、それからオイルマンという人から通信が入った。


「オイルマンだ。アルター、ノラリスを発見次第攻撃を開始せよ、繰り返す、ノラリスへ攻撃を開始せよ」


「正気ですか?まだ民間の子供が──「正気ではないよ、とくに連盟がね、そうせよと指示があった」


 確かに、グレオ星管士の言う通りこの人はまだまともそうだ、その声に怒りと迷いが滲んでいた。


「やはり君もそうか…生徒を預かっていた君なら反対すると思っていたよ、そして安心した、だが…指示はもう出ている、そして軍はそれを受理した」


「…………」


「君とは他に別基地からも出動させている、何せ新設の部隊なのでまだ活動拠点も整っていない。──その者たちに任せよ、君と違って子供がいることを知らない」


「…………」


 ああ、本当に私は何をやっているのだろう。自分の為に空を飛ぶと決め、これがその代償というのだろうか?

 子供を撃つ?信じられない、連盟は一体何を指示している?何故助けもせずまとめて撃つという判断に至るのか。

 人型機は指示された通りに高度を下げる、暗闇の大地に浮かび上がるようにして目的地があった。

 魚の骨のように伸びるその滑走路の端、そこに生徒を攫ったヒュー・モンローという乗組員がいる。

 それをまとめて撃て、と言う。

 別の方角から進入してくる反応を捉えた、数は三、特別捜査班が搭乗する人型機の部隊だ。

 オイルマン少佐がその部隊に指示を出す、攻撃せよと。

 止めるか見て見ぬふりをするか、この期に及んで懊悩する私の耳に直撃する声があった。


「北欧に届け!!私たちの歌!!」


(この声は…)


 ──リ・ホープだ。





 ここは即席のライブ会場。ノラリスの船外発着場でリ・ホープがサマクアズームへ向かって、夜空へ向かって歌っている。

 

「イエ〜イ!リ・ホ〜プぅ〜!」


「──うるさい!静かにしろ!」


 三人のダンスに合わせて下っ手くそな踊りをしていたガングを注意する、注意されたガングが私の傍から離れ、また踊り始めていた。

 生のライブは初めてだ。(何処から持って来たのか分からない)スピーカーから溢れる音が私を直撃し、(もしかしてパクってきたんじゃないだろうな?)宙を行き交うドローンから溢れるレーザーが三人を色とりどりに照らしていた。

 道理で、声が良く通るはずだ、ビスヘムもヨーコも丁寧に高い音と低い音を分けて歌い、まだ会話をしていないサーフィヤという子がそれを支えている。

 ダンスだって一つのミスもない、互いの立ち位置を確認しながら踊っているわけではないのに見事にぶつからない。

 目で見て楽しい、耳で聴いて楽しい。

 これがライブだ。

 三人は観客がいるのかも分からないサマクへ、夜空へ向かって全力で踊り歌い、一つの生き物となって完成していた。


「あなたたちの命は暗闇を引き裂く力に溢れている〜!」


 大サビというやつだろうか、ダンスがその激しさを増し、三人の額に浮かんでいた汗が宙を舞う。


「行って!飛んで!あなたたちは自由!誰もが羨むシューティングスター!」


 彼女たちのライブが終わり、ライン...何だっけか、とにかく縦積みされたスピーカーから曲がフェードアウトしていった。

 三人は大満足の笑顔を浮かべ、互いに互いを讃え合っている。そこへ空気読まないガングが走って行き、「アンコ〜ルぅ〜!」とか言いながらビスヘムに抱きついていた。


「うをっ、こんな奴も乗ってるのかよこの船!」


「さいっこ〜だったゼ〜!」


「ありがとう〜!可愛い私たちのファン〜!」と、ヨーコもガングに抱きついた。テンション高。

 三人と余計な一人を眺めている私の元へ通信が入った。相手はノラリスからだ。


「上空を飛行していた人型機が転進した、どうやら基地に戻ったみたい」


「けっ、子供がいるのにけしかけやがって」


「あの子たちのお陰だね、余計な戦闘を避けられたよ」


「全くだ、迷惑をかけたのは私たちだっていうのに、タダでライブして助けてくれたんだから」


「そうだね、だから私は打って出ようと思う」


「と、言うと?」


 ノラリスが沈黙、次に喋った時はリ・ホープも使ったスピーカー、それから艦外スピーカー、さらには全周波による通信だった。

 サマクにいる人間も、下層、上層にいる人間もノラリスの声が届いたことだろう。


「私はノラリス、またの名を星間管理型全域航行艦ノウティリス。リ・ホープは私たちの境遇を嘆いて応援に駆け付けてくれた、彼女たちの歌は私の耳朶を震わせ胸を打った。私は私の仲間を探しているだけだ、それに何らやましい事などないし、ましてや君たちに迷惑をかけているわけでもない。それでもなお、文句があるのならサマクアズーム腹骨一番滑走路まで来るがいい。──リ・ホープ、君たちの歌に星の輝きがあらんことを、きっと北欧にいる友の元へ届いたはずだ。以上」


(粋なことしちゃってまあ〜。でも、今のでリ・ホープの評判もそこまで悪くはならないはずだ、それに連盟に対する牽制にもなった)


 惜しむらくは、ここに観客がいないことだけか。勿体無い、あんなに良い歌をこんな所で歌わせるだなんて。

 けれど、余計な一人が三人の思いを汲んでか、「これ見てみろよ!」と端末型の携帯画面を見せていた。


「何これ」

「あ!私これ知ってる!大昔の携帯!」

「これが?本当なの?」


「んな事どうでもいいだろ!見せたいのはコレ!」


「…………」

「…………」

「…………」


 携帯の画面を見た三人が固まり、まさか変な画像見せてるんじゃないだろうなと傍へ駆け寄る。


「こら!お前何を見せてるんだ!」


「リ・ホープに対する投稿だわ!サマクの連中も歌聴いてたんだよ!それだけじゃなくてだな…」と言い、両手持ちでスイスイと画面をスクロールさせ、「ほら!サマク以外でもみ〜んなコイツらを褒めてんだよ!」


 確かに画面にはリ・ホープを褒めるコメントが多く投稿されていた。

 その投稿が三人の胸を打ったのだ。薄らと瞳に涙を湛え、思わず抱きしめたくなるような笑顔をしていた。


「こんなに褒められたのは初めてだよ…ほんと、世の中くそばっかりじゃないんだな…」


 ビスヘムに関しては男泣きだ、拭うこともせず涙をそのまま流していた。

 サーフィヤという生徒が私に視線を合わせてきた。

 とても落ち着いた子だ、きっとこの二人をまとめているのだろう。


「ナツメさん、ありがとうございました」


「礼を言うのはこっちだよ。それと悪かった、君の仲間を巻き込んでしまって。それと、ヒュー…ああ、あの変なロボットだ、怖い思いをさせてしまって悪かった」


 サーフィヤがゆっくりと首を振った。


「こんな素敵な会場を用意してくれたんですから、胸や太腿ぐらいどうってことはないです」


「君は大人だな、感心するよ」


 ああ?あいつガチか?今度見かけたら股間に風穴を空けてやる。


「私もここに居させてください、リ・ホープとして」


「分かった。それから──」と、船内入り口へ目を向けると、ちょうどあともう一人の生徒がそこに立っていた。

 名前はプリド・ファラン、ビスヘムと同様に連盟に目を付けられてしまった生徒だ。その生徒は私と目が合うと、丁寧にもぺこりと頭を下げた。


「君も良くやってくれたよ、私たちでは機材のセッティングなんてできないから助かった」


「いえ、私も見よう見まねでしたので。それと、私もここに居ていいですか?」


「それはまた何故?君はまだ単位が残っているんだろ?」


「そうよ、私たちに付き合う必要はないよ」


「ただ──」と、プリドがかけていた眼鏡の位置を直す、その時にきらり!とレンズが光った。


「私に作曲させてください、そして私の名前をクレジットに載せてください」


「あ、そういう…」


「ん?どういう意味なんだ?」


 サーフィヤは呆れたような顔をして答えてくれた。


「私たちといた方が名前が売れるってことですよ」


「そうです、他の生徒と肩を並べていても私にスポットライトが当たることはまずありません。けれどここなら、作曲に携われるのは私しかいませんし、ギーリとテクニカを超えられる気がします」


「あ、そういう…まあ、君がそれでいいんなら」


「よろしくお願いします!」


 意外と強かだな、心配していた私が馬鹿みたいだ。

 こうしてこの日、ノラリスに四人の子供たちが乗船することになった。

 ほんと、セバスチャンがいなくて良かったよ。

 リ・ホープの歌が届いたのか、夜空に浮かぶ一つの星が強く瞬いた。





「はっくもん!」


「普通にくしゃみして、気が散る」


「いや…誰かがギーリの噂をしてたから」


「じゃあそのくしゃみ私のものじゃん、返してくれる?」


「利子付くけどいい?」


「え、それ私が払うの?私のものなのに?」


「そんなにくしゃみが大事だったの?付き合ってどれくらいになるの?私とくしゃみとどっちが長いの?」


「一八年の付き合いになるに決まってるでしょ、生まれた時からくしゃみしてたんだから」


「──は、は、はっくぴん!あ〜鼻がずるずるする〜倦怠期〜」


「さっさと別れたら?そういうところだよ、ティーキィーの悪いところ──サラン、できた、確認して」


 よくそんな馬鹿げた会話をしながら作業できるな...聞きしに勝るギーリとテクニカ、ここに見参って感じ。

 ギーリから預かった楽譜データを仮想ライブドライブにインストールして再生する。

 再生を終えてギーリに細かい要望を伝える。要望というより命令だ。


「出だしはもっとゆっくりで、後半にかけて厚みを増していく感じで調整してちょうだい。歌詞はちゃんと見てる?そのイメージと合ってないよ」


「歌詞って言うよりただのポエム「ん?何か言った?「はいはい分かった分かった。出だしの音はこれでいいの?変えるのはリズムだけ?」


「それでいい、ただちょっとリズムが早いだけ。告白する前の伴奏に相応しくない」


「あ、そういうやつね。ティーキィーできる?」


「ごめんね…私ってさ、下手くそ「誰が音読しろって言った「素で言うの止めて普通に恥ずかしいから」


 と、ふざけながらもテクニカがイントロの伴奏を整え、即座にデータを渡してきた。

 それをもう一度再生して確認する。

 良い、凄く良い、私がイメージしていた物に限りなく近い。あとはこの曲に私が歌を注ぎ込むだけだ。


「ありがとう、凄く良いのができた」


 二人に礼を伝える、それが終了の合図となり、二人が「うい〜」とか「終わった〜」とか「告白頑張ってね〜」とか、口々に言いながら席から立った。

 まあ、二人を部屋に引っ張って来てからかれこれ一八時間近く経っている、疲労も限界だろう。

 かと思いきや、ギーリが「休憩したあと私の部屋に来て、良いのが浮かんだ」と楽しそうにしながらテクニカを誘っていた。まだ作曲するらしい、大したものだ。

 二人がミトコンドリアに選ばれた理由は他にあるが、この異常なまでの曲作りのレベルの高さも選抜理由の一つになっているだろう。

 元々、ミトコンドリアが訪問先のテンペスト・シリンダーで歌を披露することは任務内容に盛り込まれている。だから私が選ばれたのだし、楽曲作りでその名を馳せる二人も選ばれたのだ。

 そして、これは栄えある一曲目だ。この曲を私はファーストの眉間に撃ち込むつもりでいる。

 絶対に許さない、私を怒らせたこと、私をここまでやる気にさせたことを後悔させてやる。ただのライブでは生温い、国家転覆レベルの熱唱を披露してあげよう。

 二人が部屋を後にし、今さらになって空気が澱んでいたことに気付いた。部屋の中が途端に寂しくなったが、これで換気もし易くなったことだろう。

 部屋に一つだけの舷窓を開け放ち、外の空気を入れてやる。冷たいのか熱いのか良く分からない風が中に入り、人いきれに満ちていた部屋に新鮮な空気が舞い込む。

 そうそう、私が目指すのはまさにこれだ、歌による換気だ、閉じこもっている所へ風穴を空けて淀んだ空気を外へ解放してあげる。

 ファーストの事前調査は既に済んでいる、どうやらあちらは合成音楽が主流になり、楽器音楽はオールドミュージックとして廃れてしまったらしい。

 何がオールドなものか、人自身も楽器の一つであることを忘れてしまっただけだろう。その傲慢さが楽器音楽にピリオドを打ち、合成音楽という人の声を介在させない、側だけの音楽を誕生させたのだ。

 普段は滅多に嗅がない海の匂いも部屋に入り込んできた。私たちは今、ファーストに近い海の上で停泊し、星統航空からの案内を待っていた。

 海の上で停泊しているのは私たちだけではない、他にも色んな船が存在している。それはラグナカンと同様飛行艦であったり、海上用船舶であったり、様々だ。

 どうやらあのムカつく受け付けの話は本当らしい、毎日のように船が出入りを繰り返し、ファーストの入塔を待つ人が日に日に増えていく。

 これでも私たちは融通を利かせてもらった方らしい、お隣に停泊している船長はもうかれこれ一ヶ月近くこの海で待っていたようだ。さっき、「やっと中へ入れそうだよ!」と嬉しそうにしながら報告しに来てくれた。

 開け放った舷窓から外を見やる、ガイアの枝葉からやって来たその船長の船が見え、その奥には出国したばかりの飛行艦が見え、その奥にファーストがあった。

 鋼鉄の城だ、ぐるりと囲われた自動修復壁の中に国がある。ここと、第二テンペスト・シリンダー『オブリ・ガーデン』、それから第三テンペスト・シリンダー『マリーン』は地球の自然をそのまま閉じ込めた上で建造されている、これを"マザー・ネイチャー"と呼び、地球本来の自然を保護する役割も持っていた。

 

(私も疲れてるみたい…そりゃそうか、ほとんど寝てないし…)


 舷窓の外に広がる景色に視界を委ねながら、頭と胸に溜まっていた熱気のようなものを放出する。段々と落ち着き、というか眠たくなり、景色に飽きたところで問題無用の通信が入る。


「コンキリオだ。任務外の事だが君の耳にも入れておこうと思ってね」


「任務外…?それはどういった内容ですか?」


 ──良いと思った、その情報は今の私にとってとても良い。


「ギーリを攫った犯人が在籍するグループ、ノラリスが連盟に対して宣戦布告を行なった。また、下リガメルアカデミーに所属する生徒らがノラリスの甲板上で強行ライブを開催、こっちはちょっとした騒ぎになっているよ。ライブを開催したグループ名はリ・ホープ」


「…………」


「ミーティア・グランデの真似事グループが流れ星を熱唱したよ。君は知る由もないだろうが、私の父も参加した戦闘を勝利へ導いた名曲だ」


「そうですか…リ・ホープが先に風穴を空けたのですね」


「うん?何故そうなる?」


「連盟に楯突くノラリスの応援ソングとして、リ・ホープは流れ星を選択した、本人たちにその気概があったかどうかは知りませんが…立派なレジスタンスですよ」


「ふむ…そういう見解もあるのか…連盟の方ではノラリスに無理強いされたアカデミー生徒たちによるライブ、という声明を出しているが…」


「それならわざわざ流れ星を選択しないでしょう、リ・ホープはノラリスの行動に共感、あるいは賛同する思いがあったから名曲を、歌えば確実にバッシングされると分かっていた流れ星を選択したのですから」


 コンキリオ少佐がふっと息を吐き、


「君たちが出航した後で良かったよ、国内のゴタゴタに巻き込まれるところだった」


「そうですね、少佐もこれからのミトコンドリアを心配してください、何せ私たちも今からそのゴタゴタを起こしに行くのですから」


「──なんだって?!ちょっと待ちたまえ!確かに議会との連携が上手く取れなくて君に迷惑をかけてしまったが、それはそれで何も──」


 あ、普通に切れるんだ、覚えておこう。

 少佐には気苦労をかけてしまうが仕方ない、私にだって歌姫としての矜持というものがある。今さらこの計画を止めることはできない。

 異郷の海から本国を想う。いつかのトランペット奏者はノスタルジーに思いを馳せたのだろうが、今の私はアングリーに身を委ねている。

 願わくば、この怒りが本国にまで届きませんように。





「……………」


(もうず〜っと機嫌が悪い。やり難いな〜もう)


 あれかな?イーオンは態度に出てしまうタイプなのかな?物は大事にしてほしい。


「イーオン、そんなに乱暴に使わないで、割れちゃう」


「分かってる」


 と、答えつつも、食器を洗う手つきは乱暴で、割れそうな勢いでラックへ置いていく。

 ふぅ〜〜〜んとお腹に力を入れ、言うべきことを言った。


「イーオン、それ、割ったらどうするの?どこで買ってくるの?」


「…………ごめん」


「うんうん、分かってくれて嬉しいよ」とイーオンの頭をさすさすしてあげる。すると本人が怒った。


「もう!子供扱いしないで!」


「わあ、怒ったあ!」


「…………」


 また、むっす〜とした状態で食器の片付けを再開した。けれど、僕の言う事を聞くつもりはあるようで、手つきがいくらか優しいものになっていた。



 これはもう駄目だ、僕がいくら気を遣ったところでイーオンの機嫌が戻らない。その旨を我らが歌姫隊長サランへ報告しに行くと、


「飛ばしたら?」と言ってきた。


「え?それって…イルシードで、ってこと?」


「そう。あ、ファーストのデリバリーにはちゃんと一報入れてね、無許可で飛ぶと後で法外の料金を取られるらしいから、私たちそんなに持ち合わせないし」


「いやいや、隊長?そういう事じゃなくてね、イーオンにもちゃんと伝えたらって話をしてるの、隊長たちが部屋にこもってる理由」


「それは無理だよ、だってこの曲、イーオンを想って作ったんだもの」


「あ、そういうことね…」


「告白はステージの上でするつもり、本人が気付くかどうかは知らないけれどね。だから我らが天才船長さん、今の話は秘密にしておいてね」


「うん、分かっ──誰が?誰が天才船長だって?」


「クルル。他に誰がいるの?」


「いやいや…その肩書きはさすがに…」


「重いって?なら、他の皆んなにも訊いてみたら?僕の肩書きは何だって」


 イーオンの所へすぐには戻りたくなかったので、ギーリとテクニカに訊いてみることにした。


「天才船長」

「天才船長」


「いやいや…」


 ギーリの部屋で二人、目を点灯させた状態でベッドに寝そべっていた、二人とも同じベッドで。

 あ、そういう事かと勘ぐる。こういう時間を二人は今日まで過ごしてきたのだろう。

 目を点灯させたままのテクニカが「ん」と言い、自分の腰あたりを手でとんとんと叩いた。


「なに?」


「乗っていいよ、楽しませてあげる」

「あ、私のことは気にしなくていいよ、ティーキィーには浮気されても気にしないって言ってあるから。飛ぶぜ?」

「月までひとっ飛びだぜ?」


 二人を無視して部屋を出る、あんな卑猥なジョークを言われるぐらいならイーオンの所へ戻っておけば良かった。

 キッチンスペースへ戻って来てみれば、残っていた食器類は全て綺麗になった状態でラックに戻されていた。きっとイーオンが全部やってくれたのだろう。


クルル:片付けありがとう


 送ったメッセージに返事が返ってこない。


(ああ、イルシードの所へ行ったのかな)


 なら、僕はブリッジだな、サランが言ったようにイーオンを飛ばせてあげよう。

 ブリッジに到着し、自分の席に座ってコンソールを立ち上げる。その時になってイーオンから「どうたましいて」という、意味不明なメッセージが返ってきた、きっと「どういたしまして」と入力したかったのだろう。

 ファーストの入手塔を管理している星統航空へ連絡を──と、思ったのだが、まさしくその星統航空から通信が入った。これが以心伝心ってやつ?


「どうも〜待たせて悪いね〜異国のシンガーソングライター、ようやくスカイシップのドッグが空いたんだ、すぐに君たちを案内できるよ」


(ああ、さっきの飛行艦かな)


「ただ…君たちのライブを独り占めしたいっていう熱烈なファンが一人いてね、どうする?」


「訳して、何を言っているのかさっぱり分からない」


 ファーストの人間は良いも悪いも率直に感情を表に出すのに、言葉となると何故か途端に例えを多用する。しかも、そこへ皮肉も交えてくるから僕からしてみればさっぱりだった。

 星統航空の人が「オーケーオーケー!」と何が面白いのか楽しそうに言い、そして僕はサランを呼びに走って行くのだった。


「大統領選挙候補者の一人、シリウス・ジョブス・ジュニアが入塔前に君たちと内密の話がしたいとさ、異国のシンガーソングライターでもいいから味方に付けたいんだろ。──ハロ〜?もしも〜し、聞こえてるかな〜?」

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